(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024175347
(43)【公開日】2024-12-18
(54)【発明の名称】歯科用覆髄剤組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 6/838 20200101AFI20241211BHJP
A61C 13/00 20060101ALI20241211BHJP
【FI】
A61K6/838
A61C13/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023093058
(22)【出願日】2023-06-06
(71)【出願人】
【識別番号】715005572
【氏名又は名称】株式会社ヘルスケアー口腔器材研究所
(71)【出願人】
【識別番号】520319819
【氏名又は名称】株式会社アパタイト
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】オリジネイト弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】廣田 一男
(72)【発明者】
【氏名】玉置 孝蔵
(72)【発明者】
【氏名】大野学
【テーマコード(参考)】
4C089
【Fターム(参考)】
4C089AA08
4C089BA11
4C089BA16
(57)【要約】
【課題】操作性が簡便で歯髄保護に覆髄剤として用いることができるアパタイト粒子を口腔内で瞬時に生成する2液型の歯科用覆髄剤組成物を作製する技術を提供する。
【解決手段】本発明は、少なくともリン酸一水素イオンとフッ素イオンを必須成分として含む「水溶液1」と、カルシウムイオンを含有する「水溶液2」を接触させて得られるアパタイト化合物からなる歯科用覆髄剤組成物であって、前記「水溶液1」が、pHが7以上12以下であり、リン酸一水素イオン濃度が0.05M(モル/L、以下同じ)以上1M以下で、フッ素イオン濃度が0.01M以上0.5M以下であって、前記「水溶液2」が、pHが7以上12以下であり、カルシウムイオン濃度が0.1M以上2M以下であることを特徴とする歯科用覆髄剤組成物に関する。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともリン酸一水素イオンとフッ素イオンを必須成分として含む「水溶液1」と、カルシウムイオンを含有する「水溶液2」を接触させて得られるアパタイト化合物からなる歯科用覆髄剤組成物であって、
前記「水溶液1」が、pHが7以上12以下であり、リン酸一水素イオン濃度が0.05M(モル/L、以下同じ)以上1M以下で、フッ素イオン濃度が0.01M以上0.5M以下であり、
前記「水溶液2」が、pHが7以上12以下であり、カルシウムイオン濃度が0.1M以上2M以下であることを特徴とする歯科用覆髄剤組成物
【請求項2】
前記「水溶液1」が、更にリン酸二水素イオンをリン酸一水素イオンの1/2以下の濃度を含み、リン酸二水素イオン濃度が0.01M以上0.5M以下である請求項1に記載の歯科用覆髄剤組成物。
【請求項3】
前記「水溶液1」が、更に炭酸イオンを含有しており、炭酸イオン濃度が0.005M以上0.5M以下である請求項1または2に記載の歯科用覆髄剤組成物。
【請求項4】
前記「水溶液1」のリン酸一水素イオン、フッ素イオン、リン酸二水素イオンが、ナトリウム塩またはカリウム塩である請求項1または請求項2に記載の歯科用覆髄剤組成物。
【請求項5】
前記「水溶液1」の炭酸イオンが、ナトリウム塩またはカリウム塩である請求項3に記載の歯科用覆髄剤組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、操作性が簡便で歯髄保護のために口腔内で用いられる歯科用覆髄剤組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
