(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024017302
(43)【公開日】2024-02-08
(54)【発明の名称】化学重合開始剤、接着性組成物および接着性組成物調製用キット
(51)【国際特許分類】
A61K 6/60 20200101AFI20240201BHJP
A61K 6/887 20200101ALI20240201BHJP
C08F 4/40 20060101ALI20240201BHJP
【FI】
A61K6/60
A61K6/887
C08F4/40
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022119844
(22)【出願日】2022-07-27
(71)【出願人】
【識別番号】391003576
【氏名又は名称】株式会社トクヤマデンタル
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 博喜
(72)【発明者】
【氏名】福留 啓志
(72)【発明者】
【氏名】中西 健太
(72)【発明者】
【氏名】岸 裕人
(72)【発明者】
【氏名】森本 哲朗
(72)【発明者】
【氏名】加藤 茜
【テーマコード(参考)】
4C089
4J015
【Fターム(参考)】
4C089AA06
4C089AA10
4C089BC02
4C089BC10
4C089BD02
4C089BD10
4C089CA02
4J015CA00
4J015CA08
4J015CA14
4J015CA15
(57)【要約】
【課題】(g)酸性基含有重合性単量体及び(h)酸性基非含有重合性単量を含むラジカル重合性単量体に化学重合開始剤を配合した接着性組成物において、水や酸化性成分を多く含有する系、特に象牙質に対して使用した場合であっても、優れた接着性を有し、良好な被膜厚さを示す接着性組成物を提供する。
【解決手段】化学重合開始剤として、(a)チオ尿素化合物、(b)パーオキシエステル、(c)二価の銅化合物及び(d)アリールボレート化合物及び、(e)2-ホスホ-L-アスコルビン酸三ナトリウム塩、アスコルビン酸カルシウムまたはイソアスコルビン酸ナトリウムから一つまたは複数選択されるアスコルビン酸塩からなる、平均粒子径が0.1~20μmである粉体を含む化学重合開始剤を使用する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)チオ尿素化合物、(b)パーオキシエステル、(c)二価の銅化合物、(d)アリールボレート化合物、及び(e)アスコルビン酸塩を含み、ハイドロパーオキサイドを実質的に含有しない化学重合開始剤であって、
前記(e)アスコルビン酸塩は、2-ホスホ-L-アスコルビン酸三ナトリウム、アスコルビン酸カルシウム、およびイソアスコルビン酸ナトリウムからなる群より選ばれる少なくとも1種からなる粉体として含まれ、
前記粉体のレーザー回折散乱式粒度分布測定機にて測定される平均粒子径は0.1~20μmである、
ことを特徴とする化学重合開始剤。
【請求項2】
レーザー回折散乱式粒度分布測定機にて測定される粒度分布から求められる、全粒子数中に占める粒径が20μmを超える粒子の数の割合(%)を20μm超粒子含有率:R20としたときに、
前記(e)アスコルビン酸塩を構成する粉体のR20が20%以下である、請求項1に記載の化学重合開始剤。
【請求項3】
(g)酸性基含有重合性単量体及び(h)酸性基非含有重合性単量体からなるラジカル重合性単量体成分、(i)レーザー回折散乱式粒度分布測定機にて測定される平均粒子径が0.1~20μmの粉体からなる充填材並びに請求項1に記載の化学重合開始剤を含み、ハイドロパーオキサイドを実質的に含有しないことを特徴とする歯科用接着性組成物。
【請求項4】
請求項3に記載の歯科用接着性組成物を調製するためのキットであって、
互いに物理的に接触不可能な状態で包装された第一の部分組成物と第二の部分組成物との組み合わせから構成され、
前記第一の部分組成物は、前記(a)チオ尿素化合物、前記(d)アリールボレート化合物および前記(e)アスコルビン酸塩を含むと共に、前記(c)二価の銅化合物、前記(g)酸性基含有重合性単量体および過酸化物を実質的に含まず、
前記第二の部分組成物は、前記(b)パーオキシエステル、前記(c)二価の銅化合物および前記(g)酸性基含有重合性単量体を含むと共に、前記(a)チオ尿素化合物、前記(d)アリールボレート化合物および前記(e)アスコルビン酸塩を実質的に含まず、
前記(h)酸性基非含有重合性単量体及び前記(i)充填材は、夫々、前記第一の部分組成物および前記第二の部分組成物から選択される少なくとも一方の組成物に含まれる、
ことを特徴とする歯科用接着性組成物調製用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学重合開始剤、接着性組成物および接着性組成物調製用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
歯科分野においては、ボンディング材、レジンセメント、レジン強化型グラスアイオノマー、コンポジットレジンなど各種材料として(メタ)アクリレート等のラジカル重合性単量体に重合開始剤を配合したラジカル重合硬化性組成物が応用されている。これらの材料を光や熱の刺激を与えることのできない用途で使用する場合には、重合開始剤として化学重合開始剤が使用されることが多い。
【0003】
歯科材料の中でもボンディング材、レジンセメント等の接着性組成物は、接着性を高めるために非酸性モノマーに酸性モノマーを配合して使用することが多いため、酸(酸性モノマー)の存在下で高い重合活性を示す化学重合開始剤が求められてきた。酸の存在下で高い重合活性を示す化学重合開始剤としては、ハイドロパーオキサイド類、ケトンパーオキサイド類、パーオキシエステル類、ジアシルパーオキサイド類等の熱安定性の高い有機過酸化物からなる酸化剤と、アミン類、スルフィン酸化合物、チオ尿素化合物、オキシム化合物、遷移金属化合物などからなる還元剤(これらは、単独で還元剤として機能する場合と複数が組み合わされて還元剤として機能する場合があり、総称して重合促進剤と呼ばれることもある。)との組み合わせからなるものが知られている(特許文献1及び2参照)。
【0004】
これらの中でも、ハイドロパーオキサイドとチオ尿素化合物とを組み合わせた化学重合開始剤は、保存安定性が高く、酸存在下で高い活性を示すことから、特に歯科用の化学重合開始剤として好適に使用されており、チオ尿素化合物として特定の化合物を選択すること、或いは銅化合物などのチオ尿素化合物以外の重合促進剤と組み合わせることなどにより、様々な特徴を持たせることもできる。
【0005】
ところで、化学重合開始剤は、ラジカル重合性単量体の存在下で酸化剤と還元剤とが接触すると直ちにラジカル重合反応が開始されるため、これら化学重合開始剤並びに酸性モノマー及び非酸性モノマーを含む接着性ラジカル重合硬化性組成物(接着性組成物)を保管(保存)する場合には、酸化剤と還元剤とが共存しないようにする必要がある。このため、分割された重合性単量体成分等の各成分と、分割された化学重合開始剤の各成分とを混合した2つ以上の組成物(以下、「部分組成物」と称す場合がある)の組合せとして構成し、これら部分組成物毎に(分包して)保管(保存)するのが一般的である。そして、使用直前に、分包して保管された状態の2つ以上の部分組成物を混合して全ての化学重合開始剤成分を含む硬化性組成物を調製する。これにより、混合と同時に化学重合開始剤が機能するため、硬化性組成物が重合・硬化する。
【0006】
