(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024170215
(43)【公開日】2024-12-06
(54)【発明の名称】転がり軸受及びアクチュエータ
(51)【国際特許分類】
C10M 169/02 20060101AFI20241129BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20241129BHJP
F16C 33/66 20060101ALI20241129BHJP
C10M 119/22 20060101ALN20241129BHJP
C10M 107/38 20060101ALN20241129BHJP
C10N 30/00 20060101ALN20241129BHJP
C10N 40/02 20060101ALN20241129BHJP
【FI】
C10M169/02
F16C19/06
F16C33/66 Z
C10M119/22
C10M107/38
C10N30:00 Z
C10N40:02
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023087250
(22)【出願日】2023-05-26
(71)【出願人】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】山本 康太
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 信二
(72)【発明者】
【氏名】戸田 雄次郎
(72)【発明者】
【氏名】坂本 宰彦
(72)【発明者】
【氏名】北村 峻祐
【テーマコード(参考)】
3J701
4H104
【Fターム(参考)】
3J701AA02
3J701AA32
3J701AA42
3J701AA52
3J701AA62
3J701BA80
3J701CA12
3J701EA63
3J701FA60
3J701GA55
3J701GA57
3J701GA60
3J701XE32
3J701XE33
3J701XE34
4H104CD02A
4H104CD02B
4H104CD04A
4H104LA20
4H104PA01
(57)【要約】
【課題】清浄度の高い環境において使用され、潤滑油として使用されるグリースの腐食を防止することができるとともに、過酸化水素等による除染前のみではなく、除染後においても、発塵量を低減することができる転がり軸受、及びこの転がり軸受を備えたアクチュエータを提供する。
【解決手段】転がり軸受1は、基油と、増ちょう剤と、を含むグリースが封入されている。基油は、フッ素油を含有し、増ちょう剤は、ポリテトラフルオロエチレン樹脂粉末を含有する。また、グリースの混和ちょう度が200以上295以下である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基油と、増ちょう剤と、を含むグリースが封入された転がり軸受であって、
前記基油は、フッ素油を含有し、
前記増ちょう剤は、ポリテトラフルオロエチレン樹脂粉末を含有し、
前記グリースの混和ちょう度が200以上295以下であることを特徴とする、転がり軸受。
【請求項2】
前記基油は、40℃における動粘度が、10mm2/s以上200mm2/s以下であることを特徴とする、請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記フッ素油は、パーフルオロポリエーテルであることを特徴とする、請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項4】
前記グリースの全質量に対する前記増ちょう剤の含有量は、30質量%以上50質量%以下であることを特徴とする、請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項5】
前記グリースの比重は、1.50以上であることを特徴とする、請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項6】
前記グリースの酸化安定度は、10kPa以下であることを特徴とする、請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項7】
過酸化水素及び過酢酸のうち、少なくとも1種を含む雰囲気に曝される環境において使用されることを特徴とする、請求項1~6のいずれか1項に記載の転がり軸受。
【請求項8】
再生医療分野で使用される装置に含まれることを特徴とする、請求項1~6のいずれか1項に記載の転がり軸受。
【請求項9】
請求項1~6のいずれか1項に記載の転がり軸受と、前記転がり軸受に支持されるボールねじと、前記ボールねじによって移動される部材の移動方向をガイドするリニアガイドと、を備えることを特徴とするアクチュエータ。
