(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024177334
(43)【公開日】2024-12-19
(54)【発明の名称】光走査素子
(51)【国際特許分類】
G02F 1/295 20060101AFI20241212BHJP
【FI】
G02F1/295
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024173239
(22)【出願日】2024-10-02
(62)【分割の表示】P 2022578027の分割
【原出願日】2021-08-19
(31)【優先権主張番号】P 2021014636
(32)【優先日】2021-02-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000004064
【氏名又は名称】日本碍子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100122471
【弁理士】
【氏名又は名称】籾井 孝文
(72)【発明者】
【氏名】谷 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】近藤 順悟
(57)【要約】
【課題】走査角度が大きく、応答が早く、かつ、小型化可能な光走査素子が提供される。
【解決手段】本発明の実施形態による光走査素子は、光を第1の領域に出射する第1の光偏向手段と、第1の領域に出射された光を第1の領域よりも広い第2の領域に出射する第2の光偏向手段と、を有する。第1の光偏向手段は、印加電圧の変化により屈折率が変化し、このような屈折率の変化により第1の領域を調整するよう構成されており;第2の光偏向手段は、回折により第2の領域を調整するよう構成されている。
【選択図】
図1A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
光を第1の領域に出射する第1の光偏向手段と、
該第1の領域に出射された光を該第1の領域よりも広い第2の領域に出射する第2の光偏向手段と、
を有し、
該第1の光偏向手段が、印加電圧の変化により屈折率が変化し、該屈折率の変化により該第1の領域を調整するよう構成されており、
該第2の光偏向手段が、回折により該第2の領域を調整するよう構成されている、
光走査素子。
【請求項2】
前記第1の光偏向手段が、フォトニック結晶と回折格子との組み合わせ、光学位相アレイおよび可変光学メタサーフェスからなる群から選択される1つである、請求項1に記載の光走査素子。
【請求項3】
前記第2の光偏向手段が回折格子である、請求項2に記載の光走査素子。
【請求項4】
前記第1の光偏向手段が、
電気光学結晶基板に周期的に空孔が形成されてなるフォトニック結晶層と、
該フォトニック結晶層において形成されている線欠陥の光導波路と、
該光導波路の上部、左側面部および右側面部から選択される少なくとも1つの部分に設けられた回折格子と、
該光導波路の左側および右側に設けられた電極と、
を有し、
該光導波路の上面から出射する光の出射角が変化するよう構成されている、
請求項1に記載の光走査素子。
【請求項5】
前記回折格子が、前記光導波路の導波方向に対して実質的に直交する方向に延びる複数のグレーティング溝を有する、請求項4に記載の光走査素子。
【請求項6】
前記第2の光偏向手段が、グレーティング溝を有する回折格子であり、
前記第1の光偏向手段において前記グレーティング溝が延びる方向と、該第2の光偏向手段において該グレーティング溝が延びる方向と、が実質的に直交している、請求項5に記載の光走査素子。
【請求項7】
前記第2の光偏向手段が、グレーティング溝を有する回折格子であり、
前記第1の光偏向手段において前記グレーティング溝が延びる方向と、該第2の光偏向手段において該グレーティング溝が延びる方向と、が実質的に平行である、請求項5に記載の光走査素子。
【請求項8】
前記第1の光偏向手段が、
前記電気光学結晶基板の下部に設けられ、該電気光学結晶基板を支持する支持基板と、
該電気光学結晶基板と該支持基板とを一体化する接合部と、
該電気光学結晶基板の下面と該支持基板の上面と該接合部とにより規定される空洞と、
をさらに有する、請求項4から7のいずれかに記載の光走査素子。
【請求項9】
前記電気光学結晶基板が、ニオブ酸リチウム、タンタル酸リチウム、チタン酸リン酸カリウム、ニオブ酸カリウム・リチウム、ニオブ酸カリウム、タンタル酸・ニオブ酸カリウム、および、ニオブ酸リチウムとタンタル酸リチウムとの固溶体からなる群から選択される1つで構成されている、請求項4から8のいずれかに記載の光走査素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光走査素子に関する。
【背景技術】
【0002】
マルチメディアやデジタルサイネージの進展により、高精細、高画質、大画面のディスプレイやプロジェクタの需要が高くなっており、レーザー光を広角に走査する光走査素子の開発が活発化している。近年、光走査素子は、レーザーレーダー、レーザースキャナー、LiDAR(Light Detection and Ranging)として使用できることから、自動車の自動運転制御用、あるいは、ロボットまたはドローンの位置制御用の障害物検知システム、測距システムへの適用が検討されている。光走査素子の一例として、シリコンフォトニック結晶導波路に放射機構を設けた光偏向器が提案されている(特許文献1~4)。しかし、このような光偏向器は、波長ごとに偏向角度を変えたり、素子を加熱することで偏向角度を変えたりする構成であり、上記のような用途で使用する場合には、走査角度が十分ではない。また、波長ごとに偏向角が変化するタイプは波長の異なる複数の光源を必要とするといった問題があり、加熱するタイプは応答が遅いといった問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2017/126386号
【特許文献2】国際公開第2018/003852号
【特許文献3】国際公開第2018/186471号
【特許文献4】特許第4208754号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の主たる目的は、走査角度が大きく、応答が早く、かつ、小型化可能な光走査素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の実施形態による光走査素子は、光を第1の領域に出射する第1の光偏向手段と、該第1の領域に出射された光を該第1の領域よりも広い第2の領域に出射する第2の光偏向手段と、を有する。該第1の光偏向手段は、印加電圧の変化により屈折率が変化し、該屈折率の変化により該第1の領域を調整するよう構成されており;該第2の光偏向手段は、回折により該第2の領域を調整するよう構成されている。
1つの実施形態においては、上記第1の光偏向手段は、フォトニック結晶と回折格子との組み合わせ、光学位相アレイおよび可変光学メタサーフェスからなる群から選択される1つである。1つの実施形態においては、上記第2の光偏向手段は回折格子である。
1つの実施形態においては、上記第1の光偏向手段は、電気光学結晶基板に周期的に空孔が形成されてなるフォトニック結晶層と;該フォトニック結晶層において形成されている線欠陥の光導波路と;該光導波路の上部、左側面部および右側面部から選択される少なくとも1つの部分に設けられた回折格子と;該光導波路の左側および右側に設けられた電極と;を有し、該光導波路の上面から出射する光の出射角が変化するよう構成されている。
1つの実施形態においては、上記回折格子は、上記光導波路の導波方向に対して実質的に直交する方向に延びる複数のグレーティング溝を有する。
1つの実施形態においては、上記第2の光偏向手段は、グレーティング溝を有する回折格子であり、上記第1の光偏向手段において上記グレーティング溝が延びる方向と、該第2の光偏向手段において該グレーティング溝が延びる方向と、は実質的に直交している。別の実施形態においては、上記第2の光偏向手段は、グレーティング溝を有する回折格子であり、上記第1の光偏向手段において上記グレーティング溝が延びる方向と、該第2の光偏向手段において該グレーティング溝が延びる方向と、は実質的に平行である。
1つの実施形態においては、上記第1の光偏向手段は、上記電気光学結晶基板の下部に設けられ、該電気光学結晶基板を支持する支持基板と;該電気光学結晶基板と該支持基板とを一体化する接合部と;該電気光学結晶基板の下面と該支持基板の上面と該接合部とにより規定される空洞と;をさらに有する。
