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  • 特開-潤滑剤、潤滑組成物および摺動機械 図1
  • 特開-潤滑剤、潤滑組成物および摺動機械 図2
  • 特開-潤滑剤、潤滑組成物および摺動機械 図3
  • 特開-潤滑剤、潤滑組成物および摺動機械 図4
  • 特開-潤滑剤、潤滑組成物および摺動機械 図5
  • 特開-潤滑剤、潤滑組成物および摺動機械 図6A
  • 特開-潤滑剤、潤滑組成物および摺動機械 図6B
  • 特開-潤滑剤、潤滑組成物および摺動機械 図6C
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024176288
(43)【公開日】2024-12-19
(54)【発明の名称】潤滑剤、潤滑組成物および摺動機械
(51)【国際特許分類】
   C10M 133/06 20060101AFI20241212BHJP
   C10N 30/06 20060101ALN20241212BHJP
   C10N 40/04 20060101ALN20241212BHJP
   C10N 40/25 20060101ALN20241212BHJP
【FI】
C10M133/06
C10N30:06
C10N40:04
C10N40:25
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023094743
(22)【出願日】2023-06-08
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】100108833
【弁理士】
【氏名又は名称】早川 裕司
(74)【代理人】
【識別番号】100149320
【弁理士】
【氏名又は名称】井川 浩文
(72)【発明者】
【氏名】遠山 護
(72)【発明者】
【氏名】森谷 浩司
(72)【発明者】
【氏名】竹内 久人
(72)【発明者】
【氏名】菊澤 良弘
(72)【発明者】
【氏名】ボノーパトリックアラン
(72)【発明者】
【氏名】金城 友之
(72)【発明者】
【氏名】堀田 滋
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 範和
【テーマコード(参考)】
4H104
【Fターム(参考)】
4H104BE03C
4H104DA02A
4H104LA03
4H104PA03
4H104PA41
(57)【要約】      (修正有)
【課題】摺動面上に安定した吸着膜を形成でき、摺動特性の安定化(例えば耐摩耗性の確保等)を図れる潤滑剤を提供する。
【解決手段】本発明は、下記の化学構造式で示される潤滑剤である。

(R:炭素数が8~24の炭化水素基、x、y:1~6の整数)
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の化学構造式で示される潤滑剤。
【化1】
(R:炭素数が8~24の炭化水素基、x、y:1~6の整数)
【請求項2】
前記Rは、炭素数が18の炭化水素基であり、xおよびyは1~4の整数である請求項1に記載の潤滑剤。
【請求項3】
プロトン核磁気共鳴分光法(H-NMR)により求まるスペクトルの化学シフト値で、
3.7ppm付近にあるピーク群に帰属するHと、
2.7ppm付近にあるピーク群に帰属するHと、
5.4ppm付近にあるピーク群に帰属するHと、
を有する下記の化学構造式に示す請求項2に記載の潤滑剤。
【化2】
(x、y:1~4の整数)
【請求項4】
請求項1~3のいずれかに記載の潤滑剤を含む潤滑組成物。
【請求項5】
請求項1~3のいずれかに記載の潤滑剤が供給される摺動面を備える摺動機械。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑剤等に関する。
【背景技術】
【0002】
摺動部を備える機械は、低摩耗化や低摩擦化により、長寿命化や損失低減(効率化)等が図られる。このような摺動特性は、摺動部に供給(介在)される潤滑剤(添加剤のみならず、添加剤と基油の組成物(潤滑油)も含む。)に依る影響が大きい。このため、潤滑剤に関する提案が多くなされており、例えば、下記の特許文献に関連する記載がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002-338983
