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特開2024-169843新規ルテニウム錯体及びがん治療用組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024169843
(43)【公開日】2024-12-06
(54)【発明の名称】新規ルテニウム錯体及びがん治療用組成物
(51)【国際特許分類】
   C07D 471/04 20060101AFI20241129BHJP
   A61K 31/555 20060101ALI20241129BHJP
   A61P 1/00 20060101ALI20241129BHJP
   A61P 11/00 20060101ALI20241129BHJP
   A61P 15/00 20060101ALI20241129BHJP
   A61P 35/02 20060101ALI20241129BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20241129BHJP
   C07F 15/00 20060101ALN20241129BHJP
【FI】
C07D471/04 112T
A61K31/555
A61P1/00
A61P11/00
A61P15/00
A61P35/02
A61P35/00
C07F15/00 A CSP
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023086639
(22)【出願日】2023-05-26
(71)【出願人】
【識別番号】399030060
【氏名又は名称】学校法人 関西大学
(71)【出願人】
【識別番号】502437894
【氏名又は名称】学校法人大阪医科薬科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088904
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100124453
【弁理士】
【氏名又は名称】資延 由利子
(74)【代理人】
【識別番号】100135208
【弁理士】
【氏名又は名称】大杉 卓也
(74)【代理人】
【識別番号】100163544
【弁理士】
【氏名又は名称】平田 緑
(72)【発明者】
【氏名】石田 斉
(72)【発明者】
【氏名】原 愛美
(72)【発明者】
【氏名】平田 佳之
【テーマコード(参考)】
4C065
4C086
4H050
【Fターム(参考)】
4C065AA01
4C065AA04
4C065AA19
4C065BB09
4C065CC09
4C065DD02
4C065EE02
4C065HH02
4C065JJ10
4C065KK02
4C065LL10
4C065PP12
4C065QQ10
4C086AA01
4C086AA02
4C086AA03
4C086DA31
4C086MA01
4C086MA04
4C086MA17
4C086NA05
4C086NA14
4C086ZA59
4C086ZA66
4C086ZA81
4C086ZB26
4C086ZB27
4H050AA01
4H050AA03
4H050AB20
(57)【要約】
【課題】新規ルテニウム錯体及びがん治療用組成物を提供することを課題とする。
【解決手段】4,7-ジフェニル-1,10-フェナントロリンと5,5’-ジメチル-2,2’-ビピリジンを配位子とするルテニウム錯体([Ru(47dpphen)(5dmbpy)]2+)又はその薬学的に許容される塩は、優れた抗がん作用を有する。特に乳がん、肺がん、大腸がん、子宮頸がん、神経芽腫、及び白血病に優れた抗がん作用を有する。また、4,4’-ジメチル-2,2’-ビピリジンを配位子とする[Ru(47dpphen)(4dmbpy)]2+又はその薬学的に許容される塩も優れた抗がん作用を有する。特に、乳がん、肺がん、及び白血病に優れた抗がん作用を有する。
【選択図】図7

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(I):
【化1】
で示されるルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩。
【請求項2】
請求項1に記載のルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩を含有するがん治療用組成物。
【請求項3】
