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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024178040
(43)【公開日】2024-12-24
(54)【発明の名称】はすば歯車の歯面形状の設計方法
(51)【国際特許分類】
   F16H 55/08 20060101AFI20241217BHJP
【FI】
F16H55/08 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023096532
(22)【出願日】2023-06-12
(71)【出願人】
【識別番号】723008183
【氏名又は名称】島地 重幸
(71)【出願人】
【識別番号】000165376
【氏名又は名称】兼松株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087398
【弁理士】
【氏名又は名称】水野 勝文
(74)【代理人】
【識別番号】100128783
【弁理士】
【氏名又は名称】井出 真
(74)【代理人】
【識別番号】100128473
【弁理士】
【氏名又は名称】須澤 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100160886
【弁理士】
【氏名又は名称】久松 洋輔
(74)【代理人】
【識別番号】100180699
【弁理士】
【氏名又は名称】成瀬 渓
(72)【発明者】
【氏名】島地 重幸
(72)【発明者】
【氏名】宮奥 勉
【テーマコード(参考)】
3J030
【Fターム(参考)】
3J030BA05
3J030BB11
3J030BB14
(57)【要約】
【課題】 接触線上の接触応力を許容接触応力以下にしながら、歯面の負荷能力を担保できる歯面形状を設計する。
【解決手段】 歯面同士が無負荷において線接触し合う歯面である基準歯面のうち、接触線が歯先から歯元まで延びて存在する全長接触領域内では、接触線に含まれる複数の区分点における歯面の相対曲率半径が互いに異なるために、歯面に荷重を負荷したときの複数の区分点の接触応力が互いに異なっている。全長接触領域内において、歯車設計仕様の荷重よりも大きい荷重を基準歯面の歯面全体に負荷したときの接触線上での接触応力の分布と、歯面損傷を考慮した接触応力の限界値である許容接触応力に基づいて、許容接触応力を超える接触応力が許容接触応力以下となるように基準歯面を窪む方向に変形させる歯面修整を行うときの修整領域及び修整量を決定する。決定した修整領域及び修整量に基づいて、基準歯面に対して歯面修整を行うことにより、歯面形状を設計する。
【選択図】 図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
はすば歯車の歯面形状を設計する方法であって、
歯面同士が無負荷において線接触し合う歯面である基準歯面のうち、接触線が歯先から歯元まで延びて存在する全長接触領域内では、前記接触線に含まれる複数の区分点における歯面の相対曲率半径が互いに異なるために、歯面に荷重を負荷したときの前記複数の区分点の接触応力が互いに異なっており、
前記全長接触領域内において、歯車設計仕様の荷重よりも大きい荷重を前記基準歯面の歯面全体に負荷したときの前記接触線上での前記接触応力の分布と、歯面損傷を考慮した接触応力の限界値である許容接触応力に基づいて、前記許容接触応力を超える前記接触応力が前記許容接触応力以下となるように前記基準歯面を窪む方向に変形させる歯面修整を行うときの修整領域及び修整量を決定し、
決定した前記修整領域及び前記修整量に基づいて、前記基準歯面に対して歯面修整を行うことにより、歯面形状を設計することを特徴とする歯面形状の設計方法。
【請求項2】
前記修整領域内において、歯面修整後の接触応力の分布の中に、前記許容接触応力を示す限界線に沿った平坦な接触応力の分布が含まれるように、前記修整量を決定することを特徴とする請求項1に記載の歯面形状の設計方法。
【請求項3】
