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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024170170
(43)【公開日】2024-12-06
(54)【発明の名称】電力変換装置及び制御方法
(51)【国際特許分類】
   H02M 7/48 20070101AFI20241129BHJP
   H02P 21/26 20160101ALI20241129BHJP
   H02P 21/16 20160101ALI20241129BHJP
【FI】
H02M7/48 E
H02P21/26
H02P21/16
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023087187
(22)【出願日】2023-05-26
(71)【出願人】
【識別番号】000006622
【氏名又は名称】株式会社安川電機
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100145012
【弁理士】
【氏名又は名称】石坂 泰紀
(74)【代理人】
【識別番号】100171099
【弁理士】
【氏名又は名称】松尾 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】高瀬 善康
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 明
(72)【発明者】
【氏名】濱辺 恭将
(72)【発明者】
【氏名】佐伯 考弘
(72)【発明者】
【氏名】バローチュ ノールアーメル
【テーマコード(参考)】
5H505
5H770
【Fターム(参考)】
5H505CC05
5H505DD05
5H505EE41
5H505EE49
5H505EE55
5H505GG04
5H505GG08
5H505HA10
5H505JJ04
5H505JJ06
5H505JJ28
5H505LL14
5H505LL22
5H505LL24
5H505LL41
5H770BA01
5H770BA11
5H770CA02
5H770DA03
5H770DA10
5H770EA15
5H770EA27
5H770HA02Y
5H770HA03W
(57)【要約】
【課題】誘導電動機のセンサレス制御の安定性向上に有効な電力変換装置を提供する。
【解決手段】電力変換装置2は、誘導電動機に駆動電力を供給する電力変換回路10と、誘導電動機における一次電圧、一次電流、回転速度、及び二次磁束と、誘導電動機のモデルと、モデルに基づく推定電流と一次電流との差である電流誤差と、の関係における電流誤差のゲインを設定するゲイン設定部250と、上記関係と、ゲインとに基づいて、二次磁束と、推定電流とを算出する磁束オブザーバ210と、電流誤差の算出結果に基づいて、回転速度を推定する速度推定部230と、二次磁束の推定結果と、回転速度の推定結果とに基づいて電力変換回路10を制御する制御部116と、を備える、ゲイン設定部250は、回転速度の推定結果の安定条件を満たすゲインプロファイルを、磁束オブザーバ210の極の変化に応じて、安定条件を満たす範囲で変更する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
誘導電動機に駆動電力を供給する電力変換回路と、
前記誘導電動機における一次電圧、一次電流、回転速度、及び二次磁束と、前記誘導電動機のモデルと、前記モデルに基づく推定電流と前記一次電流との差である電流誤差と、の関係における前記電流誤差のゲインを設定するゲイン設定部と、
前記関係と、前記ゲインとに基づいて、前記二次磁束と、前記推定電流とを算出する磁束オブザーバと、
前記推定電流の算出結果に基づく前記電流誤差の算出結果に基づいて、前記回転速度を推定する速度推定部と、
前記二次磁束の推定結果と、前記回転速度の推定結果とに基づいて電力変換回路を制御する制御部と、
を備え、
前記ゲイン設定部は、前記回転速度の推定結果の安定条件を満たすように、前記ゲインと、前記モデルと、前記回転速度との関係を定めるゲインプロファイルを、前記磁束オブザーバの極の変化に応じて、前記安定条件を満たす範囲で変更するプロファイル変更部を有し、前記ゲインプロファイルに基づいて前記ゲインを算出する、電力変換装置。
【請求項2】
前記磁束オブザーバは前記極を含む複数の極を有し、
前記プロファイル変更部は、前記ゲインプロファイルを、前記回転速度がゼロである場合に前記複数の極が実軸上で互いに一致する第1ゲインプロファイルとする、
請求項1記載の電力変換装置。
【請求項3】
前記プロファイル変更部は、前記第1ゲインプロファイルに基づく前記極の虚数成分の大きさが、前記回転速度の上昇により所定レベルを超えた場合に、前記回転速度の上昇に応じた前記極の虚数成分の大きさの上昇ペースを前記第1ゲインプロファイルに比較して緩やかにするように、前記ゲインプロファイルを前記第1ゲインプロファイルから第2ゲインプロファイルに変更する、
請求項2記載の電力変換装置。
【請求項4】
前記プロファイル変更部は、前記回転速度が前記所定レベルに対応する速度レベルを超えた場合に前記ゲインプロファイルを前記第1ゲインプロファイルから前記第2ゲインプロファイルに変更する、
請求項3記載の電力変換装置。
【請求項5】
前記プロファイル変更部は、前記回転速度が前記速度レベルを超えた後、前記回転速度の上昇に応じて、前記ゲインプロファイルを前記第1ゲインプロファイルから前記第2ゲインプロファイルに徐々に変更する、
請求項4記載の電力変換装置。
【請求項6】
前記プロファイル変更部は、前記第2ゲインプロファイルに基づく前記極の虚数成分の大きさが、前記回転速度の上昇により所定の第2レベルを超えた場合に、前記ゲインを前記回転速度に関わらずゼロに維持するように、前記ゲインプロファイルを前記第2ゲインプロファイルから第3ゲインプロファイルに変更する、
請求項3記載の電力変換装置。
【請求項7】
前記推定電流の算出結果と、前記推定電流の算出結果に基づく前記電流誤差の算出結果とに基づいて、前記誘導電動機の一次抵抗を推定する抵抗推定部を更に備え、
前記磁束オブザーバは、推定された前記一次抵抗を含む前記モデルに基づいて、前記二次磁束と前記推定電流とを算出する、
請求項1~6のいずれか一項記載の電力変換装置。
【請求項8】
前記誘導電動機が回生状態である場合に、前記推定電流の算出結果と前記電流誤差の算出結果との位相差を補償する位相補償部を更に備え、
前記抵抗推定部は、前記位相差が補償された前記推定電流の算出結果と前記電流誤差の算出結果とに基づいて前記一次抵抗を推定する、
請求項7記載の電力変換装置。
【請求項9】
前記誘導電動機のロータが回転を開始する前の期間において、前記ロータが回転を開始した後の期間に比較して、前記速度推定部による前記回転速度の推定に対する前記抵抗推定部による前記一次抵抗の推定の優先度を高くする優先度設定部を更に備える、
請求項7記載の電力変換装置。
【請求項10】
前記優先度設定部は、前記抵抗推定部による前記一次抵抗の推定結果の時間変化が所定の収束レベルまで低下した場合に前記優先度を低下させる、
請求項9記載の電力変換装置。
【請求項11】
前記一次電圧を検出する電圧センサと、
前記電圧センサによる前記一次電圧の検出結果と、前記電圧センサによる前記一次電圧の検出誤差との関係を表す誤差プロファイルに基づいて、前記一次電圧の検出結果を補正する電圧補正部と、
を更に備え、
前記磁束オブザーバは、前記電圧補正部により補正された前記一次電圧の検出結果に基づいて、前記二次磁束と前記電流誤差とを推定する、
請求項7記載の電力変換装置。
【請求項12】
前記一次電圧を検出する電圧センサと、
前記電圧センサによる前記一次電圧の検出結果を振幅が大きくなるように補正する電圧補正部と、
を更に備え、
前記磁束オブザーバは、前記電圧補正部により補正された前記一次電圧の検出結果に基づいて、前記二次磁束と前記電流誤差とを推定する、
請求項7記載の電力変換装置。
【請求項13】
速度指令と、前記回転速度の推定結果との偏差を縮小するようにトルク指令を生成するトルク指令生成部と、
前記誘導電動機の一次周波数がゼロである場合における前記二次磁束と、前記回転速度と、トルクとの関係に基づいて、前記トルクの規範値を算出する規範値算出部と、
前記トルク指令と前記トルクの規範値との偏差が許容レベルよりも大きい場合に、前記トルク指令と前記トルクの規範値との偏差を縮小するように前記モデルにおける前記一次抵抗を補正する抵抗補正部と、
を更に備え、
前記磁束オブザーバは、前記トルク指令と前記トルクの規範値との偏差が前記許容レベルよりも大きい場合に、前記抵抗補正部により補正された前記一次抵抗を含む前記モデルに基づいて、前記二次磁束と前記推定電流とを算出する、
請求項7記載の電力変換装置。
【請求項14】
誘導電動機と、前記誘導電動機に駆動電力を供給する電力変換回路とを備えるシステムにおいて電力変換回路を制御する方法であって、
前記誘導電動機における一次電圧、一次電流、回転速度、及び二次磁束と、前記誘導電動機のモデルと、前記モデルに基づく推定電流と前記一次電流との差である電流誤差と、の関係における前記電流誤差のゲインを設定することと、
前記関係と、前記ゲインとに基づいて、前記二次磁束と、前記推定電流とを磁束オブザーバにより算出することと、
前記推定電流の算出結果に基づいて、前記回転速度を推定することと、
前記二次磁束の推定結果と、前記回転速度の推定結果とに基づいて電力変換回路を制御することと、
を含み、
前記ゲインを設定することは、
前記回転速度の推定結果の安定条件を満たすように、前記ゲインと、前記モデルと、前記回転速度との関係を定めるゲインプロファイルを、前記磁束オブザーバの極の変化に応じて、前記安定条件を満たす範囲で変更することと、
前記ゲインプロファイルに基づいて前記ゲインを算出することと、
を含む、制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、電力変換装置及び制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、インバータによって駆動される誘導電動機の数式モデルに基づいて、電流推定値及び磁束推定値を演算する磁束オブザーバを有する制御装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4238652号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本開示は、誘導電動機のセンサレス制御の安定性向上に有効な電力変換装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示の一側面に係る電力変換装置は、誘導電動機に駆動電力を供給する電力変換回路と、誘導電動機における一次電圧、一次電流、回転速度、及び二次磁束と、誘導電動機のモデルと、モデルに基づく推定電流と一次電流との差である電流誤差と、の関係における電流誤差のゲインを設定するゲイン設定部と、関係と、ゲインとに基づいて、二次磁束と、推定電流とを算出する磁束オブザーバと、推定電流の算出結果に基づく電流誤差の算出結果に基づいて、回転速度を推定する速度推定部と、二次磁束の推定結果と、回転速度の推定結果とに基づいて電力変換回路を制御する制御部と、を備え、ゲイン設定部は、回転速度の推定結果の安定条件を満たすように、ゲインと、モデルと、回転速度との関係を定めるゲインプロファイルを、磁束オブザーバの極の変化に応じて、安定条件を満たす範囲で変更するプロファイル変更部を有し、ゲインプロファイルに基づいてゲインを算出する。
【0006】
