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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024175253
(43)【公開日】2024-12-18
(54)【発明の名称】インキ組成物、及びマーキングペン
(51)【国際特許分類】
   C09D 11/16 20140101AFI20241211BHJP
   B43K 8/02 20060101ALI20241211BHJP
【FI】
C09D11/16
B43K8/02 100
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023092887
(22)【出願日】2023-06-06
(71)【出願人】
【識別番号】390039734
【氏名又は名称】株式会社サクラクレパス
(74)【代理人】
【識別番号】100100480
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 隆
(72)【発明者】
【氏名】森田 菜津紀
【テーマコード(参考)】
2C350
4J039
【Fターム(参考)】
2C350GA04
2C350HA15
4J039AB08
4J039AD14
4J039BC02
4J039BC13
4J039BC14
4J039BC18
4J039BC19
4J039BC22
4J039BC25
4J039BE01
4J039BE07
4J039BE12
4J039CA04
4J039CA07
4J039EA42
4J039EA44
4J039FA02
4J039GA26
(57)【要約】
【課題】筆記性と消去性の両方に優れた、水で濡れた面に筆記可能なマーキングペンに用いられるインキ組成物を提供する。
【解決手段】水で濡れた面に筆記可能なマーキングペンに用いられるインキ組成物であって、(A)炭化水素系溶剤からなる第一溶剤、及び(B)SP値が10.0以下であり、前記第一溶剤と混和する第二溶剤、を含み、前記(A)と前記(B)が混和された混合溶剤を想定したとき、前記混合溶剤100g中に含まれる前記第二溶剤のうち、水100gに溶解する前記第二溶剤の最大量Mが1.8g~8.0gの範囲でありさらに、(C)顔料、又は前記混合溶剤に可溶な油性染料、からなる着色剤、及び(D)前記混合溶剤に可溶な、酸価が100以上である樹脂、を含む、インキ組成物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水で濡れた面に筆記可能なマーキングペンに用いられるインキ組成物であって、
(A)炭化水素系溶剤からなる第一溶剤、及び
(B)SP値が10.0以下であり、前記第一溶剤と混和する第二溶剤、を含み、
前記(A)と前記(B)が混和された混合溶剤を想定したとき、前記混合溶剤100g中に含まれる前記第二溶剤のうち、水100gに溶解する前記第二溶剤の最大量Mが1.8g~8.0gの範囲であり、
さらに、
(C)顔料、又は前記混合溶剤に可溶な油性染料、からなる着色剤、及び
(D)前記混合溶剤に可溶な、酸価が100以上である樹脂、
を含む、インキ組成物。
【請求項2】
(E)前記混合溶剤に可溶な、炭素数8以上の飽和脂肪酸、
をさらに含む、請求項1に記載のインキ組成物。
【請求項3】
前記インキ組成物に含まれる前記第一溶剤の質量に対する前記第二溶剤の質量の比Rが0.19~1.3である、請求項1に記載のインキ組成物。
【請求項4】
前記第一溶剤がイソパラフィン系溶剤である、請求項1に記載のインキ組成物。
【請求項5】
前記第二溶剤がグリコールエーテル系溶剤である、請求項1に記載のインキ組成物。
【請求項6】
前記着色剤が顔料である、請求項1に記載のインキ組成物。
【請求項7】
前記飽和脂肪酸の炭素数が14~18である、請求項2に記載のインキ組成物。
【請求項8】
前記最大量Mが2.0g~8.0gの範囲である、請求項1に記載のインキ組成物。
【請求項9】
前記第一溶剤がイソパラフィン系溶剤であり、
前記第二溶剤がグリコールエーテル系溶剤であり、
前記着色材が顔料であり、
(E)前記混合溶剤に可溶な、炭素数8以上の飽和脂肪酸、をさらに含み、
前記飽和脂肪酸の炭素数が14~18である、請求項1に記載のインキ組成物。
【請求項10】
