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特開2024-17227神経突起伸長促進剤およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024017227
(43)【公開日】2024-02-08
(54)【発明の名称】神経突起伸長促進剤およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/085 20060101AFI20240201BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20240201BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20240201BHJP
   A61P 25/16 20060101ALI20240201BHJP
   A61K 36/9068 20060101ALI20240201BHJP
【FI】
A61K31/085
A61P25/00
A61P25/28
A61P25/16
A61K36/9068
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022119734
(22)【出願日】2022-07-27
(71)【出願人】
【識別番号】591193037
【氏名又は名称】辻製油株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】304026696
【氏名又は名称】国立大学法人三重大学
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 諭史
(74)【代理人】
【識別番号】100224661
【弁理士】
【氏名又は名称】牧内 直征
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(72)【発明者】
【氏名】籠谷 和弘
(72)【発明者】
【氏名】辻 威彦
(72)【発明者】
【氏名】島田 康人
(72)【発明者】
【氏名】太田 瑞穂
(72)【発明者】
【氏名】臧 黎清
(72)【発明者】
【氏名】勝崎 裕隆
(72)【発明者】
【氏名】西村 訓弘
【テーマコード(参考)】
4C088
4C206
【Fターム(参考)】
4C088AB81
4C088AC11
4C088BA08
4C088CA09
4C088MA02
4C088NA14
4C088ZA02
4C088ZA16
4C206AA01
4C206AA02
4C206CA27
4C206KA01
4C206KA17
4C206KA18
4C206MA01
4C206MA04
4C206NA14
4C206ZA02
4C206ZA16
(57)【要約】
【課題】神経変性疾患の予防および/または治療などに有効となり得る新規な神経突起伸長促進剤およびその製造方法を提供する。
【解決手段】本神経突起伸長促進剤は、6-ジンゲルジオールを有効成分として含有し、該6-ジンゲルジオールは、側鎖のC3およびC5の位置における立体異性体である、(3R,5S)体および(3S,5S)体を含み、更に、神経突起伸長促進剤は、6-ジンゲルジオール以外に、ショウガに含まれる成分を含む。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
6-ジンゲルジオールを有効成分として含有することを特徴とする神経突起伸長促進剤。
【請求項2】
前記神経突起伸長促進剤は、前記6-ジンゲルジオール以外に、ショウガに含まれる成分を含むことを特徴とする請求項1記載の神経突起伸長促進剤。
【請求項3】
前記神経突起伸長促進剤に含まれる前記6-ジンゲルジオールが、ショウガ抽出物由来であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の神経突起伸長促進剤。
【請求項4】
前記6-ジンゲルジオールは、側鎖のC3およびC5の位置における立体異性体である、(3R,5S)体および(3S,5S)体を含むことを特徴とする請求項1または請求項2記載の神経突起伸長促進剤。
【請求項5】
