(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024171767
(43)【公開日】2024-12-12
(54)【発明の名称】基材の親水化処理方法及び親水性改質基材
(51)【国際特許分類】
B05D 5/00 20060101AFI20241205BHJP
C09K 3/00 20060101ALI20241205BHJP
C08F 20/58 20060101ALI20241205BHJP
C08F 20/60 20060101ALI20241205BHJP
C08J 7/056 20200101ALI20241205BHJP
B05D 7/24 20060101ALI20241205BHJP
B32B 27/00 20060101ALI20241205BHJP
B32B 38/18 20060101ALI20241205BHJP
【FI】
B05D5/00 Z
C09K3/00 R
C08F20/58
C08F20/60
C08J7/056 CER
C08J7/056 CEZ
B05D7/24 303E
B05D7/24 301P
B32B27/00 A
B32B38/18 D
【審査請求】有
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023088966
(22)【出願日】2023-05-30
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2024-06-05
(71)【出願人】
【識別番号】595015890
【氏名又は名称】株式会社朝日FR研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002251
【氏名又は名称】弁理士法人眞久特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三原 将
(72)【発明者】
【氏名】行田 和起
(72)【発明者】
【氏名】吉田 明
【テーマコード(参考)】
4D075
4F006
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4J100
【Fターム(参考)】
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4J100JA01
(57)【要約】
【課題】熱による基材の劣化を抑えつつ温和な条件で速やかに親水性を均質に発現させることができる簡便な基材の親水化処理方法と、水との接触角が十分に低く維持された親水性改質基材を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明の基材の親水化処理方法は、水溶性電解質と、スルホベタイン高分子電解質塩と、カテコールアミンの塩とを含む混合水溶液を調製し、基材の表面に、混合水溶液を付し、遊離のスルホベタイン高分子及び/又はその電解質塩と、遊離のカテコールアミン、その酸化体及び/又は環化体などの接着性物質とが、互いに吸着、反応、結合、相互作用、物理吸着などしつつ基材の表面に堆積されることにより、親水性コーティング層を形成して親水性を付与するというものである。この方法により、親水化すべき基材よりも接触角を少なくとも10°低減して親水性が向上した親水性改質基材が得られる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶性電解質と、遊離のスルホベタイン高分子及び/又はその電解質塩と、遊離のカテコールアミン及び/又はその塩とを含む混合水溶液を調製する調製工程と、
基材の表面に前記混合水溶液を付して、前記遊離のスルホベタイン高分子及び/又はその電解質塩と、前記遊離のカテコールアミン及びその塩、それら何れかの酸化体及び/又は環化体並びにそれら何れかの縮合体、多量体、重合体、会合体及び/又は凝集体から選ばれる少なくとも何れかを含む接着性物質とが、互いに吸着、反応、結合、相互作用及び/又は物理吸着しつつ前記基材の表面に堆積されることによって、親水性コーティング層を形成して親水性を付与する親水化工程とを、
有することを特徴とする基材の親水化処理方法。
【請求項2】
前記遊離のカテコールアミンが、ドーパミン、L-3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン、ノルエピネフリン及びエピネフリンから選ばれる少なくとも何れかの化合物であることを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項3】
前記酸化体及び/又は前記環化体が、4-(2-アミノエチル)-1,2-ベンゾキノン、5,6-ジヒドロキシインドリン、5,6-ジヒドロキシ-3H-インドール及び5,6-ジヒドロキシインドールから選ばれる少なくとも何れかのカテコールアミン誘導体であることを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項4】
前記親水性コーティング層が、ポリカテコールアミンを含むものであることを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項5】
親水化すべき前記基材に、プラズマ放電、コロナ放電、紫外線照射、エキシマUV照射、電子線照射及び放射線照射から選ばれる少なくとも何れかの乾式表面改質処理、並びにアルカリ性溶液浸漬、酸性溶液浸漬及びマイクロナノバブル溶液浸漬から選ばれる何れかの湿式表面改質処理を施さないことを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項6】
親水化すべき前記基材に、プラズマ放電、コロナ放電、紫外線照射、エキシマUV照射、電子線照射及び放射線照射から選ばれる少なくとも何れかの乾式表面改質処理、及び/又はアルカリ性溶液浸漬、酸性溶液浸漬及びマイクロナノバブル溶液浸漬から選ばれる何れかの湿式表面改質処理を施すことを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項7】
前記混合水溶液を、pH8~11に調整することを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項8】
前記混合水溶液を、前記遊離のスルホベタイン高分子及びその電解質塩と、前記遊離のカテコールアミン及びその塩との重量比で、0.01~10にして調製することを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項9】
前記混合水溶液中、0.1~26w/w%の前記水溶性電解質と、0.01~10w/w%の前記遊離のスルホベタイン高分子及び/又はその電解質塩と、0.001~30w/w%の前記遊離のカテコールアミン及び/又はその塩とを、含むように調製することを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項10】
前記水溶性電解質が、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、臭化ナトリウム、臭化カリウム、及びヨウ化ナトリウムから選ばれる少なくとも何れかであることを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項11】
前記基材が、ゴム、樹脂、ガラス、金属及びセラミックスから選ばれる少なくとも何れかで形成されていることを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項12】
前記ゴムがシリコーンゴム、フッ素ゴム、エチレン-プロピレン二元共重合体ゴム、エチレン-プロピレン-ジエン三元共重合体ゴム、ウレタンゴム、アクリルゴム、エチレン酢酸ビニルゴム、クロロスルホン化ポリエチレンゴム、塩素化ポリエチレンゴム、エピクロロヒドリンゴム、多硫化ゴム、ブチルゴム、ブタジエンゴム、スチレンブタジエンゴム、クロロプレンゴム、ニトリルゴム、イソプレンゴム及び天然ゴムから選ばれる少なくとも何れかであり、前記樹脂がシリコーン樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン樹脂、(メタ)アクリル樹脂、ポリビニルアルコール、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタラート、ウレタン樹脂、ポリカーボネート、ナイロン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリ乳酸、スチレン系熱可塑性エラストマー、オレフィン系熱可塑性エラストマー、エステル系熱可塑性エラストマー、アミド系熱可塑性エラストマー、動的架橋型熱可塑性エラストマー、フッ素系熱可塑性エラストマー、ポリフェニレンサルファイド、ポリフェニルサルフォン、シクロオレフィンポリマー、シクロオレフィンコポリマー及びポリオキシメチレンから選ばれる少なくとも何れかであり、前記ガラスが石英ガラス、ホウケイ酸ガラス及びソーダ石灰ガラスから選ばれる少なくとも何れかであり、前記金属がステンレス、鉄、アルミニウム、チタン、銀、銅、金、コバルト、クロム、モリブデン、ニッケル、タングステン及びプラチナ並びにそれら何れかの合金から選ばれる少なくとも何れかであり、前記セラミックスがアルミナ、ジルコニア、窒化アルミニウム、炭化ケイ素、窒化ケイ素、スタアタイト及びハイドロキシアパタイトから選ばれる少なくとも何れかであることを特徴とする請求項11に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項13】