前記最大量Mが2.0g~8.0gの範囲である、請求項9に記載のインキ組成物。
【請求項11】
請求項1~10のいずれかに記載のインキ組成物が充填され、水で濡れた面に筆記可能である、マーキングペン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水で濡れた面に筆記可能なマーキングペンに用いられるインキ組成物、及び当該インキ組成物が充填されたマーキングペンに関する。
【背景技術】
【0002】
水で濡れた面(水濡れ面)に筆記可能なマーキングペン用の油性インキが知られている。例えば、特許文献1には、フェニル基を有する染料及び/又はアルキルフェノール樹脂と結合した染料、炭素数6~10のイソパラフィン炭化水素からなる有機溶剤、及びアルキルフェノール樹脂からなるマーキングペン用油性インキが開示されている。当該油性インキは、水で濡れた面であっても筆記可能であって、筆記対象物にインキが強く密着性し、強く指で擦っても取れることがなく、染料が析出することなく長期間の保存にも耐え得るものとされている。
【0003】
特許文献2には、溶剤極性が0.60以下の溶剤と、この溶剤に可溶な結合剤樹脂と、着色顔料と、疎水性シリカ微粒子とが各々所定量配合されたマーキングペン用インキ組成物が開示されている。当該インキ組成物は、非吸収性材料を含む様々な物品表面に対し、水に濡れた状態でも支障なく明瞭に、しかも何度でも繰り返して筆記可能である上、その水濡れしていた物品表面に対する筆跡の固着性がよく、手や衣服が触れても消えにくく、また屋外の日光に晒される環境下でも変退色を生じにくく、白色のインキの調製も可能なものとされている。
【0004】
特許文献3には、顔料と、イソパラフィン系炭化水素と、前記イソパラフィン系炭化水素に可溶な石油樹脂とを含有するマーキングペン用油性インキが開示されている。当該油性インキは、水に濡れた面に筆記可能であり、耐水性に優れ、水に浸漬された被筆記面から筆記線が容易に落ちないものとされている。
【0005】
特許文献4には、着色剤と、樹脂と、炭化水素系有機溶剤と、脂肪酸アミド変性シリコーン及びジオール変性シリコーンから選ばれる一種以上のシリコーン化合物を含有してなる筆記具用油性インキ組成物が開示されている。また特許文献5には、着色剤と、樹脂と、イソパラフィン系炭化水素溶剤と、アミノ変性シリコーン、カルボキシル変性シリコーン、メルカプト変性シリコーン及びハイドロジェン変性シリコーンから選ばれる一種又は二種以上のシリコーン化合物を含有してなる筆記具用油性インキ組成物が開示されている。これらの油性インキ組成物は、種々材質の筆記面や水で濡れた面に筆記した場合にも良好な筆跡を形成できると共に、該筆跡は、明瞭に視認され、筆記箇所に存在する水滴によって筆記面が着色剤で汚染されることのないものとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004-231726号公報
【特許文献2】特開2007-291304号公報
【特許文献3】特開2008-156421号公報
【特許文献4】特開2011-57806号公報
【特許文献5】特開2011-162725号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
水濡れ面に筆記可能なマーキングペンが使用される場面や筆記対象物の一例として、台所等で繰り返し使用されるプラスチック製容器への筆記が挙げられる。例えば、ポリエチレン製やポリプロピレン製のタッパー型保存容器の表面に、内容物等の情報を筆記することが挙げられる。筆記対象面となる当該保存容器の表面は、その使用態様から水濡れ面になることがある。また筆記後も水滴や蒸気に晒されることがある。
【0008】
前記保存容器は繰り返し使用されるため、使用後には洗剤で洗浄される。この際、次の使用時に容器表面に新たな情報を筆記するために、以前の筆記を消去したいという要望がある。例えば、洗剤で容器を洗浄する際に、筆記部分を同時に消去できれば好都合である。しかし、特許文献1~5に開示された技術は、むしろ、水濡れ面に筆記されたインキが容易に消えないようにするもので、目的が異なり、繰り返し使用される水濡れ面には適用し難い。
【0009】
