(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024017202
(43)【公開日】2024-02-08
(54)【発明の名称】定着具、PC構造体
(51)【国際特許分類】
E04C 5/08 20060101AFI20240201BHJP
E04G 21/12 20060101ALI20240201BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20240201BHJP
【FI】
E04C5/08
E04G21/12 104C
C23C26/00 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022119697
(22)【出願日】2022-07-27
(71)【出願人】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】笠原 玲
(72)【発明者】
【氏名】松原 喜之
(72)【発明者】
【氏名】西野 元庸
(72)【発明者】
【氏名】岸本 祐香
(72)【発明者】
【氏名】正川 浩貴
【テーマコード(参考)】
2E164
4K044
【Fターム(参考)】
2E164AA01
2E164AA31
2E164DA26
4K044AA02
4K044AB10
4K044BA18
4K044BB01
4K044BC02
4K044CA14
(57)【要約】
【課題】緊張材との間での腐食の発生を抑制できる定着具を提供する。
【解決手段】緊張材の端部を把持し、固定する定着具であって、
基体と、
前記基体の表面のうち少なくとも前記緊張材を把持する際に前記緊張材と接する接触部に配置された被覆膜とを有し、
前記被覆膜の電気抵抗率が10
4Ω・m以上である定着具。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
緊張材の端部を把持し、固定する定着具であって、
基体と、
前記基体の表面のうち少なくとも前記緊張材を把持する際に前記緊張材と接する接触部に配置された被覆膜とを有し、
前記被覆膜の電気抵抗率が104Ω・m以上である定着具。
【請求項2】
前記被覆膜の厚さが50nm以上100μm以下である請求項1に記載の定着具。
【請求項3】
前記基体は、
前記緊張材を挿入する第1貫通孔を有するオスコーンと、
前記オスコーンを挿入する第2貫通孔を有するメスコーンと、を含む請求項1または請求項2に記載の定着具。
【請求項4】
前記オスコーンの前記第1貫通孔の表面の一部に前記被覆膜が設けられている請求項3に記載の定着具。
【請求項5】
前記オスコーンの前記第1貫通孔の表面、および外表面から選択された1以上の表面全体に前記被覆膜が設けられている請求項3に記載の定着具。
【請求項6】
前記メスコーンの前記第2貫通孔の表面、および外表面から選択された1以上の表面全体に前記被覆膜が設けられている請求項3に記載の定着具。
【請求項7】
前記オスコーンは、前記第1貫通孔の表面に複数の歯を有する請求項3に記載の定着具。
【請求項8】
前記第1貫通孔に設けた前記被覆膜の硬度が500HV以上10000HV以下である請求項3に記載の定着具。
【請求項9】
緊張材と、
前記緊張材の端部に取り付けられた請求項1または請求項2に記載の定着具と、を有するPC構造体。
【請求項10】
前記緊張材が、ステンレス製のPC鋼線、亜鉛被覆を有するPC鋼線、銅被覆を有するPC鋼線、炭素繊維複合材ケーブルから選択された1種類以上である請求項9に記載のPC構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、定着具、PC構造体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、長尺なコンクリート成形体と、
前記コンクリート成形体の内部に配置され、複数の強化繊維の束を撚り合わせて形成された強化繊維複合材ケーブルからなる緊張材と、を備えるプレストレストコンクリートポールが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
コンクリート構造物に緊張力を導入するためにPC鋼撚り線や、PC鋼棒等の緊張材が従来から用いられている。
【0005】