上述した分包された状態の部分組成物においては、各部分組成物の保存安定性が高いことが重要であり、上記接着性組成物においては、高い硬化性と高い保存安定性とを両立できるものも知られている。例えば特許文献3には、化学重合開始剤として高活性な「(a)チオ尿素化合物、(b)パーオキシエステル、(c)二価の銅化合物及び(d)アリールボレート化合物を含み、ハイドロパーオキサイドを実質的に含有しない化学重合開始剤」(以下、単に「パーオキシエステル系化学重合開始剤」ともいう。)用い、上記パーオキシエステル系化学重合開始剤を構成する各成分を互いに化学的に接触不可能な状態に維持された2つの組成物に分割して前記部分組成物を調製するに際し、前記(a)チオ尿素化合物と、前記(d)アリールボレート化合物とを主成分として含むと共に、有機過酸化物を実質的に含まない第一の部分組成物と、前記(b)パーオキシエステルと、前記(c)二価の銅化合物と、酸性基含有重合性単量体とを主成分として含むと共に、(b)ハイドロパーオキサイドを実質的に含まない第二の部分組成物と、を分包してキット化し、それを使用時に混合するようにした場合には、何れの部分組成物の保存安定性を高くすることができることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2017-088637号公報
【特許文献2】国際公開WO2017/098724号パンフレット
【特許文献3】国際公開WO2019/131094号パンフレット
【特許文献4】特開2020-111513号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところが、特許文献3に開示されたキットを用いて調製される接着性組成物は、水の非存在下で使用した場合には高い接着性能を発揮するものの、歯科用セメントとして、水を多く含有する象牙質に適用したときの接着強さが不十分となる傾向がある(特許文献4参照)。そして、このような点をある程度改善した化学重合開始剤として前記パーオキシエステル系化学重合開始剤に無機過酸化物を配合したものを使用することにより、水存在下での接着強さを向上させた接着性組成物も知られている(特許文献4参照。)。しかし、該接着性組成物の象牙質に対する接着に関しては、象牙質が多量に酸素を含有し、それによって生じた酸化性成分が存在するため、還元剤が消費されてしまうためと思われるが、接着性は必ずしも十分では無く、更に改善の余地があった。
【0009】
そこで、本発明は、酸性モノマー及び非酸性モノマーに化学重合開始剤を配合した接着性ラジカル重合硬化性組成物において、前記パーオキシエステル系化学重合開始剤を配合した場合と同等以上の硬化性と高い保存安定性を示し、水や酸化性成分を多く含有する系、特に象牙質に対して使用した場合であっても、優れた接着性を発揮できる接着性組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は上記課題を解決するものであり、本発明の第一の形態は、(a)チオ尿素化合物、(b)パーオキシエステル、(c)二価の銅化合物、(d)アリールボレート化合物、及び(e)アスコルビン酸塩を含み、ハイドロパーオキサイドを実質的に含有しない化学重合開始剤であって、前記(e)アスコルビン酸塩は、2-ホスホ-L-アスコルビン酸三ナトリウム、アスコルビン酸カルシウム、およびイソアスコルビン酸ナトリウムからなる群より選ばれる少なくとも1種からなる粉体として含まれ、前記粉体のレーザー回折散乱式粒度分布測定機にて測定される平均粒子径は0.1~20μmである、ことを特徴とする化学重合開始剤である。
【0011】
上記形態の化学重合開始剤(以下、「本発明の化学重合開始剤」ともいう。)においては、レーザー回折散乱式粒度分布測定機にて測定される粒度分布から求められる、全粒子数中に占める粒径が20μmを超える粒子の数の割合(%)を20μm超粒子含有率:R20としたときに、前記(e)アスコルビン酸塩を構成する粉体のR20は20%以下であることが好ましく、10%以下であることが特に好ましい。
【0012】
本発明の第二の形態は、(g)酸性基含有重合性単量体及び(h)酸性基非含有重合性単量体からなるラジカル重合性単量体成分、(i)レーザー回折散乱式粒度分布測定機にて測定される平均粒子径が0.1~20μmの粉体からなる充填材並びに請求項1に記載の化学重合開始剤を含み、ハイドロパーオキサイドを実質的に含有しないことを特徴とする歯科用接着性組成物(以下、「本発明の接着性組成物」ともいう。)である。
【0013】
本発明の第三の形態は、本発明の歯科用接着性組成物を調製するためのキットであって、互いに物理的に接触不可能な状態で包装された第一の部分組成物と第二の部分組成物との組み合わせから構成され、前記第一の部分組成物は、前記(b)チオ尿素化合物、前記(d)アリールボレート化合物および前記(e)アスコルビン酸塩を含むと共に、前記(c)二価の銅化合物、前記(g)酸性基含有重合性単量体および過酸化物を実質的に含まず、前記第二の部分組成物は、前記(a)パーオキシエステル、前記(c)二価の銅化合物および前記(g)酸性基含有重合性単量体を含むと共に、前記(a)チオ尿素化合物、前記(d)アリールボレート化合物および前記(e)アスコルビン酸塩を実質的に含まず、前記(h)酸性基非含有重合性単量体及び前記(i)充填材は、夫々、前記第一の部分組成物および前記第二の部分組成物から選択される少なくとも一方の組成物に含まれる、ことを特徴とする歯科用接着性組成物調製用キット(以下、「本発明のキット」ともいう。)である。
【発明の効果】
【0014】
本発明の化学重合開始剤は、(e)アスコルビン酸塩を含まない従来のパーオキシエステル系化学重合開始剤と同様に酸(酸性モノマー)の存在下においても高い活性を示し、酸性モノマー及び非酸性モノマーに配合して本発明の接着性組成物(接着性ラジカル重合硬化性組成物)としたときに、該本発明の接着性組成物を高硬化性で、且つ分包して長期間安定に保管(保存)することができるものとすることができる。
【0015】
さらに、本発明の接着性組成物は、本発明の化学重合開始剤を用いていることにより、従来のパーオキシエステル系化学重合開始剤を配合した接着性ラジカル重合硬化性組成物と比べて、水や酸化性成分を多く含有する系で使用した場合、特に象牙質に対して使用した場合であっても、高い接着性を得ることができる。しかも、このときに形成される被膜の厚さを薄くすることも可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者等は、「(a)チオ尿素化合物、(b)パーオキシエステル、(c)二価の銅化合物、(d)アリールボレート化合物、及び(e)アスコルビン酸塩を含み、ハイドロパーオキサイドを実質的に含有しない化学重合開始剤」は、無機過酸化物を配合しなくとも、(前記特許文献4に開示されている)無機過酸化物を併用するパーオキシエステル系化学重合開始剤を用いた場合よりも、象牙質に対する接着性がより高くなることを見出し、既に提案している(特願2021-017441)。
【0017】
ところが、本発明者等が上記化学重合開始剤を含む歯科用接着性組成物の特性等について調べたところ、アスコルビン酸塩としてアスコルビン酸ナトリウムを添加した際に被膜厚さが厚くなる場合があることが確認された(後述の比較例2参照。)。歯科用接着性組成物を用いて補綴物と歯台とを接着する場合には、適合性の観点から歯科用接着性組成物によって形成される(硬化体)被膜の厚さは薄い方が好ましい。そこで、上記系において上記被膜厚さが厚くなる原因と解決策について更に検討を行った。その結果、被膜が厚くなるのは、化学重合開始剤の成分として使用されるアスコルビン酸ナトリウムに粗粒が多く含まれることが原因であること、アスコルビン酸ナトリウム微粉砕した場合には吸湿(潮解)により所期の活性が得られなくなること(後述の比較例3参照。)、L(+)-アスコルビン酸硫酸エステル二ナトリウムを用いた場合には、象牙質に対する接着性改善効果が得られないこと(後述の比較例4及び5参照。)、及び特定のアスコルビン酸塩を用いた場合には、微粉砕して用いても上記のような活性低下を起こすことなく、被膜厚さを薄くできることを見出した。本発明はこのような経緯でなされたものである。
【0018】
なお、(e)アスコルビン酸塩を添加することにより、従来のパーオキシエステル系化学重合開始剤の特徴を維持したまま水や酸化性成分が比較的多く存在する環境下における接着性が向上する理由は、必ずしも明らかでは無く、本発明は何ら論理に拘束されるものではないが、本発明者等は、次のような理由によるものと推定している。
