(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024177033
(43)【公開日】2024-12-19
(54)【発明の名称】加熱調理に利用可能な鉄製品
(51)【国際特許分類】
B32B 9/00 20060101AFI20241212BHJP
A47J 36/04 20060101ALI20241212BHJP
C03C 3/076 20060101ALI20241212BHJP
【FI】
B32B9/00 A
A47J36/04
C03C3/076
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023204360
(22)【出願日】2023-12-04
(31)【優先権主張番号】P 2023094506
(32)【優先日】2023-06-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】718003669
【氏名又は名称】茂 啓二郎
(72)【発明者】
【氏名】茂 啓二郎
【テーマコード(参考)】
4B055
4F100
4G062
【Fターム(参考)】
4B055AA01
4B055BA14
4B055BA16
4B055CA02
4B055FA04
4B055FB15
4B055FC09
4B055FC12
4B055FD10
4F100AA03C
4F100AA27B
4F100AA27D
4F100AB02A
4F100AB11E
4F100AG00E
4F100BA03
4F100BA04
4F100BA05
4F100BA07
4F100BA10A
4F100BA10C
4F100BA10D
4F100BA10E
4F100GB71
4F100JN01B
4F100JN01D
4F100YY00B
4F100YY00D
4G062AA08
4G062BB01
4G062CC05
4G062DA07
4G062DB01
4G062DC01
4G062DD01
4G062DE01
4G062DF01
4G062EA03
4G062EB01
4G062EB02
4G062EB03
4G062EB04
4G062EC01
4G062EC02
4G062EC03
4G062EC04
4G062ED01
4G062EE01
4G062EF01
4G062EG01
4G062FA01
4G062FA10
4G062FB01
4G062FC01
4G062FD01
4G062FE01
4G062FF01
4G062FG01
4G062FH01
4G062FJ01
4G062FK01
4G062FL01
4G062GA01
4G062GA10
4G062GB01
4G062GC01
4G062GD01
4G062GE01
4G062HH01
4G062HH03
4G062HH05
4G062HH07
4G062HH09
4G062HH11
4G062HH13
4G062HH15
4G062HH17
4G062HH20
4G062JJ01
4G062JJ03
4G062JJ05
4G062JJ07
4G062JJ10
4G062KK01
4G062KK03
4G062KK05
4G062KK07
4G062KK10
4G062MM06
4G062NN29
4G062NN34
(57)【要約】
【課題】鉄製品に鉄の酸化反応による着色で模様を描いて調理器具として長期間使うにはこの模様を透明な層で保護する必要がある。しかし、樹脂層で保護した場合は耐熱性に難点があり、シリカのようなケイ素化合物では耐熱水性に難点があった。
【解決手段】本発明では、この模様にケイ素を含まない透明な酸化ジルコニウム層で被覆し、それをさらに被覆する透明なリチウムを含むケイ酸アルカリ層で被覆することによって課題を解決した。これにさらに透明な酸化ジルコニウムで被覆してもよい。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面が透明な酸化ジルコニウム層によって被覆されており、さらにリチウムを含む透明なケイ酸アルカリ層で被覆されている加熱調理に利用可能な鉄製品であって、前記酸化ジルコニウム層はZrO2換算値で10~2000mg/平方メートルであり、リチウムを含むケイ酸アルカリ層はSiO2換算値で10~3000mg/平方メートルのケイ素を含み、その化学組成はSiO2=70~90wt%、Li2O=1~5wt%、Na2O+K2O=5~29wt%であることを特徴とする。
【請求項2】
