(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024171339
(43)【公開日】2024-12-11
(54)【発明の名称】心筋を再生するための医薬組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 45/00 20060101AFI20241204BHJP
A61P 9/00 20060101ALI20241204BHJP
A61K 31/4178 20060101ALI20241204BHJP
A61P 9/04 20060101ALI20241204BHJP
A61K 47/18 20170101ALI20241204BHJP
A61K 47/20 20060101ALI20241204BHJP
【FI】
A61K45/00
A61P9/00
A61K31/4178
A61P9/04
A61K47/18
A61K47/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024087406
(22)【出願日】2024-05-29
(31)【優先権主張番号】P 2023087415
(32)【優先日】2023-05-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
(74)【代理人】
【識別番号】100177714
【弁理士】
【氏名又は名称】藤本 昌平
(72)【発明者】
【氏名】山本 健
(72)【発明者】
【氏名】矢野 雅文
(72)【発明者】
【氏名】小林 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】富永 直臣
(72)【発明者】
【氏名】丸田 陽裕
(72)【発明者】
【氏名】中村 吉秀
(72)【発明者】
【氏名】小田 哲郎
(72)【発明者】
【氏名】永松 潤
【テーマコード(参考)】
4C076
4C084
4C086
【Fターム(参考)】
4C076CC11
4C076DD52
4C076DD56S
4C076FF51
4C084AA17
4C084AA19
4C084NA05
4C084NA14
4C084ZA361
4C084ZA362
4C086AA01
4C086AA02
4C086BC38
4C086GA02
4C086GA07
4C086MA02
4C086MA04
4C086MA05
4C086NA05
4C086NA14
4C086ZA36
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、酸化ストレスの制御と共に他のストレス制御によって心筋を再生するための医薬組成物を提供することにある。
【解決手段】小胞体ストレス低減剤を有効成分として含み、抗酸化剤と同時併用又は逐次併用で投与されるように用いるための、心筋を再生するための医薬組成物を調整する。小胞体ストレス低減剤がダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物であることや、抗酸化剤がN-アセチル-L-システイン(NAC)であることが好ましい。
【選択図】
図3C
【特許請求の範囲】
【請求項1】
小胞体ストレス低減剤を有効成分として含み、抗酸化剤と同時併用又は逐次併用で投与されるように用いるための、心筋を再生するための医薬組成物。
【請求項2】
小胞体ストレス低減剤がダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物であることを特徴とする、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
抗酸化剤がN-アセチル-L-システイン(NAC)であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
心疾患の予防又は治療に用いるための、請求項1又は2に記載の医薬組成物。
【請求項5】
心疾患が心筋梗塞、拡張型心筋症、慢性心不全又は虚血性心筋症であることを特徴とする、請求項4に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は心筋を再生するための医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
哺乳類の胎仔及び新生仔は、心筋細胞の細胞分裂能を有するものの、生後まもなく細胞増殖を止めてしまう。マウスにおいても、出生後10日までで多くは二核となった後にG1期で細胞周期を停止して細胞分裂能を失う。一度細胞周期を停止した哺乳類の心筋細胞は、細胞周期調節因子であるサイクリン依存性キナーゼ(CDK)が強力に阻害されており、その後二度と細胞分裂能を獲得することはないと考えられてきた。しかしながら、近年になって、いったん増殖を止めた心筋細胞も代謝制御や外来遺伝子の発現等により細胞周期再エントリーを起こすことが次々と明らかになってきた(非特許文献1、2参照)。なかでも注目されているのが低酸素である。近年、ミトコンドリアにおける酸化的リン酸化に由来する活性酸素種(ROS)によって、心筋細胞核における酸化DNA損傷レベルが上昇して細胞周期が停止するが、グルタチオンの前駆体であるN-アセチル-L-システイン(NAC)や低酸素飼育でROSを抑えることで心筋の細胞分裂能を獲得するとする報告が注目を集めている。
【0003】
これまで本発明者らは、心筋リアノジン受容体(RyR2)のカルモジュリン(CaM)結合ドメインを変異させて、RyR2へのCaMの親和性を高めたRyR2 V3599K KIマウスを作製した(非特許文献3参照)。このRyR2 V3599K KIマウスは、横行大動脈縮窄(TAC)モデルにおいても心肥大を起こさないことを報告している。このマウスでは小胞体(ER)からのCa2+漏出抑制によりERストレスを抑制し、アルツハイマー病の発症の抑制ができることも報告している(非特許文献4参照)。
【0004】
これまで心筋再生については、iPS細胞等から作製した心筋細胞を外から心筋に打ち込む(非特許文献5参照)、あるいは細胞シートにして心臓に貼り付ける(非特許文献6参照)というものが多かった。また繊維芽細胞を再プログラミングして心筋細胞にするということが行われてきた。
【0005】
心筋そのものを分裂させる試みとしては、サイクリン依存性キナーゼ(CDK)、クルッペル様(Kruppel-like)転写因子(KLF)、所定のマイクロRNAを用いる方法が試みられている(特許文献1~3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2018-512179号公報
【特許文献2】特表2022-543589号公報
【特許文献3】特表2017-186339号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Puente BN, Kimura W, Muralidhar SA, Moon J, Amatruda JF, Phelps KL, Grinsfelder D, Rothermel BA, Chen R, Garcia JA, Santos CX, Thet S, Mori E, Kinter MT, Rindler PM, Zacchigna S, Mukherjee S, Chen DJ, Mahmoud AI, Giacca M, Rabinovitch PS, Aroumougame A, Shah AM, Szweda LI, Sadek HA. The oxygen-rich postnatal environment induces cardiomyocyte cell-cycle arrest through DNA damage response. Cell. 2014 Apr 24;157(3):565-79. doi: 10.1016/j.cell.2014.03.032.
