(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024169046
(43)【公開日】2024-12-05
(54)【発明の名称】安定化生物分散体
(51)【国際特許分類】
A23L 19/00 20160101AFI20241128BHJP
A23L 5/00 20160101ALI20241128BHJP
A23L 33/10 20160101ALI20241128BHJP
【FI】
A23L19/00 A
A23L5/00 J
A23L33/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023086226
(22)【出願日】2023-05-25
(71)【出願人】
【識別番号】520006735
【氏名又は名称】株式会社三鷹ホールディングス
(74)【代理人】
【識別番号】110003454
【氏名又は名称】弁理士法人友野国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】羽澤学
【テーマコード(参考)】
4B016
4B018
4B035
【Fターム(参考)】
4B016LC07
4B016LE02
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4B035LP43
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、生物の酵素分解物質を分散質として、水を主成分とする分散媒に分散した分散体の安定化、その分散体の粉末化の損傷防止、及び、その粉末の再分散性向上である。更に、本発明は、このような安定化した分散体の製造方法、このような分散体からの粉末製造方法、並びに、これら分散体及び粉末を用いた食品の提供を課題とする。
【解決手段】本発明は、生物の酵素分解物質を分散質として、ガラクトマンナンを溶解した水を主成分とする分散媒に分散した分散体であり、ガラクトマンナンが生物の酵素分解物質に吸着して安定化する機能を発揮したものである。また、本発明は、この安定化した分散体の噴霧乾燥及び凍結乾燥を用いた粉末、更には、その粉末を用いた水を主成分とする分散媒に再分散した分散体であり、安定性に優れた粉末及び分散体を提供することができる。その結果、生物が有する栄養成分及び機能成分が人体に吸収されやすく、植物不足を解消し、美味しく簡単に調理できる上、高齢者も安心して食すことができる幅広い食品に利用することができる生物の酵素分解物質を提供することができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物に、ペクチン分解酵素及び/又はプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間層分解酵素剤を作用させて生成される植物単細胞が、分散質として、ガラクトマンナンが溶解されている水を主成分とする分散媒に分散されていることを特徴とする分散体。
【請求項2】
前記ガラクトマンナンが、ガラクトマンナン分解物であることを特徴とする請求項1に記載の分散体。
【請求項3】
前記ガラクトマンナン分解物が、フェヌグリークガム、グアーガム、タラガム、及び、ローカストビーンガムの分解物から選択される一つ以上であることを特徴とする請求項2に記載の分散体。
【請求項4】
植物に、ペクチン分解酵素及び/又はプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間層分解酵素剤と、セルロース分解酵素及び/又はヘミセルロース分解酵素を主体として含有する細胞壁分解酵素剤を作用させて生成されるプロトプラスト化植物単細胞が、分散質として、ガラクトマンナンが溶解されている水を主成分とする分散媒に分散されていることを特徴とする分散体。
【請求項5】
前記ガラクトマンナンが、ガラクトマンナン分解物であることを特徴とする請求項4に記載の分散体。
【請求項6】
前記ガラクトマンナン分解物が、フェヌグリークガム、グアーガム、タラガム、及び、ローカストビーンガムの分解物から選択される一つ以上であることを特徴とする請求項5に記載の分散体。
【請求項7】
キノコ類の子実体に、ペクチン分解酵素及び/又はプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間物質分解酵素剤と、セルロース分解酵素及び/又はヘミセルロース分解酵素を主体として含有する繊維分解酵素剤を作用させて生成される子実体分解物質が、分散質として、ガラクトマンナンが溶解されている水を主成分とする分散媒に分散されていることを特徴とする分散体。
【請求項8】
前記ガラクトマンナンが、ガラクトマンナン分解物であることを特徴とする請求項7に記載の分散体。
【請求項9】
前記ガラクトマンナン分解物が、フェヌグリークガム、グアーガム、タラガム、及び、ローカストビーンガムの分解物から選択される一つ以上であることを特徴とする請求項8に記載の分散体。
【請求項10】
動物に、プロティナーゼ活性を有するタンパク質分解酵素剤を作用させて生成される動物分解物質が、分散質として、ガラクトマンナンが溶解されている水を主成分とする分散媒に分散されていることを特徴とする分散体。
【請求項11】
前記ガラクトマンナンが、ガラクトマンナン分解物であることを特徴とする請求項10に記載の分散体。
【請求項12】
前記ガラクトマンナン分解物が、フェヌグリークガム、グアーガム、タラガム、及び、ローカストビーンガムの分解物から選択される一つ以上であることを特徴とする請求項11に記載の分散体。
【請求項13】
請求項1~12のいずれか一項に記載の分散体の噴霧乾燥又は凍結乾燥によって製造されることを特徴とするガラクトマンナン含有酵素分解物質の粉末。
【請求項14】
請求項13に記載の粉末が分散質として、水を主成分とする分散媒に分散されている分散体。
【請求項15】
請求項1~12のいずれか一項に記載の分散体が混合されていることを特徴とする食品。
【請求項16】
請求項13に記載の粉末が混合されていることを特徴とする食品。
【請求項17】
請求項14に記載の分散体が混合されていることを特徴とする食品。
【請求項18】
生物に生物分解酵素を作用させる第1の工程と、
前記第1の工程により得られた前記生物の酵素分解物質を分散質として、水を主成分とする分散媒に分散された分散体に、水に溶解したガラクトマンナンを添加する第2の工程と、
前記第2の工程により製造された分散体を分散機で分散する第3の工程と、
前記第3の工程により製造された分散体を濾過する第4の工程と、
から構成される前記生物の酵素分解物質を分散質として、水を主成分とする請求項1~12のいずれか一項に記載の分散体の製造方法。
【請求項19】
生物に生物分解酵素を作用させる第1の工程と、
前記第1の工程により得られた前記生物の酵素分解物質を分散質として、水を主成分とする分散媒に分散された分散体に、水に溶解したガラクトマンナンを添加する第2の工程と、
前記第2の工程により製造された分散体を分散機で分散する第3の工程と、
前記第3の工程により製造された分散体を濾過する第4の工程と、
前記第4の工程により製造された分散体を減圧蒸留濃縮又は遠心分離により濃縮する第5の工程と、
前記第5の工程により濃縮された分散体を凍結乾燥又は噴霧乾燥により粉末化する第6の工程と、
から構成されることを特徴とする請求項13に記載のガラクトマンナン含有酵素分解物質の粉末の製造方法。
【請求項20】
前記ガラクトマンナン含有酵素分解物質の粉末を、前記ガラクトマンナンを含む又は含まない、水を主成分とする分散媒に投入する第一の工程と、
第一の工程で製造された分散体を分散機で再分散させる第二の工程と、
から構成されることを特徴とする請求項13に記載の分散体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物が有する栄養成分及び機能成分が人体に吸収されやすい状態に酵素分解された生物の分散体に関する。特に、植物については、細胞壁の細胞間層が分解されて一次壁と二次壁で囲まれた単細胞、及び、細胞壁が分解されて細胞膜で囲まれたプロトプラストを安定化した分散体に関し、菌類であるキノコ類については、キチンを主成分とする細胞壁で囲まれた単細胞を安定化した分散体に関し、そして、動物については、硬タンパク質が分解された分散体に関する。また、このような分散体の製造方法、このような分散体からの粉末製造方法、並びに、このような分散体及び粉末を用いた食品に関する。
【背景技術】
【0002】
