(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024172663
(43)【公開日】2024-12-12
(54)【発明の名称】燃料電池セパレータ用チタン基材及びその製造方法、並びに燃料電池セパレータ
(51)【国際特許分類】
H01M 8/0206 20160101AFI20241205BHJP
H01M 8/0228 20160101ALI20241205BHJP
C23C 10/28 20060101ALI20241205BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20241205BHJP
C23C 14/34 20060101ALI20241205BHJP
H01M 8/10 20160101ALN20241205BHJP
【FI】
H01M8/0206
H01M8/0228
C23C10/28
C23C14/06
C23C14/34
H01M8/10 101
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023090519
(22)【出願日】2023-05-31
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 俊樹
(72)【発明者】
【氏名】牧野 裕輝
(72)【発明者】
【氏名】水野 雅夫
【テーマコード(参考)】
4K028
4K029
5H126
【Fターム(参考)】
4K028CA01
4K028CB06
4K028CC06
4K028CD01
4K028CE01
4K029AA02
4K029AA24
4K029BA16
4K029BC01
4K029CA05
4K029DC03
5H126AA12
5H126BB06
5H126DD05
5H126DD14
5H126FF04
5H126GG02
5H126GG05
5H126HH01
5H126HH02
5H126JJ03
5H126JJ05
(57)【要約】
【課題】厳しい腐食環境であっても基材の腐食溶解を防止することができ、優れた導電性を維持することができる燃料電池セパレータ用チタン基材を提供する。
【解決手段】燃料電池セパレータ用チタン基材は、厚さ方向に直交する一対の面を有し、Taを含有する。Taの原子濃度は、一対の面のうち少なくとも一方の面から厚さ方向に平行に内方に向かって増加した後、減少する濃度分布を有し、Ta、Ti及びOの含有量を前記一方の面から前記厚さ方向に平行に内方に向かって測定し、測定位置におけるTaの原子濃度を[Ta]、前記測定位置におけるTiの原子濃度を[Ti]、前記測定位置における酸素の原子濃度を[O]とする場合に、[Ta]/[Ti]の最大値が0.65以上であるとともに、一方の面から15nmの位置から内方の領域において、[O]/([Ta]+[Ti])が0.50以下である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
厚さ方向に直交する一対の面を有し、Taを含有するチタン基材であって、
Taの原子濃度は、前記一対の面のうち少なくとも一方の面から前記厚さ方向に平行に内方に向かって増加した後、減少する濃度分布を有し、
Ta、Ti及びOの含有量を前記一方の面から前記厚さ方向に平行に内方に向かって測定し、測定位置におけるTaの原子濃度を[Ta]、前記測定位置におけるTiの原子濃度を[Ti]、前記測定位置における酸素の原子濃度を[O]とする場合に、
[Ta]/[Ti]の最大値が0.65以上であるとともに、
前記一方の面から15nmの位置から内方の領域において、
[O]/([Ta]+[Ti])が0.50以下、であることを特徴とする燃料電池セパレータ用チタン基材。
【請求項2】
少なくとも前記一方の面上に炭素膜を有することを特徴とする、請求項1に記載の燃料電池セパレータ用チタン基材。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の燃料電池セパレータ用チタン基材の製造方法であって、
厚さ方向に直交する一対の面を有するチタン箔における、少なくとも一方の面上にTa膜を形成する成膜工程と、
前記Ta膜が形成された前記チタン箔を、真空中又は不活性ガス雰囲気中において熱処理する熱処理工程と、を有することを特徴とする燃料電池セパレータ用チタン基材の製造方法。
【請求項4】
前記チタン箔は、表面に不働態皮膜を有し、
前記不働態皮膜を除去することなく、前記成膜工程を実施することを特徴とする、請求項3に記載の燃料電池セパレータ用チタン基材の製造方法。
【請求項5】
前記熱処理工程の後に、前記チタン箔における前記一方の面上に炭素膜を形成する炭素膜形成工程を有し、
前記炭素膜形成工程の前に、前記チタン箔をプレス成型する成型工程を有することを特徴とする、請求項3に記載の燃料電池セパレータ用チタン基材の製造方法。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の燃料電池セパレータ用チタン基材を有し、電池セルに含まれる燃料電池セパレータであって、
両面に電極層が形成された電解質膜と、前記電解質膜の両側に配置された一対のガス拡散層と、を外面側から挟持するように設けられ、
前記燃料電池セパレータ用チタン基材における前記一方の面が前記ガス拡散層に対向するように配置されていることを特徴とする、燃料電池セパレータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性に優れる固体高分子形燃料電池セパレータ用チタン基材及び製造方法、並びに該燃料電池セパレータ用チタン基材を用いた燃料電池セパレータに関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、水素と酸素との結合反応の際に発生するエネルギーを利用して発電する。そのため、省エネルギーと環境対策の両面から期待されている。固体高分子形燃料電池においては、固体高分子膜の両面に白金系触媒が塗布され、その外側の両面に、燃料ガスである水素と酸素とを触媒表面に均一に分配するガス拡散層とよばれる一対のカーボンペーパー又はカーボンクロスが配置されている。また、これらの固体高分子膜及びガス拡散層は、燃料ガスの流路が形成された集電板であるセパレータによって挟持されることにより、電池セルが構成されている。固体高分子形燃料電池は、これらの電池セルが複数積み重ねられることにより形成されており、低温作動、クイックスタート、高効率、小型軽量などの特徴を有することから、乗用車や家庭用の燃料電池に使用されている。
【0003】
特に、燃料電池を乗用車用として使用される場合に、燃料電池を搭載するスペースが限られているため、小型化が求められているとともに、燃費を向上させるために軽量化が求められている。また、乗用車の走行中の振動や衝撃に耐える必要があるため、セパレータとしては、薄肉化しても十分な強度が得られる金属材料が用いられている。
【0004】
近年、固体高分子形燃料電池は、商用車や鉄道、船、飛行機等(以下、商用車等のモビリティという。)への適用についての検討が進められている。これらの商用車等のモビリティの分野においても、燃料電池の軽量、耐震性が求められることから、金属材料からなるセパレータを用いることが検討されている。
【0005】
ところで、商用車等のモビリティは、乗用車に比べて長寿命化が要求される。例えば、商用車は、乗用車と比較して3~10倍程度の寿命が求められる。また、商用車等のモビリティは、乗用車と比較して高出力で長時間運転されるため、燃料電池が高温になる時間の割合も増加する。このため、水素イオンを伝導する固体高分子膜の分解が促進され、腐食性物質であるスルホン酸基やフッ素イオンがより多く溶出する。また、燃料電池が高温となる状態の時間の割合が増えるため、燃料電池の内部は過酷な酸性の腐食環境となる。したがって、商用車等のモビリティにおいて、燃料電池のセパレータは乗用車よりも過酷な腐食環境に長時間晒されることになる。
【0006】
このように、燃料電池の内部が過酷な腐食環境となると、セパレータの腐食によって金属イオンが放出される。金属イオンは固体高分子膜の水素イオン伝導を阻害し、水素のイオン化や水の合成の触媒となる白金系触媒を被毒するため、金属イオンの放出は、燃料電池性能を劣化させる原因となる。特に、鉄イオンは、最も燃料電池性能を劣化させる金属イオンの一つであり、加えて、燃料電池内で副反応として発生する過酸化水素と反応して固体高分子膜を分解するヒドロキシルラジカルを形成する。そこで、鉄イオンによる燃料電池性能の劣化や固体高分子膜の分解を防止するために、従来のセパレータ用基材としては、チタンやステンレスの耐食性金属材料が使用されている。
【0007】
また、セパレータは、燃料電池内で発生した電子をその表面を通して集めて流す役割を果たすため、表面の導電性が要求される。耐食性の金属材料は表面に不働態と言われる酸化皮膜が形成されることで耐食性を発揮するが、不働態皮膜は燃料電池内部の腐食環境では電気抵抗が上昇するため、一般的には、燃料ガス流路を形成するためのプレス成型を行った後に、導電性を有する耐食性皮膜の形成や表面処理を行う。
