(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024169085
(43)【公開日】2024-12-05
(54)【発明の名称】銀合金薄膜、銀合金薄膜の製造方法、及び、複合体
(51)【国際特許分類】
C22C 5/06 20060101AFI20241128BHJP
C23C 14/14 20060101ALI20241128BHJP
C23C 14/34 20060101ALI20241128BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20241128BHJP
C22F 1/14 20060101ALN20241128BHJP
【FI】
C22C5/06 Z
C23C14/14 D
C23C14/34 A
C23C14/34 R
C23C14/34 M
C22F1/00 613
C22F1/00 604
C22F1/00 630C
C22F1/00 630A
C22F1/00 691Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 691A
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/14
C22F1/00 641Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023086274
(22)【出願日】2023-05-25
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(74)【代理人】
【識別番号】100202441
【弁理士】
【氏名又は名称】岩田 純
(72)【発明者】
【氏名】関 和明
(72)【発明者】
【氏名】楠 一彦
(72)【発明者】
【氏名】山根 典之
(72)【発明者】
【氏名】上島 良之
(72)【発明者】
【氏名】平藤 哲司
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 将克
(72)【発明者】
【氏名】松原 英一郎
【テーマコード(参考)】
4K029
【Fターム(参考)】
4K029AA02
4K029AA04
4K029AA07
4K029AA09
4K029BA22
4K029BB07
4K029BB08
4K029CA06
4K029DA08
4K029DC04
4K029EA01
4K029EA03
4K029EA05
4K029FA06
4K029GA05
(57)【要約】
【課題】600℃未満の中低温域における酸素透過係数が改善された銀合金薄膜を開示する。
【解決手段】本開示の銀合金薄膜は、銀合金相を有し、前記銀合金相が、複数の結晶子によって構成され、前記銀合金薄膜の面と平行な断面における前記結晶子の平均結晶子径が、100nm以下であることを特徴とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
銀合金薄膜であって、銀合金相を有し、
前記銀合金相が、複数の結晶子によって構成され、
前記銀合金薄膜の面と平行な断面における前記結晶子の平均結晶子径が、100nm以下である、
銀合金薄膜。
【請求項2】
前記結晶子の粒界に複数の酸化物粒子が存在する、
請求項1に記載の銀合金薄膜。
【請求項3】
前記酸化物粒子が、構成元素としてAl及びMgのうちの一方又は両方を含む、
請求項2に記載の銀合金薄膜。
【請求項4】
前記銀合金薄膜に占める前記酸化物粒子の体積率が、0.1体積%以上15.0体積%以下である、
請求項3に記載の銀合金薄膜。
【請求項5】
350℃において、2.0×10-5Ncc-O2/cm/min/atm0.5以上の酸素透過係数を有する、
請求項1に記載の銀合金薄膜。
【請求項6】
2.0GPa以上のナノインデンテーション硬さを有する、
請求項1に記載の銀合金薄膜。
【請求項7】
酸素透過膜として使用される、
請求項1に記載の銀合金薄膜。
【請求項8】
0.1μm以上100μm以下の厚みを有する、
請求項1に記載の銀合金薄膜。
【請求項9】
スパッタリングターゲットとしてAg合金を用い、ArガスとO2ガスとの供給下、下記式(1)の条件が満たされるようにスパッタリングを行うことで、銀合金薄膜を成膜すること、
を含む、銀合金薄膜の製造方法。
(1.6×10-6×CAl-3.7×10-8×CAl
2+8.2×10-7×CMg)×SR≦PO2≦PAr・・・(1)
ここで、
CAlは、前記スパッタリングターゲットのAl濃度(at%)であり、
CMgは、前記スパッタリングターゲットのMg濃度(at%)であり、
SRは、成膜速度(nm/min)であり、
PArは、スパッタリング雰囲気中のAr分圧(Pa)であり、
PO2は、スパッタリング雰囲気中のO2分圧(Pa)であり、
前記Al濃度CAlは、0at%以上7.0at%以下であり、
前記Mg濃度CMgは、0at%以上10.0at%以下であり、
前記Al濃度CAlと前記Mg濃度CMgとの和は、0.10at%以上10.0at%以下である。
【請求項10】
複合体であって、多孔質基材と、銀合金薄膜とを有し、
前記銀合金薄膜が、前記多孔質基材に担持され、
前記銀合金薄膜が、請求項1~8のいずれか1項に記載のものである、
複合体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、銀合金薄膜、銀合金薄膜の製造方法、及び、複合体を開示する。
【背景技術】
【0002】
様々な分野で純酸素を利用することが期待されている。例えば、製鉄所等の加熱炉において空気燃焼を利用したものがある。しかしながら、加熱炉において空気燃焼を利用するとNOxが発生し易いという問題がある。NOxの発生を防止するためには、空気燃焼に替えて、純酸素燃焼を利用することが有効である。また、加熱炉において、燃料としてコークス炉ガス(Coke Oven Gas:COG)が使用される場合がある。しかしながら、COGは、水素ガスを多量に含み高価であることから、COGを高炉ガス(Blast Furnace Gas:BFG)や転炉ガス(Linz-Donawitz converter Gas:LDG)に置き換えることが好ましい。BFGやLDGへの置き換えは、純酸素を用いて燃焼熱量を増加させることによって実現可能となる。これにより、燃料原単位を削減することも可能となり、環境負荷を低減することも可能となる。
