(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024175791
(43)【公開日】2024-12-19
(54)【発明の名称】始動システムの制御器および始動システムの制御方法
(51)【国際特許分類】
H02P 6/12 20060101AFI20241212BHJP
H02P 6/182 20160101ALI20241212BHJP
【FI】
H02P6/12
H02P6/182
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023093800
(22)【出願日】2023-06-07
(71)【出願人】
【識別番号】000000974
【氏名又は名称】川崎重工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】澤田 正志
(72)【発明者】
【氏名】高橋 正明
(72)【発明者】
【氏名】吉村 英治
(72)【発明者】
【氏名】山下 智理
【テーマコード(参考)】
5H560
【Fターム(参考)】
5H560AA08
5H560BB04
5H560BB07
5H560BB12
5H560DA13
5H560DC12
5H560DC13
5H560DC20
5H560EB01
5H560HA00
5H560JJ19
5H560SS02
5H560TT02
5H560TT15
5H560UA06
5H560XA02
5H560XA12
5H560XA13
(57)【要約】
【課題】 センサレス制御される同期電動機を用いた回転機械の始動制御が適切かどうかを判定することができる始動システムの制御器および制御方法を提供する。
【解決手段】 始動システムの制御器は、同期電動機と、駆動回路と、を備えた始動システムの制御器であって、処理回路を備え、同期電動機は、回転角度の検出が行われないセンサレス制御により制御され、処理回路は、同期電動機に流れる実電流を取得し、実電流および駆動回路に入力される制御信号を生成するための電圧指令値から同期電動機の誘起電圧の推定値である推定誘起電圧を推定し、回転機械の始動時において推定誘起電圧が所定の電圧基準値以上となるか否かを判定することにより、回転機械の始動に成功したか否かの異常判定処理を行う。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転機械に機械的に接続され、前記回転機械の始動を行う同期電動機と、前記同期電動機に電気的に接続され、前記同期電動機を駆動する駆動回路と、を備えた始動システムの制御器であって、
処理回路を備え、
前記同期電動機は、回転角度の検出が行われないセンサレス制御により制御され、
前記処理回路は、
前記同期電動機に流れる実電流を取得し、
前記実電流および前記駆動回路に入力される制御信号を生成するための電圧指令値から前記同期電動機の誘起電圧の推定値である推定誘起電圧を推定し、
前記回転機械の始動時において前記推定誘起電圧が所定の電圧基準値以上となるか否かを判定することにより、前記回転機械の始動に成功したか否かの異常判定処理を行う、始動システムの制御器。
【請求項2】
前記処理回路は、
前記同期電動機の始動開始から所定の単位時間ごとに前記推定誘起電圧が前記電圧基準値以上であるか否かを判定し、
前記推定誘起電圧が前記電圧基準値未満である場合に、カウント値を加算し、
前記カウント値が所定のしきい値を超えた場合に、異常であると判定する、請求項1に記載の始動システムの制御器。
【請求項3】
前記処理回路は、前記推定誘起電圧が前記電圧基準値以上である場合に、前記カウント値を減算する、請求項2に記載の始動システムの制御器。
【請求項4】
前記処理回路は、
前記同期電動機の始動開始から所定の単位時間ごとに前記推定誘起電圧が前記電圧基準値未満であるか否かを判定し、
前記回転機械の始動時からの時間経過に応じて前記電圧基準値を上昇させ、
前記推定誘起電圧が前記電圧基準値未満である場合に、前記回転機械の始動に成功しなかったと判定する、請求項1に記載の始動システムの制御器。
【請求項5】
前記処理回路は、
前記同期電動機の角速度が所定の基準角速度以上である場合に、センサレスベクトル制御である第1制御を実行し、前記同期電動機の始動開始から前記同期電動機の角速度が前記基準角速度未満である間には、前記第1制御とは異なる第2制御を実行し、
前記第2制御の実行中において前記異常判定処理を行う、請求項1から4の何れかに記載の始動システムの制御器。
【請求項6】
前記同期電動機は、回転子の表面に磁石が配置された円筒型の同期電動機である、請求項1から4の何れかに記載の始動システムの制御器。
【請求項7】
