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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024169560
(43)【公開日】2024-12-05
(54)【発明の名称】皮膚情報提供方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/06 20060101AFI20241128BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20241128BHJP
【FI】
C12Q1/06
C12M1/34 B
【審査請求】有
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024160860
(22)【出願日】2024-09-18
(62)【分割の表示】P 2020067444の分割
【原出願日】2020-04-03
(71)【出願人】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100137589
【弁理士】
【氏名又は名称】右田 俊介
(72)【発明者】
【氏名】森 一郎
(72)【発明者】
【氏名】西岡 由紀
(72)【発明者】
【氏名】眞鍋 憲二
(72)【発明者】
【氏名】森川 利哉
(72)【発明者】
【氏名】ムリアンディ アデリン
(72)【発明者】
【氏名】早瀬 温子
(57)【要約】
【課題】被検者に不快感を与えることなく疾病に関する菌やウイルスといった微生物に抗する抗微生物能力の情報を得ることができる皮膚情報提供方法を提供する。
【解決手段】乳酸量指標群、水素イオン指数指標群、温度指標群及び乾燥速度指標群のうちの少なくとも二つからそれぞれ選択された第一指標及び第二指標の値を被検者から取得して入力する入力工程(ステップS201、202、203、204)と、第一指標、または第一指標が属する乳酸量指標群、水素イオン指数指標群、温度指標群及び乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標及び、第二指標、または第二指標が属する乳酸量指標群、水素イオン指数指標群、温度指標群及び乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標と、皮膚の抗微生物能力と、の関係を示す関係データに基づいて、皮膚の抗微生物能力の指標または被検者に推奨される剤若しくはサービスに係る情報を提供する情報提供工程(ステップS205)と、により皮膚情報提供を行う。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳酸量指標群、水素イオン指数指標群、温度指標群及び乾燥速度指標群のうちの少なくとも二つから選択された第一指標及び第二指標の値を被検者から取得して入力する入力工程と、
前記第一指標、または前記第一指標が属する前記乳酸量指標群、前記水素イオン指数指標群、前記温度指標群及び前記乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標及び、前記第二指標、または前記第二指標が属する前記乳酸量指標群、前記水素イオン指数指標群、前記温度指標群及び前記乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標と、皮膚の抗微生物能力と、の関係を示す関係データに基づいて、前記皮膚の抗微生物能力の指標または前記被検者に推奨される剤若しくはサービスに係る情報を提供する情報提供工程と、
を含む、皮膚情報提供方法。
【請求項2】
前記第一指標と第二指標のいずれか一方は、前記乳酸量指標群に属する、請求項1に記載の皮膚情報提供方法。
【請求項3】
前記第一指標と第二指標のいずれか一方が前記乳酸量指標群に属し、かつ、前記一方と異なる他方が前記温度指標群に属する、請求項1または2に記載の皮膚情報提供方法。
【請求項4】
前記乳酸量指標群は、前記被検者の皮膚の乳酸量、乳酸量と相関を有する化学物質量及び乳酸量と相関を有する皮膚性状の少なくとも一つを含み、
前記化学物質量は、低分子有機酸量、低分子塩基量、ペプチド量の少なくとも一つを含み、前記皮膚性状は前記被検者の発汗量を含む、請求項1から3のいずれか一項に記載の皮膚情報提供方法。
【請求項5】
前記温度指標群は、前記被検者の皮膚の温度または前記皮膚の温度と相関を有する成分及び性状を含む、請求項1から4のいずれか一項に記載の皮膚情報提供方法。
【請求項6】
前記入力工程においては、前記被検者の手指の皮膚から取得された前記第一指標の値及び前記第二指標の値を入力する、請求項1から5のいずれか一項に記載の皮膚情報提供方法。
【請求項7】
前記皮膚の抗微生物能力は、菌またはウイルスが前記皮膚に付着した後に減少する度合いにより決定される、請求項1から6のいずれか一項に記載の皮膚情報提供方法。
【請求項8】
前記菌は、グラム陰性細菌またはグラム陽性細菌から選ばれる少なくとも一種である、請求項7に記載の皮膚情報提供方法。
【請求項9】
前記ウイルスは、エンベロープウイルスまたはノンエンベロープウイルスから選ばれる少なくとも一種である、請求項7に記載の皮膚情報提供方法。
【請求項10】
前記情報提供工程は、乳酸を含有する剤に係る情報を提供する、請求項1から9のいずれか一項に記載の皮膚情報提供方法。
【請求項11】
乳酸量指標群、水素イオン指数指標群、温度指標群及び乾燥速度指標群のうちの少なくとも二つから選択された第一指標及び第二指標の値を被検者から取得して入力する入力部と、
前記第一指標、または前記第一指標が属する前記乳酸量指標群、前記水素イオン指数指標群、前記温度指標群及び前記乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標及び、前記第二指標、または前記第二指標が属する前記乳酸量指標群、前記水素イオン指数指標群、前記温度指標群及び前記乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標と、皮膚の抗微生物能力と、の関係を示す関係データに基づいて、前記皮膚の抗微生物能力の指標または前記被検者に推奨される剤若しくはサービスに係る情報を提供する情報提供部と、
を備える、皮膚情報提供装置。
【請求項12】
コンピュータに、乳酸量指標群、水素イオン指数指標群、温度指標群及び乾燥速度指標群のうちの少なくとも二つから選択された第一指標及び第二指標の値を被検者から取得して入力する入力機能と、
前記第一指標、または前記第一指標が属する前記乳酸量指標群、前記水素イオン指数指標群、前記温度指標群及び前記乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標及び、前記第二指標、または前記第二指標が属する前記乳酸量指標群、前記水素イオン指数指標群、前記温度指標群及び前記乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標と、皮膚の抗微生物能力と、の関係を示す関係データに基づいて、前記皮膚の抗微生物能力の指標または前記被検者に推奨される剤若しくはサービスに係る情報を提供する情報提供機能と、
を実現させる、皮膚情報提供プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚情報提供方法、皮膚情報提供装置及び皮膚情報提供プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
人体の皮膚上には、汗腺、皮脂腺の分泌物あるいは皮膚細胞の代謝産物等が存在し、さらにこれらは皮膚常在菌によっても代謝されている。このため、皮膚上には無機物から有機物、親水性物質から疎水性物質、あるいは低分子物質からタンパク質等、非常に多様な化学成分が存在している。皮膚から得られる指標としては、上記のような化学成分の量、組成の他、水素イオン指数といった皮膚の性状に関わる指標も存在し、それぞれが個人差を有している。このような皮膚上の成分、性状に関わる指標を取得し、取得した指標から皮膚、ひいては人に関する情報を取得することが行われている。例えば、健常な皮膚表面に存在する主要な菌として表皮ブドウ球菌が知られているが、特許文献1は、被検者の顔面の皮膚表面を減菌ガーゼで拭き取ることにより検体試料を得て、LAMP法による核酸増幅反応を行うことにより、表皮ブドウ球菌を簡易かつ迅速に検出する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2018-68261号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