本開示の更に他の一側面に係る制御方法は、誘導電動機と、誘導電動機に駆動電力を供給する電力変換回路とを備えるシステムにおいて電力変換回路を制御する方法であって、誘導電動機における一次電圧、一次電流、回転速度、及び二次磁束と、誘導電動機のモデルと、モデルに基づく推定電流と一次電流との差である電流誤差と、の関係における電流誤差のゲインを設定することと、関係と、ゲインとに基づいて、二次磁束と、推定電流とを磁束オブザーバにより算出することと、推定電流の算出結果に基づいて、回転速度を推定することと、二次磁束の推定結果と、回転速度の推定結果とに基づいて電力変換回路を制御することと、を含み、ゲインを設定することは、回転速度の推定結果の安定条件を満たすように、ゲインと、モデルと、回転速度との関係を定めるゲインプロファイルを、磁束オブザーバの極の変化に応じて、安定条件を満たす範囲で変更することと、ゲインプロファイルに基づいてゲインを算出することと、を含む。
【発明の効果】
【0007】
本開示によれば、誘導電動機のセンサレス制御の安定性向上に有効な電力変換装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】電力変換装置の構成を例示する模式図である。
図2】一次周波数の時間変化を模式的に示すグラフである。
図3】トルク補正部の構成を例示するブロック図である。
図4】誘導電動機のロータの回転速度とトルクとの関係を表すグラフである。
図5】制御回路の変形例を示すブロック図である。
図6】制御回路の他の変形例を示すブロック図である。
図7】センサレス推定システムの構成を例示するブロック図である。
図8】磁束オブザーバの複数の極の位置を複素平面で表したグラフである。
図9】制御回路の更に他の変形例を示すブロック図である。
図10】制御回路の更に他の変形例を示すブロック図である。
図11】制御回路の更に他の変形例を示すブロック図である。
図12】制御回路のハードウェア構成を例示するブロック図である。
図13】誘導電動機の制御手順を例示するフローチャートである。
図14】推定二次磁束及び推定電流の算出手順を例示するフローチャートである。
図15】誘導電動機の起動手順を例示するフローチャートである。
図16】誘導電動機の脱調回避制御手順を例示するフローチャートである。
図17】ゼロ周波数状態の回避モード選択手順を例示するフローチャートである。
図18】第1モードにおけるトルク補正手順を例示するフローチャートである。
図19】第2モードにおける磁束補正手順を例示するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、実施形態について、図面を参照しつつ詳細に説明する。説明において、同一要素又は同一機能を有する要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0010】
〔駆動システム〕
図1に示す駆動システム1は、電動機3の動力によって駆動対象物を駆動するシステムである。駆動システム1は、電動機3と、電力変換装置2とを備える。電動機3は、誘導電動機である。
【0011】
電力変換装置2は、駆動力を発生させるための電力(駆動電力)を電動機3に供給する。例えば電力変換装置2は、電力変換回路10と、制御回路100とを有する。電力変換回路10は、交流電源9(例えば電力系統)と、電動機3との間で電力変換を行う。例えば電力変換回路10は、交流電源9から供給される一次側電力を二次側電力に変換して電動機3に供給する。一次側電力は直流電力であってもよく、交流電力であってもよい。二次側電力は交流電力である。以下、一次側電力及び二次側電力が三相交流である場合の電力変換回路10の構成を例示する。
【0012】
電力変換回路10は、整流回路11と、コンデンサ14と、インバータ回路15と、電流センサ16とを有する。整流回路11は、例えば複数のダイオード12を含むダイオードブリッジ回路であり、一次側電力を直流電力に変換して直流母線13に出力する。コンデンサ14は、直流母線13における直流電圧を平滑化する。
【0013】
インバータ回路15は、直流母線13の直流電力と二次側電力との間の電力変換を行う。例えばインバータ回路15は、力行状態において直流電力を二次側電力に変換して電動機3に供給し、回生状態において電動機3が発電する二次側電力を直流電力に変換して直流母線13に戻す。例えばインバータ回路15は、複数のスイッチング素子17を有し、複数のスイッチング素子17のオン・オフを切り替えることによって直流電力と二次側電力との間の電力変換を行う。
【0014】
スイッチング素子17は、例えばパワーMOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)又はIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)等であり、ゲート駆動信号に応じてオン・オフを切り替える。
【0015】
電流センサ16は、インバータ回路15と電動機3との間に流れる電流(以下、「二次側電流」という。)を検出する。例えば電流センサ16は、二次側電力の全相(U相、V相及びW相)の電流を検出するように構成されていてもよいし、二次側電力のいずれか二相の電流を検出するように構成されていてもよい。零相電流が生じない限り、U相、V相、及びW相の電流の合計はゼロなので、二相の電流を検出する場合にも全相の電流の情報が得られる。
【0016】
以上に示した電力変換回路10の構成はあくまで一例である。電力変換回路10の構成は、一次側電力を二次側電力に変換して電動機3に供給し得る限りにおいていかようにも変更可能である。例えば、整流回路11は交流電力を直流電力に変換するPWMコンバータ回路であってもよい。電力変換回路10は、直流化を経ることなく一次側電力と二次側電力との双方向の電力変換を行うマトリクスコンバータ回路であってもよい。一次側電力が直流電力である場合に、電力変換回路10は整流回路11を有していなくてもよい。
【0017】
制御回路100は、直流母線13の直流電力と二次側電力との間で電力変換を行うように電力変換回路10を制御する。例えば制御回路100は、センサを用いることなく電動機3の状態を推定し、推定結果に基づいて電動機3の状態を目標状態に追従させるための二次側電力を電動機3に供給するように電力変換回路10を制御する。電動機3の状態の例としては、電動機3の二次磁束(二次巻線が生じる磁束)、電動機3の回転速度(ロータの回転速度)等が挙げられる。以下、センサを用いることなく電動機3の状態を推定することを「センサレス推定」という。
【0018】
センサレス推定においては、電動機3における一次周波数(一次巻線に供給される電流の周波数)の大きさが小さくなるほど誤差が大きくなる。そこで、制御回路100は、一次周波数がゼロの近傍に停滞した状態(以下、これを「ゼロ周波数状態」という。)を回避するために、トルク指令を生成することと、電動機3の一次周波数の大きさが所定の下限レベルを下回った場合に、一次周波数の大きさを下限レベルに近付けるようにトルク指令を補正することと、トルク指令に対応するトルクを電動機3に発生させるように電力変換回路10を制御することと、を実行するように構成されていてもよい。
【0019】
一次周波数の大きさを下限レベルの近傍に維持するようにトルクが補正されるので、センサレス推定の誤差の影響が過大となることを回避することができる。補正対象がトルクであるため、制御対象が電動機3の回転速度である場合、及びトルクである場合のいずれにおいても、一次周波数を下限レベルの近傍に維持することができる。従って、電動機3のセンサレス制御の安定性向上に有効である。
【0020】
制御回路100は、ゼロ周波数状態を回避するために、電動機3の一次周波数の大きさがゼロに近付いた場合に、一次周波数の符号とは逆の符号を有する周波数指令を生成することと、周波数指令と一次周波数との偏差を縮小するように磁束指令を補正することと、磁束指令に対応する二次磁束を前記誘導電動機に発生させるように電力変換回路10を制御することと、を実行するように構成されていてもよい。
【0021】
一次周波数の大きさがゼロの近傍に留まる時間が短くなるので、センサレス推定の誤差の影響が過大となることを回避することができる。
【0022】
制御回路100は、センサレス推定において、電動機3の回転速度と、電動機3の二次磁束との両方を推定してもよい。この場合、制御回路100は、電動機3における一次電圧(一次巻線に印加される電圧)、一次電流(一次巻線に流れる電流)、回転速度、及び二次磁束と、電動機3のモデルと、モデルに基づく推定電流と一次電流との差である電流誤差と、の関係に基づいて、二次磁束と、推定電流とを算出することと、推定電流の算出結果に基づく電流誤差の算出結果に基づいて、回転速度を推定することと、を繰り返し実行してもよい。
【0023】
二次磁束及び推定電流の算出結果と、回転速度の推定結果とは、相互に影響を及ぼし合いながら収束する。推定結果に基づく電動機3の制御の安定性を向上させるためには、回転速度の推定結果の発散抑制と、回転速度の推定結果の振動抑制との両立が求められる。そこで、制御回路100は、回転速度の推定結果の発散抑制と、回転速度の推定結果の振動抑制との両立を図るように、上記関係における電流誤差のゲインを設定し、設定済みのゲインを含む上記関係に基づいて、二次磁束及び推定電流を算出してもよい。
【0024】
例えば制御回路100は、ゲインの設定において、回転速度の推定結果の安定条件を満たすように、ゲインと、モデルと、回転速度との関係を定めるゲインプロファイルを、磁束オブザーバの極の変化に応じて、安定条件を満たす範囲で変更し、ゲインプロファイルに基づいてゲインを算出する。これにより、ゲインプロファイルが、安定条件を満たす範囲にて、磁束オブザーバの極の変化に応じて変更される。固定されたゲインプロファイルでは、二次磁束及び推定電流の算出結果の発散抑制と振動抑制との両立に適した範囲に磁束オブザーバの極を維持するのが難しい。このため、安定条件を満たすようにゲインプロファイルが定められていたとしても、磁束オブザーバによる推定結果の振動に起因して回転速度の推定結果の振動が抑えられない場合がある。安定条件を満たしつつ、磁束オブザーバの極の変化に応じてゲインプロファイルを変更することによって、回転速度の推定結果の発散抑制と、回転速度の振動抑制との両立を図ることができる。
【0025】
例えば制御回路100は、機能上の構成要素(以下、「機能ブロック」という。)として、磁束制御部111と、トルク指令生成部120と、トルク制御部112と、電流制御部113と、座標変換部114a,114bと、相数変換部115a,115bと、スイッチング制御部116と、センサレス推定システム200とを有する。
【0026】
磁束制御部111は、磁束指令に対応する二次磁束を電動機3に発生させるように電力変換回路10を制御する。例えば磁束制御部111は、二次磁束指令ベクトルΦ2_refと推定二次磁束ベクトルΦ2_estとの偏差(磁束偏差)に対し比例演算、比例・積分演算、又は比例・積分・微分演算等を行って、磁束偏差を縮小するためのd軸電流指令id_refを算出する。後述のとおり、推定二次磁束ベクトルΦ2_estはセンサレス推定システム200により推定される。
【0027】
トルク指令生成部120は、トルク指令を生成する。例えばトルク指令生成部120は、電動機3のロータの回転速度を目標回転速度に追従させるようにトルク指令を生成する。例えばトルク指令生成部120は、目標回転速度ωm_refと回転速度ωm_estとの偏差(速度偏差)に対し比例演算、比例・積分演算、又は比例・積分・微分演算等を行って、速度偏差を縮小するためのT_refを算出する。後述のとおり、回転速度ωm_estはセンサレス推定システム200により算出される。
【0028】
トルク制御部112は、T_refに対応するトルクを電動機3に発生させるように電力変換回路10を制御する。例えばトルク制御部112は、磁束制御部111が算出したd軸電流指令id_refに基づいて、T_refに対応するトルクを電動機3に発生させるためのiq_refを算出する。
【0029】
電流制御部113は、磁束制御部111により算出されたd軸電流指令id_refと、トルク制御部112により算出されたiq_refとに対応する電流を電動機3に供給するように電力変換回路10を制御する。例えば電流制御部113は、d軸電流指令id_refとiq_refとに対応する電流を流すために電動機3に印加すべき電圧ベクトルを二次磁束と共に回転する回転座標系(dq座標系)で表した電圧指令ベクトルVdq_refを算出する。
