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特開2024-170381非熱遠赤外線放射用の高放射率セラミック複合体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024170381
(43)【公開日】2024-12-10
(54)【発明の名称】非熱遠赤外線放射用の高放射率セラミック複合体
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/64 20060101AFI20241203BHJP
   C04B 35/18 20060101ALI20241203BHJP
   A61N 5/06 20060101ALI20241203BHJP
【FI】
C04B35/64
C04B35/18
A61N5/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2024079582
(22)【出願日】2024-05-15
(31)【優先権主張番号】18/199,660
(32)【優先日】2023-05-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(71)【出願人】
【識別番号】521334631
【氏名又は名称】アルバート チン タン ウェイ
【氏名又は名称原語表記】Albert Chin-Tang Wey
(74)【代理人】
【識別番号】100116687
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 爾
(74)【代理人】
【識別番号】100098383
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 純子
(74)【代理人】
【識別番号】100155860
【弁理士】
【氏名又は名称】藤松 正雄
(72)【発明者】
【氏名】アルバート チン タン ウェイ
(57)【要約】      (修正有)
【課題】非熱遠赤外線(FIR)放射でヒトまたは動物の身体を治療するための治療装置への組み込みを含む、様々な目的に使用できるセラミック複合体の製造方法、並びに組成物を提供する。
【解決手段】セラミック複合体が、6つの酸素アニオンに囲まれた遷移金属イオンによって形成された少なくとも1つの八面体錯体、または4つの酸素アニオンに囲まれた遷移金属イオンによって形成された少なくとも1つの四面体錯体における少なくとも1つの遠赤外発光中心を含むように、少なくとも1つの相転移を生じさせ、前記アニオンは、前記錯体の周囲に静電結晶場を生成し、その結果、前記セラミック複合体は、3~16μmの波長スペクトルの非熱遠赤外線を放出し、8~14μmの波長範囲にわたる測定可能な放射全体は、前記セラミック複合体の実際の物体温度より少なくとも1°C高い温度での黒体放射として近似され、1.0より大きい実効放射率を示す方法である。
【選択図】図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
非熱遠赤外線(FIR)を放出するセラミック複合体を製造する方法であって、
a)粉末材料を加熱速度で加熱して焼結温度に達するステップ、
b)前記粉末材料を前記焼結温度で焼結時間焼結するステップ、
c)前記粉末材料を冷却速度で冷却してセラミック複合体を形成するステップを含み、
ステップa)~c)は、前記セラミック複合体が、6つの酸素アニオンに囲まれた遷移金属イオンによって形成された少なくとも1つの八面体錯体、または4つの酸素アニオンに囲まれた遷移金属イオンによって形成された少なくとも1つの四面体錯体における少なくとも1つの遠赤外発光中心を含むように、少なくとも1つの相転移を生じさせ、
前記アニオンは、前記錯体の周囲に静電結晶場を生成し、
その結果、前記セラミック複合体は、3~16μmの波長スペクトルの非熱遠赤外線を放出し、
8~14μmの波長範囲にわたる測定可能な放射全体は、前記セラミック複合体の実際の物体温度より少なくとも1°C高い温度での黒体放射として近似され、1.0より大きい実効放射率を示すことを特徴とする方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法において、
前記材料は、約10重量%以上の第1の酸化物の溶媒と、約3重量%以上の第2の酸化物および約3重量%~約20重量%の第3の酸化物を含む溶質とを混合することによって生成されることを特徴とする方法。
【請求項3】
請求項1に記載の方法において、
前記第1の酸化物は、酸化ケイ素および酸化アルミニウムのうちの1つ以上を含むことを特徴とする方法。
【請求項4】
請求項1に記載の方法において、
前記第2の酸化物は、酸化クロムおよび酸化鉄のうちの1つ以上を含むことを特徴とする方法。
【請求項5】
請求項1に記載の方法において、
前記第3の酸化物は、酸化ジルコニウム、酸化チタン、酸化マンガン、酸化鉄、酸化コバルト、酸化ニッケル、酸化銅、酸化亜鉛、酸化ニオブ、酸化リチウム、酸化ナトリウム、酸化カリウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムのうちの1つ以上を含むことを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項1に記載の方法において、
前記加熱速度は、約5度/分~約10度/分であることを特徴とする方法。
【請求項7】
請求項1に記載の方法において、
前記焼結温度は、約1,000~1,600℃であることを特徴とする方法。
【請求項8】
請求項1に記載の方法において、
前記焼結温度は、前記溶媒の融点の約50%~約75%であることを特徴とする方法。
【請求項9】
請求項1に記載の方法において、
前記焼結時間は、少なくとも2時間であることを特徴とする方法。
【請求項10】
非熱遠赤外線を放出するセラミック複合体の組成物であって、
約10重量%以上の第1の酸化物の溶媒と、
約3重量%以上の第2の酸化物および約3重量%~約20重量%の第3の酸化物を含む溶質とを含むことを特徴とする組成物。
【請求項11】
請求項10に記載の組成物において、
前記第1の酸化物は、酸化ケイ素および酸化アルミニウムのうちの1つ以上を含むことを特徴とする組成物。
【請求項12】
請求項10に記載の組成物において、
前記第2の酸化物は、酸化クロムおよび酸化鉄のうちの1つ以上を含むことを特徴とする組成物。
【請求項13】
請求項10に記載の組成物であって、
前記第3の酸化物は、酸化ジルコニウム、酸化チタン、酸化マンガン、酸化鉄、酸化コバルト、酸化ニッケル、酸化銅、酸化亜鉛、酸化ニオブ、酸化リチウム、酸化ナトリウム、酸化カリウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムのうちの1つ以上を含むことを特徴とする組成物。
【請求項14】
ヒトまたは動物の身体を治療するための治療装置であって、
実効放射率が約1.0を超える黒体熱放射および誘発遠赤外光子放射を放出できるセラミックモジュールと、治療する身体部位に当該モジュールを取り付けるためのフレキシブル手段とを備えたことを特徴とする治療装置。
【請求項15】
請求項14に記載の治療装置において、
前記セラミックモジュールは、約4~約1,000μmの波長の黒体熱放射と、約3~約16μmの波長の誘発FIR光子放射とを放出することを特徴とする治療装置。
【請求項16】
請求項14に記載の治療装置において、
前記セラミックモジュールは、3つの酸化物を含むことを特徴とする治療装置。
【請求項17】
請求項16に記載の治療装置において、
第1の酸化物は、酸化ケイ素および酸化アルミニウムのうちの1つ以上を含むことを特徴とする治療装置。
【請求項18】
請求項16に記載の治療装置において、
第2の酸化物は、酸化クロムおよび酸化鉄のうちの1つ以上を含むことを特徴とする治療装置。
【請求項19】
請求項16に記載の治療装置において、
第3の酸化物は、酸化ジルコニウム、酸化チタン、酸化マンガン、酸化鉄、酸化コバルト、酸化ニッケル、酸化銅、酸化亜鉛、酸化ニオブ、酸化リチウム、酸化ナトリウム、酸化カリウム、酸化マグネシウム、および酸化カルシウムのうちの1つ以上を含むことを特徴とする治療装置。
【請求項20】
請求項14に記載の治療装置において、
前記セラミックモジュールは、6つの酸素アニオンに囲まれた遷移金属イオンによって形成された少なくとも1つの八面体錯体における少なくとも1つのFIR発光中心を含み、
前記アニオンは、前記錯体の周囲に静電結晶場を生成し、
その結果、前記セラミック複合体は、持続性フォノン活性化FIR光子放出メカニズムを有することを特徴とする治療装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非熱遠赤外線(FIR)放射でヒトまたは動物の身体を治療するための治療装置への組み込みを含む、様々な目的に使用できるセラミック複合体に関する。より具体的には、FIR関連の従来技術はすべて広帯域の黒体熱放射のみを放射しているが、前記セラミック複合体は、通常の黒体熱放射だけでなく、3~16μmの波長スペクトルの本発明の非熱FIR光子放射も放出することができる。その結果、前記セラミック複合体からの8~14μmの波長範囲の測定可能な放射全体は、前記セラミック複合体の実際の温度よりも少なくとも1°C高い近似黒体温度を有し、1.0より大きい実効放射率を示すが、放射率1.0は理想的な黒体に割り当てられた理論的限界であるため、これを超えることはできない。これは、連続する4~1,000μm帯域の黒体熱放射に、3~16μm帯域の非熱FIR光子放射を追加した結果である。
