(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024177881
(43)【公開日】2024-12-24
(54)【発明の名称】鉄損推定装置、鉄損推定方法、及び鉄損特性作成方法
(51)【国際特許分類】
G01R 33/12 20060101AFI20241217BHJP
G01N 27/72 20060101ALI20241217BHJP
C21D 8/12 20060101ALN20241217BHJP
【FI】
G01R33/12 Z
G01N27/72
C21D8/12 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023096265
(22)【出願日】2023-06-12
(71)【出願人】
【識別番号】000006208
【氏名又は名称】三菱重工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100112737
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 考晴
(74)【代理人】
【識別番号】100136168
【弁理士】
【氏名又は名称】川上 美紀
(74)【代理人】
【識別番号】100172524
【弁理士】
【氏名又は名称】長田 大輔
(72)【発明者】
【氏名】早川 恭平
(72)【発明者】
【氏名】木村 新太郎
【テーマコード(参考)】
2G017
2G053
4K033
【Fターム(参考)】
2G017BA15
2G017CA17
2G017CB03
2G017CB16
2G017CB21
2G053AB23
2G053BA03
2G053BA15
2G053BC02
2G053BC14
2G053CA03
2G053CA17
2G053CB05
2G053CB21
4K033QA01
4K033RA02
(57)【要約】
【課題】数値計算を用いることなく、鉄損の推定を行うこと。
【解決手段】鉄損推定装置1は、電磁鋼板で形成された構造物の鉄損を推定する鉄損推定装置であって、評価対象である構造物の評価断面を分析した分析データから結晶方位に関する特性値を取得する特性値取得部22と、結晶方位に関する特性値と鉄損特性値とが予め関連付けられた鉄損特性情報から、特性値取得部22によって取得された結晶方位に関する特性値に対応する鉄損特性値を取得する鉄損特性値取得部23とを備える。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電磁鋼板で形成された構造物の鉄損を推定する鉄損推定装置であって、
評価対象である前記構造物の評価断面を分析した分析データから結晶方位に関する特性値を取得する特性値取得部と、
結晶方位に関する特性値と鉄損特性値とが予め関連付けられた鉄損特性情報から、前記特性値取得部によって取得された前記結晶方位に関する特性値に対応する前記鉄損特性値を取得する鉄損特性値取得部と
を備える鉄損推定装置。
【請求項2】
前記結晶方位に関する特性値は、前記評価断面において局所方位差が所定の閾値以上である領域面積率又は領域体積率である請求項1に記載の鉄損推定装置。
【請求項3】
前記結晶方位に関する特性値は、前記評価断面において局所方位差が閾値以上である領域面積率又は領域体積率であり、前記閾値は、3°未満の値に設定されている請求項1に記載の鉄損推定装置。
【請求項4】
電磁鋼板で形成された構造物の鉄損を推定する鉄損推定方法であって、
評価対象である前記構造物の評価断面を分析した分析データから結晶方位に関する特性値を取得する特性値取得工程と、
結晶方位に関する特性値と鉄損特性値とが予め関連付けられた鉄損特性情報から、前記特性値取得工程において取得された前記結晶方位に関する特性値に対応する前記鉄損特性値を取得する鉄損特性値取得工程と
をコンピュータが実行する鉄損推定方法。
【請求項5】
コンピュータを請求項1から3のいずれかに記載の鉄損推定装置として機能させるためのプログラム。
【請求項6】
電磁鋼板で形成された構造物の鉄損を推定するための鉄損特性情報を作成する鉄損特性作成方法であって、
鉄損特性値が異なる複数の試験片を作成する試験片作成工程と、
各前記試験片の鉄損特性値を測定する鉄損測定工程と、
各前記試験片を切断した評価断面を分析した分析データを取得する分析データ取得工程と、