【非特許文献2】Nakada Y, Canseco DC, Thet S, Abdisalaam S, Asaithamby A, Santos CX, Shah AM, Zhang H, Faber JE, Kinter MT, Szweda LI, Xing C, Hu Z, Deberardinis RJ, Schiattarella G, Hill JA, Oz O, Lu Z, Zhang CC, Kimura W, Sadek HA. Hypoxia induces heart regeneration in adult mice. Nature. 2017 Jan 12;541(7636):222-227. doi: 10.1038/nature20173.
【非特許文献3】Nakamura Y, Yamamoto T, Kobayashi S, Tamitani M, Hamada Y, Fukui G, Xu X, Nishimura S, Kato T, Uchinoumi H, Oda T, Okuda S, Yano M. Ryanodine receptor-bound calmodulin is essential to protect against catecholaminergic polymorphic ventricular tachycardia. JCI Insight. 2019 Jun 6;4(11):e126112. doi: 10.1172/jci.insight.126112.
【非特許文献4】Nakamura Y, Yamamoto T, Xu X, Kobayashi S, Tanaka S, Tamitani M, Saito T, Saido TC, Yano M. Enhancing calmodulin binding to ryanodine receptor is crucial to limit neuronal cell loss in Alzheimer disease. Sci Rep. 2021 Mar 31;11(1):7289. doi: 10.1038/s41598-021-86822-x.
【非特許文献5】Kawaguchi S, Soma Y, Nakajima K,et.al. Intramyocardial Transplantation of Human iPS Cell-Derived Cardiac Spheroids Improves Cardiac Function in Heart Failure Animals. JACC Basic Transl Sci. 2021 Feb 19;6(3):239-254.
【非特許文献6】Kashiyama N, Miyagawa S, Fukushima S,et.al. MHC-mismatched Allotransplantation of Induced Pluripotent Stem Cell-derived Cardiomyocyte Sheets to Improve Cardiac Function in a Primate Ischemic Cardiomyopathy Model. Transplantation. 2019 Aug;103(8):1582-1590.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
これまで心筋再生においては酸化ストレスに着目されていたが、酸化ストレスの制御だけでは十分な心筋再生効果があるとはいえない状況であった。そこで、本発明の課題は、酸化ストレスの制御と共に他のストレス制御によって心筋を再生するための医薬組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述のように、哺乳類の心筋は、分裂再生能が生後10日前後で停止することが知られている。この原因として、これまで心筋の分裂には酸化ストレスが重要であると考えられてきた。また、本発明者らの研究により、酸化ストレスの制御だけでは、わずかな量の心筋細胞が細胞周期へ再エントリーするのみであった。そこで本発明者らは、酸化ストレスのみならずERストレスも心筋が細胞周期に入ることに重要であると仮説を立てた。その結果、酸化ストレスと共にERストレスを取り除くことで、生後8週齢以降のマウスにおいて心筋が細胞周期再エントリーを引き起こすことを見いだし、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
〔1〕小胞体ストレス低減剤を有効成分として含み、抗酸化剤と同時併用又は逐次併用で投与されるように用いるための、心筋を再生するための医薬組成物。
