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特開2024-176624山岳トンネルの切羽監視方法及び監視システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024176624
(43)【公開日】2024-12-19
(54)【発明の名称】山岳トンネルの切羽監視方法及び監視システム
(51)【国際特許分類】
   E21D 9/00 20060101AFI20241212BHJP
   G01C 3/06 20060101ALI20241212BHJP
【FI】
E21D9/00 Z
G01C3/06 110V
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023095334
(22)【出願日】2023-06-09
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.BLUETOOTH
(71)【出願人】
【識別番号】000172813
【氏名又は名称】佐藤工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100073210
【弁理士】
【氏名又は名称】坂口 信昭
(74)【代理人】
【識別番号】100173668
【弁理士】
【氏名又は名称】坂口 吉之助
(72)【発明者】
【氏名】藤川 保
(72)【発明者】
【氏名】町田 博之
(72)【発明者】
【氏名】中田 範俊
(72)【発明者】
【氏名】岡山 和靖
(72)【発明者】
【氏名】今井 幹
(72)【発明者】
【氏名】京免 継彦
(72)【発明者】
【氏名】小野 知義
(72)【発明者】
【氏名】大江 隆史
(72)【発明者】
【氏名】伴 享
【テーマコード(参考)】
2F112
【Fターム(参考)】
2F112AC03
2F112AC06
2F112BA16
2F112BA18
2F112CA12
2F112FA03
2F112FA41
(57)【要約】      (修正有)
【課題】既存の撮影機材を使用しつつ、視差又は切羽までの距離測定の精度を向上させ、切羽の崩落・肌落ち・落石等の異常をより確実に検知することができる山岳トンネルの切羽監視方法及び監視システムを提供する。
【解決手段】切羽を常時撮影し、その変化から切羽の異常を検知することで、山岳トンネルの切羽を監視する方法において、ステレオカメラを使用して切羽を撮影して視差値を導出し、前記撮影対象の切羽を所定の面積を有する区域に分割し、前記視差値を前記区域毎に所定の時間で平均化し、この平均化した視差値の変化により、切羽の異常を検知する構成。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
切羽を常時撮影し、その変化から切羽の異常を検知することで、山岳トンネルの切羽を監視する方法において、
ステレオカメラを使用して切羽を撮影して視差値を導出し、
前記撮影対象の切羽を所定の面積を有する区域に分割し、前記視差値を前記区域毎に所定の時間で平均化し、
この平均化した視差値の変化により、切羽の異常を検知することを特徴とする山岳トンネルの切羽監視方法。
【請求項2】
平均化された視差値から、切羽までの距離を算出し、
前記算出された距離の変化により、切羽の異常を検知することを特徴とする請求項1に記載の山岳トンネルの切羽監視方法。
【請求項3】
変位を検出可能とする該物体の大きさに応じて、区域の面積が調節される構成であり、
前記物体の検出可能な大きさを示す敏感度を向上させるために、前記区域の面積を小さくすることを特徴とする請求項1又は2に記載の山岳トンネルの切羽監視方法。
【請求項4】
視差値又は該視差値から算出された距離の測定精度を向上させるために、平均化の対象とする区域の面積を大きくすることを特徴とする請求項1又は2に記載の山岳トンネルの切羽監視方法。
【請求項5】
視差値又は該視差値から算出された距離の測定精度を向上させるために、平均化の対象とする時間を長くすることを特徴とする請求項1又は2に記載の山岳トンネルの切羽監視方法。
【請求項6】
