(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024176765
(43)【公開日】2024-12-19
(54)【発明の名称】プールの設計方法
(51)【国際特許分類】
E04H 4/02 20060101AFI20241212BHJP
G06F 30/25 20200101ALI20241212BHJP
G06F 30/28 20200101ALI20241212BHJP
【FI】
E04H4/02 Z
G06F30/25
G06F30/28
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023095552
(22)【出願日】2023-06-09
(71)【出願人】
【識別番号】000002299
【氏名又は名称】清水建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100161506
【弁理士】
【氏名又は名称】川渕 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(72)【発明者】
【氏名】長谷部 雅伸
(72)【発明者】
【氏名】神原 浩
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 夏来
【テーマコード(参考)】
5B146
【Fターム(参考)】
5B146AA04
5B146DC05
5B146DJ03
(57)【要約】
【課題】プールの設計変更のサイクルにかかる時間を短縮できるプールの設計方法を提供する。
【解決手段】プール形状設計工程S-1と、スロッシング固有周期を算定し速度応答スペクトルからスロッシング固有周期におけるプールに入力される速度応答スペクトルの数値を判定する速度応答スペクトル判定工程S-2と、速度応答スペクトル判定工程S-2で判定された速度応答スペクトルの数値から設計変更の要否を判断する第1設計変更判断工程S-3(設計変更判断工程)と、を有し、第1設計変更判断工程S-3では、速度応答スペクトルの数値が所定の第1設定値未満の場合は、設計変更が不要と判断し、速度応答スペクトルの数値が第1設定値以上かつ第1設定値よりも大きい第2設定値未満の場合は、プールの数値流体解析を行うように判断し、速度応答スペクトルの数値が第2設定値以上の場合は、設計変更が必要でありプール形状設計工程S-1に戻ると判断する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
プールの形状を設計するプール形状設計工程と、
前記プール形状設計工程で設計された前記プールの形状からスロッシング固有周期を算定し、前記プールが設置される建物の設置階の速度応答スペクトルから前記スロッシング固有周期における前記プールに入力される速度応答スペクトルの数値を判定する速度応答スペクトル判定工程と、
前記速度応答スペクトル判定工程で判定された前記速度応答スペクトルの数値から、設計変更の要否を判断する設計変更判断工程と、を有し、
前記設計変更判断工程では、
前記速度応答スペクトルの数値が所定の第1設定値未満の場合は、設計変更が不要と判断し、
前記速度応答スペクトルの数値が前記第1設定値以上かつ前記第1設定値よりも大きい第2設定値未満の場合は、前記プールの数値流体解析を行うように判断し、
前記速度応答スペクトルの数値が第2設定値以上の場合は、設計変更が必要であり前記プール形状設計工程に戻ると判断するプールの設計方法。
【請求項2】
前記第1設定値は、100カインであり、前記第2設定値は、200カインである請求項1に記載のプールの設計方法。
【請求項3】
プールの形状を設計するプール形状設計工程と、
前記プール形状設計工程で設計された前記プールの形状からスロッシング固有周期を算定し、前記プールが設置される建物の設置階の速度応答スペクトルから前記スロッシング固有周期における前記プールに入力される速度応答スペクトルの数値を判定する速度応答スペクトル判定工程と、
前記速度応答スペクトル判定工程で判定された前記速度応答スペクトルの数値から、設計変更の要否を判断する設計変更判断工程と、を有し、
前記設計変更判断工程では、
前記速度応答スペクトルの数値が所定値未満の場合は、設計変更が不要と判断し、
前記速度応答スペクトルの数値が前記所定値以上の場合は、設計変更が必要であり前記プール形状設計工程に戻ると判断するプールの設計方法。
【請求項4】
前記所定値は、100カインである請求項3に記載のプールの設計方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プールの設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