前記回転機械は、エンジンである、請求項1から4の何れかに記載の始動システムの制御器。
【請求項8】
回転機械に機械的に接続され、前記回転機械の始動を行う同期電動機と、前記同期電動機に電気的に接続され、前記同期電動機を駆動する駆動回路と、を備えた始動システムにおける制御方法であって、
前記同期電動機を回転角度の検出を行わないセンサレス制御により制御し、
前記同期電動機に流れる実電流を取得し、
前記実電流および前記駆動回路に入力される制御信号を生成するための電圧指令値から前記同期電動機の誘起電圧の推定値である推定誘起電圧を推定し、
前記回転機械の始動時において前記推定誘起電圧が所定の電圧基準値以上となるか否かを判定することにより、前記回転機械の始動に成功したか否かの異常判定を行う、始動システムの制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、始動システムの制御器および始動システムの制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
車両、船舶、航空機等における駆動源であるエンジンを、同期電動機により始動する始動システムが知られている。このようなエンジンを始動するための同期電動機を、回転角度センサによる回転角度の検出が行われないセンサレス制御により制御することが考えられる。センサレス制御とすることで、システムの小型化および故障リスクの低減を実現できる。下記特許文献1には、同期電動機のセンサレス制御において、磁極の回転位置をより正確に把握するために、同期電動機の各相で発生する誘起電圧を検知することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、電圧センサを追加するとセンサレス制御のメリットが減殺される。すなわち、システムの大型化および故障リスクの増大を招く。また、部品点数の増大によりコストも増大する。
【0005】
特に、エンジンを始動するための同期電動機においては、エンジン始動時の低回転状態において同期電動機の回転子における磁極の角度の推定を行うことが困難であり、磁極の角度に基づいた制御が適切に行われない可能性がある。磁極の角度に基づいた制御が適切に行えていない場合、同期電動機の回転数を上昇させることができず、エンジンを始動することができない。また、磁極の角度に基づいた制御が適切に行えていない状態を検出することができなかった。なお、このような問題は同期電動機でエンジンを始動する場合に限られず、同期電動機で回転機械全般を始動する場合にも生じ得る。
【0006】
本開示は、上記課題を解決するものであり、センサレス制御される同期電動機を用いた回転機械の始動制御が適切かどうかを判定することができる始動システムの制御器および始動システムの制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の一態様に係る始動システムの制御器は、回転機械に機械的に接続され、前記回転機械の始動を行う同期電動機と、前記同期電動機に電気的に接続され、前記同期電動機を駆動する駆動回路と、を備えた始動システムの制御器であって、処理回路を備え、前記同期電動機は、回転角度の検出が行われないセンサレス制御により制御され、前記処理回路は、前記同期電動機に流れる実電流を取得し、前記実電流および前記駆動回路に入力される制御信号を生成するための電圧指令値から前記同期電動機の誘起電圧の推定値である推定誘起電圧を推定し、前記回転機械の始動時において前記推定誘起電圧が所定の基準値以上となるか否かを判定することにより、前記回転機械の始動に成功したか否かの異常判定処理を行う。
【0008】
本開示の他の態様に係る始動システムの制御方法は、回転機械に機械的に接続され、前記回転機械の始動を行う同期電動機と、前記同期電動機に電気的に接続され、前記同期電動機を駆動する駆動回路と、を備えた始動システムにおける制御方法であって、前記同期電動機を回転角度の検出を行わないセンサレス制御により制御し、前記同期電動機に流れる実電流を取得し、前記実電流および前記駆動回路に入力される制御信号を生成するための電圧指令値から前記同期電動機の誘起電圧の推定値である推定誘起電圧を推定し、前記回転機械の始動時において前記推定誘起電圧が所定の基準値以上となるか否かを判定することにより、前記回転機械の始動に成功したか否かの異常判定を行う。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、センサレス制御される同期電動機を用いた回転機械の始動制御が適切かどうかを判定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、本開示の一実施の形態における始動システムの概略構成を示すブロック図である。