そこで本発明は、水濡れ面に筆記可能なマーキングペンにおいて、水濡れ面に確実に筆記できると共に、消去したい場合には容易に消去できるインキ組成物とマーキングペンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、水濡れ面に筆記可能なマーキングペンに用いられるインキ組成物であって、蒸気や水滴が付着しても消去されないが、洗剤を用いれば容易に消去できるインキ組成物を開発すべく検討を重ねた。その結果、インキ組成物に含まれる溶剤、着色剤、樹脂等の成分を工夫することにより、所望のインキ組成物が得られることを見出した。
【0011】
本発明の1つの態様は、水で濡れた面に筆記可能なマーキングペンに用いられるインキ組成物であって、
(A)炭化水素系溶剤からなる第一溶剤、及び
(B)SP値が10.0以下であり、前記第一溶剤と混和する第二溶剤、を含み、
前記(A)と前記(B)が混和された混合溶剤を想定したとき、前記混合溶剤100g中に含まれる前記第二溶剤のうち、水100gに溶解する前記第二溶剤の最大量Mが1.8g~8.0gの範囲であり、
さらに、
(C)顔料、又は前記混合溶剤に可溶な油性染料、からなる着色剤、及び
(D)前記混合溶剤に可溶な、酸価が100以上である樹脂、
を含む、インキ組成物である。
【0012】
本態様のインキ組成物は水で濡れた面に筆記可能なマーキングペンに用いられるものであり、上記(A)~(D)の各成分を含む。さらに、本態様では、前記(A)と前記(B)が混和された混合溶剤(以下、単に「混合溶剤」と称することがある。)100g中に含まれる第二溶剤のうち、水100gに溶解する第二溶剤の最大量Mが1.8g~8.0g(1.8g以上8.0以下)の範囲である。本態様によれば、水濡れ面における高い定着性を備えながら、洗剤を用いれば筆記面から容易に消去できるインキ組成物を提供することができる。
【0013】
好ましくは、(E)前記混合溶剤に可溶な、炭素数8以上の飽和脂肪酸、をさらに含む。
【0014】
好ましくは、前記インキ組成物に含まれる前記第一溶剤の質量に対する前記第二溶剤の質量の比Rが0.19~1.3である。
【0015】
好ましくは、前記第一溶剤がイソパラフィン系溶剤である。
【0016】
好ましくは、前記第二溶剤がグリコールエーテル系溶剤である。
【0017】
好ましくは、前記着色剤が顔料である。
【0018】
好ましくは、前記飽和脂肪酸の炭素数が14~18である。
【0019】
好ましくは、前記最大値Mが2.0g~8.0gの範囲である。
【0020】
好ましくは、前記第一溶剤がイソパラフィン系溶剤であり、前記第二溶剤がグリコールエーテル系溶剤であり、前記着色材が顔料であり、(E)前記混合溶剤に可溶な、炭素数8以上の飽和脂肪酸、をさらに含み、前記飽和脂肪酸の炭素数が14~18である。さらに好ましくは、前記最大値Mが2.0g~8.0gの範囲である。
【0021】
本発明の別の態様は、上記のインキ組成物が充填され、水で濡れた面に筆記可能である、マーキングペンである。
【0022】
本態様はマーキングペンに係るものであり、上記したインキ組成物が充填されたものである。本態様のマーキングペンによれば、水濡れ面に対して高い定着性を発揮するとともに、洗剤によって容易に消去できるマーキングを付与することができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、水濡れ面に確実に筆記できると共に、消去したいときには容易に消去できるインキ組成物とマーキングペンを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明のインキ組成物は、水で濡れた面に筆記可能なマーキングペンに用いられるものであり、上記成分(A)~(D)を含み、かつ、上記(A)と(B)が混和された混合溶剤100g中に含まれる第二溶剤のうち、水100gに溶解する第二溶剤の最大量Mが特定範囲のものである。好ましい実施形態では、上記成分(E)をさらに含む。
【0025】
成分(A)は、炭化水素系溶剤からなる第一溶剤である。第一溶剤を構成する炭化水素の例としては、キシレン、トルエン等の脂肪族炭化水素;エチルシクロヘキサン、メチルシクロヘキサン等の脂環式炭化水素;イソパラフィン等の脂肪族炭化水素が挙げられる。このうち、低毒性と低臭性の点から、イソパラフィン系溶剤が好ましく用いられる。イソパラフィン系溶剤の例としては、IPソルベント1620、IPソルベント1016、IPクリーンLX、IPソルベント2028、IPソルベント2835(以上、出光興産株式会社)、アイソパーシリーズ(エクソンモービル社)、等が挙げられる。これらの溶剤については、1種のみを用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0026】