【請求項10】
前記ボールねじの表面及び前記リニアガイドの表面に、ふっ化低温クロムめっき皮膜が形成されていることを特徴とする、請求項9に記載のアクチュエータ。
【請求項11】
過酸化水素及び過酢酸のうち、少なくとも1種を含む雰囲気に曝される環境において使用され、前記転がり軸受、前記ボールねじ及び前記リニアガイドを覆うカバーを有しないことを特徴とする、請求項9に記載のアクチュエータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受、及び該転がり軸受を備えたアクチュエータに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、機械装置や車両等の分野において、転がり軸受が多用されている。特に、クリーン環境や真空環境、高温環境で使用される回転機器の回転部分の支持には、例えばフッ素油を基油とするフッ素グリースによる潤滑される転がり軸受が用いられている。具体的には、転がり軸受の内部空間にフッ素グリースを充填することにより潤滑がなされている。
【0003】
アクチュエータ内の転がり軸受においては、装置を稼働させることにより、潤滑剤から粒子が発生する事は周知の事実である。したがって、上記の種々の分野でアクチュエータを使用する際には、転がり軸受から発生する粒子の低減が求められる。
【0004】
特に、食品製造設備、電子工業、化学工業、医療等、種々の分野においては、より一層清浄な環境が要求される。例えば、再生医療の分野で使用される装置としては、細胞を操作するための細胞培養装置、細胞積層装置等が挙げられる。細胞は、潤滑剤から発生する粒子等の細胞以外の物質が混入されることにより、細胞に悪影響を及ぼす等の可能性を孕んでいるため、再生医療の分野においては、装置の周辺環境を極めて高い清浄度とする必要がある。したがって、再生医療領域に用いる装置は、菌数を一定レベルへ低下することを目的として、過酸化水素等に曝される除染工程が実施される。
【0005】
ところで、特許文献1には、特定のPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)微粒子を、グリース組成物全量の30質量%以上90質量%以下含有し、フッ素油を基油としたグリース組成物を充填した転がり軸受が開示されている。上記転がり軸受は、地球環境に影響を及ぼすペルフルオロオクタン酸(PFOA)化合物の含有量を低減しており、転がり軸受の使用に伴う揮発や飛散を減少させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記特許文献1に記載の転がり軸受においては、上記のような除染について考慮されていない。例えば、グリースが封入された転がり軸受が過酸化水素等に曝されると、グリースが変質し、所望の潤滑性を維持することができないことがある。また、グリースの変質によって発塵量が著しく増加する。従来の転がり軸受においては、特に除染工程後において、グリースの変質を防止できず、発塵量を十分に低減することもできない。
【0008】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、清浄度の高い環境において使用され、潤滑剤として使用されるグリースの変質を防止することができるとともに、過酸化水素等に曝された場合であっても、発塵量を低減することができる転がり軸受、及びこの転がり軸受を備えたアクチュエータを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の上記目的は、転がり軸受に係る下記(1)の構成により達成される。
【0010】
(1) 基油と、増ちょう剤と、を含むグリースが封入された転がり軸受であって、
前記基油は、フッ素油を含有し、
前記増ちょう剤は、ポリテトラフルオロエチレン樹脂粉末を含有し、
前記グリースの混和ちょう度が200以上295以下であることを特徴とする、転がり軸受。
【0011】
また、転がり軸受に係る本発明の好ましい実施形態は、以下の(2)~(8)に関する。
(2) 前記基油は、40℃における動粘度が、10mm2/s以上200mm2/s以下であることを特徴とする、(1)に記載の転がり軸受。
【0012】
(3) 前記フッ素油は、パーフルオロポリエーテルであることを特徴とする、(1)又は(2)に記載の転がり軸受。
【0013】
(4) 前記グリースの全質量に対する前記増ちょう剤の含有量は、30質量%以上50質量%以下であることを特徴とする、(1)~(3)のいずれか1つに記載の転がり軸受。
【0014】
(5) 前記グリースの比重は、1.50以上であることを特徴とする、(1)~(4)のいずれか1つに記載の転がり軸受。