野菜及び果物等の植物は、ビタミンやミネラルといった栄養成分の重要な供給源であるばかりでなく、食物繊維、並びに、ポリフェノール及びカロテノイド等の機能成分も含まれており、特に、ビタミンA、C、E,ポリフェノール等の栄養成分には、体内の細胞や組織を酸化させ、生活習慣病の原因となる「活性酸素」の発生を抑える作用があり、機能成分には、老化防止、生活習慣病予防、及び、免疫力向上等に効果がある。そのため、健康を維持するためには、一日当り、野菜350g、果物200gの摂取量が、厚生労働省や農林水産省から目標値として提案されている(非特許文献1)。
【0003】
しかし、日本人の食に対する健康志向が強まる傾向にある中、野菜及び果物等の植物の摂取量は減少傾向にあり、上記目標値を下回っているのが現状である。
【0004】
この原因は、多岐多様である。一般消費者では、外食及び中食が多いこと、値段が高いこと、調理に手間が掛かること、野菜の風味や臭気が嗜好に合わないこと、及び、調理方法が限定的であること等が挙げられる。特に、低年齢者の消費者には、風味や臭気を嫌う傾向が強い。一方、高年齢者では、堅くて繊維が多くて噛み切ることが困難であることや、咀嚼及び嚥下の力の低下による誤嚥の危険性があること等を挙げることができる(非特許文献2、3、及び、5)。
【0005】
このような野菜及び果物等の植物に特有の、素材が有する風味、臭気、硬さ、及び、繊維の問題や、調理方法に係る問題を解決する方法として、ポテトやカボチャのサラダ、グラタン、リゾット、ニョッキ、コロッケ、ポタージュ、フラン、及び、ムース等多種多様な料理に野菜及び果物等の植物を細かく砕いてすりつぶし、目的に応じて、更に、裏ごしを行って滑らかに整えられることによって生成される液状化されたピューレ、その濃度を高めたペースト、更に、ゼリー状にしたジュレ又はジャムの加工食品が使用されてきた(非特許文献3~5)。この要因としては、ピューレ等の加工食品は、様々な料理のために、多種多様な野菜及び果物等の植物の加工食品、ソーセージ、ハム、及び、魚肉ソーセージ等の加工食品、並びに、各種香辛料及び調味料等を容易に組み合わせて調理することができ、嫌いな風味や臭気を緩和することができるという特徴があり、風味及び臭気を嫌う低年齢者にも適していること、また、冷凍や粉末にして短期間の保存は可能であるので、いつでも簡単に調理すること、そして、これらの加工食品は、野菜及び果物の細胞壁を破壊するため、野菜及び果物等の植物の有する栄養素及び機能成分の人体への吸収が向上するという効果もあることが挙げられる。更に、これらを用いた料理は、非常に柔らかく滑らかな食感となるので、咀嚼及び嚥下に問題がある高年齢者にも、野菜と果物の風味を失うことなく、誤嚥の心配を軽減することができることも、重要な要因である。
【0006】
ただし、このような野菜及び果物等の植物のピューレ、ペースト、ジュレ、及び、ジャム等の加工食品には、細胞膜の外周に囲まれている動物にはない強固な細胞壁が、植物を液状化するための、破砕、粉砕、及び、圧搾等の機械的処理、並びに、煮沸、蒸煮、及び、焼成等の熱的処理によって破壊されるため、植物細胞に内蔵され、細胞壁及び細胞膜によって外界から保護されている栄養成分及び機能成分が、外界の空気及び光による酸化及び分解等の劣化を招くこと、また、この破壊により長期的な保存が困難であること、一方、ニンニクや大豆等のような加工食品では、強くて敬遠される臭気があること等の様々な問題もある(特許文献1、2、4、及び、5)。
【0007】
そのため、上記問題点を解決し得る技術として、酵素を用いて植物を単細胞化した液状体、並びに、その液状体を固体にした粉末体に係る開発が、古くから盛んに行われおり、既に実用化されて製品として市販されている(特許文献1~5、並びに、非特許文献1、並びに、非特許文献3~6)。
【0008】
このような酵素により単細胞化された植物は、細胞が細胞壁及び細胞膜で保護されるため、植物本来の美味しさを維持し、植物が細胞内に有する栄養成分及び機能成分の人体への吸収力を保持したまま、冷凍及び常温保存による劣化を防止することができるためである。また、機械的処理及び熱的処理等の加工と比較して、酵素分解という生化学的処理の加工は、液状化における残渣が少なく、加工食品の生産性を向上させることもできるという効果もある。
【0009】
ここで、留意すべき点は、このような植物単細胞には、一次壁、二次壁、及び、細胞間層から構成される細胞壁の内、細胞間層が酵素分解された植物単細胞、及び、細胞壁全てが酵素分解され、細胞膜だけで被覆された植物単細胞、すなわち、プロトプラストがあり、植物単細胞の破壊強度及び植物単細胞内の栄養成分及び機能成分の人体への吸収性が異なることである。前者は、破壊強度に優れるが、栄養成分及び機能成分の人体への吸収性に劣り、後者は、その反対の性質を有することである。この代表例は、前者がクロレラであり、後者がユーグレナである。両者ともに、クロロフィールを有して光合成を行える単細胞生物であるが、前者は、細胞膜及び細胞壁で細胞が被覆されている植物であり、後者は、細胞壁がなく、細胞膜だけで細胞が被覆されている植物性と動物性を兼ね備えた生物である(非特許文献7)。
【0010】
ただし、上記植物加工製品は完成されたものではなく、改良すべき課題を有している。例えば、細胞壁の細胞間層が酵素分解されて製造されるホウレン草等の野菜の単細胞懸濁液は、変色という観点における商品価値が、冷蔵では約1ヶ月、冷凍では約3ヶ月が限度であること、また、スプレードラヤーによる噴霧乾燥を用いた茶葉の単細胞懸濁液の粉末化においては、破壊された単細胞が多いため、クロロフィールが懸濁液中に析出され、クロロフィールの熱分解により、フラボノイドの黄色が強い緑色となり、粉末体の製造が困難であることが報告されている(特許文献2)。このことから、酵素により単細胞化され、一次壁と二次壁で保護される植物細胞には、破壊されたものが数多く含まれていること、及び、この植物細胞は、加熱処理される噴霧乾燥で一次壁及び二次壁が容易に破壊されることが理解される。
【0011】
特に、単細胞懸濁液の濃縮化及び粉末化は、植物単細胞を、ピューレ、ペースト、ジュレ、及び、ジャム等の加工・健康食品、清涼飲料水及び生ジュース、並びに、化粧・医薬品等の主原料、添加剤、及び、着色剤等へ幅広く利用するために重要であり、噴霧乾燥によって行われてきたが、単細胞懸濁液をそのまま噴霧乾燥させると、クロレラ及びプロトプラスト化クロレラにおいても、熱によって破壊されるという結果が得られている。
【0012】
そのため、熱の影響を受けることがない凍結乾燥法が採用されると共に、更に、単細胞懸濁液に、デキストリン、シクロデキストリン、及び、オリゴ糖の水溶性糖類を添加することによって単細胞を被覆して保護する解決策が提案され、粉末化した単細胞の凝集を防止し、水媒体への再懸濁性を向上させる効果を奏することが開示されている(特許文献3)。
【0013】
更に、水溶性糖類の添加と類似した、噴霧乾燥及び凍結乾燥を用いた単細胞懸濁液の粉末化法が提案されている(特許文献4)。この粉末化法は、噴霧乾燥及び凍結乾燥によって粉末化された単細胞の問題は、乾燥前の単細胞懸濁液の濃縮工程における単細胞の凝集と、乾燥時及び水媒体への再懸濁時に生じる単細胞の破壊に要因があるとして、これらを防止する単細胞の安定化剤としてシクロデキストリンを提案している。
【0014】
このように、ビタミンやミネラルといった栄養成分の重要な供給源であるばかりでなく、食物繊維、並びに、ポリフェノール及びカロテノイド等の機能成分も含まれている野菜及び果物等の植物の摂取を促進することができる食品、更には、咀嚼及び嚥下に問題がある高年齢者にも、野菜と果物の風味を失わず、誤嚥を心配することがない食品を開発することを目的とした植物単細胞化の技術の変遷から、酵素分解によって製造される植物単細胞は、細胞間層が酵素分解された植物単細胞、及び、細胞壁全てが酵素分解されて細胞膜だけで被覆されたプロトプラストと呼称される植物単細胞のいずれにおいても、植物単細胞が破壊されることなく、細胞内の栄養成分及び機能成分が保持されることが重要であり、酵素分解処理によって生起する植物単細胞の損傷、単細胞懸濁液の濃縮化及び粉末化における植物単細胞の破壊、及び、植物単細胞の再懸濁時における破壊を補填し、抑制する方法として、デキストリン、シクロデキストリン、及び、オリゴ糖のような水溶性糖類を保護コロイドとして添加する技術が提案されてきたことが分かる(特許文献3及び4)。
【0015】