超高層ビルの上層階では、一般に地震時に長周期の揺れが卓越する傾向にあることが知られている。一方で近年、こうした超高層ビルの上層階に遊泳用のプールを設置するケースが増えてきており、揺れによるプールの水の揺動(以下、スロッシングという)が懸念される。このような懸念に対して、波のエネルギーを吸収する消波装置が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
プールを設計する際に、スロッシングを事前に予測評価する手法として、簡易算定式によって算出されたプールのスロッシング固有周期の評価や、数値流体解析によるシミュレーション等があげられる。プールのスロッシング固有周期の評価では、プールの幅寸法lと水深hによってプールのスロッシング固有周期Tsを評価できる下記の式(1)が用いられている。
【0004】
【0005】
ここで、
Ts:プールのスロッシング固有周期
l :プールの幅寸法
h :プールの水深
g :重力加速度
【0006】
数値流体解析によるシミュレーションでは、VOF法や粒子法といった、水面の挙動を再現できる数値解析手法によるシミュレーションが行われることが多い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
プールのスロッシング固有周期の評価では、外力となる地震の揺れの卓越周期とプールのスロッシング固有周期が近いかどうかは判断できるものの、スロッシングによって生じる波の高さや流速、溢れる水の量などを定量的に評価することはできない。一方、数値流体解析によるシミュレーションでは、波の高さや流速、溢れる水の量などを定量的かつ詳細に評価することが可能であるため、それらの計算結果に基づいて具体的なプールの設計変更を行うことができる。
しかしながら、一般に数値流体解析によるシミュレーションは、プール形状の再現など入力条件の設定から計算の実行まで長時間を要することが多く、プールの設計変更のサイクルに時間がかかるという問題がある。
【0009】
そこで、本発明は、プールの設計変更のサイクルにかかる時間を短縮できるプールの設計方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明に係るプールの設計方法は、プールの形状を設計するプール形状設計工程と、前記プール形状設計工程で設計された前記プールの形状からスロッシング固有周期を算定し、前記プールが設置される建物の設置階の速度応答スペクトルから前記スロッシング固有周期における前記プールに入力される速度応答スペクトルの数値を判定する速度応答スペクトル判定工程と、前記速度応答スペクトル判定工程で判定された前記速度応答スペクトルの数値から、設計変更の要否を判断する設計変更判断工程と、を有し、前記設計変更判断工程では、前記速度応答スペクトルの数値が所定の第1設定値未満の場合は、設計変更が不要と判断し、前記速度応答スペクトルの数値が前記第1設定値以上かつ前記第1設定値よりも大きい第2設定値未満の場合は、前記プールの数値流体解析を行うように判断し、前記速度応答スペクトルの数値が第2設定値以上の場合は、設計変更が必要であり前記プール形状設計工程に戻ると判断する。
【0011】
本発明では、数値流体解析を実施するケースは、プールが設置される建物の設置階の速度応答スペクトルから判定したスロッシング固有周期におけるプールに入力される速度応答スペクトルの数値が第1設定値以上第2設定値未満のケースに限られることになる。すなわち、上記のケース以外では、数値流体解析を実施しない。このため、スロッシング固有周期におけるプールに入力される速度応答スペクトルの数値にかかわらず全件において数値流体解析を行っていた場合と比べて、数値流体解析の回数が減るため、設計変更のサイクルにかかる時間を短縮できる。
【0012】
本発明に係るプールの設計方法では、前記第1設定値は、100カインであり、前記第2設定値は、200カインであってもよい。
【0013】
このようにすることにより、設計変更判断工程において設計変更の有無をより正確に判断できる。
【0014】
上記目的を達成するため、本発明に係るプールの設計方法は、プールの形状を設計するプール形状設計工程と、前記プール形状設計工程で設計された前記プールの形状からスロッシング固有周期を算定し、前記プールが設置される建物の設置階の速度応答スペクトルから前記スロッシング固有周期における前記プールに入力される速度応答スペクトルの数値を判定する速度応答スペクトル判定工程と、前記速度応答スペクトル判定工程で判定された前記速度応答スペクトルの数値から、設計変更の要否を判断する設計変更判断工程と、を有し、前記設計変更判断工程では、前記速度応答スペクトルの数値が所定値未満の場合は、設計変更が不要と判断し、前記速度応答スペクトルの数値が前記所定値以上の場合は、設計変更が必要であり前記プール形状設計工程に戻ると判断する。