【0008】
しかし、導電性を有する耐食性皮膜を形成する処理を行っても、耐食性皮膜には必ずピンホールが存在する。したがって、セパレータ用基材としてチタンやステンレス等の材料を使用した場合であっても、過酷な腐食環境になると、ピンホール部から腐食が徐々に進行する。その結果、金属イオンの放出や、皮膜の剥離発生による表面の導電性低下により、燃料電池が劣化してしまう。
【0009】
また、セパレータの製造においては、耐食性皮膜の形成処理を行った後に、プレス成型を行う場合もある。この場合に、必ずコーティング層が割れて基材がむき出しになるため、腐食により金属イオンの放出が起こってしまう。
【0010】
特に、セパレータ用基材としてステンレスを使用すると、鉄イオンを放出するため、上記のとおり燃料電池の発電性能劣化に大きく影響する。一方、チタンはステンレスと比較して金属イオンとしての溶出が少なく、固体高分子膜の水素イオン伝導阻害や白金系触媒の被毒性も低いと言われているため、セパレータ用基材の材料としては、チタンを使用することが好ましい。しかし、商用車等のモビリティにおいては、燃料電池内部の環境によって、チタンを使用した場合であっても腐食が進行する。したがって、商用車等の長寿命化や高出力に対応するためには、セパレータ用チタン基材の耐食性をより一層向上する必要がある。
【0011】
例えば、特許文献1には、高耐食性を長期間維持することができる燃料電池のセパレータが提案されている。上記特許文献1に記載のセパレータは、表面に基材自身の酸化皮膜を有する金属の基材と、酸化皮膜の表面に形成された導電性薄膜と、を有し、酸化皮膜と導電性薄膜との間に、密着性、耐食性を高める中間層を有するものである。これにより、耐久性が得られ、導電性炭素膜にピンホールがあっても、酸化皮膜により基材の溶出が抑制され、高耐食性を得ることができる。
【0012】
また、特許文献2には、金属からなる基材層とその表面に配置された導電性薄膜層とを有する導電部材において、基材側への水分子の浸入を抑制・防止することにより、基材の腐食を抑制・防止できる導電部材が提案されている。上記特許文献2に記載の導電部材は、金属基材層と、金属基材層上に形成される緻密バリア層と、緻密バリア層上に形成される中間層と、中間層上に形成される導電性薄膜層と、を有するものである。そして、中間層に比して低い結晶配向性を有する緻密バリア層によって水の侵入を防止することによって、耐食性を改善することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2004-185998号公報
【特許文献2】特開2010-129303号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、上記特許文献1に記載のセパレータに対する耐食性の評価において、耐食性評価液がpH2の硫酸水溶液であり、チタンの腐食を促進するフッ素が添加されていない。したがって、基材の材料としてチタンを選択した場合に、耐食性の評価液をpH2の硫酸としたのみでは、高出力に対応した過酷な腐食環境で評価したとは言えない。例えば、80℃、pH2の硫酸水溶液にチタン基材を浸漬してもチタンは溶解しないが、80℃、pH2の硫酸水溶液に75ppm以上のフッ素が添加された溶液にチタン基材を浸漬すると、チタンは溶解する。金属チタン自身は耐食性が乏しいが、基材の表面にチタンの自然酸化皮膜である不働態皮膜が形成されることによって、耐食性が発揮される。チタンが溶解するということは、チタンの不働態皮膜が溶解して、金属のチタンがむき出しになるためである。ピンホールがあると、不働態皮膜が溶解して、そこからチタンの腐食が進行することによって、導電性薄膜が剥がれ、導電性も劣化する。
【0015】
また、緻密バリア層を有する導電部材においても、緻密バリア層のピンホールをゼロにすることは困難である。上記特許文献2には、例えば、アルミニウムからなる基材の表面に、Crからなる緻密バリア層を形成し、その上にCrからなる中間層を形成した実施例1が記載されている。そして、実施例1のサンプルを、80℃、pH4の硫酸水溶液70mL中に100時間浸漬して耐食性を評価した結果、比較例に比べると改善はされているものの、アルミニウムイオンが1.8ppm溶出している。この結果から、緻密バリア層にはピンホールが存在すると考えられる。
【0016】
このように、従来のセパレータ又は導電部材に形成された薄膜層で、基材を腐食環境から隔離して耐食性を確保しようとしても、薄膜層には必ずピンホールが存在するため、ピンホールに起因する腐食を防止することは困難である。
【0017】
本発明は、かかる問題点を鑑みてなされたものであって、厳しい腐食環境であるとともに、長寿命、高出力が要求される用途で使用される場合であっても、基材の腐食溶解を防止することができ、これにより、優れた導電性を維持することができる燃料電池セパレータ用チタン基材及びその製造方法、並びに該基材を用いた燃料電池セパレータを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明の上記目的は、燃料電池セパレータ用チタン基材に係る下記[1]の構成により達成される。
【0019】
[1] 厚さ方向に直交する一対の面を有し、Taを含有するチタン基材であって、
Taの原子濃度は、前記一対の面のうち少なくとも一方の面から前記厚さ方向に平行に内方に向かって増加した後、減少する濃度分布を有し、
Ta、Ti及びOの含有量を前記一方の面から前記厚さ方向に平行に内方に向かって測定し、測定位置におけるTaの原子濃度を[Ta]、前記測定位置におけるTiの原子濃度を[Ti]、前記測定位置における酸素の原子濃度を[O]とする場合に、
[Ta]/[Ti]の最大値が0.65以上であるとともに、
前記一方の面から15nmの位置から内方の領域において、
[O]/([Ta]+[Ti])が0.50以下、であることを特徴とする燃料電池セパレータ用チタン基材。
【0020】
また、燃料電池セパレータ用チタン基材に係る本発明の好ましい実施形態は、以下の[2]に関する。
【0021】
[2] 少なくとも前記一方の面上に炭素膜を有することを特徴とする、[1]に記載の燃料電池セパレータ用チタン基材。
【0022】
また、本発明の上記目的は、燃料電池セパレータ用チタン基材の製造方法に係る下記[3]の構成により達成される。
【0023】
[3] [1]又は[2]に記載の燃料電池セパレータ用チタン基材の製造方法であって、
厚さ方向に直交する一対の面を有するチタン箔における、少なくとも一方の面上にTa膜を形成する成膜工程と、
前記Ta膜が形成された前記チタン箔を、真空中又は不活性ガス雰囲気中において熱処理する熱処理工程と、を有することを特徴とする燃料電池セパレータ用チタン基材の製造方法。
【0024】
また、燃料電池セパレータ用チタン基材の製造方法に係る本発明の好ましい実施形態は、以下の[4]~[5]に関する。
【0025】
[4] 前記チタン箔は、表面に不働態皮膜を有し、
前記不働態皮膜を除去することなく、前記成膜工程を実施することを特徴とする、[3]に記載の燃料電池セパレータ用チタン基材の製造方法。
【0026】
[5] 前記熱処理工程の後に、前記チタン箔における前記一方の面上に炭素膜を形成する炭素膜形成工程を有し、
前記炭素膜形成工程の前に、前記チタン箔をプレス成型する成型工程を有することを特徴とする、[3]又は[4]に記載の燃料電池セパレータ用チタン基材の製造方法。
【0027】
また、本発明の上記目的は、燃料電池セパレータに係る下記[6]の構成により達成される。
【0028】
[6] [1]又は[2]に記載の燃料電池セパレータ用チタン基材を有し、電池セルに含まれる燃料電池セパレータであって、
両面に電極層が形成された電解質膜と、前記電解質膜の両側に配置された一対のガス拡散層と、を外面側から挟持するように設けられ、
前記燃料電池セパレータ用チタン基材における前記一方の面が前記ガス拡散層に対向するように配置されていることを特徴とする、燃料電池セパレータ。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、チタンが溶解するような過酷な燃料電池内部の腐食環境であっても、優れた耐食性を得ることができ、燃料電池セパレータに必要な表面導電性を高い値で維持することができる燃料電池セパレータ用チタン基材及びその製造方法、並びに該基材を用いた燃料電池セパレータを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】
図1は、本実施形態に係る燃料電池セパレータ用チタン基材の構造を示す模式図である。
【
図2】
図2は、本発明の実施形態に係る燃料電池セパレータを用いた電池セルを示す模式図である。
【
図3】
図3は、縦軸を各元素の原子濃度とし、横軸を測定深さとした場合の、基材No.1-1の元素分析の結果を表すグラフ図である。
【
図4】
図4は、縦軸を各元素の原子濃度とし、横軸を測定深さとした場合の、基材No.1-2の元素分析の結果を表すグラフ図である。
