(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024171916
(43)【公開日】2024-12-12
(54)【発明の名称】非アルコール性脂肪性肝疾患治療薬
(51)【国際特許分類】
A61K 31/198 20060101AFI20241205BHJP
A61P 1/16 20060101ALI20241205BHJP
A23L 33/175 20160101ALI20241205BHJP
A23L 2/52 20060101ALI20241205BHJP
【FI】
A61K31/198
A61P1/16
A23L33/175
A23L2/52
A23L2/00 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023089274
(22)【出願日】2023-05-30
(71)【出願人】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(74)【代理人】
【識別番号】100174791
【弁理士】
【氏名又は名称】川口 敬義
(72)【発明者】
【氏名】香月 博志
(72)【発明者】
【氏名】関 貴弘
(72)【発明者】
【氏名】那須 健斗
(72)【発明者】
【氏名】前田 仁志
【テーマコード(参考)】
4B018
4B117
4C206
【Fターム(参考)】
4B018LB08
4B018MD19
4B018ME14
4B117LC04
4B117LK14
4C206JA57
4C206JA58
4C206JA62
4C206MA01
4C206MA04
4C206MA72
4C206NA14
4C206ZA75
(57)【要約】 (修正有)
【課題】NAFLDの予防ないし治療のための組成物の提供。
【解決手段】D-システイン若しくはこれの誘導体又はこれらの塩を有効成分として含有することを特徴とする脂肪性肝疾患の予防ないし治療のための組成物。本発明の組成物は,有効成分そのもの若しくは有効成分の生体内代謝物が,肝臓におけるD-amino acid oxidaseの代謝を受け硫化水素を発生することにより,脂肪性肝疾患の予防ないし治療効果を発揮することをメカニズムとするものである。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
D-システイン若しくはこれの誘導体又はこれらの塩を有効成分として含有することを特徴とする脂肪性肝疾患の予防ないし治療のための組成物。
【請求項2】
D-システインの誘導体が,N-アセチル-D-システイン,D-ホモシステイン,S-アセチル-D-ホモシステイン,D-シスチン,S-カルボキシメチル-D-システイン,S-(2-カルボキシエチル)-D-システイン,S-アリル-D-システインのいずれかから選択される請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
有効成分が,肝臓におけるD-amino acid oxidaseの代謝を受け,硫化水素を発生することにより,脂肪性肝疾患の予防ないし治療効果を発揮することをメカニズムとする,請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
医薬品,サプリメント,機能性食品,機能性飲料,これらいずれかとして構成される請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
経口投与又は経口摂取される組成物として構成される請求項4に記載の組成物。
【請求項6】
脂肪性肝疾患が,非アルコール性脂肪性肝疾患である請求項5に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,非アルコール性脂肪性肝疾患の予防又は治療のための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)は,アルコールの消費量に関わらず,肝臓に脂質が蓄積する肝疾患である。
NAFLD患者は,成人人口において約25%の高い罹患率と推定されている。また,NAFLD患者の10~20%は,肝硬変・肝癌のリスクが高い非アルコール性肝炎に移行するため,NAFLDの治療が必要である。
【0003】
NAFLD患者の治療について,体重の管理,適度な運動,バランスの取れた食事など,生活習慣の改善が原則として行われる。また,NAFLDの原因となっている肥満,糖尿病,脂質異常症,高血圧などに対する薬物治療などが行われる。
しかしながら,NAFLDに対する根治的な治療というのは,確立していないのが現状であり,予防ないし治療薬の開発が進んでいる(特許文献1,2)。
【0004】
ところで,近年,内在性に微量に産生される硫化水素が,NAFLDに対して保護的な作用を示すことが明らかとなってきた。また,硫化水素は,D体アミノ酸の一種であるD-システインが生体内においてD-amino acid oxidase(DAO)という酵素で代謝されることにより産生されることが知られている(