成分(B)は、SP値が10.0以下であり、前記第一溶剤と混和する第二溶剤である。第二溶剤は、非水溶性溶剤とも呼べるものである。第二溶剤の例としては、グリコールエーテル系溶剤では、プロピレングリコールモノブチルエーテル(SP値:8.9)、エチレングリコールモノブチルエーテル(SP値:8.9)、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート(SP値:9.2)、プロピレングリコールモノプロピルエーテル(SP値:9.4)、等が挙げられる。グリコールエーテル系溶剤以外の溶剤としては、アセトン(SP値:9.9)等のケトン系溶剤、酢酸エチル(SP値9.1)等のエステル系溶剤が挙げられる。この中でも、樹脂の溶解性と顔料使用時の分散安定性の観点から、グリコールエーテル系溶剤が好ましく、例えば、プロピレングリコールモノブチルエーテルが好ましく用いられる。これらの溶剤については、1種のみを用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0027】
なお、本発明におけるSP値の単位は(cal/cm1/2である。(J/m1/2への換算は、1(cal/cm1/2=2.046×10(J/m1/2として行うことができる。
【0028】
成分(A)と成分(B)の組み合わせについては特に限定されず、例えば、上記した第一溶剤と第二溶剤の任意の組み合わせを用いることができる。
【0029】
本発明のインキ組成物では、前記(A)と前記(B)が混和された混合溶剤を想定したとき、混合溶剤100g中に含まれる第二溶剤のうち、水100gに溶解する第二溶剤の最大量M(以下、M値と称することがある。)が1.8g~8.0gの範囲である。M値は、好ましくは2.0g~8.0g、より好ましくは2.0g~6.5g、特に好ましくは2.0g~3.4gである。M値が8.0g超であると、水濡れ面への筆記性が悪くなるおそれがある。一方、M値が1.8g未満であると、樹脂が析出するおそれがある。M値は、混合溶剤中における水に溶ける要素の量(g)を、混合溶剤100gあたりで表したものである。M値は、第二溶剤の水への溶解度と、混合溶剤中に含まれる第二溶剤の量によって決まる。
【0030】
本発明のインキ組成物に含まれる、第一溶剤の質量に対する第二溶剤の質量の比R(第二溶剤の質量/第一溶剤の質量)については、特に限定されるものではないが、例えば0.19~1.3(0.19以上1.3以下)に設定することができる。比Rは、好ましくは0.23~1.0、より好ましくは0.23~0.36である。比Rが1.3超であると、混合溶剤全体に対する第一溶剤が占める割合が過小となり、水濡れ面への筆記性が悪くなるおそれがある。一方、比Rが0.19未満であると、樹脂が析出するおそれがある。
【0031】
インキ組成物全体に対する成分(A)と成分(B)の合計の含有割合(混合溶剤の含有割合)は、通常は50~95質量%程度、好ましくは60~90質量%程度、さらに好ましくは70~85質量%程度である。
【0032】
成分(C)は、顔料、又は前記混合溶剤に可溶な油性染料からなる着色剤である。
顔料としては、混合溶剤に分散可能なものであれば特に限定されず、一般的な有機顔料や無機顔料を用いることができる。
【0033】
有機顔料としては、フタロシアニン系、アゾ系、キナクリドン系、アンスラキノン系、ジオキサジン系、インジゴ系、チオインジゴ系、ペリノン系、ペリレン系、ジケトピロロピロール系、イソインドリン系、イソインドリノン系、キノフタロン系、アゾ-アゾメチン系、等の一般的な有機顔料を用いることができる。有機顔料は、アゾ顔料、多環式顔料のいずれでもよい。アゾ顔料は、溶性アゾ顔料(アゾレーキ顔料)、不溶性アゾ顔料(モノアゾ系、ジスアゾ系)、縮合アゾ顔料のいずれでもよい。
【0034】
無機顔料としては、金属酸化物系顔料、酸化亜鉛系顔料、クロム酸塩系顔料、硫化物系顔料、リン酸塩系顔料、金属錯塩系顔料、体質顔料、等の一般的な無機顔料を用いることができる。