【
図5】
図5は、縦軸を各元素の原子濃度とし、横軸を測定深さとした場合の、基材No.1-3の元素分析の結果を表すグラフ図である。
【
図6】
図6は、縦軸を各元素の原子濃度とし、横軸を測定深さとした場合の、基材No.1-4の元素分析の結果を表すグラフ図である。
【
図7】
図7は、縦軸を各式により得られる値とし、横軸を測定深さとした場合の、基材No.1-1の原子濃度比を示すグラフ図である。
【
図8】
図8は、縦軸を各式により得られる値とし、横軸を測定深さとした場合の、基材No.1-2の原子濃度比を示すグラフ図である。
【
図9】
図9は、縦軸を各式により得られる値とし、横軸を測定深さとした場合の、基材No.1-3の原子濃度比を示すグラフ図である。
【
図10】
図10は、縦軸を各式により得られる値とし、横軸を測定深さとした場合の、基材No.1-4の原子濃度比を示すグラフ図である。
【
図11】
図11は、基材No.3-1~3-4についての電位-電流密度曲線の測定結果を示すグラフ図である。
【
図12B】
図12Bは、接触抵抗測定器により測定される試験材料を示す上面図である。
【
図13】
図13は、縦軸を接触抵抗とし、横軸を浸漬日数とした場合の、接触抵抗と浸漬日数との関係を示すグラフ図である。
【
図14】
図14は、縦軸を熱処理時間とし、横軸をヒータ設定温度とした場合の、熱処理条件による判定結果を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「本実施形態」という。)について、詳細に説明する。なお、本発明は、以下で説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。
また、本明細書において、数値範囲を示す「~」とは、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
【0032】
[燃料電池セパレータ用チタン基材]
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、フッ素が含有される過酷な腐食環境下において、特にTaが極めて効果的に耐食性を向上させる元素であることを見出した。また、本発明者らは、基材の表面領域におけるTa、Ti及びOの原子濃度分布も、基材の耐食性に大きく影響を及ぼすことを見出した。以下、本実施形態に係る燃料電池セパレータ用チタン基材について、詳細に説明する。なお、本明細書において、燃料電池セパレータ用チタン基材を、単にチタン基材ということがある。
【0033】
<燃料電池セパレータ用チタン基材の構造>
図1は、本実施形態に係る燃料電池セパレータ用チタン基材の構造を示す模式図である。チタン基材1は、厚さ方向に直交する一対の面を有し、Taを含有する。
図1に示すように、チタン基材1の一方の面1aにおける任意の位置Psから、チタン基材1の厚さ方向に平行に内方に向かってTaの含有量を測定した場合に、Taの原子濃度は特有の濃度分布を有する。具体的に、Taの原子濃度は、チタン基材1における一対の面のうち少なくとも一方の面1aの位置Psから厚さ方向に平行に内方に向かって増加し、位置Phにおいて最大値をとり、その後、さらに位置Psから離隔した位置Pdに向かって減少する濃度分布を有する。
【0034】
また、本実施形態に係るチタン基材1においては、一方の面1aにおける任意の位置Psから、チタン基材1の厚さ方向に平行に内方に向かってTa、Ti及びOの含有量を測定した場合に、これらの原子の含有量は特有の式を満足するものである。Ta、Ti及びOの含有量の関係について、より詳細に説明する。なお、本明細書において、チタン基材1の一方の面1aから厚さ方向に平行に内方に向かって、Ta、Ti及びOの含有量を測定した場合に、ある測定位置におけるTaの原子濃度を[Ta]、上記測定位置におけるTiの原子濃度を[Ti]、上記測定位置における酸素の原子濃度を[O]と表すものとする。すなわち、以下に示す式は、互いに同一の深さ位置で測定したTa、Ti及びOの含有量を用いて算出される。
【0035】
([Ta]/[Ti]の最大値:0.65以上)
[Ta]/[Ti]の最大値とは、Tiに対するTaの含有量の比が最も大きい値を表し、[Ta]/[Ti]の最大値が0.65未満であると、Taによる耐食性向上の効果を十分に得ることができない。具体的には、チタン基材1が、チタンが溶ける厳しい腐食環境(例えば、pH2硫酸水溶液に75ppmのフッ素を添加した80℃の溶液)に晒された場合に、チタンが溶解し、燃料電池の性能が劣化する。[Ta]/[Ti]の最大値が0.65以上であると、チタンがTaによって不働態化するため、チタンの溶解を抑制することができる。したがって、[Ta]/[Ti]の最大値は、0.65以上とし、0.70以上とすることが好ましく、0.74以上とすることがより好ましい。
【0036】
([O]/([Ta]+[Ti]):0.50以下)
製造方法についての詳細は後述するが、本実施形態に係るチタン基材1は、チタン箔の表面にTa皮膜を形成して、加熱することにより製造される。一般的に、チタン箔の表面には不働態皮膜(チタンの酸化膜)が形成されているため、不働態皮膜の上にTa皮膜を形成すると、Ta皮膜とチタン箔との間に不働態皮膜が存在する。不働態皮膜が存在すると、Ta皮膜の密着性が低下し、プレス成型される前でもTa皮膜が剥離して、所望の耐食性を得ることができない。また、Ta皮膜を形成した後に剥離が発生しない場合であっても、セパレータの形状にプレス成型されるときにTaが剥離してしまい、耐食効果が得られない。したがって、Ta皮膜とチタン箔との界面における不働態皮膜は、チタン基材1においては存在しないことが好ましい。
【0037】
本実施形態においては、チタン基材1の所定の領域Rにおける不働態皮膜の有無を、Ta濃度とTi濃度との合計量に対する酸素濃度によって規定している。ただし、チタン基材1の表面には、厚さが10nm程度の不働態皮膜が形成されており、この不働態皮膜の影響を受けて、表面の領域では酸素濃度が上昇している。したがって、本実施形態においては、チタン基材1の一方の面1a上における任意の位置Psから15nm内方に向かった位置を位置P15とし、位置P15から内方の領域Rにおける酸素濃度を規定する。この領域において、[O]/([Ta]+[Ti])が0.50を超えると、チタン基材1の内部に不働態皮膜が残存していると考えられ、所望の耐食効果を得ることができない。したがって、位置P15から内方の領域Rにおいて、[O]/([Ta]+[Ti])の最大値は、0.50以下とし、0.35以下とすることが好ましく、0.25以下とすることがより好ましい。
【0038】
なお、Ta、Ti及びOの含有量を測定する領域Rの範囲が大きくなりすぎると、チタン基材1の他方の面(図示せず)に形成された不働態皮膜の影響を受けて、酸素濃度が上昇することがある。したがって、上記元素の含有量を測定する領域Rは、位置P15から、[Ta]が下がり始める深さの5倍までの領域とする。
【0039】
([C]≦{([Ta]+[Ti])av}/3)
上述のとおり、本実施形態に係るチタン基材1は、上記範囲内で酸素を含有していてもよいが、Taを含有する領域において、さらに炭素を含有していてもよい。酸素や炭素は、TaやTiに固溶する量を超えると、TaやTiと結合して酸化物や炭化物を形成する。特に、炭化物が形成されると、チタン基材1の耐食性が低下するため、炭素の含有量は少ない方が好ましいため、以下の式を満足することが好ましい。
[C]≦{([Ta]+[Ti])av}/3
また、以下の式を満足することがより好ましい。
[C]≦{([Ta]+[Ti])av}/7
【0040】
ただし、上記式において、[C]とは、チタン基材1の一方の面1a上における任意の位置Psから150nm内方に向かった位置P150までの領域において測定される炭素の原子濃度を表している。また、([Ta]+[Ti])avとは、位置Psから位置P150までの領域における[Ta]と[Ti]の合計量の平均値を表している。
【0041】
(炭素膜)
本実施形態に係るチタン基材1は、少なくとも一方の面1a上に、不図示の炭素膜(DLC膜:ダイヤモンドライクカーボン膜)を有することが好ましい。DLC膜は優れた導電性を有するとともに、腐食環境に晒された場合であっても、優れた耐食性を有するため、チタン基材1がDLC膜を有することにより、優れた導電性を維持することができる。
【0042】
[燃料電池セパレータ用チタン基材の製造方法]
本実施形態に係る燃料電池セパレータ用チタン基材の製造方法は、厚さ方向に直交する一対の面を有するチタン箔における、少なくとも一方の面上にTa膜を成膜する成膜工程と、Ta膜を有する上記チタン箔を、真空中又は不活性ガス雰囲気中において熱処理する熱処理工程と、を有する。以下に、燃料電池セパレータ用チタン基材の製造方法について、より詳細に説明する。
【0043】
<チタン箔の準備>
