(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024176480
(43)【公開日】2024-12-19
(54)【発明の名称】車両の制御装置
(51)【国際特許分類】
F16H 61/02 20060101AFI20241212BHJP
F16H 59/68 20060101ALI20241212BHJP
F16H 61/12 20100101ALI20241212BHJP
【FI】
F16H61/02
F16H59/68
F16H61/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023095034
(22)【出願日】2023-06-08
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083998
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邉 丈夫
(74)【代理人】
【識別番号】100096644
【弁理士】
【氏名又は名称】中本 菊彦
(72)【発明者】
【氏名】川端 千加良
(72)【発明者】
【氏名】松浦 徹
【テーマコード(参考)】
3J552
【Fターム(参考)】
3J552MA02
3J552MA12
3J552NA01
3J552NB01
3J552PA58
3J552PA70
3J552PB06
3J552QA44C
3J552SA07
3J552SA52
3J552TB11
3J552VA34W
3J552VA48Z
3J552VA74W
(57)【要約】
【課題】オイルの吸入口から空気を吸ってしまった場合であっても、車両に意図しない挙動が発生することを抑制することが可能な車両の制御装置を提供する。
【解決手段】オイルパンのオイルを吸い上げるオイルポンプと、オイルポンプが吐出した油圧を所定の元圧に調圧するとともに前記元圧を調圧した係合圧によって選択的に係合することが可能な複数の係合機構と、複数の係合機構により複数の変速段を設定する自動変速機と、を備えた車両の制御装置であって、コントローラは、オイルポンプがオイルパンからオイルを吸い上げるときに、空気を吸い込む可能性が高いことを判定するための所定の条件を満たす場合(ステップS1ないしステップS5でYES)には、所定の変速段を設定する所定の係合機構に供給する係合圧の上限値を、所定の条件を満たさない場合よりも小さくかつ元圧より小さい値に設定する(ステップS6)。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関と、駆動輪と、オイルパンに滞留しているオイルを吸い上げるオイルポンプと、前記オイルポンプが吐出した油圧を所定の元圧に調圧するとともに前記元圧を調圧した係合圧が供給されることにより選択的に係合することが可能な複数の係合機構と、前記内燃機関と前記駆動輪との間に連結され、前記複数の係合機構が係合もしくは解放されることにより複数の変速段を選択的に設定することができる自動変速機と、を備えた車両の制御装置であって、
前記複数の係合機構に供給する前記油圧を制御するコントローラを備え、
前記コントローラは、
前記オイルポンプが前記オイルパンから前記オイルを吸い上げるときに、空気を吸い込む可能性が高いことを判定するための所定の条件を満たすか否かを判定し、
前記所定の条件を満たす場合には、前記所定の変速段を設定する所定の係合機構に供給する係合圧の上限値を、前記所定の条件を満たさない場合よりも小さくするとともに、前記元圧より小さい値に設定する
ことを特徴とする車両の制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両の制御装置であって、
前記複数の係合機構は、伝達トルク容量を連続的に変更可能に構成され、
前記係合圧の上限値は、前記所定の係合機構に供給される前記元圧に、所定の係数を乗算することにより求められ、
前記所定の係数は、前記所定の係合機構に供給される前記係合圧が前記元圧である場合と前記係合圧が前記上限値である場合とで、前記所定の係合機構における前記伝達トルク容量を維持することができるような値に設定されている
ことを特徴とする車両の制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載の車両の制御装置であって、
前記コントローラは、
前記所定の係合機構に供給される前記係合圧が前記元圧であるときの前記伝達トルク容量を維持することが可能な前記係合圧の下限値に、予め定められた安全率を乗算した値を算出し、
前記係合圧の上限値を、前記算出された値以上となるように設定する
ことを特徴とする車両の制御装置。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか一項に記載の車両の制御装置であって、
前記内燃機関の出力軸と前記自動変速機の入力軸との間に設けられたトルクコンバータをさらに備え、
前記所定の条件は、前記トルクコンバータの出力トルクが所定の閾値以上であることを含む
ことを特徴とする車両の制御装置。
【請求項5】
請求項1ないし3のいずれか一項に記載の車両の制御装置であって、
前記所定の条件は、前記複数の変速段のうち前進段における最も変速比が大きい変速段が目標変速段として設定されていることを含む