コンクリート構造物は、例えば海の近くや、海中、豪雪地帯等に設置される場合もある。上記のような場所に設置された場合、海水や、道路上に撒かれた凍結防止剤等の影響により、緊張材が腐食しやすくなる。そこで、特許文献1等に開示されているように、耐食性能を備えた緊張材について検討がなされてきた。
【0006】
ポストテンション方式の場合、緊張材はその端部を定着具により把持され、緊張材に導入された緊張力を維持することで、コンクリート構造物に継続して圧縮力を加えることになる。しかしながら、上述のような耐食性能を備えた緊張材を用いた場合、定着具と緊張材との間に水分が浸入すると定着具と緊張材との間で腐食が生じる場合があった。
【0007】
このため、本開示は、緊張材との間での腐食の発生を抑制できる定着具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の一観点によれば、緊張材の端部を把持し、固定する定着具であって、
基体と、
前記基体の表面のうち少なくとも前記緊張材を把持する際に前記緊張材と接する接触部に配置された被覆膜とを有し、
前記被覆膜の電気抵抗率が104Ω・m以上である定着具を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、緊張材との間での腐食の発生を抑制できる定着具を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図2】
図2は、本開示の一態様に係るオスコーン、メスコーンを有する定着具の断面図である。
【
図3】
図3は、本開示の一態様に係るオスコーン、メスコーンを有する定着具の一側面図である。
【
図4】
図4は、第1貫通孔、外表面全体に被覆膜を配置したオスコーンの説明図である。
【
図5】
図5は、第2貫通孔、外表面全体に被覆膜を配置したメスコーンの説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
実施するための形態について、以下に説明する。
【0012】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。以下の説明では、同一または対応する要素には同一の符号を付し、それらについて同じ説明は繰り返さない。
【0013】
(1) 本開示の一態様に係る定着具は、緊張材の端部を把持し、固定する定着具であって、
基体と、
前記基体の表面のうち少なくとも前記緊張材を把持する際に前記緊張材と接する接触部に配置された被覆膜とを有し、
前記被覆膜の電気抵抗率が104Ω・m以上である。
【0014】
被覆膜の電気抵抗率を104Ω・m以上とすることで、十分に電気抵抗率の高い絶縁性の膜とすることができる。そして、定着具が有する基体の表面のうち、少なくとも緊張材を把持する際に、緊張材と接する接触部に上記被覆膜を配置することで、緊張材と、定着具との間に水等が浸入した場合でも、両部材間に電流が流れることを防止できる。このため、本開示の一態様に係る定着具によれば、緊張材との間での腐食の発生を抑制できる。
【0015】
(2) 上記(1)において、前記被覆膜の厚さが50nm以上100μm以下であってもよい。
【0016】
被覆膜の厚さを50nm以上とすることで、ピンホールの発生を抑制し、緊張材との間での腐食の発生を特に抑制できる。また、被覆膜は緊張材と接する部分に配置されるため、被覆膜の厚さを50nm以上とすることで、被覆膜の耐久性を向上できる。
【0017】
被覆膜の厚さを100μm以下とすることで、被覆膜に割れが生じることを防止できる。
【0018】
(3) 上記(1)または(2)において、前記基体は、
前記緊張材を挿入する第1貫通孔を有するオスコーンと、
前記オスコーンを挿入する第2貫通孔を有するメスコーンと、を含んでいてもよい。
【0019】
定着具の基体が、オスコーン、メスコーンを備えることで、各種緊張材に適用できる。
【0020】
(4) 上記(3)において、前記オスコーンの前記第1貫通孔の表面の一部に前記被覆膜が設けられていてもよい。
【0021】
第1貫通孔の表面の一部は、緊張材と接する接触部を含むため、第1貫通孔の表面の一部に被覆膜を設けることで、緊張材と、定着具との間に水等が浸入した場合でも、両部材間に電流が流れることを防止できる。このため、緊張材との間、具体的には緊張材との接触部における腐食の発生を抑制することができる。
【0022】
(5) 上記(3)または(4)において、記オスコーンの前記第1貫通孔の表面、および外表面から選択された1以上の表面全体に前記被覆膜が設けられていてもよい。
