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特開2024-170103光応答性酸素吸着高分子錯体及びその製造方法、酸素濃度の調整方法、並びに酸素濃度調整装置
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  • 特開-光応答性酸素吸着高分子錯体及びその製造方法、酸素濃度の調整方法、並びに酸素濃度調整装置 図1
  • 特開-光応答性酸素吸着高分子錯体及びその製造方法、酸素濃度の調整方法、並びに酸素濃度調整装置 図2
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  • 特開-光応答性酸素吸着高分子錯体及びその製造方法、酸素濃度の調整方法、並びに酸素濃度調整装置 図10
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024170103
(43)【公開日】2024-12-06
(54)【発明の名称】光応答性酸素吸着高分子錯体及びその製造方法、酸素濃度の調整方法、並びに酸素濃度調整装置
(51)【国際特許分類】
   C08F 220/34 20060101AFI20241129BHJP
   C08F 212/14 20060101ALI20241129BHJP
   B01J 20/26 20060101ALI20241129BHJP
   B01J 20/30 20060101ALI20241129BHJP
   C01B 13/02 20060101ALI20241129BHJP
【FI】
C08F220/34
C08F212/14
B01J20/26 A
B01J20/30
C01B13/02 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023087077
(22)【出願日】2023-05-26
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】800000068
【氏名又は名称】学校法人東京電機大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100092624
【弁理士】
【氏名又は名称】鶴田 準一
(74)【代理人】
【識別番号】100147555
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 公一
(74)【代理人】
【識別番号】100123593
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 宣夫
(74)【代理人】
【識別番号】100133835
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 努
(72)【発明者】
【氏名】大橋 良央
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 隆之
【テーマコード(参考)】
4G042
4G066
4J100
【Fターム(参考)】
4G042BA16
4G042BA21
4G042BB02
4G042BC06
4G066AB07A
4G066AB10A
4G066AB13A
4G066AC17B
4G066AC33B
4G066AE20B
4G066BA03
4G066BA20
4G066BA36
4G066CA37
4G066DA03
4G066FA07
4G066FA25
4J100AB07Q
4J100AL04P
4J100AL08Q
4J100AL08R
4J100BA15R
4J100BA31Q
4J100BA45Q
4J100BC43Q
4J100BC65R
4J100CA05
4J100DA61
4J100JA15
(57)【要約】
【課題】本開示は、酸素を吸着した状態を長時間保持することができ、かつ光の照射によって酸素を容易に脱離させることができる高分子錯体を提供することを目的とする。
