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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024169639
(43)【公開日】2024-12-05
(54)【発明の名称】医療用中空針の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61M 5/158 20060101AFI20241128BHJP
   A61M 5/32 20060101ALI20241128BHJP
【FI】
A61M5/158 500B
A61M5/158 500D
A61M5/32 520
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024165506
(22)【出願日】2024-09-24
(62)【分割の表示】P 2023556699の分割
【原出願日】2022-10-31
(31)【優先権主張番号】P 2021178323
(32)【優先日】2021-10-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000135036
【氏名又は名称】ニプロ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】592108676
【氏名又は名称】日伸工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001966
【氏名又は名称】弁理士法人笠井中根国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100103252
【弁理士】
【氏名又は名称】笠井 美孝
(74)【代理人】
【識別番号】100147717
【弁理士】
【氏名又は名称】中根 美枝
(72)【発明者】
【氏名】増田 利明
(72)【発明者】
【氏名】中神 裕之
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 賢
(57)【要約】
【課題】血液等の液体を効率的に流動させることができる医療用中空針の製造方法を提供する。
【解決手段】針軸方向に貫通する内腔12を備える医療用中空針10であって、内腔12の周壁を構成する針管14の内周面16が、深絞り加工によって形成された針先18へ向けて小径となるテーパー面30を有しており、内周面16の針軸方向の算術平均粗さRaがRa≦1.0μmとされている。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
針軸方向に貫通する内腔を備える医療用中空針の製造方法であって、
針管の内周面が深絞り加工によって形成された針先へ向けて小径となるテーパー面を有しており、
該内周面の針軸方向の算術平均粗さRaがRa≦1.0μmとされている医療用中空針の製造方法。
【請求項2】
前記針管は、前記針先側である先端部分の内径が該針先と反対側である基端部分の内径よりも小さくされており、該先端部分と該基端部分が該針先側へ向けて小径となる段差状部によって連続していると共に、
該針管の前記内周面は、該段差状部における針軸に対する傾斜角度が、該先端部分及び該基端部分における針軸に対する傾斜角度よりも大きくされており、該先端部分及び該基端部分の該内周面によって前記テーパー面が構成されている請求項1に記載の医療用中空針の製造方法。
【請求項3】
前記針管の前記内周面が、針軸方向の全長にわたって、針軸に対する傾斜角度が略一定の前記テーパー面とされている請求項1に記載の医療用中空針の製造方法。
【請求項4】
前記針管の前記内周面には、顕微鏡写真において針軸方向に延びる型成形痕が存在する請求項1~3の何れか一項に記載の医療用中空針の製造方法。
【請求項5】
前記テーパー面の針軸に対する傾斜角度が0度より大きく且つ5度以下とされている請求項1~4の何れか一項に記載の医療用中空針の製造方法。
【請求項6】
金属素板に対する複数段階の深絞り加工によって有底の管を形成するプレス加工工程と、
該管を深絞り加工の底側において切断して前記針先を形成する針先形成工程と