【背景技術】
【0002】
黒体放射は、環境と熱力学的平衡にある黒体から放射される熱電磁放射である。それは、物体温度のみに依存する特定の連続した波長スペクトルを持つ。放出される放射はプランクの法則によって厳密に説明され、その温度依存性から、プランク放射は熱放射と呼ばれる。プランクの法則の量子論的説明では、放射は、質量がなく電荷を帯びていないボソン粒子、つまり光子のガスとして認識される。光子は、電荷を帯びた素粒子間の電磁相互作用のキャリアと見なされる。
【0003】
多くの一般的な物体から自発的かつ継続的に放出される熱放射は、黒体放射として近似できる。室温(25°C、または298°K)の黒体は主に赤外線スペクトルを放射し、4~1,000μmのスペクトルにわたり、9.4μmの波長でピークに達し、全エネルギーの90%が6~25μmの波長範囲に蓄積される。
【0004】
これは、従来技術が固執している誤った信念になる。彼らは、この6~25μmの波長スペクトルの黒体熱放射を誤って使用し、3~16μmの波長範囲の非熱FIR光子放射だけがもたらす効果を期待していた。
【0005】
例えば、生化学反応速度は、黒体熱放射によって、または3~16μmの波長の特定のFIR光子放射によって、それぞれ異なる程度まで増加する可能性がある。化学反応速度は、アルレニウスの式で表される:
k=A exp(-EA /RT)
ここで、k=速度定数、A=前指数係数、EA =必要活性エネルギー(または「活性障壁」と呼ばれる)、R=ガス定数、T=温度(°K)である。
【0006】
黒体熱放射の吸収は物体温度を上昇させる。温度(T)が上昇すると、反応速度(k)も上昇する。室温付近で起こる多くの反応についての大まかな概算では、温度が10°C(または10°K)上昇する毎に反応速度は2倍になる。従来技術のFIR放出材料からの熱放射による典型的なFIR温熱療法の場合、皮膚温度が約3-5°C上昇するが、反応速度は約30%しか上昇しない。
【0007】
対照的に、3~16μmの波長のFIR光子は、物体内の分子に吸収され、分子振動を引き起こす。これは、活性化障壁(EA )を約8-40KJ削減する効果があり、式:Eλ(KJ)=120KJ/λ(μm)で与えられる。これに応じて、反応速度は指数関数的に、exp(Eλ/RT)で5,000~10,000%も向上する可能性がある。
【0008】
この驚異的な効果は、まさに本発明の原動力であり、従来技術で説明されたような従来の黒体熱放射だけでなく、3~16μmの波長スペクトルで前例のない追加の非熱FIR光子放射も放射できるセラミック複合体の開発を提案する。
【0009】
一般的に、従来技術では黒体熱放射を誤って使用しており、これは、すべての従来技術が、可能な限り理論的限界(ε=1.0)に近い放射率εを持つFIR材料のみを検索しているという事実によって証明されている。
【0010】
固体、液体、気体の状態にあるすべての物理的物質は、分子や原子の振動や回転運動により、電磁放射のプロセスを通じてエネルギーを放出することができる。プランク放射は、化学組成や表面構造に関係なく、熱平衡状態のあらゆる物体がその表面から放出できる最大量の放射である。
【0011】
物質の表面の放射率は、熱放射としてエネルギーを放出する効率である。量的には、放射率(ε)は、表面から放出される放射エネルギーと、同じ温度の黒体から放出される放射エネルギーとの比率であり、シュテファン・ボルツマンの法則で与えられる。この比率は、0~1の間で変化する(0<ε<1)。実際の物体はすべて放射率が1.0より小さく、それに応じて低い率で放射線を放出する。例えば、布、ガラス、木炭、コンクリート、磁器、ゴム、砂などの日常的な物体の放射率は、すべて0.80~0.98である。
【0012】
FIR放射が有望な代替療法となって以来、所望の放射率が0.9を超えること(つまり、0.9<ε<1.0)を念頭に置いた非常に効果的なFIR放射材料の開発に向けて数多くの発明が行われてきたが、放射率1.0は、超えられない仮説上の限界として広く認識されている。
【0013】
従来技術でFIR複合体の製造に使用される未加工の金属酸化物は、酸化の程度と表面処理に応じて、通常、0.5~0.9の個々の放射率を有する。最も一般的に使用されるFIR放射酸化物には、アルミニウム、ケイ素、ジルコニウム、チタン、マグネシウム、クロム、鉄、コバルト、銅、カルシウム、ナトリウムなどの酸化物が含まれる。すべての材料が、焼結によってFIR放射レート(放射率)を改良することを期待して、特定の形状に加工される。
【0014】
前述のように、従来のFIR放射複合体の設計における重要な点は、放射率を可能な限り1.0に近づけることであった。それにもかかわらず、従来のすべてのFIR複合体は、構成酸化物をすべて無目的かつ無差別に扱っていたため、0.85~0.95程度の放射率しか得られなかった(例えば、米国特許第8,285,391号、第9,308,388号、および第9,962,441号があり、それぞれの全体が参照により組み込まれる)。どの従来技術も1.0を超える放射率を目標としておらず、それは理想的な黒体のみに割り当てられた理論的限界であるため、到達不可能であると考えられていた。
【0015】
本発明者は以前に同様の見解を共有しており、これは、より高い放射が必要な場合に加熱を必要とするFIR放出セラミック複合体の作製によって反映されていた(例えば、米国特許第10,610,699号、米国特許出願第20210228903号があり、これらの全体が参照により組み込まれる)。しかしながら、本発明者はその後、遷移金属酸化物(TMO)の特性を研究し、最終的な結晶構造のバンドギャップと格子定数を調整することで、3~16μmの波長スペクトルで高い放射率が得られることを発見した(米国特許出願第17/473,799号があり、その全体が参照により組み込まれる)。さらに、本発明者は、この知見に基づいて鋭意研究を行った結果、本明細書に記載のように、3~16μmの波長でFIR光子をより効率的かつ確実に放出できる特定のセラミック複合体を実現した。
【0016】
本発明のセラミック複合体は固溶体を含む。固溶体は、共通の結晶格子を共有する2つ以上の結晶固体の均一な混合物である。溶媒は、最も多い量(>50重量%)で存在する元素または化合物であるのに対し、溶質は、わずかな濃度(<50重量%)で存在する元素または化合物を指す。溶質は、溶媒結晶格子に対して、格子内の溶媒粒子を置き換えることで置換的に、または溶媒粒子間の空間に嵌合することで格子間的に、組み込むことができる。これらのタイプの固溶体はいずれも、結晶格子を歪ませ、溶媒材料の物理的および電気的な均質性を乱すことによって、材料の特性に影響を与える。
【0017】
さらに、ヒューム・ロザリーの法則は、溶質中の元素が溶媒に溶解して固溶体を形成する条件を定義している。溶質と溶媒が類似の原子半径(差が15%以下)、電気陰性度、原子価を有し、結晶構造が同じであれば、法則に従って、溶質(または不純物原子)は溶媒の原子を置換することができる。
【0018】
本発明では、固溶体は、溶媒の一部として酸化アルミニウム(Al2 3 )で構成されることが期待される。なぜなら、酸化アルミニウムは、本発明が提案する「持続性FIR光子放出メカニズム」に対応するために、ホスト格子内に必要な八面体結晶構造を構築するための優れた供給源となるからである。本質的に、酸化アルミニウムに溶媒として酸化ケイ素(SiO2 )を加えると、結晶場のためのより安定したアルミノケイ酸塩オキソアニオン(AlSiO4 -)基板の構築に役立つ可能性があり、したがって有意義な選択肢となる。
【0019】
ヒューム・ロザリーの法則に従うと、鉄(Fe)とクロム(Cr)は、ホスト格子内のアルミニウム(Al)を置換する溶質として最適な候補となる。これらの元素の酸化物(Al2 3 、Cr2 3 、Fe2 3 )はすべて、同じような原子価を持ち、同じ八面体の結晶構造を持つ。
すべての元素は同じ電気陰性度(III):Al3+、Cr3+、Fe3+である。また、Cr3+のイオン半径(7.55Å)と低スピンFe3+のイオン半径(6.9Å)は、Al3+の半径(6.8Å)との差が15%以内である。
【0020】
前述の特徴のうち、八面体の結晶構造における遷移金属(TM)の使用は、計画された持続性FIR光子放出メカニズムにおいて重要な役割を果たす。鉄とクロムの元素はともに、周期表の第3族~第12族の遷移金属元素に属する。正確には、TM八面体構造は、本発明のセラミック複合体の重要な構成要素を表す。
【0021】