【0015】
(6) 前記グリースの酸化安定度は、10kPa以下であることを特徴とする、(1)~(5)のいずれか1つに記載の転がり軸受。
【0016】
(7) 過酸化水素及び過酢酸のうち、少なくとも1種を含む雰囲気に曝される環境において使用されることを特徴とする、(1)~(6)のいずれか1つに記載の転がり軸受。
【0017】
(8) 再生医療分野で使用される装置に含まれることを特徴とする、(1)~(7)のいずれか1つに記載の転がり軸受。
【0018】
本発明の上記目的は、アクチュエータに係る下記(9)の構成により達成される。
(9) (1)~(8)のいずれか1つに記載の転がり軸受と、前記転がり軸受に支持されるボールねじと、前記ボールねじによって移動される部材の移動方向をガイドするリニアガイドと、を備えることを特徴とするアクチュエータ。
【0019】
また、アクチュエータに係る本発明の好ましい実施形態は、以下の(10)~(11)に関する。
(10) 前記ボールねじの表面及び前記リニアガイドの表面に、ふっ化低温クロムめっき皮膜が形成されていることを特徴とする、(9)に記載のアクチュエータ。
【0020】
(11) 過酸化水素及び過酢酸のうち、少なくとも1種を含む雰囲気に曝される環境において使用され、前記転がり軸受、前記ボールねじ及び前記リニアガイドを覆うカバーを有しないことを特徴とする、(9)又は(10)に記載のアクチュエータ。
【発明の効果】
【0021】
本発明の転がり軸受は、封入されるグリースの基油及び増ちょう剤を規定しているとともに、グリースの混和ちょう度を適切に制御しているため、グリースの変質を防止することができるとともに、転がり軸受が過酸化水素等に曝された後であっても優れた低発塵特性を保持することができる。
【0022】
また、本発明のアクチュエータは、上記転がり軸受を備えるため、グリースの変質やグリースから発生する粒子等によってアクチュエータ性能の低下も抑制することができ、低コストで長期間の運転を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】
図1は、本実施形態に係る転がり軸受を示す模式的断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本願発明者らは、高い清浄度が必要な環境(以下、クリーン環境という。)で用いられるアクチュエータ及びアクチュエータ内に備えられる転がり軸受について、低発塵特性を実現する技術について、鋭意検討を行った。その結果、潤滑剤として使用されるグリースの材料及び物性を厳密に調整することにより、特に過酸化水素等に曝される環境に配置された場合であっても、グリースの変質を防止でき、それにより、グリースの低発塵特性を保持できることを見出した。本発明はこれらの知見に基づいてなされたものである。
【0025】
なお、転がり軸受が過酸化水素等を含む雰囲気に曝される環境について、以下に除染ということがあるが、上記のような環境は除染に限定されない。例えば、転がり軸受が、過酸化水素や過酢酸を用いる工業用途に使用される場合も含まれる。
【0026】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。
【0027】
[転がり軸受]
図1は、本実施形態に係る転がり軸受を示す模式的断面図である。
図1においては、転がり軸受1として、深溝玉軸受を例に挙げて、その構成を簡単に説明する。転がり軸受1は、環状の内輪3と、内輪3の外周に配される環状の外輪5と、内輪3と外輪5との間に保持器9を介して転動可能に複数個組み込まれた玉(転動体)7と、軸受内を密封するシールド11と、シールド11によって密封された空間内に封入された不図示のグリースと、を有する。なお、
図1に示す転がり軸受1には、上記シールド11が設けられているが、本実施形態においては、転がり軸受1の構成は限定されず、シールド11が設けられていないものであってもよい。すなわち、本実施形態に係る転がり軸受は、グリースに特徴を有するため、グリースについて以下に詳細に説明する。
【0028】
<グリース>
グリースは、基油と、増ちょう剤と、を含む。基油は、フッ素油を含有し、増ちょう剤は、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)樹脂粉末を含有する。フッ素油とPTFEとを含有するグリースは、高温特性及び低温特性に優れているとともに、極めて優れた酸化安定性を有する。したがって、上記グリースが封入された転がり軸受は、錆等の発生を抑制することができ、転がり軸受の高い性能を維持することができる。
【0029】
フッ素油としては、例えば、パーフルオロポリエーテル(PFPE)、クロロトリフルオロエチレン(CTFE)等が挙げられるが、これらのうち、PFPEを用いることが好ましい。