まず、Ta膜を形成するためのチタン箔を準備する。本実施形態において使用することが好ましいチタン箔については、後に詳述する。チタン箔の表面には、通常、不働態皮膜が存在する。一般的に、チタン箔の表面に気相成膜法により膜を形成する場合に、チタン箔の表面をArイオン等でスパッタして、密着性低下の原因となる表面の不働態皮膜を除去する工程が必要となる。本実施形態においては、後述する熱処理により不働態皮膜を消失させ、膜とチタン箔との密着性を向上させることができるため、不働態皮膜を除去する工程を実施しても実施しなくてもよい。
【0044】
ただし、Arイオンスパッタにより、チタン箔表面の不働態皮膜を除去する場合に、チタンの酸化物である不働態皮膜は、スパッタによる除去速度が遅い。また、真空チャンバの内表面には水分が吸着しているため、不働態皮膜の除去工程において、スパッタによりゆっくりと放出される水分中の酸素がチタン箔の表面に吸収される。これにより、不働態皮膜が除去された箇所から直ちに新たな不働態皮膜が再生するため、完全に不働態皮膜を除去するためには時間を要する。したがって、本実施形態においては、表面に不働態皮膜を有するチタン箔に対して、不働態皮膜を除去することなく、後述の成膜工程を実施することが好ましい。その結果、チタン基材の生産性を向上させることができるとともに、製造コストを低減することができる。
【0045】
<成膜工程>
成膜工程において、チタン箔の少なくとも一方の面上にTa膜を形成する。成膜の方法としては、気相成膜法が挙げられる。気相成膜法には、スパッタリング法やイオンプレーティングなどの物理蒸着法(PVD法:Physical Vapor deposition法)、プラズマCVD法などの化学蒸着法(CVD法:Chemical Vapor deposition法)がある。本発明において使用する成膜方法としては、Ta膜を成膜できる方法であれば特に限定されないが、膜厚を高精度に形成できる観点からは、スパッタリング法やイオンプレーティングを使用することが好ましい。
【0046】
(Ta膜の膜厚)
成膜工程において形成するTa膜の膜厚は特に限定されないが、5nm以上とすると、得られるチタン基材の表面領域におけるTa、Ti、Oの比率を上記範囲にするための熱処理条件等の設定裕度を大きくすることができる。したがって、Ta膜の膜厚は5nm以上とすることが好ましく、10nm以上とすることがより好ましく、20nm以上とすることがさらに好ましい。一方、Ta膜の膜厚を厚くしすぎると、生産性が低下してコストが高くなる。したがって、Ta膜の膜厚は、例えば、200nm以下とすることが好ましく、150nm以下とすることがより好ましく、100nm以下とすることがさらに好ましい。
【0047】
<熱処理工程>
次に、Ta膜が形成されたチタン箔を、真空中又は不活性ガス雰囲気中において、例えば620℃~800℃の基材温度、8秒~50秒の時間で熱処理を実施する。なお、成膜工程の前に不働態皮膜を除去する工程を実施していない場合には、チタン箔の表面に不働態皮膜が存在し、この不働態皮膜上にTa膜が成膜されている。そこで、Ta膜とチタン箔との間に不働態皮膜が存在する状態で、これを真空中又は不活性ガス雰囲気中において加熱すると、まず、不働態皮膜中の酸素がチタン箔中又はTa膜中に拡散吸収されて、不働態皮膜が消失する。その後、さらに熱処理を続けると、チタン箔中のチタンとTa膜中のTaとが相互拡散することによって、Ta膜がチタン基材に強固に密着される。
【0048】
(熱処理条件)
熱処理工程は、真空中又はAr等の不活性ガス雰囲気中で実施される。なお、Ta膜が酸化してTa2O5となることを防止するために、熱処理工程における雰囲気の酸素分圧を抑制することが好ましい。具体的には、熱処理工程における酸素分圧を0.01Pa以下にすることが好ましい。
【0049】
なお、熱処理工程における種々の条件を適切に制御することにより、[Ta]/[Ti]の最大値及び[O]/([Ta]+[Ti])の値を制御することができる。例えば、Ta膜の膜厚に基づいて熱処理工程における加熱温度と加熱時間を調整することにより、上記値を制御することができる。具体的には、Ta膜の膜厚が薄い場合に、加熱温度が高すぎる、又は処理時間が長すぎると、TaとTiの相互拡散が進みすぎて、[Ta]/[Ti]の最大値が0.65未満となることがある。したがって、Ta膜の膜厚が薄い場合は、低い加熱温度又は短い加熱時間で、熱処理工程を実施することが好ましい。一方、加熱温度が低すぎる場合、又は加熱時間が短すぎる場合には、Ta膜とチタン箔との間に存在する不働態皮膜が完全に消失しないことがある。したがって、Taの膜厚が厚い場合に、高い加熱温度又は長い加熱時間で、熱処理工程を実施することが好ましい。
【0050】
また、熱処理が真空中で行われる場合に、ヒータからの輻射で基材が加熱されるため、ヒータの材質、すなわちヒータの輻射率や、ヒータとチタン箔との配置関係によっても、加熱温度及び加熱時間を制御することが好ましい。
【0051】
さらに、チタン箔の厚さによっても、TaとTiとの相互拡散の度合いや、不働態皮膜中の酸素のチタン箔への吸収の度合いが変化する。したがって、チタン箔の厚さに基づいて、加熱温度及び加熱時間を設定することにより、上記式により算出される値を制御することができる。例えば、一定温度に加熱された2枚の平板のカーボンヒータの間に0.1mmの厚さのチタン箔を挿入して加熱する場合に、不働態皮膜を消失させるためには、ヒータの設定温度が600℃であれば,挿入時間は20秒以上とすることが好ましい。また、ヒータの設定温度が650℃であれば、12秒以上とすることが好ましく、700℃であれば、8秒以上とすることが好ましい。なお、チタン箔の温度は、チタン箔をヒータ間に挿入した直後から上昇し、30秒以上でヒータとほぼ同じ温度まで上昇する。このため、30秒以内でチタン箔をヒータから抜き取ると、ヒータ温度まで上昇する途中で冷却されることになる。したがって、30秒以内でヒータ間からチタン箔を抜き取ると、チタン箔の温度は、ヒータ設定温度まで上昇しない。このように、ヒータの輻射率、すなわちヒータ材質やチタン箔の厚さが変わると、チタン箔がヒータ設定温度に上昇するまでの時間が変わるため、ヒータ材質やチタン箔の厚さによっても、処理時間を調整することが好ましい。
【0052】
<炭素膜形成工程>
本実施形態においては、上記熱処理工程によって得られたチタン基材における、少なくともTa膜が形成された面上に炭素膜(DLC膜)を形成することが好ましい。炭素膜の形成方法としては、物理蒸着法(PVD法:Physical Vapor Deposition)を使用することができる。PVD法を使用すると、グラファイト等の固体の炭素ターゲットを使用して炭素を蒸発させ、Ta膜を形成して熱処理することにより得られたチタン基材に、炭素膜を成膜することができる。特に、アークイオンプレーティング法(以下、AIP法という。)を使用すると、炭素膜の成膜速度が速く、得られる炭素膜の導電性が高いため、AIP法を使用することが好ましい。
【0053】
AIP装置を使用して炭素膜を成膜する場合に、まず、AIPチャンバ内にArを導入した後、回転テーブルを回転させた状態で、タングステンフィラメントに電流を流して赤熱させる。次に、タングステンフィラメントとTaを成膜して熱処理したチタン基材との間に、基材側がマイナスとなるようにバイアス電圧を印加する。これにより、Ta膜を形成して熱処理されたチタン基材の表面に、Arイオンを衝突させて、チタン基材表面の汚れと、表面に形成されたTaやTiの不働態皮膜をスパッタ除去する。その後、回転テーブルを回転させた状態で、カーボンターゲットとAIPチャンバとの間にアーク放電を発生させて、炭素原子を放出させることにより、チタン基材の表面に炭素膜を成膜することができる。
【0054】
AIP法を使用する場合に、放出される炭素原子のイオン化率が高いため、チタン基材にマイナスのバイアス電圧を印加すると、得られる炭素膜の緻密化が促進される。ただし、一般的に、チタン基材に約100Vのバイアス電圧を印加したときに、膜応力が最も高くなり、それ以上のバイアス電圧を印加すると、温度も上昇するため膜応力が低くなる。したがって、膜応力が高くなることによる炭素膜の密着性低下を抑制するためには、炭素膜の成膜時にチタン基材に印加するバイアス電圧は、50V以下とするか、又は150V以上とすることが好ましい。
【0055】
また、成膜された炭素膜中には、不純物である水素や酸素は、できるだけ少ない方が好ましい。炭素膜中の水素や酸素の含有量が多いと、炭素膜の導電性が低くなる。その結果、セパレータ同士の接触抵抗が高くなり、発電ロスとなる。スパッタリング法やAIP法等のPVD法により炭素膜を成膜する場合に、炭素膜に取り込まれる水素や酸素源は、チャンバの内表面に吸着している水分であることが多い。したがって、炭素膜を成膜する前に、チャンバを加熱するなどして、チャンバの内表面に吸着している水分を除去することが好ましい。
【0056】
炭素膜の厚さが5nm未満であると、炭素膜のピンホールが多くなり、ピンホールにより露出したチタン基材の表面に不働態皮膜が形成される。その結果、徐々にピンホール周囲に不働態皮膜の形成が広がって、ピンホール周囲の炭素膜に剥離が発生することがある。このように、ピンホールが多いと、いたるところで炭素膜の剥離が生じて導電性が低下する恐れがある。したがって、炭素膜の厚さは5nm以上であることが好ましく、10nm以上であることがより好ましい。
