(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024171860
(43)【公開日】2024-12-12
(54)【発明の名称】電子配置方法及び電子配置装置
(51)【国際特許分類】
G06N 10/40 20220101AFI20241205BHJP
【FI】
G06N10/40
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023089123
(22)【出願日】2023-05-30
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度、国立研究開発法人 科学技術振興機構、ムーンショット型研究開発事業「(1)大規模集積シリコン量子コンピュータの研究開発 (2)2次元量子ビットアレイ (3)量子ビット高精度制御・高感度読み出し回路 (4)システムアーキテクチャ」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】弁理士法人一色国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 直人
(57)【要約】
【課題】多くの量子ビット数を配置した量子ビット演算において手詰まりを適宜に回避しつつ、効率的に所望の計算結果を取得可能とする
【解決手段】電子配置装置たる量子コンピュータ100が、量子ビットアレイにおいて、バス領域とアイル領域とシート領域とを有し、シート領域とバス領域とがアイル領域によって接続される環境下で、所定のシート領域に初期配置された第1の量子ビットを、当該シート領域に接続されているアイル領域を通じてバス領域に到達させ、当該バス領域を通じて、演算対象とする第2の量子ビットと隣接する位置まで移動させる構成とする。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
量子コンピュータが、
電子を格納しうる複数の量子ドットで構成された量子ビットアレイにおいて、
前記量子ビットアレイを横断または縦断するバス領域と、前記量子ビットアレイにおける前記バス領域と直行するアイル領域と、前記バス領域と前記アイル領域との間にあって量子ビットが配置されるシート領域とを有し、前記シート領域と前記バス領域とが、前記アイル領域によって接続される環境下で、
所定のシート領域に初期配置された第1の量子ビットを、当該シート領域に接続されているアイル領域を通じて前記バス領域に到達させ、当該バス領域を通じて、演算対象とする第2の量子ビットと隣接する位置まで移動させる、
ことを特徴とする電子配置方法。
【請求項2】
前記量子コンピュータが、
前記第1の量子ビットの移動において、前記バス領域を通じて第2の量子ビットのシート領域と接続されているアイル領域に到達させ、当該アイル領域を通じて前記第2の量子ビットと隣接する位置まで移動させる、
ことを特徴とする請求項1に記載の電子配置方法。
【請求項3】
前記量子コンピュータが、
前記第2の量子ビットを、当該シート領域に接続されているアイル領域を通じて前記バス領域に到達させ、当該バス領域において前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットを隣接させる、
ことを特徴とする請求項1に記載の電子配置方法。
【請求項4】
前記量子コンピュータが、
前記第1の量子ビットを、当該シート領域に接続されているアイル領域を通じて前記バス領域に到達させ、当該バス領域を通じて、前記第2の量子ビットのシート領域と接続されているアイル領域に到達させ、
前記第2の量子ビットを、当該シート領域に接続されているアイル領域に到達させ、
前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットを、前記第2の量子ビットのシート領域と接続されている前記アイル領域にて隣接させる、
ことを特徴とする請求項1に記載の電子配置方法。
【請求項5】
前記量子コンピュータが、
前記量子ビットアレイにおいて、量子ビットに対する演算操作を実行可能な演算領域を保持し、
前記第1の量子ビットを、当該シート領域に接続されているアイル領域を通じて前記バス領域に到達させ、前記バス領域を通じて前記演算領域に到達させ、かつ、前記第2の量子ビットを、当該シート領域に接続されているアイル領域を通じて前記バス領域に到達させ、前記バス領域を通じて前記演算領域に到達させることで、前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットを、前記演算領域で隣接させる、