【0003】
純酸素の製造方法として、圧縮空気の膨張時の冷却を利用した液化空気蒸留法(深冷法)や、空気の圧縮膨張時のガス成分による吸着率差を利用した圧力変動吸着(Pressure Swing Adsorption:PSA)法が広く利用されている。しかしながら、これらの方法は、大規模な設備を必要とする。一方で、純酸素の工業利用を想定した場合、純酸素の製造設備と当該純酸素を利用する設備とを近接させることが望ましい。深冷法やPSA法による大規模な設備は、敷地面積の制約等から、純酸素を利用する設備と近接させることが難しい場合が多い。そのため、純酸素の製造設備としては、純酸素を効率的に製造できることのほか、必要とする敷地面積が小規模であることが望まれる。
【0004】
深冷法やPSA法とは異なる純酸素製造法として、セラミックスや金属膜などを用いて空気中の酸素を分離する方法が注目されている。例えば、酸素の選択透過性を有するセラミックス酸素イオン伝導体(特許文献1)や、酸素の選択的な透過率が最も高い金属である銀(Ag)の薄膜(特許文献2~4、非特許文献1)を利用した酸素選択透過法が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許第5108465号明細書
【特許文献2】米国特許第3359705号明細書
【特許文献3】米国特許第3509694号明細書
【特許文献4】米国特許第3550355号明細書
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】F.M.G.Johnson and P. Larose、Journal of American Chemical Society、第46巻, 1924年, 1377頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
酸素透過膜を用いた酸素選択透過法は、深冷法やPSA法と比較して、小規模でありながら同等量の純酸素を製造することが可能と考えられる。しかしながら、酸素透過膜は、低温における酸素透過係数が小さい。例えば、酸素透過膜として銀系薄膜を用いた場合、純酸素の製造過程において600℃以上の高温を要し、加熱のために多量のエネルギーを要することが課題である。以上の通り、従来の銀系薄膜は、600℃未満の中低温域における酸素透過係数に関して、改善の余地がある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願は、上記課題を解決するための手段の一つとして、以下の複数の態様を開示する。
<態様1>
銀合金薄膜であって、銀合金相を有し、
前記銀合金相が、複数の結晶子によって構成され、
前記銀合金薄膜の面と平行な断面における前記結晶子の平均結晶子径が、100nm以下である、
銀合金薄膜。
<態様2>
前記結晶子の粒界に複数の酸化物粒子が存在する、
態様1の銀合金薄膜。
<態様3>
前記酸化物粒子が、構成元素としてAl及びMgのうちの一方又は両方を含む、
態様2の銀合金薄膜。
<態様4>
前記銀合金薄膜に占める前記酸化物粒子の体積率が、0.1体積%以上15.0体積%以下である、
態様2又は3の銀合金薄膜。
<態様5>
350℃において、2.0×10-5Ncc-O2/cm/min/atm0.5以上の酸素透過係数を有する、
態様1~4のいずれかの銀合金薄膜。
<態様6>
2.0GPa以上のナノインデンテーション硬さを有する、
態様1~5のいずれかの銀合金薄膜。
<態様7>
酸素透過膜として使用される、
態様1~6のいずれかの銀合金薄膜。
<態様8>
0.1μm以上100μm以下の厚みを有する、
態様1~7のいずれかの銀合金薄膜。
<態様9>
スパッタリングターゲットとしてAg合金を用い、ArガスとO2ガスとの供給下、下記式(1)の条件が満たされるようにスパッタリングを行うことで、銀合金薄膜を成膜すること、
を含む、銀合金薄膜の製造方法。
(1.6×10-6×CAl-3.7×10-8×CAl
2+8.2×10-7×CMg)×SR≦PO2≦PAr・・・(1)
ここで、
CAlは、前記スパッタリングターゲットのAl濃度(at%)であり、
CMgは、前記スパッタリングターゲットのMg濃度(at%)であり、
SRは、成膜速度(nm/min)であり、
PArは、スパッタリング雰囲気中のAr分圧(Pa)であり、
PO2は、スパッタリング雰囲気中のO2分圧(Pa)であり、
前記Al濃度CAlは、0at%以上7.0at%以下であり、
前記Mg濃度CMgは、0at%以上10.0at%以下であり、
前記Al濃度CAlと前記Mg濃度CMgとの和は、0.10at%以上10.0at%以下である。
<態様10>
複合体であって、多孔質基材と、銀合金薄膜とを有し、
前記銀合金薄膜が、前記多孔質基材に担持され、
前記銀合金薄膜が、態様1~8のいずれかのものである、
複合体。
【発明の効果】
【0009】
本開示の銀合金薄膜は、従来の銀系薄膜と比較して、600℃未満の中低温域における酸素透過係数が改善され得る。本開示の銀合金薄膜を用いて純酸素を製造する場合、例えば、製鉄所における未利用の中低温域(約200℃~約500℃)の排熱を熱源として利用することができ、熱源のための設備を減らすことができ、且つ、小規模な純酸素製造装置を実現することが可能となる。その結果、例えば製鉄所においては、製銑・製鋼工程で使用するO2の製造コストを削減することが可能となる。また、本開示の銀合金薄膜は、例えば、製鉄以外の様々な産業用の純酸素製造装置にも広く利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】一実施形態に係る銀合金薄膜の構成を概略的に示している。
【
図2】一実施形態に係る銀合金の製造方法において用いられるスパッタリング装置の構成を概略的に示している。
【
図3】一実施形態に係る複合体の構成を概略的に示している。
【
図4】一実施形態に係る酸素の製造方法を説明するための概略図である。
【
図5】酸素透過速度を測定するための装置の構成を概略的に示している。(A)は全体構成を示しており、(B)は薄膜支持部を拡大して示している。