皮膚表面は人にとって外界と最も多く接触する部位であり、菌やウイルスは多くの場合、皮膚を経由して人体に感染する。そこで、本発明者らは、被検者の皮膚上に付着した菌やウイルスに関する状態、さらにはこの状態に適した皮膚に対する剤や施術に関する情報を取得し被検者へ共有することは、被検者本人の衛生習慣の構築、疾病予防に役立つと考えた。
しかしながら、皮膚に付着した菌やウイルスに関する検査をする場合、菌やウイルスを皮膚に付着させて直接その挙動を調べることが望ましいが、皮膚に菌、ウイルス等を付着させることは被験者への感染リスクの観点あるいは、被験者の精神的負担の観点から好ましくない。
また、皮膚に直接付着させて検査を行うことができない菌やウイルスについては、皮膚より成分を採取した後に菌やウイルスと接触させて培養することにより検査を行う方法があるが、このような実験は、試験サンプルの調製に時間がかかるために検査結果が直ちに得られず、被検者の検査を受けようとする意欲を低下させることが考えられる。
【0005】
本発明は、上記の点に鑑みてなされたものであり、被検者に不快感を与えることなく、また短時間で菌やウイルスといった微生物に抗する抗微生物能力の情報やその他の情報を得ることができる皮膚情報提供方法、皮膚情報提供装置及び皮膚情報提供プログラムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、ヒトの皮膚成分及び性状の網羅解析により、皮膚上での菌数減少速度(抗微生物能力)には、乳酸量、水素イオン指数、温度、乾燥速度の4要素が寄与しており、特に乳酸量が多い皮膚は、菌やウイルスといった微生物の減少が速く、皮膚を介した接触感染の防止に有効であることを見出した。この知見を基に検討を進め、被検者から、乳酸量指標群、水素イオン指数指標群、温度指標群及び乾燥速度指標群のうちの少なくとも二つから選択された互いに異なる第一指標及び第二指標の値を取得し、後述する関係データと照らし合わせることで、上記課題を解決し得ることを見出した。
すなわち、本発明は、次の[1]~[3]を提供する。
[1]乳酸量指標群、水素イオン指数指標群、温度指標群及び乾燥速度指標群のうちの少なくとも二つから選択された第一指標及び第二指標の値を被検者から取得して入力する入力工程と、
前記第一指標、または前記第一指標が属する前記乳酸量指標群、前記水素イオン指数指標群、前記温度指標群及び前記乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標及び、前記第二指標、または前記第二指標が属する前記乳酸量指標群、前記水素イオン指数指標群、前記温度指標群及び前記乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標と、皮膚の抗微生物能力と、の関係を示す関係データに基づいて、前記皮膚の抗微生物能力の指標または前記被検者に推奨される剤若しくはサービスに係る情報を提供する情報提供工程と、
を含む、皮膚情報提供方法。
[2]乳酸量指標群、水素イオン指数指標群、温度指標群及び乾燥速度指標群のうちの少なくとも二つから選択された第一指標及び第二指標の値を被検者から取得して入力する入力部と、
前記第一指標、または前記第一指標が属する前記乳酸量指標群、前記水素イオン指数指標群、前記温度指標群及び前記乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標及び、前記第二指標、または前記第二指標が属する前記乳酸量指標群、前記水素イオン指数指標群、前記温度指標群及び前記乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標と、皮膚の抗微生物能力と、の関係を示す関係データに基づいて、前記皮膚の抗微生物能力の指標または前記被検者に推奨される剤若しくはサービスに係る情報を提供する情報提供部と、
を備える、皮膚情報提供装置。
[3]コンピュータに、乳酸量指標群、水素イオン指数指標群、温度指標群及び乾燥速度指標群のうちの少なくとも二つから選択された第一指標及び第二指標の値を被検者から取得して入力する入力機能と、
前記第一指標、または前記第一指標が属する前記乳酸量指標群、前記水素イオン指数指標群、前記温度指標群及び前記乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標及び、前記第二指標、または前記第二指標が属する前記乳酸量指標群、前記水素イオン指数指標群、前記温度指標群及び前記乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標と、皮膚の抗微生物能力と、の関係とを示す関係データに基づいて、前記皮膚の抗微生物能力の指標または前記被検者に推奨される剤若しくはサービスに係る情報を提供する情報提供機能と、
を実現させる、皮膚情報提供プログラム。
【発明の効果】
【0007】
本発明は、被検者に不快感を与えることなく、また短時間で疾病に関する微生物に抗する抗微生物能力の情報及びその他の情報を得ることができる皮膚情報提供方法、皮膚情報提供装置及び皮膚情報提供プログラムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】皮膚の抗菌活性と疾病の罹患性との関係を調べた結果を示す図である。
図2】(a)は関係データを作成するための処理を説明するためのフローチャートである。(b)は作成された関係データを使って被検者の抗微生物能力を予測するための処理を説明するためのフローチャートである。
図3図2(a)、図2(b)に示す処理を実行するための皮膚情報提供装置を説明するための図である。
図4】(a)は乳酸量と抗菌活性との関係を示し、(b)は水素イオン指数と抗菌活性との関係を示し、(c)は温度と抗菌活性の関係を示し、(d)は乾燥速度と抗菌活性との関係を示す図である。
図5】関係データ(線形重回帰式)の作成に選択された指標の組み合わせに応じた回帰式の決定係数を示す図である。
図6】(a)は、大腸菌に対する抗菌活性と黄色ブドウ球菌に対する抗菌活性の相関性を示す図、(b)はインフルエンザウイルスに対する抗ウイルス活性と黄色ブドウ球菌に対する抗菌活性の相関性を示す図である。
図7】本発明の実施例を説明するための図であって、抗菌活性の実測値と予測値との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[概要]
先ず、発明の概要を説明する。
インフルエンザや感染性胃腸炎等多くの感染症が環境から皮膚への病原体の付着を介した接触感染により伝播することはよく知られている。例えば、人は多くの場合、手指の皮膚を介して環境内の物品に触れ、同じ手指で自身の他の皮膚部位に触れることから、特に手指の皮膚において病原体が速やかに除去されることが感染予防において重要視されている。一方で、常に外環境に暴露されている皮膚は、菌、ウイルスといった病原体の侵入に抵抗する人体最外層のバリアでもあることから、本発明者らは、皮膚自体が有するウイルスや菌といった微生物に対抗する抗微生物能力に注目した。そして、皮膚の抗微生物能力は個人によって相違しており、抗微生物能力と、この抗微生物能力を有する者の罹患性との間には相関性があることを見出した。
【0010】
なお、皮膚の抗微生物能力は、微生物の活動に関わる活性を減じる能力をいい、第一実施形態では、菌またはウイルスが皮膚に付着した後に減少する度合いにより決定するものとする。抗微生物能力の予測対象となる微生物としては細菌、寄生虫、ウイルス、真菌等のうち、例えば、接触感染により伝播する微生物を挙げることができ、さらには、これらに対する抗微生物能力を予測するために、人への安全性が確認されており、試験的に用いることができ、皮膚に付着させることが可能な微生物を予測対象としてもよい。微生物の活動に関わる活性とは、例えば、生残数、感染価、増殖速度、最大増殖量、代謝量あるいは種々の酵素活性を挙げることができる。抗微生物能力は、菌等の付着直後から所定の時間の経過後の生残数が少ないほど(減少量が多いほど)強いと判定される。
【0011】
なお、生残数は、例えば寒天培地を用いたプレート培養法によるCFU測定、顕微鏡観察による直接的な計測の他、検体中の微生物粒子として検出することもでき、例えば濁度法、フローサイトメトリー、誘電泳動インピーダンス計測法によって、あるいは微生物の有する化学物質を指標とすることもでき、核酸、ATP、脂質膜、あるいは酵素等のタンパク質等を蛍光標識して計測する蛍光染色法によっても測定できる。例えば核酸についてはリアルタイムPCR法によって、その蛍光強度の増加を指標としても良く、またATPについてはルシフェラーゼアッセイによって計測するATP測定法を用いることができ、酵素については、これに特異的な基質を用いて酵素活性として検出しても良い。
【0012】