請求項1に記載された加熱調理に利用可能な鉄製品の表面がさらに透明な酸化ジルコニウム層でさらに被覆されており、その酸化ジルコニウム層はZrO2換算値で10~2000mg/平方メートルである加熱調理に利用可能な鉄製品
【請求項3】
請求項1に記載された加熱調理に利用可能な鉄製品であって、その被覆層下の鉄表面の一部または全部がケイ素を含むガラス質によって被覆されていることを特徴とする加熱調理に利用可能な鉄製品。
【請求項4】
請求項1に記載された加熱調理に利用可能な鉄製品であって、その被覆層下の鉄表面の一部または全部が酸化による化学反応で着色されている部分を有する加熱調理に可能な鉄製品
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加熱調理に利用可能な鉄製品に関するものである。さらに詳しく述べるならば、鉄の酸化による赤、茶、青、紫、黒などの着色による模様を描くことも可能で、長時間300℃程度の高温および沸騰水に接触する加熱調理という過酷な条件下であっても、長期間にわたって着色が消失しないだけでなく、さびにくく、しかも食材が粘着しにくくてお手入れが簡単で加熱調理に利用可能な鉄製品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉄製品は、鉄板、フライパン、鍋などの加熱用調理器具として広く使われており、特にコーティングのない無垢の製品は、食物が粘着しやすく、錆び止めの手入れが大変という欠点があるものの、300℃を超える高温での調理に適用できるため根強い需要がある。一方、キッチン製品の意匠性に関するニーズの高まりから、外側だけでなく、内側調理面に種々の着色や模様を設けることの要求が増えてきている。例えば、フッ素樹脂コートされたフライパンならば顔料を用いれば容易に着色することができるが、しかし、このフッ素樹脂コーティングの上限温度が260℃で無垢の鉄製品よりも低いために、強火高温での調理対応に問題がある。琺瑯のような顔料を含むガラス質では、耐熱性はあっても、膜厚が厚く熱衝撃に弱いため、結局は強火調理には向かない問題がある。そこで、顔料とそれを固定するバインダーを用いないで着色する方法として、鉄製品が加熱などにより酸化して、黒、青、茶色、紫、黄色などに発色することを利用すると、発色していない元の銀色部分と対比させれば模様を描く方法が考え得る。
【0003】
しかしながらこれを実現するには、この模様を加熱調理という、高温、沸騰水、塩分、酸、アルカリなどの過酷な条件から模様を保護する必要がある。しかもコーティングによって保護するとなれば、保護機能に加えそれが透明でなければならず、これが非常に難しい問題となる。例えば、無機物のシリカ系皮膜では、高温には耐えることができるが、沸騰水に溶解しやすいため、数回の使用で消失してしまう問題が発生する。
【0004】
また、鉄製調理器具にシリコーン樹脂が塗布されている製品を多く見かけることができるが、これは製造から実際に使用されるまでの防錆が目的であり、数回の調理での使用で消失するために、短期間着色を保護することはできたとしても、長期間の使用には適さない。
【0005】
鉄の酸化を利用した調理器具の着色を保護する目的の先行文献は特に見当たらないが、鉄を無機物で保護して防錆する先行技術は散見される。前述のシリコーン樹脂、シリカを鉄製フライパンに処理する現行の市販技術については非特許文献1、2それぞれに解説されている。
【0006】
一方で、特許文献1には炭酸ジルコニウムのアルカリ性水溶液を金属表面に処理する防錆技術が記されている。また、特許文献2には、炭酸ジルコニウムのアルカリ水溶液処理だけでは防錆が十分ではなく、炭酸ジルコニウムのアンモニウム塩溶液にケイ素化合物を加え、さらにケイ素化合物で覆う方法が開示されている。特許文献1のジルコニウム化合物は加熱されて酸化ジルコニウムとなるが、この酸化ジルコニウム層だけでは防錆性能が不足するのは特許文献2が示すとおりである。しかし、特許文献2の方法でも、防錆は確保できても、調理に要求される耐沸騰水性が不足する問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭50-144639
【特許文献2】特開2009-41077
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】https://www.wahei.co.jp/reading/trivia/144.html
【非特許文献2】https://www.nitori-net.jp/ec/product/8943613s/