遷移金属酸化物(TMO;Transition Metal Oxides)は、おそらく最も興味深い固体のクラスの一つであり、様々な構造および特性を示す。TMO内の金属-酸素(M-O)結合の性質は、ほぼイオン的なものから、高度な共有結合的または金属的なものまで様々である。TMOの特異な性質は、5つの縮退軌道にある外側のd電子の独特な性質によるものであることが明らかである。
【0022】
遷移金属錯体の分子軌道(MO;Molecular Orbital)理論に基づき、八面体錯体[ML6 ]において6つの同一の配位子(L)が配位する3d金属(M)の分子軌道を解析することで、遷移金属-配位子(M-L)結合の特性が明確になる。金属d軌道と配位子軌道の相互作用の結果、結合、非結合、反結合の複合体分子軌道が形成される。通常、配位子軌道のエネルギーレベルは金属軌道のエネルギーレベルよりも低い。結合軌道は配位子特性がより強く、非結合軌道と反結合軌道は金属特性がより強くなる。
【0023】
MO理論の概念は、配位化合物の反応性を理解する上で貴重である。MOの概念を配位化学に適用する基本的な方法の1つに、配位子場理論(LFT;Ligand Field Theory)がある。LFTは、金属錯体中のd軌道のエネルギーに対するドナー(配位子)原子の効果に着目する。LFTは、共有結合相互作用のすべてのレベルをモデルに組み込むことができるように、結晶場理論の拡張として考えることができる。LFTにおける結合の取り扱いは、一般的にMO理論を用いて行われる。
【0024】
結晶場理論(CFT;Crystal Field Theory)は、遷移金属(TM)錯体の電子構造を説明する結合モデルである。CFTは、5価の(n-1)d軌道と、TMイオンの周囲に配置された配位子からの負電荷(電子)の「場」との相互作用に焦点を当てている。CFTは、TM錯体の興味深い分光学的特性を説明するために開発された。
【0025】
TM錯体が八面体の配位圏を持ち、6つの配位子がすべてx軸、y軸、z軸に沿っていると仮定する。これらの配位子と非常に強く相互作用する2つのd軌道:x軸とy軸に直接位置するdx 2 -y 2 と、z軸に直接位置するdz 2とが存在する。これら2つの軌道は、ドナー(配位子)軌道との結合の相互作用により、相対的に高いエネルギーを持つようになる。これらの軌道は、「eg 」軌道セットと呼ばれることもある。「eg 」という用語は、対称性の数学に由来する。
【0026】
一方、他の3つのd軌道、dxy、dxz、dyzはすべて、ドナー配位子との結合軸の間にあり、ドナー配位子と直接ぶつかることはない。これらの軌道は、ドナー電子との相互作用はそれほど強くない。これらの軌道は、「t2g」軌道セットと呼ばれることもある。
【0027】
TMイオンの周囲に6つの負電荷(配位子)が八面体状に配列すると、5つのd軌道がエネルギーの異なる2つのセット(eg とt2g)に分裂する。これを結晶場分裂と呼ぶ。結晶場分裂では、d軌道の総エネルギーは変化しないが、電子のエネルギーは変化する。
【0028】
結晶環境では、d軌道の5重縮退は、静電結晶場と配位子イオンとの混成によって部分的に解除される。CFTモデルによると、軌道エネルギーに影響を与える要因には、最近接酸素、結晶の他の部分からの静電位、金属軌道と最近接配位子の混成による運動エネルギー、3d軌道の半径緩和、3dシェル内のクーロンおよび交換寄与、他の軌道からの励起(スクリーニング効果)などが含まれる。
【0029】
g とt2g軌道セットの軌道縮退は、ヤーン・テラー効果と呼ばれる格子との結合によってさらに解除される可能性がある。これは、例えば正方晶単位セルを構築するために八面体結晶構造群を処理し、八面体複合体に正方晶の歪みを生じさせた場合によく発生する。
【0030】
通常、多結晶内の単位セルは一意ではない。本発明のセラミック複合体はランダムに配向した結晶領域を含む可能性があるため、単位セルは、三斜晶系、単斜晶系、斜方晶系、正方晶系、三方晶系、六方晶系、立方晶系を含む、処理パラメータに強く依存する7つの結晶系のいずれかに加工することができる。
【0031】
ヤーン・テラー効果は、電子的に縮退した状態のTMイオンで観測される。電子的に縮退した状態では、軌道は非対称に占有されるため、より大きなエネルギーを得ると言われている。したがって、系は歪みを受けて分子の全体的な対称性を下げることで、余分なエネルギーを取り除こうとする。これはヤーン・テラー歪み効果として知られている。
【0032】
言い換えれば、結合をz軸に沿って長くするか(「Z-out」の歪み)、結合をz軸に沿って短くするか(「Z-in」の歪み)のいずれかによって、軌道縮退を除去することができる。この配置では、八面体対称分子は、正方晶幾何学(a=b≠c、α=β=γ=90°)から三斜晶幾何学(a≠b≠c、α≠β≠γ)まで、様々な程度に歪む可能性がある。この特許出願全体を通じて、CFTモデリングの単純さから、正方晶系を例として使用する。このケースは、他の結晶系にも拡張することができる。
【0033】
ヤーン・テラー(J-T)歪み効果を簡単に分類すると、以下のようになる。
【0034】
Z-outのJ-T歪み:z軸に沿った結合が長くなるため、z因子(dz 2、dxz、dyz)を持つd軌道のエネルギーが低下する。これは最も好ましい歪みであり、ほとんどのケースで発生するが、特にeg レベルで縮退が生じた場合に発生する。
【0035】
Z-inのJ-T歪み:z軸に沿った結合が短くなるため、z因子を持つd軌道のエネルギーが増加する。例えば、八面体d1 構成の場合に、このタイプの歪みが観測される。唯一の電子がdxy軌道を占めるようになり、t2gグループの他の2つの軌道dxzとdyzよりもエネルギーが低くなる。
【0036】
静的なJ-T歪み:一部の分子は、低温から比較的高温のあらゆる条件下で正方晶の形状を示す。これは、eg 軌道に縮退が生じた場合に観測される。したがって、この歪みは強く、永続的である。
【0037】
動的なJ-T歪み:一部の分子では、結合のランダムな動きによって歪みが見られないか、あるいは歪みが無視できるほど弱い。しかしながら、分子をより低い温度で凍らせることで、歪みを見ることができる。
【0038】
上記で強調したように、本発明の原理は、固溶体、TM配位錯体、八面体結晶構造、MO理論、LFT、CFT、結晶場分裂、J-T歪み効果を含む。
【0039】
特徴的な科学を理解した上で、以下に開示されるように、本発明のセラミック複合体のホスト格子内に埋め込まれる八面体配位錯体[CrO6 3+などでFIR発光中心を構築する場合の検討を開始することができる。
【0040】
光子の放出は、マトリックスが発光可能であり、発光中心を含む場合に発生する。いずれの発光材料も、そのホスト格子と特定の発光中心によって特徴付けられる。発光光(可視光、近赤外線、または遠赤外線)の放出は、電子が高エネルギー状態から低エネルギー状態へジャンプする放射電子遷移の結果として発生し、エネルギーの差が光子として放出される。電子はまず何らかの手段でより高いエネルギー状態に励起され、励起状態から蓄積されたエネルギーが光子として放出されることで、系が自発的に基底状態に戻れることは明らかである。
【0041】
本発明で計画されているFIR発光中心の代表的な構成要素は[CrO6 3+であり、これは6つの酸素アニオン(O- )に囲まれたクロムIIIイオン(Cr3+)で構成される。Cr3+イオンは、クロム原子の4s、4p、4dレベルの6つの軌道を使用して、酸素分子からの孤立電子対を受け入れて酸素と結合し、[CrO6 3+を形成する。
【0042】
[CrO6 3+八面体のCr3+イオンの場合、4s1 から1つ、3d5 から2つの合計3つの電子が取り除かれる。この結果、3d軌道には3つの電子のみが残り、3d3 と表記される。Cr原子の3dレベルの電子は結合に関与しない。この場合、配位子は直交座標軸上に配向され、遷移金属は依然として3d軌道dxy、dxz、dxzを持つが、これらは配位子と相互作用せず、「非結合」軌道と見なされる。
【0043】
本発明のFIR発光中心は、八面体サイトの3d3 電子構成を持つCr3+イオンに基づいているため、セラミック複合体の単位セルは、わずかに「Z-inのJ-T歪み」を生じる結晶形状に意図的に焼結させる必要がある。焼結後、t2gグループの軌道の縮退が取り除かれる。dxy軌道は、他の2つ、dxzとdyzよりもエネルギーが低くなる。これに応じて、Cr3+イオンの電子ペアがdxy軌道を占有し、孤立電子がdxz軌道とdyz軌道のいずれかを占有する。
【0044】
設計上、Cr3+イオンは、周囲のアニオン(またはオキソアニオン)とカチオンによって形成される弱い静電結晶場内に配置される。CFTモデルに基づくと、[dxy]軌道と[dxzとdyz]軌道の間の結晶場分裂のエネルギーδ2 は約100~315meVであり、4~12μmの範囲の波長スペクトルに相当し、式:Eλ(KJ)=120KJ/λ(μm)で与えられる。
【0045】
CFTモデルは、格子変形の関数として電子励起のエネルギーを測定する。遷移則(選択則)に従うと、遷移には格子ゼロ点振動の量子的な重なりが必要である。同様に、フランク・コンドンの原理は、電子遷移の際、2つの振動波動関数の重なりが大きいほど、ある振動エネルギーレベルから別の振動エネルギーレベルへの変化が起きやすくなると述べている。2つの振動波動関数の重なりは、フランク・コンドン・オーバーラップ(またはフランク・コンドン因子)と呼ばれる。