前記基材が、前記ウレタンゴム、前記ポリ塩化ビニル、前記ポリエチレン、前記ウレタン樹脂、前記スチレン系熱可塑性エラストマー、前記オレフィン系熱可塑性エラストマー、前記エステル系熱可塑性エラストマー、前記アミド系熱可塑性エラストマー、前記動的架橋型熱可塑性エラストマー、前記フッ素系熱可塑性エラストマー及び前記(メタ)アクリル樹脂から選ばれる少なくとも何れかの低耐熱性材質で形成されていることを特徴とする請求項12に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項14】
前記遊離のスルホベタイン高分子が、下記化学式(1)
【化1】
(式(1)中、R
1は水素原子又はメチル基であり、n1~n2は2~6の数である)及び/又は、下記化学式(2)
【化2】
(式(2)中、R
2は水素原子又はメチル基であり、n3、n5、n6及びn8は2~6の数であり、n4
a及びn7
aはいずれも0、又はn4
a及びn7
aが1で、n4
b及びn7
bは1~3の数である)で表されるスルホベタイン基を有する繰返単位のみで構成される重合体、若しくは前記化学式(1)及び/又は(2)で表されるスルホベタイン基を有する繰返単位と、下記化学式(3)
【化3】
(式(3)中、R
3は水素原子又はメチル基であり、n9は2~6の数であり、n10は0~1の数であり、R
4はアジド基、スルホ基、アルコキシシリル基、及び水酸基から選ばれる何れかの活性官能基である)で表される活性官能基を有する繰返単位、及び/又は下記化学式(4)
【化4】
(式(4)中、R
5は水素原子又はメチル基であり、R
6はカルボキシル基、エチレングリコール基又はエチレングリコールオリゴマー、アクリル基及びメタクリル基から選ばれる何れかの官能基である)で表される繰返単位とのランダム共重合体、ブロック共重合体、交互共重合体、若しくはグラフト共重合体であることを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項15】
前記遊離のスルホベタイン高分子の分子量が、少なくとも30000であることを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項16】
前記混合水溶液を、1~30℃で付すことを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項17】
前記親水化工程の後に、前記基材ごと水洗することにより、前記基材に付されている前記水溶性電解質、前記スルホベタイン高分子電解質塩及び/又は前記カテコールアミンの塩の脱塩工程を有することを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
【請求項18】
遊離のスルホベタイン高分子及び/又はその電解質塩と、前記遊離のカテコールアミン及びその塩、それら何れかの酸化体及び/又は環化体並びにそれら何れかの縮合体、多量体、重合体、会合体及び/又は凝集体から選ばれる少なくとも何れかを含む接着性物質とが互いに吸着、反応、結合、相互作用及び/又は物理吸着しつつ前記基材の表面に堆積された親水性コーティング層が、基材の表面に形成されており、前記親水性コーティング層が、前記基材の表面よりも接触角を少なくとも10°低減して親水性を向上させていることを特徴とする親水性改質基材。
【請求項19】
前記親水性コーティング層の表面が、脱塩表面となっていることを特徴とする請求項18に記載の親水性改質基材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非親水性材質の基材表面を水、水系組成物並びに水系懸濁液に馴染みやすい親水性表面に改質する親水化処理方法、及びそのように改質された親水性改質基材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
親水性材質の基材は、防汚性、防曇性、生体適合性、抗血栓性、たんぱく質非吸着性などが優れており、非特許文献1に開示されているように、水分子との親和性が高く、基材の表面に水が付着することによって、たんぱく質などの非親水性の物質をほとんど吸着させない。
【0003】
一方、比較的親水性の低い材質の基材の親水性を向上させるために、この基材を親水化処理することが重要である。化学的な表面修飾を行う乾式処理又は湿式処理のような親水化処理を施された基材表面は、水、水系組成物、又は水系懸濁液との表面親和性を高めることができる。
【0004】
比較的親水性の低い材質の基材への乾式処理は、基材表面にプラズマ放電、コロナ放電、紫外線照射、エキシマUV照射、電子線照射、放射線照射などの処理を行うことによって、水酸基などの親水性の極性官能基を生成させ、簡便且つ短時間で親水化させるというものである。しかし、この極性官能基は、活性が高く、水分などとの化学反応によって速やかに変質、劣化するため、親水性を長時間保持させ難い。
【0005】
また、湿式処理は、親水化剤として親水性基含有化合物を、基材表面に吸着、反応又は結合させて親水性を付与するというものであり、乾式処理と異なり、低活性な親水性基含有化合物を親水化剤として選択することによって親水性を低下させずに長期間維持させる。湿式処理の例として、非特許文献2には、双性イオンであるスルホベタイン高分子を親水化剤として用いた親水化処理方法が開示されている。この方法によれば、親水性基を持つスルホベタイン高分子が基材表面に静電的相互作用などによる吸着又は化学結合することによって、基材表面に優れた親水性を付与することができる。
【0006】
しかし、スルホベタイン高分子は、極性物質に対して良溶媒であるはずの水に室温などの比較的低温で不溶であり、基材表面に均質な親水化処理を施すためにスルホベタイン高分子を水溶液化させる必要がある。水を加熱しながらスルホベタイン高分子を溶解させてスルホベタイン高分子を水溶液化して、水溶液を加熱したまま基材表面に親水化処理を施しても、耐熱性の低い材質の基材表面へ付した際に基材劣化を誘発してしまっていた。
【0007】
また、スルホベタイン高分子は、例えばポリエチレンのような非親水性材質の基材表面にほとんど結合又は吸着しないため十分な親水性を付与し難い。
【0008】
非親水性材質の基材表面の親水化処理方法として、特許文献1には、同様にして乾式前処理して予め極性官能基を生成させた基材の表面に、湿式処理することによって極性官能基に親水化剤が吸着、反応又は結合して基材表面に親水性を付与することが開示されている。このような前処理は、コロナ放電の電極やエキシマUV照射の光源などと基材表面との距離を適切に確保しつつ直接処理する必要があるが、多穴培養プレートなどのような凹凸基材やチューブの内壁へ施し難い。さらに、真空下で行う必要のあるプラズマ処理は、大きな基材に対して十分な真空度を確保させ難い。
【0009】
乾式前処理を行わずに基材表面を親水化処理する方法として、非特許文献3には、接着性化合物の一つであるポリドーパミンの層を形成させ、その層の表面に親水化剤であるヒアルロン酸を吸着させて基材に親水性を付与することが開示されている。しかし、この方法によれば、親水化処理後の基材は、接触角が親水化処理前よりも10°程度低減されているが、依然として100°程度にしか親水化されない。そのため、基材に生体適合性、抗血栓性、たんぱく質非吸着性などを付与するために、水の接触角が20°程度以下にまで親水化されることが求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】M. Tanaka, et al., “The roles of water molecules at the biointerface of medical polymers”, Polym. J., 2013, 45, 701-710.
【非特許文献2】M. Tanaka, et al., “Synthesis and structures of zwitterionic polymers to induce electrostatic interaction with PDMS surface treated by air-plasma”, Arkivoc., 2018, 330-343.