図1は、皮膚の抗菌活性と疾病の罹患性との関係を調べた結果を示す図である。図1に結果を示す実験は、109人の被検者に対して罹患に関するアンケートを行うと共に、この被検者の掌から皮膚成分を採取して黄色ブドウ球菌と接触させて行った。図1に示す縦軸は、皮膚成分を菌液中に懸濁させ、37℃、一時間接触させた後の黄色ブドウ球菌の残存率(%)であり、低いほど抗菌活性が高いことを示している。
また、被検者は、アンケートにおいて以下の(a)、(b)、(c)の三つの質問に回答する。
(a)過去三年間にインフルエンザに罹患した回数
(b)過去一年間に風邪に罹患した回数
(c)自身が感染症に罹患し易い(あるいは罹患し難い)という意識があるか
【0013】
図1では、109個のデータの中央値で被検者を高抗菌活性グループと低抗菌活性グループに分けている。また、アンケートの結果から、質問(a)及び質問(b)のいずれにも「0回」と回答し、かつ感染症に「罹患し難い」と回答した被検者を低罹患者、質問(a)に「二回以上」、質問(b)に「三回以上」と回答し、かつ感染症に罹患し易いと回答した被検者を高罹患者とした。図1においては、低罹患者を破線、高罹患者を実線で示している。
【0014】
図1に示すように、高抗菌活性グループに属する被検者のうち、低罹患者は37名、高罹患者は18名である。一方、低抗微生物能力グループに属する被検者のうち、低罹患者は17名、高罹患者は37名である。なお、図1に示すデータのp値は0.001以下であって、高罹患者または低罹患者のグループの罹患性と黄色ブドウ球菌の相対残存率(抗微生物能力)との間には充分な統計的優位性が認められる。このような結果は、皮膚の抗菌活性が高いと感染症の罹患性が低いことを示していて、皮膚の抗微生物能力を判定することによって被検者の感染症への抵抗力をも間接的に推測できることを示している。
【0015】
ただし、このような測定は採取した成分を実験室に持ち帰った後、液体中に抽出、濃縮し、菌液と一定の比率で混合するといった、サンプルの調製に非常に時間がかかる。このため、検査結果が直ちに得られず、被検者の検査を受けようとする意欲を低下させてしまう。また、菌やウイルスを皮膚に付着させて直接その挙動を調べることによって、サンプル調製の必要は無くなるが、このような測定は、菌等を皮膚に付着させる行為に精神的負担が大きく、被検者が測定に消極的になる。また、測定中の感染のリスクから皮膚に直接付着させて実験を行うことが許容される菌等の種類は限られている。
以上のことから、本発明においては、皮膚上の成分、性状に係る指標と抗微生物能力とを関係付ける関係データを予め作成しておく。そして、被検者から測定された前記指標を関係データに照合して皮膚の抗微生物能力、ひいては被検者の感染症に対する耐性を判定する。また、本発明は、抗微生物能力と皮膚上の成分、性状に係る指標との関係を明らかにし、被検者本人に、より高い抗微生物能力を有する状態に皮膚の環境を近づける必要性を想起させることに有用である。
【0016】
[皮膚情報提供方法及び皮膚情報提供装置]
本実施形態の皮膚情報提供方法は、乳酸量指標群、水素イオン指数指標群、温度指標群及び乾燥速度指標群のうちの少なくとも二つから選択された互いに異なる第一指標及び第二指標を被検者から取得して入力する入力工程と、第一指標、または第一指標が属する乳酸量指標群、水素イオン指数指標群、温度指標群及び乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標及び第二指標、または第二指標が属する乳酸量指標群、水素イオン指数指標群、温度指標群及び乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標と、皮膚の抗微生物能力との関係と、を示す関係データに基づいて、皮膚の抗微生物能力の指標または被検者に推奨される剤若しくはサービスに係る情報を提供する情報提供工程と、を含んでいる。
【0017】
上記のうち、皮膚は、被検者の身体の表皮であり、表皮上で菌等と接触し得るあらゆる成分、組織、常在微生物等をいう。本実施形態では、皮膚のうちの特に手指の皮膚(以下、単に「手指」と記す)における抗微生物能力の関係データを情報提供に用いている。指標群は、複数の指標によって構成される群であり、指標は乳酸量、水素イオン指数といったパラメータそのものであってもよいし、このようなパラメータを推定し得る他のパラメータであってもよい。指標値は指標の程度(量や速度等)を示す数値であって、各種測定によって得られた個別の数値をそのまま用いてもよいし、画像や音波、吸収スペクトル等を取り込んで指標値を抽出する工程、あるいは官能評価やアンケート結果のような非数値のデータを数値データに変換する工程によって得てもよい。
【0018】
接触感染により伝播する微生物としては、例えば感染症法において特定病原体に指定されている微生物、あるいは厚生労働省の保育所における感染症対策ガイドラインに記載の微生物等の内、感染経路に接触感染を有する微生物を挙げることができ、具体的にはグラム陽性細菌である炭疽菌、結核菌、溶血性レンサ球菌、黄色ブドウ球菌、肺炎球菌、あるいはグラム陰性細菌である野兎病菌、ペスト菌、ブルセラ菌、鼻疽菌、コレラ菌、サルモネラ菌、赤痢菌、腸管出血性大腸菌、インフルエンザ菌、百日咳菌、およびエンベロープウイルスであるアレナウイルス、エボラウイルス、痘そうウイルス、ナイロウイルス、マールブルグウイルス、コロナウイルス、サル痘ウイルス、ベータコロナウイルス、インフルエンザウイルス、RSウイルス、ヘルペスウイルス、ムンプスウイルス、水痘・帯状疱疹ウイルス、風しんウイルス、麻しんウイルス、およびノンエンベロープウイルスであるエンテロウイルス、アデノウイルス、コクサッキーウイルス、ノロウイルス、ロタウイルス、および寄生虫であるクリプトスポリジウムがある。
人への安全性が確認されており、試験的に用いることができ、皮膚に付着させることが可能な微生物としては、ヒトに病気を引き起こす可能性の低い微生物、あるいはヒトの皮膚に付着させる評価手法が公的試験法あるいは学術論文等で確立されている微生物が挙げられる。
【0019】
人間に病気を引き起こす可能性の低い微生物としては、例えば限定的な細菌にしか感染しないウイルスであるバクテリオファージを挙げることができ、具体的にはエンベロープウイルスであるバクテリオファージφ6、及びノンエンベロープウイルスであるバクテリオファージPR772、バクテリオファージMS2が、あるいは日本細菌学会や国立感染症研究所においてバイオセーフティーレベル(BSL)が公開されている微生物のうち、BSL1に分類される微生物が挙げることができ、具体的にはグラム陽性細菌である乳酸菌、枯草菌、腸球菌、及びグラム陰性細菌である大腸菌のうちBSL1に該当する株がある。
ヒトの皮膚に付着させる評価手法が公的試験法あるいは学術論文等で確立されている微生物としては上記に加えて、グラム陰性細菌であるセラチア菌、エンベロープウイルスであるインフルエンザウイルス、ノンエンベロープウイルスであるネコカリシウイルスのうち、評価実績のある株を挙げることができる。
なお、本実施形態では、先ず微生物のうちのグラム陰性細菌である大腸菌を例に挙げて抗微生物能力を予測することを説明しているが、後に大腸菌と他の菌、あるいは大腸菌とウイルスとの関係により他の菌やウイルス対する抗微生物能力を間接的に予測する例についても説明する。なお、大腸菌に対する抗微生物能力を予測した場合には、明確に抗菌活性という表現を用いたが、抗微生物能力は、菌を対象とした抗菌活性のみならず、ウイルスや菌が含まれる微生物全般に対する活性を示す概念である。
【0020】
情報提供工程において提供される情報によって行われる剤やサービスの推奨は、剤やサービスの情報を提供することによって行われる。剤は、皮膚の抗微生物能力を高めるために調合された化粧料、医薬部外品、及び医薬品、実質ヒトの肌に触れる用途で使用される雑貨等であって、皮膚表面に塗布されるクリームや軟膏、液剤であってもよいし、皮膚表面にこすり付けられる固形物であってもよい。また、本実施形態でいう剤は、身体を温熱または冷却する湿布や入浴剤であってもよい。さらに、剤は、被検者が使用または摂取する物品であってもよく、例えば、蒸気浴用の物品、経口摂取するビタミン剤、薬剤、特定保健用食品等が考えられる。
サービスとしては、上記の剤の処方及び提供、マッサージ等の施術や入浴施設がある。
【0021】
乳酸量指標群とは、被検者の皮膚上に存在する乳酸量、または乳酸量の指標によって構成される群である。乳酸量の指標は、乳酸(Lactic acid)の量と相関を有する化学物質量及び乳酸量と相関を有する皮膚性状の少なくとも一つを含んでいる。化学物質量は、低分子有機酸量、低分子塩基量、ペプチド量の少なくとも一つを含み、皮膚性状は被検者の発汗量を含む。
上記のうち、化学物質量には、例えば、以下のものが含まれる。
ピルビン酸(Pyruvic acid)