齲蝕(うしょく)になり窩洞が形成された歯質は再生能力がない。齲蝕が進行した場合では通常それ以上の齲蝕の進行を抑制するため感染した歯質を削除し、硬組織代替材料を充填、補綴するなどの処置がとられている。硬組織代替材は生体に原則的に無害ではあるが、元来生体にある物質とは異なっている。硬組織代替材料からの刺激や、食物などからの熱や酸による刺激、唾液からの細菌の刺激など、口腔内からの様々な刺激を避けるため歯髄保護のために覆髄剤を適応する。従来、この覆髄剤には多くの材料が用いられている。なかでも代表的なものは水酸化カルシウム製剤、グラスアイオノマーセメントなどが広く用いられている。また、ポリカルボキシレートセメント、MTAセメント、ユージノールセメント、4-METAを含むレジン系のセメントなども用いられている。しかしながらこれらのどの覆髄剤の成分も生体を構成している成分からはかけ離れている。
【0003】
一方、象牙質齲蝕(うしょく)は最初に無機質であるヒドロキシアパタイトが減少していく。この象牙質齲蝕の初期段階で象牙質表面または内部をヒドロキシアパタイトで被覆、補填し象牙細管を封鎖し、エナメル質部分を既存の材料で封鎖すれば齲蝕象牙質に覆髄効果を得ることができると考えられる。
【0004】
非特許文献1に記載されているように、工業的にいろいろな方法で合成されているヒドロキシアパタイトは歯質の構成成分でもあり生体親和性がよく口腔内の治療に用いられる多くの材料に使用されている。例えばインプラント表面にアパタイトの薄膜を形成すると、インプラント体表面の生体親和性がよく骨誘導能に優れていることが知られている。更にヒドロキシアパタイト粉末や炭酸アパタイト粉末は生体親和性にも優れていることから、骨欠損を起こした場合にも骨補填材としても臨床応用されている。また、ヒドロキシアパタイト粉末を歯磨剤に配合することも長年にわたり応用されてきた。この場合も歯面に吸着し歯面を覆うことによって、齲蝕抑制や歯の変色を隠し審美的な自然感を得るなどの効果が期待されている。
【0005】
口腔内で歯の無機質成分であるアパタイトをその場で生成することができるならば口腔内で消失したアパタイトを象牙質の必要な場所に補填することができ、覆髄効果を発揮できると考えられる。現在迄にも、歯質強化、象牙細管封鎖、知覚過敏抑制など口腔内でカルシウム塩とリン酸塩を反応させアパタイトを含むリン酸カルシウム化合物を生成させる多くの試みがある。ただ、齲蝕象牙質を対象にし、覆髄剤を目的としたものはない。2つの液またはペースト等を反応させる組成物は例えば、特許文献1に代表されるようにカルシウム塩を含む成分とリン酸塩を含む成分を同時に提供してその場で反応させることや、特許文献2に代表されるように、リン酸塩を含む成分とカルシウム塩を含む成分を歯面で順次塗布する方法が既に公知である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2000-504037号公報
【特許文献2】特開平5-255029号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】青木秀希.″HAの合成″.歯科インプラントを科学する.株式会社国際アパタイト研究所,2012,p236,ISBN978-4-9906152-1-5.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
操作性が簡便で歯髄保護に覆髄剤として用いることができるアパタイト粒子を口腔内で瞬時に生成する2液型の歯科用覆髄剤組成物を作製することを検討した。
【0009】
一般的に工業的にはアパタイト粒子はいろいろな方法で合成されていることは公知である。例えば非特許文献1の青木秀希著、「歯科インプラントを科学する」(ISBN978-4-9906152-1-5)の236頁にはアパタイト合成の最も一般的な4つの方法がまとめられている。1.弱酸の塩と弱アルカリ性塩との水溶液法がある。この反応は室温で進行し、かつ原料も口腔内で使用できるpH値であり、本願目的には最もかなっている。例えば塩化カルシウムとリン酸二水素ナトリウムとの反応があげられる。2.中和反応による水溶液法がある。この反応は室温でもっともシンプルである。例えば水酸化カルシウムとリン酸による反応があげられる。しかしながらこの方法の原料は強アルカリ、強酸を用いるため生体内で行うには難しい。3.加水分解による水熱反応がるが、この反応は高温を必要とする。例えばリン酸水素カルシウムを120℃~300℃で加熱する方法があるがこの方法も口腔内では無理がある。