【特許文献2】特開2022-24803
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1は、防錆性能に優れる潤滑組成物を提案している。特許文献2は、所望の粘度を有するディーゼルエンジン用潤滑組成物を提案している。
【0005】
これらの特許文献には、潤滑組成物の摺動面上における吸着性やその摺動面上に形成される膜等に関連する記載も示唆もない。
【0006】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、摺動特性の向上を図れ得る新たな潤滑剤等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究した結果、摺動面への吸着性に優れた新たな構造の潤滑剤を開発した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0008】
《潤滑剤》
(1)本発明は、下記の化学構造式で示される潤滑剤である。
【0009】
【化1】
(R:炭素数が8~24の炭化水素基、x、y:1~6の整数)
【0010】
(2)本発明の潤滑剤を摺動機械等に用いると、摺動面上に吸着膜が安定的に形成され、摺動特性の向上が図られる。
【0011】
このような優れた効果を本発明の潤滑剤が発現する理由や機序は必ずしも定かではないが、現状、次のように考えられる。本発明の潤滑剤は、化学構造式(1)に示すように、
炭化水素系アミン(主骨格、主鎖)の端部に、二つのアルキルエステル(官能基)が結合している。これらの官能基は、基材(例えば鋼材)の表面に、従来よりも安定的に吸着される吸着基となる。そして、本発明の潤滑剤(またはその組成物)が摺動機械の摺動部(摺動面間)へ供給されると、少なくとも一方の摺動面上に強固な吸着膜が、素早く(例えば摺動機械の運転開始直後から)形成され、摺動特性(耐摩耗性、低摩擦性等)が安定した発現され得る。本発明の潤滑剤によれば、例えば、微少量潤滑化や潤滑油の低粘度化を図りつつ、潤滑性や油膜厚さを十分に確保することも可能となる。
【0012】
また本発明の潤滑剤は、金属元素、リン、硫黄等の非有機系成分を含まない有機系潤滑剤である。有機系潤滑剤は、環境負荷が小さく、生分解性があり、さらに機械システムの目詰りや内燃機関の排気浄化触媒の被毒等の防止にも有効である。
【0013】
《潤滑組成物》
本発明は、上述した潤滑剤を含む潤滑組成物としても把握される。潤滑組成物は、例えば、潤滑剤を含む液相(混合液)でも、潤滑剤が分散した固相(複合材)でもよい。潤滑組成物の代表例として、その潤滑剤を基油に添加した潤滑油(液相)、潤滑剤を基油に分散させたグリース(固相)等がある。
【0014】
《摺動機械》
本発明は、上述した潤滑剤が供給される摺動面を備える摺動機械としても把握される。摺動機械の代表例として、エンジン、変速機等がある。潤滑剤は、例えば、潤滑油として摺動面へ供給される。潤滑油の代表例として、エンジンオイル、ミッションオイル(オートマチックトランスミッションフルード(ATF)を含む。)、ギアオイル等がある。
【0015】
《その他》
(1)本明細書でいう炭化水素基Rは、飽和基でも不飽和基でもよく、また、直鎖基でも分岐基でもよい。
【0016】
(2)特に断らない限り本明細書でいう「α~β」は下限値αおよび上限値βを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a~b」のような範囲を新設し得る。また、特に断らない限り、本明細書でいう「α~βppm」はαppm~βppmを意味する。他の単位系についても同様である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】潤滑剤の合成例を示す説明図である。
図2H-NMRによる潤滑剤の分析例を示すスペクトルである。
図3】クロスピン摩耗試験の概要図である。
図4】摩耗試験により得た摩耗痕を示す写真と、摩耗痕幅を比較した棒グラフである。
