(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024175575
(43)【公開日】2024-12-18
(54)【発明の名称】Al-Cu-Mg系合金材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22F 1/057 20060101AFI20241211BHJP
C22C 21/12 20060101ALI20241211BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20241211BHJP
【FI】
C22F1/057
C22C21/12
C22F1/00 602
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 681
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692Z
C22F1/00 694A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023093460
(22)【出願日】2023-06-06
(71)【出願人】
【識別番号】000004743
【氏名又は名称】日本軽金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】弁理士法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】▲けい▼ 劼
(72)【発明者】
【氏名】半田 岳士
(72)【発明者】
【氏名】大和田 安志
(57)【要約】
【課題】短い時間の溶体化処理でも高い耐力を有するAl-Cu-Mg系合金材を得ることができるAl-Cu-Mg系合金材の製造方法を提供する。
【解決手段】Al-Cu-Mg系合金材を製造する方法であって、溶体化処理工程と、水焼入れ工程と、時効処理工程と、を有し、Al-Cu-Mg系合金材のSi含有量を1.0wt%以下とし、溶体化処理工程の保持温度を(固相線温度-30℃)~固相線温度の温度範囲とすること、を特徴とするAl-Cu-Mg系合金材の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Al-Cu-Mg系合金材を製造する方法であって、
溶体化処理工程と、水焼入れ工程と、時効処理工程と、を有し、
前記Al-Cu-Mg系合金材のSi含有量を1.0wt%以下とし、
前記溶体化処理工程の保持温度を(固相線温度-30℃)~固相線温度の温度範囲とすること、
を特徴とするAl-Cu-Mg系合金材の製造方法。
【請求項2】
前記Si含有量を0.1wt%以下とすること、
を特徴とする請求項1に記載のAl-Cu-Mg系合金材の製造方法。
【請求項3】
前記溶体化処理の保持時間を10~7200秒とすること、
を特徴とする請求項1又は2に記載のAl-Cu-Mg系合金材の製造方法。
【請求項4】
前記時効処理工程の保持温度を150~210℃、保持時間を1~12時間とすること、
を特徴とする請求項1又は2に記載のAl-Cu-Mg系合金材の製造方法。
【請求項5】
前記水焼入れ工程と前記時効処理工程の間に、前記Al-Cu-Mg系合金材に冷間加工を施すこと、
を特徴とする請求項1又は2に記載のAl-Cu-Mg系合金材の製造方法。
【請求項6】
前記冷間加工の加工率を0.5~10%とすること、
を特徴とする請求項5に記載のAl-Cu-Mg系合金材の製造方法。
【請求項7】
前記冷間加工の加工率を50%以上とすること、
を特徴とする請求項5に記載のAl-Cu-Mg系合金材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はAl-Cu-Mg系合金材の製造方法に関するものであり、特に、Al-Cu-Mg系合金材の熱処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ジュラルミンや超ジュラルミンに代表されるAl-Cu-Mg系合金は、いわゆる熱処理型アルミニウム合金であり、所定の形状に成形された後に時効処理を施すことにより、微細なAl-Cu系化合物を析出させて機械的特性を向上させている。
【0003】