【0035】
油性染料は、混合溶剤に可溶なものであれば特に限定されず、一般的な油性染料を用いることができる。例えば、塩基性染料、酸性染料、直接染料、分散染料等に分類される油性染料から、前記混合溶剤に可溶なものを選択して用いることができる。
【0036】
本発明では成分(C)として顔料を用いることが特に好ましい。ただし、油性染料であっても、前記混合溶剤に可溶なものであれば問題なく使用できる。
【0037】
インキ組成物全体に対する着色剤の含有割合は、通常は1~25質量%程度、好ましくは5~20質量%程度である。着色剤の含有割合が過剰であると、インキ組成物の粘度が上昇し、筆記性が悪くなるおそれがある。一方、着色剤の含有割合が過小であると、筆跡が透明調になったり、薄くなったりし、視認性が低下するおそれがある。
【0038】
成分(D)は、前記混合溶剤に可溶な、酸価が100以上である樹脂である。酸価とは、試料1gを中和するのに要する水酸化カリウムのミリグラム(mg)数である。酸価の測定は、滴定法等の公知の方法で行うことができる。酸価が100以上である樹脂の例としては、酸変性ロジン樹脂(パインクリスタル(荒川化学工業株式会社)等)、水添ロジン樹脂(パインクリスタル(荒川化学工業株式会社)等)、ロジン変性マレイン酸樹脂(テスポール(日立化成株式会社)等)、スチレンマレイン酸樹脂(アラスター(荒川化学工業株式会社)等);ロジンエステル系樹脂(パインクリスタル、ペンセル、スーパーエステル(以上、荒川化学工業株式会社)等)、アルキルフェノール樹脂(タマノル(荒川化学工業株式会社)等)、等から選択される酸価が100以上の樹脂が挙げられる。
インキ組成物全体に対する成分(D)の含有割合は、通常は1~15質量%程度、好ましくは3~5質量%程度である。成分(D)の含有割合が過剰であると、樹脂が析出して不均一なインキとなるおそれがある。一方、成分(D)の含有割合が過小であると、筆跡の消去性が低下したり、筆記面に対するインキの接着性が低下するおそれがある。
【0039】
成分(E)は、前記混合溶剤に可溶な、炭素数8以上の飽和脂肪酸である。前記炭素数の上限は、飽和脂肪酸が混合溶剤に可溶である限り特に規定はないが、一般的には30程度である。前記飽和脂肪酸の例としては、カプリル酸(炭素数8)、カプリン酸(炭素数10)、ラウリン酸(炭素数12)、ミスチリン酸(炭素数14)、パルミチン酸(炭素数16)、ステアリン酸(炭素数18)、等が挙げられる。好ましくは、炭素数14~18の飽和脂肪酸が好ましく用いられる。ステアリン酸の具体例としては、粉末ステアリン酸300(新日本理化株式会社)、ルナックS-50V、ルナックS-70V、ルナックS-90V、ルナックS-98V(以上、花王株式会社)、等が挙げられる。これらの飽和脂肪酸は、1種のみを用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0040】
インキ組成物全体に対する成分(E)の含有割合は、通常は0.1~5質量%程度、好ましくは0.5~2質量%程度である。成分(E)の含有割合が過剰であると、筆跡がべたついたり、インキ内に飽和脂肪酸が析出するおそれがある。一方、成分(E)の含有割合が過小であると、筆跡の消去性が低下するおそれがある。
【0041】
本発明のインキ組成物においては、その性能を損なわない範囲で、上記以外の成分を含有させてもよい。当該成分としては、粘度調整剤(シリカ等)、顔料分散剤、染料可溶化剤、耐乾燥付与剤、表面張力調整剤、等が挙げられる。
【0042】
本発明は、上記したインキ組成物が充填され、水で濡れた面に筆記可能であるマーキングペンを包含する。本発明のマーキングペンは、一般的な油性マーキングペンと同様にして作製することができる。例えば、ペン先チップと中芯(インキ吸蔵体)とを備えたマーキングペン本体を用意し、中芯に上記したインキ組成物を充填することにより、本発明のマーキングペンを作製することができる。
【実施例0043】
1.インキ組成物の調製
表1~5に示す配合(単位:質量部)からなる各種のインキ組成物を調製した。詳細には、所定量の第一溶剤(炭化水素系溶剤)と第二溶剤(非水溶性溶剤)を混和して混合溶剤を調製した。この混合溶剤に樹脂と飽和脂肪酸を投入し、必要に応じて粘度調整剤を投入し、60℃で30分間攪拌して樹脂液を調製した。樹脂液を室温まで冷却した後、顔料分散体を投入して室温で30分間攪拌し、インキ組成物を調製した。使用した原材料は以下のとおりである。
