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特開2024-175776曲げの振動モードを推定する方法、構造物の曲げ剛性を推定する方法、プログラム、および、コンピュータ読み取り可能な記録媒体
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024175776
(43)【公開日】2024-12-19
(54)【発明の名称】曲げの振動モードを推定する方法、構造物の曲げ剛性を推定する方法、プログラム、および、コンピュータ読み取り可能な記録媒体
(51)【国際特許分類】
   E01D 22/00 20060101AFI20241212BHJP
   E01D 1/00 20060101ALI20241212BHJP
   E04H 9/00 20060101ALI20241212BHJP
【FI】
E01D22/00 A
E01D1/00 D ESW
E04H9/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023093771
(22)【出願日】2023-06-07
(71)【出願人】
【識別番号】599105850
【氏名又は名称】株式会社中電シーティーアイ
(74)【代理人】
【識別番号】110000394
【氏名又は名称】弁理士法人岡田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】永坂 英明
【テーマコード(参考)】
2D059
2E139
【Fターム(参考)】
2D059BB39
2D059GG39
2E139AA01
2E139AA17
2E139AB01
2E139AC19
2E139AC20
(57)【要約】
【課題】構造物の振動における曲げの振動モードを1つのポイントで観測された振動の観測データから推定する。
【解決手段】曲げの振動モードを推定する方法は、変位時刻歴波形導出ステップと、ピックアップステップと、非定常振幅スペクトル導出ステップと、推定ステップと、を有する。変位時刻歴波形導出ステップでは、振動モードの動きがあらわれる座標面における面内2方向で見た、振動の変位時刻歴波形を、観測データから導出する。ピックアップステップでは、変位時刻歴波形において、上記動きの影響が卓越していると判定される時間範囲をピックアップする。非定常振幅スペクトル導出ステップでは、上記動きがあらわれる方向で見た、振動の非定常振幅スペクトルを導出する。推定ステップでは、上記非定常振幅スペクトルにおける、ピックアップステップでピックアップされた時間範囲に対応するスペクトル特性のデータから、振動モードを推定する。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造物の振動における曲げの振動モードを、当該構造物上に設定された1つのポイントで観測された前記振動の観測データから推定する、曲げの振動モードを推定する方法であって、
前記振動モードの動きがあらわれる座標面における面内2方向で見た、前記振動の変位時刻歴波形を、前記観測データから導出する変位時刻歴波形導出ステップと、
前記変位時刻歴波形において、所定の基準に照らして前記動きの影響が卓越していると判定される時間範囲をピックアップするピックアップステップと、
前記動きがあらわれる方向で見た、前記振動の非定常振幅スペクトルを導出する非定常振幅スペクトル導出ステップと、
前記非定常振幅スペクトルにおける、前記ピックアップステップでピックアップされた時間範囲に対応するスペクトル特性のデータから、前記振動モードを推定する推定ステップと、
を有している、
曲げの振動モードを推定する方法。
【請求項2】
請求項1に記載された曲げの振動モードを推定する方法であって、
偶数次の前記振動モードにおいて節とみなすことができる場所を前記ポイントとして観測された前記観測データを使用して、前記変位時刻歴波形導出ステップを実行する、
曲げの振動モードを推定する方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載された曲げの振動モードを推定する方法であって、
前記ピックアップステップにおいて、前記時間範囲を複数ピックアップし、
前記推定ステップにおいて、前記ピックアップステップでピックアップされた複数の前記時間範囲に対応する前記各データを平滑化して得た前記スペクトル特性のピークから、前記振動モードのうちの1次モードを推定する、
曲げの振動モードを推定する方法。
【請求項4】
請求項3に記載された曲げの振動モードを推定する方法であって、
前記推定ステップが、
前記スペクトル特性から前記ピークを複数探し出す探し出しステップと、
前記探し出しステップで探し出された前記ピークのうち、最大の前記ピークを前記1次モードだと推定する1次モード推定ステップと、
aを2以上の自然数として、前記探し出しステップで探し出された前記ピークのうち、前記1次モードだと推定された前記ピークのa倍の振動周波数を有する前記ピークを、前記振動モードのうちのa次モードだと推定するa次モード推定ステップと、
を有している、
曲げの振動モードを推定する方法。
【請求項5】
請求項4に記載された曲げの振動モードを推定する方法を使用して、前記a次モードだと推定された前記ピークの振動周波数を取得し、
取得された振動周波数に基づいて前記構造物の曲げ剛性を推定する、
構造物の曲げ剛性を推定する方法。
【請求項6】
構造物の振動における曲げの振動モードを、当該構造物上に設定された1つのポイントで観測された前記振動の観測データから推定する機能を、コンピューターに実現させるプログラムであって、
前記振動モードの動きがあらわれる座標面における面内2方向で見た、前記振動の変位時刻歴波形を、前記観測データから導出する変位時刻歴波形導出機能と、
前記変位時刻歴波形において、所定の基準に照らして前記動きの影響が卓越していると判定される時間範囲をピックアップするピックアップ機能と、
前記動きがあらわれる方向で見た、前記振動の非定常振幅スペクトルを導出する非定常振幅スペクトル導出機能と、
前記非定常振幅スペクトルにおける、前記ピックアップ機能によってピックアップされた時間範囲に対応するスペクトル特性のデータから、前記振動モードを推定する推定機能と、
を、前記コンピューターに実現させる、
プログラム。
【請求項7】
構造物の振動における曲げの振動モードを、当該構造物上に設定された1つのポイントで観測された前記振動の観測データから推定する機能を、コンピューターに実現させるプログラムが記録された、コンピュータ読み取り可能な記録媒体であって、
前記振動モードの動きがあらわれる座標面における面内2方向で見た、前記振動の変位時刻歴波形を、前記観測データから導出する変位時刻歴波形導出機能と、
前記変位時刻歴波形において、所定の基準に照らして前記動きの影響が卓越していると判定される時間範囲をピックアップするピックアップ機能と、
前記動きがあらわれる方向で見た、前記振動の非定常振幅スペクトルを導出する非定常振幅スペクトル導出機能と、
前記非定常振幅スペクトルにおける、前記ピックアップ機能によってピックアップされた時間範囲に対応するスペクトル特性のデータから、前記振動モードを推定する推定機能と、
を、前記コンピューターに実現させるプログラムが記録された、
コンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、曲げの振動モードを推定する方法、構造物の曲げ剛性を推定する方法、プログラム、および、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、橋梁などの構造物に対して、その振動の観測データから、構造物における曲げの振動モードなどの振動性状を把握しようとする研究が行われてきた(例えば下記の非特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】季亮、大久保孝昭、松本慎也、宮本文穂:「報告 無線加速度センサを用いた振動計測システムの老朽橋梁への適用と有効性」、コンクリート工学年次論文集、Vol.36、No2、2014
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記非特許文献1に記載された研究で用いられている従来の技術では、構造物における曲げの振動モードを把握するために、構造物上に設定した複数のポイントにそれぞれ観測装置をセットして、これらすべての観測装置の観測データを解析する必要があった。
【0005】
本開示は、構造物の振動における曲げの振動モードを、この構造物上に設定された1つのポイントで観測された振動の観測データから推定することを可能とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示は、構造物の振動における曲げの振動モードを、この構造物上に設定された1つのポイントで観測された振動の観測データから推定する、曲げの振動モードを推定する方法を包含する。この曲げの振動モードを推定する方法は、それぞれ後述する変位時刻歴波形導出ステップと、ピックアップステップと、非定常振幅スペクトル導出ステップと、推定ステップと、を有している。ここで、変位時刻歴波形導出ステップでは、振動モードの動きがあらわれる座標面における面内2方向で見た、振動の変位時刻歴波形を、観測データから導出する。また、ピックアップステップでは、変位時刻歴波形において、所定の基準に照らして上記動きの影響が卓越していると判定される時間範囲をピックアップする。また、非定常振幅スペクトル導出ステップでは、上記動きがあらわれる方向で見た、振動の非定常振幅スペクトルを導出する。また、推定ステップでは、上記非定常振幅スペクトルにおける、ピックアップステップでピックアップされた時間範囲に対応するスペクトル特性のデータから、振動モードを推定する。
【0007】
上記の方法によれば、1つのポイントで観測された振動の変位時刻歴波形から、推定対象となる振動モードの動きの影響が卓越されるとき(構造物が、おおむね振動モードの動きに沿った動きをしているとき)の時間範囲をピックアップすることができる。そして、この時間範囲に対応する、振動の非定常振幅スペクトルのスペクトル特性から、構造物の振動における曲げの振動モードを推定することができる。
【0008】
1つの好ましい実施態様では、偶数次の振動モードにおいて節とみなすことができる場所をポイントとして観測された観測データを使用して、変位時刻歴波形導出ステップを実行する。
【0009】
この場合、振動の変位時刻歴波形から、偶数次の振動モードによる動きの影響を取り除くことで、この変位時刻歴波形をより単純なものとすることができる。そして、ピックアップステップにおいて、振動モードの動きが卓越している時間範囲をピックアップする精度を向上させ、振動モードの推定精度を向上させることができる。
【0010】
別の好ましい実施態様では、ピックアップステップにおいて、上記時間範囲を複数ピックアップする。また、推定ステップにおいて、ピックアップステップでピックアップされた複数の時間範囲に対応する各データを平滑化して得たスペクトル特性のピークから、振動モードのうちの1次モードを推定する。
【0011】
この場合、推定対象となる振動モードの動きの影響が卓越されるタイミング(構造物が、おおむね振動モードの動きに沿った動きをしているタイミング)を複数ピックアップして、これらのタイミングにおいて共通されるスペクトル特性のピークを求めることになる。このスペクトル特性のピークは、推定対象となる振動モードの動きのうち、主要な動きに対応するスペクトル特性のピークである蓋然性が高い。一方、構造物の振動における曲げの振動モードは、一般に、その1次モードが最もわかり易い形であらわれる。このため、上記スペクトル特性のピークから振動モードの1次モードを推定することで、この1次モードをより高い精度で推定することができる。
【0012】
上記の好ましい実施態様においては、推定ステップが、それぞれ後述する探し出しステップと、1次モード推定ステップと、a次モード推定ステップと、を有しているものが好ましい。ここで、探し出しステップでは、上記スペクトル特性から上記ピークを複数探し出す。また、1次モード推定ステップでは、探し出しステップで探し出されたピークのうち、最大のピークを1次モードだと推定する。また、a次モード推定ステップでは、aを2以上の自然数として、探し出しステップで探し出されたピークのうち、1次モードだと推定されたピークのa倍の振動周波数を有するピークを、振動モードのうちのa次モードだと推定する。
【0013】
曲げの振動モードには、一般に、その次数が低いほど、対応する非定常振幅スペクトルのスペクトル特性のピークが大きいという性質がある。また、aを2以上の自然数とした場合のa次モードには、対応するピークの振動周波数が、1次モードに対応するピークの振動周波数のa倍となるという性質がある。上記の場合には、非定常振幅スペクトルのスペクトル特性における最大のピークを、最低の次数(1次)の振動モードだと推定することで、振動モードの1次モードを高い蓋然性で推定することができる。さらに、推定した1次モードに基づいて、2次モード以上の振動モードをより高い精度で推定することができる。
【0014】
また、上記の方法を使用して、上記a次モードだと推定されたピークの振動周波数を取得し、取得された振動周波数に基づいて構造物の曲げ剛性を推定する、構造物の曲げ剛性を推定する方法も提供される。
【0015】
構造物における曲げの振動モードには、一般に、その次数が高い(振動周波数が大きい)ほど、構造物の曲げ剛性の変化による振動周波数の変動量が大きいという性質がある。上記の方法によれば、1次よりも高次の振動モードの振動周波数に基づいて構造物の曲げ剛性を推定することで、この曲げ剛性をより高い精度で推定することができる。
【0016】
また、構造物の振動における曲げの振動モードを、この構造物上に設定された1つのポイントで観測された振動の観測データから推定する機能を、コンピューターに実現させるプログラムの開示も提供される。このプログラムは、それぞれ後述する変位時刻歴波形導出機能と、ピックアップ機能と、非定常振幅スペクトル導出機能と、推定機能と、をコンピューターに実現させる。ここで、変位時刻歴波形導出機能は、振動モードの動きがあらわれる座標面における面内2方向で見た、振動の変位時刻歴波形を、観測データから導出する機能である。また、ピックアップ機能は、変位時刻歴波形において、所定の基準に照らして上記動きの影響が卓越していると判定される時間範囲をピックアップする機能である。また、非定常振幅スペクトル導出機能は、上記動きがあらわれる方向で見た、振動の非定常振幅スペクトルを導出する機能である。また、推定機能は、上記非定常振幅スペクトルにおける、ピックアップ機能によってピックアップされた時間範囲に対応するスペクトル特性のデータから、振動モードを推定する機能である。