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、加熱調理に利用できて着色することも可能な鉄製品を提供することにある。加熱調理に利用できるという意味は、例えばフッ素樹脂の上限よりも高い300℃程度の高温のみならず、シリコーン樹脂あるいはシリカ膜のように沸騰水にさらされても消失しないなどの過酷な条件に耐えうることである。さらに詳しく述べるならば、本発明は、鉄の酸化による着色現象を利用して模様などを描き、その着色を透明な被覆層で保護して調理に利用しても長期間模様が消失しない鉄製品を提供することを目的とする。さらに、酸化による着色のあるなしにかかわらず、この透明な被覆層は防錆作用があり、食材が粘着しにくく、お手入れが簡単であることも本発明の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明では、前記課題を、鉄表面を酸化ジルコニウム層で被覆し、その酸化ジルコニウム層を、ケイ酸を含む層、好適にはリチウムを含む透明なケイ酸アルカリ層で被覆することによって前記課題を解決した。ただし、鉄表面が平滑でない場合や後述の酸化による着色を制御するために、酸化ジルコニウム層で被覆する前に鉄表面をケイ酸アルカリ層で被覆して置いてもよい。また、さらに最外側のケイ酸アルカリ層を酸化ジルコニウム層でさらに被覆するとより食材が粘着しにくくなることを見出し、発明の完成度をより高めることができた。また、この加熱調理に利用できる鉄製品は、最初の酸化ジルコニウム層を形成する前に、表面の全体または一部を酸化により着色すれば着色部あるなしの模様デザインを設けることが可能である。この着色部または非着色部は後に設けられる被覆層により保護されるため、長期間の使用に耐えることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明により加熱調理に利用でき着色で模様を描くことも可能な鉄製品が得られるようになった。これは鉄の酸化による着色を利用しており、フッ素やシリコーン樹脂、あるいはシリカを用いた従来の製品と異なり、耐熱性、耐熱衝撃性、耐沸騰水のいずれも優れており、無垢の鉄製品と同様の使い方が可能である。しかも無垢の製品よりも錆にくい特徴がある。これはフライパンや鉄板、鍋等に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は本発明を模式的に示した図であり、鉄板(100)の一部が酸化により着色されており(120)、この鉄板と酸化着色部分は必要に応じてリチウムを含む透明なケイ酸アルカリ層(110)により被覆されている。これはさらに、酸化ジルコニウム層(130)とリチウムを含む透明なケイ酸アルカリ層(140)2つの層により保護されている。
【
図2】
図2は本発明を模式的に示した図であり、
図1をさらに透明な酸化ジルコニウム層(250)で被覆されている。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明を実施するにあたっての順序として、鉄表面に酸化反応によって着色された部分と、酸化されずに着色されていない部分を設けて、着色や模様を描くのが好適である。酸化反応による着色の代表的なものは、加熱によって生じる黒皮、黒錆と呼ばれる四三酸化鉄の生成による金色、紫、青および黒色を呈する着色である。この着色は防食効果も示すため本発明にとって好適である。他にも赤錆による着色も可能であるものの、これは防食効果を示さないが、鉄製調理器具には栄養的な鉄分補給機能が期待される場合もあるため、一概に好適ではないとは言いきれない。他にも種々の酸化反応による着色方法はあるが、本発明において着色法の種類に特に制限はない。一方、酸化により着色されていない部分とは、酸化物層が生成していない鉄そのものの表面であり、銀色を呈している。着色されている部分といない部分の比率はデザインによるため特に制限はない。例えば酸化の程度が異なる黒と青からなるデザインでもよく、必ずしも銀色部分が必要という意味ではない。逆に銀色だけのデザインでも不都合はない。デザインの描画においては、着色した部分を研磨やエッチングして元の銀色を露出させて描くことが可能である他、マスキングにより酸化の程度を制御して描画することも可能である。また、温度差による呈色の変化も利用することが可能である。このようにデザインの描画には種々の方法があるが本発明において描画方法に特に制限はない。
【0014】