4.中性の塩と中性の塩の反応があげられる。例えば硝酸カルシウムとリン酸アンモニウムを反応させるが、本法はリン酸や硝酸アンモニウムを生成し、これら生成物は刺激が強く口腔内では用いることが困難である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、覆髄剤として有効なものを作製するためには一様な細かい結晶が密にかつ瞬時に象牙質を覆うことが出来る事が望ましいと思考した。元来アパタイト結晶は長軸と短軸を有する六角柱であり、覆髄剤として用いる場合は形状が球に近く長軸と短軸の長さに差が少ない方が密に一様に歯面を覆うことが可能であり望ましい。この方が粒子の周りにイオン吸着層や水和層をより形成することができ覆髄剤として水やイオンを吸着し生体防御に役立つと考えられる。この吸着層の存在が物理的、科学的刺激に対する緩和効果が発揮できると考えられる。
【0011】
本発明者らは、この目的のために鋭意検討を重ねたところ、非特許文献1に記載されている方法ではなく、意外にもリン酸塩とフッ化物の混合物の弱アルカリ性水溶液と弱アルカリ性のカルシウム塩の水溶液を接触する方法を用いることにより、瞬時に一様な細かいアパタイト結晶粒子を口腔内で作製できることを見出し、本発明を完成した。
【0012】
具体的には、少なくともリン酸一水素イオンとフッ素イオンを必須成分として含む「水溶液1」と、カルシウムイオンを含有する「水溶液2」を接触させて得られるアパタイト化合物からなる歯科用覆髄剤組成物であって、前記「水溶液1」が、pHが7以上12以下であり、リン酸一水素イオン濃度が0.05M(モル/L、以下同じ)以上1M以下で、フッ素イオン濃度が0.01M以上0.5M以下であって、前記「水溶液2」が、pHが7以上12以下であり、カルシウムイオン濃度が0.1M以上2M以下である歯科用覆髄剤組成物、である。
【0013】
これらpH値及び濃度範囲では、「水溶液1」と「水溶液2」を接触させた時に瞬時に生成するアパタイト化合物は平均粒径1μm以下で長軸と短軸が同程度の粒子となり、密に歯面を覆い、水和層やイオン吸着層ができやすく歯科用覆髄剤に適応できることを見出した。リン酸一水素イオンとカルシウムイオンは、「水溶液1」と「水溶液2」に各々別々に処方される。
「水溶液1」は、pHが7以上12以下の条件下で、リン酸一水素イオンを0.05M以上1M以下の範囲で含有する。リン酸一水素イオン含有量が0.05M未満の場合、組成物があまりに希薄になり効果を発揮できない。また、1Mを超えて含有すると、濃度が濃すぎて蒸留水に溶解することが難しくなり、さらに、生成する組成物の結晶の大きさが一定でなくなる傾向があり、大きな結晶粒ができやすくなってしまう。
一方、「水溶液2」は、pHが7以12以下の条件下で、カルシウムイオンを0.1M以上2M以下の範囲で含有する。カルシウムイオン含有量が0.1M未満の場合、生成する組成物が希薄となり効果を発揮できない。2Mを超えて含有すると、蒸留水に溶解する工程が生成する組成物の結晶粒が大きくなり傾向があり、さらにアパタイト以外の組成物が生成しやすくなる。
【0014】
また、「水溶液1」及び/又は「水溶液2」のpHが7未満の場合、口腔内硬組織のヒドロキシアパタイトに影響を及ぼす。反応後のアパタイト生成時に水溶液がより酸性側に傾く傾向があり、硬組織の溶解につながる恐れがある。pHが12を超える場合、歯肉などの口腔内の軟組織コラーゲンへの影響が懸念される。
【0015】
本発明において、フッ素イオンを「水溶液1」に、0.05M以上1M以下で共存させることは、アパタイト組成物を瞬時に作製するという観点から非常に有効である。フッ素イオン濃度が0.05M未満の場合、上記効果は発現し辛く、1Mを超える場合は反応を加速させるという効果はなくなる。
【0016】
更に、「水溶液1」に、リン酸二水素イオンをリン酸一水素イオン濃度の1/2以下の濃度で、且つ、0.01M以上0.5M以下の範囲で共存させることで、より「水溶液1」及び生成物のpHを簡単に制御することができる。このため安定的に組成物を作製でき、歯科用覆髄剤組成物として、一層好ましいものとなる。
