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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024170177
(43)【公開日】2024-12-06
(54)【発明の名称】ペプチドキューブ
(51)【国際特許分類】
   A61K 47/42 20170101AFI20241129BHJP
   A61K 9/52 20060101ALI20241129BHJP
   C07K 14/00 20060101ALI20241129BHJP
   A61P 35/00 20060101ALN20241129BHJP
   A61K 31/704 20060101ALN20241129BHJP
【FI】
A61K47/42
A61K9/52 ZNA
C07K14/00
A61P35/00
A61K31/704
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023087196
(22)【出願日】2023-05-26
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和4年5月26日 第71回高分子学会年次大会 オンライン開催(https://member.spsj.or.jp/convention/spsj2022/)にて発表
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(74)【代理人】
【識別番号】100152308
【弁理士】
【氏名又は名称】中 正道
(74)【代理人】
【識別番号】100201558
【弁理士】
【氏名又は名称】亀井 恵二郎
(74)【代理人】
【識別番号】100109542
【弁理士】
【氏名又は名称】田伏 英治
(72)【発明者】
【氏名】上田 一樹
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 嘉浩
(72)【発明者】
【氏名】エラフィフィ・モハメド・サイド・ラマダン
【テーマコード(参考)】
4C076
4C086
4H045
【Fターム(参考)】
4C076AA64
4C076AA65
4C076AA67
4C076AA94
4C076BB11
4C076CC27
4C076EE41
4C076EE41H
4C076FF01
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA10
4C086GA16
4C086MA03
4C086MA05
4C086MA38
4C086NA12
4C086ZB26
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA05
4H045EA01
4H045EA15
4H045EA20
4H045EA36
4H045EA60
4H045FA10
(57)【要約】
【課題】せん断応力応答性を有するナノサイズの中空の立方体材料の提供。
【解決手段】本発明は、その実施の形態として、壁面が第1の両親媒性ポリペプチドからなる曲面膜と第2の両親媒性ポリペプチドからなる平面膜との共集合体により構成される、ペプチドキューブ;当該ペプチドキューブからなり、有効成分をペプチドキューブ内に包含し、ペプチドキューブに負荷されるせん断応力によるキューブ形状の崩壊により、内包された有効成分が放出されることを特徴とする、放出制御用組成物等を提供する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
壁面が、第1の両親媒性ポリペプチドからなる曲面膜と第2の両親媒性ポリペプチドからなる平面膜との共集合体により構成される、ペプチドキューブからなり、
有効成分をペプチドキューブ内に包含し、
ペプチドキューブに負荷されるせん断応力によるキューブ形状の崩壊により、内包された有効成分が放出されることを特徴とする、
放出制御用組成物 。
【請求項2】
形状の崩壊が開始するペプチドキューブに負荷されるせん断応力が、レオメーターによる評価において、5~20Paである、
請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
第1の両親媒性ポリペプチドが、以下の式(I):
【化1】

(式中、Rは、水素原子、C1-6アルキル基、またはアラルキル基を示し、
は、水素原子、ヒドロキシ基により置換されていてもよいC1-4アルカノイル基、またはアリール基により置換されていてもよいC1-4アルコキシカルボニル基を示し、
mは16~47の整数を示し、および
nは5~10の整数を示す)
で表されるポリペプチドであり、
第2の両親媒性ポリペプチドが、以下の式(II):
【化2】

(式中、RおよびRは、それぞれ独立して、水素原子、ヒドロキシ基により置換されていてもよいC1-4アルカノイル基、またはアリール基により置換されていてもよいC1-4アルコキシカルボニル基を示し、
Qは、NHまたはNH(CHNH(式中、rは1~3の整数を示す)を示し、
oおよびqは、それぞれ独立して、6~15の整数を示し、pは5~10の整数を示す)
で表されるポリペプチドである、
請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
第1の両親媒性ポリペプチドからなる曲面膜と第2の両親媒性ポリペプチドからなる平面膜との共集合体により構成される、ペプチドキューブであって、
第1の両親媒性ポリペプチドが、以下の式(I):
【化3】

(式中、Rは、水素原子、C1-6アルキル基、またはアラルキル基を示し、
は、水素原子、ヒドロキシ基により置換されていてもよいC1-4アルカノイル基、またはアリール基により置換されていてもよいC1-4アルコキシカルボニル基を示し、
mは16~47の整数を示し、および
nは5~10の整数を示す)
で表されるポリペプチドであり、
第2の両親媒性ポリペプチドが、以下の式(II):
【化4】

(式中、RおよびRは、それぞれ独立して、水素原子、ヒドロキシ基により置換されていてもよいC1-4アルカノイル基、またはアリール基により置換されていてもよいC1-4アルコキシカルボニル基を示し、
Qは、NHまたはNH(CHNH(式中、rは1~3の整数を示す)を示し、
oおよびqは、それぞれ独立して、6~15の整数を示し、pは5~10の整数を示す)
で表されるポリペプチドである、ペプチドキューブ。
【請求項5】
第1の両親媒性ポリペプチドと第2の両親媒性ポリペプチドの配合比率(モル比)が、1:1~1:8の範囲内である、
請求項4に記載のペプチドキューブ。