〔2〕小胞体ストレス低減剤がダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物であることを特徴とする、上記〔1〕に記載の医薬組成物。
〔3〕抗酸化剤がN-アセチル-L-システイン(NAC)であることを特徴とする、上記〔1〕又は〔2〕に記載の医薬組成物。
〔4〕心疾患の予防又は治療に用いるための、上記〔1〕又は〔2〕に記載の医薬組成物。
〔5〕心疾患が心筋梗塞、拡張型心筋症、慢性心不全又は虚血性心筋症であることを特徴とする、上記〔4〕に記載の医薬組成物。
さらに、本発明の別の態様は、以下のとおりである。
【0011】
〔a〕心筋を再生する方法であって、対象に、抗酸化剤と小胞体ストレス低減剤とを同時併用又は逐次併用で投与する段階を含む、前記方法。
〔b〕心筋を再生するための医薬組成物を製造するための、抗酸化剤及び小胞体ストレス低減剤の使用。
〔c〕心疾患を予防又は治療する方法であって、対象に、上記〔1〕に記載の医薬組成物を投与する、前記方法。
〔d〕心疾患を予防又は治療するための医薬組成物を製造するための、抗酸化剤及び小胞体ストレス低減剤の使用。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、心筋を再生することが可能となる。さらに、心筋梗塞等の心疾患の予防又は治療を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】マウス低酸素飼育のプロトコルを示す図である。
【
図2A】WTマウス及びRyR2 V3599K KIマウスにおける心臓のHE染色の典型画像を示す図である。
【
図2B】WTマウス(左)及びRyR2 V3599K KIマウス(右)における心重量(HW)(左上段)、心体重比(HW/BW)(右上段)、心脛骨長比(HW/TL)(下段)の測定結果を示す図である。
【
図3A】WTマウス及びRyR2 V3599K KIマウスにおける心筋細胞の短軸像(上段)及び長軸像(下段)の小麦胚芽アグルチニン(WGA)染色の典型画像を示す図である。
【
図3B】
図3Bの左は、心筋細胞のCSAのグラフである。1つのドットは1回の実験で得られた858~1285個の細胞の平均を表す。
図3Bの右は、心筋細胞(Cardiomyocyte)の長さのグラフである。1つのドットは、1回の実験で得られた18~24個の細胞の平均を表す。*P < 0.05,**P < 0.01,***P < 0.001 (One-way ANOVA とその後の Tukey検定)
【
図3C】
図3Cの左は、心重量(HW)をCSA^3/2で除した値のグラフである。1つのドットは1回の実験で得られた858~1285個の細胞の平均を表す。
図3Cの右は、心重量(HW)を平均CSAと平均細胞長の積で除した値のグラフである。1つのドットは、1回の実験で得られた18~24個の細胞の平均を表す。*P < 0.05,**P < 0.01,***P < 0.001 (One-way ANOVA とその後の Tukey検定)
【
図4A】Ki67陰性心筋細胞とKi67陽性心筋細胞の典型画像を示す図である。図中の矢印はKi67陽性心筋細胞を示す。
【
図4B】Ki67陽性心筋細胞の割合を示したグラフである。1つのドットは、1個体から得られた心臓切片において数えた4081~4637個の心筋細胞のうちのKi67陽性心筋細胞の割合を表す。*P < 0.05,**P < 0.01,***P < 0.001 (One-way ANOVA とその後の Tukey検定)
【
図5A】BrdU陰性心筋細胞とBrdU陽性心筋細胞の典型画像を示す図である。
【
図5B】BrdU陽性心筋細胞の割合を示したグラフである。1つのドットは、1個体から得られた心臓切片において数えた3874~4543個の心筋細胞のうちのBrdU陽性心筋細胞の割合を表す。*P < 0.05,**P < 0.01,***P < 0.001 (One-way ANOVA とその後の Tukey検定)
【
図6A】リン酸化ヒストンH3(pHH3)陰性心筋細胞とpHH3陽性心筋細胞の典型画像を示す図である。
【
図6B】pHH3陽性心筋細胞の割合を示したグラフである。1つのドットは、1個体から得られた心臓切片において数えた3960~8594個の心筋細胞のうちのpHH3陽性心筋細胞の割合を表す。*P < 0.05,**P < 0.01,***P < 0.001 (One-way ANOVA とその後の Tukey検定)
【
図7A】Ki67陰性心筋細胞とKi67陽性心筋細胞の典型画像を示す図である。
