(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024169116
(43)【公開日】2024-12-05
(54)【発明の名称】内燃機関用ピストンの製造方法
(51)【国際特許分類】
F02F 3/00 20060101AFI20241128BHJP
F02F 3/10 20060101ALI20241128BHJP
F16J 1/04 20060101ALI20241128BHJP
【FI】
F02F3/00 L
F02F3/00 G
F02F3/10
F16J1/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023086324
(22)【出願日】2023-05-25
(71)【出願人】
【識別番号】000002082
【氏名又は名称】スズキ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【弁理士】
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 祐
(74)【代理人】
【識別番号】100217076
【弁理士】
【氏名又は名称】宅間 邦俊
(74)【代理人】
【識別番号】100169018
【弁理士】
【氏名又は名称】網屋 美湖
(72)【発明者】
【氏名】増原 真也
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 輝
【テーマコード(参考)】
3J044
【Fターム(参考)】
3J044AA18
3J044BA04
3J044BB14
3J044BB37
3J044BC04
3J044CA13
3J044DA09
3J044EA10
(57)【要約】
【課題】 樹脂コートの密着強さを維持しつつ、従来の湿式脱脂法に替えて、大容量の水洗槽や脱脂槽を不要とし、槽を加温するための熱エネルギーを不要にできる内燃機関用ピストンの製造方法を提供する。
【解決手段】 スカート部18の外表面に、周方向に延びる複数の溝部31が設けられ、これら複数の溝部の間には、中間面部32が設けられている内燃機関用ピストンの製造方法において、スカート部18の外表面に螺旋状にレーザ光51を照射する工程と、スカート部の外表面に樹脂コートを形成する表面処理工程とを含み、レーザ光照射工程は、隣り合う照射スポットのスポット径の一部が重なる範囲内であって、スカート部の周方向に隣り合う照射スポット間の中心間距離を、スポット半径未満とし、スカート部の軸方向に隣り合う照射スポット間の中心距離を、スポット半径以上とする。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関用ピストンを製造する方法であって、
アルミニウム合金製の内燃機関用ピストンが、内燃機関のシリンダボアの内壁面を摺動するスカート部を有し、このスカート部の外表面には、周方向に延びる複数の溝部が設けられ、これら複数の溝部は、軸方向に間隔を空けて配置され、軸方向に隣り合う前記溝部の間には、中間面部が設けられており、この内燃機関用ピストンのスカート部の外表面にパルスレーザ光を螺旋状に照射するレーザ光照射工程と、
前記パルスレーザ光を照射したスカート部の外表面に樹脂コートを形成する表面処理工程とを含み、
前記レーザ光照射工程において、前記パルスレーザ光の螺旋状の照射は、隣り合う照射スポットのスポット径の一部が重なる範囲内とする内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項2】
前記レーザ光照射工程において、前記パルスレーザ光の螺旋状の照射は、前記スカート部の周方向に隣り合う照射スポット間の中心間距離を、スポット半径未満とし、前記スカート部の軸方向に隣り合う照射スポット間の中心距離を、スポット半径以上とする請求項1に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項3】
前記レーザ光照射工程において、前記内燃機関用ピストンを軸心回りに回転させながら、軸方向に移動させることで、前記スカート部の外表面に前記パルスレーザ光を螺旋状に照射する請求項1又は2に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項4】