【0030】
座標変換部114aは、回転座標系の位相に基づいて、電圧指令ベクトルVdq_refを固定座標系で表した電圧指令ベクトルVαβ_refに変換する。例えば座標変換部114aは、回転座標系の推定位相θ_estに基づいて、電圧指令ベクトルVdq_refを電圧指令ベクトルVαβ_refに変換する。後述のとおり、推定位相θ_estはセンサレス推定システム200により算出される。
【0031】
相数変換部115aは、二相三相変換により、電圧指令ベクトルVαβ_refをU相、V相、W相の三相に対する電圧指令Vuvw_refに変換する。スイッチング制御部116は、U相、V相、W相の各相に、電圧指令Vuvw_refに対応する電圧を印加するように、インバータ回路15の複数のスイッチング素子17のオン・オフを切り替える。電圧指令Vuvw_refは、推定二次磁束ベクトルΦ2_estと回転速度ωm_estとに基づいて算出されているので、スイッチング制御部116は、推定二次磁束ベクトルΦ2_estと回転速度ωm_estとに基づいてインバータ回路15を制御することとなる。
【0032】
以上により、d軸電流指令id_ref及びiq_refに対応する電流が電動機3に供給されることとなる。このため、磁束制御部111が、磁束偏差を縮小するためのd軸電流指令id_refを算出することは、磁束偏差を縮小するように電力変換回路10を制御することに相当する。また、トルク制御部112が、T_refに対応するトルクを電動機3に発生させるためのiq_refを算出することは、T_refに対応するトルクを電動機3に発生させるように電力変換回路10を制御することに相当する。
【0033】
電動機3に供給された電流は、電流センサ16により検出される。相数変換部115bは、電流センサ16による検出結果を上述の固定座標系で表した電流ベクトルiαβに変換する。座標変換部114bは、電流ベクトルiαβを上述の回転座標系で表した電流ベクトルidqに変換する。電流ベクトルiαβから電流ベクトルidqへの変換も、推定位相θ_estに基づいて行われる。
【0034】
電流ベクトルidqは、上述した電流制御部113における電圧指令ベクトルVdq_refの算出に用いられる。例えば電流制御部113は、d軸電流指令id_ref及びiq_refと、電流ベクトルidqとの偏差(電流偏差)に対し比例演算、比例・積分演算、又は比例・積分・微分演算等を行って、電流偏差を縮小するための電圧指令ベクトルVdq_refを算出する。
【0035】
センサレス推定システム200は、電動機3に印加された一次電圧と、電動機3に流れた一次電流と、電動機3のモデルとに基づいて、電動機3の二次磁束と、電動機3の回転速度と、電動機3の一次周波数と、回転座標系の位相とを推定する。例えばセンサレス推定システム200は、一次電圧V1と、一次電流i1と、電動機3のモデルとに基づいて、推定二次磁束ベクトルΦ2_estと、回転速度ωm_estと、推定一次周波数ω1_estと、推定位相θ_estとを算出する。
【0036】
図示の例において、センサレス推定システム200は、一次電圧V1の情報として電圧指令ベクトルVαβ_refの情報を取得し、一次電流i1の情報として電流ベクトルiαβの情報を取得しているがこれに限られない。センサレス推定システム200は、一次電圧V1の情報として電圧指令ベクトルVdq_refの情報を取得してもよく、一次電圧V1の情報として電圧指令Vuvw_refの情報を取得してもよい。電力変換回路10は、インバータ回路15が電動機3に印加する電圧を検出する電圧センサ(図10参照)を更に備えてもよく、センサレス推定システム200は、一次電圧V1の情報として電圧センサによる検出結果を取得してもよい。センサレス推定システム200は、一次電流i1の情報として電流ベクトルidqの情報を取得してもよく、一次電流i1の情報としてiuvwの情報を取得してもよい。
【0037】
電動機3のモデルは、電動機3の特性を表す複数の数値をまとめたデータである。電動機3のモデルは、電動機3の一次抵抗、一次インダクタンス、二次抵抗、二次インダクタンス、及び相互インダクタンス等を含む。トルク指令生成部120は、目標回転速度ωm_refと、センサレス推定システム200により推定された回転速度ωm_estとの偏差を縮小するようにT_refを生成する。よって、トルク制御部112は、電動機3のモデルに基づいて、T_refに対応するトルクを電動機3に発生させるように電力変換回路10を制御することとなる。磁束制御部111は、二次磁束指令ベクトルΦ2_refと、センサレス推定システム200により推定された推定二次磁束ベクトルΦ2_estとの偏差を縮小するように電力変換回路10を制御する。よって、磁束制御部111は、電動機3のモデルに基づいて、二次磁束指令ベクトルΦ2_refに対応する二次磁束を電動機3に発生させるように電力変換回路10を制御することとなる。
【0038】
制御回路100は、相数変換部115bによる電流ベクトルiαβの算出と、座標変換部114bによる電流ベクトルidqの算出と、センサレス推定システム200による推定二次磁束ベクトルΦ2_est、回転速度ωm_est、推定一次周波数ω1_est、及び推定位相θ_estの算出と、磁束制御部111によるd軸電流指令id_refの算出と、トルク指令生成部120によるT_refの算出と、トルク制御部112によるiq_refの算出と、電流制御部113による電圧指令ベクトルVdq_refの算出と、座標変換部114aによる電圧指令ベクトルVαβ_refの算出と、相数変換部115aによる電圧指令Vuvw_refの算出と、スイッチング制御部116によるインバータ回路15の制御と、を所定の制御周期で繰り返し実行する。スイッチング制御部116は、推定二次磁束ベクトルΦ2_estと、回転速度ωm_estとに基づいてインバータ回路15を制御することとなる。
【0039】
制御回路100は、上記ゼロ周波数状態を回避するために、周波数指令生成部131と、磁束補正部132とを更に有してもよい。周波数指令生成部131は、一次周波数の大きさがゼロに近付いた場合に、一次周波数の符号とは逆の符号を有する周波数指令を生成する。例えば周波数指令生成部131は、センサレス推定システム200により推定された推定一次周波数ω1_estの大きさがゼロに近付いた場合に、推定一次周波数ω1_estの符号とは逆の符号を有する目標一次周波数ω1_refを生成する。磁束補正部132は、目標一次周波数ω1_refと推定一次周波数ω1_estとの偏差(周波数偏差)を縮小するように二次磁束指令ベクトルΦ2_refを補正する。例えば磁束補正部132は、周波数偏差に対し比例演算、比例・積分演算、又は比例・積分・微分演算等を行って、周波数偏差を縮小するための磁束補正値ΔΦ2を算出し、二次磁束指令ベクトルΦ2_refに加算する。磁束制御部111は、磁束補正値ΔΦ2の加算により補正された二次磁束指令ベクトルΦ2_refに対応する二次磁束を電動機3に発生させるように電力変換回路10を制御する。
【0040】
周波数指令生成部131は、一次周波数の大きさが第1下限レベルまで低下した場合に、一次周波数の符号とは逆の符号を有し、第1下限レベルよりも大きい周波数指令を生成してもよい。ヒステリシス効果により、一次周波数の符号の反転頻度を抑制することができる。
【0041】
周波数指令生成部131は、補正前の磁束指令による一次周波数の大きさが第1下限レベルよりも大きい第2下限レベルまで低下した場合に、一次周波数と同じ符号を有し、第2下限レベルと同じ大きさの周波数指令を生成し、周波数指令に基づき磁束補正部132により補正された磁束指令による一次周波数の大きさが第1下限レベルまで低下した場合に、周波数指令の符号を反転させてもよい。一次周波数の大きさが第2下限レベルに保たれている間に、一次周波数が大きくなり始める場合もあるので、一次周波数の符号の反転頻度を更に抑制することができる。
【0042】
図2は、一次周波数の時間変化を模式的に示すグラフである。図示において、破線は推定一次周波数ω1_estの時間変化を表し、太い実線は目標一次周波数ω1_refの時間変化を表す。図2に示すように、周波数指令生成部131は、推定一次周波数ω1_estが第2下限レベルLV2まで低下した場合に、推定一次周波数ω1_estと同じ符号を有し、第2下限レベルLV2と同じ大きさの目標一次周波数ω1_refを生成する。磁束補正部132は、第2下限レベルLV2と同じ大きさの目標一次周波数ω1_refの近傍に推定一次周波数ω1_estを維持するように、二次磁束指令ベクトルΦ2_refを補正する。これにより、推定一次周波数ω1_estが第2下限レベルLV2に維持されている間に、T_refの上昇等により推定一次周波数ω1_estが大きくなり始める場合、周波数指令生成部131による目標一次周波数ω1_refの符号の反転は行われない。一方、T_refの更なる低下等により、推定二次磁束ベクトルΦ2_estの補正のみで推定一次周波数ω1_estを第2下限レベルLV2に維持できなくなった場合、推定一次周波数ω1_estは再度低下し始める。推定一次周波数ω1_estが第1下限レベルLV1まで低下すると、周波数指令生成部131は、推定一次周波数ω1_estとは逆の符号を有し、第2下限レベルLV2と同じ大きさの目標一次周波数ω1_refを生成する。例えば周波数指令生成部131は、目標一次周波数ω1_refの大きさを第2下限レベルLV2に保ちつつ、目標一次周波数ω1_refの符号を反転させる。周波数指令生成部131及び磁束補正部132は、正方向又は負方向のいずれかにおいて、推定一次周波数ω1_estが第2下限レベルLV2より大きくなり始めるまで、以上の処理を繰り返す。
【0043】
このように、周波数指令生成部131及び磁束補正部132により二次磁束指令ベクトルΦ2_refが補正される場合、トルク制御部112は、二次磁束指令ベクトルΦ2_refの補正によるトルクの変化をキャンセルするように電力変換回路10を制御する。これにより、二次磁束指令ベクトルΦ2_refの補正が電動機3の動作に及ぼす影響が抑制される。
【0044】
図1に戻り、制御回路100は、周波数指令生成部131及び磁束補正部132に替えて、トルク補正部140を更に有してもよい。トルク補正部140は、電動機3の一次周波数の大きさが所定の下限レベルを下回った場合に、一次周波数の大きさを下限レベルに近付けるようにトルク指令を補正する。例えばトルク補正部140は、電動機3のロータを回転中の方向へ加速して、一次周波数を下限レベルに近付けるようにトルク指令を補正する。
【0045】
T_refを補正することの一例として、トルク補正部140は、下限レベルと推定一次周波数ω1_estとの偏差(周波数偏差)を縮小するように、iq_refを補正してもよい。iq_refは、トルクをT_refに対応させるように生成されているので、iq_refを補正することはT_refを補正することに含まれる。例えばトルク補正部140は、周波数偏差に対し比例演算、比例・積分演算、又は比例・積分・微分演算を行って、周波数偏差を縮小するための電流補正値Δiqを算出し、iq_refに電流補正値Δiqを加算する。電流制御部113は、補正済みのiq_refに対応する電流を電動機3に供給するように電力変換回路10を制御する。トルク補正部140は、周波数偏差を縮小するようにトルク補正値を算出し、トルク補正値をT_refに加算してもよい。この場合、トルク制御部112は、補正済みのT_refに対応するトルクを電動機3に発生させるように電力変換回路10を制御する。
【0046】
図3は、トルク補正部140の構成を例示するブロック図である。図3に示すように、トルク補正部140は、絶対値算出部141と、絶対値算出部142と、下限決定部143と、PI演算部144と、リミッタ145と、符号判定部146と、乗算部147とを有する。絶対値算出部141は、T_refの絶対値を算出する。絶対値算出部142は、推定一次周波数ω1_estの絶対値を算出する。