前記がんは、乳がん、肺がん、大腸がん、子宮頸がん、神経芽腫、及び白血病からなる群から選択される少なくとも1である請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
前記がんが乳がんである、請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
前記乳がんがホルモン受容体陰性乳がんである、請求項4に記載の組成物。
【請求項6】
前記ホルモン受容体陰性乳がんがトリプルネガティブ乳がんである、請求項5に記載の組成物。
【請求項7】
前記ホルモン受容体陰性乳がんがHER2陽性乳がんである、請求項5に記載の組成物。
【請求項8】
前記がんが肺がんである、請求項3に記載の組成物。
【請求項9】
前記肺がんがEGFR遺伝子変異陽性肺がんである、請求項8に記載の組成物。
【請求項10】
前記がんが、神経芽腫である、請求項3に記載の組成物。
【請求項11】
式(II):
【化2】
で示されるルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩を含有するがん治療用組成物であって、該がんは、乳がん、肺がん、及び白血病からなる群から選択される少なくとも1である組成物。
【請求項12】
前記がんが乳がんである、請求項11に記載の組成物。
【請求項13】
前記乳がんがホルモン受容体陰性乳がんである、請求項12に記載の組成物。
【請求項14】
前記ホルモン受容体陰性乳がんがトリプルネガティブ乳がんである、請求項13に記載の組成物。
【請求項15】
前記ホルモン受容体陰性乳がんがHER2陽性乳がんである、請求項13に記載の組成物。
【請求項16】
前記がんが肺がんである、請求項11に記載の組成物。
【請求項17】
前記肺がんがEGFR遺伝子変異陽性肺がんである、請求項16に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規ルテニウム錯体及びがんの治療に関する。
【背景技術】
【0002】
抗がん剤は、DNAを標的とする薬剤、細胞分裂を促す酵素等に作用して細胞分裂を阻害する薬剤、アポトーシスを誘導する薬剤等が知られている。金属錯体を有効成分とする抗がん剤としてシスプラチン及びカルボプラチンが知られているが、耐性癌を誘発することが知られている。
【0003】
ルテニウムポリピリジル錯体の抗腫瘍活性について近年注目されており、活発に研究されている(非特許文献1-4)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Karges J. et al. J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 6578-6587
【非特許文献2】Fayad C. et al. J. Biol. Inorg. Chem. 2021, 26, 43-55
【非特許文献3】Gurgul I. et al. J. Med. Chem. 2022, 65, 10459-10470
【非特許文献4】Colina-Vegas L. et al. J. Inorg. Biochem. 2015, 153, 150-161
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、新規ルテニウム錯体及びがん治療用組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は、上記課題を解決すべく配位子を各種ビピリジン類及びフェナントロリン類とした多数のルテニウムポリピリジル錯体を合成し鋭意研究を行った結果、優れた抗がん作用を有する式(I)及び式(II)に示されるルテニウム錯体を見出した。本発明は以下の態様を含む。
【0007】
1.式(I):
【化1】
で示されるルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩。
2.前項1に記載のルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩を含有するがん治療用組成物。
3.前記がんは、乳がん、肺がん、大腸がん、子宮頸がん、神経芽腫、及び白血病からなる群から選択される少なくとも1である前項2に記載の組成物。
4.前記がんが乳がんである、前項3に記載の組成物。
5.前記乳がんがホルモン受容体陰性乳がんである、前項4に記載の組成物。
6.前記ホルモン受容体陰性乳がんがトリプルネガティブ乳がんである、前項5に記載の組成物。
7.前記ホルモン受容体陰性乳がんがHER2陽性乳がんである、前項5に記載の組成物。
8.前記がんが肺がんである、前項3に記載の組成物。