【解決手段】本開示の光応答性酸素吸着高分子錯体は、窒素含有塩基構造部分及び光応答性構造部分を有し、かつ窒素含有塩基構造部分にサルコミン類が配位している。ここで、光応答性構造部分は、ジメチルアミノアゾベンゼン構造を有し、かつジメチルアミノアゾベンゼン構造は、ジメチルアミノ基側のベンゼンの両方のオルト位に電子供与基を有する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒素含有塩基構造部分及び光応答性構造部分を有し、かつ前記窒素含有塩基構造部分にサルコミン類が配位しており、
前記光応答性構造部分が、ジメチルアミノアゾベンゼン構造を有し、かつ
前記ジメチルアミノアゾベンゼン構造が、ジメチルアミノ基側のベンゼンの両方のオルト位に電子供与基を有する、
光応答性酸素吸着高分子錯体。
【請求項2】
前記電子供与基がアルキル基である、請求項1に記載の高分子錯体。
【請求項3】
前記アルキル基がメチル基である、請求項2に記載の高分子錯体。
【請求項4】
前記窒素含有塩基構造部分が、ピリジン構造を有する、請求項1に記載の高分子錯体。
【請求項5】
分岐アルキル基構造部分を更に有する、請求項1に記載の高分子錯体。
【請求項6】
窒素含有塩基構造部分を有するエチレン性不飽和基含有モノマー、及び光応答性構造部分を有するエチレン性不飽和基含有モノマーを共重合させ、そして
前記窒素含有塩基構造部分にサルコミン類を配位結合させること
を含む、請求項1~5のいずれか一項に記載の光応答性酸素吸着高分子錯体の製造方法。
【請求項7】
請求項1~5のいずれか一項に記載の前記高分子錯体に対して、
異なる2種類の波長の光を照射することにより酸素の吸着と脱離を制御する、
酸素濃度の調整方法。
【請求項8】
請求項1~5のいずれか一項に記載の前記高分子錯体を有する、酸素濃度調整装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、光応答性酸素吸着高分子錯体及びその製造方法、酸素濃度の調整方法、並びに酸素濃度調整装置に関する。
【背景技術】
【0002】
燃焼効率の改善等のために、酸素を富化した空気(酸素富化空気)を得ることが求められている。これに関して様々な技術が知られており、例えば圧力スイング吸着法、温度スイング吸着法、深冷分離法、酸素富化膜法等の酸素富化法が知られている。
【0003】
また、近年、これらの方法に加えて、酸素分子を可逆的に脱着できる酸素運搬体を用いる酸素富化法も検討されている。
【0004】
例えば、特許文献1は、光照射により可逆的に分子構造の異性化を示す光応答性化合物、軸塩基性配位子の有無により可逆的に酸素分子の吸着及び脱離の転移を示すサルコミン類、及び前記光応答性化合物及びその異性化したもののいずれか一方のみと相互作用でき、かつ軸塩基性配位子として前記サルコミン類と配位結合できる窒素含有塩基化合物の三成分を含有することを特徴とする光応答性酸素吸着材料を開示している。
【0005】
非特許文献1は、酸素の吸着を担うサルコミンと、サルコミンへの配位を担うピリジン構造と、光により異性化(サルコミン類の酸素親和性の変化)を起こすジメチルアミノアゾベンゼン構造を有する高分子錯体を開示している。非特許文献1では、短波長の光を照射することで、ジメチルアミノアゾベンゼン構造を、サルコミン類の酸素親和性を低くするE体から、サルコミン類の酸素親和性を高くするZ体へ異性化させることができ、また、長波長の光を照射することで、ジメチルアミノアゾベンゼン構造をZ体からE体へ異性化させることができ、したがって光の照射により酸素の吸着及び脱離を制御できることが示されている。
【0006】
非特許文献2は、非特許文献1と同様な構造を有する高分子錯体を開示している。ここで、この非特許文献2の高分子錯体は、ジメチルアミノアゾベンゼン構造の主鎖側のベンゼンのオルト位にメチル基を0~2個有する。非特許文献2では、短波長の光を照射することで、ジメチルアミノアゾベンゼン構造をE体からZ体へ異性化させることができ、また、長波長の光を照射することで、ジメチルアミノアゾベンゼン構造をZ体からE体へ異性化させることができ、したがって光の照射により酸素の吸着と脱離を制御できることが示されている。また、この非特許文献2では、高分子錯体が、ジメチルアミノアゾベンゼン構造の主鎖側のベンゼンのオルト位にメチル基を2個有することによって、メチル基の立体障害により、時間の経過に伴うZ体からE体への異性化が遅く、酸素を吸着した状態を長時間保持できることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006-312153号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】坂入香菜ら“高分子サルコミン錯体の光可逆的酸素結合の分光学的評価” 日本化学会第98春季年会(2018)