【請求項6】
一辺の長さが、10~300nmである、
請求項4に記載のペプチドキューブ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、壁面が第1の両親媒性ポリペプチドからなる曲面膜と第2の両親媒性ポリペプチドからなる平面膜との共集合体により構成される、ペプチドキューブ;当該ペプチドキューブからなり、有効成分をペプチドキューブ内に包含し、ペプチドキューブに負荷されるせん断応力によるキューブ形状の崩壊により、内包された有効成分が放出されることを特徴とする、放出制御用組成物等に関するものであり、例えば、医薬品、化粧品、洗剤、食品、化学品、機能性材料等の分野で有用である。
【背景技術】
【0002】
近年、ナノサイズの中空体の研究が盛んに行われており、種々の分野での活用が期待されている。例えば、血管狭窄の治療やイメージングにおける一つの手法として、せん断応力に応答して変形し、内包した物質を漏出させる立方体材料によるドラッグデリバリーシステム(DDS)が提案されている。
せん断応力応答性を有するナノサイズの中空体に関しては、2つの報告が知られている(非特許文献1および2)。非特許文献1には、せん断応力応答性ポリマーソームが記載されている。構成ポリマー分子間の不安定な相互作用を用いたものであり、せん断応力で相互作用が切断されることでポリマーソームが不安定化し、内包物を漏出させるものである。しかし、その応答性の制御は非常に困難と予想される。また、報告されているのはサイズが400 nmと大きいため、免疫系に捕捉されにくい10-200 nmが適しているとされるDDSには不向きである。非特許文献2には、せん断応力応答性鞍型リポソームが記載されている。しかし、リポソームであるため、材料としての機械的強度は低いと考えられ、対象者への投与前の安定性・長期安定性などが疑問視される。
非特許文献1および2の概要は以上の通りであるが、これら2つの文献に記載のせん断応力応答性のカプセルは、立方体形状を有するものではない。ナノサイズの中空の立方体材料の開発はこれまでにほとんど例が無く、安定に調製すること自体がそもそも困難であった。
従って、せん断応力応答性を有するナノサイズの中空の立方体材料の研究・開発が待たれていた。
【0003】
特許文献1には、ペプチドで構成される親水性ブロックと疎水性ブロックとを含む両親媒性分子が複数個集合して構成される壁部で囲まれたナノ構造体が記載されている。非特許文献3には、抗がん剤を包含できるペプチドで構成される中空ナノ構造体が記載されている。
非特許文献4には、2種類の両親媒性ポリペプチドからなるキューブ状ベシクルについて記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2018-193308号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Angew. Chem. Int. Ed. 2021, 60, 904-909
【非特許文献2】Nat. Nanotech. 2012, 7, 536-543
【非特許文献3】ACS Nano 2019, 13, 305-312
【非特許文献4】高分子学会予稿集71巻1号、発表番号2F04
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記の課題の解決のため、曲面膜と平面膜との共集合体により構成される壁面を有する、ペプチドキューブ;有効成分を内包する当該ペプチドキューブからなる放出制御用組成物等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、曲率を有するシート膜を形成する両親媒性ポリペプチドと、剛性の平面シート膜を形成する両親媒性ポリペプチドを共集合させることで、安定なキューブ状中空体を調製できることを見出し、この新規な知見に基づいて鋭意検討を進めた結果、本発明を完成した。
本発明の具体的な実施の形態を挙げると、以下の通りである。但し、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0008】
[1]壁面が、第1の両親媒性ポリペプチドからなる曲面膜と第2の両親媒性ポリペプチドからなる平面膜との共集合体により構成される、ペプチドキューブからなり、
有効成分をペプチドキューブ内に包含し、
ペプチドキューブに負荷されるせん断応力によるキューブ形状の崩壊により、内包された有効成分が放出されることを特徴とする、
放出制御用組成物。
[2]形状の崩壊が開始するペプチドキューブに負荷されるせん断応力が、レオメーターによる評価において、5~20Paである、
上記[1]に記載の組成物。
[3]第1の両親媒性ポリペプチドが、以下の式(I):
【0009】
【化1】
【0010】
(式中、Rは、水素原子、C1-6アルキル基、またはアラルキル基を示し、
は、水素原子、ヒドロキシ基により置換されていてもよいC1-4アルカノイル基、またはアリール基により置換されていてもよいC1-4アルコキシカルボニル基を示し、
mは16~47の整数を示し、および
nは5~10の整数を示す)
で表されるポリペプチドであり、
第2の両親媒性ポリペプチドが、以下の式(II):
【0011】
【化2】
【0012】
(式中、RおよびRは、それぞれ独立して、水素原子、ヒドロキシ基により置換されていてもよいC1-4アルカノイル基、またはアリール基により置換されていてもよいC1-4アルコキシカルボニル基を示し、
Qは、NHまたはNH(CHNH(式中、rは1~3の整数を示す)を示し、
oおよびqは、それぞれ独立して、6~15の整数を示し、pは5~10の整数を示す)
で表されるポリペプチドである、
上記[1]または[2]に記載の組成物。
[4]有効成分が、医薬品、化粧品、洗剤、食品、化学品および機能性材料から選択されるいずれかに使用される有効成分である、上記[1]~[3]のいずれかに記載の組成物。
[5]有効成分が、医薬品に使用される有効成分である、上記[4]に記載の組成物。
[6]医薬品が、血管狭窄または血管閉塞の改善薬、あるいは抗がん剤である、上記[5]に記載の組成物。
【0013】
[7]第1の両親媒性ポリペプチドからなる曲面膜と第2の両親媒性ポリペプチドからなる平面膜との共集合体により構成される、ペプチドキューブであって、
第1の両親媒性ポリペプチドが、以下の式(I):
【0014】
【化3】
【0015】
(式中、Rは、水素原子、C1-6アルキル基、またはアラルキル基を示し、
は、水素原子、ヒドロキシ基により置換されていてもよいC1-4アルカノイル基、またはアリール基により置換されていてもよいC1-4アルコキシカルボニル基を示し、