各前記試験片の前記分析データから結晶方位に関する特性値を取得し、取得した特性値と前記鉄損特性値とを用いて鉄損特性情報を作成する特性作成工程と
を有する鉄損特性作成方法。
【請求項7】
前記結晶方位に関する特性値は、前記評価断面において局所方位差が閾値以上である領域面積率又は領域体積率である請求項6に記載の鉄損特性作成方法。
【請求項8】
前記結晶方位に関する特性値は、前記評価断面において局所方位差が閾値以上である領域面積率又は領域体積率であり、前記閾値は、3°未満の値に設定されている請求項6に記載の鉄損特性作成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、鉄損推定装置、鉄損推定方法、及び鉄損特性作成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、モータや発電機などの回転電機機械に用いられる電磁鋼板は、所定の形状に加工する際に、打抜き加工が用いられる場合が多い。打抜き加工は他の製造方法と比べコストメリットを有するものの、加工に伴う鉄損増加が生じるという課題がある。打抜き加工による鉄損増加は、打抜き加工時の加工エッジでの塑性変形や残留応力の導入、加工エッジにおける形状変化等を主因としており、これらは打抜き金型のエッジ形状、クリアランスや加工速度等に依存している。
【0003】
打抜き金型のエッジ形状は、量産過程で金型の摩耗等により変化する。そのため製品性能を管理するためには、適切な製造管理が重要である。適切な製造管理を行うための一つの手法として、製品の鉄損特性値を推定し、推定した鉄損特性値に基づく性能評価を行うことが考えられる。
【0004】
例えば、特許文献1には、打抜き加工によって打抜き端面近傍に板厚方向に不均一な分布をもって発生する相当塑性歪分布と残留応力分布を打抜き加工の数値解析に基づいて演算し、演算結果として得られた評価指標を用いて打抜き加工による鉄損増加量を算出する手法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載されている鉄損増加量の算出手法では、数値計算の入力データとして、可能な限り正確な値を入力することが重要となる。しかしながら、金型のクリアランス等の一部の入力データは容易に得ることができないため、正確な値を入力することが困難である。
【0007】
本開示は、このような事情に鑑みてなされたものであって、数値計算を用いることなく、鉄損の推定を行うことのできる鉄損推定装置、鉄損推定方法、及び鉄損特性作成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の一態様は、電磁鋼板で形成された構造物の鉄損を推定する鉄損推定装置であって、評価対象である前記構造物の評価断面を分析した分析データから結晶方位に関する特性値を取得する特性値取得部と、結晶方位に関する特性値と鉄損特性値とが予め関連付けられた鉄損特性情報から、前記特性値取得部によって取得された前記結晶方位に関する特性値に対応する前記鉄損特性値を取得する鉄損特性値取得部とを備える鉄損推定装置である。
【0009】
本開示の一態様は、電磁鋼板で形成された構造物の鉄損を推定する鉄損推定方法であって、評価対象である前記構造物の評価断面を分析した分析データから結晶方位に関する特性値を取得する特性値取得工程と、結晶方位に関する特性値と鉄損特性値とが予め関連付けられた鉄損特性情報から、前記特性値取得工程において取得された前記結晶方位に関する特性値に対応する前記鉄損特性値を取得する鉄損特性値取得工程とをコンピュータが実行する鉄損推定方法である。
【0010】
本開示の一態様は、コンピュータを上記鉄損推定装置として機能させるためのプログラムである。
【0011】
本開示の一態様は、電磁鋼板で形成された構造物の鉄損を推定するための鉄損特性情報を作成する鉄損特性作成方法であって、鉄損特性値が異なる複数の試験片を作成する試験片作成工程と、各前記試験片の鉄損特性値を測定する鉄損測定工程と、各前記試験片を切断した評価断面を分析した分析データを取得する分析データ取得工程と、各前記試験片の前記分析データから結晶方位に関する特性値を取得し、取得した特性値と前記鉄損特性値とを用いて鉄損特性情報を作成する特性作成工程とを有する鉄損特性作成方法である。
【発明の効果】
【0012】