【
図6】薄膜の表面のEBSD解析画像の一例を示している。(A)は平均結晶子径が<50nmのもの、(B)は平均結晶子径が220nmのものである。
【
図7】薄膜のTEM像の一例を示している。(A)は薄膜の縦断面(面方向と直交する断面)、(B)は1/2厚部横断面(面方向と平行な断面)を示している。
【発明を実施するための形態】
【0011】
1.銀合金薄膜
以下、図面を参照しつつ、一実施形態に係る銀合金薄膜について説明する。
図1に示されるように、一実施形態に係る銀合金薄膜10は、銀合金相11を有する。前記銀合金相11は、複数の結晶子11aによって構成される。前記銀合金薄膜10の面と平行な断面における前記結晶子11aの平均結晶子径は、100nm以下である。
【0012】
1.1 銀合金相の化学組成
銀合金相11は、銀合金からなる相である。銀合金相11を構成する銀合金は、Agと合金元素Mとを含む。合金元素Mは、例えば、Al及びMgのうちの一方又は両方であってよい。合金元素Mは、Al及びMgのうちの一方又は両方に加えて、さらにCu、La、Ce、Nd、Zr、Li、Mn、Si及びZnから選ばれる少なくとも1種を含んでいてもよい。銀合金相11は、例えば、原子%で、Ag:72~99.8%、合金元素M:0.1~13%、及び、O:0~15%を含むものであってもよい。より具体的には、銀合金相11は、原子%で、Ag:72~99.8%、Al:0~7%、Mg:0~10%、Al+Mg:0.1~10%、Cu:0~3%、La:0~1%、Ce:0~1%、Nd:0~1%、Zr:0~1%、Li:0~1%、Mn:0~1%、Si:0~1%、Al+Mg+Cu+La+Ce+Nd+Zr+Li+Mn+Si+Zn:0.1~13%、O:0~15%を含むものであってもよい。Ag、合金元素M及びO以外の残部は不純物であってもよい。尚、銀合金相11が合金元素Mを含まない場合(すなわち、純銀である場合)、後述する平均結晶子径に係る要件を満たすことが難しくなる。
【0013】
1.2 銀合金相の結晶子
図1に示されるように、銀合金相11は、複数の結晶子11aによって構成される。すなわち、銀合金相11は、複数の結晶子11aを有する多結晶相である。各々の結晶子11aは、上述の銀合金によって構成され得る。
【0014】
本実施形態においては、銀合金薄膜10の面と平行な断面における結晶子11aの平均結晶子径が、100nm以下であることが重要である。「銀合金薄膜10の面」とは、薄膜の表裏面(主面)をいう。銀合金薄膜10の面と平行な断面における結晶子11aは、例えば、
図1Aのように観察され得る。銀合金薄膜10の面と平行な断面における結晶子11aの平均結晶子径が小さいほど、銀合金薄膜10の面と平行な断面における結晶粒界が増加する。銀合金薄膜10において、結晶粒界は、酸素を高速で拡散させる経路として機能し得る。すなわち、銀合金薄膜10の面と平行な断面における結晶粒界が多いほど、銀合金薄膜10が表面から裏面へと酸素を透過し易くなり、銀合金薄膜10の酸素透過係数が改善される。銀合金薄膜10の面と平行な断面における結晶子11aの平均結晶子径は、100nm以下であり、90nm以下、80nm以下、70nm以下、60nm以下又は50nm以下であってもよい。一方、当該平均結晶子径の下限については、特に限定されるものではなく、例えば、5nm以上、10nm以上、15nm以上又は20nm以上であってもよい。また、銀合金薄膜10の面と平行な断面の全体に占める当該結晶粒界の面積率は、1%以上、2%以上、3%以上、4%以上又は5%以上であってもよく、30%以下、25%以下、20%以下、15%以下又は10%以下であってもよい。
【0015】
尚、本願にいう「銀合金薄膜の面と平行な断面における結晶子の平均結晶子径」とは、銀合金薄膜に対して350℃での熱処理を施した後に測定されるものである。具体的には、銀合金薄膜を大気雰囲気下の加熱炉に挿入し、常温(25℃)から350℃まで、30℃/minで昇温し、350℃で1時間保持し、その後、炉から取り出し、大気中で冷却した後に測定される平均結晶子径をいう。350℃で1時間保持した後の冷却条件は、平均結晶子径に実質的な影響を与えないことから、特に限定されるものではない。このように、350℃で1時間保持した後の平均結晶子径が100nm以下であれば、銀合金薄膜が中低温域(例えば、約200℃~約500℃)に長時間保持された場合においても、銀合金薄膜の結晶子径が変化し難く、例えば、純酸素の製造環境に耐え得るものとなる。
【0016】
「銀合金薄膜の面と平行な断面における結晶子の平均結晶子径」は、電子後方散乱回折(EBSD)法によって測定することができる。具体的には、EBSD法によって測定された結晶方位マップを基に、画像解析ソフトを用いて、銀合金薄膜の面に存在する結晶子を一つ一つ特定する。各々の結晶子について、その面積から、円相当直径を求める。各々の結晶子の円相当直径の面積平均値を求める。当該面積平均値を「銀合金薄膜の面と平行な断面における結晶子の平均結晶子径」とする。尚、「面積平均値」とは、面積によって重み付けされた平均値を意味する。例えば、ある結晶子G1の円相当直径がD1、面積がA1であり、それとは別の結晶子G2の円相当直径がD2、面積がA2である場合、これら2つの結晶子の円相当直径の面積平均値Dは、D=(A1×D1+A2×D2)/(A1+A2)である。EBSD法による測定装置としては、日立ハイテク製SU-70を用いる。また、画像解析ソフトとしては、アメリカ国立衛生研究所製ImageJを用いる。EBSD法による測定は、銀合金薄膜の面の3箇所について行う。各々の測定視野は18μm2とする。
【0017】
銀合金薄膜10の面と直交する断面における結晶子11aの形状は、特に限定されるものではない。銀合金薄膜10の面と直交する断面における結晶子11aは、例えば、
図1Bのように観察され得る。
図1Bに示されるように、銀合金薄膜10の面と直交する断面における結晶子11aは、銀合金薄膜10の裏面(例えば、CaCO
3基板側)から表面に向かって延在していてもよい。言い換えれば、銀合金薄膜10は、その裏面から表面に向かって延びる、柱状の結晶子11aを有するものであってもよい。柱状の結晶子11aは、銀合金薄膜10の裏面から表面に亘って連続的に延在していてもよいし、断続的に延在していてもよい。すなわち、柱状の結晶子11aの長さ(銀合金薄膜10の面と直交する方向の長さ、柱の高さ)は、銀合金薄膜10の厚さと一致していてもよいし、それよりも短くてもよい。