平均化のための視差値の母数が、13000以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の山岳トンネルの切羽監視方法。
【請求項7】
切羽までの距離を常時測定し、その距離変化から切羽の異常を検知することで、山岳トンネルの切羽を監視するシステムにおいて、
ステレオカメラを使用して切羽を撮影し、視差値を得る工程と、
前記撮影対象の切羽を、所定の面積を有する区域(エリア)に分割する工程と、
前記視差値を、前記区域毎に所定の時間で平均化する工程と、
この平均化された視差値の変化により、切羽の異常を検知する工程、
を備えることを特徴とする山岳トンネルの切羽監視システム。
【請求項8】
平均化された視差値から、切羽までの距離を算出する工程と、
前記算出された距離の変化により、切羽の異常を検知する工程、
を備えることを特徴とする請求項7に記載の山岳トンネルの切羽監視システム。
【請求項9】
切羽の異常を検知した場合に、切羽周辺に対して警報を発する工程を備えることを特徴とする請求項7又は8に記載の山岳トンネルの切羽監視システム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、山岳トンネルの切羽における崩落・肌落ち等の危険性を検知し、事故を未然に防止するために利用される山岳トンネルの切羽監視方法及び監視システムに関する。
【背景技術】
【0002】
トンネルの掘削工事の現場では、崩落等による事故等を防止するため、切羽を常に監視する必要がある。具体的には、切羽の肌落ち等を検知するため、切羽監視責任者によって切羽の変状、割目の発生の有無、湧水の有無、岩盤の劣化の状態などを常時監視することが、国の定めるガイドラインによって求められている。
切羽監視責任者による監視については、目視による監視には限界があり、IT技術を使用した監視システムを利用した方法も併用されている。
トンネル切羽の監視システムとして、次のような技術が提案されている。
【0003】
特許文献1に記載の技術は、『複数のカメラを一定間隔を隔てて固定してなるステレオカメラ装置を回動制御可能に備えた撮影ユニットをトンネル内に搬入し、前記撮影ユニットによりコンクリート吹付け前の内空断面を撮影し、そのステレオ撮影データをコンピュータに入力してステレオ画像計測の原理により前記内空断面形状を計算した後、該内空断面形状を基に計画内空断面を算出し、該計画内空断面形状のデータ』を得る内容である。この技術は、切羽の監視を目的としたものではないが、ステレオカメラを利用して、トンネル内の内空断面形状を把握しようとするものである。
【0004】
上述の通り、特許文献1に記載の技術は、ステレオカメラを使用して内空断面を撮影し、ステレオ画像計算の原理を用いて形状データを得るものであるが、一般的なステレオカメラでは測定誤差や解像度不足があり、これを基に形状データを算出しても精度が十分でなく、特に切羽の監視という観点では不十分であるという問題があった。
【0005】
ステレオカメラのハード面の性能、即ち精度や解像度の向上を目指す手段により、形状データの正確性を高めることも考えられるが、多額の費用及び長期の開発期間を要するという問題がある。
【0006】
特許文献2では、TOF(Time Of Flight)カメラを使用したトンネル内の監視装置及び監視方法が提案されている。
即ち、『計測対象の表面に発生した異常を検知して警報を発する監視装置であって、前記表面に面して設置され、自身と前記表面における複数の測定点までの距離を非接触で測定して出力する測距部と、前記表面において指定された一領域となる測定対象領域に対する前記測距部による測定を複数の時点で行わせ、前記測定対象領域内の前記複数の測定点での異なる時点における前記距離の統計値の変化に基づいて、前記計測対象に異常があると判定する制御部と、を具備する監視装置』であり、この測距部としてTOFカメラが使用される構成である。
【0007】
TOFカメラを使用することにより、ある程度の精度を得ることができるが、コストが高いという問題がある。また、TOFカメラは、太陽光の下など極めて高照度の環境では性能を発揮できない場合がある。トンネル切羽は、監視性や作業性を高めるために、かなり高照度の照明によって照らされており、この環境では性能を十分に発揮できない可能性があるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2003-013699