【0023】
第1貫通孔の表面、および外表面から選択された1以上の表面全体に被覆膜が設けられていることで、オスコーンが腐食することを特に防止できる。このため、オスコーンの耐久性を高められる。
【0024】
(6) 上記(3)から(5)のいずれかにおいて、前記メスコーンの前記第2貫通孔の表面、および外表面から選択された1以上の表面全体に前記被覆膜が設けられていてもよい。
【0025】
第2貫通孔の表面、および外表面から選択された1以上の表面全体に被覆膜が設けられていることで、メスコーンが、オスコーン等の部材との間で腐食することを防止できる。このため、メスコーンの耐久性を高められる。
【0026】
(7) 上記(3)から(6)のいずれかにおいて、前記オスコーンは、前記第1貫通孔の表面に複数の歯を有していてもよい。
【0027】
オスコーンが、第1貫通孔の表面に複数の歯を有することで、定着具を緊張材に設置する際に、歯が緊張材を押圧し、緊張材に対して定着具を強固に設置できる。
【0028】
(8) 上記(3)から(7)のいずれかにおいて、前記第1貫通孔に設けた前記被覆膜の硬度が500HV以上10000HV以下であってもよい。
【0029】
第1貫通孔に設けた被覆膜の硬度を500HV以上とすることで、耐久性に優れた定着具とすることができる。
【0030】
また、第1貫通孔に設けた被覆膜の硬度を10000HV以下とすることで、定着具の生産性を高められる。
【0031】
(9) 本開示の一態様に係るPC構造体は、緊張材と、
前記緊張材の端部に取り付けられた上記(1)から(8)のいずれかに記載の定着具と、を有するPC構造体。
【0032】
本開示の一態様に係るPC構造体によれば、腐食の発生を抑制し、耐久性に優れたPC構造体とすることができる。
【0033】
(10) 上記(9)において、前記緊張材が、ステンレス製のPC鋼線、亜鉛被覆を有するPC鋼線、銅被覆を有するPC鋼線、炭素繊維複合材ケーブルから選択された1種類以上であってもよい。
【0034】
緊張材が上記ステンレス製のPC鋼線等の場合、定着具との間で腐食が生じやすくなっていたところ、本開示に係るPC構造体によれば、腐食の発生を抑制し、耐久性を高めることができる。
【0035】
[本開示の実施形態の詳細]
本開示の一実施形態(以下「本実施形態」と記す)に係る定着具、PC構造体の具体例を、以下に図面を参照しながら説明する。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
[定着具]
1.定着具の設置態様について
本実施形態の定着具、定着具設置方法を説明する前に、本実施形態の定着具の設置態様について、
図1を用いて説明する。
【0036】
図1は、コンクリート構造物内に配置した緊張材12に緊張力を導入し、緊張材12を、定着具20によりコンクリート構造物11に固定した状態の説明図であり、緊張材12の中心軸を通る面での断面図を模式的に示している。
図1におけるX軸が緊張材12の長手に沿った軸となる。
【0037】
図1に示すように、緊張材12は、コンクリート構造物11内部にシース13を介して配置できる。緊張材12は、コンクリート構造物11にプレストレス、具体的には圧縮力を加えるプレストレス導入用の緊張材であり、複数本の素線を撚り合せたPC鋼撚り線や、PC鋼棒、炭素繊維複合材等を用いることができる。上記PC鋼撚り線等のPCは、プレストレスト・コンクリートを意味している。
【0038】
図1中、緊張材12の長手に沿った2つの端部である第1端部121、第2端部122は、定着具20により把持されている。緊張材12は予め長手、すなわちX軸に沿って牽引し、緊張力が導入されている。このため、緊張材12は長手に沿って縮むように力が加わってることになる。
【0039】
そして、コンクリート構造物11と、定着具20との間には、支圧プレート14が配置されている。支圧プレート14は、コンクリート構造物11の緊張材12を取り出した面である第1面11A、第2面11Bにそれぞれ設置され、緊張材12に導入された緊張力を支持することができる。支圧プレート14は、中央部に緊張材12を通す穴が設けられた板状体であり、キャスティングプレート等とも呼ばれる。
【0040】
支圧プレート14は、定着具20を支持し、長手に沿って縮もうとする緊張材12に加わっている力をコンクリート構造物11に伝達し、コンクリート構造物11に圧縮力を加えることができる。
【0041】