を、有する請求項1~5の何れか一項に記載の医療用中空針の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば人工透析等に用いられる医療用中空針の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、注射や輸液等に用いられる医療用中空針は、医療用金属の板材を筒状に丸めて、複数段階の引抜き加工を行うことによって製造されている。しかし、この場合には、中空針の径が小さくなると、中空針の内周へ内金型を挿入することができず、内金型なしで以降の引抜き加工をすることになる。そうすると、中空針の内周面に皺が生じる等して内周面の表面粗さが粗くなってしまい、液体のスムーズな流動が妨げられるおそれがあった。一方、医療用金属の非常に薄い板材を筒状に丸めて、端部を接合することで中空針を製造する技術も存在する(例えば、特開2003-200218号公報(特許文献1))。この場合、複数段階の引抜き加工を行う必要が無いので、内周面に皺が生じる等の事態を防止することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2003-200218号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、板材を丸めて筒状とすることで医療用中空針を形成すると、医療用中空針の周方向の一部に板材の端による接合部分が形成されて、医療用中空針の内周面の表面粗さが接合部分において粗くなることから、液体の流動に対する抵抗となってしまうおそれがあった。特に内部を血液等の液体が流れる医療用中空針の場合、接合部分は液密性を確保するために溶接されることから、接合部分を滑らかな内周面形状とはし難い場合があった。
【0005】
また、複数段階の引抜き加工によって中空針を得る場合には、前述の通り、内周面に皺が生じる等して内周面の表面粗さが粗くなってしまい、液体のスムーズな流動が妨げられるおそれがあった。
【0006】
本発明の解決課題は、血液等の液体を効率的に流動させることができる、新規な医療用中空針の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
以下、本発明を把握するための好ましい態様について記載するが、以下に記載の各態様は、例示的に記載したものであって、適宜に互いに組み合わせて採用され得るだけでなく、各態様に記載の複数の構成要素についても、可能な限り独立して認識及び採用することができ、適宜に別の態様に記載の何れかの構成要素と組み合わせて採用することもできる。それによって、本発明では、以下に記載の態様に限定されることなく、種々の別態様が実現され得る。
【0008】
第1の態様は、針軸方向に貫通する内腔を備える医療用中空針であって、針管の内周面が深絞り加工によって形成された針先へ向けて小径となるテーパー面を有しており、該内周面の針軸方向の算術平均粗さRaがRa≦1.0μmとされているものである。
【0009】
本態様に従う構造とされた医療用中空針によれば、内腔の周壁を構成する針管が深絞り加工によって形成されていることから、針管の内周面において表面粗さを構成する凹凸が低減されて、圧力損失を低減できるため、内腔を流れる流体の流量を大きく確保することができると共に、例えば内腔を血液が流れる場合には血球へのダメージの低減も図られる。
【0010】
また、医療用中空針の針管の内周面には、先細のテーパー面が設定されているが、当該テーパー面が深絞り加工によって形成されており、内径寸法の変化が内腔における液体の流れに影響し難い程度に抑えることもできる。テーパー面が先端へ向けて小径となることから、特に液体が内腔を先端(針先側)へ向けて流れる場合には、流量の安定化が図られる。
【0011】
針管の内周面における針軸方向の算術平均粗さRaが1.0μm以下とされており、内腔の周壁内面である針管の内周面が凹凸の小さい滑らかな面とされていることから、内腔における液体の流れが、内周面の表面粗さによる乱流を生じ難く、流量の安定化や血球へのダメージの軽減が有効に図られる。
【0012】
第2の態様は、第1の態様に記載された医療用中空針において、前記針管は、前記針先側である先端部分の内径が該針先と反対側である基端部分の内径よりも小さくされており、該先端部分と該基端部分が該針先側へ向けて小径となる段差状部によって連続していると共に、該針管の前記内周面は、該段差状部における針軸に対する傾斜角度が、該先端部分及び該基端部分における針軸に対する傾斜角度よりも大きくされており、該先端部分及び該基端部分の該内周面によって前記テーパー面が構成されているものである。
【0013】
本態様に従う構造とされた医療用中空針によれば、先端部分の内径が基端部分の内径よりも小さくされていることにより、例えば基端側から先端側(針先側)へ向けて内腔を液体が流れる際に、内腔の流量を大きく確保することができる。
【0014】