この着色や描画された模様は保護される必要がある。本発明では特に高温の調理に利用できる鉄製品を目的としているため、フッ素樹脂のような260℃以下の調理にしか利用できない保護被膜では好適でない。また、ケイ素を含むシリコーン、またはシリカのような300℃程度の高温で利用できても、沸騰水との接触で消失してしまうような保護被膜でも好適でない。そこで本発明では、ケイ素を含まない透明な酸化ジルコニウム層で模様を被覆することを考えた。なぜならば、ケイ素を含めば耐沸騰水性が低下する問題が生じるためである。これは、ケイ素化合物自体の耐沸騰水性の低さのためだけでなく、コーティング液中でジルコニウム成分とケイ素成分が化学反応してゲル化が進行するため、たとえ塗布できたとしても構造的に脆弱になると考えられるためである。したがって、この酸化ジルコニウム層は、極力酸化ジルコニウム単独からなるのが好適であり、ケイ素以外の成分も添加するのは好適でない。止むを得ない場合でも不純物など他成分は10%以下とするのが好適である。皮膜が透明でなければ模様は見えず、この点からも不純物を添加することは好適でない。
【0015】
しかしながら、このケイ素を含まない酸化ジルコニウム層がうまく製膜できない場合がある。特に顕著なのが、基材の鉄が鋳物などの多孔質または表面祖度が大きい場合である。このような基材に酸化ジルコニウム形成のための塗布液を塗装しても液の吸い込みが起こり、うまく製膜できない場合がある。また、デザインの都合上色調や光沢に変化を与えたい場合もある。このような時には、酸化ジルコニウムのための塗布液を塗る前に、ケイ素を含むガラス質で前もって孔を封孔あるいは平滑化しておけばよい。具体的には、ホーローや水ガラスのようなガラス質が適用できる。このようなガラス質の耐熱水性はそれほど優れていないが、孔内に入り込むのと耐熱水性に優れた酸化ジルコニウム層で被覆されるため問題はない。これの厚さは、封孔される程度が好適である。
【0016】
このように酸化ジルコニウムからなる層で鉄表面をある程度保護することは可能であるが、模様の調理中の高温加熱による変色から保護するには十分ではない。この変色防止には酸化ジルコニア層をさらに透明なケイ素を含む層で被覆するのが好適である。この2層構造は、前述のような混合とは異なり、界面での接触であるため、塗布液中でのゲル化反応もなく、膜構造の脆弱化もない。逆にジルコニウム成分とケイ素成分の反応が界面で起こるため、両方の層の密着が改善され、ケイ素を含む層の耐沸騰水性も、鉄表面に直接接するよりも改善される。また、このような2層構造であっても、ケイ素成分が1層目塗布液に混合されていては、ジルコニア成分が先にケイ素成分と混合液中で反応して活性が低下してしまうため、後からの2層目のケイ素成分と反応する余力は小さくなってしまう。このことからも、1層目の酸化ジルコニウムを形成する塗布液にケイ素成分が含まれているのは好適ではない。
【0017】
前記の透明なケイ素を含む層は、リチウムを含むケイ酸アルカリであることが変色防止だけでなく、耐沸騰水性もより改善できるので好適である。リチウムを含むケイ酸アルカリ層は、含まない層と比較して耐水性が改善されることは良く知られているが、ケイ素を含まない酸化ジルコニウム層に塗布すると耐水性だけでなく耐沸騰水性もさらに改善する。これは前述のように、酸化ジルコニウム層がケイ素を含んでいないと、さらに積層されたケイ素成分と反応結合できるため、リチウムの耐水性改善効果と相乗効果となり耐沸騰水効果がさらに強化されると考えられる。
【0018】
このリチウムを含むケイ酸アルカリ層を、ケイ素を含まない酸化ジルコニウム層で被覆すると、耐熱水性がさらに向上するだけでなく、食物の焦げ付きが低減する効果が得られる。耐熱水性が向上するのは前述と同じ理由であるが、焦げ付きが低減するのは、酸化ジルコニウムの表面がケイ酸のそれよりも不活性なためと考えられる。
【0019】
本発明品を製造する方法としては、まず鉄表面を着色する。これには、鉄の酸化反応を利用するのが好適であり、顔料および染料をバインダーに混合して描く方法は、鉄製調理器具の長所である高温調理を制限するため好適ではない。酸化による着色方法としては加熱によるものが簡便にできるために好適であるが薬品を使う方法もあり、これらに特に制限はない。模様とするためには、酸化した部分を研磨あるいは彫刻して着色されない部分を露出させる方法、または、酸化の前に着色したくない部分をマスキングしておく方法、または、酸化着色後にマスキングして露出部分を脱色する方法などを利用することが可能である。酸化、研磨の程度や、マスキングの材料などの被覆程度によって模様の濃淡を変化させることも可能である。どのようなデザインとするかは任意であり、酸化の程度についての制限はない。
【0020】