1つの実施形態においては、上記電気光学結晶基板は、ニオブ酸リチウム、タンタル酸リチウム、チタン酸リン酸カリウム、ニオブ酸カリウム・リチウム、ニオブ酸カリウム、タンタル酸・ニオブ酸カリウム、および、ニオブ酸リチウムとタンタル酸リチウムとの固溶体からなる群から選択される1つで構成されている。
【発明の効果】
【0006】
本発明の実施形態によれば、光走査素子において、印加電圧の変化により屈折率が変化し、当該屈折率の変化により光の出射領域である第1の領域を調整するよう構成された第1の光偏向手段と、第1の領域に出射された光を回折により第1の領域よりも広い第2の領域に出射する第2の光偏向手段と、が組み合わせて用いられる。これにより、走査角度が大きく、応答が早く、かつ、小型化可能な光走査素子を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1A】本発明の1つの実施形態により光の走査範囲が拡がるメカニズムを説明する概念図である。
【
図1B】本発明の別の実施形態により光の走査範囲が拡がるメカニズムを説明する概念図である。
【
図2A】本発明の1つの実施形態による光走査素子における第1の光偏向手段を示す概略斜視図である。
【
図2B】
図2Aの第1の光偏向手段を含む光走査素子の概略斜視図である。
【
図3A】本発明の別の実施形態による光走査素子における第1の光偏向手段を示す概略斜視図である。
【
図3B】
図3Aの第1の光偏向手段を含む光走査素子の概略斜視図である。
【
図4】本発明の実施形態による光走査素子における第1の光偏向手段の一例の概略断面図である。
【
図5】本発明の実施形態による光走査素子における第1の光偏向手段の別の例の概略断面図である。
【
図6】本発明の実施形態による光走査素子の第1の光偏向手段に用いられ得る回折格子における光の伝搬および出射(放射)を説明する概略断面図である。
【
図7】等価屈折率差の波長依存性を示すグラフである。
【
図8】異なる波長における等価屈折率差と印加電圧(電界)との関係を示すグラフである。
【
図9】
図9(a)~
図9(e)は、本発明の実施形態による光走査素子の製造方法の一例を説明する概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の実施形態について説明するが、本発明はこれらの実施形態には限定されない。なお、本明細書において「左側」または「右側」とは、光導波路の導波方向(光導波路における光の進行方向:光導波方向とも称する)に対して左側または右側を意味する。「実質的に平行」とは、2つの方向がなす角度が0°±5°であることを包含し、好ましくは0°±3°であり、より好ましくは0°±1°である。「実質的に直交」とは、2つの方向がなす角度が90°±5°であることを包含し、好ましくは90°±3°であり、より好ましくは90°±1°である。また、単に「平行」または「直交」と称する場合には、「実質的に平行」または「実質的に直交」であることを包含する。
【0009】
A.光走査素子の概念および概略構成
最初に、本発明の実施形態により光の走査範囲が拡がるメカニズムを概念的に説明する。
図1Aおよび
図1Bはそれぞれ、そのようなメカニズムを説明する概念図である。光走査素子300は、第1の光偏向手段100と第2の光偏向手段200とを有する。第1の光偏向手段100は、光(光走査素子への入射光)を第1の領域A1に出射する。第1の光偏向手段100は、代表的には、印加電圧の変化により屈折率が変化し、当該屈折率の変化により第1の領域を調整するよう構成されている。より詳細には以下のとおりである。第1の光偏向手段100から出射される光は、代表的には、平面視ライン状(光導波方向に直交する方向のライン状)かつ光導波方向から見ると扇状のいわゆるファンビームとなる。第1の光偏向手段100において電圧印加によって屈折率を変化させることにより、出射角の可変範囲αを調整することができる。その結果、第1の領域A1の光導波方向における長さを調整することができる。すなわち、図示例においては、第1の光偏向手段100は、第1の領域A1の光導波方向における任意の位置に光(ファンビーム)を出射することができる。なお、扇の角度(ファンビームの拡がり角度)φは、光導波路の幅を調整することにより制御することができる。このようにして、第1の光偏向手段100により、第1の領域A1(実質的には、第1の領域の形状:光導波方向および光導波方向に直交する方向の長さ)を調整することができる。さらに、第1の光偏向手段として、印加電圧の変化により屈折率が変化し、当該屈折率の変化により光の出射領域を調整する構成を採用することにより、以下の利点が得られ得る。すなわち、このような第1の光偏向手段は、電圧を連続的に変化させることにより、出射角を連続的に変化させることが可能となる。したがって、このような第1の光偏向手段を用いた光走査素子は、照射欠陥を発生させることなく対象物体を照射することができる。その結果、きわめてすぐれた分解能を実現することができ、光走査素子をLiDARとして用いた場合の安全性および信頼性を格段に向上させることができる。なお、図示例では見やすくするために、第1の領域A1は第1の光偏向手段100から所定距離離れた位置に規定されているが、第1の光偏向手段100と第2の光偏向手段200は近接しているので、第1の光偏向手段100からの距離の違いによる第1の領域A1の面積の違いは問題にはならない。実質的には、第1の領域A1は、第2の光偏向手段200の位置において規定すればよい。
【0010】
第1の光偏向手段100としては、印加電圧の変化により屈折率が変化し、当該屈折率の変化により第1の領域を調整できる限りにおいて、任意の適切な構成を採用することができる。そのような構成としては、例えば、フォトニック結晶と回折格子との組み合わせ、光学位相アレイ、可変光学メタサーフェスが挙げられる。代表例として、フォトニック結晶と回折格子との組み合わせをB項で後述する。光学位相アレイは、導波路アレイに分配された入力光を電気光学効果で位相制御して偏向方向を制御する。アレイは1次元(線形)であってもよく2次元(マトリックス状)であってもよい。好ましくは1次元である。第2の光偏向手段(代表的には、回折格子)との親和性が高いからである。光学位相アレイとしては、例えば、特表2017-521734号公報に記載の構成を採用することができる。メタサーフェスとは、波長未満の大きさの構造体により光の透過率、位相、偏向方向、波面等を制御する技術である。可変メタサーフェスとは、メタサーフェスに例えば機械的、光学的、電気光学的な変形機構を加えて、光学特性を制御できるようにしたものである。可変光学メタサーフェスとしては、例えば、1次元アレイ状に配列された光共振アンテナのそれぞれに異なる電圧を印加することにより偏向方向を制御する構成が挙げられる。このような1次元アレイ構成は、上記の光学位相アレイの場合と同様に、第2の光偏向手段(代表的には、回折格子)との親和性が高い。可変光学メタサーフェスとしては、例えば、米国特許第10665953号に記載の構成を採用することができる。なお、第1の光偏向手段100として採用され得るのは、あくまで電界によって直接屈折率が変化するような構成であり、例えば、電圧の印加によって発生した電流のジュール熱による熱光学効果を利用して屈折率を変化させる構成は含まない。
【0011】
第2の光偏向手段200は、第1の領域A1に出射された光を第1の領域A1よりも広い第2の領域A2に出射する。第2の光偏向手段200は、代表的には、回折により第2の領域A2を調整するよう構成されている。すなわち、第2の光偏向手段200は回折格子であり得る。第1の領域A1に出射された光の所定の回折次数の回折光を用いることにより、第1の領域A1よりも広い第2の領域A2に光を出射することができる。回折格子は、代表的にはグレーティング溝を有する。グレーティング溝が延びる方向を調整することにより、第2の領域A2(実質的には、第2の領域の拡がり)を調整することができる。例えば、回折格子のグレーティング溝が延びる方向を光導波方向と実質的に平行方向とすることにより、第1の領域A1に対する回折効果により、光導波方向と実質的に直交する方向に±1次の回折像を形成することができ、その結果、第2の領域A2として拡げることができる。このような構成は、
図1Aに示すような第1の領域A1が光導波方向に沿って細長い形状を有する場合に有用であり得る。特に、印加電圧の変化により屈折率が変化し、当該屈折率の変化により光の出射領域を調整する第1の光偏向手段は、実質的には光導波方向にしか出射範囲を調整できないので、第2の光偏向手段を組み合わせる効果が顕著なものとなる。また例えば、回折格子のグレーティング溝が延びる方向を光導波方向と実質的に直交する方向とすることにより、第1の領域A1に対する回折効果により、光導波方向に±1次の回折像を形成することができ、その結果、第2の領域A2として拡げることができる。このような構成は、