【0047】
下限決定部143は、T_refと、下限レベルとの関係を表すように予め定められた下限プロファイルと、補正前のT_refとに基づいて下限レベルLVを決定する。推定一次周波数ω1_estがゼロに近付くことに起因するセンサレス推定の誤差の影響は、トルクの大きさによって異なる。補正前のT_refに応じて下限レベルLVを変更することによって、トルクの違いによる、センサレス推定の誤差の影響の違いを抑制することができる。
【0048】
例えば、トルクが大きくなるにつれて、センサレス推定の誤差が電動機3の動作に及ぼす影響も大きくなる傾向がある。これに対応し、下限プロファイルは、T_refの増大に応じて下限レベルが増大するように定められていてもよい。トルクが大きくなるにつれてセンサレス推定の誤差の影響が大きくなることを抑制することができる。
【0049】
下限プロファイルは、下限レベルを所定のリミット値以下に制限するように定められていてもよい。例えば下限プロファイルは、T_refの増大に応じた下限レベルの増大を上記リミット値で制限するように定められていてもよい。電動機3のロータの回転速度に目標回転速度が定められている場合に、目標回転速度からの回転速度の乖離を抑制することができる。
【0050】
下限決定部143は、下限プロファイルを関数として保持していてもよく、離散的なテーブルデータとして下限プロファイルを保持していいてもよい。
【0051】
PI演算部144は、下限レベルLVと、推定一次周波数ω1_estの絶対値との偏差(周波数偏差)に比例演算、比例・積分演算、又は比例・積分・微分演算等を行って、周波数偏差を縮小させるための電流補正値Δiqの大きさを算出する。リミッタ145は、電流補正値Δiqの大きさをゼロ以上に制限する。例えばリミッタ145は、電流補正値Δiqの大きさが負の値となる場合には、電流補正値Δiqの大きさをゼロに補正する。これにより、電流補正値Δiqの大きさが負の値となる場合(推定一次周波数ω1_estの大きさが下限レベルLVの大きさを超えている場合)にはトルク補正部140が機能しないこととなる。
【0052】
符号判定部146は、回転速度ωm_estの符号を判定する。乗算部147は、リミッタ145を経た電流補正値Δiqに、符号判定部146により判定された符号を乗算して電流補正値Δiqを算出する。符号判定部146により判定された符号の乗算によって、電流補正値Δiqに対し、電動機3のロータを回転中の方向に加速するための符号が付与される。
【0053】
図4は、電動機3のロータの回転速度とトルクとの関係を表すグラフである。横軸は回転速度を表し、縦軸はトルクを表す。回転速度及びトルクが第一象限又は第三象限に位置する場合、電動機3は、回転方向とトルクの作用方向とが一致する力行状態にある。回転速度及びトルクが第二象限又は第四象限に位置する場合、電動機3は、回転方向に対して反対の方向にトルクが作用する回生状態にある。図中の一点鎖線は、一次周波数がゼロである場合の回転速度とトルクとの関係を表す。以下、この線を「ゼロライン」という。
【0054】
図中の破線は、トルク指令生成部120及びトルク制御部112によって回転速度が一定に維持された状態にてトルクが低下し、一次周波数がゼロに近付いた場合に、トルク補正部140により行われるトルク補正を例示している。上述したように、一次周波数が下限レベルに達するまでトルクが低下すると、トルク補正部140が、一次周波数を下限レベルに近付けるようにトルク指令を補正する。T_refの増大に応じ、下限レベルが増大する下限プロファイルによれば、トルクが負方向に増大するにつれて、回転速度及びトルクが徐々にゼロラインから離れる。下限レベルがリミット値に達した後、更にトルクが低下する場合、回転速度及びトルクはゼロラインに対し平行に推移する。
【0055】
トルク補正部140がトルク指令を補正する場合、電動機3が回転方向に加速されることとなるので、回転速度ωm_estと目標回転速度ωm_refとの偏差が拡大する。トルク指令生成部120が、目標回転速度ωm_refと回転速度ωm_estとの偏差(速度偏差)の積分に基づきT_refを算出している場合、偏差が残る限りトルク指令生成部120によるT_refの算出結果が増大することとなる。これにより、トルク補正部140によるトルク指令の補正が打ち消されてしまう可能性がある。
【0056】
これに対し、トルク補正部140は、トルク指令を補正する場合に、トルク指令生成部120による速度偏差の積分を中止させるように構成されていてもよい。例えば図5に示すように、トルク指令生成部120は、比例演算部121と、比例演算部122と、積分演算部123とを有する。比例演算部121は、速度偏差に比例ゲインKpを乗算する。比例演算部122は、速度偏差に積分ゲインKsを乗算し、積分演算部123は積分ゲインKsが乗算された速度偏差を積分する。トルク指令生成部120は、比例演算部121による乗算結果と比例演算部122による積分結果とを合算してT_refを算出する。これにより、比例演算部121による乗算結果と、比例演算部122による積分結果とを縮小するようにT_refが生成されることとなる。
【0057】
制御回路100は、アンチワインドアップ部148を更に有する。アンチワインドアップ部148は、下限レベルに基づくトルク指令の補正がトルク補正部140におり行われる場合に、積分演算部123による偏差の積分を中止させる。例えばアンチワインドアップ部148は、積分演算部123による積分結果をゼロに固定させる。
【0058】
制御回路100は、周波数指令生成部131及び磁束補正部132と、トルク補正部140との両方を有していてもよい。この場合、図6に示すように、制御回路100はモード選択部117を更に有してもよい。モード選択部117は、ゼロ周波数状態の回避モードとして、トルク補正部140によるトルク指令の補正を行う第1モードと、磁束補正部132による磁束指令の変更を行う第2モードとのいずれかを選択する。
【0059】
例えば、電動機3のロータの回転速度を目標回転速度から乖離させ得る場合には、第1モードを用いることで、センサレス推定の誤差の影響を抑制することができる。電動機3のロータの回転速度を目標回転速度から乖離させられない場合には、第1モードの代わりに第2モードを用いることで、センサレス推定の誤差の影響を抑制することができる。
【0060】
モード選択部117は、ユーザ設定に基づいて第1モードと第2モードとのいずれかを選択するように構成されていてもよい。第1モードと第2モードとの切り替えをユーザ設定に委ねることで、装置構成の簡素化を図ることができる。
【0061】
モード選択部117は、電動機3のロータの回転速度に対する制約条件の有無に基づいて、第1モードと第2モードとのいずれかを選択してもよい。制御回路100によって、第1モードと第2モードとのいずれかが自動選択されるので、利便性を向上させることができる。
【0062】
例えばモード選択部117は、トルク指令生成部120によるT_refの生成が、回転速度に対する制約条件に基づき行われているか否かに基づいて、制約条件の有無を判定する。目標回転速度ωm_refは回転速度に対する制約条件の一例であるため、以上に例示したようにトルク指令生成部120が目標回転速度ωm_refと回転速度ωm_estとの偏差に基づきT_refを算出する場合、制約条件があると判定される。制約条件があると判定した場合、モード選択部117は第2モードを選択する。
【0063】
制約条件は、必ずしも目標回転速度ωm_refに限られない。例えば、所定の下限速度を回転速度下回らないようにT_refが生成される場合、下限速度が制約条件であるため、モード選択部117は第2モードを選択する。
【0064】
図7は、センサレス推定システム200の構成を例示するブロック図である。図7に示すように、センサレス推定システム200は、機能ブロックとして、モデル記憶部201と、磁束オブザーバ210と、位相推定部220と、速度推定部230と、抵抗推定部240と、ゲイン設定部250とを有する。モデル記憶部201は、電動機3のモデルを記憶する。上述したように、電動機3のモデルは、電動機3の一次抵抗、一次インダクタンス、二次抵抗、二次インダクタンス、及び相互インダクタンス等を含む。電動機3の一次抵抗は、後述する適応同定における初期値として利用可能である。
【0065】
磁束オブザーバ210は、電動機3における一次電圧V1、一次電流i1、回転速度ωm_est、及び推定二次磁束ベクトルΦ2_estと、電動機3のモデルと、電動機3のモデルに基づく推定電流i1_estと一次電流i1との差である電流誤差と、の関係に基づいて、推定二次磁束ベクトルΦ2_estと推定電流i1_estとを算出する。例えば磁束オブザーバ210は、次の式(1)~(8)により表される関係に基づいて、推定二次磁束ベクトルΦ2_estと推定電流i1_estとを算出する。
【数1】

i1_est:推定電流ベクトル
φ2_est:推定二次磁束ベクトル
R1_est:推定一次抵抗
i1:一次電流ベクトル
V1:一次電圧ベクトル
R2:推定二次抵抗
L1:一次インダクタンス
L2:二次インダクタンス
M:相互インダクタンス
【0066】
位相推定部220は、推定二次磁束ベクトルΦ2_estの算出結果に基づいて推定位相θ_estを算出し、推定位相θ_estを微分して推定一次周波数ω1_estを算出する。
【0067】
速度推定部230は、推定二次磁束ベクトルΦ2_estと、推定電流i1_estの算出結果に基づく電流誤差の算出結果とに基づいて、回転速度ωm_estを算出(回転速度を推定)する。例えば速度推定部230は、推定二次磁束ベクトルΦ2_estと電流誤差との外積に対する比例・積分演算により回転速度ωm_estを算出する。
【0068】
抵抗推定部240は、推定電流i1_estの算出結果と、推定電流i1_estの算出結果に基づく電流誤差の算出結果とに基づいて、電動機3の推定一次抵抗R1_estを算出(一次抵抗を推定)する。例えば抵抗推定部240は、推定電流i1_estと電流誤差との内積に対する積分演算により推定一次抵抗R1_estを算出する。
【0069】
例えば速度推定部230及び抵抗推定部240は、次の式(9)~(13)に基づいて、回転速度ωm_est及び推定一次抵抗R1_estを算出する。
【数2】

Kωp,Kωi:速度同定ゲイン
Kri:一次抵抗同定ゲイン
【0070】
磁束オブザーバ210は、次の制御周期において、速度推定部230により算出された回転速度ωm_estと、抵抗推定部240により算出された推定一次抵抗R1_estを含む電動機3のモデルとに基づいて、推定二次磁束ベクトルΦ2_est及び推定電流i1_estを推定する。例えば回転速度ωm_est及び推定一次抵抗R1_estは、次の制御周期において、上記式(1)~(8)に代入される。このように、磁束オブザーバ210による推定二次磁束ベクトルΦ2_est及び推定電流i1_estの算出と、速度推定部230及び抵抗推定部240による回転速度ωm_est及び推定一次抵抗R1_estの算出とが制御周期で繰り返されることによって、回転速度ωm_est及び推定一次抵抗R1_estのそれぞれが、上記電流誤差をゼロに近付けるように推定(適応同定)される。
【0071】
推定結果に基づく電動機3の制御の安定性を向上させるためには、回転速度ωm_estの発散抑制と、回転速度ωm_estの振動抑制との両立が求められる。ゲイン設定部250は、回転速度ωm_estの発散抑制と、回転速度ωm_estの振動抑制との両立を図るように、一次電圧V1、一次電流i1、回転速度ωm_est、及び推定二次磁束ベクトルΦ2_estと、電動機3のモデルと、上記電流誤差と、の上記関係における電流誤差のゲインを設定する。例えばゲイン設定部250は、式(1)~(8)におけるゲインG1~G4を設定する。
【0072】
