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特開2024-177937肺炎を予測するためのバイオマーカー
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024177937
(43)【公開日】2024-12-24
(54)【発明の名称】肺炎を予測するためのバイオマーカー
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20241217BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20241217BHJP
   C12Q 1/06 20060101ALI20241217BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20241217BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/53 D
C12Q1/06
G01N33/50 K
G01N33/53 J
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023096356
(22)【出願日】2023-06-12
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業」「患者層別化マーカー探索技術の開発/がん免疫モニタリングによる患者層別化を行う基盤技術の開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504013775
【氏名又は名称】学校法人 埼玉医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100078282
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 秀策
(74)【代理人】
【識別番号】100113413
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 夏樹
(74)【代理人】
【識別番号】100143638
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷部 真久
(74)【代理人】
【識別番号】100181674
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 貴敏
(74)【代理人】
【識別番号】100181641
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】230113332
【弁護士】
【氏名又は名称】山本 健策
(72)【発明者】
【氏名】各務 博
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CA25
2G045CA26
2G045DA36
2G045FB03
4B063QA19
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QR72
4B063QR77
4B063QS36
4B063QX01
4B063QX02
(57)【要約】      (修正有)
【課題】被験体における肺炎を予測する手段を提供すること。
【解決手段】被験体における、以下から選択されるいずれか1つまたは複数の相対量を、前記被験体における肺炎を予測するための指標として用いる方法であって、(1)被験体のCD4T細胞集団中のCCR4-CCR6細胞亜集団の相対量;(2)被験体のCD4CCR4CCR6CXCR3-T細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団の相対量;(3)被験体の制御性T細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団の相対量;(4)被験体のCD8T細胞集団中のCD27細胞亜集団の相対量;(5)被験体のCD8T細胞集団中のCD127細胞亜集団の相対量;前記被験体由来のサンプル中の前記細胞亜集団の相対量を決定する工程を含み、前記相対量を、前記被験体における肺炎を予測するための指標として用いる、方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験体における、以下から選択されるいずれか1つまたは複数の相対量を、前記被験体における肺炎を予測するための指標として用いる方法であって、
(1)被験体のCD4T細胞集団中のCCR4-CCR6細胞亜集団の相対量;
(2)被験体のCD4CCR4CCR6CXCR3-T細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団の相対量;
(3)被験体の制御性T細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団の相対量;
(4)被験体のCD8T細胞集団中のCD27細胞亜集団の相対量;
(5)被験体のCD8T細胞集団中のCD127細胞亜集団の相対量;
前記被験体由来のサンプル中の前記細胞亜集団の相対量を決定する工程を含み、
前記相対量を、前記被験体における肺炎を予測するための指標として用いる、方法。
【請求項2】
前記相対量と基準値との比較を、前記被験体における肺炎を予測するための指標として用いる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記予測が、前記被験体において肺炎が発症するかどうかの予測を含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記相対量が基準値以下であることが、前記被験体において肺炎が発症する可能性が高いことを示すか、または前記相対量が基準値以上であることが、前記被験体において肺炎が発症する可能性が低いことを示す、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記CCR4-CCR6細胞亜集団が、さらにCXCR3細胞亜集団である、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記CCR4-CCR6細胞亜集団が、さらにCXCR3-細胞亜集団である、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記CD8T細胞集団が、エフェクターメモリーT細胞集団である、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記CD8T細胞集団が、CD8CCR7-CD45RAエフェクターメモリーT細胞集団である、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記肺炎が呼吸器感染症によって引き起こされるものである、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記呼吸器感染症が、コロナウイルス感染症またはインフルエンザウイルス感染症を含む、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記コロナウイルスが、α-コロナウイルス、β-コロナウイルス、γ-コロナウイルス、またはδ-コロナウイルスである、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記β-コロナウイルスが、SARS-CoV-2、HCoV-OC43、HCoV-HKU1、SARS-CoV、Bat SL-CoV-WIV1、BtCoV-HKU4、BtCoV-HKU5、MERS-CoV、およびBtCoV-HKU9からなる群から選択されるウイルスを含む、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記細胞の相対量を、末梢血サンプルを用いて測定することを特徴とする、請求項1~12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
前記被験体が、肺炎を引き起こすウイルスおよび/または細菌に罹患した被験体および肺炎が疑われる被験体からなる群から選択される、請求項1~13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
被験体における肺炎を予測するためのキットであって、
(a)CD4に対する検出剤、CCR4に対する検出剤、およびCCR6に対する検出剤;
(b)CD4に対する検出剤、CCR4に対する検出剤、CCR6に対する検出剤、CXCR3に対する検出剤、およびCTLA-4に対する検出剤;
(c)FOXP3に対する検出剤、およびCTLA-4に対する検出剤;
(d)CD8に対する検出剤、およびCD27に対する検出剤;および
(e)CD8に対する検出剤、およびCD127に対する検出剤;
から選択されるいずれか1つまたは複数の検出剤セットを含み、前記予測は、以下から選択されるいずれか1つまたは複数の相対量を、前記被験体における肺炎を予測するための指標として用いることによって行われる、キット。
(1)被験体のCD4T細胞集団中のCCR4-CCR6細胞亜集団の相対量;
(2)被験体のCD4CCR4CCR6CXCR3-T細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団の相対量;
(3)被験体の制御性T細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団の相対量;
(4)被験体のCD8T細胞集団中のCD27細胞亜集団の相対量;
(5)被験体のCD8T細胞集団中のCD127細胞亜集団の相対量
【請求項16】
前記相対量と基準値との比較を、前記被験体における肺炎を予測するための指標として用いる、請求項15に記載のキット。
【請求項17】
前記予測が、前記被験体において肺炎が発症するかどうかの予測を含む、請求項15または16に記載のキット。
【請求項18】
前記検出剤が抗体である、請求項15~17のいずれか一項に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肺炎予測の分野に関する。より詳細には、被験体における肺炎発症の有無を被験体のT細胞組成に基づいて予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
呼吸器感染症の患者は、多くの場合は軽症で入院の必要はないが、一部の患者は重症化して肺炎を発症し、入院して治療を受ける必要がある。例えば、SARS-CoV-2に感染したほとんどの患者は、肺炎を発症することなく自然に軽症で回復する。しかし、約10%の患者は肺炎及び低酸素血症を発症する。約3%の事例ではサイトカインストームが生じ、疾患が重症化する。
【0003】
肺炎患者に対しては優先的に治療を行う必要があるため、肺炎を予測する手段のニーズは高い。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0004】
肺炎や重度の疾患の場合、ウイルスを破壊するための免疫応答が不十分でありながら臓器障害をきたす不利益な免疫応答が過剰であるとされているが、作用機構についてはほぼ何も知られていない。本発明は、このような状況に鑑み、患者の免疫状態を評価することにより、当該患者における肺炎を予測するためのマーカーを見出した。そして、被験体から得られたサンプルにおける細胞亜集団の組成を、当該被験体における肺炎を予測するための指標として用いるため、特定の細胞亜集団の組成が肺炎を予測するための新たな指標となり得ることを見出した。
【0005】
したがって、本発明は以下を提供する。
(項目1)
被験体における、以下から選択されるいずれか1つまたは複数の相対量を、前記被験体における肺炎を予測するための指標として用いる方法であって、
(1)被験体のCD4T細胞集団中のCCR4-CCR6細胞亜集団の相対量;
(2)被験体のCD4CCR4CCR6CXCR3-T細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団の相対量;
(3)被験体の制御性T細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団の相対量;