【0019】
すなわち、水や酸化性成分非存在下又は存在する水や酸化性成分の量が極めて少ない環境下で使用した場合には、従来のパーオキシエステル系化学重合開始剤と同様に、チオ尿素化合物が、二価の銅化合物に接触することにより二価の銅化合物を構成する二価の銅原子に配位すると同時に二価の銅原子を一価に還元する。次に、この還元反応により得られた銅錯体とパーオキシエステルが接触することにより高活性な(ラジカルを発生させ易い)活性錯合体が形成され、これが硬化促進機能を有するアリールボレート化合物と共に作用して硬化反応が進行する。このとき、ラジカル発生を伴うレドックス反応により一価の銅原子は再び二価に酸化されるので(失活したり消費されたりすることなく触媒的に)前記活性錯合体の形成に再利用されるという循環プロセスが繰り返されるため、高い重合活性が得られると考えられる。
【0020】
一方、水や酸化性成分非存在下又は存在する水や酸化性成分の量が極めて少ない環境下では、(e)アスコルビン酸塩を含まない場合(従来のパーオキシエステル系化学重合開始剤を使用した場合)には、各化学重合開始剤成分の親水性が十分でないために不足することや酸化性成分の阻害を受けやすいことから、上記機構は作用し難く(上記触媒サイクルが回り難く)、重合活性が低下してしまうのに対し、親水性が非常に高く、酸化性成分による阻害を受けにくいアスコルビン酸塩を配合することにより、上記触媒サイクルがうまく回るようになり、接着性が向上したものと考えられる。
【0021】
本発明の化学重合開始剤、本発明の接着性組成物および本発明のキットは、特定のアスコルビン酸塩を配合した点を除けば、それぞれ特許文献3に記載されているものと特に変わる点は無いが、以下に、これらの点を含めて本発明について説明する。
【0022】
なお、本明細書においては特に断らない限り、数値x及びyを用いた「x~y」という表記は「x以上y以下」を意味するものとする。かかる表記において数値yのみに単位を付した場合には、当該単位が数値xにも適用されるものとする。また、本明細書において、「(メタ)アクリル系」との用語は「アクリル系」及び「メタクリル系」の両者を意味する。同様に、「(メタ)アクリレート」との用語は「アクリレート」及び「メタクリレート」の両者を意味し、「(メタ)アクリロイル」との用語は「アクリロイル」及び「メタクリロイル」の両者を意味する。
【0023】
1.本発明の化学重合開始剤
本発明の化学重合開始剤は、(a)パーオキシエステル、(b)チオ尿素化合物、(c)二価の銅化合物、(d)アリールボレート化合物、及び(e)アスコルビン酸塩を含み、ハイドロパーオキサイドを実質的に含有しない化学重合開始剤である。そして、前記(e)アスコルビン酸塩は、2-ホスホ-L-アスコルビン酸三ナトリウム、アスコルビン酸カルシウム、およびイソアスコルビン酸ナトリウムかなる群より選ばれる少なくとも1種からなる粉体であり、且つ、該粉体のレーザー回折散乱式粒度分布測定機にて測定される平均粒子径(具体的には、粒子径分布の50%に相当する粒子径の値)が0.1~20μmである、ことを特徴としている。
【0024】
ここで、「ハイドロパーオキサイドを実質的に含まない」とは、(1)ハイドロパーオキサイドを含有しない場合(ハイドロパーオキサイドの含有量が0質量%)、あるいは、(2)(b)パーオキシエステル(PE)とハイドロパーオキサイド(HP)とのモル比:HP/PEで表したときに、HP/PEが0を超え2/100以下となる範囲、好ましくは、0を超え1/300以下となる範囲であることを意味する。本発明の化学重合開始剤が「ハイドロパーオキサイドを実質的に含まない」と言う条件を満足しない場合には、(g)酸性基含有重合性単量体及び(h)酸性基非含有重合性単量体からなるラジカル重合性単量体成分、並びに化学重合開始剤を含む接着性組成物を、複数の部分組成物に分包してキット化した場合に、保存安定性を高くすることが困難となる。
【0025】
以下に、本発明の化学重合開始剤に用いられる(a)チオ尿素化合物、(b)パーオキシエステル、(c)二価の銅化合物、(d)アリールボレート化合物および(e)アスコルビン酸塩について詳しく説明する。
【0026】
<(a)チオ尿素化合物>
チオ尿素化合物としては、公知のチオ尿素化合物であればいずれも用いることができる。なお、チオ尿素化合物とは、=N-C(=S)-N=の構造を有する化合物を指す。中でも、下記一般式(1)で示されるチオ尿素化合物を使用することが好ましい。
【0027】
【0028】
ここで、一般式(1)中、R1、R2及びR3は、それぞれ、水素原子、ヒドロキシル基、置換又は無置換のアルキル基、置換又は無置換のシクロアルキル基、置換又は無置換のアリール基、置換又は無置換の複素環基、置換又は無置換のアシル基、置換又は無置換のアラルキル基、または、置換又は無置換のアルケニル基であり、R2は、R1およびR3から選択されるいずれかの基と結合して環を形成していてもよい。
【0029】
一般式(1)で示されるチオ尿素化合物の中でも、保存安定性の観点から、R1、R2及びR3のうち少なくとも2つの基が水素原子であり、残りの1つの基が置換基であることが好ましい。例えば、R2とR3とが水素原子であり、R1がアシル基であるチオ尿素化合物が最も好適である。
【0030】
好適に使用できるチオ尿素化合物としては、チオ尿素、メチルチオ尿素、エチルチオ尿素、n-プロピルチオ尿素、イソプロピルチオ尿素、シクロヘキシルチオ尿素、ベンジルチオ尿素、フェニルチオ尿素、アセチルチオ尿素、ベンゾイルチオ尿素、アダマンチルチオ尿素、1-(2-ピリジル)-2-チオ尿素、1-(2-テトラヒドロフルフリル)-2-チオ尿素、N,N’-ジメチルチオ尿素、N,N’-ジエチルチオ尿素、N,N’-ジ-n-プロピルチオ尿素、N,N’-ジ-イソプロピルチオ尿素、N,N’-ジシクロヘキシルチオ尿素、N,N’-ジフェニルチオ尿素、トリメチルチオ尿素、トリエチルチオ尿素、トリ-n-プロピルチオ尿素、トリイソプロピルチオ尿素、トリシクロヘキシルチオ尿素、テトラメチルチオ尿素、テトラエチルチオ尿素、テトラ-n-プロピルチオ尿素、テトライソプロピルチオ尿素、テトラシクロヘキシルチオ尿素、エチレンチオ尿素、4,4’-ジメチルエチレンチオ尿素等を挙げることができる。最も好適なチオ尿素化合物の具体例としては、アセチルチオ尿素またはベンゾイルチオ尿素が挙げられる。
【0031】
また、チオ尿素化合物は、1種類のみを用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。2種以上のチオ尿素化合物を使用する場合、基準となる質量は、それらチオ尿素化合物の合計質量である。
【0032】
本発明の化学重合開始剤において、前記(a)チオ尿素化合物の配合量は、特に制限されるものではないが、(b)パーオキシエステル100質量部当たり、4質量部~4800質量部とすることが好ましい。この範囲を満足することにより、高い重合活性と、高い保存安定性を発揮することができる。より高い重合活性と、より高い保存安定性とを発揮するためには、パーオキシエステル100質量部当たり、13質量部~875質量部とすることがより好ましく、27質量部~600質量部とすることがさらに好ましい。
【0033】
<(b)パーオキシエステル>
