(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024177863
(43)【公開日】2024-12-24
(54)【発明の名称】制駆動力制御装置
(51)【国際特許分類】
B60W 30/02 20120101AFI20241217BHJP
B62D 7/14 20060101ALI20241217BHJP
B62D 7/15 20060101ALI20241217BHJP
B62D 6/00 20060101ALI20241217BHJP
B62D 113/00 20060101ALN20241217BHJP
【FI】
B60W30/02
B62D7/14 A
B62D7/15 E
B62D6/00
B62D113:00
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023096235
(22)【出願日】2023-06-12
(71)【出願人】
【識別番号】000004695
【氏名又は名称】株式会社SOKEN
(71)【出願人】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110003214
【氏名又は名称】弁理士法人服部国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小川 皓俊
(72)【発明者】
【氏名】立入 泉樹
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 雄大
【テーマコード(参考)】
3D034
3D232
3D241
【Fターム(参考)】
3D034CA02
3D034CB09
3D034CC03
3D034CD07
3D034CD13
3D034CE02
3D034CE04
3D034CE05
3D034CE13
3D232CC02
3D232DA04
3D232DA06
3D232DA33
3D232DA34
3D232DA37
3D232DA40
3D232DA50
3D232DB11
3D232DC07
3D232DD02
3D232EA05
3D232EA06
3D232EB04
3D232EB21
3D232EC23
3D232GG08
3D241BA18
3D241CA09
3D241CA16
3D241CC03
3D241CC08
3D241CC17
3D241DA54Z
3D241DB12Z
3D241DB13Z
3D241DB27Z
3D241DB47Z
3D241DB48Z
(57)【要約】
【課題】同位相転舵時に意図しないヨー運動を抑制する制駆動力制御装置を提供する。
【解決手段】全てのタイヤ91-94が転舵可能、且つ、各タイヤ91-94が独立して制駆動可能な車両において、制駆動力制御装置201は、制駆動アクチュエータ81-84が出力する制駆動力F1-F4を制御する。転舵状態判定部26は、各タイヤ91-94が互いに同位相状態であるか判定する。制駆動力指示部28は、制駆動力指示値F
*1-F
*4を算出し、制駆動アクチュエータ81-84に指示する。転舵状態判定部26により各タイヤ91-94が互いに同位相状態であると判定され、且つ、ヨー運動検出装置30から取得した情報に基づき車両のヨー運動が発生していると判断したか、又は、車両のヨー運動が発生することを予測したとき、制駆動力指示部28は、少なくとも一つの制駆動アクチュエータに指示する制駆動力指示値F
*1-F
*4を補正する。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
三輪以上の全てのタイヤ(91-94)が転舵可能、且つ、各タイヤに対応する制駆動アクチュエータ(81-84)が出力した制駆動力(F1-F4)により独立して制駆動可能であり、ヨー運動を検出するヨー運動検出装置(30)を備えた車両(100、105)において、前記制駆動アクチュエータが出力する制駆動力を制御する制駆動力制御装置であって、
移動方向指示値に基づき各タイヤの目標タイヤ角(δ*1-δ*4、δ*12、δ*34)を算出し、転舵アクチュエータ(71-76)に指示する目標タイヤ角算出制御部(25)と、
前記目標タイヤ角算出制御部が指示した各タイヤの目標タイヤ角、又は、タイヤ角センサ(671-676)から取得した各タイヤの検出タイヤ角(δs1-δs4、δs12、δs34)に基づき、各タイヤが互いに同位相状態であるか否か判定する転舵状態判定部(26)と、
前記制駆動アクチュエータが出力する制駆動力の指示値である制駆動力指示値(F*1-F*4)を算出し、前記制駆動アクチュエータに指示する制駆動力指示部(28)と、
を有し、
前記転舵状態判定部により各タイヤが互いに同位相状態であると判定され、且つ、前記ヨー運動検出装置から取得した情報に基づき車両のヨー運動が発生していると判断したか、又は、車両のヨー運動が発生することを予測したとき、
前記制駆動力指示部は、少なくとも一つの前記制駆動アクチュエータに指示する前記制駆動力指示値を補正する制駆動力制御装置。
【請求項2】
車両の重心位置を検出する重心位置検出装置(40)を備えた車両に搭載され、前記制駆動力指示制御部は、前記重心位置検出装置から取得した車両の重心位置に基づき、前記制駆動力指示値を補正する請求項1に記載の制駆動力補正装置。
【請求項3】
各タイヤのスリップ率を検出するスリップ率検出装置(50)を備えた車両に搭載され、
前記スリップ率検出装置から取得したスリップ率に基づき、各タイヤがスリップ状態であるか否か判定するスリップ状態判定部(27)をさらに有し、