【
図2】
図2は、
図1に示す第1電力変換器の回路構成の一例を示す図である。
【
図3】
図3は、
図1に示す始動システムにおける処理回路の概略構成を示す図である。
【
図4】
図4は、本実施の形態における始動時異常判定処理の流れの一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本開示の実施の形態を、図面を参照しながら説明する。なお、以下では全ての図を通じて同一または同じ機能を有する要素には同一の参照符号を付して、その重複する説明を省略する。
【0012】
図1は、本開示の一実施の形態における始動システムの概略構成を示すブロック図である。
図1に示すように、本実施の形態における始動システム1は、エンジン2および同期電動機3を備えている。エンジン2は、例えば、車両、船舶、航空機等の移動体における駆動源として構成される。エンジン2は、例えばガスタービンエンジンを含む。なお、エンジン2は、レシプロエンジンであってもよい。
【0013】
同期電動機3は、エンジン2に機械的に接続される。これにより、同期電動機3は、エンジン2の出力軸4の回転に同期して回転可能である。なお、同期電動機3は、エンジン2の出力軸4に直結されてもよいし、エンジン2の出力軸4にギヤ等の動力伝達機構を介して接続されてもよい。同期電動機3は、エンジン2の駆動力を利用して発電可能な同期電動発電機として構成される。本実施の形態において、同期電動機3は、回転角度センサによる回転角度の検出が行われないセンサレス制御により制御される。同期電動機3は、エンジン2の高速回転に対応するために円筒形の回転子を有する。すなわち、本実施の形態における同期電動機3は、回転子の表面に磁石が配置された円筒型の同期電動機である。ただし、同期電動機3は、これに限られず、例えば、突極形の回転子を有してもよい。
【0014】
さらに、始動システム1は、同期電動機3に電気的に接続される第1電力変換器5を備えている。第1電力変換器5は、同期電動機3を駆動する駆動回路として構成される。第1電力変換器5と同期電動機3との間は、交流配線6により接続されている。第1電力変換器5は、第2電力変換器7を介して所定の電源8に接続されている。第1電力変換器5と第2電力変換器7との間は直流配線9により接続されている。直流配線9には当該直流配線9における直流電圧を定義するキャパシタ10が電気的に接続されている。第1電力変換器5は、同期電動機3で発電された交流電力を直流電力に変換して直流配線9に供給し、直流配線9における直流電力を交流電力に変換して同期電動機3に供給する。
【0015】
電源8は、例えば移動体内交流系統等の交流電源系統であってもよいし、例えばバッテリ等の直流電源系統であってもよい。すなわち、第2電力変換器7と電源8との間の電源配線11は、電源8が交流電源系統の場合は交流配線となり、電源8が直流電源系との場合は直流配線となる。第2電力変換器7は、直流配線9の直流電力を電源8に供給するための電力に変換し、電源8からの電源電力を直流配線9に供給するための直流電力に変換する。第2電力変換器7は、電源8が交流電源系統の場合はAC-DCコンバータであり、電源8が直流電源系統の場合はDC-DCコンバータである。
【0016】
さらに、始動システム1は、制御器12を備えている。制御器12は、第1電力変換器5および第2電力変換器7を制御する。制御器12は、各種の信号処理を行う処理回路13を備えている。処理回路13は、例えばマイクロコントローラ、パーソナルコンピュータ、PLC(Programmable Logic Controller)等のコンピュータを有する。例えば、処理回路13は、プロセッサ、メモリおよび周辺回路を含む。また、制御器12の処理回路13は、複数に分割された処理回路により構成されてもよい。
【0017】
プロセッサは、例えば、CPUまたはMPU等を含む。メモリは、ROM、RAM、レジスタ等の揮発性メモリおよびフラッシュメモリ等の不揮発性メモリを含む。メモリには、電力変換器5,7に対する制御プログラムが予め記憶されている。周辺回路、入出力インターフェイス等を含む。プロセッサ、メモリおよび周辺回路は、バスを通じて相互にデータ伝達を行う。プロセッサは、制御プログラムを実行することにより、メモリに記憶された各種の情報に基づいて後述する演算処理を実行する。
【0018】