図1に示した、緊張材12と、緊張材12に設置された定着具20とを含む構造体をPC構造体10と呼ぶことができる。PC構造体10は、
図1に示すように、緊張材12を設置したコンクリート構造物11や、シース13、支圧プレート14を含むこともできる。
2.定着具の構成について
本実施形態の定着具20は、
図1を用いて説明したように、緊張材12の端部を把持し、緊張材12をコンクリート構造物11に固定する定着具である。
【0042】
従来、緊張材、および定着具の材料としては、炭素鋼等の鋼が用いられていた。しかし、既述のように緊張材について、耐食性の向上等の観点から、ステンレス鋼や、炭素材料等の鋼以外の材料が用いられる場合や、表面にめっき等の被覆を設けられる場合があった。
【0043】
これに対して、定着具の緊張材と接する部分については、加工性や、強度等の観点から、鋼が用いられる場合が多い。
【0044】
このため、緊張材と、定着具とで異なる材料が用いられる場合があり、両部材の接触部に水等が浸入した際に、該接触部で緊張材と定着具との間の電位差に起因して電流(腐食電流)が流れ、上記接触部で腐食が生じると考えられる。
【0045】
上記腐食発生のメカニズムに鑑みて、本実施形態の定着具は基体と、基体の表面のうち、少なくとも緊張材を把持する際に、緊張材と接する接触部に配置された被覆膜とを有することができる。
【0046】
以下、本実施形態の定着具が有する部材について説明する。
(1)定着具が有する部材について
(1-1)被覆膜について
(電気抵抗率)
被覆膜の電気抵抗率は、104Ω・m以上であり、好ましくは105Ω・m以上である。
【0047】
被覆膜の電気抵抗率の上限は特に限定されないが、被覆膜の電気抵抗率は、好ましくは108Ω・m以下、より好ましくは107Ω・m以下である
被覆膜の電気抵抗率を104Ω・m以上とすることで、十分に電気抵抗率の高い絶縁性の膜とすることができる。そして、定着具が有する基体の表面のうち、少なくとも緊張材を把持する際に、緊張材と接する接触部に上記被覆膜を配置することで、緊張材と、定着具との間に水等が浸入した場合でも、両部材間に電流が流れることを防止できる。このため、本実施形態の定着具によれば、緊張材との間、具体的には緊張材との接触部における腐食の発生を抑制することができる。
【0048】
被覆膜の電気抵抗率は、二端子法により測定することができる。
(厚さ)
被覆膜の厚さT23(
図2を参照)は特に限定されないが、例えば50nm以上100μm以下であることが好ましく、500nm以上20μm以下であることがより好ましい。
【0049】
被覆膜の厚さを50nm以上とすることで、ピンホールの発生を抑制し、緊張材との間での腐食の発生を特に抑制できる。また、被覆膜は緊張材と接する部分を含むため、被覆膜の厚さを50nm以上とすることで、被覆膜の耐久性を向上できる。
【0050】
被覆膜の厚さを100μm以下とすることで、被覆膜に割れが生じることを防止できる。
【0051】
被覆膜の厚さの評価方法は特に限定されないが、例えばまず、定着具について、被覆膜の厚さに沿った断面が露出するように集束イオンビーム(FIB:Focused Ion Beam)装置等により加工する。そして、該断面を走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscopy)により観察し、被覆膜の厚さを測定することで評価できる。
【0052】
定着具内において、被覆膜の厚さは一定である必要は無く、例えば上記範囲で分布していればよい。
(被覆膜の材料について)
被覆膜の材料については特に限定されず、既述の電気抵抗率を充足する材料を用いることができるが、耐摩耗性や、表面硬度等の観点から、無機材料であることが好ましく、例えばセラミックス等を用いることが好ましい。
【0053】
具体的には例えば、酸化ジルコニウム(ZrO2)や、窒化ケイ素(Si3N4)、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)、ダイヤモンド、酸化アルミニウム(Al2O3)、窒化アルミニウム(AlN)から選択された1種類以上を用いることができる。
【0054】
被覆膜は、2種類以上の材料を含んでいてもよく、2層以上の積層膜とすることもできる。
【0055】