前記スリップ状態判定部により一輪以上のタイヤがスリップ状態であると判定されたとき、スリップ状態であると判定された一輪以上のタイヤをスリップタイヤと定義し、前記スリップタイヤ以外の一輪以上のタイヤを非スリップタイヤと定義すると、
前記制駆動力指示部は、
前記スリップタイヤの制駆動力を保持または低減させるスリップ抑制処理を実行し、
前記スリップ抑制処理により生じる車両のヨーモーメントを打ち消すように、前記非スリップタイヤの前記制駆動力指示値を補正する請求項1または2に記載の制駆動力制御装置。
【請求項4】
前記転舵状態判定部は、検出タイヤ角に基づき、各タイヤが互いに同位相状態であるか否か判定する請求項1または2に記載の制駆動力制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制駆動力制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、旋回時以外の車両のヨー運動を抑制する技術が知られている。
【0003】
例えば特許文献1に開示された車両制御装置は、前輪の転舵角に応じて後輪の転舵角を制御する四輪転舵車両において、前輪と後輪との同位相転舵時に、後輪が、前輪の転舵角に応じて決定された後輪目標転舵角をとるように制御される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の技術は、ヨーレートを抑制するために車輪の転舵角を修正するため、走行抵抗が増大する。また特許文献1には、車両における各車輪の制駆動力の制御に関して何ら言及されていない。なお、本明細書において「車両」とは、公道の走行に関する法律上の区分にかかわらず、技術的視点から、車輪により地上を走行可能な移動体全般を含む。例えばグリーンスローモビリティやAGV(無人搬送車)等も「車両」に含まれる。
【0006】
本発明は上述の点に鑑みて創作されたものであり、その目的は、同位相転舵時に意図しないヨー運動を抑制する制駆動力制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の制駆動力制御装置が適用される車両(100、105)は、三輪以上の全てのタイヤ(91-94)が転舵可能、且つ、各タイヤに対応する制駆動アクチュエータ(81-84)が出力した制駆動力(F1-F4)により独立して制駆動可能である。また、この車両は、ヨー運動を検出するヨー運動検出装置(30)を備えている。制駆動力制御装置は、制駆動アクチュエータが出力する制駆動力を制御する。
【0008】
制駆動力制御装置は、目標タイヤ角算出制御部(25)と、転舵状態判定部(26)と、制駆動力指示部(28)と、を有する。目標タイヤ角算出制御部は、移動方向指示値に基づき各タイヤの目標タイヤ角(δ*1-δ*4、δ*12、δ*34)を算出し、転舵アクチュエータ(71-76)に指示する。
【0009】
転舵状態判定部は、目標タイヤ角算出制御部が指示した各タイヤの目標タイヤ角、又は、タイヤ角センサ(671-676)から取得した各タイヤの検出タイヤ角(θs1-θs4、δs12、δs34)に基づき、各タイヤが互いに同位相状態であるか否か判定する。制駆動力指示部は、制駆動アクチュエータが出力する制駆動力の指示値である制駆動力指示値(F*1-F*4)を算出し、制駆動アクチュエータに指示する。
【0010】
転舵状態判定部により各タイヤが互いに同位相状態であると判定され、且つ、ヨー運動検出装置から取得した情報に基づき車両のヨー運動が発生していると判断したか、又は、車両のヨー運動が発生することを予測したとき、制駆動力指示部は、少なくとも一つの制駆動アクチュエータに指示する制駆動力指示値を補正する。
【0011】
本発明の制駆動力制御装置は、各タイヤを独立して制駆動可能な車両において、各タイヤの制駆動力のバランスを調整することで、同位相転舵時に意図しないヨー運動を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本実施形態の制駆動力制御装置が搭載された四輪独立転舵車両のブロック図。
【
図2】本実施形態の制駆動力制御装置が搭載された四輪転舵車両のブロック図。
【
図3】四輪独立転舵車両及び四輪転舵車両での同位相転舵による斜め移動(タイヤ角の絶対値が90deg未満)を示す図。
【
図4】四輪独立転舵車両の横移動、小回り旋回を示す図。
【
図5】第1実施形態の制駆動力制御装置のブロック図。
【
図7】斜め移動において重心が四輪幾何中心に一致しているときのヨーモーメントの釣り合いを説明する図。
【
図8】斜め移動において重心が四輪幾何中心からずれているときのヨー運動の発生、及び、ヨー運動を抑制するための制駆動力分配を示す図。
【
図9】第1実施形態による制動力制御処理を示すフローチャート。
【
図10】第2実施形態の制駆動力制御装置のブロック図。
【
図11】第2実施形態による制動力制御処理を示すフローチャート。
【
図12】第3実施形態の制駆動力制御装置のブロック図。
【
図13】斜め移動において全タイヤがスリップ状態でないときの制駆動力分配を示す図。
【
図14】斜め移動においてスリップ抑制処理を実行したときのヨー運動の発生、及び、ヨー運動を抑制するための制駆動力分配を示す図。
【
図15】第3実施形態による制動力制御処理を示すフローチャート。
【
図16】第4実施形態の制駆動力制御装置のブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