mは16~47の整数を示し、および
nは5~10の整数を示す)
で表されるポリペプチドであり、
第2の両親媒性ポリペプチドが、以下の式(II):
【0016】
【化4】
【0017】
(式中、RおよびRは、それぞれ独立して、水素原子、ヒドロキシ基により置換されていてもよいC1-4アルカノイル基、またはアリール基により置換されていてもよいC1-4アルコキシカルボニル基を示し、
Qは、NHまたはNH(CHNH(式中、rは1~3の整数を示す)を示し、
oおよびqは、それぞれ独立して、6~15の整数を示し、pは5~10の整数を示す)
で表されるポリペプチドである、ペプチドキューブ。
[8]mが、20~30の整数であり、
nが、6~8の整数であり、
oおよびqが、それぞれ8~13の整数であり、
pが、5~7の整数である、
上記[7]に記載のペプチドキューブ。
[9]mが、25または26であり、
nが、6~8の整数であり、
oおよびqが、それぞれ10であり、
pが、6または7である、
上記[7]に記載のペプチドキューブ。
[10]mが、25であり、nが、6であるか、または
mが、26であり、nが、7であり、
oおよびqが、それぞれ10であり、
pが、6である、
上記[7]に記載のペプチドキューブ。
[11]rが2である、上記[7]~[10]に記載のペプチドキューブ。
[12]第1の両親媒性ポリペプチドと第2の両親媒性ポリペプチドの配合比率(モル比)が、1:1~1:8の範囲内である、
上記[7]~[11]のいずれかに記載のペプチドキューブ。
[13]一辺の長さが、10~300nmである、
上記[7]~[12]のいずれかに記載のペプチドキューブ。
【0018】
(*)上記[1]~[6]のいずれかに記載の放出制御用組成物を構成するペプチドキューブにおいて、その好ましい実施形態としては、上記[7]~[13]のいずれかに記載のペプチドキューブを参照することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、その実施の形態として、多様な成分を内包することができ、広い分野での活用が期待される、壁面が、第1の両親媒性ポリペプチドからなる曲面膜と第2の両親媒性ポリペプチドからなる平面膜との共集合体により構成される、ペプチドキューブ;当該ペプチドキューブからなり、有効成分をペプチドキューブ内に包含し、ペプチドキューブに負荷されるせん断応力によるキューブ形状の崩壊により、内包された有効成分が放出されることを特徴とする、放出制御用組成物等が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1図1は、後記の実施例1(2)で製造されたペプチドキューブ(混合モル比=1:1)のTEM観察結果を示す。左図は、TEM画像を示し、右図は、Cryo-TEM画像を示す。
図2図2は、後記の実施例1(2)で製造されたペプチドキューブ(混合モル比=1:2)のTEM画像を示す。
図3図3は、後記の実施例1(3)で製造されたS2614由来の集合体のTEM画像を示す。
図4図4は、後記の実施例1(3)で製造されたS101210由来の集合体のTEM画像を示す。
図5図5は、後記の実施例1(4)で製造されたS1614とS101210の組み合わせ由来の共集合体のTEM画像を示す。
図6図6は、後記の実施例1(4)で製造されたS3714とS101210の組み合わせ由来の共集合体のTEM画像を示す。
図7図7は、後記の実施例1(4)で製造されたS4714とS101210の組み合わせ由来の共集合体のTEM画像を示す。
図8図8は、後記の実施例1(4)で製造されたS2614とS131213の組み合わせ由来の共集合体のTEM画像を示す。
図9図9は、後記の実施例1(2)で製造されたペプチドキューブ(混合モル比=1:1)の安定性の評価結果を示す。左図は「保存0日目」におけるTEM画像、右図は、「保存60日目」におけるTEM画像を、それぞれ示す。
図10図10は、後記の実施例3で取得された、ペプチドキューブにおけるS2614の局在を可視化したTEM画像を示す。
図11図11は、後記の実施例5における、1 Paのせん断応力負荷後のペプチドキューブの形状変化の観察結果を示す。左図は、20分負荷後、右図は2時間負荷後の形状を、それぞれ示す。
図12図12は、後記の実施例5における、10 Paのせん断応力負荷後のペプチドキューブの形状変化の観察結果を示す。左図は、20分負荷後、右図は、2時間負荷後の形状を、それぞれ示す。
図13図13は、後記の実施例6における、せん断応力応答による薬効成分の放出評価の結果を示す。A図は、当該試験の概要を示す。B図およびC図は、20分間のピペッティングの前後の、ペプチドキューブのTEM画像をそれぞれ示す。D図は、ピペッティングを行う場合と行わない場合とにおける、ペプチドキューブからのカルセイン放出の経時変化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明について詳述するが、文中で特に断らない限り、本明細書で用いるすべての技術用語および科学用語は、本発明が属する技術分野の当業者に一般に理解されるものと同じ意味をもつ。本明細書に記載されたものと同様または同等の任意の方法および材料は、本発明の実施または試験において使用することができるが、好ましい方法および材料を以下に記載する。本明細書で言及したすべての刊行物および特許は、例えば、記載された発明に関連して使用されうる刊行物に記載されている、構築物および方法論を記載および開示する目的で、参照として本明細書に組み入れられる。
以下では、まず本発明により提供されるペプチドキューブについて説明し、続けて、当該ペプチドキューブが有効成分を内包してなる放出制御用組成物について説明する。
【0022】
[本発明のペプチドキューブについて]
本発明により、その一つの実施の形態として、
「壁面が、第1の両親媒性ポリペプチドからなる曲面膜と第2の両親媒性ポリペプチドからなる平面膜との共集合体により構成される、ペプチドキューブ。」(第1の実施形態)
が、提供される。
以下に、本ペプチドキューブについて詳述する。
【0023】
(キューブの形状)
本発明のポリペプチドからなるナノサイズの中空体(ナノカプセル)は、その形状がキューブ形状であることが特徴である。当該「キューブ形状」は、当業者が6つの壁面からなる6面体形状であると認識できる形状であれば特に限定はされず、例えば、立方体形状、直方体形状等が挙げられる。
より具体的には、本発明のペプチドキューブは、第1の両親媒性ポリペプチドからなる曲面膜と第2の両親媒性ポリペプチドからなる平面膜との共集合体により構成される6つの壁面により囲まれたキューブ形状の中空体であり、中空体の内部に目的に応じて医薬品等の種々の成分を内包することができる。