ゲイン設定部250は、プロファイル変更部251と、ゲイン算出部252とを有する。プロファイル変更部251は、回転速度ωm_estの安定条件を満たすように、ゲインG1~G4と、電動機3のモデルと、回転速度ωm_estとの関係を定めるゲインプロファイルを、磁束オブザーバ210の極の変化に応じて、回転速度ωm_estの安定条件を満たす範囲で変更する。例えばプロファイル変更部251は、複数のゲインプロファイルを保持し、磁束オブザーバ210の極の変化に応じて、ゲインG1~G4の算出に用いるゲインプロファイルを複数のゲインプロファイルに基づいて設定する。複数のゲインプロファイルに基づいてゲインプロファイルを設定することは、複数のゲインプロファイルのいずれかを選択すること、又は、複数のゲインプロファイルのいずれか2以上を合成してゲインプロファイルを設定すること等を含む。プロファイル変更部251は、複数のゲインプロファイルを関数として保持していてもよく、離散的なテーブルデータとしてゲインプロファイルを保持していてもよい。
【0073】
ゲイン算出部252は、プロファイル変更部251により設定されたゲインプロファイルに基づいて、ゲインG1~G4を算出する。ゲインプロファイルが関数である場合、ゲイン算出部252は、ゲインプロファイルに電動機3のモデル、回転速度ωm_est等を代入してゲインG1~G4を算出する。ゲインプロファイルがテーブルである場合、ゲイン算出部252は、ゲインプロファイルから電動機3のモデル、回転速度ωm_est等に対応するゲインG1~G4を抽出する。
【0074】
回転速度ωm_estの安定条件とは、回転速度ωm_estを発散させずに収束させる条件を意味する。回転速度ωm_estの安定条件の例としては、ポポフの超安定理論に基づく安定条件が挙げられる。ポポフの超安定理論に基づく回転速度ωm_estの安定条件は、Somboon Sangwongwanich他 「A Unified SpeedEstimation Design Framework
forSensorless AC Motor Drives Based on Positive-Real Property」 2007 IEEE等に示されるとおり、例えば次の式(14)、(15)で表される。
【数3】
【0075】
式(14)、(15)を満たすようにゲインG1~G4が設定されると、理論上、電動機3の動作状況によらずに回転速度ωm_estの発散が回避される。例えば、回転速度とトルクとが、上記第一象限から第四象限(図4参照)のいずれに位置していても、回転速度ωm_estの発散が回避される。
【0076】
回転速度ωm_estは、低速域において発散し易い傾向がある。そこで、プロファイル変更部251は、少なくとも低速域においては、式(14)、(15)の安定条件を満たすようにゲインプロファイルを設定する。
【0077】
磁束オブザーバ210は、複数の極を含む。複数の極は、電動機3の回転速度に応じて変化する。例えば、複素平面における複数の極それぞれの位置が、電動機3の回転速度に応じて変化する。プロファイル変更部251は、回転速度ωm_estがゼロである場合に対応する複数の極が実軸上で互いに一致するように、ゲインプロファイルを設定してもよい。低速域において、回転速度の推定結果の発散抑制と、回転速度の振動抑制との両立を図ることができる。
【0078】
例えばプロファイル変更部251は、式(14)、(15)を満たしつつ、回転速度ωm_estがゼロである場合に対応する複数の極が実軸上で互いに一致するように、ゲインプロファイルを設定する。例えばプロファイル変更部251は、式(17)、(18)で表されるようにゲインプロファイルを設定する。以下、式(17)、(18)で表されるゲインプロファイルを「第1ゲインプロファイル」という。
【数4】
【0079】
プロファイル変更部251は、第1ゲインプロファイルに基づく極(複数の極の少なくともいずれか)の虚数成分の大きさが、回転速度ωm_estの上昇により所定レベルを超えた場合に、回転速度ωm_estの上昇に応じた極の虚数成分の大きさの上昇ペースを第1ゲインプロファイルに比較して緩やかにするように、ゲインプロファイルを第1ゲインプロファイルから第2ゲインプロファイルに変更する。磁束オブザーバによる推定結果の発散抑制と、磁束オブザーバによる推定結果の振動抑制との両立を図るように磁束オブザーバの極を配置することができる。
【0080】
例えばプロファイル変更部251は、上記第1ゲインプロファイルを、式(19)で表される第2ゲインプロファイルに変更する。
【数5】
【0081】
プロファイル変更部251は、回転速度ωm_estが、所定の速度レベルを超えた場合にゲインプロファイルを第1ゲインプロファイルから第2ゲインプロファイルに変更してもよい。磁束オブザーバ210の極の変化に基づくゲインプロファイルの変更を容易に行うことができる。回転速度ωm_estが速度レベルを超える際には、極の虚数成分の大きさが、速度レベルに対応する所定レベルを超えることとなる。従って、回転速度ωm_estが所定の速度レベルを超えた場合にゲインプロファイルを第1ゲインプロファイルから第2ゲインプロファイルに変更することは、極の虚数成分の大きさが所定レベルを超えた場合にゲインプロファイルを第1ゲインプロファイルから第2ゲインプロファイルに変更することに含まれる。プロファイル変更部251は、速度レベルを超えていた回転速度ωm_estが速度レベルを下回った場合に、ゲインプロファイルを第2ゲインプロファイルから第1ゲインプロファイルに変更してもよい。
【0082】
プロファイル変更部251は、回転速度ωm_estが速度レベルを超えた後、回転速度ωm_estの上昇に応じて、ゲインプロファイルを第1ゲインプロファイルから第2ゲインプロファイルに徐々に変更してもよい。この場合、変更中のゲインプロファイルは、第1ゲインプロファイルと第2プロファイルとの合成により設定されることとなる。ゲインプロファイルの変更中における電動機3の動作の円滑性を向上させることができる。
【0083】
プロファイル変更部251は、第2ゲインプロファイルに基づく極の虚数成分の大きさが、回転速度ωm_estの上昇により所定の第2レベルを超えた場合に、ゲインを回転速度ωm_estに関わらずゼロに維持するように、ゲインプロファイルを第2ゲインプロファイルから第3ゲインプロファイルに変更してもよい。磁束オブザーバによる推定結果の発散抑制と、磁束オブザーバによる推定結果の振動抑制との両立を更に図るように磁束オブザーバの極を配置することができる。
【0084】
プロファイル変更部251は、回転速度ωm_estが、上記速度レベルよりも大きい所定の第2速度レベルを超えた場合にゲインプロファイルを第2ゲインプロファイルから第3ゲインプロファイルに変更してもよい。磁束オブザーバ210の極の変化に基づくゲインプロファイルの変更を更に容易に行うことができる。回転速度ωm_estが第2速度レベルを超える際には、極の虚数成分の大きさが、第2速度レベルに対応する所定の第2レベルを超えることとなる。従って、回転速度ωm_estが第2速度レベルを超えた場合にゲインプロファイルを第2ゲインプロファイルから第3ゲインプロファイルに変更することは、極の虚数成分の大きさが第2レベルを超えた場合にゲインプロファイルを第2ゲインプロファイルから第3ゲインプロファイルに変更することに含まれる。プロファイル変更部251は、第2速度レベルを超えていた回転速度ωm_estが第2速度レベルを下回った場合に、ゲインプロファイルを第3ゲインプロファイルから第2ゲインプロファイルに変更してもよい。
【0085】
プロファイル変更部251は、回転速度ωm_estが第2速度レベルを超えた後、回転速度ωm_estの上昇に応じて、ゲインプロファイルを第2ゲインプロファイルから第3ゲインプロファイルに徐々に変更してもよい。この場合、変更中のゲインプロファイルは、第2ゲインプロファイルと第3プロファイルとの合成により設定されることとなる。ゲインプロファイルの変更中における電動機3の動作の円滑性を更に向上させることができる。
【0086】
図8は、磁束オブザーバ210の複数の極の位置を複素平面で表したグラフであり、横軸が実軸であり、縦軸が虚軸である。実線で表されるプロットは、第1ゲインププロファイルにおいて回転速度ωm_estがゼロから徐々に上昇する場合の複数の極の軌跡を表している。第1ゲインプロファイルによれば、回転速度ωm_estがゼロである場合に、複数の極は実軸上の点RPにて重根となる。
【0087】
破線で表されるプロットは、第2ゲインプロファイルにおいて、回転速度ωm_estがゼロから徐々に上昇する場合の複数の極の軌跡を表している。一点鎖線で表されるプロットは、第3ゲインプロファイルにおいて、回転速度ωm_estがゼロから徐々に上昇する場合の複数の極の軌跡を表している。第2ゲインプロファイル及び第3ゲインプロファイルのいずれにおいても、回転速度ωm_estがゼロである場合には、複数の極の全てが実軸上に位置する。
【0088】
第1ゲインプロファイルによれば、回転速度ωm_estが上昇すると、複数の極は互いに離れるように移動し、それぞれの虚数成分の大きさが急上昇する。虚数成分の大きさが大きくなると、磁束オブザーバ210による推定結果が振動し易くなるので、磁束オブザーバ210の振動に起因して回転速度ωm_estも振動し易くなる。これにより、回転速度ωm_estの収束が遅くなる。
【0089】
プロファイル変更部251は、回転速度ωm_estが上記速度レベルを超えるのに応じて、ゲインプロファイルを第1ゲインプロファイルから第2ゲインプロファイルに変更する。速度レベルは、例えば実線のプロットと破線のプロットとの交点に対応する値に定められる。回転速度ωm_estが速度レベルを超えた後、複数の極の位置が、実線のプロットから破線のプロットに遷移するので、虚数成分の上昇が抑制される。
【0090】
プロファイル変更部251は、回転速度ωm_estが上記第2速度レベルを超えるのに応じて、ゲインプロファイルを第2ゲインプロファイルから第3ゲインプロファイルに変更する。第2速度レベルは、例えば破線のプロットと一点鎖線のプロットとの交点に対応する値に定められる。回転速度ωm_estが第2速度レベルを超えた後、複数の極の位置が、破線のプロットから一点鎖線のプロットに遷移するので、虚数成分の上昇が更に抑制される。
【0091】
以上に示したように、回転速度ωm_est及び推定一次抵抗R1_estのそれぞれが、同時進行で適応同定されるシステムによれば、回転速度ωm_est及び推定一次抵抗R1_estの推定結果の相互干渉に起因して、それぞれの収束が遅れる可能性がある。そこで、図7に示すように、制御回路100は優先度設定部202を更に有してもよい。
【0092】
優先度設定部202は、電動機3のロータが回転を開始する前の期間において、ロータが回転を開始した後の期間に比較して、速度推定部230による回転速度の推定に対する抵抗推定部240による一次抵抗の推定の優先度を高くする。優先度設定部202は、抵抗推定部240による一次抵抗の推定結果の時間変化が所定の収束レベルまで低下した場合に上記優先度を低下させてもよい。例えば優先度設定部202は、電動機3のロータが回転を開始する前の期間において、式(9)~(13)における速度同定ゲインを平常値よりも小さくし、一次抵抗同定ゲインを平常値よりも大きくして、上記優先度を高くする。優先度設定部202は、抵抗推定部240による一次抵抗の推定結果の時間変化が所定の収束レベルまで低下した場合に、速度同定ゲインを平常値に戻し、一次抵抗同定ゲインを平常値に戻す。
【0093】
図9に示すように、抵抗推定部240は、位相補償部241と、抵抗算出部242とを有してもよい。位相補償部241は、例えばq軸電流指令iq_ref及び回転速度ωm_estに基づいて電動機3が回生状態であるか否かを判定し、電動機3が回生状態である場合に、推定電流i1_estの算出結果と電流誤差の算出結果との位相差を補償する。例えば位相補償部241は、推定電流i1_estの算出結果と電流誤差の算出結果との位相差が、-π/2~π/2の範囲に収まるように、回生状態である場合の位相差を補償する。例えば位相補償部241は、電動機3が回生状態である場合に、位相差が、-π/2~π/2の範囲に収まるように、電流誤差の位相を進める。位相補償部241は、電流誤差の位相を進める代わりに、推定電流i1_estの位相を遅らせてもよい。