図1Bに示すような第1の領域A1が光導波方向と実質的に直交する方向に沿って細長い形状を有する場合に有用であり得る。ファンビームの拡がり角度φを大きくし、かつ、出射角の可変範囲αを大きくすることは、第1の光偏向手段のみでは困難な場合があるところ、第1の光偏向手段と第2の光偏向手段とを組み合わせることにより、第1の光偏向手段から出射されたファンビームの拡がり角度φが大きい場合に、実質的に、出射角の可変範囲αを光導波方向に拡げることができる。なお、図示例は0次光および±1次光を用いる場合を描写しているが、回折光としては、上記のとおり、目的に応じて任意の適切な回折次数の回折光を用いることができる。
【0012】
本明細書において「光走査素子」は、少なくとも1つの光走査素子が形成されたウェハ(光走査素子ウェハ)および当該光走査素子ウェハを切断して得られるチップの両方を包含する。
【0013】
以下、光走査素子の代表例として、第1の光偏向手段がフォトニック結晶と回折格子との組み合わせである構成を説明する。
【0014】
B.第1の光偏向手段
B-1.第1の光偏向手段の全体構成
図2Aは、本発明の1つの実施形態による光走査素子において第2の光偏向手段を取り除いた状態、すなわち、第1の光偏向手段を示す概略斜視図であり;
図2Bは、
図2Aの第1の光偏向手段を含む光走査素子の概略斜視図である。
図3Aは、本発明の別の実施形態による光走査素子において第2の光偏向手段を取り除いた状態、すなわち、第1の光偏向手段を示す概略斜視図であり;
図3Bは、
図3Aの第1の光偏向手段を含む光走査素子の概略斜視図である。
図2Bおよび
図3Bに示すように、光走査素子300は、第1の光偏向手段100と第2の光偏向手段200とを有する。
図2A、
図3A、
図4および
図5を参照して、第1の光偏向手段100について説明する。
図4は、第1の光偏向手段の一例の概略断面図であり;
図5は、第1の光偏向手段の別の例の概略断面図である。第1の光偏向手段100は、電気光学結晶基板に周期的に空孔12が形成されてなるフォトニック結晶層10と;フォトニック結晶層10において空孔12が形成されていない部分として規定される(すなわち、フォトニック結晶層に形成された線欠陥の)光導波路16と;光導波路16の上部、および/または左側面部および/または右側面部に設けられた回折格子50と;光導波路16の左側および右側に設けられた電極40、40と;を有する。第1の光偏向手段100は、1つの実施形態においては図示例のように、電気光学結晶基板(フォトニック結晶層)10の下部に設けられ、電気光学結晶基板(フォトニック結晶層)10を支持する支持基板30と;電気光学結晶基板(フォトニック結晶層)10と支持基板30とを一体化する接合部20と;電気光学結晶基板(フォトニック結晶層)10の下面と支持基板30の上面と接合部20とにより規定される空洞80と;をさらに有していてもよい。第1の光偏向手段100は、電極間40、40に印加された電圧により屈折率が変化し、当該屈折率変化により、光導波路16の上面から出射する光の出射角が変化するよう構成されている。
【0015】
回折格子50としては、光導波路16の上面から光を出射し得る限りにおいて任意の適切な構成が採用され得る。例えば、回折格子は、平面型であってもよく、凹凸型であってもよく、ホログラフを利用するものであってもよい。平面型は、例えば屈折率差により回折格子のパターンが形成され;凹凸型は、例えば溝またはスリットにより回折格子のパターンが形成される。回折格子のパターンとしては、代表的には、ストライプ、格子、ドット、特定形状(例えば、星形)が挙げられる。ストライプの方向およびピッチ、ドットの配置パターン等は、目的に応じて適切に設定され得る。1つの実施形態においては、回折格子50は、光導波路16の導波方向に対して実質的に直交する方向に延びる複数のグレーティング溝を有する。すなわち、回折格子は、1つの実施形態においては、光導波路の導波方向に対して実質的に直交するストライプパターンを有する。
【0016】
回折格子50は、光導波路16の導波方向全体にわたって形成されてもよく、光導波路16の導波方向に沿った所定の領域に形成されてもよい。当該所定の領域は、1つであってもよく、複数であってもよい。光導波路の長さに対する回折格子の長さの割合は、好ましくは10%~90%であり、より好ましくは20%~80%である。長さの割合がこのような範囲であれば、光導波路の回折格子が設けられていない部分において光の横モード形状を安定にすることができ、回折格子領域における回折効果により光を上面から良好に出射させることができる。また、良好な対称性を有する回折光パターンを実現することができ、強度分布がスムーズでリップルの無い出射光が得られ得る。なお、光導波路の長さ方向における回折格子の形成位置は、目的に応じて適切に設定され得る。回折格子の形成位置は、例えば、光走査素子が接続される回路やボンディングに応じて決めることができる。
【0017】
回折格子50は、好ましくは、光導波路の直上のみに設けられ得る(回折格子は、電気光学結晶基板に形成されてもよく、電気光学結晶基板とは別に形成されてもよく、その両方であってもよい)。このような構成であれば、回折格子と導波光とが効果的に相互作用することができ、結果として、非常に優れた回折効率を実現することができる。
【0018】
電極40、40は、光導波路16の性能に悪影響を与えない限りにおいて、光導波路16の左側および右側の任意の位置に設けられ得る。電極間40、40は、代表的には、フォトニック結晶層(電気光学結晶基板)10の左側端部および右側端部の上面に設けられている。
【0019】
図5は、第1の光偏向手段の別の例の概略断面図である。図示例の第1の光偏向手段は、フォトニック結晶層10の上面に設けられたクラッド層60をさらに有する。本実施形態においては、回折格子50は、クラッド層60の上面の光導波路16に対応する部分に設けられ;電極40、40は、フォトニック結晶層(電気光学結晶基板)10の左側端部および右側端部に形成されたクラッド層60の上面に設けられている。クラッド層60は、電極40と電気光学結晶(フォトニック結晶層)10との間のみ、あるいは、光導波路16の直上のみに形成されていてもよい。
【0020】
以下、第1の光偏向手段の動作について説明し、次いで、第1の光偏向手段の各構成要素の具体的な構成についてB-3項~B-8項で後述する。なお、電極については業界で周知慣用の構成が採用され得るので、詳細な説明は省略する。
【0021】
B-2.第1の光偏向手段の動作
第1の光偏向手段の動作時には、光導波路16の入射面から光を入射させる。ここで、入射する光について説明する。入射光は、LiDAR用で使用する単一波長で発信するレーザー光を用いることができる。レーザー光は、縦モードが多モードであってもよく、シングルモードであってもよく、横モードが多モードであってもよく、シングルモードであってもよい。好ましくは、レーザー光は、縦モードおよび横モードのいずれもがシングルモードである。このような構成であれば、レーザー光の拡がりを抑制でき空間分解能を向上させることができる。入射した光は、光導波路16内を伝搬しながら、回折格子50の作用により、回折光が素子の上面から出射される。
図6を参照してより詳細に説明する。
図6は、回折格子における光の伝搬および出射(放射)を説明する概略断面図である。回折格子は、1つの実施形態においては、上記のとおり、光導波路16の導波方向に対して実質的に直交する方向に延びる複数のグレーティング溝を有する。図示例の回折格子は、平面視において導波路方向に直交する方向のグレーティングパターンであり;導波路方向に沿った断面においては、例えば、幅Λ/2の凸部と幅Λ/2のスリットが交互に形成されている。スリット部分において、回折格子下部の光導波路は露出している。凸部およびスリットの繰り返し単位の幅Λが回折格子の周期(ピッチ)として定義される。凸部の幅とスリットの幅の比は、特に限定はなく、1/9から9/1の範囲であることが好ましい。光導波路16に入射した光は、例えば、導波方向に伝搬定数βoで伝搬する。周期Λの回折格子においては、下記式(1)の位相条件を満足する伝搬定数の光が伝搬する。
βq=βo+qK(q=0、±1、±2、・・・) ・・・( 1 )
ここで、βoは回折格子がない場合の光導波路中の導波モードの伝搬定数であり、Kは下記式で表される。
K=2π/Λ
下記式を満たす次数qがある場合、光導波路の上側と下側の両方に光が出射(放射)され得る。
|βq|<na・k または |βq|<ns・k
