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特開2024-175282スリット付き十字形引張試験片、及びスリット付き十字形引張試験片の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024175282
(43)【公開日】2024-12-18
(54)【発明の名称】スリット付き十字形引張試験片、及びスリット付き十字形引張試験片の製造方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 3/28 20060101AFI20241211BHJP
   G01N 3/08 20060101ALI20241211BHJP
【FI】
G01N3/28
G01N3/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023092945
(22)【出願日】2023-06-06
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100127845
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 壽彦
(72)【発明者】
【氏名】達川 昂至
(72)【発明者】
【氏名】簑手 徹
(72)【発明者】
【氏名】石渡 亮伸
【テーマコード(参考)】
2G061
【Fターム(参考)】
2G061AA01
2G061AB01
2G061AB09
2G061BA04
2G061BA11
2G061CA02
2G061CB01
2G061CB20
2G061EA01
2G061EA04
(57)【要約】
【課題】二軸引張試験を行うに際して、腕部を補強して破断を防ぐことができるスリット付き十字形引張試験片、及びスリット付き十字形引張試験片の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明に係るスリット付き十字形引張試験片1は、正方形の測定部3と、測定部3の4辺から測定部3に引張荷重を負荷する方向に延出するとともに該延出する方向に平行なスリット7が複数形成された腕部5と、を備え、4本の腕部5を介して測定部3に直交2方向の引張荷重を負荷して二軸応力下における応力-ひずみ関係を求める二軸引張試験に用いるスリット付き十字形引張試験片1であって、各腕部5を覆うように接合されて腕部5を補強する補強材11を有し、補強材11は、腕部5における引張荷重を負荷する方向において少なくともスリット7よりも長く、かつ、腕部5を覆うことによりスリット7を塞がないように形成されている、ことを特徴とするものである。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
正方形の測定部と、該測定部の4辺から該測定部に引張荷重を負荷する直交2方向に延出するとともに該延出する方向に平行なスリットが複数形成された4本の腕部と、を備え、前記4本の腕部を介して前記測定部に直交2方向の引張荷重を負荷して二軸応力下における応力-ひずみ関係を求める二軸引張試験に用いるスリット付き十字形引張試験片であって、
前記各腕部を覆うように接合されて該各腕部を補強する補強材を有し、
該補強材は、前記引張荷重を負荷する方向において少なくとも前記スリットよりも長く、かつ、前記スリットを塞がないように接合されている、ことを特徴とするスリット付き十字形引張試験片。
【請求項2】
前記スリット付き十字形引張試験片の材質は、引張強度が1470MPa級以上の鋼板であることを特徴とする請求項1に記載のスリット付き十字形引張試験片。
【請求項3】
前記スリット付き十字形引張試験片の板厚をt1、前記二軸引張試験において前記測定部の中央に発生させる相当塑性ひずみの最大値をε1、前記測定部の相当塑性ひずみがε1の時に前記腕部及び前記補強材に発生する相当塑性ひずみをε2、前記測定部及び前記腕部の幅をw1、前記補強材の幅をw2としたき、ε2が前記補強材の一様伸び以下であり、かつ、以下の式を満たすように前記補強材の板厚t2が設定されている、ことを特徴とする請求項1又は2に記載のスリット付き十字形引張試験片。
t2=(ε1/ε2-1)×(w1/w2)×t1 ・・・(1)
【請求項4】
請求項1又は2に記載のスリット付き十字形引張試験片の製造方法であって、
前記補強材の仮の板厚を設定する板厚設定工程と、