ことを特徴とする車両の制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の係合機構によって複数の変速段を設定可能な変速機において、その複数の係合機構を係合もしくは解放するための油圧を制御するための装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、低油温時にオイルポンプが空気を吸ってしまうエア吸いが生じることを防止しつつ、高速段時に回転部材が油を攪拌することによる損失の発生を抑制することを目的とした自動変速機の制御装置が開示されている。特許文献1の装置は、動力伝達装置を構成する回転部材の下方に設けられ、変速機内を循環するオイルを回収する第1の油溜まりと、回転部材と離隔し、流れを制限しながら第1の油溜まりへオイルを戻す油孔を有する第2の油溜まりとを有する。特許文献1の装置では、高速段が設定されているときにのみ第2の油溜まりに油を供給するとともに、油温が低いときには高速段の設定を禁止するように構成されている。つまり、特許文献1の装置は、油温が低いときには高速段の設定が禁止されるので、第2の油溜まりには油は供給されず、油は第1の油溜まりのみに溜められる。そのため、特許文献1には、油温が低い時には第2の油溜まりに油を供給しないことにより第1の油溜まりには十分な量の油が溜めることができるので、オイルポンプのエア吸いが発生することを抑制することができる、と記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の装置では、高速段時以外には油を第1油溜まりのみに溜めるので、低油温時における油面レベルの低下に起因したエア吸いだけでなく、相対的に加速度の大きい低速段における車両の加速に起因したエア吸いも抑制することができる、としている。しかしながら、エア吸いは、車両が坂道を走行したり、車両に大きな加速度が発生したりすることなどの複合的な要因によって生じる可能性があり、また、油量を増大させるとしても上限があるので、油温がある程度高くなっていても不可避的に生じてしまう可能性がある。つまり、特許文献1の装置のように対策をしたとしても、上述したような要因が複合的に発生することなどによって、油温が常用域に近い温度であったとしても、エア吸いが発生してしまう可能性がある。エア吸いが発生した場合には、油圧が不足することにより所定の係合機構を係合することができなくなってエンジン回転数が吹き上がったり、一度下がった油圧が元の圧力に戻ることによる係合機構の意図しない急な係合が生じてしまったりする可能性があり、加速度の低下やショックが発生するなど、車両に意図しない挙動が発生するおそれがあった。
【0005】
本発明は、上記の技術的課題に着目してなされたものであって、オイルの吸入口から空気を吸い上げてしまった場合であっても、車両に意図しない挙動が発生することを抑制することが可能な車両の制御装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記の目的を達成するために、内燃機関と、駆動輪と、オイルパンに滞留しているオイルを吸い上げるオイルポンプと、前記オイルポンプが吐出した油圧を所定の元圧に調圧するとともに前記元圧を調圧した係合圧が供給されることにより選択的に係合することが可能な複数の係合機構と、前記内燃機関と前記駆動輪との間に連結され、前記複数の係合機構が係合もしくは解放されることにより複数の変速段を選択的に設定することができる自動変速機と、を備えた車両の制御装置であって、前記複数の係合機構に供給する前記油圧を制御するコントローラを備え、前記コントローラは、前記オイルポンプが前記オイルパンから前記オイルを吸い上げるときに、空気を吸い込む可能性が高いことを判定するための所定の条件を満たすか否かを判定し、前記所定の条件を満たす場合には、前記所定の変速段を設定する所定の係合機構に供給する係合圧の上限値を、前記所定の条件を満たさない場合よりも小さくするとともに、前記元圧より小さい値に設定することを特徴とするものである。
【0007】
また、本発明において、前記複数の係合機構は、伝達トルク容量を連続的に変更可能に構成され、前記係合圧の上限値は、前記所定の係合機構に供給される前記元圧に、所定の係数を乗算することにより求められ、前記所定の係数は、前記所定の係合機構に供給される前記係合圧が前記元圧である場合と前記係合圧が前記上限値である場合とで、前記所定の係合機構における前記伝達トルク容量を維持することができるような値に設定されていてよい。
【0008】
また、本発明において、前記コントローラは、前記所定の係合機構に供給される前記係合圧が前記元圧であるときの前記伝達トルク容量を維持することが可能な前記係合圧の下限値に、予め定められた安全率を乗算した値を算出し、前記係合圧の上限値を、前記算出された値以上となるように設定するように構成されていてよい。
【0009】
また、本発明において、前記内燃機関の出力軸と前記自動変速機の入力軸との間に設けられたトルクコンバータをさらに備え、前記所定の条件は、前記トルクコンバータの出力トルクが所定の閾値以上であることを含むように構成されていてよい。
【0010】
さらに、本発明において、前記所定の条件は、前記複数の変速段のうち前進段における最も変速比が大きい変速段が目標変速段として設定されていることを含むように構成されていてよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明の車両の制御装置では、オイルパンに滞留するオイルをオイルポンプによって吸い上げたことにより油圧を発生させ、その油圧を所定の元圧に調圧するとともに、その元圧を調圧した係合圧によって複数の係合機構を係合もしくは解放することにより、複数の変速段を設定可能な自動変速機を備えている。車両の制御装置は、所定の変速段を設定するためにオイルパンからオイルを吸い上げるときに、空気を吸い込む、いわゆるエア吸いが発生する可能性が高いことを判定するための所定の条件を満たすか否かを判定する。そして、その所定の条件を満たす場合には、所定の変速段を設定する所定の係合機構を係合するために供給する係合圧の上限値を、所定の条件を満たさない場合よりも小さくするとともに、元圧よりも小さい値に設定するように構成されている。すなわち、本発明の車両の制御装置では、エア吸いが発生する可能性が高い場合には、所定の係合機構に供給する係合圧を元圧よりも低下させるように構成されている。そのため、エア吸いが発生して一時的に供給される油圧が低下したとしても、その所定の係合機構に係合圧を供給するために設けられているバルブに、切り替え動作しないなどの事態が生じることを防止もしくは抑制することができる。したがって、そのような事態に起因して、エンジン回転数が吹き上がったり、目標変速段を設定することができなかったりしてしまうことを防止もしくは抑制することができる。