本開示によれば、数値計算を用いることなく、鉄損の推定を行うことのできるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本開示の一実施形態に係る鉄損特性作成方法の手順の一例を示したフローチャートである。
【
図2】本開示の一実施形態に係る鉄損特性作成方法で用いられる試験片の一例を示した図である。
【
図3】本開示の一実施形態に係るKAMマップの一例を示した図である。
【
図4】本開示の一実施形態に係る鉄損特性作成方法において、方位差特性値の算出に用いられる閾値φの適正範囲について説明するための図である。
【
図5】本開示の一実施形態に係る鉄損特性情報の一例を示した図である。
【
図6】本開示の一実施形態に係る鉄損推定装置のハードウェア構成の一例を示した図である。
【
図7】本開示の一実施形態に係る鉄損推定装置が備える機能を示した機能構成図である。
【
図8】本開示の一実施形態に係る鉄損推定方法の処理手順の一例を示したフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本開示の一実施形態に係る鉄損推定装置、鉄損推定方法、及び鉄損特性作成方法について、図面を参照して説明する。
本実施形態に係る鉄損推定装置1(
図7参照)は、電磁鋼板を打抜き加工した構造物(評価対象)の鉄損値(磁気特性)を推定する装置である。構造物の一例として、変圧器、モータ(発電機)のコア材、例えば、回転子(ロータ)及び固定子(ステータ)等が挙げられる。
【0015】
以下、本実施形態の鉄損推定装置1について説明する前に、鉄損推定装置1によって用いられる鉄損特性情報の作成方法について説明する。
【0016】
図1は、本実施形態に係る鉄損特性作成方法の手順の一例を示したフローチャートである。
まず、形状の異なる複数の試験片を作成する(SA1:試験片作成工程)。
試験片は、評価する構造物に用いられる電磁鋼板と同一の鋼種を用いて作成することが好ましいが、これに限られない。例えば、電磁鋼板グレードが同等であれば、鋼種が異なる電磁鋼板を用いて試験片を作成してもよい。試験片は、例えば、JIS C 2550等の規格に従い、評価対象である構造物の板厚の試験片を作成する。例えば、JISには、板厚に対する試験片の推奨枚数が規定されているため、薄い板状の電磁鋼板を板厚に応じた枚数(例えば、10枚から80枚程度)積層した積層電磁鋼板を打抜き加工することにより作成される。打抜き形状の一例として、エプスタイン試験片、リング試験片が挙げられる。
図2は、リング試験片の一例を示した図である。試験片の板厚(例えば、
図2のt)、打抜き形状(例えば、
図2のD/2,d/2,Lp)等の各種条件は、評価対象である構造物に応じて適宜決定すればよい。本実施形態では、一例として、内径(
図2のd/2)と外径(
図2のD/2)のサイズがそれぞれ異なる複数のリング試験片を作成する。
【0017】
続いて、各試験片について、鉄損特性値を測定する(SA2:鉄損測定工程)。鉄損特性値として、鉄損値、鉄損増加量、鉄損劣化率等が挙げられる。本実施形態では、鉄損特性値として、打抜き加工後の鉄損値(W/kg)を打抜き加工前の鉄損値(W/kg)で除した値である鉄損劣化率ΔWを用いる場合を例示して説明する。
【0018】
鉄損の測定方法については、公知の手法を適宜用いればよい。例えば、電力計法、ブリッジ法、熱量計法などが挙げられる。電力計法は、コイルに交流電流を流して電力測定から損失を得る方法、ブリッジ法は、コイルの交流インピーダンスを測定して損失を得る方法、熱量計法は、コイルに交流電流を流して発熱量から損失を得る方法である。また、鉄損の測定条件(磁束密度、周波数)についても適宜、適切な値を設定すればよい。
【0019】
続いて、各試験片を切断した評価断面を分析した分析データを取得する(SA3:分析データ取得工程)。例えば、各試験片の評価断面について結晶方位に関する分析試験を行う。ここで、評価断面は、磁束方向に対して垂直方向に切断した垂直断面(縦方向断面)がよい。また、分析試験の一例として、後方散乱電子回折計測(EBSD:Electron Back Scattered Diffraction Pattern)が挙げられる。EBSDの実施に当たり、埋め込み樹脂と素材との間のエッジダレに注意するとよい。測定ステップサイズは、結晶粒径に比べて十分に小さく、最適な値を選択するとよい。
【0020】