【非特許文献2】並木拓海ら“光照射で吸着した酸素を脱離放出する高分子コバルト錯体膜の作製と光レスポンスの評価” 第29回ポリマー材料フォーラム(2020)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
非特許文献2の高分子錯体によれば、時間の経過に伴うZ体からE体への異性化が遅く、酸素を吸着した状態を長時間保持できる。他方で、本件開示者等は、非特許文献2の高分子錯体では、長波長の光を照射することによりZ体からE体へ異性化させることが困難であるため、酸素を脱離したいタイミングで脱離させることが難しいことがあることを見いだした。
【0010】
したがって、本開示は、酸素を吸着した状態を長時間保持することができ、かつ光の照射によって酸素を容易に脱離させることができる光応答性酸素吸着材料を提供することを目的とする。また、本開示は、光応答性酸素吸着材料の製造方法、酸素濃度の調整方法及び酸素濃度調整装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本件開示者らは、以下の手段により、上記課題を解決できることを見出した。
【0012】
〈態様1〉
窒素含有塩基構造部分及び光応答性構造部分を有し、かつ前記窒素含有塩基構造部分にサルコミン類が配位しており 、
前記光応答性構造部分が、ジメチルアミノアゾベンゼン構造を有し、かつ
前記ジメチルアミノアゾベンゼン構造が、ジメチルアミノ基側のベンゼンの両方のオルト位に電子供与基を有する、
光応答性酸素吸着高分子錯体。
〈態様2〉
前記電子供与基がアルキル基である、態様1に記載の高分子錯体。
〈態様3〉
前記アルキル基がメチル基である、態様2に記載の高分子錯体。
〈態様4〉
前記窒素含有塩基構造部分が、ピリジン構造を有する、態様1~3のいずれか一項に記載の高分子錯体。
〈態様5〉
分岐アルキル基構造部分を更に有する、態様1~4のいずれか一項に記載の高分子錯体。
〈態様6〉
窒素含有塩基構造部分を有するエチレン性不飽和基含有モノマー、及び光応答性構造部分を有するエチレン性不飽和基含有モノマーを共重合させ、そして
前記窒素含有塩基構造部分にサルコミン類を配位結合させること
を含む、態様1~5のいずれか一項に記載の光応答性酸素吸着高分子錯体の製造方法。
〈態様7〉
態様1~5のいずれか一項に記載の前記高分子錯体に対して、
異なる2種類の波長の光を照射することにより酸素の吸着と脱離を制御する、
酸素濃度の調整方法。
〈態様8〉
態様1~5のいずれか一項に記載の前記高分子錯体を有する、酸素濃度調整装置。
【発明の効果】
【0013】
本開示によれば、酸素を吸着した状態を長時間保持することができ、かつ光の照射によって酸素を容易に脱離させることができる光応答性酸素吸着高分子錯体を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、光の照射による光応答性高分子錯体の異性化を示す図である。
図2図2は、熱異性化の速度が遅い成分の割合を示すグラフである。
図3図3は、一次反応の反応速度式を用いて得られた比較例A-1の解析結果を示すグラフである。
図4図4は、一次反応の反応速度式を用いて得られた比較例A-2の解析結果を示すグラフである。
図5図5は、一次反応の反応速度式を用いて得られた比較例A-3の解析結果を示すグラフである。
図6図6は、一次反応の反応速度式を用いて得られた比較例B-1の解析結果を示すグラフである。
図7図7は、一次反応の反応速度式を用いて得られた実施例C-1の解析結果を示すグラフである。
図8図8は、一次反応の反応速度式を用いて得られた実施例C-2の解析結果を示すグラフである。