【0012】
また、所定の係合機構に供給される係合圧の上限値は、元圧に所定の係数を乗算することにより求められ、その所定の係数は、所定の係合機構に供給される係合圧が元圧である場合と、係合圧が上限値である場合とで、所定の係合機構における伝達トルク容量を維持することができるような値に設定されている。そのため、所定の係合機構に供給される係合圧が元圧から上限値の油圧まで小さくなったとしても、所定の係合機構における伝達トルク容量が維持されるので、所望する変速段を適切に設定して車両が走行することができる。
【0013】
また、所定の係合機構に供給する係合圧の上限値を設定するときの下限値として、係合圧が元圧であるときの伝達トルク容量を維持することが可能な油圧の下限値に、予め定められた安全率をさらに乗算することにより求められた値を設定するように構成されている。そのため、エア吸いによって所定の係合機構に供給可能な係合圧が大幅に小さくなった場合であっても、それに応じて上限値が下がることにより、所定の係合機構における伝達トルク容量が低下して所定の変速段を設定することができない事態などを防止もしくは抑制することができる。また、エア吸いは、比較的短時間のみ発生するので、そのように上限値の下限を設けたとしても、所定の係合機構に供給する係合圧を低下させているので、上限値を設定していない場合と比較して、車両の挙動が悪化するなどの事態を抑制することができる。
【0014】
また、トルクコンバータの出力トルクが所定の閾値以上である場合には、所定の係合機構に供給する係合圧の上限値を設定するように構成されている。さらに、複数の変速段のうち前進段における最も変速比が大きい変速段が目標変速段として設定されている場合には、上述した所定の係合機構に供給する係合圧の上限値を設定するように構成されている。トルクコンバータの出力トルクが所定の閾値以上である場合や前進段における最も変速比が大きい変速段が目標変速段として設定されている場合には、車両の加速度が大きくなる、あるいは、大きくなりやすく、エア吸いが発生する可能性が高いので、そのような場合に係合圧の上限値を設定することにより、エア吸いによる内燃機関の吹き上がりなどを防止もしくは抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の実施形態における自動変速機の制御装置を備えた車両の一例を説明するためのスケルトン図である。
【
図2】コントローラの一例を説明するためのブロック図である。
【
図3】本発明の実施形態における自動変速機の制御装置によって実行される制御の一例を説明するためのフローチャートである。
【
図4】
図2に示す制御を実行した場合の第1クラッチの指示圧、ライン圧の指示圧、第1クラッチの実油圧およびタービントルクの時間ごとの変化を説明するためのタイムチャートである。
【
図5】所定の係合機構における係合圧の上限値について説明するための説明図である。
【
図6】所定の係合機構における係合圧の上限値を設定するときの、ライン圧の下限値について説明するための説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を図に示す実施形態に基づいて説明する。なお、以下に説明する実施形態は本発明を具体化した場合の一例に過ぎないのであって、本発明を限定するものではない。
【0017】
本発明の実施形態における車両Veの一例を
図1を参照して説明する。
図1に示す車両Veは、この発明の実施形態における「内燃機関」に相当するエンジン(Eng)1と、そのエンジン1と図示しない駆動輪との間に設けられかつ出力回転数に対する入力回転数である変速比を、複数の係合機構のそれぞれを係合もしくは解放することによって複数設定することができる自動変速機2とが、エンジン1の回転中心軸線上に並んで配置されている。
【0018】
エンジン1は、従来知られたガソリンエンジンやディーゼルエンジンなどと同様に構成することができる。すなわち、供給される燃料と空気との混合気を燃焼することにより駆動トルクを出力し、また、その混合気の燃焼を停止することにより、フリクショントルクやポンピングロスなどに応じた制動トルクを出力することができるように構成されている。
【0019】
エンジン1の出力軸3には、トルクコンバータ4が連結されている。このトルクコンバータ4は、従来のトルクコンバータと同様に構成されている。すなわち、トルクコンバータ4は、エンジン1に連結されたポンプインペラー5と、ポンプインペラー5に対向して配置されたタービンランナー6と、ポンプインペラー5とタービンランナー6との間に配置されかつワンウェイクラッチ7を介してケース8に連結されたステータ9とによって構成されている。
【0020】
また、トルクコンバータ4には、エンジン1の出力をトルクコンバータによって増幅することなく自動変速機2に伝達するためのロックアップクラッチ10が設けられている。ロックアップクラッチ10は、エンジン1の出力軸3とタービンランナー6とを係合することができるように構成されている。このロックアップクラッチ10は、従来のロックアップクラッチと同様に構成することができる。すなわち、ロックアップクラッチ10は、エンジン1とタービンランナー6との回転数差を適宜変更することができるように構成されている。