(b)パーオキシエステルとは、R-C(=O)-O-O-R’(ただし、R、R’は任意の有機基である。)またはR-O-C(=O)-O-O-R’(ただし、R、R’は任意の有機基である。)で示される構造を有する化合物である。本発明の化学重合開始剤では、このような構造を有するパーオキシエステルが特に制限なく使用できる。好適に使用できるパーオキシエステルを具体的に例示すれば、クミルパーオキシネオデカノエート、1,1,3,3-テトラメチルブチルパーオキシデカノエート、t-ヘキシルパーオキシネオデカノエート、t-ブチルパーオキシネオデカノエート、t-ヘキシルパーオキシピバレート、t-ブチルパーオキシピバレート、1,1,3,3-テトラメチルブチルパーオキシ-2-エチルヘキサノエート、2,5-ジメチル2,5-ジ(2-エチルヘキサノイルパーオキシ)ヘキサン、t-ヘキシルパーオキシ-2-エチルヘキサノエート、t-ブチルパーオキシ-2-エチルヘキサノエート、t-ヘキシルパーオキシイソプロピルモノカーボネート、t-ブチルパーオキシ-3,5,5-トリメチルヘキサノエート、t-ブチルパーオキシラウレート、t-ブチルパーオキシイソプロピルモノカーボネート、t-ブチルパーオキシ-2-エチルヘキシルモノカーボネート、t-ヘキシルパーオキシベンゾエート、2,5-ジ(ベンゾイルパーオキシ)ヘキサン、t-ブチルパーオキシアセテート、t-ブチルパーオキシ-3-メチルベンゾエート、t-ブチルパーオキシベンゾエート等を挙げことができる。これらの中でも、重合活性及び保存安定性の観点から、10時間半減期温度が80℃以上のパーオキシエステルが好適に用いられ、t-ブチルパーオキシ-3,5,5-トリメチルヘキサノエート、t-ブチルパーオキシラウレート、t-ブチルパーオキシ-2-エチルヘキシルモノカーボネート、t-ブチルパーオキシアセテート、t-ブチルパーオキシベンゾエート等が特に好適に用いられる。
【0034】
前記(b)パーオキシエステルは1種類のみを用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。2種以上の(b)パーオキシエステルを使用する場合、基準となる質量は、それら(b)パーオキシエステルの合計質量である。
【0035】
<(c)二価の銅化合物>
本発明の化学重合開始剤では、銅化合物として二価の銅化合物を使用する。なお、本発明の化学重合開始剤では、二価の銅化合物と共に一価の銅化合物を併用することもできる。しかし、一価の銅化合物はパーオキシエステルの還元剤として作用し、保存安定性を低下させる傾向があるので、一価の銅化合物は、その含有量を悪影響が出ない程度に微量に留めるか、あるいは、含有しないことが好ましい。ここで含有しないとは、二価の銅化合物の不純物等として不可避的に混入するものは許容するが積極的には配合しないという意である。
【0036】
(c)二価の銅化合物は、水和物であっても無水物であってもよい。好適に使用できる二価の銅化合物を例示すれば、塩化銅(II)、硫酸銅(II)五水和物、硝酸銅(II)、トリフルオロメタン硫酸銅(II)、酢酸銅(II)一水和物、アセチルアセトン銅(II)、ナフテン酸銅(II)、サリチル酸銅(II)、安息香酸銅(II)、メタクリル酸銅(II)、フタル酸ブチル銅(II)、グルコン酸銅(II)、ジクロロ(1,10-フェナントロリン)銅(II)、エチレンジアミン四酢酸銅(II)二ナトリウム四水和物、ジメチルジチオカルバミン酸銅(II)、ジエチルチオカルバミン酸銅(II)、ヘキサフルオロアセチルアセトナト銅(II)、ビス(1,3-プロパンジアミン)銅(II)ジクロリド、ビス(8-キノリノラト)銅(II)、等を挙げることができる。これら二価の銅化合物は1種類のみを用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0037】
これら二価の銅化合物の中でも、保存安定性の高さと、(b)チオ尿素化合物との作用性の高さとから、二価の銅化合物を構成する二価の銅原子に配位する配位子が、(i)ハロゲン原子、(ii)酸素原子を含む原子団、または、(iii)窒素原子を含む原子団であることが好ましい。特に、配位子としては、(ii)酸素原子を含む原子団であることがより好ましく、このような配位子を有する二価の銅化合物としては、たとえば、硫酸銅(II)、酢酸銅(II)一水和物、アセチルアセトン銅(II)が挙げられる。なお、(ii)配位子が酸素原子を含む原子団である場合は、酸素原子を含む原子団が、酸素原子を介して前記二価の銅原子に配位し、(iii)配位子が窒素原子を含む原子団である場合は、窒素原子を含む原子団が、窒素原子を介して前記二価の銅原子に配位するものである。
【0038】
本発明の化学重合開始剤において、前記(c)二価の銅化合物の配合量(2種以上の化合物を含む場合は総配合量)は、特に制限されるものではないが、(b)パーオキシエステル100質量部当たり、0.002質量部~250質量部とすることが好ましい。この範囲を満足することにより、高い重合活性と、高い保存安定性を発揮することができる。より高い重合活性と、より高い保存安定性とを発揮するためには、パーオキシエステル100質量部当たり、0.008質量部~20質量部とすることがより好ましく、0.03質量部~8質量部とすることがさらに好ましい。
【0039】
<(d)アリールボレート化合物>
アリールボレート化合物は、分子中に少なくとも1個のホウ素-アリール結合を有する化合物であれば特に限定されないが、下記一般式(2)で示される化合物を用いることが好適である。
【0040】
【0041】
一般式(2)中、R10、R20及びR30は、それぞれ、置換又は無置換のアルキル基、置換又は無置換のアリール基、置換又は無置換のアラルキル基、または、置換又は無置換のアルケニル基であり、R40、及びR50は、それぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子、置換又は無置換のアルキル基、または、置換又は無置換のフェニル基であり、L+は、金属陽イオン、4級アンモニウムイオン、4級ピリジニウムイオン、4級キノリニウムイオン、または、ホスホニウムイオンである。
【0042】
ここで、(i)金属陽イオンとしては、(ia)ナトリウムイオン、リチウムイオン、カリウムイオン等のアルカリ金属陽イオン、あるいは、(ib)マグネシウムイオン等のアルカリ土類金属陽イオンなどが好適であり;、(ii)4級アンモニウムイオンとしては、テトラブチルアンモニウムイオン、テトラメチルアンモニウムイオン、テトラエチルアンモニウムイオンなどが好適であり;、(iii)4級ピリジニウムイオンとしては、メチルピリジニウムイオン、エチルピリジニウムイオンなどが好適であり;、(iv)4級キノリニウムイオンとしては、メチルキノリニウムイオン、エチルキノリニウムイオン、ブチルキノリウムイオンなどが好適であり;、(v)ホスホニウムイオンとしては、テトラブチルホスホニウムイオン、メチルトリフェニルホスホニウムイオン等の第4級ホスホニウムイオンなどが好適である。
【0043】
一般式(2)で示されるアリールボレート化合物の好適例としては、テトラフェニルボレートのナトリウム塩、リチウム塩、カリウム塩、トリエタノールアンモニウム塩、テトラブチルアンモニウム塩等を挙げることができ、これらの中でも水溶性が高いために、水が多い部分での硬化活性が高いという理由から、テトラフェニルボレートのナトリウム塩が特に好ましい。
【0044】
本発明の化学重合開始剤において、前記(e)アリールボレート化合物の配合量は、特に制限されるものではないが、(b)パーオキシエステル100質量部当たり、10質量部~2000質量部、特に30質量部~1000質量部とすることが好ましい。このような範囲の配合量とすることにより、本発明の化学重合開始剤を接着性組成物あるいは接着性組成物キットに用いた際に、高い硬化性および/または接着性を得ることができる。
【0045】
<(e)アスコルビン酸塩>