本発明のナノカプセルの特徴である「キューブ形状」は、壁面を、第1の両親媒性ポリペプチドを共集合させてなる曲面膜と第2の両親媒性ポリペプチドを共集合させてなる平面膜という曲率の異なる2種類の膜をさらに共集合させて両者を張り合わせた膜構造とすることにより、主として曲面膜が集合して辺部分や頂点部分を形成し、主として平面膜が集合して壁面部分が形成されることにより、密封された中空体として、形成される。
【0024】
(キューブの大きさ)
本発明のペプチドキューブの大きさは特に限定はされず、その使用目的に応じて適宜設計することができる。一つの態様として、DDSへの活用の観点からは、例えば、一辺の長さを、10~300nmとすることができ、好ましくは、10~250nm、さらに好ましくは、10~200nmとすることができる。
本発明のペプチドキューブにおいては、キューブの大きさは、平面膜を形成する第2の両親媒性ポリペプチドのサルコシン部分の重合度を適宜変更して、平面膜の大きさを調節することにより、適宜制御することができる。
【0025】
(両親媒性ポリペプチド)
本明細書中、「ポリペプチド」とは、2個以上のアミノ酸がペプチド結合によって結合した化合物をいう。
本明細書中、「アミノ酸」には、天然アミノ酸、非天然アミノ酸、およびそれらの修飾および/または化学的変更による誘導体が包含され、また、α-アミノ酸、β-アミノ酸、γ-アミノ酸等を包含する。ここで、好ましくは、α-アミノ酸である。
本明細書中、「両親媒性」とは、1つの分子内に水(水相)になじむ「親水性部分」と油(有機相)になじむ「親油性部分」(疎水性部分)の両方が存在することをいう。
【0026】
(第1の両親媒性ポリペプチド)
本発明のペプチドキューブにおいては、曲面膜は、第1の両親媒性ポリペプチドにより形成される。
「第1の両親媒性ポリペプチド」としては、親水性ペプチド単位が重合してなる親水性ポリペプチドブロックと、疎水性ペプチド単位が重合してなる疎水性ポリペプチドブロックとを含むポリペプチドが挙げられるが、好ましくは、
(親水性ポリペプチドブロック)-(疎水性ポリペプチドブロック)**
で表されるブロック共重合体構造を含むものが挙げられる(上記において、は、N末端を示し、**はC末端を示す)。
上記の第1の両親媒性ポリペプチドは、その一部にポリペプチド以外の構成要素を含んでいてもよく、かかる構成要素としては、例えば、N末端またはC末端の修飾が挙げられる。
また、親水性ポリペプチドブロックと疎水性ポリペプチドブロックとは、直接結合していてもよく、またリンカーを介して結合していてもよい。リンカーとしては、ペプチドから構成されるものでもよく、また非ペプチドから構成されるものであってもよい。
【0027】
親水性ペプチド単位を構成するアミノ酸は、特には限定されず、例えば、N-メチルグリシン(サルコシン)、リジン、およびヒスチジン等が挙げられ、好ましくはN-メチルグリシン(サルコシン)が挙げられる。親水性ペプチド単位は、1個のアミノ酸により構成されていてもよく、2個以上の複数種のアミノ酸により構成されていてもよい。またアミノ酸以外の構成部分を含んでいてもよい。
かかる親水性ペプチド単位を構成するアミノ酸は、重合後の親水性ポリペプチドブロックが全体として親水性を有するように当業者であれば適宜選択することができる。当該親水性の程度は、特に限定されないが、少なくとも、親水性ポリペプチドブロックが、両親媒性ポリペプチドの他の領域と比較して相対的に親水性が強い領域であり、当該他の領域と共に両親媒性ポリペプチドを形成することによって、両親媒性ポリペプチド全体として両親媒性を実現することが可能となる程度の親水性を有していればよい。
【0028】
疎水性ペプチド単位を構成するアミノ酸は、特には限定されず、例えば、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、メチオニン、チロシン、トリプトファン、アミノイソ酪酸、ノルロイシン、α-アミノ酪酸、およびシクロヘキシルアラニン等が挙げられ、好ましくはアラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、アミノイソ酪酸、ノルロイシン、α-アミノ酪酸などが挙げられ、より好ましくはロイシン、アミノイソ酪酸などが挙げられる。疎水性ペプチド単位は、1個のアミノ酸により構成されていてもよく、2個以上の複数種のアミノ酸により構成されていてもよい。またアミノ酸以外の構成部分を含んでいてもよい。
かかる疎水性ペプチド単位を構成するアミノ酸は、重合後の疎水性ポリペプチドブロックが全体として疎水性を有するように当業者であれば適宜選択することができる。当該疎水性の程度は、特に限定されないが、少なくとも、疎水性ポリペプチドブロックが、両親媒性ポリペプチドの他の領域と比較して相対的に疎水性が強い領域であり、当該他の領域と共に両親媒性ポリペプチドを形成することによって、両親媒性ポリペプチド全体として両親媒性を実現することが可能となる程度の疎水性を有していればよい。
本発明の実施にあたっては、疎水性ポリペプチドブロックが、αヘリックス構造を形成するように設計することが好ましい。
【0029】
以上「第1の両親媒性ポリペプチド」について詳述したが、その好ましい態様の一つとしては、以下の式(I):
【0030】
【化5】
【0031】
(式中、Rは、水素原子、C1-6アルキル基、またはアラルキル基を示し、
は、水素原子、ヒドロキシ基により置換されていてもよいC1-4アルカノイル基、またはアリール基により置換されていてもよいC1-4アルコキシカルボニル基を示し、
mは16~47の整数を示し、およびnは5~10の整数を示す)
で表されるポリペプチドが挙げられる。それ自身で集合体を形成した場合に曲面構造を形成するものが好ましい。
【0032】
上記における各記号および定義について説明する。
「Ca-b」(例えば、C1-6)または「Ca-Cb」(例えば、C-C)なる表記は、基を構成する炭素原子の数がa~b個(例えば、1~6個)であることを示す。
「C1-6アルキル基」としては、例えば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、sec-ブチル、tert-ブチル、ペンチル、イソペンチル、ネオペンチル、1-エチルプロピル、ヘキシル、イソヘキシル、1,1-ジメチルブチル、2,2-ジメチルブチル、3,3-ジメチルブチル、2-エチルブチルが挙げられる。
「アラルキル基」としては、「C7-16アラルキル基」が挙げられ、例えば、ベンジル、フェネチル、ナフチルメチル、フェニルプロピルが挙げられる。