先端部分と基端部分をつなぐ段差状部が設けられていることにより、先端部分と基端部分の内径寸法差を大きな自由度で設定することができる。また、段差状部が先端へ向けて小径となっていることにより、流れが段差状部で堰き止められ難く、スムーズな流れを実現することができる。
【0015】
第3の態様は、第1の態様に記載された医療用中空針において、前記針管の前記内周面が、針軸方向の全長にわたって、針軸に対する傾斜角度が略一定の前記テーパー面とされているものである。
【0016】
本態様に従う構造とされた医療用中空針によれば、針管の内周面が、針軸方向の全長にわたって略一定の傾斜角度を有するテーパー面とされていることにより、流量の安定化や血球の損傷の回避などがより効果的に実現される。
【0017】
第4の態様は、第1~第3の何れか1つの態様に記載された医療用中空針において、前記針管の前記内周面には、顕微鏡写真において針軸方向に延びる型成形痕が存在するものである。
【0018】
本態様に従う、顕微鏡写真において針軸方向に延びる型成形痕が内周面に存在する医療用中空針では、針管の内周面が型成形されていることで表面粗さが抑えられると共に、内周面の凹凸状の表面粗さの凸部の先端がパンチ等の成形型で押しつぶされたようになる。それ故、内周面の針軸方向の算術平均粗さRaをRa≦1.0μm以下に抑えて、前述の如き本発明の効果を達成することも容易となる。
【0019】
第5の態様は、第1~第4の何れか1つの態様に記載された医療用中空針において、前記針管が周方向において接合部分を備えていないものである。
【0020】
本態様に従う構造とされた医療用中空針によれば、針管が周方向において接合部分を持たないことから、内周面の表面粗さが接合部分において局所的に大きくなってしまうのを回避することができる。
【0021】
第6の態様は、第1~第5の何れか1つの態様に記載された医療用中空針において、前記テーパー面の針軸に対する傾斜角度が0度より大きく且つ5度以下とされているものである。
【0022】
本態様に従う構造とされた医療用中空針によれば、テーパー面の針軸に対する傾斜角度が0度より大きく且つ5度以下とされていることによって、深絞りの内金型(パンチ)の抜きテーパーを確保しつつ、内径寸法の針軸方向での変化率を小さく設定して、内腔における液体の流れに対するテーパー面の影響を抑えることができる。
【0023】
第7の態様は、第1~第6の何れか1つの態様に記載された医療用中空針の製造方法であって、金属素板に対する複数段階の深絞り加工によって有底の管を形成するプレス加工工程と、該管を深絞り加工の底側において切断して前記針先を形成する針先形成工程とを、有するものである。
【0024】
本態様に従う医療用中空針の製造方法によれば、有底の管を金属素板の複数段階の深絞り加工によって形成することにより、周方向において接合部分のない針管を得ることができる。また、管の内周面には、基端へ向けて拡開する形状のテーパー面が設定されることから、管の内周面を成形するパンチ(内金型)が管の内腔から抜けなくなるのを防ぐことができる。また、管の内周へパンチが挿入されて深絞り加工されることから、内周面の表面粗さを構成する凹凸が小さくなると共に、凸部先端の尖鋭な形状がより平坦にならされて、内周面の表面粗さを小さくすることができる。
【0025】
また、深絞り加工によって得られた有底の管の底側を切断することにより、針先を簡単に形成することができる。なお、針先の形成時に管の底部を切り取ることにより、針軸方向に貫通する針管の内腔を形成することもできる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、血液等の液体を効率的に流通させることが可能な医療用中空針を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】本発明の第1実施形態としての医療用中空針を示す平面図
図2図1のII-II断面図
図3図1の医療用中空針を拡大して示す横断面図であって、図2のIII-III断面に相当する図
図4図1に示す医療用中空針の製造工程を説明する図
図5図1に示す医療用中空針の内周面の顕微鏡写真
図6】従来の医療用中空針の内周面の顕微鏡写真
図7図5に示す医療用中空針の内周面における中心平均粗さのグラフ
図8図6に示す医療用中空針の内周面における中心平均粗さのグラフ
図9】本発明の第2実施形態としての医療用中空針を示す縦断面図
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しつつ説明する。
【0029】