前記補強材の仮の板厚が設定された前記スリット付き十字形引張試験片の二軸引張試験についてのCAE解析を行い、前記腕部に形成された前記スリットの先端部に発生するひずみを算出するひずみ算出工程と、
該算出したスリットの先端部のひずみに基づいて、前記スリットの先端部における割れ発生の有無を判定する割れ発生有無判定工程と、
前記スリットの先端部に割れ発生有りと判定された場合、前記補強材の板厚を変更する板厚変更工程と、
前記スリットの先端部における割れ発生無しと判定されるまで、前記板厚変更工程と、前記ひずみ算出工程と、前記割れ発生有無判定工程と、を繰り返し行う繰り返し工程と、
前記割れ発生有無判定工程においてスリットの先端部に割れの発生無しと判定された場合、その場合の前記補強材の板厚を、前記腕部に接合する前記補強材の板厚として決定する板厚決定工程と、を含むことを特徴とするスリット付き十字形引張試験片の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二軸応力下の応力-ひずみ関係を取得するための二軸引張試験に用いるスリット付き十字形引張試験片、及びスリット付き十字形引張試験片の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プレス成形により製造する自動車部品を設計する際には、通常、当該自動車部品のプレス成形解析を行い、プレス成形過程における成形不具合(割れ・しわなど)の発生可能性を評価する。そして、高精度なプレス成形解析を実施するためには、プレス成形に供する金属板材の二軸引張応力下における応力-ひずみ関係を測定する二軸引張試験を実施する必要がある。
【0003】
二軸引張試験では、図11に一例として示すように、正方形の測定部23と、測定部23の4辺から外方に延出する4本の腕部25、と、を備え、各腕部25に複数のスリット27が設けられたスリット付き十字形引張試験片21が用いられる。このようなスリット付き十字形引張試験片21を用いた二軸引張試験においては、測定部23を挟んで対向する2対の腕部25を介して直交2方向の引張荷重を測定部23に負荷することにより、二軸応力下の応力とひずみを測定することができる。なお、腕部25にスリット27を設けるのは、各腕部25に引張荷重を負荷した際に、腕部25における幅方向の変形により測定部23の変形が拘束されないようにすることで、測定部23を所望の二軸応力状態となるようにするためである。
【0004】
スリット付き十字形引張試験片21は、金属板材の引張強度が高くなると、腕部25を介して引張荷重を負荷して応力-ひずみ関係の測定に必要な十分大きなひずみが測定部23に発生する前に腕部25が破断するという問題が生じる。そこで、特許文献1には、スリット付十字形引張試験片のスリット部(腕部)をレーザ照射によって加熱・急冷する焼き入れにより強化し、スリット部での破断を防止する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2014-228290号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に開示されている技術によれば、金属板材が鋼板の場合、レーザ焼き入れによりマトリックス相をマルテンサイト組織とすることで、スリット部を強化することが可能であった。しかしながら、1470MPa級以上の鋼板は、マトリックス相が既にマルテンサイトである場合が多く、レーザ焼入れしても腕部を強化することができなかった。
【0007】
このように、特許文献1に開示の方法では、1470MPa級以上の鋼板のように引張強度の高い金属板を試験片に用いた場合、スリット部(腕部)の強化ができず、測定部に十分に大きなひずみが発生する前に腕部が破断してしまうことがあった。そのため、二軸応力下における応力-ひずみ関係の測定範囲を拡大することができないという課題があった。
【0008】
本発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、引張強度の高い金属板材を試験片に用いた場合であっても、腕部を破断させずに測定部に十分に大きなひずみを発生させることができるスリット付き十字形引張試験片、及びスリット付き十字形引張試験片の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)本発明に係るスリット付き十字形引張試験片は、正方形の測定部と、該測定部の4辺から該測定部に引張荷重を負荷する直交2方向に延出するとともに該延出する方向に平行なスリットが複数形成された4本の腕部と、を備え、前記4本の腕部を介して前記測定部に直交2方向の引張荷重を負荷して二軸応力下における応力-ひずみ関係を求める二軸引張試験に用いるものであって、