【0030】
(グリースの混和ちょう度:200以上295以下)
混和ちょう度は、グリースの硬さを表す数値であり、硬いほど数値が小さくなる。従来、発塵量を低減する、すなわち低発塵特性を向上させるためには、硬いグリースが使用されることが一般的であった。本実施形態においては、グリースの混和ちょう度を従来よりも高い値の範囲で適切に規定しており、これにより、除染前のみならず除染後においてもグリースの変質を防止する特性、すなわち、変質耐性を向上させることができると考えられる。その結果、転がり軸受は優れた低発塵特性を保持でき、クリーン環境を担保することができると考えられる。
【0031】
混和ちょう度が295を超えると、グリースが柔らかくなりすぎるため、グリースが飛散しやすくなり、外部を汚染しやすくなると推測される。したがって、グリースの混和ちょう度は295以下とし、285以下であることが好ましく、275以下であることがより好ましい。一方、混和ちょう度が200未満であると、グリースが硬くなりすぎるため、グリースが過度な応力を吸収しきれずに組成変形し、除染による影響を受けやすくなり、変質により発塵性が悪化すると推測される。また、常温において転がり軸受へのグリース充填作業が困難になる。したがって、グリースの混和ちょう度は200以上とし、210以上であることが好ましく、220以上であることがより好ましい。なお、グリースの混和ちょう度は、JIS K 2220:2013に準拠して測定することができる。
【0032】
(40℃における基油の動粘度:10mm2/s以上200mm2/s以下)
動粘度が適切に調整された基油を使用するとともに、グリースの混和ちょう度を上述のとおり調整すると、転がり軸受のトルク特性を著しく向上させることができる。40℃における基油の動粘度が、10mm2/s以上であると、所望の潤滑性を得ることができる。したがって、40℃における基油の動粘度は、10mm2/s以上であることが好ましく、30mm2/s以上であることがより好ましく、50mm2/s以上であることがさらに好ましい。
【0033】
一方、40℃における基油の動粘度が、200mm2/s以下であると、摩擦抵抗の増大を抑制することができ、より一層優れた低トルク化を実現することができる。したがって、40℃における基油の動粘度は、200mm2/s以下であることが好ましく、150mm2/s以下であることがより好ましく、100mm2/s以下であることがさらに好ましい。なお、基油動粘度は、JIS K 2283:2000に準拠して測定することができる。
【0034】
(増ちょう剤の含有量:30質量%以上50質量%以下)
上記グリースの混和ちょう度は、使用する基油の種類や増ちょう剤の含有量に影響される。増ちょう剤の含有量が、グリースの全質量に対して30質量%以上であると、グリースとしての性状を確保することができるとともに、グリースの混和ちょう度を295以下に調整しやすくすることができる。したがって、グリース全質量に対する増ちょう剤の含有量は、30質量%以上であることが好ましい。一方、増ちょう剤の含有量が、グリースの全質量に対して50質量%以下であると、グリースの混和ちょう度を200以上に調整しやすくすることができる。したがって、グリース全質量に対する増ちょう剤の含有量は、50質量%以下であることが好ましく、40質量%以下であることがより好ましく、30質量%以下であることがさらに好ましい。
【0035】
(グリースの比重:1.50以上)
グリースの比重は、増ちょう剤の含有量や基油の種類等から影響を受けるものであり、グリースの混和ちょう度とも大きく関係する。グリースの比重が1.50以上であると、グリースの硬さが所望の範囲となりやすく、除染後においてもグリースの変質が防止され、優れた低発塵特性及びトルク特性を保持することができる。したがって、グリースの比重は、1.50以上であることが好ましく、1.80以上であることがより好ましい。なお、グリースの比重は、JIS K 2249-1:2011に準拠して測定することができる。
【0036】
(グリースの酸化安定度:10kPa以下)
グリースに含まれる基油及び増ちょう剤を適切に選択することにより、グリースの酸化安定性を向上させることができる。グリースの酸化安定性は、酸化安定度によって表すことができる。グリースの酸化安定度が10kPa以下であると、除染後においてもグリースが変質せず、優れた低発塵特性を保持することができ、転がり軸受の性能を良好に保つことができる。したがって、グリースの酸化安定度は、10kPa以下であることが好ましく、5kPa以下であることがより好ましい。なお、グリースの酸化安定度は、JIS K 2220:2013に準拠して測定することができる。
【0037】
(グリース中の添加剤)