「C1-4アルカノイル基」としては、例えば、アセチル、プロパノイル、ブタノイルが挙げられる。当該「C1-4アルカノイル基」は、置換可能な位置で、1~3個のヒドロキシ基により置換されていてもよい。
ここで、「ヒドロキシ基により置換されていてもよいC1-4アルカノイル基」の好ましい態様としては、-COCHOH基が挙げられる。
「C1-4アルコキシカルボニル基」としては、例えば、メトキシカルボニル、エトキシカルボニル、プロポキシカルボニル、イソプロポキシカルボニル、ブトキシカルボニル、イソブトキシカルボニル、sec-ブトキシカルボニル、tert-ブトキシカルボニルが挙げられる。当該「C1-4アルコキシカルボニル基」は、置換可能な位置で、1~3個のアリール基により置換されていてもよい。ここで、「アリール基」としては、C6-14アリール基が挙げられ、より具体的には、例えば、フェニル、ナフチル、フルオレニルが挙げられる。
mは上記の通りであるが、好ましくは、20~30の整数であり、より好ましくは、25~26の整数である。
nは上記の通りであるが、好ましくは、6~8の整数であり、より好ましくは6または7である。
具体的には、mが25であり、nが6である場合、mが26であり、nが7である場合等が特に好ましい。
【0033】
(第2の両親媒性ポリペプチド)
本発明のペプチドキューブにおいては、平面膜は、第2の両親媒性ポリペプチドにより形成される。
「第2の両親媒性ポリペプチド」としては、親水性ペプチド単位が重合してなる親水性ポリペプチドブロックと、疎水性ペプチド単位が重合してなる疎水性ポリペプチドブロックとを含むポリペプチドが挙げられるが、好ましくは、
(親水性ポリペプチドブロック)-(疎水性ポリペプチドブロック)-(親水性ポリペプチドブロック)**
で表されるブロック共重合体構造を含むものが挙げられる。
(上記において、および**は、それぞれN末端を示す。すなわち、2つの(親水性ポリペプチドブロック)は、それぞれのC末端から(疎水性ポリペプチドブロック)に、直接または間接に結合している。)
上記の第2の両親媒性ポリペプチドは、その一部にポリペプチド以外の構成要素を含んでいてもよく、かかる構成要素としては、例えば、N末端またはC末端の修飾が挙げられる。
また、親水性ポリペプチドブロックと疎水性ポリペプチドブロックとは、直接結合していてもよく、またリンカーを介して結合していてもよい。リンカーとしては、ペプチドから構成されるものでもよく、また非ペプチドから構成されるものであってもよい。リンカーを介すことでペプチドブロックの結合方向を逆方向にすることができる。
【0034】
「親水性ペプチド単位を構成するアミノ酸」、「親水性ポリペプチドブロック」、「疎水性ペプチド単位を構成するアミノ酸」および「疎水性ポリペプチドブロック」の詳細については、「第1の両親媒性ポリペプチド」について前記したものをそれぞれ参照することができる。
【0035】
以上「第2の両親媒性ポリペプチド」について詳述したが、その好ましい態様の一つとしては、以下の式(II):
【0036】
【化6】
【0037】
(式中、RおよびRは、それぞれ独立して、水素原子、ヒドロキシ基により置換されていてもよいC1-4アルカノイル基、またはアリール基により置換されていてもよいC1-4アルコキシカルボニル基を示し、
Qは、NHまたはNH(CHNH(式中、rは1~3の整数を示す)を示し、
oおよびqは、それぞれ独立して、6~15の整数を示し、pは5~10の整数を示す)
で表されるポリペプチドが挙げられる。それ自身で集合した場合に平面構造を形成するものが好ましい。
およびRにおける「ヒドロキシ基により置換されていてもよいC1-4アルカノイル基」、および「アリール基により置換されていてもよいC1-4アルコキシカルボニル基」については、Rにおける各基についての説明を参照することができる。
およびRは、上記の通りであるが、好ましくは、水素原子、またはヒドロキシが置換したC1-4アルカノイル基であり、より好ましくは、水素原子、または-COCHOHであり、さらに好ましくは、-COCHOHである。
【0038】
式中、oおよびqは、上記の通りであるが、好ましくは、それぞれ独立して、8~13の整数であり、より好ましくは、10である。
rは、上記の通りであるが、好ましくは、1または2、より好ましくは、2である。
また、pは、上記の通りであるが、好ましくは、5~7の整数であり、より好ましくは、6または7であり、さらに好ましくは、6である。
【0039】
(せん断応力応答性)
本発明のペプチドキューブは、後記の実施例において詳述される通り、せん断応力への応答性を有しており、一定のせん断応力の下で、キューブ形状の崩壊が開始し、内包物が徐々に外部へと放出されるとの特徴を有している(せん断応力応答性)。せん断応力への応答性の程度は、特には限定されず、ペプチドキューブの使用目的に応じて適宜決定することができ、例えば、第1の両親媒性ポリペプチドと第2の両親媒性ポリペプチドの種類や配合比率等を調整することにより制御することができる。
かかるペプチドキューブのせん断応力への応答性の程度は、例えば、形状の崩壊が開始するせん断応力が5Pa~20Pa、好ましくは、8Pa~12Paである。一つの好ましい態様においては、形状の崩壊が開始するせん断応力が10Paである。
【0040】
[本発明のペプチドキューブの製造方法について]
本発明のペプチドキューブは、第1の両親媒性ポリペプチドと第2の両親媒性ポリペプチドとを混合した後、水性溶媒に分散させたのち、加熱することにより簡便に調製することができる。
両ポリペプチドの混合にあたっては、一つの態様として、適当な溶媒(例えば、エタノール等のアルコール)に予め溶解した溶液としてから、混合することが好ましい。
混合時および分散操作時の温度は特には限定されないが、室温下(例えば、5℃~30℃)で混合してもよい。
加熱温度は特には限定されないが、例えば、60~100℃(好ましくは、85~95℃、より好ましくは90℃)の温度範囲内で、1~数時間(好ましくは、1~3時間)加熱してもよい。加熱時には、攪拌を伴ってもよい。
本発明のペプチドキューブを調製するにあたっては、第1の両親媒性ポリペプチドと第2の両親媒性ポリペプチドの配合比率は、モル比において、1:1~1:8の範囲とすることができる。ここでは、1:1~1:4の範囲が好ましく、1:1~1:2の範囲がより好ましい。そして、特に好ましくは、1:2である。
