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特開2024-174636沸騰水型原子炉の腐食環境緩和方法および原子力プラント
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024174636
(43)【公開日】2024-12-17
(54)【発明の名称】沸騰水型原子炉の腐食環境緩和方法および原子力プラント
(51)【国際特許分類】
   G21D 1/00 20060101AFI20241210BHJP
   G21D 3/08 20060101ALI20241210BHJP
【FI】
G21D1/00 X
G21D3/08 X
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023092560
(22)【出願日】2023-06-05
(71)【出願人】
【識別番号】507250427
【氏名又は名称】日立GEニュークリア・エナジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001829
【氏名又は名称】弁理士法人開知
(72)【発明者】
【氏名】室谷 光
(72)【発明者】
【氏名】和田 陽一
(72)【発明者】
【氏名】田村 明紀
(72)【発明者】
【氏名】清水 亮介
(57)【要約】
【課題】沸騰水型原子炉への貴金属の注入に際し、薬液注入配管その他の配管への貴金属の付着を従来に比べて抑制し、原子炉圧力容器内に供給される貴金属の量を増やすことが可能な沸騰水型原子炉の腐食環境を緩和する方法および原子力プラントを提供する。
【解決手段】原子炉圧力容器1に供給する水に水素と貴金属とを同時に注入する工程を含み、注入する工程では、原子炉圧力容器1に供給する水が流れる配管に接続された薬液注入配管8,8Aを流れる薬液中の酸素に対する水素のモル比が2未満となるように薬液注入配管8,8Aへ酸化剤を注入する。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
原子炉圧力容器に供給する水に水素と貴金属とを同時に注入する工程を含み、
前記注入する工程では、前記原子炉圧力容器に供給する水が流れる配管に接続された薬液注入配管を流れる薬液中の酸素に対する水素のモル比が2未満となるように前記薬液注入配管へ酸化剤を注入する
腐食環境緩和方法。
【請求項2】
請求項1に記載の腐食環境緩和方法において、
前記酸化剤として過酸化水素又は酸素を注入する
腐食環境緩和方法。
【請求項3】
請求項1に記載の腐食環境緩和方法において、
前記薬液注入配管を、酸素に対する水素のモル比が2以上の水が流れる配管に接続する
腐食環境緩和方法。
【請求項4】
請求項1に記載の腐食環境緩和方法において、
前記薬液注入配管から前記原子炉圧力容器に供給する水が流れる配管へ注入する薬液の量と前記薬液中の酸素モル濃度との積の2倍が、前記薬液注入配管へ流入する水の量と前記原子炉圧力容器に供給する水が流れる配管内の溶存水素モル濃度との積よりも大きくなるよう、前記薬液注入配管へ注入する酸化剤濃度を制御する
腐食環境緩和方法。
【請求項5】
請求項1に記載の腐食環境緩和方法において、
前記薬液注入配管へ酸化剤を注入する位置を、前記原子炉圧力容器に供給する水が流れる配管から前記薬液注入配管へ侵入する渦の侵入深さに相当する位置とする
腐食環境緩和方法。
【請求項6】
請求項1に記載の腐食環境緩和方法において、
前記貴金属として、ヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウム又は白金酸化物コロイドを注入する
腐食環境緩和方法。
【請求項7】
原子炉圧力容器と、
タービンと、
復水器と、
前記復水器の水を前記原子炉圧力容器に補給する給水系配管と、
前記原子炉圧力容器に供給する水が流れる配管に接続された薬液注入配管と、
前記薬液注入配管を流れる薬液中の酸素に対する水素のモル比が2未満とする酸化剤注入装置と、を備えた
原子力プラント。
【請求項8】
請求項7に記載の原子力プラントにおいて、
前記薬液注入配管は、前記給水系配管に接続されている
原子力プラント。
【請求項9】
請求項7に記載の原子力プラントにおいて、
前記薬液注入配管は、前記原子炉圧力容器の冷却材を浄化する浄化系配管に接続されている
原子力プラント。
【請求項10】
請求項7に記載の原子力プラントにおいて、
前記酸化剤注入装置から注入される酸化剤は、過酸化水素又は酸素のいずれかである