神経突起伸長促進剤の製造方法であって、
前記神経突起伸長促進剤が、ショウガ抽出物由来である6-ジンゲルジオールを有効成分として含有し、前記6-ジンゲルジオールは、ノルマルヘキサンを用いてショウガ抽出物を抽出した後、該ショウガ抽出物を、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより、アセトンとエタノールの混合溶媒で溶出して得られることを特徴とする神経突起伸長促進剤の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経突起伸長促進剤およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマー型認知症(アルツハイマー病)、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症などに代表される神経変性疾患は、系統的な神経細胞の変性、脱落に基づく神経回路網の破綻により引き起こされる病態とされている。神経変性疾患の原因である神経変性死のメカニズムには多くの分子群が複雑に関与しており、未だ未解明な部分も多い。
【0003】
例えば、アルツハイマー病は、脳の中にアミロイドβという蛋白質が溜まり、正常な脳の神経細胞を壊して脳を萎縮させる病気である。現状行われているアルツハイマー病の治療は、症状を改善させる対症療法的な位置付けに留まっており、原因自体を取り除く原因療法までには至っていない。
【0004】
一方、神経変性疾患の治療においては、原因を取り除くことに加えて、神経回路網を再構築することも重要とされている。例えば、アルツハイマー病では、変性を免れて生き残っている神経細胞や部分変性した神経細胞を活性化して、神経突起を伸長させ、シナプスを回復できれば、神経機能を回復できるといわれている。ここで、神経細胞(ニューロン)は、核のある細胞体と、細胞体から伸びた神経突起で構成される。神経突起には、細胞体から木の枝のように分岐した樹状突起と、細胞体から通常1本だけ延びる突起である軸索とがある。樹状突起は、他の細胞からの情報を神経細胞が受け取る部分であり、軸索は、神経細胞が受けた情報を他の細胞へと出力する部分である。樹状突起で受け取った情報は細胞体に集約され、軸索を介して他の細胞へ神経伝達物資を放出することで情報が伝達される。
【0005】
そのため、神経変性疾患の治療や予防のための薬剤開発では、神経細胞の神経突起の伸長に着目した研究が行われている。例えば、特許文献1には、構成脂肪酸の少なくとも一つ以上が不飽和脂肪酸であるホスファチジン酸を有効成分とする神経突起伸長促進剤が記載されている。また、特許文献2には、シキミ酸またはその塩を含む神経突起伸張剤が記載されている。
【0006】
ところで、ショウガは、世界中で香辛料および民間薬として広く用いられている。漢方では生姜(ショウキョウ)と呼ばれ、新陳代謝機能向上の効能があるとされ、嘔吐、鎮痛、食欲増進などに用いられている。ショウガに含まれる成分の薬理活性については、これまで種々の研究が行われている。例えば、特許文献3では、ショウガの辛み成分である6-ジンゲロールおよび6-ショウガオールを含む、ショウガの抽出物が骨形成促進作用および骨吸収抑制作用を有することが報告されている。
【0007】
しかしながら、ショウガに含まれる特定の成分の神経突起伸長促進作用に関する報告はなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009-280524号公報
【特許文献2】特開2018-035078号公報
【特許文献3】特開2014-43416号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、新規な神経突起伸長促進剤およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の神経突起伸長促進剤は、6-ジンゲルジオール(6-gingerdiol)を有効成分として含有することを特徴とする。
【0011】
上記神経突起伸長促進剤は、上記6-ジンゲルジオール以外に、ショウガに含まれる成分を含むことを特徴とする。
【0012】