【0017】
上記のプログラムによれば、1つのポイントで観測された振動の変位時刻歴波形から、推定対象となる振動モードの動きの影響が卓越されるとき(構造物が、おおむね振動モードの動きに沿った動きをしているとき)の時間範囲をピックアップする機能を、コンピューターに実現させることができる。そして、この時間範囲に対応する、振動の非定常振幅スペクトルのスペクトル特性から、構造物の振動における曲げの振動モードを推定する機能を、コンピューターに実現させることができる。
【0018】
また、構造物の振動における曲げの振動モードを、この構造物上に設定された1つのポイントで観測された振動の観測データから推定する機能を、コンピューターに実現させるプログラムが記録された、コンピュータ読み取り可能な記録媒体の開示も提供される。このコンピュータ読み取り可能な記録媒体には、それぞれ後述する変位時刻歴波形導出機能と、ピックアップ機能と、非定常振幅スペクトル導出機能と、推定機能と、をコンピューターに実現させるプログラムが記録されている。ここで、変位時刻歴波形導出機能は、振動モードの動きがあらわれる座標面における面内2方向で見た、振動の変位時刻歴波形を、観測データから導出する機能である。また、ピックアップ機能は、変位時刻歴波形において、所定の基準に照らして上記動きの影響が卓越していると判定される時間範囲をピックアップする機能である。また、非定常振幅スペクトル導出機能は、上記動きがあらわれる方向で見た、振動の非定常振幅スペクトルを導出する機能である。また、推定機能は、上記非定常振幅スペクトルにおける、ピックアップ機能によってピックアップされた時間範囲に対応するスペクトル特性のデータから、振動モードを推定する機能である。
【0019】
上記のコンピュータ読み取り可能な記録媒体によれば、この記録媒体からプログラムをコンピュータ読み取りしたコンピューターに、1つのポイントで観測された振動の変位時刻歴波形から、推定対象となる振動モードの動きの影響が卓越されるとき(構造物が、おおむね振動モードの動きに沿った動きをしているとき)の時間範囲をピックアップする機能を実現させることができる。そして、この時間範囲に対応する、振動の非定常振幅スペクトルのスペクトル特性から、構造物の振動における曲げの振動モードを推定する機能を、上記コンピューターに実現させることができる。
【発明の効果】
【0020】
本開示によれば、構造物の振動における曲げの振動モードを、この構造物上に設定された1つのポイントで観測された振動の観測データから推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本開示の第1の実施形態である曲げの振動モードを推定する方法において、曲げの振動モードの推定対象となる橋梁10を撮影した写真である。
図2図1の計測位置10Aを模式的に表した図である。
図3】本開示の第1の実施形態である曲げの振動モードを推定する方法においてコンピューター20が実行する一連の各ステップを表したフローチャートである。
図4図3のサブルーチン1を表したフローチャートである。
図5図2の加速度計20Aが観測する、Y軸方向(橋軸直角方向)の加速度波形の一例を表したグラフである。
図6図2の加速度計20Aが観測する、Z軸方向(上下方向)の加速度波形の一例を表したグラフである。
図7図5の加速度波形から導出される、Y軸方向(橋軸直角方向)で見た振動の変位時刻歴波形を表したグラフである。
図8図6の加速度波形から導出される、Z軸方向(上下方向)で見た振動の変位時刻歴波形を表したグラフである。
図9図2に示す計測位置10Aの運動の軌跡をYZ平面上にプロットしたグラフである。
図10図2に示す計測位置10Aの運動の運動方向をYZ平面上にプロットした図である。
図11図10に示す運動方向の時間変化を表したグラフである。
図12図1の橋梁10における振動の非定常振幅スペクトルの一例を表したスペクトログラムである。
図13図4のステップS130にて平滑化されたスペクトル特性の一例を表したグラフである。
図14図2の橋梁10の計測位置10Aにおける、曲げ剛性の時間変化の一例を表したグラフである。
図15】本開示の第3の実施形態である曲げの振動モードを推定する方法において、曲げの振動モードの推定対象となるビル40を表した平面図である。
図16】第3の実施形態において加速度計から取得した、X軸方向の加速度波形の一例を表したグラフである。
図17】第3の実施形態において加速度計から取得した、Y軸方向の加速度波形の一例を表したグラフである。
図18図16の加速度波形から導出される、X軸方向で見た振動の変位時刻歴波形を表したグラフである。
図19図17の加速度波形から導出される、Y軸方向で見た振動の変位時刻歴波形を表したグラフである。
図20図15に示す計測位置40Aの運動の軌跡をXY平面上にプロットしたグラフである。
図21図15に示す計測位置40Aの運動方向を、X軸方向からの立ち上がり角度の時間変化の形で表したグラフである。
図22図15に示す計測位置40Aの運動方向を、Y軸方向からの立ち上がり角度の時間変化の形で表したグラフである。
図23図15のビル40の、X軸方向で見た非定常振幅スペクトルの一例を表したスペクトログラムである。
図24図15のビル40の、Y軸方向で見た非定常振幅スペクトルの一例を表したスペクトログラムである。
図25図23の非定常振幅スペクトルから抽出されるスペクトル特性60を表したグラフである。
図26図24の非定常振幅スペクトルから抽出されるスペクトル特性70を表したグラフである。
図27図16の加速度波形から導出されるフーリエ振幅スペクトル80を表したグラフである。
図28図17の加速度波形から導出されるフーリエ振幅スペクトル90を表したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に、本開示を実施するための形態について、図面を用いて説明する。
【0023】
〈第1の実施形態〉
始めに、本開示の第1の実施形態である曲げの振動モードを推定する方法(以下、単に「第1の実施形態」とも称する。)について、図1ないし図13を用いて説明する。第1の実施形態は、河川に架けられる構造物である橋梁10(図1参照)における曲げの振動モードを、この橋梁10の上に設定された1つの計測位置10Aで観測された振動の観測データから推定する方法である。本実施形態の橋梁10は、例えば直線状のプレストレスト・コンクリート3径間連続ラーメン箱桁橋である。また、計測位置10Aは、橋梁10の床版10Bにおいて中央部分となるポイントに設定されている。このポイントは、橋梁10における橋軸方向で見た、偶数次(2次、4次……)の曲げの振動モードにおいて節とみなすことができる場所である。また、上記ポイントは、橋梁10の橋軸に対して直角な水平方向で見て床版10Bの端よりの位置に設けられた路側帯10D(図2参照)に設定されている。
【0024】
橋梁10に作用する振動は、図2に示すように、計測位置10Aに設置された加速度計20Aによって、3軸(X軸、Y軸、Z軸)の加速度波形の形で観測される。本実施形態においては、加速度計20Aは、橋梁10の路側帯10Dに設置されるため、車両(図示せず)等が橋梁10を通行することを妨げない。したがって、加速度計20Aは、橋梁10に常時作用する弱い振動である常時微動に、車両等による交通振動があわさった振動の加速度波形を観測する。また、加速度計20Aは、そのX軸方向が橋梁10の橋軸に沿った水平方向となり、同じくY軸方向が橋梁10の橋軸に対して直角な水平方向となり、同じくZ軸方向が上下方向となるように設置される。したがって、橋梁10における曲げの振動モードは、YZ平面における計測位置10Aの動きとしてあらわれうる。
