(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024169396
(43)【公開日】2024-12-05
(54)【発明の名称】質量分析の方法、質量分析計、及びコンピュータソフトウェア
(51)【国際特許分類】
H01J 49/42 20060101AFI20241128BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20241128BHJP
H01J 49/00 20060101ALI20241128BHJP
H01J 49/06 20060101ALI20241128BHJP
H01J 49/40 20060101ALI20241128BHJP
【FI】
H01J49/42 950
G01N27/62 E
G01N27/62 D
G01N27/62 X
H01J49/00 310
H01J49/00 360
H01J49/06 100
H01J49/00 500
H01J49/40 600
H01J49/06 200
【審査請求】有
【請求項の数】22
【出願形態】OL
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2024084030
(22)【出願日】2024-05-23
(31)【優先権主張番号】2307712.6
(32)【優先日】2023-05-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
(71)【出願人】
【識別番号】508306565
【氏名又は名称】サーモ フィッシャー サイエンティフィック (ブレーメン) ゲーエムベーハー
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【弁理士】
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100130937
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100144451
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 博子
(72)【発明者】
【氏名】ハミッシュ スチュワート
(72)【発明者】
【氏名】アレクサンダー マカロフ
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA19
2G041EA04
2G041GA05
2G041GA07
2G041GA08
2G041GA09
2G041GA11
2G041HA01
2G041KA01
2G041LA04
2G041LA09
2G041LA20
(57)【要約】
【課題】質量分析方法を提供する。
【解決手段】本方法は、全体的なm/z範囲から選択された複数の部分範囲の各々について、分析される前駆イオンの試料をイオン貯蔵部に蓄積するステップであって、前駆イオンが、部分範囲内のm/z値を有する、蓄積するステップと、分析されるフラグメント化された前駆イオンの試料をイオン貯蔵部に蓄積するステップであって、フラグメント化された前駆イオンが、部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンのフラグメント化から形成される、蓄積するステップと、前駆イオンとフラグメント化された前駆イオンを合わせた試料を質量分析器内で同時に分析するステップと、を含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析の方法であって、
全体的なm/z範囲から選択される複数の部分範囲の各々について、
分析される前駆イオンの試料をイオン貯蔵部に蓄積することであって、前記前駆イオンが、前記部分範囲内のm/z値を有する、蓄積することと、
分析されるフラグメント化された前駆イオンの試料を前記イオン貯蔵部に蓄積することであって、前記フラグメント化された前駆イオンが、前記部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンのフラグメント化から形成される、蓄積することと、
前記前駆イオンと前記フラグメント化された前駆イオンを合わせた試料を質量分析器内で同時に分析することと、を含む、方法。
【請求項2】
フラグメント化された前駆イオンの蓄積中に前記イオン貯蔵部に蓄積されたフラグメント化されていない前駆イオンの量を推定することを更に含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記方法が、前記合わせた試料の同時分析から走査データを取得することを更に含み、フラグメント化されていない前駆イオンの量を推定することが、
前記走査データから複数のフラグメントスペクトルをデコンボリューションするように構成されたソフトウェアであって、前記複数のフラグメントスペクトルが、フラグメントスペクトルのデータベースから選択される、ソフトウェアと、
前記走査データから複数のフラグメントスペクトルをデコンボリューションするように構成されたニューラルネットワークであって、前記複数のフラグメントスペクトルが、複数の前駆イオン種に対応する、ニューラルネットワークと、
m/zピークの強度を含む、前記前駆イオンのフラグメントスペクトルを予測するように構成されたニューラルネットワークと、のうちの少なくとも1つを使用して実施される、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記複数の部分範囲の各々について、前記部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンを透過させるように、イオンフィルタを構成することを更に備え、前記イオンフィルタを構成することが、前記イオンフィルタの透過窓を設定することを含み、前記透過窓が、前記複数の部分範囲の各々の中で調整され、各部分範囲について、前記前駆イオンの試料を蓄積することのための前記透過窓が、前記フラグメント化された前駆イオンの試料を蓄積することのための前記透過窓と同じである、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記前駆イオンの試料を蓄積することが、対応する部分範囲内の前駆イオン種の相対存在量に基づいて、前記前駆イオンのための充填時間を制御することを含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記複数の部分範囲が、第1の部分範囲及び第2の部分範囲を含み、前記第1の部分範囲からの前記前駆イオンと前記フラグメント化された前駆イオンを合わせた試料を分析することが、
前記第2の部分範囲内のm/z値を有する前記前駆イオンの試料を蓄積すること、及び/又は
前記第2の部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンのフラグメント化から形成された前記フラグメント化された前駆イオンの試料を蓄積することと、少なくとも部分的に重複する、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記前駆イオンの試料を蓄積することと、前記フラグメント化された前駆イオンの試料を蓄積することとの間で、前記前駆イオンのフラグメント化のために使用される衝突エネルギーを調整することを更に含む、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
各部分範囲について、前記フラグメント化された前駆イオンの試料を蓄積することが、前記前駆イオンの試料を蓄積することの前に実施され、前記方法が、前記フラグメント化された前駆イオンを冷却することを更に含む、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
質量分析の方法であって、
全体的なm/z範囲から選択される複数の部分範囲の各々について、
前記部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンを透過させるようにイオンフィルタを構成することと、
構成された前記イオンフィルタから受け取られた前記前駆イオンの試料を質量分析器内で分析することと、
構成された前記イオンフィルタから受け取られた前駆イオンをフラグメント化することによって生成されるフラグメントイオンの試料を、前記質量分析器内で分析することと、を含む、方法。
【請求項10】
前記前駆イオンの前記試料をイオン貯蔵部に蓄積することを更に含み、前記前駆イオンの前記試料をイオン貯蔵部に蓄積することが、対応する部分範囲内の前駆イオン種の相対存在量に基づいて、前記前駆イオンのための充填時間を制御することを含む、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記イオンフィルタを構成することが、前記イオンフィルタの透過窓を設定することを含み、前記透過窓が、前記複数の部分範囲の各々の中で調整され、各部分範囲について、構成された前記イオンフィルタから前記前駆イオンの試料を受け取るための前記透過窓が、構成された前記イオンフィルタから前記フラグメントイオンの試料を生成するためにフラグメント化される前駆イオンを受け取るための前記透過窓と同じである、請求項9又は10に記載の方法。
【請求項12】
前記質量分析器が、飛行時間型(ToF)分析器、好ましくは、多重反射飛行時間型(MR-ToF)分析器であり、前記前駆イオンの試料を分析することが、前記前駆イオンを前記MR-ToF分析器に複数回通過させることを含む、請求項1~11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンを前記イオンフィルタに移送するようにイオン移動度分離器を構成することを更に含み、前記イオンフィルタに移送された前記前駆イオンが、前記全体的なm/z範囲内の前記複数の部分範囲の各々について、前記イオンフィルタの透過窓に対応するように、前記イオン移動度分離器を制御することを更に含む、請求項4~12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
前記フラグメント化された前駆イオンが、複数の異なる衝突エネルギーにおいて、前記部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンのフラグメント化から形成される、請求項1~13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
前記複数の部分範囲が連続しており、前記方法が、
各部分範囲について、前記前駆イオンに関する走査データを取得することと、
各部分範囲についての前記前駆イオンに関する前記走査データを組み合わせて、前記全体的なm/z範囲についての高解像度走査を形成することと、を更に含む、請求項1~14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
前記全体的なm/z範囲が、前記複数の部分範囲と重複しない第2の複数の部分範囲を含み、前記方法が、
前記第2の複数の部分範囲の各々について、
前記部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンのフラグメント化から形成されたフラグメント化された前駆イオンの試料を質量分析器内で分析することを更に含む、請求項1~14のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
前記全体的なm/z範囲からのm/z値を有する前駆イオンの試料を質量分析器内で分析することであって、前記全体的なm/z範囲からのm/z値を有する前記前駆イオンの試料を分析することが、前記全体的なm/z範囲についての走査データを取得することを含む、分析することと、
各部分範囲について、前記前駆イオンに関する走査データを取得することと、
各部分範囲についての前記前駆イオンに関する前記走査データを使用して、前記全体的なm/z範囲について前記走査データを拡張して、前記全体的なm/z範囲についての高解像度走査を形成すること、又は
前記全体的なm/z範囲についての前記走査データを、各部分範囲についての前記前駆イオンに関する前記走査データと比較すること、及び、前記全体的なm/z範囲についての前記走査データ若しくは各部分範囲についての前記前駆イオンに関する前記走査データのうちの一方を、前記全体的なm/z範囲についての前記走査データ若しくは各部分範囲についての前記前駆イオンに関する前記走査データのうちの他方に基づいて調整すること、のいずれかを行うことと、を更に含む、請求項1~16のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
前記全体的なm/z範囲からのm/z値を有する前駆イオンの試料を質量分析器内で分析することと、
前記全体的なm/z範囲からのm/z値を有する前記前駆イオンの試料の分析から取得された走査データに基づいて、前記全体的なm/z範囲から前記複数の部分範囲を決定することと、を更に含む、請求項1~17のいずれか一項に記載の方法。
【請求項19】
質量分析の方法であって、
全体的なm/z範囲からのm/z値を有する前駆イオンの試料を質量分析器内で分析することであって、前記全体的なm/z範囲からのm/z値を有する前記前駆イオンの試料を分析することが、前記全体的なm/z範囲についての走査データを取得することを含む、分析することと、
前記走査データに基づいて、更なる分析のための1つ以上の前駆イオン種を識別することと、
識別された前記1つ以上の前駆イオン種の各々について、
フラグメント化された前駆イオンの試料をイオン貯蔵部に蓄積することであって、前記フラグメント化された前駆イオンの試料が、識別された前記前駆イオン種の前駆イオンのフラグメント化から形成されたイオンを含む、蓄積すること、
関連前駆イオン種を識別すること、及び、前記関連前駆イオン種の前駆イオンの試料を前記イオン貯蔵部に蓄積すること、
前記前駆イオンと前記フラグメント化された前駆イオンを合わせた試料を質量分析器内で同時に分析すること、を含む、方法。
【請求項20】
前記方法は、前記試料がクロマトグラフィシステムから溶出する際の前記試料のクロマトグラフィのピークの幅に基づく期間内に実施される、請求項1~19のいずれか一項に記載の方法。
【請求項21】
請求項1~20のいずれか一項に記載の方法を実施するように構成された質量分析計。
【請求項22】
命令を含むコンピュータソフトウェアであって、前記命令が、コンピュータのプロセッサによって実行されると、請求項1~20のいずれか一項に記載の方法を前記コンピュータに実施させる、コンピュータソフトウェア。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の分野は、液体クロマトグラフィ質量分析(Chromatography Mass Spectrometry、LC-MS)である。具体的には、本発明は、前駆イオン及びフラグメントイオンが分析されるタンデム質量分析に関する。より具体的には、本発明は、タンデム質量分析におけるMS1走査のダイナミックレンジを改善することに関する。本発明は、排他的ではないが、特に、複数の分析器を有する進歩したハイブリッド質量分析計に関する。