前記溝部および前記中間面部を設ける機械加工工程を更に含み、前記溝部および前記中間面部が、周方向に螺旋状に延びるように旋削加工することによって設けられ、
前記レーザ光照射工程において、前記螺旋状に延びる溝部および中間面部の傾斜方向とは逆向きに傾斜する螺旋状になるように照射スポットを走査する請求項1又は2に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【請求項5】
前記機械加工工程が、前記内燃機関用ピストンを軸心回りに回転させながら、旋削工具と、前記内燃機関用ピストンとを軸方向に沿って相対的に移動させることで行い、
前記レーザ光照射工程が、前記内燃機関用ピストンを前記機械加工工程とは逆方向に軸心回りに回転させながら、軸方向に移動させることで行う請求項4に記載の内燃機関用ピストンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関用ピストンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の車両に設けられるエンジン等の内燃機関において、ピストンは、直線状の長手軸線に沿って延びるシリンダボア内を長手軸線に沿った方向にて往復移動する。このとき、ピストンの外周部はシリンダボアの内周部に対して摺動する。典型的に、ピストンは、シリンダボアの内周部に対して摺動可能である外周部を有するピストン本体と、このピストン本体の外周部からシリンダボアの底側に延びる2つのスカートとを含んでおり、さらに、ピストンにおいては、シリンダボアの内周部に対するピストンの外周部の摩擦抵抗を低減するために、各スカートの外表面には樹脂コートが形成されている。
【0003】
このようなピストンの一例としては、特許文献1には、潤滑性を高めるために、スカート部の外表面に、多数の条痕を形成することが記載されている。ここで条痕について説明する。条痕とは、スカート部の外表面において、周方向に延びるように形成された凹溝である。軸方向に隣り合う溝部の間には、中間面部(プラトー部)が設けられている。条痕の溝部にオイルが溜ることにより、スカート部の外表面と、シリンダボアの内壁面との間で、良好な潤滑状態が保たれる。その結果、ピストンが高速で往復動しても、オイル切れが発生することなく、スカート部の外表面とシリンダボアの内壁面との間で焼付きの発生が防止される。また、オイルに異物が混入した場合に摺動面に摩耗が進行し易くなるが、条痕の溝部によって周方向に延びるポケットが形成され、異物が排出されるため、摩耗が抑制され、耐焼付き性を確保できる。特に、特許文献1には、燃焼時の側圧が付与されるスラスト側のスカート部は、シリンダボアの内壁面と高圧面状態で摺接するため、フリクションが増大し、焼付きが生じ易いことが記載されている。そこで、条痕におけるプラトー部の比率を高めることで、面圧が下がり、フリクションが低減することが記載されている。
【0004】
また、特許文献2には、条痕の形状が概形を維持しつつ、樹脂コートの密着性と耐焼付き性に優れた内燃機関用ピストンの製造方法を提供する方法として、スカート部をアルカリエッチングして、スカート部の外表面に設けられた溝部と中間面部の構成を維持しつつスカート部の外表面に溝部よりも微細な凹部を複数形成するアルカリエッチング工程と、アルカリエッチングよってスカート部の外表面に生成したスマットを除去する洗浄工程と、スマットを除去したスカート部の外表面に、樹脂コートを形成する表面処理工程とを含む方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008-232172号公報