図1図3には、本発明の第1実施形態としての医療用中空針10が示されている。医療用中空針10は、軸方向に貫通する内腔12を備えており、内腔12の周壁を構成する筒状の針管14によって構成されている。以下の説明では、原則として、先端側とは後述する針先18側である図1中の左方を、基端側とは針先18と反対側である図1中の右方をそれぞれ言う。また、原則として、上下方向とは、図2中の上下方向を言う。
【0030】
針管14は、全体として小径の円筒形状とされており、図3に示すように、周方向において接合部分を備えていない。即ち、針管14は、板材を丸めて筒状としたものではなく、板材を丸めて筒状とする際に周方向の両端部によって形成される接合部分がない。従って、針管14は、全周にわたって略一様な内周面16を有している。なお、周方向の接合部分を持たない針管14は、例えば、後述するように、複数段階のプレス加工(深絞り加工)によって得ることができる。
【0031】
針管14は、図1図2に示すように、針軸方向(長さ方向である図1中の左右方向)の一端に鋭利な針先18を有している。針先18は、例えば、針管14の端部が針軸αに対して傾斜した形状に切断されて刃面20が形成されることによって設けられる。本実施形態の刃面20は、針軸αに対する傾斜角度が先端側と基端側とで異なっており、先端側において傾斜角度がより大きくされている。刃面20の針軸αに対する傾斜角度は、例えば、先端側において15度以上且つ30度以下とされていると共に、基端側において10度以上且つ20度以下とされている。もっとも、刃面20は、具体的な形状が限定されるものではなく、例えば、単一平面によって構成されていてもよいし、3つ以上の平面によって構成されていてもよいし、1つ或いは複数の湾曲面によって構成されていてもよい。
【0032】
針管14の先端部には、針軸αと直交する方向に貫通する貫通孔22が形成されている。これにより、例えば医療用中空針10が血管に穿刺された状態において、内腔12へ流入する或いは内腔12から流出する血液等の液体の流量が効率的に確保される。貫通孔22は、本実施形態では、針軸方向が長手とされた長円形状とされて、開口面積がスペース効率よく確保されているが、形状が限定されるものではない。また、貫通孔22は、必須ではなく、省略することもできる。
【0033】
針管14は、肉厚が先端に向かうほど小さくなるように形成されている。また、針管14は、長さ方向の途中に段差状部24が設けられており、段差状部24よりも針先18側に位置する先端部分26が、段差状部24よりも針先18と反対側に位置する基端部分28よりも小径とされている。段差状部24は、図示しない針ハブ等との固定部となっており、例えば接着剤によって針ハブ等に固定されている。段差状部24は、先端部分26よりも外径が大きいため、接着面積を大きく得ることができる。先端部分26と基端部分28は、内径寸法の差が0.6mm以下とされていることが望ましく、例えば、先端部分26が16Gに相当する内径寸法(1.45mm)とされると共に、基端部分28が14Gに相当する内径寸法(1.90mm)とされる。基端部分28の内径が大きくされていることにより、内腔12の流量を大きく確保することができる。先端部分26と基端部分28は、外径寸法の差が0.6mm以下とされていることが望ましく、例えば、先端部分26が16Gに相当する外径寸法(1.65mm)とされると共に、基端部分28が14Gに相当する外径寸法(2.10mm)とされる。先端部分26の外径が小さいことにより、穿刺時の痛みを低減することができる。先端部分26の針軸方向の長さ寸法は、針の用途ごとの穿刺深さによって適宜に設定され、少なくとも穿刺時に段差状部24が患者の皮膚に当たらない程度の長さを有することが望ましい。本実施形態においては、先端部分26の針軸方向の長さ寸法が、基端部分28の針軸方向の長さ寸法よりも大きくされており、好適には1.5倍以上とされている。血管に穿刺されることを考慮すると、先端部分26の針軸方向の長さ寸法は25mm以上であることが好ましく、基端部分28又は段差状部24が図示しない針ハブへの固定部とされることを考慮すると、先端部分26の先端から基端部分28の基端までの針軸方向の長さ寸法(医療用中空針10の全長)は、30mm以上であることが好ましい。なお、本実施形態では、医療用中空針10の一部である段差状部24が針ハブとの固定部とされるが、例えば、本発明に係る医療用中空針の基端側に別部材を接合して、当該別部材を針ハブとの固定部とすることもできる。この場合、医療用中空針が針ハブとの固定部を含まないことから、医療用中空針の全長を30mm未満としてもよい。なお、上記した別部材は、形成方法が限定されるものではなく、例えば、深絞りによって形成されてもよいし、板材を筒状に巻いてから引抜き加工によって細くする方法で形成されてもよい。