【背景技術】
【0002】
標準的なタンデム液体クロマトグラフィ質量分析(LC-MS)法は、「MS1」走査を実施することを含み、ここで、広範囲のm/zを有するイオンが質量分析器によって分析されて、MS1スペクトル(前駆イオンについての情報を含む)を生成する。LC-MSを動作させる方法は、「MS2」走査を実施するために、溶出された分析物種からのイオンの単離及びフラグメント化を更に伴い、ここで、狭いm/z範囲のイオンが単離され(例えば、四重極マスフィルタを使用して)、それらのイオンがフラグメント化され、フラグメントイオンが質量分析されて、フラグメントイオンについての構造的及び定量的情報を含むMS2スペクトルを生成する。
【0003】
LC-MS法では、複数のMS2走査が、典型的には、クロマトグラフ分離中に実施され、m/z単離範囲は、MS2走査ごとに異なる。MS2(又は「MS/MS」)スペクトルは、MS1(又は「MS」若しくは「フルMS」)調査走査によってサポートされ、これは、広範囲のフラグメント化されていない前駆イオンの正確な質量データ及び前駆体強度などの高品質のピーク情報を提供する。
【0004】
データ独立取得(Data Independent Acquisition、DIA)法の場合、MS1走査は任意選択的であり、追加のMS2スペクトルを作り出す時間を許容するためにスキップされてもよい。複数のMS2走査の各々についてのm/z標的のリストは、目的のm/z範囲にわたるm/zの段階的に増加/減少するリストであり得る。この例は、欧州特許第3,410,463号に記載されており、これは本明細書に参照により組み込まれる。得られた前駆体情報は、定量化のために使用することができ、一方、フラグメント情報は、識別のために使用することができる。
【0005】
データ依存的取得(Data Dependent Acquisition、DDA)では、MS1ステップは、MS2分析のための前駆体標的のリストを作り出すために必要とされる。複数のMS2走査の各々についてのm/z標的のリストは、MS1走査において識別された前駆体イオンのリストに対応する。
【0006】
イオンを質量分析するために、イオン(フラグメントイオン又は前駆イオン)は、一般的に、最初にイオントラップに蓄積され、次いで、蓄積されたイオンは、質量分析のためにパケットとして質量分析器内に放出される。蓄積は機器の感度を改善するが、有害な空間電荷効果を避けるために、イオントラップ内へのイオンの充填時間を注意深く制御(いわゆる「自動利得制御」、(Automatic Gain Control、AGC))する必要がある。
【0007】
既存の方法が有する1つの問題は、MS1スペクトルのダイナミックレンジが制限されることである。消化されたペプチド濃度は、最大10桁異なるが、例えば、静電軌道トラップ質量分析器(Thermo Fisher Scientific(商標)製のOrbitrap(商標)FT質量分析器など)におけるシングルショットスペクトルのダイナミックレンジは、約4桁に制限され得る。更に、軌道トラップ質量分析器に注入され得るイオンの数は、蓄積型Cトラップの容量によって、およそ105に制限される。結果として、低強度のペプチド前駆体シグナルが圧倒される場合がある。DDA実験の場合、これらの問題は重大であり、前駆体標的が見落とされる結果となる場合がある。DIA実験の場合、良好な前駆体データの欠如は、識別及び定量化を妨げる。
【0008】
MS1スペクトルのダイナミックレンジを改善する1つの方法は、「ボックスカー」法(Meier et al,Nature Methods,2018,15,440-448に記載されている)、及び英国特許出願第2211790.7号に記載されているハイダイナミックレンジ(High Dynamic Range、HDR)法であり、これは本明細書に参考により組み込まれる。これらのアプローチでは、分析の広い質量範囲は、いくつかのより狭い単離窓に細分される。各単離窓について、イオン電流に応じた異なる充填時間で、Cトラップへの別個の注入が行われる。この方法によって、密集したm/z領域は減衰され、密集していないm/z領域は増幅される。したがって、比較的弱いピークに対する検出感度が改善され、走査の有効ダイナミックレンジが増大する。しかしながら、これらの方法の使用は、特にかなりの数の単離窓が必要とされる場合、イオンを蓄積するために必要とされる時間を著しく増加させる。低レベル窓のための長い充填時間、並びに四重極及びイオン源電圧を切り替えるために必要とされる時間のため、HDR走査は、かなりの量の追加の時間が必要とされることがあり、MS2走査が行われ得る速度に影響を及ぼすことがある。したがって、これらの方法は、試料がクロマトグラフィカラムから溶出するのにかかる時間によって制限される高速LC-MS法において、MS2走査に利用可能な時間を短縮し得る。
【0009】
複数窓HDR法はまた、四重極単離により、かなりの数のイオンを廃棄するという欠点を有する。イオンの損失は、予備蓄積プロセスによって対処することができる。例えば、捕捉イオン移動度デバイスを使用して、四重極の前にイオンを予備蓄積し、マスフィルタに同期された質量/移動度依存様式でそれらを解放し、イオン損失を大幅に低減することができる(Meier et al,Molecular & Cellular Proteomics,2018,17,2524-2545に記載されている通り)。
【0010】
微分移動度濾過を使用して、蓄積された集団から分析的にあまり有用でない一価イオンを除去することによって、プロテオミクス性能を改善することができる(Hebert et al,Anal.Chem.,2018,90,9529-9537に記載されている通り)。これは、分析物シグナルが一価溶媒バックグラウンドシグナルと比較して小さい、低試料又は単一細胞実験において有利であり得る。
【0011】
DIA実験では、MS2スペクトルは、ある割合のフラグメント化されていない前駆イオン(分析的に有用であるには不十分な量の)を保持し得る。いくつかのOrbitrap機器は、米国特許第9,536,717号に記載されている「段階的衝突エネルギー」と呼ばれる任意選択的な特徴を提供する。この特徴は、衝突エネルギーの範囲で衝突セル(「フラグメント化チャンバ」とも称される)への複数の別個の注入を提供し、次いで、イオンの合計された集団がCトラップ/Orbitrap質量分析器に移送され、一緒に分析される。エネルギーのこの変化は、使用されるエネルギーのうちの1つが前駆イオンをフラグメント化するために最適である確率を改善する。しかしながら、このアプローチはまた、前駆イオンをフラグメント化するために最適ではない多くの衝突エネルギーを使用し、イオンビーム時間の関連コストを伴う。衝突エネルギーを変化させ、衝突セルへの第2又は第3の注入を行う実際のアクションは、場合によっては、おそらく、40ms超の走査サイクルに対して1~3msのオーバーヘッドが追加され、過度に時間がかからない可能性がある。
【0012】
米国特許第8,686,350号は、異なるタイプのイオンが、質量分析器内に放出される前にイオントラップ内に蓄積され得る方法を記載している。一例では、同じ狭い質量範囲を有する2つのタイプのイオンの組み合わせがイオントラップに注入され、1つはフラグメント化され、1つはそのままの前駆体として残される。これは、前駆イオンが検出され、正確に質量が測定され得ることの信頼性を大きくすることができる。しかしながら、定量化は、MS2注入からのフラグメント化されていない前駆体残余の割合によって、悪化する可能性がある。
【発明の概要】
【0013】
質量分析方法が提供される。本方法は、全体的なm/z範囲から選択された複数の部分範囲の各々について、
分析される前駆イオンの試料をイオン貯蔵部に蓄積するステップであって、前駆イオンが、部分範囲内のm/z値を有する、蓄積するステップと、
分析されるフラグメント化された前駆イオンの試料をイオン貯蔵部に蓄積するステップであって、フラグメント化された前駆イオンが、部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンのフラグメント化から形成される、蓄積するステップと、
前駆イオンとフラグメント化された前駆イオンを合わせた試料を質量分析器内で同時に分析するステップと、を含む。
【0014】
本方法では、複数のMS2走査は、m/z標的部分範囲のリストに関して実施される(DDA実験において、又はより好ましくはDIA実験において)。MS2走査のうちの少なくともいくつか(好ましくは全て)について、通常のフラグメントイオン情報と一緒に前駆イオン情報が取得される。前駆体情報及びフラグメント情報の各セットは、四重極マスフィルタの設定を変更することなく、同時に又は時間的に並行して取得される。各MS2走査に関する前駆体情報は、狭いm/z部分範囲のためのものである(したがって、いわゆる「選択イオンモニタリング」、(selected ion monitoring、SIM)走査と同等の情報を含む)。
【0015】
全ての部分範囲についての走査からの前駆体情報を組み合わせて、目的の全体的なm/z範囲に及ぶ完全な(少なくとも、m/z標的のリストが目的の広いm/z範囲に及ぶDIA実験において)、又はそうでなければ部分的に完全なMS1スペクトルを効果的に作成することができる。したがって、本方法は、蓄積されたイオンの定量化を改善するために、SIM走査及びMS2走査を並行して実施する。
【0016】
複数の狭いm/z部分範囲からMS1スペクトルを構築することによって、調整された充填時間を使用して各m/z部分範囲を獲得することができ、その結果、全体的なMS1スペクトルのダイナミックレンジを(「ボックスカー」又はHDR法と同じ様式で)改善することができる。しかしながら、「ボックスカー」又はHDR法とは異なり、本明細書に開示される方法は、MS1データを取得するために必要とされる追加の時間を短縮する様式で行われる(したがって、高速LC-MS実験とより適合する)。これは、少なくとも部分的には、四重極マスフィルタのシーケンスが、複数のMS2走査に対するm/z標的のリストに関してそれが従うシーケンスから変更されないために達成される。
【0017】
この第1の方法では、前駆体及びフラグメント情報の各セットは、好ましくは、米国特許第8,686,350号に記載されている方法などの方法を使用して、1つの組み合わされた走査で獲得される。
【0018】
この第1の方法では、SIM及びMS2イオンは、単一走査において合わされる。このようにして、MS1及びMS2データを取得するのに必要な時間が短縮される。
【0019】
更に、全体的なm/z範囲を複数の部分範囲に分割することによって、源/四重極遷移時間を最小化する特別なDIA方法が提供されてもよい。任意選択的に、部分範囲間でイオンフィルタに対して小さい調整が行われるように、部分範囲を順次段階的に通過させてもよい。
【0020】
この特徴の組み合わせは、上述した従来技術のいずれからも知られていない。
【0021】
本方法の更なる利点は、分析対象イオンの広いダイナミックレンジの定量化に好適な高品質HDR走査、又は多くの走査からの同等の前駆体データを構築することである。そのような走査を実施することは、通常、イオン源及び四重極を切り替えて、DIAサイクルからは独立して質量範囲を通して走査するために、長い遅延を伴うであろう。そのようなプロセスは、HDR走査のために処理されるイオンの数が多いため、イオンビーム時間のかなりの割合が費やされる。したがって、本明細書に記載する方法によって、大幅な時間節約を実現することができ、効率の改善を達成することができる。利用可能な時間が限られている場合(LC-MSにおいてなど)、本明細書に記載する方法を用いることによって、利用可能な時間においてより大きい分解能を達成することが可能であり得る。
【0022】
本方法は、フラグメント化された前駆イオンの蓄積中にイオン貯蔵部に蓄積されたフラグメント化されていない前駆イオンの量を推定することを更に含み得る。
【0023】
第1の方法では、フラグメント化されていない前駆イオンが、MS2フラグメントイオンの中に存在し得る。これらのフラグメント化されていないイオンは、イオントラップ内でSIM前駆イオンと混合される。これは、SIM前駆イオンによって提供される正確な定量的情報を不明瞭にする場合がある。この問題は、MS2フラグメントイオン内に存在するフラグメント化されていない前駆イオンの量を予測する(次いで、補正する)ことによって対処することができる。
【0024】
MS2注入からの残留前駆イオンを考慮することによって(例えば、識別後のAIツールを使用する)、正確な定量化のために走査のSIM部分からのデータを使用することができる。
【0025】
各部分範囲からのSIMデータ(MS2注入からの残留前駆イオンを考慮するように補正された)を組み合わせて、全体的なm/z範囲についての高分解能MS1走査を提供することができる(部分範囲が連続しており、全体的な範囲を完全にカバーする場合)。
【0026】
フラグメント化されていない前駆イオンの量は、MSAID(商標)によるCHIMERYS(商標)検索エンジンなどのデータ分析ツールを使用して予測することができる。
【0027】
本方法は、合わせた試料の同時分析から走査データを取得することを更に含み得る。
【0028】
フラグメント化されていない前駆イオンの量を推定することは、走査データから複数のフラグメントスペクトルをデコンボリューションするように構成されたソフトウェアを使用して実施され得、複数のフラグメントスペクトルは、フラグメントスペクトルのデータベースから選択される。
【0029】
フラグメント化されていない前駆イオンの量を推定することは、走査データから複数のフラグメントスペクトルをデコンボリューションするように構成されたニューラルネットワークを使用して実施され得、複数のフラグメントスペクトルは、複数の前駆イオン種に対応する。
【0030】
フラグメント化されていない前駆イオンの量を推定することは、m/zピークの強度を含む、前駆イオンのフラグメントスペクトルを予測するように構成されたニューラルネットワークを使用して実施され得る。
【0031】
本方法は、部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンを透過させるようにイオンフィルタを構成することを更に含み得る。
【0032】
イオンフィルタを構成することは、イオンフィルタの透過窓を設定することを含み得る。透過窓は、複数の部分範囲の各々の間で調整され得る。各部分範囲について、前駆イオンの試料を蓄積するステップのための透過窓は、フラグメント化された前駆イオンの試料を蓄積するステップのための透過窓と同じであり得る。言い換えれば、透過窓は、これらのステップの間で調整されなくてもよい。
【0033】
本方法は、部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンをイオンフィルタに移送するようにイオン移動度分離器を構成することを更に含み得る。
【0034】