【0057】
一方、炭素膜の厚さが100nmを超えると、膜応力が大きくなり、炭素膜の剥離が生じる危険性が高まるとともに、成膜時間も長くなるため、生産性の低下やコストアップにつながる。したがって、炭素膜の厚さは100nm以下であることが好ましく、80nm以下であることがより好ましい。
【0058】
なお、上記チタン基材は、燃料電池セパレータ用であり、セパレータとしての形状にプレス成型する必要がある。本実施形態において、チタン基材の表面に炭素膜を形成する場合に、炭素膜とチタン基材との密着性は弱いため、炭素膜を形成した後にチタン基材をセパレータ形状にプレス成型すると、炭素膜が剥離することがある。したがって、炭素膜形成工程の前に、チタン箔をプレス成型する成型工程を有することが好ましい。
【0059】
ここで、本実施形態に係る燃料電池セパレータ用チタン基材の製造方法において、チタン基材の材料として使用することが好ましいチタン箔について、以下に説明する。
【0060】
(チタン箔)
チタン箔は、純チタンからなるものであることが好ましい。純チタンからなるチタン箔を用いることにより、チタン合金からなるチタン箔を用いる場合と比較して、プレス成型性を向上させることができる。なお、チタン箔が純チタンからなるものであっても、不純物が多いと、焼鈍後のプレス成型性が低下するとともに、焼鈍処理工程において、プレス成型性を低下させるβ相が析出しやすくなる。したがって、チタン箔中の不純物は少ない方が好ましい。
【0061】
チタン箔に含有される不純物成分の含有量は、Fe:0.15質量%以下、O:0.15質量%以下、C:0.08質量%以下、N:0.03質量%以下であることが好ましい。また、特にFe及びOは、焼鈍処理工程においてβ相を析出させやすい元素であるため、Fe:0.1質量%以下、O:0.1質量%以下であることがより好ましく、Fe:0.08質量%以下、O:0.08質量%以下であることがさらに好ましい。
【0062】
チタン箔の厚さが0.05mm未満であると、基材が薄くなりすぎて、プレス成型で破れる可能性がある。したがって、チタン箔の厚さは、0.05mm以上であることが好ましく、0.08mm以上であることがより好ましい。一方、チタン箔の厚さが増加するにしたがって、水素や酸素ガスの微細な流路幅が狭くなり、ガスが流れにくくなる可能性がある。また、チタン箔の厚さが0.3mmを超えると、所望の流路幅を確保するために、燃料電池セパレータを大きくする必要があり、その結果、燃料電池が大きくなり、コストアップにつながる。したがって、チタン箔の厚さは、0.3mm以下であることが好ましく、0.15mm以下であることがより好ましい。
【0063】
Ta膜を成膜する前のチタン箔には、プレス成型を可能にするために焼鈍が実施される。焼鈍条件については、上記熱処理工程における熱処理条件に応じて設定することが好ましい。セパレータを形成するためのプレス成型では、チタン箔の焼鈍後の上記熱処理工程によりチタンの結晶粒成長が進む。結晶粒が大きくなりすぎると、プレス成型でチタンが割れる場合がある。一方、チタンの結晶粒成長が足りない場合は、プレスした後にスプリングバックが起こり、燃料電池のセル化に必要なセパレータの平坦度が得られなかったり、設計通りの流路形状が得られず狙いの発電性能が得られなかったりするからである。
【0064】
[燃料電池セパレータ]
図2は、本発明の実施形態に係る燃料電池セパレータを用いた電池セルを示す模式図である。
図2に示すように、固体高分子膜(電解質膜)51の厚さ方向に直交する両面に、白金触媒(電極層)52が配置され、さらにその両面に、一対のカーボンペーパー(ガス拡散層)53が配置されている。そして、これらを外面側から挟持するように、本実施形態に係る燃料電池セパレータ10が配置され、電池セル50が構成されている。なお、一対の燃料電池セパレータは、不図示の導線を介してモータ等に接続されている。
【0065】
このように構成された電池セル50において、一方の燃料電池セパレータ10とカーボンペーパー53との間に形成された流路溝にH2ガスが供給されると、カーボンペーパー53を介してH2ガスが拡散され、白金触媒52に到達する。ここで、H2ガスが白金触媒52により水素イオンH+となり、固体高分子膜51の内部を透過した後、白金触媒52に到達する。他方の燃料電池セパレータ10とカーボンペーパー53との間に形成された流路溝には、O2ガスが供給されており、白金触媒52によりH2Oが合成され、排出される。このように、水素イオンの移動により、電子e-が水素イオンと逆方向に移動するため電流が発生し、モータ等を駆動することができる。
【0066】
本実施形態に係る燃料電池セパレータ10は、上述の本実施形態に係る燃料電池セパレータ用チタン基材1を有し、H2ガスやO2ガスの流路、及び後述する冷却水の流路を構成するため、プレス成型されている。そして、一方の面1a(Ta膜が形成された面)がカーボンペーパー53に対向するように、燃料電池セパレータ用チタン基材1が配置される。
【0067】
上述のとおり、商用車等のモビリティにおいて、燃料電池が高温になる時間が増加するため、水素イオンを伝導する固体高分子膜の分解が促進され、腐食性物質であるスルホン酸基やフッ素イオンがより多く溶出する。本実施形態に係る燃料電池セパレータ用チタン基材1は、フッ素を含む厳しい酸性環境下であっても、著しく優れた耐食性を有するため、チタン基材1を含む燃料電池セパレータ10は優れた耐食性を有するものとなる。また、本実施形態に係る燃料電池セパレータ10を有する燃料電池は、長寿命で耐久性が優れたものとなり、商用車等のモビリティにおいて好適に使用することができる。
【実施例0068】
以下、本実施形態に係る燃料電池セパレータ用チタン基材の実施例及び比較例について説明する。
【0069】
〔実施例1〕
実施例1では、種々の構造及びTa、Oの濃度分布を有する基材について、耐食性を評価する実験を行った。
【0070】
[耐食性評価用チタン基材の製造]
<Ta膜成膜前の準備>
0.1mmの厚さに圧延したチタン箔を、50mm×50mmの大きさに切り出し、成膜試験用試験片とした。なお、チタン箔としては、化学成分の規格値が、Fe:0.10質量%、O:0.08質量%、C:0.08質量%、N:0.03質量%であるものを用いた。
【0071】
上記成膜試験用試験片に、成膜時間を変化させてTa膜を形成することにより、Ta膜の成膜時間を測定した。まず、小数点以下4桁が測定可能な電子天秤を使って、上記成膜試験用試験片の重量を測定した。その後、直流スパッタ装置チャンバ内のTaターゲット(直径10cm×厚さ0.5cm)から13cm離れた基材設置位置に、Taターゲット面と成膜試験用試験片の表面とが対向するようにセットした。Taターゲットと成膜試験用試験片との中間のシャッターは閉じた状態とした。真空ポンプでチャンバ内の圧力が6.65×10-4Pa以下になるまで引いた後、Arガスを導入してチャンバ内圧力を0.27Paに調整した。その後、直径10cmのTaターゲットに直流で300Wの電力を印加して、5分間Taターゲット表面をスパッタしてクリーニングした後、シャッターを開いてTa膜の成膜を開始した。100秒後にシャッターを閉じてTa膜の形成を終了した。
【0072】
その後、チャンバからTa膜を形成した成膜試験用試験片を取り出して、電子天秤で重量を測定し、Ta膜形成前の成膜試験用試験片の重量を引いて、Ta膜の重量を算出した。成膜試験用試験片の厚みは0.1mmに対して数%の誤差であることから、成膜試験用試験片の重量をチタンの密度(4.51g/cm3)と0.1mmで割ることにより、成膜試験用試験片の面積を数%の誤差精度で算出した。このようにして求めた成膜試験用試験片の面積とTaの密度(16.7g/cm3)でTa膜の重量を割ることにより、形成されたTa膜の膜厚を算出した。
【0073】
同様にして、Ta膜の成膜時間を200秒と300秒に変えて、Ta膜の形成とTa膜の膜厚の算出を行った。横軸に成膜時間、縦軸にTaの膜厚を取って、上記の3つの成膜時間に対するTa膜厚をプロットした結果、原点を通る直線が相関係数0.9998で得られ、Ta膜厚が成膜時間に比例することが示された。グラフの傾きからTaの成膜速度は0.41nm/秒であることが分かった。そして、狙いの膜厚を、得られた成膜速度で割ることにより、狙いの膜厚が得られる成膜時間を求めて、以後成膜を行った。
【0074】
<成膜工程>
上記成膜試験用試験片に使用したものと同一の、0.1mmの厚さに圧延したチタン箔を準備し、圧延方向の長さが110mm、幅方向の長さが60mmの大きさとなるように切り出してチタン箔試験片を作製した。そして、チタン箔試験片を直流スパッタ装置チャンバ内にセットし、上記Ta膜成膜試験と同様にしてTa膜の成膜を行った。
【0075】