【
図7B】Ki67陽性心筋細胞の割合を示したグラフである。*P < 0.05,***P < 0.001 (One-way ANOVA とその後の Tukey検定)
【
図8A】BrdU陰性心筋細胞とBrdU陽性心筋細胞の典型画像を示す図である。
【
図8B】BrdU陽性心筋細胞の割合を示したグラフである。*P < 0.05,***P < 0.001 (One-way ANOVA とその後の Tukey検定)
【
図9A】pHH3陰性心筋細胞とpHH3陽性心筋細胞の典型画像を示す図である。
【
図9B】pHH3陽性心筋細胞の割合を示したグラフである。*P < 0.05,**P < 0.01 (One-way ANOVA とその後の Tukey検定)
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の心筋を再生するための医薬組成物は、小胞体ストレス低減剤を有効成分として含み、抗酸化剤と同時併用又は逐次併用で投与されるように用いるための、心筋を再生するための医薬組成物であれば特に制限されず、以下、「本件医薬組成物」ともいう。
【0015】
小胞体ストレス低減剤としては、ダントロレン、アズモレン、JTV-519(4-[3-(4-ベンジルピペリジン-1-イル)プロピオニル]-7-メトキシ-2,3,4,5-テトラヒドロ-1,4-ベンゾチアゼピン(K201とも呼ばれている))などのリアノジン受容体拮抗剤、フェニル酪酸、タウロウルソデオキシコール酸、PERK(PKR-like endoplasmic reticulum kinase)経路阻害剤、IRE1(Inositol requiring 1)経路阻害剤、ATF6(Activating transcription factor 6)経路阻害剤、又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物を挙げることができる。小胞体ストレス低減剤は、1種でも2種以上組み合わせてもよい。
【0016】
ダントロレン(Dantrolene: 1‐[[[5‐(4‐Nitrophenyl)‐2‐furanyl]methylene]amino]‐2,4‐imidazolidinedione:以下「DAN」ともいう)は分子式C14H10N4O5、分子量314.257、CAS番号7261-97-4の化合物であり、以下の化学式(I)で示される。ダントロレンは公知の方法により製造できるほか、市販の化合物を用いることができる。
【0017】
【0018】
PERK経路阻害剤としては、サルブリナル、グアナベンツ、GSK2606414、GSK2656157、ISRIB等の特開2023-17050号明細書に記載の化合物や、特表2013-534902号明細書に記載の化合物を挙げることができる。
【0019】
抗酸化剤としては、N-アセチル-L-システイン(NAC)、システイン、N-アセチルシステイネート、N-アセチルシスチン、N,S-ジアセチルシステイン、N,N’-ジアセチルシスチンジメチルエステル、シスチンなどのシステインをベースとする抗酸化剤、アスタキサンチンなどのカロテノイド、アセチル-L-カルニチン、トコフェロール、アスコルビン酸又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物を挙げることができる。抗酸化剤は、1種でも2種以上組み合わせてもよい。なお、本件医薬組成物は小胞体ストレス低減剤及び抗酸化剤を含有する剤としてもよい。
【0020】
本明細書におけるその薬学上許容される塩における「薬学的に許容される塩」としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩や、カルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ土類金属塩や、アンモニウム塩や、亜鉛塩等の遷移金属塩や、環状アミン塩や、モノ-、ジ-若しくはトリ-低級アルキルアミン塩や、モノ-、ジ-若しくはトリヒドロキシ-低級アルキルアミン塩や、ポリヒドロキシ-低級アルキルアミン塩等のヒドロキシ-低級アルキルアミン塩や、ヒドロキシ‐低級アルキル-低級アルキルアミン塩を挙げることができ、ナトリウム塩を好適に挙げることができる。
【0021】