前記各腕部を覆うように接合されて該各腕部を補強する補強材を有し、
該補強材は、前記引張荷重を負荷する方向において少なくとも前記スリットよりも長く、かつ、前記スリットを塞がないように接合されている、ことを特徴とするものである。
【0010】
(2)上記(1)に記載のものにおいて、
前記スリット付き十字形引張試験片の材質は、引張強度が1470MPa級以上の鋼板であることを特徴とするものである。
【0011】
(3)上記(1)又は(2)に記載のものにおいて、
前記スリット付き十字形引張試験片の板厚をt1、前記二軸引張試験において前記測定部の中央に発生させる相当塑性ひずみの最大値をε1、前記測定部の相当塑性ひずみがε1の時に前記腕部及び前記補強材に発生する相当塑性ひずみをε2、前記測定部及び前記腕部の幅をw1、前記補強材の幅をw2としたき、ε2が前記補強材の一様伸び以下であり、かつ、以下の式を満たすように前記補強材の板厚t2が設定されている、ことを特徴とするものである。
t2=(ε1/ε2-1)×(w1/w2)×t1 ・・・(1)
【0012】
(4)本発明に係るスリット付き十字形引張試験片の製造方法は、上記(1)乃至(3)のいずれかに記載のものであって、
前記補強材の仮の板厚を設定する板厚設定工程と、
前記補強材の仮の板厚が設定された前記スリット付き十字形引張試験片の二軸引張試験についてのCAE解析を行い、前記腕部に形成された前記スリットの先端部に発生するひずみを算出するひずみ算出工程と、
該算出したスリットの先端部のひずみに基づいて、前記スリットの先端部における割れ発生の有無を判定する割れ発生有無判定工程と、
前記スリットの先端部に割れ発生有りと判定された場合、前記補強材の板厚を変更する板厚変更工程と、
前記スリットの先端部における割れ発生無しと判定されるまで、前記板厚変更工程と、前記ひずみ算出工程と、前記割れ発生有無判定工程と、を繰り返し行う繰り返し工程と、
前記割れ発生有無判定工程においてスリットの先端部に割れの発生無しと判定された場合、その場合の前記補強材の板厚を、前記腕部に接合する前記補強材の板厚として決定する板厚決定工程と、を含むことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、直交2方向の引張荷重を負荷する二軸引張試験において、引張強度の高い金属板材を試験片に用いた場合であっても、腕部を破断させずに測定部に生じさせる塑性ひずみを大きくすることができる。これにより、二軸応力下における応力-ひずみ関係の測定範囲を拡大することができ、測定した応力-ひずみ関係は自動車部品等のプレス成形品の設計で行うプレス成形解析に活用できる。
さらに、本発明によれば、腕部に接合して補強する補強材の板厚を適切に決定することにより、二軸引張試験において目標とする塑性ひずみを測定部に発生させてもスリットに集中するひずみを低減して腕部の破断を防ぐことが可能なスリット付き十字形引張試験片を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の実施の形態に係るスリット付き十字形引張試験片を説明する図である。
図2】本発明の実施の形態に係るスリット付き十字形引張試験片に用いられる補強材を説明する図である。
図3】本発明の実施の形態に係るスリット付き十字形引張試験片における腕部の付け根部(図1中の破線で囲まれた部位)を拡大した図である。
図4】本発明の実施の形態に係るスリット付き十字形引張試験片の腕部に補強材を接合する部位を説明する図である。
図5】本発明の実施の形態に係るスリット付き十字形引張試験片の腕部に接合する補強材の具体例を示す図である。
図6】本発明の実施の形態に係るスリット付き十字形引張試験片の製造方法のフローを示す図である。
図7】実施例において、本発明に係るスリット付き十字形引張試験片を用いた等二軸引張試験のCAE解析により求めた、補強材の板厚1.6mm及び0.8mmの場合における測定部中心の相当塑性ひずみと腕部の相当塑性ひずみの関係と、スリット先端に破断が生じる相当塑性ひずみを示したグラフである。