9.前記肺がんがEGFR遺伝子変異陽性肺がんである、前項8に記載の組成物。
10.前記がんが、神経芽腫である、前項3に記載の組成物。
11.式(II):
【化2】
で示されるルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩を含有するがん治療用組成物であって、該がんは、乳がん、肺がん、及び白血病からなる群から選択される少なくとも1である組成物。
12.前記がんが乳がんである、前項11に記載の組成物。
13.前記乳がんがホルモン受容体陰性乳がんである、前項12に記載の組成物。
14.前記ホルモン受容体陰性乳がんがトリプルネガティブ乳がんである、前項13に記載の組成物。
15.前記ホルモン受容体陰性乳がんがHER2陽性乳がんである、前項13に記載の組成物。
16.前記がんが肺がんである、前項11に記載の組成物。
17.前記肺がんがEGFR遺伝子変異陽性肺がんである、前項16に記載の組成物。
18.前記式(I)で示されるルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩を、それを必要とする対象に投与することを含むがんの治療方法。
19.前記式(II)で示されるルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩を、それを必要とする対象に投与することを含むがんの治療方法であって、該がんは、乳がん、肺がん、及び白血病からなる群から選択される少なくとも1である方法。
20.がん治療用組成物の調製のための前記式(I)で示されるルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩の使用。
21.がん治療用組成物の調製のための前記式(II)で示されるルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩の使用であって、該がんは、乳がん、肺がん、及び白血病からなる群から選択される少なくとも1である使用。
【発明の効果】
【0008】
式(I)及び式(II)に示されるルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩は抗がん作用を有し、がんの治療に用いることができる。式(I)に示されるルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩は、特に乳がん、肺がん、大腸がん、子宮頸がん、神経芽腫、及び白血病に優れた抗がん作用を有する。式(II)に示されるルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩は、乳がん、肺がん、及び白血病に優れた抗がん作用を有する。式(I)及び式(II)に示されるルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩は、治療が難しいトリプルネガティブ乳がんに優れた抗がん効果を示し、今後の乳がん治療に貢献し得る。また、式(I)及び式(II)に示されるルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩は、EGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺がん(non-small cell lung carcinoma:NSCLC)患者に対してすぐれた抗腫瘍効果を示し、今後の肺がん治療に貢献し得る。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、実施例1の中間体[Ru(47dpphen)Cl]のH-NMRスペクトル(400MHz,DMSO-d,298K)を示す。
図2図2は、実施例1で得られた[Ru(47dpphen)(5dmbpy)](PF(以下、HRM-19ともいう)のH-NMRスペクトル(400MHz,DMSO-d,298K)を示す。
図3図3は、実施例1で得られた[Ru(47dpphen)(5dmbpy)](PF(HRM-19)のESI-MSスペクトル(溶媒:CHCN)を示す。A:実測値、Bの上:実測値、Bの下:理論値
図4図4は、実施例2で得られた[Ru(47dpphen)(4dmbpy)](PF(以下、HRM-18ともいう)のH-NMRスペクトル(400MHz,DMSO-d,298K)を示す。
図5図5は、実施例2で得られた[Ru(47dpphen)(4dmbpy)](PF(HRM-18)のESI-MSスペクトル(溶媒:CHCN)を示す。A:実測値、Bの上:実測値、Bの下:理論値