【特許文献2】特開2019-124659
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明の課題は、既存の撮影機材を使用しつつ、視差又は切羽までの距離測定の精度を向上させ、切羽の崩落・肌落ち・落石等の異常をより確実に検知することができる山岳トンネルの切羽監視方法及び監視システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記本発明の課題は、下記の手段により達成される。
【0011】
1.切羽を常時撮影し、その変化から切羽の異常を検知することで、山岳トンネルの切羽を監視する方法において、
ステレオカメラを使用して切羽を撮影して視差値を導出し、
前記撮影対象の切羽を所定の面積を有する区域に分割し、前記視差値を前記区域毎に所定の時間で平均化し、
この平均化した視差値の変化により、切羽の異常を検知することを特徴とする山岳トンネルの切羽監視方法。
【0012】
2.平均化された視差値から、切羽までの距離を算出し、
前記算出された距離の変化により、切羽の異常を検知することを特徴とする請求項1に記載の山岳トンネルの切羽監視方法。
【0013】
3.変位を検出可能とする該物体の大きさに応じて、区域の面積が調節される構成であり、
前記物体の検出可能な大きさを示す敏感度を向上させるために、前記区域の面積を小さくすることを特徴とする請求項1又は2に記載の山岳トンネルの切羽監視方法。
【0014】
4.視差値又は該視差値から算出された距離の測定精度を向上させるために、平均化の対象とする区域の面積を大きくすることを特徴とする請求項1又は2に記載の山岳トンネルの切羽監視方法。
【0015】
5.視差値又は該視差値から算出された距離の測定精度を向上させるために、平均化の対象とする時間を長くすることを特徴とする請求項1又は2に記載の山岳トンネルの切羽監視方法。
【0016】
6.平均化のための視差値の母数が、13000以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の山岳トンネルの切羽監視方法。
【0017】
7.切羽までの距離を常時測定し、その距離変化から切羽の異常を検知することで、山岳トンネルの切羽を監視するシステムにおいて、
ステレオカメラを使用して切羽を撮影し、視差値を得る工程と、
前記撮影対象の切羽を、所定の面積を有する区域(エリア)に分割する工程と、
前記視差値を、前記区域毎に所定の時間で平均化する工程と、
この平均化された視差値の変化により、切羽の異常を検知する工程、
を備えることを特徴とする山岳トンネルの切羽監視システム。
【0018】
8.平均化された視差値から、切羽までの距離を算出する工程と、
前記算出された距離の変化により、切羽の異常を検知する工程、
を備えることを特徴とする請求項7に記載の山岳トンネルの切羽監視システム。
【0019】
9.切羽の異常を検知した場合に、切羽周辺に対して警報を発する工程を備えることを特徴とする請求項7又は8に記載の山岳トンネルの切羽監視システム。
【発明の効果】
【0020】
上記1又は2の発明によれば、既存のステレオカメラを使用し、ハード面での精度向上を図らなくても、統計手法を使用して精度の向上を図ることができる。従って、ハード面での精度向上に要する費用や時間をかけることなく、切羽までの距離測定の精度を高めることができ、もって監視の精度を高めることができる。
【0021】
既存のステレオカメラを使用して、切羽までの距離を測定した場合、ステレオカメラの距離精度の影響により、得られる視差値に比較的大きなバラツキが生じ、正確な距離を把握することができない。また、他の工作機械や作業員が映り込む等したことによりイレギュラーな測定結果を生ずることもあり、このノイズ成分が、正確な距離を把握する上で障害となることもある。
【0022】
上記1又は2の発明は、統計手法を活用しているため、母数となるデータが多いほど精度を向上させることができる。データを増やす手段として、面積と時間という2つのパラメータを使用して母数を増やし、これらを平均化することによって精度の向上を図っている。