(4)被験体のCD8T細胞集団中のCD27細胞亜集団の相対量;
(5)被験体のCD8T細胞集団中のCD127細胞亜集団の相対量;
前記被験体由来のサンプル中の前記細胞亜集団の相対量を決定する工程を含み、
前記相対量を、前記被験体における肺炎を予測するための指標として用いる、方法。
(項目2)
前記相対量と基準値との比較を、前記被験体における肺炎を予測するための指標として用いる、上記項目に記載の方法。
(項目3)
前記予測が、前記被験体において肺炎が発症するかどうかの予測を含む、上記項目のいずれか一項に記載の方法。
(項目4)
前記相対量が基準値以下であることが、前記被験体において肺炎が発症する可能性が高いことを示すか、または前記相対量が基準値以上であることが、前記被験体において肺炎が発症する可能性が低いことを示す、上記項目のいずれか一項に記載の方法。
(項目5)
前記CCR4-CCR6細胞亜集団が、さらにCXCR3細胞亜集団である、上記項目のいずれか一項に記載の方法。
(項目6)
前記CCR4-CCR6細胞亜集団が、さらにCXCR3-細胞亜集団である、上記項目のいずれか一項に記載の方法。
(項目7)
前記CD8T細胞集団が、エフェクターメモリーT細胞集団である、上記項目のいずれか一項に記載の方法。
(項目8)
前記CD8T細胞集団が、CD8CCR7-CD45RAエフェクターメモリーT細胞集団である、上記項目のいずれか一項に記載の方法。
(項目9)
前記肺炎が呼吸器感染症によって引き起こされるものである、上記項目のいずれか一項に記載の方法。
(項目10)
前記呼吸器感染症が、コロナウイルス感染症またはインフルエンザウイルス感染症を含む、上記項目のいずれか一項に記載の方法。
(項目11)
前記コロナウイルスが、α-コロナウイルス、β-コロナウイルス、γ-コロナウイルス、またはδ-コロナウイルスである、上記項目のいずれか一項に記載の方法。
(項目12)
前記β-コロナウイルスが、SARS-CoV-2、HCoV-OC43、HCoV-HKU1、SARS-CoV、Bat SL-CoV-WIV1、BtCoV-HKU4、BtCoV-HKU5、MERS-CoV、およびBtCoV-HKU9からなる群から選択されるウイルスを含む、上記項目のいずれか一項に記載の方法。
(項目13)
前記細胞の相対量を、末梢血サンプルを用いて測定することを特徴とする、上記項目のいずれか一項に記載の方法。
(項目14)
前記被験体が、肺炎を引き起こすウイルスおよび/または細菌に罹患した被験体および肺炎が疑われる被験体からなる群から選択される、上記項目のいずれか一項に記載の方法。
(項目15)
被験体における肺炎を予測するためのキットであって、
(a)CD4に対する検出剤、CCR4に対する検出剤、およびCCR6に対する検出剤;
(b)CD4に対する検出剤、CCR4に対する検出剤、CCR6に対する検出剤、CXCR3に対する検出剤、およびCTLA-4に対する検出剤;
(c)FOXP3に対する検出剤、およびCTLA-4に対する検出剤;
(d)CD8に対する検出剤、およびCD27に対する検出剤;および
(e)CD8に対する検出剤、およびCD127に対する検出剤;
から選択されるいずれか1つまたは複数の検出剤セットを含み、前記予測は、以下から選択されるいずれか1つまたは複数の相対量を、前記被験体における肺炎を予測するための指標として用いることによって行われる、キット。
(1)被験体のCD4T細胞集団中のCCR4-CCR6細胞亜集団の相対量;
(2)被験体のCD4CCR4CCR6CXCR3-T細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団の相対量;
(3)被験体の制御性T細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団の相対量;
(4)被験体のCD8T細胞集団中のCD27細胞亜集団の相対量;
(5)被験体のCD8T細胞集団中のCD127細胞亜集団の相対量
(項目16)
前記相対量と基準値との比較を、前記被験体における肺炎を予測するための指標として用いる、上記項目のいずれか一項に記載のキット。
(項目17)
前記予測が、前記被験体において肺炎が発症するかどうかの予測を含む、上記項目のいずれか一項に記載のキット。
(項目18)
前記検出剤が抗体である、上記項目のいずれか一項に記載のキット。
【0006】
本開示において、上記の1つまたは複数の特徴は、明示された組み合わせに加え、さらに組み合わせて提供され得ることが意図される。本開示のなおさらなる実施形態および利点は、必要に応じて以下の詳細な説明を読んで理解すれば、当業者に認識される。
【0007】
なお、上記した以外の本開示の特徴及び顕著な作用・効果は、以下の発明の実施形態の項及び図面を参照することで、当業者にとって明確となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1-1】図1Aは、本発明の一実施形態におけるCD4T細胞の教師なしクラスタリングの結果を示す。図1Bは、図1Aのクラスタリングの結果と各マーカーのアノテーションの結果を示す。図1Cは、本発明の一実施形態におけるCD4T細胞のクラスタリングについて、肺炎患者または非肺炎患者のそれぞれに特徴的なクラスターを分析したグラフである。
図1-2】図1Dは、本発明の一実施形態において、CD4T細胞中の各細胞亜集団について、健常者、肺炎患者、および非肺炎患者で比較した結果を示すグラフである。図1Eは、本発明の一実施形態において、Th1/17細胞亜集団のROC解析の結果を示すグラフである。
図1-3】図1Fは、本発明の一実施形態において、各細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団について、健常者、肺炎患者、および非肺炎患者で比較した結果を示すグラフである。
図2-1】図2Aは、本発明の一実施形態におけるCD8T細胞の教師なしクラスタリングの結果を示す。図2Bは、図2Aのクラスタリングの結果と各マーカーのアノテーションの結果を示す。図2Cは、本発明の一実施形態におけるCD8T細胞のクラスタリングについて、肺炎患者または非肺炎患者のそれぞれに特徴的なクラスターを分析したグラフである。
図2-2】図2Dは、本発明の一実施形態において、CD8T細胞中の各細胞亜集団について、健常者、肺炎患者、および非肺炎患者で比較した結果を示すグラフである。図2Eは、各CD8T細胞比率とCD4T細胞クラスターの相関を解析した結果を示すグラフである。
図2-3】図2Fは、各CD8T細胞クラスターにおけるCD27およびCD127細胞亜集団について、健常者、肺炎患者、および非肺炎患者で比較した結果を示すグラフである。図2GおよびHは、各CD8T細胞クラスターとCD27またはCD127細胞亜集団の相関を解析した結果を示すグラフである。
図3-1】図3Aは、本発明の一実施形態において、肺炎患者および非肺炎患者におけるCD8T細胞の経時的変化を解析した結果である。
図3-2】図3Bは、本発明の一実施形態において、入院時および入院1週間後におけるCD8T細胞の経時的変化を解析した結果である。図3Cは、本発明の一実施形態において、CD8T細胞集団における各細胞亜集団について、健常者、肺炎患者、および非肺炎患者で比較した結果を示すグラフである。
図3-3】図3D、Eは、本発明の一実施形態において、各CD8T細胞クラスターにおけるCD27またはCD127細胞亜集団の経時的変化を解析した結果である。
図4-1】図4Aは、本発明の一実施形態において、肺炎患者および非肺炎患者における各CD4T細胞クラスターの経時的変化を解析した結果である。図4Bは、本発明の一実施形態において、肺炎患者および非肺炎患者におけるTh17細胞亜集団の経時的変化を解析した結果である。
図4-2】図4Cは、本発明の一実施形態において、CD4T細胞中の各細胞亜集団について、健常者、肺炎患者、および非肺炎患者で比較した結果を示すグラフである。図4Dは、本発明の一実施形態におけるCD4T細胞のクラスタリングについて、肺炎患者または非肺炎患者のそれぞれに特徴的なクラスターを分析したグラフである。
図4-3】図4Eは、本発明の一実施形態において、Th17およびTreg細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団について、肺炎患者および非肺炎患者で比較した結果を示すグラフである。図4Fは、本発明の一実施形態において、CD8T細胞クラスターとCD4T細胞クラスターとの相関を解析した結果を示すグラフである。
図5図5は、本発明の一実施形態におけるマスサイトメトリー分析でのゲーティング戦略を示す模式図である。
図6図6は、本発明の一実施形態において、健常者、非肺炎患者、肺炎患者におけるTh7R(CCR4-CCR6)T細胞クラスターを比較した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本開示を最良の形態を示しながら説明する。本明細書の全体にわたり、単数形の表現は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。従って、単数形の冠詞(例えば、英語の場合は「a」、「an」、「the」など)は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。また、本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられることが理解されるべきである。したがって、他に定義されない限り、本明細書中で使用される全ての専門用語および科学技術用語は、本開示の属する分野の当業者によって一般的に理解されるのと同じ意味を有する。矛盾する場合、本明細書(定義を含めて)が優先する。
【0010】
以下に本明細書において特に使用される用語の定義および/または基本的技術内容を適宜説明する。
【0011】
本明細書において、「約」とは、後に続く数値の±10%を意味する。
【0012】
本明細書において、「バイオマーカー」とは、通常の生物学的過程、病理学的過程、もしくは治療的介入に対する薬理学的応答の指標として、客観的に測定され評価される特性をいう。
【0013】
本明細書において、「呼吸器感染症」とは、鼻腔、咽頭、気管、気管支、および肺胞などの呼吸に関する器官に病原体が感染することにより起こる疾患を指す。
【0014】
本明細書において、「コロナウイルス」とは、コロナウイルス科に属し、ヒト感染症に関わる一本鎖RNAウイルスを意味し、特に、ヒト細胞への侵入に際し、自身のエンベロープ上のSタンパク質(より詳細には、S1)とヒト細胞膜上のACE2との結合を利用するウイルスを意味する。このようなコロナウイルスとしては、例えば、α-コロナウイルス、β-コロナウイルス、γ-コロナウイルス、およびδ-コロナウイルスなどが挙げられ、β-コロナウイルスとしては、例えば、SARS-CoV-2、HCoV-OC43、HCoV-HKU1、SARS-CoV、Bat SL-CoV-WIV1、BtCoV-HKU4、BtCoV-HKU5、MERS-CoV、およびBtCoV-HKU9などが挙げられるが、これらに限定はされない。好ましくは、本発明において「コロナウイルス」とは、新型コロナウイルス/SARS-CoV-2である。
【0015】
新型コロナウイルス/SARS-CoV-2は、ヒトに感染して新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を生じる原因ウイルスである。COVID-19の主な症状としては、発熱、呼吸器症状(咳嗽、咽頭痛、鼻汁、鼻閉等)、肺炎、頭痛、倦怠感、嗅覚障害、味覚障害等が挙げられる。罹患者の多く(およそ8割程度)が無症状、又は軽症である一方、一部の患者(例えば、高齢の患者、基礎疾患(心血管疾患、糖尿病、慢性呼吸器疾患、慢性腎臓病等)を有する患者、血圧の患者、肥満の患者等)において重症化、又は死に至る場合がある。
【0016】
新型コロナウイルス/SARS-CoV-2のゲノム配列は、National Center for Biotechnology Information, National Library ofMedicineのウェブサイトにあるGenBankにて確認することができる。例えば、当該GenBankには、新型コロナウイルス/SARS-CoV-2のゲノム配列がNC_045512.2等(これらに限定はされない)のAccession番号にて登録されている。当業者は、当該ゲノム配列に基づいて、新型コロナウイルス/SARS-CoV-2を同定、又は他のウイルスより区別することができる。