原子力プラント。
【請求項11】
請求項7に記載の原子力プラントにおいて、
前記給水系配管を流れる水に水素を注入する水素注入装置を更に備えた
原子力プラント。
【請求項12】
請求項7に記載の原子力プラントにおいて、
前記薬液注入配管を流れる薬液中にヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウム又は白金酸化物コロイドを注入する貴金属注入装置を更に備えた
原子力プラント。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、沸騰水型原子炉の腐食環境を緩和する方法および原子力プラントに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、原子炉圧力容器を有する沸騰水型原子力プラントの発電運転期間中に、原子炉圧力容器に補給する水に水素および貴金属化合物を注入することにより、原子炉圧力容器内の腐食環境を緩和する、沸騰水型原子炉の腐食環境緩和方法であって、原子炉圧力容器に供給する水に水素を注入するとともに、化学反応して水になる水素の濃度に対して酸素又は過酸化水素の濃度が当量を超えている系統の水に貴金属化合物を注入する、ことが記載されている。
【0003】
非特許文献1には、白金化合物の析出量に伴い、薬液注入配管の差圧上昇が生じた事象が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2017-181350号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】BWRVIP-62 Rev. 1 Pre-RAI Submittal Meeting, BWRVIP Presentation to NRC Three White Flint North, MD, July 18, 2014(US NRCレポートNo. ML14205A603)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
沸騰水型原子炉(Boiling Water Reactor:BWR)では、原子炉圧力容器の内部に設置された炉内構造物や、圧力容器に接続された系統配管等について、応力腐食割れ(Stress Corrosion Cracking:SCC)の抑制が求められる。炉内構造物や系統配管は、ステンレス鋼、低合金鋼、炭素鋼、ニッケル基合金等で形成されている。これらの材料は、耐食性に優れているが、材料因子や応力因子、環境因子の重畳によって、SCCが発生・進展する恐れがある。
【0007】
原子炉の運転時、炉内構造物や系統配管には、高温・高圧の冷却水が接触する。冷却水には、水の放射線分解で生じた酸素や過酸化水素が含まれている。冷却水の酸素濃度や過酸化水素濃度が高いほど、SCCの発生・進展が顕著になることが知られている。冷却水の酸素濃度や過酸化水素濃度を低減すると、環境因子が緩和されるため、SCCの抑制に有効であることが知られている。
【0008】
SCCを抑制する対策としては、水素注入や貴金属注入がある。水素注入は、冷却水に水素ガスを注入して、酸素や過酸化水素と水素とを再結合反応させて水に戻す技術である。貴金属注入は、冷却水に貴金属化合物を含んだ溶液を注入して、冷却水に接液する材料の表面に貴金属を付着させる技術である。白金、ロジウム、パラジウム等の貴金属は、再結合反応を触媒する。
【0009】
BWRでは原子炉の運転中に貴金属注入が行われる(以下「運転中貴金属注入」という)場合がある。運転中貴金属注入では低濃度の白金化合物の溶液が使用される。白金化合物としてはヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウム(NaPt(OH))が用いられる。白金化合物の溶液は冷却水に対して薬液注入配管によって注入される。薬液注入配管は給水系の系統配管に接続される。
【0010】
貴金属化合物の溶液は薬液注入配管を通じて冷却水に注入された後、冷却水と共に原子炉圧力容器等に供給される。貴金属化合物の溶液はガンマ線の照射によって酸化物のコロイド溶液となり、炉内構造物や系統配管の表面に貴金属を付着させる。貴金属注入時には水素注入があわせて行われる。水素ガスが薬液注入配管よりも上流で冷却水に注入された後、冷却水と共に原子炉圧力容器等に供給される。
【0011】