なお、本明細書で開示する要素の機能は、開示された機能を実行するよう構成またはプログラムされた汎用プロセッサ、専用プロセッサ、集積回路、ASIC(Application Specific Integrated Circuits)、従来の回路、または、それらの組み合わせを含む回路または処理回路を使用して実行できる。プロセッサは、トランジスタやその他の回路を含むため、処理回路または回路と見なされる。本明細書において、回路、ユニット、または手段は、列挙された機能を実行するハードウェアであるか、または、列挙された機能を実行するようにプログラムされたハードウェアである。ハードウェアは、本明細書に開示されているハードウェアであってもよいし、あるいは、列挙された機能を実行するようにプログラムまたは構成されているその他の既知のハードウェアであってもよい。ハードウェアが回路の一種と考えられるプロセッサである場合、回路、ユニット、手段、または部は、ハードウェアとソフトウェアとの組み合わせであり、ソフトウェアはハードウェアまたはプロセッサの構成に使用される。
【0019】
図2は、
図1に示す第1電力変換器の回路構成の一例を示す図である。
図2の例では、第1電力変換器5は、PWM(Pulse Width Modulation)インバータ回路として構成される。この場合、第1電力変換器5は、例えば三相のブリッジ回路によって実現される。第1電力変換器5は、直流配線9で与えられる直流電力を、3相の交流電力に変換して同期電動機3に供給する。すなわち、交流配線6は、3つの接続配線6a,6b,6cを含む。接続配線6a,6b,6cは、同期電動機3の3つの端子3a,3b,3cにそれぞれ接続される。3つの端子3a,3b,3cのそれぞれに接続される固定子の巻線がa相巻線、b相巻線、c相巻線に対応する。
【0020】
第1電力変換器5は、交流電流を各接続配線6a,6cにそれぞれ流すための複数のスイッチング素子Tを含む。スイッチング素子Tは、制御器12からの駆動信号Sd1に基づいて、オンオフ状態が切り替えられる。スイッチング素子Tにおいて、オン状態は、スイッチング素子Tの主端子間の導通状態を意味し、オフ状態は、スイッチング素子Tの主端子間の遮断状態を意味する。スイッチング素子Tは、例えばトランジスタによって実現される。例えば、
図2の例において、スイッチング素子Tは、IGBTやバイポーラトランジスタである。この場合のスイッチング素子Tには、ダイオードDが逆並列に接続される。なお、スイッチング素子Tは、MOSFET等の電界効果型トランジスタでもよい。この場合のスイッチング素子には、ダイオードDは接続されなくてもよい。
【0021】
本実施の形態において、スイッチング素子Tは、6つのスイッチング素子T1U,T1D,T2U,T2D,T3U,T3Dを含む。スイッチング素子T1U,T1Dは、直列接続されてスイッチング素子対を構成し、当該スイッチング素子対がキャパシタ10に並列に接続される。同様に、スイッチング素子T2U,T2Dは、直列接続されてスイッチング素子対を構成し、当該スイッチング素子対がキャパシタ10に並列に接続される。同様に、スイッチング素子T3U,T3Dは、直列接続されてスイッチング素子対を構成し、当該スイッチング素子対がキャパシタ10に並列に接続される。
【0022】
スイッチング素子T1U,T1D間の中間配線51には接続配線6aが接続される。スイッチング素子T2U,T2D間の中間配線52には接続配線6bが接続される。スイッチング素子T3U,T3D間の中間配線53には接続配線6cが接続される。
【0023】
制御器12の処理回路13は、各スイッチング素子Tに対応するゲート信号を生成する。ゲート信号は、PWM変調、すなわちパルス幅変調された信号である。複数のスイッチング素子Tに対するゲート信号の組み合わせが駆動信号Sd1となる。
【0024】
処理回路13は、同期電動機3を発電機として機能させる発電制御モードと、同期電動機3をエンジン2のスタータとして機能させる始動制御モードとを実行可能である。
【0025】
処理回路13は、発電制御モードにおいて、同期電動機3と第1電力変換器5との間の交流配線6の交流電力を直流電力に変換して直流配線9に出力するように第1電力変換器5を制御する。発電制御モードにおいて、処理回路13は、同期電動機3に流れる実電流および交流配線6における電圧目標値から同期電動機3の回転子の磁極の角速度および位相を推定する。処理回路13は、推定した角速度および位相に追従するように、整流器として機能する第1電力変換器5を制御するための駆動信号Sd1を生成する。
【0026】
処理回路13は、始動制御モードにおいて、エンジン2を停止状態から始動させるために、直流配線9の直流電力を交流電力に変換し、当該交流電力を同期電動機3に供給するように第1電力変換器5を制御する。始動制御モードにおいて、処理回路13は、120度ずつ位相がずれた正弦波形の交流電流が各接続配線6a,6b,6cに流れるように、第1電力変換器5を制御するための駆動信号Sd1を生成する。このような交流電流が各接続配線6a,6b,6cに流れることによって、同期電動機3の回転子が回転駆動される。処理回路13は、駆動信号Sd1を調整することにより同期電動機3の回転子の速度を変更することができる。