上記神経突起伸長促進剤に含まれる上記6-ジンゲルジオールが、ショウガ抽出物由来であることを特徴とする。更に、上記6-ジンゲルジオール以外に、ショウガに含まれる成分もショウガ抽出物由来であることを特徴とする。
【0013】
上記6-ジンゲルジオールは、側鎖のC3およびC5の位置における立体異性体(ジアステレオマー)である、(3R,5S)体および(3S,5S)体を含むことを特徴とする。
【0014】
本発明の神経突起伸長促進剤の製造方法は、上記神経突起伸長促進剤が、ショウガ抽出物由来である6-ジンゲルジオールを有効成分として含有し、上記6-ジンゲルジオールは、ノルマルヘキサンを用いてショウガ抽出物を抽出した後、該ショウガ抽出物を、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより、アセトンとエタノールの混合溶媒で溶出して得られることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明の神経突起伸長促進剤は、6-ジンゲルジオールを有効成分として含有するので、優れた神経突起の伸長促進作用を示し、例えば、神経変性疾患の予防および/または治療に有効である。また、6-ジンゲルジオールは、ショウガに含まれる成分であることから生体に対する安全性が高く、上記神経突起伸長促進剤は安全性に優れる。
【0016】
本発明の神経突起伸長促進剤の製造方法は、神経突起伸長促進剤が、ショウガ由来である6-ジンゲルジオールを有効成分として含有し、6-ジンゲルジオールは、ノルマルヘキサンを用いてショウガ抽出物を抽出した後、該ショウガ抽出物を、シリカゲルカラムクロマトグラフィーにより、アセトンとエタノールの混合溶媒で溶出して得られるので、簡易な操作で得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】ショウガ搾り滓のノルマルヘキサン抽出物のHPLCである。
図2】画分1~画分7の神経突起の伸長促進作用の評価結果である。
図3】画分6A~6Dの神経突起の伸長促進作用の評価結果である。
図4】画分6BのHPLCである。
図5】画分6BのLC/MS分析結果を示す図である。
図6】6-ジンゲルジオールのLC/MS分析結果を示す図である。
図7】6-ジンゲルジオールの神経突起の伸長促進作用の評価結果である。
図8】Map2タンパク質の検出画像を示す図である。
図9】ゼブラフィッシュの学習試験における試験装置の概要図である。
図10】ゼブラフィッシュの学習試験における回避率の評価結果である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明者らは、これまでにショウガに含まれる成分についての研究を行っている。今回、神経細胞の神経突起の伸長促進作用について鋭意検討を行ったところ、ショウガに含まれる成分として希少な成分である6-ジンゲルジオールを含有する画分が、顕著な伸長促進作用を有することを見出した。本発明はこのような知見に基づくものである。
【0019】
本発明の神経突起伸長促進剤は、6-ジンゲルジオールを有効成分として含む。本発明において、神経突起伸長促進剤とは、神経細胞の神経突起の伸長を促進する剤である。なお、神経突起は、軸索と樹状突起を包括する概念であり、神経突起伸長促進剤は、軸索および/または樹状突起を伸長させる作用を有する。
【0020】
6-ジンゲルジオールは、下記の式(1)で表される化合物である。
【0021】
【化1】
【0022】
上記の式(1)に示すように、6-ジンゲルジオールは、側鎖のC3およびC5の位置に水酸基を有している。6-ジンゲルジオールは、C3およびC5の位置における立体異性体として、(3R,5S)体、(3S,5S)体、(3R,5R)体、(3S,5R)体がある。本発明において、6-ジンゲルジオールは、これらの立体異性体を包括する概念である。
【0023】
6-ジンゲルジオールは、化学合成によって得ることができる。例えば、6-ジンゲロール(6-gingerol)を出発原料として、6-ジンゲロールの側鎖のC3のカルボニル基を還元することで6-ジンゲルジオールを得ることができる。
【0024】