【0046】
フランク・コンドンの原理は、振動遷移の解析に役立ち、振動帯域の強度分布を説明する。これは、光学遷移の性質とTMイオンサイトで発生する光学分光プロセスを理解する上で重要な役割を果たす。このモデルは、本発明で規定する3~16μmの波長範囲を含み得るフォトルミネセンス・プロファイルを設計するための指針を提供するが、実際には、振動遷移は理論上の4~12μmの範囲内で発生する可能性がある。
【0047】
八面体錯体中のCr3+イオンのt2g軌道間の3d3 電子の遷移は、FIR発光の活性化中心として機能する。結晶場分裂の際に静電位として蓄積されたエネルギー(δ2 )は、熱刺激によって解放され、発光中心からの「誘発FIR光子放出」を引き起こす。
【0048】
要約すると、本発明が提案する独自の「持続性FIR光子放出メカニズム」は、従来技術の教示とは大きく異なり、以下のように説明できる。
【0049】
本発明の固溶体は、溶媒中の少なくとも10重量%の酸化アルミニウム(Al2 3 )と、溶質中の少なくとも3重量%の酸化クロム(Cr2 3 )および/または酸化鉄(Fe2 3 )とを含み、ここで、重量%は複合体の全重量に対する割合を示す。実際には、酸化クロムおよび酸化鉄は、溶質として一緒にまたは別々に使用され得る。
【0050】
本発明における溶媒中の少なくとも10重量%の酸化アルミニウムと、溶質としての3重量%の酸化クロムおよび/または酸化鉄との併用は、結果として得られるセラミック複合体が非熱FIR光子放射を効果的に生成および放出するために、FIR発光中心として十分な[CrO6 3+八面体を構築するための閾値(最小要件)を表している。より良い結果を得るには、このような成分をさらに組み合わせることが望ましい。
【0051】
溶液は、溶媒の融点の0.5~0.75の範囲の温度で焼結される。焼結時間の長さは選択された温度によって決まり、ホスト格子が八面体構造のアルミニウムイオンで構築され、その間に、八面体サイト内のアルミニウムイオン(Al3+)の一部が陽イオンの逆拡散によってクロムイオン(Cr3+)または鉄イオン(Fe3+)で置換され得る。
【0052】
焼結中、セラミック複合体は、事前に計算された加熱サイクルで成分酸化物の相転移を操作することにより、その構成単位セル内にわずかな「Z-inのJ-T歪み」を引き起こすように、さらに意図的に処理される。このようにして、t2gグループの軌道の縮退が取り除かれ、dxy軌道のエネルギーがdxzとdyzよりも低くなる。Cr3+イオンの3d3 構成の3つの電子の場合、電子ペアがdxy軌道を占有し、孤立電子がdxz軌道とdyz軌道のいずれかを占有する。
【0053】
このようなセラミック複合体が熱刺激を受けると、動的J-T歪みが引き起こされる。熱刺激の一方の極では、[CrO6 3+八面体のz軸が伸びて、一時的なZ-outのJ-T歪みが発生する。このため、dxy軌道はdxzとdyzよりも高いエネルギーを持つようにスイングする。これは、dxy軌道の2つの電子が励起状態になり、エネルギーδ2 に相当する2つの光子を放出することで、より低いエネルギーの軌道dxzとdyzに降下しなければならないことを意味する。設計上、光子の波長は3~16μmの範囲になる。2つの光子を放出した後、3つの電子はすべて、より低いエネルギーの軌道dxzとdyzに位置する。
【0054】
同様に、熱刺激の他方の極では、[CrO6 3+八面体のz軸が短くなり、一時的なZ-inのJ-T歪みが引き起こされる。dxy軌道はdxzとdyzよりも低いエネルギーを持つようにスイングする。この場合も、dxz軌道とdyz軌道に存在する3つの電子のうち2つは、エネルギーδ2 に相当する2つの光子を放出することで、より低い軌道dxyに降下しなければならない。
【0055】
セラミック複合体が計画通りに正しく製造されていれば、FIR光子の発生と放出のプロセスは、「熱刺激による動的J-T歪み」の誘発効果により継続し、無期限に持続する。
【0056】
しかしながら、上記の持続性FIR光子放出メカニズムの説明には、八面体サイトでの電子励起と誘発光子放出を結び付ける重要な要素の1つ、つまりフォノン(または格子振動の波)がまだ欠けている。このため、本発明で提案するメカニズムは、「持続性フォノン活性化FIR光子放出」と呼ぶことができる。
【0057】
フォノンは、凝縮物質における基本的な振動運動の量子力学的に記述したものであり、原子または分子の格子が単一の周波数で一様に振動する。古典力学では、これは振動の通常モードを示す。任意の格子振動は、これらの基本的な振動モードの重ね合わせと見なすことができる。基本セルに少なくとも2つの原子を持つ結晶の場合、分散関係は2種類のフォノン、具体的には光学モードと音響モードを示す。
【0058】
絶対零度(0°Kまたは-273°C)以上の温度での格子は、そのエネルギーは一定ではなく、ランダムに変動する。これらのエネルギー変動は、格子のランダムな振動によって引き起こされ、フォノンのガスとして捉えることができる。これらのフォノンは格子の温度によって生成されるため、熱フォノンと呼ばれることもある。
【0059】
固体の熱力学的特性は、そのフォノン構造に直接関係している。フォノン状態密度(DOS)は、すべての可能なフォノンのフォノン分散関係を表し、結晶の熱容量を決定する。熱容量は分布の高周波部分(光学モード)によって支配される一方で、熱伝導率は低周波領域(音響モード)の結果である。
【0060】
熱フォノンは、ランダムなエネルギー変動によって生成および破壊される可能性がある。統計力学では、これはフォノンを加える化学ポテンシャルがゼロであることを意味する。熱フォノンの振る舞いは、電磁空洞によって生成される光子ガスに似ている。電磁場は調和振動子の集合のように機能し、黒体放射を生じさせることが判明した。フォノンと光子のガスは両方とも電磁空洞内で同様に振る舞い、ボーズ・アインシュタイン統計に従う。
【0061】
この類似性は決して偶然ではない。プランクの法則は、熱力学的平衡にある電磁放射の特徴的なスペクトル分布を説明する。電磁空洞(理想的な黒体など)に閉じ込められていない物質または正味エネルギーの場合、熱放射はプランクの法則によってほぼ説明できる。量子力学の観点から見ると、このような電磁空洞ではフォノンと光子はどちらも同一であり、交換可能である。
【0062】
プランクの法則は、熱力学的平衡にある非相互作用ボソンのエネルギー分布を説明するボーズ・アインシュタイン分布の限界として生じる。光子やフォノンのような質量のないボソンの場合、化学ポテンシャルはゼロであり、ボーズ・アインシュタイン分布はプランク分布に簡略化される。
【0063】
キルヒホッフの熱放射の法則は、熱力学的平衡において、理想的な黒体から放出される熱放射は、その物質の化学的特性とは無関係に、温度の関数として固有の普遍的なスペクトル放射輝度を持つことを述べている。また、放射伝達方程式は、放射が物質媒体を通過する際にどのように影響を受けるかを説明している。物質媒体が熱力学的平衡にある場合、黒体からの熱放射は常にプランクの法則で規定された全量に等しくなる。
【0064】
プランクが説明したように、黒体は入射する電磁放射をすべて吸収し、反射しない。界面における放射の反射と透過は、ストークス・ヘルムホルツの相反原理に従っている。相反原理によれば、黒体の内部からの放射は、その表面で反射されず、その外部に完全に透過する。
【0065】
上記の量子力学の原理に基づいて、以下のことが考えられる。
【0066】
黒体に入射熱放射(光子)が吸収されると、物体内に格子振動(フォノン)の波が発生する。これは、エネルギー保存と運動量保存を伴う「光子-フォノン結合」によって、熱放射(光子)が界面で格子振動(フォノン)に変換されると考えられる。同様に、黒体表面でのプランク放射(熱放射)の放出も、「光子-フォノン結合」の逆のプロセスを経て、熱力学的平衡を保つために物体内の格子振動(フォノン)による光子の生成および放出と見ることができる。
【0067】
吸収率(つまり、入射光子から凝縮物質内のフォノンへのエネルギー移動)と放射率(フォノンから光子へのエネルギー移動)は、それぞれ物質の分子の別々の特性であり、その時々の分子励起状態の分布によって異なる。しかしながら、物質が熱力学的平衡にある場合、放射率と吸収率は等しくなる。黒体に吸収されたすべての電磁放射(熱放射)は、それが周囲と熱力学的平衡にある場合に、その外部に完全に透過することが予想される。実際、キルヒホッフは熱力学的平衡にある黒体の吸収率と放射率が等しいことを実証している。
【0068】
吸収率と放射率が等しいことは、従来技術が従う信念の規範となった。従来技術はすべて、FIR放出複合体を設計する際の指針として、この規範を遵守し、放射率εが理論上の限界(ε=1.0)に可能な限り近いFIR材料の開発を望んでいた。なぜなら、理想的な黒体は、1.0(つまり、反射なし)に等しい完璧な吸収率を持つため、放射率も同様になるからである。
【0069】