制駆動力制御装置の複数の実施形態を図面に基づいて説明する。複数の実施形態において実質的に同一の構成には同一の符号を付して説明を省略する。以下の第1~第4実施形態を包括して「本実施形態」という。本実施形態の制駆動力制御装置は、三輪以上の全てのタイヤが転舵可能な車両、典型的には四輪独立転舵車両、又は、前列左右輪及び後列左右輪がそれぞれ連結された四輪転舵車両に搭載される。また、三輪以上の全てのタイヤは、各タイヤに対応する制駆動アクチュエータが出力した制駆動力により独立して制駆動可能である。制駆動力制御装置は、制駆動アクチュエータが出力する制駆動力を制御する。
【0014】
図1、
図2を参照し、本実施形態の制駆動力制御装置20が搭載された四輪独立転舵車両100及び四輪転舵車両105の構成について説明する。
図1に示す四輪独立転舵車両100、及び、
図2に示す四輪転舵車両105は、いずれも四輪のタイヤ91-94を備える。左前輪91に「FL」、右前輪92に「FR」、左後輪93に「RL」、右後輪94に「RR」と記す。以下の各要素の符号及び各記号における末尾の数字「1」-「4」は、それぞれ、FL、FR、RL、RRのタイヤ91-94に対応する。
【0015】
車両100、105には、各タイヤ91-94に対応する制駆動アクチュエータ81-84が備えられている。図中、「アクチュエータ」を「Act」と記す。例えば制駆動アクチュエータ81-84は、制動アクチュエータとしての電動ブレーキと、駆動アクチュエータとしてのインホイールモータとのセットで構成されている。各タイヤ91-94は、制駆動アクチュエータ81-84が出力した制駆動力F1-F4により独立して制駆動可能である。駆動アクチュエータによる駆動時、各タイヤ91-94の駆動力が路面に伝わることにより正の加速度が発生し、車両100、105は加速する。制動アクチュエータによる制動時、各タイヤ91-94の制動力が路面に伝わることにより負の加速度が発生し、車両100、105は減速する。
【0016】
制駆動力制御装置20には、移動方向指示装置15から移動方向指示値が入力される。移動方向指示値には、運転者によるハンドル、アクセル、ブレーキ等の操作信号や自動運転制御装置の信号が包括され、移動方向のみでなく移動速度の情報が含まれる。制駆動力制御装置20は、移動方向指示値に基づき、制駆動アクチュエータ81-84が出力する制駆動力の指示値である制駆動力指示値F*1-F*4を算出し、制駆動アクチュエータ81-84に指示する。
【0017】
第1~第4実施形態に共通して、車両100、105にはヨー運動検出装置30備えられている。ヨー運動検出装置30は、例えばヨーレート、ヨー角加速度、ヨー角等の車両100、105のヨー運動を検出する。第2実施形態以外では、重心位置検出装置40が車両100、105に備えられている。重心位置検出装置40は、例えば各タイヤ91-94の輪荷重情報に基づき、車両前後方向(ピッチ方向)のモーメントの差分から車両100、105の重心位置を算出する。第3実施形態では、さらに破線枠で示すスリップ率検出装置50が車両100、105に備えられている。スリップ率検出装置50は、例えば車輪速センサによる車輪速情報を用いて各タイヤ91-94のスリップ率を検出する。
【0018】
制駆動力制御装置20は、車両100、105の各検出装置30、40、50から取得した情報に基づき、状況に応じて制駆動力指示値F*1-F*4を補正する。制駆動力制御装置20が各検出装置30、40、50から取得する情報や、制駆動力制御装置20による制駆動力指示値F*1-F*4の補正についての詳細は後述する。
【0019】
図1に示す四輪独立転舵車両100は、全てのタイヤ91-94が独立して転舵可能である。車両100には、各タイヤ91-94に対応して、転舵アクチュエータ71-74、及び、実際のタイヤ角(以下「実タイヤ角」)を検出するタイヤ角センサ671-674が備えられている。タイヤ角は、車両前後軸に平行な中立位置が0であり、例えば反時計回り方向を正、中立位置から時計回り方向を負として表される。
【0020】
例えば転舵アクチュエータ71-74は、巻線が巻回されたステータ及びロータを含む三相ブラスレスモータ等のモータ部と、巻線に通電される駆動電流を制御するモータ駆動装置とが一体に構成されている。転舵アクチュエータ71-74が出力した転舵トルクTst1-Tst4により各タイヤ91-94が独立して転舵可能である。
【0021】
タイヤ角センサ671-674は、実タイヤ角を直接検出するエンコーダ等で構成されてもよい。或いは、転舵アクチュエータ71-74の駆動電流とタイヤ角とに相関関係がある場合、電流センサが検出した転舵アクチュエータ71-74の駆動電流を、電流-トルク特性やトルク伝達係数に基づき検出タイヤ角δs1-δs4に換算してもよい。その場合、電流センサがタイヤ角センサ671-674として機能すると見做される。
【0022】
制駆動力制御装置20は、移動方向指示装置15から入力された移動方向指示値に基づき、各タイヤ91-94の目標タイヤ角δ*1-δ*4を算出し、転舵アクチュエータ71-74に指示する。また制駆動力制御装置20は、タイヤ角センサ671-674が検出した各タイヤ91-94の検出タイヤ角δs1-δs4を取得する。
【0023】
図2に示す四輪転舵車両105は、前列左右輪91、92、及び、後列左右輪93、94がそれぞれラック軸95、96で機械的に結合されている。各タイヤ91-94は、ラック軸95、96の両端にタイロッド等のリンク機構を介して結合されている。いわゆる「4WS」と呼ばれる車両等がこれに相当する。各ラック軸95、96に対応して、転舵アクチュエータ75、76、及び、ラック軸95、96のストロークを換算してタイヤ角を検出するタイヤ角センサ675、676が備えられている。