前記歯車設計仕様の荷重よりも大きい荷重は、前記基準歯面に対する歯面修整によって歯面全体への荷重が減少するときの減少量の分だけ、前記歯車設計仕様の荷重よりも大きいことを特徴とする請求項1に記載の歯面形状の設計方法。
【請求項4】
決定した前記修整領域及び前記修整量によって特定される歯面修整曲線は、歯丈の中央領域において前記修整量の分布が凸形状となる型の第1歯面修整曲線、前記修整量の分布が歯丈方向に対して傾いた型の第2歯面修整曲線、又は、前記第1歯面修整曲線及び前記第2歯面修整曲線を加算した型の第3歯面修整曲線であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1つに記載の歯面形状の設計方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、はすば歯車の歯面形状を設計する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インボリュート歯形は、軸間距離の変化の影響が無く、工具製作が容易であり、多くの研究、実績による知恵・知識があるという利点があるが、近年、加工精度が劇的に向上し、複雑な形状が作れるようになり、インボリュート歯形以外の歯形の設計が試みられている。そのうちの一つとして、インボリュート歯形では、凸歯面同士の接触となるのに対して、凸面と凹面の歯面同士のかみ合いを取り入れようとする歯形の設計が試みられている。古くは、VBB歯形や、トロコイド系歯形などがあるが、外観がインボリュート歯形に似ている最近の歯形としては、コルヌ歯形(特許文献1)や正弦歯形(非特許文献2)がある。このような歯形では歯面の接触応力分布が一様ではなく、インボリュート歯面と比較して接触応力の大きい部分が含まれることが分かってきている。
【0003】
無負荷時に線接触する歯車歯面の一部を目的に沿うように変形することは、歯面修整と呼ばれる。従来から、はすば歯車の加工誤差や組み立て誤差を考慮した歯面修整である「歯当たり」歯面修整や、負荷による歯の撓みと噛み合い始めの噛み込みを考慮した歯面修整である「歯たわみ」歯面修整や、歯の曲げや弾性変形による加振を考慮した歯面修整である「加振」歯面修整などが行われている。
【0004】
はすば歯車の「歯たわみ」歯面修整に関する特許文献1では、インボリュート曲線を歯形とする基準歯面を有して高負荷を伝達する歯幅の長いはすば/やまば歯車において、完全接触線領域以外の歯面に対して、「歯たわみ」による歯幅端の歯先あるいは歯元で角当たり接触が起こらないような3次元的なバイアス歯面修整を施している。完全接触線領域は、歯車の歯面において、歯幅方向接触線ピッチの整数倍の幅を有する。特許文献1は、完全接触線領域以外の歯面にバイアス歯面修整を施すことにより、噛合い始めと噛合い終りに大きな衝撃を生じさせることなくスムーズに噛合って動力を伝達することができることを述べている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第2965913号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】歯車の研究、養賢堂、成瀬正男監修、1962、pp.77-133.
【非特許文献2】正弦歯形歯車設計システム、(2022.12),アムテック(有)ホームページ、http://www.amtecinc.co.jp /new-catalogue/32.seigen-hagata.htm
【非特許文献3】円筒歯車の設計、近畿歯車懇話会編、大河出版、(1979)、p.134,147.
【非特許文献4】JIGMAギヤカレッジ(マスターコース)テキスト、日本歯車工業会編、(2022),p64-66.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一方の歯車の歯面と他方の歯車の歯面は、無負荷時に、曲線に沿って接触し、その接触曲線は接触線と呼ばれる。ここでは、このように無負荷時に線接触する歯面を「基準歯面」と呼ぶことにする。平行軸のはすば歯車歯面において、接触線に沿う歯面相対曲率が大きく変化する歯車がある。このような歯車歯面では、接触線の単位長さ当たりの荷重(以下、「線荷重」)が一定であっても、接触線上の接触応力(ヘルツ応力)は大きく異なることになる。