【0021】
上記のタービンランナー6の出力軸11には、有段式の自動変速機2の入力軸12が連結されている。
図1に示す自動変速機2は、後進段やニュートラルの他に、前進第1速段から前進第8速段の変速段を設定することができるように構成されている。具体的には、自動変速機2は、ダブルピニオン型の遊星歯車機構13と、ラビニョ型の遊星歯車機構14と、上述した複数の係合機構である油圧式の摩擦係合装置である四つのクラッチ機構C1,C2,C3,C4、および、二つのブレーキ機構B1,B2とによって構成されている。
【0022】
ダブルピニオン型の遊星歯車機構13は、回転中心軸線上においてトルクコンバータ4を挟んでエンジン1とは反対側に配置され、ケース8に固定されたサンギヤ15と、そのサンギヤ15と同心円上に配置されたリングギヤ16と、サンギヤ15に噛み合う内側ピニオンギヤ17と、内側ピニオンギヤ17およびリングギヤ16に噛み合う外側ピニオンギヤ18と、内側ピニオンギヤ17および外側ピニオンギヤ18を自転および公転可能に保持するキャリヤ19とによって構成されている。そのキャリヤ19には、自動変速機2の入力軸12が連結されている。すなわち、キャリヤ19にエンジン1トルクが伝達されるように構成されている。
【0023】
ラビニョ型の遊星歯車機構14は、ダブルピニオン型の遊星歯車機構13を挟んでトルクコンバータ4とは反対側に配置され、相対的に大径の第1サンギヤ20と、その第1サンギヤ20と並んで配置されかつ第1サンギヤ20よりも小径の第2サンギヤ21と、第1サンギヤ20と同心円上に配置されたリングギヤ22と、第2サンギヤ21に噛み合うショートピニオンギヤ23と、ショートピニオンギヤ23、第1サンギヤ20、およびリングギヤ22に噛み合うロングピニオンギヤ24と、ショートピニオンギヤ23およびロングピニオンギヤ24を自転および公転可能に保持するキャリヤ25とによって構成されている。なお、リングギヤ22には、図示しないデファレンシャルユニットなどの出力部材に噛み合う出力ギヤ26が連結されている。
【0024】
第1クラッチ機構C1は、リングギヤ16と第2サンギヤ21とを選択的に連結するように構成されている。第2クラッチ機構C2は、入力軸12とキャリヤ25とを選択的に連結するように構成されている。第3クラッチ機構C3は、リングギヤ16と第1サンギヤ20とを選択的に連結するように構成されている。第4クラッチ機構C4は、キャリヤ19と第1サンギヤ20とを選択的に連結するように構成されている。また、第1ブレーキ機構B1は、第1サンギヤ20を選択的に固定するように構成されている。第2ブレーキ機構B2は、キャリヤ25を選択的に固定するように構成されている。自動変速機2は、それらの係合機構を選択的に係合することによって、上述した変速段のうちのいずれかの変速段を設定するように構成されている。なお、以下の説明では、各クラッチ機構C1,C2,C3,C4および各ブレーキ機構B1,B2をいずれかを説明する場合に、単に係合機構と称して説明する場合がある。
【0025】
上記の前進第1速段から前進第8速段の各変速段は、係合機構の係合状態と解放状態とを制御することにより設定される。各変速段と、各クラッチ機構C1,C2,C3,C4および各ブレーキ機構B1,B2の係合および解放の状態とを以下の表1に示してある。表1中における「○」のシンボルは係合している状態を示し、空欄は解放している状態を示している。なお、表1では、後進段やニュートラルについては図示を省略している。
【表1】
【0026】
表1に示すように、各前進段は、第1クラッチ機構C1および第2クラッチ機構C2のいずれか一方と、第3クラッチ機構C3、第4クラッチ機構C4および各ブレーキ機構B1,B2のうちいずれか一つとが係合されることにより設定される。
【0027】
具体的には、第1クラッチ機構C1および第2ブレーキ機構B2を係合することにより前進第1速段が設定される。第1クラッチ機構C1および第1ブレーキ機構B1を係合することにより前進第2速段が設定される。第1クラッチ機構C1および第3クラッチ機構C3を係合することにより前進第3速段が設定される。第1クラッチ機構C1および第4クラッチ機構C4を係合することにより前進第4速段が設定される。第1クラッチ機構C1および第2クラッチ機構C2を係合することにより前進第5速段が設定される。第2クラッチ機構C2および第4クラッチ機構C4を係合することにより前進第6速段が設定される。第2クラッチ機構C2および第3クラッチ機構C3を係合することにより前進第7速段が設定される。第2クラッチ機構C2および第1ブレーキ機構B1を係合することにより前進第8速段が設定される。
【0028】
そのため、上記の前進第1速段から前進第5速段の間で変速段を変更する変速時には、共通して係合する第1クラッチ機構C1の係合を維持し、クラッチ機構C3,C4もしくはブレーキ機構B1,B2のうちいずれか一つの伝達トルク容量を低下させつつ、いずれか他の伝達トルク容量を次第に増加させる。同様に前進第5速段から前進第8速段の間で変速段を変更する変速時には、共通して係合する第2クラッチ機構C2の係合を維持し、クラッチ機構C3,C4もしくはブレーキ機構B1,B2のうちいずれか一つの伝達トルク容量を低下させつつ、いずれか他の伝達トルク容量を次第に増加させる。すなわち、従来の有段式の自動変速機2と同様にクラッチツウクラッチ制御によって変速するように構成されている。
【0029】
そのような変速制御は、従来知られている変速制御と同様であり、アクセル開度と車速とに応じて各変速段の領域を定めた変速マップを予め用意し、アクセル開度と車速とが、各領域を定めている線(変速線)を横切って変化した場合に、変速が実行される。したがって、アクセル開度などの要求駆動力と車速もしくはこれに相当する回転部材の回転数とによって目標変速段が決まり、その目標変速段を設定するように各クラッチ機構C1,C2,C3,C4および各ブレーキ機構B1,B2が係合および解放させられる。その変速制御は、変速段を1段ずつ変化させる制御だけでなく、2段以上離れた変速段へのいわゆる飛び変速や、飛び変速の際に中間の変速段(中間段)を経由して目標変速段を設定するいわゆる多重変速などの制御も可能である。