【0017】
コロナウイルス属のウイルスはエンベロープ(envelope)に包まれたRNAウイルスとして存在する。その直径は約80~120nmで,遺伝物質は全RNAウイルスの中で最大である。ウイルス粒子の表面には3つの糖タンパク質があり、棘突起糖タンパク質(S、Spike Protein、受容体結合部位、細胞溶解と抗原);膜糖タンパク質(E、Envelope Protein Envelope Protein、小さい、細胞膜と結合するタンパク質);膜糖タンパク質(M、Membrane Protein Membrane Protein、栄養を膜輸送体、新型ウイルスの出芽とウイルスエンベロープの形成を集合する)である。少数の種類としてヘモグロビン糖タンパク(HEタンパク質,Haemaglutinin Hemagglutinin-esterase)がある。ウイルスは主にSpikeタンパク(Sタンパク質)と宿主細胞受容体の結合を通じてウイルスの侵入を介し、ウイルスの組織または宿主を決定する。コロナウイルスSタンパクS1サブユニットのN末端ドメイン(S1-NTD)とC末端ドメイン(S1-CTD)はいずれも受容体結合ドメイン(RBD)とすることができる。S1-NTDは糖受容体に,S1-CTDはタンパク質受容体に結合すると考えられている。
【0018】
本明細書において、「インフルエンザウイルス」とは、オルソミクソウィルス科に属するエンベロープを有する一本鎖マイナス鎖RNAウイルスである。直径約100nmの粒子サイズを有し、内部タンパクの抗原性に基づいて、A、B及びC型に分かれる。世界中で大流行するインフルエンザは、主にはA型インフルエンザウイルスによるものであり、このA型インフルエンザウイルスは、ヘマグルチニン(HA)及びノイラミニダーゼ(NA)の2種類のエンベロープ糖タンパク質を有し、抗原性の違いによってHAでは16種(H1~H16型)、NAでは9種(N1~N9型)の亜型に区別され、その組み合わせによってH1N1~H16N9までの亜型に分類される。例えば、「Aソ連型」として知られているH1N1、「A香港型」として知られているH3N2、H1N2、H2N2、高病原性トリインフルエンザとして有名になったH5N1などがある。A型及びB型インフルエンザウイルスの亜型は特に限定されず、これまで単離された亜型であっても将来単離される亜型であってもよい。
【0019】
本明細書において「サンプル」は任意のものであってもよく、例えば、血清、血漿、末梢血、血液、尿、唾液等を含むがこれらに限定されない。1つの実施形態では、末梢血サンプルが使用される。したがって、本発明のある実施形態では、被験体から採取された末梢血サンプルを用いて、本発明の方法が実施される。
【0020】
本明細書において「症状」とは、異常な状態や疾患の存在を反映して、患者における正常な機能または感覚が逸脱することをいう。主観的または客観的なものを含む。本発明では、症状は、症状度(または重篤度)で表現することができ、例えば、重症、中等症(レベルに分けてもよく、例えば、中等症(I)、中等症(II)、軽症、無症状(不顕性)等)などに分類して表現してもよい。
【0021】
本明細書において、呼吸器感染症の症状の「重症化」とは、肺炎症状の発症、特に酸素吸入が必要な肺炎になること、または人工呼吸管理を含む集中治療管理が必要な状態となることを指す。
【0022】
本明細書において、「肺炎」とは、肺の炎症性疾患の総称をいい、主に細菌やウイルスなどの病原体に罹患することによって発症する。発症する原因によって細かく分類されており、細菌性肺炎、ウイルス性肺炎、マイコプラズマ肺炎などの非定型肺炎や、細菌やウイルス以外の原因によって起こるものとして、誤嚥性肺炎、過敏性肺炎、好酸球肺炎などがある。肺炎は診察所見、胸部レントゲン検査、胸部CT検査、血液検査などで診断できる。
【0023】
本明細書において、「肺炎の予測」とは、肺炎の発症、症状、状態、および/または重症度などの予測をいう。
【0024】
本明細書において、「相関」するとは、2つの事象が統計学的に有意な相関関係を有することをいう。例えば、「Aと相関するBの相対量」とは、事象Aが発生した場合に、Bの相対量が統計学的に有意に影響を受ける(例えば、増加ないし減少すること)ことをいう。
【0025】
本明細書において、「細胞亜集団」とは、多様な特性の細胞を含む細胞集団中の、何らかの共通する特徴を有する任意の細胞の集合を指す。特定の名称が当技術分野で知られているものについては、かかる用語を用いて特定の細胞亜集団に言及することもでき、任意の性質(例えば、細胞表面マーカーの発現)を記載して特定の細胞亜集団に言及することもできる。
【0026】
本明細書において、細胞に関する用語「相対量」は、「割合」と互換可能に使用される。代表的には、用語「相対量」および「割合」は、特定の細胞集団(例えば、CD4T細胞集団)を形成する細胞の数に対する、所期の細胞亜集団(例えば、CCR4-CCR6細胞亜集団)を形成する細胞の数を意味する。
【0027】
本明細書において、「相対値」とは、ある値について、他の値を比較の対象として算出される値をいう。
【0028】
本明細書において使用される場合、用語「検出剤」とは、広義には、目的の物質(例えば、細胞表面マーカーなど)を検出できるあらゆる因子をいう。
【0029】
本明細書において、ある細胞亜集団の「量」とは、ある細胞の絶対数と、細胞集団における割合の相対量とを包含する。
【0030】
本明細書において、「基準」または「基準値」とは、本明細書に記載されるマーカーの量の増減を決定するための比較対象となる量を指す。ある処置(例えば、がん免疫療法)の前後でのある量の増減を決定する場合、例えば、「基準値」としては処置の前における当該量が挙げられる。また基準または基準値としては、ある数量(例えば、無憎悪生存期間)を示すことがわかっている所定の細胞の量または相対量をとることもできる。
【0031】
本明細書において「フローサイトメトリー」とは、液体中に懸濁する細胞、個体およびその他の生物粒子の粒子数、個々の物理的・化学的・生物学的性状を計測する技術をいう。フローサイトメトリーの結果は、代表的には、FSCをX軸に、SSCをY軸にとったドットプロットとして表現され得る。各細胞は図の中の一つのドット(点)で示されており、それらの位置は、FSCとSSCとの相対値によって決められる。比較的サイズが小さく内部構造が単純なリンパ球は左下部に、サイズが大きく内部に顆粒を持つ顆粒球は右上部に、またサイズは大きいが内部構造が単純な単球はリンパ球と顆粒球の間に、それぞれお互いに分離した集団を作って表示される。またフローサイトメトリーの結果は、ヒストグラムやドットプロットなどで表すことができる。
【0032】
本明細書において、「エフェクター細胞」とは、抗原刺激を受けていないナイーブ細胞が分化して実際に免疫に関わる働きを得た免疫細胞をいい、特にヒトのヘルパーT細胞では主にTh1、Th2、Th17の3種類が知られている。それぞれインターフェロンγ(IFNγ)やインターロイキン17(IL-17)など特徴的なサイトカインを放出することができる。またTh1はT-betを、Th2はGATA-3を発現するなど、各Thサブセットに特徴的な転写因子が存在するが、T-betとGATA-3の両方を発現している細胞も存在し、そのような細胞は「Th1/Th2」または「Th1/2」と表現される。本明細書において「Th1/Th17」または「Th1/17」はTh1に特徴的なT-betと、Th17に特徴的なRORγtの両方を発現している。
【0033】
またTh1、Th2、Th17などのエフェクター細胞は、発現するケモカインレセプター(CCR)の種類によっても分類することができ、例えばTh1はCXCR3を、Th2はCCR4を、Th17はCCR4及びCCR6を、それぞれ発現している。Thサブセットの分類は例えば、Annual Review of Immunology, Vol. 34:317-334 Heterogeneity of Human CD4+ T Cells Against MicrobesのFig.1のように表すことができる。本明細書において「Th1/Th17」または「Th1/17」はTh1に特徴的なCXCR3と、Th17に特徴的な2つのCCRであるCCR4およびCCR6のうちのCCR6とを発現している。また本明細書において、「CCR6 SP(single positive)」とは、CCR4、CCR6、及びCXCR3のうちCCR6のみを発現するThサブセットである。また本明細書において、「TP(triple positive)」とは、CCRによるThタイプ分類において従来は分類されていなかったタイプであり、CCR4、CCR6、及びCXCR3の3つを発現するThサブセットである。また本明細書において、「Th7R」とは、「Th1/17」と「CCR6 SP」を含む細胞亜集団をいい、CCR4-CCR6によって表現される。
【0034】
(好ましい実施形態)
以下に本開示の好ましい実施形態を説明する。以下に提供される実施形態は、本開示のよりよい理解のために提供されるものであり、本開示の範囲は以下の記載に限定されるべきでないことが理解される。したがって、当業者は、本明細書中の記載を参酌して、本開示の範囲内で適宜改変を行うことができることは明らかである。また、本開示の以下の実施形態は単独でも使用されあるいはそれらを組み合わせて使用することができることが理解される。
【0035】
(呼吸器感染症の症状予測)
本発明によれば、被験体における、以下から選択されるいずれか1つまたは複数の相対量を、前記被験体における肺炎を予測するための指標として用いる方法であって、(1)被験体のCD4T細胞集団中のCCR4-CCR6細胞亜集団の相対量;(2)被験体のCD4CCR4CCR6CXCR3-T細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団の相対量;(3)被験体の制御性T細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団の相対量;
(4)被験体のCD8T細胞集団中のCD27細胞亜集団の相対量;(5)被験体のCD8T細胞集団中のCD127細胞亜集団の相対量;前記被験体由来のサンプル中の前記細胞亜集団の相対量を決定する工程を含み、前記相対量を、前記被験体における肺炎を予測するための指標として用いる、方法が提供される。
【0036】
本発明の一実施形態において、肺炎とは、肺の炎症性疾患の総称をいい、主に細菌やウイルスなどの病原体に罹患することによって発症し、あるいは呼吸器感染症に罹患した結果、肺炎が発症することもある。呼吸器感染症とは、鼻腔、咽頭、気管、気管支、および肺胞などの呼吸に関する器官に病原体が感染することにより起こる疾患を指す。肺炎を引き起こす病原体は特に限定されないが、例えばウイルス、細菌、真菌または寄生虫などが挙げられる。肺炎を引き起こすウイルスとしては、特に限られるものではないが、例えば動物(例えば、ヒト)に対して感染するウイルス(DNAウイルスまたはRNAウイルスを含む。)が挙げられ、ヒトに罹患して風邪様症候群を示すウイルスであるライノウイルス、RSウイルス、パラインフルエンザウイルス、アデノウイルス、コロナウイルス、インフルエンザウイルスなどが挙げられる。また細菌としては、肺炎マイコプラズマ、肺炎クラミドフィラなどが挙げられる。コロナウイルスは特に限定されず、例えば、α-コロナウイルス、β-コロナウイルス、γ-コロナウイルス、およびδ-コロナウイルスなどが挙げられる。β-コロナウイルスとしては、例えば、SARS-CoV-2、HCoV-OC43、HCoV-HKU1、SARS-CoV、Bat SL-CoV-WIV1、BtCoV-HKU4、BtCoV-HKU5、MERS-CoV、およびBtCoV-HKU9などが挙げられる。2019年に発生したいわゆる新型コロナウイルス(2019-nCoV、SARS-CoV-2)は、SARSコロナウイルスと同じベータコロナウイルス属に分類され、新型コロナウイルスの遺伝子はSARSコロナウイルスの遺伝子と相同性が高く(約80%程度)、さらに、SARSコロナウイルスと類似する受容体(ACE1またはACE2)を使ってヒトの細胞に吸着・侵入することが報告されている。ACE1またはACE2のサブタイプの違いによって感染性の違いに顕れることも報告されている。新型コロナウイルスは、臨床症状は、頭痛、高熱、倦怠感、咳などのインフルエンザ様症状から、重症例では呼吸困難を主訴とする肺炎に進行するとされている。解熱や呼吸補助などの対症療法がとられ、ワクチン、抗ウイルス薬(ファビピラビル、レムデシビル等)、免疫療法剤に関する転用または新規開発が進められている。検査は、ウイルス遺伝子を測定する手法、例えば、PCR法やその他の迅速診断の開発が進められている。新型コロナウイルスの遺伝子配列は、SARSコロナウイルスに近く、さらにコウモリ由来のSARS様コロナウイルスにも相同性があることから、おそらくコウモリがこの新型コロナウイルスの起源となったウイルスを保持していると考えられる。例えば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関するWHO-中国合同ミッション報告書によれば、このウイルスにはコロナウイルスファミリーに典型的な特徴があり、ベータコロナウイルス2B系統に属していることが示され、COVID-19ウイルスの全ゲノム配列とβコロナウイルスの他の利用可能なゲノム配列を比較すると、最も近い関係にあるのがコウモリSARSのようなコロナウイルス株BatCov RaTG13であり、同一性96%であることを示した。ウイルスの単離は、ヒト気道上皮細胞、Vero E6、Huh-7などのさまざまな細胞株で実施されており、これらの試料も利用することができる。