リン酸二水素イオン濃度がリン酸一水素イオン濃度の1/2を超えると、「水溶液1」が酸性状態になりやすく、好ましくない。また、リン酸二水素イオン濃度が0.01M未満の場合、上記の共存効果が発現せず、0.5Mを超えると同様に「水溶液1」が酸性状態になりやすく生じ好ましくない。
【0017】
本発明に係る「水溶液1」に炭酸イオンを添加することは、本願の好ましい実施形態の一つであり、生成するアパタイト化合物中に炭酸基を導入することが出来る。これにより、生成するアパタイトの粒子は微粒子になる傾向があり、本願の覆髄剤にはより好ましい。ところで、一般に、骨、歯質などの生体中に存在するアパタイトは例外なく炭酸基を含有している。その割合は骨が最も多く8%程度であり、エナメル質でも2%程の炭酸基を含んでいる。実際の象牙質内のアパタイトは炭酸イオンが5重量%前後含まれている。炭酸イオンを含有する「水溶液1」と「水溶液2」を接触させることで生成するアパタイト化合物には炭酸基が導入されるので、象牙質を構成するアパタイトの組成や状態に近づけることが出来る。これにより、本発明の歯科用覆髄剤組成物の生体親和性を向上させることが可能となる。そして、本願の「水溶液1」と「水溶液2」を接触させ、本願のアパタイト化合物から成る歯科用覆髄剤組成物を生成させた時、副生成物として酸等が生成する影響から、「水溶液1」と「水溶液2」の混合液のpHがpH4~6程度に低下する場合がある。しかしながら、予め、「水溶液1」に緩衝作用を有する炭酸イオンを共存させておくことで、混合液のpHをpH6以上に保持し、歯面への影響を最小化することが出来る。このことは炭酸イオンを「水溶液1」に含むことは生体親和性に貢献する。炭酸イオン濃度が0.005M未満では、上記の添加効果は発現せず、0.5Mを超えるとアパタイトの生成が難しくなり好ましくない。
【0018】
本願では製造過程で水溶液に配合する原料として用いるリン酸塩は特に限定されず、例えばリン酸にアルカリ金属の水酸化物等を反応させ、pHを制御しながらこれらのリン酸一水素アルカリ金属塩やリン酸二水素アルカリ金属塩、更にこれらイオンの共存水溶液も作成することもできる。例えば水酸化ナトリウム2モルとリン酸1モルを反応させればリン酸一水素2ナトリウムが生成する。したがってこの反応を用いて化学量論的に水溶液1を作製することができる。もちろん直接的に、水溶性リン酸一水素イオンはリン酸一水素アルカリ金属塩などからも生成できる。例えばリン酸一水素2ナトリウム、リン酸一水素2カリウム、などを蒸留水に加え、水溶液にしてもよい。同様にリン酸二水素イオンはリン酸二水素アルカリ金属塩、たとえば、リン酸二水素1ナトリウム、リン酸二水素1カリウムを蒸留水に溶解しても得られる。一方では、各種リン酸イオンはpHの関係で生成するので、原料となるリン酸塩は必ずしもすべてがリン酸一水素塩やリン酸二素塩である必要はなく、もちろん他のいろいろなリン酸塩が水溶性である限り使用することができる。
【0019】
本願では「水溶液1」及び「水溶液2」ともにpH値の範囲は7~12であるが、用いる配合物や蒸留水の影響で、弱酸性になってしまう場合も想定される。この場合はごく微量の水溶性アルカリ金属塩、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどを微量添加してpHを7~12に調整することが出来る。尚、「水溶液2」にこれらのアルカリ金属塩でpHを調整する場合には、特にCa(カルシウム)と沈殿する塩は避けなければならない。例えば炭酸塩は炭酸カルシウムの沈殿を生じる可能性があるので、水溶液2には加えられない。
【0020】
水溶液中でリン酸二水素イオンを生成する塩は一般的に弱酸性を示すので、それのみを単独で用いる領域は本願には含まれない。基本的にはリン酸二水素イオンのモル濃度はリン酸一水素イオンのモル濃度(M:モル/L)の1/2以下の領域である。なお、弱アルカリ性のリン酸一水素アルカリ金属塩を単独で用い、つまりリン酸二水素アルカリ金属塩を全く含まない場合でも本願の範囲に含まれる。
【0021】