さらに、その薬学上許容される塩は、これらと水やアルコール等との溶媒和物でもよく、たとえばダントロレンの場合には、ダントロレンナトリウム(1‐[[[5‐(4‐Nitrophenyl)‐2‐furyl]methylene]amino]‐3‐sodio‐2,4‐imidazolidinedione)の水和物を挙げることができる。かかるダントロレンナトリウムの水和物は商品名「ダントリウム(登録商標)」として市販されている。上記ダントリウムは、リアノジン受容体を遮断して横行小管から筋小胞体への興奮の伝達過程を遮断することにより筋小胞体からのCa2+の遊離を抑制するため、筋弛緩薬として用いられている。
【0022】
心疾患としては、心筋梗塞、拡張型心筋症、慢性心不全、虚血性心筋症等を挙げることができる。
【0023】
本明細書において、用語「同時併用で投与」とは、同じ対象に、2種以上の剤を同時に投与することを意味する。また、用語「逐次併用で投与」は、同じ対象に、2種以上の剤を逐次、すなわち一定の間隔を空けて順次に又は個別に投与されることを意味する。一定の間隔を空けて順次に又は個別に投与される場合における「一定の間隔」としては0.5分~10時間、1分~8時間、2分~6時間、3分~5時間、5分~4時間、10分~3時間、15分~2時間、30分~1時間を挙げることができる。なお、逐次併用で投与する場合、投与順序については制限されない。
【0024】
本件医薬組成物の好ましい投与量は対象の年齢、性別及び体重、健康状態及び疾患の重症度などの多様な関連因子に照らし、当業者により適宜決定することができる。経口投与の場合には、小胞体ストレス低減剤としてダントロレンナトリウム水和物を用いる場合を例にすると、ダントロレンナトリウム水和物換算で、成人(60kg)に対し投与する場合、有効成分として1日投与量は0.01~0.3g、好ましくは0.02~0.2gの範囲であり、1回又は数回分けて投与することもできる。投与間隔としては、1週間、6日、5日、4日、3日、2日、1日、12時間、8時間、4時間、2時間、1時間または30分を挙げることができる。具体的には、本件医薬組成物として、成人(60kg)にはダントロレンナトリウム水和物として1日1回25mgより投与を始め、1週毎に25mgずつ増量し(1日2~3回に分割投与)、維持量を決定する方法を挙げることができる。一方、静脈内投与などの非経口投与の場合には、ダントロレンナトリウム水和物換算で本件医薬組成物として、成人(60kg)に対し投与する場合、有効成分として1日投与量は0.01~0.3g、好ましくは0.1~0.2g、更に好ましくは0.3~0.15gであり、1回又は数回分けて投与することもできる。
【0025】
また、同時併用又は逐次併用で投与される抗酸化剤においては、N-アセチル-L-システインを用いる場合を例にすると、N-アセチル-L-システインナトリウム塩換算で、成人(60kg)に対し投与する場合、有効成分として1日投与量は1~4g、好ましくは3~4gであり、1回又は数回分けて投与することもできる。投与間隔としては、1日、12時間、8時間を挙げることができる。一方、静脈内投与などの非経口投与の場合にも、N-アセチル-L-システインナトリウム塩換算で成人(60kg)に対し投与する場合、有効成分として1日投与量は1~4g、好ましくは3~4g、1回又は数回分けて投与することもできる。
【0026】
本件医薬組成物は、心疾患が生じる前にそれを予防する目的で用いても、既に心疾患が生じた状態において、その心疾患を治療若しくは進行を抑制する目的で用いてもよい。
【0027】
本件医薬組成物は、ダントロレン又はその薬学上許容される塩あるいはそれらの水和物の投与により心疾患を予防又は治療する旨の添付文書等と共に製剤として提供することもできる。
【0028】
本件医薬組成物は、ヒトを含む哺乳類、例えば、ヒト、イヌ、ネコ、ブタ、ウシ、ウマ、サル、マウス、ラット、モルモットなどに適用することができる。
【0029】
本明細書において引用されるすべての特許文献及び非特許文献に記載された内容は、全体として本明細書に参照により組み込まれる。
【0030】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの
例示に限定されるものではない。
【0031】
[材料及び方法]
1.動物
WTマウスとしてC57BL/6マウスは日本SLC社から購入した。遺伝子変異マウスとしてRyR2 V3599K KIマウス(上記非特許文献3)を使用した。このRyR2 V3599K KIマウスは、CaM結合親和性を増加させるRyR2内点突然変異(V3599Kをノックイン)したマウスである。ノックインは、CRISPR/Cas9の方法により、リアノジン受容体の3599番目のバリン(V)をリジン(K)に置換(V3599K)して安定化するようにした。RyR2 V3599K KIマウスはRyR2構造安定化により小胞体(ER)からのCa2+漏出が抑制されており、その結果ERストレスに耐性を有している。いずれも8-12週齢のオスのマウスで開始し、12-16週齢で終了した。