本発明の化学重合開始剤では、アスコルビン酸塩として、2-ホスホ-L-アスコルビン酸三ナトリウム、アスコルビン酸カルシウム、およびイソアスコルビン酸ナトリウムからなる群より選ばれる少なくとも1種からなるアスコルビン酸塩(以下、「特定アスコルビン酸塩」ともいう。)からなる粉体であって、且つ、レーザー回折散乱法により求めた体積基準の粒度分布から得られる平均粒子径(具体的には、粒子径分布の50%に相当する粒子径の値)が0.1~20μmの粉体(以下、「特定アスコルビン酸塩粉体」ともいう。)を使用する。ここで、粉体とは粒子の集合体を意味し、本発明の化学重合開始剤中或いはこれを用いた(接着性)重合硬化性組成物中においては、他の成分中に粒子が分散して存在することになる。レーザー回折散乱式粒度分布測定機(たとえば、ベックマンコールター社製「LS13-320」)を用いた測定は、特定アスコルビン酸塩粉体を溶解しない分散媒中に所定量の特定アスコルビン酸塩粉体を分散させた試料を用いて行うことができる。試料の調製は、分散媒としてエタノールを用い、PIDS(Polarization Intensity Differential Scattering)濃度が45~55質量%になるような量の特定アスコルビン酸塩粉体を分散媒に添加して超音波処理して分散させることにより行うことができる。本発明では、超音波処理は、たとえば、アズワン社製「超音波洗浄機VS-150」を用いて150W出力で5分間処理した試料を用い、エタノールの屈折率を1.33とし、アスコルビン酸塩の屈折率を1.6として測定を行って得られた体積基準の粒度分布において粒子径分布の50%に相当する粒子径を平均粒子径としている。
【0046】
上記3種の化合物(特定アスコルビン酸塩)以外のアスコルビン酸塩を用いた場合には、本発明の効果を得ることができない。すなわち、上記平均粒子径の粉体の状態を維持することが困難であるばかりでなく、吸湿して化学重合開始剤の活性が低下するか、又は上記平均粒子径の粉体の状態を維持できたとしても低活性なものとなる。本発明者等は、たとえば、アスコルビン酸ナトリウムについて機械的粉砕・凍結乾燥・再沈殿等を行って小粒子化したところ、潮解してしまい、開始剤として十分な活性を示さないこと(後述の比較例3参照)、及びアスコルビン酸硫酸エステル二ナトリウムをした場合には高い活性が得られないこと(後述の比較例4及び5参照)を確認している。また、上記範囲の上限値を超える場合には、たとえば歯科用セメントのような歯科用接着性組成物において一般的に配合される無機フィラーの粒子径と比べて有意に大きな粒子を多く含むようになるため、歯科用接着性組成物の化学重合触媒成分として配合したときに硬化体被膜の厚さを薄くすることができず、補綴物と歯台とを接着する場合等における適合性が低下する。また、上記範囲の下限値を下回る粉体とすることは困難であり、また手間を要する。
【0047】
上記適合性及び調製容易性の観点から、前記粉体の平均粒子径は、0.1~20μm、特に0.1~10μmであることが好ましい。また、レーザー回折散乱式粒度分布測定機にて測定される粒度分布から求められる、全粒子数中に占める粒径が20μmを超える粒子の数の割合(%)を20μm超粒子含有率:R20としたときに、前記粉体のR20は、20%以下であることが好ましく、10%以下であることが特に好ましい。このような粉体とする方法としては、乳鉢やボールミルを用いた機械的粉砕、凍結乾燥、再沈殿、重合性単量体との混練による粉砕などが採用でき、粉砕後に篩かけを行うことが好ましい。これら方法を採用する場合には、予め粉砕条件と平均粒子径との関係を調べておき、所定の平均粒子径の粉体が得られる条件を採用して小粒子径化することが好ましい。
【0048】
本発明の化学重合開始剤における、前記(e)特定アスコルビン酸塩粉体の配合量は、高い重合活性と、高い接着強さを発揮することができるという理由から、(b)パーオキシエステル100質量部当たり、7質量部~21000質量部、特に17質量部~3300質量部とすることが好ましく、55質量部~1320質量部とすることが最も好ましい。
【0049】
<無機過酸化物>
本発明の化学重合開始剤は、前記したように無機過酸化物を併用しなくても前記した効果を奏する。このため本発明の化学重合開始剤は、無機過酸化物を含まないか実質的に含まないものであってもよく、構成成分を少なくするという観点からは、無機過酸化物を含まないことが好ましい。一方、相乗効果が期待される場合には、無機過酸化物を更に配合することが好ましい。
【0050】
無機過酸化物としては、過酸化リチウム、過酸化カリウム、過酸化マグネシウム、過酸化カルシウム、過酸化バリウム、過酸化亜鉛、ペルオキソ二硫酸塩、ペルオキソ二リン酸塩等、公知の無機過酸化物が特に制限なく使用できる。重合活性の観点からは、ペルオキソ二硫酸ナトリウム、ペルオキソ二硫酸カリウム、ペルオキソ二硫酸アンモニウムなどのペルオキソ二硫酸塩を使用するのが好適であり、特にペルオキソ二硫酸カリウム、ペルオキソ二硫酸ナトリウムを使用することが好ましい。
【0051】
本発明の化学重合開始剤に、無機過酸化物を積極的に配合する場合における配合量は、高い重合活性と、高い接着強さを発揮することができるという理由から、(b)パーオキシエステル100質量部当たり、7質量部~21000質量部、特に17質量部~3300質量部とすることが好ましく、55質量部~1320質量部とすることが最も好ましい。
【0052】
<他の重合促進剤>
本発明の化学重合開始剤は、前記(a)~(e)の成分及び無機過酸化物以外に重合促進剤を含むことができる。以下、これらについて説明する。
【0053】
本発明の化学重合開始剤には他の重合促進剤として、芳香族スルフィン酸化合物及びバルビツール酸化合物を配合してもよい。
【0054】
芳香族スルフィン酸化合物として好適に使用できるものを例示すれば、p-トルエンスルフィン酸ナトリウム、ベンゼンスルフィン酸ナトリウム、2,4,6-トリメチルベンゼンスルフィン酸、2,6-ジメチルベンゼンスルフィン酸、2,6-ジイソプロピルベンゼンスルフィン酸、2,4,6-トリメチルベンゼンスルフィン酸、2,4,6-トリイソプロピルベンゼンスルフィン酸のナトリウム塩、トリエタノールアンモニウム塩、テトラエチルアンモニウム塩等を挙げることができる。これら芳香族スルフィン酸塩の中でも、反応性の高さ、重合性単量体への溶解性の高さから、ベンゼンスルフィン酸塩、および、パラトルエンスルフィン酸塩が好ましい。
【0055】
また、バルビツール酸化合物として好適に使用できるものを例示すれば、5-ブチルバルビツール酸、1,3,5-トリメチルバルビツール酸、1-シクロヘキシル-5-エチルバルビツール酸、及びこれらバルビツール酸類のナトリウム塩、カルシウム塩を挙げることができる。
【0056】
これらを配合する場合における配合量は、これらの総質量が(b)パーオキシエステル100質量部当たり、10質量部~2000質量部、特に30質量部~1000質量部とすることが好ましい。
【0057】
2.本発明の接着性組成物
本発明の接着性組成物は、(g)酸性基含有重合性単量体及び(h)酸性基非含有重合性単量体からなるラジカル重合性単量体成分、並びに本発明の化学重合開始剤を含み、ハイドロパーオキサイドを実質的に含有しない、ことを特徴とする。ここで「ハイドロパーオキサイドを実質的に含まない」とは、(1)ハイドロパーオキサイドを含有しない場合(ハイドロパーオキサイドの含有量が0質量%)、あるいは、(2)本発明の接着性組成物に含まれる(b)パーオキシエステル(PE)とハイドロパーオキサイド(HP)とのモル比:HP/PEが0を超え2/100以下程度、好ましくは0を超え1/300以下程度の範囲であることを意味する。
【0058】
本発明の接着性組成物のラジカル重合性単量体成分における(g)酸性モノマーと(h)非酸性モノマーの配合割合は、ラジカル重合性単量体成分における前記(g)酸性基含有重合性単量体及び(h)酸性基非含有重合性単量体の配合割合は、ラジカル重合性単量体成分100質量部に対して(g)酸性基含有重合性単量体が0.1~50質量部で残部が(h)酸性基非含有重合性単量体となる割合であることが好ましく、(g)酸性基含有重合性単量体が1~30質量部で残部が(h)酸性基非含有重合性単量体となる割合であることがより好ましい。また、本発明の化学重合開始剤の含有量は、ラジカル重合性単量体成分100質量部に対して、前記(b)パーオキシエステルが0.005~5質量部となる量、特に前記(b)パーオキシエステルが0.05~2.5質量部となる量とすることが好ましい。
【0059】
本発明の接着性組成物には、さらに必要に応じて、(i)充填材、溶媒、重合禁止剤、顔料、紫外線吸収剤などが適宜含まれていてもよい。本発明の接着性組成物は、歯科用材料として好適に利用でき、歯科用材料の中でも歯科用セメントあるいは歯科用接着剤として特に好適に利用できる。歯科用セメントとして用いる場合には、(i)充填材が含まれることが好ましく、歯科用接着剤として用いる場合には、溶媒が含まれることが好ましい。