水素注入を行うと、原子炉圧力容器の内部や系統配管において、再結合反応によって酸素や過酸化水素が消費される。それにより、冷却水の酸素濃度や過酸化水素濃度が低下するため、粒界腐食が進行し難くなり、炉内構造物や系統配管のSCCが抑制される。貴金属注入を行うと、再結合反応が触媒されるため、少ない水素量でSCCが抑制される。一般に、材料の表面に1μg/cm以上の白金が付着していると、十分なSCC抑制効果が得られる。
【0012】
貴金属注入時には、薬液注入配管の出口付近で、貴金属の過剰な還元析出が起こることが知られている。貴金属化合物の溶液が注入された冷却水が190℃以上の高温であると、貴金属化合物の熱分解が起こる。また、冷却水が高水素濃度であると、貴金属イオンの還元が起こる。特に、薬液注入配管の出口付近は冷却水が高温・高水素濃度になり易いため、貴金属が析出し易い箇所となる。そのため、貴金属注入時に薬液注入配管の流路抵抗が増大したり、薬液注入配管が閉塞したりする恐れがある。それにより、貴金属の注入効率が低下し、原子炉圧力容器に供給される貴金属が減少するという問題が生じる(非特許文献1参照)。
【0013】
特許文献1には、化学反応して水になる水素の濃度に対して酸素または過酸化水素の濃度が当量を超えている系統の水に貴金属化合物を注入する技術が記載されている。
【0014】
特許文献1のように、化学反応して水になる水素の濃度に対して酸素または過酸化水素の濃度が当量を超えている系統の水に対して、ヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウム水溶液を注入すると、給水系配管や、薬液注入配管と系統配管接続部との近傍で、水素による還元反応および熱分解反応に伴う白金化合物の析出量が低減するとされている。
【0015】
具体的には、酸素注入装置を原子炉冷却材浄化系の浄化装置の出口から熱交換器までの間の配管に設け、さらに酸素注入装置より下流の配管に貴金属注入装置を設ける。それにより、水素濃度に対して酸素濃度が当量を超えている冷却水に貴金属化合物を注入する系となり、水素による貴金属イオンの還元を抑制できるため、貴金属の析出や配管の閉塞リスクが低減するとされている。
【0016】
非特許文献1に記載のように運転中貴金属注入を適用する際に、給水系配管に対してヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウム水溶液を注入すると、ヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウムの熱分解反応や、冷却水に含まれる水素による白金イオンの還元反応に伴い、給水系配管、および薬液注入配管の給水系配管接続部近傍で白金化合物の一部が析出し、原子炉圧力容器内に供給される貴金属量が減少する可能性がある。
【0017】
本発明の目的は、沸騰水型原子炉への貴金属の注入に際し、薬液注入配管その他の配管への貴金属の付着を従来に比べて抑制し、原子炉圧力容器内に供給される貴金属の量を増やすことが可能な沸騰水型原子炉の腐食環境を緩和する方法および原子力プラントを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明は、上記課題を解決する手段を複数含んでいるが、その一例を挙げるならば、原子炉圧力容器に供給する水に水素と貴金属とを同時に注入する工程を含み、前記注入する工程では、前記原子炉圧力容器に供給する水が流れる配管に接続された薬液注入配管を流れる薬液中の酸素に対する水素のモル比が2未満となるように前記薬液注入配管へ酸化剤を注入する。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、沸騰水型原子炉への貴金属の注入に際し、薬液注入配管その他の配管への貴金属の付着を従来に比べて抑制し、原子炉圧力容器内に供給される貴金属の量を増やすことができる。上記した以外の課題、構成および効果は、以下の実施例の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】実施例1の原子力プラントを示す概略構成図である。
図2】白金注入開始からの時間と薬液注入配管の閉塞による差圧上昇の関係を示すグラフである。
図3】本発明の好適な過酸化水素注入装置を示す構成図である。
図4】本発明の好適な酸素注入装置を示す構成図である。
図5】給水系配管から流入する渦侵入深さと薬液注入配管への酸化剤注入点の関係を説明する模式図である。
図6】給水系配管流速と渦侵入深さ/薬液注入配管内径の比の関係を示すグラフである。