【特許文献2】特開2023-019522号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来、ピストンのスカート部に樹脂コートを形成するためには、樹脂コート印刷工程の前に、機械加工工程でスカート部表面に付着、残存した切削油を洗浄して樹脂コートの密着強さを得るために、例えば、第1水洗工程、第1脱脂工程、第2脱脂工程、第2水洗工程、乾燥工程という複数の工程を行う必要があった。第1水洗工程では、第1脱脂工程前に主に切削油以外の汚れを除去する。なお、水洗に限らず、湯洗でもよいし、これらの組み合わせでもよい。第1脱脂工程では、中性やアルカリ性の脱脂剤を用いてスカート面の切削油を除去する。この工程では、脱脂液にピストン(スカート面)を浸漬し、超音波洗浄を行うことが望ましい。続く第2脱脂工程では、第1脱脂工程と同じ又は異なる脱脂剤を用いて脱脂を行い、スカート表面に付着した切削油をさらに除去する。必要に応じて、第1脱脂工程と第2脱脂工程の間に水洗工程を行ってもよい。第2脱脂工程後の第2水洗工程では、スカート面に付着した脱脂液を除去する。ここも水洗でも湯洗でもこれらの組み合わせでもよい。そして、第2水洗工程の後に乾燥工程を行い、特にスカート部表面に付着した水分を除去する。スカート面に水分が残存していると、続く樹脂コート印刷工程で印刷した樹脂コートの密着強さが低下してしまう懸念があるからである。
【0007】
しかしながら、このような従来の多数の水洗工程および脱脂工程を含む湿式脱脂法では、大容量の水洗槽や脱脂槽が必要であり、また、これら槽を加温するため大量の熱エネルギーが必要であり、改善が求められていた。
【0008】
そこで本発明は、上記の問題点に鑑み、樹脂コートの密着強さを維持しつつ、従来の湿式脱脂法に替えて、大容量の水洗槽や脱脂槽を不要とし、槽を加温するための熱エネルギーを不要にできる内燃機関用ピストンの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するために、本発明は、内燃機関用ピストンを製造する方法であって、アルミニウム合金製の内燃機関用ピストンが、内燃機関のシリンダボアの内壁面を摺動するスカート部を有し、このスカート部の外表面には、周方向に延びる複数の溝部が設けられ、これら複数の溝部は、軸方向に間隔を空けて配置され、軸方向に隣り合う前記溝部の間には、中間面部が設けられており、この内燃機関用ピストンのスカート部の外表面にパルスレーザ光を螺旋状に照射するレーザ光照射工程と、前記パルスレーザ光を照射したスカート部の外表面に樹脂コートを形成する表面処理工程とを含み、前記レーザ光照射工程において、前記パルスレーザ光の螺旋状の照射は、隣り合う照射スポットのスポット径の一部が重なる範囲内とする。
【発明の効果】
【0010】
このような本発明によれば、従来の湿式脱脂法から乾式脱脂法へと変更でき、これにより、湿式脱脂法で必要であった大容量の水洗槽や脱脂槽を不要とし、かつ槽を加温するための熱エネルギーを不要にできるとともに、樹脂コートの密着強さを維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】内燃機関用ピストンの一例を模式的に示す正面図である。
【
図2】本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法の一実施の形態を説明するためのフロー図である。
【
図3】
図2の製造方法における機械加工工程後の内燃機関用ピストンのスカート部の外表面を模式的に示す断面図である。
【
図4】本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法におけるレーザ光照射工程の一例を模式的に説明する斜視図である。
【
図5】ファイバーレーザのGaussian分布のグラフである。
【
図6】
図2の製造方法におけるレーザ光照射工程で、照射スポットのスポット径の重なりを説明するための模式図である。
【
図7】本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法におけるレーザ光照射工程の一例を模式的に説明する斜視図である。
【
図8】レーザ光照射工程の比較例を模式的に説明する斜視図である。
【
図9】試験例および比較例の内燃機関用ピストンのスカート部の外表面の粗さ曲線を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法の一実施形態について、図面を参照しながら説明する。
【0013】