図8】実施例において、スリット付き十字形引張試験片の等二軸引張試験において、補強材の有無による測定部中心の相当塑性ひずみと腕部の相当塑性ひずみの関係を求めたCAE解析結果を示すグラフである。
図9】腕部に補強材が接合された本発明に係るスリット付き十字形引張試験片の等二軸引張試験における相当塑性ひずみ分布を示すコンター図である。
図10】腕部に補強材が接合されていない従来の係るスリット付き十字形引張試験片の等二軸引張試験における相当塑性ひずみ分布を示すコンター図である。
図11】従来のスリット付き十字形引張試験片を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<スリット付き十字形引張試験片>
本発明の実施の形態に係るスリット付き十字形引張試験片は、直交2方向に引張荷重を負荷して二軸応力下における応力-ひずみ関係を求める二軸引張試験に用いるものである。そして、スリット付き十字形引張試験片1は、一例として図1に示すように、正方形の測定部3と、測定部3の4辺から測定部3に引張荷重を負荷する直交2方向に延出する4本の腕部5と、を備えている。さらに、各腕部5は、引張荷重を負荷する方向に平行なスリット7が複数形成されている。
【0016】
測定部3は、測定部3を挟んで対向する2対の腕部5を介して直交2方向に引張荷重が負荷されることにより、二軸応力下における応力とひずみを測定する部位である。
腕部5は、端部側に掴み部9を有し、掴み部9に負荷された引張荷重を測定部3に伝達するものであり、各腕部5には複数のスリット7が形成されている(図1においては各腕部に7本のスリット7が形成)。なお、各腕部5に形成するスリット7の本数や幅、長さは、適宜設定すればよい。
【0017】
そして、スリット付き十字形引張試験片1は、図1に示すように、各腕部5を覆うように接合されて各腕部5を補強する補強材11を有する。
補強材11は、図1に示すように、各腕部5において引張荷重を負荷する方向において少なくともスリット7よりも長く、かつ、スリット7を塞がないように接合されている。
補強材側スリット13の幅は、補強材11を各腕部5に接合した際に、補強材側スリット13がスリット7を塞がないように、各腕部5のスリット7の幅以上とするのが好ましい。例えば、スリット7の幅が0.3mmである場合、補強材側スリット13の幅は0.3mm以上である1.0mmとすればよい。
なお、本実施の形態においては、腕部5に補強材11が接合されてスリット7を塞がないように、補強材11には、図1図3に示すように、腕部5に接合された状態でスリット7と同位置となる補強材側スリット13が形成されている。
【0018】
補強材側スリット13は、腕部5に接合した状態で引張荷重を負荷する方向と平行となるように形成されたものであり、図2に示すように、測定部3側の先端は開放された形状であり、測定部3側と反対側の先端は非開放である。
もっとも、補強材側スリット13は、測定部3側と反対側の先端も開放された形状であってもよいが、この場合、腕部5における複数のスリット7の間の各部位を複数の補強材で接合することを要する。そのため、図2に示す補強材側スリット13が形成された補強材11が作業性の面から好ましい。
【0019】
補強材11と腕部5の接合方法としては、例えば、レーザ溶接等を用いることができる。この場合、腕部5における補強材11を接合した部位の周辺に応力集中が発生して破断の起点となりやすいことから、図4に示すように、補強材11における腕部5との接合部15は、補強材11の全長に亘って設けられていることが望ましい。
【0020】
以上、本実施の形態に係るスリット付き十字形引張試験片1によれば、直交2方向の引張荷重を負荷する二軸引張試験において、腕部5を破断させずに測定部3に生じさせる塑性ひずみを大きくすることができる。これにより、二軸応力下における応力-ひずみ関係の測定範囲を拡大することができ、測定した応力-ひずみ関係は自動車部品等のプレス成形品の設計で行うプレス成形解析に活用することが可能となる。
【0021】
特に、本実施の形態に係るスリット付き十字形引張試験片1は、その材料が引張強度1470MPa級以上の鋼板である場合に好適である。なぜなら、1470MPa級以上の鋼板のようにレーザ焼入れによって強化することができない高強度な金属板材であっても、腕部5を補強することができ、腕部5を破断させずに測定部3に生じさせる塑性ひずみを大きくすることができるためである。
