(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024174536
(43)【公開日】2024-12-17
(54)【発明の名称】置換シリコンクラスレートの評価方法
(51)【国際特許分類】
G01R 31/00 20060101AFI20241210BHJP
H01M 4/38 20060101ALI20241210BHJP
【FI】
G01R31/00
H01M4/38 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023092407
(22)【出願日】2023-06-05
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.PYTHON
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100092624
【弁理士】
【氏名又は名称】鶴田 準一
(74)【代理人】
【識別番号】100147555
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 公一
(74)【代理人】
【識別番号】100123593
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 宣夫
(74)【代理人】
【識別番号】100133835
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 努
(72)【発明者】
【氏名】菊池 夏希
(72)【発明者】
【氏名】大瀧 光俊
(72)【発明者】
【氏名】山崎 久嗣
【テーマコード(参考)】
2G036
5H050
【Fターム(参考)】
2G036AA28
2G036BB08
5H050AA00
5H050BA17
5H050CB11
5H050GA28
5H050HA13
(57)【要約】
【課題】本開示は、置換シリコンクラスレートの膨張の大きさや合成可能性を計算により評価する方法を提供する。
【解決手段】置換シリコンクラスレートを評価する本開示の方法は、(a)構造データベースからシリコンクラスレートの構造情報を取得すること、(b)工程(a)で取得した構造において、六員環を構成するシリコンの複数の位置を特定すること、(c)工程(b)で特定した複数の位置のうちの1又は複数において、シリコンを他の元素で置換した置換構造の構造情報を生成すること、(d)工程(c)で生成した置換構造の構造安定性を評価すること、(e)置換構造にリチウムイオンを挿入したリチウムイオン挿入構造の構造情報を生成すること、及び(f)工程(e)におけるリチウムイオンの挿入による体積膨張率を評価すること、を含む処理をコンピュータに実行させる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の工程を含む処理をコンピュータに実行させる、置換シリコンクラスレートの評価方法:
(a)構造データベースからシリコンクラスレートの構造情報を取得すること、
(b)工程(a)で取得した構造において、六員環を構成するシリコンの複数の位置を特定すること、
(c)工程(b)で特定した複数の位置のうちの1又は複数において、前記シリコンを他の元素で置換した置換構造の構造情報を生成すること、
(d)工程(c)で生成した前記置換構造の構造安定性を評価すること、
(e)前記置換構造にリチウムイオンを挿入したリチウムイオン挿入構造の構造情報を生成すること、及び
(f)工程(e)におけるリチウムイオンの挿入による体積膨張率を評価すること。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、置換シリコンクラスレートの評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電池の開発が盛んに行われている。例えば、自動車産業界では、電気自動車又はハイブリッド自動車に用いられる電池の開発が進められている。また、電池、特にリチウムイオン電池に用いられる電極活物質として、シリコンが知られている。
【0003】
シリコン電極活物質は理論容量が大きく、電池の高エネルギー密度化に有効である。その反面、シリコン電極活物質は、充電時の膨張が大きいという問題を有する。これに対して、シリコン電極活物質としてシリコンクラスレート電極活物質を用いることによって、充電時の膨張を抑制することが知られている。
【0004】
ところで、所定の計算によって電池に関する評価を実施する技術が開発されている。
【0005】
例えば、特許文献1は、回帰分析を用いて、電池の状態を推定する方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