先ず、内燃機関用ピストン10について説明する。本実施形態の内燃機関用ピストン10は、シリンダボア(図示省略)の内部を往復移動する部材で、アルミニウム合金によって形成されている。アルミニウム合金としては、アルミニウム合金は、耐摩耗性および耐アルミ凝着性に寄与する成分として、シリコン(Si)が含有される。このようなアルミニウム合金としては、例えば、ピストンとしてAC4A、AC8A、AC9等のAC材、ADC10~ADC14等のADC材、A4000系材等がある。
【0014】
内燃機関用ピストン10は、略円筒形状を有し、
図1に示すように、その外周面にピストン冠面11側から順に、第1リング溝13、第2リング溝15、オイルリング溝17を有している。外周面は、ピストン冠面11と第1リング溝13の間を第1ランド12といい、第1リング溝13と第2リング溝15の間を第2ランド14といい、第2リング溝15とオイルリング溝17の間を第3ランド16といい、オイルリング溝17以降をスカート部18という。
【0015】
スカート部18は、ピンボス部19を間に置いて両側に配置されている。スカート部18の外表面がシリンダボアの内壁面上を摺動しながら、ピストン10はシリンダボアの内部を往復移動する。
【0016】
次に、本実施の形態の内燃機関用ピストンの製造方法について説明する。内燃機関用ピストンの製造方法20は、
図2に示すように、ピストンを鋳造する工程21と、鋳造したピストンを熱処理する工程22と、熱処理したピストンを機械加工する工程23と、ピストンのスカート部にレーザ光照射する工程24と、ピストンのスカート部に樹脂コート印刷する工程25、樹脂コートを印刷したピストンを焼成する工程26とを含む。
【0017】
上記の鋳造、熱処理、機械加工の各工程21、22、23は、一般的な内燃機関用ピストンを製造する際に用いられる工程と同様であるので、ここでの詳しい説明は省略する。
【0018】
レーザ光照射工程24は、内燃機関用ピストン10のスカート部18の外表面に機械加工の工程23で残存した切削油の脱脂を行うとともに、スカート部18の外表面を粗面化する目的で、内燃機関用ピストン10のスカート部18の外表面にパルスレーザ光を照射する工程である。先ず、レーザ光照射の対象であるスカート部18について説明する。
【0019】
スカート部18の外表面の断面形状を拡大して
図3に示す。なお、
図3は、
図1を左に90°回転させた関係にある。スカート部18の外表面には、当該外表面とシリンダボアの内壁面との間で耐焼付き性を向上させるために、条痕30が形成されている。条痕30は、スカート部18の外表面において周方向に延びるように形成された断面U字状の複数の溝部31を有している。複数の溝部31は、長手方向に間隔を空けて配置されている。溝部31の深さは、例えば、5~15μmの範囲である。また、長手方向に隣り合う溝部31の間には、断面の径方向外側端が長手方向に直線的に延びる中間面部(プラトー部)32が設けられている。
【0020】
プラトー部32の長手方向の幅(すなわち、隣接する溝部31の間隔)Waは、例えば、10~100μmの範囲である。また、溝部31の長手方向の幅Wbは、例えば、150~400μmの範囲である。そして、プラトー部32の幅Waと溝部31の幅Wbを用いて以下の式1で表されるプラトー率は、例えば、0.02~0.4の範囲である。プラトー率は、条痕30の形状を表す指標の1つとして従来から用いられているものである。
【0021】
【0022】
レーザ光照射工程24では、このようなスカート部18の外表面に螺旋状にパルスレーザ光を照射する。すなわち、レーザ光照射工程24は、基本的にスカート部18の周方向(
図3の紙面に対して垂直方向。以下、「X方向」ともいう)に沿って照射スポットを走査するが、その際に徐々にスカート部18の長手方向(
図3の紙面に対して平行方向。内燃機関用ピストン10の軸方向でもある。以下、「Y方向」ともいう)へ照射スポットが移動している。
【0023】
このようなスカート部18の外周面に螺旋状に照射スポットを走査するために、例えば、
図4に示す装置を用いることができる。