【0034】
段差状部24の針軸方向の長さ寸法は、先端部分26及び基端部分28の同方向での長さ寸法に対して短くされている。なお、針管14の先端から基端に至る全長に亘って略一定のテーパー形状として、段差状部24をなくすこともできる。
【0035】
段差状部24は、針先18側へ向けて次第に小径となるテーパー形状とされており、小径の先端部分26と大径の基端部分28とが段差状部24を介して連続している。また、先端部分26と基端部分28は、針先18側へ向けて次第に小径となるテーパー形状とされている。そして、針管14の内周面16は、先端部分26と基端部分28の各内周面で構成されたテーパー面30を備えている。テーパー面30は、深絞り加工によって形成され、例えば、針管14が深絞り加工によって形成される際に、内金型であるパンチの抜きテーパーとして設定される。テーパー面30は、針軸αに対する相対的な傾斜角度θが0度より大きく且つ5度以下とされていることが望ましく、好適には1度以下とされ、より好適には0.7度以下とされる。テーパー角度θは、小さい方が穿刺時に患者の皮膚を押し広げずに済み、穿刺に伴う痛みを小さくすることができる。なお、テーパー面30の傾斜角度θとして、上記角度範囲外の角度を設定してもよく、例えば5度より大きな角度を設定することもできる。段差状部24の内周面の針軸αに対する傾斜角度は、本実施形態においてはテーパー面30の傾斜角度θよりも大きくされており、例えば15度以上且つ60度以下とされるが、当該角度範囲外の角度を設定してもよく、例えば製造の容易さや乱流の程度等を考慮して、15度以下に設定してもよい。なお、図2には、針管14の一部を部分的に拡大した図が示されており、当該拡大図に針軸αと平行な仮想線が一点鎖線で示されて、針管14の内周面16を構成するテーパー面30の針軸αに対する傾斜角度θが示されているが、当該拡大図では見易さのためにテーパー面30の傾斜角度θが誇張されて大きく示されている。
【0036】
針管14の内周面16は、針軸方向の算術平均粗さRaが1.0μm以下(Ra≦1.0μm)とされている。より好適には、内周面16の針軸方向の算術平均粗さRaは、0.7μm以下(Ra≦0.7μm)とされており、0に近いほど好ましい。要するに、針管14の内周面16は、凹凸が小さい滑らかな面とされている。針管14は、外周面における針軸方向の算術平均粗さRaが1.0μm以下(Ra≦1.0μm)とされていることが望ましく、より好適には0.7μm以下(Ra≦0.7μm)とされている。なお、算術平均粗さRaは、一般的に知られているように、表面粗さを構成する凹凸の平均値を基準線として、凹凸の基準線からの距離の平均値を算出したものである。
【0037】
このような構造を有する医療用中空針10は、図4に示す各工程を含む製造方法によって得ることができる。図4には、医療用中空針10の製造方法を構成する各工程が図中の上から順に示されており、医療用中空針10の製造方法は、(a)素板準備工程、(b)第1のプレス加工工程、(c)第2のプレス加工工程、(d)第3のプレス加工工程、(e)第4のプレス加工工程、(f)第5のプレス加工工程、(g)フランジ切除工程、(h)針先形成工程を含んでいる。なお、図4は、製造方法の各工程を説明する図であり、例えば、金属素板14a、第1~第6成形品14b~14g、針管14の形状や寸法は、厳密に正確なものではない。
【0038】
先ず、図4(a)の素板準備工程において、金属素板14aを準備する。金属素板14aは、医療用ステンレス等の医療用金属材料によって形成されており、略平板形状とされている。
【0039】
次に、準備した金属素板14aを内金型であるパンチ32と外金型であるダイ34とを用いてプレス加工するプレス加工工程を実施する。プレス加工工程は、段階的に複数回にわたって行われ、本実施形態では第1~第5の5回のプレス加工工程が実施される。第1~第5の各プレス加工工程に用いられるパンチに32b~32fの各符号を付すと共に、第1~第5の各プレス加工工程に用いられるダイに34b~34fの各符号を付した。また、最初に行われる第1のプレス加工工程から最後に行われる第5のプレス加工工程まで、第1~第5成形品14b~14fの内径を規定するパンチ32b~32fの外径と、第1~第5成形品14b~14fの外径を規定するダイ34b~34fの内径とが、徐々に小さくされる。
【0040】