図9図9は、一次反応の反応速度式を用いて得られた実施例C-3の解析結果を示すグラフである。
図10図10は、一次反応の反応速度式を用いて得られた比較例D-1の解析結果を示すグラフである。
図11図11は、一次反応の反応速度式を用いて得られた比較例D-2の解析結果を示すグラフである。
図12図12は、実施例及び比較例の各高分子錯体膜の熱異性化の遅い成分の割合と熱異性化の速度定数との関係、及び光異性化の進行度合いを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本開示の実施形態について詳細に説明する。なお、本開示は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本開示の要旨の範囲内で種々変形して実施できる。
【0016】
本開示の光応答性酸素吸着高分子錯体は、窒素含有塩基構造部分及び光応答性構造部分を有し、かつ窒素含有塩基構造部分にサルコミン類が配位している。ここで、光応答性構造部分は、ジメチルアミノアゾベンゼン構造を有し、かつジメチルアミノアゾベンゼン構造は、ジメチルアミノ基側のベンゼンの両方のオルト位に電子供与基を有する。
【0017】
特許文献1、並びに非特許文献1及び2に記載のように、サルコミン類の金属中心であるコバルトにピリジン等の軸塩基性配位子が配位すると、コバルトの残りの配位座に酸素分子を吸着することが可能になる。これに関して、サルコミン類に対する酸素分子の吸着力は、周囲の極性に影響される。
【0018】
具体的には、非特許文献1及び2、並びに図1に示すように、高分子錯体において、ジメチルアミノアゾベンゼン構造は、光の照射により異性化し、それに伴い、サルコミン類の周囲の極性が変化する。この際、非特許文献2では、ジメチルアミノアゾベンゼン構造の主鎖側のベンゼンのオルト位にメチル基を2個有することによって、メチル基の立体障害により、時間の経過に伴うZ体からE体への異性化が遅く、酸素を吸着した状態を長時間保持できることが示されている。他方で、本件開示者等は、非特許文献2の高分子錯体では、長波長の光を照射することによりZ体からE体へ異性化させることが困難であるため、酸素を脱離したいタイミングで脱離させることが難しいことがあることを見いだした。
【0019】
これに対して、本開示の光応答性酸素吸着材料は、酸素を吸着した状態を長時間保持することができ、かつ光の照射によって酸素を容易に脱離させることができる。
【0020】
何らの論理に束縛されることを意図しないが、本開示者等は、光の照射によって、光応答性酸素吸着材料から酸素を脱離させることが困難となる原因の1つが、光応答性酸素吸着材料の電子状態や光の吸収特性の変化にあると考えた。具体的には、メチル基等のアルキル基は電子供与基であり、これが置換されることによりベンゼンの電子密度が低下するため、電子供与基がジメチルアミノアゾベンゼン構造のいずれのベンゼンに置換されるかで光応答性酸素吸着材料の電子状態や光の吸収特性は変化するものと考えられる。ここで、非特許文献2に示されるようにジメチルアミノアゾベンゼン構造が主鎖側のベンゼンの両方のオルト位にメチル基のような電子供与基を有する場合、Z体における長波長の光の吸光度が低下し、それによって長波長の光の照射によるZ体からE体への異性化が容易には進行しないものと考えられる。
【0021】
これに対して、本開示の高分子錯体のように、ジメチルアミノアゾベンゼン構造がジメチルアミノ基側のベンゼンの両方のオルト位に電子供与基を有する場合、電子供与基の立体障害によって、時間の経過に伴うZ体からE体への異性化が遅く、酸素を吸着した状態を長時間保持できる一方で、Z体における長波長の光の吸光度が低下せず、したがって光の照射により効率的にZ体からE体への異性化が進行すると考えられる。
【0022】
以下、本開示を詳細に説明する。
【0023】
《光応答性酸素吸着高分子錯体》
本開示の高分子錯体は、窒素含有塩基化合物構造部分、及び光応答性化合物構造部分を有し、かつ窒素含有塩基構造部分にサルコミン類が配位している。
【0024】
〈サルコミン類〉