図6図6は、比較例で得られた[Ru(47dpphen)(bpy)](PF(以下、HRM-17ともいう)のESI-MSスペクトル(溶媒:CHCN)を示す。A:実測値、Bの上:実測値、Bの下:理論値
図7図7は、本発明におけるルテニウム錯体添加後のヒト由来がん細胞株の細胞生存率を示すグラフである。
図8図8は、本発明におけるルテニウム錯体添加後のトリプルネガティブ乳がん細胞株MDA-MB-231の細胞周期解析結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
式(I)に示されるルテニウム錯体は、4,7-ジフェニル-1,10-フェナントロリン(47dpphen)と5,5’-ジメチル-2,2’-ビピリジン(5dmbpy)を配位子とするルテニウム錯体である。本明細書において、式(I)に示されるルテニウム錯体を[Ru(47dpphen)(5dmbpy)]2+とも表す。本発明のがん治療用組成物は、式(I)に示されるルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩を有効成分として含有する。
【0011】
本発明のがん治療用組成物は、式(II)に示されるルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩を有効成分として含有する。式(II)に示されるルテニウム錯体は、4,7-ジフェニル-1,10-フェナントロリン(47dpphen)と4,4’-ジメチル-2,2’-ビピリジン(4dmbpy)を配位子とするルテニウム錯体である。本明細書において、式(II)に示されるルテニウム錯体を[Ru(47dpphen)(4dmbpy)]2+とも表す。
【0012】
本明細書において、本発明におけるルテニウム錯体とは、式(I)又は式(II)で示されるルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩を意味する。
【0013】
本発明におけるルテニウム錯体は、遊離の形態(ジカチオンの形態)と塩の形態を含む。
【0014】
前記薬学的に許容される塩としては、例えば、ヘキサフルオロリン酸塩、塩化物塩、臭化物塩、ヨウ化物塩、硫酸塩、硝酸塩、リン酸塩、ギ酸塩、酢酸塩、プロピオン酸塩、フマル酸塩、シュウ酸塩、マロン酸塩、コハク酸塩、メタンスルホン酸塩、エタンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、トルエンスルホン酸塩、マレイン酸塩、二マレイン酸塩、乳酸塩、リンゴ酸塩、酒石酸塩、クエン酸塩、パモ酸塩、トリフルオロ酢酸塩、過塩素酸塩、テトラフルオロホウ酸塩、テトラフェニルホウ酸塩等が挙げられる。好ましい塩としては、ヘキサフルオロリン酸塩、塩化物塩、過塩素酸塩、及びテトラフルオロホウ酸塩が挙げられる。
【0015】
本明細書において、式(I)に示されるルテニウム錯体のヘキサフルオロリン酸塩([Ru(47dpphen)(5dmbpy)](PF)を、HRM-19ともいう。また、本明細書において式(II)で示されるルテニウム錯体のヘキサフルオロリン酸塩([Ru(47dpphen)(4dmbpy)](PF)を、HRM-18ともいう。
【0016】
本発明におけるルテニウム錯体には、それらの溶媒和物あるいは水和物、共結晶等をいずれも含む。
【0017】
本発明におけるルテニウム錯体は、複数の立体異性体(デルタ体、ラムダ体)として存在し得るが、これらの内のいずれか1個の立体異性体及びそれら混合物をいずれも包含する。
【0018】
本発明におけるルテニウム錯体は同位元素(例えばH、H、13C、14C、15N、18F、32P等)等で標識された化合物及び重水素変換体を包含する。
【0019】
本発明におけるルテニウム錯体の製造方法は、特に限定されるものではなく公知の方法で製造することができ、例えば、特許第3750011号公報に記載の方法に従って製造することができる。
【0020】
本発明におけるルテニウム錯体は、がんの治療に用いられ得る。がんの治療には、腫瘍成長抑制、腫瘍の縮小、腫瘍の大きさの維持、がんの再発抑制、転移抑制、症状の緩和及び寛解、症状の増悪速度の低下、及び他のがん治療の効果増強等が含まれる。
【0021】