【0025】
加速度計20Aが観測した加速度波形の観測データは、コンピューター20の記録媒体20Bに、コンピュータ読み取りが可能な、時間の離散函数の形態で記録される。この記録媒体20Bには、第1の実施形態を実行する機能を、コンピューター20に実現させるためのプログラムも、コンピュータ読み取りが可能な形態で記録されている。このプログラムがコンピューター20にて実行されたときに算定または出力される種々のデータは、すべて、記録媒体20Bにコンピュータ読み取りが可能な形態で記録される。
【0026】
ここで、第1の実施形態を実行する機能がコンピューター20にて実現されるときにこのコンピューター20が実行する一連の各ステップについて、主に図3および図4に示すフローチャートを用いて説明する。この一連の各ステップにおいては、コンピューター20は、まず、ステップS10を実行する。
【0027】
ステップS10において、コンピューター20は、後述する各ステップを実行するために必要となる初期設定を行う。そして、コンピューター20は、その処理をステップS20に進める。
【0028】
ステップS20において、コンピューター20は、その記録媒体20Bに記録された、加速度計20Aの加速度波形の観測データを取得する。そして、コンピューター20は、その処理をステップS30に進める。
【0029】
ステップS30において、コンピューター20は、直前に実行したステップS20にて取得した観測データから、YZ平面における面内2方向であるY軸方向およびZ軸方向で見た、橋梁10の振動の変位時刻歴波形を、それぞれ導出する。そして、コンピューター20は、その処理をステップS40に進める。
【0030】
ここで、YZ平面は、橋梁10における曲げの振動モードの動きが、Z軸方向(上下方向)の動きとしてあらわれる座標面である。したがって、ステップS30は、本開示における「変位時刻歴波形導出ステップ」に相当し、ステップS30を実行するべくコンピューター20にて実現される機能は、本開示における「変位時刻歴波形導出機能」に相当する。
【0031】
本実施形態においては、コンピューター20は、直前に実行したステップS20にて取得した観測データのうち、Y軸方向(橋軸直角方向、図5参照)の加速度波形から、Y軸方向で見た振動の変位時刻歴波形(図7参照)を導出する。また、コンピューター20は、直前に実行したステップS20にて取得した観測データのうち、Z軸方向(上下方向、図6参照)の加速度波形から、Z軸方向で見た振動の変位時刻歴波形(図8参照)を導出する。なお、コンピューター20の記録媒体20Bに記録される加速度波形の観測データが時間の離散函数の形態であることから、変位時刻歴波形導出ステップで導出される変位時刻歴波形も、時間の離散函数の形態をとる。
【0032】
ステップS40において、コンピューター20は、直前に実行したステップS30にて導出した、Y軸方向およびZ軸方向で見た振動の変位時刻歴波形から、計測位置10AがYZ平面にて運動した運動の軌跡を導出する。そして、コンピューター20は、その処理をステップS50に進める。
【0033】
なお、本実施形態では計測位置10Aの運動の軌跡21をグラフにプロットする操作を行うことはないが、この運動の軌跡21をYZ平面上にプロットした場合、例えば図9に示すようなグラフが得られる。
【0034】
ステップS50において、コンピューター20は、直前に実行したステップS40にて導出した計測位置10Aの運動の軌跡を分析する。これにより、コンピューター20は、計測位置10AがYZ平面にて運動する運動の運動方向(以下、第1の実施形態の説明においては単に「運動方向」とも称する。)を、時間の函数の形で導出する。そして、コンピューター20は、その処理をステップS60に進める。
【0035】
なお、本実施形態では運動方向をグラフにプロットする操作を行うことはないが、この運動方向を、計測位置10Aを始点としたベクトル21Aの形で表した場合、例えば図10に示すような図が得られる。この図において、各ベクトル21Aの大きさは、計測位置10Aの運動の速度に対応している。また、図10に示す床版の断面は、各ベクトル21Aの向きを分かりやすくするために便宜的に表示したものであり、計測位置10Aの正確な位置を表すものではない。また、運動方向を、橋軸直角方向(Y軸方向)からの立ち上がり角度の時間変化の形で表した場合、例えば図11に示すようなグラフが得られる。
【0036】
ステップS60において、コンピューター20は、上記変位時刻歴波形において、所定の基準に照らして曲げの振動モードによる動きの影響が卓越していると判定される時間範囲をピックアップする。そして、コンピューター20は、その処理をステップS70に進める。ここで、ステップS60は、本開示における「ピックアップステップ」に相当し、ステップS60を実行するべくコンピューター20にて実現される機能は、本開示における「ピックアップ機能」に相当する。
【0037】
本実施形態においては、コンピューター20は、「変位時刻歴波形から導出された運動方向の、橋軸直角方向(Y軸方向)に対する立ち上がり角度の大きさが85[°]以上である」という条件が満たされている時間範囲を、曲げの振動モードによる動きの影響が卓越していると判定される時間範囲としてピックアップする。このピックアップの条件は、「運動方向を、計測位置10Aを始点としたベクトル21Aの形で表した場合に、このベクトル21Aが、Z軸方向(上下方向)に対する傾斜角が±5[°]となる角度範囲21B内に収まる(図10参照)」という条件と同値である。
【0038】
また、ステップS60において、コンピューター20は、時間の離散函数の形態をとる変位時刻歴波形から時間範囲のピックアップを行う。このため、コンピューター20がピックアップする時間範囲は、離散した複数の時間範囲の集合となる。
【0039】
ステップS70において、コンピューター20は、直近に実行したステップS20にて取得した観測データから、橋梁10における曲げの振動モードの動きがあらわれる(橋梁10の曲げモード成分が含まれる)Z軸方向で見た、橋梁10の振動の非定常振幅スペクトルを導出する。この非定常振幅スペクトルは、時間および振動周波数を変数とした2変数函数の形で定められる。そして、コンピューター20は、その処理をステップS80に進める。ここで、ステップS70は、本開示における「非定常振幅スペクトル導出ステップ」に相当し、ステップS70を実行するべくコンピューター20にて実現される機能は、本開示における「非定常振幅スペクトル導出機能」に相当する。
【0040】
なお、本実施形態では導出した非定常振幅スペクトルをグラフ等にプロットする操作を行うことはないが、この非定常振幅スペクトルをスペクトログラムにプロットした場合、例えば図12に示すようなスペクトログラムが得られる。
【0041】
ステップS80において、コンピューター20は、直前に実行したステップS70にて導出した非定常振幅スペクトルからスペクトル特性を抽出し、橋梁10(図1参照)における曲げの振動モードを推定する。そして、コンピューター20は、その処理を終了させる。
【0042】