【0022】
なお、図1に示すスリット付き十字形引張試験片1は、腕部5の幅方向全長に亘って補強材11が接合されたものである。もっとも、本発明に係るスリット付き十字形引張試験片は、引張荷重を負荷した際にひずみが集中しやすい腕部における幅方向中央部に補強材が接合されたものであってもよい。引張荷重を負荷した際にひずみが集中しやすい腕部の幅方向の範囲は、後述するように、補強材が接合されていない従来のスリット付き十字形引張試験片21(図11)の等二軸引張試験のCAE解析により算出できる(図10)。
【0023】
このような補強材として、図1に示すように腕部5に7本のスリット7が形成されている場合における具体例を図5に示す。
図5に示す補強材11Aは、補強材が接合されていない従来のスリット付き十字形引張試験片の等二軸引張試験のCAE解析においてひずみが集中する腕部の幅方向領域(図10において相当塑性ひずみが0.045以上の腕部25の領域)を少なくとも覆うように幅方向の範囲を算出したものである。そして、補強材11Aは、腕部5における幅方向中央部の5本のスリット7と重なるように形成された5本の補強材側スリット13を有し、腕部5における幅方向最外側の2本のスリット7よりも内側の部位に接合されるものである。
【0024】
さらに、スリット付き十字形引張試験片1と異なる材料の補強材11を溶接すると、金属間の電位差によって引き起こされる異種金属間腐食の発生や、材料間の熱伝導率と融点の差による接合界面の不安定さによって溶接部が脆化する可能性がある。そのため、補強材11の材料は、スリット付き十字形引張試験片1と同じ材料であることが望ましい。
【0025】
補強材11の板厚に関しては、腕部5のスリット先端にひずみが集中して破断しないように適宜設定すればよいが、例えば、以下のように決めることができる。
【0026】
図1に示すスリット付き十字形引張試験片1において、X方向に腕部5の両端に引張荷重Fを負荷するものとした場合、スリット付き十字形引張試験片1の板厚をt1、補強材11の板厚をt2、測定部3及び腕部5の幅をw1、補強材11の幅をw2とする。さらに、測定部3のX方向のひずみをε1、応力をσ1、腕部5と補強材11のX方向のひずみをε2、応力をσ2とする。このとき、測定部3に負荷される荷重Fの釣り合いから、以下の式が成り立つ。
F=σ1×w1×t1=σ2×(w1×t1+w2×t2)
【0027】
二軸引張試験で要求される測定部3の塑性ひずみε1は、0.01程度と小さいので、スリット付き十字形引張試験片1と補強材11の変形は弾性域にあると仮定しても差し支えない。この場合、測定部3の応力σ1と、腕部5及び補強材11の応力σ2は、以下の式で近似的に表すことができる。
σ1=Eε1
σ2=Eε2
ここで、Eは、スリット付き十字形引張試験片1及び補強材11のヤング率である。
【0028】
これらの式から、次式が成り立つ。
ε1×w1×t1=ε2×(w1×t1+w2×t2)
したがって、補強材11の板厚t2は、次の式(1)により表される。
t2=(ε1/ε2-1)×(w1/w2)×t1 ・・・(1)
【0029】
式(1)において、二軸引張試験での測定部3の中央に発生させる相当塑性ひずみの最大値をε1、測定部3の相当塑性ひずみがε1の時に腕部5及び補強材11に発生する相当塑性ひずみをε2とすると、補強材11の板厚t2は式(1)により決定することができる。なお、補強材11の板厚t2は、式(1)で求められる値よりも大きな値にしてもよい。
【0030】
このとき、腕部5及び補強材11の相当塑性ひずみε2は補強材11の一様伸び(破断限界)よりも小さい値に決定すればよい。また、補強材11はスリット付き十字形引張試験片1よりも引張強度が小さく(軟質な)、一様伸びが大きく延性の高い金属板材であることが望ましい。スリット付き十字形引張試験片1の材質が、引張強度1470MPa級以上であるので、補強材11の材質は、引張強度が270MPa級以上590MPa級以下とするのが好ましい。
【0031】
<スリット付き十字形引張試験片の製造方法>
本実施の形態に係るスリット付き十字形引張試験片1においては、上記のように、補強材11の板厚t2を大きくするほど、二軸引張試験において測定部3に生じるひずみ領域を広げることが可能となる。もっとも、補強材11の板厚t2を大きくしすぎると、スリット付き十字型二軸引張試験1における測定部3側のスリット7の先端部7a(図3参照)にひずみが集中し、そこから破断が起きることが懸念される。そこで、以下の手順により補強材11の板厚を決定し、スリット付き十字形引張試験片1を製造することを想起した。