【0037】
本発明の一実施形態において、肺炎は呼吸器感染症によって引き起こされるものであってもよい。呼吸器感染症は、コロナウイルス感染症またはインフルエンザウイルス感染症を含むことができる。上記のとおり、これらのウイルスはいずれも、鼻腔、咽頭、気管、気管支などの気道に感染するウイルスであり、また風邪様症候群を示すRNAウイルスである。理論に縛られるものではないが、ウイルス性の肺炎発症メカニズムは、ウイルスそのものによる上皮細胞障害よりも、ウイルス感染細胞周囲で生じる免疫反応に由来していると考えられる。そのため、コロナウイルス感染症においてもインフルエンザウイルス感染症においても、肺炎発症のメカニズムは、免疫反応の結果生じた過剰なサイトカインに起因した血管透過性亢進と考えられる。したがって、理論に縛られるものではないが、多くのウイルス感染症で生じる肺炎は、同様のメカニズムで生じるといえ、ウイルス性の肺炎発症メカニズムに関わるTh17の過剰活性化とウイルス駆逐に関わるTh7R機能低下が、肺炎の高リスクを予測できることとなる。好ましい実施形態において、本発明における肺炎は、コロナウイルス感染症によって引き起こされるものであり得る。好ましい実施形態において、本発明における肺炎は、インフルエンザウイルス感染症によって引き起こされるものであり得る。
【0038】
本発明の一実施形態において、被験体としては、肺炎を引き起こすウイルスおよび/または細菌に罹患した被験体および肺炎が疑われる被験体が挙げられる。肺炎を引き起こすウイルスおよび/または細菌に罹患した被験体は、ウイルスおよび/または細菌などの病原体が検出されたことなどにより感染が確認された者をいい、好ましくは肺炎がまだ発症していない者をいう。肺炎が疑われる被験体とは、例えば、発熱、咳、鼻水、咽頭痛などの風邪症状および/または息苦しさ、労作時の息切れ、味覚および嗅覚の異常などの所定の呼吸器感染症に特有の症状が出ている者、呼吸器感染症の患者と接触した者、および接触が疑われる者を含む。呼吸器感染症の患者との接触とは、例えば、該患者と約1m以内の距離で会話をすること、該患者が存在する密閉空間内に滞在すること、該患者の唾液、せき等の飛沫を浴びることなどの行為をいう。
【0039】
一実施形態において、サンプルは、被験体から採取され、本発明のバイオマーカーが含まれる可能性のあるサンプルであれば特に限定されない。そのようなサンプルとしては、例えば、血液(末梢血)試料、脳脊髄液、喀痰、気管支肺胞洗浄液、鼻咽頭拭い液、リンパ液、尿、大便、唾液などが挙げられる。これらの中でも、血液試料が好ましい。血液試料としては、全血、末梢血、血漿および血清が挙げられ、特に末梢血が好ましい。
【0040】
サンプルに細胞などの不溶性の夾雑物が含まれる場合は、例えば、遠心分離、ろ過などの公知の手段により、サンプルから夾雑物を除去してもよい。また、サンプルは、必要に応じて適切な水性媒体で希釈してもよい。そのような水性媒体は、本発明の測定を妨げないかぎり特に限定されず、例えば、水、生理食塩水、緩衝液などが挙げられる。緩衝液は、中性付近のpH(例えば6以上8以下のpH)で緩衝作用を有するかぎり、特に限定されない。そのような緩衝液は、例えば、HEPES、MES、Tris、PIPESなどのグッド緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)などが挙げられる。
【0041】
本発明の一実施形態において、呼吸器感染症の「症状」には、例えば肺炎などの、呼吸器感染症の存在に起因して、被験体における正常な機能または感覚が逸脱する状態が含まれ、主観的または客観的なものであってもよい。一実施形態において、本発明の方法による予測は、被験体において肺炎が発症するかどうかを挙げることができる。呼吸器感染症の症状は、肺炎が発症しているかどうかで表現することができ、あるいは症状度(または重篤度)で表現することもできる。呼吸器感染症の症状は、例えば、重症、中等症(レベルに分けてもよく、例えば、中等症(I)、中等症(II)、軽症、無症状(不顕性)等)などに分類して表現してもよい。
【0042】
呼吸器感染症の症状が重症化することによって肺炎が発症することがあり、一実施形態において、呼吸器感染症の症状が重症化することにより、肺炎症状の発症、特に酸素吸入が必要な肺炎になること、または人工呼吸管理を含む集中治療管理が必要な状態となることなどがある。
【0043】
本発明の一実施形態において、被験体における肺炎を予測するための指標として、(1)被験体のCD4T細胞集団中のCCR4-CCR6細胞亜集団の相対量;(2)被験体のCD4CCR4CCR6CXCR3-T細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団の相対量;(3)被験体の制御性T細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団の相対量;(4)被験体のCD8T細胞集団中のCD27細胞亜集団の相対量;(5)被験体のCD8T細胞集団中のCD127細胞亜集団の相対量から選択されるいずれか1つまたは複数の相対量を用いることができる。
【0044】
本発明の一実施形態において、これらの相対量と基準値との比較を、被験体における肺炎の予測の指標として用いることができる。この場合、当該相対量が基準値以下であるときに、被験体において肺炎が発症する可能性が高いことを示すか、または当該相対量が基準値以上であることが、被験体において肺炎が発症する可能性が低いことを示すことができる。
【0045】
SARS-CoV-2に感染したほとんどの患者は、肺炎を発症することなく自然に軽症で回復する。しかし、約10%の患者は肺炎及び低酸素血症を発症する。約3%の事例ではサイトカインストームが生じ、疾患が重症化する。肺炎や重度の疾患の場合、ウイルスを破壊するための免疫応答が不十分でありながら臓器障害をきたす不利益な免疫応答が過剰であるとされているが、作用機構についてはほぼ何も知られていない。
【0046】
肺炎の発症に寄与する既知の要因としては、年齢、肥満度、糖尿病、及び高血圧が挙げられる。それに対し、ステロイド療法が肺炎に対して有効であることが知られており、過剰免疫応答を抑制する抗IL-6抗体やその他の治療がサイトカインストームに対して有効であることが知られている。理論に縛られるものではないが、肺炎や重度の疾患の場合、ウイルスを破壊するための免疫応答が不十分でありながら臓器障害をきたす不利益な免疫応答が過剰であるとされている。I型IFN生成に関わるTLR3及びTLR7の遺伝子異常と抗IFN抗体の存在が、そのような免疫状態の原因の候補として報告されているが、多くの側面は未だ不明である。
【0047】
ウイルス感染に対する免疫応答が抗原特異的CD8T細胞のプライミングであることが知られており、これは感染細胞の破壊につながる。CD4T細胞の補助は、ウイルス特異的CD8T細胞のプライミングに必須である。また理論に縛られるものではないが、CD4T細胞の補助は、CD8T細胞が感染部位において感染細胞を破壊する際の樹状細胞に媒介される殺傷ライセンス(license to kill)に必要であると考えられている。CD4T細胞補助が不十分でウイルスが高水準で維持されている場合、T細胞が枯渇し、CD8T細胞機能が失われる。従って、CD4T細胞とCD8T細胞とが共同して、ウイルス増殖の起源であるウイルス感染細胞を破壊しなければならない。CD4T細胞がプライミングされると、主にIFNγを生成するヘルパーCD4T1細胞、IL-17を生成するTh17、IL-5を生成するTh2等に極性化する。Th細胞の極性化は、ウイルス等の細胞内寄生微生物に対応するためにエフェクター細胞としてCD8T細胞を使用するTh1、原生動物に対応するために好酸球を使用するTh2、細菌や真菌に対応するために好中球を使用するTh17等の、Th細胞が特異的である感染性微生物に対応するためのものだと考えられている。このような極性化が正常に機能しない場合、非適切なエフェクター細胞が活性され得、これにより感染性微生物の根絶が遅延されるだけでなく、付帯的損害による臓器の損害を引き起こす。高炎症惹起活性を有するTh17は、COVID-19肺炎やサイトカインストームにおいて増加し、臓器の損害に関わっていると報告されている。
【0048】
本発明では、実施例に示すとおり、SARS-CoV-2感染例におけるCD4T細胞とCD8T細胞の分化、及び活性化/枯渇状況を分析し、COVID-19肺炎症例と非肺炎症例の間のT細胞免疫状態における違いを見出している。具体的には、肺炎を発症する患者と発症しない患者との間の宿主の免疫状態の違いを明確にすることを目的とし、ウイルス複製の起点であるウイルス感染細胞を破壊するT細胞を分析ためにマスサイトメトリーを使用している。その結果、COVID-19肺炎患者がヘルパーCD4T1細胞(Th1)を有し、非肺炎患者と同等の濾胞性ヘルパーCD4T細胞(Tfh)率を示したが、有意に低いTh1/17CD4T細胞率、及びTh1/17と相関したエフェクターCD8T細胞上のCD27とCD127のより低い発現を示した。また、肺炎患者は、非肺炎患者に比べ、有意に低いTh17及びTregでのCTLA-4発現を示しており、これはTh17がより活性化されやすく、Treg機能が抑制されていることを示唆する。この知見は、肺炎患者が低下したTh1/17及びエフェクターCD8T細胞生存率を示し、結果としてウイルス駆除能が低減し、抗ウイルス効果を生じないTh17型炎症が肺炎の発症に寄与することを示唆する。これらの機構はウイルス感染宿主における重度な疾患を防止するための治療標的として期待される。
【0049】
一実施形態において、T細胞の分画・分離のためのサンプルは、常法によって、被験体から適切に採取することができる。例えば、被験体の末梢血、骨髄、腫瘍組織、造血組織、脾臓、正常組織、リンパ液等から行うことができる。末梢血からのサンプル採取は、非侵襲的で簡便であるため、有利であり得る。
【0050】
被験体のサンプル中のT細胞の組成は、当業者が常法によって測定することができる。通常には、サンプル中の目的とする細胞亜集団を規定するマーカー(例えば、CD4)について、陽性である細胞の数を、フローサイトメトリーなどを用いて測定することが可能である。細胞集団の組成の測定は、フローサイトメトリーを用いることが一般的であるが、その他にも、細胞を含むサンプルに対する免疫染色、抗体アレイを用いる方法、細胞を含むサンプル中でのタンパク質発現分析(例えば、ウエスタンブロット、質量分析、HPLCなど)、細胞を含むサンプル中でのmRNA発現分析(例えば、マイクロアレイ、次世代シークエンシングなど)などを用いて行ってもよい。
【0051】