【0008】
歯面上の接触応力の値が、歯の素材によって決まる許容接触応力を超えると、ピッチングといった歯面の損傷が発生してしまう。このため、接触線に沿う歯面相対曲率が大きく変化する歯車では、特に、接触応力が大きい部分に注意しなければならないことになる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、はすば歯車の歯面形状を設計する方法である。ここで、歯面同士が無負荷において線接触し合う歯面である基準歯面の広がりのうち、接触線が歯先から歯元まで延びて存在する全長接触領域内では、接触線に含まれる複数の区分点における歯面の相対曲率半径が互いに異なるために、歯面に荷重を負荷したときの複数の区分点の接触応力が互いに異なっている。
【0010】
全長接触領域内において、歯車設計仕様の荷重よりも大きい荷重を基準歯面の歯面全体に負荷したときの接触線上での接触応力の分布と、歯面損傷を考慮した接触応力の限界値である許容接触応力に基づいて、許容接触応力を超える接触応力が許容接触応力以下となるように基準歯面を窪む方向に変形させる歯面修整を行うときの修整領域及び修整量を決定する。そして、決定した修整領域及び修整量に基づいて、基準歯面に対して歯面修整を行うことにより、歯面形状を設計する。
【0011】
修整領域内において、歯面修整後の接触応力の分布の中に、許容接触応力を示す限界線に沿った平坦な接触応力の分布が含まれるように、修整量を決定することができる。歯車設計仕様の荷重よりも大きい荷重は、基準歯面に対する歯面修整によって歯面全体への荷重が減少するときの減少量の分だけ、歯車設計仕様の荷重よりも大きくすることができる。
【0012】
決定した修整領域及び修整量によって特定される歯面修整曲線としては、歯丈の中央領域において修整量の分布が凸形状となる型の第1歯面修整曲線、修整量の分布が歯丈方向に対して傾いた型の第2歯面修整曲線、又は、第1歯面修整曲線及び第2歯面修整曲線を加算した型の第3歯面修整曲線とすることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、接触線上の接触応力を許容接触応力以下にしながら、歯面の負荷能力を担保できる歯面形状を設計できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】はすば歯車の歯面における全長接触領域及び接触長変化領域を説明する図である。
図2】基準歯形における接触応力分布と、本実施形態による歯面修整を行ったときの接触応力分布と、歯面の修整曲線とを示す図である。
図3】負荷する荷重が異なるときの無修整の基準歯形の接触応力分布を示す図である。
図4】基準歯形と修整歯形において、接触応力分布、線荷重の総和及び最大ヘルツ応力の試算結果の一例を示す図である。
図5】「歯当たり」歯面修整を含む歯面修整を行う前後における接触応力分布の試算結果の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本実施形態である歯面形状の設計方法は、はすば歯車を対象とするものであり、基準歯面に対して歯面の修整を行うことにより、最終的な歯面(歯面形状)を設計するものである。ここで、基準歯面とは、はすば歯車が無負荷時に曲線に沿って線接触する歯面である。
【0016】
(歯面修整を行う歯面領域)
歯面の修整は、後述する全長接触領域に含まれる少なくとも一部の領域で行われる。
【0017】
はすば歯車の基準歯面上の接触線は歯筋線に対して傾斜している。はすば歯車を回転させるとき、一方のはすば歯車の歯形に着目すると、歯幅の一端における歯先から接触線が発生し、はすば歯車の回転に応じて、接触線は、歯幅の中央に向かって移動するに伴い、歯先から歯元に向かって延びる。図1に示すように、歯幅の一端における歯先から接触線が歯元まで延びるまでの領域を「接触長変化領域」(図1において、左側に位置するハッチング領域)という。
【0018】