【0030】
また、各クラッチ機構C1,C2,C3,C4および各ブレーキ機構B1,B2は、油圧式の係合機構によって構成されている。つまり、各クラッチ機構C1,C2,C3,C4および各ブレーキ機構B1,B2は、油圧を制御することによって係合と解放との間で切り替えられることにより、伝達するトルク容量を変化させることができるように構成されている。
【0031】
そのような各クラッチ機構C1,C2,C3,C4および各ブレーキ機構B1,B2を係合および解放させる制御は、従来知られている油圧制御装置27によって行われる。油圧制御装置27は、いずれも図示は省略するが、複数の油路が形成されたバルブボディや、複数のレギュレータバルブ、複数のリニアソレノイドバルブ等を有し、オイルポンプからの油圧を調圧して各クラッチ機構C1,C2,C3,C4および各ブレーキ機構B1,B2に係合圧を供給する。以下に、油圧制御装置27の一例について説明する。
【0032】
油圧制御装置27は、機械式あるいは電動式のオイルポンプによって、自動変速機2の下部等に配置されたオイルパンに滞留しているオイルを、ストレーナを介して吸い上げる。その吸い上げられたオイルは、プライマリーレギュレータバルブなどのライン圧コントロールバルブによってオイルポンプのオイル吐出圧からライン圧に調圧される。ライン圧コントロールバルブには、リニアソレノイドバルブが接続されており、そのリニアソレノイドバルブは、一定の油圧であるモジュレータ圧を元圧として、エンジン1のスロットル開度などに基づく信号圧を出力する。なお、モジュレータ圧は、モジュレータバルブによってライン圧が所定圧以上になるとスプリングの付勢力に応じて調圧されることにより出力される。
【0033】
油圧制御装置27には、上述したように調圧されたライン圧が供給されるコントロールバルブが設けられている。コントロールバルブは、油路を介してライン圧が供給されることにより、内部に設けられているスプリングの弾性力に抗してスプールが軸線方向の一端側に作動される。そのようにスプールが作動することにより、供給されているライン圧に応じた油圧が、各クラッチ機構C1,C2,C3,C4および各ブレーキ機構B1,B2のそれぞれに設けられている各ソレノイドバルブに供給される。反対に、ライン圧の供給が停止すると、スプリングの弾性力によってスプールが軸線方向の他端側である元の位置に戻る。その場合には、その各ソレノイドバルブへのライン圧の供給が遮断されるように構成されている。
【0034】
また、各クラッチ機構C1,C2,C3,C4および各ブレーキ機構B1,B2のそれぞれには、油圧アクチュエータが設けられており、各リニアソレノイドバルブによって調圧された油圧が係合機構の係合圧としてその各油圧アクチュエータに供給されるように構成されている。なお、第1クラッチ機構C1のリニアソレノイドバルブに油圧を供給する油路には、オリフィスが設けられている。第1クラッチ機構C1は、前進第1速段を形成するために係合されるので、駐車時などに前進と後進とを複数回切り替えるいわゆるガレージシフトが実行されたときに、オリフィスによって第1クラッチ機構C1に対応するソレノイドバルブから油圧が低下する速度を遅らせて、油圧の応答遅れが生じることを抑制するように構成されている。
【0035】
図2には、上記のエンジン1、各クラッチ機構C1,C2,C3,C4、および各ブレーキ機構B1,B2を制御するための電子制御装置(以下、単にECUと記す)28の構成を説明するためのブロック図を示してある。このECU28は、この発明の実施形態における「コントローラ」に相当するものであり、マイクロコンピュータを主体にして構成されている。ECU28は、車両Veに搭載された種々のセンサからデータが入力され、その入力されたデータと、予め記憶されているマップや演算式などとに基づいて、エンジン1、各クラッチ機構C1,C2,C3,C4、各ブレーキ機構B1,B2および油圧制御装置27に指令信号を出力するように構成されている。
【0036】
ECU28に入力されるデータの一例を
図2に示してある。具体的には、車速、アクセル開度、エンジン1の出力軸3の回転数(エンジン1回転数)、エンジン1の出力トルク、トルクコンバータ4の出力軸11の回転数(すなわち、自動変速機2の入力回転数)、出力ギヤ26の回転数である出力回転数、シフトレバーによって選択されるシフトレンジ、各クラッチ機構C1,C2,C3,C4および各ブレーキ機構B1,B2を選択的に係合するための係合圧を発生させるオイルの温度などのデータが、ECU28に入力される。ECUは、その入力されたデータに基づいて、エンジン1の出力や各クラッチ機構C1,C2,C3,C4および各ブレーキ機構B1,B2の係合もしくは解放、油圧制御装置27からオイルの必要な部位に供給する油量や油圧などを制御する。
【0037】
このように構成された自動変速機2の制御装置では、車両Veの走行状態に応じて自動変速機2において変速段を設定する際に、上述したように油圧を制御することによって目標の変速段が設定される。そのような制御を実行するための油圧は、オイルパンに滴下したオイルをオイルポンプによって吸い上げることによって必要な部位に供給される。そのため、主に、油温がオイルの常用域における油温より低いときに、車両Veが傾斜している走行路を走行している場合や、車両Veの加速度あるいは減速度が大きく変化した場合などには、オイルパンに滞留しているオイルに偏りが生じる可能性がある。その場合には、オイルポンプの吸入口がオイルパンの油面から露出してしまい、オイルポンプが空気を吸ってしまう、いわゆるエア吸いが生じる可能性がある。エア吸いが生じた場合にはライン圧が低下してしまうので、例えば、コントロールバルブが切り替え動作しないなどの事態が生じてしまうなどの事象によって、特定のソレノイドバルブへの油圧が一時的に急激に低下し、対応する係合機構を係合することができないなどの事態が生じる可能性がある。