【0023】
まず、面積については、ステレオカメラによる撮影対象である切羽を所定の面積を有する区域(エリア)に分割して1つの単位とする。この分割された区域毎に、この区域内において得られた複数の視差値を平均化する構成である。
次に、時間については、所定の時間を1つの単位とし、上述した区域ごとに、所定の時間において得られた複数の視差値を平均化する構成である。
即ち、ある区域における所定時間に得られた複数の視差値データを平均化して、精度の高い視差値を得る構成である。
【0024】
上述した2つのパラメータである区域と時間において得られた複数の視差値を平均化することにより、この視差値の精度を高めることができ、この高精度の視差値から切羽までの距離を算出することで、この算出された切羽までの距離データの精度も向上する。この方法により、視差の変化又は切羽までの距離の変動、即ち切羽の微細な挙動をも正確に把握することができるので、ノイズ等の成分を除去した正確かつ実用的なデータに基づいて、切羽の異常(切羽から土砂や岩石が崩れ落ちる等することによって、崩落・肌落ち・落石が起こる状況をいう。以下、この明細書において同じ。)を検知することができる。
【0025】
上記3の発明によれば、監視対象である切羽中を変位する物体(例えば、土砂や落石など。)の検出可能な大きさを示す敏感度について、区域の面積を小さくすることで該敏感度を高めることができる。換言すれば、区域の面積を大きくして敏感度を下げることで、変位を検出可能な物体は大きくなり、小さな物体は検知できなくなる。
【0026】
上記4の発明によれば、平均化の対象である区域の面積を変えることによって、視差値又は該視差値から算出された距離の測定精度を調節することができる。即ち、区域の面積を大きくすることで、測定精度を向上させることができる。区域の面積を大きくすることにより、平均化のデータ母数(視差値)を増加させることができるためである。
【0027】
上記5の発明によれば、平均化の対象である時間を変えることによって、視差値又は該視差値から算出された距離の測定精度を調節することができる。即ち、この時間を長くすることで、測定精度を向上させることができる。時間を長くすることにより、平均化のデータ母数(視差値)を増加させることができるためである。
上記4の区域の面積と相まって、平均化のデータ母数を増やすことができ、この母数が大きいほど測定精度は高い。
【0028】
上記6の発明によれば、平均化の視差値のデータ母数を13000以上とすることで、切羽の異常を検知する上で必要な測定精度を得ることができる。
【0029】
上記7又は8の発明によれば、上記1の発明に係る方法と同様に、既存のステレオカメラを使用し、ハード面での精度向上を図らなくても、統計手法を使用して精度の向上を図ることができる。従って、ハード面での精度向上に要する費用や時間をかけることなく、視差値の測定精度、ひいては切羽までの距離測定の精度を高めることができ、もって監視の精度を高めることができる。
【0030】
上記9の発明によれば、切羽の異常を検知した場合に、切羽周辺にいる人員に向けて警報を発することにより、避難等の行動を促し、崩落や肌落ち等の事故が起こったとしても人員への被害を未然に防止・抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】本発明に係る山岳トンネルの切羽監視方法の一実施例を表す概略構成図
図2】ステレオカメラによる距離測定の原理を説明する図
図3】視差値のバラツキを表す正規分布グラフ
図4】撮影対象である切羽を所定の区域に分割した様子を表す概略説明図
図5】区域における視差値の平均化の様子を視覚的に表す概略正規分布グラフ
図6】時間軸における視差値の平均化の様子を視覚的に表す概略正規分布グラフ
図7】区域Aの面積と物体Yの大きさとの関係を説明する概略説明図
【発明を実施するための形態】
【0032】
添付の図面に従って、本発明の実施例を詳細に説明する。
図1は、本発明に係る山岳トンネルの切羽監視方法又は監視システムの一実施例を表す概略構成図である。図1に示される通り、本発明を実施する上で必要な装置はステレオカメラ1であり、これにコンピュータ2(図1には図示せず。図4に図示。)が接続される構成である。