また、6-ジンゲルジオールは、天然物から抽出して分離する方法(抽出法)によっても得ることができる。6-ジンゲルジオールを天然物から抽出する場合には、それらを含有する植物の全体または一部分(例えば、全草、葉、根、根茎、茎、根皮、もしくは花)をそのまま用いて、または簡単に加工処理(例えば、乾燥、切断、もしくは粉末化)したもの(例えば、生薬)を用いて抽出する。
【0025】
本発明では、天然物として、熱帯アジアを原産とするショウガ科の多年草であるショウガ(Zingiber officinale)の根茎を用いることができる。抽出物を得るための原料としては、生鮮ショウガ、乾燥ショウガ、およびこれらの加工品が挙げられるが、6-ジンゲルジオールは乾燥させると生成が阻害されやすい(乾燥させると6-ジンゲロールが脱水して6-ショウガオールが生成される)ことから、原料としては生鮮ショウガを用いることが好ましい。例えば、飲料などに利用するための搾汁液を搾汁された搾り滓を好ましく利用できる。特に、この搾り滓は未利用資源として廃棄されていたものであり、その有効利用が図れる。
【0026】
ショウガの抽出方法としては、有機溶媒抽出、有機溶媒と水との混合溶媒抽出、超臨界抽出が挙げられる。有機溶媒としては、亜酸化窒素、アセトン、エタノール、エチルメチルケトン、グリセリン、酢酸エチル、酢酸メチル、ジエチルエーテル、シクロヘキサン、ジクロロメタン、食用油脂、1,1,2-テトラフルオロエタン、1,1,2-トリクロロエテン、二酸化炭素、1-ブタノール、2-ブタノール、ブタン、1-プロパノール、2-プロパノール、プロパン、プロピレングリコール、ノルマルヘキサン、水、メタノールなどが挙げられる。これらの中で抽出溶媒として油脂食品製造への使用が認められているノルマルヘキサンがショウガ搾り滓から後述する低温抽出に用いる溶媒として好ましい。
【0027】
上記抽出法において、6-ジンゲルジオールは、固相吸着剤などによってショウガ抽出物から分離されることが好ましい。固相吸着剤としては、シリカゲルが好ましく、一般に市販されているものを用いることができる。また、シリカゲルの平均粒子径は、例えば5μm~500μmを用いることができる。
【0028】
シリカゲルカラムクロマトグラフィーを行う場合、溶出溶媒には、溶媒同士が分離せず、かつシリカゲルに非可逆的に吸着されない溶媒ならば、いずれも使用できる。溶出溶媒として、例えば、ノルマルヘキサン、アセトン、エタノール、エチルメチルケトン、酢酸エチル、ジエチルエーテル、シクロヘキサンなどを用いることができる。溶出溶媒には1種のみを用いてもよく、また2種以上を混合した混合溶媒として用いてもよい。
【0029】
ショウガ抽出物からシリカゲルカラムクロマトグラフィーによって6-ジンゲルジオールを分離する手順の一例を以下に示す。ショウガ抽出物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーに供した後、まず、ノルマルヘキサンのみ(ノルマルヘキサン100%)で所定時間溶出させる。その後、ノルマルヘキサンとアセトンからなる混合溶媒(混合溶媒の割合は体積比で、例えばノルマルヘキサン:アセトン=(98:2~70:30)であり、ノルマルヘキサン:アセトン=(98:2~80:20)が好ましく、(98:2~85:15)がより好ましい)で所定時間溶出させる。そして、アセトンとエタノールからなる混合溶媒(混合溶媒の割合は体積比で、例えばアセトン:エタノール=(80:20~20:80)であり、アセトン:エタノール=(70:30~30:70)が好ましい)で所定時間溶出させることで、6-ジンゲルジオールを得ることができる。
【0030】
混合溶媒を用いた溶出では、高極性側の溶媒の割合を段階的または連続的に増やすグラジエント溶出を行ってもよい。上記のように、溶出溶媒の極性を段階的または連続的に上げていくことで、ショウガ抽出物に含まれる主な成分(各種ジンゲロール、各種ショウガオール、テルペン類化合物など)と6-ジンゲルジオールを分離して得ることができる。6-ジンゲルジオールは、これらの主な成分に比べて高極性の化合物である。
【0031】
なお、抽出法で6-ジンゲルジオールを得る場合、6-ジンゲルジオールとして、単離または精製された状態でないもの(粗抽出物)を用いてもよい。
【0032】