サルコミン類とは、サルコミン又はその誘導体のことを意味する。サルコミン類は、軸塩基性配位子の有無により、可逆的に酸素分子の吸着及び脱離の転移を示す。サルコミンの誘導体としては、フルオミン、すなわちN,N’-ビス(3-フルオロサリチリデン)-エチレンジアミノコバルトや、2つのベンゼン環の3位、4位、5位、又は6位の水素がアルキル基、アルコキシ基、ニトロ基、カルボキシル基、β-カルボキシエチル基、クロロ基、アリル基、及びヒドロキシル基等で置換された化合物を用いることができる。特にサルコミンが好適に用いられる。
【0025】
〈窒素含有塩基構造部分〉
窒素含有塩基構造部分とは、窒素含有塩基を含む構造部分である。
【0026】
窒素含有塩基としては、ピリジン基、イミダゾール基、ヒスチジン基、プリン基、及びそれらの誘導体等の窒素含有ヘテロ環基、炭素環式アミン基、エチルアミン基、ブチルアミン基等の脂肪族アミン基等が挙げられる。また、窒素含有塩基は、部分4級化ポリ(4-ビニルイミダゾール)基、ポリ(L-リジン)基等のように高分子化されていてもよい。窒素含有塩基は、好ましくは、窒素含有ヘテロ環基であり、特にピリジン基及びその誘導体が好ましい。窒素含有塩基は例えば、イソニコチノイルエチル基であってよい。
【0027】
本開示の高分子錯体では、窒素含有塩基構造部分にサルコミン類が配位結合されている。例えば下記のように、窒素含有塩基構造部分としてのピリジン構造に、サルコミン類としてのサルコミンが配位結合されている。
【0028】
【化1】
【0029】
〈光応答性構造部分〉
光応答性構造部分とは、光応答性基を含む構造部分である。光応答性構造部分は、ジメチルアミノアゾベンゼン構造を有し、かつこのジメチルアミノアゾベンゼン構造が、下記に示すように、ジメチルアミノ基側のベンゼンの両方のオルト位に電子供与基を有する。
【0030】
【化2】
【0031】
本開示において、光応答性基とは、光の照射によってその化合物中の構造が変化(構造異性化)する基をいう。ジメチルアミノアゾベンゼン構造は、本開示の酸素吸着材料の特性を制限しない範囲内で、上記オルト位以外の位置にさらに置換基が導入されてもよい。
【0032】
(電子供与基)
電子供与基としては、電子供与性を示す置換基であれば特に限定されないが、例えば、アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基、アセチル基、及びアミノ基等が挙げられ、特にアルキル基が好ましい。
【0033】
アルキル基としては、電子供与性を示す限り直鎖状であっても分岐鎖状であってもよく、例えば、メチル基、エチル基、及びプロピル基等が挙げられ、特にメチル基が好ましい。
【0034】
〈他の構造部分〉
本開示の光応答性酸素吸着高分子錯体は、光応答性酸素吸着性能を維持できる範囲で、窒素含有塩基構造部分及び光応答性構造部分以外の任意の他の構造部分を有することができる。このような構造部分は、得られる高分子錯体の成形性、光応答性、及び強度等の観点から選択することができる。
【0035】
例えば、本開示の光応答性酸素吸着高分子錯体は、成形性、光透過性、及び酸素拡散性等を改善するために、分岐アルキル基構造部分を更に有していてもよい。分岐アルキル基構造部分としては、窒素含有塩基構造部分及び光応答性構造部分と重合して高分子を形成できるものであれば特に限定されない。分岐アルキル基構造部分は例えば、エチルヘキシル基が好ましい。
【0036】
〈その他〉
本開示の高分子錯体は任意の形態で用いることができ、特に酸素との接触及び光の照射を促進するためには、膜状の形態で用いることができる。この場合の膜の厚さは、特に限定されないが、通常は10~100μm程度の範囲が好ましい。膜の厚さが上記範囲内であることは、成膜性及び酸素拡散性の観点から好ましい。
【0037】
本開示の高分子錯体は、光応答性酸素吸着性を維持する範囲で、任意の他の材料と組み合わせて用いることができ、例えば、成膜性、加工性等の観点から、可とう剤、光増感剤等の添加物を適宜添加してもよい。また、本開示の高分子錯体は、光応答性酸素吸着性を維持する範囲で、他の高分子とブレンドして用いることができ、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ(メタ)アクリレート、ポリアルキル(メタ)アクリレート、ポリエチレンテレフタレート、ポリカーボネイト、酢酸ビニル、特にポリアルキルメタクリレートとブレンドして用いることができる。