【0015】
本発明では、数値流体解析を行わずに設計変更の要否を判断できるため、設計変更のサイクルにかかる時間を短縮できる。
【0016】
本発明に係るプールの設計方法では、前記所定値は、100カインであってもよい。
【0017】
このようにすることにより、設計変更判断工程において設計変更の有無をより正確に判断できる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、プールの設計変更のサイクルにかかる時間を大幅に短縮できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】第1実施形態によるプールの設計方法のフローチャートである。
【
図2】プールが設置される建物の設置階の速度応答スペクトルのグラフである。
【
図3】数値流体解析で得られた入力地震動の数値とプールサイドの最大水位との関係を示すグラフである。
【
図4】数値流体解析で得られた入力地震動の数値とプールサイドの最大波圧との関係を示すグラフである。
【
図5】第2実施形態によるプールの設計方法のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
(第1実施形態)
以下、本発明の第1実施形態によるプールの設計方法について、
図1-
図4に基づいて説明する。
第1実施形態によるプールの設計方法は、例えば、高層ビルや超高層ビルの建物の上層階に設置される遊泳用プールの設計方法である。
図1に第1実施形態によるプールの設計方法のフローチャートを示す。
プールの形状を設計するプール形状設計工程S-1を行う。プール形状設計工程S-1では、プールの平面形状、水深を設計する。プール形状設計工程S-1では、プール形状と併せて、プールサイド、給排水や電気、空調などの設備、内装についても設計する。
【0021】
プールに入力される速度応答スペクトルの数値を判定する速度応答スペクトル判定工程S-2を行う。速度応答スペクトル判定工程S-2では、プール形状設計工程で設計されたプールの形状からスロッシング固有周期Tsを算定する。
プールのスロッシング固有周期Tsは、下式(1)から算定する。
【0022】
【0023】
ここで、
Ts:プールのスロッシング固有周期
l :プールの幅寸法
h :プールの水深
g :重力加速度
【0024】
プールの平面形状が長方形の場合は、長手方向および短手方向の両方についてプールのスロッシング固有周期T
sを算定する。
プールが設置される建物の設置階の速度応答スペクトルからスロッシング固有周期T
sにおけるプールに入力される速度応答スペクトルの数値を判定する。
図2にプールが設置される建物の設置階の速度応答スペクトルを示す。速度応答スペクトルは、対象となる地震波が建物に作用した場合の所定階における振動波形を固有周期の異なる1質点系振動モデルに入力して最大応答値をスペクトルで表したものである。
【0025】
速度応答スペクトル判定工程S-2で判定された速度応答スペクトルの数値から、設計変更の要否を判断する第1設計変更判断工程S-3を行う。
速度応答スペクトルの数値が100カイン未満の場合は、設計変更が不要であると判断し、設計を終了する。速度応答スペクトルの数値が200カイン以上の場合は、プール形状設計工程S-1へ戻り、プールの形状を変更する。速度応答スペクトルの数値が100カイン以上200カイン未満の場合は、数値流体解析工程S-4を行う。速度応答スペクトルの数値の100カインが特許請求の範囲の第1設定値に相当し、速度応答スペクトルの数値の200カインが特許請求の範囲の第2設定値に相当する。
【0026】
数値流体解析工程S-4では、VOF法や粒子法といった、水面の挙動を再現できる数値解析手法によるシミュレーションによって、スロッシングによって生じる波の高さや流速、溢れる水量などを定量的に評価する。数値流体解析工程S-4における、スロッシングが生じた際の波の高さや流速、溢れる水量等の評価から、設計変更の要否を判断する第2設計変更判断工程S-5を行う。
スロッシングが生じた際の波の高さや流速、溢れる水量等が所定値未満であり、スロッシングの影響が無く安全であると判断された場合は、設計を終了する。数値流体解析工程S-4において、スロッシングが生じた際の波の高さや流速、溢れる水量等が所定値以上であり、スロッシングの影響があり安全でないと判断された場合は、プール形状設計工程S-1へ戻り、プールの形状を変更する。
【0027】
プールのスロッシング固有周期T
sが、建物のプール設置階の固有周期と同調または近似すると速度応答スペクトルの数値が大きくなり、200カイン以上になる。このため、プール形状設計工程S-1へ戻り、プールの形状を変更する場合、プールのスロッシング固有周期T
