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  • 特開-新規電極活物質の探索方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024174513
(43)【公開日】2024-12-17
(54)【発明の名称】新規電極活物質の探索方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/36 20060101AFI20241210BHJP
【FI】
H01M4/36 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023092370
(22)【出願日】2023-06-05
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100092624
【弁理士】
【氏名又は名称】鶴田 準一
(74)【代理人】
【識別番号】100147555
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 公一
(74)【代理人】
【識別番号】100123593
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 宣夫
(74)【代理人】
【識別番号】100133835
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 努
(72)【発明者】
【氏名】山村 英行
(72)【発明者】
【氏名】菊池 夏希
(72)【発明者】
【氏名】山崎 久嗣
【テーマコード(参考)】
5H050
【Fターム(参考)】
5H050AA19
5H050BA17
5H050CB01
5H050CB11
(57)【要約】
【課題】本開示は、空間を有する結晶構造を対象とした、新規電極活物質を探索する方法を提供する。
【解決手段】新規電極活物質を探索する本開示の方法は、構造データベースから対象となる結晶構造の情報を取得すること、結晶構造内の空間にリチウムイオンを所定量まで配置した挿入構造の構造情報を生成すること、第一原理計算に基づいて結晶構造を緩和させた緩和構造の構造情報を生成すること、緩和構造において、前記結晶構造に含まれる結合が切れるか否かを判定すること、及び結晶構造に含まれる結合が切れないと判定された場合には、配置されたリチウムイオンの所定量と緩和による結晶構造の膨張率との関係を計算すること、を含む処理をコンピュータに実行させる
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造データベースから対象となる結晶構造の情報を取得すること、
前記結晶構造内の空間にリチウムイオンを所定量まで配置した挿入構造の構造情報を生成すること、
第一原理計算に基づいて前記結晶構造を緩和させた緩和構造の構造情報を生成すること、
前記緩和構造において、前記結晶構造に含まれる結合が切れるか否かを判定すること、及び
前記結晶構造に含まれる前記結合が切れないと判定された場合には、配置された前記リチウムイオンの前記所定量と前記緩和による結晶構造の膨張率との関係を計算すること、
を含む処理をコンピュータに実行させる、新規電極活物質の探索方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、新規電極活物質の探索方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電池の開発が盛んに行われている。例えば、自動車産業界では、電気自動車又はハイブリッド自動車に用いられる電池の開発が進められている。また、電池、特にリチウムイオン電池に用いられる電極活物質として、シリコンが知られている。
【0003】
シリコン電極活物質は理論容量が大きく、電池の高エネルギー密度化に有効である。その反面、シリコン電極活物質は、充電時の膨張が大きいという問題を有する。これに対して、シリコン電極活物質としてシリコンクラスレート電極活物質を用いることによって、充電時の膨張を抑制することが知られている。
【0004】
シリコンクラスレート電極活物質は通常のシリコン電極活物質と比較して充電時の膨張を抑制できるものの、シリコンクラスレート電極活物質の充電時の膨張を更に抑制することが求められている。そうしたなかで、シリコンクラスレート中のシリコンを特定の元素で置換することにより、充電時の膨張を抑制する技術が開発されている。
【0005】
例えば、特許文献1は、シリコンクラスレート型の結晶相を有し、Na元素、Si元素、およびSi元素よりもイオン半径の大きい金属元素であるM元素を含み、前記Si元素および前記M元素の合計に対する、前記M元素の割合が0.1atm%以上5atm%以下である、活物質を開示している。
【0006】
ところで、所定の計算によってリチウムイオン電池の電極活物質として用いることできる物質を探索することが検討されている。