図1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2023-24728号
【特許文献2】特開2023-22236号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
DAOは,小脳・肝臓・腎臓に選択的に発現しており,D-システインは,これら臓器選択的な硫化水素ドナーとして作用することが知られている。また,発明者らは,D-システインから生合成された硫化水素が,脊髄小脳失調症に対して保護的に働くことを報告している。
これらの知見をもとに発明者らは,肝臓において,D-システインがDAOの代謝を受け硫化水素を産生することにより,NAFLDに対する治療ないし予防効果を発揮するのではないかと考え,研究を開始したものである。
【0007】
上記事情を背景として,本発明では,NAFLDの予防ないし治療のための組成物の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは,鋭意研究の結果,D-システインがインビトロにおいてDAOによる代謝を受け硫化水素を生合成することで脂肪由来の活性酸素種を抑制すること,ならびにインビボにおいて肝臓障害を抑制することを見出し,発明を完成させたものである。
【0009】
本発明は,以下の構成からなる。
[1]D-システイン若しくはこれの誘導体又はこれらの塩を有効成分として含有することを特徴とする脂肪性肝疾患の予防ないし治療のための組成物。
[2]D-システインの誘導体が,N-アセチル-D-システイン,D-ホモシステイン,S-アセチル-D-ホモシステイン,D-シスチン,S-カルボキシメチル-D-システイン,S-(2-カルボキシエチル)-D-システイン,S-アリル-D-システインのいずれかから選択される[1]に記載の組成物。
[3]有効成分が,肝臓におけるD-amino acid oxidaseの代謝を受け,硫化水素を発生することにより,脂肪性肝疾患の予防ないし治療効果を発揮することをメカニズムとする,[1]又は[2]に記載の組成物。
[4]医薬品,サプリメント,機能性食品,機能性飲料,これらいずれかとして構成される[3]に記載の組成物。
[5]経口投与又は経口摂取される組成物として構成される[4]に記載の組成物。
[6]脂肪性肝疾患が,非アルコール性脂肪性肝疾患である[5]に記載の組成物。
【発明の効果】
【0010】
本発明により,NAFLDの予防ないし治療のための組成物の提供が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】L-システイン及びD-システインからの硫化水素の産生経路を示した図。
【
図2】HepG2細胞における活性酸素種産生に対するD-システイン及びDAO阻害薬の効果を検証した結果を示した図。Aがvehicle処置,Bがパルミチン酸処置,CがDCFH蛍光を定量解析した結果である。また,Cは平均+標準誤差で表示されている。
【
図3】NAFLDモデルマウスにおいて,D-システインの継続的投与が,肝障害ならびに体重変化に及ぼす影響を調べた結果を示した図。いずれのグラフも,平均±標準誤差で表示されている。
【
図4】NAFLDモデルマウスにおいて,D-システインの継続的投与が,肝組織における脂肪蓄積に及ぼす影響を調べた結果を示した図。E,F,Gのグラフについては,平均+標準誤差で表示されている。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明について詳述する。
本発明は,発明者らによる下記知見から見出されたものである。
(1) D-システインは,ヒト肝癌細胞(HepG2細胞)を用いたインビトロの検討において,パルミチン酸に起因する活性酸素種の産生を抑制した。この活性酸素種の抑制は,D-amino acid oxidase(DAO)の阻害剤であるI2CA(indole-2-carboxylic acid)により,低下していた。
(2) NAFLDモデルマウスを用いたインビボの検討において,D-システインの継続投与により,血中ASTならびにALTの上昇が抑制されていた。また,D-システインの継続投与は,肝臓における脂肪滴の生成や高脂肪食による体重増加についても,抑制的に作用する傾向にあった。
(3) これらの実験事実からD-システインは,肝臓におけるDAOの代謝を受けることで,肝臓障害を抑制し,保護効果を発揮していることが示された。
【0013】
本発明の脂肪性肝疾患の予防ないし治療のための組成物は,D-システイン若しくはこれの誘導体又はこれらの塩を有効成分として含有することを特徴とする。
すなわち,本発明の組成物は,有効成分そのもの若しくは有効成分の生体内代謝物が,肝臓におけるD-amino acid oxidaseの代謝を受け硫化水素を発生することにより,脂肪性肝疾患の予防ないし治療効果を発揮することをメカニズムとするものである。