【非特許文献3】P. Xue, et al., “Surface modification of poly(dimethylsiloxane) with polydopamine and hyaluronic acid to enhance hemocompatibility for potential applications in medical implants or devices”, ACS Appl. Mater. Interfaces, 2017, 9, 33632-33644.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は前記の課題を解決するためになされたもので、熱による基材の劣化を抑えつつ温和な条件で速やかに親水性を均質に発現させることができる簡便な基材の親水化処理方法、及び水との接触角が十分に低く維持されている親水性改質基材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記の目的を達成するためになされた本発明の基材の親水化処理方法は、水溶性電解質と、遊離のスルホベタイン高分子及び/又はその電解質塩と、遊離のカテコールアミン及び/又はその塩とを含む混合水溶液を調製する調製工程と、基材の表面に前記混合水溶液を付して、前記遊離のスルホベタイン高分子及び/又はその電解質塩と、前記遊離のカテコールアミン及びその塩、それら何れかの酸化体及び/又は環化体並びにそれら何れかの縮合体、多量体、重合体、会合体及び/又は凝集体から選ばれる少なくとも何れかを含む接着性物質とが、互いに吸着、反応、結合、相互作用及び/又は物理吸着しつつ前記基材の表面に堆積されることによって、親水性コーティング層を形成して親水性を付与する親水化工程とを、有するというものである。
【0014】
この基材の親水化処理方法は、前記遊離のカテコールアミンが、ドーパミン、L-3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン、ノルエピネフリン及びエピネフリンから選ばれる少なくとも何れかの化合物であることが好ましい。
【0015】
この基材の親水化処理方法は、前記酸化体及び/又は前記環化体が、4-(2-アミノエチル)-1,2-ベンゾキノン、5,6-ジヒドロキシインドリン、5,6-ジヒドロキシ-3H-インドール及び5,6-ジヒドロキシインドールから選ばれる少なくとも何れかのカテコールアミン誘導体が挙げられる。
【0016】
この基材の親水化処理方法は、前記親水性コーティング層が、ポリカテコールアミンを含むものであることが好ましい。
【0017】
この基材の親水化処理方法は、親水化すべき前記基材に、プラズマ放電、コロナ放電、紫外線照射、エキシマUV照射、電子線照射及び放射線照射から選ばれる少なくとも何れかの乾式表面改質処理、並びにアルカリ性溶液浸漬、酸性溶液浸漬及びマイクロナノバブル溶液浸漬から選ばれる何れかの湿式表面改質処理を施さないというものである。
【0018】
この基材の親水化処理方法は、親水化すべき前記基材に、プラズマ放電、コロナ放電、紫外線照射、エキシマUV照射、電子線照射及び放射線照射から選ばれる少なくとも何れかの乾式表面改質処理、及び/又はアルカリ性溶液浸漬、酸性溶液浸漬及びマイクロナノバブル溶液浸漬から選ばれる何れかの湿式表面改質処理を施してもよい。
【0019】
この基材の親水化処理方法は、前記混合水溶液を、例えば、pH8~11に調整するというものである。
【0020】
この基材の親水化処理方法は、例えば、前記混合水溶液を、前記遊離のスルホベタイン高分子及びその電解質塩と、前記遊離のカテコールアミン及びその塩との重量比で、0.01~10にして調製するというものである。
【0021】
この基材の親水化処理方法は、前記混合水溶液中、0.1~26w/w%の前記水溶性電解質と、0.1~10w/w%の前記遊離のスルホベタイン高分子及び/又はその電解質塩と、0.1~10w/w%の前記カテコールアミン及び/又はその塩とを、含むように調製することが好ましい。
【0022】
この基材の親水化処理方法は、前記水溶性電解質が、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、臭化ナトリウム、臭化カリウム及びヨウ化ナトリウムから選ばれる少なくとも何れかであるというものである。
【0023】
この基材の親水化処理方法は、前記基材が、例えば、ゴム、樹脂、ガラス、金属及びセラミックスから選ばれる少なくとも何れかで形成されているというものである。
【0024】
この基材の親水化処理方法は、前記ゴムがシリコーンゴム、フッ素ゴム、エチレン-プロピレン二元共重合体ゴム、エチレン-プロピレン-ジエン三元共重合体ゴム、ウレタンゴム、アクリルゴム、エチレン酢酸ビニルゴム、クロロスルホン化ポリエチレンゴム、塩素化ポリエチレンゴム、エピクロロヒドリンゴム、多硫化ゴム、ブチルゴム、ブタジエンゴム、スチレンブタジエンゴム、クロロプレンゴム、ニトリルゴム、イソプレンゴム及び天然ゴムから選ばれる少なくとも何れかであり、前記樹脂がシリコーン樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン樹脂、(メタ)アクリル樹脂、ポリビニルアルコール、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタラート、ウレタン樹脂、ポリカーボネート、ナイロン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリ乳酸、スチレン系熱可塑性エラストマー、オレフィン系熱可塑性エラストマー、エステル系熱可塑性エラストマー、アミド系熱可塑性エラストマー、動的架橋型熱可塑性エラストマー、フッ素系熱可塑性エラストマー、ポリフェニレンサルファイド、シクロオレフィンポリマー、シクロオレフィンコポリマー、ポリフェニルサルフォン及びポリオキシメチレンから選ばれる少なくとも何れかであり、前記ガラスが石英ガラス、ホウケイ酸ガラス及びソーダ石灰ガラスから選ばれる少なくとも何れかであり、前記金属がステンレス、鉄、アルミニウム、チタン、銀、銅、金、コバルト、クロム、モリブデン、ニッケル、タングステン及びプラチナ並びにそれら何れかの合金から選ばれる少なくとも何れかであり、前記セラミックスがアルミナ、ジルコニア、窒化アルミニウム、炭化ケイ素、窒化ケイ素、スタアタイト及びハイドロキシアパタイトから選ばれる少なくとも何れかであることが好ましい。
【0025】
この基材の親水化処理方法は、前記基材が、前記ウレタンゴム、前記ポリ塩化ビニル、前記ポリエチレン、前記スチレン系熱可塑性エラストマー、前記オレフィン系熱可塑性エラストマー、前記エステル系熱可塑性エラストマー、前記アミド系熱可塑性エラストマー、前記動的架橋型熱可塑性エラストマー、前記フッ素系熱可塑性エラストマー、前記ウレタン樹脂及び(メタ)アクリル樹脂から選ばれる少なくとも何れかの低耐熱性材質で形成されていてもよい。
【0026】
この基材の親水化処理方法は、前記遊離のスルホベタイン高分子が、下記化学式(1)
【化1】
(式(1)中、R
1は水素原子又はメチル基であり、n1~n2は2~6の数である)及び/又は、下記化学式(2)
【化2】
(式(2)中、R
2は水素原子又はメチル基であり、n3、n5、n6及びn8は2~6の数であり、n4
a及びn7
aはいずれも0、又はn4
a及びn7
aが1で、n4
b及びn7
bは1~3の数である)で表されるスルホベタイン基を有する繰返単位のみで構成される重合体、若しくは前記化学式(1)及び/又は(2)で表されるスルホベタイン基を有する繰返単位と、下記化学式(3)
【化3】
(式(3)中、R
3は水素原子又はメチル基であり、n9は2~6の数であり、n10は0~1の数であり、R
4はアジド基、スルホ基、アルコキシシリル基、及び水酸基から選ばれる何れかの活性官能基である)で表される活性官能基を有する繰返単位、及び/又は下記化学式(4)
【化4】
(式(4)中、R
5は水素原子又はメチル基であり、R
6はカルボキシル基、カルボキシメチル基、エチレングリコール基又はエチレングリコールオリゴマー、アクリル基及びメタクリル基から選ばれる何れかの官能基である)で表される繰返単位とのランダム共重合体、ブロック共重合体、交互共重合体、若しくはグラフト共重合体であってもよい。
【0027】
この基材の親水化処理方法は、前記遊離のスルホベタイン高分子の分子量が、少なくとも30000であることが好ましい。
【0028】
この基材の親水化処理方法は、例えば、前記混合水溶液を、1~30℃で付すというものである。
【0029】
この基材の親水化処理方法は、前記親水化工程の後に、前記基材ごと水洗することにより、前記基材に付されている前記水溶性電解質、前記スルホベタイン高分子電解質塩及び/又は前記カテコールアミンの塩の脱塩工程を有するというものであってもよい。