ここで、Al-Cu-Mg系合金材に特に高い強度が要求される場合は、十分な析出強化を得る必要がある。母相中に分散する化合物の粒径がマイクロメートルオーダサイズと大きい場合、Al-Cu-Mg系合金材の機械的特性向上への寄与は小さいため、時効処理の前に溶体化処理を施し、鋳造時に晶出した化合物や、均質化処理、押出加工及び熱間圧延加工等の熱間加工時に析出した化合物を母相中に固溶させることで、析出強化を効率的に発現させることができる。
【0004】
例えば、特許文献1(特開2010-159488号公報)においては、Cu:1.0質量%(以下、「%」という。)以上、10%以下、Mg:2.5%以下、Mn:1.5%以下、Si:1.5%以下、Fe:1.5%以下、Zn:1.0%以下、Cr:0.30%以下、Zr:0.30%以下、Ti:0.30%以下、Ni:2.5%以下、V:0.30%以下を含有し、残部がアルミニウム及び不可避的不純物からなる2000系アルミニウム合金材に対して、溶体化処理を行う工程と、金型内で成形加工を行う工程と、該金型で250℃以下まで焼入れ工程を含むことを特徴とする2000系アルミニウム合金材の成形加工方法、が提案されている。
【0005】
上記特許文献1に記載の2000系アルミニウム合金材の成形加工方法においては、2000系アルミニウム合金材の組成の最適化により、簡易且つ確実に2000系アルミニウム合金材を成形加工し、高強度の成形加工品を得る成形加工方法を提供することができる、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
溶体化処理においては、処理温度を化合物が固溶する温度以上とする必要がある。しかしながら、温度を上げ過ぎると局部溶融が発生し、アルミニウム合金材の機械的特性を低下させる可能性があることから、昇温速度を制限し、溶体化処理温度を低く抑える一方で、保持時間を長くすることで化合物の固溶を実現しているのが実情である。
【0008】
これに対し、近年では省エネルギーやカーボンニュートラル等への要求が高まっており、熱処理の効率化及び短時間化が切望されているところ、上記特許文献1に記載のアルミニウム合金鍛造材においては、当該観点からの検討は全くなされていない。
【0009】
以上のような従来技術における問題点に鑑み、本発明の目的は、短い時間の溶体化処理でも高い耐力を有するAl-Cu-Mg系合金材を得ることができるAl-Cu-Mg系合金材の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、Al-Cu-Mg系合金の組成と溶体化処理条件の関係について鋭意研究を重ねた結果、Si含有量を低減すると固相線温度が上昇し、溶体化処理温度を高くしても局部溶融を抑制できること等を見出し、本発明に到達した。
【0011】
即ち、本発明は、
Al-Cu-Mg系合金材を製造する方法であって、
溶体化処理工程と、水焼入れ工程と、時効処理工程と、を有し、
前記Al-Cu-Mg系合金材のSi含有量を1.0wt%以下とし、
前記溶体化処理工程の保持温度を(固相線温度-30℃)~固相線温度の温度範囲とすること、
を特徴とするAl-Cu-Mg系合金材の製造方法、を提供する。
【0012】
本発明のAl-Cu-Mg系合金材の製造方法においては、Si含有量を1.0wt%以下に規制することで、固相線温度が明確に上昇し、一般的に実施されているAl-Cu-Mg系合金の溶体化処理温度(500℃前後)と比較して、溶体化処理温度を高く設定しても局部溶融を起こすことがない。その結果、溶体化処理時間を大幅に短くすることができる。
【0013】
本発明のAl-Cu-Mg系合金材の製造方法における溶体化処理工程の保持温度は(固相線温度-30℃)~固相線温度であり、固相線温度の上昇によって、保持温度が高くなる。当該保持温度の下限値は(固相線温度-26℃)とすることが好ましく、(固相線温度-10℃)とすることがより好ましい。
【0014】
また、本発明のAl-Cu-Mg系合金材の製造方法においては、前記Si含有量を0.1wt%以下とすること、が好ましい。Si含有量を0.1wt%以下とすることで、固相線温度の上昇幅が大きくなり、より高い温度を用いてより短い処理時間で溶体化処理を実施することができる。
【0015】