ここで、ステップS80にて非定常振幅スペクトルから抽出されるスペクトル特性は、直近に実行したステップS60(ピックアップステップ)にてピックアップされた時間範囲に対応するスペクトル特性である。したがって、ステップS80は、本開示における「推定ステップ」に相当し、ステップS80を実行するべくコンピューター20にて実現される機能は、本開示における「推定機能」に相当する。
【0043】
本実施形態においては、推定ステップは、図4に示すサブルーチンの形で実行される。このサブルーチンにおいては、コンピューター20は、まず、ステップS110を実行する。
【0044】
ステップS110において、コンピューター20は、後述する各ステップを実行するために必要となる初期設定を行う。この初期設定には、推定対象となる曲げの振動モードの次数(例えば1次、3次、および5次)の次数情報を、コンピューター20が記録媒体20Bからコンピュータ読み取りする処理が含まれる。そして、コンピューター20は、その処理をステップS120に進める。
【0045】
ステップS120において、コンピューター20は、直近に実行したステップS60にてピックアップした、複数の時間範囲を取得する。また、コンピューター20は、直近に実行したステップS70にて導出した非定常振幅スペクトルを取得する。ついで、コンピューター20は、取得した非定常振幅スペクトルから、上記複数の時間範囲に対応するスペクトル特性を複数抽出する。そして、コンピューター20は、その処理をステップS130に進める。
【0046】
ここで、コンピューター20が取得する時間範囲は、例えば図11にて丸印がつけられた各ベクトル21Aの時間に対応する、複数の時間範囲である。これらの時間範囲は、例えば図12における時間帯21Cまたは時間帯21Dに含まれる、複数の時間範囲である。また、ステップS120にて抽出されるスペクトル特性は、離散した複数の時間範囲の1つによって非定常振幅スペクトルを切断した時間断面であり、振動周波数を変数とした1変数函数の形で定められる。
【0047】
ステップS130において、コンピューター20は、直前に実行したステップS120にて抽出した複数のスペクトル特性を平滑化する。本実施形態においては、コンピューター20は、抽出した複数のスペクトル特性を1つに重ね合わせるスタッキングの処理を行うことにより、スペクトル特性の平滑化を行う。そして、コンピューター20は、その処理をステップS140に進める。
【0048】
なお、本実施形態では平滑化されたスペクトル特性をグラフにプロットする操作を行うことはないが、このスペクトル特性をグラフにプロットした場合、例えば図13に示すようなスペクトル特性30のグラフが得られる。
【0049】
ステップS140において、コンピューター20は、直前に実行したステップS130にて平滑化したスペクトル特性を分析し、このスペクトル特性からピーク(極大値)を複数探し出す。そして、コンピューター20は、その処理をステップS150に進める。ここで、ステップS140は、本開示における「探し出しステップ」に相当する。また、ステップS140を実行するべくコンピューター20にて実現される機能は、本開示においては「探し出し機能」とも称する。
【0050】
ステップS150において、コンピューター20は、直前に実行したステップS140(「探し出し機能」の実現)にて探し出されたピークのうち最大のピークを、橋梁10における曲げの振動モードのうちの1次モードだと推定する。言いかえると、コンピューター20は、ステップS80(推定ステップ)において、ステップS60(ピックアップステップ)でピックアップされた複数の時間範囲に対応するスペクトル特性の各データを平滑化して得たスペクトル特性のピークから、橋梁10における曲げの振動モードのうちの1次モードを推定する。そして、コンピューター20は、その処理をステップS160に進める。ここで、ステップS150は、本開示における「1次モード推定ステップ」に相当する。また、ステップS150を実行するべくコンピューター20にて実現される機能は、本開示においては「1次モード推定機能」とも称する。
【0051】
ステップS160において、コンピューター20は、直前に実行したステップS150にて1次モードだと推定したピークに対し、このピークに対応する振動周波数(すなわち1次モードの卓越振動周波数)を取得する。そして、コンピューター20は、その処理をステップS170に進める。
【0052】
ステップS170において、コンピューター20は、後述するステップS180からステップS200に至る一連の処理を繰り返し実行する。この一連の処理は、ステップS110の初期設定でコンピュータ読み取りされた次数情報の範囲内でカウンター変数aの値を変更しながら、このカウンター変数aの値の変更先がなくなるまでの間、繰り返し実行される。なお、コンピューター20は、カウンター変数aの値の変更先がなくなると、ステップS170の繰り返し処理をストップさせて、その処理をステップS210に進める。
【0053】
ステップS180において、コンピューター20は、ステップS110の初期設定でコンピュータ読み取りされた次数情報のうち、「1次」を除く範囲内でカウンター変数aの値を変更する。この際、コンピューター20は、ステップS170の繰り返し処理においてカウンター変数aとして使用した次数情報の値を、カウンター変数aの変更先から除外する。これにより、ステップS170の繰り返し処理においては、上記次数情報に含まれる次数のうち「1次」を除く各次数について、1回ずつ処理が行われることになる。また、カウンター変数aは、必ず2以上の自然数となる。
【0054】
ステップS180を実行したコンピューター20は、その処理をステップS190に進める。ただし、ステップS180の実行にあたりカウンター変数aの変更先となるべき次数情報の値が存在しない場合(例えばすべての次数情報の値が、カウンター変数aの変更先から除外されている場合など)には、コンピューター20は、ステップS170の繰り返し処理をストップさせて、その処理をステップS210に進める。
【0055】
ステップS190において、コンピューター20は、直近に実行したステップS140(探し出しステップ)で探し出された複数のピークのうち、直近に実行したステップS150(「1次モード推定機能」の実現)によって1次モードだと推定されたピークのa倍の振動周波数を有するピークを抽出する。そして、コンピューター20は、抽出したピークを、橋梁10における曲げの振動モードのうちのa次モードだと推定する。ここで、「a」は、直前に実行したステップS180にて変更されたカウンター変数aの次数である。したがって、ステップS190は、本開示における「a次モード推定ステップ」に相当する。また、ステップS190を実行するべくコンピューター20にて実現される機能は、本開示においては「a次モード推定機能」とも称する。ステップS190を実行したコンピューター20は、その処理をステップS200に進める。
【0056】
ステップS200において、コンピューター20は、直前に実行したステップS190にてa次モードだと推定したピークに対し、このピークに対応する振動周波数(すなわちa次モードの卓越振動周波数)を取得する。そして、コンピューター20は、その処理をステップS180に進める。
【0057】