被覆膜の形成方法は特に限定されず、被覆膜の材料等に応じて選択できるが、例えばPVD(Physical Vapor Deposition)法や、CVD(Chemical Vapor Deposition)法を好ましく用いることができる。基体に強固に付着した、均一な被覆膜を生産性良く形成できるため、被覆膜の形成には、CVD法をより好ましく用いることができる。
(硬度)
接触部に配置された被覆膜の硬度はビッカース硬度で500HV以上10000HV以下であることが好ましく、500HV以上2500HV以下であることがより好ましい。
【0056】
接触部に配置された被覆膜の硬度を500HV以上とすることで、耐久性に優れた定着具とすることができる。
【0057】
また、接触部に配置された被覆膜の硬度を10000HV以下とすることで、定着具の生産性を高められる。
【0058】
ビッカース硬度は、JIS Z 2255(2003)に従って評価できる。例えばナノインデンターを用いて測定した測定値を、ビッカース硬度に換算することで求められる。測定の際の条件は特に限定されないが、例えば以下の手順、条件で測定できる。
【0059】
ナノインデンターに三角錐のBerkovich圧子を装着し、該圧子が被覆膜に接している状態で、該圧子に、0から0.5mNまで3秒で載荷し、0.5mNで1秒保持し、その後0.5mNから0まで3秒で除荷することで被覆膜に圧痕を形成する。
【0060】
次いで、圧子の荷重変位曲線より圧痕の投影面積を算出し、圧痕の投影面積と圧子の最大荷重を用いて被覆膜のナノインデンテーション硬度を算出する。そして、ナノインデンテーション硬度(GPa)は、94.5を係数としてビッカース硬度HVに換算する。すなわちナノインデンテーション硬度をNHとした場合に、ビッカース硬度HVを、HV=94.5×NHにより算出する。
【0061】
後述するように、定着具は、例えば基体としてオスコーンとメスコーンとを含むことができる。
【0062】
この場合、緊張材を把持する際に緊張材と接する接触部は、オスコーン21の第1貫通孔211の表面212の少なくとも一部となる(
図2、
図6、
図7を参照)。このため、第1貫通孔211の表面212の少なくとも一部に被覆膜23を配置できる。
【0063】
上述の場合、オスコーン21の第1貫通孔211に設けた上記被覆膜23の硬度はビッカース硬度で500HV以上10000HV以下であることが好ましく、500HV以上2500HV以下であることがより好ましい。好適な理由については接触部に配置された被覆膜の硬度の場合と同じため、説明を省略する。
(1-2)基体について
本実施形態の定着具が有する基体は、緊張材を把持し、固定できる部材であればよく、その構成は限定されない。
【0064】
例えば定着具の基体は、例えば従来から定着具として用いられているオスコーンと、メスコーンとを含むことができる。
【0065】
定着具の基体が、オスコーン、メスコーンを備えることで、各種緊張材に適用することができる。
【0066】
図2にオスコーン21と、メスコーン22とを有する定着具20の中心軸を通る面での断面図を示す。
図3に、
図2においてブロック矢印Aに沿って見た定着具20の一側面図を示す。
図3では被覆膜23の記載を省略している。
(オスコーン)
オスコーン21は、中心軸に沿って緊張材12を挿入する第1貫通孔211を有することができる。
【0067】
オスコーン21は、以下に説明するメスコーン22のテーパー状の面を有する第2貫通孔221に対応した外形を有することができ、例えば円錐台形状を有することができる。
【0068】
オスコーン21は、
図3に示すように、周方向に沿って分割された、複数のオスコーン部材21A、21B、21Cを有することができる。
図3では3つのオスコーン部材に分割した例を示しているが、オスコーン21は、2つ、または4つ以上のオスコーン部材を有することもできる。また、オスコーン21は分割せずに1つの部材から構成することもできる。オスコーン21が複数のオスコーン部材を有する場合、複数のオスコーン部材を組み合わせた場合に、上述のように第1貫通孔211を備え、円錐台形状の外形を備えた形状にできる。
【0069】
オスコーン21の第1貫通孔211の表面212には、緊張材12を強固に把持するための凹凸を有することもできる。第1貫通孔211の表面に設けた凸部分は緊張材12を押圧することになるため、歯ということもできる。
【0070】
第1貫通孔211の表面の一部である、
図2の領域Bを拡大した図の例を
図6、
図7に示す。
【0071】