【0018】
1.3 酸化物粒子
図1に示されるように、銀合金薄膜10においては、結晶子11aの粒界11bに、複数の酸化物粒子12が存在していてもよい。当該酸化物粒子12は、上記の結晶子11aのピン止め機能を有する。すなわち、粒界11bに複数の酸化物粒子12が存在することで、例えば銀合金薄膜10が中低温域(例えば、約200℃~約500℃)に長時間保持された場合において、結晶子11aの成長が一層適切に抑制され得る。
【0019】
酸化物粒子12は、構成元素としてAl及びMgのうちの一方又は両方を含むものであってもよい。この場合、酸化物粒子12は、Al及びMgのうちの一方又は両方とOとともに、他の元素M’を含むものであってもよい。すなわち、酸化物粒子12は、Al酸化物であってもよいし、Mg酸化物であってもよいし、AlとMgとの複合酸化物であってもよいし、Alと元素M’との複合酸化物であってもよいし、Mgと元素M’との複合酸化物であってもよいし、AlとMgと元素M’との複合酸化物であってもよい。元素M’は特に限定されるものではないが、例えば、Cu、La、Ce、Nd、Zr、Li、Mn、Si及びZnから選ばれる少なくとも1種であってもよい。酸化物粒子12がAl及びMgのうちの一方又は両方を含むことで、銀合金相11の結晶子11aの粒界11bに安定して酸化物粒子12が存在し、上記のピン止め効果が適切に発揮され易い。例えば、後述するように、スパッタリングによって銀合金薄膜10を成膜する場合、AlやMgは、銀合金の結晶粒界において酸化物として生成・析出し易く、結晶子11aのピン止め粒子として適切に機能し、結晶子11aを容易に微細化することができ、さらには、銀合金薄膜10を熱処理した後でも、結晶子径を小さなまま維持できる。
【0020】
酸化物粒子12の粒子径は、結晶子11aの粒界11bに存在し得る大きさであればよい。例えば、酸化物粒子12の平均粒子径は、1nm以上100nm以下であってもよい。酸化物粒子12の平均粒子径は、上記の結晶子11aの平均結晶子径よりも小さくてもよい。例えば、酸化物粒子12の平均粒子径DPと、結晶子11aの平均結晶子径DCとの比DP/DCが、0.01以上1以下であってもよい。
【0021】
尚、「酸化物粒子の平均粒子径」は、SEMやTEM等によって特定される。具体的には、SEMやTEMによって銀合金薄膜の二次元画像を取得し、当該二次元画像において元素分析等によって複数の酸化物粒子の位置や大きさを特定する。当該二次元画像に含まれる複数の酸化物粒子の各々の長軸径と短軸径の積の平方根である二軸幾何平均径を求め、その数平均値を「酸化物粒子の粒子径」として特定する。
【0022】
銀合金薄膜10において粒界11bに酸化物粒子12が存在する場合、銀合金薄膜10に占める酸化物粒子12の体積率は、特に限定されるものではない。酸化物粒子12が少ないほど、上記のピン止め効果が小さくなる。また、酸化物粒子12が多いほど、結晶子11aが微細化する一方で、銀合金薄膜10が脆くなり、また、加熱冷却時の熱応力集中によるクラックや破れが懸念される。本発明者らの知見によれば、銀合金薄膜10に占める酸化物粒子12の体積率が、0.1体積%以上15.0体積%以下である場合、良好なピン止め効果が得られ、銀合金薄膜の脆化によるクラックや破れなしで、結晶子11aがより最適な形で微細化され、銀合金薄膜10の酸素透過係数が一層大きなものとなる。酸化物粒子12の体積率は、0.2体積%以上又は0.3体積%以上であってもよく、10.0体積%以下、8.0体積%以下、6.0体積%以下、4.0体積%以下又は2.0体積%以下であってもよい。
【0023】
尚、「銀合金薄膜に占める酸化物粒子の体積率」は、TEMによって特定される。具体的には、FIB法により厚さ100nmの薄片状に切り出した薄膜試料をTEMにより100万倍の倍率で観察し、得られた画像をImageJで二値化処理して、酸化物粒径と体積率を測定した。また、酸化物種は、SEM-EDX法によって特定される。即ち、酸化物粒子に電子線を照射したとき発生する特性X線波長から酸化物構成元素を特定した。
【0024】
1.4 酸素透過係数
銀合金薄膜10は、上記のような微細な結晶子11aを備えることで、高い酸素透過係数を有するものとなる。例えば、銀合金薄膜10は、350℃において、2.0×10-5Ncc-O2/cm/min/atm0.5以上の酸素透過係数を有するものであってもよい。このような酸素透過係数を有する銀合金薄膜10は、例えば、膜厚1μmとし、且つ、薄膜の一方面の空気圧を10atmに設定した場合、他方面から1atmの純酸素が0.1Ncc-O2/cm2/min以上の速度が得られることになり、実用性に一層優れた薄膜となる。銀合金薄膜10の酸素透過係数は、3.0×10-5Ncc-O2/cm/min/atm0.5以上、4.0×10-5Ncc-O2/cm/min/atm0.5以上、5.0×10-5Ncc-O2/cm/min/atm0.5以上、6.0×10-5Ncc-O2/cm/min/atm0.5以上、7.0×10-5Ncc-O2/cm/min/atm0.5以上、8.0×10-5Ncc-O2/cm/min/atm0.5以上、9.0×10-5Ncc-O2/cm/min/atm0.5以上又は1.0×10-4Ncc-O2/cm/min/atm0.5以上であってもよい。
【0025】
1.5 ナノインデンテーション硬さ
銀合金薄膜10は、上記のような微細な結晶子11aを備えることで、ナノインデンテーション硬さが向上し、優れた強度を有するものとなる。例えば、銀合金薄膜10は、2.0GPa以上のナノインデンテーション硬さを有するものであってもよい。当該ナノインデンテーション硬さは、2.1GPa以上、2.2GPa以上、2.3GPa以上、2.4GPa以上又は2.5GPa以上であってもよく、5.0GPa以下、4.8GPa以下又は4.6GPa以下であってもよい。仮に、10atmの高圧空気から1atmの純酸素を膜厚2μmの銀合金薄膜で選択分離するときの薄膜の担体として孔径1mmの多孔質セラミックスを想定した場合、このとき薄膜の常温におけるインデンテーション硬さが2.0GPa以上であれば、圧力差に起因する薄膜の変形歪みが弾性変形内に収まる。