【0024】
前列では目標タイヤ角δ*12に応じて転舵アクチュエータ75が出力した転舵トルクがラック軸95に伝達され、ラック軸95が左右に駆動されることで、前列左右輪91、92が連動して転舵する。タイヤ角センサ675は、前列左右輪91、92の検出タイヤ角δs12を検出し、制駆動力制御装置20に通知する。
【0025】
後列では目標タイヤ角δ*34に応じて転舵アクチュエータ76が出力した転舵トルクがラック軸96に伝達され、ラック軸96が左右に駆動されることで、後列左右輪93、94が連動して転舵する。タイヤ角センサ676は、後列左右輪93、94の検出タイヤ角δs34を検出し、制駆動力制御装置20に通知する。
【0026】
図1、
図2に示す車両100、105の他、例えば左前輪91及び右前輪92は独立転舵可能であり、後列左右輪93、94が機械的に結合された一部独立転舵車両、或いは、その逆に左後輪93及び右後輪94は独立転舵可能であり、前列左右輪91、92が機械的に結合された一部独立転舵車両に制駆動力制御装置20が搭載されてもよい。
【0027】
図3、
図4を参照し、四輪独立転舵車両100及び四輪転舵車両105に特有の走行について説明する。以下の車両の図で記号Cgは重心を示す。従来、一般的な車両は左右対のタイヤがリンクを介して機械的に結合されており、ステアリングの操舵によって前列左右輪のみが転舵する。今後、ステアリングと左右輪のリンクとが機械的に分離したステアバイワイヤや、前列左右輪に加え後列左右輪も転舵可能な四輪転舵車両105、さらに、全ての車輪が独立して転舵可能な四輪独立転舵車両100に発展していくと考えられる。
【0028】
図3に示すように、四輪独立転舵車両100及び四輪転舵車両105では、全ての車輪を同位相に転舵することで斜め移動が可能となる。斜め移動における車両の前後軸に対する進行方向の角度を斜め移動角度θと記す。例えば直進走行中にレーンチェンジするとき、四輪を同位相に転舵して斜め移動することで、タイヤの引き摺りによる走行ロスを抑制しつつ、ヨーレートゼロでのレーンチェンジが可能となる。四輪の同位相転舵は、現在の各タイヤ91-94の検出タイヤ角δs1-δs4に基づき各タイヤ91-94の実タイヤ角δ1-δ4が等しくなるようにフィードバック制御することで実現される。
【0029】
特殊なリンク機構を備えたものを除き、通常の四輪転舵車両105では最大タイヤ角の絶対値が90deg未満であり、斜め移動角度θの絶対値は90deg未満となる。それに対し
図4の上に示すように、四輪独立転舵車両100では、絶対値で90deg以上の最大タイヤ角が実現可能であるため、±90degの同位相転舵による横移動が可能である。また、
図4の下に示すように、四輪独立転舵車両100では、旋回中心Ctを旋回内側車輪と旋回外側車輪とのタイヤ角を大きく変えることで小回り旋回が可能である。
【0030】
以下では主に、タイヤ角の絶対値が90deg未満の同位相転舵により実現される斜め移動に着目しつつ、第1~第4実施形態について順に説明する。各実施形態の制駆動力制御装置の符号は、「20」に続く3桁目に実施形態の番号を付す。以下の明細書中では、車両の符号として「100、105」の併記を省略し、代表的に四輪独立転舵車両の符号「100」のみを記す。また、転舵アクチュエータに関する記載において、四輪独立転舵車両100における転舵アクチュエータ71-74等の符号、及び、目標タイヤ角δ*1-δ*4等の記号を用いる。この記載は、「四輪転舵車両105における転舵アクチュエータ75、76、目標タイヤ角δ*12、δ*34等」に読み替えてよいものとする。
【0031】
(第1実施形態)
図5~
図6を参照し、第1実施形態について説明する。
図5に示すように、第1実施形態の制駆動力制御装置201は、目標タイヤ角算出制御部25、転舵状態判定部26及び制駆動力指示部28を有する。
【0032】
目標タイヤ角算出制御部25は、移動方向指示装置15から入力された移動方向指示値に基づき各タイヤ91-94の目標タイヤ角δ*1-δ*4を算出し、転舵アクチュエータ71-74に指示する。例えば直進走行中に斜め移動角度θのレーンチェンジが指示されると、目標タイヤ角算出制御部25は、斜め移動角度θを目標タイヤ角δ*1-δ*4として指示する。
【0033】
転舵状態判定部26は、タイヤ角センサ671-674から取得した各タイヤの検出タイヤ角δs1-δs4に基づき、各タイヤ91-94が互いに同位相状態であるか判定し、制駆動力指示部28に通知する。例えば検出タイヤ角δs1-δs4の最小値から最大値までの幅が判定閾値以下であるとき、各タイヤ91-94は互いに同位相状態であると判定される。検出タイヤ角δs1-δs4に基づいて判定することで、実際の車両挙動を反映した制御を行うことができる。
【0034】
制駆動力指示部28は、移動方向指示値に基づき、制駆動アクチュエータ81-84が出力する制駆動力の指示値である制駆動力指示値F*1-F*4を算出し、制駆動アクチュエータ81-84に指示する。
【0035】
制駆動力指示部28は、転舵状態判定部26から同位相判定の通知を受信する。また、制駆動力指示部28は、ヨー運動検出装置30からヨーレート、ヨー角加速度、ヨー角等のヨー運動パラメータを取得する。制駆動力指示部28は、ヨー運動検出装置30から取得した情報に基づき、車両100のヨー運動が発生しているか否か判断する。
【0036】