ことを特徴とする請求項1に記載の電子配置方法。
【請求項6】
前記量子コンピュータが、
前記量子ビットアレイにおいて、所定の量子ビットの移動に伴い、当該量子ビットと同一列または同一行の他量子ビットを、前記所定の量子ビットと同方向に一斉移動させる、
ことを特徴とする請求項1に記載の電子配置方法。
【請求項7】
前記量子コンピュータが、
前記量子ビットアレイにおいて、前記他量子ビットの前記一斉移動に際し、当該他量子ビットのうち特定の量子ビットのみを移動させずに当初位置に取り残すブロック制御を実行するものであり、前記バス領域を前記ブロック制御の可能な移動方向と平行に定義し運用する、
ことを特徴とする請求項6に記載の電子配置方法。
【請求項8】
量子コンピュータであって、
電子を格納しうる複数の量子ドットで構成された量子ビットアレイにおいて、
前記量子ビットアレイを横断または縦断するバス領域と、前記量子ビットアレイにおける前記バス領域と直行するアイル領域と、前記バス領域と前記アイル領域との間にあって量子ビットが配置されるシート領域とを有し、前記シート領域と前記バス領域とが、前記アイル領域によって接続される環境下で、
所定のシート領域に初期配置された第1の量子ビットを、当該シート領域に接続されているアイル領域を通じて前記バス領域に到達させ、当該バス領域を通じて、演算対象とする第2の量子ビットと隣接する位置まで移動させるものである、
ことを特徴とする電子配置装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子配置方法及び電子配置装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
量子コンピュータの実現には、0と1の値の重ね合わせを実現する量子ビットを実装する必要がある。
【0003】
例えば、シリコン電子方式の量子コンピュータでは、電界効果トランジスタなどで量子ドットを実装し、これに電子を閉じ込めることによって量子ビットを実現する。
【0004】
このようにして実装した量子ビットに対する演算操作(ゲート操作)は、量子ビットに対する静磁場の印加や、電磁パルスの印加により行われる。
【0005】
これらの演算操作のためには、量子ビットを制御する電極への電圧や電流の印加のための制御線が必要になる。各々の量子ビットに対して個別に制御線を配置する設計の場合、量子ビット数の増加に伴い、こうした制御線の数も増加することになる。
【0006】
一方、制御線の配置領域における空間的な制約を踏まえると、多数の量子ビットの実装は非常に困難となる問題が生じる。
【0007】
この問題に対しては、特許文献1に示されるように1本の制御線により複数の量子ビットを同時に制御する方法が有効である。この特許文献1が示す技術において、量子ビットはアレイ状に配置され、列または行単位で共通した制御線が与えられる。そして、この制御線により量子ビットに対する演算が実現される。
【0008】
より具体的には、フィンの上に設けられた第1の層と、前記第1の層の上に設けられた第2の層と、を有する電子配置装置であって、前記フィンは、第1の方向に、複数の量子ビットが一列に配置された量子ビット列と、前記第1の方向に、複数の量子ビット間相互作用が一列に配置された相互作用列と、を有し、前記量子ビット列と前記相互作用列とが前記第1の方向と異なる第2の方向に交互に配置され、前記第1の層は、前記第1の方向に配置され、前記量子ビット列の前記量子ビットを制御する第1のゲート電極列と、前記第1の方向に配置され、前記相互作用列の前記量子ビット間相互作用を制御する第2のゲート電極列と、を有し、前記第2の層は、前記第2の方向に配置された第3のゲート電極列と、前記第2の方向に前記第3のゲート電極列に隣接して配置された第4のゲート電極列と、を有し、前記第3のゲート電極列と前記第4のゲート電極列により、前記複数の量子ビットの内の一部の量子ビットと、前記複数の量子ビット間相互作用の内の一部の量子ビット間相互作用をそれぞれ制御することを特徴とする電子配置装置に係る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Li,Gushu,Yufei Ding,and Yuan Xie.“Tackling the qubit mapping problem for NISQ-era quantum devices.”ASPLOS 2019.arXiv:1809.02573
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