フマル酸(Fumaric acid)
アミノ酸(Creatinine)
α-ケトグルタル酸(2‐Oxoglutarate)
アスコルビン酸(Ascorbic acid)
コリン(Choline)
タウリン(taurine)
ヒドロキシ酪酸(2-Hydroxybutyric acid)
アンモニア(Ammonia)
カルニチン(L-Carnitine)
クエン酸(Citric acid)
リンゴ酸(Malic acid)
PIP(Prolactin-induced protein)
DCD(Dermcidin)
【0022】
上記のうち、乳酸やカルニチンは低分子有機酸であり、アンモニアは低分子塩基である。さらに、PIP、DCDはペプチドであり、抗菌性に関わる報告がなされている。
上記の乳酸量指標群に属する複数の化学物質量と乳酸量との相関係数を表1に示す。これら化学物質は、皮膚の抗菌活性への直接的な寄与の有無にかかわらず、乳酸量の代替となり得る。具体的には、乳酸量との相関係数の絶対値が0.40以上、より好ましくは0.60以上の化学物質であれば、乳酸量の代替指標として採用できる。表1中に示すnは、相関係数Rを測定した際のサンプル数である。また、表1中に示す化学物資の測定は、有機酸(アミノ酸を含む)についてはLC/MS法、ペプチドについてはLC-MS/MS法、アンモニアについてはアンモニア測定装置(ポケットケムtmBA PA-4140(アークレイ株式会社製))によって行われた。
【0023】
【表1】
【0024】
本発明の指標として用いる皮膚性状としては、皮膚表面の水素イオン指数、皮膚の温度、皮膚における水分の乾燥速度がある。さらに、皮膚性状には、発汗量、水分蒸散量、角層水分量、角層膜厚、皮膚ぬれ性(接触角)、皮膚上油分、皮膚硬さ、皮膚粘弾性、皮膚摩擦係数、皮膚形状(シワ深さ、指紋・掌紋深さ)、皮膚色、血流量等を含めることができる。上記皮膚性状はいずれも市販の皮膚計測器を用いて測定することができ、測定は激しい運動の直後等は避け、安静時において行うことが好ましい。
【0025】
水素イオン指数指標群は、皮膚表面の水素イオン指数、または水素イオン指数と相関を有する指標からなる群である。水素イオン指数は、例えばガラス電極やトランジスタ式電極(イオン感応性電界効果トランジスタ)を皮膚と接触させ、電極に生じる電位差によって測定できる。あるいはイオン感応性化学物質(pH指示薬等)を用い、例えばこれを担持したシートを皮膚に貼り付け、色調の変化を目視により比色、あるいは画像として取得して画像解析により測定することもできる。
【0026】
温度指標群は、被検者の皮膚の温度または皮膚の温度と相関を有する成分及び性状を含む。ここで、皮膚は、特に手指の皮膚であることが好ましく、手指とは人の手首から指先までの間の部分をいい、掌の側と手の甲の側の両方を含み、より好ましくは掌の側である。手指の温度と相関を有する温度とは、例えば、同じ被検者の手指以外の箇所で測定した体温がある。
乾燥速度とは、例えば、手指において滴下された液体が蒸散あるいは吸収されて減少する速度をいう。乾燥速度指標群は、このような乾燥速度、さらには乾燥速度と相関する成分及び性状を含む。
乳酸量指標群、水素イオン指数指標群、温度指標群、乾燥速度指標群の各起点となる指標である乳酸量、水素イオン指数、温度、乾燥速度に加え、他に取得した各指標を表2に示す。表2中の数値は各指標同士の相関係数であって、同一の指標の組み合わせにおいては「1」である。表2中のnはサンプル数である。
【0027】
なお、本実施形態において、ある指標(例えば指標aとする)と相関を有する指標(例えば指標bとする)とは、指標aと指標bとの間に相関係数の絶対値が0.4以上、より好ましくは0.6以上の相関性があることを指し、何らかの相関係数を有する指標であっても、その相関係数の絶対値が0.4より小さい場合には実質相関性が無いものとする。このため、表2にあっては、絶対値が0.4以上の相関係数だけを記しており、表中の空欄は相関係数が0.4より小さいことを示している。
例えば、乳酸量と皮膚の水素イオン指数との相関係数は-0.314、水素イオン指数指標群と乳酸量の相関係数は-0.314であり、本実施形態は乳酸量と水素イオン指数との間に相関性がないとされる。一方で、乳酸量とアンモニア量との相関係数は0.665であり、乳酸量と発汗量との相関係数は0.488であり、乳酸量とアンモニア量、及び乳酸量と発汗量との間には、それぞれ相関性があるとされる。なお、本実施形態においては、相関を有する指標同士が同じ指標群に属するため、「属する」という表現は「相関を有する」という表現と一部同義である。ただし、本実施形態においては、ある成分、性状と指標群との関係性を説明する場合に「属する」あるいは「属さない」という表現を用い、それぞれ起点となる指標である乳酸量、温度、水素イオン指数、乾燥速度との関係性を表現する際には「相関を有する」、あるいは「相関を有さない」という表現を用いている。
【表2】
【0028】
表2に示す乳酸量は、例えば、皮膚に一定面積の開口部を備えたカップを押し当て、内部の皮膚表面を一定量の水ですすぐことによってサンプルを回収し、乳酸に特異的な酵素反応を用いた手法で測定することができる。酵素反応を用いた乳酸測定法としては、例えば、酵素反応によって乳酸量依存的に発色したWSTホルマザンを吸光度測定により定量する手法あるいは、酵素反応によって生成した還元型の鉄イオンを電気的に定量する手法等があり、このような測定は、市販の測定キットあるいは機器を用いて行うことができる。皮膚の水素イオン指数は、例えば市販のプローブ一体型のデバイスによって行うことができる。皮膚表面の温度は、例えば、接触型の温度計、あるいは非接触で赤外線を測定するサーモグラフによって測定することができる。アンモニア量は、乳酸量の測定と同様に皮膚にカップを押し当て、水によって回収したサンプル、あるいは血中のアンモニア量や皮膚に接当して皮膚ガスを収集することによって得られたサンプルを市販の測定キットあるいは機器を用いて測定することができる。発汗量は、例えば、皮膚に貼り付けて発汗量を測定する発汗チェッカー、あるいは安静時の少量の発汗を測定可能なマイクロ発汗計によって測定することができる。指紋深さは、例えば、超音波によって指紋をスキャンする指紋リーダー、あるいは、歯科用シリコン印象材等によって指紋のレプリカを作製し、これをデジタルマイクロスコープによって3D解析することによって測定することができる。角層水分量は、例えば、先端に電極を備えたプローブをガラスを介して皮膚に接触させ、静電容量を測定することによって実現できる。
【0029】
第一指標及び第二指標は、乳酸量指標群、水素イオン指数指標群、温度指標群及び乾燥速度指標群の少なくとも二つから選択された指標である。第一指標が乳酸量指標群、水素イオン指数指標群、温度指標群及び乾燥速度指標群のうちのいずれかから選択されると、第二指標は第一指標が属する指標群と異なる指標群から選択される。
本実施において、上記の各指標群は、それぞれ起点となる指標と、この指標との間の相関係数の絶対値が0.4以上であるパラメータ(他の指標)の集合である。例えば、アンモニア量は、乳酸量及び水素イオン指数のどちらにも一定以上の相関を有するが、乳酸量に対してのみ0.4以上の相関係数である0.665を有している。このため、アンモニア量は、乳酸量指標群に属し、水素イオン指数指標群には属さない。
また、本実施形態は、一つの指標群から一つの指標を選択することに限定されず、複数の指標を選択するものであってもよい。つまり、本実施形態は、関係データの作成に複数の種類の指標群から選択された指標を使用するものであればよい。また、上記した4つの指標群から選択された指標に加えて、これらに属さない指標、たとえば角層水分量あるいは指紋深さ等を同時に用いても良い。
【0030】
また、本実施形態は、乳酸量指標群、水素イオン指数指標群、温度指標群及び乾燥速度指標群のいずれにあっても、被検者の手指の皮膚から取得された第一指標及び第二指標を入力することが望ましい。接触感染を感染経路とする感染症の多くは手指を介して伝播すると考えられていることから、掌の抗微生物能力を測定することによって抗微生物能力の予測精度を高めることができるからである。
【0031】
関係データは、前述の第一指標及び第二指標と抗微生物能力との関係を表すものであってもよい。このような例としては、例えば、表2に示す乳酸量指標の乳酸量を第一指標とした場合、第二指標として、例えば、温度指標群の温度が選択できる。
また、関係データは、第一指標と同じ指標群に属する他の指標及び第二指標と同じ指標群に属する他の指標と、抗微生物能力と、の関係を表すものであってもよい。このような例としては、例えば、表2の乳酸量指標群からアンモニア量を選択し、温度指標群から手指以外の温度を選択することが挙げられる。