【0030】
前記の目的を達成するためになされた本発明の親水性改質基材は、遊離のスルホベタイン高分子及び/又はその電解質塩と、前記遊離のカテコールアミン及びその塩、それら何れかの酸化体及び/又は環化体並びにそれら何れかの縮合体、多量体、重合体、会合体及び/又は凝集体から選ばれる少なくとも何れかを含む接着性物質とが互いに吸着、反応、結合、相互作用及び/又は物理吸着しつつ前記基材の表面に堆積された親水性コーティング層が、基材の表面に形成されており、前記親水性コーティング層が、前記基材の表面よりも接触角を少なくとも10°低減して親水性を向上させているというものである。
【0031】
この親水性改質基材は、前記親水性コーティング層の表面が、脱塩表面となっているというものであってもよい。
【発明の効果】
【0032】
本発明の基材の親水化処理方法は、水溶性電解質と、遊離のスルホベタイン高分子及び/又はその電解質塩と、遊離のカテコールアミン及び/又はその塩とを含む混合水溶液を基材に付すことによって、前記接着性化合物が基材表面に強力に接着して優れた親水性コーティング層を基材表面に形成することによって、親水化処理前の基材の表面と比べて水の接触角を大幅に低減させて、高い親水性を発現させたまま維持することができる。
【0033】
遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩と遊離のカテコールアミン及び/又はそれの酸化体や環化体並びにそれらの多量体などのような接着性化合物とが互いに吸着、反応、結合、相互作用及び/又は物理吸着しつつ基材の表面に堆積されることによって基材表面に親水性コーティング層が形成され、このような層表面に露出した遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩中のスルホベタイン構造によって親水化することができるというものである。
【0034】
この親水化処理方法によれば、予めプラズマ処理などの乾式表面改質処理及びアルカリ性溶液浸漬などの湿式表面改質処理を施して基材表面に極性官能基を生成させる工程を省略することが可能となる。また、チューブの内壁や多穴培養プレートの窪みのように乾式表面改質処理をし難い箇所にまで均質に親水化処理できる。
【0035】
また、基材表面を予め乾式表面改質処理及び/又は湿式表面改質処理を施した基材表面に、前記混合水溶液を付した場合、基材表面に生成された極性官能基と、接着性化合物とが強力に互いに吸着、反応、結合、相互作用及び/又は物理吸着することによって、乾式表面改質処理及び湿式表面改質処理を省略した場合と比べて、基材表面から剥がれにくい親水性コーティング層を形成させることが可能となる。
【0036】
この親水化処理方法によれば、一連の工程において加熱を要しないため、耐熱性材質の基材のみならずポリ塩化ビニル、ポリエチレンなどのような低耐熱性材質の基材を劣化させることなく、基材表面の親水化処理が可能となる。
【0037】
この親水化処理方法によれば、前記混合水溶液中の遊離のスルホベタイン高分子及びその電解質塩と遊離のカテコールアミン及びその塩との重量比を調整することによって、親水性コーティング層に露出している遊離のスルホベタイン高分子及び/又はその電解質塩の量が重量比に応じて増減し、親水性の程度を調整できることにより、親水性コーティング層表面の水との接触角を適宜に制御することができる。
【0038】
本発明の親水性改質基材は、基材表面に形成された親水性コーティング層の表面に遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩が露出していることにより、親水化処理前の基材よりも水との接触角が少なくとも10°低減し、接触角が20°程度以下と優れた親水性を発現している。
【0039】
この親水性改質基材は、親水性コーティング層表面を生理食塩水などの電解質洗浄液又は水で洗浄した場合、その表面に残留した過剰な電解質や親水性コーティング層に含まれない遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩並びに接着性化合物のみが除去されるが、親水性コーティング層中の遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩は洗い流されず、親水性コーティング層の低い接触角及び優れた親水性が維持されたままである。
【発明を実施するための形態】
【0040】
以下、本発明を実施するための形態を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの形態に限定されるものではない。
【0041】
本発明の親水化処理方法の好ましい一形態は、水溶性電解質、遊離のスルホベタイン高分子及びドーパミン塩酸塩などのカテコールアミンの塩を溶解させて混合水溶液を調製する調製工程と、低耐熱性材質で形成された基材に、室温で浸漬などによって付して、遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩と、遊離のカテコールアミン及び/又はそれの酸化体や環化体並びに例えばポリドーパミンのようなそれらの多量体、重合体、会合体及び/又は凝集体を含む接着性化合物とが、互いに吸着、反応、結合、相互作用及び/又は物理吸着しつつ前記基材の表面に堆積されることによって、親水性コーティング層を形成して親水性を付与する親水化工程と、さらに、生理食塩水で洗浄し、次いでイオン交換水で洗浄する洗浄工程とによって、親水性改質基材を得るというものである。
【0042】
遊離のスルホベタイン高分子は、冷水で凝集、分散し、ほとんど溶けずに懸濁した状態となる。そのため、遊離のスルホベタイン高分子を水に溶解させるためには、室温よりも高い上限臨界溶液温度(Upper Critical Solution Temperature:UCST)以上の温度で行わなければならず、ほとんど溶解させるのに55℃以上程度の加熱を要していた。
【0043】
この混合水溶液の調製工程において、遊離のスルホベタイン高分子を水溶性電解質とともに水に溶解させることによって、スルホベタイン構造と水溶性電解質との間でイオン結合又は水溶性電解質塩の水和物との相互作用が生じ、分子内乃至分子間におけるスルホベタイン構造同士のスルホベタイン構造がイオン解離して、スルホベタイン高分子電解質塩が加熱しなくても生成される。この塩は、遊離のスルホベタイン高分子と比べて低いUCSTを有しており、しかも室温程度の比較的低温でも凝集することなくほとんど溶解している。
【0044】
混合水溶液を基材表面に付した際に、例えばカテコールアミンとしてドーパミン塩酸塩は遊離のドーパミンになってから、少なくとも一部が酸化乃至環化されて4-(2-アミノエチル)-1,2-ベンゾキノン、5,6-ジヒドロキシインドリン、5,6-ジヒドロキシインドールなどのカテコールアミン誘導体になる。さらに遊離のカテコールアミン及び/又はカテコールアミン誘導体の少なくとも一部が、共有結合又は分子間相互作用することにより、例えば、化学式(5)及び(6)に示されるような多量体、化学式(7)及び(8)に示される重合体、化学式(9)に示されるような縮合体及び/又は化学式(10)に示される会合体のようなポリドーパミンになる。
【化5】
(式(6)中、p1は0又は1の数であり、式(7)中、p2~p4はポリドーパミンを構成する0以上の数(ただしp2~p4がいずれも0である場合を除く)であり、式(8)中、p5はポリドーパミンを構成する1以上の数でp6は0又は1の数であり、式(9)中、p7はポリドーパミンを構成する1以上の数であり、式(10)中、p8はポリドーパミンを構成する1以上の数である。)
【0045】
ポリカテコールアミンは、例えば、多量体、重合体、縮合体及び会合体の何れかの組み合わせや、多量体同士、重合体同士、縮合体同士及び会合体同士の複合的構造であってもよい。
【0046】
これらの化合物は、接着性化合物として、基材表面と物理吸着若しくは化学吸着のような吸着、共有結合のような結合又は分子間相互作用のような相互作用をすることにより、基材表面に接着する。
【0047】
スルホベタイン高分子電解質塩と接着性化合物とが、互いに物理吸着若しくは化学吸着好ましくは化学吸着のような吸着、化学反応のような反応、イオン結合若しくは共有結合のような結合、分子同士の絡まり合い若しくは分子間相互作用のような相互作用及び/又は物理吸着をしながら基材表面に堆積することによって、基材表面にスルホベタイン高分子電解質塩と接着性化合物とを含む親水性コーティング層が形成される。親水性コーティング層の表面からスルホベタイン高分子電解質塩が露出していることにより、親水性コーティング層の表面は親水化工程前の基材表面よりも水の接触角を少なくとも10°以上低減させ、接触角が20°程度以下と優れた親水性を発揮することができる。