ここで、naおよびnsはそれぞれ、光導波路の上部のクラッドおよび下部のクラッドの屈折率を示す。また、kは波数を示す。なお、後述するとおり、第1の光偏向手段においては、空洞80が下部クラッドとして機能し、上部の空気部分が上部クラッドとして機能し得るので、naおよびnsはそれぞれ1であり得る。
【0022】
基準面に対する出射角θaおよびθsは、それぞれ下記式(2)で決定され得る。なお、基準面は、光導波路16の導波方向を法線とする面とする(この基準面は、フォトニック結晶層10の法線も含んでいる)。
na・k・sinθa=ns・k・sinθs=βq ・・・(2)
さらに、式(1)は下記式(3)として表すことができる。ここで、式(3)が実際に成立する条件は、q≦-1の場合である。したがって、一次回折光は、q=-1のときに算出される出射角θaおよびθsで光導波路外部に出射され得る。
【0023】
【0024】
式(3)から明らかなように、出射角θaおよびθsは、nwgおよび入射光の波長λに応じて変化し得る。ここで、nwgは、フォトニック結晶中の空孔を1列分除去したことにより形成した光導波路(線欠陥の光導波路)を伝搬する光の等価屈折率に相当する。本発明の実施形態によれば、電気光学結晶基板にフォトニック結晶(フォトニック結晶層)を形成することにより、フォトニックバンドの長波長側で等価屈折率が非常に大きくなり、かつ、電圧印加により当該等価屈折率が大きく変化する。その結果、印加電圧(により形成される電界)を変化させることにより、式(3)におけるnwgを大きく変化させることができ、したがって出射角θaを大きく変化させることができる。言い換えれば、印加電圧を変化させることにより、出射角θaを広範囲に、かつ、所望の角度に可変することができる。その結果、第1の領域A1を広範囲に調整することができる。さらに、電気光学結晶基板によるフォトニック結晶は、半導体(例えば、単結晶シリコン)によるフォトニック結晶に対して以下の利点を有する。半導体から形成したフォトニック結晶によれば、電気光学効果が小さいので電圧印加をしても屈折率はほとんど変化しない。したがって、このようなフォトニック結晶を利用する第1の光偏向手段において出射角を変化させようとする場合には、入射光の波長を変化させる、あるいは、加熱して屈折率を変化させる必要がある。その結果、波長を変化させる場合には、波長の異なる複数の光源または多波長光源が必要となり、コストが増大し、設計上の制約も大きくなる。さらに、光源の波長を連続的に変化させることは困難であるので、出射角を連続的に変化させることも困難であり、光源の波長によっては所望の出射角が実現できない場合がある。また、加熱による場合には、フォトニック結晶部分の温度分布を均一にすること、および、応答を高速にすることは難しく、環境温度が変化した場合の温度制御はセンサを含めた外部回路も必要になり、コスト増大が課題となる。さらに、温度変化による等価屈折率の変化は比較的に小さく、現状、50°を越える出射角の変化は報告されていない。これに対し、本発明の実施形態によれば、電極に印加する電圧を変化させるだけでよく、かつ、電圧は連続的に変化させることができるので、低コストで、設計上の制約も小さく、出射角を広範囲に、かつ、所望の角度に可変し得る第1の光偏向手段を実現することができる。
【0025】
図2Aおよび
図3Aに示すように、上記のメカニズムで第1の光偏向手段(実質的には、光導波路)から出射される出射光ビーム(レーザー光)は、平面視ライン状(光導波路方向に直交する方向のライン状)かつ光導波路方向から見ると扇状のいわゆるファンビームとなる。扇の角度(ファンビームの拡がり角度)φは、好ましくは10°以上であり、より好ましくは20°以上であり、さらに好ましくは30°以上であり、特に好ましくは50°以上である。ファンビームの拡がり角度φは、例えば120°以下であり得る。ファンビームの拡がり角度φは、光導波路の幅を調整することにより制御することができる。つまり、ニアフィールド(近傍界)とファーフィールド(遠方界)の関係と同様に、光導波路の幅を狭くすると拡がりが大きくなるので拡がり角度を大きくすることができる。また、光導波路の幅を広くすると逆に拡がり角度を狭くすることができる。拡がり角度がこのような範囲であれば、出射角が広範囲で可変である効果との相乗的な効果により、きわめてすぐれた走査効率を有する第1の光偏向手段が実現され得る。すなわち、第1の領域A1を広範囲に調整することができる。特に、LiDAR用としては、水平方向で100°以上、垂直方向で25°以上の画角が要求されており、この要求を満足させるためにファンビームの拡がり角度(垂直方向)は上記のように設定され得る。また、出射角の可変範囲αは、好ましくは±40°以上であり、より好ましくは±60°以上である。出射角の可変範囲αは、例えば±70°以下であり得る。上記のとおり、本発明の実施形態によれば、従来に比べて格段に広範囲で出射角を変化させることができる。その結果、第1の領域A1をきわめて広範囲に調整することができる。なお、本明細書において出射角の符号「+」は上記の基準面に対して出力側を意味し、「-」は基準面に対して入力側を意味する。
【0026】
B-3.フォトニック結晶層
B-3-1.電気光学結晶基板
電気光学結晶基板10は、外部に露出する上面と、複合基板内に位置する下面と、を有する。電気光学結晶基板10は、電気光学効果を有する材料の結晶で構成されている。具体的には、電気光学結晶基板10は、電圧(電界)が印加されると屈折率が変化し得る。このことにより、半導体材料(例えば、単結晶シリコン)を用いる場合に比べて以下の利点が得られ得る:半導体材料を用いる場合には、フォトニック結晶による等価屈折率の波長依存性の増大効果を利用する。あるいは、等価屈折率の温度依存性の増大効果を利用する。しかし、前者の場合は、フォトニック結晶により波長依存性が増大し波長毎に異なる角度でファンビームが出射するので、複数波長の光源が必要になる、受光側で複数の波長に対して個別認識して信号処理することから処理が複雑になる、といった問題が生じ得る。後者の場合、フォトニック結晶部分を加熱・冷却し所望の温度に設定し、かつ面内分布を均一にするためは、ある程度の時間が必要となり、応答速度を高速化することは難しい。また、環境温度が変化した場合の温度制御はセンサを含めた外部回路も必要になり、コスト増大も課題となる。さらに温度変化による等価屈折率の変化は比較的に小さい。これに対し、電気光学結晶基板を用いた場合は、上記のとおり電圧(電界)の印加により等価屈折率を変化させることができる。フォトニック結晶中に設けた光導波路を伝搬する光の等価屈折率差を
図7に示す。
図7では、電気光学結晶としてニオブ酸リチウムを用い、空孔周期425nm、空孔径(半径)144.5nmとした場合の計算結果を示している。
図7に示すように、等価屈折率差は、フォトニックバンド内における長波長側で大きくなる。ここで、長波長側とは、フォトニックバンドの中心波長よりも長波長側、あるいは、フォトニックバンド閉じ込めモードの波長よりも長波長側であることを意味する。また、この領域においては、等価屈折率差の波長依存性も大きくなる。電圧を印加した場合には、電気光学効果による屈折率変化を伴って等価屈折率差も増大し得る。なお、
図7における等価屈折率差ΔN
effは下記式で表される。ここで、N
eff(0)は電圧無印加時の等価屈折率であり、N
eff(V)は電圧印加時の等価屈折率である。
ΔN
eff=N
eff(V)-N
eff(0)
図8は、
図7の計算結果から特定波長における印加電界と等価屈折率差との関係を示すグラフである。
図8に示すように、波長λが短い領域においては、等価屈折率差はフォトニック結晶を形成しない光導波路型回折デバイスと同様に電界による変化は非常に小さい。一方、波長λが長いフォトニックバンド端領域においては、電界による等価屈折率差の変化が大きくなり得る。これにより、電気光学結晶基板を利用したフォトニック結晶は、電圧印加によって等価屈折率差を大きくする(等価屈折率を大きく変化させる)ことが可能であり、この変化に対応して回折光として出射角を大きく変化させることが可能となる。
【0027】
1つの実施形態においては、電気光学結晶基板10のc軸は、電気光学結晶基板10に平行であり得る。すなわち、電気光学結晶基板10は、Xカットの基板であってもよくYカットの基板であってもよい。別の実施形態においては、電気光学結晶基板10のc軸は、電気光学結晶基板10に垂直であり得る。すなわち、電気光学結晶基板10は、Zカットの基板であってもよい。電気光学結晶基板10の厚みは、使用する電磁波の周波数や波長に応じて任意の適切な厚みに設定され得る。電気光学結晶基板10の厚みは、例えば0.1μm~10μm、また例えば0.1μm~3μmであり得る。代表的には上記のとおり、第1の光偏向手段において電気光学結晶基板は支持基板と一体化されて、支持基板により補強されているので、電気光学結晶基板の厚みを薄くすることができる。その結果、第1の光偏向手段に好適な波長の光を光導波路でシングルモード伝搬させることができ、および/または、回折格子との結合効率を容易に向上させることができる。