【0038】
そのようなエア吸いが生じないようにするには、上述したように、オイルの量を増大させたり、オイルポンプの吸入口の位置や向き、あるいは、オイルパンの形状を変えるなどの構造を変更したりすることが考えられる。しかしながら、車両Veの構造上、そのような変更が困難であることや、オイルの量を増大させたとしても、例えば傾きの大きな路面で急発進するなど、複数の要因が重なってしまうことなどにより、オイルの温度が常用域の温度に近い温度であっても、エア吸いが発生してしまうことがある。そこで、本発明では、ライン圧が低下した場合に、そのライン圧の低下による各クラッチ機構C1,C2,C3,C4および各ブレーキ機構B1,B2へのオイルの不足を抑制するために、エア吸いが発生する可能性が高い場合には、各クラッチ機構C1,C2,C3,C4および各ブレーキ機構B1,B2に供給される係合圧を予め小さくするように構成されている。すなわち、油圧を供給する部位に必要な油圧をライン圧より小さい油圧で推移させることにより、エア吸いが生じたとしても直ちに車両Veに意図しない挙動が発生することを抑制するように構成されている。
【0039】
図3には、そのような制御の一例を説明するためのフローチャートが示されている。
図3に示すフローチャートは、ECU28における適宜の構成要素によって実行される。
図3に示すフローチャートは、車両Veの発進時に、現在の車両Ve状態および目標となる車両状態に基づき、エア吸いが発生する可能性がある場合に、上述した油圧の上限値を定める制御である。
【0040】
ステップS1では、車両Veが定常状態であることが判定されている。つまり、ステップS1では、車両Veにおいて変速が実行されているか否か、および、変速を実行しようとしているか否かを判定している。例えば、車両Veが停止中である場合にも、ステップS1において定常状態であると判定される。車両Veが定常状態ではないと判定されたことにより、ステップS1において肯定的に判定された場合には、以降の制御を実行することなく、このフローチャートを一旦終了する。
【0041】
反対に、車両Veが変速を実行していないことにより、定常状態であると判定された場合には、ステップS1において肯定的に判定されてステップS2に進む。処理がステップS2に進んだ場合には、シフトレンジがドライブレンジに設定されていることが判定されている。ステップS2では、例えば、車両Veに搭載されているシフトレバーの位置に対応してドライブやリバース、ニュートラルなどのシフトレンジの切り替えを行うマニュアルバルブの動作状態に基づいてシフトレンジを判定する。シフトレンジとしてリバースやニュートラルなど、ドライブレンジ以外のシフトレンジが選択されていることにより、ステップS2において否定的に判定された場合には、以降の制御を実行することなく、このフローチャートを一旦終了する。
【0042】
反対に、シフトレンジとしてドライブレンジが選択されていることにより、ステップS2において肯定的に判定された場合には、処理がステップS3に進み、変速段の判定が実行される。ステップS3では、車両Veの目標となる変速段が所定の変速段であることが判定される。所定の変速段としては、前進第1速段などの比較的車両Veの加速度が大きくなる変速段である。あるいは、油圧制御装置27の構造などにより、ライン圧が低下した場合に係合できなくなるなどの事態が生じやすい係合機構などに応じて変速段が設定されていてもよい。
【0043】
例えば、構造上、上述したコントロールバルブにおいて、ライン圧が供給されるポートとは異なる他のポートに、所定のリニアソレノイドバルブに供給されているライン圧と同等の油圧が供給され、かつ、プライマリーレギュレータバルブから他のポートまでの油路が比較的長く構成されている場合がある。その場合には、エア吸いによってライン圧が低下すると、そのライン圧の低下が直ちに他のポートに反映されず、他のポートに供給される油圧が一時的にライン圧を上回ってしまうことがある。その結果、他のバルブと比較してスプールが意図せず移動してしまう事態が生じやすくなってしまい、コントロールバルブにおいて、切り替え動作しないなどの事態が生じること、つまり、フェールが生じやすくなってしまう。
【0044】
このように、構造上、フェールが生じやすくなる係合機構が存在する場合があるので、そのような場合には、その係合機構を契合する変速段を所定の変速段として設定するように構成されていてもよい。目標変速段として、そのような所定の変速段が設定されていないことにより、ステップS3において否定的に判定された場合には、以降の制御を実行することなく、このフローチャートを一旦終了する。
【0045】
反対に、目標変速段として、所定の変速段が設定されていることにより、ステップS3において肯定的に判定された場合には、処理がステップS4に進み、タービントルク判定が実行される。ステップS4では、タービントルクが所定の閾値以上であるか否かが判定されている。タービントルクは、例えば、エンジン1の出力トルクにトルクコンバータのトルク比を乗算することにより算出される。また、所定の閾値は、オイルの量やオイルの特性、オイルパンの構造などに基づき、車両Veの加速によるエア吸いが発生する可能性があるようなタービントルクに設定されている。あるいは、予め実験やシミュレーションなどの結果に基づいて定められている。タービントルクが所定の閾値より小さいことにより、ステップS4において否定的に判定された場合には、以降の制御を実行することなく、このフローチャートを一旦終了する。