転舵状態判定部26により、各タイヤタイヤ91-94が互いに同位相状態であると判定され、且つ、ヨー運動検出装置30から取得した情報に基づき、車両100のヨー運動が発生していると判断したとき、制駆動力指示部28は、少なくとも一つの制駆動アクチュエータに指示する制駆動力指示値F*1-F*4を補正する。
【0037】
図6~
図8を参照し、斜め移動時にヨー運動が発生するメカニズム、及び、ヨー運動が発生したとき制駆動力指示値F
*1-F
*4を補正する意義について説明する。まず
図6を参照する。車両の前後軸をX軸(前方が正)、左右軸をY軸(右方が正)とし、ホイールベースをLx、トレッド幅をLyと記す。ホイールベースLxは、前列左右輪91、92の中心を結ぶ前輪軸yfと後列左右輪93、94の中心を結ぶ後輪軸yrとの距離に相当する。
【0038】
車両前後方向においてホイールベースLxの中心であり、車両左右方向においてトレッド幅Lyの中心である点を四輪幾何中心Cmと定義する。四輪幾何中心Cmから各タイヤの中心までの車両前後方向の距離は(Lx/2)、車両左右方向の距離は(Ly/2)と表される。斜め移動角度θは、X軸を0として例えば反時計回り方向が正と定義される。
【0039】
図7に、斜め移動において重心Cgが四輪幾何中心Cmに一致している状態を示す。重心Cgを通り、斜め移動角度θの方向に延びる直線を進行方向重心線pと表す。各タイヤ91-94の中心から進行方向重心線pに下ろした垂線の長さを作用距離L1-L4と定義する。例えば右方向(θ<0)への斜め移動において、前輪軸yfと進行方向重心線pとの交点をP、左前輪91の中心をQとし、直線PQの長さをLo1とすると、作用距離L1は、式(1.1)で算出される。
【0040】
L1=Lo1・cosθ
={(Ly/2)-(Lx/2)tanθ}cosθ ・・・(1.1)
【0041】
同様に作用距離L2は、式(1.2)で算出される。
【0042】
L2={(Ly/2)+(Lx/2)tanθ}cosθ ・・・(1.2)
【0043】
作用距離L1は作用距離L4に等しく、作用距離L2は作用距離L3に等しい(L1=L4、L2=L3)。各車輪91-94には同じ大きさの制駆動力Fが分配されており、式(1.3)に示すように、進行方向重心線pの左側と右側のヨーモーメントが釣り合っている。
【0044】
(L1+L3)F=(L2+L4)F ・・・(1.3)
【0045】
このように、車両100の重心Cgが四輪幾何中心Cmに一致していれば、斜め移動において各タイヤ91-94に等しく制駆動力Fが分配され、車両100に加減速が発生したとき、ヨーモーメントが釣り合い、車両100のヨー運動は発生しない。したがって、ヨーレートゼロでの斜め移動が可能となる。
【0046】
しかし、乗員や荷物等の積載状況が変化すると、
図7に示すように、車両100の重心Cgが四輪幾何中心Cmからずれる場合がある。
図8の上に示す例では、重心Cgの位置が四輪幾何中心Cmよりも前方にずれている。以下、「重心位置ずれ」とは、四輪幾何中心Cmに対する重心Cgのずれを意味する。重心位置のずれ量を「ΔGx」と表し、重心位置ずれがある状態での作用距離をLg1-Lg4と記す。進行方向重心線pが前方にシフトするため、作用距離Lg1と作用距離Lg4とは等しくなく、作用距離Lg2と作用距離Lg3とは等しくない。この例では「Lg1<Lg4、Lg2>Lg3」となる。
【0047】
その結果、各車輪91-94に同じ大きさの制駆動力Fが分配されている状況では、式(1.4)に示すように、加減速時にヨーモーメントの釣り合いが崩れ、ヨーレートγが発生する。この例では、右前輪92及び右後輪94の制駆動力Fによるヨーモンメントが左前輪91及び左後輪93の制駆動力Fによるヨーモンメントを上回るため、車両100を左旋回させるヨーレートγが発生し、車両挙動が不安定化する。
【0048】
(Lg1+Lg3)F<(Lg2+Lg4)F ・・・(1.4)
【0049】
そこで制駆動力制御装置201の制駆動力指示部28は、重心位置検出装置40から取得した重心位置のずれ量ΔGxに基づき、最初に算出された制駆動力指示値F*1-F*4が指示された場合、車両100のヨー運動が発生することを予測する。そして制駆動力指示部28は、重心位置ずれにより発生するヨーレートを抑制するように、制駆動アクチュエータ81-84に指示する制駆動力指示値F*1-F*4を補正する。この補正のために制駆動力指示部28は、重心位置のずれ量ΔGxを用い、また、転舵状態判定部26が取得した検出タイヤ角δs1-δs4から斜め移動角度θを推定する。
【0050】
重心位置検出装置40は、例えば荷重センサによる各タイヤ91-94の輪荷重Fz1-Fz4を取得し、式(2)を用いて、重心位置のずれ量ΔGxを算出する。式(2)の分子において「Fz1+Fz2-Fz3-Fz4」の部分は、前輪91、92と後輪93、94との輪荷重の差、すなわちピッチ方向のモーメントの差分を意味する。ピッチ方向のモーメントが釣り合っているとき「ΔGx=0」となり、重心位置ずれは無い。また、「Fz1、Fz2>>Fz3、Fz4」のとき、「ΔGx≒(Lx/2)」となり、重心Cgが前輪軸yfに漸近した状態となる。式中の「x」、「z」は下付き文字で記す。
【0051】
【0052】
制駆動力指示部28は、重心位置ずれ量ΔGxと斜め移動角度θとを用いて、式(3.1)~(3.4)により、各タイヤ91-94の作用距離Lg1-Lg4を算出する。式中の「x」、「y」は下付き文字で記す。
【0053】
【0054】
次に制駆動力指示部28は、式(4)が成り立つように、各タイヤ91-94の制駆動力Fg1-Fg4を算出する。
図8の下に示すように、式(4)が成り立つことで加減速時にヨーモーメントが釣り合い、ヨーレートの発生が抑制される。