sが、建物のプール設置階の固有周期と同調または近似しないようにプールの形状を変更する。例えば、
図2の矢印Aで示すように、プールのスロッシング固有周期T
sが小さくなるようにプールの形状を変更する。
【0028】
上記の第1設計変更判断工程S-3の妥当性について、
図3および
図4を用いて説明する。
これまで実際の遊泳用プールを対象として実施してきた複数の数値流体解析事例について、プールのスロッシング固有周期における設置階の揺れの速度応答スペクトルの値に対し、得られたプールサイドの最大水位を
図3に示し、最大波圧の値を
図4に示す。
図3および
図4からわかるように、プールの安全性の具体的な指標となる水位・波圧の値は、入力地震動の数値が100カインから200カインの間で急激に上昇することがわかる。特に、入力地震動の数値が100カイン未満の場合はこれまで水位・波圧とも特段の設計変更が必要な大きさになっておらず、200カイン以上では全ケースで設計変更が必要であることがわかる。入力地震動の数値が100以上200カイン未満の範囲では、設計変更の要否のケースが混在している。これらのことにより、第1設計変更判断工程S-3による設計変更の有無の判断は、妥当である。
【0029】
次に、本実施形態によるプールの設計方法の作用・効果について説明する。
本実施形態によるプールの設計方法では、数値流体解析を実施するケースは、プールが設置される建物の設置階の速度応答スペクトルから判定されるスロッシング固有周期Tsにおけるプールに入力される速度応答スペクトルの数値が第1設定値以上第2設定値未満のケースに限られることになる。すなわち、上記のケース以外では、数値流体解析を実施しない。このため、スロッシング固有周期と速度応答スペクトルから判定した速度応答スペクトルの数値にかかわらず全件において数値流体解析を行っていた場合と比べて、数値流体解析の回数が減るため、設計変更のサイクルにかかる時間を短縮できる。通常、数値流体解析を行い設計変更する場合、期間が数日から数週間であるのに対し、応答スペクトルの数値を判断し、設計変更する場合、数日の期間で済む。
また、プールのスロッシングによる影響の大きさを簡易に、客観的かつ定量的に評価することが可能となる。さらに、プールの安全性を確保しながら設計・デザイン・運用計画の自由度を従前より高める効果が期待できる。
【0030】
(第2実施形態)
次に、第2実施形態について、説明する。上述の第1実施形態と同一又は同様な部材、部分には同一の符号を用いて説明を省略し、実施形態と異なる構成について説明する。
図5に第2実施形態によるプールの設計方法のフローチャートを示す。
プールの形状を設計するプール形状設計工程S-21は、第1実施形態のプール形状設計工程S-1と同様に行う。
【0031】
速度応答スペクトル判定工程S-22では、第1実施形態の速度応答スペクトル判定工程S-2と同様に、スロッシング固有周期Tsを算定し、プールが設置される建物の設置階の速度応答スペクトルからスロッシング固有周期Tsにおけるプールに入力される速度応答スペクトルの数値を判定する。
【0032】
設計変更判断工程S-23では、速度応答スペクトルが100カイン未満の場合は、設計変更が不要であると判断し、設計を終了する。速度応答スペクトルが100カイン以上の場合は、プール形状設計工程S-1へ戻り、プールの形状を変更する。速度応答スペクトルの100カインが特許請求の範囲の所定値に相当する。
【0033】
上記の第2実施形態によるプールの設計方法では、数値流体解析を行わずに設計変更の要否を判断できるため、設計変更のサイクルにかかる時間を第1実施形態によるプールの設計法と比較してさらに短縮できる。
【0034】
以上、本発明によるプールの設計方法の実施形態について説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
例えば、上記の第1実施形態では、第1設計変更判断工程S-3において速度応答スペクトルが100カイン未満の場合、100カイン以上200カイン未満の場合、200カイン以上の場合で判断を変えている。上記の第2実施形態では、設計変更判断工程S-23において速度応答スペクトルが100カイン未満の場合、100カイン以上の場合で判断を変えている。第1設計変更判断工程S-3、設計変更判断工程S-23において判断を変える閾値は、適宜設定されてよい。
【符号の説明】
【0035】
S-1,S-21 プール形状設計工程
S-2,S-22 速度応答スペクトル判定工程
S-3 第1設計変更判断工程(設計変更判断工程)
S-23 設計変更判断工程
S-4 数値流体解析工程
S-5 第2設計変更判断工程