シリコンクラスレート電極活物質は通常のシリコン電極活物質と比較して充電時の膨張を抑制できるものの、シリコンクラスレート電極活物質の充電時の膨張を更に抑制することが求められている。そうしたなかで、シリコンクラスレート中のシリコンを特定の元素で置換することにより、充電時の膨張を抑制することが検討されている。
【0008】
しかしながら、特定の元素で置換したシリコンクラスレート(置換シリコンクラスレート)の合成は容易ではない。そのため、任意に機械学習と組み合わせて、置換シリコンクラスレートの膨張の大きさや合成の容易さ(合成可能性)を計算により評価することが求められている。
【0009】
本開示は、置換シリコンクラスレートの膨張の大きさや合成可能性を計算により評価する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本件開示者等は、以下の手段により上記課題を解決することができることを見出した。
〈態様1〉
下記の工程を含む処理をコンピュータに実行させる、置換シリコンクラスレートの評価方法:
(a)構造データベースからシリコンクラスレートの構造情報を取得すること、
(b)工程(a)で取得した構造において、六員環を構成するシリコンの複数の位置を特定すること、
(c)工程(b)で特定した複数の位置のうちの1又は複数において、前記シリコンを他の元素で置換した置換構造の構造情報を生成すること、
(d)工程(c)で生成した前記置換構造の構造安定性を評価すること、
(e)前記置換構造にリチウムイオンを挿入したリチウムイオン挿入構造の構造情報を生成すること、及び
(f)工程(e)におけるリチウムイオンの挿入による体積膨張率を評価すること。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、置換シリコンクラスレートの電池特性を計算により評価する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、アルミニウムで置換したシリコンクラスレートのリチウムイオン挿入構造を示す図である。
【
図2】
図2は、アルミニウムで置換したシリコンクラスレートにおける、アルミニウムの置換位置と分解エネルギーとの関係を示す図である。
【
図3】
図3は、アルミニウムで置換したシリコンクラスレートのリチウムイオン挿入構造における、アルミニウムの置換位置と体積膨張率との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本開示の実施の形態について詳述する。なお、本開示は、以下の実施の形態に限定されるのではなく、開示の本旨の範囲内で種々変形して実施できる。
【0014】
《置換シリコンクラスレートの評価方法》
置換シリコンクラスレートを評価する本開示の方法は、(a)構造データベースからシリコンクラスレートの構造情報を取得すること、(b)工程(a)で取得した構造において、六員環を構成するシリコンの複数の位置を特定すること、(c)工程(b)で特定した複数の位置のうちの1又は複数において、シリコンを他の元素で置換した置換構造の構造情報を生成すること、(d)工程(c)で生成した置換構造の構造安定性を評価すること、(e)置換構造にリチウムイオンを挿入したリチウムイオン挿入構造の構造情報を生成すること、及び(f)工程(e)におけるリチウムイオンの挿入による体積膨張率を評価すること、を含む処理をコンピュータに実行させる。
【0015】
シリコンクラスレートは
図1に示すような五員環、及び六員環から成るかご型構造を有しており、充放電に伴ってこのかごをリチウムイオンが出入りする。
【0016】
上記の通り、従来、シリコンクラスレート中のシリコンを特定の元素で置換することにより、充電時の膨張を抑制することが検討されているが、特定の元素で置換したシリコンクラスレートの合成は容易ではない。本件開示者等は、クラスレート構造中の元素置換位置が、体積膨張率、及び合成可能性に大きく影響することを見出した。更に、最も合成可能性が高い置換構造において、最も高い膨張抑制効果が表れることを見出した。
【0017】
〈工程(a)〉
本開示の方法は、構造データベースからシリコンクラスレートの構造情報を取得する処理をコンピュータに実行させることを含む。
【0018】
情報を取得する処理としては、例えば、ネットワーク上、或いはクラウド上に格納されている情報を、パソコン等の端末に保存する処理が挙げられる。
【0019】
〈工程(b)〉
本開示の方法は、工程(a)で取得した構造において、六員環を構成するシリコンの複数の位置を特定する処理をコンピュータに実行させることを含む。六員環を構成するシリコンを置換する場合に、特にシリコンクラスレートの膨張抑制効果が高まるため、この処理をコンピュータに実行させることが好ましい。
〈工程(c)〉