乳がんは乳腺に発生するがんであるが、現在はサブタイプごとに治療方針が決められている。サブタイプは、エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体を含むホルモン受容体の陽性/陰性、細胞の増殖等に関係しているタンパク質HER2(human epidermal growth factor receptor type2、ヒト上皮成長因子受容体2)の陽性/陰性により分類される。例えば、ホルモン受容体陽性・HER2陽性乳がん、ホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がん、ホルモン受容体陰性・HER2陽性乳がん、トリプルネガティブ乳がん(ER(エストロゲン受容体)、PgR(プロゲステロン受容体)及びHER2のすべてが陰性)に分類される。
【0022】
肺がんは、小細胞肺がんと非小細胞肺がんに分けられ、非小細胞肺がんには、腺がん、扁平上皮がん、大細胞がん等の組織型の肺がんが含まれる。非小細胞肺がんでは、EGFR遺伝子、ALK遺伝子、ROS1遺伝子等の変異を、生検で採取した組織や胸水などに含まれるがん細胞について検査し、遺伝子変異陽性であれば、変異遺伝子に応じた治療が行われることが多い。EGFR(上皮成長因子受容体)遺伝子変異陽性肺がんには、ゲフィチニブ、エルロチニブ等のチロシンキナーゼ阻害剤が標準治療となっているが、1年から2年で薬剤耐性を獲得して効かなくなってしまうことが問題となっている。
【0023】
式(I)で示されるルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩は、種々のがんの治療に用いられ得る。乳がん、肺がん、大腸がん、子宮頸がん、神経芽腫、及び白血病の治療に好適に用いられ得る。乳がん、肺癌、及び神経芽腫に、より好適に用いられ得る。
【0024】
式(I)で示されるルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩は、ホルモン受容体陰性乳がんに、より好適に用いられ得、さらに好適には、ホルモン受容体陰性・HER2陽性乳がん及びトリプルネガティブ乳がんに用いられ得る。
【0025】
式(I)で示されるルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩は、EGFR(上皮成長因子受容体)遺伝子変異陽性肺がんに、より好適に用いられ得る。
【0026】
式(II)で示されるルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩は、乳がん、肺がん、及び白血病からなる群から選択される少なくとも1種のがんの治療に用いられ得る。乳がん及び肺癌に、より好適に用いられ得る。
【0027】
式(II)で示されるルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩は、ホルモン受容体陰性乳がんに、より好適に用いられ得、さらに好適には、トリプルネガティブ乳がん及びホルモン受容体陰性・HER2陽性乳がんに用いられ得る。
【0028】
式(II)で示されるルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩は、EGFR(上皮成長因子受容体)遺伝子変異陽性肺がんに、より好適に用いられ得る。
【0029】
本発明の組成物は、光線力学療法(PDT)に用いることができる。
【0030】
本発明の組成物による治療は単独の治療とすることができるが、他のがん治療と並行して進めることもできる。他のがん治療としては、がんの治療として使用されているものであれば制限はない。例えば、手術療法(例えば、切除・摘出術)、化学療法及び放射線療法等が挙げられる。本発明の組成物による治療を他のがん治療と組み合わせることにより、がん治療の効果を増強することができる。
【0031】
本発明の組成物は、有効成分として他の抗がん剤を含有していてもよい。
【0032】
本発明の組成物は、本発明におけるルテニウム錯体と、医薬的に許容される担体を含むことができる。その様な担体としては、賦形剤(例えば、マンニトール、ソルビトールの如き糖誘導体;トウモロコシデンプン、バレイショデンプンの如きデンプン誘導体;又は、結晶セルロースの如きセルロース誘導体等)、滑沢剤(例えば、ステアリン酸マグネシウムの如きステアリン酸金属塩;又はタルク等)、結合剤(例えば、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、又はポリビニルピロリドン等)、崩壊剤(例えば、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウムの如きセルロース誘導体等)、水、防腐剤(例えば、メチルパラベン、プロピルパラベンの如きパラオキシ安息香酸エステル類;又はクロロブタノール、ベンジルアルコールの如きアルコール類等)、pH調整剤(例えば、塩酸、硫酸又はリン酸等の無機酸、酢酸、コハク酸、フマル酸又はリンゴ酸等の有機酸、あるいはこれらの塩等)、ならびに希釈剤(例えば、注射用水等)等の通常使用される医薬製剤用担体を、単独又は2種以上を混合して配合することができる。本発明の組成物には有効成分を水に溶解させた液剤を含む。