【0027】
本実施の形態において、処理回路13は、同期電動機3の角速度が所定の基準角速度以上である場合に、センサレスベクトル制御である第1制御を実行し、同期電動機3の始動開始から同期電動機3の角速度が第1角速度基準値ωa未満である間には、第1制御とは異なる第2制御を実行する。例えば、第1角速度基準値ωaは、エンジン2が自立運転可能な回転数に相当する角速度に設定され得る。
【0028】
例えば、第2制御は、電流目標値を用いたV/f制御であってもよい。この場合、処理回路13は、予め設定された値または演算式を用いて電流目標値を生成する。処理回路13は、電流目標値に実電流が一致するように、例えばPID演算を用いて電圧目標値を生成する。処理回路13は、第1電力変換器5の周波数に対する出力電圧の比率が一定となるような電圧目標値を生成する。
【0029】
始動システム1は、制御器12の処理回路13により第1電力変換器5を第1制御により制御するために、交流配線6における交流電流を検出する電流検出器15を備えている。電流検出器15は、接続配線6aの電流Iaを検出する第1検出器15aと接続配線6cの電流Icを検出する第2検出器15cを含む。なお、接続配線6bの電流Ibは、接続配線6aの電流Iaおよび接続配線6cの電流Icのベクトル和から算出可能である。
【0030】
図3は、
図1に示す始動システムにおける処理回路の概略構成を示す図である。処理回路13は、制御ブロックとして推定部21および信号生成部22を含む。推定部21は、同期電動機3の回転子における磁極の角速度および位相を推定する。このために、推定部21は、dq変換回路23、モデル適用回路24および推定回路25を有する。
【0031】
dq変換回路23は、電流検出器15a,15cにより検出された交流配線6に流れる電流の瞬時値から後述する磁極の推定位相θmを用いてd軸実電流Idおよびq軸実電流Iqを出力する。モデル適用回路24は、同期電動機3をモデル化したモデル演算式を用いて、同期電動機3に流れる電流を推定する。モデル演算式は、処理回路13のメモリに予め記憶される。
【0032】
モデル適用回路24には、d軸実電流Idおよびq軸実電流Iqが入力される。さらに、モデル適用回路24には、後述する電圧目標値生成回路26で生成されるd軸電圧目標値Vodおよびq軸電圧目標値Voqが入力される。さらに、モデル適用回路24には、推定回路25で推定される推定誘起電圧Emが入力される。モデル適用回路24は、これらの値Id,Iq,Vod,Voq,Emをモデル演算式に代入してモデル演算式を解くことにより、d軸推定電流Imdおよびq軸推定電流Imqを出力する。
【0033】
推定回路25は、d軸実電流Idとd軸推定電流Imdとの間のd軸推定偏差ΔIdおよびq軸実電流Iqとq軸推定電流Imqとの間のq軸推定偏差ΔIqから所定の推定アルゴリズムを用いて推定誘起電圧Em、推定角速度ωmおよび推定位相θmを推定する。d軸推定偏差ΔIdは、d軸実電流Idからd軸推定電流Imdを差し引くことにより得られる。q軸推定偏差ΔIqは、q軸実電流Iqからq軸推定電流Imqを差し引くことにより得られる。
【0034】
推定回路25で推定された推定誘起電圧Emは、前述の通りモデル適用回路24においてモデル演算式に代入される。推定位相θmは、dq変換回路23および後述する駆動信号生成回路27で用いられる。
【0035】
信号生成部22は、第1電力変換器5に対する駆動信号Sd1を生成する。このために、信号生成部22は、電圧目標値生成回路26および駆動信号生成回路27を有する。電圧目標値生成回路26は、d軸実電流Id、q軸実電流Iqおよび推定回路25で推定された推定角速度ωmを用いて電圧目標値Vod,Voqを生成する。
【0036】
例えば、電圧目標値生成回路26は、推定角速度ωmと角速度目標値ωoとの偏差である角速度偏差Δωを生成する。角速度偏差Δωは、角速度目標値ωoから推定角速度ωmを差し引いて求められる。電圧目標値生成回路26は、角速度偏差ΔωをPID演算してq軸電流目標値Ioqを算出する。d軸電流目標値Iodは、トルク目標値または回転速度目標値等に応じて設定される。
【0037】