【0055】
Lg1・Fg1+Lg3・Fg3=Lg2・Fg2+Lg4・Fg4 ・・・(4)
【0056】
例えば式(5.1)、(5.2)により決定した制駆動力Fg1-Fg4を式(4)の両辺に代入すると、等式が成り立つ。ここで、Lは式(5.3)により算出される。
【0057】
【0058】
L=Lg1+Lg2+Lg3+Lg4 ・・・(5.3)
【0059】
このように算出された制駆動力Fg1-Fg4が補正後の制駆動力指示値F*1-F*4として制駆動力指示部28から各制駆動アクチュエータ81-84に指示される。つまり制駆動力指示部28は、「F*1=Fg1、F*2=Fg2、F*3=Fg3、F*4=Fg4」となるように制駆動力指示値F*1-F*4を補正する。よって、実際にヨー運動が発生する前に、重心位置ずれに起因するヨーレートが抑制される。
【0060】
図9のフローチャートに、第1実施形態による制駆動力制御処理を示す。以下のフローチャートの説明で記号「S」はステップを意味する。
図11に示す第2実施形態と共通するステップには共通のステップ番号を用いる。第1実施形態と第2実施形態とで対応するが一部異なるステップには、ステップ番号の末尾に「A/B」の記号を付して区別する。この処理は、車両100の走行開始から停止までの走行中、繰り返し実施される。
【0061】
S1Aで制駆動力指示部28は、各タイヤ91-94の制駆動力指示値F*1-F*4を算出する。S2で転舵状態判定部26は、タイヤ角センサ671-674から各タイヤ91-94の検出タイヤ角δs1-δs4を取得する。S3では検出タイヤ角δs1-δs4に基づき、各タイヤ91-94が互いに同位相状態であるか判断される。旋回時等にS3でNOの場合、S10Aの前に移行する。S3でYESの場合、S4に移行する。
【0062】
S4で制駆動力指示部28は、重心位置検出装置40から車両100の重心位置を取得する。S5では、重心位置ずれ量ΔGxの絶対値が判定閾値以上であるか判断される。S5でNOの場合、S10Aの前に移行する。S5でYESの場合、S6で制駆動力指示部28は、補正前の制駆動力指示値F*1-F*4をそのまま指示した場合には車両100のヨー運動が発生することを予測し、S9Aに移行する。
【0063】
S9Aで制駆動力指示部28は、式(3.1)~(3.4)において、重心位置検出装置40から取得した重心位置ずれ量ΔGxを用いて、各タイヤ91-94の制駆動力指示値F*1-F*4を補正する。S10Aで制駆動力指示部28は、制駆動力指示値F*1-F*4を制駆動アクチュエータ81-84に指示する。S9Aから移行した場合、補正後の制駆動力指示値F*1-F*4が指示される。S3又はS5にてNOで移行した場合、補正前の制駆動力指示値F*1-F*4が指示される。
【0064】
第1実施形態の制駆動力指示部28は、重心位置検出装置40から取得した重心位置ずれ量ΔGxに基づき、車両100のヨー運動が発生することを予測すると、各タイヤ91-94の制駆動力指示値F*1-F*4を補正する。重心位置ずれにより生じる車両100のヨーモーメントを打ち消すように制駆動力指示値F*1-F*4が補正されることで、斜め移動(同位相転舵)時に意図しないヨー運動を抑制することができる。
【0065】
(第2実施形態)
図10、
図11を参照し、第2実施形態について説明する。第2実施形態の制駆動力制御装置202が搭載される車両100には、重心状態検出装置40が無くてもよい。或いは、車両100に重心位置検出装置40が有ったとしても、例えば乗員や荷物の積載状況にほとんど変化がなく、重心位置がほぼ一定である場合など、制駆動力制御装置202は重心位置検出装置40から重心位置情報を取得しなくてもよい。
【0066】
要するに
図10に示すように、制駆動力制御装置202に重心位置情報は入力されない。その代わり、制駆動力制御装置202は、重心位置の推定値が既定値として記憶されている。制駆動力指示値F
*1-F
*4を補正するとき、制駆動力指示部28は内部に記憶された重心位置ずれ量ΔGxの推定値を用いる。
【0067】
図11のフローチャートを参照し、第2実施形態による制駆動力制御処理について、特に
図9との相違点を説明する。S1Bで制駆動力指示部28は、各タイヤ91-94の制駆動力指示値F
*1-F
*4を算出し、制駆動アクチュエータ81-84に指示する。つまり、
図9のS1Aに対し、算出後に指示までする点が異なる。S2、S3は
図9と同じである。ただし、S3でNOの場合、制駆動力指示値F
*1-F
*4は既に指示されているため、S10Bを過ぎてルーチンを終了する。S3でYESの場合、S7に移行する。
【0068】
S7で制駆動力指示部28は、ヨー運動検出装置30から、ヨーレート、ヨー角加速度、ヨー角等のヨー運動パラメータを取得する。ここで、ヨー運動パラメータの絶対値が大きいほど、車両100がヨー運動していることを意味する。S8ではヨー運動パラメータの絶対値が判定閾値以上であるか判断される。直進走行中等にS8でNOの場合、ルーチンを終了する。S8でYESの場合、「車両100のヨー運動が発生している」と判断され、S9Bに移行する。
【0069】
S9Bで制駆動力指示部28は、式(3.1)~(3.4)において、内部で推定した重心位置ずれ量ΔGxを用いて、各タイヤ91-94の制駆動力指示値F*1-F*4を補正する。S10Bで制駆動力指示部28は、補正後の制駆動力指示値F*1-F*4を制駆動アクチュエータ81-84に指示する。
【0070】