図7】薬液注入配管内径と貴金属付着抑制に必要な酸化剤濃度の関係を示すグラフである。
図8】給水水素濃度と貴金属付着抑制に必要な酸化剤濃度の関係を示すグラフである。
図9】実施例2の原子力プラントを示す概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に本発明の沸騰水型原子炉の腐食環境緩和方法および原子力プラントの実施例を、図面を用いて説明する。なお、本明細書で用いる図面において、同一のまたは対応する構成要素には同一、または類似の符号を付け、これらの構成要素については繰り返しの説明を省略する場合がある。
【0022】
<実施例1>
本発明の沸騰水型原子炉の腐食環境緩和方法および原子力プラントの実施例1について図1乃至図8を用いて説明する。
【0023】
最初に、沸騰水型原子力プラントの全体構成について図1を用いて説明する。図1は、本実施例の原子力プラントの構成を示したものである。
【0024】
図1に示す沸騰水型原子力プラント100は、原子炉圧力容器1、タービン3、復水器4、および給水系等を備えている。
【0025】
原子炉圧力容器1は、その内部に、複数の燃料集合体が装荷された炉心(図示省略)が配置されている。燃料集合体は、核燃料物質で製造された複数の燃料ペレットが充填された複数の燃料棒を含んでいる。複数のインターナルポンプ(図示省略)が、原子炉圧力容器1の底部に設けられる。原子炉圧力容器1に接続された主蒸気系配管2は、タービン3に接続される。
【0026】
給水系は、復水器4と原子炉圧力容器1とを連絡する給水系配管5に、復水ろ過脱塩装置12、給水ポンプ13、および給水加熱器14を、復水器4から原子炉圧力容器1に向かって、この順に設置した構成を有している。タービン3は復水器4の上部に設置され、復水器4はタービン3に連絡されている。
【0027】
原子炉圧力容器1内の冷却水は、インターナルポンプで昇圧され、原子炉炉心に供給される。炉心に供給された冷却水は、燃料棒内の核燃料物質の核分裂で発生する熱によって加熱される。加熱された冷却水の一部は蒸気になる。この蒸気は、原子炉圧力容器1内に設けられた気水分離器(図示省略)および蒸気乾燥器(図示省略)にて水分が除去された後、原子炉圧力容器1から主蒸気系配管2を通ってタービン3に導かれ、タービン3を回転させる。タービン3に連結された発電機(図示省略)が回転し、電力が発生する。
【0028】
タービン3から排出された蒸気は、復水器4で凝縮されて水になる。この水は、給水として、給水系配管5を通り原子炉圧力容器1に供給される。給水系配管5を流れる給水は、復水ろ過脱塩装置12で不純物が除去され、給水ポンプ13で昇圧される。給水は、給水加熱器14内で加熱され、給水系配管5を通して原子炉圧力容器1内に導かれる。
【0029】
運転中に貴金属注入技術を適用する場合、復水ろ過脱塩装置12と給水ポンプ13との間の給水系配管5に設置された水素注入装置11により、給水系配管5を流れる給水に水素ガスが注入される。それにより、給水の水素濃度が0.2~0.5ppmに制御される。
【0030】
貴金属注入装置9は、本実施例においては、原子炉圧力容器1に補給する水として酸素に対する水素のモル比が2以上の水が流れる給水系配管5のうち、給水加熱器14から原子炉圧力容器1との合流点までの部位に接続された薬液注入配管8の上流に設置されており、薬液注入配管8を流れる薬液中にヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウム又は白金酸化物コロイドを注入する。
【0031】
過酸化水素注入装置10A,酸素注入装置10Bは、薬液注入配管8を流れる薬液中の酸素に対する水素のモル比が2未満とするために酸化剤を注入するための装置であり、薬液注入配管8のうち、貴金属注入装置9から給水系配管5との合流点までの部位に設置されている。
【0032】
ここで、白金化合物であるヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウムの還元反応に及ぼす水素濃度の影響について説明する。特許文献1には、炭素鋼配管を対象とした場合の、白金化合物の付着に及ぼす水素濃度の影響が示されており、水素濃度の増加に伴って、炭素鋼への白金付着量が増加することが分かっている。
【0033】
次に、薬液注入配管に白金が付着し、閉塞するときの水質条件について、試験により調べた結果について図2を用いて説明する。
【0034】