また、関係データは、第一指標と同じ指標群に属する他の指標及び第二指標と、抗微生物能力と、の関係を表すものであってもよい。このような例としては、例えば、乳酸量指標群からアンモニア量を選択し、温度指標群から温度を選択することが挙げられる。
さらに、関係データは、第二指標と同じ指標群に属する他の指標及び第一指標と、抗微生物能力と、の関係を表すものであってもよい。このような例としては、例えば、乳酸量指標群からアンモニアを選択し、温度指標群から温度を選択することが挙げられる。
【0032】
図2(a)、図2(b)は、本実施形態の皮膚情報提供方法を説明するためのフローチャートである。図2(a)は、関係データを作成するための処理を説明するためのものであり、図2(b)は作成された関係データを使って皮膚の抗微生物能力を予測するための処理を説明するものである。図3は、図2(a)、図2(b)に示す処理を実行するための皮膚情報提供装置1を説明するための図である。
本実施形態では、図2(b)に示すステップS201、ステップS202、ステップS203が上記した入力工程に相当する。また、ステップS205が情報提供工程に相当する。
【0033】
(関係データの作成)
本実施形態の抗微生物能力の予測に先立って、予測に使用される関係データの作成について説明する。なお、本実施形態においては、関係データの作成工程を実行するか否かは任意であり、例えば他の医療機関等が取得した入手可能な二次データを用いて関係データを用意してもよく、また、データの取得方法に関しても菌又はウイルスを皮膚に塗布せずデータを取得しても良い。
図2(a)に示すように、関係データの作成では、被検者の掌で測定された乳酸量のデータが入力される(ステップS101)。また、被検者の手指で測定された水素イオン指数のデータ(ステップS102)、温度のデータ(ステップS103)、乾燥速度のデータがそれぞれ入力される(ステップS104)。また、本実施形態では、ステップS101からステップS104で入力されたデータが測定された被検者の掌で実測された抗微生物能力のデータを入力する(ステップS105)。
本実施形態では、大腸菌を被検者の掌に接触させて被検者の皮膚の抗微生物能力を判定している。具体的には、例えば、大腸菌を接触させた掌から一分間経過した後に菌採取用のスワブによって大腸菌を回収し、回収された大腸菌の生残数の大小により皮膚の大腸菌に対する抗微生物能力を判定する。
【0034】
また、抗微生物能力の予測は、皮膚に微生物を接触させるものの他、微生物が混入されている液体に被検者から採取した組織を投入して静置した後に残存する微生物の数を計数することによって行うことができる。組織の採取は、テープストリッピング、各種溶媒を含侵させた綿棒による擦過、各種溶媒を含侵させたろ紙の貼り付け等によって行うことができる。
なお、本発明者らは、7人の被検者について、掌で測定された大腸菌の減少量と、組織を採取して測定された大腸菌の減少量とを比較した。この結果、縦軸に組織を採取して測定された大腸菌の減少量(対数)を示し、横軸に掌で測定された大腸菌の減少量(対数)を示したグラフでは、相関係数Rが0.66の直線が得られている。
【0035】
本実施形態では、乳酸量、水素イオン指数、温度及び乾燥速度をそれぞれ説明変数とし、実測値との残差平方和が最小になるように偏回帰係数を決定することによって重回帰式を作成し、これを関係データとする(ステップS106)。下記において関係データとして線形の重回帰式を作成した例を示す。
ただし、本実施形態は、線形重回帰分析によって関係データを作成することに限定されるものではない。例えば、関係データの作成には、非線形の重回帰分析を用いても良いし、あるいは目的変数が量的変数でなく、AI(Artificial Intelligence)を使って機械学習のニューラルネットワークの重み(複合強度)を関係データとしてもよい。
【0036】
図3に示すように、皮膚情報提供装置1は、乳酸量測定器11、水素イオン指数測定器(pH測定器)12、温度計13を備えている。乾燥速度のデータは、被検者の掌に滴下された水が乾燥する速度(μl/cm/sec)で示される。本実施形態では、乾燥速度を測定者が観測して得ている。
また、皮膚情報提供装置1は、制御部2と出力部3とを備えている。制御部2は、乳酸量測定器11、pH測定器12及び温度計13で測定された乳酸量のデータ、水素イオン指数のデータ、温度のデータと、乾燥速度のデータ及び抗微生物能力を示す抗菌活性の実測値の入力を受付けるユーザインターフェースである入力部21、入力されたデータと抗微生物能力との関係を示す関係データを作成する演算部22、皮膚の抗微生物能力の指標または被検者に推奨される剤及びサービスに係る情報を蓄積している情報DB(Data Base)23を備えている。出力部3は、演算の結果や結果に対応してDB23に蓄積されているデータを出力する。なお、情報DB23については、後の「抗微生物能力の予測」において説明する。
【0037】
入力部21は、キーボード等の文字入力をするものであってもよいし、タッチパネルやペンタブレット、さらには音声入力装置であってもよく、あるいは、情報を直接CPU(Central Processing Unit)に送るものであってもよい。演算部22は、CPUであってもよいし、専用の組み込みプロセッサであってもよい。このとき、入力部21は、直接情報をCPUや組み込みプロセッサに送るものであってもよい。情報DB23は、皮膚情報提供装置1内に設けられたメモリ装置であってもよいし、外付けの外部記憶装置、あるいはインターネットと接続して情報を取得して保存するものであってもよい。出力部3は、PCのディスプレイ画面であってもよいし、PCと接続されるプリンターであってもよい。さらに、出力部3は、メール、スマートフォン用のアプリケーション等を通じて結果を個人の端末に送信することによって出力するものであってもよい。
【0038】
図2(a)に示すステップS101の乳酸量のデータは、乳酸量測定器11によって測定される。また、ステップS102の水素イオン指数のデータは、pH測定器12によって測定され、ステップS103の温度のデータは、温度計13によって測定される。ステップS105の乾燥速度のデータは、測定者によって入力される。以上の各データは、全て入力部21を介して演算部22に入力される。演算部22は、乳酸量、水素イオン指数、温度及び乾燥速度の指標を使って演算を行い、関係データを作成する。
【0039】
次に、本実施形態が乳酸量、水素イオン指数、温度、乾燥速度の4つの指標を使って関係データを作成する理由を説明する。
図4(a)から図4(d)は、乳酸量、水素イオン指数、温度、乾燥速度の各々と抗微生物能力の関係とを示すグラフである。図4(a)の横軸は乳酸量を示し、縦軸は抗微生物能力を示している。抗微生物能力は、掌に接触させた大腸菌の一分後の減少量により示されるものであって、縦軸は減少量を対数で示している。図4(b)の横軸は水素イオン指数を示し、縦軸は抗微生物能力を示している。図4(c)の横軸は温度を示し、縦軸は抗微生物能力を示している。図4(d)の横軸は乾燥速度を示し、縦軸は抗微生物能力を示している。
【0040】
図4(a)に示す抗微生物能力と乳酸量との関係を示すプロットから最小二乗法を使って直線をひいた場合、この直線の決定係数Rは0.25となる。また、図4(b)に示す抗微生物能力と水素イオン指数との関係を示すプロットから最小二乗法を使って直線をひいた場合、この直線の決定係数Rは0.21、図4(c)に示す抗微生物能力と温度、図4(d)に示す抗微生物能力と乾燥速度との関係を示すプロットから最小二乗法を使って直線をひいた場合、この直線の決定係数Rは、いずれも0.23になる。
本発明の発明者らは、決定係数R2が0.27以上、好ましくは0.30以上、より好ましくは0.35以上、さらに好ましくは0.40以上の場合に抗微生物能力と指標との間に充分高い相関があるものとし、図4(a)から図4(d)に示す関係からは乳酸量、水素イオン指数、温度及び乾燥速度のいずれにあっても決定係数Rは高い相関を示すものではないと考える。
【0041】
そこで、本発明者らは、乳酸量、水素イオン指数、掌の温度及び乾燥速度といった指標のうちの複数を説明変数とする重回帰式を使って抗微生物能力を予測するものとした。予測される抗微生物能力を以降「予測値」と記す。本実施形態では、予測された重回帰式が関係データに相当する。
【0042】
図5は、乳酸量、水素イオン指数、温度及び乾燥速度のうちの関係データの作成に選択されたものの組み合わせに応じた決定係数Rを示している。図5中の乳酸量、水素イオン指数、温度及び乾燥速度に対応して記された「+」は、このような相関パラメータのうちの関係データの作成に使用されたものを示す。また、図5中の「-」は、相関パラメータのうちの関係データの作成に使用されなかったものを示す。ただし、図5に示した決定係数Rは、使用されたパラメータ数による偏りをなくすように自由度の影響が調整されたもの(自由度調整済み決定係数)である。