本方法は、イオンフィルタに移送される前駆イオンが、全体的なm/z範囲内の複数の部分範囲の各々について、イオンフィルタの透過窓に対応するように、イオン移動度分離器を制御することを更に含み得る。
【0035】
質量分析器は、多重反射飛行時間型、MR-ToF(multi-reflection time-of-flight)、分析器などの飛行時間型、ToF(time-of-flight)、分析器であり得る。
【0036】
質量分析器は、フーリエ変換質量分析器(例えば、Orbitrap(商標)質量分析器)であり得る。
【0037】
前駆イオンの試料を蓄積することは、対応する部分範囲内の前駆イオン種の相対存在量に基づいて、前駆イオンのための充填時間を制御することを含み得る。これは、SIM走査を組み合わせることによって生成されたMS1走査のダイナミックレンジを改善することができる。
【0038】
フラグメント化された前駆イオンは、複数の異なる衝突エネルギーにおける、部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンのフラグメント化から形成され得る。フラグメントの全てをイオン貯蔵部に蓄積するために、各衝突エネルギーについて別個のイオン蓄積ステップを実施してもよい。
【0039】
複数の部分範囲は、連続していてもよい(また、組み合わされてフルm/z範囲を構成してもよい)。
【0040】
本方法は、各部分範囲について、前駆イオンに関する走査データを取得することを更に含み得る。本方法は、全体的なm/z範囲についての高解像度走査を形成するために、各部分範囲についての前駆イオンに関する走査データを組み合わせることを更に含み得る。
【0041】
SIM走査データ(各部分範囲の前駆イオンに関する)を組み合わせることは、部分範囲が連続している、及び/又は全体的なm/z範囲を完全にカバーする場合、特に有用であり得る。そのような場合、組み合わされたSIM走査データを使用して、全体的なm/z範囲に対する高分解能走査を形成することができる。
【0042】
全体的なm/z範囲は、複数の部分範囲と重複しない第2の複数の部分範囲を含み得る。本方法は、第2の複数の部分範囲の各々について、質量分析器内で、部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンのフラグメント化から形成されたフラグメント化された前駆イオンの試料を分析することを更に含み得る。
【0043】
言い換えれば、SIM走査は、部分範囲のうちのいくつかについて必要とされないことがあり、MS2のみの走査が、これらの部分範囲について実施されてもよい。これらは、MS1走査における高強度前駆体ピークを含む全体的なm/z範囲の部分範囲であってもよい。
【0044】
本方法のいくつかの変形形態では、既に大量に存在する全体的な前駆体質量範囲のm/z部分範囲については、SIM走査を実施しないことが好ましい場合がある。フルMS走査を使用して、全体的な前駆体質量範囲のどのm/z部分範囲が既に大量に存在するかを決定することができる。フルMS走査は、それ自体でそのような領域について十分なデータを収集することができるはずである。これらの部分範囲についてのSIM走査を省略することは、全体的な方法に必要な時間を更に短縮することができる。HDR MS1走査は、フルMS1走査をSIM走査と組み合わせることによって取得することができる。
【0045】
複数の部分範囲の各々は、同じ幅を有し得る。言い換えれば、各部分範囲のm/z範囲は等しくてもよい。部分範囲の幅は、走査の前に事前設定されてもよい。部分範囲が事前に決定される場合、この方法は、データ独立取得(data independent acquisition、DIA)法と称され得る。
【0046】
本方法は、質量分析器内で、全体的なm/z範囲からのm/z値を有する(すなわち、マスフィルタリングされていない)前駆イオンの試料を分析することを更に含み得る。
【0047】
全体的なm/z範囲からのm/z値を有する前駆イオンの試料を分析することは、全体的なm/z範囲についての走査データを取得することを含み得る。
【0048】
本方法は、各部分範囲について、前駆イオンに関する走査データを取得することを更に含み得る。本方法は、全体的なm/z範囲についての高解像度走査を形成するために、各部分範囲についての前駆イオンに関する走査データを使用して、全体的なm/z範囲についての走査データを拡張することを更に含み得る。
【0049】
全体的なm/z範囲ついて走査データを拡張することは、部分範囲が連続しておらず、かつ/又は全体的なm/z範囲を完全にカバーしていない場合に有用であり得る。MS1走査の特定の領域をSIMデータで拡張することによって、HDR走査を取得することができる。
【0050】
本方法は、各部分範囲について、前駆イオンに関する走査データを取得することを更に含み得る。本方法は、全体的なm/z範囲についての走査データを、各部分範囲についての前駆イオンに関する走査データと比較し、全体的なm/z範囲についての走査データ若しくは各部分範囲についての前駆イオンに関する走査データのうちの一方を、全体的なm/z範囲についての走査データ若しくは各部分範囲についての前駆イオンに関する走査データのうちの他方に基づいて調整すること、のいずれかを行うことと、を更に含み得る。
【0051】
言い換えれば、SIMデータをフル走査データと比較し、データセットのうちの一方を他方に基づいて補正する。SIM走査された前駆イオンは、フルMSと比較され、内部較正として使用されてもよく、これは、ハイブリッド機器において、SIM走査がジッタを起こしやすいMR-ToF分析器によって実施され、フルMSがより安定したOrbitrap分析器によって実施される場合に特に有用である。
【0052】
本方法は、全体的なm/z範囲からのm/z値を有する前駆イオンの試料の分析から取得された走査データに基づいて、全体的なm/z範囲から複数の部分範囲を決定することを更に含み得る。部分範囲がMS1データに基づく場合、方法は、DDA法であってもよい。
【0053】
複数の部分範囲は、第1の部分範囲及び第2の部分範囲を含み得る。
【0054】
第1の部分範囲からの前駆イオンとフラグメント化された前駆イオンを合わせた試料を分析するステップは、第2の部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンの試料を蓄積するステップと少なくとも部分的に(時間的に)重複し得る。
【0055】
第1の部分範囲からの前駆イオンとフラグメント化された前駆イオンを合わせた試料を分析するステップは、第2の部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンのフラグメント化から形成されるフラグメント化された前駆イオンの試料を蓄積するステップと少なくとも部分的に(時間的に)重複し得る。
【0056】
前の部分範囲からの他のステップが依然として進行中である間に、次の部分範囲のためのいくつかのステップが実施されてもよい。言い換えれば、並列処理を使用して、走査を実施するのにかかる全体的な時間を短縮することができる。
【0057】
また部分範囲内のステップ間に(時間的な)重複があってもよい。例えば、イオン貯蔵部への前駆イオンの注入は、前駆イオンのフラグメント化と並行して実施されてもよい。
【0058】
各部分範囲について、前駆イオンの試料を蓄積するステップは、フラグメント化された前駆イオンの試料を蓄積するステップの前に実施されてもよい。
【0059】
代替的に、各部分範囲について、フラグメント化された前駆イオンの試料を蓄積するステップは、前駆イオンの試料を蓄積するステップの前に実施される。
【0060】
言い換えれば、イオンの注入の順序は、前駆イオンの後にフラグメントイオンが続くか、又はフラグメントイオンの後に前駆イオンが続くかのいずれかである。
【0061】
本方法は、前駆イオンの試料を蓄積するステップとフラグメント化された前駆イオンの試料を蓄積するステップとの間で、前駆イオンのフラグメント化のために使用される衝突エネルギーを調整するステップを更に含み得る。
【0062】
本方法は更に、フラグメント化された前駆イオンを冷却することを更に含み得る。これは特に、フラグメント化された前駆イオンの試料を蓄積するステップが、前駆イオンの試料を蓄積するステップの前に実施される場合に適用される。
【0063】
本方法は、試料がクロマトグラフィシステムから溶出する際の試料のクロマトグラフィのピークの幅に基づく期間内に実施されてもよい。
【0064】
本方法は、前駆イオンを生成するために、試料をイオン化することを更に含み得る。
【0065】
本方法は、フラグメント化された前駆イオンを生成するために、前駆イオンをフラグメント化することを更に含み得る。
【0066】
前駆イオンは、イオンルーティング多重極、IRM、衝突セルなどの衝突セル内でフラグメント化されてもよい。
【0067】
本方法は、前駆イオンに関する走査データに基づいて、前駆イオンの定量化を実施することを更に含み得る。定量化は、MS1ドメインに関するデータを使用して実施されてもよい。
【0068】
本方法は、フラグメント化された前駆イオンに関する走査データに基づいて、前駆イオンを識別することを更に含み得る。識別は、MS2ドメインに関連するデータを使用して実施されてもよい。
【0069】
質量分析の第2の方法を提供する。第2の方法は、
全体的なm/z範囲から選択される複数の部分範囲の各々について、
部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンを透過させるようにイオンフィルタを構成するステップと、
構成されたイオンフィルタから受け取られた前駆イオンの試料を質量分析器内で分析するステップと、
構成されたイオンフィルタから受け取られた前駆イオンをフラグメント化することによって生成されるフラグメントイオンの試料を、質量分析器内で分析するステップと、を含む。
【0070】
代替的な方法では、上述した第1の方法と同様に、複数のMS2走査が、m/z標的部分範囲のリストに関して実施される(DDA実験において、又はより好ましくはDIA実験において)。MS2走査のうちの少なくともいくつか(好ましくは全て)について、通常のフラグメントイオン情報とともに前駆イオン情報が取得される。しかしながら、各部分範囲内のMS2及びSIMイオンについて1回の走査を使用する(各走査に対して複数回の注入を伴う)第1の方法とは異なり、第2の方法は、各部分範囲について複数回の走査を実施する。
【0071】
フラグメントイオン及び前駆イオンは、四重極マスフィルタの設定を変更することなく、同じ質量分析器内で時間的に連続して分析される。
【0072】
各MS2走査に関する前駆体情報は、狭いm/z部分範囲のためのものである(したがって、いわゆる「選択イオンモニタリング」、(selected ion monitoring、SIM)走査と同等の情報を含む)。
【0073】
上述した第1の方法と同様に、第2の方法で取得された部分範囲の全てについての走査からの前駆体情報を組み合わせて、目的の全体的なm/z範囲に及ぶ完全な(少なくとも、m/z標的のリストが目的の広いm/z範囲に及ぶDIA実験において)、又はそうでなければ部分的に完全なMS1スペクトルを効果的に作成することができる。したがって、本方法は、蓄積されたイオンの定量化を改善するために、SIM走査及びMS2走査を並行して実施してもよい。
【0074】
第1の方法と同様に、MS1スペクトルは、複数のm/z部分範囲から構築され得る。各m/z部分範囲は、調整された充填時間を使用して獲得することができ、その結果、全体的なMS1スペクトルのダイナミックレンジを改善することができる。MS1データを取得するために必要とされる全体的な時間は、MS2走査と並行してSIM走査を実施することによって短縮することができる。このようにして、四重極マスフィルタのシーケンスは、複数のMS2走査についてのm/z標的のリストに関してそれが従うシーケンスから変更されない。したがって、この方法は、高速LC-MS実験と適合する。
【0075】
第2の方法は、前駆イオンの試料を分析する別個のステップと、フラグメントイオンの試料を分析する別個のステップと、を含む。言い換えれば、前駆体及びフラグメント情報は、別個の走査で獲得される。
【0076】
走査を実施するために使用される質量分析器は、多重反射飛行時間型、MR-ToF、分析器などの飛行時間型、ToF、分析器であってもよい。
【0077】
前駆イオンの試料を分析することは、前駆イオンをToF分析器に複数回通過させることを含み得る。SIM走査は、「ズームモード」として知られているプロセスを介してToF分析器において取得することができ、この場合、質量部分範囲は、より高い分解能を生成するためにToF分析器を複数回通過させられる。
【0078】
代替的に、質量分析器は、フーリエ変換質量分析器(例えば、Orbitrap(商標)質量分析器)であってもよい。
【0079】
前駆イオンの試料を分析することは、時間的に変化するトランジェント信号を生成し得、本方法は、任意選択的に前駆体周波数範囲に限定される、位相拘束スペクトルデコンボリューション法(ΦSDM)を使用して、時間的に変化するトランジェント信号から質量スペクトルを生成することを更に含み得る。
【0080】
本方法は、前駆イオンの試料をイオン貯蔵部に蓄積することを更に含み得る。前駆イオンの試料をイオン貯蔵部に蓄積することは、対応する部分範囲内の前駆イオン種の相対存在量に基づいて、前駆イオンのための充填時間を制御することを含み得る。
【0081】
本方法は、フラグメント化された前駆イオンの試料をイオン貯蔵部に蓄積することを更に含み得る。フラグメントイオン及び前駆イオンは、同じイオン貯蔵部内に順次蓄積され得る。
【0082】
フロントエンド蓄積デバイス、例えば、(Bruker TIMS-ToFシリーズの質量分析計に組み込まれるような)捕捉イオン移動度分離器などのイオン移動度分離器が使用されてもよい(また本明細書に記載する方法に有利であるであろう)。そのようなデバイスは、四重極単離窓に同期されたm/z範囲内のイオンを解放し得る。その結果、イオン透過が大幅に増強される。更なる結果として、必要な注入時間を短縮することができる(単離されたイオンビームがより明るいことから)。注入時間のこの短縮を使用して、SIM注入の追加の時間オーバーヘッドを相殺することができる。
【0083】
本方法は、部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンをイオンフィルタに移送するようにイオン移動度分離器を構成することを更に含み得る。
【0084】
本方法は、イオンフィルタに移送される前駆イオンが、全体的なm/z範囲内の複数の部分範囲の各々について、イオンフィルタの透過窓に対応するように、イオン移動度分離器を制御することを更に含み得る。
【0085】
フラグメント化された前駆イオンは、複数の異なる衝突エネルギーにおける、部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンのフラグメント化から形成され得る。
【0086】
各衝突エネルギーについて別個の蓄積ステップが存在し得る。
【0087】
本方法は、複数の異なる衝突エネルギーの各々について、