【0038】
《光応答性酸素吸着高分子錯体の製造方法》
光応答性酸素吸着高分子錯体を製造する本開示の方法は、窒素含有塩基構造部分を有するエチレン性不飽和基含有モノマー、及び光応答性構造部分を有するエチレン性不飽和基含有モノマーを共重合させ、そして窒素含有塩基構造部分にサルコミン類を配位結合させることを含む。エチレン性不飽和基としては、ラジカル重合することができるものであれば特に制限はなく、例えば、(メタ)アクリロイル基、ビニル基等が挙げられる。なお、本開示に関して、「(メタ)アクリロイル基」は、「アクリロイル基」、「メタクリロイル基」又はそれらの組み合わせを意味する。
【0039】
窒素含有塩基構造部分及び光応答性構造部分以外の他の構造部分を高分子錯体に含ませる場合、この他の構造部分に対応するエチレン性不飽和基含有モノマーを更に共重合させることができる。したがって、例えば、分岐アルキル基構造部分を光応答性酸素吸着高分子錯体に含ませる場合、対応する分岐アルキル基構造部分を有するエチレン性不飽和基含有モノマーを、他のモノマーと共重合させ、そして窒素含有塩基構造部分にサルコミン類を配位結合させることができる。
【0040】
サルコミン類を配位結合させる際に使用する溶媒は、高分子錯体とサルコミン類を溶解できるものから適宜選択され、ジクロロメタン等が例示される。
【0041】
高分子錯体を成膜する場合、成膜方法としては、高分子錯体膜を形成できる方法であれば特に限定されないが、溶媒キャスト法が例示される。
【0042】
《酸素濃度の調整方法》
酸素濃度を調整する本開示の方法は、本開示の高分子錯体に対して、異なる2種類の波長の光を照射することにより酸素の吸着と脱離を制御することを含む。具体的には、短波長の光を照射することで、ジメチルアミノアゾベンゼン構造を、サルコミン類の酸素親和性が低いE体から、サルコミン類の酸素親和性が高いZ体へ異性化させ、また、長波長の光を照射することで、ジメチルアミノアゾベンゼン構造をZ体からE体へ異性化させる。
【0043】
ここで、この方法で用いる「短波長の光」は例えば、300nm以上500nm未満の波長の光、特に350nm以上450nm未満の波長の光であってよい。また、「長波長の光」は例えば、500nm以上650nmの範囲、特に500nm以上600nm未満の波長の光の光であってよい。
【0044】
酸素濃度を調整する本開示の方法では、特に、空気中の酸素を富化させて、酸素富化空気を供給することができる。
【0045】
《酸素濃度調整装置》
本開示の酸素濃度調整装置は、本開示の高分子錯体を有する。本開示の酸素濃度調整装置は、酸素富化装置、酸素貯蔵装置、酸素除去装置及び酸素発生装置等として用いることができる。
【0046】
したがって、本開示の酸素濃度調整装置は、ジメチルアミノアゾベンゼン構造をE体からZ体へ異性化させるための短波長の光の光源、ジメチルアミノアゾベンゼン構造をZ体からE体へ異性化させるための長波長の光の光源、本開示の高分子錯体に原料ガスを供給する原料ガス供給部、酸素を富化した気体を保持する酸素富化ガス保持部、酸素を減少させた気体を保持する酸素貧化ガス保持部、又はそれらの組み合わせを随意に更に有することができる。
【0047】
以下に示す実施例を参照して本開示をさらに詳しく説明するが、本開示の範囲はこれらの実施例によって限定されるものでない。
【実施例0048】
以下の実施例及び比較例おいて使用した光応答性構造部分を有するエチレン性不飽和基含有モノマーの構造及び略号は、以下のとおりである。
【0049】
【化3】
【0050】
《高分子錯体膜の作製》
〈比較例A-1〉
比較例A-1では、光応答性構造部分を形成するために、上記のAABMA、すなわちジメチルアミノ基のベンゼンがメチル基で置換されていないジメチルアミノアゾベンゼン構造部分を有するメタクリルモノマーを用いた。
【0051】