【0094】
抵抗算出部242は、位相差が補償された推定電流i1_estの算出結果と電流誤差の算出結果とに基づいて推定一次抵抗R1_estを算出する、回生状態における一次抵抗の推定結果の信頼性を向上させることができる。
【0095】
上述したように、センサレス推定システム200は、一次電圧V1の情報として電圧センサによる検出結果を取得してもよい。例えば図10に示すように、磁束オブザーバ210は、電圧センサ18による検出結果を一次電圧V1の情報として取得してもよい。この場合、電圧センサ18による検出結果の誤差が、磁束オブザーバ210、速度推定部230及び抵抗推定部240による推定精度に影響を及ぼすこととなる。電圧センサ18による検出結果の誤差の影響を抑制するために、センサレス推定システム200は、電圧補正部211を更に有してもよい。
【0096】
電圧補正部211は、電圧センサ18による一次電圧V1の検出結果と、電圧センサ18による一次電圧V1の検出誤差との関係を表す誤差プロファイルに基づいて、一次電圧の検出結果を補正する。誤差プロファイルは、電圧センサ18よりも高精度な測定機器による一次電圧V1の測定結果と、電圧センサ18による一次電圧V1の検出結果とを対応付けたレコードを収集する実験などにより予め定められる。磁束オブザーバ210は、電圧補正部211により補正された一次電圧V1の検出結果に基づいて、推定二次磁束ベクトルΦ2_estと推定電流i1_estとを算出してもよい。推定二次磁束ベクトルΦ2_est、推定電流i1_est、回転速度ωm_est、及び推定一次抵抗R1_estの信頼性を向上させることができる。
【0097】
電圧補正部211は、電圧センサ18による一次電圧V1の検出結果の振幅が大きくなるように補正してもよい。例えば電圧補正部211は、一次電圧V1の検出結果に所定値を加算してもよい。推定二次磁束ベクトルΦ2_estの推定結果の誤差を位相が遅れる方向に出現させることで、回生負荷耐量を向上させることができる。電圧補正部211は、誤差プロファイルによる一次電圧V1の検出結果の補正と、一次電圧V1の検出結果を大きくする補正とのいずれか一方のみを実行してもよく、両方を実行してもよい。
【0098】
以上に例示した電圧センサ18の検出誤差、及び電流センサ16の検出誤差等の影響は、電動機3の回転速度が低いほど大きくなる。電圧センサ18の検出誤差、及び電流センサ16の検出誤差等を、以下においては「センサの誤差」と総称する。電動機3の回転速度が低い状況(停止した状況を含む)においては、センサの誤差に起因して電動機3の脱調が生じ易くなる。脱調が生じると、T_refに対応するトルクを発生し得ない方向にて電動機3に電流が供給されることと、電動機3が目標どおりに回転しないために更に大きなT_refが生成されることと、の連鎖によって電動機3に過電流が供給され、過電流異常により電力変換装置2を停止させる事態に陥る可能性がある。
【0099】
このような事態を回避するために、制御回路100は、図11に示すように、規範値算出部261と、抵抗補正部263と、モード制限部264とを更に有してもよい。規範値算出部261は、一次周波数がゼロである場合における二次磁束と、回転速度と、トルクとの関係に基づいて、トルクの規範値T0を算出する。例えば規範値算出部261は、次の式(20)により規範値T0を算出する。
【数6】

P:極数
Φ2d_ref:Φ2_refのd軸成分
【0100】
抵抗補正部263は、回転速度ωm_estが所定の脱調警戒レベルよりも小さく、且つT_refと規範値T0との偏差が許容レベルよりも大きい場合に、T_refと規範値T0との偏差を縮小するように電動機3のモデルにおける一次抵抗を補正する。例えば抵抗補正部263は、抵抗推定部240により算出された推定一次抵抗R1_estを補正する。磁束オブザーバ210は、T_refと規範値T0との偏差が許容レベルよりも大きい場合(抵抗補正部263による一次抵抗の補正が行われた場合)に、抵抗補正部263により補正された推定一次抵抗R1_est2を含むモデルに基づいて、推定二次磁束ベクトルΦ2_estと推定電流i1_estとを算出する。回転速度ωm_estが脱調警戒レベルよりも大きい場合、抵抗補正部263は推定一次抵抗R1_estを補正しない。
【0101】
抵抗推定部240は、抵抗補正部263により推定一次抵抗R1_estが補正された後、抵抗補正部263が推定一次抵抗R1_estの補正を行わないと判断するまでの間において、推定一次抵抗R1_estの算出を停止してもよい。モード制限部264は、抵抗補正部263により一次抵抗が補正された場合に、モード選択部117に第1モードを選択させる。抵抗補正部263が推定一次抵抗R1_estを補正することは、センサの誤差が大きいことを示すといえる。センサの誤差が大きい場合、上記第2モードにて、一次周波数の符号の反転に失敗し、一次周波数がゼロ近傍に停滞することを狙い通りに回避できない可能性がある。一次周波数の符号の反転の失敗は、一次周波数の符号の反転タイミングが狙いのタイミングからずれることを含む。抵抗補正部263により一次抵抗が補正された場合に、モード選択部117に第1モードを選択させることで、一次周波数の符号の反転に失敗する状況を回避することができる。
【0102】
モード制限部264は、抵抗補正部263が推定一次抵抗R1_estの補正を停止した後も、モード選択部117に第1モードの選択を維持させてもよい。
【0103】
図12は、制御回路100のハードウェア構成を例示するブロック図である。図12に示すように、制御回路100は、回路190を有する。回路190は、プロセッサ191と、メモリ192と、ストレージ193と、入出力ポート194と、スイッチング制御回路195とを有する。ストレージ193は、例えばハードディスクドライブ、リードオンリメモリ、又はフラッシュメモリ等の1以上の不揮発性のメモリデバイスを含み、制御回路100に電力変換回路10を制御させるためのプログラムを記憶する。例えばストレージ193は、上述した各機能ブロックを制御回路100に構成させるためのプログラムを記憶している。
【0104】
メモリ192は、ランダムアクセスメモリ等の1以上の揮発性のメモリデバイスを含み、ストレージ193からロードされたプログラム等を一時的に記憶する。プロセッサ191は、CPU(Central Processing Unit)又はGPU(Graphics Processing Unit)等の1以上の演算デバイスを含み、メモリ192が記憶するプログラムを実行して制御回路100に各機能ブロックを構成させる。プロセッサ191は、演算過程で生成する中間データ等をメモリ192に一時的に記憶させる場合もある。
【0105】
入出力ポート194は、プロセッサ191からの要求に応じて、電流センサ16等との間で電気信号の入出力を行う。スイッチング制御回路195は、プロセッサ191からの要求に応じて、インバータ回路15の複数のスイッチング素子17を駆動する。
【0106】
〔制御方法〕
制御方法の一例として、電力変換装置2による電動機3の制御手順を例示する。制御回路100による制御手順は、電動機3に対するT_refを生成することと、電動機3の一次周波数の大きさ(例えば推定一次周波数ω1_estの大きさ)が所定の下限レベルを下回った場合に、一次周波数の大きさを下限レベルに近付けるようにT_refを補正(例えばiq_refを補正)することと、T_refに対応するトルクを電動機3に発生させるように電力変換回路10を制御することと、を含んでもよい。
【0107】
制御回路100による制御手順は、電動機3の一次周波数の大きさがゼロに近付いた場合に、一次周波数の符号とは逆の符号を有する周波数指令を生成することと、周波数指令と一次周波数との偏差を縮小するように磁束指令を補正することと、磁束指令に対応する二次磁束を誘導電動機に発生させるように電力変換回路を制御することと、を含んでもよい。
【0108】
制御回路100による制御手順は、電動機3における一次電圧、一次電流、回転速度、及び二次磁束と、電動機3のモデルと、電動機3のモデルに基づく推定電流と一次電流との差である電流誤差と、の関係における電流誤差のゲインを設定することと、上記関係と、ゲインとに基づいて、二次磁束と、推定電流とをセンサレス推定システム200により算出することと、推定電流の算出結果に基づいて、回転速度を推定することと、二次磁束の推定結果と、回転速度の推定結果とに基づいて電力変換回路10を制御することと、を含んでもよく、ゲインを設定することは、回転速度の推定結果の安定条件を満たすように、ゲインと、モデルと、回転速度との関係を定めるゲインプロファイルを、磁束オブザーバの極の変化に応じて、安定条件を満たす範囲で変更することと、ゲインプロファイルに基づいてゲインを算出することと、を含んでもよい。
【0109】
以下、電動機3の制御手順と、電動機3の制御手順に付随して行われる起動手順、脱調回避手順、ゼロ周波数状態の回避モードの選択手順、第1モードの回避手順、及び第2モードの回避手順とを例示する。
【0110】
(誘導電動機の制御手順)
図13に示すように、制御回路100は、ステップS01,S02,S03,S04,S05を実行する。ステップS01では、相数変換部115bが、電流センサ16による検出結果を固定座標系で表した電流ベクトルiαβに変換する。座標変換部114bは、電流ベクトルiαβを回転座標系で表した電流ベクトルidqに変換する。
【0111】
ステップS02では、センサレス推定システム200が、一次電圧V1(例えば直前の制御周期における電圧指令ベクトルVαβ_ref)と、一次電流i1と、電動機3のモデルとに基づいて、推定二次磁束ベクトルΦ2_estと、回転速度ωm_estと、推定一次周波数ω1_estと、推定位相θ_estとを算出する。
【0112】
ステップS03では、磁束制御部111が、二次磁束指令ベクトルΦ2_refと推定二次磁束ベクトルΦ2_estとの偏差(磁束偏差)を縮小するためのd軸電流指令id_refを算出する。トルク指令生成部120が、目標回転速度ωm_refと回転速度ωm_estとの偏差(速度偏差)を縮小するためのT_refを算出し、トルク制御部112が、T_refに対応するトルクを電動機3に発生させるためのiq_refをd軸電流指令id_refに基づいて算出する。
【0113】
ステップS04では、電流制御部113が、d軸電流指令id_refとiq_refとに対応する電流を流すために電動機3に印加すべき電圧ベクトルを回転座標系(dq座標系)で表した電圧指令ベクトルVdq_refを算出する。座標変換部114aが、回転座標系の位相に基づいて、電圧指令ベクトルVdq_refを固定座標系で表した電圧指令ベクトルVαβ_refに変換する。相数変換部115aが、二相三相変換により、電圧指令ベクトルVαβ_refをU相、V相、W相の三相に対する電圧指令Vuvw_refに変換する。
【0114】
ステップS05では、スイッチング制御部116が、U相、V相、W相の各相に、電圧指令Vuvw_refに対応する電圧を印加するように、インバータ回路15の複数のスイッチング素子17のオン・オフパターンを更新し、更新済みのオン・オフパターンでのスイッチング素子17のオン・オフを開始する。その後、制御回路100は処理をステップS01に戻す。制御回路100は以上の処理を所定の制御周期で繰り返す。
【0115】
図14は、ステップS02における推定二次磁束ベクトルΦ2_est及び回転速度ωm_estの推定手順を例示するフローチャートである。図14に示すように、制御回路100は、ステップS11,S12を実行する。ステップS11では、プロファイル変更部251が、回転速度ωm_estに基づいてゲインプロファイルを設定する。例えばプロファイル変更部251は、回転速度ωm_estが上記速度レベル未満である場合にはゲインプロファイルを第1ゲインプロファイルとし、回転速度ωm_estが上記速度レベルを超え、上記第2速度レベル未満である場合にはゲインプロファイルを第2ゲインプロファイルとし、回転速度ωm_estが上記第2速度レベルを超えている場合にはゲインプロファイルを第3ゲインプロファイルとする。ステップS12では、ゲイン算出部252が、プロファイル変更部251により設定されたゲインプロファイルに基づいて、ゲインG1~G4を算出する。