このような単細胞化植物の摂取を更に促進するためには、美味しく食することが求められ、食感や香り等の要因もあるが、特に、味覚は最も重要な要素で、その味覚には、甘味や塩味等と並んで基本味の一つであるうま味が極めて重要な役割を果たしている(非特許文献8)。うま味には、アミノ酸系のグルタミン酸、並びに、核酸系のグアニル酸及びイノシン酸の三大主要成分があり、これらを組み合わせることによってうま味が飛躍的に向上するが、野菜及び果物等の植物には、グアニル酸及びイノシン酸を含んでいない。そのため、グアニル酸を豊富に含む菌類の中で大きな子実体(胞子形成体)を作るキノコ類、イノシン酸を豊富に含む陸上動物および海産動物からも、単細胞化植物同様、キノコ類及び動物の酵素分解物質を分散質として、水を主成分とする分散媒にコロイド状に分散した分散体及びそれらの粉末が求められている。すなわち、生物を構成する植物、動物、及び、菌類全ての酵素分解物質のコロイド状液体化及びその粉末化が必要である。
【0016】
このような観点からは、キノコ類及び動物は、加熱により食する以外の調理法がなく、単細胞化植物の懸濁液及び粉末と混合して調理できる加工食品はなかった。しかし、酵素分解技術を用いた、キノコ類の粥状液及び動物のコロイド状溶解物及びその粉末を製造する方法が見出された(特許文献6及び7)。このことは、生物が、植物、動物、及び、菌類から構成されているので、生物全ての酵素分解物質を分散質として、水を主体とする分散媒に分散し分散体及びその粉末化が、酵素分解技術を用いて可能になることを意味する。
【0017】
キノコ類については、Rhizopus属糸状菌の生産するプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間物質分解酵素剤(細胞分離酵素剤)と、Trichoderma属糸状菌の生産するセルロース分解酵素を主体として含有する繊維分解酵素剤(セルラーゼ剤)とを併用した酵素分解によって製造される子実体の粥状液である(特許文献6)。
【0018】
動物については、酵素分解した濃縮液及び粉末が調味料に利用されてきた。しかし、従来の濃縮液及び粉末は、プロティナーゼ及びペプチダーゼの双方を含む強力なタンパク質分解酵素を含むプロテアーゼ製剤を加えてアミノ酸結合数が約50個以上の原料タンパク質をアミノ酸の結合数が約50個未満のペプチドに、更に、アミノ酸にまで加水分解して旨味の強い分解液とし、これから未分解物を除去した透明液を濃縮及び粉末化する方法で製造されていたため、原料タンパク質のポリペプチド、オリゴペプチド、更には、アミノ酸まで分解される程度は低く、特に、コラーゲンやエラスチン等の多い硬タンパク質では50~60%程度の原料利用率でしかないにもかかわらず、得られる濃縮液及び粉末中に含まれるべき旨味成分の主体となるイノシン-5′-リン酸(IMP)の分解が進む問題があった。これは、プロティナーゼ活性は、タンパク質のペプチド鎖のペプチド結合の位置が選択されることなく加水分解する酵素であり、ペプチダーゼ活性が、タンパク質のペプチド鎖の末端ペプチド結合を加水分解してアミノ酸単量体を遊離させる酵素であり、これら双方を用いて酵素分解すること、特に、ぺプチダーゼにより、タンパク質が単量体であるアミノ酸に加水分解されることに起因しているものと考えられる。そこで、プロティナーゼ活性を有する微生物酵素剤を作用させることによって、動物中の硬タンパク質成分及びその他のタンパク質成分のアミノ酸への加水分解を抑制したコロイド状溶液及びその粉末を製造する方法が報告されている(特許文献7)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【特許文献1】特開平7-023732号公報
【特許文献2】特開平9-075026号公報
【特許文献3】特開2001-161348号公報
【特許文献4】特開2009-142267号公報
【特許文献5】国際公開第2006/064578号公報
【特許文献6】特開平9-275927号公報
【特許文献7】特開2000-032948号公報
【非特許文献】
【0020】
【非特許文献1】第一三共株式会社,「Lesson05野菜と果物は足りていますか?」,[on line],ヘルシーレシピ,からだにe学び,フレイルを学ぶ,[2023年2月21日検索],インターネット<URL:https://www.ehealthyrecipe.com/knowledge/frailty/vol05.html>.
【非特許文献2】東京都生活文化局広報広聴部都民の声課,「令和2年度第6回インターネット都政モニターアンケート「都民の食習慣と外食・中食の利用状況」調査結果」,[on line],2021年1月27日報道発表、[2023年2月21日検索],インターネット<URL: https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2021/01/27/documents/02.pdf>
【非特許文献3】川端希代子,田中達郎,太田隆男,赤澤徹,山名利三郎,「プロトペクチナーゼ利用による野菜の栄養価及び味・香りの改良」,[on line],栄養学会誌,Vol.53,No.3,p.183-190(1995),[2023年2月21日検索],インターネット<URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/eiyogakuzashi1941/53/3/53_3_183/_article/-char/ja/>
【非特許文献4】渡辺篤二,廣瀬理恵子,「単細胞化食品-既存食品と新しい試み」,[on line],日本調理科学会誌,Vol.39,No.1,p.83-87(2006),[2023年2月21日検索],インターネット<URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/cookeryscience1995/39/1/39_83/_pdf/-char/ja>.
【非特許文献5】三星沙織,高橋恭子,中村茜,中村碧,村松芳多子,木内幹,「単細胞化大豆粉を利用した咀嚼・えん下困難者向け介護食品用ペースト状納豆の開発」,[on line],日本食品科学工学会誌,Vol.54,No.10,p.436-441(2007),[2023年2月21日検索],インターネット<URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/nskkk/54/10/54_10_436/_pdf/-char/ja>.
【非特許文献6】ハートフィット株式会社,「単細胞化野菜ピューレ」,[on line],単細胞化野菜ピューレ,[2023年2月21日検索],インターネット<https://www.heartfit.jp/products04.html>.
【非特許文献7】望月みどり監修,「ユーグレナとクロレラの違いは?」,[on line],シックスセンスラボ株式会社,[2023年2月21日検索],インターネット<https://www.sixthsenselab.jp/midorimushi-shop/euglena/different_chlorella/>.
【非特許文献8】日本うま味調味料協会,「うま味ってなんだろう?」,[on line],[2023年2月21日検索],インターネット<https://www.umamikyo.gr.jp/knowledge/>.
【非特許文献9】中山剛,「植物の細胞」,[on line],BotanyWEB,2005,[2023年2月21日検索],インターネット<https://www.biol.tsukuba.ac.jp/~algae/BotanyWEB/cell.html>.
【非特許文献10】東洋大学生命科学部生命科学科藤村研究室,「安心・安全を目指した農業用殺菌剤の新規標的探索」,[on line],研究テーマ,[2023年2月21日検索],インターネット<http://www2.toyo.ac.jp/~mfujimura/research.html>.
【非特許文献11】藤川清三,「細胞レベルでの凍結障害のメカニズム」,[on line],日本冷凍空調学会論文集,Vol.4,No.1,pp.11-25(1987),[2023年2月21日検索],インターネット<https://www.jstage.jst.go.jp/article/tjsrae/4/1/4_1_11/_pdf/-char/ja>.
【非特許文献12】食品開発ラボ,「ガラクトマンナンとは~基礎から徹底解説」,[on line],基礎知識特集,[2023年2月21日検索],インターネット<https://shokulab.unitecfoods.co.jp/article/detail142/>.