CCR6CCR4T細胞亜集団や、CXCR3CCR6CCR4T細胞亜集団や、CXCR3CCR6CCR4T細胞亜集団や、CTLA-4細胞亜集団や、CD27細胞亜集団や、CD127細胞亜集団等の細胞亜集団のそれぞれの細胞数を計測するには、全体の細胞からそれぞれの細胞の亜集団以外の細胞を実験的に除いておいて求めてもよい。例えば、CD4 Effector Memory T cellアイソレーションキット、ヒト(Militenyi Biotech社)などのように、所定の抗体を用いることなく、末梢血から目的のT細胞亜集団に相当する細胞を分離してもよい。例えば、CD4 Effector Memory T cellアイソレーションキット、ヒト(Militenyi Biotech社)を用いると、CD4抗体とCD62L抗体を用いずに、末梢血からCD4CD62Llow T細胞亜集団に相当する細胞を分離することができる。全体の生細胞数を数えて記録しておき、またこのキットを用いて得られた細胞数を数え、記録することができる。またCD4CD25 Regulatory T cellアイソレーションキット、ヒト(Militenyi Biotech社)を用いると、抗FoxP3抗体を用いずにCD4CD25CD4Foxp3CD25T細胞亜集団に相当する細胞の数を求めることができる。FoxP3は細胞内の核に局在するので、核内の分子を染色するためのステップを省く利点がある。同様なキットとして、CD4CD25CD127dim/-Regulatory T cellアイソレーションキット、ヒト(Militenyi Biotech社)、CD25+CD49d-Regulatory T cellアイソレーションキット、ヒト(Militenyi Biotech社)も選択できる。本発明の一実施形態においては、目的のT細胞亜集団のそれぞれの細胞数を計測することができるものであれば、いずれのキットも使用できる。
【0052】
また、抗体を用いなくてもよい。抗体は、個々の細胞に発現している分子を特異的に認識して結合できるものであって、さらに抗体が細胞表面上、または細胞内で発現している分子に結合しているときに発色できるようにして検出し、発色している細胞の数を計測する。ここで、それらの細胞表面上、または細胞内で発現している分子はタンパク質であるので、そのタンパク質を発現している場合にはそれをコードしているmRNAも細胞内にできている。すなわち、個々の細胞内のmRNAを調べて、注目しているタンパク質分子をコードしているmRNAの有無を調べればよい。これを可能にしているのが、シングル・セルの遺伝子発現解析、つまり1細胞レベルのmRNA解析である。単細胞の遺伝子発現解析としては、たとえば、1)Quartz-Seqにより次世代シーケンシングを行う方法、2)Standard Biotools C1 SystemやICELL8 SIngle-Cell Systemを用いて細胞を単離してSMART-Seq v4でライブラリー調製する方法、3)セルソーターで細胞を分離し、Ambion Single Cell-to-CTキットを用い定量PCRで計測する方法、4)CyTOF SYSTEM(Helios)(Standard Biotools社)などが挙げられる。
【0053】
すなわち、血液を取得し、生細胞数を数え、セルソーター等で細胞を分離する。分離した個々の細胞に対し、例えば、Ambion Single Cell-to-CTキットを用い、特定の遺伝子について発現量を定量PCR法の装置で計測することができる。その結果に基づいて、個々の細胞がCXCR3CCR6CCR4 T細胞亜集団や、CXCR3CCR6CCR4 T細胞亜集団のどの亜集団に該当するかを調べて、それぞれの亜集団に該当した細胞の数を数えることもできる。発現を調べる遺伝子の候補としては、αβTCR、CD3、CD4、CD25、CTLA4、GITR、FoxP3、STAT5、FoxO1、FoxO3、IL-10、TGFbeta、IL-35、SMAD2、SMAD3、SMAD4、CD62L、CD44、IL-7R(CD127)、IL-15R、CCR7、BLIMP1、などがあるが、これらに限られるものではなく、目的の細胞亜集団に応じて適宜変更可能である。
【0054】
本発明における、細胞亜集団の割合の測定、または基準値や閾値との比較は、規定されたシグナルを有する標準サンプルを用いて行ってもよい。所定の細胞亜集団に対応する蛍光シグナルを生じるように調製された標準(例えば、蛍光色素を付着させた粒子)と、細胞集団を含むサンプルとの間でのシグナルを比較し、標準との比較によって、サンプル中の細胞亜集団の量または割合を測定することができる。また、所定の基準値や閾値に対応する蛍光シグナルを生じるように調製された標準(例えば、蛍光色素を付着させた粒子)と、細胞集団を含むサンプルとの間でのシグナルを比較し、標準との比較によって、サンプル中のT細胞組成における本発明のマーカーの有無もしくは量を判定することが可能である。
【0055】
本発明において、特定のマーカーについて、high(高発現)またはlow(低発現)を判定する場合、当業者は、当技術分野で一般的に用いられている発現強度の分類基準を用いて行うことができる。例えば、CD62Lについて、PE標識抗ヒトCD62L抗体を用いた場合の10E2のシグナルに対応するシグナル強度を境界として、CD62LlowとCD62Lhighとを明瞭に分割することが可能である(WO2018/147291)。
【0056】
本発明の一実施形態において、当業者は、示される細胞の表面マーカーを適切に識別して、細胞を分画または計数することが可能である。
【0057】
CD4 T細胞は、エフェクター細胞として幾つかの分化状態に変化することが知られている。IFNγを主に産生し細胞性免疫に強く関わるTh1や、IL-4、IL-5を主に産生しアレルギーに関わるTh2、また自己免疫疾患などに関わることが知られ、IL-17を産生するTh17などがある。それぞれに分化したCD4 T細胞は特徴的なケモカインレセプター(CCR)を発現することが知られており、発現するCCRの種類によってThタイプを分類することができる。ヒトCD4 T細胞のTh分化はマウスなどに比べると複雑であることが知られており、例えば、Annual Review of Immunology, Vol. 34:317-334 Heterogeneity of HumanCD4+ T Cells Against MicrobesのFig.1に示すように分類することができる。
【0058】
本発明の一実施形態においては、CCR4-CCR6細胞亜集団に加えて、さらにCXCR3細胞亜集団を用いることも可能である。かかる細胞亜集団は、CCR4-CCR6CXCR3となり、Thタイプで分類するとTh1/17に分類される。
【0059】
本発明の一実施形態においては、CCR4-CCR6細胞亜集団に加えて、さらにCXCR3-細胞亜集団を用いることも可能である。かかる細胞亜集団は、CCR4-CCR6CXCR3-となり、Thタイプで分類するとCCR6 SP(single positive)に分類される。
【0060】
さらに本発明の他の一実施形態においては、CCR4-CCR6細胞亜集団に加えて、さらにFoxP3-細胞亜集団を用いることも可能である。かかる細胞亜集団は、CCR4-CCR6FoxP3-となり、Thタイプで分類するとTh1/17とCCR6 SPとを組み合わせたもの(Th7R細胞クラスター)となる。
【0061】
さらに本発明の他の一実施形態においては、CCR4-CCR6細胞亜集団に加えて、さらにCTLA-4細胞亜集団を用いることも可能である。
【0062】
さらに本発明の他の一実施形態においては、CCR4-CCR6細胞亜集団に加えて、さらにCD62Llow細胞亜集団を用いることも可能である。またはCCR4-CCR6細胞亜集団に加えて、さらにCD45RA細胞亜集団を用いることも可能である。
【0063】
さらに本発明の他の一実施形態においては、CD8T細胞集団が、エフェクターメモリー(EM)T細胞集団であってもよい。また他の実施形態において、CD8T細胞集団が、CD8CCR7-CD45RAエフェクターメモリーT細胞集団であってもよい。かかる細胞亜集団は、EMRA細胞集団となる。
【0064】
本発明では、上記のとおり、CD62LlowCD4CD3T細胞をさらにCCRタイプによりTh分類して、肺炎と最も強く相関するThクラスターを解析することで、新たなバイオマーカーを得ている。肺炎などの呼吸器感染症の治癒には、ウイルス複製を可能にする感染細胞の排除が必須である。CD4T細胞は、CD8T細胞のプライミングやクローン増殖だけでなく、血液循環から感染部位への移動、およびCD8T細胞への感染部位での殺傷ライセンスの提供を補助する。従って、CD4T細胞は抗ウイルス免疫の支援において多彩な役割を担う。本発明の実施例に示すとおり、SARS-CoV-2感染患者からの末梢血T細胞を分析することにより、感染しているが肺炎を発症しなかった患者とCOVID-19肺炎を発症した患者との間にCD4T細胞免疫に有意な差があることが見出されている。またTh1/17は、生存に必要なシグナルを受信するためのエフェクターCD8T細胞におけるCD27及びCD127の発現を伴う非肺炎患者において比較的維持されていた。これに対して、肺炎患者は、Th1/17の消失とともにCD27及びCD127の発現が消失した終末分化EMRA CD8T細胞をより多く保有していた。これらの結果は、COVID-19肺炎患者において、高細胞殺傷活性を有するCD8T細胞の割合が向上しているとする以前の報告と整合する。
【0065】
SARS-CoV-2膜抗原特異的CD4T細胞やヌクレオカプシド抗原特異的CD4T細胞は、Th1及びTh1/17への分化に偏ることが実証されている。従って、理論に縛られるものではないが、Th1及びTh1/17が感染細胞の排除に寄与するといえる。本発明においては、Th1及びTh1/17がCD8T細胞を補助する明瞭な性質を有することを見出した。Th1はEMRAと正に相関し、CD27の発現と負に相関していた。エフェクターCD8T細胞はCD27CD28の状態からCD27CD28の状態に分化し、最終的にCD27CD28の状態に分化し、細胞死滅機能を取得するが生存を維持する能力を失うことが報告されている。従って、理論に縛られるものではないが、Th1は高細胞殺傷活性と減少した生存性を有するCD8T細胞の終末分化を促進するといえる。一方、Th1/17はエフェクターCD8T細胞におけるCD27及びCD127と正に相関していた。CD127はIL-7レセプターであり、恒常性T細胞増殖やエフェクター細胞の生存に必要とされている。従って、理論に縛られるものではないが、非肺炎患者において、CD8T細胞の殺傷機能と生存を維持する能力のバランスがとれているのに対し、COVID-19肺炎患者においてはCD8T細胞の殺傷機能が突出しているが生存能が低減している可能性があり、ウイルス感染細胞を破壊する能力に干渉し得る。
【0066】
本発明者らは肺癌における抗PD-1抗体の抗腫瘍効果が治療前の末梢血のTh1/17細胞の比率と深い関わりがあると以前に報告している。抗腫瘍免疫は、細胞内寄生感染微生物に対するものと同等と思われる。なぜなら遺伝子変異生成物に由来する非自己新生抗原を提示するからである。Th1/17は抗腫瘍免疫とSARS-CoV-2に対する抗ウイルス免疫とに対し同等に重要であり、それらには細胞殺傷性とT細胞免疫における耐久性を必要とすると示唆される。
【0067】
Th17の高い炎症誘発能は、急性呼吸窮迫症候群を発症させることが可能であることが示されている。興味深いことに、65歳以上の年齢、高血圧、糖尿病、肥満、男性等の多くのCOVID-19肺炎の発症への危険因子が、Th17細胞数の増加と関連している。実際、いくつかの研究では、COVID-19肺炎患者の末梢血における高いTh17の割合に鑑みて、Th17がSARS-CoV-2感染患者で肺炎の発症において重要な役割を担い得ると報告されている。本発明の実施例では、Th17及びTregのCTLA-4の発現がCOVID-19肺炎患者において有意に低いことを見出している。これは、Th17の重要な阻害機構の消失が、活性化され、Treg機能が損なわれている可能性が高いことを示唆する。増加したTh17/Treg比率はLPS誘導性急性肺障害や呼吸器多核体ウイルス感染症と関連していることが示されている。理論に縛られるものではないが、これらの知見はTh17及びTregにおけるCTLA-4の低発現が、Th17型炎症を強く誘導することにより肺炎の発病に関わることを示唆する。Th17におけるCTLA-4+の比率は、1週間後にウイルス感染から回復した患者においても有意な変動はなかった。理論に縛られるものではないが、これは、Th17におけるCTLA-4の低発現がウイルス感染により引き起こされた一過性の応答ではなく宿主の性質であり得ることを示唆する。