本発明である加熱調理に利用できる鉄製品の製造方法の特徴は、酸化によって着色された表面を、酸化ジルコニウムを形成する塗布液で塗装することにある。これには炭酸ジルコニウムアンモニウム水溶液を塗布乾燥して被覆することが好適である。炭酸ジルコニウムアンモニウムは後の加熱工程によって酸化ジルコニウムとなる。炭酸ジルコニウムアンモニウムは、化学式(NH4)2[Zr(CO3)2(OH)2]で表される無機物であり、水で希釈することにより塗布液とすることができる。添加物としては塗料化のために止むを得ず添加する水と界面活性剤などを除いては極力排除するのが好適である。特にケイ素化合物の添加は、塗布液のゲル化を促進して塗装しにくくなるばかりではなく、塗膜の耐熱水性の低下や、後述のケイ素化合物の密着性の低下の原因となるため、添
加しないのが好適である。また、不純物もやむを得ない場合を除いて混入は避けるのが好適である。塗布液濃度は1~10%とし、塗布量は酸化ジルコニウム換算で10~2000mg/平方メートルとするのが好適であり、より好適には100~2000mg/平方メートルである。少ないと保護効果が弱くなり、厚すぎると塗膜が剥離する恐れが大きくなる。塗布方法には特に制限はなく、スプレー、刷毛塗り、ディップ、ローラー塗装が可能である。塗布後は乾燥する。乾燥は自然乾燥か300℃以下の乾燥が好適である。300℃を超越すると、後述のケイ素を含む層との密着性が低下する恐れがある。
【0021】
基材の鉄が鋳物で多孔質あるいは表面粗度が大きい場合は、前記の酸化ジルコニウムを形成する塗布液が吸い込まれてうまく表面を覆うことができない場合がある。この時は、ケイ素を含むガラス質で多孔質や祖度の大きい表面をあらかじめ覆って吸い込みを防止するのが好適である。このガラス質としてはいわゆる水ガラス(ケイ酸リチウム、ケイ酸ナトリウム、ケイ酸カリウム)を塗布するのが簡便で好適である。ホーローのような釉薬を使うことも可能である。また、このようなガラス質は、デザイン上の都合で表面に光沢を付与し、または、酸化による着色のマスキングとしても利用可能である。
【0022】
酸化ジルコニウム単独による保護効果は、耐熱変色性が十分でなく長期間調理器具として使用すると酸化が進行して模様が見えにくくなる傾向がある。これを防止するには、前述の炭酸ジルコニウムアンモニウム水溶液を塗布乾燥した被覆層にリチウムを含有するケイ酸アルカリ水溶液でさらに被覆して加熱乾燥するのが好適である。この加熱は200℃以上、より好適には250℃以上とするのが好適である。この後、加熱によって、炭酸ジルコニウムアンモニウムからアンモニアと水が離脱して酸化ジルコニウムに変化すると同時に、これとリチウムを含むケイ酸アルカリ層が密着することにより、耐熱変色性と耐熱水性が同時に改善される。
【0023】
シリコーンやシリカなどのケイ素を含む被覆層は、酸素の透過性が小さいために高温での鉄の酸化による模様の熱変色を防止するのに好適である。しかし、この被覆層は耐熱水性が小さいために、調理器具のように熱水と接触するような用途では溶解してしまうために長期間変色を防止することができない。被覆層として利用可能なケイ素化合物としてはケイ酸リチウムの耐水性が優れていることは良く知られているが、これも沸騰水のような耐熱水性については十分ではない。しかし、本発明のように、炭酸ジルコニウムアンモニウム層と混合ではなく塗布によって接触させると、界面において化学反応が起こり、密着性が改善され耐熱水性と耐熱変色性が同時に改善される利点がある。 両者が接触でなく混合であると、混合と同時に塗布液中で化学反応が進行するため、十分な耐熱水性と耐熱変色性は得られないと推定される。塗布液固形分の好適な範囲は、SiO2=70~90wt%、Li2O=1~5wt%、Na2O+K2O=5~29wt%が好適である。塗布液としては固形分量1~20wt%の水溶液とし、界面活性剤を加えるのが塗装性から好適である。界面活性剤には特に制限はない。塗布量は、SiO2換算値として10~3000mg/平方メートル、より好適には100~2000mg/平方メートルであり、薄すぎると効果が不十分であり、厚すぎると剥離の恐れがある。リチウムを含有するケイ酸アルカリ水溶液としては、市販のケイ酸リチウム、ケイ酸ナトリウム、ケイ酸カリウムといったケイ酸アルカリ水溶液を用いるのが簡便で好適である。塗布方法には特に制限はなく、スプレー、刷毛塗り、ディップ、ローラー等が適用できる。加熱は酸化ジルコニウムが生成するよう250℃以上の加熱が好適である。上限には特に制限はないが鉄板が変形しない500℃以下が好適である。
【0024】