【非特許文献13】PHGG情報センター,「PHGG(グアーガム)」,[on line],01PHGGとは?,[2023年2月21日検索],インターネット<https://phgg.jp/about-phgg/phgg-1/>.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
背景技術において説明したように、植物単細胞を、ピューレ、ペースト、ジュレ、及び、ジャム等の加工・健康食品、清涼飲料水及び生ジュース、並びに、化粧・医薬品等の主原料、添加剤、及び、着色剤等へ幅広く利用するためには、酵素分解によって製造される植物単細胞は、細胞間層が酵素分解された植物単細胞、及び、細胞壁全てが酵素分解され、細胞膜だけで被覆されたプロトプラストと呼称される植物単細胞のいずれにおいても、植物単細胞が破壊されることなく、細胞内の栄養成分及び機能成分が保持されることが重要である。そのため、酵素分解処理によって生じた植物単細胞の損傷、単細胞懸濁液の濃縮化及び粉末化における植物単細胞の破壊、及び、植物単細胞の再懸濁時における破壊が、デキストリン、シクロデキストリン、及び、オリゴ糖のような水溶性糖類を保護コロイドとして添加することによって補填され、抑制され、そして、安定化されるものとして提案されてきたものと認められる(特許文献3及び4)。
【0022】
しかしながら、次に示すような、植物の細胞壁及び細胞膜の構造及び成分、並びに、これらに基づく物理的及び化学的特性に基づけば、デキストリン、シクロデキストリン、及び、オリゴ糖のような低分子量の水溶性糖類が、酵素分解処理で生起する植物単細胞の損傷を補填し、植物単細胞の破壊を防止できる能力には限界があることが明白であり、事実、この植物単細胞の補填及び破壊を防止する効果が十分満足できるものではない。
【0023】
植物の細胞は、核と葉緑体やゴルジ体等の細胞小器官が細胞質基質に点在する細胞質とからなる原形質が細胞壁と細胞膜とで囲まれており、細胞壁は、
図1に示すように、一次壁、二次壁、及び、細胞間層から構成されており、隣接する細胞が細胞間層で膠着されている。このような細胞壁及び細胞膜は、表1に示すような成分で構成されている(非特許文献9)。
【0024】
【0025】
このような細胞壁及び細胞膜の構造と成分に基づいて、次のような様々な特徴を有しており、植物単細胞の損傷補填、並びに、植物単細胞の破壊防止及び保護を考える上で重要な意義がある。第一に、細胞間層の主成分であるペクチンやペクチンがイオン結合したプロトペクチン等を含むペクチン質が一次壁及び二次壁にも存在していることである。第二に、一次壁及び二次壁の強度を支配するセルロースは、直線状の高分子で、同一方向に配向した多数のセルロース分子が水素結合によって束となったセルロース微小繊維を形成しており、その三次元構造体が、ヘミセルロース、ペクチン質、及び、その他(タンパク質等)から成るマトリックスに埋め込まれていることである。第三に、一次壁は、二次壁よりも、水分量が多くてセルロース微小繊維の含有量が少ない上、細胞長軸方向に対する異方性が少ないため、力学的強度に乏しく、伸縮性を有していることである。第四に、一次壁のセルロースの分子量が約8万~100万であるのに対し、二次壁のセルロースの分子量は約120万~220万にも達していることである。そして、これらの特徴が、一次壁と二次壁の物理的及び化学的性質に大きな影響を及ぼしている。第五に、細胞膜は、リン脂質二分子膜で、界面活性剤のような親水部と疎水部を有する低分子有機物質の疎水部が会合した構造を形成しており、タンパク質等の栄養成分や機能成分を輸送する膜タンパク質を取り込んでいるが、無極性物質、並びに、水やエタノール等は通過することが可能であり、物理的強度及び化学的安定性に乏しいことである。
【0026】
従来の多くの植物の単細胞化は、一次細胞壁を介して隣接する細胞間を膠着する細胞間層の酵素分解によって行われ、一次壁及び二次壁で保護された単細胞の懸濁液を作製することを意図しているので、分解酵素としては、細胞間層の主成分であるペクチンやプロトペクチン等を含むペクチン質を分解するペクチナーゼ及びプロトペクチナーゼが用いられてきた(特許文献1、2、4、及び、5、並びに、非特許文献3~6)。しかし、表1から明らかなように、植物を単細胞化するために酵素分解される細胞間層の主成分であるペクチン質は、細胞間層だけではなく、一次壁及び二次壁にも含まれ、しかも、一次壁及び二次壁の強度を支配するセルロース微小繊維の三次元構造体が、ヘミセルロース、ペクチン質、及び、その他(タンパク質等)から成るマトリックスに埋め込まれているため、酵素分解によって作製された一次壁及び二次壁で保護されるべき単細胞であるが、実際には、ペクチン質の分解及びそれに伴うヘミセルロースやタンパク質等の崩落による一次壁及び二次壁に多くの損傷がある。この損傷が、細胞内の栄養成分及び機能成分を細胞外へ放出し、外界の空気及び光による酸化及び分解等の劣化を招くこと、単細胞懸濁液の安定した固体粉末化が困難であり、その粉末の再分散性が悪いこと、長期的な保存が困難であること、そして、ニンニクや大豆等のような強くて敬遠される臭気が放散すること等の問題を生起する。
【0027】
更に、プロトプラスト化細胞の場合には、一次壁及び二次壁の結晶性のセルロース微小繊維及び非結晶性のヘミセルロースが分解され、細胞膜で保護される細胞とするために、セルラーゼ及びヘミセルラーゼ等のセルロース分解酵素を用いた処理が施されるが、細胞膜は、リン脂質二分子膜で、界面活性剤のような親水部と疎水部を有する低分子有機物質の疎水部が会合した構造を形成しており、タンパク質等の栄養成分や機能成分を輸送する膜タンパク質を取り込んでいるが、無極性物質、並びに、水やエタノール等は通過することが可能であり、物理的強度及び化学的安定性に乏しい。これを利用して、植物細胞の細胞融合が行われる程である。そのため、酵素分解によるプロトプラスト化においては、細胞間層を酵素分解する場合と同様、一次壁及び二次壁のセルロース微小繊維の酵素分解による細胞膜の損傷の問題、更には、細胞壁で保護されてきた植物細胞が細胞膜だけで保護されているプロトプラスト化細胞の構造安定性の問題を避けることは容易ではない。セルロース微小繊維の酵素分解において、プロトプラスト化細胞の破壊も少なからず生起しているものと考えられる。
【0028】
このような問題を解決するため、細胞間層を酵素分解した植物単細胞及び細胞膜で囲まれたプロトプラスト化細胞の損傷を、デキストリン、シクロデキストリン、及び、オリゴ糖のような低分子量の水溶性糖類を保護コロイドとして添加して、一次及び二次壁、並びに、細胞膜に吸着させて強化する方法が提案されているが、その効果は限定的で、満足し得る解決手段には至っていない。
【0029】
これは、次のように、細胞壁及び細胞膜、並び、保護コロイドとして適用するデキストリン、シクロデキストリン、及び、オリゴ糖の化学的構造及び成分に起因する本質的な要因を含んでいるためである。
【0030】
デキストリンは、澱粉の加水分解物で、分子量が約4,000~1万と低く分岐しており、シクロデキストリンは、更に分子量が小さいグルコピラノースの6~8量体の分子量が約1,000~1,300の環状オリゴ糖であり、そして、オリゴ糖は、更に小さな分子量を含む単糖の2~10量体で分子量が約300~3,000程度のオリゴマーであって、いずれも水に溶解し易い物質である。また、細胞間層を酵素分解した植物単細胞及び細胞膜で囲まれたプロトプラスト化細胞の懸濁液において、界面活性機能を発揮するような明確な親水部及び疎水部が認められず、これらの細胞に強固に吸着して、この懸濁液を安定化する能力に乏しい。
【0031】
図1及び表1を用いて説明したように、植物細胞は、本来、一次壁の分子量が約8万~100万のセルロース微小繊維が、ヘミセルロース、ペクチン質、及ぼ、その他タンパク質等に埋め込まれた水に不溶性の一次壁、及び、分子量が約120万~220万にも達するセルロース微小繊維の三次元構造体が、ヘミセルロース、ペクチン質、及び、その他タンパク質等に埋め込まれた水に不溶性の二次壁に保護されているのであって、ペクチン質の酵素分解によって損傷され、セルロース微小繊維の三次元構造体の一次壁及び二次壁に形成された空隙が、デキストリン、シクロデキストリン、及び、オリゴ糖の吸着によって補填されることは、それらの分子の大きさ及び吸着能のいずれからも無理がある。また、更に、物理的及び化学的安定性に乏しい細胞膜で囲まれたプロトプラスト化細胞は、一次壁及び二次壁の酵素分解によって損傷を受けている場合はもちろんのこと、損傷を受けていない場合においても、細胞壁と比較すれば、低分子量の水溶性である多糖類及びオリゴ糖で保護することは、細胞間層を酵素分解した単細胞の保護以上に困難であると考えられる。
【0032】