【0007】
例えば、非特許文献1は、リチウムイオンがシリコンに挿入されるときのエネルギーを第一原理に基づいて計算する方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2021-018981号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Maria K. Y. Chan et al., J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 14362-14374
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
非特許文献1は、結晶構造内に空間を有さないシリコンを対象として、リチウムイオン挿入時のエネルギーの観点のみから計算を実施している。これに対して、任意に機械学習と組み合わせて、シリコンクラスレートのような結晶構造内に空間を有する物質を対象として、新規な電極活物質を探索する方法の開発が望まれている。
【0011】
本開示は、空間を有する結晶構造を対象とした、新規電極活物質を探索する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本件開示者等は、以下の手段により上記課題を解決することができることを見出した。
〈態様1〉
構造データベースから対象となる結晶構造の情報を取得すること、
前記結晶構造内の空間にリチウムイオンを所定量まで配置した挿入構造の構造情報を生成すること、
第一原理計算に基づいて前記結晶構造を緩和させた緩和構造の構造情報を生成すること、
前記緩和構造において、前記結晶構造に含まれる結合が切れるか否かを判定すること、及び
前記結晶構造に含まれる前記結合が切れないと判定された場合には、配置された前記リチウムイオンの前記所定量と前記緩和による結晶構造の膨張率との関係を計算すること、
を含む処理をコンピュータに実行させる、新規電極活物質の探索方法。
【発明の効果】
【0013】
本開示によれば、結晶中に空間を有する構造を対象とした、新規電極活物質を探索する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、結晶構造の容量と緩和による結晶構造の膨張率との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本開示の実施の形態について詳述する。なお、本開示は、以下の実施の形態に限定されるのではなく、開示の本旨の範囲内で種々変形して実施できる。
【0016】
《新規電極活物質の探索方法》
新規電極活物質を探索する本開示の方法は、構造データベースから対象となる結晶構造の情報を取得すること、結晶構造内の空間にリチウムイオンを所定量まで配置した挿入構造の構造情報を生成すること、第一原理計算に基づいて結晶構造を緩和させた緩和構造の構造情報を生成すること、緩和構造において、結晶構造に含まれる結合が切れるか否かを判定すること、及び結晶構造に含まれる結合が切れないと判定された場合には、配置されたリチウムイオンの所定量と緩和による結晶構造の膨張率との関係を計算すること、を含む処理をコンピュータに実行させる。
【0017】
本開示に関して、「電極活物質」は、「正極活物質」としても「負極活物質」としても使用でき、特に「負極活物質」として用いられる。
【0018】
本開示の方法は、構造データベースから対象となる結晶構造の情報を取得する処理をコンピュータに実行させることを含む。
【0019】
結晶構造としては、結晶構造内にリチウムイオンを配置できる空間を有するものであれば特に限定されない。例えば、電極活物質が負極活物質の場合、結晶構造としては、特定の元素で置換されていてもよいシリコンクラスレート、及びLiPO等が挙げられる。特定の元素としては、アルミニウム等が例示される。
【0020】
情報を取得する処理としては、例えば、ネットワーク上、或いはクラウド上に格納されている情報を、パソコン等の端末に保存する処理が挙げられる。
【0021】
本開示の方法は、結晶構造内の空間にリチウムイオンを所定量まで配置した挿入構造の構造情報を生成する処理をコンピュータに実行させることを含む。
【0022】
「所定量」とは、リチウムイオンの挿入量を電池の容量として換算したときに、容量が所定の値を示す量のことを意味する。ここで「所定の値」は、100mAh/g以上、300mAh/g以上、500mAh/g以上、600mAh/g以上、700mAh/g以上、800mAh/g以上、又は900mAh/g以上であってよく、2000mAh/g以下、1700mAh/g以下、1500mAh/g以下、1300mAh/g以下、1200mAh/g以下、又は1100mAh/g以下であってよい。
【0023】
リチウムイオンは結晶構造内の空間に1原子ずつ、又は複数原子が同時に配置されてよく、また、結晶構造内の所定の空間を起点として規則的に、又はランダムに配置されてよい。