ここまでは、酸化ジルコニウム層とケイ酸アルカリ層の2層の効果について述べてきたが、これら2層をさらに酸化ジルコニウム層で被覆すると、本発明の課題の一つである、加熱調理中の食材の粘着性がより改善され、よりお手入れが簡単になることとケイ酸アルカリ層の沸騰水による溶解から保護されることが見いだされた。第三層目の積層方法は第二層の塗布乾燥後に行うのが好適であり、塗布後は200℃以上より好適には250℃以上に加熱するのが好適である。第三層の酸化ジルコニウム層は第一層の酸化ジルコニウム層と同様に塗布するのが好適である。
【実施例0025】
本発明を実施例により詳述するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
「実施例1~5」「比較例1~2」
ここでは、ZrO2塗布量を段階的に変化させ、SiO2塗布量を固定した時の模様の保護性を検討した。
10cmx10cmの鉄板をオーブンにて300℃で60分間加熱して青みを帯びた黒色に着色させた。この鉄板の表面をやすりで削って銀色模様を描いた。削った部分は元の鉄板の銀色となるために黒色をバックとした銀色の模様が描かれている。削った部分の比率は任意である。
塗布液として炭酸ジルコニウムアンモニウム(日本軽金属社製、ZrO2換算値含有量20wt%品)を蒸留水で希釈して、ZrO2=0、0.1,1.0、5、10、20wt%の塗布液を調整した。この塗布液を上記鉄板表面(面積0.01平方メートル)に各塗布液を0.1g滴下し、全体に均質に広げた。塗布量割合はZrO2換算値でそれぞれ、0、10、100、500、1000、2000mg/平方メートルになる。3000mg/平方メートルは10%液を0.3g滴下した。これを100℃で5分間乾燥した。 次にSiO2=10wt%,Li2O=0.3wt%,Na2O=1.7wt%組成(固形分組成SiO2=83.3wt%,Li2O=2.5wt%,Na2O=14.2wt%のリチウムを含むケイ酸アルカリ水溶液を調整し、前記の炭酸ジルコニウムアンモニウムを塗布した鉄板に0.1g滴下し、全体に均質に広げた。これの塗布量割合はSiO2換算値で,1000mg/平方メートルになる。これを300℃オーブンで60分間加熱した。加熱後外観を観察した後、耐沸騰水試験として外観異常のないものを沸騰水に24時間浸漬した後、再度300℃で60分間加熱して外観を観察した。結果を表1に示し、好適でない場合は比較例とした。表1の結果より、ZrO2の適切な塗布量は10~2000mg/平方メートル、より好適には100~1000mg/平方メートルと考えられた。
【表1】
【0026】
「実施例6~11、比較例3~4」
ここではZrO2塗布量を固定して、SiO2塗布量を段階的に変化させた時の模様の保護性を検討した。
10cmx10cmの鉄板をオーブンにて300℃で60分間加熱して青みを帯びた黒色に着色させた。この鉄板の表面をやすりで削って模様を描いた。削った部分は元の鉄板の銀色となるために黒色をバックとした銀色の模様が描かれている。削った部分の比率は任意である。塗布液として炭酸ジルコニウムアンモニウム(ZrO2換算値含有量20wt%品)を蒸留水で希釈して、ZrO2=5wt%の塗布液を調整した。この塗布液を上記鉄板表面(面積0.01平方メートル)に各塗布液を0.1g滴下し、全体に均質に広げた。塗布量割合はZrO2換算値で500mg/平方メートルになる。これを100℃で5分間乾燥した。 次にSiO2=10,Li2O=0.3,Na2O=1.7wt%組成のリチウムを含むケイ酸アルカリ水溶液を調整し、前記の炭酸ジルコニウムアンモニウムを塗布した鉄板に0、0.01、0.05、0.1、0.2、0.3、0.4g滴下し、全体に均質に広げた。これの塗布量割合はSiO2換算値でそれぞれ、0,100,500,1000,2000,3000,4000mg/平方メートルになる。これを300℃オーブンで60分間加熱した。加熱後外観を観察した後、沸騰水に24時間浸漬した後、再度300℃で60分間加熱して外観を観察した。表2の結果より、SiO2の適切な塗布量は100~3000mg/平方メートル、より好適な塗布量は100~2000mg/平方メートルと考えられた。
【表2】
【0027】
「実施例12、比較例5」
ここでは塗布液の安定性について検討した。
まず、炭酸ジルコニウムアンモニウム水溶液(ZrO2換算5wt%濃度)を調整した。 また、リチウムを含むケイ酸アルカリ水溶液(換算値含有量SiO2=10wt%、Li2O=0.3wt%,Na2O=1.7wt%)を調整した。どちらの調整液も6か月間室温で保存したところ、沈殿やゲル化の問題は生じなかった。この両者を、それぞれ重量比で9:1または5:5で混合したところ、前者は24時間後、後者は10分後にゲル化した。前者は速やかに塗装すればコーティング可能であるが、後者は不可能であった。