本発明の神経突起伸長促進剤は、6-ジンゲルジオール以外に、ショウガに含まれる成分を含んでいてもよい。6-ジンゲルジオール以外のショウガに含まれる成分としては、例えば、6-ジンゲロール、8-ジンゲロール、10-ジンゲロール、1-デヒドロ-6-ジンゲルジオン、6-ジンゲルジオンなどが挙げられる。これらの成分は、ショウガ由来成分であってもよい。例えば、6-ジンゲルジオールを抽出法によって得る場合、本発明の神経突起伸長促進剤には、6-ジンゲルジオールに加え、他のショウガ由来成分が含まれ得る。
【0033】
一方、神経細胞へのダメージなどの観点から、神経突起伸長促進剤は、ショウガに含まれる成分としてショウガオール類(例えば、6-ショウガオール)は含まないことが好ましい。ショウガオール類には、6-ショウガオール、8-ショウガオール、10-ショウガオールが含まれる。
【0034】
神経突起伸長促進剤の一形態として、6-ジンゲルジオールは、側鎖のC3およびC5の位置における立体異性体である、(3R,5S)体および(3S,5S)体を含む。この形態において、(3R,5S)体および(3S,5S)体の合計モル%は、6-ジンゲルジオールの総モル数(100モル%)に対して、50モル%以上であることが好ましく、60モル%以上であることがより好ましく、80モル%以上であることがさらに好ましい。
【0035】
また、神経突起伸長促進剤は、6-ジンゲルジオールとして、(3R,5S)体および(3S,5S)体のうち、一方の立体異性体を含むようにしてもよい。
【0036】
本発明の神経突起伸長促進剤は、例えば、上述した抽出法の手順に従って製造することができる。具体的には、ショウガの根茎より得られたショウガ抽出物をシリカゲルカラムクロマトグラフィーで溶出・分離し、所定の画分を濃縮して溶媒を除去することで得られる。得られた分画物は、そのまま用いることができる。また、適宜な溶媒に希釈して用いてもよく、さらに、吸着素材を用いて粉末状へ加工したり、ペースト状にして用いてもよい。
【0037】
本発明の神経突起伸長促進剤は、医薬品もしくは食品として、または医薬品もしくは食品に配合する素材として使用可能である。食品としては、神経変性疾患、認知症などの予防・改善や、記憶力の改善、学習機能の改善などを謳った、または表示した保健機能食品(特定保健用食品、機能性表示食品、栄養機能食品)などとして使用可能である。
【0038】
本発明の神経突起伸長促進剤を食品として用いる場合の形態としては、パン類、ケーキ類、麺類、菓子類、ゼリー類、冷凍食品、アイスクリーム類、乳製品、飲料などの各種食品などが挙げられる。種々の形態の食品を調製するには、本発明の神経突起伸長促進剤を単独で、または他の食品材料や、溶剤、軟化剤、油、乳化剤、防腐剤、香科、安定剤、着色剤、酸化防止剤、保湿剤、増粘剤などと適宜組み合わせて用いることができる。
【0039】
後述の実施例で示すように、6-ジンゲルジオールは神経突起の伸長促進作用を有することから、薬剤として有用である。具体的には、アルツハイマー病や、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症などの神経変性疾患の予防・治療剤として使用され得る。
【0040】
6-ジンゲルジオールを有効成分とする薬剤は、その使用目的に合わせて投与方法、剤型、投与量などを適宜決定することができる。薬剤の剤型としては、特に限定されないが、例えば、液剤、ローション剤、乳剤、軟膏剤、クリーム剤などの外用剤、錠剤、液剤、粉末剤などの経口剤、注射剤などが挙げられる。上記薬剤は、製剤の分野で一般的に用いられている公知の製造方法により製造される。上記薬剤には、必要に応じて、製剤分野において通常用いられる賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、界面活性剤、甘味剤、懸濁化剤、乳化剤、保存剤、着色剤、芳香剤、矯味剤、粘稠剤、安定剤などの添加剤を適宜、配合させることができる。
【0041】
また、本発明の神経突起伸長促進剤は、神経細胞の分化用試薬としても使用できる。後述の実施例で示すように、ラット副腎髄質褐色腫由来PC12細胞の神経細胞への分化には、NGF(神経成長因子)を加えずに、神経突起伸長促進剤を使用することで効果的に分化を促進することができる。
【実施例0042】