具体的には、最初のプレス加工工程(図4(b)の第1のプレス加工工程)では、平板状の金属素板14aをパンチ32bとダイ34bによって深絞り加工して、直径が大きく且つ深さ寸法が小さい有底筒状の第1成形品14bを得る。第1成形品14bの底35は、略円板形状とされており、外周部分が周壁と滑らかに連続する湾曲断面形状とされている。更に、図4(c)の第2のプレス加工工程では、パンチ32cとダイ34cを用いて、第1成形品14bよりも直径が小さく且つ深さ寸法が大きい第2成形品14cを得、図4(d)の第3のプレス加工工程では、パンチ32dとダイ34dを用いて、第2成形品14cよりも直径が小さく且つ深さ寸法が大きい第3成形品14dを得る。更にまた、図4(e)の第4のプレス加工工程では、パンチ32eとダイ34eを用いて、第3成形品14dよりも直径が小さく且つ深さ寸法が大きい第4成形品14eを得、最後のプレス加工工程(図4(f)の第5のプレス加工工程)では、パンチ32fとダイ34fを用いて、第4成形品14eよりも直径が小さく且つ深さ寸法が大きい第5成形品14fを得る。このように、第1~第5のプレス加工工程によって、針管14の内径及び外径を徐々に小さくすると共に、針軸方向の長さを徐々に長くすることにより、医療用中空針10として利用可能な管としての第5成形品14fを得ることができる。
【0041】
なお、第5のプレス加工工程が完了した段階で得られる第5成形品14fは、先端が深絞りの底35によって塞がれた略有底筒状とされていると共に、基端側には基端へ向けて拡開するフランジ状部36が一体的に設けられている。また、本実施形態では、第5成形品14fの成形工程である第5のプレス加工工程において、段差状部24が形成される。
【0042】
各プレス加工工程において得られる第1成形品14b~第5成形品14fは、周壁部分が基端開口へ向けて拡径するテーパー形状とされており、特に内周面がテーパー面30を含む全体に亘って基端開口へ向けて拡径する傾斜面とされていることから、成形後にパンチ32b~32fを第1~第5成形品14b~14fから基端側へ容易に引き抜くことができる。
【0043】
次に、図4(g)のフランジ切除工程において、第5成形品14fのフランジ状部36を切除して管としての第6成形品14gを得る。フランジ状部36を切除された第6成形品14gは、フランジ状部36を備える第5成形品14fよりも最大外径寸法が小さくなることから、輸送や保管に必要なスペースを小さくすることができる。
【0044】
次に、図4(h)の針先形成工程において、フランジ状部36を切除された第6成形品14gは、底35を有する先端部が斜めに切除されて、先端に刃面20及び針先18を備える針管14(医療用中空針10)とされる。以上の如き製造工程によって、本実施形態に係る医療用中空針10を製造することができる。なお、本実施形態では、針先形成工程の完了後に、針管14の先端部に貫通孔22を形成する。また、先端部の切除による針先18の形成と、フランジ状部36の切除とは、1つの工程として実施することもできる。
【0045】
このように、板材(金属素板14a)を複数段階の深絞り加工によって筒状として針管14を形成することにより、周方向において接合部分を持たない略一様な周壁を備えた針管14を得ることができる。それゆえ、内腔12の周壁面である針管14の内周面16の表面粗さが、接合部分において局所的に大きくなることがない。
【0046】
第1~第5のプレス加工工程によって引き延ばされた針管14の内周面16は、針軸方向の算術平均粗さRaが1.0μm以下(Ra≦1.0μm)、より好適には0.7μm以下(Ra≦0.7μm)とされており、板材を丸めて引抜き成形によって小径化する従来の針管に比して表面粗さが小さくされている。それゆえ、内腔12を流れる血液等の液体の流動抵抗が抑えられて、安定して効率的な流量を得ることができると共に、血球へのダメージの低減が図られ得る。
【0047】
しかも、針管14の内周面16において凹凸状の表面粗さを構成する凸部の先端が、複数回のプレス加工時にパンチ32と接することによって平坦化されており、凸部の先端が面状とされて、凸部先端の鋭さが低減されている。これにより、針管14の内腔12を液体が流れる際に、内周面16の微細な凹凸による抵抗が低減されて、液体の効率的な流動等が図られる。
【0048】
深絞り加工によって形成される針管14は、プレス加工工程において、第1~第5成形品14b~14fの内周からパンチ32b~32fを容易に引抜き可能とするために、内周面16が基端へ向けて拡開する方向の傾斜が設定されたテーパー面30を有している。このテーパー面30の針軸αに対する傾斜角度(テーパー角度)θは、5度以下(好適には1度以下、より好適には0.7度以下)と小さくされていることから、内腔12を通じた液体の流動に対する影響が実質的に回避されている。