【0046】
反対に、タービントルクが所定の閾値以上であることにより、ステップS4において肯定的に判定された場合には、処理がステップS5に進み、オイルの温度が所定の領域の温度であることが判定される。所定の領域における上限の油温は、上述したようなオイルの量やオイルの特性、オイルパンの構造などに応じて、エア吸いが発生しない、あるいは、発生する可能性が低い油温に設定されている。
【0047】
また、所定の領域における下限の油温は、他のエア吸いの対策などとの兼ね合いによって設定されていて良い。上述したように、油温が極端に低い場合におけるエア吸いが生じないようにするための構造や制御はすでに実装されている場合がある。そのような対策がなされている場合には、後述するエア吸い対策の制御を実行する必要がないので、所定の領域における下限の油温は、その対策の対象から外れるような油温に設定されている。なお、それらのような所定の領域における上限の油温および下限の油温は、予め実験やシミュレーションなどの結果に基づいて定められている。オイルの温度が所定の領域から外れていることにより、ステップS5において否定的に判定された場合には、以降の制御を実行することなく、このフローチャートを一旦終了する。
【0048】
反対に、オイルの温度が所定の領域であることにより、ステップS5において肯定的に判定された場合には、処理がステップS6に進み、エア吸い対策制御が実行される。ステップS6では、上述した所定の変速段を設定するために各クラッチ機構C1,C2,C3,C4および各ブレーキ機構B1,B2を係合するために必要な係合圧を、供給可能な油圧の最大値、つまり、元圧であるライン圧より小さい値である上限値に設定する。
【0049】
通常、各係合機構を係合するときには、制御上、各係合機構に供給可能な油圧の最大値であるライン圧を供給するように制御する。すなわち、各係合機構における伝達トルク容量を確保するために必要な油圧より大きい油圧を各係合機構の各油圧アクチュエータに発生させている。ステップS6では、各係合機構に供給する係合圧の上限値として、上述したステップS1ないしステップS5の条件を満たさない場合よりも小さい値、つまり、ライン圧より小さい値に設定するように構成されている。
【0050】
具体的には、ステップS6では、その各係合機構に作用させることが可能な油圧の最大値であるライン圧に、0より大きく1より小さい所定の係数を乗算する。その所定の係数は、上限値に基づく係合圧によって各係合機構を係合させた場合であっても、各係合機構にライン圧を供給した場合の伝達トルク容量と同程度の伝達トルク容量を維持することができるような値に設定されている。ステップS6では、そのようにして求められた各係合機構の係合圧の上限値に基づいて、各係合機構への指示油圧が制御されるように構成されている。
【0051】
ステップS6におけるエア吸い対策制御について、
図4に示すタイムチャートに基づいて具体的に説明する。なお、
図4では、前進第1速段を設定する場合について説明しており、第1クラッチ機構C1が上述した所定のリニアソレノイドバルブに対応する所定の係合機構であるものとして説明する。まず、t0時点において、シフトレンジとしてドライブレンジが運転者によって選択されており、目標変速段として前進第1速段が設定されている。また、車速およびアクセル開度などに応じてエンジン1の出力トルクが増大されるので、それに伴ってタービントルクが増大される。
【0052】
前進第1速段が設定されることにより、第1クラッチ機構C1への指示油圧が最大値に設定されており、t1時点において、タービントルク、つまり、第1クラッチ機構C1への入力トルクに応じてライン圧が増大されている。t1時点では、ライン圧は、タービントルクに応じて、第1クラッチ機構C1においてスリップが生じない程度の係合圧を出力するような油圧を出力している。その後、t2時点において、第1クラッチ機構C1の油圧アクチュエータに実際に供給されている油圧が、ライン圧に応じた油圧まで増大されている。そのため、t2時点においては、第1クラッチ機構C1において伝達トルク容量が増大するので、それに伴ってタービントルクの増加率が小さくなっている。
【0053】
その後、エンジン1の出力トルクの増大に応じてタービントルクが増大し、t3時点において、タービントルクが所定の閾値以上となったことにより、第1クラッチ機構C1の伝達トルク容量を増大させるための制御と同時に、エア吸い対策制御が開始される。すなわち、t3時点では、タービントルクの増大に伴い、第1クラッチ機構C1において、スリップが生じないようにライン圧を増大させて係合圧を高めると同時に、第1クラッチ機構C1への指示油圧を低下させている。つまり、タービントルクが所定の閾値以上となったことにより、車両の加速度が大きくなり、エア吸いが発生する可能性がある。そのため、ライン圧が第1クラッチ機構C1の実油圧より高い状態にすることにより、仮にエア吸いが生じたとしても、コントロールバルブのフェールが発生することを抑制するように制御している。
【0054】
具体的には、第1クラッチ機構C1への指示油圧の上限値を、上述したようにライン圧に所定の係数を乗算した値に設定している。また、第1クラッチ機構C1への指示油圧をそのような上限値に設定する際のライン圧の下限値は、例えば、タービントルクが入力されたときに第1クラッチ機構C1にスリップが生じない最小値に、予め定めされた安全率を乗算した値となっている。そのような係合圧の上限値およびその上限値を設定する際のライン圧の下限値は、予め実験やシミュレーションなどの結果に基づいて定められており、それぞれ、
図5および
図6に示してある。
【0055】