ショウガ原料として、搾汁液を搾汁されたショウガの搾り滓(含水率約75質量%)を準備した。この搾り滓60kgを-10℃以下に冷凍した。この冷凍原料を、体積で約2倍量のノルマルヘキサン(抽出溶媒)を加え、攪拌して破砕を行った後、0℃以下で15分間浸漬した。その後、ノルマルヘキサン溶液(層)を回収し、これを遠心薄膜濃縮装置および減圧蒸留装置を用いて、室温以下の温度でノルマルヘキサンを除去した。得られたショウガ抽出物は、ショウガをすりおろした後の爽やかな香気と、ショウガ特有の辛み成分とを有する褐色透明な油溶性液体であった。
【0043】
得られたショウガ抽出物の成分を高速液体クロマトグラフィー(以下、高速液体クロマトグラムを含めて、HPLCという)法により分析した。HPLCの測定条件は、カラムがWakosil ll-5C18HG φ4.6mm×250mmであり、移動相が含水アセトニトリルであり、30体積%アセトニトリルから90体積%アセトニトリルグラジエント(0-20分)、さらに90体積%アセトニトリルから30体積%アセトニトリルグラジエント(20-40分)であり、検出器は228nmの紫外吸光度検出器(カラム温度40℃)を用いた。移動相の流速は0.8mL/minで分析を行った。上記HPLCの結果を図1に示す。
【0044】
図1に示すように、上記ショウガ抽出物には、主な成分として、辛み成分である6-ジンゲロール、モノテルペンであるネラール、ネラールの異性体であるゲラニアール、8-ジンゲロール、6-ショウガオール、10-ジンゲロール、ジンギベレンなどが含まれている。なお、これらの成分がショウガ抽出物中の成分の大半を占めている。
【0045】
次に、上記ショウガ抽出物中の各成分を分離するため、シリカゲルオープンカラム(相互理化学硝子製作所製、φ20×300mm)による分取を行った。溶出液としては、最初にノルマルヘキサン単独からスタートし、その後、ノルマルヘキサンおよびアセトンの混合溶媒に変更し、アセトン比率を徐々に高め混合溶媒の極性を上げていき、更に、アセトンおよびエタノールの混合溶媒で溶出した後、最終的にエタノール単独でショウガ抽出物を溶出した。溶出溶媒ごとに採取して、合計で7画分を分取した。溶出条件の詳細を表1に示す。
【0046】
【表1】
【0047】
上記ショウガ抽出物(GHE)をノルマルヘキサンにて平衡化したシリカゲルカラムに供した。表1に示すように、ノルマルヘキサン単独で溶出させて画分1を採取し、ノルマルヘキサン:アセトン=(96:4)で溶出させて画分2を採取し、ノルマルヘキサン:アセトン=(93:7)で溶出させて画分3を採取し、ノルマルヘキサン:アセトン=(88:12)で溶出させて画分4を採取し、ノルマルヘキサン:アセトン=(85:15)で溶出させて画分5を採取し、アセトン:エタノール=(50:50)で溶出させて画分6を採取し、エタノール単独で溶出させて画分7を採取した。得られた各画分を、それぞれ濃縮して試験用分画物を得た。
【0048】
上記で得られた各分画物(画分1~画分7)を用いて、神経細胞のモデルとされる副腎髄質褐色腫由来PC12細胞に処理を行い、神経突起の伸長を評価した。
【0049】
<ラット副腎髄質褐色腫由来PC12細胞の培養>
PC12細胞は、コラーゲンIV(コーニング社製)をコーティングした8ウェルマルチウェルプレート(ibidi社製)にて培養した。前培養は10%馬血清・5%仔牛血清・50単位/mLペニシリン・50μg/mLストレプトマイシンを含むDMEM Low Glucose培地を用いて、37℃、5% COの加湿インキュベーター内で24時間培養した。神経細胞への分化誘導は、1%馬血清・50単位/mLペニシリン、50μg/mLストレプトマイシンを含むDMEM Low Glucose培地に置換することにより開始した。ショウガ抽出物から得たそれぞれの画分を誘導開始時に培地に懸濁し投与した。各画分を10ug/mLの終濃度で加え、37℃、5%CO下で7日間培養を行った。なお、陽性コントロールとしてはNGF(10ng/mL)刺激を行った。
【0050】
<神経突起伸長を認めたPC12細胞の数の計測>