【0043】
図5に示すように、指標の数が1である場合、決定係数Rは最大でも0.25である。また、図5に示すように、本実施形態では、指標の数が2である場合、乳酸量及び水素イオン指数、乳酸量及び温度、乳酸量及び乾燥速度、水素イオン指数及び温度、水素イオン指数及び乾燥速度、温度及び乾燥速度の組み合わせでそれぞれ関係データである重回帰線を作成した。線形重回帰線の決定係数Rは、いずれも0.27以上、最大で0.40以上となり、実測値と予測値との間に相関性が認められる。また、乳酸量の代わりに乳酸量指標群に属するアンモニア量もしくは発汗量を指標とした場合、アンモニア量と温度、アンモニア量と乾燥速度、発汗量と乾燥速度の組み合わせで作成した重回帰線の決定係数はいずれも0.30以上、乳酸量との相関がより高いアンモニア量を用いた場合には、温度との組み合わせで0.35以上を示した。
一方で、同じ乳酸量指標群である乳酸量とアンモニア量、あるいは乳酸量と発汗量の組み合わせでは、乳酸量単独の決定係数Rと比較して効果は得られず、自由度の低下により決定係数Rは却って低下した。
【0044】
また、図5に示すように、指標の数が3である場合、本実施形態では、水素イオン指数、温度及び乾燥速度の組み合わせ、乳酸量、温度及び乾燥速度の組み合わせ、乳酸量、水素イオン指数及び乾燥速度の組み合わせ、乳酸量、水素イオン指数及び温度の組み合わせでそれぞれ重回帰線を作成した。重回帰線の決定係数Rは、いずれも0.40以上、乳酸量、温度及び乾燥速度を用いたとき、及び乳酸量、水素イオン指数、温度を用いたときに0.49となり、相関パラメータと予測値との間に充分な相関性が認められる。なお、本結果より、指標の数が三つである場合、三つの指標のうちに乳酸量と温度とを含むことが好ましいことが分かる。
【0045】
以上説明したことから、本発明者らは、以下の点を見出した。すなわち、本実施形態において、指標と予測値との相関性を向上させる観点から指標の数は2つ以上であることが好ましく、指標の数は3つ以上であることがより好ましい。2つの指標を用いる場合、相関パラメータと予測値との間の相関性を向上させる観点から、乳酸量指標群に含まれる指標を第一指標または第二指標とすることが好ましく、乳酸量指標群に属する指標と温度指標群に属する指標とを第一指標及び第二指標に用いることがより好ましい。
【0046】
また、3つの指標を用いる場合、相関パラメータと予測値との間の相関性を向上させる観点から、乳酸量指標群に属する指標を第一指標から第三指標のいずれかに用いることが好ましく、乳酸量指標群に属する指標と温度指標群に属する指標とを三つの指標のうちに含むことがより好ましい。
本発明は、相関パラメータと予測値との間の相関性を向上させる観点から、これらの指標に付け足して、同じ指標群に属する他の指標や、他の指標群に属する他の指標を使うものであってもよい。ただし、被検者にかかる負担軽減の観点からは、乳酸量指標群と温度指標群と水素イオン指数指標群のそれぞれに一つずつ属する合計3つの指標のみを用いることが最も好ましい。
さらに、本実施形態では、乳酸量、水素イオン指数、温度及び乾燥速度の組み合わせで重回帰線を作成した。重回帰線の決定係数Rは0.54となり、相関パラメータと予測値との間に高い相関性が認められる。
【0047】
以上のことから、本実施形態は、抗微生物能力を目的変数とし、乳酸量、水素イオン指数、温度及び乾燥速度の4つを説明変数とする重回帰式を作成し、関係データとする。本実施形態の関係データは、以下の式(1)によって表される。式(1)において、yは抗微生物能力の予測値であって、皮膚と接触させてから回収までの間に減少すると予測される大腸菌の数を、接触量と回収量の比の対数値(抗菌活性)として示している。a、b、c、dはそれぞれ式(1)の偏回帰係数であって、eは式(1)が表す重回帰式の定数となる。x、x、x、xはそれぞれ説明変数であり、xは乳酸量、xは水素イオン指数、xは温度、xは乾燥速度である。
y=ax+bx+cx+dx+e ・・・式(1)
【0048】
本発明者らは、107名の被検者において、皮膚の大腸菌抗菌活性を測定し、同時に乳酸量、水素イオン指数、温度及び乾燥速度を測定して上記の式(1)の各偏回帰係数を最小二乗法により決定した。その結果、乳酸量は他の指標よりも予測値yに大きく作用する。また、乳酸量、温度、乾燥速度の値が大きい方が抗微生物能力が高く、水素イオン指数が小さい方が抗微生物能力が高くなること、さらにこれらの指標はそれぞれ、予測値yに対して互いに独立した寄与を有することを確認した。
乳酸については、乖離型と非乖離型があり、非乖離型のものが菌体の細胞膜を通過して抗微生物能力に寄与することが知られている。掌の水素イオン指数はpH4程度からpH6.5程度まで幅広い個人差があるが、乳酸分子の化学的な性質として、水素イオン指数がpH4.0であるとき非乖離型が全体の乳酸量のうちの40%を占める一方、pH6.5に達すると非乖離型の割合はほぼ0となる。
また、温度については、低いよりも高い方が乳酸分子及び菌体の外層を構成するリン脂質分子の運動性が高まって菌体内に乳酸が入り込みやすくなると考えられる。このため、温度については低いよりも高い方が抗微生物能力が高くなるものと考えられる。乾燥速度については、遅いよりも速い方が皮膚上に存在する菌体の生存に必要な水分活性が速やかに低下し、さらに菌体周辺部の乳酸濃度が高まることによって、抗微生物能力が高くなるものと考えられる。
【0049】
ただし、本実施形態は、上記のように、乳酸量、水素イオン指数、温度及び乾燥速度を使って関係データを作成することに限定されるものではない。本実施形態は、これら4つの指標、あるいは各指標に代えて同じ指標群に属する他の指標の少なくとも二つの指標群から選択されるものを使って関係データを作成するものであってもよい。また、本実施形態は、4つの指標の全てを使って関係データを作成するものに限定されず、このうちの二つ以上の指標を使うものであってもよいし、さらに、皮膚上の成分量及び性状のうち、上記指標群に属さないものを前記指標群より選択された二つ以上の指標に加えて関係データを作成してもよい。
ただし、関係データの構築において重回帰分析を用いる場合、使用する総指標数は関係データの構築において測定した被験者数の10分の1以下であり、20分の1以下であることが好ましい。
【0050】
(抗微生物能力の予測)
次に、以上のようにして作成された関係データを使って皮膚の抗微生物能力の指標を提供する処理を説明する。本実施形態では、抗微生物能力の指標として被検者に皮膚の抗微生物能力に関する情報を提供する(抗微生物能力を予測する)例を説明する。また、本実施形態は、関係データの作成と同様に、図3に示す皮膚情報提供装置1によって抗微生物能力の予測を行うものとする。
【0051】
皮膚情報提供装置1においては、入力部21が4つの指標の少なくとも二つを入力する入力部、演算部22及び情報DB23は、入力された指標、またはこの指標と同じ乳酸量指標群、水素イオン指数指標群、温度指標群及び乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標と抗微生物能力との関係を示す関係データに基づいて、皮膚の抗微生物能力の指標または被検者に推奨される剤及びサービスに係る情報を提供する情報提供部として機能する。
また、本実施形態は、汎用的なパーソナルコンピュータ(Personal Computer、以下「PC」と記す)を利用して皮膚情報提供装置1を実現することができる。このとき、本実施は、PCを上記の皮膚情報提供装置1として動作させる皮膚情報提供プログラムとしても構成できる。このような場合、入力部21は、コンピュータのユーザインターフェースを動作させるための入力機能であるプログラム、演算部22は関係データを作成するとともに、情報提供機能として動作するプログラムである。
【0052】
図2(b)に示すように、抗微生物能力予測の処理が開始されると、乳酸量測定器11によって皮膚の乳酸量が測定される。また、pH測定器12によって皮膚の水素イオン指数が測定され、温度計13によって被検者の皮膚の温度が測定される。測定された乳酸量等のデータは、入力部21を介して演算部22に入力される(ステップS201、202、203)。なお、このような乳酸量測定器11、pH測定器12及び温度計13は、いずれも20秒から30秒で測定が完了する。このため、本実施形態は、測定後直ちに被検者に測定の結果を伝えることができ、被検者の検査への意欲や興味を高めることができる。
乾燥速度のデータは、水滴を被検者の掌上の一定の区画に素早く塗り広げ、その蒸散、吸収の程度を観察して行っている。乾燥速度のデータは、乳酸等のデータと同様に入力部21を介して演算部22に入力される(ステップS204)。演算部22は、関係データの説明変数x、x、x、xの各々に各データを代入して予測値yを算出して抗微生物能力を判定する(ステップS205)。判定の結果は、出力部3に出力される(ステップS206)。