図6に示すように、オスコーン21は、第1貫通孔211の表面212に、複数の歯61を有することができる。歯の形状は
図6に示した、断面が台形の形態に限定されず、例えば
図7に示した歯71の様な断面が三角形等の形態であってもよい。また、断面が半円形状等であっても良い。
【0072】
オスコーン21が、第1貫通孔211の表面212に複数の歯を有することで、定着具20を緊張材12に設置する際に、歯が緊張材を押圧し、緊張材12に対して定着具20を強固に設置できる。
(メスコーン)
メスコーン22の外形は特に限定されないが、例えば円柱形状を有することができる。
【0073】
そして、メスコーン22は、オスコーン21を挿入する第2貫通孔221を有する。メスコーン22は、具体的には、中心軸に沿って、緊張材12、およびオスコーン21を挿入する第2貫通孔221を有することができる。第2貫通孔221は、
図2に示すように、コンクリート構造物11と向かい合うように配置される第3外表面225から、オスコーン21を挿入する開口部を備えた第2外表面224に向かって径が拡がるテーパー状の面を有することができる。
【0074】
上述のように、オスコーン21とメスコーン22とを備えた基体を含む定着具20は、第1貫通孔211内に緊張材12を挿入したオスコーン21を、メスコーン22の
図2中の左側面である第2外表面224から、第2貫通孔221に挿入して用いられる。オスコーン21をメスコーン22の第2貫通孔221内に圧入した際に、オスコーン21が緊張材12を締め付けることで、定着具20を、緊張材12に固定できる。
(基体の材料について)
定着具が有する基体の材料は特に限定されない。定着具20がオスコーン21とメスコーン22とを有する場合、オスコーン21としては例えばクロムモリブデン鋼(SCM材)や、ステンレス鋼、銅合金、機械構造用炭素鋼(SC材)、工具鋼、鋳鉄から選択された1種類以上を用いることができる。また、メスコーン22としては、例えばクロムモリブデン鋼(SCM材)や、機械構造用炭素鋼(SC材)、ステンレス鋼、銅合金、炭素鋼、工具鋼、鋳鉄から選択された1種類以上を用いることができる。
【0075】
オスコーン21、メスコーン22にステンレス鋼を用いる場合、ステンレス鋼としては、SUS304や、SUS316などのオーステナイト系のステンレス鋼や、SUS329などの二相系のステンレス鋼、SUS630などの析出硬化系のステンレス鋼等から選択された1種類以上を用いることが好ましい。
【0076】
オスコーン21、メスコーン22に機械構造用炭素鋼(SC材)を用いる場合、機械構造用炭素鋼(SC材)としては、S45Cや、S55C等から選択された1種類以上を用いることが好ましい。
【0077】
(1-3)下地膜について
被覆膜と、基体との密着性を高めることや、定着具にさらなる機能を付加することを目的として、被覆膜と基体との間に任意の部材である下地膜を配置することもできる。下地膜の材料は特に限定されないが、例えば亜鉛や、チタン、クロム、シリコン、タングステン、ステンレス鋼から選択された1種類以上が挙げられる。
(2)被覆膜の配置について
既述のように被覆膜は、基体の表面のうち、少なくとも緊張材を把持する際に、緊張材と接する接触部に配置できる。
【0078】
定着具20が、上記オスコーン21とメスコーン22とを有する場合、オスコーン21の第1貫通孔211の表面212の一部に被覆膜23を設けることができる。
【0079】
第1貫通孔211の表面212の一部は、緊張材12と接する接触部となるため、第1貫通孔211の表面212の一部に被覆膜23を設けることで、緊張材と、定着具との間に水等が浸入した場合でも、両部材間に電流が流れることを防止できる。このため、緊張材との間、具体的には緊張材との接触部における腐食の発生を抑制することができる。
【0080】
例えば第1貫通孔211の表面212が平滑な面の場合、表面212の全体に被覆膜23を配置してもよい。
【0081】
図6に示すように、第1貫通孔211の表面212に歯61を設ける場合、
図6において歯61の上面である表面611が、緊張材12と接する接触部になる。このため、
図6に示すように表面611に被覆膜23を設けることができる。ただし、この場合でも、歯61の表面全体に連続した被覆膜23を設けることもできる。
【0082】
また、
図7に示すように、第1貫通孔211の表面212に歯71を設ける場合、歯71の表面全体に被覆膜23を設けてもよく、歯71の緊張材12と接する接触部に当たる頂部711にのみ被覆膜23を設けてもよい。