【0032】
2.低酸素飼育
5mm厚のアクリル板を用いて低酸素飼育用チャンバーを作製した。目的とする酸素濃度よりも一定濃度の酸素濃度が低下した際に、エアーポンプを用いてチャンバー外の空気をチャンバー内に送気するシステムを構築した。すなわち、酸素センサー(MIX8410-O2:seeed studio社)の信号をマイコンボードArduinoにて10 msec毎に100回測定し、その平均を酸素濃度とし、毎秒繰り返した。酸素濃度が設定値よりも1 %以上低下すると1秒間DCエアーポンプを作動させて、外気を送り込むことによりチャンバー内の酸素濃度を設定値に維持できるようにした。チャンバー内のCO2の蓄積を防ぐためにアコマライムゼロ(登録商標:108-20-01, Acoma Medical Industry社)を使用した。また、アンモニアの蓄積を防ぐためにセピオライト(SEPIO社)を使用した。
【0033】
2週間かけて通常酸素濃度(20.9 %)から7 %まで徐々に酸素濃度を下げていき(2日ごとに2 %低下)、7 %の環境でさらに2週間飼育を行った。最後の4日間はマウスの飲み水にブロモデオキシウリジン(BrdU:1.0 mg/mL)を加えた。
図1に低酸素飼育のプロトコルを示す。飼育終了後、マウスをペントバルビタール大量投与で安楽死させて、心臓を取り出し10%ホルマリンで一晩固定した。パラフィンブロックを作製し、3μmで薄切してヘマトキシリン-エオジン(HE)染色、WGA染色、及び免疫染色(Ki67, pHH3, BrdU)を行うと共に、心体重、体重、及び心脛骨長を測定した。なお、小麦胚芽凝集素(WGA)は細胞膜を染色するために用いた。また、上記BrdUは、細胞増殖に伴いDNA複製が行われる際に細胞に取り込まれる物質であり、細胞の増殖検知マーカーとして用いた。
【0034】
3.WTマウスへのNAC及びDAN投与
上記ではWTマウスとRyR2 V3599K KIマウスにおける通常酸素飼育と低酸素飼育における細胞増殖マーカーを用いた細胞分裂能により細胞周期再エントリーを引き起こせるのかを評価した。次に、薬剤投与のみによる酸化ストレス抑制とERストレス耐性獲得において細胞周期再エントリーを引き起こせるのかを検討するために、12~16週齢の上記WTマウス(C57BL/6マウス)において以下の4群を準備した。
(a)Control群(NAC及びDAN投与無し)
(b)NAC投与群(NAC投与あり:200 mg/kg/日)
(c)DAN投与群(DAN投与あり:100 mg/kg/日)
(d)NAC+DAN投与群(NAC及びDAN投与あり:それぞれ順に200 mg/kg/日、100 mg/kg/日)
上記NAC若しくはDANは4週間経口投与した。また、最後の4日間は飲み水にBrdUを1.0 mg/mL加えた。飼育終了後、マウスをペントバルビタール大量投与で安楽死させて、心臓を取り出し10%ホルマリンで一晩固定した。パラフィンブロックを作製し、3μmで薄切して免疫染色(Ki67, pHH3, BrdU)を行った。
【0035】
4.抗体
使用した抗体を表1に示す。
【0036】
【0037】
5.WGA染色と心筋サイズ測定
個々の心筋細胞肥大の解析を行うためにWGA染色を行った。3μmの厚さで薄切し、キシレン及びエタノールを用いて脱パラフィンを行った。FITC標識WGA (FL-1021,Vector Laboratories社) をPBSで500倍に希釈し、室温で60分間反応させた。封入にはDAPI Fluoromount-G(登録商標)(Southern Biotechnology Associates社)を使用した。心筋細胞の短軸断面積及び心筋細胞の長さを測定するため、左室側壁及び心室中隔において、蛍光顕微鏡BZ-9000(Keyence社)を用いて、視野が重ならないように数枚画像を撮影し、ImageJソフトウェアを用いて解析を行った。
【0038】
6.免疫染色(anti-Ki67抗体及びanti-pHH3抗体)