それぞれ疎水性部分にαヘリックス構造を有する第1の両親媒性ポリペプチドと第2の両親媒性ポリペプチドを疎水性相互作用させることにより、αヘリックス構造を起点として第1の両親媒性ポリペプチドと第2の両親媒性ポリペプチドのそれぞれが共集合体を形成して曲面膜および平面膜を形成し、当該曲面膜と平面膜という2種類の膜がさらに共集合して張り合わされることにより、曲率の異なる膜が形成されて壁面となり、本発明のペプチドからなるキューブ形状のナノサイズの中空体が形成されることとなる。
なお、原料である第1の両親媒性ポリペプチドと第2の両親媒性ポリペプチドは、当業者であれば、公知の原料から出発して、当技術分野で公知の方法を用いて、適宜調製して使用することができる(例えば、Chem.Commun.47, 3204-3206 (2011)を参照)。
【0041】
[本発明のペプチドキューブからなる放出制御用組成物について]
本発明により、別の実施の形態として、
「壁面が、第1の両親媒性ポリペプチドからなる曲面膜と第2の両親媒性ポリペプチドからなる平面膜との共集合体により構成される、ペプチドキューブからなり、
有効成分をペプチドキューブ内に包含し、
ペプチドキューブに負荷されるせん断応力によるキューブ形状の崩壊により、内包された有効成分が放出されることを特徴とする、
放出制御用組成物。」(第2の実施形態)
が、提供される。
以下に、本実施形態での放出制御用組成物(以下、「本組成物」とも略称する)について詳述する。
【0042】
(ペプチドキューブ)
本実施形態は、第1の実施形態で前記した「壁面が、第1の両親媒性ポリペプチドからなる曲面膜と第2の両親媒性ポリペプチドからなる平面膜との共集合体により構成される、ペプチドキューブ。」に、有効成分を内包させた組成物の形態とすることにより、ペプチドキューブに負荷されるせん断応力に応じてキューブ形状が崩壊し、当該組成物から有効成分が放出されるとの知見に基づくものである。
従って、「壁面が、第1の両親媒性ポリペプチドからなる曲面膜と第2の両親媒性ポリペプチドからなる平面膜との共集合体により構成される、ペプチドキューブ」自体については、キューブの形状、大きさ、両親媒性ポリペプチド等の各構成要素やその好ましい態様、並びにその製造方法についても、第1の実施形態において詳述されたものを参照することができる。
【0043】
(有効成分)
本組成物を構成する「ペプチドキューブ」は、その中空体の内部に種々の有効成分を内包させることができる。当該有効成分としては、医薬品(例えば、血管狭窄または血管閉塞の改善薬、あるいは抗がん剤)、化粧品、洗剤、食品、化学品、機能性材料等の有効成分として利用される多様なものが挙げられる。このため、本組成物は、内包させる有効成分の特性に応じて種々の目的に活用することが可能である。ペプチドキューブの内部は、水で満たされている場合には、親水性薬剤等の親水性の高い成分もそのまま内包させることができる。
【0044】
(製造方法)
本組成物を製造するために必要となる、内包の対象となる有効成分のペプチドキューブ内への取り込みは、例えば、後記の実施例において記載の通り、第1の両親媒性ポリペプチドと第2の両親媒性ポリペプチドの混合時に内包の対象となる成分を併存させることで、行うことができる。但し、この方法に限定されるものではなく、当業者であれば、適宜有効成分をペプチドキューブ内に内包させることにより、本組成物を製造することができる。
また、有効成分のペプチドキューブにおける内包量は、使用する有効成分や使用目的、使用形態に応じて変動するため一律に決めることができないが、当業者であれば適宜決定して、本組成物を製造することができる。
なお、ここで「有効成分が内包されている」とは、有効成分がペプチドキューブの内壁に結合することなく、中空体の内部に存在していることをいい、より具体的には、例えば、有効成分は分子状になって、あるいは溶液状態または懸濁液状態でペプチドキューブが形成する中空体に内包されている。
【0045】
(せん断応力応答性)
後記の実施例において記載の通り、本組成物を構成するペプチドキューブは、キューブ形状であることに基づく優れたせん断応力応答性を有しており、せん断応力に応じて壁面が壊れてキューブ形状が崩壊し、内包物を徐放させることができる。
せん断応力への応答性の程度は、特には限定されず、ペプチドキューブの使用目的に応じて適宜決定することができ、例えば、第1の両親媒性ポリペプチドと第2の両親媒性ポリペプチドの種類や配合比率等を調整することにより制御することができる。かかるペプチドキューブのせん断応力への応答性の程度は、形状の崩壊が開始するせん断応力が5Pa~20Pa、好ましくは8Pa~12Paである。一つの好ましい態様においては、形状の崩壊が開始するせん断応力が10Paである。
本組成物は、以上の特性を活用して、キューブ形状の崩壊のために必要となるせん断応力を適宜調節することにより、有効成分の放出を制御することができるため、放出制御用組成物として有用である。例えば、医薬品の有効成分を内包させたペプチドキューブを血管狭窄または血管閉塞を発症している患者の血管内に投与した場合には、血流に沿って移動後に、血管狭窄または血管閉塞部位において、当該部位で上昇している血圧がせん断応力として作用し、キューブ形状が崩壊し、当該有効成分を当該部位において効果的に作用させることが可能となる。本発明のペプチドキューブには、このようなDDS技術(薬物キャリア)として、医薬の分野での活用が期待される。
ただし、以上は一例であって、本組成物は、医薬品以外の有用な成分を内包させることにより、医薬の分野のみならず、広範な分野で有効成分の放出制御用の組成物としての活用が可能である。
例えば、色素や発光物質などの化学物質を内包させることで、圧力・せん断応力応答性材料や圧力・せん断応力センサーとして、洗剤の有効成分を内包させることで洗剤として、化学調味料の有効成分などを内包させることで食品としてなど、様々な用途に利用できる。
【0046】
(組成物の使用形態)
本組成物は、有効成分を内包するペプチドキューブが分散された分散剤の形態で各種目的に使用することができる。当業者であれば、使用目的に応じて、適宜組成物の形態を設計して本組成物を使用することができる。
本組成物を、例えば薬物キャリアとして用いてヒト等の対象者に投与する場合は、医薬品の有効成分を内包させたペプチドキューブを、単独の形態で、または医薬として許容される担体とともに含む医薬組成物の形態でのいずれの形態でも使用することができる。
かかる医薬組成物としては、例えば、注射剤(例えば、皮下注射剤、静脈内注射剤(例えば、ボーラス)、筋肉内注射剤、腹腔内注射剤)、点滴剤等の液状製剤が挙げられる。