ところで、上述の従来技術において制御線は列または行単位で共通である。そのため、ある量子ビットを対象に演算操作を実行すると、同一の列または同一の行にある無関係な量子ビットに対しても同一の演算操作が実行される。その結果、期待とは異なる演算結果が得られるという新たな問題が生じる。
【0012】
そこで上記問題を解決する手段として、シリコン電子方式の量子コンピュータにおいて、量子ビットの移動操作を活用できるケースがある。
【0013】
量子ビットの移動操作とは、量子ビットを構成している電子を、隣接する(かつ、電子が 配置されていない空の)量子ドットに空間的に移動させる操作である。
【0014】
この移動操作により、制御対象の量子ビットから無関係な量子ビットを隔離することが可能になる。そのため、量子ビットに対する不要な影響を低減できる可能性がある。
【0015】
また、量子コンピュータにおけるプリミティブな演算として、1つの量子ビットを操作する1量子ビット演算と、2つの量子ビットを相互作用させる2量子ビット演算がある。
【0016】
このうち2量子ビット演算を実現するためには、対象の2つの量子ビットを隣接して配置する必要がある。しかし、隣接して配置可能な量子ビット数は有限である。そのため、多数の量子ビットからなる量子プログラムにおいては、隣接配置できない量子ビットのペアが存在する可能性がある。
【0017】
この問題を解決する手段としても、量子ビットの移動操作は有効である。隣接配置されていない2つの量子ビットに対して2量子ビット演算を実行する場合、上記移動操作によって片方(あるいは両方の)電子を移動させることで、量子ビットを隣接させることができる。
【0018】
上記移動操作は、演算操作と同様に、電極に電圧を印加することで実現される。そのため、移動対象の電子と同一の列または同一の行にある無関係な電子に対しても、移動操作が実行されるという制約がある。
【0019】
よって電子を目的の位置まで移動するためには、上記制約を考慮して移動操作手順を決定する必要がある
例えば、移動対象の電子Aを電子Bと隣接させるため、下方に移動することを考える(
図4参照)。この場合、Aと同一行にあるCも下方に移動してしまう。しかし、Cの移動先にはDが存在するため、この移動操作を実行すると、電子CとDが衝突し、量子情報を適切に維持できなくなる可能性がある。よってAとBを隣接させるためには、別の移動手順を考案する必要がある。
【0020】
このように上記制約下においては、電子の衝突を回避するため、一部の移動操作が実行不可となる。そして、実行可能な移動操作の組合せでは、特定の量子ビット演算を実行できなくなることがある。
【0021】
例えば
図4の例では、電子AとBの2量子ビット演算を実行するための、2通りの移動操作を示している。いずれの操作を選択しても、電子AとBの2量子ビット演算は実行可能である。しかし、
図4の操作を選択した場合は、電子CとDの2量子ビット演算を実行できない配置となる。
【0022】
このように、上記制約下において複数の量子ビット演算を実行する場合、所望の量子ビット演算を実行できない手詰まりの状態に陥る可能性があるという課題がある。
【0023】
類似の問題を扱う従来技術(非特許文献1参照)として、例えば以下の技術が提案されている。この技術においては、超電導方式の量子ビットアレイにおいて、特定の量子ビットを隣接させるために、2量子ビット間で量子情報を交換する演算操作である、SWAP演算を実行することとなる。
【0024】
しかし、この手法が対象とする量子ビットアレイは、ある量子ビットから任意の量子ビットに到達可能な構造であることが前提となっている。そのため、どのような手順でSWAP演算を実行したとしても、手詰まりの状態に陥ることはない(演算の実行手順に依存するのは、 SWAP演算の実行回数など)。よって上記手法には、手詰まりを回避する工夫は含まれていない。
【0025】
また上記手法では、列や行単位での演算操作を想定していない。そのため、本発明で扱う問題に直接適用することも困難である。以上より、従来技術では、所望の量子ビット演算を実行できないという手詰まりに陥ることを回避できない。
【0026】
そこで本発明の目的は、多くの量子ビット数を配置した量子ビット演算において手詰まりを適宜に回避しつつ、効率的に所望の計算結果を取得可能とする技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0027】