従って、細胞間層を酵素分解した植物単細胞及び細胞膜で囲まれたプロトプラスト化細胞の懸濁液に、デキストリン、シクロデキストリン、及び、オリゴ糖のような低分子量の水溶性糖類を添加することによって、細胞内の栄養成分及び機能成分を放出することがなく、凝集による沈殿及び浮遊がない、安定な懸濁液を得ることは困難である。そのため、栄養成分及び機能成分の酸化及び分解等の劣化及び変色を招き、長期的な保存が困難である。また、このような懸濁液の噴霧乾燥及び凍結乾燥等によって得られる粉末も、固体を維持することが困難で、乾燥前の懸濁液のように、水等へ再分散することができない。
【0033】
そして、特許文献6及び7に記載されているキノコ類を酵素分解して得られる粥状液及び動物を酵素分解したコロイド状溶液においても、このような細胞間層を酵素分解した植物単細胞及び細胞膜で囲まれたプロトプラスト化細胞の懸濁液及びその粉末に係る問題が同様に存在する。
【0034】
キノコ類は、葉緑素を持たない菌糸から構成されており、大きな子実体を形成する菌類で、植物及び動物とは異なる生物であるが、菌糸は細胞からできており、細胞を包む細胞膜及び細胞膜を包む細胞壁は類似しており、大きな相違点は、植物の細胞壁のセルロース微小繊維が、キチンであるという点である。キノコ類の細胞壁は、ヘミロース等の多糖類に直線状のキチンが埋め込まれた構造となっている(非特許文献10)。このことは、Rhizopus属糸状菌の生産するプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間物質分解酵素剤(細胞分離酵素剤)と、Trichoderma属糸状菌の生産するセルロース分解酵素を主体として含有する繊維分解酵素剤(セルラーゼ剤)とを併用した酵素分解によって製造される子実体の粥状液は、細胞壁のキチン以外を分解した、植物の細胞間層を酵素分解した単細胞と類似したものが、水に分散したコロイド状分散体となっていることを意味している(特許文献6)。従って、キノコ類の酵素分解によって作製されたコロイド状分散体を安定化させ、その粉末の製造を可能とするばかりか、その粉末が水に再分散して安定したコロイド状分散体となることが求められる。
【0035】
動物についても、プロティナーゼ活性を有する微生物酵素剤を作用させることによって、動物中の硬タンパク質成分及びその他のタンパク質成分のアミノ酸への加水分解を抑制したコロイド状溶液は、タンパク質の加水分解が抑制されているので、植物のように、動物の単細胞が懸濁しているものではないが、酵素分解されたいくつかの細胞を分散質として水を主成分とする分散媒に分散しているコロイド状分散体である(特許文献7)。従って、この場合にも、このコロイド状分散体が安定に存在し、それから製造される粉末が固体を維持し、その粉末が水に再分散して安定したコロイド状分散体になることが求められる。
【0036】
また、冷凍保存においては、冷凍する生物に凍結障害が発生しない冷却速度や冷却温度等に制御した冷凍方法、及び、凍結障害が融解時に顕著とならない解凍方法が検討されているが、水の凝固による急激な膨張が引き起こす細胞内外の応力が、酵素分解の損傷を受けた一次壁、二次壁、及び、細胞膜に及ぼす影響は、酵素分解処理前の細胞以上に大きいものと考えられる。そのため、上記と同様の理由で、凍結障害が、デキストリン、シクロデキストリン、及び、オリゴ糖のような水溶性糖類を保護コロイドとして添加することによって緩和することは困難であると考えられる(非特許文献11)。
【0037】
このように、従来の単細胞化された植物は、細胞間層を酵素分解した植物単細胞及び更に一次壁及び二次壁を酵素分解した細胞膜で囲まれたプロトプラスト化細胞のいずれにおいても、植物単細胞は損傷されており、懸濁液の安定性、その懸濁液の粉末化における損傷、及び、その粉末の再分散性に問題があり、未だ解決されるに至っていない。更に、菌類であるキノコ類が酵素分解されたキチンを主成分とする細胞壁で囲まれた単細胞を分散質とした粥のようなコロイド状分散体、及び、動物である硬タンパク質が酵素分解された細胞の集合体を分散質としたコロイド状分散体についても同様の問題が存在する。すなわち、本発明の課題は、生物の酵素分解物質を分散質として、水を主成分とする分散媒に分散した分散体の安定化、その分散体の粉末化の損傷防止、及び、その粉末の再分散性向上である。更に、本発明は、このような安定化した分散体の製造方法、このような分散体からの粉末製造方法、並びに、これら分散体及び粉末を用いた食品の提供を課題とする。そして、本発明は、このような課題を解決し、植物、動物、及び、菌類から構成される生物について、生物が有する栄養成分及び機能成分が人体に吸収されやすく、植物不足を解消し、美味しく簡単に調理できる上、高齢者も安心して食すことができる食品の提供を目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0038】
植物に、ペクチン分解酵素及びプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間層分解酵素剤を作用させ、細胞間層が酵素分解されて生成する一次壁及び二次壁で囲まれた植物単細胞は、酵素分解処理によって一次壁及び二次壁に含まれるペクチン質も分解されるため、一次壁及び二次壁に含まれるヘミセルロース及びタンパク質等も崩落し、損傷した一次壁及び二次壁で囲まれた単細胞が分散質として、水を主成分とする分散媒に分散されているため、単細胞の凝集が発生し易く、分散安定性が悪い分散体となっている。このような損傷を補填するために、従来、デキストリン、シクロデキストリン、オリゴ糖等が適用されてきたが、既に述べたように、その効果は十分に満足できるものではない。
【0039】
このような従来技術を鑑み、コロイド化学及び界面化学の観点から、細胞の構成成分を考慮して、上記分散安定性を改善することが可能な保護コロイドに適した物質を、水溶性多糖類に的を絞り検討した。この検討にあたり、次の点に留意した。第一に、保護コロイドとしての機能を左右する、生物の酵素分解物質である分散質に吸着して、その損傷を被覆すると共に、水を主成分とする分散媒に安定したコロイド状態を保持させることができる界面活性能であり、適度な親水性親油性バランス(HLB、Hydrophile- Lipophile
Balance)を備えていることである。第二に、酵素分解物を保護するために必要な強度と、細胞内の栄養成分及び機能成分の放出に弊害をもたらさないことである。第三に、第一と第二の留意点を満足するための、可能な限り大きな分子量を有することである。第四に、保護コロイド自体が、人体に悪影響を及ぼさないことである。そして、第五に、酵素分解が行われる溶液の状態の影響を受けにくいことである。
【0040】
その結果、表2及び
図2に示すマメ科植物から抽出される多糖類であるガラクトマンナンが、上記留意点を満足していることを見出した。
【0041】
【0042】
そこで、ペクチン分解酵素及びプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間層分解酵素剤を作用させ、細胞間層が酵素分解されて生成する一次壁及び二次壁で囲まれている植物単細胞が分散されている懸濁液に、分子量が約2万のグアーガムを添加して超音波分散させた後、噴霧乾燥して得られた粉末を水に再分散させた懸濁液の分散安定性を、植物単細胞の浮上又は沈降の程度から評価した。そして、分子量1万程度のアミロデキストリン,分子量7,000程度のエリスロデキストリン,分子量4,000程度のアクロデキストリン、シクロデキストリンの中でも効果的であることが開示されているγ-シクロデキストリン(特許文献4)、及び、ガラクトオリゴ糖(特許文献3)を同様に添加して分散させ、噴霧乾燥して得られた粉末を水に再分散させた懸濁液の分散安定性と比較評価したところ、ガラクトマンナンの一種である分子量が約2万のグアーガムを添加した場合が最も優れていることが明らかとなった。更に、保護コロイドとして種々のガラクトマンナンを検討すると共に、分散質として、プロトプラスト化植物単細胞、キノコ類の子実体の酵素分解物、及び、動物の酵素分解物を検討した結果、本発明の完成に至った。
【0043】
すなわち、本発明は、植物に、ペクチン分解酵素及び/又はプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間層分解酵素剤を作用させて生成される植物単細胞、植物に、ペクチン分解酵素及び/又はプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間層分解酵素剤と、セルロース分解酵素及び/又はヘミセルロース分解酵素を主体として含有する細胞壁分解酵素剤を作用させて生成されるプロトプラスト化植物単細胞、キノコ類の子実体に、ペクチン分解酵素及び/又はプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間物質分解酵素剤と、セルロース分解酵素及び/又はヘミセルロース分解酵素を主体として含有する繊維分解酵素剤を作用させて生成される子実体分解物質、及び、動物に、プロティナーゼ活性を有するタンパク質分解酵素剤を作用させて生成される動物分解物質が、それぞれ、分散質として、ガラクトマンナンを溶解している水を主成分とする分散媒に分散されていることを特徴とする分散体である。ここで、ガラクトマンナンは、表2から分かるように、マンノース:ガラクトースの比率が異なる5種類のガラクトマンナンがあり、これらから選択される一つ以上を用いることができる。特に、保護コロイドとして界面活性能に優れた、親水性親油性バランスの取れたフェヌグリークガム、グアーガム、タラガム、及び、ローカストビーンガムから選択されることが好ましい。