【0048】
親水性コーティング層の形成に遊離のカテコールアミンが含まれている場合、遊離のカテコールアミンに対するスルホベタイン高分子電解質塩の重量比に応じて層表面に露出するスルホベタイン高分子電解質塩の量は変動し、重量比を高くするほど接触角はより低減して親水性をより高めることができる。
【0049】
親水性コーティング層中のスルホベタイン高分子電解質塩と接着性化合物との吸着乃至相互作用は、スルホベタイン高分子電解質塩と水又は水溶性電解質との間の相互作用よりも強固である。そのため、基材表面に親水性コーティング層を形成させた後に、例えばイオン交換水などの水又は生理食塩水などの電解質の洗浄液で親水性コーティング層の表面を洗浄しても、親水性コーティング層の表面に露出した遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩はほとんど洗い流されず、基材の親水性は安定に維持されたままである。一方、過剰の水溶性電解質塩や親水性コーティング層に含まれない遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩並びに接着性化合物は洗い流される。
【0050】
ここまで本発明の好ましい一形態を示したが、用いる物質は他の材料、材質であってもよい。
【0051】
具体的には、遊離のカテコールアミンは、ドーパミン以外にもL-3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン、ノルエピネフリン及びエピネフリンから選ばれる少なくとも何れかを用いることができる。また、遊離のカテコールアミンは反応性が高いため、混合水溶液の調製工程で、原材料として塩酸塩、臭化水素酸塩及びヨウ化水素酸塩のように安定な塩を用いることができる。
【0052】
混合水溶液中、遊離のカテコールアミン及びその塩に対する遊離のスルホベタイン高分子及びその電解質塩の重量比が増大するにつれ、遊離のスルホベタイン高分子及びその塩の親水性コーティング層表面への露出する量が増加し、基材の親水性を向上させることができる。その比率が、重量比で0.01~10であることが好ましく、0.1~5であることがより好ましく、0.5~3であることがさらに好ましい。0.01を下回るとスルホベタイン高分子及びその電解質塩を加えたことによる親水化効果がほとんどなくなり、10を上回るとスルホベタイン高分子及びその電解質塩のみで凝集する可能性が高くなる。
【0053】
混合水溶液中の遊離のカテコールアミン及びその塩は、0.001~30w/w%となるように溶解していることが好ましく、0.01~20w/w%となるように溶解していることがより好ましく、0.1~10w/w%となるように溶解していることがさらに好ましい。0.001w/w%を下回ると接着成分が不足して基材に固着できなくなり、30w/w%を上回ると不溶分が多くなりすぎる。
【0054】
遊離のカテコールアミン及び又はその塩の酸化及び/又は環化並びに多量体化、重合、会合及び凝集反応は、混合水溶液のpHに依存しており、前記反応を速やかに進行させるためには、pHが8.0~11.0であることが好ましく、8.0~10.0であることがより好ましく、8.0~9.0であることがさらに好ましい。pHが、中性より酸性側であると化学反応が起こらず、11以上の強アルカリだと化合物の分解が懸念される。
【0055】
混合水溶液の溶媒は、超純水、イオン交換水、蒸留水又はRO水のような水であってもよい。前記反応を安定に進行させるためには、混合水溶液のpHを一定に保つ必要があるため、緩衝液であることが好ましい。緩衝液は、特に限定されないが、トリスヒドロキシメチルアミノメタン塩酸緩衝液、トリス-グリシン緩衝液、トリス-塩酸緩衝液、トリス-EDTA緩衝液、トリス-酢酸-EDTA緩衝液、EDTA-水酸化ナトリウム緩衝液、リン酸緩衝液及び塩化アンモニウム緩衝液であることが好ましい。
【0056】
スルホベタイン高分子は、前記化学式(1)及び/又は(2)で表される側鎖にスルホベタイン構造を有する繰返単位のみからなる重合体が挙げられ、より好ましくは、下記化学式(11)又は(12)
【化6】
(式(11)及び(12)中、m1及びm2はスルホベタイン高分子を形成するための任意の正数、m3
a及びm4
aはいずれも0、又はm3
a及びm4
aが1でm3
b及びm4
bは1~3)で表される単独重合体が挙げられる。
【0057】
遊離のスルホベタイン高分子は、例えば繰返単位の主鎖から延びる側鎖に分子内でアンモニウム基好ましくは4級アンモニウム基とスルホン酸塩基とを有するもので、前記化学式(1)及び/又は(2)で示される繰返単位を有する重合体を示したが、前記化学式(1)及び/又は(2)及び前記化学式(3)及び/又は(4)で示される繰返単位を有する重合体であってもよい。
【0058】
スルホベタイン高分子中、繰返単位を繰り返している繰返主鎖は、例えばポリ(メタ)アクリル骨格である。(メタ)アクリルは、アクリルとメタクリルとを包含する。より具体的にはポリ(メタ)アクリル骨格が、ポリ(メタ)アクリルアミド共重合骨格、及び/又は例えばポリ(メタ)アクリル酸エステルのようなポリ(メタ)アクリレート重合骨格である。中でも、ポリ(メタ)アクリルアミド共重合骨格を有するものであることが好ましい。
【0059】
スルホベタイン高分子の側鎖中、スルホベタイン構造と前記繰返主鎖とは、アルキレン鎖(-(CH2)n1、n3又はn5-;n1、n3又はn5は2~6の数)、ポリエチレングリコール鎖(-O-(CH2-CH2-O)n4b-;n4bは1~3の数)、エステル結合、アミド結合又はエーテル結合若しくはこれらの組み合わせで結合していることであってもよい。
【0060】
スルホベタイン構造中、アンモニウム基とスルホン酸塩基とは、アルキレン鎖(-(CH2)n2、n6又はn8-;n2、n6又はn8は2~6の数)若しくはポリエチレングリコール鎖(-O-(CH2-CH2-O)n7b-;n7bは1~3の数)、またはこれらの組み合わせで結合していることであってもよい。
【0061】
スルホベタイン構造は、アンモニウム基が側鎖中程に、スルホン酸塩基が側鎖末端に位置しているものが好ましいが、スルホン酸塩基が側鎖中程に、アンモニウム基が側鎖末端に位置しているものでもよい。
【0062】
スルホベタイン高分子は、前記化学式(1)及び/又は(2)で表される側鎖にスルホベタイン構造を有する繰返単位のみからなる重合体に代えて、前記化学式(1)及び/又は(2)で表される側鎖にスルホベタイン構造を有する繰返単位と、前記化学式(3)で表されるような側鎖にアジド基、スルホ基、アルコキシシリル基又は水酸基から選ばれる何れか活性官能基を有する繰返単位及び/又は前記化学式(4)で表されるような側鎖にカルボキシル基のような極性官能基又はカルボキシメチル基、エチレングリコール基又はエチレングリコールオリゴマー、アクリル基及びメタクリル基から選ばれる何れか官能基を有する繰返単位とを有するランダム共重合体、ブロック共重合体、交互共重合体及びグラフト共重合体の少なくとも何れかであってもよい。具体的な共重合体として、下記化学式(13)及び(14)
【化7】
(式(13)及び(14)中、R
7、R
8、R
10及びR
11は水素原子又はメチル基であり、R
9はアジド基、スルホ基、アルコキシシリル基、及び水酸基から選ばれる何れかの活性官能基であり、R
12はカルボキシル基、カルボキシメチル基、エチレングリコール基又はエチレングリコールオリゴマー、アクリル基及びメタクリル基から選ばれる何れかの官能基であり、m5、m8、m11及びm14はスルホベタイン高分子を形成するための正数、m6、m7、m9、m12及びm13は2~6の数、m10は0~1の数)で表されるものが挙げられる。
【0063】
化学式(13)で表される共重合体について、活性官能基のうち、アジド基は光又は熱により分解しナイトレン基を生成し、基材の表面官能基と反応又は環拡大することで共有結合を形成できる。アルコキシシリル基は基材上の官能基、例えば水酸基と縮合反応することによりシリルエーテル結合である共有結合を生成できる。
【0064】
また、化学式(13)で表される共重合体中の活性官能基を側鎖に有する繰返単位に代えて、側鎖は、フェニル、ナフチルのような炭化水素芳香環基、ピペラジニル、ピレリジニル、ピロゾキジニル、モルフォリニルのような非芳香族複素環基、ピリジル、ピラゾリル、イミダゾリル、トリアゾリル、ピラジニル、トリアゾニルのような芳香族複素環基、メチル、エチル、ビニル、プロピル、イソプロピル、n-ブチル、イソブチル、tert-ブチル、シクロブチル、n-ペンチル、イソペンチル、ネオペンチル、シクロペンチル、n-へキシル、シクロヘキシルのような、若しくはベンジル又はフェネチルのような直鎖状、分岐鎖状及び/又は環状で飽和及び/又は不飽和の炭化水素基、アミド基(-CO-N(R13)-;R13は炭素数1~6のアルキル基又はフェニル基)、エステル基(-CO-O-)から選ばれる何れかの単一スペーサー基、またはそれらの少なくとも何れかを組み合わせた複合スペーサー基が、前記活性官能基を有しているものであってもよい。