【0049】
本実施形態では、針管14の長さ方向の途中に段差状部24が設けられており、段差状部24よりも先端側に位置する先端部分26の内径が、基端側に位置する基端部分28の内径に比して小径とされている。これにより、例えば医療用中空針10の基端側から先端側へ向けて液体が流れる場合に、流量を大きく確保することができる。しかも、医療用中空針10において、患者への穿刺部分である先端部分26が、基端部分28よりも小径とされることによって、穿刺時の痛みの低減なども図られる。
【0050】
なお、医療用中空針10の太さを示す針ゲージGは、例えば、患者への穿刺部分である先端部分26の太さ(外径寸法及び内径寸法)の平均値によって設定される。基端部分28は、外部に露出していてもよいが、例えば、図示しない針ハブやシリンジのシリンダ等に挿入されていてもよく、針ハブ等への固着部分とすることもできる。好適には、先端部分26が針ハブ、シリンジ、それらに固着するための接着剤等から露出した部分とされており、先端部分26の軸方向長さが医療用中空針10の有効長とされる。
【0051】
内径寸法が相互に異なる先端部分26と基端部分28とが段差状部24を介してつながっていることから、先端部分26と基端部分28の各内径寸法をそれぞれ大きな自由度で設定することができる。従って、例えば、患者に穿刺される先端部分26を十分に小径として穿刺時の痛みを抑えながら、基端部分28を十分に大径として内腔12における液体の流量を確保することなども可能になる。しかも、段差状部24は、先端へ向けて小径となるテーパー形状とされており、段差状部24における断面の急激な変化が防止されていることから、内腔12を流れる液体の流れへの悪影響が低減されている。
【0052】
医療用中空針10は、例えば、人工透析回路の返血口や脱血口、輸液回路の患者側末端である投与口等に好適に用いられる。特に、医療用中空針10は、内部を血液が流れる人工透析回路や輸血回路の穿刺部分に好適に適用される。具体的には、例えば、医療用中空針10は、人工透析用の針として好適に用いられ得る。これにより、スムーズな液体の流動によって、人工透析や輸液(輸血を含む)時における血球へのダメージや気泡の巻き込み等が発生し難く、低侵襲な透析や輸液を実現し得る。
【0053】
本発明に係る医療用中空針10の内周面16が、従来の医療用中空針の内周面よりも表面粗さが小さい滑らかな面であることは、図5図6に示す顕微鏡写真によっても確認されている。図5は、本発明に係る医療用中空針10の内周面16の顕微鏡写真であり、図6は、従来の医療用中空針の内周面の顕微鏡写真である。図5図6において、図中の上下方向が針軸方向であり、図中の左右方向が周方向である。なお、図6に係る従来の医療用中空針は、平板状の板材を丸めて筒状とし、周方向で突き合わせた両端部分を溶接によって接合した後、複数段階の引抜き加工によって所定の太さまで細くする、従来の製造方法によって形成した。また、図5図6の顕微鏡写真は、オリンパス株式会社製のレーザー顕微鏡である「OLS4100」を用いて、対物レンズ20倍、観察倍率432倍で撮影したものである。
【0054】
図5の顕微鏡写真において、医療用中空針10の内周面16には、針軸方向に延びる型成形痕が存在する。このような内周面16の成形痕は、プレス加工工程において、パンチ32b~32fが第1~第5成形品14b~14fの内周へ針軸方向で挿入又は抜去される際に、第1~第5成形品14b~14fの各内周面の表面粗さを構成する凸部が、パンチ32b~32fの当接によって潰される或いは削られることによって形成される。従って、針管14の内周面16の成形痕は、顕微鏡写真において、針管14の内周面16の表面粗さを構成する凸部が針軸方向に延びる長手状とされており、当該凸部の先端が尖鋭の度合いが小さいより平坦な面状となっていることによって、確認することができる。一方、内金型(プラグ)を用いないで引抜成形された針管を示す図6の顕微鏡写真では、明瞭な成形痕は確認されず、表面粗さを構成する凸部の先端が、尖鋭形状とされており、針軸方向に延びることなくスポット的な形状(点状)とされている。
【0055】
図5図6を比較すると、このような成形痕の違いによって、図5は、表面粗さを構成する内周へ突出する凸部の先端が面状となっており、それに比して、図6は、凸部の先端形状が尖鋭形状となっている。このような内周面の形状の違いから、本発明に係る医療用中空針10は、従来の医療用中空針に比して、液体のスムーズな流動を実現し得ると考えられる。
【0056】