【0044】
ガラクトマンナンが、本発明の分散体の保護コロイドとして優れた効果を発揮するのは、第一に、
図2のガラクトマンナンの分子構造の概要模式図から明らかなように、疎水性のマンノースを主鎖として、親水性のガラクトースがその側鎖として結合している分子構造で、親水性親油性バランスを有する界面活性能が優れていることにある。
【0045】
第二に、表2に示すように、マンノースとガラクトースの比率が異なる、フェヌグリークガム、グアーガム、タラガム、ローカストビーンガム、及び、カシアガムの五種類のガラクトマンナンがあり、分散質に適したガラクトマンナンを選択できると共に、複数を併用できることにある。
【0046】
第三に、表2に示すように、ガラクトマンナンは、マメ科植物から抽出される水溶性食物繊維で、腸内環境改善及び血糖値上昇抑制等の生理作用を有する人体に好ましい物質である。
【0047】
このように、ガラクトマンナンは、本発明の保護コロイドとして優れた機能を発揮する多糖類であるが、通常、分子量が20万~30万であり、分散体に配合量が多くなると年度が高くなり、分散質間に及ぶ吸着が生じて凝集が激しくなるため、配合量及び/又は分散質濃度を低減する必要がある。従って、有効な食品濃度を確保するためには、ガラクトマンナンの酸やガラクトマンナン分解酵素による加水分解物で、分子量が約1万~5万としたものが好ましく、約1万~3万としたものがより好ましい。
【0048】
更に、ガラクトマンナンは、マンノースの比率が高くなるに従い、親水性親油性バランスが崩れて水溶性が低下し、水溶液中での分子鎖の拡がりの縮小を招き、分散質への吸着量が減少するため、マンノース:ガラクトースの比率が4:1までのフェヌグリークガム、グアーガム、タラガム、及び、ローカストビーンガムが好ましく、マンノース:ガラクトースの比率が3:1までのフェヌグリークガム、グアーガム、及び、タラガムが好ましい。特に、分子量が約1万~5万、より好ましくは、分子量が約1万~3万のフェヌグリークガム、グアーガム、及び、タラガムが、本発明の保護コロイドとして適している。
【0049】
一方、植物に、ペクチン分解酵素及び/又はプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間層分解酵素剤を作用させて生成される植物単細胞、植物に、ペクチン分解酵素及び/又はプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間層分解酵素剤、及び、セルロース分解酵素及び/又はヘミセルロース分解酵素を主体として含有する細胞壁分解酵素剤を作用させて生成されるプロトプラスト化植物単細胞、キノコ類の子実体に、ペクチン分解酵素及び/又はプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間物質分解酵素剤と、セルロース分解酵素及び/又はヘミセルロース分解酵素を主体として含有する繊維分解酵素剤を作用させて生成される子実体分解物質、及び、動物に、プロティナーゼ活性を有するタンパク質分解酵素剤を作用させて生成される動物分解物質については、従来技術、例えば、特許文献1~7に記載されている酵素分解技術に従って製造された分解物質を分散質として、水を主成分とする分散媒に分散された分散体を使用することができる。また、特許文献1~7以外にも数多くの生物の酵素分解によって生成する分散体を使用することができる。
【0050】
ただし、このような生物の酵素分解物質に応じて、ガラクトマンナンの種類、分子量、配合量等を選択する必要がある。しかし、生物の種類によって酵素分解を行う濃度が広範囲に及ぶが、ガラクトマンナンを効果的に機能させるためには、分散体における分散質である酵素分解物質の固形分濃度は、約10~60重量%であることが好ましく、ガラクトマンナンの濃度は、0.1~10重量%であることが好ましく、特に好ましいガラクトマンナンは、分子量約2万のグアーガムである(非特許文献13)。
【0051】
このようにして製造された各種生物の分散体は、ガラクトマンナンが酵素分解物質に吸着し、酵素分解によって損傷された細胞壁及び細胞膜を補填するので、凝集等による沈降や浮上が生起することなく、安定した分散体である。そのため、植物に、ペクチン分解酵素及び/又はプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間層分解酵素剤を作用させて生成される植物単細胞、植物に、ペクチン分解酵素及び/又はプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間層分解酵素剤、及び、セルロース分解酵素及び/又はヘミセルロース分解酵素を主体として含有する細胞壁分解酵素剤を作用させて生成されるプロトプラスト化植物単細胞、キノコ類の子実体に、ペクチン分解酵素及び/又はプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間物質分解酵素剤と、セルロース分解酵素及び/又はヘミセルロース分解酵素を主体として含有する繊維分解酵素剤を作用させて生成される子実体分解物質、及び、動物に、プロティナーゼ活性を有するタンパク質分解酵素剤を作用させて生成される動物分解物質が、それぞれ、分散質として、ガラクトマンナンを溶解している水を主成分とする分散媒に分散されている分散体は、各分散質がガラクトマンナンで保護されているため、噴霧乾燥及び凍結乾燥によって、破壊されることなく、粉末間の融着がない酵素分解物質の粉末にすることができる。
【0052】
従って、本発明は、以上のいずれかの分散体を噴霧乾燥及び凍結乾燥によって製造されることを特徴とするガラクトマンナン含有酵素分解物質の粉末を提供するものである。ここで、この発明は、「噴霧乾燥及び凍結乾燥を用いた粉末」と記述されているが、噴霧乾燥及び凍結乾燥は、それぞれ、「溶液または懸濁液を熱風中に噴霧してきわめて短時間で乾燥し粒状の固体粒子を得る方法」及び「湿った材料を予備凍結し、系をその凍結物の水蒸気圧以下に減圧にすることにより、氷を昇華させて、材料を乾燥する方法」(粉体工学会編「粉体工学用語辞典」)として、物の構造又は特性を特定する用語として概念が定着しているので、その物の製造方法が記載されている場合に該当しない物の発明である。
【0053】
更に、上記ガラクトマンナン含有酵素分解物質の粉末は、ガラクトマンナンによって保護されて、粉末間の融着がないため、水を主成分とする分散媒に容易に再分散し、安定した分散体を生成することができる。すなわち、本発明は、上記ガラクトマンナン含有酵素分解物質の粉末が分散質として、水を主成分とする分散媒に分散されている分散体を提供するものである。この発明も、「分散媒に分散されている分散体」と記述されているが、「分散」とは、単に状態を示すことにより構造又は特性を特定しているにすぎず、その物の製造方法が記載されている場合に該当しない物の発明である。
【0054】
そして、植物に、ペクチン分解酵素及び/又はプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間層分解酵素剤を作用させて生成される植物単細胞、植物に、ペクチン分解酵素及び/又はプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間層分解酵素剤、及び、セルロース分解酵素及び/又はヘミセルロース分解酵素を主体として含有する細胞壁分解酵素剤を作用させて生成されるプロトプラスト化植物単細胞、キノコ類の子実体に、ペクチン分解酵素及び/又はプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間物質分解酵素剤と、セルロース分解酵素及び/又はヘミセルロース分解酵素を主体として含有する繊維分解酵素剤を作用させて生成される子実体分解物質、及び、動物に、プロティナーゼ活性を有するタンパク質分解酵素剤を作用させて生成される動物分解物質が、それぞれ、分散質として、ガラクトマンナンを溶解している水を主成分とする分散媒に分散されていることを特徴とする分散体は、酵素分解処理前の本来の生物が備える栄養成分及び機能成分が劣化することなく長期間に亘り保持することができると共に、分散状態も長期間に亘り維持することができるので、様々な食品に混合して使用することができる。例えば、このような分散体を、ドレッシング、スープ、及び、ジュース等の液状食品ばかりか、うどんやそうめん等の麺類、マカロニやスパゲッティ等のマカロニ類、食パンやピロキシ等のパン類、クレープやホットケーキ等の菓子類、天ぷらやフライ等の衣(ころも)類、及び、お好み焼きやたこ焼き等の小麦粉加工食品、並びに、蒲鉾、竹輪、及び、ハンペン等の水産練り食品、並びに、畜肉ソーセージ、プレスハム、及び、ジャーキー等の畜産加工食品、並びに、魚肉ソーセージ、魚肉ハム、及び、揚げ蒲鉾等の水産畜産加工食品、並びに、ハンバーグ、ミートボール、及び、コロッケ等の冷凍加工食品等幅広く利用することができる。すなわち、本発明は、上記分散体が混合されていることを特徴とする食品を提供することができる。