【0060】
以下、本発明の接着性組成物で使用されるラジカル重合性単量体、具体的には(g)酸性基含有重合性単量体(酸性モノマー)及び(h)酸性基非含有重合性単量体(非酸性モノマー)並びに(i)充填材について説明する。
【0061】
<(g)酸性基含有重合性単量体(酸性モノマー)>
酸性モノマーとしては、少なくとも1つの酸性基と少なくとも1つのラジカル重合性不飽和基とを有する公知の重合性単量体が使用できる。ここで酸性基とは、この基を有するラジカル重合性単量体の水溶液または水懸濁液が酸性を呈するものであり、代表的には、カルボキシル基(-COOH)、スルホ基(-SO3H)、ホスフィニコ基{=P(=O)OH}、ホスホノ基{-P(=O)(OH)2}等のヒドロキシル基を有するものが例示される。また、このようなヒドロキシル基含有酸性基以外にも、2つのヒドロキシル含有酸性基が脱水縮合した構造の酸無水物基、ヒドロキシル基含有酸性基のヒドロキシル基がハロゲンに置換された酸ハロゲン化物基等を挙げることができる。また、ラジカル重合性不飽和基も特に限定されず、公知のものであってよい。たとえば、(メタ)アクリロイル基、(メタ)アクリロイルオキシ基、(メタ)アクリロイルアミノ基、(メタ)アクリロイルチオ基等の(メタ)アクリロイル系基、ビニル基、アリル基、スチリル基等が例示される。
【0062】
酸性モノマーとしては、重合性の観点から、(メタ)アクリル酸エステル系の酸性基含有重合性単量体が好適に使用される。この(メタ)アクリル酸エステル系の酸性基含有重合性単量体は、生体への安全性の観点で、歯科用材料に用いる場合に特に好適である。酸性モノマーは1種類のみを用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0063】
好適に使用できる酸性モノマーとしては、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルジハイドロジェンホスフェート、ビス[2-(メタ)アクリロイルオキシエチル]ハイドロジェンホスフェート、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルフェニルハイドロジェンホスフェート、6-(メタ)アクリロイルオキシヘキシルジハイドロジェンホスフェート、6-(メタ)アクリロイルオキシヘキシルフェニルハイドロジェンホスフェート、10-(メタ)アクリロイルオキシデシルジハイドロジェンホスフェート、1,3-ジ(メタ)アクリロイルプロパン-2-ジハイドロジェンホスフェート、1,3-ジ(メタ)アクリロイルプロパン-2-フェニルハイドロジェンホスフェート、ビス[5-{2-(メタ)アクリロイルオキシエトキシカルボニル}ヘプチル]ハイドロジェンホスフェート等を挙げることができる。
【0064】
<(h)酸性基非含有重合性単量体(非酸性モノマー)>
非酸性モノマーとしては、分子内に少なくとも1つのラジカル重合性不飽和基を有し、酸性基を有しないものであれば、特に限定されない。重合性の観点及び生体への安全性の観点からは、(メタ)アクリル酸エステル系の酸性基非含有重合性単量体が好適に使用される。非酸性モノマーは、1種類のみを用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。好適に使用できる非酸性モノマーとしては、メチル(メタ)アクリレート、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、2,2-ビス〔4-(3-メタクリロイルオキシ)-2-ヒドロキシプロポキシフェニル〕プロパン、2,2-ビス(メタクリロイルオキシポリエトキシフェニル)プロパン、2-ヒドロキシエチルメタクリレート、2,2,4-トリメチルヘキサメチレンビス(2-カルバモイルオキシエチル)ジメタクリレート、1,10-デカンジオールジ(メタ)アクリレート等を挙げことができる。
【0065】
なお、本発明の接着性組成物が歯科用材料などとして使用される場合のように、接着性組成物の硬化体に、より優れた機械的強度が要求されることがある。この場合、非酸性モノマーとしては、複数のラジカル重合性基を有する二、三または四官能性ラジカル重合性単量体を用いることが好ましい。
【0066】
次に、本発明の接着性組成物に好適に配合できる配合剤について説明する。
【0067】
<(i)充填材>
本発明の接着性組成物に用いることができる充填材としては、従来の歯科材料等で使用されている粉体状の無機充填材、有機充填材、有機無機複合充填材などが利用できる。硬化体の機械的強度の観点から、無機充填材や有機無機複合充填材を使用することが好ましい。
【0068】
好適に使用される無機充填材を例示すれば、各種シリカ;シリカ-チタニア、シリカ-ジルコニア等のケイ素を構成元素として含む複合酸化物;タルク、モンモリロナイト、ゼオライト、ケイ酸カルシウム等のケイ素を構成元素として含む粘土鉱物或いはケイ酸塩類(以下、これらをシリカ系フィラーと呼ぶ);フッ化イッテルビウム、フッ化イットリウム、ケイ酸塩ガラス、フルオロアルミノシリケートガラス、ランタンガラス、バリウムガラス、ストロンチウムガラス等;を挙げることができる。これら無機充填材は、重合性単量体とのなじみを良くし、得られる硬化体の機械的強度や耐水性を向上させるために、シランカップリング剤等の表面処理剤で表面処理して使用されることもある。前記シリカ系フィラーは、化学的安定性に優れており、シランカップリング剤等での表面処理が容易である。また、好適に使用できる有機充填材としては、ポリメタクリル酸メチル、ポリメタクリル酸エチル、メタクリル酸メチル-メタクリル酸エチル共重合体、架橋型ポリメタクリル酸メチル、架橋型ポリメタクリル酸エチル、エチレン-酢酸ビニル共重合体、スチレン-ブタジエン共重合体、アクリロニトリル-スチレン共重合体、アクリロニトリル-スチレン-ブタジエン共重合体等を挙げることができる。さらに、好適に使用できる有機無機複合充填材としては、(e)酸性モノマーまたは(f)非酸性モノマーとして使用し得る重合性単量体と無機充填材とを複合化させた、有機無機複合充填材が好適に使用できる。複合化方法は、特に限定されず、また、中実なものであっても、細孔を有するものであってもよい。硬化体の機械的強度の観点からは、国際公開第2013/039169号パンプレットに記載されているような、無機凝集粒子の表面が有機重合体で被覆され、且つ細孔を有する有機無機複合充填材を使用することが好ましい。これら充填材は1種類のみを用いてもよく、2種類以上を組合せて用いてもよい。
【0069】
これら充填材の平均粒子径は、通常20μm以下であるため、硬化体被膜の厚さには悪影響を及ぼさないが、粗大粒子を含む充填材を使用する場合には、(e)特定アスコルビン酸塩粉体と同様の平均粒子径やR20を有する粉体として使用する必要がある。
【0070】
(i)充填材の総配合量は、目的とする用途に応じて適宜決定すればよい。中でも、歯科用材料、特に歯科用セメントに使用する場合には、歯科用セメントに含まれる重合性単量体成分100質量部に対して、65質量部以上1000質量部以下配合することが好ましい。練和性や硬化体の機械的強度の観点からは、歯科用セメントに含まれる重合性単量体成分100質量部に対して、150質量部以上400質量部以下とすることがより好ましい。なお、本発明の接着性組成物を歯科用セメントとして使用する場合におけるラジカル重合性単量体成分の組成は、ラジカル重合性単量体成分の総質量を基準として、通常0.1質量%以上50質量%以下が(g)酸性モノマーであり、残余が(h)非酸性モノマーとされ、好ましくは1質量%以上30質量%以下が(g)酸性モノマーで、残余が(h)非酸性モノマーであることが好ましい。このような重合性単量体成分の組成を採用した歯科用セメントでは、歯質に対する接着性をより強固なものとし、歯質および各種材料からなる補綴物に対する接着耐久性をより一層向上させることができる。
【0071】
3.本発明のキット