神経突起がその細胞長より長くなったものを神経細胞への分化が誘導されたと判断した(参考文献:PLoS One、2011、6(11)、e28280)。実際の測定は、ImageJ画像解析ソフト(アメリカ国立衛生研究所)を用いて行った。撮影した視野における全細胞数に対する神経突起進展を認めた細胞数の割合(%)で、分化誘導の程度を算出した。図2(a)に各画分の撮影画像を示し、図2(b)に各画分において神経突起進展を認めた細胞数の割合を示す。
【0051】
図2に示すように、画分6(アセトン:エタノール=(50:50)で溶出したもの)に、神経突起の伸長促進作用が確認された。一方、残りの画分では、神経突起の伸長促進作用は確認されなかった。なお、陽性コントロールであるNGF刺激の場合、神経突起の伸長が認められた。
【0052】
次に、画分6の更なる分析を行った。画分6を細分画するべく、アセトン:エタノール=(50:50)で溶出した順に、画分6A、画分6B、画分6C、画分6Dを得た。これらの各画分を、それぞれ濃縮して試験用分画物を得た。
【0053】
上記で得られた各分画物(画分6A~画分6D)を用いて、神経突起の伸長促進作用を評価した。PC12細胞の培養および神経突起伸長を認めたPC12細胞の割合の算出は、上述の方法で実施した。図3(a)に各画分の撮影画像を示し、図3(b)に各画分において神経突起進展を認めた細胞数の割合を示す。
【0054】
図3に示すように、画分6Bのみに神経突起の伸長促進作用が顕著に認められた。
【0055】
神経突起の伸長が促進されるメカニズムには、NGF受容体を介した経路や細胞内cAMP増加によるProtein kinase AあるいはProtein kinase Cの活性化、そして最終的には転写制御因子であるサイクリックAMP応答配列結合タンパク質(CREB)のリン酸化による活性化を介した神経細胞特異的遺伝子群の発現誘導が知られている(上記参考文献参照)。図3の結果は、画分6Bに含まれる成分が、このような因子を活性化することで、神経突起の伸長促進作用を示したと考えられる。
【0056】
また、画分6Bの収率は、シリカゲルカラムに供したショウガ抽出物の量に対して約7%であった。更に、画分6Bから活性炭処理を行った画分は、1/10以下であり、この脱色処理した画分6Bの収率は全体に対して約0.4%であった。
【0057】
図4に示すように、画分6BのHPLCにおいて、RT15-16min付近とRT29-30min付近に特異的なピークPa、Pbが検出された。一方、他の画分には、これらのピークが検出されなかった。画分6Bに含まれる特異なピークの成分の同定を行ったところ、ピークPaが6-ジンゲルジオールであり、ピークPbが10-ショウガオールであることが分かった。なお、画分6Bの薄層クロマトグラフィー(TLC)分析では、クルクミンより極性が低い化合物が含まれることを確認しており、当該化合物がラジカル消去能を有する抗酸化化合物であったことから、これが10-ショウガオールであると考えられる。
【0058】
画分6Bについて、下記の条件でLC/MS分析を行った。
<液体クロマトグラフィー条件>
分析カラム:TSKgel ODS-100V(2mm i.d.×75mm、3μm)
カラム温度:40℃
移動相 :含水メタノール(10体積%メタノールから100体積%メタノールグラジエント(0-10分)
流速 :0.2mL/min
検出波長 :210nm、254nm、280nm
【0059】
図5に示すように、画分6Bに含まれる6-ジンゲルジオールは、(3R,5S)体および(3S,5S)体の混合物であり、RT8.97のピークが(3R,5S)体、RT9.13のピークが(3S,5S)体であった。この分析結果は、6-ジンゲロールより化学合成で調製した6-ジンゲルジオールとの結果(図6参照)と一致した。
【0060】
また、化学合成した6-ジンゲルジオールおよび6-ジンゲロールを用いて、PC12細胞における神経突起の伸長について、上記と同様に評価した。これらの化合物を、それぞれ10ug/mLの終濃度で加え、37℃、5%CO下で7日間培養を行った。培養後のPC12細胞の撮影画像を図7に示す。図7より、6-ジンゲルジオールでは、多くの細胞で神経突起の伸長が確認された。一方、6-ジンゲロールでは、神経突起の伸長促進作用は確認されなかった。
【0061】
上記の試験結果より、ショウガに含まれる成分の中で希少成分である6-ジンゲルジオールが神経細胞の伸長促進作用を示すことが分かった。