【0083】
オスコーン21の表面のうち、上記接触部以外の場所にも被覆膜23が設けられていてもよい。
【0084】
例えばオスコーン21の第1貫通孔211の表面212、および外表面から選択された1以上の表面全体に被覆膜23が設けられていてもよい。
【0085】
第1貫通孔211の表面212、および外表面から選択された1以上の表面全体に被覆膜が設けられていることで、オスコーン21が腐食することを特に防止できる。このため、オスコーン21の耐久性を高められる。
【0086】
オスコーン21の外表面とは、
図2、
図4における第1外表面213、第2外表面214、および第3外表面215を意味する。
【0087】
オスコーン21は、例えば
図4に示すように、第1貫通孔211の表面212、第1外表面213、第2外表面214、および第3外表面215の表面全体に被覆膜23を有することもできる。オスコーン21の表面全体に被覆膜を設けることで、オスコーン21が腐食することを特に防止できる。
【0088】
また、メスコーン22の表面の一部に被覆膜23が設けられていてもよい。
【0089】
例えば、メスコーン22の第2貫通孔221の表面222、および外表面から選択された1以上の表面全体に被覆膜23が設けられていてもよい。
【0090】
第2貫通孔221の表面222、および外表面から選択された1以上の表面全体に被覆膜が設けられていることで、メスコーン22が、オスコーン21等の部材との間で腐食することを防止できる。このため、メスコーン22の耐久性を高められる。
【0091】
メスコーン22の外表面とは、
図2、
図5における第1外表面223、第2外表面224、および第3外表面225を意味する。
【0092】
メスコーン22は、例えば
図5に示すように、第2貫通孔221の表面222、第1外表面223、第2外表面224、および第3外表面225の表面全体に被覆膜23を有することもできる。
[PC構造体]
図1を用いて説明したように、本実施形態のPC構造体10は、緊張材12と、緊張材12の端部に取り付けられた本開示に係る定着具20とを有することができる。
【0093】
本開示に係る定着具20は、基体と、基体の表面のうち、少なくとも緊張材を把持する際に、緊張材と接する接触部に配置された所定の電気抵抗率の被覆膜とを有している。このため、緊張材と、定着具との間に水等が浸入した場合でも、両部材間に電流が流れることを防止でき、緊張材と定着具との接触部における腐食の発生を抑制できる。従って、本実施形態のPC構造体10によれば、腐食の発生を抑制し、耐久性に優れたPC構造体とすることができる。
【0094】
PC構造体10が有する緊張材12の種類は特に限定されず、PC鋼材や、PC鋼棒、炭素繊維複合材ケーブル等とすることができる。
【0095】
ただし、本実施形態のPC構造体によれば、緊張材12と定着具20との間での腐食の発生を抑制できるため、緊張材12は少なくとも表面が、定着具20、例えばオスコーン21と異なる材料で構成されていることが好ましい。特に、耐食性能を備えた緊張材の場合に、緊張材12は、定着具20との材質が異なることになり、特に定着具20との間で腐食が生じやすくなる。このため、緊張材12は耐食性能を備えた緊張材であることが好ましく、例えば、緊張材が、ステンレス製のPC鋼線、亜鉛被覆を有するPC鋼線、銅被覆を有するPC鋼線、炭素繊維複合材ケーブルから選択された1種類以上であることが好ましい。上記PC鋼線には、PC鋼撚り線や、PC鋼棒が含まれる。
【0096】
緊張材12がPC鋼撚り線の場合、例えば外径が12.7mm以上15.7mm以下のPC鋼撚り線を好適に用いることができる。
【0097】
緊張材が上記ステンレス製のPC鋼線等の場合、定着具との間で腐食が生じやすくなっていたところ、本実施形態のPC構造体によれば、腐食の発生を抑制し、耐久性を高めることができる。
【実施例0098】
以下に具体的な実施例を挙げて説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0099】
以下、各実験例の条件、結果の説明を行う。実験例1、実験例2が実施例であり、実験例3が比較例である。
[実験例1]
図2に示すように、基体としてオスコーン21とメスコーン22とを有する定着具20を用意した。オスコーン21、メスコーン22は、クロムモリブデン鋼製とした。
【0100】