図5】分子計算に用いた添加剤の分子構造式である。
図6A】その解析により得られた添加剤分子(試料1)の分布(基材表面への吸着性)を示す状態図である。
図6B】その解析により得られた添加剤分子(試料2)の分布(基材表面への吸着性)を示す状態図である。
図6C】その解析により得られた添加剤分子(試料C1)の分布(基材表面への吸着性)を示す状態図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の構成要素には、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、潤滑剤や潤滑組成物のみならず、摺動機械や摺動部材等にも該当し得る。製造方法に関する構成要素も物に関する構成要素ともなり得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0019】
《潤滑剤》
潤滑剤は、化学構造式(1)に示される分子からなる。この分子の主鎖を構成するRは、炭素数が8~24、12~22さらには16~20の炭化水素基である。炭化水素基は、飽和炭化水素基(アルキル基)でも不飽和炭化水素基(アルケン基、アルカン基)でもよい。主鎖を構成する炭化水素基として、例えば、オレイル、2-エチルヘキシル、n-オクチル、イソオクチル、ノニル、デシル、ウンデシル、ドデシル、ラウリル、トリデシル、ペンタデシル、ヘキサデシル、パルミトレイル、ヘプタデシル、オクタデシル、ステアリル、リノレイル、ノナデシル、テトラデシル、アラキジルなどのアルキル基または不飽和アルキル基(アルケニル基)等がある。
【0020】
化学構造式(1)にある二つの官能基(アルキルエステル)は、アルキル基中の炭素数(x、y)が同じでも、異なっていてもよい。通常、その炭素数を同数(x=y)にすると、潤滑剤の合成が容易になる。
【0021】
化学構造式(1)に示す分子例(R=C1835)は、例えば、プロトン核磁気共鳴分光法(H-NMR)で分析したとき、下記の化学構造式(2)中にあるHa、Hb、Hcを示すスペクトルの化学シフト値がそれぞれ、3.7ppm付近、2.7ppm付近、5.4ppm付近となり得る。
【0022】
【化2】
【0023】
《有機膜》
潤滑剤が供給された摺動面上に、その潤滑剤に由来した有機膜が形成され得る。この有機膜は、化学構造式(1)に示す分子のみで形成されたものでもよいし、その分子がその周囲にある分子(例えば基油の構成分子)等と反応して生成されたものでもよい。その生成機序は定かではないが、潤滑剤の分子中にある二つの官能基(アルキルエステル)が摺動面(基材表面)に強固に素早く吸着して、摺動特性に優れる有機膜が形成されると考えられる。
【0024】
有機膜の存否は、例えば、潤滑剤に接した摺動面を飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF-SIMS)で正イオンスペクトル分析して得られるプロファイル(スペクトルの位置と大きさ)に基づいて、判定され得る。TOF-SIMSによる検出感度(ピーク強度/ピーク面積)はサンプル毎に変動し易い。サンプル毎に得られる特定のピークの強度(基準面積)を基準として、他のピークの強度(面積)を評価する(つまり基準面積で規格化する)ことにより、有機膜の定量的な分析も可能となる。
【0025】
《潤滑組成物/摺動機械》
潤滑組成物として、例えば、基油に潤滑剤を添加したエンジンオイルやミッションオイル(ATF含む。)がある。摺動機械として、例えば、エンジンや変速機等がある。本発明の潤滑剤は、有機系の吸着膜を摺動面に素早く形成し得るため、低粘度の潤滑組成物や低温域で運転される摺動機械(例えば、変速機、ハイブリッド車専用の内燃機関等)等にも好適である。
【0026】
潤滑剤の配合量は適宜調整され得るが、潤滑組成物全体に対して、例えば、0.001~10質量%、0.01~5質量%さらには0.1~3質量%程度添加される。潤滑組成物は、化学構造式(1)に属する複数種の分子(炭素数(分子量)、構造(異性体を含む。)等が異なる分子)を含んでもよい。その潤滑組成物には、本発明の潤滑剤以外の添加剤等が含まれてもよい。
【実施例0027】