接触線が歯先から歯元まで延びた後では、はすば歯車の回転に応じて、接触線は、歯先から歯元まで延びた状態のまま、歯幅の一端側から他端側に向かって移動する。図1では、接触線の一例を示しており、矢印は接触線の移動方向を示す。ここで、接触線が歯先から歯元まで延びた状態において、接触線が歯幅方向に移動する領域を「全長接触領域」という。全長接触領域は、歯面の接触領域のうち、接触長変化領域を除いた領域である。
【0019】
接触線が全長接触領域を通過して歯幅の他端における歯先に到達すると、はすば歯車の回転に応じて、接触線は歯幅の他端における歯元に向かって移動することにより、接触線の長さが短くなり、最終的に接触線が無くなる。接触線の長さが短くなり始めてから接触線が無くなるまでの領域も「接触長変化領域」(図1において、右側に位置するハッチング領域)である。図1に示すように、歯形の歯面には、歯幅方向の両端に接触長変化領域が存在し、2つの接触長変化領域の間に全長接触領域が存在する。
【0020】
本発明が適用される“はすば”歯車では、歯面の相対曲率は接触線に沿って変化する。相対曲率については、非特許文献1に記載された内容に基づいて形状解析を行うことができる。接触線に沿って歯面の相対曲率が大きく変化する歯形としては、例えば、コルヌ螺旋歯形(特許第4376938号など)、正弦歯形があり、歯数比が大きいインボリュート歯形でも、条件によっては歯面相対曲率の変化が大きい領域が現れる。
【0021】
(歯面修整の設計方法)
はすば歯車の歯面形状を設計する方法について、説明する。本実施形態は、上述した全長接触領域内の接触線について、基準歯面に対して歯面の修整を行い、最終的な歯面(歯面形状)を設計するものである。
【0022】
面圧を考慮する歯面修整の設計では、最初の段階として、設計仕様値などの特定の荷重を歯面に負荷して、全長接触領域内の接触線に沿って発生する接触応力(ヘルツ応力)の分布を推算する。
【0023】
歯面接触応力を求める方法は、接触線の単位長さ当たりの荷重(線荷重)を仮定してヘルツ接触応力理論を用いる方法、有限要素法や境界要素法などのシミュレーションを用いて接触応力を求める方法などが考えられる。いずれかの方法により、接触線に沿った接触応力の分布を推算することができる。ここでは、前者の方法、線荷重を仮定してヘルツ接触応力理論を用いる方法について説明する。
【0024】
円筒同士の接触を扱うヘルツ接触応力理論では、円筒の長さは十分に長いとされている。これに対して、本実施形態で対象とする歯面形状では、歯面の接触線に沿う歯面相対曲率の変化は大きい。しかし、ここでは、歯車歯面においても、第ゼロ近似値としては、このヘルツ接触応力理論は有効であると考えることにする。
【0025】
接触線を細かい区分点に分けるとして、各区分点におけるヘルツ接触応力は、式(1)で表すことができる。
【数1】
式(1)において、Pは接触線上の各区分点における接触応力[Kgf/mm]であり、kは歯車の素材によって定まる定数[Kgf/mm]であり、Pは接触線の単位長さ当たりの荷重(線荷重)[Kgf/mm]であり、Rは接触線上の各区分点における歯面の相対曲率半径[mm]である。添え字nは、接触線上の各区分点を示す。
【0026】
式(1)によれば、線荷重P及び相対曲率半径Rを求めることにより、接触応力Pを求めることができる。はすば歯車の歯面の負荷能力評価においては、はすば歯車の歯面の線荷重を一定とする例(非特許文献3)がある。これに倣って、ここでは、基準歯面の線荷重Pは、全長接触領域内において一定であるとする。
【0027】
はすば歯車歯面の許容接触応力P0MAXと接触応力Pの分布に基づいて、歯面の修整領域及び修整量を決定する。ここに、許容接触応力P0MAXは、はすば歯車の素材や熱処理などによって決まる。
【0028】
以下、図2及び図3を用いて、歯面修整によって負荷能力の向上が得られる仕組みを模式的に説明する。図2及び図3の模式図では、歯面の一部の領域に歯面修整を加えたものであるが、実際には面圧の改善を目的とした歯面修整は修整曲線を滑らかな曲線とするために歯面の広い領域に亘って行う。
【0029】