また、本発明のAl-Cu-Mg系合金材の製造方法においては、前記溶体化処理の保持時間を10~7200秒とすること、が好ましい。溶体化処理温度を高く設定することで、保持時間を短くした場合であっても、母相中に分散する化合物を固溶させることができる。より具体的には、溶体化処理の保持時間を10秒以上とすることで化合物を十分に固溶させることができる。一方で、7200秒を超えて処理を行っても化合物の固溶を促進する効果は少ないため、省エネルギー及びCO2排出量削減の観点から、保持時間は7200秒以下とすることが好ましい。より好ましい保持時間は15~1800秒である。
【0016】
また、本発明のAl-Cu-Mg系合金材の製造方法においては、前記時効処理工程の保持温度を150~210℃、保持時間を1~12時間とすること、が好ましい。これらの条件を用いて時効処理を施すことで、溶体化処理工程によって固溶させた元素を十分に活用して析出強化を図ることができる。ここで、時効処理条件は本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、例えば、JIS規格等に定められているAl-Cu-Mg系合金の時効処理条件を適用することができる。
【0017】
また、本発明のAl-Cu-Mg系合金材の製造方法においては、前記水焼入れ工程と前記時効処理工程の間に、前記Al-Cu-Mg系合金材に冷間加工を施すこと、が好ましい。溶体化処理を行った後、水入れ工程と時効処理工程の間にAl-Cu-Mg系合金材に冷間加工を施すことで、時効処理において析出核となる空孔等を導入することができ、Al-Cu-Mg系合金材の機械的特性の向上に寄与する微細な化合物の析出が促進される。その結果、Al-Cu-Mg系合金材に優れた機械的特性を付与することができ、特に耐力を向上させることができる。
【0018】
前記冷間加工の加工率は0.5~10%とすること、が好ましい。加工率を0.5%以上とすることで、析出核となる空孔等を導入する効果が顕著となる。一方で、加工率が10%を超えるとAl-Cu-Mg系合金材が加工硬化し、伸びが低下する。より好ましい加工率は1~9%であり、最も好ましい加工率は2~8%である。
【0019】
更に、本発明のAl-Cu-Mg系合金材の製造方法においては、前記冷間加工の加工率を50%以上とすること、が好ましい。溶体化処理後のAl-Cu-Mg系合金材に加工率が50%以上の強加工を付与することで、大きな加工ひずみが導入される。その結果、顕著な加工硬化によって延性は大幅に低下するが、その後の人工時効による回復で適度な加工硬化を維持しつつ、延性を向上させることができる。加えて、人工時効による析出強化が重畳することから、Al-Cu-Mg系合金材に優れた機械的特性を付与することができる。即ち、50%以上の強加工を付与した後の人工時効により、部分的に回復した加工硬化と析出強化を総合的に作用させることができる。当該強加工の加工率は50~90%とすることが好ましく、50~80%とすることがより好ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、短い時間の溶体化処理でも高い耐力を有するAl-Cu-Mg系合金材を得ることができるAl-Cu-Mg系合金材の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】実施例2の組成を有するT6-S材のTEM観察結果である。
【
図2】実施例2の組成を有するT8-a材のTEM観察結果である。
【
図3】実施例2の組成を有するT8-b材のTEM観察結果である。
【
図4】4%の引張加工を施した実施例2の組成を有するT8-a材のTEM観察結果である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面を参照しながら本発明のAl-Cu-Mg系合金材の製造方法についての代表的な実施形態について詳細に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【0023】
本発明のAl-Cu-Mg系合金材の製造方法は、溶体化処理工程と、水焼入れ工程と、時効処理工程と、を有し、Al-Cu-Mg系合金材のSi含有量を1.0wt%以下とし、溶体化処理工程の保持温度を(固相線温度-30℃)~固相線温度の温度範囲とすること、を特徴としている。以下、Al-Cu-Mg系合金材の組成及び各工程について詳細に説明する。
【0024】
1.Al-Cu-Mg系合金材の組成