図4に示すように、内燃機関用ピストン10はその第1ランド部分を保持部材52にチャック53で把持させ、固定された位置のレーザ装置50からパルスレーザ光51をスカート部18の外周面に照射させながら、内燃機関用ピストン10を軸を中心に回転させる。同時に、内燃機関用ピストン10が1回転する間に、保持部材52を内燃機関用ピストン10の軸方向に約1スポット分だけ移動させる。このように内燃機関用ピストン10を軸中心に回転させながら軸方向にも移動させることで、スカート部18の外周面に螺旋状にパルスレーザ光51を照射し、スカート部18の外周面全面にパルスレーザ光を照射することができる。もちろん、レーザ光照射工程24は、
図4に示す装置に限られず、レーザ側を移動させる装置によって実施してもよい。
【0024】
パルスレーザ光を照射するレーザとしては、金属加工用のレーザであれば特に限定されないが、例えば、ファイバーレーザや、半導体レーザ、CO
2レーザ、固体レーザなどを単独で又はこれらを組み合わせて用いることができる。特に、ファイバーレーザは、レーザ刻印で汎用的に用いられるようになってきているが、
図5に示すように、ファイバーレーザは一般的にGaussian分布と呼ばれるスポットの中心に向かって高いエネルギーとなるようなエネルギー勾配を有しているため、スポット中心の部分とスポット径の外縁部とでは発熱量が異なる。つまり、中心部は外縁部に比べてより高温となり、中心部では上述したレーザ光照射の目的である脱脂および粗面化が促進されるが、外縁部では当該目的が促進されにくいということになる。
【0025】
よって、スカート部18の外周面に螺旋状に照射スポットを走査する際に、隣り合うスポット径の外縁同士が接するように照射スポットを走査すると、スポット径の外縁部のレーザエネルギーが疎になる部分で脱脂および粗面化が不十分になり、樹脂コートの密着強さが低下してしまう可能性がある。特に、スカート部18には条痕30が存在しており、レーザエネルギーが疎になる部分が条痕30の凹状の溝部31に位置する場合、平面のプラトー部32に位置する場合と比べて、脱脂および粗面化が不均一になりやすく、このため樹脂コートの密着強さが低下して、樹脂コートの広範囲な剥離につながる点剥離が発生する可能性が高い。
【0026】
そこで、スカート部18の外周面に螺旋状に照射スポットを走査する際に、隣り合う照射スポットのスポット径の一部が重なる範囲内で照射スポットを走査する。隣り合うスポット径が重なり合う率(以下、「ラップ率」とも言う)は、
図6(a)に示すように、隣り合うスポット径の外縁同士が接する場合(すなわち、隣り合うスポット間の中心間の距離がスポット径2rと同じ場合)、ラップ率0%と表し、例えば、隣り合うスポット間の中心間の距離がスポット径2rの0.9倍の場合、ラップ率10%と表し、隣り合うスポット間の中心間の距離がスポット半径rの場合、ラップ率50%と表す。
【0027】
パルスレーザ光51を螺旋状に照射させる際、スカート部18の周方向(X方向)に隣り合う照射スポット間の中心間距離は、スポット半径未満(すなわち、ラップ率50%超)となるようにすることが好ましい。一方、パルスレーザ光51がスカート部18の外周面を一周し、スカート部18の長手方向(Y方向)に隣り合う照射スポット間の中心距離は、スポット径の一部が重なる範囲内で、スポット半径以上となるよう(すなわち、ラップ率0%超から50%以下)にすることが好ましい。
【0028】
このように隣り合うスポット径が重なるように照射スポットを走査することで、レーザエネルギーが疎になる部分を無くし、脱脂および粗面化を均一にして、樹脂コートの密着強さを維持することができる。特に、周方向における照射スポットのラップ率は、55%以上がより好ましく、65%以上が更に好ましく、80%以上がより更に好ましい。ラップ率の上限は、高すぎると加工時間が長くなりすぎてしまうため、90%以下が好ましい。また、長手方向における照射スポットのラップ率は、10%以上から50%以下の範囲がより好ましい。なお、例えば、長手方向における照射スポットのラップ率を10%とする場合、内燃機関用ピストン10を1回転当たりスポット径2rの90%に相当する距離だけ移動させればよい。
【0029】
また、内燃機関用ピストン10のスカート部18に形成される溝部31とプラトー部32からなる条痕30は、ピストンの周方向に対して傾斜がつけられている。例えば、