また、図5図6の顕微鏡写真の撮影時に、レーザーによる内周面の表面粗さの測定も行っており、内周面の表面粗さ(凹凸の大きさ)の測定結果を図7図8に示す。図7は、本発明に係る医療用中空針10の内周面16の凹凸の測定結果であり、図8は、従来の医療用中空針の内周面の凹凸の測定結果である。なお、図7図8のグラフは、針軸方向の線粗さを示しており、図7図8のグラフにおいて、横軸は医療用中空針の針軸方向の位置であり、縦軸は基準位置から医療用中空針の内周面までの高さ寸法である。従って、図7図8のグラフでは、横軸方向において、縦軸方向の変動幅が小さいほど、医療用中空針の内周面の凹凸が小さく滑らかであることを示す。
【0057】
図7図8を比較すると、図7に示した測定結果のグラフは、図8に示した測定結果のグラフに比して、縦軸方向の変動幅が小さいことから、本発明に係る医療用中空針10の内周面16が従来の医療用中空針の内周面よりも凹凸が小さく滑らかであることが、実測によっても確認された。なお、図5に示された針管については、周方向でも針軸方向と略同様に良好な表面粗さを有していることを確認した。
【0058】
図9には、本発明の第2実施形態としての医療用中空針40が示されている。以下の説明において、第1実施形態と実質的に同一の部材及び部位については、図中に同一の符号を付すことで、説明を省略する。
【0059】
医療用中空針40は、第1実施形態の医療用中空針10に比して、段差状部24を備えておらず、内周面16の全体がテーパー面30とされており、内周面16の針軸αに対する傾斜角度θが、針軸方向の全長にわたって略一定とされている。このような本実施形態の医療用中空針40によれば、内径寸法の急激な変化がなく、内腔12における液体の流れがより安定することから、流量の更なる安定化が図られると共に、内腔12を流れる血液の血球に対するダメージがより低減され得る。
【0060】
以上、本発明の実施形態について詳述してきたが、本発明はその具体的な記載によって限定されない。例えば、前記第1実施形態では、医療用中空針10の内周面16を構成するテーパー面30の傾斜角度θが、段差状部24の形成部分以外では略一定とされた例を示したが、テーパー面30の傾斜角度θは、段階的に変化していてもよいし、連続的に変化していてもよい。具体的には、例えば、第1実施形態の医療用中空針10において、先端部分26の内周面の傾斜角度と、基端部分28の内周面の傾斜角度とを、相互に異ならせることもできる。また、内周面16の傾斜角度θは、周方向において変化していてもよい。医療用中空針10の内周面16に設定されたテーパー面30の傾斜角度θが、針軸方向又は周方向において変化する場合には、テーパー面30における最小の傾斜角度が0度より大きくされると共に、最大の傾斜角度が5度以下(好適には1度以下、より好適には0.7度以下)とされることが望ましい。
【0061】
医療用中空針10において、段差状部24は、針軸方向の2箇所以上に設けられていてもよい。この場合に、針軸方向で隣り合う段差状部24,24間に位置する医療用中空針10の中間部分の内周面は、先端部分26及び基端部分28と同様にテーパー面30とされており、先端部分26及び基端部分28と同様の傾斜角度で基端側が大径となるテーパー形状とされることが望ましい。
【0062】
前記実施形態では、第1~第5のプレス加工工程を備える医療用中空針10の製造方法を例示したが、プレス加工の回数は、5回に限定されるものではなく、4回以下であってもよいし、6回以上であってもよい。特に、より細い医療用中空針10を製造する場合に、プレス加工工程数が多くなることが考えられる。
【0063】
前記実施形態では、有底筒状とされた第6成形品14gの底35側を切断することで、針先18及び刃面20の形成と、内腔12の貫通とを同時に行うようになっていたが、例えば、第6成形品14gの底35にポンチで孔を貫通形成して内腔12を貫通させた後、針先18と刃面20を形成するための切断を行うようにしてもよい。
【符号の説明】
【0064】
10 医療用中空針(第1実施形態)
12 内腔
14 針管
14a 金属素板
14b 第1成形品
14c 第2成形品
14d 第3成形品
14e 第4成形品
14f 第5成形品(管)
14g 第6成形品(管)
16 内周面
18 針先
20 刃面
22 貫通孔
24 段差状部
26 先端部分
28 基端部分
30 テーパー面
32 パンチ
34 ダイ
35 底
36 フランジ状部
40 医療用中空針(第2実施形態)
α 針軸
θ 傾斜角度
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9