ステップS210において、コンピューター20は、上述した1次モード推定ステップ(ステップS150)およびa次モード推定ステップ(ステップS190)の繰り返しによって得られた、橋梁10における曲げの各振動モードの推定結果を、各振動モードのピークに対応する振動周波数をひもづけた状態で、記録媒体20Bに出力する。そして、コンピューター20は、推定ステップ(ステップS80)のサブルーチンの処理を終了させる。
【0058】
ここで、上述した1次モード推定ステップおよびa次モード推定ステップの繰り返しによって実現される、橋梁10における曲げの振動モードの推定の例について、図13を用いて説明する。この推定の例では、推定対象となる曲げの振動モードの次数を、1次、3次、および5次の3つの次数とする。
【0059】
ステップS140(「探し出し機能」の実現)において、コンピューター20は、平滑化されたスペクトル特性30から、このスペクトル特性30のピーク(極大値)を複数探し出す。探し出されるピークには、推定対象となる曲げの振動モードにあたるものもあれば、曲げの振動モードとは関係のないノイズにあたるものもある。
【0060】
ステップS150(「1次モード推定機能」の実現)において、コンピューター20は、探し出されたピークのうち最大となるピーク31を、橋梁10における曲げの振動モードのうちの1次モードだと推定する。
【0061】
ステップS160において、コンピューター20は、1次モードだと推定されたピーク31に対応する振動周波数31Aを取得する。
【0062】
ステップS170において1回目に実行される一連の処理において、コンピューター20は、カウンター変数aの値を「3次」または「5次」のいずれかに変更する(ステップS180、以下では「3次」に変更されたものとして説明を行う)。続いて、コンピューター20は、直近に実行したステップS140(探し出しステップ)で探し出された複数のピークのうち、ピーク31の振動周波数31Aの3倍の振動周波数32Aを有するピーク32を、橋梁10における曲げの振動モードのうちの3次モードだと推定する。そして、コンピューター20は、ピーク32に対応する振動周波数32Aを取得する(ステップS200)。
【0063】
ステップS170において2回目に実行される一連の処理において、コンピューター20は、カウンター変数aの値を1回目には選択されなかった値(「5次」)に変更する(ステップS180)。続いて、コンピューター20は、直近に実行したステップS140(探し出しステップ)で探し出された複数のピークのうち、ピーク31の振動周波数31Aの5倍の振動周波数33Aを有するピーク33を、橋梁10における曲げの振動モードのうちの5次モードだと推定する。そして、コンピューター20は、ピーク33に対応する振動周波数33Aを取得する(ステップS200)。
【0064】
ステップS170において3回目となる一連の処理を実行しようとしたときには、カウンター変数aの変更先となるべき次数情報の値が、除外されて存在しない。このため、コンピューター20は、ステップS170の繰り返し処理をストップさせる。そして、コンピューター20は、橋梁10における曲げの各振動モード(1次、3次、および5次)の推定結果を、各振動モードのピーク31、32、33のそれぞれに、対応する振動周波数31A、32A、33Aをひもづけた状態で、記録媒体20Bに出力する。
【0065】
上述した第1の実施形態によれば、1つの計測位置10Aで観測された振動の変位時刻歴波形から、推定対象となる振動モードの動きの影響が卓越されるとき(橋梁10が、おおむね振動モードの動きに沿った動きをしているとき)の時間範囲をピックアップすることができる。そして、この時間範囲に対応する、振動の非定常振幅スペクトルのスペクトル特性から、橋梁10の振動における曲げの振動モードを推定することができる。
【0066】
また、第1の実施形態によれば、計測位置10Aを、橋梁10における偶数次(2次、4次……)の曲げの振動モードにおいて節とみなすことができる場所とする。したがって、振動の変位時刻歴波形から、偶数次の振動モードによる動きの影響を取り除くことで、この変位時刻歴波形をより単純なものとすることができる。そして、ピックアップステップ(ステップS60)において、振動モードの動きが卓越している時間範囲をピックアップする精度を向上させ、振動モードの推定精度を向上させることができる。
【0067】
また、第1の実施形態によれば、推定対象となる振動モードの動きの影響が卓越されるタイミング(橋梁10が、おおむね振動モードの動きに沿った動きをしているタイミング)を複数ピックアップして、これらのタイミングにおいて共通されるスペクトル特性のピークを求める。このスペクトル特性のピークは、推定対象となる振動モードの動きのうち、主要な動きに対応するスペクトル特性のピークである蓋然性が高い。一方、構造物の振動における曲げの振動モードは、一般に、その1次モードが最もわかり易い形であらわれる。このため、上記スペクトル特性のピークから振動モードの1次モードを推定することで、この1次モードをより高い精度で推定することができる。
【0068】
ところで、曲げの振動モードには、一般に、その次数が低いほど、対応する非定常振幅スペクトルのスペクトル特性のピークが大きいという性質がある。また、aを2以上の自然数とした場合のa次モードには、対応するピークの振動周波数が、1次モードに対応するピークの振動周波数のa倍となるという性質がある。
【0069】
ここで、第1の実施形態によれば、非定常振幅スペクトルのスペクトル特性における最大のピーク(例えば図13のピーク31)を、最低の次数(1次)の振動モードだと推定することで、振動モードの1次モードを高い蓋然性で推定することができる。さらに、推定した1次モードに基づいて、2次モード以上の振動モードをより高い精度で推定することができる。
【0070】
また、記録媒体20Bによれば、この記録媒体20Bからプログラムをコンピュータ読み取りしたコンピューター20に、1つの計測位置10Aで観測された振動の変位時刻歴波形から、推定対象となる振動モードの動きの影響が卓越されるとき(橋梁10が、おおむね振動モードの動きに沿った動きをしているとき)の時間範囲をピックアップする機能を実現させることができる。そして、この時間範囲に対応する、振動の非定常振幅スペクトルのスペクトル特性から、橋梁10の振動における曲げの振動モードを推定する機能を、コンピューター20に実現させることができる。
【0071】
〈第2の実施形態〉
続いて、本開示の第2の実施形態である構造物の曲げ剛性を推定する方法(以下、単に「第2の実施形態」とも称する。)について説明する。第2の実施形態は、技術者(図示せず)が、上述した第1の実施形態により得られる出力を使用して、構造物である橋梁10(図1参照)の床版10Bにおいて中央部分となるポイント(図1の計測位置10A)の曲げ剛性を推定する方法である。
【0072】
第2の実施形態では、技術者は、まず、第1の実施形態により記録媒体20Bに出力された、橋梁10における曲げの各振動モードの推定結果を取得する。この推定結果には、曲げの各振動モードのピークに対応する振動周波数(すなわち曲げの各振動モードの卓越振動周波数。以下では「卓越振動周波数f」とも称する。)がひもづけられている。技術者は、曲げの各振動モードの卓越振動周波数fを取得して、取得した各卓越振動周波数fに対して以下の(式1)と同値な方程式を解くことで、曲げの各振動モードの曲げ剛性EIの推定結果を得る。
【0073】
【数1】
【0074】