第2実施形態では、ヨー運動が実際に発生してからヨーレートが抑制される点が第1実施形態と異なるものの、第1実施形態と同様に、斜め移動(同位相転舵)時に意図しないヨー運動を抑制することができる。また第2実施形態は、重心状態検出装置40を備えていない車両100にも搭載可能であるため、第1実施形態に比べ適用範囲が広がる。
【0071】
(第3実施形態)
図12~
図15を参照し、第3実施形態について説明する。各タイヤの摩擦特性が同程度の場合、タイヤのスリップ限界となる制駆動力はタイヤの輪荷重に依存する。重心Cgが四輪幾何中心Cmからずれているとき、各輪の輪荷重は異なるため、スリップ限界も異なる。また、第1実施形態により各タイヤの制駆動力が補正されることで、特定のタイヤのみがスリップする現象が発生する可能性がある。
【0072】
図12に示すように、第3実施形態の制駆動力制御装置203は、各タイヤのスリップ率を検出するスリップ率検出装置50を備えた車両に搭載される。スリップ率は、車体速度と車輪速度との差を車体速度で除した値である。タイヤが全く滑らずに路面を転がっている状態でのスリップ率は0%であり、タイヤが完全にロックした状態でのスリップ率は100%である。スリップ率検出装置50は、例えば各輪の車輪速センサによる車輪速情報を用いて、各タイヤのスリップ率を算出する。
【0073】
第3実施形態の制駆動力制御装置203は、第1実施形態の制駆動力制御装置201の構成に加え、スリップ状態判定部27をさらに有する。スリップ状態判定部27は、スリップ率検出装置50から取得したスリップ率に基づき、各タイヤがスリップ状態であるか否か判定する。つまりスリップ状態判定部27は、各タイヤについて、スリップ率が閾値未満のときスリップ状態でないと判定し、スリップ率が閾値以上のときスリップ状態であると判定する。スリップ状態判定部27は、判定結果を制駆動力指示部28に通知する。
【0074】
スリップ状態と判定された一輪以上のタイヤを「スリップタイヤ」と定義し、スリップタイヤ以外の一輪以上のタイヤを「非スリップタイヤ」と定義する。少なくとも一輪は非スリップタイヤが必要であるため、四輪車両ではスリップタイヤは三輪以下である。一般化するとN輪車両ではスリップタイヤは(N-1)輪以下である。
【0075】
スリップ状態判定部27により一輪以上のタイヤがスリップ状態であると判定されたとき、すなわち一輪以上のスリップタイヤが有ると判定されたとき、制駆動力指示部28は、スリップタイヤの制駆動力を保持または低減させる「スリップ抑制処理」を実行する。駆動時には駆動力の増加による加速が禁止され、制動時には制動力の増加による減速が禁止される。制駆動力指示部28が制駆動力を保持または低減させる目標値は、例えば斜め移動角度θや車速等をパラメータとするマップ等で記憶されてもよい。
【0076】
制駆動力指示部28は、スリップ抑制処理により生じる車両100のヨーモーメントを打ち消すように、非スリップタイヤの制駆動力指示値を補正する。
【0077】
図13に、斜め移動において全てのタイヤ91-94がスリップ状態でないときの制動力分配を示す。
図8の下の図と同様に重心Cgが四輪幾何中心Cmからずれている状態を例示する。上記の式(4)の通り、進行方向重心線pの両側のヨーモーメントが釣り合っているため、車両100のヨーモーメントは発生しない。
【0078】
Lg1・Fg1+Lg3・Fg3=Lg2・Fg2+Lg4・Fg4 ・・・(4)
【0079】
図14に、左後輪93のタイヤがスリップ状態であるときの制動力分配を示す。制動力の記号Fgsにおける「s」はスリップに由来する。上の図に示すように、スリップ抑制処理により、スリップタイヤ93の制駆動力がFg3(
図13)からFgs3に低減される。このとき、非スリップタイヤ91、92、94の制駆動力が
図13の値と同じであるとすると、式(6.1)の通り、進行方向重心線pの両側のヨーモーメントが釣り合わなくなる。また、スリップタイヤ93の駆動力指示値と実制駆動力との乖離により、車両100のヨーモーメントが発生する。
【0080】
Lg1・Fg1+Lg3・Fgs3<Lg2・Fg2+Lg4・Fg4
・・・(6.1)
【0081】
そこで下の図に示すように、制駆動力指示部28は、ヨーモーメントを抑制するため、式(6.2)が成り立つように非スリップタイヤ91、92、94の制駆動力指示値F*1、F*2、F*4をそれぞれFgs1、Fgs2、Fgs4の値に補正する。
【0082】
Lg1・Fgs1+Lg3・Fgs3=Lg2・Fgs2+Lg4・Fgs4
・・・(6.2)
【0083】
図15のフローチャートに第3実施形態による制動力制御処理を示す。S21でスリップ状態判定部27は、スリップ率検出装置50からスリップ率を取得し、各タイヤがスリップ状態であるか否か判定する。S22では、一輪以上のタイヤがスリップ状態であるか判断される。S22でNOの場合、ルーチンを終了する。
【0084】
S22でYESの場合、S23でスリップ抑制処理が実行される。すなわち、制駆動力指示部28は、スリップタイヤの制駆動力を保持または低減させる。S24で制駆動力指示部28は、スリップ抑制処理により生じる車両100のヨーモーメントを打ち消すように、非スリップタイヤの制駆動力指示値F*1-F*4を補正する。
【0085】
このように第3実施形態では、スリップタイヤの制駆動力を保持または低減させることでスリップを抑制する。さらに、スリップ抑制処理により生じる車両100のヨーモーメントを、非スリップタイヤの制駆動力指示値F*1-F*4を補正することで抑制することができる。よって、特定のタイヤがスリップ状態であっても、斜め移動(同位相転舵)時に意図しないヨー運動を抑制することができる。