図2は、炭素鋼配管を対象とした場合の、各水質条件での、白金化合物注入点より上流側と下流側との圧力差の経時変化を示したものである。図2中、横軸には白金化合物注入開始からの時間、縦軸には白金化合物注入点の上流側と下流側との差圧をとっている。つまり、縦軸の差圧が上昇するほど、薬液注入配管の白金付着量が増加し、薬液注入配管に詰まりが生じた状態となる。
【0035】
内径0.5mmの炭素鋼配管に白金化合物を注入したとき、水素濃度160ppb、酸素濃度90ppbの水質条件では、80~220℃のいずれの温度条件でも、白金化合物注入から30分以内で炭素鋼配管の閉塞が生じた。また、差圧が1.0MPaまで上昇するまでの時間は、温度が高いほど短くなる傾向があった。一方、水素濃度0ppb、酸素濃度90ppbの水質条件では、220℃の高い温度条件であっても、差圧の上昇が生じなかった。
【0036】
これらの試験結果を基に、水素に対する酸素のモル濃度が過剰となっている酸化性雰囲気の水質条件で、白金化合物の析出量を低減できることが明らかとなった。
【0037】
このように、本発明では、原子炉圧力容器1に供給する冷却水が流れる配管に接続した薬液注入配管8に酸化剤を添加することにより、薬液注入配管8内の水質を、酸素に対する水素のモル比が2未満となるように制御した状態で、貴金属化合物を含む薬液を注入する。
【0038】
過酸化水素注入装置10A,酸素注入装置10Bから薬液注入配管8に注入する酸化剤としては、酸素または過酸化水素が好適である。
【0039】
反応式(1)に示すように、酸素と水素はモル比1:2で反応して水を生成することから、薬液注入配管内を酸化性雰囲気にするためには、酸素に対する水素のモル比を2未満とする必要がある。
2H + O → 2HO ・・・反応式(1)
【0040】
また、反応式(2)に示すように、過酸化水素は分解して水と酸素を生成する。過酸化水素と、過酸化水素の分解により生じる酸素のモル比は2:1であることから、薬液注入配管内を酸化性雰囲気にするためには、過酸化水素に対する水素のモル比を1未満とする必要がある。
2H → 2HO + O ・・・反応式(2)
【0041】
以上より、薬液注入配管内において、不等式(3)を満たすように酸化剤を添加することで、薬液注入配管内を酸化性雰囲気とし、貴金属化合物の還元析出を抑制できる。なお、反応式(2)のように過酸化水素は分解して酸素を生成するため、不等式(3)は不等式(3)’に書き換えられる。
【0042】
従って、薬液注入配管内の水質を、酸素に対する水素のモル比が2未満となるように制御することが、貴金属の析出量低減に有効である。
[O] + 2[H] > 2[H] ・・・(3)
[O] > 2[H] ・・・(3)’
【0043】
図3は酸化剤として過酸化水素を注入する過酸化水素注入装置10Aを示したものである。この図3において、過酸化水素注入装置10Aは、過酸化水素水を充填した薬液タンク17と、弁22と、酸化剤注入配管21Aと、流量計18と、ポンプ19と、弁23と、を備えている。
【0044】
弁22,23を開け、ポンプ19を起動することにより、薬液タンク17から過酸化水素水を薬液注入配管8に注入する。流量はポンプ19により調節され、流量計18で確認される。
【0045】
なお、薬液タンク17に過酸化水素水、および貴金属化合物を含む薬液を充填し、過酸化水素および貴金属化合物の混合液として、薬液注入配管8に注入してもよい。
【0046】
図4は酸化剤として酸素を注入する場合の酸素注入装置10Bを示したものである。図4においては、酸素を充填したボンベ20と薬液注入配管8とが酸化剤注入配管21Bで接続されている。酸化剤注入配管21Bには、上流側のボンベ20から、減圧調整弁24、流量計18、弁25が、その順に設置されている。
【0047】
減圧調整弁24と弁25を開けてボンベ20から酸素を薬液注入配管8に注入する。酸素ガスの流量は減圧調整弁24により調節され、流量計18で確認される。
【0048】
以下、運転中貴金属注入技術の適用時の薬液注入配管8への酸化剤注入方法について、図5を用いて説明する。
【0049】
給水系配管5内を流れる冷却水は、流速が数m/sと大きい一方、薬液注入配管8内を流れる薬液は、流速が数~数十cm/sと小さい。そのため、流れの速い給水系配管5から流れの遅い薬液注入配管8へと、水素を含んだ冷却水が渦26として侵入する。
【0050】
そのため、薬液注入配管8から給水系配管5への薬液の注入量と薬液中の酸素モル濃度との積の2倍が、給水系配管5から薬液注入配管8へ流入する冷却水の流入量と冷却水中の溶存水素モル濃度との積よりも大きくなるよう、薬液注入配管8へ注入する酸化剤濃度を制御することが重要である。