【0044】
<第一溶剤>
・IPソルベント1620(イソパラフィン系溶剤;出光興産株式会社)
【0045】
<第二溶剤>
実験例1~25、33~38
・ダワノールPNB(プロピレングリコールモノブチルエーテル、SP値:8.9、水への溶解度(20℃):13g/100g;ダウケミカル社)
実験例26
・ブチルグリコール(エチレングリコールモノブチルエーテル、SP値:8.9、水への溶解度(20℃):無限大;日本乳化剤株式会社)
実験例27
・ダワノールPMA(プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート、SP値:9.2、水への溶解度(20℃):3g/100g;ダウケミカル社)
実験例28
・ダワノールPnP(プロピレングリコールモノプロピルエーテル、SP値:9.4、水への溶解度(20℃):無限大;ダウケミカル社)
実験例29
・ダワノールPM(プロピレングリコールモノメチルエーテル、SP値:10.2、水への溶解度(20℃):無限大;ダウケミカル社)
実験例30
・ダワノールPPH(プロピレングリコールフェニルエーテル、SP値:10.5、水への溶解度(20℃):1g/100g;ダウケミカル社)
実験例31
・アセトン(SP値9.9、水への溶解度(20℃):無限大;大伸化学株式会社)
実験例32
・酢酸エチル(SP値9.1、水への溶解度(20℃):8g/100g;大伸化学株式会社)
【0046】
<顔料分散体>
・FUJI IP BLACK BASE(冨士色素株式会社)
なお、この顔料分散体はイソパラフィン系溶剤(第一溶剤に相当)と着色剤(カーボンブラック)と分散剤を含んでおり、下記の表ではこれらの成分に分解した値を記載している。
【0047】
<飽和脂肪酸>
・粉末ステアリン酸300(新日本理化株式会社)
【0048】
<樹脂>
・パインクリスタルKE-100(ロジンエステル樹脂、酸価1>;荒川化学工業株式会社)
・パインクリスタルKE-359(ロジンエステル樹脂、酸価20;荒川化学工業株式会社)
・タマノル803L(テルペンフェノール樹脂、酸価50;荒川化学工業株式会社)
・パインクリスタルKR-50(ロジン金属塩樹脂、酸価100;荒川化学工業株式会社)
・ロジンWW(ロジン酸樹脂、酸価150;Dashan Chemical社)
・アラスター700(スチレンマレイン酸樹脂半エステル、酸価200;荒川化学工業株式会社)
・パインクリスタルKE-604B(ロジン酸樹脂、酸価250;荒川化学工業株式会社)
【0049】
<粘度調整剤>
・レオロシールDM-20S(シリカ;株式会社トクヤマ)
【0050】
【表1】
【0051】
【表2】
【0052】
【表3】
【0053】
【表4】
【0054】
【表5】
【0055】
すなわち、実験例1~7では樹脂の酸価が互いに異なる。実験例8~16では第一溶剤と第二溶剤の混合比が互いに異なる。実験例17~19では樹脂の配合量が互いに異なる。実験例20~22では飽和脂肪酸の配合量が互いに異なる。実験例23~25では着色剤の配合量が互いに異なる。実験例26~32では第二溶剤のSP値と配合量が異なる。実験例33~38では粘度調整剤としてシリカを加えている。表1~3、5の第二溶剤はプロピレングリコールモノブチルエーテルである。
【0056】
2.マーキングペンの作製
繊維束からなるチップを備えたマーキングペン本体の中芯に各々のインキ組成物を充填し、各種のマーキングペンを作製した。
【0057】
3.評価方法
(1)樹脂の溶解安定性
樹脂が溶解するか否かを指標として、樹脂の溶解安定性を評価した。評価基準は、
A:室温で溶解する
B:室温で溶解するが、5℃以下では溶解しない
C:溶解しない
の3段階とし、Aを良好、BとCを不良と評価した。
【0058】
(2)水濡れ面への筆記性
マーキングペンで、水滴が付着している又は湿っているポリプロピレン板面(昭和電工マテリアルズ株式会社)に直径約15mmの連続円を描いて、筆記性を評価した。評価基準は、
A:正常に10丸筆記可能
B:10丸筆記可能だが、ハジキ、カスレが発生する
C:5丸以内にハジキ、カスレが発生する
D:筆記不可
の4段階とし、AとBを良好、CとDを不良と評価した。
【0059】
(3)筆跡のべたつき