炭酸ジルコニウムアンモニウム単独液、前記9:1混合液それぞれ0.1gを実施例9と同様に模様を描いた10x10cm鉄板に滴下し全体に広げて塗布し、60℃で5分間乾燥した。さらにこれら表面に前記のリチウムを含むケイ酸アルカリ水溶液を0.1g滴下し全体に広げて塗布し、300℃10分間加熱して、実施例12(1層目ZrO2単独)と比較例5(1層目ZrO2とSiO2の混合)の模様がある鉄板を得た。両者とも加熱後模様の変色やコーティングの剥離は認められなかった。それぞれの鉄板を沸騰水に24時間浸漬後300℃60分間加熱したところ、実施例9では模様に異常が認められなかったが、比較例5では模様の銀色部分が黒化して模様が見えにくい状態になった。これらの差異は、一層目の塗布液にケイ素が含まれているか否かの差異であり、ケイ素化合物が炭酸ジルコニウムアンモニウムと塗布溶液中で化学反応して、たとえ塗布作業ができても、ゲル化が進行して塗膜が脆弱化したと考えられた。炭酸ジルコニウムアンモニウムとケイ素化合物を混合して塗布するのは、模様を保護することにおいて好適とは言えない。
【0028】
「実施例13~14、比較例6~7」
ここでは、2層目塗布層のリチウムのあるなしについて検討した。炭酸ジルコニウムアンモニウム水溶液(ZrO2換算5%濃度)を1層目塗布液として調整した。この液0.1gを実施例9と同様の10x10 cmの鉄板に滴下し全体に広げて塗布し、60℃で5分間乾燥した。次にリチウム量を段階的に変化させたケイ酸アルカリ水溶液を調整し、前記炭酸ジルコニウムアンモニウム水溶液を塗布した鉄板上に0.1g滴下し全体に広げて塗布した後、300℃で10分間加熱した。このようにして得られた鉄板の外観を観察した後、これらを沸騰水に24時間浸漬し、さらに300℃で60分間加熱して外観を観察した。これら結果を取りまとめて表3に示す。表3に示されているように、Li2Oが含まれていないと、沸騰水によりSiO2が消失し、模様が加熱によって黒変したため、周囲との差が不明瞭になった。また、Li2Oが過剰であると、2層目焼き付け時点で被覆層が白化したため好適でなかった。
【表3】
【0029】
「実施例15~20 比較例8~13」
ここでは、2層目被覆層成分の適正な固形分濃度範囲について検討した。ケイ酸リチウム、ケイ酸ナトリウム、ケイ酸カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化リチウム、水酸化カリウムを用いて、表4に示した組成になるように塗布液を調整した。鉄板には実施例9と同様に模様を作成し、これに炭酸ジルコニウムアンモニウムをZrO2換算値で500mg/平方メートルになるよう塗布し、60℃で乾燥した。これら鉄板に2層目として表4に示した組成になる塗布液を、SiO2換算値で1000mg/平方メートルになるよう塗布して300℃10分間焼き付け乾燥した。これの外観を観察した後、沸騰水に24時間浸漬後300℃60分間加熱して模様の状態を観察した。表4の結果より2層目被覆層の適切な組成はSiO2=70~90wt%の範囲であり、これより少ないと沸騰水で溶解し、再加熱時に模様が黒化して周囲と同じ色となり消失した。また、これより多いと焼き付け時に白化が認められた。Li2Oについては1~5wt%が適切であり、不足すると被覆層の溶解、過剰であると白化が認められた。Na2OおよびK2Oについては、SiO2およびLi2Oが適切であれば残りの成分として適切なのは5~29wt%と考えられた。
【表4】
【0030】
「実施例21」
実施例21ではマスキング法を用いて描画した。
市販の鉄フライパンを購入し、表面の処理層を研磨除去して銀色の鉄を露出させた。この表面に3号珪酸ソーダを用いて調理面に描画して乾燥させた。次にこのフライパンを400℃10分間加熱したところ、3号ケイ酸ソーダで被覆された部分はマスキングされており加熱により黒化しないため、描画部分は銀色、描画されなかった部分は黒色となり、明瞭な模様が描かれた鉄フライパンが得られた。さらにこのフライパンを沸騰した1%水酸化ナトリウム水溶液に2時間浸漬してケイ酸ソーダのマスキングを溶解除去した。ケイ酸ソーダ固化物は沸騰水もしくはアルカリ性の沸騰水に溶解することは良く知られている。この溶解除去工程を経ても黒色部は溶解しないため模様は残存する。
この模様表面に、実施例9と同じ条件で炭酸ジルコニウムアンモニウムおよびリチウムを含むケイ酸アルカリを塗布、焼き付け処理して実施例21の調理に利用可能な鉄フライパンを得た。この模様は1年間の実使用を経ても、模様は初期と同様であり模様が保護されることが確認された。