電圧目標値生成回路26は、d軸電流目標値Iodとd軸実電流Idとの間のd軸目標偏差ΔIodおよびq軸電流目標値Ioqとq軸実電流Iqとの間のq軸目標偏差ΔIoqを生成する。d軸目標偏差ΔIodは、d軸電流目標値Iodからd軸実電流Idを差し引くことにより得られる。q軸目標偏差ΔIoqは、q軸電流目標値Ioqからq軸実電流Iqを差し引くことにより得られる。電圧目標値生成回路26は、d軸目標偏差ΔIodをPID演算してd軸電圧目標値Vodを算出し、q軸目標偏差ΔIoqをPID演算してq軸電圧目標値Voqを算出する。
【0038】
駆動信号生成回路27は、電圧目標値Vod,Voqおよび推定位相θmから駆動信号Sd1を生成する。駆動信号生成回路27は、電圧目標値Vod,Voqを磁極の推定位相θmを用いて逆dq変換して三相の電圧目標値voa,vob,vocを算出する。さらに、駆動信号生成回路27は、三相の電圧目標値voa,vob,vocを所定のキャリア周波数fcに基づいてパルス幅変調した駆動信号Sd1を生成する。
【0039】
エンジン2の始動開始時においては、同期電動機3における誘起電圧が0または微小であるため、同期電動機3の角速度ωおよび位相θの推定が困難である。このため、第1制御を行う代わりに第2制御によりエンジン2の始動が行われる。エンジン2の始動時において、処理回路13は、周波数目標値または電流目標値を徐々に高くする。これに伴って、同期電動機3とともにエンジン2の回転数が増大する。これにより、同期電動機3の角速度および誘起電圧を推定することなく同期電動機3が制御される。
【0040】
しかし、このような第2制御では、同期電動機3の角速度ωおよび位相θを推定していないため、第2制御におけるフィードバックだけでは同期電動機3が正常に回転しているかどうかを正しく検出することができない。特に、同期電動機3が円筒形の回転子を有している場合、回転停止時の回転子の回転角度が推定できないため、より推定が難しい。そこで、処理回路13は、エンジン2の始動時において推定誘起電圧Emが所定の電圧基準値Ec以上となるか否かを判定することにより、エンジン2の始動に成功したか否かの異常判定処理を行う。
【0041】
図4は、本実施の形態における始動時異常判定処理の流れの一例を示すフローチャートである。処理回路13は、推定角速度ωmが第2角速度基準値ωc未満であるか否かを判定する(ステップS1)。第2角速度基準値ωcは、第1制御から第2制御への切り替えの基準となる第1角速度基準値ωaと同じ値でもよいし、異なる値でもよい。第2角速度基準値ωcは、エンジン2の始動が成功したと考えられるエンジン2の回転数に対応する同期電動機3の角速度の値として設定され得る。なお、推定角速度ωmを用いて判定する代わりに、第1電力変換器5が交流配線6に出力する交流電力の周波数を用いて同様の判定が行われてもよい。推定角速度ωmが第2角速度基準値ωc未満である場合(ステップS1でYes)、処理回路13は、推定誘起電圧Emが電圧基準値Ec未満であるか否かを判定する(ステップS2)。
【0042】
同期電動機3の誘起電圧は、同期電動機3の回転数に比例する。したがって、電圧基準値Ecは、第2制御において同期電動機3が到達するべき回転数に基づいて設定される。例えば、第2制御において同期電動機3が到達するべき回転数に対応する誘起電圧目標値がEoである場合、電圧基準値Ecは、誘起電圧目標値Eoに対して許容誤差αを差し引いた値、すなわち、Ec=Eo-αに設定される。許容誤差αは0でもよく、その場合、電圧基準値Ecは誘起電圧目標値Eoに一致する。
【0043】
推定誘起電圧Emが電圧基準値Ec未満である場合(ステップS2でYes)、処理回路13は、カウンタ値Cに所定数nを加算する(ステップS3)。カウンタ値の初期値は0である。一方、推定誘起電圧Emが電圧基準値Ec以上である場合(ステップS2でNo)、処理回路13は、カウンタ値Cから所定数mを減算する(ステップS4)。ただし、カウンタ値Cの下限値は0である。例えば、処理回路13は、カウンタ値Cが0である状態で、推定誘起電圧Emが電圧基準値Ec以上であると判定した場合、カウンタ値Cを0に維持する。所定数n,mは同じ数でもよいし、互いに異なる数でもよい。例えば、所定数n=m=1でもよい。
【0044】
処理回路13は、ステップS3によってカウンタ値Cが増加した場合、カウンタ値Cが所定のしきい値Cthを超えたか否かを判定する(ステップS5)。カウンタ値Cが所定のしきい値Cthを超えた場合(ステップS5でYes)、処理回路13は、エンジン2の始動に成功しなかったと判定し、異常処理を行う(ステップS6)。
【0045】
一方、処理回路13は、ステップS4によってカウンタ値Cが減少した場合、または、カウンタ値Cが所定のしきい値Cth以下である場合(ステップS5でNo)、所定の単位時間ごとにステップS1からステップS5の処理を繰り返す。ステップS1において推定角速度ωmが第2角速度基準値ωc以上になった場合(ステップS1でNo)、処理回路13は、エンジン2の始動に成功したと判定し、カウンタ値Cを0にリセットする(ステップS7)。その後、処理回路13は、異常判定処理を終了する。