ここで水溶液1と水溶液2の混合の割合は、必ずしも厳密にしばられるものではないが、好ましい混合範囲は、水溶液1のリン酸イオンと炭酸イオンの合計モルイオン濃度(M:モル/L)に対する水溶液2のCaイオンのモルイオン濃度(M:モル/L)の割合は1.2以上2.0の範囲にある。この範囲では主にアパタイト化合物の沈殿が生成される。Caイオンとリン酸イオンと炭酸イオンの合計量の割合は化学量論的には1.66であるが、余剰のイオンは反応後の水溶液中にそのままの状態になっており、蒸留水などで流される。したがって、この1.2以上2.0以下の範囲を外れてもアパタイトが生成する場合がある。
【0022】
また本願では「水溶液1」に水溶性の炭酸塩の添加がより好ましいことを述べたが、「水溶液1」に含まれる水溶性炭酸塩のより好ましい化合物は炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウムをさす。これら水溶性炭酸塩は炭酸イオンとして「水溶液1」の0.005M以上0.5Mを含有する濃度範囲である。
【0023】
炭酸イオンが導入されたアパタイトは主にリン酸基を部分置換する炭酸アパタイトと想定される。すなわち本願の炭酸基は原則的にはリン酸基のサイトを置換してCa10(PO4,CO3)6(OH,F)2で示される。もちろん炭酸塩はOH基を置換することも想定される。その場合はCa10(PO4)6(OH,F)2-2x(CO3)xになる。どちらの形態も同時にとる可能性もあり、本願では限定するものではない。炭酸基を
含んだ炭酸アパタイトは口腔内で唾液中のリン酸イオンの取り込み能もあることが推定され、口腔内でバイオアクティブに作用すると考えられる。特に象牙質中で生成される炭酸基含有型のアパタイトはより生体中のアパタイトに似た働きをすると考えられる。
【0024】
本願ではフッ化物を用いることによりアパタイトが瞬時に安定的に生成する。もしもフッ化物を用いないとフッ化物を用いる場合に比較してアパタイトは生成されないか、あるいは生成が不均一になり他のリン酸カルシウム化合物ができやすい。本願で用いられる水溶性フッ化物とはフッ化ナトリウム、フッ化カリウム、モノフルオロリン酸ナトリウムを指す。また、特に好ましくは、これらフッ化イオン濃度は「水溶液1」の0.01M以上1M以下の濃度範囲にある。また、これらフッ化物は原則的には「水溶液1」に含まれるが、「水溶液2」に含むことを除外するものではない。もっとも「水溶液2」ではカルシウム塩と容易にフッ化カルシウムを生成するので、「水溶液2」に含む場合は溶解度の観点からごく微量の添加領域に限定される。
【0025】
「水溶液2」に含まれる水溶性カルシウム塩とは好ましくは水溶性塩化カルシウム水溶液を指す。塩化カルシウム水溶液は一般的には弱アルカリ性であることが多い。特に好ましくは、水溶性カルシウムイオンは「水溶液2」の0.02~2Mの濃度範囲にある。前述したように用いる蒸留水の関係でpHが僅かに弱酸性に傾くことも想定せれる。この場合、極微量の水酸化アルカリ金属塩を加えてpHを弱アルカリ側にさせることができる。
【0026】
本願での生成するアパタイトとはいわゆるアパタイト構造を有するものでカルシウムイオン、リン酸イオン、フッ素イオン、水酸イオンを含んだアパタイトである。より好ましくは炭酸イオンを含んだアパタイト化合物である。フッ素イオンはヒドロキシアパタイトのヒドロキシイオンのサイトにフッ素イオンが一部置換し、さらに炭酸イオンはリン酸イオンのサイトの一部やヒドロキシイオンのサイトの一部を置換したものが主になるがこれに限定されるものではない。
【0027】
なお、本願での生成物は100%アパタイトである必要はない。概ね、好ましくは生成物の50%以上がアパタイトであれば良い。アパタイト以外でもいわゆるリン酸カルシウム関連化合物は生体親和性が高い。例えばリン酸三カルシウム(TCP)、リン酸二水素カルシウム(MCPA)、リン酸二水素カルシウム一水和物(MCPM)、リン酸一水素カルシウム(DCPA、Monetite)、リン酸一水素カルシウム二水和物(DCPD,Brushite)、リン酸八カルシウム(OCP)、アモルファスリン酸カルシウム(ACP)、ウィットロカイト(Whitlockite)、リン酸四カルシウム(TTCP)、ピロリン酸カルシウムなどがあげられる。これらは本願組成物ではできる可能性があるが、どのリン酸カルシウム化合物が生成してもアパタイト化合物が生成物全体の50%以内であれば本願の範囲に含まれる。
【0028】