【0051】
ここで、図6は、給水系配管5の流速と、渦の侵入深さと薬液注入配管8の内径との比の関係を示している。図6では、酸化剤濃度計算の条件を、給水系配管5の内径を0.5m、給水流量を3800t/h、給水系配管5内の流速を5.3m/s、薬液注入配管8の内径を0.03m、薬液注入流量を0.5L/minとした。
【0052】
図6に示すように、薬液注入配管8への渦の侵入深さは、薬液注入配管8の内径に対して10~16倍であり、薬液注入配管8内を流れる薬液が、侵入してきた冷却水によって数百倍に希釈される。
【0053】
このとき、侵入してきた冷却水に含まれる溶存水素のモル濃度に対して、酸素なら0.5倍、過酸化水素なら1倍のモル濃度となるよう、薬液注入配管8に酸化剤を注入する必要がある。
【0054】
図7は、薬液注入配管8の内径と、貴金属付着抑制に必要な酸化剤濃度の関係を示している。図7では、酸化剤濃度計算の条件を、給水系配管5の内径を0.5m、給水流量を3800t/h、給水系配管5内の流速を5.3m/s、薬液注入配管8の内径を0.03m、薬液注入流量を0.5L/minとした。
【0055】
この図7から明らかなように、実機の沸騰水型原子力プラントにおける薬液注入配管8の内径は2~3cmであることから、薬液注入配管8の内径に応じて、酸素なら300~1000ppm、過酸化水素なら500~2500ppmの濃度で、薬液注入配管8に酸化剤を注入する必要があることが判る。
【0056】
図8は、給水系配管5を流れる冷却水の溶存水素濃度と、貴金属付着抑制に必要な酸化剤濃度の関係を示している。図8では、酸化剤濃度計算の条件を、給水系配管5の内径を0.5m、給水流量を3800t/h、給水系配管5内の流速を5.3m/s、薬液注入配管8の内径を0.03m、薬液注入流量を0.5L/minとした。
【0057】
図8に示すように、運転中の貴金属注入技術の適用時は、給水系配管5内の溶存水素濃度が0.2~0.3ppmに制御されるため、酸素なら500~1500ppm、過酸化水素なら1000~2500ppmの濃度で、薬液注入配管8に酸化剤を注入する必要がある。
【0058】
0.8ppm以上の酸素が存在すると、炭素鋼製の薬液注入配管8で孔食のリスクが生じるため、薬液注入配管8に注入した高濃度の酸化剤を、薬液注入配管8に侵入した冷却水に含まれる溶存水素と速やかに反応させる必要がある。
【0059】
そこで、図5に示すように、薬液注入配管8へ酸化剤を注入する位置を、給水系配管5から薬液注入配管8へ浸入する溶存水素を含んだ渦26の最大侵入深さに相当する、薬液注入配管8の深さ位置から酸化剤を注入することが有効である。
【0060】
実機の沸騰水型原子力プラントの給水系配管5内の流速、および薬液注入配管8の内径から、渦の侵入深さは、薬液注入配管8の内径Dの10~16倍であるため、薬液注入配管8において、給水系配管5との合流点から内径Dの10~16倍の位置に、酸化剤注入配管21A,21Bを接続することが有効である。
【0061】
次に、本実施例の効果について説明する。
【0062】
上述した本実施例1の腐食環境緩和方法は、原子炉圧力容器1に供給する水に水素と貴金属とを同時に注入する工程を含み、注入する工程では、原子炉圧力容器1に供給する水が流れる配管に接続された薬液注入配管8を流れる薬液中の酸素に対する水素のモル比が2未満となるように薬液注入配管8へ酸化剤を注入する。
【0063】
本発明によれば、沸騰水型原子炉への貴金属の注入に際し、径が太く流速のある接続先の配管からの逆流が生じても薬液注入配管8内が還元性の雰囲気となることを防ぎ、これにより薬液注入配管8やその他の配管への貴金属の付着を抑制することができるため、薬液注入配管8その他の配管の流路抵抗の上昇や流路の閉塞を抑制することができる。それに伴い、原子炉圧力容器内の冷却水に注入される貴金属の量を従来に比べて増加させることができる。
【0064】
また、薬液注入配管8を、酸素に対する水素のモル比が2以上の水が流れる配管に接続するため、水素や貴金属を注入する系での析出抑制との効果をより高めることができる。
【0065】
更に、薬液注入配管8から原子炉圧力容器1に供給する水が流れる配管へ注入する薬液の量と薬液中の酸素モル濃度との積の2倍が、薬液注入配管8へ流入する水の量と原子炉圧力容器1に供給する水が流れる配管内の溶存水素モル濃度との積よりも大きくなるよう、薬液注入配管8へ注入する酸化剤濃度を制御することで、貴金属の析出をより効率的に低減することができる。