【0116】
次に、制御回路100はステップS13,S14,S15,S16を実行する。ステップS13では、電圧補正部211は、電圧センサ18による一次電圧V1の検出結果と、電圧センサ18による一次電圧V1の検出誤差との関係を表す誤差プロファイルに基づいて、一次電圧の検出結果を補正する。更に、電圧補正部211は、一次電圧V1の検出結果に所定値を加算する。ステップS14では、磁束オブザーバ210が、電動機3における一次電圧V1、一次電流i1、回転速度ωm_est、及び推定二次磁束ベクトルΦ2_estと、電動機3のモデルと、電動機3のモデルに基づく推定電流i1_estと一次電流i1との差である電流誤差と、の関係と、ステップS12で算出されたゲインG1~G4とに基づいて、推定二次磁束ベクトルΦ2_estと推定電流i1_estとを算出する。ステップS15では、位相推定部220が、推定二次磁束ベクトルΦ2_estの算出結果に基づいて推定位相θ_estを算出し、推定位相θ_estを微分して推定一次周波数ω1_estを算出する。ステップS16では、速度推定部230が、推定二次磁束ベクトルΦ2_estと、推定電流i1_estの算出結果に基づく電流誤差の算出結果とに基づいて、回転速度ωm_estを算出(回転速度を推定)する。
【0117】
次に、制御回路100はステップS17を実行する。ステップS17では、位相補償部241が、回転速度ωm_estとT_refとの関係等に基づいて、電動機3が回生状態であるか否かを確認する。ステップS17において、電動機3が回生状態であると判定した場合、制御回路100はステップS18を実行する。ステップS18では、位相補償部241が、電流誤差(推定電流i1_estと一次電流i1との差)の位相を進める。位相補償部241は、電流誤差の位相を進める代わりに、推定電流i1_estの位相を遅らせてもよい。
【0118】
次に、制御回路100はステップS19を実行する。ステップS17において、電動機3は回生状態ではないと判定した場合、制御回路100はステップS18を実行することなくステップS19を実行する。ステップS19では、抵抗算出部242が、推定電流i1_estの算出結果と電流誤差の算出結果とに基づいて推定一次抵抗R1_estを算出する、ステップS18が実行されている場合、抵抗算出部242は、位相差が保証された推定電流i1_estの算出結果と電流誤差の算出結果とに基づいて推定一次抵抗R1_estを算出する。算出された推定一次抵抗R1_estは、次の制御周期において、電動機3のモデルの一部として、ゲイン算出部252によるゲインG1~G4の算出と、磁束オブザーバ210による推定二次磁束ベクトルΦ2_est及び推定電流i1_estの算出とに用いられる。以上で推定二次磁束ベクトルΦ2_est及び回転速度ωm_estの推定手順が完了する。
【0119】
(起動手順)
図15の起動手順は、電動機3の制御手順の開始直後において、上記速度同定ゲイン及び上記一次抵抗同定ゲインを設定する手順である。起動手順の開始時点において、速度同定ゲイン及び一次抵抗同定ゲインはいずれもゼロとされている。図15に示すように、制御回路100は、まずステップS21,S22,S23を実行する。ステップS21では、優先度設定部202が、電動機3の制御手順の開始を待機する。ステップS22では、優先度設定部202が、所定の第1待機時間の経過を待機する。第1待機時間は、ステップS22の完了時点で、初期励磁により電動機3に回転する二次側磁束が生じるように設定されている。ステップS23では、優先度設定部202が、速度同定ゲインを平常値よりも小さい値とし、一次抵抗同定ゲインを平常値よりも高い値とする。これにより、速度推定部230による回転速度の推定に対する抵抗推定部240による一次抵抗の推定の優先度が平常時よりも高くなる。
【0120】
次に、制御回路100はステップS24,S25を実行する。ステップS24では、優先度設定部202が、所定の第2待機時間の経過を待機する。第2待機時間は、ステップS24の完了時点で、抵抗推定部240による一次抵抗の推定結果の時間変化が所定の収束レベルまで低下するように設定されている。ステップS25では、優先度設定部202が、速度同定ゲインを平常値とし、一次抵抗同定ゲインを平常値とする。これにより、速度推定部230による回転速度の推定に対する抵抗推定部240による一次抵抗の推定の優先度が平常時の優先度まで低下する。以上で起動手順が完了する。
【0121】
(脱調回避制御手順)
図16の脱調回避制御手順は、電動機3の回転速度が小さい状況において、電動機3の制御手順と並行して実行される。図16に示すように、制御回路100は、ステップS31,S32を実行する。ステップS31では、規範値算出部261が、一次周波数がゼロである場合における二次磁束と、回転速度と、トルクとの関係に基づいて、トルクの規範値T0を算出する。ステップS32では、脱調判定が必要であるか否かを抵抗補正部263が確認する。例えば抵抗補正部263は、回転速度ωm_estが上記脱調警戒レベルよりも小さいか否かを確認する。
【0122】
ステップS32において、回転速度ωm_estが脱調警戒レベルよりも小さいと判定した場合、制御回路100はステップS33を実行する。ステップS33では、T_refと規範値T0との偏差が許容レベルよりも大きいか否かを抵抗補正部263が確認する。
【0123】
ステップS33において、T_refと規範値T0との偏差が許容レベルよりも大きいと判定した場合、制御回路100はステップS34を実行する。ステップS34では、抵抗推定部240が一次抵抗の推定を継続しているか否かを抵抗補正部263が確認する。ステップS34において、抵抗推定部240が一次定刻の推定を継続していると判定した場合、制御回路100はステップS35を実行する。ステップS35では、抵抗補正部263が、抵抗推定部240による一次抵抗の推定を停止させる。
【0124】
次に、制御回路100はステップS36を実行する。ステップS34において、抵抗推定部240が一次抵抗の推定を既に停止していると判定した場合、制御回路100はステップS35を実行することなくステップS36を実行する。ステップS36では、抵抗補正部263が、T_refと規範値T0との偏差を縮小するように推定一次抵抗R1_estを補正する。抵抗補正部263による一次抵抗の補正が行われた場合、磁束オブザーバ210は、抵抗補正部263により補正された推定一次抵抗R1_est2を含むモデルに基づいて、推定二次磁束ベクトルΦ2_estと推定電流i1_estとを算出する。
【0125】
その後、制御回路100は処理をステップS31に戻す。ステップS33において、T_refと規範値T0との偏差が許容レベルよりも小さいと判定した場合、制御回路100はステップS34~S36を実行することなく処理をステップS31に戻す。
【0126】
ステップS32において、回転速度ωm_estが脱調警戒レベルよりも大きいと判定した場合、制御回路100はステップS37を実行する。ステップS37では、推定一次抵抗R1_estの補正を開始済みであるか否かを抵抗補正部263が確認する。ステップS37において、推定一次抵抗R1_estの補正を開始済みであると判定した場合、制御回路100はステップS38,S39を実行する。ステップS38では、抵抗補正部263が推定一次抵抗R1_estの補正を中止する。ステップS39では、抵抗補正部263が、抵抗推定部240に一次抵抗の推定を再開させる。その後、制御回路100は処理をステップS31に戻す。ステップS37において、推定一次抵抗R1_estの補正を開始していないと判定した場合、制御回路100はステップS38,S39を実行することなく処理をステップS31に戻す。制御回路100は、以上の処理を繰り返す。
【0127】
(ゼロ周波数状態の回避モード選択手順)
図17に示す手順は、上述したゼロ周波数状態の回避モードを選択する手順であり、電動機3の制御手順と並行して実行される。図17に示すように、制御回路100は、ステップS41を実行する。ステップS41では、上記第2モードが必要であるか否かをモード選択部117が確認する。例えばモード選択部117は、ユーザにより第2モードが指定されている場合に、第2モードが必要であると判定する。モード選択部117は、電動機3のロータの回転速度に対する上記制約条件がある場合に、第2モードが必要であると判定してもよい。
【0128】
ステップS41において、第2モードが必要であると判定した場合、制御回路100はステップS42を実行する。ステップS42では、抵抗補正部263による一次抵抗の補正履歴があるか否かを確認する。ステップS42において、一次抵抗の補正履歴はないと判定した場合、制御回路100はステップS43を実行する。ステップS43では、モード選択部117が第2モードを選択する。
【0129】
ステップS41において、第2モードは不要であると判定した場合、及びステップS42において一次抵抗の補正履歴があると判定した場合、制御回路100はステップS44を実行する。ステップS44では、モード選択部117が第1モードを選択する。ステップS43,S44の実行後、制御回路100は処理をステップS41に戻す。制御回路100は、以上の処理を繰り返す。
【0130】
(トルク補正手順)
図18に示す手順は、第1モードにてゼロ周波数状態を回避する手順であり、電動機3の制御手順と並行して実行される。図18に示すように、制御回路100はステップS51,S52,S53,S54を実行する。ステップS51では、絶対値算出部141がT_refの絶対値を算出し、絶対値算出部142が推定一次周波数ω1_estの絶対値を算出する。ステップS52では、上記下限プロファイルと、T_refの絶対値とに基づいて、下限決定部143が下限レベルLVを決定する。ステップS53では、PI演算部144が、下限レベルLVと、推定一次周波数ω1_estの絶対値との偏差(周波数偏差)に比例演算、比例・積分演算、又は比例・積分・微分演算等を行って、周波数偏差を縮小させるためのトルク指令の補正量(電流補正値Δiqの大きさ)を算出する。ステップS54では、補正量がゼロより大きいか否かをリミッタ145が確認する。
【0131】
ステップS54において、補正量がゼロより大きいと判定した場合、制御回路100はステップS55,S56を実行する。ステップS55では、符号判定部146が、回転速度ωm_estの符号を判定する。乗算部147が、リミッタ145を経た電流補正値Δiqに、符号判定部146により判定された符号を乗算して電流補正値Δiqを算出する。これにより、トルクの補正方向(トルクの大きさを増やす方向)が、電動機3のロータの回転方向に合わせられる。ステップS56では、乗算部147が乗算結果をiq_refに加算する。これにより、電動機3を回転中の方向に加速するように、T_refに対応するiq_refが補正される。
【0132】
次に、制御回路100はステップS61を実行する。ステップS61では、アンチワインドアップ部148が、トルク指令生成部120の積分演算部123による速度偏差の積分演算の停止前であるか否かを確認する。ステップS61において、積分演算の停止前であると判定した場合、制御回路100はステップS62を実行する。ステップS62では、アンチワインドアップ部148が、積分演算部123による積分演算を停止させる。その後、制御回路100は処理をステップS51に戻す。ステップS61において、積分演算を停止済みであると判定した場合、制御回路100はステップS62を実行することなく処理をステップS51に戻す。
【0133】