上記課題を解決する本発明の電子配置方法は、量子コンピュータが、電子を格納しうる複数の量子ドットで構成された量子ビットアレイにおいて、前記量子ビットアレイを横断または縦断するバス領域と、前記量子ビットアレイにおける前記バス領域と直行するアイル領域と、前記バス領域と前記アイル領域との間にあって量子ビットが配置されるシート領域とを有し、前記シート領域と前記バス領域とが、前記アイル領域によって接続される環境下で、所定のシート領域に初期配置された第1の量子ビットを、当該シート領域に接続されているアイル領域を通じて前記バス領域に到達させ、当該バス領域を通じて、演算対象とする第2の量子ビットと隣接する位置まで移動させる、ことを特徴とする。
【0028】
また、本発明の電子配置装置は、量子コンピュータであって、電子を格納しうる複数の量子ドットで構成された量子ビットアレイにおいて、前記量子ビットアレイを横断または縦断するバス領域と、前記量子ビットアレイにおける前記バス領域と直行するアイル領域と、前記バス領域と前記アイル領域との間にあって量子ビットが配置されるシート領域とを有し、前記シート領域と前記バス領域とが、前記アイル領域によって接続される環境下で、所定のシート領域に初期配置された第1の量子ビットを、当該シート領域に接続されているアイル領域を通じて前記バス領域に到達させ、当該バス領域を通じて、演算対象とする第2の量子ビットと隣接する位置まで移動させるものである、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、多くの量子ビット数を配置した量子ビット演算において手詰まりを適宜に回避しつつ、効率的に所望の計算結果を取得可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】本実施形態における量子ビットアレイの構成例を示す図である。
【
図2A】本実施形態における電子の移動ルール例を示す図である。
【
図2B】本実施形態における電子の移動ルール例を示す図である。
【
図3A】本実施形態におけるブロック制御例を示す図である。
【
図3B】本実施形態におけるブロック制御例を示す図である。
【
図3C】本実施形態におけるブロック制御例を示す図である。
【
図4】本実施形態における手詰まり時の電子移動例を示す図である。
【
図5】本実施形態における量子コンピュータシステムの構成例を示す図である。
【
図6】本実施形態における量子ビットアレイにおける電子配置例を示す図である。
【
図7】本実施形態における電子移動例を示す図である。
【
図8】本実施形態における電子配置方法のフロー例を示す図である。
【
図9】本実施形態における電子移動例を示す図である。
【
図10】本実施形態における量子ビット演算例を示す図である。
【
図11】本実施形態における電子移動の詳細例を示す図である。
【
図12】本実施形態における電子移動の詳細例を示す図である。
【
図13】本実施形態における電子移動の詳細例(原位置への戻り)を示す図である。
【
図14】本実施形態における電子移動の詳細例(原位置への戻り)を示す図である。
【
図15】本実施形態における電子移動の詳細例(玉突き)を示す図である。
【
図16】本実施形態における量子ビットアレイの他構成例(アイル領域増加)を示す図である。
【
図17】本実施形態における量子ビットアレイの他構成例(バス領域増加)を示す図である。
【
図18】本実施形態における量子ビットアレイの他構成例(演算領域固定)を示す図である。
【
図19】本実施形態における電子移動例を示す図である。
【
図20】本実施形態における電子移動の詳細例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
<量子ビットアレイの構成と移動ルール>
以下に本発明の実施形態について図面を用いて詳細に説明する。
図1は、本実施形態の電子配置装置で実装する量子ビットアレイの構成例を示す図である。
図1に示す電子配置装置100は、多くの量子ビット数を配置した量子ビット演算において手詰まりを適宜に回避しつつ、効率的に所望の計算結果を取得可能とする量子コンピュータである。
【0032】
本実施形態における量子ビットアレイは、
図1で例示するごとく、複数の量子ドットの間をチャネルで適宜に接続した構成を想定し、こうした構成の量子ドットに電子を配置させることで量子ビットを構成したものである。
【0033】
量子ビットを構成する電子は、チャネルを通じて隣接する量子ドットに移動しうることとなる。ただし、
図2A、
図2Bで示す移動ルールに沿った動きしか許容されず、移動の態様には制限が存在する。例えば、Y軸方向(図中の量子ビットアレイを構成する格子における縦方向)の移動については、或る量子ビット(図中の量子ビット“A”)の電子を移動させると、同一行の他の量子ビット(図中の量子ビット“B”、“C”、“D”)も同時に移動することになる。