Ta膜の膜厚は10nm、20nm、150nmとなるように、成膜時間を設定した。Ta膜の膜厚を10nmとするチタン箔試験片と、20nmとするチタン箔試験片に対しては、試験片の両面にTa膜を形成した。すなわち、一方の面に成膜した後、チタン箔試験片を裏返してもう一度Ta膜を形成した。Ta膜の膜厚を150nmとするチタン箔試験片に対しては、片面にのみにTa膜を形成した。なお、狙いの膜厚を0.41nm/秒で割ると割り切れない場合が殆どであるため、小数点以下は四捨五入して成膜時間を決定した。このため、狙いの膜厚に対しては0.2nm以下程度の膜厚誤差が発生するが、誤差は小さいので無視した。
【0076】
<熱処理工程>
10nm、20nm、150nmの厚さでTa膜を形成したチタン箔試験片に対して、以下のようにして熱処理を行った。まず、サンプル設置室と加熱室を持ち、かつ両室間をサンプルが搬送できる機構を持つ真空熱処理炉のサンプル設置室の基板設置トレイにTa膜を形成したチタン箔試験片を1枚乗せて、熱処理炉内を真空に引いた。その後、炉内のヒータのスイッチを入れてヒータ温度が740℃となるように加熱を行った。加熱室には、20cm×40cmの大きさの平板のカーボンヒータが7cm離れた間隔で平行に設置されている。炉内の真空度が0.01Pa以下となったところで、チタン箔試験片を載せたトレイを2枚のヒータ間の中央に挿入し、40秒加熱した後、元のサンプル設置室に戻して冷却して熱処理を終了し、チタン基材を得た。ここで、10nm、20nm、150nmの厚さでTa膜を形成したものを、それぞれ、基材No.1-1、基材No.1-2、基材No.1-3とした。また、150nmの厚さでTa膜を形成したチタン箔試験片に対して、上記熱処理を実施しなかったものを、基材No.1-4とした。
【0077】
なお、チタン箔試験片に熱電対をスポット溶接して、ヒータ温度を530℃~590℃に設定して2分間の熱処理を実施することにより、チタン箔試験片の温度の上昇度合いを観測した。その結果、チタン箔試験片は、ヒータ設定温度よりも20℃~25℃だけ高い温度まで上昇し、その後ほぼ一定の温度となった。チタン箔試験片の収斂温度は、ヒータ設定温度よりも20℃~25℃高くなっていることから、ヒータ温度を740℃に設定した場合も、チタン箔試験片の収斂温度は760℃~765℃になると思われる。
【0078】
<元素分析>
得られた基材No.1-1~1-4のチタン基材に対して、X線光電子分光分析装置(XPS:X-ray photoelectron spectrometer)を使用して、深さ方向の元素分析を行った。XPS分析は、アルバックファイ製Quanteraを用い、X線源には単色化AlKα線(1486.7eV)を用いた。分析領域は、チタン基材の表面の任意の位置における直径200μmの円形領域で、最表面の元素分析を行った後、Arイオンで深さ方向にスパッタを行い、一定スパッタ深さ毎に、Ti、Ta、O、C、Nの組成を分析した。スパッタレートは、SiO2換算の値を使用した。
【0079】
基材No.1-1及び基材No.1-2については、表面から10nmの深さまでは約2nmの間隔で、10~40nmの深さでは約3nmの間隔で、40~65nmの深さでは約5nm間隔で、それ以降の深さでは約10nmの間隔で分析を行った。また、基材No.1-3については、表面から15nmの深さまでは約5nm間隔で、15~115nmの深さでは約10nm間隔で、115~302nmの深さでは約17nm間隔で、それ以降の深さでは約25nm間隔で分析した。基材No.1-4については、表面から160nmの深さまでは約5nm間隔で分析し、160~200nmの深さでは約10nm間隔で、それ以降の深さでは約17nmの間隔で分析した。上記よりも粗くすると、例えばTaとチタン箔界面の酸素の最も高いピーク組成が分析されずにスパッタされて、酸素のピークが十分検出されないおそれがある。したがって、分析間隔は上記よりも細かくすることが好ましい。
【0080】
図3は、縦軸を各元素の原子濃度とし、横軸を測定深さとした場合の、基材No.1-1の元素分析の結果を表すグラフ図である。
図4は、縦軸を各元素の原子濃度とし、横軸を測定深さとした場合の、基材No.1-2の元素分析の結果を表すグラフ図である。
図5は、縦軸を各元素の原子濃度とし、横軸を測定深さとした場合の、基材No.1-3の元素分析の結果を表すグラフ図である。
図6は、縦軸を各元素の原子濃度とし、横軸を測定深さとした場合の、基材No.1-4の元素分析の結果を表すグラフ図である。
【0081】
図6に示すように、熱処理を実施しなかった基材No.1-4においては、Ta膜とチタン箔試験片との界面で酸素の組成がピークを有していることがわかる。すなわち、チタン箔試験片の表面に形成されていたチタンの不働態皮膜が残存していることがわかる。一方、
図5に示すように、基材No.1-4と同一の条件でTa膜を形成した後に、熱処理を実施した基材No.1-3においては、TaとTiが相互に拡散し、チタンはTa膜中へ、Taはチタン中に拡散しおり、合金化していることがわかる。また、熱処理前に存在していたTa膜とチタン箔試験片との界面における酸素のピークは消えており、最表面の酸素の組成を除くと、深さ方向によらずほぼ一定の組成を示している。このことから、熱処理により、Ta膜とチタン箔試験片の界面における不働態皮膜が消失したことがわかる。
【0082】
また、
図3及び
図4に示すように、基材No.1-1及び1-2においても、酸素のピークは認められず、酸素は深さ方向にほぼ均一組成を示している。この結果から、熱処理により、不働態皮膜が消失して、TaとTiが相互拡散していることがわかる。
【0083】
次に、各測定深さにおけるTaの原子濃度[Ta]、Tiの原子濃度[Ti]、及び酸素の原子濃度[O]に基づき、[Ta]/[Ti]を算出するとともに、[O]/([Ta]+[Ti])を算出した。
【0084】
図7は、縦軸を各式により得られる値とし、横軸を測定深さとした場合の、基材No.1-1の原子濃度比を示すグラフ図である。
図8は、縦軸を各式により得られる値とし、横軸を測定深さとした場合の、基材No.1-2の原子濃度比を示すグラフ図である。
図9は、縦軸を各式により得られる値とし、横軸を測定深さとした場合の、基材No.1-3の原子濃度比を示すグラフ図である。
図10は、縦軸を各式により得られる値とし、横軸を測定深さとした場合の、基材No.1-4の原子濃度比を示すグラフ図である。
【0085】
図7に示すように、基材No.1-1においては、[Ta]/[Ti]により算出される値の最大値は0.54であり、[O]/([Ta]+[Ti])により算出される値は、表面から15nmまでの深さを除くと0.50以下となった。また、
図8に示すように、基材No.1-2においては、[Ta]/[Ti]により算出される値の最大値は0.74であり、[O]/([Ta]+[Ti])により算出される値は、表面から15nmまでの深さを除くと0.50以下となった。
図9に示すように、基材No.1-3においては、[Ta]/[Ti]により算出される値の最大値は明らかに0.65を超えており、[O]/([Ta]+[Ti])により算出される値は、表面から15nmまでの深さを除くと0.50以下となった。さらに、
図10に示すように、基材No.1-4においては、[Ta]/[Ti]により算出される値の最大値は明らかに0.65を超えているが、[O]/([Ta]+[Ti])により算出される値は、表面から15nmまでの深さを除いても、150nmの深さ付近で0.50を超えるピークが認められた。
【0086】
[チタン基材の評価]
<耐食性>
(耐食性の評価方法)
基材No.1-1~1-4と同様の方法でTa膜の形成及び熱処理を実施したチタン箔、及び熱処理を実施していないチタン箔を、圧延方向の長さが68mm、幅方向の長さが20mmとなるように切断した。また、比較材として、Ta膜を成膜していないチタン箔を2枚準備し、上記と同じ大きさに切断して、基材No.1-5、基材No.1-6とした。これらの基材No.1-1~1-6を小数点以下4桁まで測定可能な電子天秤で重量を測定した。
【0087】
また、pH2の硫酸水溶液にNaFを添加して、Fの濃度が75ppm又は100ppmとなるように、腐食溶液を作製した。そして、ポリエチレン製容器に、上記基材No.1-1~1-6を別々に1枚ずつ入れた後、作製した腐食溶液を入れてチタン基材を浸漬し、容器の蓋をして80℃の恒温槽に容器を入れ、4日間(96時間)保持した。その後、恒温槽から容器を取り出し、チタン箔を容器から取り出した後、イオン交換水で水洗して乾燥して、再び重量を測定した。腐食溶液に浸漬する前の基材No.1-1~1-6の重量から、浸漬後の基材No.1-1~1-6の重量を引くことによって、腐食による重量減少量を測定した。
【0088】
さらに、腐食による重量減少量を、浸漬前の基材No.1-1~1-6の重量で割って、チタン箔の元の厚さである0.1mmを掛けて2で割ることによって、片面あたりの平均減肉厚さをnmの単位に換算して算出した。なお、チタン箔の表面にはTa膜が成膜されているが、Ta膜は、チタン箔の厚さと比較すると極めて薄いため、チタン箔の重量への影響は小さいと仮定し、Ta膜の重量は無視して計算した。熱処理条件及び腐食溶液中のF濃度、原子濃度により算出された値、及び片面あたりの平均減肉厚さを、下記表1に示す。
【0089】
【0090】