【0062】
<免疫蛍光染色法によるMap2タンパク質の検出>
続いて、PC12細胞を用いた上記試験において、PC12細胞が神経細胞に分化したことを確認するべく、Map2タンパク質の検出を行った。Map2タンパク質は、脊椎動物の神経細胞に多く存在する、構造安定性を制御する微小管関連タンパク質である。成熟した神経細胞では、樹状突起と細胞体に特異的に局在することから、これらのマーカーとして使用されている。
【0063】
画分6Bや6-ジンゲルジオールを用いて、上記試験の手順と同様にPC12細胞を37℃、5%CO下で7日間培養し、その後、4%パラホルムアルデヒド溶液で細胞を固定した。細胞標本をブロッキングした後、発現しているMap2タンパク質をMap2抗体で一次検出を行い、次いで二次抗体(赤紫)で検出を行った。その後、核をDAPI(青)で対比染色を行った。抗退色剤で標本を封入した後、蛍光顕微鏡下で細胞を観察し、イメージを撮影した(図8参照)。
【0064】
その結果、PC12細胞において、画分6Bと6-ジンゲルジオールがMap2タンパク質の発現を増加させており、6-ジンゲルジオールが実際に神経細胞への分化誘導を促進させることが分かった。
【0065】
<ゼブラフィッシュを用いた学習試験>
次に、試験動物としてゼブラフィッシュを用いて、学習試験として能動的回避試験を行った。この試験では、図9に示す試験装置を用いた。試験装置は、2つの領域A1、A2に区切られた水槽を有している。これら2つの領域は、通路を介してゼブラフィッシュが自由に行き来できるように構成されている。水槽の両側面には、緑色または白色に発光するLEDがそれぞれ設置され、各LEDによってそれぞれの領域が点灯される。また、領域を分けて電気刺激が与えられるように構成されている。
【0066】
まず、以下の1~3の操作を「1サイクル」とした。
1.12秒間、緑色LEDを点灯する(光刺激のみ)。
2.12秒間、緑色LEDの点灯領域に電気刺激を加え、白色LED点灯領域には電気刺激ない(緑色LEDは点灯したまま)。
3.12秒間、両方のLEDを白色点灯する(光刺激のみ)。
【0067】
また、上記1サイクルを10サイクル行って15分のインターバル期間(無刺激の期間)をおく操作を「1トライアル」とし、これを5トライアル実施した。このように一連の操作が繰り返し行われることによって、ゼブラフィッシュが学習し、光刺激の段階で次の電気刺激(緑色)を回避できる、つまり電気刺激の前に他方の領域に移動するようになる。試験では、[(回避した回数)/(試行数)]×100を回避率として算出し、この回避率によって学習機能を評価した。具体的には、ゼブラフィッシュ1匹当たり、計50回の試行を行い、回避した回数を50で割り、100を乗算して回避率とした。試験数はn=8~10匹とした。
【0068】
6-ジンゲルジオールを12.5mg/kg BWで2日おきに3回腹腔内投与し、開始日(S)および1週間後(day7)に上記試験を行った。開始日の回避率を100として、1週間後の回避率を算出した。結果を図10に示す。
【0069】
図10に示すように、6-ジンゲルジオールを投与した場合、回避率が顕著に向上した。6-ジンゲルジオールの神経突起の伸長促進作用によって、実際にゼブラフィッシュの学習機能が向上したと考えられる。
【0070】
ここで、ゼブラフィッシュの脳は、他の脊椎動物と比べて単純であるものの、その基本構造は、非常によく似ているとされており、前脳・中脳・後脳などの区別や、後脳が一連の節の構造からなっていることなど、哺乳類とも共通した特徴を有している。今回の結果は、6-ジンゲルジオールによる学習機能の向上がヒトにも期待できることを示唆している。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明の神経突起伸長促進剤は、6-ジンゲルジオールを含有することにより神経細胞の神経突起の伸長促進作用を有するので、神経変性疾患の予防および/または治療などに有効に用いることができる。また、6-ジンゲルジオールは、ショウガに含まれる成分であることから安全性も高く、新たな神経突起伸長促進剤として有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10