【0086】
(第4実施形態)
図16を参照し、第4実施形態の制駆動力制御装置204について説明する。第3実施形態は第1実施形態に対し、転舵状態判定部26が同位相状態の判定に用いるタイヤ角の情報のみが異なり、それ以外の構成は同じである。第4実施形態では、タイヤ角のフィードバック制御が適正に行われ、目標タイヤ角δ
*1-δ
*4が実際のタイヤ角と一致することを前提とする。
【0087】
転舵状態判定部26は、各タイヤの検出タイヤ角δs1-δs4に代えて、目標タイヤ角算出制御部25が指示した各タイヤの目標タイヤ角δ*1-δ*4に基づき、各タイヤが互いに同位相状態であるか判定する。これにより、タイヤ角センサ671-674からの通信遅れの影響を受けず、迅速な判定が可能となる。なお、第1実施形態と第4実施形態とを組み合わせ、転舵状態判定部26が検出タイヤ角δs1-δs4及び目標タイヤ角δ*1-δ*4に基づき、同位相状態について二通りの判定をした上で、各判定結果を調停するようにしてもよい。
【0088】
「スリップ状態判定部27を有し、スリップ抑制処理により生じる車両のヨーモーメントを打ち消すように、制駆動力指示部28が非スリップタイヤの制駆動力指示値F*1-F*4を補正する第3実施形態の制駆動力制御装置」と、「転舵状態判定部26が検出タイヤ角δs1-δs4に基づき、各タイヤが互いに同位相状態であるか否か判定する第4実施形態の制駆動力制御装置」とを組み合わせてもよい。
【0089】
(その他の実施形態)
(a)第1実施形態では、制駆動力指示部28は重心位置検出装置40が検出した重心位置を常に取得し、第2実施形態では常に取得しない。その他の実施形態では、車両100に重心位置検出装置40が有ることを前提とし、状況に応じて第1実施形態と第2実施形態とを切り替えられるようにしてもよい。例えば、乗員や荷物の積載状況等に応じて、積載状況の変化が大きい場合には制駆動力指示部28は重心位置検出装置40が検出した重心位置を取得し、積載状況の変化が大きい場合には重心位置を取得せず、内部に記憶された推定値を用いるようにしてもよい。
【0090】
(b)第3実施形態ではスリップ状態判定部27により、各タイヤがスリップ状態であるか、又は、スリップ状態でないか、の二択で判別される。その他の実施形態では、スリップ率をさらに段階的に評価し、例えば「重スリップ状態、軽スリップ状態、非スリップ状態」のように三段階以上に判別してもよい。そして、スリップ抑制処理において、例えば重スリップ状態では制駆動力を低減し、軽スリップ状態では制駆動力を保持ずるというように処理を分けてもよい。
【0091】
(c)
図1、
図2では、制駆動力制御装置20は、転舵アクチュエータ71-74及び制駆動アクチュエータ81-84の上位の制御装置として図示されている。この構成に限らず、制駆動力制御装置20と、各転舵アクチュエータ71-74又は制駆動アクチュエータ81-84の駆動装置とが一体に機能するようにしてもよい。例えば、四つの転舵アクチュエータ71-74の駆動装置が互いに情報通信することにより協調して制駆動力制御装置20の機能を実現してもよい。
【0092】
(d)制駆動力制御装置20が搭載される独立転舵車両又は転舵車両は四輪車両に限らず、三輪車両や六輪車両等を含む「三輪以上の全てのタイヤが転舵可能な車両」であればよい。例えば一つの前輪と左右後輪、又は、左右前輪と一つの後輪とを備える三輪車両においても、三輪のタイヤ角が全て同位相のとき、同位相状態であると判断される。また、斜め移動において重心位置が三輪幾何中心とずれているとき、四輪車両と同様にヨー運動が発生する。
【0093】
(e)「車両」には、運転者によるハンドル操作や自動運転装置の操舵信号に従って公道を走行する車両以外に、特定の区域を低速で走行するグリーンスローモビリティやAGV(無人搬送車)等も含まれる。
【0094】
以上、本発明はこのような実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において、種々の形態で実施することができる。
【0095】
本開示に記載の各制御部(目標タイヤ角算出制御部、転舵状態判定部、制駆動力指示部)及びその手法は、コンピュータプログラムにより具体化された一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。あるいは、本開示に記載の各制御部及びその手法は、一つ以上の専用ハードウェア論理回路によってプロセッサを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。もしくは、本開示に記載の各制御部及びその手法は、一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリと一つ以上のハードウェア論理回路によって構成されたプロセッサとの組み合わせにより構成された一つ以上の専用コンピュータにより、実現されてもよい。また、コンピュータプログラムは、コンピュータにより実行されるインストラクションとして、コンピュータ読み取り可能な非遷移有形記録媒体に記憶されていてもよい。
【符号の説明】
【0096】
20(201-204)・・・制駆動力制御装置、
25・・・目標タイヤ角算出制御部、
26・・・転舵状態判定部、 28・・・制駆動力指示部、
30・・・ヨー運動検出装置、
40・・・重心位置検出装置、
671-676・・・タイヤ角センサ、 71-76・・・転舵アクチュエータ、
81-84・・・制駆動アクチュエータ、 91-94・・・タイヤ、
100・・・(四輪独立転舵)車両、 105・・・(四輪転舵)車両。