【0031】
「実施例22」
市販の鉄フライパンを購入し、表面の処理層を研磨除去して銀色の鉄を露出させた。この調理面表面にZrO2換算値濃度1%の炭酸ジルコニウムアンモニウム水溶液で描画して乾燥させた。次にこのフライパンを400℃30分間加熱したところ、炭酸ジルコニウムアンモニウム水溶液で被覆されていない部分は黒色に着色し、被覆された部分はマスキングにより酸化が部分的抑制されて青色に着色した。この黒と青の発色により模様が描かれた。この炭酸ジルコニウムアンモニウムでマスキングされた被覆層は酸化ジルコニウムになるため除去する必要はなく、そのまま第一層として利用できる。青色部分の酸化ジルコニウム層は2重になるが、これに不都合はない。
この模様表面に、実施例9と同じ条件で炭酸ジルコニウムアンモニウムおよびリチウムを含むケイ酸アルカリを塗布、焼き付け処理して実施例22の調理に利用可能な鉄フライパンを得た。この模様は1年間の実使用を経ても、模様は初期と同様であった。
【0032】
「実施例23、24」
市販の鋳鉄製フライパンを用意した。このフライパンの表面はざらざらしており多孔質のため吸水性があった。銀色になるまで研磨したが、それでもまだ吸水性が認められた。このフライパンを400℃に加熱して黒色に着色させた。ZrO2換算濃度4%の炭酸ジルコニウムアンモニウム水溶液に浸漬して、液をよく振り切ってから乾燥させたところ白粉が発生するコーティング不良が認められた。圧延鋼板製フライパンで同じ処理したところ、こちらではこの白粉が発生する問題は認められなかった。この原因は、鋳鉄製は吸水性のためコーティング液の吸い込みが多く、酸化ジルコニウムの塗布量が大きくなりすぎたためと考えられた。そこでこれの吸水率を少なくするために、SiO2=10,Li2O=0.3,Na2O=1.7wt%組成のリチウムを含むケイ酸アルカリ水溶液を調整し、これに前記と同様に炭酸ジルコニウムアンモニウム水溶液に浸漬する前の状態と同じフライパンを浸漬して、液切り乾燥したところ、ここでは白粉の発生は認められなかった。ケイ酸アルカリ水溶液は別名水ガラスと呼ばれるガラス質であるため、酸化ジルコニウムよりも粉化しにくいためうまく封孔が出来たと考えられた。次にこの封孔品を前記のZrO2換算濃度4%の炭酸ジルコニウムアンモニウム水溶液に浸漬処理したところ、前記圧延鋼板製フライパンのような白粉が発生する問題は認められなかった。さらにこれら封孔品と圧延鋼板基材のフライパンそれぞれに前記のリチウムを含むケイ酸アルカリ水溶液に浸漬して液切りし、さらに300℃で30分加熱して、それぞれ実施例23、24の調理に利用可能な鉄製品を得た。これらは実用に際しても、白粉の発生などの不都合は認められなかった。尚、実施例24以前の実施例に示されている市販鉄フライパンは圧延鋼板製である。
【0033】
「実施例25」
実施例24で得た圧延鋼板製基材のフライパンをZrO2換算濃度4%の炭酸ジルコニウム水溶液に浸漬し、液切りして300℃で30分間乾燥して実施例25の加熱調理に利用可能な鉄製品を得た。表面は酸化ジルコニウムが高屈折率であることからパール様の光沢が現われたが、白化や白紛発生などの不都合は生じなかった。実施例24と25のフライパンを比較したところ、前者は油汚れ、後者は焦げ付き汚れを他方よりもそれぞれ落としやすいことが認められた。調理の種類によって使い分けるのが好適と考えられた。
【0034】
「実施例26」
実施例21と同様にして市販の鉄フライパンを購入し、表面の処理層を研磨除去して銀色の鉄を露出させた。この表面にSiO2=10,Li2O=0.3,Na2O=1.7wt%組成のリチウムを含むケイ酸アルカリ水溶液で調理面に描画して乾燥させた。次にこのフライパンを400℃10分間加熱したところ、ケイ酸アルカリ水溶液で被覆された部分はマスキングされており加熱により黒化しないため、描画部分は銀色、描画されなかった部分は黒色となり、明瞭な模様が描かれた鉄フライパンが得られた。実施例21ではマスキングを沸騰水で除去したが、この実施例26では除去せずに、この模様表面に、実施例9と同じ条件で炭酸ジルコニウムアンモニウムおよびリチウムを含むケイ酸アルカリを塗布、焼き付け処理して実施例26の調理に利用可能な鉄フライパンを得た。この模様は1年間の実使用を経ても、模様は初期と同様であり模様が保護されることが確認された。
本発明で得られた模様が描かれた鉄製品は、高温および沸騰水と長時間接触しても模様が消失しない。さびにくく、食材がくっつきにくく、お手入れが楽である。このため、調理器具に利用することが可能であり、さらに意匠性を高めることが可能になった。