なお、これも公知であるが、唾液のような水分の多い環境下では、例えばOCPなどのリン酸カルシウムは口腔内で経時的にアパタイトに変換する可能性もある。ただし、水溶液1と水溶液2を接触させた時に瞬時にアパタイトが全く生成されなければ本願の範囲外となる。
【0029】
本願で作製されるアパタイトの粒度は細かいほど好ましく、本願でできるアパタイトの粒径は粒度分布を有するが、生成したアパタイトには平均粒径1μm以下であることが好ましい。しかしながらこの粒径を絶対的に限定するものではない。
【0030】
本願の組成物を歯面に供給する場合は水溶液1と水溶液2を同時に提供し歯面上でアパタイトを形成するものと、水溶液1または水溶液2のどちらかを先に歯面に塗布し残りのもう一つの液を塗布する方法の二つが可能である。どちらの方法もアパタイト化合物を形成するのでどちらかの方法に限定するものではない。
【発明の効果】
【0031】
本発明の2液型の歯科用覆髄剤組成物は、操作性が簡便で歯髄保護に用いることができるアパタイト粒子を口腔内で瞬時に生成する歯科用覆髄剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【発明を実施するための形態】
【0033】
象牙質付着度判定試験
1.試料作製:牛歯象牙質面を600番までのSiC耐水研磨紙で磨く。そののち蒸留水で超音波洗浄を3分間行い、これを2回繰り返す。
2.脱灰操作:10%リン酸水溶液で10秒間処理し、更に十分水洗する。
3.歯質強化操作:脱灰された試料に「水溶液1」と「水溶液2」を同時に供給できる容器から排出し塗布する。または、まず脱灰された試料に「水溶液1」を塗布し、直ちに「水溶液2」を重ねて塗布する。どちらの方法にしても、反応後、水道の流水下で1分間晒し、その後歯面の表面をSEM観察する。
図1及び
図2に、象牙質に本願でのアパタイト粒子が付着している様子を示す観察写真を示す。
図1は倍率10000倍、
図2が倍率50000倍である。
【実施例0034】
本発明について実施例を具体的にあげて説明する。
実施例1
リン酸一水素2カリウム0.28M(4.8g)、フッ化ナトリウム0.083M(0.35g)、リン酸二水素1ナトリウム2水塩0.013M(0.2g)、炭酸ナトリウム0.12M(1.3g)に蒸留水を加え100mLとした。十分攪拌し均一にさせ「水溶液1」を作製した。「水溶液1」のpHは10.2であった。「水溶液2」として塩化カルシウム2水塩0.82M(12g)、水酸化ナトリウム0.0005M(20mg)に蒸留水を加え100mlとした。「水溶液2」のpHは9.6であった。「水溶液1」と「水溶液2」を2液同時に排出できる容器に充填し、10%リン酸エッチング、水洗、乾燥により前処理した牛歯象牙質上で容器から2液同時に排出したところ直ちに反応物ができた。反応物を十分な水で洗い流したが粉末は残って付着していた。なお、同じ様に前処理した象牙質に「水溶液1」をまず塗布し続いて等量の「水溶液2」を塗布した後十分な量の水で洗い流しても同じような反応物が生成しており付着状況に差はなかった。生成物をX線回折により確認したところアパタイト結晶の生成が確認された。SEMで歯面表面を確認したところ平均粒径1μm以下の粒子で歯面は覆われていた。
【0035】
以下同様に実施した成分、pHと結果を一覧で記す。濃度はM(モル/L)で示す。なお、実施例2以降は二つの塗布方法で差がなかったので、「水溶液1」を塗布し、続いて「水溶液2」を重ねて塗布し、さらに十分な水で水洗する方法とした。なお結果の評価は歯質付着と生成物確認を行った。
【0036】
<実施例1>
(組成)
水溶液1
リン酸一水素2カリウム 0.28M
フッ化ナトリウム 0.083M
リン酸二水素1ナトリウム 0.013M
炭酸ナトリウム 0.12M
pH 10.2
水溶液2
塩化カルシウム2水塩 0.82M
水酸化ナトリウム 0.0005M
pH 9.6
(結果)
付着評価 ◎(均一に付着)
平均粒径 1μm以下
生成物確認 アパタイト
【0037】
<実施例2>
(組成)
水溶液1
リン酸一水素2ナトリウム12水塩 0.13M
フッ化ナトリウム 0.036M
リン酸二水素1カリウム 0.037M
炭酸ナトリウム 0.041M
pH 9.2
水溶液2
塩化カルシウム・2水塩 0.34M
水酸化ナトリウム 0.0005M
pH 9.5