図7に示すように、オスコーン21の第1貫通孔211の表面212には、歯71を設けた。該歯71は、第1貫通孔211の内周に沿って連続して設けられており、かつ
図7に示すように、第1貫通孔211の長手に沿って複数個設けられている。
図7は
図2の領域Bの拡大図に当たり、定着具20の中心軸に沿った断面図の一部拡大図となる。歯71は、
図7に示すように断面形状が三角形となっている。
【0101】
オスコーン21について、
図4に示すように、第1貫通孔211の表面212、および外表面である第1外表面213、第2外表面214、第3外表面215全体にCVD法により、DLC製の被覆膜23を配置した。なお、第1貫通孔211においては、歯71の頂部711のみではなく、
図7に示すように、第1貫通孔211の表面212全体に連続した被覆膜23を配置している。
【0102】
被覆膜23の任意の3点で電気抵抗率を二端子法で測定したところ、105Ω・m以上106Ω・m以下の範囲に分布していた。また、同じ条件で作製した定着具について、FIB装置を用いて、被覆膜23の厚さに沿った断面が露出するようにカットし、走査型電子顕微鏡で観察したところ、被覆膜の厚さは、0.5μm以上5μm以下の範囲に分布していることを確認できた。
【0103】
メスコーン22についても、
図5に示すように、第2貫通孔221の表面222、および外表面である第1外表面223、第2外表面224、第3外表面225全体にCVD法により、DLC製の被覆膜23を配置した。被覆膜23の電気抵抗率や、厚さはオスコーン21と同じ範囲に分布していた。
【0104】
そして、緊張材12であるステンレス製のPC鋼撚り線と、上記オスコーン21と、メスコーン22とを用いて、
図1に示したPC構造体10を形成した。
【0105】
PC構造体10のうち、コンクリート構造物11の第1面11Aに配置した定着具20の周辺に塩水を噴霧し、定着具20と、緊張材12との間から発錆するまでの時間を測定する発錆試験を実施した。発錆試験は、定着具20と緊張材12とが接している部分での発錆を確認できるように、定着具20と緊張材12との表面のうち、両部材が接し、互いに覆っている部分以外はシリコンシーラントで被覆してから実施した。
【0106】
その結果、塩水を噴霧してから1000時間経過しても、外観上、定着具20と、緊張材12との間に錆が生じていないことを確認できた。1000時間経過後、緊張材12から定着具20を取り外したところ、緊張材12と、定着具20とが接している部分において錆が生じていないことを確認できた。
[実験例2]
オスコーン21の第1貫通孔211については、緊張材12を把持する際に緊張材12と接する接触部である、上記歯71の頂部711のみにCVD法により、DLC製の被覆膜23を配置した。このため、第1貫通孔211においては、頂部711以外の表面212は、被覆膜23に覆われず、オスコーン21が露出している。
【0107】
オスコーン21の外表面である第1外表面213、第2外表面214、第3外表面215全体には、CVD法により、DLC製の被覆膜23を配置した。
【0108】
被覆膜23の任意の3点で電気抵抗率を二端子法で測定したところ、105Ω・m以上106Ω・m以下の範囲に分布していた。また、同じ条件で作製した定着具について、FIB装置を用いて、被覆膜23の厚さに沿った断面が露出するようにカットし、走査型電子顕微鏡で観察したところ、被覆膜の厚さは、0.5μm以上5μm以下の範囲に分布していることを確認できた。
【0109】
以上のように、オスコーン21の第1貫通孔211において、表面212の一部にのみ被覆膜23を配置した点以外は、実験例1と同じ条件のオスコーン21、メスコーン22を用意した。また、上記オスコーン21を用いた点以外は、実験例1と同じ条件でPC構造体10を形成し、発錆試験を実施した。
【0110】
その結果、塩水を噴霧してから1000時間経過しても、外観上、定着具20と、緊張材12との間に錆が生じていないことを確認できた。1000時間経過後、緊張材12から定着具20を取り外したところ、緊張材12と、定着具20とが接している部分において錆が生じていないことを確認できた。
[実験例3]
被覆膜23を配置していない点以外は同じ構成を備えた定着具20を用いた点以外は、実験例1と同じ条件でPC構造体10を形成し、発錆試験を実施した。その結果、定着具20と、緊張材12との間から錆が発生することを外観から目視で確認できるまでの時間は5時間であった。