【0026】
尚、「銀合金薄膜のナノインデンテーション硬さ」は、上記の350℃での熱処理後におけるナノインデンテーション硬さをいう。350℃での熱処理の詳細については上述の通りである。銀合金薄膜のナノインデンテーション硬さは、当該薄膜をナノインデンテーション試験機に固定し、ISO14577に従い、最大荷重300μNで硬さと弾性率を測定することによって求められる。試料温度は常温である。最大荷重は、押込深さが膜厚の1/10以下になるよう調整して決定する。測定箇所は薄膜の中で任意に10箇所を選択する。例えば、最大荷重を300μNに設定したときは、+60μN/sの速度で5秒間で荷重を増加させ、最大荷重300μNで2秒保持した後、-60μN/sの速度で5秒間で除荷重する。ナノインデンテーション硬さの測定装置としては、Bruker社製TI980トライボインデンターを用いる。
【0027】
1.6 膜厚
銀合金薄膜10の厚みは特に限定されるものではなく、用途に応じて適当な厚みが選択されればよい。ただし、銀合金薄膜10の厚みが薄いほど、酸素透過量が大きくなり易い。尚、銀合金薄膜10の酸素透過係数は、膜厚に依存しない。銀合金薄膜10は、例えば、0.1μm以上100μm以下の厚みを有するものであってもよい。中でも、銀合金薄膜10の厚みが50μm以下、40μm以下、30μm以下、20μm以下又は10μm以下である場合、銀合金薄膜10のコストが低下し、実用性により優れたものとなる。銀合金薄膜10は、自立膜として使用されるものであってもよいし、後述するように、多孔質基材等に担持されて使用されるものであってもよい。銀合金薄膜10が薄い場合、例えば、50μm以下である場合、銀合金薄膜10を自立膜として使用することが難しくなる。この場合、銀合金薄膜10は多孔質基材等に担持されるとよい。
【0028】
1.7 電気抵抗率
銀合金薄膜10は、例えば、5.0×10-8Ωm以上の電気抵抗率を有するものであってもよい。銀合金薄膜10の電気抵抗率は、10.0×10-8Ωm以下、又は、9.5×10-8Ωm以下であってもよい。尚、銀合金薄膜の電気抵抗率は、四探針法によって求めることができる。使用する装置は、例えば、四探針部として(株)共和理研製K-504RB型、電圧電流印加測定器としてKeithley2450である。印加電流範囲は-1A~+1Aで、測定電圧は数mVオーダー以下である。V-I曲線から抵抗値Rを算出し、薄膜の断面SEM観察から膜厚tを決定し、以下の式で電気抵抗率ρ(Ωm)を求める。膜厚tの測定については、実施例にて詳述する。
ρ=R×4.532×t
【0029】
1.7 用途
銀合金薄膜10は、高い酸素透過係数を有する。そのため、銀合金薄膜10は、例えば、酸素透過膜として使用され得る。酸素透過膜を用いた酸素選択透過法は、深冷法やPSA法と比較して、小規模でありながら同等量の純酸素を製造することが可能と考えられる。酸素透過膜を用いて酸素選択透過法によって純酸素を製造する場合における製造設備の一般構成については、公知である。ここでは詳細な説明を省略する。
【0030】
2.銀合金薄膜の製造方法
本発明者らは、銀合金薄膜において、nmサイズの結晶子を得る方法として、スパッタリング法に着目した。スパッタリング法としては、AgやCuをターゲット材として、不活性ガスであるArにO2やN2を混合して、Ag2OやCu2O、Cu3N等を成膜する、反応性スパッタリング法が知られている。反応性スパッタリング法としては、Agとその酸化物であるAg2Oの混合薄膜を成膜する方法や、完全に母相を酸化させてAg2O酸化物薄膜を成膜する方法が知られている。本発明者らは、これらの知見を発展させ、スパッタリング法による銀合金薄膜の製造方法について鋭意検討した。具体的には、本発明者らは、銀合金薄膜を製造する際、スパッタリングターゲットとしてAgとともにAl及び/又はMgを含むものを用い、スパッタ成膜と同時にAl及び/又はMgを内部酸化させる、「スパッタ成膜同時内部酸化法」を開発し、種々の検討を行った。その結果、スパッタリングターゲットの合金組成と、スパッタ成膜速度と、スパッタ成膜時のAr及びO2分圧とを調整することで、銀合金薄膜の成膜時、Al及び/又はMgを構成元素とする酸化物粒子が銀合金相の結晶子の粒界に分散し、そのピン止め効果により、銀合金相の結晶子の成長を顕著に抑制できることを見出した。また、そのようにして得られた銀合金薄膜は、350℃での熱処理後も、結晶子径が小さく維持されることを見出した。
【0031】
すなわち、一実施形態に係る銀合金薄膜の製造方法は、スパッタリングターゲットとしてAg合金を用い、ArガスとO2ガスとの供給下、下記式(1)の条件が満たされるようにスパッタリングを行うことで、銀合金薄膜を成膜すること、を含む。
(1.6×10-6×CAl-3.7×10-8×CAl
2+8.2×10-7×CMg)×SR≦PO2≦PAr・・・(1)
ここで、
CAlは、前記スパッタリングターゲットのAl濃度(at%)であり、
CMgは、前記スパッタリングターゲットのMg濃度(at%)であり、
SRは、成膜速度(nm/min)であり、
PArは、スパッタリング雰囲気中のAr分圧(Pa)であり、
PO2は、スパッタリング雰囲気中のO2分圧(Pa)であり、
前記Al濃度CAlは、0at%以上7.0at%以下であり、
前記Mg濃度CMgは、0at%以上10.0at%以下であり、
前記Al濃度CAlと前記Mg濃度CMgとの和は、0.10at%以上10.0at%以下である。
【0032】
より具体的には、一実施形態に係る銀合金薄膜の製造方法は、
図2に示されるように、
Arをプラズマ源とするスパッタリング装置100の内部に基板101を設置すること、
スパッタリングターゲット102をスパッタリング装置100の内部に設置すること、
Arガス及びO
2ガスを所定の濃度でスパッタリング装置100の内部に導入すること、及び
前記基板101上に銀合金薄膜10を成膜すること、を含み、
前記スパッタリングターゲット102として、Ag合金を用い、
上記式(1)の条件が満たされるようにスパッタリングを行うことで、前記銀合金薄膜10を前記基板101上に成膜することを特徴とする。