【0028】
電気光学結晶基板10を構成する材料としては、本発明の実施形態による効果が得られる限りにおいて任意の適切な材料が用いられ得る。そのような材料としては、代表的には、誘電体(例えば、セラミック)が挙げられる。具体例としては、ニオブ酸リチウム(LiNbO3:LN)、タンタル酸リチウム(LiTaO3:LT)、チタン酸リン酸カリウム(KTiOPO4:KTP)、ニオブ酸カリウム・リチウム(KxLi(1-x)NbO2:KLM)、ニオブ酸カリウム(KNbO3:KN)、タンタル酸・ニオブ酸カリウム(KNbxTa(1-x)O3:KTN)、ニオブ酸リチウムとタンタル酸リチウムとの固溶体が挙げられる。なお、ニオブ酸リチウムやタンタル酸リチウムを使用する場合には、光損傷を抑制するためにMgOをドープしたもの、あるいはストイキオ組成の結晶を用いることができる。
【0029】
B-3-2.フォトニック結晶層
フォトニック結晶層10は、上記のとおり、電気光学結晶基板に周期的に空孔12が形成されてなる。フォトニック結晶層を構成するフォトニック結晶とは、屈折率の大きい媒質と小さい媒質を光の波長と同程度の周期で構成した多次元周期構造体であり、電子のバンド構造に似た光のバンド構造を有する。したがって、周期構造を適切に設計することにより、所定の光の禁制帯(フォトニックバンドギャップ)を発現させることができる。禁制帯を有するフォトニック結晶は、所定の波長の光に対して光の反射も透過も起こらない物体として機能する。フォトニックバンドギャップを有するフォトニック結晶に、周期性を乱す線欠陥を導入すると、バンドギャップの周波数領域内に導波モードが形成され、低損失で光を伝搬する光導波路を実現できる。
【0030】
図示例のフォトニック結晶は、いわゆるスラブ型2次元フォトニック結晶である。スラブ型2次元フォトニック結晶とは、誘電体(本発明の実施形態においては、電気光学結晶)の薄板スラブに、薄板スラブを構成する材料の屈折率よりも低い屈折率の円柱状または多角柱状の低屈折率柱を目的および所望のフォトニックバンドギャップに応じた適切な2次元周期間隔で設け、さらに薄板スラブの上下を薄板スラブよりも低い屈折率を有する上部クラッドと下部クラッドとで挟んだフォトニック結晶のことである。図示例においては、空孔12が低屈折率柱として機能し、電気光学結晶基板10の空孔12、12間の部分14が高屈折率部として機能し、空洞80が下部クラッドとして機能し、上部の空気部分が上部クラッドとして機能し得る。電気光学結晶基板10において空孔12の周期パターンが形成されていない部分が線欠陥となり、当該線欠陥部分が光導波路16を構成する。
【0031】
空孔12は、上記のとおり周期的なパターンとして形成され得る。空孔12は、代表的には、規則的な格子を形成するように配列されている。格子の形態としては、所定のフォトニックバンドギャップを実現し得る限りにおいて、任意の適切な形態が採用され得る。代表例としては、三角格子、正方形格子が挙げられる。空孔12は、1つの実施形態においては、貫通孔であり得る。貫通孔は形成が容易であり、結果として、屈折率の調整が容易である。空孔(貫通孔)の平面視形状としては、任意の適切な形状が採用され得る。具体例としては、等辺多角形(例えば、正三角形、正方形、正五角形、正六角形、正八角形)、略円形、楕円形が挙げられる。略円形が好ましい。略円形は、長径/ 短径比が好ましくは0.90~1.10であり、より好ましくは0.95~1.05である。なお、貫通孔12は、上記のとおり、低屈折率柱(低屈折材料で構成される柱状部分)であってもよい。ただし、貫通孔のほうが形成容易であり、かつ、貫通孔は最も屈折率の低い空気で構成されるので光導波路との屈折率差を大きくすることができる。また、空孔径は部分的に他の空孔径と異なっていてもよいし、空孔周期についても部分的に他の空孔周期と異なっていてもよい。また、空孔の周期Pと空孔の半径d/2の関係は、d/(2P)が好ましくは0.2以上0.48以下であり、より好ましくは0.25以上0.4以下であり、さらに好ましくは0.3以上0.34以下である。このような範囲であれば、電圧印加による等価屈折率差を大きくすることができる。
【0032】
空孔の格子パターンは、目的および所望のフォトニックバンドギャップに応じて適切に設定され得る。図示例においては、直径dの空孔が周期Pで正方形格子を形成している。図示例では正方形格子が形成されているが、空孔の直径および周期等を適切に設定することにより、三角格子でも同様の動作、機能および効果が得られ得る。当該正方形格子パターンは、フォトニック結晶素子の両側に形成され、格子パターンが形成されない中央部に光導波路16が形成されている。光導波路16の長さは、好ましくは5mm以下であり、より好ましくは0.1mm~3mmである。本発明の実施形態によれば、電気光学結晶で構成されるフォトニック結晶層と所定の回折格子とを組み合わせることにより、光導波路の長さを非常に短くすることができる。その結果、第1の光偏向手段(結果として、光走査素子)の小型化が可能となる。光導波路16の幅は、空孔周期Pに対して例えば1.01P~3P(図示例では2P)であり得る。光導波路方向の空孔の列(以下、格子列と称する場合がある)の数は、光導波路のそれぞれの側において3列~10列(図示例では4列)であり得る。空孔周期Pは、例えば以下の関係を満足し得る。
(1/7)×(λ/n)≦P≦1.4×(λ/n)
ここで、λは光導波路に導入される光の波長(nm)であり、nは電気光学結晶基板の屈折率である。空孔周期Pは、具体的には0.1μm~1μmであり得る。1つの実施形態においては、空孔周期Pは、フォトニック結晶層(電気光学結晶基板)の厚みと同等であり得る。空孔の直径dは、空孔周期Pに対して例えば例えば0.1P~0.9Pであり得る。空孔の直径d、空孔周期P、格子列の数、1つの格子列における空孔の数、フォトニック結晶層の厚み、電気光学結晶基板の構成材料(実質的には、屈折率)、線欠陥部分の幅、後述する空洞の幅および高さ等を適切に組み合わせて調整することにより、所望のフォトニックバンドギャップが得られ得る。さらに、光波以外の電磁波に対しても同様の効果が得られ得る。電磁波の具体例としては、ミリ波、マイクロ波、テラヘルツ波が挙げられる。
【0033】
1つの実施形態においては、フォトニック結晶層(電気光学結晶基板)10には、エッチング用貫通孔(図示せず)が形成され得る。エッチング用貫通孔を形成することにより、エッチング液をエッチングすべき領域全体に良好に行き渡らせることができる。その結果、所望の空洞をより精密に形成することができる。エッチング用貫通孔の数は、目的に応じて適切に設定され得る。具体的には、単一のエッチング用貫通孔が形成されてもよく、複数(例えば、2つ、3つ、または4つ)のエッチング用貫通孔が形成されてもよい。エッチング用貫通孔は、例えば、光導波路から格子列を3列以上離れた位置に形成される。このような構成であれば、フォトニックバンドギャップに対する悪影響を与えることなく、エッチング液をエッチングすべき領域全体に良好に行き渡らせることができる。エッチング用貫通孔は、また例えば、格子パターンの光導波路と反対側の端部の入力部側および/または出力部側(すなわち、フォトニック結晶層の隅部)に形成され得る。このような構成であれば、フォトニックバンドギャップに対する悪影響をさらに良好に防止することができる。例えばエッチング用貫通孔が4つ形成される場合には、それらはフォトニック結晶層の4隅に形成され得る。エッチング用貫通孔のサイズは、代表的には、空孔12のサイズよりも大きい。例えば、エッチング用貫通孔の直径は、空孔の直径dに対して好ましくは5倍以上であり、より好ましくは50倍以上であり、さらに好ましくは100倍以上である。一方、エッチング用貫通孔の直径は、空孔の直径dに対して好ましくは1000倍以下である。エッチング用貫通孔の直径が小さすぎると、エッチング液がエッチングすべき領域全体に良好に行き渡らない場合がある。エッチング用貫通孔の直径が大きすぎると、素子サイズを所望サイズより大きくしなければならない場合があり、また、機械的な強度が低下する場合がある。
【0034】
B-4.接合部
接合部20は、電気光学結晶基板10と支持基板30との間に介在し、これらを一体化する。接合部20は、代表的には
図2Aおよび
図2Bならびに
図3Aおよび