上記(式1)は、橋梁10の床版10B(図1参照)を等荷重分布の単純梁とみなして、この単純梁における曲げの各振動モードの曲げ剛性EIを、卓越振動周波数fの函数の形で求めるための方程式である。(式1)において、πは円周率である。また、gは重力加速度である。また、Wは、床版10B(図1参照)にかかる全荷重である。また、Lは、橋梁10における支間長である。このLは、図1に示す橋梁10において、橋脚10Cの支承(図示せず)から計測位置10Aまでの距離の2倍に等しい。
【0075】
第2の実施形態で取得される各卓越振動周波数fの中には、第1の実施形態のa次モード推定ステップ(図4のステップS190)にてa次モードだと推定されたピークの振動周波数が含まれる。したがって、第2の実施形態は、第1の実施形態を使用して、上記a次モードだと推定されたピークの振動周波数を取得し、取得された振動周波数に基づいて構造物(橋梁10)の曲げ剛性EIを推定する、構造物の曲げ剛性を推定する方法であるということができる。
【0076】
ここで、構造物における曲げの振動モードには、一般に、その次数が高い(振動周波数が大きい)ほど、構造物の曲げ剛性の変化による振動周波数の変動量が大きいという性質がある。これに対し、第2の実施形態によれば、1次よりも高次の振動モードの振動周波数に基づいて構造物の曲げ剛性を推定することで、この曲げ剛性をより高い精度で推定することができる。
【0077】
また、第2の実施形態によれば、技術者は、橋梁10の計測位置10A(図1参照)における曲げ剛性を、非破壊で繰り返し推定することができる。したがって、技術者は、第2の実施形態による曲げ剛性の推定を、時間をあけて繰り返すことで、計測位置10Aにおける曲げ剛性の時間変化(図14参照)を導出することができる。さらに、技術者は、計測位置10Aにおける曲げ剛性が所定のしきい値を下回ったとき(図14の丸印を参照)に、橋梁10の劣化が進んだと判断して、劣化の詳細について確認を行うことができる。
【0078】
〈第3の実施形態〉
続いて、本開示の第3の実施形態である曲げの振動モードを推定する方法(以下、単に「第3の実施形態」とも称する。)について、主に図15ないし図28を参照しながら説明する。第3の実施形態は、7階建てのビル40(図15参照)における曲げの振動モードを、このビル40の屋上に設定された1つの計測位置40Aで観測された常時微動(構造物に常時作用する弱い振動)の観測データから推定する方法である。本実施形態のビル40は、スウェイロッキングモデルによる近似が可能な構造物である。また、計測位置40Aは、ビル40の屋上において角部分となるポイントに設定されている。このポイントは、ビル40における偶数次(2次、4次……)の曲げの振動モードにおいて節とみなすことができるが、ビル40の振動におけるねじり方向(図15参照)の成分の影響を無視できない場所である。
【0079】
第3の実施形態においては、第1の実施形態において使用された加速度計20Aおよびコンピューター20(図2参照)と同様の処理を行う加速度計およびコンピューターを使用する。ただし、第3の実施形態においては、コンピューターは、プログラムの処理を進めるにあたり、このプログラムで処理される種々のデータをグラフに表しながら処理を行う。
【0080】
第3の実施形態においては、加速度計は、そのY軸方向がビル40の接道方向に沿った水平方向となり、同じくX軸方向がビル40の接道方向に対して直角な水平方向となり、同じくZ軸方向が上下方向となるように設置される。したがって、ビル40における曲げの振動モードは、XY平面における計測位置40Aの動きとしてあらわれうる。
【0081】
第3の実施形態においては、コンピューターは、加速度計から取得したX軸方向の観測データ(加速度波形、図16参照)から、X軸方向で見たビル40の振動の変位時刻歴波形(図18参照)を導出する。また、コンピューターは、加速度計から取得したY軸方向の観測データ(加速度波形、図17参照)から、Y軸方向で見たビル40の振動の変位時刻歴波形(図19参照)を導出する。これらの処理は、本開示における「変位時刻歴波形導出ステップ」または「変位時刻歴波形導出機能の実現」に相当する。
【0082】
続いて、コンピューターは、X軸方向およびY軸方向で見た振動の変位時刻歴波形から、計測位置40AがXY平面にて運動した運動の軌跡51(図20参照)を導出する。また、コンピューターは、計測位置40AがXY平面にて運動する運動の運動方向(以下、第3の実施形態の説明においては単に「運動方向」とも称する。)を、時間の函数の形で導出する。この際、コンピューターは、運動方向を、X軸方向からの立ち上がり角度の時間変化のグラフ(図21参照)およびY軸方向からの立ち上がり角度の時間変化のグラフ(図22参照)として表す。
【0083】
続いて、コンピューターは、上記変位時刻歴波形において、Y軸方向の曲げの振動モードによる動きの影響が所定の基準に照らして卓越していると判定される時間範囲をピックアップする。また、コンピューターは、上記変位時刻歴波形において、X軸方向の曲げの振動モードによる動きの影響が所定の基準に照らして卓越していると判定される時間範囲をピックアップする。これらの処理は、本開示における「ピックアップステップ」または「ピックアップ機能の実現」に相当する。
【0084】
本実施形態においては、コンピューターは、「変位時刻歴波形から導出された運動方向の、X軸方向に対する立ち上がり角度の大きさが88[°]以上である」という条件が満たされている時間範囲51A(図21参照)を、Y軸方向の曲げの振動モードによる動きの影響が卓越していると判定される時間範囲としてピックアップする。また、コンピューターは、「変位時刻歴波形から導出された運動方向の、Y軸方向に対する立ち上がり角度の大きさが88[°]以上である」という条件が満たされている時間範囲51B(図22参照)を、X軸方向の曲げの振動モードによる動きの影響が卓越していると判定される時間範囲としてピックアップする。
【0085】
また、コンピューターは、加速度計から取得したX軸方向の観測データ(加速度波形、図16参照)から、X軸方向で見たビル40の振動の非定常振幅スペクトル(図23のスペクトログラムを参照)を導出する。また、コンピューターは、加速度計から取得したY軸方向の観測データ(加速度波形、図17参照)から、Y軸方向で見たビル40の振動の非定常振幅スペクトル(図24のスペクトログラムを参照)を導出する。これらの非定常振幅スペクトルは、時間および振動周波数を変数とした2変数函数の形で定められる。ここで、X軸方向およびY軸方向は、それぞれ、ビル40の振動における曲げの振動モードの動きがあらわれる方向である。したがって、上記各処理は、本開示における「非定常振幅スペクトル導出ステップ」または「非定常振幅スペクトル導出機能の実現」に相当する。
【0086】
また、コンピューターは、X軸方向で見たビル40の振動の非定常振幅スペクトル(図23のスペクトログラムを参照)から抽出したスペクトル特性60(図25参照)を分析し、ビル40(図15参照)におけるX軸方向の曲げの振動モードを推定する。また、コンピューターは、Y軸方向で見たビル40の振動の非定常振幅スペクトル(図24のスペクトログラムを参照)から抽出したスペクトル特性70(図26参照)を分析し、ビル40(図15参照)におけるY軸方向の曲げの振動モードを推定する。これらの処理は、本開示における「推定ステップ」または「推定機能の実現」に相当する。
【0087】