本実施形態に係る転がり軸受に封入されるグリースは、基油としてのフッ素油と、増ちょう剤としてのポリテトラフルオロエチレン樹脂粉末と、からなるものであってもよいし、各種性能を更に向上させるために、種々の添加剤を含有していてもよい。なお、グリース全質量に対する添加剤の含有量は、本発明の目的を損なわない範囲であれば特に制限されない。
【0038】
<転がり軸受の使用環境>
従来の転がり軸受においては、過酸化水素及び過酢酸による除染が実施された場合に、グリースが変質し、低発塵特性が低下するという問題点があった。また、低発塵特性の低下を防止するために、転がり軸受、ボールねじ及びリニアガイド等を被覆するカバーを取り付け、グリースが変質しないようにするための作業が必要であった。これに対して、本実施形態においては、カバーの取り付け等が不要であり、上記除染を実施した後においても、優れた低発塵特性及びトルク特性を保持することができる。したがって、本実施形態に係る転がり軸受は、過酸化水素及び過酢酸のうち、少なくとも1種を含む雰囲気に曝される環境において使用されることが好ましく、過酸化水素を含む雰囲気に曝される環境において使用されることがより好ましい。
【0039】
なお、過酸化水素や過酢酸を含む雰囲気に曝される環境で使用される分野としては、医療・医薬分野、紙・パルプ分野、繊維分野、化学工業分野、電子工業分野、公害処理分野、鉱業分野、食品分野、金属仕上加工分野、木材加工分野等が挙げられる。
【0040】
具体的に、医療・医薬分野においては、再生医療等製品の製造装置に対する除染時、オキシドールの製造時、医薬品の中間原料として、過酸化水素や過酢酸が使用される。紙・パルプ分野においては、各種パルプの漂白、古紙の脱インク漂白時に、過酸化水素や過酢酸が使用される。繊維分野においては、綿・羊毛・絹等の天然繊維、合成繊維等の漂白時に過酸化水素や過酢酸が使用される。化学工業分野においては、有機・無機過酸化物の原料、有機化合物の原料、エポキシ化合物の原料として過酸化水素や過酢酸が使用される。電子工業分野においては、半導体のエッチング・洗浄、プリント基板のエッチング・洗浄時に過酸化水素や過酢酸が使用される。公害処理分野においては、下水処理・工場排水処理(脱臭、雑菌、脱色)、土壌改良時に過酸化水素や過酢酸が使用される。鉱業分野においては、製錬工程で金属を酸化させる際に過酸化水素や過酢酸が使用される。食品分野においては、食品製造設備の殺菌、容器の殺菌時に過酸化水素や過酢酸が使用される。金属仕上加工分野においては、金属類の表面処理時、メッキ液の浄化時に過酸化水素や過酢酸が使用される。木材加工分野においては、木材、化粧板の漂白時に過酸化水素や過酢酸が使用される。
【0041】
上述のとおり、再生医療分野において使用される装置は、製品の混同や交叉汚染(クロスコンタミネーション)などから防止することや、構造設備に生存する微生物等を、予め指定された菌数レベルにまで減少させることが必要である。このため、再生医療分野で使用される装置に対して、菌数を一定レベルへ低下することを目的として、過酸化水素等に曝される除染工程が実施される。したがって、本実施形態に係る転がり軸受は、医療・医薬分野において使用される装置に含まれることが好ましく、再生医療分野で使用される装置に含まれることが特に好ましい。
【0042】
再生医療分野において、作業室内を除染する方法としては、例えば、過酸化水素を蒸発させ、拡散させる方法を挙げることができる。具体的には、ヒータによって気化した過酸化水素をアイソレータ内部や作業室に拡散させ、過酸化水素が有する酸化力によって微生物を死滅させることができる。
【0043】
[アクチュエータ]
本実施形態に係るアクチュエータは、上記本実施形態に係る転がり軸受と、この転がり軸受に支持されるボールねじと、このボールねじによって移動される部材の移動方向をガイドするリニアガイドと、を備える。このように構成されたアクチュエータは、本実施形態に係る、低発塵特性が優れた転がり軸受を備えるため、優れた品質を保持することができる。
【0044】
なお、上記ボールねじの表面及びリニアガイドの表面には、ふっ化低温クロムめっき皮膜が形成されていることが好ましい。ふっ化低温クロムめっき皮膜は、優れた耐食性を有するため、ボールねじ及びリニアガイドの表面に形成されることにより、本実施形態に係るアクチュエータを、より一層クリーン環境において好適に使用することができる。上記ボールねじ及びリニアガイドの材料としては、ステンレス鋼が使用されることがより好ましい。
【0045】
<アクチュエータの使用環境>
上述のとおり、本実施形態に係る転がり軸受は、過酸化水素を含む雰囲気に曝される環境において、好適に使用される。したがって、上記転がり軸受を備えるアクチュエータについても、過酸化水素を含む雰囲気に対する耐性が優れたものとなる。過酸化水素を含む雰囲気に曝される環境で使用される分野及びその具体的な使用例は、上記のとおりであり、特に再生医療分野において、本実施形態に係るアクチュエータを使用することが好ましい。