【0024】
本開示の方法は、第一原理計算に基づいて結晶構造を緩和させた緩和構造の構造情報を生成する処理をコンピュータに実行させることを含む。
【0025】
第一原理計算のソフトとしては、MedeA社のVASPを用いることができる。
【0026】
第一原理計算に基づいて結晶構造を緩和させた緩和構造の構造情報を生成する処理としては、例えば、リチウムイオン配置前の構造における分子構造モデル全体のエネルギーを初期値として、このエネルギーが極小値を取るように分子構造モデルの各原子の位置を変化させる処理が挙げられる。
【0027】
第一原理計算における計算条件としては、材料によって設定が異なることがあるが、例えば、交換相関汎関数PBEsol、疑ポテンシャルPAWを用いて、カットオフエネルギー600eVなどとすることができる。
【0028】
本開示の方法は、緩和構造において、結晶構造に含まれる結合が切れるか否かを判定する処理をコンピュータに実行させることを含む。
【0029】
結晶構造に含まれる結合が切れるか否かを判定する処理としては、例えば、対象となる結合の長さがその結合を維持できる範囲か否かを判定する処理が挙げられる。
【0030】
本開示の方法は、結晶構造に含まれる結合が切れないと判定された場合には、配置されたリチウムイオンの所定量と緩和による結晶構造の膨張率との関係を計算する処理をコンピュータに実行させることを含む。
【0031】
本開示において「膨張率」とは、リチウムイオン配置前の体積を100%とした場合におけるリチウムイオンの配置による体積の増加率を意味する。
【0032】
本開示の方法は、任意に機械学習と組み合わせることができる。このような組み合わせとしては、例えば、本開示の処理に供された結晶構造とその構造における膨張率との関係をコンピュータに学習させることで、コンピュータが膨張率の小さい結晶構造を予測等することを、本開示の方法における随意の工程に含むことが挙げられる。
【実施例0033】
《コンピュータによる処理》
〈実施例1〉
構造データベースから、従来リチウムイオン電池の電極活物質として有用であることが知られているシリコンクラスレート(Si34)の結晶構造の情報を取得して、その結晶構造内の空間に1000mAh/gを超える容量まで、1原子ずつランダムにリチウムイオンを配置した挿入構造の構造情報を生成した。そして、第一原理計算に基づいて、リチウムイオン配置前の構造における分子構造モデル全体のエネルギーを初期値として、このエネルギーが極小値を取るようにリチウムイオン配置後の構造における分子構造モデルの各原子の位置を変化させることにより、結晶構造を緩和させた緩和構造の構造情報を生成した。その後、緩和構造に含まれるSi-Si結合の長さが、その結合を維持できる範囲か否かを判定する処理を実行させた。結合の長さが結合を維持できる範囲である場合、すなわち結合が切れない場合、配置されたリチウムイオンの量、すなわち容量と、緩和による結晶構造の膨張率との関係を計算する処理をコンピュータに実行させた。なお、膨張率とはリチウムイオン配置前の体積を100%とした場合におけるリチウムイオンの配置による体積の増加率を意味する。
【0034】
〈実施例2〉
シリコン34原子のうちの1原子(約3%)がアルミニウムで置換されたシリコンクラスレート(Si33Al)の結晶構造の情報を取得したこと、及び結合が切れるか否かを判定する処理において、Si-Si結合の長さだけでなく、Si-Al結合の長さも判定の対象としたこと以外は比較例1と同様の処理をコンピュータに実行させた。
【0035】
第一原理計算のソフトとしては、MedeA社のVASPを用いた。また、交換相関汎関数PBEsol、疑ポテンシャルPAWを用いて、カットオフエネルギー600eVの条件で計算した。
【0036】
《結果》
実施例1及び2の処理に供された結晶構造は、いずれも1000mAh/gを超える容量まで構造内の結合が切れなかった。
【0037】
実施例1及び2における処理により算出された、容量と緩和による結晶構造の膨張率との関係を図1に示す。図1に示されるように、実施例2で評価された結晶構造においては、容量の増加に伴う膨張率の変化が小さい領域、すなわち無膨張領域が450mAh/g程度まであった。これに対して、実施例1で評価された結晶構造においては、無膨張領域が410mAh/g程度までであった。なお、例えば450mAh/g付近の容量において、実施例2の体積膨張率が複数示されているのは、アルミニウムの置換位置が異なる結晶構造においては、体積膨張率に差があることに起因するものである。更に、無膨張領域よりも高容量の領域において、実施例2で評価された結晶構造は、実施例1で評価された結晶構造よりも膨張率が小さいことを確認できた。これらの実施例における評価結果は、実際の評価結果と同じ傾向を示しており、したがって本開示の方法は、リチウムイオン電池の電極活物質を探索する方法として有用であることが認められた。
図1