【0033】
本発明におけるルテニウム錯体は、必要に応じて上記の担体と混合した後、錠剤、顆粒剤、カプセル剤、粉末剤、坐剤、液剤、懸濁液製剤、もしくは乳化液剤等の剤形に製剤化することができる。また、本発明におけるルテニウム錯体は、経口、経静脈、経動脈、経皮、経粘膜等の投与経路で投与することができる。
【0034】
本発明におけるルテニウム錯体は、上記の剤形に製剤化した後、それを必要とする対象に投与される。
【0035】
本発明の組成物を投与する対象としては、任意の哺乳動物を挙げることができ、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類;ウサギ等のウサギ目;ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の有蹄目;イヌ、ネコ等の食肉目;ヒト、サル、アカゲザル、カニクイザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジー等の霊長類が挙げられる。哺乳動物は、好ましくは霊長類であり、さらに好ましくはヒトである。
【0036】
本発明におけるルテニウム錯体の投与量及び投与回数は、症状の重篤度、投与対象の年齢、体重、性別、剤形、投与経路等の条件によって適宜変化し得る。ヒトに投与する場合、1回の投与量は有効成分として、例えば0.001-100mg、0.01-10mg、0.1-1mgであり得る。投与回数は、1日当たり1回又は複数回、又は数日もしくは数週間に1回であってもよい。
【0037】
以下に、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例0038】
<実施例1>
[Ru(47dpphen)(5dmbpy)](PFの合成
【0039】
1.[Ru(47dpphen)Cl]の合成
【0040】
200mLナスフラスコに、RuCl・nHO 196.0mg、4,7-ジフェニル-1,10-フェナントロリン(47dpphen)501.3mg、LiCl 224.5mg、及び溶媒としてDMF 15mLを加え、Ar雰囲気下、140℃で24時間加熱還流した。還流後、室温まで放冷し、アセトン150mLを加えて冷蔵庫で一晩静置し、沈殿を析出させた。得られた固体を吸引ろ過し、蒸留水とジエチルエーテルで交互に洗浄した。収量は374.8mg、収率は47.4%であった。
【0041】
【化3】
【0042】
H-NMRスペクトルにより[Ru(47dpphen)Cl]を同定した。H-NMRスペクトル(400MHz,DMSO-d,298K)を図1に示し、解析結果を以下に示す。
【0043】
δ10.45(d,1H,J=8.0Hz),8.25(m,2H),8.07(t,2H,J=12Hz),7.86(d,2H,J=8.0Hz),7.74(t,2H,J=12Hz),7.67(d,1H,J=8.0Hz),7.56(d,5H,J=4.0Hz),7.41(d,1H,J=8.0Hz).
【0044】
2.[Ru(47dpphen)(5dmbpy)](PFの合成
【0045】
[Ru(47dpphen)Cl]49.1mg、5,5’-ジメチル-2,2’-ビピリジン(5dmbpy)12.2mgに、エチレングリコール5mLを加え、Ar脱気後、250℃、3分マイクロウェーブ照射により合成を行った。室温まで放冷後、NaPF 193.7mgを溶解した水溶液を加えて一晩静置した。析出した固体をろ過し、水/エーテルで洗った後、真空乾燥した。その後、アセトン/エーテルにより再結晶を行った。収量は40.3mg、収率は55.3%であった。
【0046】
【化4】
【0047】
H-NMRスペクトルとESI-MSスペクトルにより[Ru(47dpphen)(5dmbpy)](PFを同定した。H-NMRスペクトル(400MHz,DMSO-d,298K)を図2に示し、解析結果を以下に示す。
【0048】
δ8.79(d,1H,J=8.0Hz),8.30(d,1H,J=8.0Hz),8.26(d,3H,J=8.0Hz),8.15(d,1H,J=8.0Hz),7.96(d,1H,J=8.0Hz),7.71(m,12H),2.51(s,3H).
【0049】
ESI-MSスペクトル(溶媒:CHCN)の結果、化学式C6044Ruの2価カチオンである[M]2+ 475.1338と、ルテニウムの同位体分布に一致するマスピークが観測されたことから、目的物を確認した(図3)。