分岐アルキル鎖構造部分を形成するためのエチルヘキシルメタクリレート、上記のAABMA、含窒素塩基構造部分を形成するためのイソニコチノイルエチルメタクリレート(PyEMA)を、エチルヘキシルメタクリレート:AABMA:PyEMA=98:1:1(モル比)となる比率で共重合させ、そしてPyEMAに対してサルコミン(CoS)がPyEMA:CoS=5:1(モル比)となるようにCoSを加えて、高分子錯体を得た。
【0052】
得られた高分子錯体を窒素雰囲気下でジクロロメタンに溶解し、そして得られた溶液を溶媒キャスト法で石英セル内に成膜して、膜厚50μmの高分子錯体膜を作製した。
【0053】
〈比較例A-2〉
AABMAをAABMeMA(ジメチルアミノ基側のベンゼンのメチル基:0個、主鎖側のベンゼンのメチル基:1個)とした以外は比較例A-1と同様にして、膜厚50μmの高分子錯体膜を作製した。
【0054】
〈比較例A-3〉
AABMAをAABMe’MA(ジメチルアミノ基側のベンゼンのメチル基:1個、主鎖側のベンゼンのメチル基:0個)とした以外は比較例A-1と同様にして、膜厚50μmの高分子錯体膜を作製した。
【0055】
〈比較例B-1〉
AABMAをAABMeMe’MA(ジメチルアミノ基側のベンゼンのメチル基:1個、主鎖側のベンゼンのメチル基:1個)とした以外は比較例A-1と同様にして、膜厚50μmの高分子錯体膜を作製した。
【0056】
〈実施例C-1〉
AABMAをAAB(Me)’MA(ジメチルアミノ基側のベンゼンのメチル基:2個、主鎖側のベンゼンのメチル基:0個)とした以外は比較例A-1と同様にして、膜厚50μmの高分子錯体膜を作製した。
【0057】
〈実施例C-2〉
AABMAをAABMe(Me)’MA(ジメチルアミノ基側のベンゼンのメチル基:2個、主鎖側のベンゼンのメチル基:1個)とした以外は比較例A-1と同様にして、膜厚50μmの高分子錯体膜を作製した。
【0058】
〈実施例C-3〉
AABMAをAAB(Me)(Me)’Vy(ジメチルアミノ基側のベンゼンのメチル基:2個、主鎖側のベンゼンのメチル基:2個)とした以外は比較例A-1と同様にして、膜厚50μmの高分子錯体膜を作製した。
【0059】
〈比較例D-1〉
AABMAをAAB(Me)MA(ジメチルアミノ基側のベンゼンのメチル基:0個、主鎖側のベンゼンのメチル基:2個)とした以外は比較例A-1と同様にして、膜厚50μmの高分子錯体膜を作製した。
【0060】
〈比較例D-2〉
AABMAをAAB(Me)Me’Vy(ジメチルアミノ基側のベンゼンのメチル基:1個、主鎖側のベンゼンのメチル基:2個)とした以外は比較例A-1と同様にして、膜厚50μmの高分子錯体膜を作製した。
【0061】
下記の表1は、各比較例及び実施例の、ジメチルアミノアゾベンゼン構造におけるメチル基の合計の数、ジメチルアミノ基側のベンゼンのオルト位のメチル基の数、及び主鎖側のベンゼンのオルト位のメチル基の数を示す。
【0062】
【表1】
【0063】
《評価》
〈酸素を吸着した状態の保持性についての評価〉
各比較例及び実施例で作製した高分子錯体膜に含まれるジメチルアミノアゾベンゼン構造をE体からZ体へと異性化させて酸素を吸着させるために、高分子錯体膜に暗所下、25℃、酸素雰囲気下にて、下記の表2に示す極大吸収波長(「E体→Z体」)の光を照射した。各高分子錯体膜の光定常状態を確認した後、それを暗所下に静置し、所定時間ごとに紫外可視吸収スペクトルの測定を行った。
【0064】
【表2】
【0065】
測定した紫外可視吸収スペクトルについて、一次反応の反応速度式を用いて任意の波長における吸光度を測定し、高分子錯体膜におけるジメチルアミノアゾベンゼン構造のZ体からE体への熱異性化(下記反応式で示す)の速度が遅い成分の割合(b/(a+b))、及び熱異性化の速度定数(k2)を解析した。
【0066】
【化4】
【0067】
具体的には、図2及び下記で示すように、吸光度の変化に関する結果から、Z体からE体への熱異性化が早い成分についての変化をa×e-k1t(aは熱異性化が早い成分の割合)で近似し、かつZ体からE体への熱異性化が遅い成分についての変化をb×e-k2t(bは熱異性化が遅い成分の割合)で近似し、それによって熱異性化が遅い成分の割合の割合(b/(a+b))及び熱異性化が遅い成分についての速度定数(k)を求めた。
【0068】
【数1】