それぞれの衝突エネルギーで前駆イオンをフラグメント化して、フラグメント化された前駆イオンの試料の一部分を生成することと、
フラグメント化された前駆イオンの試料の部分をイオン貯蔵部に蓄積することと、を更に含み得る。
【0088】
言い換えれば、本方法は、複数の異なる衝突エネルギーにおいて、構成されたイオンフィルタから受け取られた前駆イオンをフラグメント化することによって生成されるフラグメントイオンの試料を(質量分析器内で)分析することを含み得る。異なる衝突エネルギーにおいて生成されたフラグメントは、イオン貯蔵部内に一緒に蓄積され得る。
【0089】
複数の部分範囲は、連続していてもよい。複数の部分範囲は、全体的なm/z範囲全体を作るように組み合わせ可能であり得る。
【0090】
本方法は、各部分範囲について、前駆イオンに関する走査データを取得することを更に含み得る。本方法は、全体的なm/z範囲についての高解像度走査を形成するために、各部分範囲についての前駆イオンに関する走査データを組み合わせることを更に含み得る。
【0091】
SIM走査データ(各部分範囲の前駆イオンに関する)を組み合わせることは、部分範囲が連続している、及び/又は全体的なm/z範囲を完全にカバーする場合、特に有用であり得る。そのような場合、組み合わされたSIM走査データを使用して、全体的なm/z範囲に対する高分解能走査を形成することができる。
【0092】
全体的なm/z範囲は、複数の部分範囲と重複しない第2の複数の部分範囲を含み得る。本方法は、第2の複数の部分範囲の各々について、質量分析器内で、部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンのフラグメント化から形成されたフラグメント化された前駆イオンの試料を分析することを更に含み得る。
【0093】
言い換えれば、SIM走査は、部分範囲のうちのいくつかについて必要とされないことがあり、MS2のみの走査が、これらの部分範囲について実施されてもよい。これらは、MS1走査における高強度前駆体ピークを含む全体的なm/z範囲の部分範囲であってもよい。
【0094】
本方法のいくつかの変形形態では、既に大量に存在する全体的な前駆体質量範囲のm/z部分範囲については、SIM走査を実施しないことが好ましい場合がある。フルMS走査を使用して、全体的な前駆体質量範囲のどのm/z部分範囲が既に大量に存在するかを決定することができる。フルMS走査は、それ自体でそのような領域について十分なデータを収集することができるはずである。これらの部分範囲についてのSIM走査を省略することは、全体的な方法に必要な時間を更に短縮することができる。HDR MS1走査は、フルMS1走査をSIM走査と組み合わせることによって取得することができる。
【0095】
複数の部分範囲の各々は、同じ幅を有してもよい。幅は、走査の前に設定されてもよい。本方法は、DIA法であり得る。
【0096】
本方法は、質量分析器内で、全体的なm/z範囲からのm/z値を有する(すなわち、マスフィルタリングされていない)前駆イオンの試料を分析することを更に含み得る。
【0097】
全体的なm/z範囲からのm/z値を有する前駆イオンの試料を分析することは、全体的なm/z範囲についての走査データを取得することを含み得る。
【0098】
本方法は、各部分範囲について、前駆イオンに関する走査データを取得することを更に含み得る。本方法は、全体的なm/z範囲についての高解像度走査を形成するために、各部分範囲についての前駆イオンに関する走査データを使用して、全体的なm/z範囲についての走査データを拡張することを更に含み得る。
【0099】
全体的なm/z範囲ついて走査データを拡張することは、部分範囲が連続しておらず、かつ/又は全体的なm/z範囲を完全にカバーしていない場合に有用であり得る。MS1走査の特定の領域をSIMデータで拡張することによって、HDR走査を取得することができる。
【0100】
本方法は、各部分範囲について、前駆イオンに関する走査データを取得することを更に含み得る。本方法は、全体的なm/z範囲についての走査データを、各部分範囲についての前駆イオンに関する走査データと比較し、全体的なm/z範囲についての走査データ若しくは各部分範囲についての前駆イオンに関する走査データのうちの一方を、全体的なm/z範囲についての走査データ若しくは各部分範囲についての前駆イオンに関する走査データのうちの他方に基づいて調整すること、のいずれかを行うことと、を更に含み得る。
【0101】
言い換えれば、SIMデータをフル走査データと比較し、データセットのうちの一方を他方に基づいて補正する。SIM走査された前駆イオンは、フルMSと比較され、内部較正として使用されてもよく、これは、ハイブリッド機器において、SIM走査がジッタを起こしやすいMR-ToF分析器によって実施され、フルMSがより安定したOrbitrap分析器によって実施される場合に特に有用である。
【0102】
本方法は、全体的なm/z範囲からのm/z値を有する前駆イオンの試料の分析から取得された走査データに基づいて、全体的なm/z範囲から複数の部分範囲を決定することを更に含み得る。部分範囲がMS1データに基づく場合、方法は、DDA法であってもよい。
【0103】
本方法は、前駆イオンをフラグメント化するために使用されるフラグメント化チャンバの衝突エネルギーを調整することを更に含み得る。イオンフィルタからの前駆イオンは、イオン貯蔵部に蓄積される前にフラグメント化チャンバを通過し得る。フラグメント化チャンバの衝突エネルギーは、前駆イオンの試料をイオン貯蔵部に蓄積するステップと、フラグメント化されたイオンの試料をイオン貯蔵部に蓄積するステップとの間で調整されてもよい。前駆イオンの試料をイオン貯蔵部に蓄積する前に、イオンフィルタからの前駆イオンは、閾値未満の衝突エネルギー設定、又はゼロ衝突エネルギーの設定においてフラグメント化チャンバを通過してもよい。
【0104】
代替的に、前駆イオンの試料をイオン貯蔵部に蓄積する前に、前駆イオンは、フラグメント化チャンバをバイパスしてイオンフィルタからイオン貯蔵部に通過してもよい。
【0105】
本方法は、試料がクロマトグラフィシステムから溶出する際の試料のクロマトグラフィのピークの幅に基づく期間内に実施されてもよい。
【0106】
本方法は、前駆イオンを生成するために、試料をイオン化することを更に含み得る。
【0107】
本方法は、フラグメント化された前駆イオンを生成するために、前駆イオンをフラグメント化することを更に含み得る。
【0108】
前駆イオンは、イオンルーティング多重極、IRM、衝突セルなどの衝突セル内でフラグメント化されてもよい。
【0109】
本方法は、前駆イオンに関する走査データに基づいて、前駆イオンの定量化を実施することを更に含み得る。定量化は、MS1ドメインに関するデータを使用して実施されてもよい。
【0110】
質量分析の第3の方法を提供する。方法は、
全体的なm/z範囲からのm/z値を有する前駆イオンの試料を質量分析器内で分析するステップであって、全体的なm/z範囲からのm/z値を有する前駆イオンの試料を分析することが、全体的なm/z範囲についての走査データを取得することを含む、分析するステップと、
走査データに基づいて、更なる分析のための1つ以上の前駆イオン種を識別するステップと、
識別された1つ以上の前駆イオン種の各々について、
フラグメント化された前駆イオンの試料をイオン貯蔵部に蓄積するステップであって、フラグメント化された前駆イオンの試料が、識別された前駆イオン種の前駆イオンのフラグメント化から形成されるイオンを含む、蓄積するステップと、
関連前駆イオン種を識別し、関連前駆イオン種の前駆イオンの試料をイオン貯蔵部に蓄積するステップと、
前駆イオンとフラグメント化された前駆イオンを合わせた試料を質量分析器内で同時に分析するステップと、を含む。
【0111】
フラグメント化された前駆イオンの試料及び前駆イオンの試料は、イオン貯蔵部内で合わされ得る。
【0112】
本方法は、1つ以上の前駆イオン種の各々に対して、第1のm/z部分範囲を識別することを更に含み得、前駆イオン種のm/z値は、第1の部分範囲内にある。
【0113】
フラグメント化された前駆イオンの試料は、第1の部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンのフラグメント化から形成されるイオンを含み得、識別された前駆イオン種の前駆イオンを含み得る。
【0114】
関連前駆イオン種を識別することは、第2のm/z部分範囲を識別することを含み得、関連前駆イオン種のm/z値は、第2の部分範囲内にある。
【0115】
フラグメント化された前駆イオンの試料をイオン貯蔵部に蓄積することは、第1の部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンを透過させるようにイオンフィルタを構成することを含み得、フラグメント化された前駆イオンの試料は、構成されたイオンフィルタから受け取られた前駆イオンのフラグメント化から形成されるイオンを含む。
【0116】
イオン貯蔵部内に前駆イオンの試料を蓄積することは、第2の部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンを透過させるようにイオンフィルタを構成することを含み得、前駆イオンの試料は、構成されたイオンフィルタから受け取られた前駆イオンを含む。
【0117】
イオンフィルタを構成することは、イオンフィルタの透過窓を設定することを含み得、透過窓は、各蓄積の間で調整される。
【0118】
前駆イオンの試料をイオン貯蔵部に蓄積することは、第2の部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンをイオンフィルタに移送するようにイオン移動度分離器を構成することを含み得る。
【0119】
フラグメント化された前駆イオンの試料をイオン貯蔵部に蓄積することは、第1の部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンをイオンフィルタに移送するようにイオン移動度分離器を構成することを含み得る。
【0120】
イオン移動度分離器は、イオンフィルタに移送される前駆イオンがイオンフィルタの透過窓に対応するように制御されてもよい。
【0121】
1つ以上の識別された前駆イオン種の各々について、前駆イオンの試料を蓄積するステップのための透過窓は、フラグメント化された前駆イオンの試料を蓄積するステップのための透過窓と異なってもよい。
【0122】
第1の部分範囲及び第2の部分範囲は、重複しなくてもよい。
【0123】
有利には、透過窓(「単離窓」とも呼ばれる)が重複しない場合、関連前駆イオンに関するピークは、フラグメント化された前駆イオンの注入における残留しているフラグメント化されていない前駆イオンに関するピークとは別個である。
【0124】
関連前駆イオン種は、識別された前駆イオン種の同位体であり得る。
【0125】
関連前駆イオン種は、識別された前駆イオン種の代替的な荷電状態であり得る。
【0126】
質量分析器内で前駆イオンとフラグメント化された前駆イオンを合わせた試料を分析することは、合わせた試料の同時分析からSIM/フラグメント走査データを取得することを含み得る。
【0127】
本方法は、フラグメント化されていない前駆イオンに対応するSIM/フラグメント走査データ内のピークの強度を前駆イオン(関連前駆体)の試料に対応するSIM/フラグメント走査データ内のピークの強度と比較することによって、フラグメント化された前駆イオンの蓄積中にイオン貯蔵部に蓄積されたフラグメント化されていない前駆イオンの量を推定することを更に含み得る。
【0128】
フラグメント化されていない前駆イオンの量を推定することは、
SIM/フラグメント走査データから複数のフラグメントスペクトルをデコンボリューションするように構成されたソフトウェアであって、複数のフラグメントスペクトルが、フラグメントスペクトルのデータベースから選択される、ソフトウェアと、
SIM/フラグメント走査データから複数のフラグメントスペクトルをデコンボリューションするように構成されたニューラルネットワークであって、複数のフラグメントスペクトルが、複数の前駆イオン種に対応する、ニューラルネットワークと、
m/zピークの強度を含む、前駆イオンのフラグメントスペクトルを予測するように構成されたニューラルネットワークと、のうちの1つ以上を使用して実施されてもよい。
【0129】
前駆イオンの試料を蓄積することは、関連前駆イオン種の相対存在量に基づいて、前駆イオンの充填時間を制御することを含み得る。
【0130】
本方法は、前駆イオンの試料を蓄積するステップとフラグメント化された前駆イオンの試料を蓄積するステップとの間で、前駆イオンのフラグメント化のために使用される衝突エネルギーを調整するステップを更に含み得る。
【0131】
フラグメント化された前駆イオンの試料を蓄積するステップは、前駆イオンの試料を蓄積するステップの前に実施されてもよい。本方法は、フラグメント化された前駆イオンの試料を冷却することを更に含み得る。
【0132】
フラグメント化された前駆イオンは、複数の異なる衝突エネルギーにおける、第1の部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンのフラグメント化から形成されてもよい。
【0133】
本方法は、フラグメント化された前駆イオンに関する走査データに基づいて、前駆イオンを識別することを更に含み得る。識別は、MS2ドメインに関連するデータを使用して実施されてもよい。
【0134】
上述した方法のいずれかを実施するように構成された質量分析計も提供される。
【0135】
コンピュータソフトウェアも提供される。コンピュータソフトウェアは、コンピュータのプロセッサ上で実行されると、コンピュータに上述した方法のうちのいずれかを実施させる命令を含む。
【0136】
本発明は、いくつかの方式で実施することができ、特定の実施形態を、単なる例示として、以下の図面を参照して以下に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0137】
【
図1】本発明の実施形態による方法を実施するために好適な質量分析計の概略図を示す。
【
図2】強い前駆イオン集団及びフラグメント分布の両方を示す、図解用の組み合わされたSIM/MS2スペクトルを示す。
【
図3】SIM注入を全てのMS2走査に混合する第1の例示的なDIA走査シーケンスを示す。
【
図4】例示的な走査シーケンスを実施するための例示的なタイミング図を例解する。
【
図5】各SIM及びMS2注入がそれ自体の分析走査を有する、第2の例示的なDIA走査シーケンスを例解する。
【
図6】SIM注入及び段階的な衝突エネルギー注入を各MS2走査に組み込む例示的なDIA走査シーケンスを例解する。
【
図7】関連前駆体に対するSIM注入をMS2走査に組み込む例示的なDDA走査シーケンスを例解する。
【発明を実施するための形態】
【0138】
図1は、本発明の実施形態による方法を実施するために好適な質量分析計10の概略構成を示す。質量分析計10は、参照により組み込まれる米国特許第10,699,888号に記載されているHybrid Orbitrap多重反射飛行時間型質量分析計(MR-ToF)であり得る。質量分析器の詳細は、米国特許第9,136,101号に記載されており、これは本明細書に参照により組み込まれる。