ただし、従来技術では、プランクの法則は物体内にエネルギーの正味の流れがない場合にのみ適用可能であるという事実が無視されている。本発明のセラミック複合体のように、物体内にエネルギーの流れがある場合、アルバート・アインシュタインが考察したアインシュタイン係数が関係しているはずである。
【0070】
詳細平衡の原理では、熱力学的平衡にある場合に、各基本プロセスは逆のプロセスによって平衡化されることを要求する。1916年、アルバート・アインシュタインは、この原理を原子レベルで、2つの特定のエネルギーレベル間の遷移により原子が放射線を放射および吸収するケースに適用した。アインシュタインは、このタイプの放射に関する放射伝達方程式とキルヒホッフの法則について、より深い洞察を与えた。
【0071】
レベル1がエネルギーE1 を持つ下位エネルギーレベルであり、レベル2がエネルギーE2 を持つ上位エネルギーレベルである場合、放射または吸収される放射線の周波数νは、下記式で表されるボーアの周波数条件によって決定される。
2 -E1 =hv
【0072】
アインシュタインのモデルによれば、2つのエネルギーレベル(状態)間の遷移によって生成される光子周波数νに関連する3つのパラメータ、A21(自然放出)、B21(誘発放出)、B12(光子吸収)がある。これらのパラメータはアインシュタイン係数として知られており、スペクトルの各ラインは、関連する係数の独自のセットを有している。
【0073】
原子と放射場が平衡状態にある場合、放射輝度はプランクの法則によって与えられ、詳細平衡の原理により、吸収率と放射率の合計はゼロでなければならない。これは、放射係数と吸収係数が等しいことを意味する。したがって、等方的な吸収と放射の場合、アインシュタイン係数の関係は、前述のキルヒホッフの法則の式をもたらす。実際、FIR関連の従来技術は、すべてこの設定に該当している。
【0074】
しかしながら、持続性FIR放出メカニズムを持つ本発明の場合のように、物体内にエネルギーの正味の流れがある場合、放射伝達で定義される放射係数と吸収係数は、アインシュタイン係数で表現する必要がある。これらの係数は、原子と分子の両方に適用される。
【0075】
分かり易く言えば、従来技術を代表するケースでは、温度T1 の通常の物質体が温度T2 の熱放射場にあることを想像し、ここで、T2 >T1 である。入射放射線のうち物体に吸収される割合として吸収率αを持つ物質体の場合、入射エネルギーはαの割合で吸収される。一方、物体は温度T1 で自身の熱放射を放出し、物質体の放射率εを定義し得る。温度Tで熱力学的平衡にある場合、つまりT=T1 =T2 の場合、物体からの熱放射は物体に吸収される入射放射と等しくなる。言い換えると、吸収率は放射率に等しく、つまりα=εであり、これはキルヒホフによって指摘されており、すべての従来技術で信じられている。
【0076】
逆に、本発明を代表する他のケースでは、本発明の持続性フォノン活性化FIR光子放出メカニズムによって生成されるセラミック複合体内のエネルギーの正味の流れを考慮する必要がある。
【0077】
ここでも、セラミック複合体の温度がT1 であり、温度T2 の熱放射場にあることを仮定し、ここで、T2 >T1 である。前記複合体は入射熱放射(光子)を吸収し、「光子-フォノン結合」によって放射熱エネルギーを格子振動(フォノン)に変換する。格子振動は前記セラミック複合体の結晶格子に動的J-T歪みを瞬時に引き起こし、[CrO6 3+八面体サイトにおいて「Z-in」構成と「Z-out」構成の間を交互に揺れ動く。その結果、3~16μmの波長のFIR光子が生成され、自然放出される。この場合、誘発放出に対する非ゼロのアインシュタイン係数、B21≠0が存在する。
【0078】
一方、セラミック複合体が温度Tでその環境と熱力学的平衡にあるまさにその瞬間、つまり T=T1 =T2 の場合でも、前記複合体の格子振動は持続し、フォノン活性化光子放出は継続する。セラミック複合体は3~16μmの波長で光子を途切れることなく放出するため、エネルギーが失われる。そして、熱力学的平衡を保つために、入射放射線を吸収して温度を上昇させる必要がある。一方、入射放射線から吸収された追加のエネルギーは格子振動を引き起こし、FIR光子の放出を引き起こす。このサイクルが何度も繰り返され、FIR光子の放出が永久に続く。
【0079】
正確には、本発明者によって本明細書で開発された技術は、長寿命蛍光体(LLP;Long-Lasting Phosphors)としても知られる持続性発光の既存技術と同等である。
【0080】
LLPの用途には、暗視、温度センサー、LED、レーザー、医療診断、生体内バイオイメージング(例えば、腫瘍マーキング)などがある。これらの用途では、蛍光体はX線またはUV光(紫外線)によって励起され、励起エネルギーは蛍光体の歪んだ八面体サイトに蓄積される。蓄積されたエネルギーは、熱、光、またはその他の物理的刺激によって解放され、これにより可視光またはNIR(近赤外線)が誘発放出される。
【0081】
LLPは、2セットの軌道(eg とt2g)間での八面体配置における結晶場分裂の広帯域エネルギーΔo (添え字の「o」は「八面体」を表す)を使用し、ここで、Δo >2eVである。例えば、青色LEDは、Δo =16,746cm-1(2.08eVに相当)のクロム(III)をドープしたホウ酸バリウム(BaB2 4 :Cr3+)から作ることができ、これにより青色光(λ=596nm)が放出される。
【0082】
あるいは、本発明は、100~315meVの範囲のエネルギーδ2 である、t2gグループのd軌道間のわずかなエネルギー差(dxy対dxzとdyz)を使用して、3~16μmの波長スペクトルでのFIR光子の放出を可能にする。この方法では、エネルギー差(δ2 )が非常に小さいため、室温での凝縮物質の格子振動(フォノン)に関連する自然なエネルギー変動にだけでFIR光子放出が活性化され得る。したがって、本発明のFIR光子放出を誘発するための外部励起エネルギー源は必要ない。
【0083】
要約すると、すべてのFIR関連の従来技術は、黒体熱放射の慣例のみを教示しており、内部にエネルギーの正味の流れがない黒体に対して特に導き出された、吸収率と放射率が等しいという概念に固執している。
【0084】
したがって、すべての従来技術では、プランクの法則で規定されているように、あらゆる物体から放出される熱放射は、吸収される熱放射の全量と常に等しいと考えられている。この慣例は、従来技術によって開発されたFIR材料が常に理想的な黒体の放射率(ε=1.0)を目標にしていることに反映されているが、放射率1.0は理論的限界であり、超えることはできないと考えられている。しかしながら、従来技術は常に不足しており、0.85~0.95の放射率に留まっている。
【0085】
また、治療用途におけるFIR放射の効果を計算する場合、すべての従来技術は、治療する身体部位を「加熱」することを目的としている。これは、従来技術によって生成されるFIR放射が熱放射に他ならないことを示している。前述のように、プランク放射は室温で4~1,000μmにわたる波長の連続スペクトルを持ち、全エネルギーの90%がFIRスペクトルの6~25μmの範囲に蓄積される。プランク熱放射は本来6~25μmのスペクトルに該当するが、すべての従来技術は黒体熱放射のFIR特性を誤解し、不適切に扱っている。なぜなら、黒体熱放射は、大気中の水蒸気(H2 O)や二酸化炭素(CO2 )などの気体状態の自由分子に遭遇した場合にのみFIR光子のように振る舞うからである。そうでない場合、固体や液体などの凝縮物質内の原子や分子と相互作用するときは、単なる放射熱伝達のための熱放射である。
【0086】
これに対し、本発明は、「持続性フォノン活性化FIR光子放出」と呼ばれる革新的なFIR発光メカニズムにより、従来の黒体熱放射だけでなく非熱FIR光子放射も放出できるセラミック複合体を開示する。FIR発光中心の構成要素は[CrO6 3+などである。
【0087】
本発明のセラミック複合体は、溶媒が少なくとも10重量%の酸化アルミニウムからなり、溶質が少なくとも3重量%の酸化クロムまたは酸化鉄、あるいはその両方からなる固溶体を含む。この溶液は、酸化アルミニウムが八面体結晶構造を有するホスト格子を構成し、八面体サイトのアルミニウムイオン(Al3+)の一部がクロムイオン(Cr3+)または鉄イオン(Fe3+)に置換され、焼結中に陽イオンの逆拡散によって遷移金属イオン配位錯体(TMイオン八面体)が形成されるように、所定の条件下で意図的に焼結される。さらに、前記セラミック複合体は、焼結後に[CrO6 3+または[FeO6 3+八面体の原始セルにわずかな「Z-inのJ-T歪み」を引き起こすように意図的に処理される。このようにして、[CrO6 3+または[FeO6 3+の各サイトにFIR発光中心が生成される。
【0088】
この手順では、焼結後にクロムイオン(Cr3+)または鉄イオン(Fe3+)のt2gグループの軌道の縮退が取り除かれるため、dxy軌道のエネルギーがdxzとdyzよりも低くなる。Cr3+イオンの3d3 構成の3つの電子の場合、電子ペアがdxy軌道を占有し、孤立電子がdxz軌道とdyz軌道のいずれかを占有する。[FeO6 3+の場合にも同様な概要が観測されるが、Fe3+イオンの3d5 構成には5つの電子がある。
【0089】