なお、補強材11の板厚t2の上限は、後述するCAE解析の結果より、スリット付き十字形引張試験片1の板厚t1程度にするとよい。
【0032】
以下、図6に基づいて、図1に示すスリット付き十字形引張試験片1を対象とする製造方法について説明する。
【0033】
まず、補強材11の仮の板厚を設定する(板厚設定工程S1)。
次に、補強材11の仮の板厚が設定されたスリット付き十字形引張試験片1を用いて二軸引張試験を行う過程のCAE解析を行い、腕部5に形成されたスリット7の先端部7aに発生するひずみを算出する(ひずみ算出工程S3)。スリットの先端部7aとは、引張荷重を負荷する方向における測定部3側とする。なお、二軸引張試験を行う過程のCAE解析には、例えば、有限要素法解析を適用することができる。
【0034】
次に、算出したスリット7の先端部7aのひずみに基づいて、スリット7の先端部7aにおける割れ発生の有無を判定する(割れ発生有無判定工程S5)。
【0035】
スリット7の先端部7aにおける割れ判定は、例えば、以下の式(2)に示すCockcroftの延性破壊条件式を用いて行うことができる。
C1=∫σmax・dεp ・・・(2)
ここで、σmaxは最大主応力、εpは相当塑性ひずみである。C1は、例えば単軸引張試験の結果から求めることができる定数であり、式(2)の右辺の積分値がC1を超えると材料が破断、すなわち割れが発生すると判定される。
【0036】
割れ発生有無判定工程S5において、割れ発生有り(図6中においては割れなし=No)と判定された場合、補強材11の板厚を適宜変更する(板厚変更工程S7)。
そして、板厚変更工程S7と、ひずみ算出工程S3と、割れ発生有無判定工程S5と、を割れ発生無しと判定されるまで繰り返し行う(繰り返し工程S9)。
このようにして、割れ発生有無判定工程においてスリット7の先端部7aに割れ発生無しと判定された場合の補強材11の板厚を、腕部5に接合する補強材11の板厚として決定する(板厚決定工程S11)。
【0037】
以上、本実施の形態に係るスリット付き十字形引張試験片の製造方法によれば、測定部3に目標とするひずみを発生させても腕部5を破断の破断を防ぐことができる補強材の板厚を適切に決定することができる。これにより、二軸応力下における応力-ひずみ関係の測定範囲を拡大することができ、測定した応力-ひずみ関係は自動車などのプレス成形部品の設計で行うプレス成形解析に活用できる。
【実施例0038】
本発明の作用効果を検証するための実験を行ったので、以下、これについて説明する。
実験では、図1に示すように、正方形の測定部3と、測定部3の4辺から延出する4本の腕部5と、を備え、腕部5に補強材11が接合されたスリット付き十字形引張試験片1を用いた。ここで、スリット付き十字形引張試験片1には、板厚1.2mm、1470MPa級の冷延鋼板を用い、補強材11には、270MPa級の冷延鋼板を用いた。
【0039】
スリット付き十字形引張試験片1において、測定部3の寸法は50mm×50mm、測定部3を挟んで対向する2本の腕部5の両端間の長さはX方向及びY方向ともにL=260mm、腕部5の幅は50mmとした。また、各腕部5には7本のスリット7を等間隔に形成し、各スリット7の幅は0.3mm、長さは50mmとした。
【0040】
補強材11は、幅は腕部5と同じ50mm、長さは55mmとし、腕部5に形成されたスリット7と同様、7本の補強材側スリット13を等間隔に形成した。ここで、補強材側スリット13の幅は0.3mm、長さは50mmとした。
【0041】
実験において、補強材11の板厚は以下のように決定した。
まず、二軸引張試験において測定部3にε1=0.01の相当塑性ひずみを発生させる条件において、補強材11の板厚を1.6mmと0.8mmとした場合の補強材11のひずみと一様伸びとの関係を求めた。
【0042】
補強材11の板厚t2が1.6mmとすると、前掲した式(1)により算出される補強材のひずみε2は0.004である。補強材に用いた270MPa級冷延鋼板の一様伸びは0.025であり、式(1)により算出される補強材のひずみε2は十分に小さい値である。