【0139】
図1では、分析される試料が(例えばオートサンプラから)液体クロマトグラフィ(liquid chromatography、LC)カラムなどのクロマトグラフィ装置(
図1には示されていない)に供給される。LCカラムのそのような一例は、Thermo Fisher Scientific,Inc ProSwiftモノリシックカラムがあり、これは、固定相を構成する、不規則な、又は球形の粒子の固定相に高圧下の移動相で試料を強制的に運ぶことにより、高速液体クロマトグラフィ(HPLC:high performance liquid chromatography)を提供する。HPLCカラムでは、試料分子は、固定相との相互作用の程度に応じて、異なる速度で溶出する。
【0140】
検出器(例えば、質量分析計)を使用して、HPLCカラムから溶出する試料分子の量を経時的に測定することにより、クロマトグラフを生成することができる。HPLCカラムから溶出する試料分子は、クロマトグラフのベースライン測定値を上回るピークとして検出される。異なる試料分子が異なる溶出速度を有する場合、クロマトグラフ上の複数のピークが検出される場合がある。好ましくは、個々の試料ピークは、異なる試料分子が互いに干渉しないように、クロマトグラムの他のピークから時間的に分離される。
【0141】
クロマトグラフでは、クロマトグラフのピークの存在は、試料分子が検出器に存在する期間に対応する。したがって、クロマトグラフィピークの幅は、試料分子が検出器に存在する期間に相当する。好ましくは、クロマトグラフのピークはガウス形状のプロファイルを有するか、又はガウス形状のプロファイルを有すると想定され得る。したがって、クロマトグラフのピークの幅は、ピークから計算されたいくつかの標準偏差に基づいて判定され得る。例えば、ピーク幅は、クロマトグラフのピークの4つの標準偏差に基づいて計算されてもよい。代替的に、ピーク幅は、ピークの最大高さの半分の幅に基づいて計算されてもよい。当該技術分野で周知のピーク幅を判定するための他の方法もまた、好適な場合がある。
【0142】
このようにして液体クロマトグラフィによって分離された試料分子は、次に、大気圧にあるエレクトロスプレーイオン化源(ESI源:electrospray ionization source)20を使用してイオン化される。
【0143】
次に、試料イオンは質量分析計10の真空チャンバに入り、キャピラリ25によってRFのみのSレンズ30(イオンファンネルとも呼ばれる)に導かれる。イオンは、Sレンズ30によって注入フラタポール40(四重極プレフィルタとも呼ばれる)に集束され、軸線方向場を有する屈曲フラタポール50にイオンを注入する。屈曲フラタポール50は、それを通る湾曲経路に沿って(電荷)イオンを誘導するが、同伴溶媒分子などの望ましくない中性分子は、湾曲経路に沿って誘導されず失われる。湾曲経路は、例えば、90度の曲がり又はS字状のくねりであってもよい。
【0144】
TKレンズ60は、屈曲フラタポール50の遠位端に位置した。イオンは、屈曲フラタポール50から、四重極マスフィルタ70の形態の下流の質量セレクタへと通過する。TKレンズは、四重極マスフィルタ70のためのフリンジ場補正器として作用する。四重極マスフィルタ70は、典型的には、ただし必須ではないが、セグメント化され、バンドパスフィルタとして機能し、他の質量-対-電荷比(m/z)のイオンを排除しながら、選択された質量数又は制限された質量範囲の通過を可能にする。マスフィルタはまた、質量選択的ではない、すなわち、実質的に全てのm/zイオンを透過させるRF専用モードで動作され得る。例えば、四重極マスフィルタ70は、コントローラによって制御され、通過させられる前駆イオンの通過に対する質量-対-電荷比の範囲を選択してもよく、一方、前駆イオン流内の他のイオンは、フィルタリングされる(減衰される)。代替的に、Sレンズ30をイオンゲートとして動作させ、イオンゲート(TKレンズ)60を電界レンズとしてもよい。
【0145】
四重極マスフィルタが
図1に示されるが、当業者は、他のタイプの質量選択デバイスもまた、目的の質量範囲内の前駆イオンを選択するために好適であり得ることを、理解するであろう。例えば、米国特許出願公開第2015287585(A)号に記載されているようなイオン分離器、国際公開第2013076307(A)号に記載されているようなイオントラップ、米国特許出願公開第2012256083(A)号に記載されているようなイオン移動度分離器、国際公開第2012175517(A)号に記載されているようなイオンゲート質量選択デバイス、又は米国特許第799223号に記載されているような荷電粒子トラップであり、これらは本明細書に参照により組み込まれる。当業者は、イオン移動度、微分移動度及び/又は横変調に従って前駆イオンを選択する他の方法もまた好適であり得ることを、理解するであろう。
【0146】
異なる質量又は質量範囲の複数のイオンの単離はまた、イオントラップにおける同期前駆体走査(Synchronous Precursor Scanning、SPS)として既知の方法を使用して、実施されてもよい。更に、いくつかの実施形態では、2つ以上のイオン選択デバイス又は質量選択デバイスが提供されてもよい。例えば、フラグメンテーションチャンバ120の下流に、更なる質量選択デバイスが提供されてもよい。このようにして、所望であれば、MS3走査又はMSn走査を実施し得る(典型的には、質量分析のために、ToF質量分析器を使用する)。
【0147】
次いで、イオンは、任意選択的に電荷検出器(図示せず)を介して、第1の移送多重極90へのイオンの通過を制御するためのイオンゲートとして作用する四重極出口レンズ/分割レンズ構成80を通過する。第1の移送多重極90は、マスフィルタリングされたイオンを四重極マスフィルタ70から湾曲線形イオントラップ(Cトラップ)100内に誘導する。Cトラップ(第1のイオントラップ)100は、RF電圧が供給される長手方向に延在する湾曲した電極及び、DC電圧が供給されるエンドキャップを有する。結果として、Cトラップ100の湾曲した長手軸線に沿って延在する電位ウェルが得られる。第1の動作モードでは、DCエンドキャップ電圧がCトラップに設定されるので、第1の移送多重極90から到達するイオンは、Cトラップ100の電位ウェルに捕捉され、そこで冷却される。Cトラップへのイオンの注入時間(Injection Time、IT)は、その後、Cトラップから質量分析器に放出されるイオンの数(イオン集団)を決定する。
【0148】
冷却されたイオンは、電位ウェルの底部に向かって雲状に滞留し、次に、Cトラップから第1の質量分析器110に向かって直角に放出される。
図1に示すように、第1の質量分析器は、軌道トラップ型質量分析器110、例えば、Thermo Fisher Scientificによって販売されるOrbitrap(登録商標)質量分析器である。軌道トラップ型質量分析器110は、中心を外れた注入開口部を有し、イオンは、偏心注入開口部を通して、凝集性パケットとして軌道トラップ型質量分析器110に注入される。次に、イオンは超対数電場によって軌道トラップ型質量分析器内に捕捉され、内部電極の周りを軌道運動しながら、長手方向の前後運動を経る。
【0149】
軌道トラップ型質量分析器でのイオンパケットの運動の軸(z)成分は、(多かれ少なかれ)単振動として定義され、z方向の角周波数は所与のイオン種の質量電荷比の平方根に関連している。したがって、イオンは、質量-対-電荷比に従って、経時的に分離する。
【0150】
軌道トラップ型質量分析器内のイオンは、画像電流検出器を通過する際に、全てのイオン種に関する情報を含む時間ドメインに「トランジェント(transient)」を生成する画像電流検出器(図示されず)を使用して検出される。次に、トランジェントは高速フーリエ変換(Fast Fourier Transform、FFT)にかけられ、周波数領域に一連のピークが生じる。これらのピークから、m/zに対する存在/イオン強度を表す質量スペクトルを生成し得る。
【0151】
上述の構成では、試料イオン(より具体的には、四重極マスフィルタ70によって選択された目的の質量範囲内の試料イオンの質量範囲セグメント)は、フラグメント化なしで軌道トラップ型質量分析器110によって分析される。結果的に得られる質量スペクトルは、MS1と表示される。
【0152】
軌道トラップ型質量分析器110が
図1に示されているが、他のフーリエ変換質量分析器を含む他の質量分析器が、代わりに使用されてもよい。例えば、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(Fourier Transform Ion Cyclotron Resonance、FTICR)質量分析器を、MS1走査のための質量分析器として利用してもよい。トランジェント信号から質量スペクトル情報を取得するために、フーリエ変換以外の他のタイプの信号処理が使用される場合であっても、軌道トラップ型質量分析器及びイオンサイクロトロン共鳴質量分析器などの質量分析器もまた、本発明において使用されてもよい(例えば、国際公開第2013/171313号、Thermo Fisher Scientificを参照のこと)。
【0153】
Cトラップ100の第2の動作モードでは、四重極出口レンズ構成/分割レンズ構成80及び第1の移送多重極90を通過してCトラップ100に入るイオンは、Cトラップを通ってフラグメント化チャンバ120に入る、それらの経路を継続してもよく、これは、「イオンルーティング多極」(Ion Routing Multipole、IRM)衝突セルであってもよい。したがって、Cトラップは、第2の動作モードにおいて、イオン誘導として効果的に動作する。代替的に、Cトラップ100内の冷却されたイオンは、Cトラップからフラグメント化チャンバ120内に軸線方向に放出され得る。フラグメント化チャンバ120は、
図1の質量分析計10において、衝突ガスが供給される高エネルギー衝突解離(high energy collisional dissociation、HCD)デバイスである。フラグメンテーションチャンバ120に到着する前駆イオンは、衝突ガス分子と衝突し、その結果、前駆イオンが、フラグメントイオンにフラグメント化される。
【0154】
HCDフラグメント化チャンバ120が
図1に示されているが、代わりに、衝突誘起解離(collision induced dissociation、CID)、電子捕獲解離(electron capture dissociation、ECD)、電子移動解離(electron transfer dissociation、ETD)、及び光解離などの方法を用いる他のフラグメント化デバイスを用いることができる。更に、イオンフラグメント化は、抽出トラップ140の高圧領域において実施され得る。
【0155】
フラグメント化されたイオンは、Cトラップ100に対して反対の軸線方向端部において、フラグメント化チャンバ120から放出されてもよい。放出されたフラグメント化イオンは、第2の移送多重極130内を通過する。第2の移送多重極130は、フラグメンテーションされたイオンを、フラグメンテーションチャンバ120から抽出トラップ(第2のイオントラップ)140内に誘導する。抽出トラップ140は、緩衝ガスを含む高周波電圧制御トラップである。例えば、好適な緩衝ガスは、5×10-4mBar~1×10-2mBarの範囲の圧力でのアルゴンである。抽出トラップは、印加されたRF電圧を迅速にスイッチオフし、捕捉されたイオンを抽出するために、DC電圧を印加する能力を有する。直線方向イオントラップとも称される好適な平板抽出トラップが、米国特許第9,548,195号に更に記載されており、これは本明細書に参照により組み込まれる。代替的に、Cトラップもまた、第2のイオントラップとしての使用に好適であり得る。
【0156】
抽出トラップ140は、飛行時間型質量分析器150への注入の前に、フラグメント化されたイオンのイオンパケットを形成するために、提供される。抽出トラップ140は、フラグメント化されたイオンを飛行時間型質量分析器150に注入する前に、フラグメント化されたイオンを蓄積する。
【0157】
抽出トラップ(イオントラップ)が
図1の実施形態に示されるが、当業者は、フラグメント化されたイオンのイオンパケットを形成する他の方法が、本発明に等しく好適であることを、理解するであろう。例えば、多重極を通るイオンの比較的緩慢な移動は、イオンの集群に影響を及ぼすために使用され得るが、これは、その後、単一パケットとして、ToF質量分析器に放出され得る。代替的に、イオンの直交変位を使用して、パケットを形成してもよい。これらの代替形態の更なる詳細は、進行波イオン集群方法を記載している、米国特許出願公開第2003/0001088号に記載されており、これは本明細書に参照により組み込まれる。
【0158】
図1において、示されている飛行時間型質量分析器150は、多重反射飛行時間型質量分析器(MR-ToF)150である。MR-ToF150は、ドリフト方向に細長い2つの対向するイオンミラー160、162の周りに構築される。ミラーは、ドリフト方向に直交する方向に対向している。抽出トラップ140は、イオンを第1のミラー160に注入し、次に、イオンは、2つのミラー160、162の間で振動する。抽出トラップ140及び付加的偏向器170、172からのイオンの放出の角度は、ドリフト方向におけるイオンのエネルギーの制御を可能にし、それによってイオンは、振動する際に、ミラー160、162の長さに沿って下方に方向付けられてジグザグ軌道を生成する。ミラー160、162自体は、互いに対して傾斜しており、イオンのドリフト速度を遅らせ、イオンをドリフト次元に反射させ、検出器180上に集束させる電位勾配を生成する。対向するミラーの傾斜は、通常、イオン振動がドリフト次元を移動する際にイオン振動の期間を変化させるという負の副作用を有する。これは、対向するミラー160、162の長さを下方に変化させて、ミラー間空間の一部分に対する飛行電位を変更するストライプ電極190(補償電極として機能する)によって、補正される。ストライプ電極190の変化する幅とミラー160、162間の距離の変化との組み合わせは、検出器180上へのイオンの反射及び空間的集束、並びに良好な時間集束を維持することを可能にする。本発明で使用するために好適なMR-ToF150は、米国特許出願公開第2015028197(A1)号に更に記載されており、これは本明細書に参照により組み込まれる。
【0159】
一例では、MS1走査が、第1の質量分析器(例えば、軌道トラップ型質量分析器110)によって実施され得る。第2の例では、フラグメント化チャンバが、イオンをCトラップ100に向かって後方に放出するように制御されるか、第2の移送多重極130に向かって前方に放出するように制御されるか、に依存して、第1の質量分析器(軌道トラップ型質量分析器110)又は第2の質量分析器(飛行時間型質量分析器)によって、前駆イオンがフラグメント化され得、MS2走査が実施され得る。更なる動作モードでは、第2の質量分析器(飛行時間型質量分析器150)は、イオンのMS1走査を実施してもよい。本動作モードでは、イオンは、Cトラップ100を通ってフラグメンテーションチャンバに軸線方向に方向付けられるが、フラグメンテーションガスは入力されず、イオンは、フラグメンテーションなしに、第2の移送多重極130に誘導される。次に、イオンは、上述のように、抽出トラップ140内でパケットに蓄積され得る。