【0065】
なお、前記化学式(1)及び/又は(2)で表される側鎖にスルホベタイン構造を有する繰返単位と、前記化学式(3)及び/又は(4)で表される繰返単位とのモル比に制限はない。
【0066】
化学式(1)で表される側鎖にスルホベタイン構造を有する繰返単位のみからなる単独重合体は、以下のようにして合成される。具体的には、前記化学式(11)で表される単独重合体を例に説明する。
【0067】
ジメチルアミノプロピルメタクリルアミドにプロパンサルトンを反応させ、化学式(1)で表されるような繰返単位を形成するためのスルホベタイン構造含有モノマーであるメタクリルアミドプロピルスルホベタインを合成する。
【0068】
このスルホベタイン構造含有モノマーを重合させることによって、前記化学式(11)で表される単独重合体が得られる。
【0069】
スルホベタイン高分子として、単独重合体の例を示したが、前記化学式(1)で表される繰返単位と前記化学式(2)で表される繰返単位とを有するランダム共重合体、ブロック共重合体、交互共重合体及びグラフト共重合体の少なくとも何れかであってもよい。
【0070】
前記化学式(13)及び(14)で表されるスルホベタイン高分子を例にすると、以下のようにして合成される。具体的には、下記化学式(15)及び(16)
【化8】
(式(15)~(16)中、m15~m18はスルホベタイン高分子を形成するための正数)で表される共重合体を例に説明する。
【0071】
4-アミノ安息香酸のアミノ基をジアゾ化後にアジド化し、さらに酸クロライドにしてから、ピぺリジンのアミノ基の一方を保護基で保護したモノ保護ピぺリジンと反応させてアミド化し、その後、保護基を外し、モノ-p-アジ化安息香酸ピペラジンアミドを得る。メタクリル酸クロライドと6-アミノカプロン酸とをアミド化し、さらに前記モノ-p-アジ化安息香酸ピペラジンアミドの遊離アミノ基とアミド化して、化学式(3)で表されるような繰返単位を形成するための活性官能基含有コモノマーを合成する。前記スルホベタイン構造含有モノマーと、前記活性官能基含有モノマーとを、共重合させると、前記化学式(15)で表される共重合体が得られる。
【0072】
また、前記化学式(16)で表される共重合体は、前記スルホベタイン構造含有モノマーと、メタクリル酸とを共重合させることによって得られる。
【0073】
前記化学式(1)及び/又は(2)で表される、側鎖にスルホベタイン構造を有する繰返単位のみからなる重合体、並びに、前記化学式(1)及び/又は(2)で表される繰返単位と、前記化学式(3)又は(4)で表される繰返単位とを有する共重合体の分子量並びに分子量分布は、特に限定されないが、分子量例えば数平均分子量又は重量平均分子量は30000~600000であることが好ましく、50000~150000であることがより好ましく、50000~100000であることがさらに好ましい。
【0074】
混合水溶液中の遊離のスルホベタイン高分子及びその塩は、0.01~10w/w%となるように溶解していることが好ましく、0.05~5w/w%となるように溶解していることがより好ましく、0.1~1w/w%となるように溶解していることがさらに好ましい。0.01を下回ると親水化効果を発現せず、10を上回ると不溶分が多くなる。
【0075】
スルホベタイン高分子を溶解してスルホベタイン高分子電解質塩を生成させるために、水溶性電解質が用いられる。
【0076】
水溶性電解質を混合水溶液に対して一定の濃度以上になるように、混合水溶液に対して所定の濃度で遊離のスルホベタイン高分子を溶解させることによって、水溶性電解質と遊離のスルホベタイン高分子中のスルホベタイン構造とがイオン結合して、分子内イオン対が解離し、スルホベタイン高分子電解質塩が形成される。スルホベタイン構造と水溶性電解質とが水溶液中でイオン結合することによって、分子内乃至分子間におけるスルホベタイン構造同士のイオン結合による凝集をほとんど生じさせずに水和し、室温などの比較的低温であってもスルホベタイン高分子電解質塩はほとんど凝集することなく溶解する。
【0077】
混合水溶液中、水溶性電解質は、0.1~26w/w%に調製されていることが好ましく、0.1~10w/w%に調製されていることがより好ましく、0.1~1w/w%に調製されていることがさらに好ましい。0.1w/w%を下回るとスルホベタイン高分子電解質塩となるスルホベタイン高分子が少なくなり、26w/w%を上回ると室温で塩が析出する。
【0078】
水溶性電解質は、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、臭化ナトリウム、臭化カリウム、及びヨウ化ナトリウムが好ましく、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウムがより好ましく、安価であり且つ生体安全性及び低細胞毒性の観点から塩化ナトリウムがさらに好ましい。
【0079】
混合水溶液を基材に付す温度は、室温程度、例えば1~30℃であることが好ましく、10~25℃であることがより好ましく、20~25℃であることがさらに好ましい。10℃を下回るとスルホベタイン高分子の析出のリスクが高まり、30℃を上回ると耐熱性の低い材質の基材が変形、変色などによって劣化する。
【0080】
親水化工程において、混合水溶液を基材表面に付す際に、比較的低温でもスルホベタイン高分子電解質塩は凝集しないため、浸漬に代えて、例えばスプレーコートやスピンコートのように室温で行われる方法を採用しても、基材表面に凹凸を生じることなく均質に親水化させることができる。混合水溶液を付す方法として、塗布、スプレー、スクリーン印刷、フレキソ印刷、インクジェット印刷及びグラビア印刷が挙げられるが、特に限定されない。
【0081】
基材の材質は、例えば、ウレタンゴム、ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、スチレン系熱可塑性エラストマー、オレフィン系熱可塑性エラストマー、エステル系熱可塑性エラストマー、アミド系熱可塑性エラストマー、動的架橋型熱可塑性エラストマー、フッ素系熱可塑性エラストマー、ウレタン樹脂及び(メタ)アクリル樹脂のような低耐熱性材質の他、耐熱性の高いシリコーンゴムのようなゴム、シリコーン樹脂のような樹脂、ガラス、金属及びセラミックスから選ばれる少なくとも何れかを材質としてもよい。
【0082】
前記ゴムは、例えば、シリコーンゴム、フッ素ゴム、エチレン-プロピレン二元共重合体ゴム、エチレン-プロピレン-ジエン三元共重合体ゴム、ウレタンゴム、アクリルゴム、エチレン酢酸ビニルゴム、クロロスルホン化ポリエチレンゴム、塩素化ポリエチレンゴム、エピクロロヒドリンゴム、多硫化ゴム、ブチルゴム、ブタジエンゴム、スチレンブタジエンゴム、クロロプレンゴム、ニトリルゴム、イソプレンゴム及び天然ゴムが挙げられる。
【0083】
前記樹脂は、例えば、シリコーン樹脂、ポリプロピレン、ポリスチレン、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン樹脂、(メタ)アクリル樹脂、ポリビニルアルコール、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタラート、ウレタン樹脂、ポリカーボネート、ナイロン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリ乳酸、ポリフェニレンサルファイド、ポリフェニルサルフォン、シクロオレフィンポリマー、シクロオレフィンコポリマー及びポリオキシメチレンが挙げられる。
【0084】
前記ガラスは、例えば、石英ガラス、ホウケイ酸ガラス、及びソーダ石灰ガラスが挙げられる。
【0085】
前記金属は、例えば、ステンレス、鉄、アルミ、チタン、銀、銅、金、コバルト、クロム、モリブデン、ニッケル、タングステン及びプラチナ並びにそれら何れかの合金が挙げられる。
【0086】
前記セラミックスは、例えば、アルミナ、ジルコニア、窒化アルミ、炭化ケイ素、窒化ケイ素、スタアタイト及びハイドロキシアパタイトが挙げられる。
【0087】
親水化工程の際、接着性化合物は概して基材表面と強力に接着して堆積するため、親水化工程前に例えば、プラズマ放電、コロナ放電、紫外線照射、エキシマUV照射、電子線照射及び放射線照射のような乾式表面改質処理、並びに例えば、アルカリ性溶液浸漬、酸性溶液浸漬及びマイクロナノバブル溶液浸漬のような湿式表面改質処理を予め施さなくとも、基材表面に親水性コーティング層を形成させることができる。