(結果)
付着評価 ◎(均一に付着)
平均粒径 1μm以下
生成物確認 アパタイト
【0038】
<実施例3>
(組成)
水溶液1
リン酸一水素2ナトリウム・12水塩 0.27M
リン酸一水素2カリウム 0.55M
フッ化ナトリウム 0.12M
リン酸二水素1ナトリウム・2水塩 0.013M
リン酸二水素1カリウム 0.015M
炭酸ナトリウム 0.0094M
pH 9.5
水溶液2
塩化カルシウム・2水塩 1.36M
pH 7.4
(結果)
付着評価 ◎(均一に付着)
平均粒径 1μm以下
生成物確認 アパタイト
【0039】
<実施例4>
(組成)
水溶液1
リン酸一水素2ナトリウム・12水塩 0.14M
リン酸一水素2カリウム 0.13M
フッ化ナトリウム 0.095M
リン酸二水素1ナトリウム・2水塩 0.038M
炭酸ナトリウム 0.17M
pH 10.1
水溶液2
塩化カルシウム・2水塩 0.68M
pH 7.2
(結果)
付着評価 ◎(均一に付着)
平均粒径 1μm以下
生成物確認 アパタイト
【0040】
<実施例5>
(組成)
水溶液1
リン酸一水素2ナトリウム・12水塩 0.40M
フッ化ナトリウム 0.071M
リン酸二水素1ナトリウム・2水塩 0.060M
炭酸ナトリウム 0.068M
pH 9.2
水溶液2
塩化カルシウム・2水塩 1.02M
pH 7.3
(結果)
付着評価 ◎(均一に付着)
平均粒径 1μm以下
生成物確認 アパタイト
【0041】
<実施例6>
(組成)
水溶液
リン酸一水素2カリウム 0.17M
フッ化ナトリウム 0.048M
炭酸ナトリウム 0.2g(0.019M)
pH 10.7
水溶液2
塩化カルシウム・2水塩 0.24M
pH 7.1
(結果)
付着評価 ◎(均一に付着)
平均粒径 1μm以下
生成物確認 アパタイト
【0042】
<実施例7>
(組成)
水溶液1
リン酸一水素2カリウム 0.61M
フッ化ナトリウム 0.40M
水酸化ナトリウム 0.0025M
pH 9.8
水溶液2
塩化カルシウム・2水塩 1.02M
水酸化ナトリウム 0.0005M
pH 9.6
(結果)
付着評価 ◎(均一に付着)
平均粒径 1μm以下
生成物確認 アパタイト
【0043】
<実施例8>
(組成)
水溶液1
リン酸一水素2ナトリウム・12水塩 0.41M
フッ化ナトリウム 0.048M
pH 9.2
水溶液2
塩化カルシウム・2水塩 0.68M
pH 7.2
(結果)
付着評価 ◎(均一に付着)
平均粒径 1μm以下
生成物確認 アパタイト
【0044】
<実施例9>
水溶液1
リン酸一水素2ナトリウム・12水塩 0.22M
リン酸一水素2カリウム 0.46M
フッ化ナトリウム 0.12M
リン酸二水素1ナトリウム・2水塩 0.32M
水酸化ナトリウム 0.0025M
pH 9.2
水溶液2
塩化カルシウム・2水塩 1.63M
pH 7.2
(結果)
付着評価 ◎(均一に付着)
平均粒径 1μm以下
生成物確認 アパタイト
【0045】
<実施例10>
水溶液1
リン酸一水素2カリウム 0.16M
フッ化ナトリウム 0.036M
リン酸二水素1カリウム 0.015M
pH 7.8
水溶液2
塩化カルシウム・2水塩 0.27M
水酸化ナトリウム 0.0005M
pH 9.7
(結果)
付着評価 ◎(均一に付着)
平均粒径 1μm以下
生成物確認 アパタイト
【0046】
<比較例1>
蒸留水を用い、リン酸二水素1ナトリウム・2水塩0.64M、フッ化ナトリウム0.24Mの水溶液を十分攪拌し均一な混合溶液を作製した。これを「水溶液1」とした。この溶液はpH4.8の酸性を示した。「水溶液2」として蒸留水を用い、塩化カルシウム2水塩1.02Mの水溶液を作製した。水溶液2のpHは7.3であった。「水溶液1」をまず歯面に塗布し、その後等量の「水溶液2」を塗布した後十分な水で洗い流した。生成物はリン酸二水素カルシウム(DCPA)を主体としたアパタイトも多少含む混合物であった。ただ、一様でなく10μmを超える大きな粒子が数多く散在した状態で歯科用覆髄剤としては最良なものとは言い難かった。
【0047】
<比較例2>