【0160】
抽出トラップに蓄積されたイオンは、所定の数のイオンが抽出トラップに蓄積されると、イオンパケットとしてMR-ToF分析器150に注入される。MR-ToF150に注入されるイオンの各パケットが、少なくとも所定の(最小)数のイオンを有することを確実にすることによって、検出器に到達するイオンの結果として生じるパケットは、MS1スペクトル又はMS2スペクトルの目的の全質量範囲を表すことになる。前駆イオン又はフラグメント化されたイオンの単一パケットは、それぞれのイオンのMS1スペクトル又はMS2スペクトルを獲得するには十分である。MS2について、これは、複数のスペクトルが典型的に獲得され、各所与の質量範囲セグメントについて合計される飛行時間型スペクトルの従来の獲得と比較して増大した感度を表す。好ましくは、各質量窓内の最小の総イオン電流(Total Ion Current、TIC)は、飛行時間型質量分析器への放出前に、抽出トラップ内に蓄積される。いくつかの例では、飛行時間型質量分析器によって、MS2ドメインにおいて毎秒少なくともN個のスペクトル(走査)が獲得されるが、N=50、又はより好ましくは、100、又は200以上である。
【0161】
好ましくは、MS2走査の少なくともX%は、Y個を超えるイオン数を含む(X=30、又は50、又は70、又は最も好ましくは、90以上、及びY=200、又は500、又は1000、又は2000、又は3000、又は5000以上である)。最も好ましくは、MS2走査の少なくとも90%が、500を超えるイオン数、又はより好ましくは、1000を超えるイオン数、理想的には、5000を超えるイオン数を含む。これは、MS2スペクトルの増大したダイナミックレンジを提供する。MS2走査の各々に対する所望のイオン数は、フラグメント化されたイオンの各パケットに含まれるイオンの数を調整することによって提供されてもよい。例えば、
図1の実施形態では、抽出トラップの蓄積時間は、十分な数のイオンが蓄積されていることを確実にするように調整されてもよい。したがって、コントローラは、所定の数のイオンが抽出トラップ内に存在するか、所定の期間が経過したか、のどちらかの場合に、フラグメント化されたイオンの好適なパケットが形成されたと決定するように構成されてもよい。所定の期間は、抽出トラップへのイオンの流れが比較的低い場合に、飛行時間型質量分析器が所望の周波数で動作することを確実にするために指定されてもよい。
【0162】
質量分析計10は、例えば、捕捉構成成分の放出のタイミングを制御し、四重極等の電極に適切な電位を設定してイオンを集束し、かつフィルタリングし、軌道トラップ型デバイス110から質量スペクトルデータを捕捉し、MR-ToF150から質量スペクトルデータを捕捉するために、MS1走査及びMS2走査のシーケンスなどを制御するように構成された、コントローラの制御下にある。コントローラは、質量分析計に本発明による方法のステップを実施させる命令を含むコンピュータプログラムに従って動作し得るコンピュータを備えてもよいことが理解されよう。
【0163】
図1に示される構成要素の特定の配置は、後で記載される方法に必須ではないことを理解されたい。実際、本発明の実施形態の方法を実施するための他の構成も好適である。いくつかの例では、全ての走査(MS1、MS2、及び/又はSIM)は、軌道トラップ型分析器よりも速いMR-ToF分析器によって実施される。
【0164】
イオン移動度分離器(例えば、捕捉イオン移動度分離器、TIMS)などのフロントエンド蓄積デバイスは、四重極単離窓に対応するm/z範囲内のイオンを解放するように構成され得る。この結果、四重極フィルタのイオン透過が改善される。イオン移動度分離器の更なる結果として、必要な注入時間を短縮することができる(単離されたイオンビームがより明るいことから)。注入時間のこの短縮を使用して、SIM注入の追加の時間オーバーヘッドを少なくとも部分的に相殺することができる。
【0165】
イオン移動度分離器は、積層リングイオンガイドを備え得、これは、DC勾配を適用して、反対方向のガス風に対抗して、一方向にイオンを押し出す。
【0166】
イオン移動度分離器の一例では、イオン移動度に従ってイオンを阻止するために、ガス流内の電場障壁が使用される。場障壁の減少は、イオン移動度の増加とともにイオンを解放する。
【0167】
TIMSは、米国特許第7,838,826号、米国特許第9,891,194号、及びMeier et al.,2018,Molecular & Cellular Proteomics 17,2534-2545に詳細に記載されており、これらは本明細書に参照により組み込まれる。
【0168】
延長イオンファンネルは、共通軸の周りに組み立てられる多数のセグメント化電極から構成される。延長イオンガイドは、3つのセクション、つまり、
入口集束セクション、
移動度分析セクション、及び
出口集束セクションとして扱うことができる。
【0169】
集束セクションにおいて、隣接する電極間の距離は、電極の厚さにほぼ等しい。電極における開口部の直径は、イオンファンネルアセンブリにおける電極の位置の関数である。例えば、最大の開口部を有するセグメント電極は、イオンファンネルの入口端にあり、最小の開口部を有するセグメント電極は、イオンファンネルの出口端にある。
【0170】
いくつかの例では、開口部直径は、セグメント化電極の位置の一次関数であってもよい。他の例では、この関数は、非線形であってもよい。共通軸とイオンファンネルの内側境界(すなわち、セグメント電極の内側リムによって形成される)との間に形成される角度は、およそ19°であり得る。しかしながら、0°~90°の任意の角度が使用されてもよい。
【0171】
イオンファンネルの移動度分析セクションにおいて、セグメント化電極は全て同じ内径を有してもよい。隣接する電極間の空間は、誘電体又は電気抵抗ガスケットで充填されてもよい。セグメント電極の厚さは、その内径よりも小さくなければならず、電極間の間隔は、均一なRF場を維持するためにセグメント化電極の厚さよりも小さくなければならず、その結果、軸線方向DC場は、軸線の近くで均一である。
【0172】
電極間のガスケット又はOリングは、実質的に気密シールを形成し、その結果、電極内の開口部は、ガスが流れることができる気密チャネルを形成する。ガスは、入口集束セクションのチャネルに入り、移動度分析セクションを通って均一に流れる層流を形成し、出口集束セクションを通って圧迫され、次いで最終電極の開口部を通って流出する。開口部は、円筒対称の流れプロファイルを維持するために実質的に円筒対称である。動作中、ガスの対称的な層流は、軸線に沿った所与の位置における所与のタイプの全てのイオンが、軸線に対するそれらの横方向位置とは実質的に独立して、ガス流による所与の力を受けることを意味する。
【0173】
四重極イオンフィルタは、中心軸線の周りに所定の半径で等間隔に配置された4つのロッドからなる。高周波、RF、(例えば、1MHzの正弦波)電位がロッド間に適用される。隣接するロッドの電位は、180°だけ位相がずれている。四重極の軸線の両側のロッドは、四重極が2対のロッドとして形成されるように、電気的に接続される。イオンは、四重極の軸線に沿って進行し、開口部を通って四重極を出る。ロッド間に適用されるRF電位は、イオンを半径方向に閉じ込める傾向がある。ロッド間にRFのみが適用されると、実質的に全てのイオンが四重極を透過する。ロッド対の間にDC電位及びRF電位を適用することにより、限られた質量範囲のイオンのみが四重極を透過する。この質量範囲外のイオンは濾過され、出口端に到達しない。
【0174】
DC電場強度は、軸線に沿った位置の関数として変化する。しかしながら、分析セクション内のいくつかの位置において、場強度は、イオンがファンネルの出口端に到達するために打ち勝たなければならない障壁を形成するように最大に達する。最大場強度のこの位置付近では、イオンがそれらの移動度に基づいて選択される点であるため、DC場の均一性が重要である。したがって、DC場は円筒対称であるべきである。
【0175】
例示的な動作方法は、
解析セクションにDC障壁を形成するステップと、
軸線に向かってイオンを集束させるためのRF場を適用するステップと、
イオン源においてイオンを作り出すステップと、
キャリアガス中のイオンを延長イオンファンネルに導入するステップと、
集束セクションの電極及び/又は偏向電極に電位を適用することによって、集束セクションにイオンを導入するステップと、
集束セクションの電極にDC電位を適用することによって、イオンを分析セクションに移送するステップと、
任意選択的に、偏向電極及び/又は集束セクションの電極にDC電位を適用することによって、追加のイオンが分析セクションに入ることを妨げるステップと、
ファンネルの出口端から下流のポンプを使用して、チャネルを通るキャリアガス流を誘導するステップと、
キャリアガス流がイオン群からのイオンをイオンの移動度の順にDC障壁を越えて押し出すことを可能にするように、分析セクション内のDC障壁を徐々に低減するステップと、
出口電極内の開口部を通してイオンを集束させるステップと、を含む。
【0176】
別の例では、DC勾配を使用して、ガス風に対抗してイオンを押し出す。DC電位を高くすると、移動度の順にイオンが解放される。
【0177】
1つの例示的な方法では、フル質量走査は、長い獲得トランジェントを有するOrbitrap質量分析器110によって実施され、高分解能MS1スペクトルを作り出す。これと並行して、MR-ToF150分析器は、非常に速い走査速度及び高い感度で、一連のMS2獲得を実施する。
【0178】
組み合わされたイオン注入及び分析のための例示的な方法は、米国特許第8,686,350号に記載されており、これは本明細書に参照により組み込まれる。
【0179】
本明細書に記載する例示的な方法は、2つの注入、すなわち、フラグメント化されているイオンの第1の注入、及びそのままの前駆イオンとして残されるイオンの第2の注入を用いて(第1及び第2のイオン注入は、いずれの順序で行われてもよい)、異なるタイプのイオンをイオントラップ内に蓄積し、組み合わせる。イオンは、同じイオン源から来てもよく、同じ四重極単離窓を有するが、異なるフラグメント化エネルギーを有してもよい(前駆体注入の衝突エネルギーはゼロ)。次いで、組み合わされたイオンを質量分析器内で分析して、
図2に描かれているような分析走査を提供する。そのような走査は、フラグメントスペクトル(
図2においてMS2注入/秒として例解される)に加えて、前駆体情報(
図2においてSIM注入として例解される)を提供する。追加の四重極切り替え時間がなく、前駆イオン(SIM)成分の追加の注入時間がフラグメント化注入の場合よりも短いはずであるので、スペクトルを迅速に記録することができる。フラグメント化又はSIM注入が最初に実施されるかどうかに応じて、フラグメントを冷却するか、又は高衝突エネルギーに切り替えるために、いくらかの遅延が必要とされる。
【0180】
本発明によるいくつかの具体例によるDIA法では、フラグメント化を伴って実施される注入ごとに、同じ四重極単離窓を有し、衝突エネルギーが低減された、又は衝突エネルギーがない追加の注入がある。標的質量は、DIAに対して通常であるように、所定の範囲及び単離ステップサイズを通して走査される。
図3は、消化されたタンパク質試料の「ボトムアップ」測定のために使用され得るような、5Thの単離窓を有する、m/z300~900Thからのそのような走査シーケンスを示す。任意選択的なMS1フル走査も、質量範囲全体を通してサイクルごとに実施される。
図1のハイブリッドOrbitrap/MR-ToF機器では、このMS1走査は、Orbitrap(商標)質量分析器で実施され、SIM/MS2走査は、MR-ToF質量分析器によって実施される。全てのSIM注入スペクトルを重ね合わせると、極端なHDR MS1走査が作り出される。当業者によって理解されるように、スペクトルを実際に重ね合わせることは必要ではない。データ処理のためには、全てのSIM注入スペクトルからのデータが利用可能であれば十分である。
【0181】
図3の方法は、
図1に例解されたOrbitrap質量分析器とMR-ToF機器とを組み合わせたもので実施することができる。代替的に、本方法は、ToF専用機器又はOrbitrap質量分析器専用機器などの単一の質量分析器機器上で実施することができる(より長くかかる場合がある)。
【0182】
図4は、
図1に例解されるような組み合わされたOrbitrap質量分析器及びMR-ToF機器上で
図3に例解される方法を実施するための例示的なタイミング図を例解す。
図4に見られるように、異なる動作のタイミングは、全体的な所要時間を短縮するために、特定の動作が並行して実施されるように構成されてもよい。
図1に例解されるOrbitrap/MR-ToF機器は、3msの注入時間(「充填時間」とも称される)及び2msのオーバーヘッドで、およそ200Hzで単一注入を実施することが可能であり得る。追加のオーバーヘッドは、デューティサイクルを枯渇させ、機器感度を低下させる。
【0183】
質量分析計の構成要素を通したイオン注入及び輸送のステップのための図解用のタイミングが、
図4に例解される。イオンは、イオン源から分析器まで輸送される。
図4における垂直方向変位は、複数の別個のイオンパケットが異なる構成要素において同時に処理され得るため、並列処理の指標を提供する。
【0184】
図4に例解されるように、フラグメント化がIRM120又は抽出トラップ140の高圧領域で実施されるかどうかに応じて、追加のSIM/MS2注入を交互に行うことができる。追加の注入(「充填」とも称される)が、追加のオーバーヘッドを最小化するような方式で、イオン貯蔵部(「抽出トラップ」とも称される)に行われてもよい。追加の注入は、同じm/z特性を有するイオンフィルタからの前駆イオンに関連し得る。いくつかの例示的な方法による動作中に、フラグメント化チャンバの衝突エネルギーが調整され得る。フラグメント化エネルギーは、フラグメント化された前駆イオンの試料を生成するために使用される事前設定されたMS2レベルから、前駆イオンがフラグメント化されずにフラグメント化チャンバを通過するように、ゼロなどの低減されたレベルに調整されてもよい。
【0185】
異なる注入からのイオンは、フラグメント化ステップの前に混合されるべきではない。フラグメント化がIRM衝突セル120内で実施される場合、第2の注入は、IRMオフセットを変化させ、第1の注入のイオンを冷却するために必要とされる短い遅延の後、第1の注入に続く。次いで、イオンの両方のパケットを混合し、抽出トラップ100、140に移送することができる。しかしながら、フラグメント化が抽出トラップ140の高圧領域によって実施される場合、IRM衝突セル120は、第2のイオンパケットを受け入れる前に第1のイオンパケットを取り除かれなければならない。効果的に、これは余分な移送段階を追加し、機器動作を遅くする。それにもかかわらず、第2の注入は第1の注入と同じm/z範囲を有するので、注入間でイオンの領域を完全に取り除く必要性は少なくなる。したがって、損失したデューティサイクルのいくつかを補償する(かつ所要時間を短縮する)ために、移送段階及び冷却段階の遅延時間を短縮することができる。