潤滑剤等に関する具体例を示しつつ本発明をより詳細に説明する。
【0028】
《潤滑剤》
(1)合成
図1に示すように、塩化オレイル(C1835Cl/)を出発原料として、潤滑剤となるオレイルアミンビスメチルエステル(C2241NO/R=C1835、x=y=1)を合成した。詳細は次の通りである。
【0029】
フラスコ(500ml)に、(I)塩化オレイル:19.37g(67.5mmol)、(II)イミノニ酢酸ジメチル塩酸塩(C11NO+HCl):15.98g(81.0mmol)および脱水アセトニトリル(CHCN):180mlを入れて、アルゴン雰囲気下で撹拌した。
【0030】
ここに、炭酸水素カリウム(KHCO):21.63g(216.0mmol)、ヨウ化カリウム(KI):1.12g(6.75mmol)を加えて加熱還流を48時間行なった。
【0031】
得られた反応液を冷却後、酢酸(C):約13mlを加えて、反応液を中和した。そこに、水:200mlを加えて、酢酸エチル(C):200mlによる抽出を2回行なった。
【0032】
得られた有機層を乾燥剤:無水硫酸ナトリウム(NaSO)で乾燥した。その乾燥剤を濾別して得られた濾液をエバポレーターで濃縮した。濃縮物をシリカゲルカラム精製(トルエン/アセトン=20/1~10/1)した。こうして、無色の液体からなる(III)オレイルアミンビスメチルエステル(単に「ジエステル体」という。):13.79g(49.7%)を得た。
【0033】
(2)構造解析
合成したジエステル体をH-NMR分析して得られたスペクトルを図2に示した。溶媒には重メタノール(CDOD)を用いた。分析は、株式会社ナード研究所において、日本電子株式会社製FT-NMRを用いて、測定周波数400(399.65)MHzで実施した。
【0034】
図2に示したスペクトルから明らかなように、(a)3.7ppm付近、(b)2.7ppm付近、(c)5.4ppm付近にそれぞれ、オレイルアミンのジエステル構造(H、H、H)に特徴的なピークが検出された。
【0035】
《検証》
合成したジエステル体の摺動特性を次のような摩耗試験により検証した。
【0036】
(1)潤滑油
炭化水素系基油(GroupIIIベースオイル/Lubricants社製YUBASE2、SK)に、ジエステル体を0.04mol/kgの割合で配合して潤滑油(潤滑組成物)を調製した(試料1)。
【0037】
比較のため、そのジエステル体に替えて、オレイルアミン(Sigma-Aldrich社製O7805)を同割合で配合した潤滑油(試料C1)と、オレイン酸メチル(東京化成工業株式会社製O0055)を同割合で配合した潤滑油(試料C2)も調製した(試料C1)。なお、添加量を質量換算すると、試料1:1.65質量%、試料C1::1.07質量%、試料C2:1.19質量%となる。
【0038】
(2)摩耗試験
各潤滑油(供試油)を用いて、図3に示すクロスピン摩耗試験を行った。摩耗試験は、回転するピンに、別なピンを直交状に押し当てて、点接触状態で純すべり摺動させる。両ピンは、円柱状(φ20mm)の浸炭処理された鋼材(SCM420)からなり、表面硬さは720~850Hvであった。ピンは全長150mmであるが、分析に供される中央部分(長さ10mm)は分割式(交換式)となっている。
【0039】
試験条件は図3に併せて示した。すなわち、両ピン間の押圧荷重:20N(試験開始時の最大ヘルツ面圧:約800MPa)で一定とした。滑り速度は、1.2m/Sで45分間保持した後、1.0m/S、0.7m/S、0.5m/S、0.3m/S、0.2m/S、0.1m/Sの降順で減速させた。減速開始以降、各滑り速度の保持時間は3分間とした。
【0040】
摺動部には、各潤滑油を60℃(一定)に加熱して、ロータリーポンプで約5mL/minの割合で供給した。再現性を確認するため、潤滑油毎に同試験を3回繰返した。それらの平均値により、それぞれの潤滑剤(試料)の摺動特性を評価した。
【0041】
(3)摩耗痕
各潤滑油を用いた摩耗試験後の固定ピン側の摩耗痕の外観写真(一例)と、その摩耗痕幅(3つの平均値)を図4に併せて示した。なお、摩耗痕幅は、固定ピンの表面に形成された短手方向(回転ピンの長手方向)の最大長である。
【0042】