【0014】
本発明の組成物におけるD-システイン等の有効成分は,単一の有効成分としてもよいし,複数の有効成分のうちの一つとしてもよい。例えば,糖尿病や脂質異常症,高血圧,これらいずれかの疾患に対する有効成分と,本発明の組成物の有効成分とを組み合わせた配合剤などとして構成することができる。
糖尿病治療薬との組合せとして,例えば,メトホルミン,インスリン製剤,グルチド系薬剤,SGLT2阻害剤,GLP-1受容体作動薬が挙げられる。
脂質異常症治療薬との組み合わせとして,例えば,スタチン系薬剤,フィブラート系薬剤,ニコチン酸系薬剤,コレスチラミンなどが挙げられる。
高血圧治療薬との組み合わせとして,例えば,ACE阻害薬,カルシウム拮抗薬,アンジオテンシンIIタイプ1受容体拮抗薬(ARB),ベータ遮断薬などが挙げられる。
【0015】
本発明の脂肪性肝疾患の予防ないし治療のための組成物は,典型的にはD-システインを有効成分とすることができる。また,D-システインの誘導体を有効成分とし,生体内における代謝などを経て,肝組織でD-システインとして作用するような化学形のものを有効成分として用いることができる。
D-システインの誘導体として,例えば,N-アセチル-D-システイン,D-ホモシステイン,S-アセチル-D-ホモシステイン,D-シスチン,S-カルボキシメチル-D-システイン,S-(2-カルボキシエチル)-D-システイン,S-アリル-D-システインなどが挙げられ,特に好ましくはD-システインの二量体であるD-シスチンが挙げられる。
また,D-システイン若しくはD-システイン誘導体,これらの塩を有効成分として用いてもよい。塩については,それぞれの化学形に適した塩とすればよく,例えば,塩酸塩,硫酸塩,リン酸塩,酢酸塩,アンモニウム塩,ナトリウム塩,カルシウム塩などが挙げられる。
【0016】
本発明の組成物は,D-システイン等の有効成分が肝臓におけるDAOの代謝を受け脂肪性肝疾患の予防ないし治療効果を発揮しうる限り特に限定する必要はなく,種々の投与経路を採用することができる。このような投与経路として,例えば,経口投与,経皮投与,静脈注射,筋肉注射,皮下注射などが挙げられる。
本発明の組成物は,経口投与ないし経口摂取可能な組成物として構成することが好ましい。これにより,経口投与され吸収されたD-システイン等の有効成分が肝臓において速やかなDAOによる代謝をうけることで脂肪性肝疾患の予防ないし治療効果を,効率的かつ迅速に発揮しうる効果を有する。
【0017】
本発明の組成物は,脂肪性肝疾患の予防ないし治療を目的とする種々の用途で用いることができるが,好ましくは医薬品又はサプリメント,機能性食品,機能性飲料として用いることができる。また,非アルコール性肝疾患を含む肝疾患全般では生活習慣の改善が必要となってくることから,継続的な摂取を容易とし,かつ,比較的安価に構成しうる経口型サプリメント,機能性食品,機能性飲料として,本発明の組成物を構成することが特に好ましい。
本発明の組成物は,種々の用途に応じた剤形ないし形態とすることができ,例えば,錠剤,粉末剤,カプセル剤,シロップ剤,飲料,食料品などが挙げられる。
【0018】
本発明の組成物において,有効成分のほか,種々の添加物を含むことができる。このような添加物として,例えば,賦形剤,安定化剤,酸化防止剤,pH調整剤,乳化剤,風味剤,甘味剤,溶剤,ゲル化剤などが挙げられる。
【0019】
本発明の対象となる脂肪性肝疾患については,非アルコール性脂肪性肝疾患であることが好ましいが,これに限定する必要はなく,他の脂肪性肝疾患においても適用してもよい。
【実施例0020】
本発明について,実験例を示して詳述する。
【0021】
<<実験例1,HepG2細胞における活性酸素種(ROS)産生に対するD-システイン及びDAO阻害薬の効果>>
1.ヒト癌細胞株であるHepG2細胞を用いて,D-システインによるROS産生抑制効果を調べることを目的に実験を行った。
2.ROSの蛍光検出試薬であるDCFH処理を行い,細胞の観察を行った。また,コントロール群としてvehicle処置(20μM HSA)を行い,ROS産生を目的としてパルミチン酸処理を行った。
【0022】
3.vehicle処置群の結果を
図2Aに示す。上側がDCFHの蛍光画像,下側が明視野画像である。
(1) D-システイン無添加においては,わずかならではあるがDCFH蛍光が確認された。
(2) 一方,D-システイン添加群においては,DCFH蛍光はほとんど確認されなかった。
(3) また,Cの定量解析の結果から,D-システイン添加によるDCFH蛍光の低下は,D-システイン無添加と比較して,有意な低下であることが確認された。
【0023】
4.パルミチン酸処置群の結果を
図2Bに示す。
(1) D-システイン無添加においては,強いDCFH蛍光が確認された。すなわち,このDCFH蛍光は,HepG2細胞がパルミチン酸を取り込んだことで,ROSを産生したものと考えられた。