【0046】
従来、過酸化水素に曝される環境においてアクチュエータが使用される場合に、転がり軸受やボールねじからの粒子等の飛散を防止するため、一般的に、転がり軸受やボールねじ、リニアガイドにカバーが取り付けられていた。これに対して、本実施形態に係るアクチュエータにおいては、過酸化水素等を含む環境に曝された場合であっても、グリースが変質せず、優れた低発塵特性及びトルク特性を保持できる。このため、転がり軸受やボールねじ、リニアガイドを覆うカバーを取り付ける必要がなく、アクチュエータの性能を低下させることなく転がり軸受やボールねじ、リニアガイドにも除染を施すことができる。したがって、アクチュエータの保守に要する時間や費用を低減することができ、低コストで長期間の運転を実現することができる。
【実施例0047】
以下、発明例及び比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することが可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。また、以下に示す種々の条件は一例であり、本発明は以下の条件に限定されるものではない。
【0048】
[実験1]
グリースの種類を変更して、発明例No.1及び比較例No.1の転がり軸受を作製し、清浄度(低発塵特性)及び変質耐性を評価する実験を行った。実験の手順を以下に示す。
【0049】
<グリースの調整>
増ちょう剤と基油とを混合し、発明例No.1の転がり軸受用のグリースを調整した。また、リチウム石鹸と基油とを混合し、比較例No.1の転がり軸受用のグリースを調整した。発明例No.1における増ちょう剤と基油との配合比率は、33:67とした。グリースの材料を以下に示す。また、グリースに使用した基油について、JIS K 2283:2000に準拠して、40℃、100℃における基油動粘度を測定した。
【0050】
(発明例No.1の転がり軸受用グリース)
増ちょう剤:PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)
基油:(直鎖)PFPE(パーフルオロポリエーテル)
(比較例No.1の転がり軸受用グリース)
リチウム石鹸
基油:鉱油+ポリ-αオレフィン
【0051】
<グリースの物性測定>
(混和ちょう度、比重及び酸化安定度の測定)
得られたグリースについて、JIS K 2220:2013に準拠して、混和ちょう度を測定した。また、JIS K 2249-1:2011に準拠して、グリースの比重を測定した。さらに、JIS K 2220:2013に準拠して、グリースの酸化安定度を測定した。グリースの材料、基油動粘度及びグリースの測定値について、下記表1に示す。
【0052】
<転がり軸受の評価>
得られたグリースを、転がり軸受の空間容積に略満充填されるように封入し、この転がり軸受をアクチュエータ(日本精工株式会社製、型番:XY-HS0005-734)に組み込んで、評価用アクチュエータを作製した。評価用アクチュエータに組み込まれるボールねじ及びリニアガイドとしては、SUS440Cを材料としたものであって、表面にフッ化低温クロムめっき皮膜を形成したものを使用した。そして、評価用アクチュエータを用いて、除染前及び除染後の清浄度評価試験、並びに変質耐性の評価試験を実施した。各評価試験の試験方法及び評価基準について、以下に詳細に説明する。また、各試験の評価結果を下記表1に併せて示す。
【0053】
(清浄度(除染前)の評価試験方法)
23℃50Rh%の環境下において、運転速度を50mm/s(1500min-1)、加減速度を200mm/s2とし、垂直配置の条件として、少なくとも180分間、評価用アクチュエータを稼働させた。そして、稼働開始から終了まで、評価用アクチュエータからの発塵量をパーティクルカウンタ(ベックマン・コールター株式会社製、ポータブル気中パーティクルカウンタ MET ONE Model3411)にて測定した。
【0054】
(清浄度(除染前)の評価基準)
除染前の低発塵特性について、米国連邦規格209E(FED STD:Federal Standard)を基準として、クラス100を満足するかを評価した。すなわち、1立方フィート(1ft3)の中の0.5μm以上の粒子数が100(個/ft3)以下であった場合を合格(○)とした。一方、稼働開始から終了まで測定を続け、1立方フィート(1ft3)の中の0.5μm以上の粒子数が100(個/ft3)を超えた場合を不合格(×)とした。
【0055】
なお、パーティクル量(粒子数)の評価基準については、FED STD 209Eによる評価基準を採用した。
【0056】