【0055】
このことは、上記分散体から噴霧乾燥及び凍結乾燥を用いた粉末及びこの粉末が水を主成分とする分散媒に再分散された分散体についても、全く同様の効果を奏し、全く同様に各種食品に混合されて利用することができる。
【0056】
以上説明したように、植物に、ペクチン分解酵素及び/又はプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間層分解酵素剤を作用させて生成される植物単細胞、植物に、ペクチン分解酵素及び/又はプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間層分解酵素剤、及び、セルロース分解酵素及び/又はヘミセルロース分解酵素を主体として含有する細胞壁分解酵素剤を作用させて生成されるプロトプラスト化植物単細胞、キノコ類の子実体に、ペクチン分解酵素及び/又はプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間物質分解酵素剤と、セルロース分解酵素及び/又はヘミセルロース分解酵素を主体として含有する繊維分解酵素剤を作用させて生成される子実体分解物質、及び、動物に、プロティナーゼ活性を有するタンパク質分解酵素剤を作用させて生成される動物分解物質が、それぞれ、分散質として、ガラクトマンナンを溶解している水を主成分とする分散媒に分散されていることを特徴とする分散体は、各酵素分解処理によって得られる分解物質がガラクトマンナンによって保護されていることによって、この分散体自体の総合的な安定性を確保することができるが、この分散体は、次のような工程を経て製造されることが好ましい。
【0057】
すなわち、生物に生物分解酵素を作用させる第1の工程と、第1の工程により得られた生物の酵素分解物質を分散質として、水を主成分とする分散媒に分散された分散体に、水に溶解したガラクトマンナンを添加する第2の工程と、第2の工程により製造された分散体を分散機で分散する第3の工程と、第3の工程により製造された分散体を濾過する第4の工程を少なくとも経ることによって製造されることが好ましい。
【0058】
このようにして製造された分散体から、ガラクトマンナン含有酵素分解物質の粉末を製造するには、次のような工程を経て製造されることが好ましい。すなわち、生物に生物分解酵素を作用させる第1の工程と、第1の工程により得られた前記生物の酵素分解物質を分散質として、水を主成分とする分散媒に分散された分散体に、水に溶解したガラクトマンナンを添加する第2の工程と、第2の工程により製造された分散体を分散機で分散する第3の工程と、第3の工程により製造された分散体を濾過する第4の工程と、第4の工程により製造された分散体を減圧蒸留濃縮又は遠心分離により濃縮する第5の工程と、第5の工程により濃縮された分散体を凍結乾燥又は噴霧乾燥により粉末化する第6の工程を少なくとも経ることによって製造されることが好ましい。
【0059】
そして、このようにして製造されたガラクトマンナン含有酵素分解物質の粉末が水を主成分とする分散媒に再分散される分散体は、次のような工程を経て製造されることが好ましい。すなわち、ガラクトマンナン含有酵素分解物質の粉末を、ガラクトマンナンを含む又は含まない、水を主成分とする分散媒に投入する第一の工程と、第一の工程で製造された分散体を分散機で再分散させる第二の工程とを少なくとも経ることによって製造されることが好ましい。特に、第一の工程において、ガラクトマンナンを含む水を主成分とする分散媒に、ガラクトマンナン含有酵素分解物質の粉末を投入することが、再分散性を顕著に高める効果を奏する。
【発明の効果】
【0060】
本発明により、細胞間層が酵素分解された植物単細胞、及び、細胞壁全てが酵素分解され、細胞膜だけで被覆されたプロトプラストと呼称される植物単細胞のいずれにおいても、従来の酵素分解により製造される植物単細胞と異なり、酵素分解処理によって損傷した植物単細胞の凝集、その植物単細胞からの栄養成分及び機能成分の漏洩、単細胞懸濁液の濃縮化及び粉末化における植物単細胞の破壊、並びに、植物単細胞の再懸濁時における破壊が防止され、細胞内の栄養成分及び機能成分の劣化が大幅に抑制され、植物単細胞の懸濁液の安定性が向上するという効果を奏し、長期的な保存が可能となるという効果も誘起する。また、この懸濁液の噴霧乾燥及び凍結乾燥を用いた粉末も凝集することなく、水を主成分とする分散媒への再分散性が向上するという効果も誘起する。その結果として、このような酵素分解によって製造される植物単細胞を、ピューレ、ペースト、ジュレ、及び、ジャム等の加工・健康食品、清涼飲料水及びジュース、並びに、化粧・医薬品等の主原料、添加剤、及び、着色剤等へ幅広く提供することができるようになる。
【0061】
更に、本発明の、キノコ類の子実体に、ペクチン分解酵素及び/又はプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間物質分解酵素剤と、セルロース分解酵素及び/又はヘミセルロース分解酵素を主体として含有する繊維分解酵素剤を作用させて生成される子実体分解物質、及び、動物に、プロティナーゼ活性を有するタンパク質分解酵素剤を作用させて生成される動物分解物質が、それぞれ、分散質として、水を主成分とする分散媒に分散されている分散体、その分散体の噴霧乾燥及び凍結乾燥を用いた粉末、そして、その粉末が水を主成分とする分散媒に再分散された分散体は、植物にはないグアニル酸及びイノシン酸といううま味成分を有するため、植物の有するグルタミン酸との組み合わせによる相乗効果により、食品の美味しさを飛躍的に高めることができ、植物単細胞と共に、広範囲に亘る食品に利用することができるという効果がある。
【0062】
各生物に適した酵素を作用させて作製される酵素分解物質のコロイド水溶液を、保護コロイドとしてガラクトマンナンを用いて安定化した分散体、その分散体の粉末、及び、その粉末を水に再分散させた分散体は、生物の有する栄養成分及び機能成分がコロイドの分散質の中に保護されるため、外界と触れることがなく、劣化することがないので、長期間の保存が可能であり、又、冷凍による冷凍障害を受け難くいので、冷凍保存も可能である。また、この保護コロイドが、生理作用を有する水溶性食物繊維であるため、酵素分解された細胞の有する栄養成分及び機能成分の人体への吸収を阻害することがなく、ガラクトマンナンの腸内環境改善効果及び血糖値上昇抑制効果が付与される。
【0063】
そして、このような特徴を有する本発明の分散体及び粉末は、ドレッシング、スープ、及び、ジュース等の液状食品ばかりか、うどんやそうめん等の麺類、マカロニやスパゲッティ等のマカロニ類、食パンやピロキシ等のパン類、クレープやホットケーキ等の菓子類、天ぷらやフライ等の衣(ころも)類、及び、お好み焼きやたこ焼き等の小麦粉加工食品、並びに、蒲鉾、竹輪、及び、ハンペン等の水産練り食品、並びに、畜肉ソーセージ、プレスハム、及び、ジャーキー等の畜産加工食品、並びに、魚肉ソーセージ、魚肉ハム、及び、揚げ蒲鉾等の水産畜産加工食品、並びに、ハンバーグ、ミートボール、及び、コロッケ等の冷凍加工食品等幅広く利用することができる。しかも、うま味の三大要素であるグルタミン酸、イノシン酸、及び、グアニル酸を配合してうま味の相乗効果を発現した美味しい食品を提供することができる。
【0064】
更に、コロイド状に分散された液体又は粉末として食品の原料として提供できるので、堅くて繊維が多くて噛み切ることが困難であることや咀嚼及び嚥下の力の低下による誤嚥の危険性が高い高齢者の誤嚥を心配することがない食品に利用できる
【図面の簡単な説明】
【0065】
【
図1】植物細胞の細胞壁と細胞膜の構造の概要を示す模式図である。
【
図2】本発明の一実施形態にかかる、ガラクトマンナンの分子構造の概要を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0066】
以下、本発明に対する理解を深めるために、実施例を用いて、具体的に本発明を説明するが、本発明は、実施例に限定されるものではなく、本発明の主旨を逸脱しない範囲内で種々変更して実施することが可能であり、特許請求の範囲に記載した技術思想によってのみ限定されるものである。
≪実施例1≫
【0067】
特許文献2に従って、植物の代表例としてニンジンを用い、その細胞間層を酵素分解した植物単細胞の懸濁液を作製した。細胞間層分解酵素は、リゾプス(Rhizopus)属糸状菌から分離される酵素で、強固なプロトペクチンを解離するプロトペクチナーゼを主体とする酵素剤で、リゾプス属に属する糸状菌のふすま、ミカン果皮等の混合固体培養で生成され、水で抽出された生成物が溶解している透明液をアルコールの25~75%飽和水溶液に添加し、沈降して得られる粉末を用いた。