ステップS54において、補正量がゼロより小さいと判定した場合、制御回路100はステップS63を実行する。ステップS63では、アンチワインドアップ部148が、トルク指令生成部120の積分演算部123による速度偏差の積分演算を停止済みであるか否かを確認する。ステップS63において、積分演算部123による積分演算を停止済みであると判定した場合、制御回路100はステップS64を実行する。ステップS64では、アンチワインドアップ部148が、積分演算部123による積分演算を再開させる。その後、制御回路100は処理をステップS51に戻す。制御回路100は、以上の処理を繰り返す。
【0134】
(磁束補正手順)
図19に示す手順は、第2モードにてゼロ周波数状態を回避する手順であり、電動機3の制御手順と並行して実行される。図19に示すように、制御回路100はステップS71を実行する。ステップS71では、推定一次周波数ω1_estが上記第2下限レベルより小さいか否かを周波数指令生成部131が確認する。ステップS71において、推定一次周波数ω1_estが第2下限レベルより小さいと判定した場合、制御回路100はステップS72,S73,S74を実行する。ステップS72では、周波数指令生成部131が、一次周波数と同じ符号を有し、第2下限レベルと同じ大きさの目標一次周波数ω1_refを生成する。ステップS73では、目標一次周波数ω1_refと推定一次周波数ω1_estとの偏差(周波数偏差)を縮小するように、磁束補正部132が二次磁束指令ベクトルΦ2_refを補正する。
【0135】
次に、制御回路100はステップS74を実行する。ステップS74では、推定一次周波数ω1_estが上記第1下限レベルより小さいか否かを周波数指令生成部131が確認する。ステップS71において、推定一次周波数ω1_estが第1下限レベルより小さいと判定した場合、制御回路100はステップS75を実行する。ステップS75では、周波数指令生成部131が、目標一次周波数ω1_refの符号を反転させる。その後、制御回路100は処理をステップS71に戻す。ステップS74において、推定一次周波数ω1_estが上記第1下限レベルより大きいと判定した場合、制御回路100はステップS75を実行することなく処理をステップS71に戻す。ステップS71において、推定一次周波数ω1_estが上記第2下限レベルより大きいと判定した場合、制御回路100はステップS72~S75を実行することなく処理をステップS71に戻す。制御回路100は、以上の処理を繰り返す。
(1) 誘導電動機に駆動電力を供給する電力変換回路10と、誘導電動機における一次電圧、一次電流、回転速度、及び二次磁束と、誘導電動機のモデルと、モデルに基づく推定電流i1_estと一次電流との差である電流誤差と、の関係における電流誤差のゲインG1~G4を設定するゲイン設定部250と、関係と、ゲインG1~G4とに基づいて、二次磁束と、推定電流i1_estとを算出する磁束オブザーバ210と、推定電流i1_estの算出結果に基づく電流誤差の算出結果に基づいて、回転速度を推定する速度推定部230と、二次磁束の推定結果と、回転速度の推定結果とに基づいて電力変換回路10を制御する制御部116と、を備え、ゲイン設定部250は、回転速度の推定結果の安定条件を満たすように、ゲインG1~G4と、モデルと、回転速度との関係を定めるゲインプロファイルを、磁束オブザーバ210の極の変化に応じて、安定条件を満たす範囲で変更するプロファイル変更部251を有し、ゲインプロファイルに基づいてゲインG1~G4を算出する、電力変換装置2。
ゲインプロファイルが、安定条件を満たす範囲にて、磁束オブザーバ210の極の変化に応じて変更される。固定されたゲインプロファイルでは、二次磁束及び推定電流i1_estの算出結果の発散抑制と振動抑制との両立に適した範囲に磁束オブザーバ210の極を維持するのが難しい。このため、安定条件を満たすようにゲインプロファイルが定められていたとしても、磁束オブザーバ210による推定結果の振動に起因して回転速度の推定結果の振動が抑えられない場合がある。安定条件を満たしつつ、磁束オブザーバ210の極の変化に応じてゲインプロファイルを変更することによって、回転速度の推定結果の発散抑制と、回転速度の振動抑制との両立を図ることができる。従って、誘導電動機のセンサレス制御の安定性向上に有効である。
【0136】
(2) 磁束オブザーバ210は極を含む複数の極を有し、プロファイル変更部251は、ゲインプロファイルを、回転速度がゼロである場合に複数の極が実軸上で互いに一致する第1ゲインプロファイルとする、(1)記載の電力変換装置2。
低速域において、回転速度の推定結果の発散抑制と、回転速度の推定結果の振動抑制との両立を図ることができる。
【0137】
(3) プロファイル変更部251は、第1ゲインプロファイルに基づく極の虚数成分の大きさが、回転速度の上昇により所定レベルを超えた場合に、回転速度の上昇に応じた極の虚数成分の大きさの上昇ペースを第1ゲインプロファイルに比較して緩やかにするように、ゲインプロファイルを第1ゲインプロファイルから第2ゲインプロファイルに変更する、(2)記載の電力変換装置2。
磁束オブザーバ210による推定結果の発散抑制と、磁束オブザーバ210による推定結果の振動抑制との両立を図るように磁束オブザーバ210の極を配置することができる。
【0138】
(4) プロファイル変更部251は、回転速度が所定レベルに対応する速度レベルを超えた場合にゲインプロファイルを第1ゲインプロファイルから第2ゲインプロファイルに変更する、(3)記載の電力変換装置2。
磁束オブザーバ210の極の変化に基づくゲインプロファイルの変更を容易に行うことができる。
【0139】
(5) プロファイル変更部251は、回転速度が速度レベルを超えた後、回転速度の上昇に応じて、ゲインプロファイルを第1ゲインプロファイルから第2ゲインプロファイルに徐々に変更する、(4)記載の電力変換装置2。
ゲインプロファイルの変更中における誘導電動機の動作の円滑性を向上させることができる。
【0140】
(6) プロファイル変更部251は、第2ゲインプロファイルに基づく極の虚数成分の大きさが、回転速度の上昇により所定の第2レベルを超えた場合に、ゲインG1~G4を回転速度に関わらずゼロに維持するように、ゲインプロファイルを第2ゲインプロファイルから第3ゲインプロファイルに変更する、(3)~(5)のいずれか一項記載の電力変換装置2。
磁束オブザーバ210による推定結果の発散抑制と、磁束オブザーバ210による推定結果の振動抑制との両立を更に図るように磁束オブザーバ210の極を配置することができる。
【0141】
(7) 推定電流i1_estの算出結果と、推定電流i1_estの算出結果に基づく電流誤差の算出結果とに基づいて、誘導電動機の一次抵抗を推定する抵抗推定部240を更に備え、磁束オブザーバ210は、推定された一次抵抗を含むモデルに基づいて、二次磁束と推定電流i1_estとを算出する、(1)~(6)のいずれか一項記載の電力変換装置2。
二次磁束及び推定電流i1_estの算出結果と、回転速度の推定結果との信頼性を向上させることができる。
【0142】
(8) 誘導電動機が回生状態である場合に、推定電流i1_estの算出結果と電流誤差の算出結果との位相差を補償する位相補償部241を更に備え、抵抗推定部240は、位相差が補償された推定電流i1_estの算出結果と電流誤差の算出結果とに基づいて一次抵抗を推定する、(7)記載の電力変換装置2。
回生状態における一次抵抗の推定結果の信頼性を向上させることができる。
【0143】
(9) 誘導電動機のロータが回転を開始する前の期間において、ロータが回転を開始した後の期間に比較して、速度推定部230による回転速度の推定に対する抵抗推定部240による一次抵抗の推定の優先度を高くする優先度設定部202を更に備える、(7)又は(8)記載の電力変換装置2。
抵抗推定部240による一次抵抗の推定と、速度推定部230による回転速度の推定との干渉を抑制することができる。
【0144】
(10) 優先度設定部202は、抵抗推定部240による一次抵抗の推定結果の時間変化が所定の収束レベルまで低下した場合に優先度を低下させる、(9)記載の電力変換装置2。
抵抗推定部240による一次抵抗の推定と、速度推定部230による回転速度の推定との干渉を更に抑制することができる。
【0145】
(11) 一次電圧を検出する電圧センサ18と、電圧センサ18による一次電圧の検出結果と、電圧センサ18による一次電圧の検出誤差との関係を表す誤差プロファイルに基づいて、一次電圧の検出結果を補正する電圧補正部211と、を更に備え、磁束オブザーバ210は、電圧補正部211により補正された一次電圧の検出結果に基づいて、二次磁束と電流誤差とを推定する、(7)~(10)のいずれか一項記載の電力変換装置2。
二次磁束、電流誤差、回転速度、及び一次抵抗の推定結果の信頼性を向上させることができる。
【0146】
(12) 一次電圧を検出する電圧センサ18と、電圧センサ18による一次電圧の検出結果を振幅が大きくなるように補正する電圧補正部211と、を更に備え、磁束オブザーバ210は、電圧補正部211により補正された一次電圧の検出結果に基づいて、二次磁束と電流誤差とを推定する、(7)~(11)のいずれか一項記載の電力変換装置2。
二次磁束の推定結果の誤差を、位相が遅れる方向に出現させることで、回生負荷耐量を向上させることができる。
【0147】
(13) 速度指令と、回転速度の推定結果との偏差を縮小するようにトルク指令を生成するトルク指令生成部と、誘導電動機の一次周波数がゼロである場合における二次磁束と、回転速度と、トルクとの関係に基づいて、トルクの規範値を算出する規範値算出部261と、トルク指令とトルクの規範値との偏差が許容レベルよりも大きい場合に、トルク指令とトルクの規範値との偏差を縮小するようにモデルにおける一次抵抗を補正する抵抗補正部263と、を更に備え、磁束オブザーバ210は、トルク指令とトルクの規範値との偏差が許容レベルよりも大きい場合に、抵抗補正部263により補正された一次抵抗を含むモデルに基づいて、二次磁束と推定電流i1_estとを算出する、(7)~(12)のいずれか一項記載の電力変換装置2。
磁束オブザーバ210に対する入力情報の誤差に起因する、トルク指令とトルクの推定結果との偏差の拡大を抑制することができる。磁束オブザーバ210に対する入力情報の誤差が大きくなりやすい低速運転時におけるセンサレス制御の安定性向上に有効である。
【0148】
(14) 誘導電動機と、誘導電動機に駆動電力を供給する電力変換回路10とを備えるシステムにおいて電力変換回路10を制御する方法であって、誘導電動機における一次電圧、一次電流、回転速度、及び二次磁束と、誘導電動機のモデルと、モデルに基づく推定電流i1_estと一次電流との差である電流誤差と、の関係における電流誤差のゲインG1~G4を設定することと、関係と、ゲインG1~G4とに基づいて、二次磁束と、推定電流i1_estとを磁束オブザーバ210により算出することと、推定電流i1_estの算出結果に基づいて、回転速度を推定することと、二次磁束の推定結果と、回転速度の推定結果とに基づいて電力変換回路10を制御することと、を含み、ゲインG1~G4を設定することは、回転速度の推定結果の安定条件を満たすように、ゲインG1~G4と、モデルと、回転速度との関係を定めるゲインプロファイルを、磁束オブザーバ210の極の変化に応じて、安定条件を満たす範囲で変更することと、ゲインプロファイルに基づいてゲインG1~G4を算出することと、を含む、制御方法。
【符号の説明】
【0149】
2…電力変換装置、10…電力変換回路、116…制御部、148…アンチワインドアップ部、117…モード選択部、210…磁束オブザーバ、i1_est…推定電流、230…速度推定部、240…抵抗推定部、250…ゲイン設定部、G1~G4…ゲイン、251…プロファイル変更部、202…優先度設定部、241…位相補償部、211…電圧補正部、18…電圧センサ、261…規範値算出部、263…抵抗補正部、264…モード制限部。
図1
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