(変質耐性の評価試験方法)
あらかじめ、評価用アクチュエータのグリースをフーリエ変換赤外線分光法(FT-IR:Fourier Transform Infrared Spectroscopy)により分子構造を分析した。その後、安全キャビネット内に評価用アクチュエータを設置し、過酸化水素ガス除染システムに接続したホースを安全キャビネットへ通し、循環系フローを形成して、60%過酸化水素濃縮液30mlを全て使用するように除染運転し、除染を行った。なお、過酸化水素ガスが安全キャビネット内から漏れないよう、密閉処置を実施した。その後、除染後の評価用アクチュエータのグリースをFT-IRにより分子構造を分析した。使用した機器を以下に示す。
【0057】
安全キャビネット:日本エアーテック株式会社製、型番 BHC-1310IIA2、空間容積 約0.5m3
過酸化水素ガス除染システム:株式会社オプティマ製、型番 PASSTECH S1
FT-IR:BRUKER製、赤外分光光度計、型式 ALPHAII
【0058】
(変質耐性の評価基準)
除染前における評価用アクチュエータのグリースと、除染後における評価用アクチュエータのグリースのFT-IRの結果を比較し、除染前後でピークに変化が少ない場合を合格(〇)とした。一方、除染後にピークが顕著に生じていた場合を不合格(×)とした。
【0059】
(清浄度(除染後)の評価試験方法)
上記変質耐性の試験によって、除染を実施した評価用アクチュエータを用いて、除染前の清浄度評価試験方法と同様にして、評価用アクチュエータを稼働させ、発塵量を測定した。
【0060】
(清浄度(除染後)の評価基準)
除染後の清浄度評価基準は、除染前の評価基準と同様とした。
【0061】
【0062】
上記表1に示すように、発明例No.1の転がり軸受は、グリースの材料及び混和ちょう度が本発明において規定する範囲に含まれているため、変質耐性が優れたものとなり、除染前の低発塵特性が優れているとともに、除染後においても低発塵特性が保持された結果となった。一方、比較例No.1の転がり軸受は、グリースの材料及び混和ちょう度が本発明において規定する範囲から外れているため、変質耐性の評価結果が不良となり、除染後にグリースが変質し、また、除染後の低発塵特性が低下した。これらのことから、発明例No.1の転がり軸受は、特にクリーン環境において使用する装置に適していることが示された。具体的には、再生医療分野のように厳しい除染が実施された場合であっても、発塵量の増加を防止することができ、転がり軸受の優れた性能を維持することができることが示された。
【0063】
[実験2]
本発明で規定する範囲に含まれる2種類のグリースを準備し、このグリースを転がり軸受に封入することにより、発明例No.1及び発明例No.2の転がり軸受を作製し、トルク特性を評価する実験を行った。実験の手順を以下に示す。
【0064】
<グリースの調整>
上記実験1と同様にして、発明例No.1の転がり軸受用のグリースを調整した。また、基油に使用されるフッ素油や増ちょう剤の比率を変更することにより、発明例No.2の転がり軸受用のグリースを調整した。さらに、実験1と同様にして、グリースに使用した基油の動粘度を測定するとともに、グリースの混和ちょう度、比重及び酸化安定度を測定した。
【0065】
<転がり軸受の評価>
得られたグリースを上記実験1と同様に転がり軸受に封入し、この転がり軸受を備える評価用アクチュエータを作製した。そして、評価用アクチュエータを用いて、トルク特性の評価を実施した。トルク特性の評価試験方法及び評価基準について、以下に詳細に説明する。
【0066】
(トルク特性の評価試験方法)
作製した評価用アクチュエータを用いて、運転速度を50mm/s(1500min-1)、加減速度を200mm/s2とし、垂直配置の条件として運転し、モータの運転トルクを測定するとともに、正常に動作するかを確認した。なお、実際のモータの運転トルクはソフトウェア(オリエンタルモーター株式会社製、サポートソフト MEXE02)を用いて測定した。
【0067】
(トルク特性の評価基準)
評価用アクチュエータが問題なく動作した場合を合格(○)とし、評価用アクチュエータのモータパワーが不足し、動作が停止した場合を不合格(×)とした。発明例No.1及び発明例No.2の基油動粘度、グリースの混和ちょう度、比重及び酸化安定度、並びにトルク特性の評価結果を下記表2に示す。
【0068】
【0069】
上記表2に示すように、発明例No.1及び発明例No.2の転がり軸受に使用したグリースは、いずれも本発明で規定する材料で調製されたものであり、混和ちょう度も本発明で規定する範囲に含まれている。さらに、発明例No.1の転がり軸受においては、基油動粘度が本発明で規定する好ましい範囲に含まれているため、トルク特性について優れた結果となった。