【0066】
また、薬液注入配管8へ酸化剤を注入する位置を、原子炉圧力容器1に供給する水が流れる配管から薬液注入配管8へ侵入する渦の侵入深さに相当する位置とすることにより、薬液注入配管8での析出をより効果的に抑制することができる。
【0067】
<実施例2>
本発明の実施例2の沸騰水型原子炉の腐食環境緩和方法および原子力プラントについて図9を用いて説明する。図9は、本実施例の原子力プラントの構成を示した図である。
【0068】
図9に示す本実施例の沸騰水型原子力プラント100Aでは、実施例1の沸騰水型原子力プラント100との違いは、薬液注入配管8Aは、原子炉圧力容器1の冷却材を浄化する原子炉冷却材浄化系配管6に接続されている。
【0069】
原子炉冷却材浄化系は、原子炉圧力容器1から冷却水の一部を引き抜き、給水系配管5の途中に合流するように配置した原子炉冷却材浄化系配管6に、浄化系ポンプ15、再生熱交換器16、非再生熱交換器(図示省略)、および原子炉冷却材浄化装置7を、この順に設置した構成を有している。原子炉冷却材浄化系配管6は、給水加熱器14の下流で給水系配管5に接続されている。
【0070】
原子炉圧力容器1内の冷却水の一部は、浄化系ポンプ15の駆動によって原子炉冷却材浄化系配管6内に流入し、再生熱交換器16および非再生熱交換器で冷却された後、原子炉冷却材浄化装置7で浄化される。浄化された冷却水は、再生熱交換器16で加熱され、原子炉冷却材浄化系配管6および給水系配管5を経て、給水として原子炉圧力容器1内に戻される。
【0071】
運転中貴金属注入技術を適用する場合、水素注入装置11が稼働するため、給水系配管5内を流れる冷却水に水素が注入され、水素濃度が0.2~0.5ppmに制御される。
【0072】
一方で、原子炉冷却材浄化系配管6内を流れる冷却水は、水素が注入されないため、原子炉冷却材浄化系配管6内は給水系配管5内より水素濃度が低くなる。そこで、薬液注入配管8Aを原子炉冷却材浄化系配管6に接続することにより、薬液注入配管8Aに注入する酸化剤の濃度または量を少なくできるというメリットがある。
【0073】
また、実施例1のように薬液注入配管8Aを給水系配管5に接続する場合は、原子炉冷却材浄化系配管6に接続する場合と比較して、貴金属注入点から原子炉圧力容器1までの配管距離が短くなる。それにより、注入した貴金属化合物が原子炉圧力容器1内へ導かれるまでの間に、給水系配管5の表面に付着する貴金属の量を低減できるため、原子炉圧力容器1内への貴金属注入効率が向上するメリットがある。
【0074】
本実施例に係る薬液注入配管8Aは、系統配管に対して金属化合物の溶液が注入される各種のプラントで用いることができる。
【0075】
その他の構成・動作は前述した実施例1の沸騰水型原子炉の腐食環境緩和方法および原子力プラントとほぼ同じ構成・動作であり、詳細は省略する。
【0076】
本発明の実施例2の沸騰水型原子炉の腐食環境緩和方法および原子力プラントのように薬液注入配管8Aは、原子炉圧力容器1の冷却材を浄化する原子炉冷却材浄化系配管6に接続されている場合においても、前述した実施例1の沸騰水型原子炉の腐食環境緩和方法および原子力プラントとほぼ同様な効果が得られる。
【0077】
<その他>
以上、本発明の実施例について説明したが、本発明は、前記の実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更が可能である。例えば、本発明は、必ずしも前記の実施例が備える全ての構成を備えるものに限定されない。或る実施例の構成の一部を他の構成に置き換えたり、或る実施例の構成の一部を他の形態に追加したり、或る実施例の構成の一部を省略したりすることができる。
【符号の説明】
【0078】
1…原子炉圧力容器
2…主蒸気系配管
3…タービン
4…復水器
5…給水系配管
6…原子炉冷却材浄化系配管
7…原子炉冷却材浄化装置
8,8A…薬液注入配管
9…貴金属注入装置
10A…過酸化水素注入装置(酸化剤注入装置)
10B…酸素注入装置(酸化剤注入装置)
11…水素注入装置
12…復水ろ過脱塩装置
13…給水ポンプ
14…給水加熱器
15…浄化系ポンプ
16…再生熱交換器
17…薬液タンク
18…流量計
19…ポンプ
20…ボンベ
21A,21B…酸化剤注入配管
22,23,25…弁
24…減圧調整弁
26…渦
100,100A…沸騰水型原子力プラント
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9