【0088】
なお、基材表面に乾式表面改質処理及び/又は湿式表面改質処理を予め施して極性官能基を生成させることによって、極性官能基と接着性化合物とを反応させて、基材表面と親水性コーティング層との接着をより強固にし、基材表面から剥がれ難くさせてもよい。
【0089】
親水化した基材を電解質の洗浄液を用いて洗浄することによって、基材表面に吸着、反応又は結合せずに過剰に残留した遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩を除去することができる。電解質の洗浄液は、特に限定されないが、生理食塩水、緩衝液、リンゲル液及びその他の塩水溶液であることが好ましい。なお、この洗浄液による洗浄を省略することができる。
【0090】
親水化した基材を水洗することによって、親水性コーティング層表面に含まれている過剰の電解質、相互に吸着、反応、結合、相互作用及び/又は物理吸着せずに残留した遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩並びに遊離のカテコールアミン及び/又はそれの酸化体や環化体などのような接着性化合物を除去することができる。水洗に用いられる水は、特に限定されないが、超純水、イオン交換水、蒸留水又はRO水などの水であることが好ましい。なお、電解質の洗浄液を用いて洗浄した後に水洗を行ってもよく、また水洗工程を省略することができる。
【0091】
本発明の親水性改質基材は、スルホベタイン高分子電解質塩と、遊離のカテコールアミン及び/又はそれの酸化体や環化体などのような接着性化合物とが互いに吸着、反応、結合、相互作用及び/又は物理吸着しつつ低耐熱性樹脂の基材の表面に堆積され、さらに脱塩されることにより形成された親水性コーティング層が、親水化すべき基材の表面よりも接触角を少なくとも10°低減することにより親水性を向上し、さらに接触角が20°以下と優れた親水性を示しているというものである。
【0092】
この親水化基材を、例えば、血管カテーテルのような生体内で使用される医療器具に応用した場合、水溶性電解質を多く含む血液乃至体液に触れても、親水性コーティング層表面に露出した遊離のスルホベタイン高分子及び/又はスルホベタイン高分子電解質塩は親水性コーティング層に含まれる接着性化合物と強固に吸着乃至相互作用していることにより洗い流されないため、親水性は長期間維持される。
【0093】
この親水性改質基材は、基材表面が親水化されており、防汚性、生体適合性、抗血栓性、たんぱく質非吸着性が付与されることにより、例えば、血管カテーテルなどの医療器具や、細胞培養容器などのバイオ実験用器具に用いられ、また、防曇性が付与されるので、例えば、自動車用の窓ガラスなどに用いられる。
【実施例0094】
以下、本発明を適用するための実施例及び本発明を適用外の比較例について詳細に説明する。
【0095】
(合成例:スルホベタイン高分子[化学式(11)]の合成)
(1)メタクリルアミドプロピルスルホベタインの合成
【化9】
三口フラスコ(300mL)にジメチルアミノプロピルメタクリルアミド1.70g(10mmol)と脱水アセトン120mLを入れ、室温で撹拌した。1,3-プロパンサルトン1.83g(15mmol)の脱水アセトン溶液20mLを滴下し、室温で48時間撹拌した。アセトンを留去し、得られた固体にアセトン20mLを加えて洗浄した。得られた固体をメタノールに溶かし、ヒドロキノンを加えて溶媒を留去し、固体を取り出して減圧乾燥したところ、収率98%で無色固体のメタクリルアミドプロピルスルホベタインが得られた。m/z:293(M+H
+)であり、その構造が支持された。
(2)スルホベタイン高分子[化学式(11)]への重合
【化10】
ナスフラスコ(25mL)にメタクリルアミドプロピルスルホベタイン1.46g(5mmol)、過硫酸アンモニウム11.4mg、水5mLを入れ、アルミホイルで蓋をして均一溶液にした。50℃のオイルバスにナスフラスコを48時間浸けて重合させた。反応後に水5mLを加えて撹拌し、溶液をメタノール200mLに注いだ。生成した沈殿物を濾過し、メタノールで洗浄し、減圧乾燥したところ、白色固体のスルホベタイン高分子[化学式(11)]が、収率92%で得られた。ゲル浸透クロマトグラフィー(Shodex OHpak SB-802.5 HQとSB-806M HQ;何れも昭和電工株式会社製)で測定したところポリスチレン換算で数平均分子量94000であり、その構造が支持された。
【0096】
合成例で得られたスルホベタイン高分子を以下の調製例に従って溶解させ、得られた混合水溶液を用いて以下の実施例に従って親水性改質基材を作製し、親水性改質基材の親水性評価として、水の接触角を測定した。
【0097】
(調製例1)
10mM トリスヒドロキシメチルアミノメタン塩酸緩衝液(pH 8.5)(コスモ・バイオ株式会社製)100gに、合成例で得られたスルホベタイン高分子0.6g、ドーパミン塩酸塩(Sigma Aldrich製)0.2g、塩化ナトリウム0.9gを溶解させることによって、前記スルホベタイン高分子が0.6w/w%、ドーパミン塩酸塩が0.2w/w%、塩化ナトリウムが0.9w/w%溶解しており、且つ前記スルホベタイン高分子とドーパミン塩酸塩との重量比が3.0である混合水溶液を調製した。
【0098】
(実施例1)
調製例1で調製した混合水溶液を用いて、次のようにして各種基材に親水化処理を行った。先ず基材にシリコーンゴムシート(モメンティブ社製:LSR7050、厚さ30μm)を用いた。基材の表面を変性エタノール(大伸化学株式会社製:ネオエタノールPIP)を含んだコットンで清拭し、その基材を調製例1で調製した混合水溶液に浸漬し、浸漬したまま20℃で一晩静置した後に引き上げることにより、基材の親水化処理を行った。親水化処理後の基材を、生理食塩水に1分間浸漬した後に引き上げ、次いでイオン交換水に1分間浸漬した後に引き上げ、さらに別なイオン交換水に1分間浸漬した後に引き上げることにより、親水化処理後の基材の洗浄を行った。洗浄した基材をエアブローで乾燥させることにより、改質基材を得た。
【0099】
(実施例2~9)
基材に硬質塩化ビニル樹脂シート((株)スタンダードテストピース:硬質PVC(クリア))、軟質塩化ビニル樹脂シート((株)上村製:軟質塩ビシートt0.3mm)、ポリスチレン板(アズワン(株)製:アズノール滅菌シャーレ、レーザー加工して板材とした)、シクロオレフィンポリマーシート(日本ゼオン(株)製:ZF16-188)、ステンレス板(SUS304、ニコラ社製:厚さ20μmの箔)、チタン合金板(64チタン、(株)スタンダードテストピース:品名なし)、アルミナ板(東京硝子器械(株)製:アルミナ角材)、及びガラス板(松波硝子(株)製:硼珪酸カバーグラス18mm角)をそれぞれ用いたこと以外は、実施例1と同様にして、実施例2~9の各種改質基材を得た。
【0100】
(調製比較例1)
塩化ナトリウムを用いなかったこと以外、調製例1と同様にして、混合懸濁液を調製した。
【0101】
(調製比較例2)
前記スルホベタイン高分子を用いなかったこと以外、調製例1と同様にして、混合水溶液を調製した。
【0102】
(比較例1-1)
調製例1で調製した混合水溶液に代えて、調製比較例1で調製した混合懸濁液を用いたこと以外、実施例1と同様にして、改質基材を得た。
【0103】
(比較例1-2)
調製例1で調製した混合水溶液に代えて、調製比較例2で調製した混合水溶液を用いたこと以外、実施例1と同様にして、改質基材を得た。
【0104】
(比較例1-3)
比較例1-2で得られた改質基材を0.1w/w%スルホベタイン高分子の生理食塩水溶液に浸漬させたこと以外、実施例1と同様にして、改質基材を得た。
【0105】
(比較例2-1、3-1及び4~9)
調製例1で調製した混合水溶液に代えて、調製比較例1で調製した混合懸濁液を用いたこと以外、実施例2~9と同様にして、比較例2-1、3-1及び4~9の各種改質基材を得た。
【0106】
(比較例2-2及び3-2)
基材を調製比較例1で調製した混合懸濁液に浸漬し、浸漬したまま80℃で一晩静置したこと以外、実施例2及び3と同様にして、比較例2-2及び3-2の各種改質基材を得た。
【0107】
(接触角の測定)
実施例1~9並びに比較例1-1~1-3、2-1~2-2、3-1~3-2及び4~9で得られた改質基材の表面に1.0μLのイオン交換水を滴下し、滴下直後から10秒後の液滴の接触角を接触角計(協和界面科学(株)製:Drop master)を用いて1サンプルにランダムで5点測定し、その平均値を求めた。また、ブランクとして、親水化処理前の基材について同様にして接触角の測定をした。結果を表1に示した。
【0108】
【0109】
(改質基材の親水性評価)