本実施形態では、分析データとして、評価断面の局所方位差分布、具体的には、KAM(Kernel Average Misorientation)マップを得る。KAMマップは、ある測定点と測定点に隣接又は測定点近傍の部位との方位差を示したマップであり、歪が大きいほど方位差は大きくなり、歪みがない場合には方位差はゼロとなる。
KAM値は、計測点同士の結晶回転に対応しており、局所的な変形量の大小と定性的に一致する。このため、KAM値は、鉄損の劣化率との強い相関性を有する。
【0021】
図3に、KAMマップの一例を示す。
図3は、
図2に示したリング片の縦断面Aを評価断面としたときのKAMマップを示している。
図3に示したKAMマップは、第一近傍測定点同士の結晶方位差であるKAM1stを使用した場合を例示しているが、KAM2nd、KAM3rd、KAM4thであっても良く、これらはそれぞれ第2近傍測定点、第3近傍測定点、第4近傍測定点同士の結晶方位差であり、最適なものを適宜選択すればよい。
図3において、最小値は0に、最大値は5とされている。
【0022】
次に、各試験片の分析データであるKAMマップと鉄損劣化率とを用いて鉄損特性情報を作成する(SA4:特性作成工程)。
まず、KAMマップを処理することにより、結晶方位に関する特性値を取得する。本実施形態では、結晶方位に関する特性値として、以下のように定義する方位差特性値KAMot(φ)を用いる。
【0023】
KAMot(φ)=評価断面においてKAM値が閾値φ以上である領域面積率
【0024】
ここで、閾値φは適宜設定可能であるが、以下の理由から3°未満の値に設定するとよい。
図4は、閾値φを1°,2°,3°にそれぞれ設定したときの方位差特性値KAMot(φ)と鉄損劣化率ΔWとの関係の一例を示した図である。
図4(a)は閾値φを1°に設定した場合、(b)は閾値φを2°に設定した場合、(c)は閾値φを3°にした場合を示している。また、
図4において、CASE1~CASE4は、同一の鋼種の試験片を使用し、励磁条件をそれぞれ異ならせたときの測定結果である。
【0025】
図4(a),(b)に示すように、閾値φを3°未満とした場合には、方位差特性値KAMot(φ)と鉄損劣化率ΔWとの間に強い相関関係があるため、この関係を関数で表すことが可能である。これに対し、
図4(c)に示すように、閾値φを3°以上とした場合には、方位差特性値KAMot(φ)と鉄損劣化率ΔWとの間に相関関係がなくなり、方位差特性値KAMot(φ)と鉄損劣化率とに一定の関係性を見出すことができなくなる。これは、エッジダレ等の試料調整の影響を受けやすくなるためと考えられる。
以上の結果から、閾値φを3°未満、好ましくは、2°以下、より好ましくは1°以下に設定するとよいことがわかる。
【0026】
特性作成工程では、例えば、各試験片について取得した方位差特性値KAMot(φ)及び鉄損劣化率を統計的に処理することにより、検量線(鉄損特性情報)を得る。これにより、例えば、
図5に示すような鉄損特性情報(検量線)を得ることができる。
【0027】
ここで、鉄損特性情報を作成する工程については、人が手作業で行ってもよいし、コンピュータなどの情報処理装置を用いて自動的に作成することとしてもよい。情報処理装置を用いる場合には、入力情報として各試験片の鉄損劣化率とKAMマップとを与え、これらの入力情報から自動的に鉄損特性情報を作成するようなアプリケーションソフトウェアを構築すればよい。また、
図5では、検量線を一次関数として示しているがこの例に限られない。例えば、検量線は、多項式関数として得られてもよい。また、鉄損特性情報は、関数として作成されてもよいし、テーブルやマップとして作成されてもよい。
【0028】
次に、本実施形態に係る鉄損推定装置1及び鉄損推定方法について説明する。
〔鉄損推定装置1のハードウェア構成〕
図6は、本開示の一実施形態に係る鉄損推定装置1のハードウェア構成の一例を示した図である。
図6に示すように、鉄損推定装置1は、いわゆるコンピュータであり、例えば、CPU(Central Processing Unit:プロセッサ)11、主記憶装置(Main Memory)12、二次記憶装置(Secondary storage:メモリ)13等を備えている。
【0029】
主記憶装置12は、例えば、キャッシュメモリ、RAM(Random Access Memory)等の書き込み可能なメモリで構成され、CPU11の実行プログラムの読み出し、実行プログラムによる処理データの書き込み等を行う作業領域として利用される。