【0050】
<実施例2>
[Ru(47dpphen)(4dmbpy)](PFの合成
【0051】
実施例1で中間体として得られた[Ru(47dpphen)Cl]49.8mg、4,4’-ジメチル-2,2’-ビピリジン(4dmbpy)11.5mgに、エチレングリコール5mLを加え、Ar脱気後、250℃、3分マイクロウェーブ照射により合成を行った。室温まで放冷後、NaPF 174.2mgを溶解した水溶液を加えて一晩静置した。析出した固体をろ過し、水/エーテルで洗った後、真空乾燥した。その後、アセトン/エーテルにより再結晶を3回行った。収量は30.9mg、収率は41.9%であった。
【0052】
【化5】
【0053】
H-NMRスペクトルとESI-MSスペクトルにより[Ru(47dpphen)(4dmbpy)](PFを同定した。H-NMRスペクトル(400MHz,DMSO-d,298K)を図4に示し、解析結果を以下に示す。
【0054】
δ8.81(s,1H),8.34(d,1H,J=8.0Hz),8.26(d,2H,J=8.0Hz),8.22(d,1H,J=4.0Hz),7.95(dd,1H,J=4.0Hz),7.68(m,12H),7.35(d,1H,J=4.0Hz),2.51(dd,3H,J=8.0Hz)
【0055】
ESI-MSスペクトル(溶媒:CHCN)の結果、化学式C6044Ruの2価カチオンである[M]2+ 475.1338と、ルテニウムの同位体分布に一致するマスピークが観測されたことから、目的物を確認した(図5)。
【0056】
<比較例>
[Ru(47dpphen)(bpy)](PFの合成
【0057】
実施例1で中間体として得られた[Ru(47dpphen)Cl]49.3mg、2,2’-ビピリジン(bpy)10.1mgに、エチレングリコール5mLを加え、Ar脱気後、250℃、2分マイクロウェーブ照射により合成を行った。室温まで放冷後、NaPF 187.9mgを溶解した水溶液を加えて一晩静置した。析出した固体をろ過し、水/エーテルで洗った後、真空乾燥した。その後、アセトン/エーテルにより再結晶を3回行った。収量は28.6mg、収率は40.0%であった。
【0058】
【化6】
【0059】
ESI-MSスペクトル(溶媒:CHCN)の結果、化学式C5840Ruの2価カチオンである[M]2+ 461.1181と、ルテニウムの同位体分布に一致するマスピークが観測されたことから、目的物を確認した(図6)。
【0060】
<試験例>
実施例で得られたルテニウム錯体の抗がん活性の評価
【0061】
試験に用いた薬剤を以下に示す。
HRM-19:[Ru(47dpphen)(5dmbpy)](PF:実施例1で合成
HRM-18:[Ru(47dpphen)(4dmbpy)](PF:実施例2で合成
HRM-17:[Ru(47dpphen)(bpy)](PF:比較例で合成
カルボプラチン(CBDCA):TCIより入手
【0062】
試験に用いたヒト由来がん細胞株を以下に示す。PC-9は、東北大学加齢医学研究所細胞バンクより入手し、その他の細胞はATCCより入手した。
A549:肺がん細胞株
PC-9:肺がん細胞株(EGFR遺伝子変異陽性肺がん細胞株)
MDA-MB-231:乳がん細胞株(トリプルネガティブ乳がん細胞株)
SKBR-3:乳がん細胞株(ホルモン受容体陰性、HER2陽性乳がん細胞株)
HCT116:大腸がん細胞株
Hela:子宮頸がん細胞株
SHSY5Y:神経芽腫細胞株
Jurkat:血液がん細胞株(ヒトT細胞性白血病由来)
【0063】
<試験例1>
ヒト由来がん細胞株の細胞生存率
【0064】
肺がん細胞株(A549及びPC-9)、乳がん細胞株(MDA-MB-231及びSKBR-3)、大腸がん細胞株(HCT116)、子宮頸がん細胞株(Hela)並びに神経芽腫細胞株(SHSY5Y)をDMEM培地(10% Fetal Bovine Serum,0.1% Penicillin-Streptomycin)(nacalai tesuque)で10cmシャーレにて80%の細胞密度になるまで37℃、5%CO下でのインキュベーターで培養した。培養した細胞を0.25% trypsin-EDTA(nacalai tesuque)溶液で剥離し、DMEM培地に懸濁後、1000rpmで5分間遠心した。遠心した細胞から培地を取り出し、再びDMEM培地にて懸濁後、血球計算板にて細胞数を確認後、96穴プレートに1×10cells/wellになるように播種した。96穴プレートを37℃、5%CO下で24時間培養後、各薬剤を添加した(最終濃度100μM)。薬剤添加後37℃、72時間、インキュベーター内暗所、5%CO下で培養した。その後、薬剤含むDMEM培地を取り除き、続いてCell Count Reagent SF(nacalai tesque)を含むDMEM培地(10% Fetal Bovine Serum,0.1% Penicillin-Streptomycin)を加えて3時間培養し、マイクロプレートリーダーmodel 680(測定波長450nm)(BIORAD)で生細胞数を測定した。