(耐食性の評価結果)
上記表1に示すように、基材No.1-2及び1-3は、[Ta]/[Ti]の値、及び[O]/([Ta]+[Ti])の値は本発明で規定する範囲内となり、実施例であるため、いずれも腐食減量が16nm以下となり、腐食が大幅に抑制された。また、基材No.1-2及び1-3については、腐食溶液に浸漬した後の表面は、青い干渉色を示した。これは、基材の表面にTi又はTaの不働態皮膜が形成されたことにより、腐食が抑制されたからであると考えられる。なお、片面のみにTa膜を形成した基材No.1-3については、片面のみの成膜であるにもかかわらず、Ta膜を成膜していない面についても青い干渉色を示しており、腐食が抑制された。これは、Taがチタンを不働態電位域に引っ張ることによって、チタンが不働態化したために、腐食が抑制されたと考えられる。したがって、本発明で規定する範囲内であるチタン基材を用いて作製された燃料電池セパレータを含む燃料電池は、優れた導電性を維持することができる。
【0091】
一方、基材No.1-5及び1-6は、Ta膜を形成していない比較例であるため、フッ素の濃度が75ppm、100ppmのいずれであっても、5000nm(5μm)以上の大きな減肉が認められ、耐食性試験でチタンが溶けることが示された。また、基材No.1-1は、10nmの厚さでTa膜を形成したものであるが、Ta膜を成膜していない基材No.1-5及び1-6に近い4311nmの減肉が見られた。これは、基材No.1-1は、[Ta]/[Ti]の値が0.65よりも低い0.54であって比較例であるため、Taの効果が十分発揮されなかったためと考えられる。また、基材No.1-4は、Ta膜の成膜後、熱処理を行っていないため、[Ta]/[Ti]の値は0.65をはるかに超えるものの、[O]/([Ta]+[Ti])の値が0.50を超える比較例となった。このため、5000nm(5μm)以上の大きな減肉が認められ、耐食性試験でチタンが溶けることが示された。なお、腐食が進んだ基材No.1-1及び1-4~1-6は、腐食溶液に浸漬した後の基材表面は金属色をしていた。また、基材No.1-4が浸漬された後の腐食溶液を見ると、銀色の微細な金属片が沈降しているのが観察された。これは、チタンの不働態皮膜が存在することにより、Ta膜の密着性が十分得られず、腐食試験中にTa膜が剥離したものであると考えられ、このため、耐食効果が発揮されなかった。
【0092】
〔実施例2〕
実施例2では、プレス成型による耐食性への影響について、評価する実験を行った。
【0093】
[プレス成型による耐食性試験用チタン基材の製造]
実施例1の基材No.1-2、及び基材No.1-3と同様の方法でチタン箔の表面に膜厚が20nm、150nmとなるようにTa膜を形成した後に熱処理し、圧延方向の長さが68mm、幅方向の長さが20mmとなるように切断した。その後、長手方向(圧延方向)の中心線から12.5mmずつ離れた両側に、中心線と平行にマジックで標線を引き、引張試験機で長手方向の両端を掴んで、標線間の長さが32.5mmとなるように引っ張った。これにより、伸び率を30%のセパレータのプレス成型を模擬したチタン基材を作製し、これらを基材No.2-1、基材No.2-2とした。
【0094】
[チタン基材の評価]
<耐食性>
(耐食性の評価方法)
実施例1と同様にして、基材No.2-1を、pH2の硫酸水溶液に75ppmのFを加えた腐食溶液に浸漬した。また、基材No.2-2を、pH2の硫酸水溶液に100ppmのFを加えた腐食溶液に浸漬した。そして、これらを80℃の恒温層中で4日間(96時間)保持した後に、片面当たりの平均減肉厚さを重量測定結果から計算した。
【0095】
(耐食性の評価結果)
基材No.2-1の平均減肉厚さは9nm、基材No.2-2の平均減肉厚さは-16nmであった。マイナスの値は浸漬後に重量が増加したことを表す。これは、基材の表面に不働態皮膜が形成されることにより酸素が取り込まれたために、酸素の分だけ重量が増加したと考えられる。以上の結果から、プレス成型を模擬した変形を加えても、優れた耐食性を得ることができることが確認された。
【0096】
〔実施例3〕
実施例3では、Ta膜を成膜した後に熱処理を実施したチタン基材が、Ta膜を形成していないチタン基材及び熱処理を実施していないチタン基材よりも、優れた耐食性が得られる理由について、検討した。
【0097】
[分極曲線測定用チタン基材の製造]
実施例2の基材No.2-2と同様にして、チタン箔に150nmの膜厚でTa膜を形成して、同様に熱処理し、30%引っ張ったチタン基材を作製し、基材No.3-1とした。また、実施例1の基材No.1-3と同様にして、チタン箔に150nmの膜厚でTa膜を形成して、同様に熱処理したチタン基材を作製し、基材No.3-2とした。さらに、比較例として、Ta膜を作成していないものを基材No.3-3とした。また、実施例1の基材No.1-4と同様にして、チタン箔に150nmの膜厚でTa膜を形成し、熱処理を実施していない比較例のチタン基材を作製し、基材No.3-4とした。
【0098】
[チタン基材の評価]
<アノード分極曲線測定>
(測定方法)
上記の基材No.3-1~3-4について、1cm2(1cm×1cm)の面積領域が、pH2であり、75ppmのFを含む80℃の硫酸水溶液と接するようにマスキングした。その後、分極測定装置の試料極にサンプルを接続して、参照極を飽和カルメル電極(SCE)、対極を白金として、上記80℃の硫酸水溶液に6時間浸漬した後、同溶液中で浸漬電位から50mV/分の掃引速度でアノード分極測定を行った。
【0099】
(評価結果)
図11は、基材No.3-1~3-4についての電位-電流密度曲線の測定結果を示すグラフ図である。なお、
図11の横軸はSCEを標準水素電極(SHE)電位に換算した値で表示した。Ta膜を作成していない基材No.3-3及び熱処理を実施していない基材No.3-4は、それぞれ、-0.75(Vvs.SHE)と-0.5(Vvs.SHE)の電位から電流が立ち上がり、1×10
-4(A/cm
2)台の高い電流値を示した。その後、電流が減少し、約-0.1(Vvs.SHE)付近で約2×10
-5(A/cm
2)になった後、ほぼ一定の電流値を示した。
【0100】
一方、150nmのTa膜を形成した後に熱処理を実施し、30%引っ張った基材No.3-1は、約-0.1(Vvs.SHE)の電位から電流が立ち上がり、引っ張らなかった基材No.3-2は、約0.0(Vvs.SHE)の電位から電流が立ち上がった。その後、いずれも約2×10-5(A/cm2)以下の低い電流を示した。約-0.1(Vvs.SHE)以下の高い電流が流れる領域はチタンの活性溶解域であり、チタンが溶けていることを表している。また、約-0.1(Vvs.SHE)以上の低い電流が流れる領域は不動態域、すなわち、Taやチタンの表面に不働態皮膜が形成されて腐食溶解が抑制されていることを示している。すなわち、基材No.3-3、3-4の浸漬電位は、活性溶解域にあることから溶解しており、基材No.3-1、3-2の浸漬電位は不動態域にあることから、腐食が抑制されていることがわかる。つまり、Ta膜は、チタンの電位を押し上げてチタンの不働態皮膜を形成させる働きをすることにより、腐食溶解を抑制していることがわかった。
【0101】
〔実施例4〕
実施例4では、炭素膜を形成した基材について、腐食溶液に浸漬する日数を変化させて、導電性と耐食性の変化を調べる実験を行った。
【0102】
[炭素膜による耐食性・接触抵抗試験用チタン基材の製造]
実施例1の基材No.1-3と同様に、厚さ0.1mm、圧延方向長さ110mm、幅60mmの圧延されたチタン箔を、直流スパッタ装置チャンバ内にセットして、Taの膜厚が150nmとなるようにチタン箔の片面に成膜を行った。その後、Taを成膜したチタン箔を、搬送機構を有する真空焼鈍炉の搬送機構の基材設置位置に設置し、実施例1と同様にしてヒータ温度740℃で40秒間加熱焼鈍した。
【0103】
その後、AIPチャンバ内に配置された、直径が20cmである回転テーブルに設置してある基板台上に、Ta成膜面が回転テーブルの径方向外側となるようにチタン箔を固定した後、AIPチャンバ内を真空とした。次に、回転テーブルを5rpmの速度で回転させた状態でチャンバ内のヒータを加熱して、基板台に設置した熱電対が400℃となるように1時間チャンバ内を加熱して、チャンバ壁や基板台などに吸着している水分などの吸着ガスを放出させた。その後、ヒータを切って熱電対の温度が200℃以下になった時点で、ArガスをAIPチャンバ内に導入して、チャンバ内圧力を2Paに調整した。その後、AIPチャンバ内部に設置されたタングステンフィラメントに電流を流して赤熱させ、タングステンフィラメントとTaを成膜したチタン基材との間に、チタン基材側がマイナスとなるように、300Vのバイアス電圧を5分間印加した。そして、これにより発生したArイオンを、チタン基材の表面に衝突させて、チタン基材の表面の汚れや酸化皮膜をスパッタ除去した。
【0104】