二次記憶装置13は、非一時的なコンピュータ読み取り可能な記録媒体(non-transitory computer readable storage medium)である。二次記憶装置は、例えば、磁気ディスク、光磁気ディスク、CD-ROM、DVD-ROM、半導体メモリなどである。
鉄損推定装置1は、更に、外部機器と接続するためのインターフェースである外部インターフェース14、他の装置と情報の送受信を行うための通信インターフェース15、キーボード、ポインティングデバイス等の入力デバイス16、及び解析結果等を表示するためのディスプレイ17等を備えていてもよい。
【0030】
〔鉄損推定装置の機能〕
図7は、本実施形態に係る鉄損推定装置1が備える機能を示した機能構成図である。各種機能を実現するための一連の処理は、一例として、プログラムの形式で二次記憶装置13に記憶されており、このプログラムをCPU11が主記憶装置12に読み出して、情報の加工・演算処理を実行することにより、各種機能が実現される。なお、プログラムは、二次記憶装置13に予めインストールしておく形態や、コンピュータ読み取り可能な記憶媒体に記憶された状態で提供される形態、有線又は無線による通信手段を介して配信される形態等が適用されてもよい。コンピュータ読み取り可能な記憶媒体とは、磁気ディスク、光磁気ディスク、CD-ROM、DVD-ROM、半導体メモリ等である。
【0031】
図7に示すように、鉄損推定装置1は、特性情報記憶部21、特性値取得部22、鉄損特性値取得部23、及び性能評価部24を備えている。
特性情報記憶部21には、結晶方位に関する特性値と鉄損特性値とが予め関連付けられた鉄損特性情報が格納されている。具体的には、上述した鉄損特性作成方法によって作成された鉄損特性情報が格納されている。
【0032】
特性値取得部22は、評価対象である構造物の評価断面を分析した分析データから結晶方位に関する特性値を取得する。例えば、評価対象となる構造物として、製品に用いられる積層鋼板を製品と同様の手法によって打抜き加工した鋼板部材が挙げられる。この鋼板部材を任意の位置にて積層方向に切断し、この切断面に対してEBSD計測を実施することにより、KAMマップを得る。そして、KAMマップのデータを処理することにより、切断面の方位差特性値KAMot(φ)を得る。ここで、閾値φについては、特性情報記憶部21に格納されている鉄損特性情報と同じ閾値(例えば、φ=1°)を用いるものとする。
【0033】
鉄損特性値取得部23は、特性情報記憶部21に格納された鉄損特性情報から特性値取得部22によって取得された方位差特性値KAMot(φ)に対応する鉄損劣化率を取得する。これにより、評価対象である構造物の鉄損劣化率を推定することができる。
【0034】
性能評価部24は、例えば、鉄損劣化率に基づいて評価対象である構造物の性能評価を行う。例えば、構造物の鉄損値が予め設定されている鉄損許容値以下であるか否かを判定し、鉄損許容値以下である場合には、正常であると判定する。一方、鉄損劣化率が鉄損許容値を超えている場合には、性能低下などを通知する。これにより、作業員は、例えば、打抜き加工を行う金型の交換、メンテンス等、適切な対応を実施することが可能となる。
【0035】
また、性能評価部24は、複数の構造物の評価結果を統計的に評価することにより、製造のばらつきによる鉄損劣化率のばらつき評価を行うこととしてもよい。例えば、性能評価部24は、複数の構造物のEBSD計測結果から得た方位差特性値KAMot(φ)の平均値と標準偏差とを用いて鉄損劣化率のばらつき評価を行うこととしてもよい。
【0036】
次に、本実施形態に係る鉄損推定装置1によって実行される鉄損推定方法について
図8を参照して説明する。
図8は、本実施形態に係る鉄損推定方法の処理手順の一例を示したフローチャートである。
【0037】
まず、評価対象である構造物を切断し、この切断面に対してEBSD計測を実施することにより、切断面のKAMマップを取得し、取得したKAMマップから方位差特性値KAMot(φ)を得る(SB1)。続いて、特性情報記憶部21に格納された鉄損特性情報から、ステップSA1で取得した方位差特性値KAMot(φ)に対応する鉄損劣化率を取得する(SB2)。続いて、鉄損劣化率に基づいて評価対象である構造物の性能評価を行う(SB3)。例えば、構造物の鉄損劣化率が予め設定されている鉄損許容値を超えているか否かを判定し、鉄損許容値を超えている場合には、その旨の通知を行う。
【0038】