【0186】
MS2注入からのあらゆる残留しているフラグメント化されていない前駆体を考慮することが望ましい。そうでなければ、SIM注入からの固定された量が、未知の量のフラグメント化されていない前駆体に加わることになり、これは、定量目的のためのSIMデータの信頼性を低下させる。単一の前駆体種について、これは、スペクトル内の全てのイオンを合計することによって達成することができる。しかしながら、DIA及びワイド窓DDAの場合、MS2スペクトルは、典型的にはキメラ状であり、2つ以上の前駆イオンを含有する。この場合、MS2注入からフラグメント化されていない前駆体の量を推定するための2つの可能な方式があり、それらを以下でより詳細に説明する。
【0187】
第1の方法では、MS2注入からのフラグメント化されていない前駆体の残留量の予測は、識別された前駆体の既知のフラグメント化パターンに基づく。Chimerys(商標)AIベースの検索エンジン(MSAID GmbH,Germany)などのバイオインフォマティクスソリューションは、フラグメント並びに残留前駆体のフラグメント化パターン及び相対強度の両方を予測することができる。例えば、MS2で3ms、SIMで1msを記憶した場合、1.6倍だけ補正する必要がある。しかしながら、実際には、何らかの実験誤差のために残留前駆体の割合が4分の1(例えば、20%ではなく15%)であった場合、これは、この例において全体の10%未満の誤差(1.6倍ではなく1.45倍)をもたらし、すなわち、SIMがない場合よりも依然としてはるかに良好である。
【0188】
第2の方法では、四重極単離窓は、走査記憶中にSIMの隣接する質量範囲にシフトされてもよい。例えば、MS2は、質量範囲300~305Thで実施されてもよく、SIMは、質量範囲305~310Thで実施されてもよく、走査2に追加され、獲得されてもよい。しかしながら、これを達成するために、イオン流の複雑な中断が必要とされる可能性がある。更に、四重極単離窓の調整中に不感時間が存在し得る。この方法の1つの利点は、前駆体m/z値のすぐ上のm/z窓は通常、イオンが全くないという事実により、SIM走査におけるピークの強度が補正を必要としないことである。
【0189】
代替的なDIA法を
図5に例解する。この第2の方法では、質量スペクトルごとに複数回の注入を蓄積する代わりに、MS2及びSIMの各注入が、それ自体で分析走査を有する。これは、Orbitrap質量分析器よりもかなり高速であるMR-ToF分析器上で走査の一方又は両方が実行されるときに特に好適である。時間オーバーヘッドはまた、Orbitrap質量分析器ではより大きく、その結果、MS2及びSIM走査生成周波数は、Orbitrap機器を使用して約50Hzに制限され得る。2つの走査(MS2及びSIM)を合計して、
図3の方法によって生成されたスペクトルと同様のスペクトルを生成することができるが、これは分析に必要ではない。
【0190】
別個の走査を行うことの1つの利点は、SIM走査が「ズームモード」を介して記録され得ることであり、この場合、狭い質量範囲がMR-ToF分析器を複数回通過して、より高い分解能を生成する。この方法は、英国特許出願第2300355.1号に記載されており、これは本明細書に参照により組み込まれる。英国特許出願第2208939.5号(本明細書に参照により組み込まれる)に記載されているズームモードの別の形態は、狭い質量範囲のみを選択し、それのみにズームモードを適用し、残りのイオンを正常に飛行させることを伴う。この方法は、原理的には、高分解能前駆体情報が望まれるが、フラグメントに対する明確なm/z割り当て及び最大感度が望まれる、複数回注入スペクトルに好適である。Orbitrap質量分析器走査に関して、狭い質量帯域にわたってより高い分解能を達成する最も近い同等の方法は、前駆体周波数範囲に限定されたトランジェントのファイSDM分析を適用することである(Bekker-Jenson et al,Mol.Cell.Proteomics,2020,14,716-729)。
【0191】
各質量分析手順は、時間的に変化するトランジェント信号を生成し得る。質量スペクトルは、デコンボリューション技法を使用してトランジェント信号をデコンボリューションすることによって、各時間的に変化するトランジェント信号から生成されてもよい。特定の実施形態では、デコンボリューション技法は、「位相拘束スペクトルデコンボリューション法」(ΦSDMとしても知られる)などの高分解能デコンボリューション技法、すなわち、Grinfeld,et al.,「Phase-constrained spectrum deconvolution for Fourier transform mass spectrometry」,Anal.Chem,89(2):1202-1211(2017)に記載され、また欧州特許出願第3,086,354号にも記載されるような技法であり、その全容が本明細書に参考により組み込まれる。
【0192】
欧州特許出願第3,086,354号に記載されているように、これらの実施形態では、トランジェント信号のフーリエ変換は、第1のセットの複素振幅を生成するために実施され、複素振幅の各々は、第1のセットの周波数のそれぞれの周波数に対応する。第1のセットの周波数は、周波数が等間隔であってもよい。第2のセットの複素振幅が作り出され、これらの複素振幅の各々は、第2のセットの周波数のそれぞれの周波数に対応する。第2のセットの周波数は、周波数が等間隔であってもよい。第2のセットの周波数は、第1のセットの周波数の間隔よりも小さい間隔(又は最小間隔)を有してもよい。第2のセットの周波数は、トランジェント信号の持続時間の逆数よりも小さい間隔(又は最小間隔)を有してもよい。第2のセットの複素振幅は、第1のセットの複素振幅と同じ周波数範囲をカバーして(又はまたがって、又は対応して)もよく、したがって、第2のセットは、第1のセットよりも多くの複素振幅を含んでもよい。したがって、第2のセットの複素振幅は、より大きい分解能を提供してもよい。
【0193】
第2のセットの複素振幅は、改善された第2のセットの複素振幅を生成するように最適化されてもよい。改善された第2のセットからの複素振幅のうちの少なくともいくつかは、質量スペクトルを作り出すために使用されてもよい。改善された第2のセットの複素振幅は、より良好な品質の質量スペクトルを提供し得る。
【0194】
第2のセットの複素振幅を最適化することは、目的関数に基づいて(又は依存して)第2のセットの複素振幅のうちの少なくとも1つを変化させることを含み得る。例えば、少なくとも1つの複素振幅は、目的関数の実質的な極値を取得する目的で変更されてもよい。任意選択的に、第2のセットからの複素振幅の全てが、最適化ステップの一部として変更されてもよく、又はサブセットは、最適化ステップの一部として最適化されてもよい。
【0195】
最適化は、制約を条件として実施されてもよい。すなわち、第2のセットの複素振幅のうちの少なくともいくつかについて、1つ以上の予想される位相に対する少なくともいくつかの複素振幅の各々の位相に制約が課されてもよい。予想される位相は周波数依存的であり得る。目的関数は、第1のセットの複素振幅の1つ以上の複素振幅、及び第2のセットの複素振幅の1つ以上の複素振幅に依存し得る。目的関数は、第1のセットの周波数の各周波数について、第2のセットの1つ以上の複素振幅を第1のセットからのそれぞれの複素振幅に関連付けることができる(例えば、目的関数を第2のセットの1つ以上の複素振幅及び第1のセットからのそれぞれの複素振幅の関数にすることによって)。制約は、最適化ステップの一部として変更されている第2のセットの全ての複素振幅に、又はそれらの複素振幅のサブセットに適用することができる。
【0196】
第2のセットの複素振幅を作り出し、最適化することによって、トランジェント現象は、より細かい周波数グリッド上に分解されるものとして考えることができる。第2のセットの複素振幅は、これらの振幅の線形組み合わせとして第1のセットの複素振幅に結合されないので、分解能は、第2のセットの周波数のグリッド間隔が減少するにつれて増加する。これにより、得られる質量スペクトルの精度が大幅に向上する。言い換えれば、ΦSDM法は、2つのセットの周波数で動作するものとして考えることができる。第1のセットの周波数は、1/Tの最小分離を有する周波数を含み得、ここで、Tは、トランジェント信号の持続時間である。第2のセットの周波数は、1/T未満の最小分離を有する周波数を含み得る。第2のセットの周波数は、サブセットとして第1のセットを含んでもよい。周波数の第2のセットの最小間隔は第1のセットの最小間隔よりも小さいので、第2のセットの複素振幅は、より大きい分解能を提供し得る。
【0197】
「複素数」は、実数部及び虚数部で表すことができる数に関連するものとして理解されるべきであることが理解されよう。虚数部はゼロであってもよい(すなわち、本明細書で使用される複素数は実数をカバーする)。
【0198】
ΦSDM法の1つの利点は、生成される質量スペクトルの積分可能性である。言い換えれば、分解された及び分解されていない両方の全てのピークの強度が保存される。したがって、隣接するピークの干渉によって引き起こされる従来のフーリエ変換アプローチの抑制効果が回避される。したがって、ΦSDM法は、非常に正確な強度情報が望まれる場合に特に有益である。更に、計算は、より短いトランジェント現象に対して行うことができ、機器の速度及びスループットが増加する。
【0199】
いくつかの実施形態では、フーリエ変換を実施するステップは、周波数ドメインにおいてフーリエ変換されたトランジェント信号を窓処理することを含み、第1のセットの複素振幅は、窓処理されたフーリエ変換されたトランジェント信号に対応する。この窓処理は、第1のセットの複素振幅に窓処理関数を適用することを含み得る。典型的には、窓処理関数を適用することは、第1のセットの複素振幅の各複素振幅を、それぞれの周波数における窓処理関数の値によってスケーリングすることを含む。追加的又は代替的として、窓処理は、それぞれの周波数が1つ以上の事前定義された範囲の外にある複素振幅を破棄することを含み得る。例えば、第1のセットの複素振幅のうち、そのそれぞれの周波数がトランジェント信号のナイキスト周波数を上回る複素振幅は、破棄され、かつ/又はゼロに設定されてもよい。
【0200】
有利には、これは、後続の処理が目的の領域のみに限定され得るので、処理速度の増加及び計算負荷の低減を可能にし得る。十分に疎なスペクトル又は十分に疎な目的のセグメントについては、これらの領域をカプセル化するスペクトルの窓内でのみ計算を実施することができる。
【0201】
図3のDIAプロセスの更なる変更形態を
図6に例解する。この方法は、SIMイオンがイオン貯蔵部内でフラグメントイオンと混合され、単一走査で一緒に分析されるので、第1の方法の変形である。この方法では、SIM注入に加えて、段階的なフラグメント化エネルギーも各MS2走査に適用される。言い換えれば、MS2イオンは、複数回の注入でイオン貯蔵部に適用され、各注入は異なるフラグメント化エネルギーを有する。
【0202】
本方法のいくつかの変形形態では、既に大量に存在する全体的な前駆体質量範囲のm/z部分範囲については、SIM走査を実施しないことが好ましい場合がある。これは、そのような領域についての十分なデータをそれ自体で収集することができるはずであるフルMS走査から決定することができる。これらの部分範囲についてのSIM走査を省略することは、全体的な方法に必要な時間を更に短縮することができる。HDR MS1走査は、フルMS1走査をSIM走査と組み合わせることによって取得することができる。
【0203】
SIM走査された前駆イオンは、フルMSと比較され、内部較正として使用されてもよく、これは、ハイブリッド機器において、SIM走査がジッタを起こしやすいMR-ToF分析器によって実施され、フルMSがより安定したOrbitrap分析器によって実施される場合に特に有用である。
【0204】
図3のプロセスの更なる変更形態を
図7に例解する。この方法では、SIM走査された前駆イオンは、特定の単離窓から取得され、DDA法における内部較正として使用される。この方法は、SIMイオンがイオン貯蔵部内でフラグメントイオンと混合され、単一走査で一緒に分析されるので、第1の方法の変形である。
【0205】
図7の代替的な方法では、主要前駆体のフラグメントは、イオン貯蔵部に蓄積され、主要前駆体に関連する前駆イオンの試料と組み合わされる。関連前駆イオンは、ゼロ衝突エネルギー注入において蓄積される。走査データ内の関連前駆イオンの存在を使用して、主要前駆体の同位体又は主要前駆体の異なる荷電状態(フルMS走査において一般的に検出されるような)を定量化することができる。結果として、(ゼロ衝突エネルギー注入からの)定量化前駆イオンと、フラグメント注入(非ゼロ衝突エネルギーを伴う注入)からの重複するフラグメント化されていない前駆体との間のコンボリューションが回避され得る。
図7に見られるように、SIM注入は、フラグメント化されていない前駆体とは別個である。
【0206】
同位体の割合の差は理論から計算することができ、荷電状態は依然として相対的挙動に応答する。
【0207】
先に説明した方法とは対照的に、透過窓は注入間で調整されてもよい。
【0208】
この理由の1つは、非ゼロ衝突エネルギーを有する注入から関連前駆体(例えば、同位体又は異なる荷電状態イオン)を除外することである。別の理由は、ゼロ衝突エネルギーを有する注入から主前駆体を除外することである。
【0209】
関連前駆体が主前駆体の同位体である場合、透過窓は、注入間で非常に短い距離だけ移動し得る。有利には、これは無視できるほどの時間遅延を引き起こし得る。
【0210】
関連前駆体のための単離窓は、2つの注入間の重複を制限するために小さくてもよい(特に、関連前駆体が主前駆体の同位体であるときのように、窓が近い場合)。いくつかの例では、関連前駆イオン種は、前駆イオン注入においてイオンフィルタによって透過される唯一の前駆イオン種であってもよい。
【0211】
関連前駆体が主前駆体の異なる電荷である場合、透過窓はより大きい距離だけ移動し得、走査速度が影響を受け得る。
【0212】
関連前駆体のための単離窓は、フルMS走査データに基づいて選択され得る。したがって、提案される方法は、DDA法であってもよい。
【0213】
関連前駆体が主前駆体の同位体である場合、単離窓は、走査データに基づいて正確に選択されてもよい。
【0214】
関連する前駆体が主前駆体の異なる荷電状態である場合、走査データを使用して、異なる荷電状態を獲得するためにSIM走査をどこに向けるかを識別し、それに応じて単離窓を設定することができる。
【0215】
関連前駆体が主前駆体とは異なる荷電状態である場合、電荷が除去された前駆体からの汚染を回避するために、より高い荷電状態を選択することができる。
【0216】