【0034】
但し、移動元の各量子ドットと移動先の量子ドットとの間がチャネルで接続されている必要があり、チャネルが存在しない場合は移動しない。
【0035】
また、移動先の量子ドットに既に電子が存在している場合、電子同士の衝突が生起されるため移動不可となる。つまり、移動元/先の各量子ドットがチャネルで接続され、かつ、移動先の量子ドットに電子が存在していない空き状態である状況下で移動が許容される。
【0036】
こうした移動の制限や態様は、
図2Bにて示すようにX軸方向に関しても同様であり、同一列の電子は一斉に同時移動するが、量子ドット間がチャネルで接続されていること、及び移動先の量子ドットに電子が存在していないことを条件とした移動となる。
【0037】
ただし、上述のような移動制限の例外的な運用技術として、いわゆるブロック制御技術(既知の技術)を採用することも想定できる。このブロック制御は、
図3A~
図3Cにて示すように、移動元が「縦チャネルのない列(通常列)」で移動先が「縦チャネルのある列」であれば、特定の電子のみX軸方向に移動可能、或いは、移動元が「縦チャネルのある列」で移動先が「縦チャネルのない列(通常列)」であれば移動可能とするものである。
【0038】
なお、こうしたブロック制御において、電子が隣接する場合、例えば、
図3B、
図3Cにおける量子ビットの電子“2”と量子ビットの電子“4”が隣接しているケースでは、移動先の量子ドット列(縦チャネル列)の後背列の各量子ドットに電子が存在していないことが移動可能な条件となる。ただし、移動先の縦チャネル列がアレイ末端列の場合も電子が隣接していてもブロック制御可、すなわち移動可となる。
<手詰まりとなる従来の状況>
量子コンピュータ(電子配置装置)は、量子ドットに存在する電子のうち移動対象となるものを、上述のような移動制限が課された状態での移動操作を繰り返し、所望の位置(量子ビット演算対象となる電子の量子ドットと隣接する量子ドット)まで電子を移動させる。ところが、こうした移動を行う場合、アドホックに移動を行うとすると、移動途中や移動先で移動制限により身動きとれない状況、すなわち手詰まりとなる状況が生じうる。
【0039】
この状態を
図4で例示した。いずれも移動制限をブロック制御の特定に基づくものであるが、本実施形態の電子配置方法を採用することで、こうした手詰まりとなる状況を効率的かつ的確に回避できる。
<電子配置装置の構成例>
本実施形態の電子配置装置100は、
図5で示す量子コンピュータ100と量子コンパイラ装置200のいずれかにより構成されるものとする(勿論、これらが適宜に連携したシステムを電子配置装置と定義してもよい)。
【0040】
例えば、量子コンピュータ100は、量子ビットアレイ101での電子の移動制御を担う量子ビットアレイ制御部110を備える。また、量子コンパイラ200は、量子ビットアレイ101の構造情報201(例:バス領域、アイル領域、及びシート領域の情報)、及び量子ビット演算情報202(量子プログラム)に基づいて、量子ビット制御手順203を生成する量子ビット制御手順生成部210を備える。
【0041】
この量子ビット制御手順203は、量子コンピュータ100の量子ビットアレイ制御部110に付与され、実際の量子ビットにおける電子の移動操作の手順情報として利用される。上述の手順情報は、量子ビットアレイ上にバス、アイル、及びシートの各領域の情報と、シート領域→アイル領域→バス領域の順に量子ビット(を構成する電子)を移動する手順情報となる。つまり、量子コンピュータ100は、こうした移動操作の手順情報に基づいて、シート領域→アイル領域→バス領域の順に量子ビットを移動させることとなる。
【0042】
なお、量子コンピュータ100や量子コンパイラ装置200のハードウェア構成は、例えば、シリコン量子ドット方式(いわゆるシリコン量子コンピュータ)によるものを想定するが、これに限定するものではない。
<量子ビットアレイにおける電子の配置と移動について>
図6に、本実施形態における量子ビットアレイにおける電子配置例を示す。ここで図示するように、本実施形態の量子ビットアレイは、量子ビットの格納領域を横断するバス領域と、各量子ビットがバス領域までアクセスするためのアイル領域が設けられた構成であって、このバス領域とアイル領域に囲まれた領域をシート領域として定義するものとする。シート領域は電子の定位置(当初の配置位置)となる。
【0043】
こうした状態における電子は、