細胞分裂能を評価するために、anti-Ki67抗体及びanti-pHH3抗体を用いて免疫染色を行った。3μmの厚さで切片を作製し、キシレン及びエタノールを用いて脱パラフィンを行った。抗原賦活には0.1Mのクエン酸緩衝液(pH6.4)を使用し、100℃で30分間行った。ブロッキングは1%ウシ血清アルブミン(BSA)(Nacalai Tesque社)で60分間行った。マウス由来のanti-cTnT抗体(ab8295)及びラビット由来のanti-Ki67抗体、又は、マウス由来のanti-cTnT抗体(ab8295)及びラビット由来のanti-pHH3抗体を室温で60分間反応させた後、AlexaFluor(登録商標)標識二次抗体(AlexaFluor(登録商標) 555 anti-rabbit IgG(ab150078)及びAlexaFluor(登録商標)488 anti-mouse IgG(A11029))を室温で60分間反応させた。核はDAPI Fluoromount-G(登録商標)(Southern Biotechnology Associates社)で染色した。
BZ-9000(Keyence社)を用いて、後述の
図4BにおいてKi67は4081~4637個、
図6BにおいてpHH3は3960~8594個の心筋細胞のうちの陽性細胞の割合を、後述の
図7BにおいてKi67は3406~4920個、
図9BにおいてpHH3は3413~4422個の心筋細胞のうちの陽性細胞の割合を求めた。
【0039】
7.免疫染色(anti-BrdU抗体)
細胞分裂能を評価するために、anti-BrdU抗体を用いて免疫染色を行った。3μmの厚さで切片を作製し、キシレン及びエタノールを用いて脱パラフィンを行った。抗原賦活には0.1Mのクエン酸緩衝液(pH6.4)を使用し、100℃で15分間行った。2本鎖DNAを1本鎖にするために、3N HClを10分間反応させ、その後0.1M NaBorateで15分間中和を行った。ブロッキングは1%ウシ血清アルブミン(BSA)(Nacalai Tesque社)で60分間行った。ラビット由来anti-cTnT抗体(15513-1-AP)及びanti-BrdU抗体を4℃で一晩反応させた後、AlexaFluor(登録商標)標識二次抗体(AlexaFluor(登録商標)488 anti-rabbit IgG(A11008))を室温で60分間反応させた。核はDAPI Fluoromount-G(登録商標)(Southern Biotechnology Associates社)で染色した。
BZ-9000(Keyence社)を用いて、各心臓切片において
図5BにおいてBrdUは3874~4543個、
図8BにおいてBrdUは3898個~4220個の心筋細胞を数え、そのうちのBrdU陽性心筋細胞の割合を求めた。
【0040】
8.統計解析
一元配置分散分析(One-way ANOVA)と、その後Tukey検定を用いた。0.05未満のp値は統計的に有意であるとした。
【0041】
[結果]
1.低酸素飼育による心肥大
WTマウス及びRyR2 V3599K KIマウスにおける心臓のHE染色の典型画像を
図2Aに、心重量、心体重比、心脛骨長比の測定結果を
図2Bに示す。WTマウスとRyR2 V3599K KIマウスを低酸素環境で飼育した場合、どちらのマウスも心重量の増加すなわち心肥大を生じた。心臓の大きさ及び心臓壁の厚さは、薄切のHE染色の弱拡大像でも明確であった(
図2A)。WTマウスと比較するとRyR2 V3599K KIマウスの肥大の程度は、体重補正(心体重比:HW/BW)でも脛骨長補正(心脛骨長比:HW/TL)でも有意に小さかった(
図2B)。
【0042】
2.WGA染色による個々の心筋細胞肥大の解析
心筋細胞のWGA解析の結果を
図3A-Cに示す。
図3A、Bに示すように、WTマウスは低酸素飼育を行うことにより心筋細胞の短軸断面積(CSA)及び細胞の長さが共に通常酸素飼育のマウスと比較して増加した。一方でRyR2 V3599K KIマウスでは心筋細胞のCSA及び細胞の長さはどちらも通常酸素飼育マウスと比較して明らかな変化を認めなかった。また、心重量は比重を1とすると心体積と考えられる。そこで、
図3Cに示すように、CSAを3/2乗した値で心重量を除して、心臓の中の全心筋細胞数を推定する値を求めたところ、低酸素飼育を行ったWTマウスでは増加を認めなかったが、低酸素飼育を行ったRyR2 V3599K KIマウスにおいて増加がみられた。さらに、平均CSAと平均細胞長の積(心筋細胞容積の近似値とした)で心重量を除して全心筋細胞数を推定する値を求めても、同様に低酸素飼育を行ったWTマウスでは増加を認めなかったが、RyR2 V3599K KIマウスにおいて増加がみられた。これらのことは、WTマウスでの心重量の増加が、心筋細胞肥大だけで説明可能であるのに対し、RyR2 V3599K KIマウスにおいては心重量の増加が、心筋細胞肥大だけで説明できないことを示している。すなわち、RyR2 V3599K KIマウスでは低酸素飼育を行うことにより心筋細胞の細胞数が増加していることとなる。また、RyR2 V3599K KIマウスにおいてのみ全心筋細胞数が増加していることから、この心筋細胞の細胞数の増加には、小胞体ストレスが関与することが確認できた。