【0033】
ステレオカメラとは、対象物を複数の異なる方向から同時に撮影し、奥行き方向の情報、即ち対象物までの距離を記録することができる撮影装置である。具体的には、2つのレンズが平行に配置され、これらのレンズを通して対象物を同時に撮影することができる構成である。
本発明で使用されるステレオカメラ1の構成に限定はなく、公知公用のステレオカメラを特別の制限なく使用することができる。また、2台のカメラを用いて同時撮影し、ステレオカメラの原理を再現して距離を測定する手段についても、本発明の範囲に含まれるものとする。
【0034】
ステレオカメラの原理について、図2に従って説明する。
図2に示されるように、2つのレンズ11から対象物Xを同時に撮影すると、対象物Xが写った位置の差である視差(視差値)Dがわかる。この得られた視差値Dから、三角測量の原理を使用して、対象物Xまでの距離Zを導出することができる。
ステレオカメラ1の仕様により、レンズ間の距離である基線長Bと、焦点距離Fは既知である。これらの値と、先ほど得られた視差Dの値を用いれば、Z=B×F/Dの数式によって、対象物Xまでの距離Zを求めることができる。
【0035】
上述の視差値Dは、ステレオカメラの性能・仕様によって測定誤差(バラツキ)が生ずる。このバラツキが生ずる理由は、次のとおりである。
【0036】
現在市販されているステレオカメラの殆どはデジタルカメラであるため、上述した視差Dは、左右画像のズレた(変化した)ピクセル数Nと画素サイズPの積算によって求められる。画素サイズPはステレオカメラが搭載するCMOSセンサー等の性能によるものである。
例えば、基線長B:100mm、焦点距離F:4mm、画素サイズP:3.75μmのステレオカメラを使用した場合において、距離Z:10mを測定したとした場合、
Z:10m=B:100mm×F:4mm/D(N×P:3.75μm)
の数式から変化したピクセル数Nを算出すると、10.67ピクセルとなる。ピクセル数Nは整数でなければならないため、距離Z:10mを測定するとピクセル数Nは、10ピクセル又は11ピクセルと処理されるものと仮定できる。
【0037】
そこで、ピクセル数Nが10ピクセルの場合と、11ピクセルの場合で距離Zを算出すると、まず10ピクセルの場合、
Z=B×F/D=100mm×4mm/10×3.75μm=10.666m
次に、11ピクセルの場合、
Z=B×F/D=100mm×4mm/11×3.75μm=9.696m
と算出され、両者によって求められた距離Zには画素1ピクセル当たり、9.696~10.666mの誤差が生ずることになり、その誤差は3.3%~6.6%であり、平均すると5%程度の差が生ずることが分かる。
【0038】
また例えば、基線長B:100mm、焦点距離F:4mm、画素サイズP:3.75μmのステレオカメラを使用した場合において、距離Z:7mを測定したとした場合、
Z:7m=B:100mm×F:4mm/D(N×P:3.75μm)
の数式から変化したピクセル数Nを算出すると、15.23ピクセルとなる。同じくピクセル数Nは整数でなければならないため、距離Z:7mを測定するとピクセル数Nは、15ピクセル又は16ピクセルと処理されるものと仮定できる。
【0039】
そこで、ピクセル数Nが15ピクセルの場合と、16ピクセルの場合で距離Zを算出すると、まず10ピクセルの場合、
Z=B×F/D=100mm×4mm/15×3.75μm=7.111m
次に、11ピクセルの場合、
Z=B×F/D=100mm×4mm/16×3.75μm=6.666m
と算出され、両者によって求められた距離Zには画素1ピクセル当たり、6.666~7.111mの差が生ずることになり、その差は1.6%~4.8%であり、平均すると3.2%程度の差が生ずることが分かる。
【0040】
上述の例で計算すると、対象物X(切羽K)までの距離が7mの場合において、その距離精度を3%とした場合、対象物Xまでの距離7mを計測すると、視差値Dとして7m(7000mm)×3%=210mmのバラツキが生じ得ることになる(図3参照)。
【0041】