【0065】
血液がん細胞株(Jurkat)をRPMI1640培地(10% Fetal Bovine Serum,0.1% Penicillin-Streptomycin)(nacalai tesque)を10cmシャーレで80%の密度になるまで37℃、5%CO下でのインキュベーターで培養した。細胞浮遊液を2000rpmで10分間遠心し、上清を取り除いた後、血球計算板にて細胞数を確認後、96穴プレートに、1×10cells/wellになるように播種した。96穴プレートを37℃、5%CO下で24時間培養後、各薬剤を添加した(最終濃度100μM)。37℃、72時間、インキュベーター内暗所、5%CO下で培養後、各ウェルの培地量に対し10%になるようCell Count Reagent SF(nacalai tesque)を加え、3時間反応させた。反応後、マイクロプレートリーダーmodel 680(測定波長450nm)(BIORAD)で生細胞数を測定した。
【0066】
各ウェルの生細胞数の平均値から、細胞生存率を求めた。細胞生存率は、ネガティブコントロール(薬剤未処理細胞)の生細胞数に対する各薬剤添加の生細胞数の割合(%)で示した。結果を図7に示す。
【0067】
<試験例2>
乳がん細胞株MDA-MB-231の50%阻害濃度(IC50)
【0068】
乳がん細胞株MDA-MB-231に対する各薬剤のIC50を求めた。試験方法は、薬剤濃度(終濃度)を100μM、10μM、 1μM、 0.1μM、 0.01μMの5点で測定し、細胞増殖率が50%になった濃度を算出した。その結果を表1に示す。HRM-19及びHRM-18はトリプルネガティブ乳がんに対して優れた抗がん活性を有することが明らかになった。
【0069】
【表1】
【0070】
<試験例3>
乳がん細胞株MDA-MB-231の細胞周期解析
MDA-MB-231をDMEM培地(10% Fetal Bovine Serum,0.1% Penicillin-Streptomycin)(nacalai tesuque)で10cmシャーレにて80%の細胞密度になるまで37℃、5%CO下でのインキュベーターで培養した。培養した細胞を0.25% trypsin-EDTA(nacalai tesuque)溶液で剥離し、DMEM培地に懸濁後1000rpmで5分間遠心した。遠心した細胞から培地を取り出し、再びDMEM培地にて懸濁後、血球計算板にて細胞数を確認後、6cmシャーレに1×10cells/dishで播種した。6cmシャーレを24時間培養後、各薬剤(最終濃度10μM)を添加した。薬剤添加24時間後、15ml遠心管に上清を回収し、接着している細胞を0.25% trypsin-EDTA(nacalai tesuque)溶液で剥離して、再び上清を回収した遠心管に回収した。BD Cycletest(商標)Plus DNA Reagent Kit(BD Biosciences)の手順に従い、回収した細胞を処理した。処理した細胞を1時間以内に、LSRFortessa(商標)X-20フローサイトメーター(BD Biosciences)により測定し、BD FACSDiva(商標)ソフトウェア(BD Biosciences)により細胞周期を解析した。結果を図8に示す。
【0071】
HRM-19及びHRM-18は、細胞周期のG0/G1期の細胞を増加させ、S期及びG2/M期の細胞を減少させた。また、HRM-19及びHRM-18は、カルボプラチンとの比較においてもS期の細胞の割合を低く抑えた。HRM-19及びHRM-18がトリプルネガティブ乳がん細胞の細胞周期をG0/G1期に停止させて細胞増殖を抑制することが明らかになった。
【0072】
以上の結果より、本発明におけるルテニウム錯体又はその薬学的に許容される塩は、がんに対し高い治療効果を発揮することが明かになった。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明は、今後のがんの治療に大いに貢献する。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8