【0053】
また、乳酸量、水素イオン指数、温度及び乾燥速度の入力は、数値によって入力することに限定されず、画像等の他の形式で入力するものであってもよい。例えば、温度は、サーモグラフの出力画像の色により入力することが考えられる。水素イオン指数は、試験紙の色により入力することが考えられる。乾燥速度は、水の滴下直後と所定時間の経時後の状態の撮影画像の差分によって入力することが考えられる。
【0054】
なお、本実施形態では、乳酸量、水素イオン指数、温度及び乾燥速度のそれぞれを直接測定して入力している。しかし、本実施形態は、例えば、乳酸量に代えて同じ乳酸量指標群に属する他の指標を測定し、事前に取得しておいた乳酸量との関係性に応じて乳酸量に変換するものであってもよい。同様に、水素イオン指数は、水素イオン指数指標群に属する水素イオン指数以外の指標を測定した値を変換することによって得るものであってもよい。温度は、温度指標群に属する温度以外の指標を測定した値を変換することによって得るものであってもよい。乾燥速度は、乾燥速度指標群に属する乾燥速度以外の指標を測定した値を変換することによって得るものであってもよい。
【0055】
また、関係データは、入力された指標と抗微生物能力との関係を示すものであってもよいし、入力された指標と同じ指標群に属する指標と抗微生物能力との関係を示すものであってもよい。このようにすれば、測定が困難、または充分な測定精度が得られない指標を他の指標により測定し、所望の指標と抗微生物能力との関係を得ることができる。
【0056】
情報DB23は、予測値yに対応付けて複数のデータを保存するものであって、皮膚情報提供装置1の内部にあってもよく、外部にあってもよい。情報DB23に保存されるデータとしては、例えば、予測値yに対応した抗微生物能力の程度を示す情報であってもよい。抗微生物能力の程度を示す情報としては、例えば、「大変強い」、「強い」、「平均的」、「やや弱い」、「大変弱い」といったものであってもよいし、「Aランク」、「Bランク」等であってもよい。さらに、本実施形態は、予測された抗微生物能力毎に「風邪をひき易い体質です」、あるいは「体温を上げるよう湯船に浸かりましょう」といったメッセージを情報DBに保存しておき、演算部22が情報DB23から取得し、出力部3に出力するものであってもよい。
【0057】
また、情報DB23は、抗微生物能力の指標の他、被検者に推奨される剤に係る情報を記憶するものであってもよい。被検者に推奨される剤としては、今回見出された4つの指標を抗微生物能力が高まる方向に変化させるものであればよく、例えば、乳酸が少ない被検者に対しては乳酸を含有する剤、水素イオン指数が高い被検者に対してはpH緩衝剤(コハク酸など)を含有し、剤を塗布することで皮膚表面の水素イオン指数を5.5以下、好ましくは5.0以下に下げることができる剤、温度が低い被験者に対しては水和熱によって発熱するポリオールや多孔質剤を含有する剤、乾燥速度が低い被検者に対しては皮膚上の水分を速乾させる撥水剤あるいは多孔質の吸水剤を含有する剤等がある。これらの剤は個別に推奨されるものであってもよいし、事前に調合されたものであってもよいし、被検者の測定後に被検者の性状に合せて調合するものであってもよい。
【0058】
このような剤は、手洗い後に手指に塗布することによって手指の抗微生物能力、すなわち菌等に対するバリア性を高めることができる。情報DB23が剤に係る情報を記録している場合、演算部22は、抗微生物能力の程度に応じて剤に係る情報を取得し、出力部3に出力するようにしてもよい。
さらに、本実施形態は、抗微生物能力の指標または被検者に推奨される剤若しくはサービスに係る情報を提供することに限定されず、抗微生物能力を測定するための指標を取得できるキット等の物品、さらには4つの指標を抗微生物能力が高まる方向に変化させる習慣を推奨するものとして食事、運動、マッサージ方法に関する情報、あるいは入浴等の方法に推奨される入浴剤の情報を提供するものであってもよい。
なお、先述の4つの指標を抗微生物能力が高まる方向に変化させるとは、乳酸量であれば量を多くするということであり、水素イオン指数であれば肌をかぶれさせない程度(おおよそpH3以上)に低い値に調整するということであり、温度であればより高い温度とすることであり、乾燥速度であれば乾燥速度を速めるということを指していう。
【0059】
さらに、情報DB23は、被検者に推奨されるサービスに係る情報を記憶するものであってもよい。被検者に推奨されるサービスとしては、例えば、被検者に対して手指の抗微生物能力を測定するサービスを受けられる店舗等がある。さらに、サービスは、指標として体温や自覚している発汗量に係る情報等を入力して抗微生物能力を予測するサイトであってもよい。情報DB23がサービスに係る情報を記録している場合、演算部22は、予測された抗微生物能力の程度に応じてサービスに係る情報を情報DB23から取得し、出力部3に出力するようにしてもよい。
【0060】
次に、以上説明した大腸菌に対する抗微生物能力から大腸菌以外の菌やウイルスに対する皮膚の抗微生物能力を予測することについて説明する。
すなわち、本実施形態は、上記のように大腸菌に対する抗微生物能力を判定することに限定されるものではない。本発明者らは、直接皮膚に付着させて実験を行うことができない黄色ブドウ球菌やインフルエンザウイルス(Fluウイルス)についても組織を採取して測定されたこれらに対する抗菌活性と大腸菌に対する抗菌活性との相関性によって皮膚の抗微生物能力を判定することができる。
図6(a)は、大腸菌に対する抗菌活性と黄色ブドウ球菌に対する抗抗菌活性の相関性を示す図であって、縦軸に大腸菌に対する抗菌活性、横軸に黄色ブドウ球菌に対する抗菌活性を示している。大腸菌に対する抗菌活性と黄色ブドウ球菌に対する抗菌活性との決定係数Rは0.69である。図6(b)は、インフルエンザウイルスに対する抗菌活性と、黄色ブドウ球菌に対する抗菌活性との相関性を示す図であって、縦軸にインフルエンザウイルスに対する抗菌活性、横軸に黄色ブドウ球菌に対する抗菌活性を示している。インフルエンザウイルスに対する抗菌活性と黄色ブドウ球菌に対する抗菌活性との決定係数Rは0.64である。図6(a)、図6(b)に示すプロット(サンプル)数nは、いずれも54である。本実施形態では、先ず、関係データから被検者の大腸菌に対する抗微生物能力を判定する。次に、この判定値を図6(a)に対照して黄色ブドウ球菌に対する抗微生物能力を予測する。さらに、本実施形態は、黄色ブドウ球菌に対する抗微生物能力の予測値を図6(b)に対照し、この被検者のインフルエンザウイルスに対する抗微生物能力を予測することができる。
【0061】
このように、皮膚の抗微生物能力は、グラム陰性細菌である大腸菌、グラム陽性細菌である黄色ブドウ球菌、エンベロープウイルスであるインフルエンザウイルスにおいて高い相関性を有しており、互いの関係性を予め取得することによって皮膚に接触させることが人への安全性の観点から困難な病原性微生物についても、抗微生物能力の予測が可能となる。また、この結果から、皮膚の抗微生物能力はグラム陰性細菌、グラム陽性細菌、エンベロープウイルスにおいて共通の構造である脂質膜への直接的な作用、あるいはその透過性を介した作用が推定される。一方、脂質膜を有していないノロウイルス、ロタウイルス等のノンエンベロープウイルスについても、例えば皮膚に接触可能な同じくノンエンベロープウイルスであるネコカリシウイルスあるいはバクテリオファージPR772、バクテリオファージMS2等を用いた関係データに基づいて予測が可能になる。
このように、本発明は、人への安全性が確認されており、試験的に用いることができ、皮膚に付着させることが可能な微生物を皮膚に付着させて皮膚の抗微生物能力を測定し、各指標群との関係性を取得するとともに、皮膚に付着させて実験を行うことができない微生物については、組織を採取して前記微生物との関係性を別途取得することによって、幅広い微生物に対して皮膚の抗微生物能力の予測を行うことができる。
【0062】
以上説明したように、本実施形態は、少なくとも二つの説明変数を有する重回帰式を使って抗微生物能力の予測値を得ることできるので、指標から比較的高い精度で抗微生物能力を予測することができる。また、本実施形態は、抗微生物能力を実測することなく判定することができるので、手に菌を付着させる必要が無く、被検者に不快感を与えることなく疾病に関する微生物に抗する能力の情報を得ることができる。本実施形態は、乳酸量測定器11、pH測定器12、温度計13といった比較的短時間のうちに指標の値を測定しているので、いっそう簡易かつ短時間のうちに抗微生物能力の予測を行うことができる。
【0063】