図7に示すように、機械加工の工程23の際に、内燃機関用ピストン10を太い矢印で示す右方向に軸心回りに回転させつつ、旋削工具(図示省略)を、内燃機関用ピストン10に対して軸方向に沿って相対的に移動させることで、条痕30をピストンの周方向に螺旋状に形成する。この場合、レーザ光照射工程24は、条痕30の傾斜方向とは逆向きに傾斜する螺旋状になるように、内燃機関用ピストン10にレーザ光を照射することが好ましく、
図7に示すように、内燃機関用ピストン10を小さい矢印で示す左方向に軸心回りに回転させて、レーザ光源に対して内燃機関用ピストンを軸方向に移動させて照射することが好ましい。このように、レーザ光照射時の回転と機械加工時の回転を逆方向とすることで、条痕30の凹状の溝部31に対してレーザ光が対抗する方向から照射されるため、凹状の溝部31であっても脱脂および粗面化を適切に行うことができる。
【0030】
一方、
図8に示すように、レーザ光照射工程24を、条痕30の傾斜方向と同じ向きに傾斜をつけて螺旋状にレーザ光の照射を行ってしまうと、すなわち、小さい矢印で示す右方向にピストンを回転させてレーザ光を照射してしまうと、条痕30の凹状の溝部31に対してレーザ光が対抗せず、脱脂および粗面化を十分に行うことができない。
【0031】
なお、レーザ光照射工程24は、スカート部18の外表面の条痕30の形状を大きく損ねるものではない。例えば、レーザ光照射工程24後の条痕30の溝部31とプラトー部32の各幅Wa、Wbから導き出されるプラトー率が、0.12~0.15の範囲に維持することが好ましい。プラトー率が0.12未満であると、局所に作用する面圧が非常に大きくなり、焼付きが生じ易くなるおそれがある。一方、プラトー率が0.15を超えると、異物を排出する効果を十分確保できず、焼付きが生じ易くなるおそれがある。
【0032】
また、レーザ光照射工程24前の条痕30のプラトー率と、レーザ光照射工程24後の条痕30のプラトー率との差である、プラトー率の変化量を0.05以下に抑えることが好ましい。プラトー率の変化量が0.05を超えると、条痕30の形状の概形が変わってしまうおそれがある。プラトー率の変化量の下限は、特に限定されないが、0.00以上が好ましい。
【0033】
なお、機械加工工程23でスカート部18の表面に残存した切削油は、レーザ光照射工程24で脱脂することができるものの、機械加工工程23での残存した切削油があまりに多く、レーザ光照射による脱脂では不充分である場合は、必要に応じて、レーザ光照射工程24の前に、中性脱脂、アルカリ脱脂等の脱脂工程(図示省略)を行ってもよい。
【0034】
レーザ光照射工程24では、スカート部18のみにレーザ光を照射することから、スカート部18以外のピストン本体をマスキングするためのマスキング工程(図示省略)を、レーザ光照射工程24の前に行ってもよい。また、マスキングせずにレーザ光照射工程24を行ってもよい。
【0035】
レーザ光照射工程24では、ヒュームと呼ばれる、レーザ光の熱で昇華したアルミニウム合金の成分などが発生するため、必要に応じて、局所集塵型の吸煙装置を用いてもよい。また、必要に応じて、レーザ光照射工程24の後に、レーザ光照射によって内燃機関用ピストン10に付着した粉塵を除去するために、水洗工程(図示省略)を行ってもよい。水洗工程としては、例えば、超音波水洗を行ってもよいし、その他、簡易的なものでもよい。
【0036】
樹脂コート印刷工程25は、レーザ光照射工程24によって脱脂および粗面化されたスカート部18の外表面に樹脂コートを印刷する工程であり、一般的なピストンのスカート部に樹脂コートを印刷する方法で行うことができる。例えば、スプレー法やスクリーン印刷法などによって、スカート部18の外表面に樹脂コート薬剤を塗布する。樹脂コート薬剤としては、ピストンのスカート部に用いられている公知の薬剤を用いることができ、例えば、デュポン・東レ・スペシャリティ・マテリアル社製のMOLYKOTE D-10-GBLや、MOLYKOTE PA-744などが挙げられる。また、近年、樹脂コートの耐摩耗性とフリクション低減を両立することを目的に開発された樹脂コート薬剤(ベース樹脂(バインダー)を従来広く用いられてきたポリアミドイミドから変更したものや、微小硬質粒子を添加したもの)などを使用してもよい。
【0037】