蒸留水を用い、リン酸一水素2カリウム塩1.26M、フッ化ナトリウム0.24Mの水溶液を十分攪拌し均一な混合溶液を作製した。これを「水溶液1」とした。この溶液はpH9以上のアルカリ性を示した。「水溶液2」として蒸留水を用い、塩化カルシウム2水塩0.34Mの水溶液を作製した。「水溶液2」のpHは7.1であった。「水溶液1」をまず歯面に塗布し、その後等量の「水溶液2」を塗布した後十分な水で洗い流した。生成物はヒドロキシアパタイト、リン酸一水素カルシウムを含むリン酸塩化合物混合物であった。一様でなく10μmを超える大きな粒子が数多く散在した状態で歯科用覆髄剤としては最良なものとは言い難かった。
【0048】
<比較例3>
蒸留水を用い、リン酸一水素2ナトリウム・12水塩0.32M、フッ化ナトリウム0.0024M、リン酸二水素1ナトリウム・二水塩0.13Mの水溶液を十分攪拌し均一な混合溶液を作製した。これを「水溶液1」とした。この溶液のpHは7.6であった。「水溶液2」として蒸留水を用い塩化カルシウム2水塩1.36Mの水溶液を作製した。「水溶液2」のpHは7.5であった。「水溶液1」をまず歯面に塗布し、その後等量の「水溶液2」を塗布した後十分な水で洗い流した。生成物は多くのリン酸四カルシウムであった。一様でなく10μmを超える大きな粒子が数多く散在した状態で歯科用覆髄剤としては最良なものとは言い難かった。
【0049】
<比較例4>
蒸留水を用い、リン酸一水素1カリウム0.57M、フッ化ナトリウム0.24M、リン酸二水素1ナトリウム・2水塩0.15Mを十分攪拌し均一な混合溶液を作製した。これを「水溶液1」とした。この溶液はpH7.6の弱アルカリ性を示した。「水溶液2」として蒸留水を用い塩化カルシウム2水塩2.72Mの水溶液を作製した。「水溶液2」のpHは7.5であった。「水溶液1」をまず歯面に塗布し、その後等量の「水溶液2」を塗布した後十分な水で洗い流した。生成物はリン酸一水素カルシウムを主にしたリン酸化合物の混合物であった。一様でなく10μmを超える大きな粒子が数多く散在した状態で歯科用覆髄剤としては最良なものとは言い難かった。
【0050】
<比較例5>
蒸留水を用い、リン酸一水素2ナトリウム・12水塩0.15M、リン酸一水素2カリウム0.15M、リン酸二水素1ナトリウム・2水塩0.045M、炭酸ナトリウム0.15Mを十分攪拌し均一にさせ「水溶液1」を作製した。水溶液のpHは10.5であった。「水溶液2」として蒸留水を用い、塩化カルシウム2水塩0.82Mの水溶液を作製した。水溶液2のpHは7.3であった。象牙質に「水溶液1」をまず塗布し続いて等量の「水溶液2」を塗布した後十分な量の水で洗い流した。生成物は第一リン酸カルシウムなどのリン酸化合物であった。なお、アパタイトの生成は確認できなかった。生成物は一様でなく10μmを超える大きな粒子が数多く散在した状態で歯科用覆髄剤としては最良なものとは言い難かった。
【0051】
<比較例6>
蒸留水を用い、リン酸一水素2カリウム0.30M、フッ化ナトリウム0.01M、リン酸二水素1カリウム0.045Mを十分攪拌し均一にさせ「水溶液1」を作製した。水溶液のpHは7.0であった。「水溶液2」として蒸留水を用い、塩化カルシウム2水塩0.05Mの水溶液を作製した。「水溶液2」のpHは7.3であった。象牙質に「水溶液1」をまず塗布し続いて等量の「水溶液2」を塗布した後十分な量の水で洗い流した。生成物は僅かにリン酸二水素カルシウムなどのリン酸化合物が生成した。なお、アパタイトの生成は確認できなかった。生成物は一様でなく10μmを超える大きな粒子が疎に存在した状態で歯科用覆髄剤としては最良なものとは言い難かった。
【0052】
<比較例7>
蒸留水を用い、リン酸一水素2カリウム0.30M、フッ化ナトリウム0.05M、リン酸二水素1カリウム0.45Mを十分攪拌し均一にさせ「水溶液1」を作製した。水溶液のpHは7.0であった。「水溶液2」として蒸留水を用い、塩化カルシウム2水塩1.3Mに塩酸0.001Mを加えpH4.0の酸性水溶液を作製した。象牙質に「水溶液1」をまず塗布し続いて等量の「水溶液2」を塗布した後十分な量の水で洗い流した。生成物はリン酸二水素カルシウムなどのリン酸化合物が生成した。なお、アパタイトの生成は確認できなかった。生成物は一様でなく10μmを超える大きな粒子が疎に存在した状態で歯科用覆髄剤としては最良なものとは言い難かった。