本開示の方法は、工程(b)で特定した複数の位置のうちの1又は複数において、シリコンを他の元素で置換した置換構造の構造情報を生成する処理をコンピュータに実行させることを含む。
【0020】
「他の元素」としては、例えば、アルミニウムが挙げられる。
【0021】
〈工程(d)〉
本開示の方法は、工程(c)で生成した置換構造の構造安定性を評価する処理をコンピュータに実行させることを含む。
【0022】
構造安定性を評価する処理としては、例えば、分解エネルギーを評価する処理が挙げられる。この構造安定性の評価を、置換構造の合成可能性の指標とすることができる。
【0023】
〈工程(e)〉
本開示の方法は、置換構造にリチウムイオンを挿入したリチウムイオン挿入構造の構造情報を生成する処理をコンピュータに実行させることを含む。
【0024】
リチウムイオンは結晶構造内の空間に1原子ずつ、又は複数原子が同時に挿入されてよく、また、結晶構造内の所定の空間を起点として規則的に、又はランダムに挿入されてよい。
【0025】
〈工程(f)〉
本開示の方法は、工程(e)におけるリチウムイオンの挿入による体積膨張率を評価する処理をコンピュータに実行させることを含む。
【0026】
本開示において「体積膨張率」とは、リチウムイオン挿入前の体積を100%とした場合におけるリチウムイオンの挿入による体積の増加率を意味する。
【0027】
本開示の方法は、任意に機械学習と組み合わせることができる。このような組み合わせとしては、例えば、特定の元素を置換したリチウムイオン挿入構造と、その構造における体積膨張率との関係をコンピュータに学習させることで、コンピュータが体積膨張率の小さい構造を予測等することを、本開示の方法における工程(f)の後に含むことが挙げられる。
【実施例0028】
《置換シリコンクラスレートの評価》
〈工程(a)~工程(c)〉
オープン材料データベースTHE Materials Projectからシリコンクラスレートの構造情報を取得して、取得した構造から六員環を構成するシリコンの複数の位置を特定する処理をコンピュータに実行させた。この複数の位置のうちの1つのシリコンをアルミニウム(Al)でランダムに置換したAl置換構造の構造情報を生成した(構造式:Si33Al1、Alは約3原子%)。更に、Al置換構造の体積を評価する処理をコンピュータに実行させた。なお、生成した構造の種類は全34パターンであったが、構造の対称性を考慮して3パターンに分類した。
【0029】
〈工程(d)〉
Pythonライブラリpymatgenを用いて、オープン材料データベースTHE Materials Projectに含まれる構造データに基づいて凸包計算することにより、Al置換構造の分解エネルギーを算出し、構造安定性、すなわち合成可能性を評価した。結果を
図2に示す。
図2に示されるように、3パターンの構造のうち、六員環を含む頂点にAlが置換された構造の分解エネルギーが最も小さかった、すなわち構造安定性が高かった。これは、この構造が最も合成しやすいこと意味している。
【0030】
〈工程(e)〉
Al置換構造にリチウムイオンを挿入して構造最適化処理をコンピュータに実行させることで、リチウムイオン挿入構造の構造情報を生成した。構造最適化には、第一原理計算パッケージVASPを使用した。回帰計算にはPythonにより作成したプログラムを使用し、Jupyter Notebook上で解析を実施した。更に、リチウムイオン挿入構造の体積を評価する処理をコンピュータに実行させた。
【0031】
〈工程(f)〉
Al置換構造に対するリチウムイオンの挿入による体積膨張率を評価した。体積膨張率は、リチウムイオン挿入前の体積を100%とした場合におけるリチウムイオンの挿入による体積の増加率として算出した。また、参考として、無置換のシリコンクラスレートについても同様に体積膨張率を評価した。Al置換構造と無置換のシリコンクラスレートとの体積膨張率の差が最大となった容量450mAh/g付近において、Al置換構造は無置換のシリコンクラスレートと比較して最大約15%の体積膨張を抑制した。一方で、Al置換構造の中には体積膨張抑制効果がほとんど無い構造も存在した。
【0032】
容量450mAh/g付近のデータに着目し、Al置換位置を解析した結果を
図3示す。
図3に示されるように、この容量において体積膨張率が最小の構造は六員環を含む頂点にAlが置換された構造であった。
【0033】
以上の結果から、置換位置と、置換構造の合成可能性及びリチウムイオン挿入構造の体積膨張率とは相関がある、すなわち最も合成されやすい六員環を含む頂点にAlが置換された構造において、リチウムイオン挿入後の体積膨張が最も小さいことを確認した。なお、
図3に示されるように、六員環を含む頂点にAlが置換された構造の体積が最も大きく、それによりリチウムイオンが挿入される空間が広いため、この構造にリチウムイオンを挿入したときの体積膨張率が最も小さかったと考えられる。