図4から明らかなように、試料1が最も摩耗痕が小さく、表面荒れも少なかった。試料1は試料C1に対して、摩耗痕幅が約41%減少した。試料C1と試料C2の比較から、主鎖(オレイル基)の末端に吸着基(メチルエステル基)があると、摺動性(耐摩耗性や吸着性等)が向上することがわかった。さらに、試料1と試料C2の比較から、その吸着基(メチルエステル基)が末端に一つよりも二つあると、摺動性がさらに向上することもわかった。
【0043】
なお、他の試料よりも摩耗痕が小さかった試料1の場合、摺動面間に作用していた実質的な圧力が増大していたにも拘わらず、摺動面上に有機系膜が安定的に形成されて、優れた摺動性を発揮したと考えられる。
【0044】
ちなみに、上述した摩耗試験では、すべり速度を段階的に変化させることにより、摩擦係数のすべり速度依存性も併せて評価した。いずれの試料(潤滑油)を用いたときでも、すべり速度に対する摩擦係数の変化は殆どなかった。
【0045】
《補足》
(1)上述した結果を踏まえて、ビスアルキルエステル(官能基)のアルキル鎖長(化学構造式(1)のx、y)の影響について、分子計算ソフトウェア(ダッソー・システムズ株式会社製Materials Studio/Forcite Plus)を用いて、分子動力学法(MD)により検討した。具体的にいうと、図5に示すように、オレイルアミンビスメチルエステル(試料1:x=y=1)、オレイルアミンビスプロピルメチルエステル(試料2:x=y=3)およびオレイルアミン(試料C1)を、それぞれ基油に混合した混合オイル系について、基材表面への吸着性を評価した。なお、オレイルアミンは、汎用的な摩擦調整剤であり、吸着性の基準として相応しい。
【0046】
(2)計算法の概略は次の通りである。先ず、基材表面には、代表的な酸化状態を想定して、FeO(110)面モデルを採用した。FeO(110)面モデルには、最表面近傍の原子配列と表面電荷を正確に再現すべく、密度汎関数理論(DFT)に基づいたab initio(第一原理)量子力学計算ツール(Materials StudioのCASTEP)で計算した構造最適化と電荷分布を反映させた。基材表面の厚さは、FeO(110)6層分(18.31Å)とした。その広さは、添加剤2分子が横に並べられるサイズ(X方向長さ:49.44Å、Y方向長さ:49.53Å)とした。
【0047】
各添加剤:20分子と基油(イソデカン:C10H22):180分子からなる混合オイル系モデル(密度:0.8g/cm)を、Amorphous Cell計算により作成した。
【0048】
各混合オイル系モデルを、上下2つのFeO(110)面で挟んだ3層モデルを作成した。3層モデルは、上層側FeO(110)面の上側に、真空層(厚さ20Å)を設けた3次元周期構造とした。このモデルを用いて、FeO(110)面の全原子を拘束して、Forcite Plus による初期の構造最適化計算後、Forcite Dynamics により分子動力学計算を行った。温度は373K(100℃)、計算時間は20nsとした。
【0049】
(3)各混合オイル系モデルについて得られた初期状態と20ns経過後の状態とを、図6A図6C(これらを併せて単に「図6」という。)にそれぞれ示した。
【0050】
20ns経過後における基材表面付近に分布している添加剤(分子)の多寡により、各添加剤の吸着性を評価した。図6から明らかなように、試料1および試料2は、試料C1よりも、添加剤分子の基材表面(摺動面)への吸着割合が多かった。
【0051】
さらに試料1は試料2よりも、その吸着割合が多かった。つまり、オレイルアミンに結合している官能基(アルキルエステル)のアルキル鎖長が短い試料1(x=y=1)の方が、そのアルキル鎖長の長い試料2(x=y=3)よりも、吸着性に優れることもわかった。これは、試料1は試料2によりも基油中で立体障害等を生じ難く、基材表面に吸着し易くなったためと推察される。
【0052】
ちなみに、基材表面をFe(001)面モデルにして同様な計算を行なったところ、FeO(110)面モデルを採用した場合と、吸着性の序列が同じ(同傾向)であった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6A
図6B
図6C