以上説明してきたように、本実施形態に係る鉄損推定装置、鉄損推定方法、及び鉄損特性作成方法によれば、結晶方位に関する特性値である方位差特性値KAMot(φ)と鉄損劣化率とが予め関連付けられた鉄損特性情報を用いて、評価対象である構造物の方位差特性値KAMot(φ)に対応する鉄損劣化率を取得する。
ここで、方位差特性値(KAMot(φ))は、鉄損劣化率ΔWと強い相関性を有するパラメータである。このような方位差特性値を用いて鉄損評価率を推定するので、評価対象である構造物の鉄損劣化率の推定精度を向上させることが可能となる。また、特許文献1に開示されているように数値計算を用いないことから、クリアランスなどの測定の難しい入力情報を取得する必要もなく、鉄損推定に要する労力を低減することができる。
【0039】
また、本実施形態に係る鉄損推定装置、鉄損推定方法、及び鉄損特性作成方法によれば、例えば、以下のような効果を得ることもできる。
例えば、従来、電磁鋼板を用いたモータ試運転時の性能計算では、銅損、鉄損、機械損(軸受損、風損など)、漂遊損(理由の不明な損失)等を含む総括的な損失しか求めることができず、これらの各損失をそれぞれ個別に評価することが難しかった。このため、例えば、過剰発熱などの異常が発生した場合に、その異常が発生した原因を切り分けることができず、適切な対応を取ることが難しかった。
【0040】
これに対し、本実施形態によれば、評価対象である構造物の鉄損を従来よりも高い精度で推定することができる。これにより、鉄損については、他の損失と切り離して評価することが可能となる。この結果、異常が発生した場合には、鉄損を他の損失と切り分けて個別に評価することが可能となる。これにより、例えば、過剰発熱が発生した場合には、電磁気的なジュール熱を要因とするのか、機械的な損失を要因とするものなのかを推定することが可能となる。これにより、確度の高い要因分析や合理的な対策を取ることが可能となる。
また、本実施形態に係る鉄損推定装置、鉄損推定方法、及び鉄損特性作成方法によれば、打抜き加工だけでなく、製造不良を含む、換言すると、ひずみ導入等を伴う他の鉄損劣化因子に対しても影響評価が可能となる。
【0041】
以上、本開示について実施形態を用いて説明したが、本開示の技術的範囲は上記実施形態に記載の範囲には限定されない。開示の要旨を逸脱しない範囲で上記実施形態に多様な変更又は改良を加えることができ、該変更又は改良を加えた形態も本開示の技術的範囲に含まれる。また、上記実施形態を適宜組み合わせてもよい。
また、上記実施形態で説明した処理の流れも一例であり、本開示の主旨を逸脱しない範囲内において不要なステップを削除したり、新たなステップを追加したり、処理順序を入れ替えたりしてもよい。
【0042】
例えば、上記実施形態では、結晶方位に関する特性値として方位差特性値KAMot(φ)を用いたが、これに限られない。例えば、結晶方位に関する特性値は、打抜き加工による歪が反映された他のパラメータを用いることとしてもよい。
また、方位差特性値KAMot(φ)は、面積率であるが、これに代えて、体積率を用いることとしてもよい。体積率の場合には、例えば、評価断面の表面を奥行き方向に削りながら断面奥行き方向の組織分布データを取得し、各評価断面の分析データを用いて方位差特性値の体積率を算出する手法を用いればよい。断面奥行き方向における組織野分析手法の一例として、Serial Sectioning法などが挙げられる。
【0043】
また、上記実施形態では、方位差特性値としてKAMを用いる場合を例示して説明したがこれに限られない。例えば、GROD(Gross Reference Orientation Deviation)、GAM(Grain Average Misorientation)、GND(Geometrically Necessary Dislocation)等の同定した結晶方位情報に基づいて算出したパラメータを使用して検量線を作成してもよい。
【0044】
また、上記実施形態において、鉄損推定装置1が特性情報記憶部21を備える場合を例示して説明したが、鉄損特性情報の格納場所については、これに限られない。例えば、鉄損特性情報は、クラウドサーバ上などに設置されており、通信回線を通じてアクセスすることにより、鉄損特性情報から鉄損特性値を得るような構成としてもよい。
【0045】
以上説明した実施形態に記載の鉄損推定装置、鉄損推定方法、及び鉄損特性作成方法は、例えば以下のように把握される。
【0046】