表1に示した接触角を以下で示したようにそれぞれ比較することによって、改質基材の親水性について評価した。
【0110】
実施例1~9で得られた改質基材は、基材の材質に関係なく、何れも接触角がブランクよりも10°以上低減し、20°未満であった。このことから、スルホベタイン高分子電解質塩及びドーパミン塩酸塩を含む混合水溶液を基材表面に付して基材表面に親水性コーティング層を形成させることによって、基材の親水性は大きく向上していることが分かった。
【0111】
実施例1~9で得られた改質基材の接触角は混合水溶液に塩化ナトリウムを用いていない比較例1-1、2-1、3-1及び4~9で得られた改質基材よりも水の接触角がいずれも約30°~約50°も低かった。このことから、室温での親水化処理工程において、スルホベタイン高分子電解質塩を含む混合水溶液を用いた場合、遊離のスルホベタイン高分子を含む混合懸濁液を用いた場合よりも基材に高い親水性を付与することが可能であることが分かった。
【0112】
比較例2-2及び3-2で得られた改質基材は、いずれも基材の白濁、変形による劣化が生じたため、接触角を測定できなかった。このことから、スルホベタイン高分子電解質塩が室温でも溶解している混合水溶液を用いた親水化処理方法は、塩化ビニル樹脂のような低耐熱性材質の基材に対して熱による劣化を生じることなく高い親水性を付与することが可能であることが分かった。
【0113】
実施例1で得られた改質基材の接触角はスルホベタイン高分子を用いていない比較例1-2で得られた基材の接触角よりも約50°も低かった。このことから、基材の親水化処理において、処理後に基材表面に形成された親水性コーティング層表面に露出したスルホベタイン高分子が接触角を大きく低減させて、基材に高い親水性を付与していることが分かった。
【0114】
実施例1で得られた改質基材の接触角は、比較例1-2で得られた改質基材にスルホベタイン高分子生理食塩水溶液を浸漬させている比較例1-3で得られた基材の接触角よりも約40°も低かった。このことから、混合水溶液を付した際に、スルホベタイン高分子電解質塩と接着性化合物とを互いに吸着、反応、結合、相互作用及び/又は物理吸着させなければ優れた親水性を発現させる親水性コーティング層を形成しないことが分かった。
【0115】
次に、混合水溶液中におけるスルホベタイン高分子電解質塩とドーパミン塩酸塩との比の違いによる親水性改質基材の接触角の違いを確認するために、実施例1で得られた改質基材及び以下の実施例10~12で得られる改質基材の接触角を測定した。
【0116】
(調製例2~4)
前記スルホベタイン高分子をそれぞれ0.1g、0.2g、0.4g用いたこと以外、調製例1と同様にして、前記スルホベタイン高分子がそれぞれ0.1、0.2及び0.4(w/w又はw/v)%溶解しており、且つ前記スルホベタイン高分子とドーパミン塩酸塩との重量比がそれぞれ0.5、1.0及び2.0である種々の混合水溶液を調製した。
【0117】
(実施例10~12)
調製例2~4で得られた混合水溶液をそれぞれ用いたこと以外、実施例1と同様にして、実施例10~12の親水性改質基材を得た。
【0118】
(スルホベタイン高分子とドーパミン塩酸塩の重量比の違いによる親水性評価)
実施例1、10~12で得られた改質基材を、前記と同様にして水の接触角を測定した。結果を表2に示した。
【0119】
【0120】
表2から明らかな通り、重量比が0.5を超えて1.0付近になると、接触角が20°を下回り、さらに混合水溶液中のドーパミン塩酸塩に対するスルホベタイン高分子の重量比を増大させると、接触角が低減した。このことから、スルホベタイン高分子の重量比を上げることにより、親水性コーティング層に露出するスルホベタイン高分子の量が増大し、親水性をより高めることができることが分かった。
【0121】
以上の結果から、本発明の方法によれば、熱による基材の劣化を抑えつつ温和な条件で速やかに親水性を均質に発現させることができる簡便な基材の親水化処理方法と、水との接触角が十分に低く維持されている親水性改質基材を提供するできることが確認された。
本発明の基材の親水化処理方法及びそれによる親水性改質基材は、親水性を発現したまま長期間維持を必要とする血管カテーテルなどの医療器具、細胞培養容器やマイクロ流路チップのようなバイオ実験用器具、自動車用の窓ガラスや眼鏡のレンズのような日用品、光学レンズのような各種光学部材などに用いられる。
前記遊離のカテコールアミンが、ドーパミン、L-3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン、ノルエピネフリン及びエピネフリンから選ばれる少なくとも何れかの化合物であることを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
前記酸化体及び/又は前記環化体が、4-(2-アミノエチル)-1,2-ベンゾキノン、5,6-ジヒドロキシインドリン、5,6-ジヒドロキシ-3H-インドール及び5,6-ジヒドロキシインドールから選ばれる少なくとも何れかのカテコールアミン誘導体であることを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
親水化すべき前記基材に、プラズマ放電、コロナ放電、紫外線照射、エキシマUV照射、電子線照射及び放射線照射から選ばれる少なくとも何れかの乾式表面改質処理、並びにアルカリ性溶液浸漬、酸性溶液浸漬及びマイクロナノバブル溶液浸漬から選ばれる何れかの湿式表面改質処理を施さないことを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
親水化すべき前記基材に、プラズマ放電、コロナ放電、紫外線照射、エキシマUV照射、電子線照射及び放射線照射から選ばれる少なくとも何れかの乾式表面改質処理、及び/又はアルカリ性溶液浸漬、酸性溶液浸漬及びマイクロナノバブル溶液浸漬から選ばれる何れかの湿式表面改質処理を施すことを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
前記ゴムがシリコーンゴム、フッ素ゴム、エチレン-プロピレン二元共重合体ゴム、エチレン-プロピレン-ジエン三元共重合体ゴム、ウレタンゴム、アクリルゴム、エチレン酢酸ビニルゴム、クロロスルホン化ポリエチレンゴム、塩素化ポリエチレンゴム、エピクロロヒドリンゴム、多硫化ゴム、ブチルゴム、ブタジエンゴム、スチレンブタジエンゴム、クロロプレンゴム、ニトリルゴム、イソプレンゴム及び天然ゴムから選ばれる少なくとも何れかであり、前記樹脂がシリコーン樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン樹脂、(メタ)アクリル樹脂、ポリビニルアルコール、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタラート、ウレタン樹脂、ポリカーボネート、ナイロン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリ乳酸、スチレン系熱可塑性エラストマー、オレフィン系熱可塑性エラストマー、エステル系熱可塑性エラストマー、アミド系熱可塑性エラストマー、動的架橋型熱可塑性エラストマー、フッ素系熱可塑性エラストマー、ポリフェニレンサルファイド、ポリフェニルサルフォン、シクロオレフィンポリマー、シクロオレフィンコポリマー及びポリオキシメチレンから選ばれる少なくとも何れかであり、前記ガラスが石英ガラス、ホウケイ酸ガラス及びソーダ石灰ガラスから選ばれる少なくとも何れかであり、前記金属がステンレス、鉄、アルミニウム、チタン、銀、銅、金、コバルト、クロム、モリブデン、ニッケル、タングステン及びプラチナ並びにそれら何れかの合金から選ばれる少なくとも何れかであり、前記セラミックスがアルミナ、ジルコニア、窒化アルミニウム、炭化ケイ素、窒化ケイ素、スタアタイト及びハイドロキシアパタイトから選ばれる少なくとも何れかであることを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。
前記基材が、前記ウレタンゴム、前記ポリ塩化ビニル、前記ポリエチレン、前記ウレタン樹脂、前記スチレン系熱可塑性エラストマー、前記オレフィン系熱可塑性エラストマー、前記エステル系熱可塑性エラストマー、前記アミド系熱可塑性エラストマー、前記動的架橋型熱可塑性エラストマー、前記フッ素系熱可塑性エラストマー及び前記(メタ)アクリル樹脂から選ばれる少なくとも何れかの低耐熱性材質で形成されていることを特徴とする請求項12に記載の基材の親水化処理方法。
前記親水化工程の後に、前記基材ごと水洗することにより、前記基材に付されている前記水溶性電解質、前記スルホベタイン高分子電解質塩及び/又は前記カテコールアミンの塩の脱塩工程を有することを特徴とする請求項1に記載の基材の親水化処理方法。