本発明のように、切羽を監視する上で微細な変化をも検知する必要がある場合には、上述した210mmのバラツキは影響が大きく、切羽の挙動や異常を検知するのに十分でない。使用するステレオカメラのハード的な精度を高め、このバラツキを最小限に止めることも考えられるが、この場合は高精度のステレオカメラを新規開発する必要があり、具体的には解像度を上げるために超多画素センサカメラの搭載や、基線長の伸長などの改良を行う必要があり、多額の開発費用や長期の開発期間を要することになる。
【0042】
そこで、本発明は、ステレオカメラの精度向上とは異なる手段にて、奥行き距離精度を向上させることを課題及び目的としている。このため、本発明は以下の構成を有する。
【0043】
本発明は、汎用のステレオカメラを使用しながら統計手法を活用することによって、得られる視差値Dのバラツキを最小限に止め、対象物Xまでの距離Zを正確に測定可能な構成である点に特徴がある。
統計手法を活用するため、データ(母数)は多いほど精度が向上する。即ち、得られる視差値Dが多いほど距離Zを算出する上で使用する視差値の値はバラツキがなく、対象物Xまでの距離測定の精度が向上する。
【0044】
母数であるデータを増やすため、面積と時間に所定の幅を持たせ、これらの間で得られる視差値Dを平均化することによって、バラツキの少ない正確な視差値D’を得ることができる。また、ノイズ成分を除去することもできる。なお、本明細書において、平均化前の視差値(データ母数としての視差値)を符号「D」で表し、平均化後の視差値を符号「D’」で表すこととする。
【0045】
まず、面積については、図4に例を示すように、ステレオカメラ1による撮影対象(対象物X)である切羽Kを所定の面積を有する区域(エリア)Aに分割して、分割された1つの区域を1つの単位とする。この分割された区域A毎に、この区域A内において得られた複数の視差値Dを平均化する構成である。換言すると、エリア単位での視差値の平均化により、測定誤差やノイズ等による影響を最小化する構成である。
【0046】
次に、時間については、所定の時間を1つの単位とし、上述した区域Aごとに、所定の時間において得られた複数の視差値Dを平均化する構成である。
即ち、ある区域における所定時間に得られた複数の視差値Dのデータを平均化して、精度の高い視差値D’を得る構成である。換言すると、エリア単位での所定時間における視差値の平均化により、ノイズによる影響を最小化する構成である。
使用するステレオカメラの仕様によりフレームレートは既知であり、例えば、フレームレートが60fps(フレーム/秒)である場合は1秒間に60フレームを撮影可能であるので、1フレーム当たり区域Aにおいて得られる視差値との関係で、平均化の母数となる視差値Dの数は計算できる。
【0047】
上述した2つのパラメータである区域と時間において得られた複数の視差値Dを平均化することにより、視差値D’の精度を高めることができ、この高精度の視差値D’から切羽までの距離Z(=B×F/D’)を算出することで、この算出された切羽までの距離データの精度も向上することができる。この方法により、切羽Kまでの距離Zの変動、即ち切羽の挙動を正確に把握することができるので、ノイズ等の成分を除去した正確かつ実用的なデータに基づいて、切羽の異常を検知することができる。
【0048】
上述の通り、平均化のデータ母数が多いほど測定精度を向上させることができるため、区域Aの面積は大きく、かつ、所定の時間は長く設定することによって、この母数を増加させて測定精度を向上させることができる。
区域Aの面積と所定の時間の調節によって、データ母数が13000以上となることが好ましい。これにより、切羽の異常を高精度で検知することができると考えられる。
【0049】
図3に示した視差値のバラツキを表す正規分布グラフにおいて、上述した面積と時間による視差値の平均化の内容を視覚的に表したグラフを、図5~6として示す。
この図5に示されるように、正規分布グラフにおいて中央値から遠い値については平均化の母数から除外され、その結果としてノイズ成分による影響を最小化することができる。また、除外されない中央値(平均値)に近い値を母数として平均化するため、その平均化によって得られる視差値D’は精度が高い値となる。