:暗所下定常状態における吸光度
:各時間における吸光度
:光定常状態における吸光度
app:見かけの速度定数(sec-1)
t:時間(sec-1)
【0069】
〈光の照射による酸素の脱離性についての評価〉
上記のようにして、各比較例及び実施例で作製した高分子錯体膜に含まれるジメチルアミノアゾベンゼン構造をE体からZ体へと異性化させて酸素を吸着させた。その後、各高分子錯体膜におけるジメチルアミノアゾベンゼン構造をZ体からE体へと異性化させて酸素を脱離させるために、表2に示す極大吸収波長(「Z体→E体」)の光を照射した。この光照射によってジメチルアミノアゾベンゼン構造のZ体からE体への光異性化が100%進行するかを確認した。
【0070】
《結果》
上記熱異性化の速度が遅い成分の割合、及び熱異性化の速度定数についての解析結果を図3図11に示す。
【0071】
図3図11より求めた上記熱異性化の速度が遅い成分の割合、熱異性化の速度定数、及び上記光異性化が100%進行するかを確認した結果を表3に示す。なお、表3において、光異性化が100%進行するものを「〇」、そうでないものを「×」で示す。
【0072】
【表3】
【0073】
図12は、上記熱異性化の速度が遅い成分の割合、及び熱異性化の速度定数の関係を示すグラフである。さらに、このグラフにおいて、上記光異性化が100%進行するものを「〇」、そうでないものを「×」で示す。
【0074】
表3より、実施例Cの高分子錯体膜は、熱異性化の速度定数が比較例A及びBと比較して遅いことがわかる。また、実施例Cの高分子錯体膜は、上記光異性化が100%進行する。
【0075】
したがって、実施例Cの高分子錯体膜は、酸素を吸着した状態を長時間保持し、かつ光の照射によって酸素が完全に脱離するため、酸素吸着材料としての使用に適している。
【0076】
上記熱異性化の速度の差は、ジメチルアミノアゾベンゼン構造の異性化に対する立体障害の大きさに起因するものと考えられる。具体的には、ジメチルアミノアゾベンゼン構造におけるベンゼンのオルト位に置換されたメチル基の数が2個以上であると、上記熱異性化の速度が遅い成分の割合が顕著に増加する(比較例B、実施例C、比較例D)。これは、メチル基の増加によりジメチルアミノアゾベンゼン構造が立体的に大きくなったことで、周囲の組織と相互作用をする割合が増加したため、と推定している。
【0077】
ジメチルアミノアゾベンゼン構造における2つのベンゼンのそれぞれのオルト位にメチル基を1個ずつ有する場合(比較例B)は、メチル基の数が1個以下の場合(比較例A)と熱異性化の速度が遅い成分の速度定数は同程度である。
【0078】
一方で、ジメチルアミノアゾベンゼン構造におけるベンゼンのいずれかのオルト位にメチル基を2個有する場合(実施例C、比較例D)は熱異性化の速度定数が小さくなる。これは、ベンゼンのそれぞれのオルト位にメチル基を1個有する場合には、メチル基を避けてジメチルアミノアゾベンゼン構造が捻れる、すなわち熱異性化が起こるのに対し、いずれかのベンゼンのオルト位にメチル基を2個有する場合には、メチル基の立体障害によりジメチルアミノアゾベンゼン構造が捻れず、熱異性化が抑制されるため、と考えられる。
【0079】
上述のとおり、光異性化の程度の差は、光応答性酸素吸着材料の電子状態や光の吸収特性に起因するものと考えられる。すなわち、メチル基等のアルキル基は電子供与基であり、これが置換されることによりベンゼンの電子密度が低下するため、電子供与基がジメチルアミノアゾベンゼン構造のいずれのベンゼンに置換されるかで光応答性酸素吸着材料の電子状態や光の吸収特性は変化するものと考えられる。ここで、ジメチルアミノアゾベンゼン構造が主鎖側のベンゼンの両方のオルト位に電子供与基を有する場合、Z体における長波長の光の吸光度が低下し、それによってZ体からE体への光異性化が完全に進行しないものと考えられる。
【0080】
一方で、ジメチルアミノアゾベンゼン構造がジメチルアミノ基側のベンゼンの両方のオルト位に電子供与基を有する場合、Z体における長波長の光の吸光度が低下しないため、効率的に光異性化が進行すると考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12