【0068】
本明細書の実施例に示すとおり、COVID-19肺炎患者において、Th1/17の欠乏がウイルス排除効率の低い低生存シグナルを伴う終末分化エフェクターCD8 T細胞の増加をきたし、Th17及びTregにおけるCTLA-4の減少が臓器の損傷を引き起こすTh17の増加及び活性化に繋がることが示唆される。これらの機構は、SARS-CoV-2等のウイルスに感染した宿主において重篤な疾患を防止するための重要な治療標的であり得る。
【0069】
本発明の一局面において、本発明は、被験体における肺炎を予測するための指標を探索または決定する方法であって、
・肺炎治療前の被験体のCD4T細胞における亜集団と、当該被験体の肺炎治療に対する応答とを相関させる工程と、
・この相関に基づいて、当該肺炎治療と相関する亜集団を、当該肺炎治療に対する応答の予測のための指標とする工程と
を包含し得る。好ましい実施形態において、この亜集団は、5種類のTh分類、すなわちTh1(CXCR3CCR6CCR4)、Th1/17(CXCR3CCR6CCR4)、Th17(CXCR3CCR6CCR4)、CCR6 SP(CXCR3CCR6CCR4)、TP(CXCR3CCR6CCR4)であり得る。他の実施形態において、本発明の方法は、Th17(CXCR3CCR6CCR4)T細胞集団または制御性T細胞集団におけるCTLA-4細胞亜集団と、当該被験体の肺炎治療に対する応答とを相関させることもできる。
【0070】
すなわち、本発明は、CD62LlowCD4T細胞に含まれる5種類のTh分類の中から、呼吸器感染症、特に肺炎症状に対する治療法に応じた免疫状態を適切に評価することができるクラスターまたは細胞亜集団を選択して、その細胞亜集団の存在量や相対量を用いて、被験体の呼吸器感染症治療、特に肺炎症状治療に対する応答を予測するための指標として用いる方法を提供することができる。5種類のTh分類に加えて、あるいは、これらの代替的に、呼吸器感染症、特に肺炎症状に対する治療法に応じた免疫状態を適切に評価することができるクラスターまたは細胞亜集団としては、CD62LhighCD4T細胞に含まれる6種類のTh分類、すなわち、CD62LhighTh1(CXCR3CCR4CCR6)細胞亜集団、CD62LhighTh1/17(CXCR3CCR4CCR6)細胞亜集団、CD62LhighCCR6 SP(CXCR3CCR4CCR6)細胞亜集団、CD62LhighTh17(CXCR3CCR4CCR6)細胞亜集団、CD62LhighTh2(CXCR3CCR4CCR6)細胞亜集団、CD62LhighTN(CXCR3CCR4CCR6)細胞亜集団がある。
【0071】
さらに、Th分類亜集団に加えることで免疫状態を適切に評価することができるエフェクターCD4 T細胞亜集団として、CCR7CD62LlowCD4T細胞亜集団、PD1CCR7CD62LlowCD4T細胞亜集団、LAG-3CCR7CD62LlowCD4T細胞亜集団、CD45RAFoxp3CD4T細胞亜集団を、制御性T細胞亜集団として、CD127CD25CD4T細胞亜集団、CD45RAFoxp3CD4T細胞亜集団、Foxp3CD25CD4T細胞亜集団を、エフェクターCD8 T細胞亜集団として、CD62LlowCD8T細胞亜集団を、それぞれ挙げることができる。
【0072】
本発明の一局面において、本発明は、被験体における肺炎を予測するための指標を探索または決定する方法であって、
・肺炎治療前の被験体のCD8T細胞における亜集団と、当該被験体の肺炎治療に対する応答とを相関させる工程と、
・この相関に基づいて、当該肺炎治療と相関する亜集団を、当該肺炎治療に対する応答の予測のための指標とする工程と
を包含し得る。好ましい実施形態において、この亜集団は、CD27細胞および/またはCD127細胞であり得る。
【0073】
すなわち、本発明は、CD8T細胞に含まれる細胞亜集団の中から、呼吸器感染症、特に肺炎症状に対する治療法に応じた免疫状態を適切に評価することができるクラスターまたは細胞亜集団を選択して、その細胞亜集団の存在量や相対量を用いて、被験体の呼吸器感染症治療、特に肺炎症状治療に対する応答を予測するための指標として用いる方法を提供することができる。
【0074】
(キット)
本発明の1つの局面において、被験体における肺炎を予測するための、細胞表面マーカーに対する検出剤を含むキットが提供される。被験体のT細胞が発現するこれらの細胞表面マーカーが、被験体における肺炎に関係することが本発明者によって見出された。これにより、これらの細胞表面マーカーに対する検出剤を含むキットが、肺炎の予測に有用であることが理解される。かかるキットは、本明細書に記載される細胞亜集団を検出するために適切な分子に対する1または複数の検出剤を含み得る。このような検出剤の組み合わせを、被験体のT細胞組成の決定に用いることができる。このようなキットは、被験体における、本明細書に記載される新規なバイオマーカーとしての特定の細胞亜集団の割合の測定に用いることができる。
【0075】
本発明の一実施形態において、本発明のキットは、以下から選択されるいずれか1つまたは複数の相対量を、被験体における肺炎を予測するための指標として用いることによって、被験体における肺炎を予測することができる。(1)被験体のCD4T細胞集団中のCCR4-CCR6細胞亜集団の相対量;(2)被験体のCD4CCR4CCR6CXCR3-T細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団の相対量;(3)被験体の制御性T細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団の相対量;(4)被験体のCD8T細胞集団中のCD27細胞亜集団の相対量;(5)被験体のCD8T細胞集団中のCD127細胞亜集団の相対量。
【0076】
本発明の一実施形態において、本発明のキットは、被験体の上記いずれか1つまたは複数の相対量と、基準値との比較を、当該被験体における肺炎を予測するための指標として用いることによって、被験体における肺炎を予測することができる。一実施形態において、本発明のキットは、被験体において肺炎が発症するかどうかを予測するために使用することができる。
【0077】
本発明の一実施形態において、本発明のキットは、(a)CD4に対する検出剤、CCR4に対する検出剤、およびCCR6に対する検出剤;(b)CD4に対する検出剤、CCR4に対する検出剤、CCR6に対する検出剤、CXCR3に対する検出剤、およびCTLA-4に対する検出剤;(c)FOXP3に対する検出剤、およびCTLA-4に対する検出剤;(d)CD8に対する検出剤、およびCD27に対する検出剤;および(e)CD8に対する検出剤、およびCD127に対する検出剤;から選択されるいずれか1つまたは複数の検出剤セットを含むことができる。1つの実施形態では、検出剤は抗体である。好ましくは、抗体は適切に標識されマーカーの検出を容易にする。
【0078】
1つの実施形態では、被験体のT細胞の組成は、被験体から得られたサンプル中のT細胞の組成であり、好ましくは、サンプルは、末梢血サンプルである。本発明において提供されるバイオマーカーは、末梢血サンプルを使用して測定することができるものであるため、非侵襲的、安価で経時的に施行可能という、臨床応用における大きな優位性を有している。
【0079】
1つの実施形態では、被験体において肺炎症状が発症することが示される場合、例えば、CD4T細胞集団中のCCR4-CCR6細胞亜集団の量または相対量が基準値未満の場合に、追加の治療、および/または予防措置を行うべきことが検討される。
【0080】
本発明のさらなる局面は、被験体のT細胞の組成を用いて被験体における肺炎を予測し、当該被験体を治療、改善、および/または予防する方法を提供する。あるいは、特定のT細胞の組成を有する被験体において、肺炎を治療、改善、および/または予防する方法、またはそのための組成物を提供する。従来、被験体において肺炎が発症するかどうかを予測することは困難であるため、本発明のバイオマーカーによって被験体を選択して肺炎の治療や予防を施すことは、効率的な医療の提供を実現することができる。
【0081】
本発明の別の局面において、肺炎を引き起こすウイルスおよび/または細菌に罹患した被験体および/または肺炎が疑われる被験体を治療、改善、または予防する方法であって、該被験体由来のサンプル中の、以下から選択されるいずれか1つまたは複数の相対量を決定する工程と、当該相対量が基準値よりも低い場合に、前記被験体において肺炎が発症すると判定する工程と、前記被験体における肺炎の治療、改善、または予防を施す工程とを含む、方法が提供される。(1)被験体のCD4T細胞集団中のCCR4-CCR6細胞亜集団の相対量;(2)被験体のCD4CCR4CCR6CXCR3-T細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団の相対量;(3)被験体の制御性T細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団の相対量;(4)被験体のCD8T細胞集団中のCD27細胞亜集団の相対量;(5)被験体のCD8T細胞集団中のCD127細胞亜集団の相対量。
【0082】
本発明の別の局面において、肺炎を引き起こすウイルスおよび/または細菌に罹患した被験体および/または肺炎が疑われる被験体を治療、改善、または予防する方法であって、該被験体由来のサンプル中の、以下から選択されるいずれか1つまたは複数の相対量を決定する工程と、当該相対量が基準値よりも高い場合に、前記被験体において肺炎が発症すると判定する工程と、前記被験体における肺炎の治療、改善、または予防を施す工程とを含む、方法が提供される。(1)被験体のCD4T細胞集団中のCCR4-CCR6細胞亜集団の相対量;(2)被験体のCD4CCR4CCR6CXCR3-T細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団の相対量;(3)被験体の制御性T細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団の相対量;(4)被験体のCD8T細胞集団中のCD27細胞亜集団の相対量;(5)被験体のCD8T細胞集団中のCD127細胞亜集団の相対量。
【0083】
(細胞療法およびそのための目的の細胞の増殖)
本発明者は、CD4T細胞集団中のCCR4-CCR6細胞亜集団、CD4CCR4CCR6CXCR3-T細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団、制御性T細胞集団中のCTLA-4細胞亜集団、CD8T細胞集団中のCD27細胞亜集団、またはCD8T細胞集団中のCD127細胞亜集団など特定の細胞集団の割合と、被験体の呼吸器感染症の症状、特に肺炎症状の発症との間に明確な相関関係があること、具体的には、肺炎症状の発症を予防するためには、本発明の特定の細胞亜集団を多く含むことが必須であることを見出した。
【0084】
理論に拘束されるものではないが、この知見から、CD4T細胞集団中の、CCR4-CCR6細胞亜集団(特に、CD62LlowCCR4-CCR6細胞亜集団)、CCR4-CCR6CXCR3細胞亜集団(特に、CD62LlowCCR4-CCR6CXCR3細胞亜集団)、またはCCR4-CCR6CXCR3細胞亜集団(特に、CD62LlowCCR4-CCR6CXCR3細胞亜集団)など、あるいは、CD8T細胞集団中の、CD127細胞亜集団、またはCD27細胞亜集団など、あるいはCD4CCR4CCR6CXCR3-T細胞集団中、または制御性T細胞集団中の、CTLA-4細胞亜集団など特定の細胞集団を多く含む患者の場合には、呼吸器感染症の症状の重症化、特に肺炎症状の発症を防ぐための免疫が備えられていると考えられる。他方、これらの特定の細胞集団を多く含まない患者では、呼吸器感染症の症状の重症化、特に肺炎症状の発症を防ぐための免疫が備えられていないことから、症状の重症化につながっていると考えられる。
【0085】