「医薬として許容される担体」としては、製剤技術の分野で慣用されている各種の担体を用いることができる。「医薬として許容される担体」の具体例としては、例えば、液状製剤においては、溶剤(例えば、注射用水、等張食塩水、アルコール、プロピレングリコール、マクロゴール、ゴマ油、等)、溶解補助剤(例えば、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、D-マンニトール、安息香酸ベンジル、エタノール、トリエタノールアミン、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム等)、懸濁化剤(例えば、ステアリルトリエタノールアミン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリルアミノプロピオン酸、レシチン、塩化ベンザルコニウム、モノステアリン酸グリセリン等の界面活性剤;例えば、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等の親水性高分子等)、等張化剤(例えば、ブドウ糖、D-ソルビトール、塩化ナトリウム、グリセリン、D-マンニトール等)、緩衝剤(例えば、リン酸塩、クエン酸塩等の緩衝液等)、および無痛化剤(例えば、ベンジルアルコール等)、等を用いることができる。
投与対象は、内包させる成分により異なるが、例えば、哺乳動物(特に、ヒト)に対して、安全に投与し得る。
【実施例0047】
本発明は、更に以下の実施例によって詳しく説明されるが、これらは本発明を限定するものではなく、また本発明の範囲を逸脱しない範囲で変化させてもよい。
【0048】
実施例1:ペプチドキューブの製造
(1)両親媒性ポリペプチドの製造
本実施例では、第1の両親媒性ポリペプチドとして、(Sar)26-(L-Leu-Aib)14(S2614とも略記する)、第2の両親媒性ポリペプチドとして、(Sar)10-(L-Leu-Aib)12-(Sar)10(S101210とも略記する)を用いた。S2614は、例えば、J. Am. Chem. Soc., 2018, 140(51), 17956-17961.に記載の方法またはそれに準じて、S101210は、例えば、Int. J. Mol. Sci. 2021, 22(21), 10275.に記載の方法またはそれに準じて製造した。なお、上記の第1および第2の両親媒性ポリペプチドにおいては、当技術分野で公知の方法により、またはそれに準じて、N末端はグリコール酸により保護されており、C末端はメトキシ基で保護されている。
同様にして、第1の両親媒性ポリペプチドとして、
(Sar)16-(L-Leu-Aib)14(S1614とも略記する)
(Sar)37-(L-Leu-Aib)14(S3714とも略記する)
(Sar)47-(L-Leu-Aib)14(S4714とも略記する)
を製造した。
また、同様にして、第2の両親媒性ポリペプチドとして、
(Sar)13-(L-Leu-Aib)12-(Sar)13(S131213とも略記する)
を製造した。
以上においても、N末端はグリコール酸により保護されており、C末端はメトキシ基で保護されている。
【0049】
(2)ペプチドキューブの製造
2614のエタノール溶液とS101210のエタノール溶液を、所定の混合モル比(1:1または1:2)となるように混合し、攪拌した状態の水および生理食塩水およびその他水性溶媒にマイクロピペットを用いて1回でインジェクトし(エタノールインジェクション法)、室温で数分間(1~30分程度)攪拌したのち、得られた懸濁液を、90℃で1時間加熱することで共集合体であるペプチドキューブを得た。
得られたペプチドキューブのTEM画像を、図1(左図)(混合モル比=1:1)および図2(混合モル比=1:2)に示す。
TEM画像は、JEOL JEM-1230を用いて、80kVの加速電圧で取得した。分散液のドロップ(2μL)を炭素コートCu格子上に載せ、2%酢酸サマリウムでネガティブ染色し、過剰な液体を濾紙で吸い上げた。Frozen-Hydrated/Cryogenic-TEM (Cryo-TEM)観察を行った。緩衝液中の分散液を、液体窒素で冷却した液体エタン中で急速に凍結した。サンプルを液体窒素温度において100kVの加速電圧で評価した。図1(右図)にペプチドキューブ(混合モル比=1:1)のCryo-TEM画像を示す。
【0050】
(3)S2614単独/S101210単独由来の集合体
両親媒性ポリペプチドとして、S2614およびS101210をそれぞれ単独で用いたことを除いては上記(2)と同様の操作を用いて、集合体を得た。
各集合体のTEM画像を、図3(S2614由来の集合体)および図4(S101210由来の集合体)に示す。
(4)上記(2)と同様にして、下記の表1に示された第1の両親媒性ポリペプチドと第2の両親媒性ポリペプチドの組み合わせを用いて、共集合体であるペプチドキューブを得た(混合モル比=1:2)。
【0051】
【表1】
【0052】
上記の各ペプチドキューブについてのTEM画像を、図5(S1614とS101210の組み合わせ)、図6(S3714とS101210の組み合わせ)、図7(S4714とS101210の組み合わせ)、図8(S2614とS131213の組み合わせ)に示す。
【0053】
以上の通り、第1の両親媒性ポリペプチドおよび第2の両親媒性ポリペプチドの共集合体は、目的とするキューブ形状を有する「ペプチドキューブ」を形成することが確認された(図1~2、図5~8)。他方、第1の両親媒性ポリペプチドのみの集合体では、曲面膜が形成され(図3)、第2の両親媒性ポリペプチドのみの集合体では、平面膜が形成される(図4)ことが確認された。
【0054】
実施例2:ペプチドキューブの安定性の評価
実施例1(2)で調製したペプチドキューブ(混合モル比=1:2)を、4℃の冷蔵庫で2ヵ月保存し、再度TEM観察を行うことにより、その形状の変化の有無を調査した。
【0055】
結果を図9に示す。図9において、左図は「保存0日目」におけるTEM画像であり、右図は、「保存60日目」におけるTEM画像である。
以上より、本発明のペプチドキューブでは、2ケ月に渡ってそのキューブ構造が維持されており、キューブ構造の安定性に優れていることが明らかとなった。
【0056】
実施例3:S2614の局在化
ペプチドキューブにおけるS2614の局在を可視化するために、S101210、S2614、LA-S2614の混合物(混合比率=2:0.9:0.1)をエタノールインジェクション法により調製し、90℃、1時間加熱処理してLA標識化ペプチドキューブ分散液を調製した。なお、LA-S2614は、S2614のN末端を常法によりLipoic acidでキャッピングすることにより調製した。