マーキングペンで、乾燥したポリプロピレン板面(昭和電工マテリアルズ株式会社)に筆記した。10分間乾燥させた後、筆跡のべたつきを評価した。評価基準は、
A:べたつきは無く、触っても指に色が付かない
B:少しべたつきがあり、触ると指に色が付く
の2段階とし、Aを良好、Bを不良と評価した。
【0060】
(4)筆跡の消去性
マーキングペンで、乾燥したポリプロピレン板面(昭和電工マテリアルズ株式会社)に筆記した。筆跡を十分乾燥させた後、洗剤をつけたスポンジで擦って筆跡の消去性を評価した。評価基準は、
A:10往復以内できれいに消える
B:10往復擦った時点で、初期の面積の50%以上の部分が消える
C:筆跡が消えない
の3段階とし、AとBを良好、Cを不良と評価した。
【0061】
(5)漬け置き後の筆跡の消去性
マーキングペンで、乾燥したポリプロピレン板面(昭和電工マテリアルズ株式会社)に筆記した。筆跡を十分乾燥させた後、40℃の湯に3時間浸漬した。浸漬後、洗剤を付けたスポンジで擦って、漬け置き後の筆跡の消去性を評価した。評価基準は、
A:10往復以内できれいに消える
B:10往復擦った時点で、初期の面積の50%以上の部分が消える
C:筆跡が消えない
の3段階とし、AとBを良好、Cを不良と評価した。
【0062】
(6)インキの安定性(表11)
インキ成分の析出や凝集が発生するか否かを指標として、インキの安定性を評価した。評価基準は、
A:インキ成分の析出や凝集が発生しない
B:インキ成分の析出や凝集が発生する
の2段階とし、Aを良好、Bを不良と評価した。
【0063】
(7)総合評価
上記5項目の評価結果について、「不良」の項目が1つでもある場合は総合評価「×」(不良)、それ以外を良好と評価した。良好と評価されたもののうち、全ての項目がAである場合は総合評価「〇」(非常に良好)、A以外を含む場合は総合評価「△」(良好)と評価した。
【0064】
8.結果
(1)樹脂の酸価
実験例1~7の評価結果を表6に示す。すなわち、樹脂の酸価が100、150、200、250である実験例4~7では総合評価が△(良好)以上であり、筆記性と消去性の両方に優れていた。特に、樹脂の酸価が150、200、250である実験例5~7は、全ての項目で評価が「A」であり、性能が非常に優れていた。一方、樹脂の酸価が1未満、20、50である実験例1~3では、筆跡の消去性と、漬け置き後の筆跡の消去性が不良であった(総合評価×)。
【0065】
【表6】
【0066】
以降の実験では、酸価が250である樹脂を用いた。
【0067】
(2)第一溶剤と第二溶剤の混合比とM値
実験例7~16、33~38の評価結果を表7-1と7-2に示す(配合量の単位は質量部)。実験例7~16、33~38では、第一溶剤と第二溶剤の混合比を変化させている。表7-1と7-2の比Rは、第一溶剤の質量に対する第二溶剤の質量の比(第二溶剤/第一溶剤)である。M値は、混合溶剤100g中に含まれる第二溶剤のうち、水100gに溶解する第二溶剤の最大量(g)である。
【0068】
M値が2.4g~6.5gの範囲である実験例7、9、12~14、33~38(比R:0.23~1.0)では総合評価が△(良好)以上であり、筆記性と消去性の両方に優れていた。特に、M値が2.4g~3.4gの範囲である実験例7、12、33~38(比R:0.23~0.36)は、全ての項目で評価が「A」であり、性能が非常に優れていた。一方、M値が1.6g以下である実験例8、10、11(比R:0.14以下)では、樹脂の溶解安定性が悪く、筆記自体が困難であった。そのため、樹脂の溶解安定性以外の項目については評価不能であった。また、M値が8.1g以上である実験例15、16(比R:1.64以上)では、濡れ面筆記性が不良であり総合評価も「×」であった。なお、この実験条件では、粘度調整剤の有無は評価に影響を与えなかった(実験例33~38)。
以上のことから、M値の範囲は1.8g~8.0g程度、比Rの範囲は0.19~1.3程度が好ましいことが示された。
【0069】
【表7-1】
【表7-2】
【0070】
ここで、M値の計算法について実験例1~7、17~25を例として説明する。これらの実験例では、混合溶剤の配合量が80.5質量部、第二溶剤(プロピレングリコールモノブチルエーテル)の配合量が20.0質量部である。したがって、混合溶剤100g中に含まれる第二溶剤の量(g)は「100×(20.0/80.5)」である。ここで、プロピレングリコールモノブチルエーテルの水への溶解度は13g/100gであるから、「混合溶剤100g中に含まれる第二溶剤のうち、水100gに溶解する第二溶剤の最大量M」は