【0033】
2.1 基板
本実施形態においては、スパッタリング法により銀合金薄膜を基板上に成膜する。基板としては、多孔質ステンレス基板、多孔質アルミナ基板、ホウケイ酸や石英のようなガラスを加工した基板、NaCl基板、CaCO3基板などを用いることができるが、これに制限されるものではない。銀合金薄膜を成膜させる基板が多孔質である場合、銀合金薄膜と当該基板との複合体を、そのまま酸素透過装置に適用することができる。一方、当該基板が中実基板である場合は、好ましくは銀合金薄膜を成膜した後、当該銀合金薄膜を独立させるために、当該基板が除去されることが望ましい。基板を除去する方法としては、機械的に剥離する方法が挙げられる。或いは、例えば、NaCl基板やCaCO3基板は、水又は酸(例えばリン酸等)に溶解させることで、銀合金薄膜から容易に脱離させることが可能である。さらに、単結晶CaCO3基板は、c軸に沿った盤面方向の熱膨張率が、Agの熱膨張率に近似しているため、スパッタ後の冷却中の基板と銀合金薄膜膜との間の熱収縮差が小さくなり、基板剥離後の薄膜の変形を最小限に抑えることができる。
【0034】
2.2 スパッタリングターゲット
本実施形態においては、スパッタリング法による成膜工程において、印加電圧により陽イオン化したアルゴンなどの気体分子をスパッタリングターゲット(成膜原材料)の表面に衝突させて、当該ターゲットの表面の原子をはじき飛ばし、ターゲットの近傍に設置した基板上に衝突蒸着させて、ターゲットの組成を反映した銀合金薄膜を成膜する。当該ターゲットには、銀合金を用いることができる。具体的には、スパッタリングターゲットは、Al濃度CAlが、0at%以上7.0at%以下であり、Mg濃度CMgが、0at%以上10.0at%以下であり、前記Al濃度CAlと前記Mg濃度CMgとの和が、0.10at%以上10.0at%以下であるものを用いるとよい。このようなスパッタリングターゲットを用い、プラズマ発生用の供給ガスであるArガスにO2ガスを混合してスパッタイングを行うことで、成膜と同時に結晶粒界に優先的に微細酸化物が多数生成し、結晶粒界をピン止めすることができ、銀合金薄膜の面に平行な断面における平均結晶子径が100nm以下となる。また、銀合金薄膜の面に直交する断面において結晶子が柱状となる。スパッタリングターゲットのAl濃度とMg濃度との合計の濃度が0.10at%以上であることで、酸化物粒子の個数密度が十分なものとなり、銀合金薄膜の結晶粒界をピン止めし、平均結晶子径を100nm以下に保持することがより容易となる。また、当該合計の濃度が10.0at%以下であることで、スパッタリング中に過剰な酸化発熱が生じ難くなり、銀合金薄膜の溶融を防止することができる。
【0035】
2.3 スパッタリング中のガス分圧
本実施形態においては、スパッタリング中の反応器内部を、例えば、0.1~10PaのArガスプラズマでスパッタリング成膜する際、CAl、CMg、SR、PAr、及びPO2が上記の式(1)で示されるような条件で成膜工程を行うことにより、成膜と同時に結晶粒界に優先的に微細酸化物を多数生成させて、結晶粒界をピン止めすることができ、銀合金薄膜の面に平行な断面における平均結晶子径が100nm以下となる。本実施形態においては、スパッタリング中に、銀合金相の結晶粒界に、速やかにAl及び/又はMgを含むナノサイズの酸化物を生成させることができる。当該結晶粒界で酸素原子を過飽和に固溶させて、粒界付近の固溶Al、固溶Mgを消失させ、酸化物粒子のオストワルド成長を防止し、酸素透過中に長期間、微細結晶粒を維持するためには、PO2が上記の式(1)で示される下限以上である必要がある。PO2の上限は、スパッタリング中において、ターゲット材表面の酸化によるスパッタリング効率の低下を避けるために、PAr以下とする。成膜中のPO2は、プラズマ発生用の供給ガスであるArガスに対するO2ガスの混合比を調整することで制御可能である。
【0036】
3.複合体
上述の通り、一実施形態に係る銀合金薄膜10は、多孔質基材に担持された状態で用いられてもよい。
図3に、複合体50の構成を概略的に示す。
図3に示されるように、複合体50は、多孔質基材20と、銀合金薄膜10とを有する。ここで、前記銀合金薄膜10は、前記多孔質基材20に担持されている。また、前記銀合金薄膜10は、上記の構成を有する。多孔質基材20は、銀合金薄膜10を適切に担持可能なものであればよく、例えば、多孔質ステンレス基板等の多孔質金属基材、及び、多孔質アルミナ基板等の多孔質セラミック基材のうちの一方であってもよい。多孔質基材20における孔の形態は、ガスを透過可能な形態であればよい。多孔質基材20に銀合金薄膜10を担持させる方法としては、例えば、上述したようなスパッタリング法が挙げられる。すなわち、多孔質基材20の表面に銀合金薄膜10をスパッタリングによって成膜すればよい。尚、
図3には、銀合金薄膜10の一方の面が多孔質基材20によって担持された形態を示したが、銀合金薄膜10は、2つの多孔質基材20によって挟み込まれるように担持されてもよい。
【0037】
4.酸素の製造方法
上述の通り、銀合金薄膜10を酸素透過膜として使用することで、例えば、酸素を含む混合ガスから酸素を選択分離することができる。すなわち、
図4に示されるように、一実施形態に係る酸素の製造方法は、銀合金薄膜10の一方面側に酸素を含む混合ガスを供給すること、及び、前記混合ガス中の酸素を銀合金薄膜10の他方面側へと透過させること、を含む。酸素を含む混合ガスとしては、例えば、空気が挙げられる。混合ガス中の酸素を銀合金薄膜10の他方面側へと透過させる駆動力としては、例えば、酸素分圧差が挙げられる。一実施形態において、銀合金薄膜10の一方面側に供給される混合ガスにおける酸素分圧と、他方面側の酸素分圧との差は、例えば、0.1atm以上10atm以下であってもよい。また、一実施形態において、銀合金薄膜10の一方面側に供給される混合ガスの圧力は1atm以上10atm以下であってもよい。一実施形態に係る酸素の製造方法においては、前記混合ガス及び前記銀合金薄膜10の温度を200℃以上500℃以下に制御することが好ましい。
【0038】