【0046】
このように、本実施の形態によれば、同期電動機3に流れる実電流から推定される推定誘起電圧Emに基づいてエンジン2の始動に成功したか否かの異常判定処理が行われる。誘起電圧は、同期電動機3の回転数に比例するため、当該回転数を検出する代わりに推定誘起電圧を用いてエンジン2の始動判定を行うことができる。このため、別途同期電動機3の電圧や回転数等を計測することなく、エンジン2の始動が適切に行われたかどうかを判定することができる。特に、センサレスベクトル制御である第1制御が開始される前の第2制御の実行中においてこのような異常判定処理が行われることにより、エンジン2の始動に成功しなかったことを検知しないまま第1制御に移行することを防止することができる。
【0047】
さらに、本実施の形態によれば、推定誘起電圧Emと電圧基準値Ecとの比較を単位時間ごとに複数回行って、推定角速度ωmが第2角速度基準値ωcになるまでに、推定誘起電圧Emが電圧基準値Ec未満である回数がしきい値Cthを超えた場合に、エンジン2の始動に成功しなかったと判定される。
【0048】
上記の通り、低回転時においては誘起電圧の推定が難しいため、推定誘起電圧Emには比較的大きな誤差が含まれている可能性があり、推定誘起電圧Emが上下に変動する恐れがある。特に、エンジン2の始動に成功していない場合は、推定誘起電圧Emの変動が大きいと予想される。また、同期電動機3の実際の回転数の上昇に対して誘起電圧が遅れて上昇する可能性もある。また、第2角速度基準値ωcが第1角速度基準値ωaより大きい場合、異常判定処理の実行期間内に例えばV/f制御モード等の第2制御からセンサレスベクトル制御モードである第1制御への切り替えが行われる。制御モードの切り替え時において推定誘起電圧Emが不連続になる恐れがある。
【0049】
そのため、推定誘起電圧Emが電圧基準値Ec未満であると判定された場合が複数回蓄積された場合に、エンジン2の始動に成功しなかったと判定することにより、誤判定の可能性を低減することができる。一方で、推定誘起電圧Emが電圧基準値Ec以上である場合に、カウント値Cを減算することにより、誘起電圧が想定より遅れて立ち上がった場合等においてエンジン2の始動に成功しているにもかかわらず異常であると誤判定することを抑制することができる。
【0050】
また、上記の通り、異常判定処理に用いられる推定誘起電圧Emは、誤差および変動が大きいと予想される。このため、処理回路13は、推定誘起電圧Emを電圧基準値Ecと比較する前に、当該推定誘起電圧Emに対してフィルタ処理を行ってもよい。例えば、推定誘起電圧Emに適用されるフィルタは、一次遅れフィルタ等を含み得る。
【0051】
以上、本開示の実施の形態について説明したが、本開示は上記実施の形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で種々の改良、変更、修正が可能である。
【0052】
[他の実施の形態]
例えば、上記実施の形態においては、推定誘起電圧Emと比較される電圧基準値Ecが固定値に設定されている例を示したが、これに代えて、処理回路13は、エンジン2の始動時からの時間経過に応じて電圧基準値Ecを上昇させてもよい。この場合、カウンタ値Cを用いなくてもよい。すなわち、処理回路13は、推定誘起電圧Emが、時間経過に応じて上昇する電圧基準値Ec未満である場合に、エンジン2の始動に成功しなかったと判定してもよい。
【0053】
なお、電圧基準値Ecは、第2制御を行った場合における同期電動機3の角速度ωの時間的変化に基づいて事前の実験値や設計値等から予め定められ得る。
【0054】
また、時間経過に応じて電圧基準値Ecを上昇させる場合、当該電圧基準値Ecに基づいて定められる上限値を設定してもよい。すなわち、処理回路13は、同期電動機3の始動開始から所定の単位時間ごとに推定誘起電圧Emが電圧基準値範囲外であるか否かを判定してもよい。上述の通り、エンジン2の始動に成功していない場合は、推定誘起電圧Emの変動が大きいと予想される。そのため、推定誘起電圧Emが想定よりも大きい場合にも、同期電動機3の回転が不調である可能性がある。したがって、このような推定誘起電圧Emの振れ幅の大きさに基づいてもエンジン2の始動判定を行うことができる。推定誘起電圧Emの振れ幅の大きさに基づく判定は、カウンタ値Cを用いた判定と組み合わせて用いられてもよい。
【0055】
また、上記実施の形態では、同期電動機3がエンジン2の回転動力により発電可能な同期電動発電機である例を示したが、同期電動機3が発電機として機能しなくてもよい。