焼成工程26は、樹脂コート印刷工程25で塗布した樹脂コート薬剤を焼成することで、スカート部18の外表面に樹脂コートを成膜する工程である。これにより、レーザ光照射工程24によって脱脂および粗面化されたスカート部18の外表面に樹脂コート薬剤が充填され、アンカー効果によって樹脂コートの密着強さが高まる。
【0038】
このような一連の工程によって製造された内燃機関用ピストン10は、樹脂コートがレーザ光照射工程24によって従来と同等の脱脂効果を確保しつつ、スカート部18の外表面の粗面化を均一にでき、樹脂コートが粗面化による凹凸部分に充填されることでアンカー効果によって密着強さが向上、安定する。また、脱脂効果が確保できるため、前洗浄工程を従来の湿式脱脂法から、乾式脱脂法にでき、従来の前洗浄工程に必要であった大容量の水洗槽や脱脂槽を不要とし、熱エネルギーも大幅に削減できることで、内燃機関製造時のカーボンニュートラルにも大きく貢献する。
【0039】
また、従来の前洗浄工程で占有していたエリアを縮小でき、水洗槽や脱脂槽の液管理工数を削減でき、廃液処理を無くすことができる。さらに、レーザ光照射工程24は、スカート部18の外表面の条痕30の形状を大きく損うものではないため、エンジン運転時の側圧が付与されるスラスト側においても、優れた耐焼付き性を確保しつつ、フリクション低減効果を維持できる。
【実施例0040】
以下、本発明に係る実施例及び比較例について説明する。なお、本発明に係る内燃機関用ピストンの製造方法は、以下の実施例及び比較例によって限定されるものではない。
【0041】
[試験例1~7]
高温域の機械的特性を向上させた高強度材であるAl-Si系のアルミニウム合金鋳造材で内燃機関用ピストンを作製し、そのスカート部の外表面に旋削用工具を用いて条痕を螺旋状に形成した。機械加工で使用した水溶性切削油は、塗布した後、一晩固着させた。そして、湿式脱脂は行わずに、スカート部の条痕を形成した外表面にパルスレーザ光を螺旋状に照射するレーザ光照射工程を行った。使用したレーザ加工機(AkiTech LEO株式会社製、型式2LC-S-SF)は、主発振器出力増幅器(MOPA)型のファイバーレーザを搭載し、定格出力は50Wというものである。レンズは、F254mmを使用した。
【0042】
表1に、試験例1~7のパルスレーザ光の照射条件として、エネルギー密度(mJ/mm2)、出力(W)、周波数(kHz)、ピストン回転数(rpm)、スポット径(μm)、ピストン長手方向(Y方向)のスポットのラップ率をそれぞれ示す。ピストン周方向(X方向)のスポットのラップ率は全ての試験例で約87%(スポット間の中心間距離を8μm)とした。また、レーザ光照射時のピストンの回転方向は、条痕形成の機械加工時のピストンの回転方向に対して逆方向とした。
【0043】
そして、レーザ光照射工程後のスカート部の表面性状を調べるため、クリーノスペクターによる清浄度測定と、表面粗さの測定を行った。
【0044】
クリーノスペクターによる清浄度測定は、金属表面のオイルなどの蛍光発光を検出することで、清浄度を定量的に評価できるものである。計測値はRFU(Relative Fluorescence Unit)で表示される。清浄度測定は、スカート部の両面(R側とL側)について、各6か所を測定した平均値を測定値として取扱い、切削油固着後の測定とレーザ加工後の測定を行い、清浄度の良化を確認した。その結果を表1に示す。
【0045】
表面粗さの測定は、JIS B 0601-2001に準拠して、ピストンのスカート部の粗さ曲線を測定するとともに、その結果から、最大高さを表す表面粗さRzを算出した。なお、粗さの測定方向は、条痕の形状がわかるように、ピストンの長手方向に沿って測定した。その結果を表1に示す。
【0046】
次に、レーザ光照射工程を行ったピストンのスカート部に対して樹脂コート印刷工程を行った。樹脂コート薬剤は、デュポン・東レ・スペシャリティ・マテリアル社(旧東レ・ダウコーニング社)製のMOLYKOTE D-10-GBLを用いた。スクリーン印刷法にて、樹脂コート薬剤を印刷した後、焼成工程として200℃以下の温度で焼成することで、ピストンのスカート部に樹脂コートを成膜した。
【0047】