前記セラミック複合体が周囲からの熱放射を吸収すると、入射熱放射はフォノン(格子振動の波)に変換さる。一方では、複合体の格子振動により熱が発生して物体温度が上昇し、周囲との熱力学的平衡に到達して維持するために熱放射が放出される。他方では、格子振動によりTMイオン八面体の動的J-T歪みが引き起こされ、「Z-in」と「Z-out」のJ-T歪みの間を揺れ動く。その結果、3~16μmの波長範囲の光子が生成され、結晶場分裂のエネルギー差δ2 に相当するエネルギーで瞬時に放出される。格子振動の周期は10-13 秒のオーダーであり、電子遷移は10-16 秒のオーダーで発生する。そのため、本発明のセラミック複合体からのFIR光子の放出は、自発的かつ連続的となる。
【0090】
セラミック複合体が周囲の環境と熱力学的平衡に達した後も、格子振動は持続し、フォノン活性化光子放出は継続する。したがって、本発明のセラミック複合体からの3~16μm波長のFIR光子放出は永久に持続する。
【0091】
本明細書で開示するように、本発明の持続性FIR発光メカニズムの主な特性は、「フォノン活性化動的J-T歪み」である。ヤーン・テラー効果は、非線形分子系の対称性とエネルギーを低下させる幾何学的歪みである。この歪みは、一般的に、2つの軸方向の結合が赤道方向の結合よりも短くなるか長くなり得る八面体複合体で観測される。ただし、この効果は四面体化合物でも観測される。
【0092】
ここで注目すべきは、本発明は、溶媒の一部として酸化アルミニウムを選択し、溶質として酸化クロム(III)および/または酸化鉄(III)を選択することにつながる八面体構造[MO6 3+の使用にのみ焦点を当てていることである。しかしながら、四面体化合物もまた、本発明で説明したものと同様のセラミック複合体を作るために別々に使用することや、より安定したホスト格子を作るために八面体化合物と組み合わせて使用することができる。
【0093】
四面体構造を考慮すると、溶媒は、酸化ケイ素、またはアルミノケイ酸塩からなる任意の鉱物を含んでもよく、溶質は、四面体結晶構造[MO4 2+を共有する、酸化チタン、酸化ジルコニウム、酸化コバルト、酸化鉄(II)のいずれでもよい。また、溶媒が酸化ケイ素と酸化アルミニウムの両方で構成される場合、八面体と四面体を連結して構築された、より安定した層状構造が形成され得る。
【0094】
本明細書で開示するように、本発明のセラミック複合体が黒体熱放射だけでなく3~16μmの波長の非熱FIR光子放射も放出できる、「持続性フォノン活性化FIR光子放射」(言い換えれば「持続性FIR発光」)の科学は、従来技術に全く教示されていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0095】
したがって、本発明の目的の1つは、黒体熱放射だけでなく、3~16μmの範囲の波長スペクトルで非熱FIR光子放射も放出するセラミック複合体を提供することである。
【0096】
本発明の別の目的は、1.0より大きい実効放射率を持つFIR放射を放出するセラミック複合体を提供することである。
【0097】
本発明の別の目的は、治療体内の関連する生化学反応の反応速度を向上させて、肯定的な生物学的効果をもたらす治療装置に組み込むためのセラミック複合体を提供することである。
【0098】
また、本発明の別の目的は、治療を必要とするヒトまたは動物の身体の任意の部分に柔軟に取り付けられる、シンプルで、使いやすく、メンテナンスフリーの治療装置を提供することである。
【0099】
これらの目的は、通常の黒体放射材料から予想されるものよりも高い実効放射率で、3~16μmの波長スペクトルで黒体熱放射と誘発FIR光子放射を同時に放出するセラミック複合体によって達成される。前記セラミック複合材は、溶媒中の少なくとも10重量%の酸化アルミニウムと、溶質中の少なくとも3重量%の酸化クロムおよび/または酸化鉄とからなる固溶体を形成するための粉末の混合物を含む。前記溶液を焼結して、持続性FIR発光メカニズムを組み込んだセラミック複合体が製造される。セラミック複合体は、柔軟な取り付け手段に固定し、治療が必要な身体部位の近傍に配置され得る。
【0100】
本発明の他の目的、特徴、利点は、以下の説明から当業者に明らかになるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0101】
本発明によれば、セラミック複合体は、溶媒が少なくとも10重量%の酸化アルミニウムからなり、溶質が少なくとも3重量%の酸化クロムおよび/または酸化鉄からなる固溶体を含み、前記溶液は、八面体結晶構造を含み且つ「持続性フォノン活性化FIR光子放出」メカニズムを特徴とするセラミック成形品に焼結され、4~1,000μmの波長スペクトルの黒体様熱放射と3~16μmの波長帯の誘発FIR光子放射とを同時に放出することができ、その結果、実効放射率が1.0を超える。
【発明の効果】
【0102】
セラミック複合体は、物体内の分子による3~16μm波長のFIR光子の吸収に基づいて化学反応速度を高め、その結果として生物学的効果をもたらすことに基づいて、ヒトまたは動物の身体の健康状態を改善するための効果的な手段を提供するなど、様々な目的に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0103】
図1】本発明の第1実施形態の斜視図であり、球体の形状のセラミック複合体を示している。
図2】本発明の第2実施形態の斜視図であり、円形板の形状のセラミック複合体を示している。
図3】本発明の第3実施形態の斜視図であり、長方形板の形状のセラミック複合体を示している。
図4】本発明の第4実施形態の斜視図であり、部分円筒体の形状のセラミック複合材を示している。
図5】本発明の第5実施形態の上面斜視図であり、治療する身体部位に取り付けるためのフレキシブル基板に複数のセラミック複合体が固定されており、各セラミック複合体は身体に面する凹面を有している。
図6図5の実施形態の底面斜視図であり、凹型のセラミック複合体を収容するポケットを示している。
図7】本発明の第7実施形態の斜視図であり、基板内に埋め込まれ、取り付け手段内に配置されたIR発光素子のアレイを示している。
図8】本発明の第8実施形態の斜視図であり、基板内に埋め込まれ、取り付け手段内に配置されたIR発光素子のアレイを示している。
図9】本発明の第8実施形態の斜視図であり、基板内に埋め込まれ、取り付け手段内に配置されたIR発光素子のアレイを示している。
図10】本発明の第8実施形態の斜視図であり、基板内に埋め込まれ、取り付け手段内に配置されたIR発光素子のアレイを示している。
図11】本発明の第8実施形態の斜視図であり、基板内に埋め込まれ、取り付け手段内に配置されたIR発光素子のアレイを示している。
【発明を実施するための形態】
【0104】
本発明は、4~1,000μmの波長スペクトルの自然な黒体熱放射だけでなく、特定の3~16μmの波長帯の革新的な非熱FIR光子放射も放出することができるセラミック複合体である。セラミック複合体は、周囲の熱放射を吸収して3~16μmの波長範囲のFIR光子の放射を持続的に誘発する、独創的な「持続性フォノン活性化FIR光子放射メカニズム」を特徴とする。
【0105】
持続性フォノン活性化FIR光子放出メカニズム(または「持続性FIR発光」メカニズム)には、八面体構造または四面体構造の遷移金属(TM)イオン配位錯体を基礎とする多数のFIR発光中心が含まれる。本発明では、設計の容易さ、効率の高さ、および結果の予測可能性を高めるために、八面体構造にのみ焦点を当てる。後述する本発明の教示に従えば、同様の複合体は四面体構造でも作製され得る。
【0106】
FIR発光中心の構成要素は[CrO6 3+、[FeO6 3+などであり、これはクロムIII(Cr3+)や鉄III(Fe3+)などの遷移金属イオンで構成され、6つの酸素アニオンに囲まれて、八面体配位錯体を形成している。設計上、TMイオンは、ホスト格子内のアニオン(またはオキソアニオン)と周囲のドープされたカチオンによって形成される弱い静電結晶場内に配置される。この配置では、CFTモデリングに基づいて、ドープされたカチオンの種類と数を事前に決めることで、結晶場分裂のエネルギーδ2 を約100~315meVにすることができる。これは4~12μmの波長スペクトルに相当し、投影発光プロファイルは特定の3~16μmの波長範囲をカバーする。
【0107】
したがって、セラミック複合体は、溶媒の量>50重量%、溶質の量<50重量%の固溶体で構成される。前記溶媒は、少なくとも10重量%の酸化アルミニウム(Al2 3 )で構成され、持続性FIR光子放出メカニズムに必要なホスト格子内の八面体結晶構造の構築に役立つ。溶媒の残りの重量%は、アルミノケイ酸塩(Al2 SiO5 )を含むより安定したホスト格子を構築するための酸化ケイ素(SiO2 )を含み得る。さらに、そのオキソアニオン(SiO4 4- 、AlSiO4 -)は、結晶場分割を微調整するための有効なアプローチを提供する。
【0108】
実施にあたり、溶媒は溶液の50~80重量%を占め、約10~40重量%のAl2 3 と10~40重量%のSiO2 で構成される。一例を挙げると、20重量%の酸化アルミニウムと40重量%の酸化ケイ素を使用して、連結した八面体と四面体を持つ層状構築を保持する、安定したホスト格子を構築することができる。