上記特徴を有する本発明のキットは、互いに物理的に接触不可能な状態で包装された第一の部分組成物と第二の部分組成物との組み合わせから構成され、使用時に両部分組成物を混合することにより本発明の接着性組成物を調製するものである。そして、前記第一の部分組成物は、前記(a)チオ尿素化合物、前記(d)アリールボレート化合物および前記(e)特定アスコルビン酸塩粉体を含むと共に、前記(c)二価の銅化合物、前記(g)酸性基含有重合性単量体および過酸化物を実質的に含まず、前記第二の部分組成物は、前記(b)パーオキシエステル、前記(c)二価の銅化合物および前記(g)酸性基含有重合性単量体を含むと共に、前記(a)チオ尿素化合物、前記(d)アリールボレート化合物および前記(e)特定アスコルビン酸塩粉体を実質的に含まず、前記(h)酸性基非含有重合性単量体及び前記(i)充填材は、夫々、前記第一の部分組成物および前記第二の部分組成物から選択される少なくとも一方の組成物に含まれる、ことを特徴とする。
【0072】
上記特徴を有する本発明のキットは、分包された第一の部分組成物及び第二の部分組成物の保存安定性が高く、分包された状態で長期間安定に保管(保存)でき、保存用の形態として有用なだけでなく、それ自体を製品として市場に流通させることもができる。
【0073】
なお、「物理的に接触不可能な状態で包装される」とは、一の組成物と他の組成物とが両者間での分子拡散を阻害する阻害部材(包装部材)によって分離されて包装されている状態を意味する。阻害部材(包装部材)としては、一般的には、容器や袋の素材として好適に用いられる樹脂、ガラス、金属、セラミックスなどの固体部材が用いられる。「物理的に接触不可能な状態」の典型例としては、たとえば、外気および外光を遮断する容器内に密封された状態で1種類の組成物が保管されている状態が挙げられる。具体的な包装形態としては、ボトル、チューブ、シリンジなどの容器内に充填された形態を挙げることができ、たとえば、i)練和紙上に第一剤と、第二剤と適量塗布して、両者をヘラで練和する方法、ii)第一剤および第二剤がペースト状である場合において、先端にミキシングチップを接続したシリンジから第一剤と第二剤とを同時に押出す方法、iii)第一剤および第二剤が液状である場合において、第一剤と第二剤とを同一の混和皿に採取する方法等により、本発明の接着性組成物を調製することができる。
【0074】
また、前記第一の部分組成物および第二の部分組成物において、「実質的に含まない」とは、(1)対象となる化合物又は成分を含有しない場合(含有量が0質量%)、あるいは、(2)対象となる化合物又は成分を含有しない場合と比較したときにおいて、保存安定性について明らかな有意差が認められない範囲で微量含有される場合、を意味する。ここで、上記(2)に示す場合、各部分組成物における含有量は、通常1質量%以下であり、0.02質量%以下、特に0.01質量%以下であることが好ましい。
【0075】
たとえば、本発明のキットを歯科用セメント用キットとする場合には、第一の部分組成物を、(a)チオ尿素化合物、(d)アリールボレート化合物、(e)特定アスコルビン酸塩粉体、(h)酸性基非含有重合性単量体及び(i)充填材のみから構成し、第二の部分組成物を、(b)パーオキシエステル、(c)二価の銅化合物、(g)酸性基含有重合性単量体、(h)酸性基非含有重合性単量体及び(i)充填材のみから構成した態様を採用することが好ましい。
【0076】
第一の部分組成物(第一剤)及び第二の部分組成物(第二剤)それぞれの組成は、基本的には、両者を等量で混合したとき{第一剤と第二剤との混合比(第一剤の量/第二剤の量):1/1、あるいは、第一剤と第二剤との混合比率(100×第一剤の量/第二剤の量):100%で混合したとき}に、本発明の接着性組成物の組成となるように決定される。そして、このようにして決定された組成に従い、各成分を秤量し混合することにより容易に第一剤及び第二剤を調製することができる。なお、上記の「等量」とは、通常、質量基準での等量を意味するが、組成物が液状のときは体積基準での等量であってもよい。
【0077】
但し、実際の使用時に、すなわち、第一の部分組成物(第一剤)及び第二の部分組成物(第二剤)を混合して本発明の接着性組成物を調製する際に、前記混合比を厳密に1/1とすることができない場合もある。この場合、1/1以外の混合比(以下、「指定混合比」ともいう。)で混合したときに所期の組成を有する本発明の接着性組成物が得られるようにすることが好ましい。指定混合比(この値を%表示したものを「指定混合比率」ともいう。)は、重合活性および操作性が大幅に損なわれない範囲で適宜決定すればよい。しかし、取扱い性や製品パッケージ化の容易さなどの実用上の観点から、指定混合比(率)は、質量基準(又は体積基準)の混合比(第一剤/第二剤)を1/5~5/1(混合比率:20%~500%)の範囲内とすることが好ましく、混合比:1/3~3/1(混合比率:33%~300%)の範囲内とすることがより好ましい。
【0078】
指定混合比(率)は、混合比(率)情報表示媒体に表示することができる。この混合比(率)情報表示媒体としては、たとえば、i)紙箱等からなる製品パッケージ、ii)紙媒体および/または電子データとして提供される製品の使用説明書、iii)第一剤および第二剤を各々密封状態で保管する容器(ボトル、シリンジ、包装袋等)、iv)紙媒体および/または電子データとして提供される製品カタログ、v)製品とは別に電子メールや郵便物等により製品利用者に送付される通信文などが利用できる。また、指定混合比率は、上記i)~v)に示す以外の態様により製品利用者が認知しうる態様で、製品利用者に提供されてもよい。
【0079】
本発明のキットを使用する場合、第一の部分組成物(第一剤)及び第二の部分組成物(第二剤)を混合することによって得られた混合組成物(本発明の接着性組成物)は、全種類の化学重合開始剤成分および重合性単量体成分を含むため、速やかに或いは予め設定された操作余裕時間をもって重合硬化する。そして、これにより、硬化体を得ることができる。混合組成物を重合硬化させる方法としては、公知の方法が採用できる。たとえば、硬化させる必要箇所に混合組成物を塗布し、静置すればよい。この場合、塗布された混合組成物を10~37℃の温度範囲で保持することにより、混合組成物は十分に硬化することができる。
【実施例0080】
以下に本発明を、実施例を挙げて説明するが、本発明は以下の実施例にのみ限定されるものでは無い。
【0081】
1.使用した物質の略称
まず、以下に、各実施例および各比較例の化学重合開始剤およびこれを含む組成物において使用した物質の略称について説明する。
【0082】
<(a)チオ尿素化合物>
AcTU;アセチルチオ尿素
BzTU;ベンゾイルチオ尿素
PyTU;ピリジルチオ尿素。
【0083】
<(b)パーオキシエステル>
BPT;t-ブチルパーオキシ-3,5,5-トリメチルヘキサノエート
BPB;t-ブチルパーオキシベンゾエート
BPE;t-ブチルパーオキシ-2-エチルヘキシルモノカーボネート
BPL;t-ブチルパーオキシラウレート。
【0084】
<(c)二価の銅化合物>
CuA;酢酸銅(II)一水和物
CuAA;アセチルアセトン銅(II)。
【0085】
<(d)アリールボレート化合物>
PhBNa;テトラフェニルホウ素のナトリウム塩
PhBTEOA;テトラフェニルホウ素のトリエタノールアンモニウム塩。
【0086】
<(e)特定アスコルビン酸塩>
リン酸AANa;2-ホスホ-L-アスコルビン酸三ナトリウム塩
AACa;L(+)-アスコルビン酸カルシウム
イソAANa;L-イソアスコルビン酸ナトリウム。
【0087】
<その他のアスコルビン酸塩>
AANa;L(+)-アスコルビン酸ナトリウム
硫酸AANa;L(+)-アスコルビン酸硫酸エステル二ナトリウム。
【0088】
<(f)酸性基含有重合性単量体(酸性モノマー)>
MDP;10-メタクリルオキシデシルジハイドロジェンホスフェート。
【0089】
<(g)酸性基非含有重合性単量体(非酸性モノマー)>