本明細書において、質量という用語は、質量-対-電荷比、m/zを指すために使用されてもよい。質量分析器の分解能は、特に明記しない限り、質量-対-電荷比200で決定される質量分析器の分解能を指すと、理解されるべきである。
【0217】
本明細書中の本発明の説明において、別段、暗黙的又は明示的に理解又は記載しない限り、単数で現れる語は、その複数の同等のものを包含し、複数で現れる語は、その単数の同等のものを包含することが理解される。更に、別段、暗黙的又は明示的に理解又は記載しない限り、本明細書において説明される任意の所与の構成要素又は実施形態について、その構成要素について列挙された可能な候補又は代替物のいずれかが、一般に個々に又は互いに組み合わせて使用され得ることが理解される。更に、本明細書で示した図は、必ずしも縮尺通りに描画されておらず、要素のいくつかは、単に本発明を明確にするために描画されている場合があることが理解されるべきである。また、対応するか又は類似する要素を示すために、様々な図の中で参照符号が繰り返されている場合がある。追加的に、別段、暗黙的又は明示的に理解又は記載されない限り、かかる候補又は代替物のいかなる列挙も、単なる例解的であり、限定ではないことが理解されよう。
【0218】
別段に定義されない限り、本明細書で使用される全ての他の技術用語及び科学用語は、本開示が属する当業者によって一般に理解される意味を有する。矛盾が生じる場合には、定義を含む、本明細書が優先されるものとする。取るに足りないわずかな偏差が本教示の範囲内であるように、本開示で言及される定量的用語の前に暗示的な「約」が存在することが理解されるであろう。本出願では、単数形の使用は、別段具体的に記載されない限り、複数形を含む。また、「含む(comprise)」、「含む(comprises)」、「含んでいる(comprising)」、「含有する(contain)」、「含有する(contains)」、「含有している(containing)」、「含む(include)」、「含む(includes)」、及び「含んでいる(including)」の使用は、限定することを意図するものではない。本明細書で使用する場合、「1つ(a)」又は「1つ(an)」は、「少なくとも1つ」又は「1つ以上」のことを指す場合もある。また、「又は」の使用は包括的なものであり、その結果「A又はB」の成句は、「A」が該当するとき、「B」が該当するとき、又は「A」及び「B」の両方が該当するときに該当する。
【0219】
本明細書で使用される場合、用語「走査」は、名詞として使用されるとき、質量スペクトルを作り出し、獲得するために使用される質量分析器のタイプにかかわらず、質量スペクトルを意味する。本明細書で動詞として使用される場合、用語「走査」は、質量スペクトルを作り出し、獲得するために使用される質量分析器又は質量分析のタイプにかかわらず、質量分析の方法による質量スペクトルを作り出し、獲得することを指す。本明細書で使用される場合、用語「フル走査」は、複数の質量スペクトルピークを含む質量-対-電荷(m/z)値の範囲を包含する質量スペクトルを指す。
【0220】
本明細書で使用される場合、用語「液体クロマトグラフ」及び「液体クロマトグラフィ」(両方とも「LC」と略される)並びに用語「液体クロマトグラフィ質量分析」(「LC-MS」と略される)の各々は、複数の分析物を保持する液体試料を様々な「画分」又は「分離物」に分離することができる任意のタイプの液体分離システムに適用されることが意図され、ここで、そのような各「画分」又は「分離物」の化学組成は、他のそのような画分又は分離物の化学組成とは異なり、用語「化学組成」は、画分又は分離物中の様々な分析物の数、濃度、及び/又は同一性を指す。したがって、用語「液体クロマトグラフ」、「液体クロマトグラフィ」、「液体クロマトグラフィ質量分析」、「LC」、及び「LC-MS」は、液体クロマトグラフ、高速液体クロマトグラフ、超高速液体クロマトグラフ、サイズ排除クロマトグラフ、及びキャピラリ電気泳動デバイスを含むが、これらに限定されないことが意図される。
【0221】
LCデバイスの代わりに、イオン移動度デバイス、HPLC、GC、又はイオンクロマトグラフィを含む任意の他の分離デバイスを質量分析計に接続することができる。また、任意の既知のフラグメント化方法(衝突活性化解離、光子誘起解離、電子捕獲、又は電子移動解離を含む)は、本発明での使用に好適なデータを生成する。
【手続補正書】
【提出日】2024-07-31
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析の方法であって、
全体的なm/z範囲から選択される複数の部分範囲の各々について、
分析される前駆イオンの試料をイオン貯蔵部に蓄積することであって、前記前駆イオンが、前記部分範囲内のm/z値を有する、蓄積することと、
分析されるフラグメント化された前駆イオンの試料を前記イオン貯蔵部に蓄積することであって、前記フラグメント化された前駆イオンが、前記部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンのフラグメント化から形成される、蓄積することと、
前記前駆イオンと前記フラグメント化された前駆イオンを合わせた試料を質量分析器内で同時に分析することと、を含む、方法。
【請求項2】
フラグメント化された前駆イオンの蓄積中に前記イオン貯蔵部に蓄積されたフラグメント化されていない前駆イオンの量を推定することを更に含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記方法が、前記合わせた試料の同時分析から走査データを取得することを更に含み、フラグメント化されていない前駆イオンの量を推定することが、
前記走査データから複数のフラグメントスペクトルをデコンボリューションするように構成されたソフトウェアであって、前記複数のフラグメントスペクトルが、フラグメントスペクトルのデータベースから選択される、ソフトウェアと、
前記走査データから複数のフラグメントスペクトルをデコンボリューションするように構成されたニューラルネットワークであって、前記複数のフラグメントスペクトルが、複数の前駆イオン種に対応する、ニューラルネットワークと、
m/zピークの強度を含む、前記前駆イオンのフラグメントスペクトルを予測するように構成されたニューラルネットワークと、のうちの少なくとも1つを使用して実施される、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記複数の部分範囲の各々について、前記部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンを透過させるように、イオンフィルタを構成することを更に備え、前記イオンフィルタを構成することが、前記イオンフィルタの透過窓を設定することを含み、前記透過窓が、前記複数の部分範囲の各々の中で調整され、各部分範囲について、前記前駆イオンの試料を蓄積することのための前記透過窓が、前記フラグメント化された前駆イオンの試料を蓄積することのための前記透過窓と同じである、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記前駆イオンの試料を蓄積することが、対応する部分範囲内の前駆イオン種の相対存在量に基づいて、前記前駆イオンのための充填時間を制御することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記複数の部分範囲が、第1の部分範囲及び第2の部分範囲を含み、前記第1の部分範囲からの前記前駆イオンと前記フラグメント化された前駆イオンを合わせた試料を分析することが、
前記第2の部分範囲内のm/z値を有する前記前駆イオンの試料を蓄積すること、及び/又は
前記第2の部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンのフラグメント化から形成された前記フラグメント化された前駆イオンの試料を蓄積することと、少なくとも部分的に重複する、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記前駆イオンの試料を蓄積することと、前記フラグメント化された前駆イオンの試料を蓄積することとの間で、前記前駆イオンのフラグメント化のために使用される衝突エネルギーを調整することを更に含む、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
各部分範囲について、前記フラグメント化された前駆イオンの試料を蓄積することが、前記前駆イオンの試料を蓄積することの前に実施され、前記方法が、前記フラグメント化された前駆イオンを冷却することを更に含む、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
質量分析の方法であって、
全体的なm/z範囲から選択される複数の部分範囲の各々について、
前記部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンを透過させるようにイオンフィルタを構成することと、
構成された前記イオンフィルタから受け取られた前記前駆イオンの試料を質量分析器内で分析することと、
構成された前記イオンフィルタから受け取られた前駆イオンをフラグメント化することによって生成されるフラグメントイオンの試料を、前記質量分析器内で分析することと、を含む、方法。
【請求項10】
前記前駆イオンの前記試料をイオン貯蔵部に蓄積することを更に含み、前記前駆イオンの前記試料をイオン貯蔵部に蓄積することが、対応する部分範囲内の前駆イオン種の相対存在量に基づいて、前記前駆イオンのための充填時間を制御することを含む、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記イオンフィルタを構成することが、前記イオンフィルタの透過窓を設定することを含み、前記透過窓が、前記複数の部分範囲の各々の中で調整され、各部分範囲について、構成された前記イオンフィルタから前記前駆イオンの試料を受け取るための前記透過窓が、構成された前記イオンフィルタから前記フラグメントイオンの試料を生成するためにフラグメント化される前駆イオンを受け取るための前記透過窓と同じである、請求項9又は10に記載の方法。
【請求項12】
前記質量分析器が、飛行時間型(ToF)分析器、好ましくは、多重反射飛行時間型(MR-ToF)分析器であり、前記前駆イオンの試料を分析することが、前記前駆イオンを前記MR-ToF分析器に複数回通過させることを含む、請求項1又は9に記載の方法。
【請求項13】
前記部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンを前記イオンフィルタに移送するようにイオン移動度分離器を構成することを更に含み、前記イオンフィルタに移送された前記前駆イオンが、前記全体的なm/z範囲内の前記複数の部分範囲の各々について、前記イオンフィルタの透過窓に対応するように、前記イオン移動度分離器を制御することを更に含む、請求項4又は9に記載の方法。
【請求項14】
前記フラグメント化された前駆イオンが、複数の異なる衝突エネルギーにおいて、前記部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンのフラグメント化から形成される、請求項1又は9に記載の方法。
【請求項15】
前記複数の部分範囲が連続しており、前記方法が、
各部分範囲について、前記前駆イオンに関する走査データを取得することと、
各部分範囲についての前記前駆イオンに関する前記走査データを組み合わせて、前記全体的なm/z範囲についての高解像度走査を形成することと、を更に含む、請求項1又は9に記載の方法。
【請求項16】
前記全体的なm/z範囲が、前記複数の部分範囲と重複しない第2の複数の部分範囲を含み、前記方法が、
前記第2の複数の部分範囲の各々について、
前記部分範囲内のm/z値を有する前駆イオンのフラグメント化から形成されたフラグメント化された前駆イオンの試料を質量分析器内で分析することを更に含む、請求項1又は9に記載の方法。
【請求項17】
前記全体的なm/z範囲からのm/z値を有する前駆イオンの試料を質量分析器内で分析することであって、前記全体的なm/z範囲からのm/z値を有する前記前駆イオンの試料を分析することが、前記全体的なm/z範囲についての走査データを取得することを含む、分析することと、
各部分範囲について、前記前駆イオンに関する走査データを取得することと、
各部分範囲についての前記前駆イオンに関する前記走査データを使用して、前記全体的なm/z範囲について前記走査データを拡張して、前記全体的なm/z範囲についての高解像度走査を形成すること、又は
前記全体的なm/z範囲についての前記走査データを、各部分範囲についての前記前駆イオンに関する前記走査データと比較すること、及び、前記全体的なm/z範囲についての前記走査データ若しくは各部分範囲についての前記前駆イオンに関する前記走査データのうちの一方を、前記全体的なm/z範囲についての前記走査データ若しくは各部分範囲についての前記前駆イオンに関する前記走査データのうちの他方に基づいて調整すること、のいずれかを行うことと、を更に含む、請求項1又は9に記載の方法。
【請求項18】
前記全体的なm/z範囲からのm/z値を有する前駆イオンの試料を質量分析器内で分析することと、
前記全体的なm/z範囲からのm/z値を有する前記前駆イオンの試料の分析から取得された走査データに基づいて、前記全体的なm/z範囲から前記複数の部分範囲を決定することと、を更に含む、請求項1又は9に記載の方法。
【請求項19】
質量分析の方法であって、
全体的なm/z範囲からのm/z値を有する前駆イオンの試料を質量分析器内で分析することであって、前記全体的なm/z範囲からのm/z値を有する前記前駆イオンの試料を分析することが、前記全体的なm/z範囲についての走査データを取得することを含む、分析することと、
前記走査データに基づいて、更なる分析のための1つ以上の前駆イオン種を識別することと、
識別された前記1つ以上の前駆イオン種の各々について、
フラグメント化された前駆イオンの試料をイオン貯蔵部に蓄積することであって、前記フラグメント化された前駆イオンの試料が、識別された前記前駆イオン種の前駆イオンのフラグメント化から形成されたイオンを含む、蓄積すること、
関連前駆イオン種を識別すること、及び、前記関連前駆イオン種の前駆イオンの試料を前記イオン貯蔵部に蓄積すること、
前記前駆イオンと前記フラグメント化された前駆イオンを合わせた試料を質量分析器内で同時に分析すること、を含む、方法。
【請求項20】
前記方法は、前記試料がクロマトグラフィシステムから溶出する際の前記試料のクロマトグラフィのピークの幅に基づく期間内に実施される、請求項1、9又は19のいずれか一項に記載の方法。
【請求項21】
請求項1、9又は19のいずれか一項に記載の方法を実施するように構成された質量分析計。
【請求項22】
命令を含むコンピュータソフトウェアであって、前記命令が、コンピュータのプロセッサによって実行されると、請求項1、9又は19のいずれか一項に記載の方法を前記コンピュータに実施させる、コンピュータソフトウェア。
【外国語明細書】