Al-Cu-Mg系合金は2000系アルミニウム合金として知られており、JISにA2014、A2014A、A2017、A2017A、A2219及びA2024として組成が規定されている。本発明のAl-Cu-Mg系合金材の製造方法においては、Si以外はこれらの2000系アルミニウム合金の組成を用いることができる。
【0025】
Siの含有量は1.0wt%以下となっており、Si含有量の低減に起因してAl-Cu-Mg系合金の固相線温度が上昇している。Si含有量は0.5wt%とすることが好ましく、0.3wt%以下とすることがより好ましく、0.1wt%以下とすることが最も好ま
【0026】
2.Al-Cu-Mg系合金材の製造工程
2-1.時効処理前に軽加工を施す場合
(1)鋳造材の製造
所定の組成を有するAl-Cu-Mg系合金の溶湯を用意し、静置、脱滓処理及び濾過処理等の溶湯清浄化処理及び微細化剤の投入を行った後、DC鋳造により、スラブ形状(長方体)に鋳造する。
【0027】
固相線温度を算出するために、得られたスラブの組成を分析することが好ましい。組成の分析方法は本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の分析方法を用いることができ、例えば、発光分光分析等を用いればよい。
【0028】
得られたスラブの組成を基に、適当な熱力学計算ソフトウェアを用いてAl-Cu-Mg系合金の固相線温度を計算する。当該熱力学計算ソフトウェアには、例えば、Thermo-CalcやJMatPro等の市販の熱力学計算ソフトウェアを用いることができる。
【0029】
(2)圧延材の製造
得られたスラブに均質化処理を行った後、表面の鋳造組織を削除し、適当な圧延面を有する被圧延材を得る。その後、被圧延材を所定の温度に加熱し、所定の板厚となるまで熱間圧延を施す。次に、冷間圧延加工を施し、所定の板厚を有する冷延材を得る。
【0030】
(3)溶体化処理工程
スラブの組成を基に、適当な熱力学計算ソフトウェアを用いて算出された固相線温度を基準とし、保持温度を(固相線温度-30℃)~固相線温度の温度範囲として、溶体化処理を施す。固相線温度を超えた温度に保持すると、Al-Cu-Mg系合金が部分的に溶融する。一方で、(固相線温度-30℃)未満の温度で溶体化処理を施すと、化合物を十分に固溶させることができない。保持温度の下限値は(固相線温度-26℃)とすることが好ましく、(固相線温度-10℃)とすることがより好ましい。
【0031】
溶体化処理の保持時間は10~7200秒とすることが好ましい。溶体化処理温度を高く設定することで、保持時間を短くした場合であっても、母相中に分散する化合物を固溶させることができる。溶体化処理の保持時間を10秒以上とすることで化合物を十分に固溶させることができる。一方で、7200秒を超えて処理を行っても化合物の固溶を促進する効果は少ないため、省エネルギー及びCO2排出量削減の観点から、保持時間は7200秒以下とすることが好ましい。より好ましい保持時間は15~1800秒である。
【0032】
溶体化処理には熱処理炉やソルトバス炉を用いてもよいが、効率を考慮すると、連続焼鈍ライン(CAL)等の連続熱処理装置を用いることが好ましい。
【0033】
(4)水焼入れ工程
冷延材を溶体化処理水焼入れすることで、析出強化に資する元素が大量に固溶したAl-Cu-Mg系合金材を得ることができる。
【0034】
(5)加工工程
得られた溶体化水焼入れ材に軽加工を施し、時効処理において析出核となる空孔等を導入する。軽加工を施す方法は本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の方法を用いることができるが、例えば、テンションレベラーを好適に用いることができる。
【0035】
ここで、冷間加工の加工率は0.5~10%とすることが好ましい。加工率を0.5%以上とすることで、析出核となる空孔等を導入する効果が顕著となる。一方で、加工率が10%を超えるとAl-Cu-Mg系合金材が加工硬化し、伸びが低下する。より好ましい加工率は1~9%であり、最も好ましい加工率は2~8%である。
【0036】
(6)時効処理工程
加工工程を経た冷延材に適当な条件で時効処理を施すことで、所望の機械的性質を有するAl-Cu-Mg系合金材を得ることができる。
【0037】
時効処理の条件は特に限定されず、本発明の効果を損なわない範囲で従来公知の種々の時効処理を用いることができる。なお、時効処理の最適条件はAl-Cu-Mg系合金の組成やAl-Cu-Mg系合金材の形状及び大きさ等に依存するため、時効処理後のAl-Cu-Mg系合金材について組織観察や機械的特性の評価を行い、適宜好適な条件を選定することが好ましい。時効処理の条件は、例えば、175~190℃で6~10時間とすることができる。