図5は、ステップS1ないしステップS5の条件を満たしたことによりエア吸いが生じた場合に、コントロールバルブにいわゆるフェールが生じるか否かを試行した結果を示してある。
図5における縦軸が第1クラッチ機構C1の油圧アクチュエータに供給される油圧の大きさであり、横軸がライン圧(PL圧)である。
図5における破線は、第1クラッチ機構C1に供給する油圧がライン圧である場合を示してある。
図5に示すように、第1クラッチ機構C1に供給する油圧がライン圧である場合には、係合圧の大きさに関係なくコントロールバルブにフェールが生じてしまっている。そこで、第1クラッチ機構C1に供給する係合圧を次第に下げた結果、
図5に示す実線の位置を境に、エア吸いが生じたとしてもコントロールバルブにフェールが生じなくなった。したがって、その実線の位置を満たす第1クラッチ機構C1に供給する係合圧とライン圧との関係が、所定の係数として定められている。なお、
図5に示すように、ライン圧に乗算する値が所定の係数以下の値であれば、コントロールバルブにフェールは生じない。
【0056】
図6は、上述したように第1クラッチ機構C1の係合圧の上限値を設定するときのライン圧の下限値と、第1クラッチ機構C1が伝達トルク容量を確保するために必要な油圧との関係性を示している。
図6に示すように、四本の実線のうち最も下の実線は、第1クラッチ機構C1における伝達トルク容量を達成するために最低限必要な油圧の実験値である。
図6に示す四本の実線のうち下から二本目の実線は、第1クラッチ機構C1における伝達トルク容量を達成するために最低限必要な油圧の実測値である。
図6に示す四本の実線のうち上から二本目の実線は、第1クラッチ機構C1における伝達トルク容量を達成するために最低限必要な油圧の実測値に、確実に伝達トルク容量を確保するための所定の安全率を乗算した値である。
図6に示す四本の実線のうち最も上の実線は、第1クラッチ機構C1における伝達トルク容量を確保するために最低限必要な油圧の実測値に、所定の安全率および係合圧の上限値を設定するための所定の係数の逆数を乗算した値である。
【0057】
すなわち、
図6に示す最も上の実線は、上述した第1クラッチ機構C1の係合圧の上限値を設定するときのライン圧の下限値であり、その下限値よりライン圧が小さくなった場合には、第1クラッチ機構C1の係合圧の上限値をそれ以上小さくしない。言い換えれば、第1クラッチ機構C1の係合圧の上限値を設定する際の下限値が、
図6に示す上から二本目の実線に示す値以上になるように設定されている。つまり、第1クラッチ機構C1において伝達トルク容量を維持することが可能な前記係合圧の下限値に、予め定められた安全率を乗算した値以上となるように、係合圧の上限値を設定している。そのため、ライン圧が下限値より小さくなったとしても、第1クラッチ機構C1の伝達トルク容量を確保するための係合圧を維持するように油圧が制御されるので、係合圧の上限値を設定することによって第1クラッチ機構C1の係合圧が不足することを防止もしくは抑制することができる。
【0058】
その後、t4時点では、タービントルクの増大に応じて第1クラッチ機構C1に供給する油圧を増大させるために、ライン圧を増大させている。その後、t5時点では、変速が実行されることや、目標車速に到達したことなどによりタービントルクが低下しているので、それに伴って第1係合機構の指示油圧およびライン圧が低下している。そして、t6時点では、タービントルクが所定の閾値より小さくなったことにより、エア吸い対策制御が終了するので、第1クラッチ機構C1に供給する油圧の制限がなくなり、第1クラッチ機構C1の指示油圧が最大値に設定されている。
【0059】
本発明の実施形態における車両Veの制御装置によれば、前進段のうち所定の変速段が設定されているときに、タービントルクが所定の閾値以上であることなどの所定の条件が成立した場合には、エア吸い対策制御を実行する。エア吸い対策制御では、各係合機構に供給される油圧を、スリップが生じない範囲、つまり、伝達トルク容量を維持することができる範囲において低下させるように構成されている。そのため、オイルポンプにおいてエア吸いが生じてライン圧が低下したとしても、上述したようなコントロールバルブなどに供給される油圧の低下が生じにくくなる。そのため、各係合機構においてそのライン圧の低下に連動した油圧の変動が生じることを抑制できたり、コントロールバルブにおいてフェールの発生を抑制したりすることができる。したがって、所定の係合機構が係合できないことによって目標変速段が形成できなかったり、係合機構の伝達トルク容量が大きく変動することによって車両Veにショックが生じたりしてしまうなど、車両Veに意図しない挙動が発生してしまうことを防止もしくは抑制することができる。また、このような構成であれば、油温に関係なくエア吸いによる影響を緩和することができるので、油温が常用域の温度に近い温度であったとしても、エア吸いによって車両Veに意図しない挙動が発生することを抑制することができる。
【0060】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上述した例に限定されないのであって、本発明の目的を達成する範囲で適宜変更してもよい。例えば、上述した制御では、前進第1速段が設定されている場合にエア吸い対策制御を実行するように構成されているが、油圧制御装置27の構造によっては、後進段が設定されている場合に実行するように構成されていてもよい。その場合であっても、タービントルクの大きさやオイルの温度などに基づいてエア吸い対策制御を実行するか否かを判定するように構成されていてよい。
【符号の説明】
【0061】
1 エンジン
2 自動変速機
4 トルクコンバータ
5 ポンプインペラー
6 タービンランナー
7 ワンウェイクラッチ
9 ステータ
27 油圧制御装置
28 ECU
B1,B2 ブレーキ機構
C1,C2,C3,C4 クラッチ機構
Ve 車両