図3Bに示すように、上層21と下層22とが直接接合されることにより、電気光学結晶基板10と支持基板30とを一体化する。直接接合により電気光学結晶基板10と支持基板30とを一体化することにより、第1の光偏向手段における剥離を良好に抑制することができ、結果として、このような剥離に起因する電気光学結晶基板の損傷(例えば、クラック)を良好に抑制することができる。接合部20は、空孔12および空洞80を形成する際のエッチングの残りの部分として構成される。上層21と下層22との接合界面には代表的にはアモルファス層23が形成されている。アモルファス層23は、上層21と下層22との直接接合により接合界面に形成された層である。アモルファス層は名称のとおりアモルファス構造を有しており、上層21を構成する元素と下層22を構成する元素とで構成されている。このように、上層21と下層22とを直接接合することにより、上層21と下層22との接合界面にアモルファス層23が形成され得る。すなわち、上層21と下層22とを直接接合することにより、電気光学結晶基板と支持基板との直接接合を回避することができ、したがって、電気光学結晶基板にアモルファス層が形成されることを防止することができる。その結果、電気光学結晶基板の光学特性の低下または光学損失を抑制することができる。
【0035】
本明細書において「直接接合」とは、接着剤を介在させることなく2つの層または基板(図示例では上層21と下層22)が接合していることを意味する。直接接合の形態は、互いに接合される層または基板の構成に応じて適切に設定され得る。例えば、直接接合は、以下の手順で実現され得る。高真空チャンバー内(例えば、1×10-6Pa程度)において、接合される構成要素(層または基板)のそれぞれの接合面に中性化ビームを照射する。これより、各接合面が活性化される。次いで、真空雰囲気で、活性化された接合面同士を接触させ、常温で接合する。この接合時の荷重は、例えば100N~20000Nであり得る。1つの実施形態においては、中性化ビームによる表面活性化を行う際には、チャンバーに不活性ガスを導入し、チャンバー内に配置した電極へ直流電源から高電圧を印加する。このような構成であれば、電極(正極)とチャンバー(負極)との間に生じる電界により電子が運動して、不活性ガスによる原子とイオンのビームが生成される。グリッドに達したビームのうち、イオンビームはグリッドで中和されるので、中性原子のビームが高速原子ビーム源から出射される。ビームを構成する原子種は、好ましくは不活性ガス元素(例えば、アルゴン(Ar)、窒素(N))である。ビーム照射による活性化時の電圧は例えば0.5kV~2.0kVであり、電流は例えば50mA~200mAである。なお、直接接合の方法は、これに限定されることはなく、FAB(Fast Atom Beam)やイオンガンによる表面活性化法、原子拡散法、プラズマ接合法等も適用できる。
【0036】
上層21および下層22はそれぞれ、目的、フォトニック結晶層の所望の構成、第1の光偏向手段または光走査素子の製造方法(実質的には、エッチングプロセス)に応じて任意の適切な構成が採用され得る。具体的には、上層21および下層22はそれぞれ、単一層であってもよく、積層構造を有していてもよい。上層および下層の構成材料(上層および下層の少なくとも1つが積層構造を有する場合には、それぞれの層の構成材料)もまた、目的、フォトニック結晶層の所望の構成、エッチングプロセスに応じて適切に選択され得る。
【0037】
B-5.空洞
空洞80は、上記のとおり上層21および下層22(ならびに、必然的にアモルファス層)をエッチングにより除去することにより形成され、下部クラッドとして機能し得る。空洞の幅は、好ましくは光導波路の幅より大きい。例えば、空洞80は、光導波路16から3列目の格子列まで延びていてもよい。図示例では、空洞80は、光導波路16から3列目の格子列まで延びている。光は光導波路内を伝搬するだけでなく、光エネルギーの一部が光導波路近傍の格子列まで拡散する場合があるので、そのような格子列の直下に空洞を設けることにより、光漏れによる伝搬損失を抑制することができる。この観点から、空洞は空孔形成部の全域にわたって形成されていてもよい。空洞の高さは、好ましくは0.1μm以上であり、より好ましくは伝搬する光の波長の1/5以上である。このような高さであれば、薄板スラブがフォトニック結晶として機能し、より波長選択性が高く、低損失な光導波路が実現できる。空洞の高さは、上層21および下層22の厚みを調整することにより制御できる。
【0038】
B-6.支持基板
支持基板30は、複合基板内に位置する上面と、外部に露出する下面と、を有する。支持基板30は、複合基板の強度を高めるために設けられており、これにより、電気光学結晶基板の厚みを薄くすることができる。支持基板30としては、任意の適切な構成が採用され得る。支持基板30を構成する材料の具体例としては、シリコン(Si)、ガラス、サイアロン(Si3N4-Al2O3)、ムライト(3Al2O3・2SiO2,2Al2O3・3SiO2)、窒化アルミニウム(AlN)、窒化シリコン(Si3N4)、酸化マグネシウム(MgO)、サファイア、石英、水晶、窒化ガリウム(GaN)、炭化シリコン(SiC)、酸化ガリウム(Ga2O3)が挙げられる。なお、支持基板30を構成する材料の線膨張係数は、電気光学結晶基板10を構成する材料の線膨張係数に近いほど好ましい。このような構成であれば、複合基板の熱変形(代表的には、反り)を抑制することができる。好ましくは、支持基板30を構成する材料の線膨張係数は、電気光学結晶基板10を構成する材料の線膨張係数に対して50%~150%の範囲内である。この観点から、支持基板は、電気光学結晶基板10と同じ材料であってもよい。
【0039】
B-7.回折格子
図示例の回折格子50は、上記のとおり、平面視において光導波路方向に直交する方向のグレーティングパターンであり;光導波路方向に沿った断面においては、幅Λ/2の凸部と幅Λ/2のスリットが交互に形成されている。凸部およびスリットの周期は、好ましくは40nm~1000nmであり、より好ましくは100nm~800nmであり、さらに好ましくは150nm~650nmである。凸部およびスリットの周期(したがって、これらの幅の1/2倍である幅)がこのような範囲であれば、所望の出射角の実現が容易となる。なお、凸部およびスリットの幅は、周期の1/2となっていなくてもよい。凸部の厚みまたはスリットの深さは、例えば10nm~300nmであり得る。このような範囲であれば、光導波路を伝搬する光が回折格子の凹凸に起因して生じる実効屈折率差により周期的に反射し、回折効果を発現できるという利点がある。
【0040】
回折格子(実質的には、凸部)は、所望の出射光が得られる限りにおいて任意の適切な材料で構成され得る。回折格子を構成する材料としては、代表的には金属酸化物が挙げられる。具体例としては、酸化タンタル、酸化シリコン、酸化アルミニウム、酸化チタン、酸化ニオブ、酸化マグネシウム、酸化タングステン、酸化ハフニウムが挙げられる。また、回折格子は電気光学結晶基板に直接形成してもよい。
【0041】
B-8.クラッド層
クラッド層60は、電極による導波光の吸収を抑制すること、および/または、導波光の回折格子との結合を向上させることを目的として設けられる任意の層である。クラッド層は、任意の適切な材料で構成され得る。具体例としては、酸化シリコン、酸化タンタル、酸化アルミニウム、酸化チタン、酸化ニオブ、酸化マグネシウム、酸化タングステン、酸化ハフニウムが挙げられる。クラッド層は、回折格子と同じ材料で形成されていてもよい。クラッド層の厚みは、例えば0.1μm~1μmであり得る。
【0042】
B-9.その他
第1の光偏向手段の代表例としてフォトニック結晶と回折格子とを組み合わせた構成を説明してきたが、A項で説明したとおり、第1の光偏向手段としては、印加電圧の変化により屈折率が変化し、当該屈折率の変化により第1の領域を調整できる限りにおいて、任意の適切な構成を採用することができる。例えば、第1の光偏向手段は、上記A項に記載のとおり、光学位相アレイまたは可変光学メタサーフェスであってもよい。これらはいずれも、フォトニック結晶と回折格子とを組み合わせた構成と同様にファンビームを出射し得るので、フォトニック結晶と回折格子とを組み合わせた構成と同様のメカニズムにより同様の効果が得られることは当業者に自明である。
【0043】
C.第2の光偏向手段
第2の光偏向手段は、代表的には上記のとおり回折格子であり得る。回折格子としては、本発明の実施形態による効果が得られる限りにおいて任意の適切な構成が採用され得る。回折格子の基本的な構成としては、第1の光偏向手段における回折格子に関してB-2項およびB-7項で説明した構成が挙げられる。以下、第2の光偏向手段として特徴的な部分について説明する。
【0044】