【0068】
ニンジンは、市販されているニンジンを用い、スチームピーラーで剥皮した後、0.5cm角に細断したものをブランチング処理することなく、原料ニンジンとした。この原料ニンジンと共に、原料ニンジンに対し、約0.2~0.3重量%の上記プロトペクチナーゼを主体とする細胞間層分解酵素、約0.2重量%のL-アスコルビン酸(pH調整剤及び酸化防止剤)を撹拌槽に投入し、約40℃で90~120分撹拌することによって酵素分解処理を施した後、20メッシュのナイロンメッシュで濾過して単細胞懸濁液を得た。この懸濁液中の単細胞を安定化させるために、保護コロイドとして分子量約2万のグアーガム分解物を用い、その約0.5重量%水溶液で、酵素分解処理された単細胞懸濁液を3倍に希釈した後、超音波分散機で分散処理を施した。更に、このようにして作製されたニンジン単細胞化懸濁液をスプレードライヤーで噴霧乾燥により粉末化した後、上記グアーガム分解物の約0.1重量%水溶液に、約50重量%となるように超音波分散機で再分散した。この分散体を試験管に投入して静置し、単細胞分散質の沈降又は浮上する凝集状態を目視で判定した。この判定を採用したのは、本発明の分散体、すなわち、40℃、90~120分の酵素分解処理を施して作製された単細胞懸濁液を分子量約2万のグアーガム分解物の約0.5重量%水溶液で希釈した懸濁液の安定性、及び、この分散体の噴霧乾燥を用いた粉末の安定性(粉末が凝集することなく独立して形成されていること)も含めた総合的評価ができる簡易な方法として相応しいためである(特許文献3)。
≪比較例1≫
【0069】
保護コロイドを用いないことを除き、実施例1と同様に、ニンジンの単細胞懸濁液を噴霧乾燥した粉末を再分散した分散体を評価した。
≪比較例2≫
【0070】
保護コロイドとして、γ-シクロデキストリンを用いることを除き、実施例1と同様に、ニンジンの単細胞懸濁液を噴霧乾燥した粉末を再分散した分散体を評価した。
≪実施例2≫
【0071】
特許文献6に従って、キノコ類の代表例として生シイタケの子実体を用い、その酵素分解した粥状のコロイド水溶液を作製した。分解酵素としては、リゾプス属糸状菌の生産するプロトペクチン分解酵素を主体として含有する細胞間層分解酵素剤と、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)糸状菌の生産するセルロース分解酵素を主体として含有する繊維分解酵素剤(Aセルラーゼ剤)とを併用して用いた。
【0072】
生シイタケは、水洗し、石付きを取り除いた生シイタケを、約0.5cm角に細断したものを原料とした。この原料生シイタケと共に、同重量の水、並びに、原料生シイタケに対し、約1.5重量%の上記細胞間層分解酵素剤及び約2.5重量%の上記繊維分解酵素剤を撹拌槽に投入し、プラネタリー回転方式の卓上型万能ミキサーで、約25℃で4時間撹拌することによって酵素分解した後、27メッシュのナイロンメッシュで濾過して生シイタケの酵素分解物質の粥状コロイド水溶液を得た。このコロイド水溶液を安定化させるために、保護コロイドとして分子量約2万のグアーガム分解物を用い、その約0.5重量%水溶液で、生シイタケの酵素分解物質のコロイド水溶液を2倍に希釈した後、超音波分散機で分散処理を施した。更に、このようにして作製された生シイタケの酵素分解物質のコロイド水溶液をスプレードライヤーで噴霧乾燥により粉末化した後、上記グアーガム分解物の約0.1重量%水溶液に、約50重量%となるように超音波分散機で再分散した。この分散体を試験管に投入して静置し、生シイタケの酵素分解物質の沈降又は浮上する凝集状態を目視で判定した。
≪比較例3≫
【0073】
保護コロイドを用いないことを除き、実施例2と同様に、生シイタケの酵素分解物質のコロイド水溶液を噴霧乾燥した粉末を再分散した分散体を評価した。
≪比較例4≫
【0074】
保護コロイドとして、γ-シクロデキストリンを用いることを除き、実施例2と同様に、生シイタケの酵素分解物質のコロイド水溶液を噴霧乾燥した粉末を再分散した分散体を評価した。
≪実施例3≫
【0075】
特許文献7に従って、動物の代表例としてナマコを用い、その酵素分解したコロイド水溶液を作製した。分解酵素としては、バチルス・アミロリキフアシエンス(Bacillus amyloliquifaciens)の生産するプロティナーゼ活性を有するタンパク質分解酵素剤(プロテアーゼ剤)を用いた。
【0076】
ナマコは、新鮮な生きているナマコを洗浄し、約1.0cmに細断したものを原料として用いた。この原料ナマコに、原料ナマコの約20重量%の水を加え、約100℃で3~5分間加熱した後、約25℃に急冷した。この原料ナマコを含む水に、原料ナマコに対し、0.5~1.0重量%の上記プロテアーゼ剤を添加し、25℃で100~150rpmの撹拌速度で4~6時間撹拌した後、20メッシュのナイロンメッシュで濾過してナマコの酵素分解物質のコロイド水溶液を得た。このコロイド水溶液を安定化させるために、保護コロイドとして分子量約2万のグアーガム分解物を用い、その約0.5重量%水溶液で、ナマコの酵素分解物質のコロイド水溶液を3倍に希釈した後、超音波分散機で分散処理を施した。更に、このようにして作製されたナマコの酵素分解物質のコロイド水溶液をスプレードライヤーで噴霧乾燥により粉末化した後、上記グアーガム分解物の約0.1重量%水溶液に、約50重量%となるように超音波分散機で再分散した。この分散体を試験管に投入して静置し、ナマコの酵素分解物質の沈降又は浮上する凝集状態を目視で判定した。
≪比較例5≫
【0077】
保護コロイドを用いないことを除き、実施例2と同様に、ナマコの酵素分解物質のコロイド水溶液を噴霧乾燥した粉末を再分散した分散体を評価した。
≪比較例6≫
【0078】
保護コロイドとして、γ-シクロデキストリンを用いることを除き、実施例2と同様に、ナマコの酵素分解物質のコロイド水溶液を噴霧乾燥した粉末を再分散した分散体を評価した。
【0079】
以上、実施例1~3、並びに、比較例1~6の評価結果を表3に示した。判定基準は、72時間静置した後の、各酵素分解物質を再分散させた分散体のコロイド状態について、酵素分解物質の粉末である分散質と水が主成分である分散媒とが分離していない場合を◎とし、分離している場合を×とした。
【0080】
【0081】
表3から明らかなように、ガラクトマンナンの一種であるグアーガムを保護コロイドとして用いることによって、生物の酵素分解物質を分散質として、水が主成分である分散媒に分散した分散体、その分散体を噴霧乾燥した粉末、そして、その粉末を水に再分散した分散体は、いずれも、凝集することがない安定な分散体及び凝集していない粉末として提供できることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明の、各生物に適した酵素を作用させて作製される酵素分解物質のコロイド水溶液を、保護コロイドとしてガラクトマンナンを用いて安定化した分散体、その分散体の粉末、及び、その粉末を水に再分散させた分散体は、生物の有する栄養成分及び機能成分がコロイドの分散質の中に保護されるため、外界と触れることがなく、劣化することがないので、長期間の保存が可能であり、又、冷凍による冷凍障害を受け難くいので、冷凍保存も可能である。また、この保護コロイドが、生理作用を有する水溶性食物繊維であるため、酵素分解された細胞の有する栄養成分及び機能成分の人体への吸収を阻害することがなく、ガラクトマンナンの腸内環境改善効果及び血糖値上昇抑制効果が付与される。
【0083】
そして、このような特徴を有する本発明の分散体及び粉末は、ドレッシング、スープ、及び、ジュース等の液状食品ばかりか、うどんやそうめん等の麺類、マカロニやスパゲッティ等のマカロニ類、食パンやピロキシ等のパン類、クレープやホットケーキ等の菓子類、天ぷらやフライ等の衣(ころも)類、及び、お好み焼きやたこ焼き等の小麦粉加工食品、並びに、蒲鉾、竹輪、及び、ハンペン等の水産練り食品、並びに、畜肉ソーセージ、プレスハム、及び、ジャーキー等の畜産加工食品、並びに、魚肉ソーセージ、魚肉ハム、及び、揚げ蒲鉾等の水産畜産加工食品、並びに、ハンバーグ、ミートボール、及び、コロッケ等の冷凍加工食品等幅広く利用することができる。しかも、うま味の三大要素であるグルタミン酸、イノシン酸、及び、グアニル酸を配合してうま味の相乗効果を発現した美味しい食品を提供することができる。
【0084】
更に、コロイド状に分散された液体又は粉末として食品の原料として提供できるので、堅くて繊維が多くて噛み切ることが困難であることや咀嚼及び嚥下の力の低下による誤嚥の危険性が高い高齢者の誤嚥を心配することがない食品に利用できる。
【0085】
従って、本発明は、食品、化粧品、及び、医薬品等の産業分野に利用される可能性が極めて高いものである。しかも、本発明の酵素分解技術は、生物全ての酵素分解の基礎となるものであって、コンポスト、もみ殻分解、生物の廃棄物利用等にも応用でき、幅広い産業分野で利用される可能性がある。