【0043】
3.Ki67陽性心筋細胞の割合~WTマウスとRyR2 V3599K KIマウスにおける通常酸素飼育と定常酸素飼育の比較~
Ki67の免疫染色及びKi67陽性心筋細胞の割合の結果を
図4A、Bに示す。
図4A中、下段は上段の四角で囲んだ範囲の拡大図であり、写真右下のスケールバーは上段が50μm、下段が10μmである(
図5A、
図6Aも同様)。また、下段の低酸素で示している矢印が指す細胞がKi67陽性心筋細胞である。WTマウスおよびRyR2 V3599K KIマウスどちらにおいても低酸素飼育によりKi67陽性心筋細胞の割合は増加した。WTマウスと比較してRyR2 V3599K KIマウスの方が陽性率は高かった。なお、Ki67は細胞周期に関連する分子の1つで、休止期(G0)を除くすべての細胞核に発現するため、細胞増殖マーカーとして利用される分子である。
【0044】
4.BrdU陽性心筋細胞の割合~WTマウスとRyR2 V3599K KIマウスにおける通常酸素飼育と低酸素飼育の比較~
BrdUの免疫染色及びBrdU陽性心筋細胞の割合の結果を
図5A、Bに示す。
図5A中、下段の低酸素で示している矢印が指す細胞がBrdU陽性心筋細胞である。WTマウス及びRyR2 V3599K KIマウスどちらにおいても低酸素飼育によりBrdU陽性心筋細胞の割合は増加した。WTマウスと比較してRyR2 V3599K KIマウスの方が陽性率は高かった。なお、BrdUは哺乳類の有糸分裂細胞におけるS期でのDNA合成と強く相関し、細胞増殖マーカーとして利用される分子である。
【0045】
5.pHH3陽性心筋細胞の割合~WTマウスとRyR2 V3599K KIマウスにおける通常酸素飼育と低酸素飼育の比較~
pHH3の免疫染色及びpHH3陽性心筋細胞の割合の結果を
図6A、Bに示す。
図6A中、下段の低酸素で示している矢印が指す細胞がpHH3陽性心筋細胞である。WTマウス及びRyR2 V3599K KIマウスどちらにおいても低酸素飼育によりpHH3陽性心筋細胞の割合は増加した。WTマウスと比較してRyR2 V3599K KIマウスの方が陽性率は高かった。なお、pHH3は哺乳類の有糸分裂細胞におけるG2期からM期への後期移行と強く相関し、細胞増殖マーカーとして利用される分子である。
【0046】
6.Ki67陽性心筋細胞の割合~WTマウスへのNAC及び/又はDAN投与~
Ki67の免疫染色及びKi67陽性心筋細胞の割合の結果を
図7A、Bに示す。
図7A中、写真右下のスケールバーは10μmである(
図8A、
図9Aも同様)。NAC+DAN投与群においては、Control群、NAC投与群又はDAN投与群と比較してKi67陽性心筋細胞の割合が有意に上昇していた。
【0047】
7.BrdU陽性心筋細胞の割合~WTマウスへのNAC及び/又はDAN投与~
BrdUの免疫染色及びBrdU陽性心筋細胞の割合の結果を
図8A、Bに示す。NAC+DAN投与群においては、Control群、NAC投与群又はDAN投与群と比較してBrdU陽性心筋細胞の割合が有意に上昇していた。
【0048】
8.pHH3陽性心筋細胞の割合~WTマウスへのNAC及び/又はDAN投与~
pHH3の免疫染色及びpHH3陽性心筋細胞の割合の結果を
図9A、Bに示す。NAC+DAN投与群においては、Control群、NAC投与群又はDAN投与群と比較してBrdU陽性心筋細胞の割合が有意に上昇していた。
【0049】
(まとめ)
上記免疫染色によるKi67陽性心筋細胞の割合、BrdU陽性心筋細胞の割合、及びpHH3陽性心筋細胞の割合のデータにより、成体マウスを低酸素環境におくことにより心筋細胞の細胞周期再エントリーが引き起こされることが明らかとなった。また、RyR2に対するCaMの親和性を高めたRyR2 V3599K KIマウスでは、低酸素環境におくことでWTマウスよりもはるかに多くの心筋細胞が細胞周期に再エントリーすることが明らかになった。そのため、心筋再生には酸化ストレスと共に小胞体ストレスが関与していることが明らかとなった。
【0050】
さらに、小胞体ストレス低減剤及び抗酸化剤を併用することで、コントロールのWTマウス、WTマウスに小胞体ストレス低減剤のみ若しくは抗酸化剤のみを投与した場合よりもはるかに多くの心筋細胞が細胞周期に再エントリーすることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明で心筋再生をすることにより、心筋梗塞、拡張型心筋症、慢性心不全、虚血性心筋症等の予防又は治療へ利用可能である。