【0109】
本発明では、この概念を実証するために、ホスト格子内のAlを置換するために、CrとFeをそれぞれ別のケースで使用している。遷移金属イオンであるCr3+またはFe3+は、焼結中にホスト格子の八面体サイト内のAl3+イオンと置き換わると予想される。
【0110】
通常、溶質は2つの部分を含み得る。第1の部分は、主にFIR発光中心を構築するためのものであり、少なくとも3重量%の酸化クロム(Cr2 3 )および/または酸化鉄(Fe2 3 )を含み得る。その量は、3~40重量%の範囲であり得るが、10~20重量%が望ましい。
【0111】
溶質の第2の部分は、結晶場分割を微調整するためのものであり、ジルコニウム(Zr)、チタン(Ti)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、ニオブ(Nb)などの他の遷移金属の酸化物や、リチウム(Li)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)などのアルカリ金属またはアルカリ土類金属の酸化物を、3~20重量%含み得る。遷移金属または金属元素からの陽イオンは、焼結中にホスト格子内の溶媒粒子間の空間に格子間的に嵌合することにより、静電結晶場を操作するために使用される。
【0112】
ここで注目すべきは、前述の遷移金属のうち、Zr、Ti、Co、およびNi元素は、関連する焼結条件下で、ホスト格子の[SiO4 4-四面体構造内のSiを置換するように管理され得ることである。この場合、これらは追加のFIR発光中心として機能し得る。または、それら自体を単独で使用して、本発明で開示したものと同様のセラミック複合体を製造することもできる。本発明の教示に従い、選択した材料に関連するプロセスのパラメータを変更するだけで、このような複合体を製造することは、当業者であれば明らかであろう。
【0113】
一実施形態では、本発明の固溶体は、70重量%の溶媒と30重量%の溶質とを含む。溶媒は、45重量%の酸化ケイ素と25重量%の酸化アルミニウムからなる。溶質は、FIR放出のための5%の酸化クロムと15%の酸化鉄とを含む25重量%の遷移金属酸化物からなり、残りの5重量%は、陽イオンドーパントとしての酸化ジルコニウム、酸化チタン、酸化亜鉛などのマイナー遷移酸化物である。溶質の第2の部分は、陽イオンをドープするための酸化カルシウム、酸化カリウム、酸化マグネシウムの合計で最大5重量%からなる。
【0114】
適切な酸化物を選択した後、これらの酸化物の混合物を、治療機器などの実用的な用途のために、成形品または粉末状に加工することができる。このプロセスでは、すべての構成酸化物を結合剤および安定剤と混合し、その後、粉砕、乾燥、成形、グリーン加工、焼結を行う。結果のFIR放射スペクトルとそのスペクトル強度は、結果として得られる結晶構造に依存し、焼結温度、焼結時間の長さ、特定の手順および関連する加熱/冷却速度を含むコースなど、多くの要因によって影響を受ける可能性がある。
【0115】
固溶体系の粉末混合物は、融点の0.5~0.75の範囲の温度に加熱される。融点が2,073°CのAl2 3 の場合、焼結温度は通常約1,000~1,600°Cである。固体焼結プロセス中、粉末は溶融しない。代わりに、固体状態での原子拡散によって、粒子同士の結合と物体の多孔度の減少(密度の増加)が発生する。
【0116】
最も単純な系では、2つの固相AとBが反応して、生成物Cが生成される。例えば、溶媒として酸化アルミニウムと酸化ケイ素の両方を使用すると、1,100°Cを超える温度でホスト格子の生成物であるアルミノケイ酸塩(Al2 SiO5 )が生成され、下記のように表すことができる。
Al2 3 +SiO2 →Al2 SiO5
【0117】
一方、焼結の過程で、クロム陽イオン(Cr3+)または鉄陽イオン(Fe3+)がアルミノケイ酸塩格子中のアルミニウム陽イオン(Al3+)の八面体サイトを占有し、それぞれ[Al2 SiO5 :Cr3+]または[Al2 SiO5 :Fe3+]で示されるFIR発光中心を形成し得る。
【0118】
反応メカニズムには、陽イオンの逆拡散(Al3+対Cr3+またはFe3+)が含まれる。陽イオンは反対方向に移動し、酸素イオンは基本的に静止したままである。このメカニズムは、陽イオンの流れ(flux)が電気的中性を維持するために結合される、最も可能性の高いメカニズムである。
【0119】
生成物の生成速度が生成物C層を介した拡散によって制御される場合、生成物の厚さyは、下記のような放物線状の成長法則に従うことが観測される。
2 =Kt
ここで、tは焼結時間の長さ、Kはアレニウスの関係に従う速度定数である。
【0120】
y=ra +rb のとき、反応は100%(完了)であることを表し、ここで、ra と rb はそれぞれ反応物AとBの半径である。これは反応が拡散制御されていることを意味し、実際には、このような陽イオンの拡散係数は大きく異なる。
【0121】
反応速度(K)は、アレニウスの関係に従って温度とともに低下する。反応を完了するために必要な焼結時間は、反応物の粒子サイズ(ra 、rb )の増大につれて増加し、これは拡散距離(ra +rb )が増加するためである。したがって、最も重要な粉末特性は、サイズ、サイズ分布、形状、凝集度、化学組成、純度である。
【0122】
一般的に、粒子が大きい場合(>10μm)、焼結中の拡散メカニズムのため、反応に高温と長時間を必要とする。微粉末、特に粒子サイズが50~100nmの非常に超微粉末(しばしばナノスケール粉末と呼ばれる)を調製する傾向が続いている。しかしながら、サイズが1μm以下になると、粒子が相互作用する傾向が強くなり、凝集体の形成につながるため、適切な制御が必要になる場合がある。
【0123】
さらに、粒子成長の速度論は、粒子サイズ分布にも影響される。分布が大きい場合、小さい粒子と大きい粒子の圧力差が非常に大きくなるため、分布が狭い場合に比べて、小さい粒子を犠牲にして大きい粒子が成長する速度がはるかに速くなる。そのため、粉末サイズの分布が狭いこと、例えば、ナノ粉末の場合は50~100nm、ミクロン粒子の場合は1~10μmが望ましい。ただし、実用化に最適な粒子サイズとサイズ分布は0.1~1μmである。
【0124】
通常、混合の均一性は最も重要なパラメータの1つである。これは、反応物間の拡散距離と反応物粒子間の相対接触数に影響し、均質な生成物を生成する。不完全な反応、特に混合が不十分な粉末では、望ましくない相が生成される。
【0125】
一般に、温度が高いほど焼結メカニズムの速度が上がり、拡散反応の達成に必要な時間が短縮される。温度が高いほど、界面拡散よりも体積拡散が促進される。粒成長は表面拡散によって制御されることが多いのに対し、緻密化は体積拡散または粒界拡散によって制御されるため、温度が高いほど、粒成長よりも緻密化が促進されることが多い。界面拡散メカニズムが体積拡散よりも優先されることを考えると、最適な焼結温度を選択する必要がある。さらに、関係する元素を設計された多結晶構造に適切に相転移させるには、相関する加熱/冷却速度を持つ複数のステップに分割された加熱サイクルが必要となる。
【0126】
つまり、本発明の少なくとも1つの実施形態では、必要な相転移を可能にするために、5~10°C/分の加熱速度で、1,200°Cの温度に到達させ、溶液を少なくとも2時間焼結する、3段階の工程が使用される。その後、設計された多結晶構造の相を固定するために、制御された冷却も必要となる。
【0127】
本発明の重要な側面の1つは、[CrO6 3+、[FeO6 3+などの八面体錯体でFIR発光中心を作ることである。また、もう1つの側面は、錯体を囲む適切な静電結晶場を生成することである。設計がうまくいけば、結果として得られるセラミック複合体は、特定の3~16μmの波長帯で非熱FIR光子放射を放出できるようになる。前記セラミック複合体は、市販のセンサーを使用することで8~14μmの波長範囲で1.0より大きい実効放射率を持つことが明示的に証明されている。
【0128】
上記のガイドラインにもかかわらず、粉末系の固体反応は、反応物と生成物の化学的性質、粒子のサイズ、粒子のサイズ分布、粒子の形状、混合物中の反応物粒子の相対的なサイズ、混合の均一性、反応雰囲気、温度、加熱/冷却速度、時間など、いくつかのパラメータに依存する。したがって、単純化された理論モデルで結果を予測することは困難である。
【0129】
実際には、合成パラメータが多結晶構造や材料特性に与える影響を観測するために、多数の実験を行う必要がある。本発明のセラミック複合体の合成プロセスが完成する前に、異なる焼結温度および加熱工程で様々な実験サンプルを試した。製造プロセスは確かに簡単ではない。しかしながら、セラミック処理の熟練者であれば、本明細書に記載した教示に従って、実験的に独自の合成パラメータを解明できるはずである。
【0130】