以上より、CD4T細胞集団中に、CD62LlowCCR4-CCR6細胞亜集団、CD62LlowCCR4-CCR6CXCR3細胞亜集団、もしくはCD62LlowCCR4-CCR6CXCR3細胞亜集団、またはCCR4-CCR6細胞亜集団、CCR4-CCR6CXCR3細胞亜集団、もしくはCCR4-CCR6CXCR3細胞亜集団など特定の細胞集団が少なく、あるいは、CD8T細胞集団中に、CD127細胞亜集団、またはCD27細胞亜集団など特定の細胞集団が少なく、あるいはCD4CCR4CCR6CXCR3-T細胞集団中、または制御性T細胞集団中に、CTLA-4細胞亜集団など特定の細胞集団が少ないことにより、呼吸器感染症の症状の重症化、特に肺炎症状が発症するおそれのある患者に対しては、これらの特定の細胞集団を投与することによって呼吸器感染症の症状の重症化、特に肺炎症状の発症を治療し、および/または予防することが可能であると考えられる。
【0086】
したがって、本発明のさらなる局面によれば、特定の細胞を移入することによって、被験体における肺炎を治療、改善、または予防するための方法、またはそのための組成物が提供される。
【0087】
CD62LlowCCR4-CCR6CD4T細胞、CCR4-CCR6CD4T細胞、CD4CCR4CCR6CXCR3-CTLA-4T細胞、CTLA-4Treg細胞、CD27CD8T細胞、および/またはCD127CD8T細胞が、被験体における肺炎に対する被験体の応答に重要であることが見出され、そのようなT細胞を用いることで、被験体における肺炎を治療、改善、または予防することができると考えられる。本発明の1つの実施形態は、CD62LlowCCR4-CCR6CD4T細胞、CCR4-CCR6CD4T細胞、CD4CCR4CCR6CXCR3-CTLA-4T細胞、CTLA-4Treg細胞、CD27CD8T細胞、および/またはCD127CD8T細胞を含む組成物である。CD62LlowCCR4-CCR6CD4T細胞、CCR4-CCR6CD4T細胞、CD4CCR4CCR6CXCR3-CTLA-4T細胞、CTLA-4Treg細胞、CD27CD8T細胞、および/またはCD127CD8T細胞、またはそれらを含む組成物は、肺炎などの呼吸器感染症の治療薬および/または改善薬と併用するために有用である。
【0088】
例えば、CD62LlowCCR4-CCR6CD4T細胞、CCR4-CCR6CD4T細胞、CD4CCR4CCR6CXCR3-CTLA-4T細胞、CTLA-4Treg細胞、CD27CD8T細胞、および/またはCD127CD8T細胞を含む組成物の製造方法は、ヒト由来のT細胞集団からCD62LlowCCR4-CCR6CD4T細胞、CCR4-CCR6CD4T細胞、CD4CCR4CCR6CXCR3-CTLA-4T細胞、CTLA-4Treg細胞、CD27CD8T細胞、および/またはCD127CD8T細胞を純化する工程を含み得る。純化する工程は、例えば、CD62LlowCCR4-CCR6CD4T細胞またはCCR4-CCR6CD4T細胞の場合には、CCR6CD4T細胞からCD62Lhigh細胞やCCR4細胞を除去すること(ネガティブセレクション)を含んでよい。CCR4CCR6CD4T細胞を、抗体および/または磁気ビーズ、ソーティング法などを用いてネガティブセレクションによって純化することは、使用しようとする細胞上に、抗体や磁気ビーズ等の夾雑物が残らないため好ましい。CD62LlowCCR4CCR6CD4T細胞は、CD62Lhigh細胞、CCR4細胞をネガティブセレクションした細胞群からCCR6細胞をソーティングによりポジティブセレクションすることで得られる。CD4CCR4CCR6CXCR3-CTLA-4T細胞、CTLA-4Treg細胞、CD27CD8T細胞、およびCD127CD8T細胞についても、同様の手法によって純化することができる。
【0089】
Tリンパ球は、公知の技術に従って収集して、フローサイトメトリーおよび/または免疫磁気選択などの抗体への親和結合などの公知の技術により濃縮し、または枯渇させることができる。濃縮および/または枯渇ステップ後、所望のTリンパ球のインビトロ増殖は、公知の技術(Riddellらの米国特許第6,040,177号に記載されたものが挙げられるが、それらに限定されない)または当業者に明らかであろうそれらのバリエーションに従って実行することができる。
【0090】
例えば、所望のT細胞集団または亜集団を、インビトロで最初のTリンパ球集団を培地へ加え、その後、その培地へフィーダー細胞を加え(例えば、生じる細胞集団が、増殖されるべき最初の集団における1個のTリンパ球に対して少なくとも約5個、10個、20個、または40個、またはそれ以上のフィーダー細胞を含有するように)、その培養物を(例えば、T細胞の数を増加させるのに十分な時間)インキュベートすることにより増殖させてもよい。培養物は、典型的には、Tリンパ球の成長に適している温度などの条件下でインキュベートすることができる。ヒトTリンパ球の成長について、例えば、温度は、一般的には、少なくとも摂氏約25度、好ましくは少なくとも約30度、より好ましくは約37度であろう。
【0091】
細胞は、本明細書で記載される、または当技術分野で周知の方法に従って、分離および/または増殖したのち、必要に応じて保存し、その後被験体に投与することができる。
【0092】
本発明の細胞を含む組成物における目的の細胞(例えば、CCR4-CCR6CD4T細胞)の量は、意図される効果を奏するように当業者が適切に決定することができるが、例えば、少なくとも2x10個、好ましくは少なくとも6x10個、より好ましくは少なくとも2x10個であり得る。
【0093】
本明細書に記載される細胞を含む組成物は、目的の細胞(例えば、CCR4-CCR6CD4細胞)に加えて、薬学的に許容しうるキャリアもしくは賦形剤を含み得る。本明細書において「薬学的に許容しうる」は、動物、そしてより詳細にはヒトにおける使用のため、政府の監督官庁に認可されたか、あるいは薬局方または他の一般的に認められる薬局方に列挙されていることを意味する。本明細書において使用される「キャリア」は、治療剤を一緒に投与する、培養液、移入液、潅流液、希釈剤、アジュバント、賦形剤、またはビヒクルを指す。本発明の細胞を含む組成物は、細胞を主成分として含むため、キャリアとしては、培養液、移入液、潅流液などの、細胞を維持し得るものが好ましい。例えば、医薬組成物を静脈内投与する場合は、生理食塩水および水性デキストロースが好ましいキャリアである。好ましくは、生理食塩水溶液、並びに水性デキストロースおよびグリセロール溶液が、注射可能溶液の液体キャリアとして使用される。医薬を経口投与する場合は、水が好ましいキャリアである。適切な賦形剤には、軽質無水ケイ酸、結晶セルロース、マンニトール、デンプン、グルコース、ラクトース、スクロース、ゼラチン、モルト、米、小麦粉、チョーク、シリカゲル、ステアリン酸ナトリウム、モノステアリン酸グリセロール、タルク、塩化ナトリウム、脱脂粉乳、グリセロール、プロピレン、グリコール、水、エタノール、カルメロースカルシウム、カルメロースナトリウム、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルアセタールジエチルアミノアセテート、ポリビニルピロリドン、ゼラチン、中鎖脂肪酸トリグリセライド、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油60、白糖、カルボキシメチルセルロース、コーンスターチ、無機塩等が含まれる。組成物は、望ましい場合、少量の湿潤剤または乳化剤、あるいはpH緩衝剤もまた含有することも可能である。これらの組成物は、溶液、懸濁物、エマルジョン、錠剤、ピル、カプセル、粉末、持続放出配合物等の形を取ることも可能である。伝統的な結合剤およびキャリア、例えばトリグリセリドを用いて、組成物を座薬として配合することも可能である。経口配合物は、医薬等級のマンニトール、ラクトース、デンプン、ステアリン酸マグネシウム、サッカリン・ナトリウム、セルロース、炭酸マグネシウムなどの標準的キャリアを含むことも可能である。適切なキャリアの例は、E.W.Martin, Remington’s Pharmaceutical Sciences(Mark Publishing Company, Easton, U.S.A)に記載される。このような組成物は、患者に適切に投与する形を提供するように、適切な量のキャリアと一緒に、治療有効量の療法剤、好ましくは精製型のものを含有する。配合物は、投与様式に適していなければならない。これらのほか、例えば、界面活性剤、賦形剤、着色料、着香料、保存料、安定剤、緩衝剤、懸濁剤、等張化剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、流動性促進剤、矯味剤等を含んでいてもよい。
【0094】
(一般技術)
本明細書において用いられる分子生物学的手法、生化学的手法、微生物学的手法は、当該分野において周知であり慣用されるものであり、例えば、Sambrook J.et
al.(1989).Molecular Cloning: A Laboratory Manual,Cold Spring Harborおよびその3rd Ed.(2001);Ausubel,F.M.(1987).Current Protocols in Molecular Biology,Greene Pub.AssociatESand Wiley-Interscience;Ausubel,F.M.(1989).Short Protocols in Molecular Biology:A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology,Greene Pub.Associates and Wiley-Interscience;Innis,M.A.(1990).PCR Protocols: A Guide to
Methods and Applications,Academic Press;Ausubel,F.M.(1992).Short Protocols in Molecular Biology: A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology,Greene Pub.Associates;Ausubel,F.M.(1995).Short Protocols in Molecular Biology: A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology,Greene Pub.Associates;Innis,M.A.et al.(1995).PCR Strategies,Academic Press;Ausubel,F.M.(1999).Short Protocols in Molecular Biology: A Compendium of Methods from Current Protocols in Molecular Biology,Wiley,and annual updates;Sninsky,J.J.et al.(1999).PCR Applications: Protocols for Functional Genomics,Academic Press、別冊実験医学「遺伝子導入&発現解析実験法」羊土社、1997などに記載されており、これらは本明細書において関連する部分(全部であり得る)が参考として援用される。
【0095】
本明細書において「または」は、文章中に列挙されている事項の「少なくとも1つ以上」を採用できるときに使用される。「もしくは」も同様である。本明細書において「2つの値」の「範囲内」と明記した場合、その範囲には2つの値自体も含む。
【0096】
本明細書において引用された、科学文献、特許、特許出願などの参考文献は、その全体が、各々具体的に記載されたのと同じ程度に本明細書において参考として援用される。
【0097】
以上、本発明を、理解の容易のために好ましい実施形態を示して説明してきた。以下に、実施例に基づいて本発明を説明するが、上述の説明および以下の実施例は、例示の目的のみに提供され、本発明を限定する目的で提供したのではない。従って、本発明の範囲は、本明細書に具体的に記載された実施形態にも実施例にも限定されず、特許請求の範囲によってのみ限定される。
【実施例0098】
以上、本発明を、理解の容易のために好ましい実施形態を示して説明してきた。以下に、実施例に基づいて本発明を説明するが、上述の説明および以下の実施例は、例示の目的のみに提供され、本発明を限定する目的で提供したのではない。したがって、本発明の範囲は、本明細書に具体的に記載された実施形態にも実施例にも限定されず、特許請求の範囲によってのみ限定される。