(2) D-システイン添加群においては,DCFH蛍光はほとんど確認されなかった。また,Cの定量解析の結果から,D-システイン添加によるDCFH蛍光の低下は,D-システイン無添加と比較して,有意な低下であることが確認された。
(3) さらに,DAO阻害薬であるI2CA(indole-2-carboxylic acid)とD-システインを共投与したところ,D-システイン単独処置群と比較してDCFH蛍光は有意に増加したことが確認された。この共投与によるDCFH蛍光は,I2CA単独投与群と比較して,減少傾向ではあったものの,有意な減少ではないことが確認された。
【0024】
5.これらの結果から,下記のことが分かった。
(1) HepG2細胞において,D-システイン添加により,ROS産生を抑制する。
(2) D-システイン添加によるROS産生抑制は,DAO阻害薬であるI2CAにより,抑制される。
(3) これらより,D-システインによるROS産生抑制効果は,DAOを介してD-システインから硫化水素が生合成されることをメカニズムとすることが強く示唆された。
【0025】
<<実験例2,肝臓DAO発現NAFLDモデルマウスにおけるD-システイン慢性投与の影響>>
1.肝臓DAO発現NAFLDモデルマウスにおいて,D-システインを継続投与し,肝障害ならびに体重変化に及ぼす影響を調べることを目的に実験を行った。
【0026】
2.肝臓DAO発現アデノ随伴ウイルスベクターを静脈注射したマウスを,肝臓DAO発現NAFLDモデルマウスとして用いた。静脈注射から4週間後,高脂肪食の摂取を開始した。これと同時に,生理食塩水又はD-システイン液を,モデルマウスに対し,連日経口投与した。なお,D-システインは,モデルマウスに対し,500mg/kgに調整して投与を行った。
【0027】
3.血中ASTの測定結果を
図3Aに示す。
(1) 通常食を摂取した群においては,生理食塩水投与群,D-システイン投与群,ともに30IU/L前後の類似した推移を示していた。
(2) 一方,高脂肪食を摂取した群においては,生理食塩水を投与した群が最も高い血中AST濃度を示し,経時的に増加していた。また,D-システインを投与した群においては,生理食塩水を投与した群よりも,血中AST濃度は低く,投与後2週間以降は,いずれにおいても有意な低下を示していた。
【0028】
4.血中ALTの測定結果を
図3Bに示す。
(1) 通常食を摂取した群においては,生理食塩水投与群,D-システイン投与群,ともに10IU/L前後の類似した推移を示していた。
(2) 一方,高脂肪食を摂取した群においては,生理食塩水を投与した群が最も高い血中ALT濃度を示し,経時的に増加する傾向にあった。また,D-システインを投与した群においては,生理食塩水を投与した群よりも,血中ALT濃度は低く,投与後3週間以降おいて有意な低下を示していた。
【0029】
5.体重変化の結果を
図3Cに示す。
(1) 高脂肪食の摂取ならびに生理食塩水投与群が,最も大きな体重増加を示したが,他の群と比較して有意な増加ではなかった。
(2) 有意な差はなかったものの,高脂肪食の摂取ならびにD-システイン投与群は,通常食投与群と類似した体重変化を示しおり,体重増加が抑制されていると思われた。
【0030】
6.上記のデータ取得後,肝臓DAO発現NAFLDモデルマウスの肝臓を取り出し,Oil Red O染色を行った。結果を
図4に示す。
(1) 通常食を摂取した群においては,生理食塩液投与群,D-システイン投与群,いずれにおいても顕著なOil Red O染色は確認できなかった(A,B)。
(2) 高脂肪食摂取+生理食塩水投与群では,顕著なOil Red O染色が確認された(C)。
(3) 高脂肪食摂取+D-システイン投与群では,Oil Red O染色は確認されたものの,生理食塩水投与群と比較して,脂肪滴が明らかに小さくなっている様子が観察された。
(4) また,高脂肪食摂取+生理食塩水投与群,ならびに高脂肪食摂取+D-システイン投与群,それぞれにおいて,脂肪滴が比較的強く観察される部位(high region)と比較的少なく観察される部位(low region)を特定し,これらの蛍光強度の定量的評価を行ったところ,生理食塩水投与群と比較して,D-システイン投与群は全体的に蛍光強度が低い傾向にあった。特に,high regionにおいて,D-システイン投与群は,生理食塩水投与群と比較して,有意な低下が確認された(F,high region)。
【0031】
7.これらの結果から,下記のことが分かった。
(1) D-システインにより,血中ASTやALTの上昇が抑制されることが分かった。
(2) D-システインにより,肝臓における脂肪滴の生成についても,抑制傾向にあることが分かった。
(3) これらの結果からD-システインは,高脂肪食による肝障害を抑制することが分かった。
(4) また,D-システインは,高脂肪食による体重増加についても抑制的に作用する可能性が示唆された。