【0038】
2-2.時効処理前に強加工を施す場合
時効処理前に強加工を施す場合、上記の(1)、(3)及び(4)は軽加工を施す場合と同様であるが、(2)において、熱間圧延のみを施し、比較的板厚が大きいAl-Cu-Mg系合金板を得る。
【0039】
Al-Cu-Mg系合金板の板厚を大きくしておくことで、(5)の加工工程で大きな加工率を実現することができる。例えば、板厚が7mmのAl-Cu-Mg系合金板に冷間圧延を施して板厚を2mmとすることで、圧延率(加工率)を71%とすることができる。
【0040】
冷間加工の加工率は50%以上とすることが好ましい。溶体化処理後のAl-Cu-Mg系合金材に加工率が50%以上の強加工を付与することで、大きな加工ひずみが導入される。その結果、顕著な加工硬化によって延性は大幅に低下するが、その後の人工時効による回復で適度な加工硬化を維持しつつ、延性を向上させることができる。加えて、人工時効による析出強化が重畳することから、Al-Cu-Mg系合金材に優れた機械的特性を付与することができる。即ち、50%以上の強加工を付与した後の人工時効により、部分的に回復した加工硬化と析出強化を総合的に作用させることができる。当該強加工の加工率は50~90%とすることが好ましく、50~80%とすることがより好ましい。なお、従前の技術において、Al-Cu-Mg系合金材に強加工を施す場合、当該強加工の加工率は40%前後であり、本発明のAl-Cu-Mg系合金材の製造方法で用いる加工率は非常に大きな値である。
【0041】
強加工後のAl-Cu-Mg系合金材に(6)の時効処理工程を施すことで、優れた機械的特性を有するAl-Cu-Mg系合金材を得ることができる。軽加工を施した場合と同様に、時効処理の条件は特に限定されず、本発明の効果を損なわない範囲で従来公知の種々の時効処理を用いることができる。なお、時効処理の最適条件はAl-Cu-Mg系合金の組成やAl-Cu-Mg系合金材の形状及び大きさ等に依存するため、時効処理後のAl-Cu-Mg系合金材について組織観察や機械的特性の評価を行い、適宜好適な条件を選定することが好ましい。時効処理の条件は、例えば、150~200℃で6~10時間とすることができる。
【0042】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれらのみに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、それら設計変更は全て本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例0043】
表1の実施例1~5及び比較例として示す組成となるように配合したAl-Cu-Mg系合金の溶湯を用意し、静置、脱滓処理及び濾過処理を行った後、DC鋳造により、スラブ形状に鋳造した。表1に示す組成は鋳造材に対する発光分光分析によって測定された値である。
【0044】
また、表1に示す組成を基に、市販の熱力学計算ソフトウェアであるThermo-Calcを用いて固相線温度を算出した。得られた値を表1に示す。Si含有量を低減することにより、固相線温度が上昇する傾向が認められる。なお、固相線温度はSi以外の元素の影響も受け、Si以外の元素であれば、Cuの影響が大きい。Cuを含有することによって固相線温度が低下することから、Cuの含有量が多い実施例4や実施例2では比較的低い固相線温度となっている。
【0045】
【0046】
次に、鋳造材に対して500℃で6時間の均質化処理を施した後、熱間圧延加工によって幅が200mm、板厚が7mmの熱間圧延材を得た。次に、熱間圧延材に冷間圧延加工を施し、板厚2mmの冷間圧延材と板厚2.15mmの冷間圧延材を得た。
【0047】
得られた板厚2mmの冷間圧延材に対して、ソルトバスを用いて表1に示す温度で溶体化処理を施した(保持時間15秒)。次に、水冷した後、表1に示す各温度で8時間の時効処理を施し、Al-Cu-Mg系合金材(T6-S材)を得た。また、得られた板厚2mmの冷間圧延材に対して、電気炉を用いて表1に示す温度で溶体化処理を施した(保持時間2時間)。次に、水冷した後、表1に示す各温度で8時間の時効処理を施し、Al-Cu-Mg系合金材(T6-F材)を得た。