【0099】
(実施例1:SARS-CoV-2感染者におけるT細胞亜集団の割合)
患者
PCR検査によりSARS-CoV-2感染が確認され、2020年12月4日から2022年1月17日までの間に埼玉医科大学病院または埼玉医科大学国際医療センターに入院した49人の連続した患者を対象とした。49人のうち29人の患者はコンピューター断層(CT)撮影によりCOVID-19肺炎と診断された(表1)。
【表1】
【0100】
また、末梢血を15人の健常志願者から取得した。全ての検体は書面によるインフォームドコンセントの取得後に回収した。試験プロトコールは埼玉医科大学国際医療センターの内部審査会により承認された。
【0101】
血液試料分析
末梢血単核球(PBMC)試料は、ヘパリン添加バキュテイナCPT管(BDバキュテイナシステム、Franklin Lakes、NJ、USA)を使用して、入院時、1週間後、及び退院時に回収した。試料は液体窒素槽においてCELLBANKER 2(日本全薬工業株式会社、郡山)を使用して冷凍した。T細胞のサブセットの分析のために、細胞染色前にRPMI1640と10%ウシ胎児血清からなる培養培地において細胞を32~48時間インキュベートした。
【0102】
マスサイトメトリー
Helios(商標)マスサイトメトリー分析に使用したmAbを表2に示す。
【表2】

メーカーの指示に従って最大で2.5×10の細胞をマスサイトメトリー抗体で染色した(Fluidigm Corp.、San Francisco、CA、USA)。細胞内染色において、染色前にメーカーの指示に従って、FoxP3固定化及び透過処理キットを使用して試料を作製した。Maxpar Cell Staining Bufferで2回洗浄後、100nMのイリジウム核酸インターカレーター(Fluidigm)を添加したPBSにおいて、1.6%パラホルムアルデヒドを使用して試料を固定化した。固定化に続いて、細胞を、0.5%ウシ血清アルブミン(BSA)を含むPBSと0.1%BSAを含む水で2回洗浄し、0.1%BSAを含む水に再懸濁した。合計で20,000個の細胞を、viSNEで使用されるHeliosやCytobank(https://www.cytobank.org)ソフトウェアを用いて分析した。ゲーティング戦略を図5に示す。
【0103】
統計分析
Prism 9(GraphPad Software、San Diego、CA、USA)を使用して統計分析を実施した。データは、特に言及しない限り、平均±平均の標準誤差として示す。2集団間の相違に対する試験は、スチューデントのt検定を使用して実施した。多重比較は、Tukey事後検定を伴う1元配置分散分析を使用して実施した。全てのp値は両側p値であり、P<0.05を統計的に有意とした。
【0104】
結果
CD4T細胞免疫は、肺炎を起こさないSARS-CoV-2患者、COVID-19肺炎患者、健常対照者で異なる
SARS-CoV-2感染非肺炎患者(n=2)およびSARS-CoV-2感染肺炎患者(COVID-19肺炎患者、n=3)の入院時および1週間後の末梢血試料から得られたT細胞を用いて、約2000の遺伝子発現を基にscRNAseqによる発現解析を行い、CD4T細胞の教師なしクラスタリングを行った(図1A)。このtSNE解析図を用いて、CXCR3、CCR4、CCR6のケモカイン受容体発現パターンと、CD45RAおよびCD62Lの発現とに基づく細胞レベルのアノテーションを行った(図1B)。図中左上の線で囲まれた領域は、ほとんどがナイーブCD4T細胞、CD45RACD62Lhighで構成されていた。図中左下の線で囲まれた領域は、FoxP3細胞で構成され、制御性T細胞の領域と考えられた。図中右の線で囲まれた領域は、CD45RACD62LlowCD4T細胞からなり、エフェクター型の領域と考えられた。SARS-CoV-2感染非肺炎患者に多い成分を紫で、COVID-19肺炎患者に多い成分を赤で示した(図1C)。メタクラスタAは、CD62LlowCXCR3CCR4CCR6Th1/17を中心に構成されていた。
【0105】
次に、マスサイトメトリー分析を用いて、CD4T細胞極性化パターンの違いが全患者(n=49)でも観察されるかどうかを確認した。CD4T細胞の極性化は、ケモカインレセプター表現パターンを使用して、CXCR3CCR4CCR6をTh1タイプ、CXCR3CCR4CCR6をTh2タイプ、CXCR3CCR4CCR6をTh17タイプ、CXCR5をTfhタイプ、FoxP3CD45RAを制御性T細胞(Treg)タイプとして分類した。
【0106】
入院時の末梢血のCD4T細胞分析により、CD62LlowCD4T細胞とTh1の割合が、健常者と比較してSARS-CoV-2感染患者で有意に増加したことが明らかになった(図示せず)。健常者、非肺炎患者、肺炎患者の3群比較では、Th1/17はCOVID-19肺炎患者で有意に低く、scRNAseqの結果と一致していた(健常者と肺炎患者の間でP=0.0040、非肺炎患者と肺炎患者の間でP=0.0018、図1D)。ROC解析の結果(図1E)、肺炎患者と非肺炎患者では、入院時のTh1/CCR6 single positive(CCR6 SP) CD4T細胞クラスターに有意な差が存在し、肺炎患者では非肺炎患者に比べ有意に少なかった(P=0.020)。また図6に示すとおり、肺炎患者と非肺炎患者では、入院時のTh7R(CCR4-CCR6)T細胞クラスターに有意な差が存在し、肺炎患者では非肺炎患者に比べ有意に少なかった(P=0.0023、P=0.0013)。
【0107】
抗ウイルス免疫において、免疫チェックポイント分子の発現がT細胞の機能に大きな影響を与えることが知られている。そこで、CD4T細胞クラスターごとにCTLA-4とPD-1の発現を解析した(図1F)。その結果、Th17とTregにおけるCTLA-4発現の割合は、肺炎群で有意に低かった(P=0.0056,P=0.014)。遺伝子発現においても、TregにおけるCTLA-4発現は、肺炎群で有意に低かった(FDR<0.05)。これらの結果から、肺炎群ではTh17の制御能が弱いだけでなく、制御性T細胞機能も低いことが示唆された。
【0108】
(実施例2:CD8T細胞のSARS-CoV-2感染への応答)
次に、CD4T細胞と同様に、CD8T細胞クラスターについても、遺伝子発現に基づく教師なしクラスタリングを行った(図2A~C)。図中左の線で囲まれた領域は、CD45RACCR7CD8T細胞であり、CD45RA再発現を伴うエフェクターメモリー(EMRA)領域を示し、その右隣に位置する線で囲まれた領域はCD45RACCR7EMであり、さらにその右隣に位置する線で囲まれた領域はCD45RACCR7CMであり、もっとも右に位置する線で囲まれた領域はCD45RACCR7ナイーブCD8T細胞領域である。マスサイトメトリー解析の結果、SARS-CoV-2感染者は健常対照者と比較して、ナイーブが少なく、EMRAが多かった(図2D)。CMは非肺炎群に比べ肺炎群で少なかったが、後述の時間経過の変化の結果から、非肺炎群は回復期にあることがわかった。
【0109】
ウイルス感染細胞を直接駆逐すると考えられているCD8T細胞に対するCD4T細胞の効果を検討するため、各CD8T細胞比率とCD4T細胞クラスターの相関を解析した(図2E)。その結果、Th1のみがEMRAと正の相関を示した。また、CMとは弱い負の相関を示し、EMとは弱い正の相関を示した。
【0110】
各CD8T細胞クラスターの分子発現解析では、EMとEMRAにおけるCD27とCD127(IL-7受容体)の発現割合が肺炎群と非肺炎群で有意に異なっていたが(図2F)、逆に有意な正の相関を示した(図2G)。また、Th1/17はEM CD8T細胞のIL-7レセプター発現と正の相関を示した(図2H)。これらの結果から、Th1はCD8T細胞の細胞傷害性T細胞状態への分化と増殖能の低下を促進し、Th1/17はCD8T細胞の生存シグナルを得やすい状態への維持に関与していることが示唆された。
【0111】
(実施例3:SARS-CoV-2感染からの回復期におけるCD8T細胞免疫)
入院後、非肺炎患者20人中2人、肺炎患者29人中27人がステロイド療法を受けた。肺炎患者のうち7人は人工呼吸器管理を受けたが、最終的には全員が回復した。入院1週間後に採取した末梢血サンプルを用いて、CD8T細胞免疫の経時的変化を解析した(図3A,B)。入院1週間後のCD8T細胞分画を比較すると、ナイーブ分画では健常者とSARS-CoV-2感染者の間で観察される差が維持されていた。一方、EMRAで観察された健常者群とSARS-CoV-2感染者群の差は見られなくなり、EMRAの減少に対応する細胞の割合はCM画分の増加となり、SARS-CoV-2感染者群は健常者群に比べ有意に高くなった(図3C)。これは、ウイルス感染によりEMRA画分に誘導されたCD8T細胞の分化が、ウイルス感染からの回復に伴いCM画分への誘導に変化したことを示している。また、非肺炎群に比べ肺炎群で強かったエフェクターCD8T細胞画分におけるCD27、CD127の減少も回復し、肺炎群と非肺炎群の間にCD27、CD127陽性細胞比率の有意差は認められなかった(図3D、E)。以上のように、肺炎群と非肺炎群のCD8T細胞割合の差は、SARS-CoV-2感染からの回復(ウイルスがなくなる)に伴い消失した。これは、ウイルスが存在しなくなったため、CD27、CD127陽性細胞比率の有意差もなくなったと考えられる。
【0112】
(実施例4:CD4T細胞免疫は、SARS-CoV-2感染からの回復後、非肺炎患者と肺炎患者の間で異なる)
SARS-CoV-2感染からの回復過程におけるCD4T細胞クラスターの変化について解析した。Th1は肺炎群、非肺炎群ともに減少した(非肺炎群P=0.0043、肺炎群P=0.0006、図4A)。一方、Th17は増加し、その増加の程度は肺炎群で高かった(図4B)。一方、入院時に肺炎群で有意に低いことが示されたTh1/17は、肺炎群で減少する傾向があった。その結果、入院1週間後の末梢血を用いた遺伝子発現に基づく教師なしクラスタリングのグリッドサブトラクションでは、Th1/17を主要構成要素とするメタクラスタAは、入院時と同様に肺炎群で少なくなっていた(図4C)。全例マスサイトメトリー解析でも、Th1/17は肺炎群では健常者および非肺炎群に比べ有意に低いままだった(P=0.0021,P=0.039,図4D)。すなわち、CD4T細胞クラスターにおいては、症状が回復しても(ウイルスがなくなっても)、Th1/17細胞群の差は残ったままであった。このことから、この差は、症状の結果を反映しているわけではなく、この細胞群によって症状の予測をすることができることを意味すると考えられる。
【0113】
入院時の末梢血分析で示されたTh17とTregの間のCTLA-4陽性の差は、1週間後も持続し、肺炎群で低かった(P=0.023,P=0.0041,図4E)。CD8T細胞クラスター、エフェクターCD8T細胞に基づくCD27、およびCD127の割合とCD4T細胞クラスターとの間で観察された相関は、1週間後の末梢血分析でも維持され、Th1はCD8T細胞のEMおよびEMRA比率と正の相関を示し、Th1/17はエフェクターCD8T細胞のCD27およびCD127陽性と正の相関を示した(図4F)。
【0114】
(注記)
以上のように、本開示の好ましい実施形態を用いて本開示を例示してきたが、本開示は、特許請求の範囲によってのみその範囲が解釈されるべきであることが理解される。本明細書において引用した特許、特許出願及び他の文献は、その内容自体が具体的に本明細書に記載されているのと同様にその内容が本明細書に対する参考として援用されるべきであることが理解される。
【産業上の利用可能性】
【0115】
本発明において提供されるバイオマーカーは、簡便、安価、正確に呼吸器感染症の症状を予測することに利用でき、医学的、社会的に必須である。本発明によれば、全世界における患者数が膨大な数にのぼる肺炎を予測することができるため、極めて大きな市場的価値を有しているものと考えられる。
図1-1】
図1-2】
図1-3】
図2-1】
図2-2】
図2-3】
図3-1】
図3-2】
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図4-1】
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図5
図6