なお、中央値から遠い値として除外される範囲は、平均値からのバラツキ具合(標準偏差)によって任意に設定することができる。また本発明の場合、切羽Kとステレオカメラ1の距離Kはある程度既知であるため、明らかに距離に相違がある範囲について除外してもよい。
【0050】
図6は、所定の時間における平均化の様子を視覚的に表したグラフであり、ある区域Aにおける平均視差値を、更に時間軸で平均化する様子を表すものである。この所定の時間が長いほど、視差値Dを多く得られるため、平均化によって精度の高い視差値D’を得ることができる。
【0051】
切羽Kの異常を正確に検知するためには、上述した区域Aの面積及び所定の時間によって平均化のデータ母数を調整する他、検出対象とする物体(検出可能な物体)の大きさを設定する必要がある。この物体を符号Yで表すことにする。
この検出の対象とする物体Yとは、撮影対象である切羽Kの中を変位し得る土砂や岩石等であり、自然的要因又は人為的要因等によってこれらが剥離や脱落することによって変位し得る物体である。この検出対象とする物体Yの大きさは、大きいほど検出し易く、小さいほど検出し難い。換言すれば、この物体Yの大きさが、大きいほど小さな移動量(変位量と同義。以下同じ。)でも検出可能であり、小さいほど大きな移動量がなければ検出できない。
【0052】
ここで、監視対象である切羽中を変位する物体Yの検出可能な大きさを敏感度と定義することにする。物体Yの検出可能な大きさが小さいほど敏感度は高く、反対に大きいほど敏感度は低いとなる。即ち、この敏感度を高めるためには、区域Aの面積を小さく設定する必要がある。
【0053】
区域Aの面積に関していえば、平均化の母数を増やすため(視差や距離の測定精度を高めるため)には面積を大きくする必要がある一方、敏感度を高く設定するためには面積を小さくする必要があるという関係になる。
【0054】
以上より、切羽の異常を高精度に検知するためには、平均化する区域Aの面積、平均化する時間及び検出の対象とする物体Yの大きさ(敏感度)の3点について、最適化することになる。
【0055】
平均化する区域Aの面積と、検出対象とする物体Yの大きさの関係は、次のとおり表すことができる。
ここで、数式で使用される各要素を以下に示す。これらの各要素は、図7に図示する。
【0056】
Z :ステレオカメラ1から切羽Kまでの距離
Z' :ステレオカメラ1から物体Yまでの距離
Z'':ステレオカメラ1から区域A全体に対する平均距離

D :切羽Kに対する平均視差値
D' :物体Yに対する平均視差値
D'':区域A全体に対する平均視差値

P :区域Aのピクセル数
P' :物体Yのピクセル数
S :区域Aの面積
S' :物体Yの面積
【0057】
上記において、特定の区域Aにおける平均視差値D''は次の数式によって求められる。
【0058】
【数1】
【0059】
次に、ステレオカメラ1から区域A全体に対する平均距離Z''は、上述したようにZ''=B×f/D''から求められるため、次の数式によって求められる。
【0060】
【数2】
【0061】
上記の数式から、ステレオカメラ1から物体Yまでの距離Z'は次の数式によって求められる。
【0062】
【数3】
【0063】
よって、区域A全体の平均距離が1mmとなる物体Yの移動量は、次の数式によって求められる。
【0064】
【数4】
【0065】
切羽の挙動について1mmの変化を検知することができれば、切羽の異常を検知することができると考えられる。微小な異常を検知することができれば、崩落等重大な事故の可能性を未然に把握することができる。上記の数式により導出した、特定の区域Aが1mm動いたと判定できる物体Yの大きさと、その物体Yの移動量の関係は、次のとおりである。
なお、表中の分割設定とは、撮影対象(撮影可能エリア)を分割する数の設定であり、分割数が多ければ平均化する区域Aの面積は小さく、分割数が少なければ平均化する区域Aの面積は大きくなる。表中例えば、横40×縦40の分割であれば、撮影対象を細かく分割することになり、即ち区域Aの面積は小さくなり、横15×縦15の分割であれば、撮影対象を粗く分割することになり、即ち区域Aの面積は大きくなる。
【0066】
【表1】
【0067】