慎重に選択された組成と合成パラメータにより、その後のセラミック複合体は結晶領域と非晶質領域の混合体を生成する。各結晶領域は、双極子として機能する[CrO6 3+または[FeO6 3+八面体構造内での電子遷移を可能にし、本発明の持続性フォノン活性化FIR光子放出メカニズムによって制御される。このようにして、3~16μmの波長スペクトルの誘発FIR光子が生成される。
【0131】
上記開示のようにして作られた本発明のセラミック複合体は、黒体様熱放射と誘発FIR光子放射の両方を含む全体的なFIR放射を有し、これは前記セラミック複合体の実際の物体温度よりも少なくとも1°K(または1°C)高い温度での黒体放射として近似することができる。これは、実効放射率が1.0より大きい(ε>1.0)ことを示す。
【0132】
図1図3は、本発明の異なる形状の3つの実施形態を示しており、図1では、セラミック複合体11は球体として成形され、図2では、セラミック複合体11は円形板として成形され、図3では、セラミック複合体11は長方形板として成形されている。粉末の形態で作ることもできるが、バルクの形態は、同じ質量の粉末の形態よりも少なくとも3倍高い放射効率を有する。
【0133】
本発明のセラミック複合体11は、特定の用途に応じて、様々な形状およびサイズに形成することができる。少なくとも1つの実施形態では、セラミック複合体は、形状が円形であってもよく、1~10mmの厚さを持つ直径2~50mmの円であってもよい。別の実施形態では、セラミック複合体は、1~10mmの厚さを持つ2×3mmの長方形から40×50mmの長方形の寸法を有する長方形であってもよい。長方形や円形のセラミックは、一般に他の形状よりも製造が容易である。
【0134】
ただし、セラミック複合体11を凹形状に形成することが有利な場合がある。凹状面は、セラミック複合体によって放出される放射線をセラミック複合体の表面から離れた領域または点に集中させるのに役立つことが予想される。凹状面は、半球、ボウル形、または部分円筒形など、様々な形状をとり得る。図4は、本発明の一実施形態を示しており、セラミック複合体11が部分円筒形を有している。
【0135】
図5は、治療用途のための本発明の好ましい実施形態を示しており、複数のセラミック複合体11がケイ素または同様の材料から作られる基板21に埋め込まれている。基板21は略平坦なシートであり、多数のポケット22を含み、これらはセラミック複合体11を収容できる寸法の湾曲した突出部である。図6は、治療される身体部位とは反対側に向けられる基板21の裏面を示している。この実施形態では、すべてのセラミック複合体11が同じ寸法を有するため、すべてのポケット22は同じ寸法を有する。しかしながら、他の実施形態では、ポケット22は、様々なセラミック複合体11の特定の用途または配置に合うように、異なるサイズまたは形状を有し得る。
【0136】
また、図5のセラミック複合体11は、部分筒形形状を有している。部分円筒形状のセラミック複合体は、治療する身体部位に凹面が向くように配置される。この構成は、装置の表面から約1インチ上にFIR放射を集中させるのに役立つ。使用中に装置を身体に密着させて巻き付けると、放射線が身体組織内の約1インチの深さに集中するため、身体内での放射線効果が大幅に高まる。
【0137】
図7は、本発明の別の実施形態を示しており、基板23が取り付け手段に収容されている。好ましくは、取り付け手段は、収容体24と、収容体24の両端に取り付けられたストラップ25とを含む。図7に示す実施形態では、収容体24は、片側に形成された穴29を含む。基板23のポケット28が収容体24の外側に部分的に突出するように穴29の寸法および位置を定めてあるため、収容体24は使用者に面する側が略平坦となる。しかしながら、穴のない収容体など、他の構成も本発明の範囲内である。この実施形態は、使用者の腰の周りにフィットするように適合させることができ、ポケット28は、一般に使用者の腰背部の周りのFIR放射をターゲットとする。
【0138】
図8は、本発明の別の実施形態を示しており、基板31が取り付け手段に収容されている。好ましくは、取り付け手段は、収容体32と、収容体32の両端に取り付けられたストラップ30とを含む。図8に示す実施形態では、収容体32は、片側に形成された穴36を含む。基板31のポケット34が収容体32の外側に部分的に突出するように穴36の寸法および位置を定めてあるため、収容体32は使用者に対して略平坦となる。しかしながら、穴のない収容体など、他の構成も本発明の範囲内である。この実施形態は、使用者の肩の周りにフィットするように適合させることができ、ポケット34は、一般に使用者の肩の周りのFIR放射をターゲットとする。
【0139】
図9は、本発明の別の実施形態を示しており、基板41が取り付け手段に収容されている。好ましくは、取り付け手段は、収容体42と、収容体42の両端に取り付けられたストラップ40とを含む。図9に示す実施形態では、収容体42は、片側に形成された穴46を含む。基板41のポケット44が収容体42の外側に部分的に突出するように穴46の寸法および位置を定めてあるため、収容体42は使用者に面する側が略平坦となる。しかしながら、穴のない収容体など、他の構成も本発明の範囲内である。この実施形態は、使用者の膝の周りにフィットするように適合させることができ、ポケット44は、一般に使用者の膝頭の周りのFIR放射をターゲットとする。
【0140】
図10は、本発明の別の実施形態を示しており、基板51が取り付け手段に収容されている。好ましくは、取り付け手段は、収容体52と、収容体52の両端に取り付けられたストラップ50とを含む。図10に示す実施形態では、収容体52は、片側に形成された穴56を含む。基板21のポケット54が収容体52の外側に部分的に突出するように穴56の寸法および位置を定めてあるため、収容体52は使用者に面する側が略平坦となる。しかしながら、穴のない収容体など、他の構成も本発明の範囲内である。この実施形態は、使用者の手首の周りにフィットするように適合させることができ、ポケット54は、一般に使用者の手首の周りのFIR放射をターゲットとする。
【0141】
図11は、本発明の別の実施形態を示しており、基板61が取付手段に収容されている。好ましくは、取り付け手段は、使用者の身体部位の周りに取り付けられるように分離可能な収容体62を含む。図11に示す実施形態では、収容体62は、片側に形成された穴66を含む。基板21のポケット64が収容体62の外側に部分的に突出できるように穴66の寸法および位置を定めてあるため、収容体62は使用者に面する側が略平坦となり、収容体62は前腕・足首・すねなどの使用者の身体部位の周りに巻き付く。しかしながら、穴のない収容体など、他の構成も本発明の範囲内である。この実施形態は、使用者の手首の周りにフィットするように適合させることができ、ポケット64は、一般に使用者の身体部位の周りのFIR放射をターゲットとする。
【0142】
様々な実施形態における基板21、23、31、41、51、61は、シリコーン(ポリジメチルシロキサン)、硫化亜鉛、塩化ナトリウム、臭化カリウム、または同様の材料から作製され得る。
【0143】
実験では、セラミック複合体を、I.D.(内径)10mm、O.D.(外径)20mmで、長さ12mmの円筒管を円周りに1/3に切り取った形状に作成した。セラミック複合体の特定のスペクトル輝度を、3~16μmの波長スペクトルをカバーするように測定した。さらに、8~14μmの波長範囲の誘発FIR光子放射に黒体様熱放射を加えた熱放射を市販のセンサーで測定し、前記セラミック複合体の実際の温度よりも約3°C高い温度で黒体放射として近似したところ、実効放射率は1.04(ε=1.04)であることが示された。
【0144】
(結論、影響、および範囲)
本発明によれば、セラミック複合体は、4~1,000μmの波長スペクトルの黒体熱放射と3~16μmの波長帯域の誘発FIR光子放射とを同時に放出することができる持続性フォノン活性化FIR光子放出メカニズムを特徴とし、その結果、実効放射率は1.0を超える。セラミック複合体は、好ましい生物学的効果をもたらす3~16μm波長のFIR光子の吸収による体内の化学反応速度の向上に基づいて、ヒトまたは動物の身体の健康状態を改善するための効果的な手段を提供することを含む、様々な目的に使用することができる。
【0145】
以上、本発明について説明してきた。上記の教示に照らして、本発明の多数の修正および変形が可能であることが明らかである。このような変形は、本発明の精神および範囲から逸脱するものとはみなされず、当業者にとって自明なすべての修正は、以下の特許請求の範囲に含まれるものとする。
【0146】
(関連出願の相互参照)
この出願は、2021年9月13日に提出された出願番号第17/473,799号の利益を主張する一部継続出願である。この出願は、その全体が参照により本明細書に組み込まれる。
【符号の説明】
【0147】
11:セラミック複合体
21,23,31,41,51,61:基板
22,28,34,44,54,64:ポケット
24,32,42,52,62:収容体
25,30,40,50:ストラップ
28,34,44,54,64:ポケット
29,36,46,56,66:穴

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
【外国語明細書】