本実施形態においては、コンピューターは、スペクトル特性60およびスペクトル特性70を、それぞれ正規化された状態でグラフに表す。また、コンピューターは、スペクトル特性60から、ビル40におけるX軸方向の曲げの振動モードのうち、1次モード(図25のピーク61および振動周波数61Aを参照)および3次モード(図25のピーク62および振動周波数62Aを参照)を推定する。また、コンピューターは、スペクトル特性60から、ビル40におけるY軸方向の曲げの振動モードのうち、1次モード(図26のピーク71および振動周波数71Aを参照)および3次モード(図26のピーク72および振動周波数72Aを参照)を推定する。
【0088】
なお、本開示者は、上述した第3の実施形態の有用性について検証を行った。この検証は、第3の実施形態で使用したX軸方向の加速度波形(図16参照)およびY軸方向の加速度波形(図17参照)のそれぞれについてフーリエ振幅スペクトル80、90を導出し、これらフーリエ振幅スペクトル80、90とスペクトル特性60、70とを比較することで行った。
【0089】
スペクトル特性60のグラフ(図25参照)と、X軸方向の加速度波形から導出したフーリエ振幅スペクトル80(図27参照)のグラフとを比較する。フーリエ振幅スペクトル80のグラフからは、3つのピーク81、82、83が確認できる。ピーク81は、第3の実施形態で曲げの1次モードと推定されたピーク61の振動周波数61Aと同じ振動周波数81Aに存在する。ピーク82は、第3の実施形態で曲げの3次モードと推定されたピーク62の振動周波数62Aと同じ振動周波数82Aに存在する。ピーク83は、振動周波数81Aよりも大きく、振動周波数81Aの2倍および振動周波数82Aのいずれよりも小さい振動周波数83Aに存在する。スペクトル特性60のグラフにおいて、振動周波数83Aと等しい振動周波数63Aには、ピーク61よりも小さいピーク63が存在する。このピーク63およびピーク83は、ビル40におけるねじり方向(図15参照)の振動のピークであると推定される。
【0090】
ここで、ピーク82は、ピーク83よりも明らかに小さいピークである。一方、ピーク62は、ピーク63とほぼ同じか、少しだけ小さいピークである。これは、第3の実施形態によって曲げの3次モードのピーク62と上記ねじり方向の振動のピーク63とを区別する精度が、加速度波形のフーリエ振幅スペクトル80から曲げの3次モードのピーク82と上記ねじり方向の振動のピーク83とを区別する精度よりも高くなりうることを意味する。
【0091】
同様に、スペクトル特性70のグラフ(図26参照)と、Y軸方向の加速度波形から導出したフーリエ振幅スペクトル90(図29参照)のグラフとを比較する。フーリエ振幅スペクトル90のグラフからは、3つのピーク91、92、93が確認できる。ピーク91は、第3の実施形態で曲げの1次モードと推定されたピーク71の振動周波数71Aと同じ振動周波数91Aに存在する。ピーク92は、第3の実施形態で曲げの3次モードと推定されたピーク72の振動周波数72Aと同じ振動周波数92Aに存在する。ピーク93は、振動周波数91Aよりも大きく、振動周波数91Aの2倍および振動周波数92Aのいずれよりも小さい振動周波数93Aに存在する。スペクトル特性70のグラフにおいて、振動周波数93Aと等しい振動周波数73Aには、ピーク71およびピーク72のいずれよりも小さいピーク73が存在する。このピーク73およびピーク93は、ビル40におけるねじり方向(図15参照)の振動のピークであると推定される。
【0092】
ここで、ピーク92は、ピーク91よりも明らかに小さいピークである。一方、ピーク72は、ピーク71とほぼ同じか、少しだけ小さいピークである。これは、第3の実施形態によって曲げの3次モードのピーク62を探し出す精度が、加速度波形のフーリエ振幅スペクトル90から曲げの3次モードのピーク92を探し出す精度よりも高くなりうることを意味する。
【0093】
〈その他の実施形態〉
以上、本開示を実施するための形態について、上述した第1の実施形態ないし第3の実施形態によって説明した。しかしながら、当業者であれば、本開示の目的を逸脱することなく種々の代用、手直し、変更が可能であることは明らかである。すなわち、本開示を実施するための形態は、本明細書に添付した特許請求の範囲の精神および目的を逸脱しない全ての代用、手直し、変更を含みうるものである。例えば、本開示を実施するための形態として、以下のような各種の形態を実施することができる。
【0094】
(1)本開示において、構造物上のポイントにて振動を観測するための観測装置は、3軸の加速度計に限定されない。すなわち、観測装置としては、例えば振動の速度を観測する速度計または振動の変位を観測する変位計など、振動の観測データを取得可能な任意の観測機器を採用することができる。また、観測装置は、少なくとも2軸で振動を観測できるものであればよく、例えば2軸の観測機器または1軸の観測機器を複数組み合わせたアッセンブリであってもよい。
【0095】
(2)第1の実施形態および第3の実施形態では、観測装置が振動を観測する軸方向の曲げの振動モードを推定する。しかしながら、本開示においては、例えば観測装置が振動を観測した3軸の波形データから、適宜に選択した面内2方向で見た振動の波形データを導出して、導出した振動の波形データを振動の観測データとみなして各ステップを実行する手法を採用することができる。この手法によれば、振動モードの動きがあらわれる座標面にあわせて観測装置を設置する必要をなくすことができる。
【0096】
(3)本開示において、振動を観測する構造物上のポイントは、偶数次の振動モードにおいて節とみなすことができる場所に限定されず、適宜選択した場所に設定することができる。
【0097】
(4)本開示において、曲げの振動モードを推定するための振動の観測データは、常時微動の観測データに限定されず、例えば過去に発生した自然地震の観測データや、人為的に発生される人工地震の観測データなど、適宜選択した振動の観測データとすることができる。
【0098】
(5)本開示において、ピックアップステップでピックアップされた複数のデータを平滑化する手法は、上述したスタッキングに限定されず、例えば単純平均や適宜選択した窓函数の適用など、種々に変更することができる。
【符号の説明】
【0099】
10 橋梁(構造物)
10A 計測位置(ポイント)
10B 床版
10C 橋脚
10D 路側帯
20 コンピューター
20A 加速度計
20B 記録媒体
21 軌跡
21A ベクトル
21B 角度範囲
21C 時間帯
21D 時間帯
30 スペクトル特性
31 ピーク
31A 振動周波数
32 ピーク
32A 振動周波数
33 ピーク
33A 振動周波数
40 ビル(構造物)
40A 計測位置(ポイント)
51 軌跡
51A 時間範囲
51B 時間範囲
60 スペクトル特性
61 ピーク
61A 振動周波数
62 ピーク
62A 振動周波数
63 ピーク
63A 振動周波数
70 スペクトル特性
71 ピーク
71A 振動周波数
72 ピーク
72A 振動周波数
73 ピーク
73A 振動周波数
80 フーリエ振幅スペクトル
81 ピーク
81A 振動周波数
82 ピーク
82A 振動周波数
83 ピーク
83A 振動周波数
90 フーリエ振幅スペクトル
91 ピーク
91A 振動周波数
92 ピーク
92A 振動周波数
93 ピーク
93A 振動周波数
図1
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