上記の表1において、薄墨色で示される箇所は、物体Yの大きさ(面積)S'が、区域Aの面積Sを上回っていることを示す。この薄墨色で示された条件であれば、区域Aの面積と物体Yの面積の関係で、区域Aが1mm動いたと判定することができる。例えば、分割設定が横40×縦40の場合であって、切羽Kとステレオカメラ1との距離が7mの場合において、400cm(20cm×20cm)の面積の物体Yが0.5mm変位すれば、区域Aが1mm動いたと判定することができる。
【0068】
続いて、ステレオカメラ1の設置位置について説明する。
ステレオカメラ1から切羽Kまでの距離を6~7m程度とすることが好ましい。これは、汎用のステレオカメラの一般的な画角が50度程度であり、この画角と切羽全域の大きさ(面積)を考慮して切羽全体を撮影可能とするためである。これに加えて、図1に示したように、切羽K付近には掘削機(ドリルジャンボ)やコンクリート吹付機などの作業車Cによる作業が行われているため、この作業を妨害しないようにステレオカメラ1を配置する必要があり、これらの都合上、ステレオカメラ1から切羽Kまでの距離は6~7mにとすることが好ましい。
【0069】
また、ステレオカメラ1による撮影範囲が、切羽全域をカバーできない場合は、ステレオカメラ1を2台以上使用して撮影範囲を広げることが好ましい。高さ方向の撮影範囲については、ステレオカメラ1から切羽Kまでの距離を6~7mとすることで、1台のステレオカメラ1でカバーすることが可能なケースが多いといえるが、幅方向の撮影範囲については、切羽Kの大きさにより1台のステレオカメラ1ではカバーできないケースが考えられる。よって、特に幅方向の撮影範囲を広げるために、2台以上のステレオカメラ1を使用することが好ましい。
【0070】
ここまでの説明では、主に本発明を方法の発明として説明しているが、ステレオカメラ1及びコンピュータ2を使用して、上述の方法を実行する山岳トンネルの切羽監視システムとしても実施可能である。図4では、山岳トンネルの切羽監視システムの一実施例を示すように、ステレオカメラ1、コンピュータ2及び警報装置3が表示されている。
【0071】
コンピュータ2は、ステレオカメラ1で得られた視差値D等の情報を平均化処理等するために用いられる。
本発明に使用されるコンピュータ2に限定は無く、公知公用のコンピュータを特別の制限なく使用することができる。なお、本発明におけるコンピュータには、一般的なデスクトップ型やノートブック型のパーソナルコンピュータの他、タブレットPCやスマートフォンなど携帯性が高いコンピュータも含まれるものとする。また、ステレオカメラ1に、コンピュータ機能が備えられた一体型の形態であっても良い。
【0072】
コンピュータ2は、ステレオカメラ1と通信可能に接続されるが、通信手段について限定は無く、公知公用の通信手段、例えば、有線又は無線LAN、USB等の有線通信、Bluetooth等の無線通信等の手段を特別の制限なく使用することができる。
【0073】
このコンピュータ2は、ステレオカメラによって得られた視差値Dを上述の手段で平均化し、統計手法によって得られた視差値D’を基に、ステレオカメラ1から切羽Kまでの距離Zを算出するために用いられる。
また、得られた距離Zを基に、切羽Kをフラクタルパターンに変換し表示する処理を行うためにも用いられる。
その結果として、切羽Kの変化・異常を検知し、崩落や肌落ち等の危険性の該否を判断するためにも用いられる。
【0074】
コンピュータ2において、切羽の異常を検知し崩落等の危険性があると判断した場合には、このコンピュータ2が備える警報機能又はこのコンピュータ2に接続された警報装置3にて、切羽Kの周辺で作業する人員に対して警報を発する構成であってもよい。
【符号の説明】
【0075】
1 ステレオカメラ
11 レンズ
B 基線長
F 焦点距離
D 視差(視差値)
2 コンピュータ
3 警報装置

K 切羽(面)
W 掘削面又は吹付面
C 作業車(コンクリート吹付機,ドリルジャンボなど)

A 区域(1単位)
Z ステレオカメラから切羽までの距離
X 対象物
Y 物体(土砂や岩石等、撮影対象である切羽を変位し得るもの)

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7