【0048】
また、得られた板厚2.15mmの冷間圧延材に対して、ソルトバスを用いて表1に示す温度で溶体化処理を施した(保持時間15秒)。次に、水冷した後、冷間圧延によって板厚を2mmとし(加工率7%)、表1に示す各温度で8時間の時効処理を施し、Al-Cu-Mg系合金材(T8-a材)を得た。
【0049】
また、得られた板厚7mmの熱間圧延材に対して、ソルトバスを用いて表1に示す温度で溶体化処理を施した(保持時間30分)。次に、水冷した後、冷間圧延によって板厚を2mmとし(加工率71%)、表1に示す各温度で8時間の時効処理を施し、Al-Cu-Mg系合金材(T8-b材)を得た。
【0050】
得られた各Al-Cu-Mg系合金材(T6-S材、T6-F材、T8-a材及びT8-b材)からJIS 14B号試験片を切り出し、JIS Z2241引張試験規格に準拠して引張試験を行った。T6-S材及びT8-a材の引張特性を表2に示す。また、T6-F材及びT8-b材の引張特性を表3に示す。表2及び表3の最大耐力差は加工を施すことによる耐力の増加分を示している。
【0051】
【0052】
【0053】
表2及び表3の結果より、溶体化温度を(固相線温度-30℃)~固相線温度の温度範囲とすることで、溶体化温度を高く設定することができ、保持時間が短い場合であっても時効硬化の効果が十分に得られていることが分かる。また、全ての実施例について、溶体化処理後の各Al-Cu-Mg系合金材の断面を観察したところ、溶体化処理による局部溶融の痕跡は認められなかった。
【0054】
また、最大耐力差はSi含有量の低減に伴って大きくなっており、Si含有量を低減することによって、加工による時効硬化の促進が顕著になっている。一方で、1.0wt%を超えるSiを含有する比較例では当該促進効果が少なくなっており、特に、軽加工を施した場合では最大耐力差がマイナスになっている。
【0055】
実施例2の組成を有するT6-S材及びT8-a材のTEM観察結果を
図1及び
図2にそれぞれ示す。時効処理の条件は共に190℃、8時間であり、TEM観察にはFEI社製のTecnaiシリーズG2-F20を用いた。T6-S材には強度向上に寄与しない粗大な析出物が多く、T8-a材には強度向上に寄与する微細な析出物が多いことが分かる。
【0056】
実施例2の組成を有するT8-b材のTEM観察結果を
図3に示す。時効処理の条件は150℃、8時間である。強加工によって大量に導入された転位が絡まり、加工硬化した後、150℃の低温時効により転位の一部が回復している。
図3では粒界にネットワーク状に転位が存在し、粒内の転位密度は低下している状態が観察される。また、残存するひずみによって明瞭には観察されないが、粒内には微細な析出物が存在している。即ち、実施例2の組成を有するT8-b材を低温時効した場合、加工硬化と人工時効の回復及び析出の効果が総合的に重畳した結果、極めて高い強度(572MPa)と良好な延性(15.5%)が発現したものと考えられる。
【0057】
次に、軽加工を施す場合について、時効硬化の促進に効果的な加工率を検討した。具体的には、実施例2の組成を有する板厚2mmの冷間圧延材に対して、ソルトバスを用いて530℃で15秒の溶体化処理を施し、水冷した後、0.5~10%の引張加工を施した。その後、190℃で8時間の時効処理を施し、上記の方法で引張試験を行った。得られた引張特性を表4に示す。
【0058】
【0059】
表4の結果より、4%の引張加工までは耐力の増加が認められるが、4%を超える引張加工を施しても耐力の値は殆ど変化していない。当該結果は、190℃で8時間の時効処理に対しては、引張加工4%程度の軽加工が適していることを示している。
【0060】
4%の引張加工を施した実施例2の組成を有するT8-a材のTEM観察結果を
図4に示す。
図4から、強度向上に寄与する微細な析出物が多く分散していることが分かる。
【0061】
以上の結果より、Al-Cu-Mg系合金のSi含有量を低減することで固相線温度が上昇し、溶体化処理温度を高く設定でき、短時間の溶体化処理で優れた機械的特性を有するAl-Cu-Mg系合金材が得られることが分かる。また、時効処理前に適当な加工を施すことで時効硬化を促進でき、Al-Cu-Mg系合金のSi含有量を低減することで固相線温度を上昇させ、溶体化処理温度を高く設定することで、当該促進効果が顕著になることが分かる。