また、補強材11の板厚t2が0.8mmの場合についても同様に算出される補強材11のひずみε2は0.006であるが、この値も一様伸び(=0.025)と比べて十分に小さい。
【0043】
次に、補強材の板厚t2を0.8mm及び1.6mmとした場合のそれぞれについて、スリット付き十字形引張試験片の等二軸引張試験のCAE解析を行い、図7に示す、スリット7先端の相当塑性ひずみと測定部3中心の相当塑性ひずみの関係を求めた。
【0044】
図7において、実線は補強材の板厚が0.8mm、点線は補強材の板厚が1.6mmの結果である。
測定部3中心の相当塑性ひずみの最大値がε1=0.01のとき、前掲した式(2)により計算されるスリット7の先端部7aが破断すると判定される相当塑性ひずみは0.015であった。この値と、測定部3中心の相当塑性ひずみが0.01のときのスリット7の先端部7aの相当塑性ひずみを比較すると、補強材11の板厚が1.6mmではスリット7の先端部7aのひずみは0.015より大きいため、スリット7の先端部7aは破断すると判定される。これに対し、補強材11の板厚が0.8mmでは、スリット7の先端部7aのひずみが0.015よりも小さいため、スリット7の先端部7aは破断しないと判定される。この結果から、補強材11の板厚は0.8mmと決定した。
【0045】
続いて、スリット付き十字形引張試験片1の腕部5に補強材11を接合したことによる補強の効果を検証した。図8に、板厚0.8mmの補強材11が腕部5に接合されたスリット付き十字形引張試験片1と、従来のスリット付き十字形引張試験片21のそれぞれについて等二軸引張試験のCAE解析により求めた、測定部中心の相当塑性ひずみと腕部の相当塑性ひずみの関係を示す。
【0046】
図8により、補強材が接合されていない従来のスリット付き十字形引張試験片21では、測定部23中心の相当塑性ひずみが0.008付近において腕部25のひずみが急激に増加していることが分かる。この結果から、補強材なしのスリット付き十字形引張試験片21を用いた場合、測定部23中心の相当塑性ひずみが目標の0.01に達する前に腕部25に割れが生じると考えられる。
【0047】
これに対し、板厚0.8mmの補強材11を腕部5に接合したスリット付き十字形引張試験片1においては、測定部3中心の相当塑性ひずみが0.015に至るまで、腕部5における相当塑性ひずみの急激な増加は見られなかった。このことから、腕部5に0.8mmの補強材11を接合することにより、腕部5が割れることなく、測定部3中心の相当塑性ひずみが0.01に達するまで二軸引張試験を実施することが可能であることが示された。
【0048】
図9に、板厚0.8mmの補強材11を腕部5に接合した本発明に係るスリット付き十字形引張試験片1を用いた等二軸引張試験において、測定部3中心の相当塑性ひずみが0.01付近であるときの相当塑性ひずみのコンター図を示す。さらに、図10に、従来のスリット付き十字形引張試験片21を用いた等二軸引張試験において、測定部23中心の相当塑性ひずみが0.01付近であるときの相当塑性ひずみのコンター図を示す。
【0049】
従来のスリット付き十字形引張試験片21の場合、図10に示すように、腕部25にひずみが集中して、特に腕部25における幅方向最外側の2本のスリット27よりも内側の部位の相当塑性ひずみが0.045以上の高い値となった。これに対し、腕部5に補強材11を接合した本発明に係るスリット付き十字形引張試験片1の場合、腕部5におけるひずみの集中が解消され、腕部5における相当塑性ひずみの値が0.015以下に低下していることが分かる。
【0050】
以上、本発明に係るスリット付き十字形引張試験片によれば、二軸引張試験において腕部におけるひずみの集中を緩和することができ、腕部が割れることなく測定部中心に目標とする相当塑性ひずみを生じさせることが可能であることが示された。
【0051】
なお、上記の実施例は等二軸引張試験を行った場合についてのものであったが、本発明は、等二軸引張試験に限るものではなく、直交2方向に負荷する荷重が異なる二軸引張試験にも用いることができる。
【符号の説明】
【0052】
1 スリット付き十字形引張試験片
3 測定部
5 腕部
7 スリット
7a 先端部
9 掴み部
11 補強材
11A 補強材
13 補強材側スリット
15 接合部
21 スリット付き十字形引張試験片
23 測定部
25 腕部
27 スリット
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11