回折格子を構成する材料としては、B-7項に記載した材料以外に、ガラスを用いてもよい。例えば、ガラス板にエッチングによりグレーティング溝を形成してもよい。
【0045】
回折格子のグレーティング溝が延びる方向は、光導波方向と実質的に平行方向であってもよく実質的に直交する方向であってもよい。
図2Aに示すような第1の領域A1が光導波方向に沿って細長い形状を有する場合(例えば、ファンビームの拡がり角度φが30°、ファンビームの出射角の可変範囲αが120°=±60°である場合)、
図2Bに示すように、回折格子のグレーティング溝が延びる方向を光導波方向と実質的に平行方向とすることにより、第1の領域A1に比べて光導波方向と実質的に直交する方向に第2の領域A2を拡げることができる。例えば
図2Bに示す例では、ファンビームの拡がり角度φが、実質的に、光導波方向に直交する方向に3倍程度拡がっている。この場合、第1の光偏向手段における回折格子のグレーティング溝が延びる方向と第2の光偏向手段である回折格子のグレーティング溝が延びる方向とは、実質的に直交している。
図3Aに示すような第1の領域A1が光導波方向と実質的に直交する方向に沿って細長い形状を有する場合(例えば、ファンビームの拡がり角度φが60°、ファンビームの出射角の可変範囲αが40°=±20°である場合)、
図3Bに示すように、回折格子のグレーティング溝が延びる方向を光導波方向と実質的に直交する方向とすることにより、第1の領域A1に比べて光導波方向に第2の領域A2を拡げることができる。例えば
図3Bに示す例では、ファンビームの出射角の可変範囲αが、実質的に、光導波方向に3倍程度拡がっている。この場合、第1の光偏向手段における回折格子のグレーティング溝が延びる方向と第2の光偏向手段である回折格子のグレーティング溝が延びる方向とは、実質的に平行である。このように、回折格子のグレーティング溝が延びる方向を適切に設定することにより、第1の領域A1に対する第2の領域A2の拡がり方向を調整することができる。さらに、回折格子のピッチ、回折次数および回折角、ならびに入射光の波長を組み合わせて調整することにより、第1の領域A1に対する第2の領域A2の拡がり度合いを制御することができる。
【0046】
D.光走査素子の製造方法
図9(a)~
図9(e)を参照して、光走査素子の製造方法の一例を簡単に説明する。図示例では、上層21が光学損失抑制層であり、下層22が空洞加工層である。光学損失抑制層21は、直接接合の際に電気光学結晶基板にアモルファス層が形成されることを防止して電気光学結晶基板の光学損失を抑制するために設けられ得る。空洞加工層22は、光走査素子において空洞を形成するとともに、エッチング(代表的には、ドライエッチング)を適切な程度で停止させるために設けられる。
【0047】
まず、
図9(a)に示すように、複合基板を作製する。複合基板の作製手順は以下のとおりである。電気光学結晶基板10に光学損失抑制層21を例えばスパッタリングにより形成する。一方、支持基板30に空洞加工層22を例えばスパッタリングにより形成する。電気光学結晶基板10/光学損失抑制層21の積層体と支持基板30/空洞加工層22の積層体とを、光学損失抑制層1および空洞加工層22を接合面として直接接合する。直接接合により、光学損失抑制層21と空洞加工層22との接合界面にアモルファス層23が形成され得る。このようにして、電気光学結晶基板10と支持基板30とが一体化された複合基板が得られ得る。次いで、電気光学結晶基板10の左右端部に電極40、40を形成し、光導波路が形成される位置に回折格子50を形成する。電極40、40は、代表的にはリフトオフにより形成され得る。回折格子50は、所定パターン(代表的には、光導波路の導波方向に実質的に直交する方向に延びるストライプパターン)のマスクを介したドライエッチング(例えば、反応性イオンエッチング)により形成され得る。電極40、40は、回折格子50の形成前に形成されてもよく、回折格子50の形成後に形成されてもよい。
【0048】
次に、
図9(b)に示すように、所定のマスクを介したドライエッチング(例えば、反応性イオンエッチング)により、電気光学結晶基板10、光学損失抑制層21およびアモルファス層23に空孔12を形成する。次いで、
図9(c)に示すように、ウェットエッチング(例えば、エッチング液への浸漬)により、空洞加工層22の所定部分を除去する。次いで、
図9(d)に示すように、ウェットエッチング(例えば、エッチング液への浸漬)により、残っている光学損失抑制層21およびアモルファス層23を除去する。その結果、空洞80が形成され、第1の光偏向手段100が得られる。
【0049】
最後に、
図9(e)に示すように、得られた第1の光偏向手段100の回折格子50の上部に第2の光偏向手段200を設けることにより、光走査素子300が得られる。第2の光偏向手段200は、任意の適切な方法により設けることができる。例えば、所定のマスク(例えば、Alのような金属マスク)を介したドライエッチング(例えば、反応性イオンエッチング)でガラス板にグレーティング溝を形成することにより、第2の光偏向手段200が作製され得る。得られた第2の光偏向手段200を第1の光偏向手段100の回折格子50の上部に配置することにより、光走査素子300が得られる。第2の光偏向手段200の配置方法としては、例えば、載置、光学的に悪影響のない接着剤による貼り合わせ、機械的な固定が挙げられる。第2の光偏向手段の配置は、ウェハ状の第1の光偏向手段に行ってもよく、チップ状の第1の光偏向手段に行ってもよい。
【0050】
以上のようにして、光走査素子300が作製され得る。
【実施例0051】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。
【0052】
<実施例1>
図2Aおよび
図2Bに示すような光走査素子を作製した。具体的な手順は以下のとおりであった。
【0053】
1.第1の光偏向手段の作製
1-1.複合基板の作製
電気光学結晶基板として直径4インチのXカットニオブ酸リチウム基板、支持基板として直径4インチのシリコン基板を用意した。まず、電気光学結晶基板上にアモルファスシリコン(a-Si)をスパッタリングして、厚み20nmの光学損失抑制層を形成した。一方、支持基板上に酸化シリコンをスパッタリングして、厚み0.5μmの空洞加工層を形成し、空洞加工層上にa-Siをスパッタリングして、厚み20nmの接合層を形成した。次いで、光学損失抑制層および接合層の表面をそれぞれCMP研磨して、光学損失抑制層および接合層の表面の算術平均粗さRaを0.3nm以下とした。次に、光学損失抑制層および接合層の表面を洗浄した後、光学損失抑制層および接合層を直接接合することにより電気光学結晶基板と支持基板とを一体化した。直接接合は、以下のようにして行った。10-6Pa台の真空中で、電気光学結晶基板および支持基板の接合面(光学損失抑制層および接合層の表面)に高速Ar中性原子ビーム(加速電圧1kV、Ar流量60sccm)を70秒間照射した。照射後、10分間放置して電気光学結晶基板および支持基板を放冷したのち、電気光学結晶基板および支持基板の接合面を接触させ、4.90kNで2分間加圧して電気光学結晶基板と支持基板とを接合した。接合後、電気光学結晶基板の厚みが0.4μmになるまで研磨加工し、複合基板を得た。得られた複合基板においては、接合界面にはがれ等の不良は観察されなかった。
【0054】
1-2.回折格子の形成
上記1-1.で得られた複合基板の電気光学結晶基板表面に回折格子を形成した。具体的には以下のとおりであった。まず、金属マスクとしてアルミニウム(Al)を電気光学結晶基板表面に成膜し、さらに、金属マスク上にナノインプリント法により樹脂パターンを形成した。樹脂パターンは、電気光学結晶基板の光導波路となる部分の上部に、光導波路の導波方向と直交する方向に延びる周期567nm(ライン/スペース:283.5nm/283.5nm)のストライプ形状で、光導波路の導波方向の長さ1000μmで形成した。次いで、この樹脂パターンをマスクにした塩素系反応性イオンエッチングにより、回折格子パターン状の金属マスクを形成した。次いで、回折格子パターン状の金属マスクを介したフッ素系反応性イオンエッチングにより、深さ0.05μmの回折格子溝を形成した。最後に、金属マスクをAlエッチング液で除去した。このようにして、電気光学結晶基板の光導波路となる部分に回折格子を形成した。
【0055】
1-3.電極の形成
上記1-2.で得られた回折格子が形成された複合基板の電気光学結晶基板表面に一対の電極を形成した。具体的には、電気光学結晶基板の左右端部にそれぞれレジストを塗布し、フォトリソグラフィープロセスにより電極のレジストパターンを形成した。次いで、スパッタリングにより、厚み20nmのTi膜、厚み100nmのPt膜、および厚み300nmのAu膜を順次成膜し、成膜後リフトオフして電極を形成した。形成した電極間のギャップは5μmであった。