図7の電子移動例にて示すように、量子ビットの電子(第1列の2行目にある電子)は、バス領域及びアイル領域を通って他の量子ビット(図中での第7列の6行目)の隣接位置(図中での第6列の6行目)まで移動する。
【0044】
また、演算操作実行後は、同じ経路を通って元のシート領域(の第1列の2行目)へと戻る。このように、演算操作実行後に元の配置(シート領域における原位置)に戻れることが保証されているため、従来のアドホックな移動操作による手詰まり状態に陥ることはない。
【0045】
こうした移動の形態は、
図8に示すフローとなる。すなわち、量子コンピュータ100は、量子コンパイラ200から量子ビット制御手順203を取得する(s10)。勿論、量子コンピュータ100が、量子コンパイラ200と同様の構成、機能を有して量子ビット制御手順203を自身で生成するとしてもよい。同様に、本フローの実行主体を量子コンパイラ200として、量子コンピュータ100の構成、機能を量子コンパイラ200が有する状況を採用するとしてもよい。
【0046】
なお、上述の量子ビット制御手順203は、量子ビットアレイを横断または縦断するバス領域と、量子ビットアレイにおけるバス領域と直行するアイル領域と、バス領域とアイル領域との間にあって量子ビットが配置されるシート領域とが定義され、シート領域とバス領域とがアイル領域によって接続される構成情報と、こうした構成下で所望の電子を量子ビットアレイ中の量子ドットを移動する手順情報を含むものとなる。
【0047】
また、量子コンピュータ100は、s10で得た量子ビット制御手順203に基づいて、所定のシート領域に初期配置された第1の量子ビットを、当該シート領域に接続されているアイル領域を通じてバス領域に到達させる(s11)。
【0048】
また、量子コンピュータ100は、s11でバス領域に到達した量子ビットを、当該バス領域を介して、演算対象とする第2の量子ビットと隣接する位置の量子ドットまで移動させる(s12)。
【0049】
また、量子コンピュータ100は、s12で隣り合った量子ビットにより量子ビット演算(例えば、
図10に示すもの)を実行し(s13)、その結果を出力(s14)するなどして処理を終了する。その後、量子コンピュータ100は、当該量子ビットを同じ経路で原位置に戻すものとする。なお、上述の移動方法のほか、
図9に示すように、他の量子ビットとの玉突き動作によって原位置に復帰させるとしてもよい。
【0050】
いずれにしても、本運用方法に従って移動と原位置への復帰を行うことで、初期配置(原位置)から任意の電子が任意の電子の隣接位置に移動可能であり、かつ、その後は必ず初期配置に復帰できることとなる。
【0051】
なお、上述のフローにおけるs13の処理、すなわち量子ビット演算(
図10)を実行するための移動手順(
図11~
図12)とその後の原位置への復帰(
図13~
図15)の例を各図で示す。この場合、第1列の2行目(原位置)に存在する量子ビット“q1”を 、演算対象となる量子ビット“q2”の隣接量子ドットまで、上述の移動制限を踏まえつつ移動させる例を示している。また、X軸及びY軸の各方向への、電子の一斉同時移動の原則も当然踏まえた動きとなっている。
<アイル領域やバス領域の増加>
続いて
図16にて、本実施形態における量子ビットアレイの他構成例(アイル領域増加)を示す。上述の例であれば、量子ビットアレイにおいて2列おきにアイル領域を構成して量子ビット移動を行うこととしたが、1列おきにアイル領域を構成するとしてもよい。
【0052】
こうした構成を採用すれば、アイル領域が1列おき配置の場合と比べて、量子ビットの移動操作の制約が低減され、移動効率が向上する効果を期待できる。
【0053】
同様に、
図17に示すごとくバス領域増加を図るとしてもよい。上述の例では量子ビットアレイ上に1つのバス領域のみ配置した構成であったが、
図17の例では、2行おきに配置して計2つのバス領域が存在する構成となっている。
【0054】
こうした構成を採用すれば、バス領域が1つだけ配置の場合と比べて、量子ビットの移動操作の制約が低減され、移動効率が向上する効果を期待できる。
<演算領域固定について>
ここで、量子ビット演算の領域が、
図17に示すように、例えば第7列目と第8列目に固定された量子ビットアレイを想定する。例えば、移動対象の量子ビットX(第3列の2行目のもの)と、演算対象となる量子ビットY(第1列の6行目のもの)が存在する場合、量子コンピュータ100は、このX、Yの両方を、演算領域として指定されている固定領域(第7列、第8列)に移動させることとなる。
【0055】
移動対象の量子ビットXは第8列の4行目に、演算対象となる量子ビットYは第7列の4行目、すなわち両者が隣接する量子ドットへの電子移動を行うこととなる。また、移動の具体的な操作例は