【0056】
また、上記実施の形態では、同期電動機3の動力で始動させる対象としてエンジン2を例示したが、これに限られず、その他の回転機械を始動する場合にも適用可能である。例えば、その他の回転機械は、曝気用ブロワ等の各種ブロワ、各種ファン、各種ポンプ等を含み得る。
【0057】
[本開示のまとめ]
[項目1]
本開示の一態様に係る始動システムの制御器は、回転機械に機械的に接続され、前記回転機械の始動を行う同期電動機と、前記同期電動機に電気的に接続され、前記同期電動機を駆動する駆動回路と、を備えた始動システムの制御器であって、処理回路を備え、前記同期電動機は、回転角度の検出が行われないセンサレス制御により制御され、前記処理回路は、前記同期電動機に流れる実電流を取得し、前記実電流および前記駆動回路に入力される制御信号を生成するための電圧指令値から前記同期電動機の誘起電圧の推定値である推定誘起電圧を推定し、前記回転機械の始動時において前記推定誘起電圧が所定の基準値以上となるか否かを判定することにより、前記回転機械の始動に成功したか否かの異常判定処理を行う。
【0058】
上記構成によれば、同期電動機に流れる実電流から推定される推定誘起電圧に基づいて回転機械の始動に成功したか否かの異常判定処理が行われる。誘起電圧は、同期電動機の回転数に比例するため、当該回転数を検出する代わりに推定誘起電圧を用いて回転機械の始動判定を行うことができる。このため、別途同期電動機の電圧や回転数等を計測することなく、回転機械の始動が適切に行われたかどうかを判定することができる。
【0059】
[項目2]
項目1の始動システムの制御器において、前記処理回路は、前記同期電動機の始動開始から所定の単位時間ごとに前記推定誘起電圧が前記電圧基準値以上であるか否かを判定し、前記推定誘起電圧が前記電圧基準値未満である場合に、カウント値を加算し、前記カウント値が所定のしきい値を超えた場合に、異常であると判定してもよい。推定誘起電圧が基準値未満であると判定された場合が複数回蓄積された場合に、回転機械の始動に成功しなかったと判定することにより、誤判定の可能性を低減することができる。
【0060】
[項目3]
項目2の始動システムの制御器において、前記処理回路は、前記推定誘起電圧が前記電圧基準値以上である場合に、前記カウント値を減算してもよい。これにより、誘起電圧が想定より遅れて立ち上がった場合等において回転機械の始動に成功しているにもかかわらず異常であると誤判定することを抑制することができる。
【0061】
[項目4]
項目1から3の何れかの始動システムの制御器において、前記処理回路は、前記同期電動機の始動開始から所定の単位時間ごとに前記推定誘起電圧が前記電圧基準値に基づく基準値範囲外であるか否かを判定し、前記回転機械の始動時からの時間経過に応じて前記電圧基準値範囲を上昇させ、前記推定誘起電圧が前記電圧基準値範囲外である場合に、前記回転機械の始動に成功しなかったと判定してもよい。
【0062】
[項目5]
項目1から4の何れかの始動システムの制御器において、前記処理回路は、前記同期電動機の角速度が所定の基準角速度以上である場合に、センサレスベクトル制御である第1制御を実行し、前記同期電動機の始動開始から前記同期電動機の角速度が前記基準角速度未満である間には、前記第1制御とは異なる第2制御を実行し、前記第2制御の実行中において前記異常判定処理を行ってもよい。
【0063】
[項目6]
項目1から5の何れかの始動システムの制御器において、前記同期電動機は、回転子の表面に磁石が配置された円筒型の同期電動機であってもよい。
【0064】
[項目7]
項目1から6の何れかの始動システムの制御器において、前記回転機械は、エンジンであってもよい。
【0065】
[項目8]
本開示の他の態様に係る始動システムの制御方法は、回転機械に機械的に接続され、前記回転機械の始動を行う同期電動機と、前記同期電動機に電気的に接続され、前記同期電動機を駆動する駆動回路と、を備えた始動システムにおける制御方法であって、前記同期電動機を回転角度の検出を行わないセンサレス制御により制御し、前記同期電動機に流れる実電流を取得し、前記実電流および前記駆動回路に入力される制御信号を生成するための電圧指令値から前記同期電動機の誘起電圧の推定値である推定誘起電圧を推定し、前記回転機械の始動時において前記推定誘起電圧が所定の基準値以上となるか否かを判定することにより、前記回転機械の始動に成功したか否かの異常判定を行う。
【符号の説明】
【0066】
1 始動システム
2 エンジン(回転機械)
3 同期電動機
5 第1電力変換器(駆動回路)
12 制御器
13 処理回路