その後、AIPチャンバ内のAr圧力を0.5Paとなるように設定して、チタン基材のバイアス電圧をアース電位に対して-200Vとなるように設定した、そして、カーボンターゲットとAIPチャンバ間に放電電流60Aでアーク放電を発生させ、炭素を2分間蒸発させた。これにより、チタン基材のTa成膜面上に膜厚50nmの炭素膜(DLC膜)を形成した。
【0105】
[チタン基材の評価]
<導電性>
上記のようにして、Ta成膜面に炭素膜を成膜したチタン基材について、耐食性試験による導電性の劣化を評価するため、炭素膜を成膜した面の接触抵抗を測定した。接触抵抗の測定方法について、以下に説明する。
【0106】
(接触抵抗の測定方法)
図12Aは、接触抵抗測定器を示す模式図であり、
図12Bは、チタン基材と後述のカーボンペーパーとの接触部分を示す上面図である。接触抵抗測定器30は、一対の円柱状の銅製電極31a、31bの間に試験材料37を挟み、一方の銅製電極31aと他方の銅製電極31bとの間に、それぞれ電流端子32a、32bを介して4端子法抵抗測定器33が接続されるように構成されている。また、銅製電極31a、31bには、試験材料37に対して矢印で示す方向に荷重が印加できるように、不図示の荷重印加装置が取り付けられている。
【0107】
また、
図12Bに示すように、炭素膜が形成されたチタン基材を20mm×68mmの大きさに切断し、試験片34を作成した。次に、試験片34における炭素膜が形成された面の中央部付近の上に、直径16mmの穴35aをあけた0.05mm厚さの樹脂シート35を、その穴35aが試験片34で覆われるように重ねて載置した。その後、樹脂シート35の上に、カーボン繊維からなるカーボンペーパー(TORAY製)36を、樹脂シート35の穴35aが隠れるように重ねて載置した。このようにして、カーボンペーパー36と試験片34の炭素膜面が、樹脂シート35の穴35aを介して接触するようにして、試験材料37を作製した。
【0108】
その後、底面の直径が14mm、面積が1.54cm2である1対の円柱状の銅製電極31a、31bの先端底面が、樹脂シート35の穴35aの領域内に入るように、上記試験材料37を銅製電極31aと銅製電極31bとの間に挿入した。その後、銅製電極31a、31bに電極先端底面と垂直方向に荷重15.4kg(面圧:10kg/cm2)を加えて、試験材料37を銅製電極31a、31b間で加圧した。その後、4端子法抵抗測定器(鶴賀電機製:低抵抗計356E)33の一方の電流端子32aを、一方の銅製電極31aに接続し、他方の電流端子32bを残りの銅製電極31bに接続した。また、一方の抵抗測定端子38aを試験片34の端部に接続し、他方の抵抗測定端子38bをカーボンペーパー36に接続して、抵抗を測定した。その後、得られた抵抗値に接触面積である1.54cm2を乗じることにより、腐食溶液に浸漬する前の初期接触抵抗を算出した。
【0109】
その後、pH2の硫酸水溶液にNaFを添加し、F含有量を75ppm、100ppmとした80℃の腐食溶液に、基材を4日間浸漬して、上記の方法と同様にして炭素膜を成膜した面の接触抵抗を測定した。その後、引き続き浸漬を行い、10日間浸漬後、22日間浸漬後、43日間浸漬後、85日間浸漬後に、同様に同じ試料に対して接触抵抗を測定した。フッ素濃度を75ppmとした腐食溶液に浸漬した基材を、基材No.4-1とし、フッ素濃度を100ppmとした腐食溶液に浸漬した基材を、基材No.4-2とした。腐食溶液の種類及び浸漬日数ごとの接触抵抗を下記表2及び
図13に示す。
【0110】
【0111】
(導電性の評価結果)
基材No.4-1及び4-2は、いずれも浸漬日数とともに接触抵抗は上昇しているものの、22日以降の接触抵抗の増加は鈍化しており、接触抵抗の増加が飽和する傾向が認められた。このようにTa膜を形成した後に熱処理を実施したチタン箔表面に、炭素膜を成膜すると、浸漬日数が少ないうちは接触抵抗が上昇するものの、浸漬日数が増えると接触抵抗の増加は飽和し、低い接触抵抗を維持することが予想される。以上の結果から、Ta膜を形成した後に熱処理を実施したチタン箔表面に、炭素膜を成膜した基材No.4-1及び4-2は、優れた耐食性を維持することができた。
【0112】
<耐食性>
(耐食性の評価方法)
上記実施例1の耐食性の評価方法と同様にして、基材No.4-1、4-2について、腐食溶液に浸漬する前の重量を測定した。その後、pH2の硫酸水溶液にNaFを添加し、F含有量を75ppm、100ppmとした80℃の腐食溶液に上記基材を浸漬し、4日間浸漬後、10日間浸漬後、22日間浸漬後、43日間浸漬後、85日間浸漬後に、同様に同じ試料に対して基材の重量を測定し、片面あたりの腐食減肉厚さを算出した。
【0113】
また、比較例として、Ta膜を形成することなく熱処理を実施した基材を作製し、浸漬による重量変化を測定した。浸漬前の重量から各浸漬日数での重量を引くことにより浸漬日数による腐食減量を求めて、実施例1と同様にして浸漬日数と片面当たりの腐食減肉厚さの関係を求めた。フッ素濃度を75ppmとした腐食溶液に浸漬した上記比較例の基材を、基材No.4-3、フッ素濃度を100ppmとした腐食溶液に浸漬した上記比較例の基材を、基材No.4-4とした。腐食溶液の種類及び浸漬日数ごとの腐食減肉厚さを下記表3に示す。
【0114】
【0115】
(耐食性の評価結果)
実施例の基材No.4-1、4-2については、平均減肉厚さが増減しているが、減肉重量が、電子天秤の最小目盛である0.0001g変わると、減肉厚さに換算して8nm変わるため、±8nm程度の誤差を含んでいると考えられる。したがって、減肉厚さの増減は測定バラツキの影響と考えられる。そうすると、基材No.4-1においては、ほとんど腐食減肉が認められなかった。また、基材No.4-2においても、4日間浸漬した後に16nmの減肉厚さとなったが、それ以降はほぼ同じ値を示しており、腐食減肉が止まった。Ta膜を形成した後に熱処理を実施したチタン箔に、炭素膜を成膜した基材No.4-1、4-2は、片面にしかTa膜を形成していないにもかかわらず、腐食溶液に浸漬しても溶解せず、優れた耐食性を示した。
【0116】
一方、Ta膜を形成していない基材No.4-3、4-4は、桁違いに減肉が進み、22日間の浸漬後には、両面で合計42~62μmの厚さのチタンが溶出し、元のチタン箔の半分前後の膜厚となった。なお、ほぼ浸漬時間に比例して溶解していることから、溶解量が予測できるため、22日間の浸漬後の浸漬試験は継続しなかった。
【0117】
〔参考試験〕
実施例1では、Ta膜の膜厚のみを変化させたが、熱処理条件によっても、基材の表面領域におけるTa、Ti及びOの原子濃度分布が変化し、耐食性が変化することを確認するための実験を行った。Ta膜を薄くすればするほど、優れた耐食性を得ることができる熱処理条件の設定範囲が厳しくなるため、本試験では、Ta膜の膜厚を5nmとした。
【0118】
<耐食性>
(耐食性の評価方法)
上記実施例1と同様にして、チタン箔の両面に5nmの膜厚でTa膜を形成し、種々の熱処理条件で熱処理して、チタン基材を作製した。その後、上記実施例1の耐食性の評価方法と同様にして、腐食溶液に浸漬する前の重量を測定した。その後、pH2の硫酸水溶液にNaFを添加し、F含有量を100ppmとした80℃の腐食溶液に上記チタン基材を4日間浸漬し、重量変化を測定することにより腐食減肉厚さを算出した。なお、腐食試験は、熱処理まま(引っ張り無し)のものと、30%引っ張ってプレスを模擬したものの2種類について行った。熱処理条件、プレス模擬の有無、並びに平均減肉厚さ及び判定結果を下記表4に示す。なお、評価基準としては、引っ張り無し、30%引っ張りを行ったチタン基材について、ともに、平均減肉厚さが25nm以下であったもの合格として○と表記した。また、引っ張り無し、30%引っ張りを行ったチタン基材について、いずれかが25nmを超えたものを不合格として×と評価した。
【0119】
【0120】
図14は、縦軸を熱処理時間とし、横軸をヒータ設定温度とした場合の、熱処理条件による判定結果を示すグラフ図である。表4及び
図14に示すように、基材No.5-2、5-3、5-5、5-6、5-11は、[Ta]/[Ti]の最大値、又は[O]/([Ta]+[Ti])の値が本発明で規定する範囲から外れていたと考えられる。したがって、優れた耐食性を得ることができなかった。例えば、熱処理条件を600℃、10秒とした基材No.5-11は、熱処理が不十分で不働態皮膜が消失せず、[O]/([Ta]+[Ti])の値が0.50を超えたものと考えられる。したがって、Ta膜の密着性が得られず、優れた耐食性が得られなかった。また、熱処理条件を740℃、20秒以上とした基材No.5-2、5-3は、熱処理が過剰であり、Taがチタン基材内部に拡散しすぎて、[Ta]/[Ti]の最大値が0.65未満になったと考えられる。したがって、優れた耐食性を得ることができなかった。
【0121】
このように、Ta膜の膜厚が互いに同一であっても、優れた耐食性が得られる熱処理条件と、耐食性が得られない熱処理条件とが存在する。したがって、Ta膜の膜厚に応じて、[Ta]/[Ti]の最大値、又は[O]/([Ta]+[Ti])の値が本発明で規定する範囲内となるように、熱処理条件を選択することが好ましい。