本発明の皮膚情報提供方法は、より高い精度で抗微生物能力を予測し、被検者に短時間で疾病に関する微生物に抗する抗微生物能力の情報及びその他の情報を提供する観点から、乳酸量指標群、水素イオン指標群、温度指標群及び乾燥速度指標群のうちの少なくとも二つから選択され、いずれか一方が前記乳酸量指標群に属する第一指標及び第二指標の値を被検者から取得して入力する入力工程と、前記第一指標、または前記第一指標が属する前記乳酸量指標群、前記水素イオン指標群、前記温度指標群及び前記乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標及び、前記第二指標、または前記第二指標が属する前記乳酸量指標群、前記水素イオン指標群、前記温度指標群及び前記乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標と、皮膚の抗微生物能力と、の関係を示す関係データに基づいて、前記皮膚の抗微生物能力の指標または前記被検者に推奨される剤若しくはサービスに係る情報を提供する情報提供工程と、を含む、皮膚情報提供方法。であることが好ましい。
【0064】
本発明の皮膚情報提供方法は、さらに高い精度で抗微生物能力を予測し、被検者に短時間で疾病に関する微生物に抗する抗微生物能力の情報及びその他の情報を提供する観点から、乳酸量指標群、水素イオン指標群、温度指標群及び乾燥速度指標群のうちの少なくとも三つから選択され、乳酸量指標群に属する指標と温度指標群に属する指標とが、三つの指標のうちに含まれる第一指標、第二指標及び第三指標の値を被検者から取得して入力する入力工程と、前記第一指標、または前記第一指標が属する前記乳酸量指標群、前記水素イオン指標群、前記温度指標群及び前記乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標及び、前記第二指標、または前記第二指標が属する前記乳酸量指標群、前記水素イオン指標群、前記温度指標群及び前記乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標と、前記第三指標、または前記第三指標が属する前記乳酸量指標群、前記水素イオン指標群、前記温度指標群及び前記乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標と、皮膚の抗微生物能力と、の関係を示す関係データに基づいて、前記皮膚の抗微生物能力の指標または前記被検者に推奨される剤若しくはサービスに係る情報を提供する情報提供工程と、を含む、皮膚情報提供方法。であることがさらに好ましい。
【実施例0065】
次に、以上説明した実施形態の実施例を説明する。
図7は、掌の抗抗菌活性の実測値と、関係データを使って算出された予測値yとの関係を説明するための図である。図7の縦軸は実測値、横軸は予測値yを示している。抗菌活性の実測値は、掌の洗浄から150分経過した後、大腸菌液10μlを掌の2cm×2cmの範囲に塗布し、一分後に綿棒により物理的に採取して行った。予測値yは、実測値の測定対象となった被検者の手指から乳酸量、水素イオン指数、温度及び乾燥速度の各値を取得して関係データに代入して得た値である。被検者数は107人であり、実測値の平均値は0.98であった。
【0066】
乳酸量の測定器としては、例えば、ラクテート・プロ((登録商標)株式会社アークレイファクトリー製)がある。水素イオン指数の測定器としては、例えば、Skin-pH-Meter PH905((商標)Courage+Khazaka社製)がある。温度は、手の甲や掌に接触して温度を測る温度計によって測定される。このような温度計としては、例えば、デジタル温度計TM-300シリーズ((商標)アズワン社製)が使用できる。乾燥速度は、掌に滴下した水滴を2cm×2cmの範囲に塗り広げ、減少の状態を二名で目視観測することによって求めている。
【0067】
直線Lは、予測値yと実測値とが全て等しい場合を表すものである。図7中の複数のプロットは、その一致の程度が高いほど直線Lに近づいて記される。図7中のプロットを使って求めた決定係数Rは0.54であり、予測値yと実測値との間に充分な相関が見られることが分かった。
【0068】
(1)乳酸量指標群、水素イオン指数指標群、温度指標群及び乾燥速度指標群のうちの少なくとも二つから選択された第一指標及び第二指標の値を被検者から取得して入力する入力工程と、前記第一指標、または前記第一指標が属する前記乳酸量指標群、前記水素イオン指数指標群、前記温度指標群及び前記乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標及び、前記第二指標、または前記第二指標が属する前記乳酸量指標群、前記水素イオン指数指標群、前記温度指標群及び前記乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標と、皮膚の抗微生物能力と、の関係を示す関係データに基づいて、前記皮膚の抗微生物能力の指標または前記被検者に推奨される剤若しくはサービスに係る情報を提供する情報提供工程と、
を含む、皮膚情報提供方法。
(2)前記第一指標と第二指標のいずれか一方は、前記乳酸量指標群に属する、(1)の皮膚情報提供方法。
(3)前記第一指標と第二指標のいずれか一方が前記乳酸量指標群に属し、かつ、前記一方と異なる他方が前記温度指標群に属する、(1)または(2)の皮膚情報提供方法。
(4)前記乳酸量指標群は、前記被検者の皮膚の乳酸量、乳酸量と相関を有する化学物質量及び乳酸量と相関を有する皮膚性状の少なくとも一つを含み、前記化学物質量は、低分子有機酸量、低分子塩基量、ペプチド量の少なくとも一つを含み、前記皮膚性状は前記被検者の発汗量を含む、(1)から(3)のいずれか一つの皮膚情報提供方法。
(5)前記温度指標群は、前記被検者の皮膚の温度または前記皮膚の温度と相関を有する成分及び性状を含む、(1)から(4)のいずれか一つの皮膚情報提供方法。
(6)前記入力工程においては、前記被検者の手指の皮膚から取得された前記第一指標の値及び前記第二指標の値を入力する、(1)から(5)のいずれか一つの皮膚情報提供方法。
(7)前記皮膚の抗微生物能力は、菌またはウイルスが前記皮膚に付着した後に減少する度合いにより決定される、(1)から(6)のいずれか一つの皮膚情報提供方法。
(8)前記菌は、グラム陰性細菌またはグラム陽性細菌から選ばれる少なくとも一種である、(7)の皮膚情報提供方法。
(9)前記ウイルスは、エンベロープウイルスまたはノンエンベロープウイルスから選ばれる少なくとも一種である、(7)の皮膚情報提供方法。
(10)前記情報提供工程は、乳酸を含有する剤に係る情報を提供する、請求項(1)から(9)のいずれか一つの皮膚情報提供方法。
(11)乳酸量指標群、水素イオン指数指標群、温度指標群及び乾燥速度指標群のうちの少なくとも二つから選択された第一指標及び第二指標の値を被検者から取得して入力する入力部と、前記第一指標、または前記第一指標が属する前記乳酸量指標群、前記水素イオン指数指標群、前記温度指標群及び前記乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標及び、前記第二指標、または前記第二指標が属する前記乳酸量指標群、前記水素イオン指数指標群、前記温度指標群及び前記乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標と、皮膚の抗微生物能力と、の関係を示す関係データに基づいて、前記皮膚の抗微生物能力の指標または前記被検者に推奨される剤若しくはサービスに係る情報を提供する情報提供部と、を備える、皮膚情報提供装置。
(12)コンピュータに、乳酸量指標群、水素イオン指数指標群、温度指標群及び乾燥速度指標群のうちの少なくとも二つから選択された第一指標及び第二指標の値を被検者から取得して入力する入力機能と、前記第一指標、または前記第一指標が属する前記乳酸量指標群、前記水素イオン指数指標群、前記温度指標群及び前記乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標及び、前記第二指標、または前記第二指標が属する前記乳酸量指標群、前記水素イオン指数指標群、前記温度指標群及び前記乾燥速度指標群のいずれかに属する他の指標と、皮膚の抗微生物能力と、の関係を示す関係データに基づいて、前記皮膚の抗微生物能力の指標または前記被検者に推奨される剤若しくはサービスに係る情報を提供する情報提供機能と、を実現させる、皮膚情報提供プログラム。
【符号の説明】
【0069】
1・・・皮膚情報提供装置
2・・・制御部
3・・・出力部
11・・・乳酸量測定器
12・・・pH測定器
13・・・温度計
21・・・入力部
22・・・演算部
DB23・・・情報
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7