以上の通り、銀合金薄膜10の面と平行な断面における平均結晶子径を100nm以下に微細化することで、高速拡散流路である粒界11bの面積率が大きくなり(例えば、1~30%となり)、中低温域での銀合金薄膜10の酸素透過係数が、例えば、2.0×10-5(Ncc-O2/cm/min/atm0.5)以上となる。例えば、銀合金薄膜10の一方面側に10atmの高圧空気を導入し、薄膜の多方面側で1atmの純酸素を回収する場合、酸素分離速度JO2が0.1Ncc-O2/cm2/min以上と十分実用的な値となり得る。
【実施例0039】
以下、実施例を示しつつ本発明についてさらに説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱せず、その目的を達する限りにおいては、種々の条件を採用可能とするものである。
【0040】
1.銀薄膜又は銀合金薄膜の作製
以下に説明するように、基板洗浄工程、(ターゲット準備工程)、基板設置工程、成膜工程、及び、基板剥離工程の各工程を経て、評価用の銀薄膜又は銀合金薄膜を作製した。
【0041】
1.1 基板洗浄工程
スパッタリング用の基板として、CaCO3{10-10}単結晶基板(ネオトロン社製、ここで、左記の「-1」なる数字は、「1の上に横棒(バー)を引いたもの」を意味する)を用いた。寸法は15mm角×1mm厚で表面粗度はRa<2nmである。吸湿防止のために、Arガスで密封した状態で保存し、成膜直前に以下の基板設置工程の通り開封して使用した。
【0042】
1.2 ターゲット準備工程
スパッタリングターゲットは、三菱マテリアル社製の直径5cmのものである。また、当該ターゲットは、純Agからなるものか、又は、Ag-0~2at%Cu―0.1~10at%Al-0~5at%Mg合金からなるものである。
【0043】
1.3 基板設置工程
19~22℃、相対湿度40%以下に空調した室内で、スパッタリング装置を大気圧に開放し、CaCO3基板を開封して直ちにスパッタリング装置に設置し、装置内を真空排気した。続いて、装置内にAr-5%CO2を0.5atm(絶対圧)まで導入したうえで、150℃で10分間加熱し、CaCO3基板表面の吸着水分の脱水処置を行った。その後、一旦、真空排気した。
【0044】
1.4 成膜工程
Ar-0~10%O2ガスを全圧1Pa、流量1sccm(1atm、0℃の標準条件で規格化した標準体積流量、standard cubic centimeter/min)でスパッタリング装置内に供給し、出力50~100Wで10分間の成膜を行った。成膜速度SRは100~240nm/min、膜厚は1.0~2.4μmである。スパッタリング装置内のガス濃度を常時、質量分析計(キャノンアネルバ社製M-101QA-TDM)を用いて測定し、酸素分圧PO2を10-5~10-1Paの範囲で制御した。
【0045】
1.5 基板剥離工程
成膜後に基板を5%りん酸水溶液に浸し、基板から銀薄膜又は銀合金薄膜を剥離した。
【0046】
2.銀薄膜及び銀合金薄膜の評価方法
上記の通りに作製した薄膜について、その面方向と平行な断面における平均結晶子径と、当該薄膜に含まれる酸化物粒子の平均粒子径及び体積率とを、電子後方散乱回折(EBSD)法と透過電子顕微鏡(TEM)法により測定した。また、薄膜の硬さをナノインデンテーション試験により測定した。また、四探針法により薄膜の電気抵抗率ρを測定した。さらに薄膜の耐熱性を調査するために、350℃で1時間の大気熱処理後に、上記の特性値を再度測定し、熱処理前後の値を比較した。その後、薄膜の選択酸素透過速度を測定した。各々、具体的には以下の通りである。
【0047】
2.1 電子後方散乱回折法
作製した薄膜について、電子後方散乱回折(EBSD)法によって、その面方向と平行な断面における平均結晶子径と、当該薄膜に含まれる酸化物粒子の平均粒子径及び体積率とを測定した。具体的には、EBSDによって測定された結晶方位マップを基に面積率平均の結晶粒径を算出した。3箇所の異なる視野で同様に評価した。使用した装置は日立ハイテク製SU-70である。画像解析ソフトはアメリカ国立衛生研究所製ImageJである。
【0048】
2.2 ナノインデンテーション試験
基板上に成膜した薄膜を、基板から剥離することなく、そのままナノインデンテーション試験機に固定し、ISO14577に従い、最大荷重300μNで硬さと弾性率を測定した。最大荷重は、押込深さが膜厚の1/10以下になるよう調整して決めた。測定箇所は成膜試料の中で任意に10箇所を選んだ。使用した装置は、Bruker社製TI980トライボインデンターである。尚、10atmの高圧空気から1atmの純酸素を膜厚2μmのAg合金薄膜で選択分離するときの薄膜の担体として孔径1mmの多孔質セラミックスを想定した場合において、このとき薄膜の常温におけるインデンテーション硬さが2.0GPa以上であれば、圧力差に起因する薄膜の変形歪みが弾性変形内に収まることを確認している。
【0049】
2.3 四探針法
四探針法によって上記の薄膜の電気抵抗率を求めた。使用した装置は、四探針部として(株)共和理研製K-504RB型、電圧電流印加測定器としてKeithley2450を用いた。印加電流範囲は-1A~+1Aで、測定電圧は数mVオーダー以下であった。V-I曲線から抵抗値Rを算出した。薄膜の断面SEM観察から膜厚tを決定し、以下の式で電気抵抗率ρ(Ωm)を求めた。
ρ=R×4.532×t
ここで、膜厚tの測定方法は、以下のとおりである。CaCO3基板上に成膜したAg合金薄膜をMo製メッシュの上に乗せ、カーボン蒸着を施し薄膜表面を保護した後、集束Gaイオンビームで厚さ100nmの薄片試料に加工し、直ちにSEMで観察し膜厚tを決定した。測定場所は薄膜中央部において1μm以上の間隔を空けて任意に選んだ3箇所とし、各測定値の平均を膜厚tとした。測定に用いた集束イオンビーム加工SEM観察装置は、(株)日立ハイテク製Cryo FIB SEM NB5000である。
【0050】
2.4 熱処理条件
薄膜に対する熱処理条件については以下の通りである。すなわち、Ag合金薄膜を大気雰囲気下の加熱炉に挿入し、常温(25℃)から350℃まで、30℃/minで昇温し、350℃で1時間保持し、その後、炉から取り出し、大気中で冷却した。
【0051】
2.5 酸素透過速度測定
5%リン酸水溶液に48時間浸漬させて、CaCO