そして、このスカート部に成膜した樹脂コートの密着強さを評価する試験を行った。密着性の評価試験は、ウォータージェット(W/J)法と呼ばれる、樹脂コートの直上から水をノズルにより高圧噴射した後、樹脂コート表面の様相から密着性を評価する手法を用いて評価した。評価の基準は、噴射圧力を低、中、高の3つで試験をし、低圧で噴射した場合の樹脂コートを観察して、樹脂コートに剥離があったものを「×」と評価し、低圧で噴射した場合の樹脂コートに剥離がなかったが、中圧で噴射した場合の樹脂コートに剥離があったものを「△」と評価し、中圧で噴射した場合の樹脂コートに剥離がなかったが、高圧で噴射した場合の樹脂コートに剥離があったものを「○」と評価し、高圧で噴射した場合の樹脂コートに剥離がなかったものを「◎」と評価した。その結果を表1に示す。
【0048】
[比較例]
比較例1は、試験例と同様にして内燃機関用ピストンを作製し、スカート部に条痕を形成した後、レーザ光照射に替えて、スカート部に対して従来の前洗浄である湿式脱脂を行った。また、比較例2は、前洗浄を全く行わなかった。比較例1、2についても、試験例と同様にクリーノスペクターによる清浄度測定と、表面粗さ測定によるスカート部の表面性状調査を行った。そして、比較例1、2についても試験例と同様にして樹脂コートを成膜し、ウォータージェット試験による樹脂コートの密着強さ調査を行った。
【0049】
【0050】
なお、表1中のY方向のラップ率が10%、50%、90%は、それぞれスポット間の中心間距離が58.5μm、32.5μm、6.5μmである。
【0051】
試験例1、2は、レーザ光照射工程における第2の走査工程のピストンの長手方向(Y方向)のスポット間の中心間距離をスポット径以上(ラップ率0%)に設定した場合であるが、清浄度は、従来の前洗浄である湿式脱脂を行った比較例1と比べて、大きく低下していた。一方、Y方向のラップ率を10~90%とした試験例3~5は、試験例1、2に比べて約半分の値となり、清浄度が良化していることが確認された。洗浄度は、例えば、30RFU以下が好ましい。
【0052】
密着強さは、Y方向のラップ率0%以上の試験例1、2では、従来の湿式脱脂の比較例1と同等かそれ以下であった。一方で、Y方向のラップ率を10~50%とした試験例3、4、6は、密着強さが比較例1よりも優れていた。従来の湿式脱脂の比較例1は、粗面化が行われていないが、試験例3、4、6は表面粗さRzの値が比較例1よりも高くなっており、粗面化によるアンカー効果によって樹脂コートの密着強さが向上したためと推測される。しかし、Y方向のラップ率を90%とした試験例5では、表面粗さRzの値は試験例6と同等であるのにもかかわらず、密着強さが低下していた。これは、Y方向のラップ率が高すぎると、スカート部18の外表面が溶融再凝固の繰り返しにより表面性状が変化してしまって、アンカー効果による密着強さの向上効果が得られなかったと推測される。このことから、Y方向のラップ率は50%以下とすべきことがわかる。
【0053】
試験例6、7は、試験例4の条件をベースにエネルギー密度を下げた場合の結果である。一般的にエネルギー密度を下げると、脱脂および粗面化の効果が低減する。試験例6では脱脂の良化傾向が確認されたが、試験例7では脱脂の良化傾向は確認されなかった。また、試験例6では非常に良好な密着強さが得られたが、試験例7では密着強さは低下してしまった。このことから、11.3~15.1mJ/mm2のエネルギー密度の範囲では、本発明によるレーザ光照射の脱脂および粗面化の効果が確認できた。
【0054】
図9はレーザ光照射工程後のスカート部の粗さ曲線であり、(a)が試験例3、(b)が試験例4、(c)が試験例6である。また、比較のため、(d)は比較例1である。いずれの試験例も、条痕の形状は残存したまま粗面化されており、条痕への顕著なダメージは確認されなかった。また、レーザ光照射工程前後のプラトー率は、試験例3(
図9(a))や試験例4(
図9b)に比べてエネルギー密度の低い試験例6(
図9c)の方が変化が小さく、条痕形状がより維持されていた。よって、本発明のレーザ光照射は、条痕が形成されたスカート部の外表面に適用でき、エンジン運転時の側圧が付与されるスラスト側においても、優れた耐焼付き性を確保しつつ、フリクション低減効果を維持することができる。