本開示の第1態様に係る鉄損推定装置(1)は、電磁鋼板で形成された構造物の鉄損を推定する鉄損推定装置であって、評価対象である前記構造物の評価断面を分析した分析データから結晶方位に関する特性値を取得する特性値取得部(22)と、結晶方位に関する特性値と鉄損特性値とが予め関連付けられた鉄損特性情報から、前記特性値取得部によって取得された前記結晶方位に関する特性値に対応する前記鉄損特性値を取得する鉄損特性値取得部(23)とを備える。
【0047】
上記態様によれば、数値解析を用いずに、評価対象である構造物の鉄損を推定することが可能となる。結晶方位に関する特性値は、鉄損と強い相関性を有するパラメータである。このような結晶方位に関する特性値を用いて鉄損特性値を推定するので、評価対象である構造物の鉄損劣化率の推定精度を向上させることが可能となる。また、特許文献1に開示されているように数値計算を用いないことから、クリアランスなどの測定の難しい入力情報を取得する必要もなく、鉄損推定に要する労力を低減することができる。
【0048】
本開示の第2態様に係る鉄損推定装置は、上記第1態様において、前記結晶方位に関する特性値は、前記評価断面において局所方位差が所定の閾値以上である領域面積率又は領域体積率である。
【0049】
上記態様によれば、結晶方位に関する特性値として、局所方位差が所定の閾値以上である領域面積率を用いる。ここで、局所方位差が所定の閾値以上である領域面積率又は領域体積率は、鉄損と強い相関関係を有する。これにより、鉄損推定精度を向上させることができる。
【0050】
本開示の第3態様に係る鉄損推定装置は、上記第1態様において、前記結晶方位に関する特性値は、前記評価断面において局所方位差が閾値以上である領域面積率又は領域体積率であり、前記閾値は、3°未満の値に設定されている。
【0051】
上記態様によれば、結晶方位に関する特性値として、局所方位差が所定の閾値以上である領域面積率又は領域体積率であって、前記閾値は、3°未満の値に設定されている。ここで、閾値を3°未満の値に設定することにより、鉄損とより強い相関性を有する特性値を用いて鉄損特性値を推定することができる。これにより、鉄損推定精度を向上させることができる。
【0052】
本開示の第4態様に係る鉄損推定方法は、電磁鋼板で形成された構造物の鉄損を推定する鉄損推定方法であって、評価対象である前記構造物の評価断面を分析した分析データから結晶方位に関する特性値を取得する特性値取得工程(SB1)と、結晶方位に関する特性値と鉄損特性値とが予め関連付けられた鉄損特性情報から、前記特性値取得工程において取得された前記結晶方位に関する特性値に対応する前記鉄損特性値を取得する鉄損特性値取得工程(SB2)とをコンピュータが実行する。
【0053】
本開示の第5態様に係るプログラムは、コンピュータを上記第1から第3態様のいずれかに記載の鉄損推定装置として機能させるためのプログラムである。
【0054】
本開示の第6態様に係る鉄損特性作成方法は、電磁鋼板で形成された構造物の鉄損を推定するための鉄損特性情報を作成する鉄損特性作成方法であって、鉄損特性値が異なる複数の試験片を作成する試験片作成工程(SA1)と、各前記試験片の鉄損特性値を測定する鉄損測定工程(SA2)と、各前記試験片を切断した評価断面を分析した分析データを取得する分析データ取得工程(SA3)と、各前記試験片の前記分析データから結晶方位に関する特性値を取得し、取得した特性値と前記鉄損特性値とを用いて鉄損特性情報を作成する特性作成工程(SA4)とを有する。
【0055】
本開示の第7態様に係る鉄損特性作成方法は、上記第6態様において、前記結晶方位に関する特性値は、前記評価断面において局所方位差が閾値以上である領域面積率又は領域体積率である。
【0056】
本開示の第8態様に係る鉄損特性作成方法は、上記第6態様において、前記結晶方位に関する特性値は、前記評価断面において局所方位差が閾値以上である領域面積率又は領域体積率であり、前記閾値は、3°未満の値に設定されている。
【符号の説明】
【0057】
1 :鉄損推定装置
11 :CPU
12 :主記憶装置
13 :二次記憶装置
14 :外部インターフェース
15 :通信インターフェース
16 :入力デバイス
17 :ディスプレイ
21 :特性情報記憶部
22 :特性値取得部
23 :鉄損特性値取得部
24 :性能評価部
A :縦断面
KAMot :方位差特性値
ΔW :鉄損劣化率
φ :閾値