3単結晶基板を溶解して、厚さ1~2.4μm、直径10mmのAg合金薄膜を得た。Ag合金薄膜を表面が平滑で平均孔径50μm、気孔率70%の多孔質アルミナ板(ポーラス耐火物)上に置き、耐熱接着剤のアレムコ社製パイロダクト597でアルミナ管に張り付けて気密性を確保した。
図5に示される装置を用いて、1次側に1atmの空気を流し、2次側に1atmのHeを流し、PO
2差圧条件下に置き、200~500℃の範囲において2次側に150Ncc/minで流したHeスイープガス中の酸素濃度をガスクロマトグラフィーにより測定して、合金膜を透過した酸素ガス流量J
O2(Ncc-O
2/cm
2/min)を測定した。使用したガスクロマトグラフィーは、ジーエルサイエンス(株)製Agilent490マイクロGCである。測定したJ
O2の値を、下式に従い、1次側O
2分圧P
O2(I)と2次側O
2分圧P
O2(II)と膜厚dとに依らず、透過性能だけを直接表す酸素透過係数K(Ncc―O
2/cm/min/atm
0.5)に変換した。
J
O2=D・S・(√P
O2(I)-√P
O2(II))/d
K=D・S
=J
O2・d/(√P
O2(I)-√P
O2(II))
【0052】
3.評価結果
下記表1~3に、スパッタリング成膜条件と得られた薄膜の評価結果を示す。また、参考までに、
図6に、薄膜の表面のEBSD解析画像の例を示す。
図6(A)は平均結晶子径が<50nmのもの、(B)は平均結晶子径が220nmのものである。また、
図7に、薄膜の断面のTEM像の一例を示す。
図7(A)が薄膜の縦断面(面方向と直交する断面)、(B)が1/2厚部横断面(面方向と平行な断面)のTEM像である。
図7に示されるように、スパッタリング中の同時内部酸化によって、銀合金相の結晶粒界に数nmサイズの酸化物(黒色の粒子)が分散し、これが銀合金相の結晶子をピン止めして微細な結晶子が維持できている。
【0053】
尚、下記表1において、「下限PO2」とは、下記式(A)によって算出されるものであり、「実測PO2」とは、スパッタリング雰囲気における実際の酸素分圧である。
下限PO2=(1.6×10-6×CAl-3.7×10-8×CAl
2+8.2×10-7×CMg)×SR ・・・(A)
ここで、
CAlは、前記スパッタリングターゲットのAl濃度(at%)であり、
CMgは、前記スパッタリングターゲットのMg濃度(at%)であり、
SRは、成膜速度(nm/min)である。
【0054】
【0055】
【0056】
【0057】
尚、上記表1~3においては、分かり易さのために、一部の数値について下線を引いたが、これは本発明を限定するものではない。表1~3に示される結果から、以下のことが分かる。
・ 試料No.7及び12は、スパッタリング中に過剰な発熱反応が生じ、一部が溶融して、適切な薄膜を得ることが困難であった。スパッタリングターゲットのAl濃度が高過ぎたことが原因と考えられる。
・ 試料No.13~15、23、24、29、30及び43は、銀合金薄膜の面と平行な断面における結晶子の平均結晶子径が100nmを超え、酸素透過係数が小さくなった。スパッタリング中の酸素分圧が不足していたため、薄膜中の結晶粒界における酸素原子が過飽和とならず、粒界付近の固溶Al、固溶Mgが維持され、酸化物粒子のオストワルド成長が生じ、微細結晶粒を維持できなかったものと考えられる。
・ 試料No.16~18、26~28、33、34、40~43及び49は、銀合金薄膜の面と平行な断面における結晶子の平均結晶子径が100nmを超え、酸素透過係数が小さくなった。スパッタリングターゲットのAl及びMgの合計濃度が低過ぎたため、成膜中に生成する微細酸化物が少なくなり、結晶粒界をピン止めすることができなかったものと考えられる。
・ 試料No.53は、スパッタリング中に過剰な発熱反応が生じ、一部が溶融して、適切な薄膜を得ることが困難であった。スパッタリングターゲットのAl及びMgの合計濃度が高過ぎたことが原因と考えられる。
・ これに対し、試料No.1~6、8~11、19~22、25、31、32、35~39、44~48及び50~52は、銀合金薄膜の面と平行な断面における結晶子の平均結晶子径が100nm以下であり、酸素透過係数が大きくなった。スパッタリングの際、Al及びMgを所定濃度で含むスパッタリングターゲットを用い、かつ、酸素分圧を所定以上としたことで、成膜中に多数の微細酸化物を生じさせることができ、結晶粒界をピン止めすることができたものと考えられる。
【0058】
表1~3に示される結果から、以下の(1)を満たす銀合金薄膜は、酸素透過係数が相対的に向上することが分かる。
(1)銀合金相が、複数の結晶子によって構成され、銀合金薄膜の面と平行な断面における結晶子の平均結晶子径が、100nm以下であるもの。
【0059】
表1~3に示される結果から、上記の(1)に加えて、以下の(2)~(4)を満たす銀合金薄膜は、酸素透過係数が一層向上することが分かる。
(2)銀合金相が、結晶子の粒界に複数の酸化物粒子を有するもの。
(3)前記酸化物粒子が、構成元素としてAl及びMgのうちの一方又は両方を含むもの。
(4)銀合金薄膜に占める前記酸化物粒子の体積率が、0.1体積%以上15.0体積%以下であるもの。
【0060】
表1~3に示される結果から、以下の(A)及び(B)を満たす製造方法によれば、上記の(1)を満たす銀合金薄膜を製造できることが分かる。
(A)スパッタリングターゲットとしてAg合金を用い、ArガスとO2ガスとの供給下、下記式(1)で示される条件が満たされるようにスパッタリングを行うことで、銀合金薄膜を成膜する。
(1.6×10-6×CAl-3.7×10-8×CAl
2+8.2×10-7×CMg)×SR≦PO2≦PAr・・・(1)
ここで、CAlは、前記スパッタリングターゲットのAl濃度(at%)であり、CMgは、前記スパッタリングターゲットのMg濃度(at%)であり、SRは、成膜速度(nm/min)であり、PArは、スパッタリング雰囲気中のAr分圧(Pa)であり、PO2は、スパッタリング雰囲気中のO2分圧(Pa)である。
(B)前記Al濃度CAlが、0at%以上7.0at%以下であり、前記Mg濃度CMgが、0at%以上10.0at%以下であり、前記Al濃度CAlと前記Mg濃度CMgとの和が、0.10at%以上10.0at%以下である。