BisGMA;2,2-ビス〔4-(3-メタクリロイルオキシ)-2-ヒドロキシプロポキシフェニル〕プロパン
D-2.6E;2,2-ビス(メタクリロイルオキシポリエトキシフェニル)プロパン
3G;トリエチレングリコールジメタクリレート
HEMA;2-ヒドロキシエチルメタクリレート。
【0090】
<(h)充填材>
F1;平均粒子径3.4μmのシリカジルコニア充填材
F2;平均粒子径0.2μmのシリカジルコニア充填材
なお、上記充填材の平均粒子径は、レーザー回折散乱式粒度分布測定機で測定した凝集粒子の平均粒子径を意味する。
【0091】
2.アスコルビン酸塩の小粒径化並びに粒子径及び潮解性の評価
アスコルビン酸塩小粒径化は、未粉砕のアスコルビン酸塩から所定量採取したものを5分間乳鉢で粉砕し、目開き20μmのステンレス篩を通過したものを粉砕アスコルビン酸塩として回収することにより行った。次に、得られた粉砕アスコルビン酸塩から0.1gを採取し、これにエタノール10mLを加え、振盪し懸濁液とした。この懸濁液をアズワン社製「超音波洗浄機VS-150」を用いて150W出力で5分間超音波処理した後に、粒度分布計(ベックマンコールター社製 LS13-320)を用い、光学モデル「Fraunhofer」(屈折率:分散媒;1.333、試料;1.6)を適用して、体積統計の平均粒子径(粒子径分布の50%に相当する粒子径の値)とR20(全粒子数中に占める粒径が20μmを超える粒子の数の割合(%))を求めた。これとは別に未粉砕のアスコルビン酸塩0.1gを用いて同様に調製した試料を用い、同様にして平均粒子径及びR20を求めた。また、粉砕処理前後の潮解性を、湿度80%、気温25℃の大気雰囲気中に1日静置し、一部でも液体化したものを×、液体化しなかったものを〇として潮解性の評価を行った。これらの結果を表1に示す。
【0092】
【0093】
3.実施例1~14及び比較例1~6
(1)第1剤及び第2剤の調製
以下に示す方法で第1剤及び第2剤を調製した。すなわち、(g)BisGMA:30質量部及び(g)3G:20質量部からなる第一剤用重合性単量体成分:50質量部、F1:46.5質量部及びF2:70質量部からなる充填材:116.5質量部、並びに表2に示す各添加剤を:表2に示す量(質量部)を混合して第一剤を調製した。また、(f)MDP:12.5質量部、(g)HEMA:5質量部、(g)D-2.6E:20質量部及び(g)3G:12.5質量部からなる第二剤用重合性単量体成分:50質量部、F1:46.5質量部及びF2:70質量部からなる充填材:116.5質量部、並びに表2に示す各添加剤を:表2に示す量(質量部)を混合して第二剤を調製した。
【0094】
なお、表2に示す各成分の質量部(括弧内の数値)は、第一剤用添加剤については、第一剤用重合性単量体成分50質量部に対する質量部を表し、第二剤用添加剤については、第二剤用重合性単量体成分50質量部に対する質量部を表している。すなわち、各実施例及び比較例における第一剤用添加剤及び第二剤用添加剤以外の成分は、共通であり、各実施例及び比較例における第一剤の共通成分は、以下に示す組成を有する第一剤用ベース組成からなり、第二剤の共通成分は、以下に示す組成を有する第二剤用ベース組成物からなることになる。また、表2における「↑」は、同上を意味している。
【0095】
<第一剤用ベース組成物>
・(g)BisGMA:30質量部
・(g)3G:20質量部
・(h)F1:46.5質量部
・(h)F2:70質量部
<第二剤用ベース組成物>
・(f)MDP:12.5質量部
・(g)HEMA:5質量部
・(g)D-2.6E:20質量部
・(g)3G:12.5質量部
・(h)F1:46.5質量部
・(h)F2:70質量部。
【0096】
【0097】
(2)第一剤及び第二剤中の充填材の粒子径の評価
第一剤及び第二剤中の充填材の粒子径を評価するために、別途第一剤用ベース組成物及び第二剤用ベース組成物第一剤用添加剤及び第二剤用添加剤を添加しない他は上記と同様にして第一剤用ベース組成物及び第二剤用ベース組成物を調製し、得られた組成物中に分散する(h)充填材の平均粒子径及びR20を評価したところ、平均粒子径は3.0μmでありR20は0%であった。なお、評価は、各組成物0.1とエタノール10mLを用いて前記2と同様にして調製した試料を用い、前記2と同様にして行った。
【0098】
(3)歯科用接着性組成物の調製及び得られた歯科用接着性組成物の評価
(1)で調製した第1剤及び第2剤からなるキットを用い、該キットを構成する第1剤及び第2剤を体積比1:1でミキシングチップセメント用(トクヤマデンタル社製)を用いて混合し、各実施例及び比較例の歯科用接着性組成物を調製した。次いで、得られた歯科用接着性組成物の象牙質に対する接着強さ及び被膜厚さを次のようにして測定した。評価結果を表3に示す。
【0099】
<象牙質に対する接着強さの評価方法>
抜去した牛下顎前歯を注水下、P600の耐水研磨紙で研磨し、唇面と平行になるように象牙質平面を削り出した。この象牙質平面に圧縮空気を吹き付けて乾燥させた後、直径3mmの円孔の開いた両面テープをそれぞれ固定し、接着面積を規定した。続いて直径8mmの円柱状の金属アタッチメントに、調製した各接着性組成物を塗布し、両面テープの円孔と金属アタッチメントの面が同心円状になるように、接着性組成物の塗布面を象牙質面に圧接した。この試験サンプルを37℃の水中にて24時間浸漬した後、万能試験機(AG-I型、島津製作所社製)を用いて、クロスヘッドスピード2mm/mmの条件で荷重を開始し、測定サンプルが破断するまで試験サンプルに荷重を加え、最大荷重から下記式(2)を用いて接着強さを求めた。
・式(2) 接着強さ(MPa)=最大荷重(N)/被着面積(mm2)。
【0100】
<被膜厚さの測定方法>
先ず、夫々、直径が16mm、厚さ約6.0mmである2枚のガラス板を準備し、これらを重ねたときの厚さをマイクロメーターにて測定し、ブランク値:d1を求めた。次に1枚のガラス板の中心に、30秒練和したペースト(試料となる接着性組成物)を0.1g盛った後、直ちに、もう1枚のガラス板で該ペーストを挟みでから15kgの荷重を印加し10分間静置してペーストを硬化させた。その後、荷重を解除してから接着性組成物の硬化体被膜を挟んだ状態の厚さd2を測定し、d2-d1から硬化体被膜の厚さを求めた。なお、厚さは、d1及びd2とも、中心と外周4点の計5点の平均値とし、被膜厚さは、5回の試験の平均値として求めた。また、被膜厚さが20μm以下である時に、良好な被膜厚さと判定した。
【0101】
【0102】
表3に示されるように、実施例1~14の接着性組成物は、象牙質に対して高い接着強さを示し、良好な被膜厚さを与えることを確認した。
【0103】
一方で、アスコルビン酸塩としてアスコルビン酸ナトリウムを用いた場合には、未粉砕のものを用いると(比較例2)、象牙質に対する接着強さは高くなるものの被膜厚さは厚くなってしまい、小粒径化処理したものを用いると(比較例3)、膜厚は低下するものの潮解したことにより象牙質に対する接着強は低下している。また、L(+)-アスコルビン酸硫酸エステル二ナトリウムを用いた場合(後述の比較例4及び5参照。)には、アスコルビン酸ナトリウムを配合しない場合(比較例1)と同様に、平均粒子径に拘わらず象牙質に対する接着性改善効果が得られない。さらに、特定アスコルビン酸塩である未粉砕のL-イソアスコルビン酸ナトリウムを用いた場合でも平均粒子径が20μmを超える場合(比較例6)には、象牙質に対する接着強さは高いものの被膜が厚くなっている。なお、保存安定性を評価するために、調製直後の接着性組成物を構成する第一剤及び第二剤を夫々別の容器に填入した状態にて、50℃で2週間保管したものを用いて調製した接着性組成物について同様の評価を行い、調製直後とほぼ同等の結果が得られることを確認している。
【0104】
比較例7
比較例1において第二剤に無機過酸化物としてペルオキソ二硫酸ナトリウム:3.3質量部を配合する他は比較例1と同様にして象牙質に対する接着強さを評価したところ、5.2MPaであった。この値は、比較例1よりかなり高い値ではあるものの、実施例の値よりは劣っている。