M=100×(20.0/80.5)×(13/100)=3.2(g)
と計算される。実験例8~16、27、30、32~38についても同様に計算できる。
【0071】
(3)樹脂の量
実験例7、17、18の評価結果を表8に示す。これらの実験例では、樹脂の配合量を変化させている。表8では、樹脂の濃度(インキ組成物全体に対する樹脂の含有割合)を表示した。
樹脂の濃度が1.0~5.0質量%の範囲である実験例17、7では総合評価が△(良好)以上であり、筆記性と消去性の両方に優れていた。特に、樹脂の濃度が5.0質量%である実験例7は、全ての項目で評価が「A」であり、性能が非常に優れていた。一方、樹脂の濃度が9.5質量%である実験例18では、樹脂の溶解安定性が悪く、筆記自体が困難であった。そのため、樹脂の溶解安定性以外の項目については評価不能であった。
【0072】
【表8】
【0073】
(4)飽和脂肪酸の量
実験例7、19~22の評価結果を表9に示す。これらの実験例では、飽和脂肪酸の配合量を変化させている。表9では、飽和脂肪酸の濃度(インキ組成物全体に対する飽和脂肪酸の含有割合)を表示した。
飽和脂肪酸の濃度が0~1.0質量%の範囲である実験例19、7、20では総合評価が△以上であり、筆記性と消去性の両方に優れていた。特に、飽和脂肪酸の濃度が0.50~1.00質量%の範囲である実験例7、20は、全ての項目で評価が「A」であり、性能が非常に優れていた。一方、飽和脂肪酸の濃度が2.9質量%以上である実験例21、22では、樹脂の溶解安定性が悪く、筆記自体が困難であった。そのため、樹脂の溶解安定性以外の項目については評価不能であった。
【0074】
【表9】
【0075】
(5)着色剤の量
実験例7、23~25の評価結果を表10に示す。これらの実験例では、着色剤(顔料)の配合量を変化させている。表10では、着色剤の濃度(インキ組成物全体に対する着色剤の含有割合)を表示した。
表10に示すように、実験例7、23~25の全てにおいて、優れた筆記性と消去性が得られた。これにより、少なくとも表10に示す濃度範囲では、着色料の濃度はインキ組成物の筆記性と消去性に影響を与えないことが確認された。
【0076】
【表10】
【0077】
(6)第二溶剤のSP値
実験例7、26~32の評価結果を表11に示す。これらの実験例では、第二溶剤のSP値と配合量を変化させている(表4)。前述したように、実験例7では第二溶剤としてプロピレングリコールモノブチルエーテル(SP値:8.9)を用いている。表11では、第二溶剤のSP値と、上記で定義したM値を表示した。
表11に示すように、SP値が9.9以下の第二溶剤を用いた実験例7、26~28、31、32では総合評価が△以上であり、インキの安定性と濡れ面筆記性の両方に優れていた。特に、SP値が8.9~9.2の範囲である実験例7、27、32は、全ての項目で評価が「A」であり、性能が非常に優れていた。一方、SP値が10.2以上の第二溶剤を用いた実験例29、30は、インキの安定性が不良であった(総合評価:×)。特に、実験例29は実験例26、28、31とM値が同じであるが、インキの安定性が不良であった。
以上のことから、第二溶剤のSP値は10.0以下が好ましいことが示された。
【0078】
【表11】
【0079】
ここで、第二溶剤の水への溶解度が非常に大きい場合のM値の計算法について、実験例26を例として説明する。実験例26では、混合溶剤の配合量が80.5質量部、第二溶剤(エチレングリコールモノブチルエーテル)の配合量が6.0質量部である。したがって、混合溶剤100g中に含まれる第二溶剤の量(g)は「100×(6.0/80.5)」である。ここで、エチレングリコールモノブチルエーテルは水と混和する(溶解度:無限大)から、混合溶剤中に含まれる第二溶剤の全量が水100gに溶解する(混和する)。よって、「混合溶剤100g中に含まれる第二溶剤のうち、水100gに溶解する第二溶剤の最大量M」は、混合溶剤中に含まれる第二溶剤の全量であり、
M=100×(6.0/80.5)=7.5(g)
と計算される。実験例28、29、31についても同様に計算できる。