【0056】
1-4.第1の光偏向手段の作製
上記1-3.で得られた回折格子および電極が形成された複合基板から、第1の光偏向手段を作製した。具体的には、以下の手順で第1の光偏向手段を作製した。まず、電気光学結晶基板に金属マスクとしてモリブデン(Mo)を成膜した。次に、金属マスク上に、ナノインプリント法により、所定の配置で空孔を有する樹脂パターンを形成した。具体的には、フォトニック結晶の空孔に対応する空孔パターンとして、左側および右側に、直径289nmの空孔を、光導波路方向および光導波路方向に直交する方向にそれぞれ425nmの周期(ピッチ)で有する10列の格子列を形成した。空孔を中央部に形成しないことで線欠陥光導波路とした。線欠陥を挟む隣接した空孔間の距離は950nmとした。さらに、隅部(左右の格子列部分の光導波路となる部分の反対側の端部の入力部側および出力部側)に、直径100μmの空孔(エッチング用貫通孔のパターン)を4つ形成した。次いで、Moエッチング液(硝酸:酢酸:リン酸の混合比10:15:1の混合液)によるエッチングによりMoマスクに上記パターンに対応する空孔を形成した。次いで、パターン形成されたMoマスクを介したフッ素系反応性イオンエッチングにより、電気光学結晶基板、光学損失抑制層および接合層に空孔パターンおよびエッチング用貫通孔を形成した。次いで、BHF(バッファードフッ酸)エッチング液に複合基板を浸漬し、空洞加工層を除去して空洞を形成した。さらに、Moマスクの残りをMoエッチング液で除去した。最後に、約10%に希釈した水酸化テトラメチルアンモニウム(TMAH)に複合基板を浸漬して光学損失抑制層および接合層をエッチングし、第1の光偏向手段のウェハを作製した。得られたウェハをダイシングによりチップ切断し、第1の光偏向手段を得た。第1の光偏向手段の光導波路の長さは5mmとした。なお、チップ切断後、光導波路の入力側端面および出力側端面には端面研磨を施した。
【0057】
1-5. 第1の光偏向手段の光挿入損失の測定
得られた第1の光偏向手段(チップ)について、光挿入損失を測定した。具体的には、光ファイバに結合した入力側の先球ファイバを通して波長1.025μmのレーザー光をチップ(実質的には、フォトニック結晶層の光導波路)に導入し、出力側の先球ファイバを通して出力した光量を光検出器で測定して伝搬損失を算出した。光導波路の伝搬損失は、0.5dB/cmであった。
さらに、電極間に印加する電圧を±100Vの間で切り換えて、光導波路から出力されるレーザー光のパターンおよび出射角を観察した。レーザー光のパターンおよび出射角については、大塚電子製高速配光測定システム(RH50)にて扇の角度と印加電圧の出射角依存特性を測定した。その結果、出力されるレーザー光は、平面視ライン状かつ光導波路方向から見ると扇状のいわゆるファンビーム状であり、扇の角度(ファンの拡がり角度)は30°であった。また、出射角は、印加電圧を変化させることにより、基準面(光導波方向を法線とする面)に対して-60°から+60°まで可変できることを確認した。
また、応答性について実験検証するため電圧±15V、50MHzで光を走査できるかを観測した。この結果、問題なく走査できることが確認できた。第1の光偏向手段は、原理的に電気光学効果の応答性に依存するので、GHzオーダーでの動作が可能と推察できる。なお、第1の光偏向手段の動作は、電極構造に影響される場合がある。
【0058】
2.光走査素子の作製
2-1.第2の光偏向手段の作製
第2の光偏向手段を以下の手順で作製した。厚さ0.5mmおよび3cm×3cmのガラス板の片側表面に金属マスクとしてアルミニウム(Al)を成膜し、金属マスク表面上にナノインプリント法によって樹脂パターンを形成した。樹脂パターンは、ガラス板表面の2cm×2cmの領域に周期2μmのストライプ形状で形成した。次いで、この樹脂パターンをマスクにし塩素系反応性イオンエッチングにより、回折格子パターン状の金属マスクを形成した。次いで、この金属マスクを介してフッ素系反応性イオンエッチングによりガラス板にグレーティング溝を形成した。最後に、金属マスクをAlエッチング液で除去した。このようにして、ガラス板に周期2μmのストライプパターンのグレーティング溝を有する第2の光偏向手段を作製した。
【0059】
2-2.光走査素子の作製
上記1.で得られた第1の光偏向手段の回折格子の上部に、上記2-1.で得られた第2の光偏向手段を配置した。より詳細には、第2の光偏向手段(回折格子)のグレーティング溝が延びる方向が、光導波路方向と実質的に平行となり、したがって、第1の光偏向手段における回折格子のグレーティング溝が延びる方向と実質的に直交するようにして、第2の光偏向手段を取り付けた。第1の光偏向手段(の回折格子)と第2の光偏向手段との距離は5mmとした。このようにして、光走査素子を作製した。
【0060】
2-3.光走査素子の出射光特性評価
得られた光走査素子に、上記1-5.と同様にしてレーザー光を入力し、出射光のパターンを観測した。その結果、電圧を印加する前は、出射光として0次と±1次の回折光がファンビームとして観測された。当該回折光(ファンビーム)は、平面視ライン状(光導波方向に直交する方向のライン状)かつ光導波方向から見ると扇状であり、回折光全体としての拡がり角度φは120°以上であった。すなわち、光走査素子(実質的には、第2の光偏向手段)からの出射光は、第1の光偏向手段からの出射光(拡がり角度φ=30°)に対して、光導波方向に直交する方向に4倍以上の拡がりが認められた。次いで、光走査素子に±100Vの範囲で電圧を印加したところ、0次光と±1次光が連動して、基準面(光導波方向を法線とする面)に対して-60°から+60°まで可変できることを確認した。すなわち、光走査素子(実質的には、第2の光偏向手段)からの出射光は、第1の光偏向手段からの出射光と同様の出射角の可変範囲αを維持していた。このように、得られた光走査素子は、拡がり角度φが120°かつ出射角の可変範囲αが120°というきわめて広範囲を走査可能であることを確認した。
【0061】
<実施例2>
図3Aおよび
図3Bに示すような光走査素子を作製した。具体的な手順は以下のとおりであった。
【0062】
1.第1の光偏向手段の作製
線欠陥光導波路の形成に際し、線欠陥を挟む隣接した空孔間の距離を950nmから760nmに変更したこと以外は実施例1と同様にして、第1の光偏向手段を作製した。得られた第1の光偏向手段を実施例1と同様の評価に供した。その結果、光導波路の伝搬損失は、0.5dB/cmであった。また、出力されるレーザー光は、平面視ライン状かつ光導波路方向から見ると扇状のいわゆるファンビーム状であり、扇の角度(ファンの拡がり角度)は60°であった。さらに、電極間に印加する電圧を±50Vの間で切り換えたところ、出射角は、基準面(光導波方向を法線とする面)に対して-20°から+20°まで可変できることを確認した。最後に、応答性について実験検証するため電圧±15V、50MHzで光を走査できるかを観測した結果、問題なく走査できることが確認できた。
【0063】
2.光走査素子の作製
周期を1.6μmとしたこと以外は実施例1と同様にして、ガラス板にストライプパターンのグレーティング溝を有する第2の光偏向手段(回折格子)を作製した。この第2の光偏向手段を用いたこと、第2の光偏向手段のグレーティング溝が延びる方向が、光導波路方向と実質的に直交し、したがって、第1の光偏向手段における回折格子のグレーティング溝が延びる方向と実質的に平行となるようにして、第2の光偏向手段を取り付けたこと以外は実施例1と同様にして、光走査素子を作製した。得られた光走査素子に実施例1と同様にしてレーザー光を入力し、出射光のパターンを観測した。その結果、電圧を印加する前は、出射光として0次と±1次の回折光がファンビームとして観測された。当該ファンビームは、-1次の回折光、0次の回折光および+1次の回折光が光導波方向に沿って並んでおり、それぞれのファンビームの拡がり角度φは60°であり、それぞれのファンビームの出射角の可変範囲αは基準面に対して-20°から+20°まで可変できることを確認した。このように、得られた光走査素子は、拡がり角度φが60°かつ出射角の可変範囲αが120°というきわめて広範囲を走査可能であることを確認した。
本発明の実施形態による光走査素子は、いわゆるスキャナーとして広範囲に用いられ得る。光走査素子は、例えば、レーザーレーダー、レーザースキャナー、LiDARとして用いられ、自動車の自動運転制御用、あるいは、ロボットまたはドローンの位置制御用の障害物検知システム、測距システムに適用され得る。