5nmの金コロイド分散液を、LA標識ペプチドキューブ分散液と室温で10分間混合した。得られた分散液の一滴(5μL)を炭素コートCu格子上に載せ、格子上でミリQ水(Milli-Q water)により3回洗浄し、酢酸サマリウム2%によるネガティブ染色の後、過剰な液体を濾紙で吸い上げた。得られた試料をTEMで観察した。
【0057】
結果を、図10にTEM画像として示す。
画像中の黒点がLA-S2614のリポ酸部分に結合した金のナノ粒子を示しており、これにより、第1の両親媒性ポリペプチドS2614が、ペプチドキューブの角の部分に局在していることが明らかとなった。
【0058】
実施例4:薬剤内包能の評価
2614とS101210のそれぞれ0.2 mgを4 μlのエタノールに溶解した溶液を、Dox(ドキソルビシン)溶液(0.75 mg/ml)(溶液量は990 ml)に添加し、攪拌した。この溶液を、90℃で1時間攪拌した後、アミコンウルトラ10kDa(メルク社製)を用いて精製して、Doxを内包するペプチドキューブを得た。
【0059】
Doxのペプチドキューブ内への封入効率は、3%程度であった。Doxの封入効率は、Doxの吸収波長の光の吸光度を測定し、評価した。また、調製後48時間に渡って、ペプチドキューブからのDoxの漏出は見られなかった。
以上より、本発明のペプチドキューブは、閉じた中空の形状を有し、その内部に医薬品等の成分を内包する機能を有することが見出された。従って、本発明のペプチドキューブは、医薬品等の成分を内包させることにより、当該成分を含有する組成物として有用であることが明らかとなった。
【0060】
実施例5:せん断応力応答性の評価
ペプチドキューブの機械感受性(mechanosensitivity)を調べるため、AR-G2レオメーター(TA Instruments-Waters LLC.、New Castle、UK)を用いて、せん断応力の関数としてのペプチドキューブの固有の形状の変化を調べた。一定量のペプチドキューブ分散液をレオメーターに装填し、2分間平衡化した後、せん断応力を負荷した。正常な血管内および病的に収縮した血管内のせん断応力にそれぞれ相当するものとして、1 Paおよび10 Paという2種のせん断応力を負荷した。それぞれの応力の下で、ペプチドキューブに20分間または2時間せん断応力が負荷された。最終的に、ペプチドキューブの形状はTEMによる可視化により検討され、集合体の大きさは以下のDLS測定によって決定された。なお、本試験では、ペプチドキューブとしては、実施例1(2)で製造された混合モル比=1:2のペプチドキューブを用いた。
(DLS測定)
生理食塩水中の集合体のhydrodynamic diameter(流体力学的直径)は、He-Neレーザー(633 nm)を用いてELSZ-2PL装置(Photal Otsuka Electronics Co. Ltd., Osaka, Japan)により測定された。試料の測定は、25℃で3回行った。
【0061】
本評価におけるペプチドキューブの形状の変化を図11(せん断応力1Pa負荷;左図は、20分負荷後、右図は2時間負荷後の形状を、それぞれ示す)および図12(せん断応力10Pa負荷;左図は、20分負荷後、右図は、2時間負荷後の形状を、それぞれ示す)に示す。図11から明らかな通り、負荷されるせん断応力が1 Paである場合には(正常な血管内のせん断応力に相当)、ペプチドキューブの形状に変化はなく、キューブ形状の崩壊は観察されなかった。一方、負荷されるせん断応力が10 Paである場合には(病的に収縮した血管内のせん断力に相当)、時間とともにペプチドキューブの形状の崩壊が進行し、2時間時点ではほぼ完全な崩壊が観察された。
以上より、医薬品等の成分を内包させた本発明のペプチドキューブは、病的に収縮した血管内を擬制したせん断応力下で、そのキューブ形状の崩壊により内包成分を放出させることが可能であり、放出制御用組成物として有用であることが明らかとなった。
【0062】
実施例6:せん断応力応答による薬効成分の放出評価
ペプチドキューブのせん断応力応答性DDSキャリアとしての可能性を検討した。具体的には、狭窄した血管内の病的な流動状態を模擬するため、注射器と27G針でピペッティングを繰り返し、親水性薬剤モデルとしてのカルセイン色素のペプチドキューブからの放出挙動を評価した。ペプチドキューブとしては、実施例1(2)で製造された混合モル比=1:2のペプチドキューブを用いた。本試験での概要を図13Aに示す。
カルセインは、ペプチドキューブの固有形状に影響を与えることなく、自己消光濃度より低いレベルでペプチドキューブに封入された。ペプチドキューブから周囲の媒体に色素が放出されるたびに色素は希釈され、その結果、蛍光強度が低下する。ペプチドキューブからのカルセインの放出率を評価するために、Triton X-100(TX-100)で分解したカルセイン封入ペプチドキューブの蛍光強度を、封入されたカルセインの100%が放出されたときの強度として測定した。
【0063】
ピペッティングを行わず、37℃で20分間放置しても、95%以上のカルセインがペプチドキューブの内部に残っていた(図13D)。一方、カルセインを封入したペプチドキューブを注射器と27G針で連続的に吸引・排出すると、蛍光強度は著しく低下した。その結果、1分後、5分後、20分後に、それぞれ36%、64%、84%のカルセインが放出された(図13D)。20分後のTEM画像からも、カルセイン封入後もペプチドキューブのせん断応力応答性の変形能が維持されていることが確認された。その結果、ペプチドキューブは、静止状態では完全に安定で内包物を保持しているが、せん断流にさらされると内包物が漏出するという、独特の放出挙動を示すことが明らかとなった。参考まで、20分間のピペッティングの前後の、ペプチドキューブのTEM画像を、図13B(ピペッティング前)と図13C(ピペッティング後)にそれぞれ示す。
以上より、医薬品等の成分を内包させた本発明のペプチドキューブは、病的に収縮した血管内の流動状態を模擬したせん断応力下で、そのキューブ形状の崩壊により内包成分を放出させることが可能であり、放出制御用組成物として有用であることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明は、壁面が第1の両親媒性ポリペプチドからなる曲面膜と第2の両親媒性ポリペプチドからなる平面膜との共集合体により構成される、ペプチドキューブ;当該ペプチドキューブからなり、有効成分をペプチドキューブ内に包含し、ペプチドキューブに負荷されるせん断応力によるキューブ形状の崩壊により、内包された有効成分が放出されることを特徴とする、放出制御用組成物等に関するものであり、例えば、医薬等の分野で有用である。
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