図20に示すが、移動操作自体は、既に述べた制約を踏まえつつ、原位置のシート領域に接続されているアイル領域を通じてバス領域に到達させ、当該バス領域を通じて、固定領域の所定位置まで移動させることとなる。
【0056】
以上、本発明を実施するための最良の形態などについて具体的に説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。
【0057】
本明細書の記載により、少なくとも次のことが明らかにされる。すなわち、本実施形態の電子配置方法において、前記量子コンピュータが、前記第1の量子ビットの移動において、前記バス領域を通じて第2の量子ビットのシート領域と接続されているアイル領域に到達させ、当該アイル領域を通じて前記第2の量子ビットと隣接する位置まで移動させる、としてもよい。
【0058】
これによれば、演算対象となる量子ビットと隣接する位置(の量子ドット)まで、アイル領域を通じて電子の移動をスムーズに行うことが可能となる。
【0059】
また、本実施形態の電子配置方法において、前記量子コンピュータが、前記第2の量子ビットを、当該シート領域に接続されているアイル領域を通じて前記バス領域に到達させ、当該バス領域において前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットを隣接させる、としてもよい。
【0060】
これによれば、移動対象の量子ビットと演算対象となる量子ビットを、移動が容易となりやすいバス領域で隣接させ、効率的な量子ビット演算を実施可能となる。
【0061】
また、本実施形態の電子配置方法において、前記量子コンピュータが、前記第1の量子ビットを、当該シート領域に接続されているアイル領域を通じて前記バス領域に到達させ、当該バス領域を通じて、前記第2の量子ビットのシート領域と接続されているアイル領域に到達させ、前記第2の量子ビットを、当該シート領域に接続されているアイル領域に到達させ、前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットを、前記第2の量子ビットのシート領域と接続されている前記アイル領域にて隣接させる、としてもよい。
【0062】
これによれば、移動対象の量子ビットと演算対象となる量子ビットを、移動が容易となりやすいアイル領域で隣接させ、効率的な量子ビット演算を実施可能となる。
【0063】
また、本実施形態の電子配置方法において、前記量子コンピュータが、前記量子ビットアレイにおいて、量子ビットに対する演算操作を実行可能な演算領域を保持し、前記第1の量子ビットを、当該シート領域に接続されているアイル領域を通じて前記バス領域に到達させ、前記バス領域を通じて前記演算領域に到達させ、かつ、前記第2の量子ビットを、当該シート領域に接続されているアイル領域を通じて前記バス領域に到達させ、前記バス領域を通じて前記演算領域に到達させることで、前記第1の量子ビットおよび前記第2の量子ビットを、前記演算領域で隣接させる、としてもよい。
【0064】
これによれば、固定化された演算領域(例えば、演算用に広く確保された特定領域など)に移動対象の量子ビットと演算対象となる量子ビットを配置可能となり、効率的な量子ビット演算を実施可能となる。
【0065】
また、本実施形態の電子配置方法において、前記量子コンピュータが、前記量子ビットアレイにおいて、所定の量子ビットの移動に伴い、当該量子ビットと同一列または同一行の他量子ビットを、前記所定の量子ビットと同方向に一斉移動させる、としてもよい。
【0066】
これによれば、各列や各行における量子ビットを一斉同時移動の原則の下で移動操作可能となる。
【0067】
また、本実施形態の電子配置方法において、前記量子コンピュータが、前記量子ビットアレイにおいて、前記他量子ビットの前記一斉移動に際し、当該他量子ビットのうち特定の量子ビットのみを移動させずに当初位置に取り残すブロック制御を実行するものであり、前記バス領域を前記ブロック制御の可能な移動方向と平行に定義し運用する、としてもよい。
【0068】
これによれば、いわゆるブロック制御を電子の移動操作に適用し、より柔軟な移動経路選択等が可能となりやい。
【符号の説明】
【0069】
1 ネットワーク
100 量子コンピュータ(電子配置装置)
101 量子ビットアレイ
110 量子ビットアレイ制御部
200 量子コンパイラ
201 量子ビットアレイ構造情報
202 量子ビット演算情報
203 量子ビット制御手順
210 量子ビット制御手順生成部