また、従来から、はすば歯車の加工誤差や組み立て誤差を考慮した「歯当たり」歯面修整や、負荷による歯の撓みと噛み合い始めの噛み込みを考慮した「歯たわみ」歯面修整や、歯の曲げや弾性変形による加振を考慮した「加振」歯面修整などが行われている。ここで、本実施形態における「面圧」歯面修整に加えて、上述した従来の歯面修整を行うことができることは言うまでもない。実際の歯面修整では、少なくとも「歯当たり」歯面修整を加味し、歯形全体を考慮して「面圧」歯面修整を行う修整領域と修整量を設計することになる。
【0030】
大歯車、小歯車とラックのそれぞれの歯面は共通の接触線を持っているので、ラック歯面あるいは歯形が確定すると大歯車及び小歯車の歯面あるいは歯形も確定する。ラックの直線歯筋に直角な断面の歯形曲線が定まると、ラック歯面は確定する。このため、ラック歯形修整は歯面修整と同じ意味を持つ。
【0031】
歯面修整の設計の最初の段階では、歯面の接触応力分布を求める。歯面に荷重を負荷しなければ接触応力が生じないので、実際の設計では、歯車仕様よりも高い荷重Fを希望して、歯車歯面に荷重Fを負荷することになる。この意味での「希望する荷重F」を歯面全体に負荷したとする。
【0032】
図2には、荷重Fを歯面全体に負荷したラック基準歯形における接触応力の分布、歯面を修整した後の歯形(以下、「修整歯形」という)に同じ荷重Fを負荷したときの接触応力の分布、および歯面修整の修整領域と修整量を示す曲線(修整曲線)を示す。図2において、横軸は歯先から歯元までのラック歯形方向の位置を示し、縦軸は接触応力を示す。図2に示す修整曲線において、修整領域は横軸によって特定され、修整量は縦軸によって特定される。
【0033】
歯面を修整することとは、基準歯形に対して歯面の一部を変形させることをいうが、本発明における歯面修整では、修整歯形の歯面の位置を基準歯形の歯面の位置よりも歯の内部にシフトさせることになる。
【0034】
図2に示す基準歯形の接触応力分布では、一部の領域において、接触応力Pが許容接触応力P0MAXよりも高くなっている。本実施形態では、少なくとも接触応力Pが許容接触応力P0MAXよりも高い領域について、歯面修整後の接触応力Pnmが許容接触応力P0MAXよりも低くなるように歯面の修整を行う。歯面の修整では、歯面の修整領域を決めるとともに、修整領域に含まれる接触線上の各区分点における歯面の修整量も決める。
【0035】
歯面の修整領域は、基準歯形の接触応力Pの分布のうち、接触応力Pが許容接触応力P0MAXよりも高くなる領域(以下、「接触応力超過領域」という)を含む必要がある。実際の設計では、目的によっては、歯面の修整領域を接触応力超過領域とほぼ同じにすることもあるが、一般には、接触応力超過領域よりも広い領域を歯面の修整領域にする。歯面の修整領域を接触応力超過領域よりも広い領域とすることで、歯面全体の負荷能力を増加させることも出来る。図2に示す修整曲線では、歯面修整原理の説明の分かりやすさを優先して、接触応力超過領域よりも少しだけ広い領域を歯面の修整領域に設定している。
【0036】
歯面の修整量Δδは、基準歯形の接触応力Pと許容接触応力P0MAXとの接触応力差に応じて決められる。具体的には、その接触応力差が大きいほど、歯面の修整量Δδを大きく、また、その接触応力差が小さいほど、修整量Δδを小さくする。
【0037】
接触線の各区分点で、歯面修整によって減少させる必要がある接触応力ΔPは、式(2)で表される。
【数2】
【0038】
歯面修整によって接触応力をΔPだけ減少させることになるが、修整量Δδと接触応力減少量の関係が推算できなければならない。この関係の推算例の一つを後述するが、線荷重Pと、それによる歯面同士の接近量δはほぼ比例すると考えられるという研究がある。そこで、ここでは、歯面修整がどのように働くかの仕組みをわかりやすく示すために、比例定数Kもわかっているとして、式(3)に示すように、線荷重の変化量ΔPと歯面修整量Δδが比例すると仮定する。すなわち、歯面修整により歯面同士の接近量は変化するが、その接近量の変化は線荷重変化による接近量の変化と同じ効果を持つと考える。
【数3】
この扱いは、定性的で、試行錯誤における第ゼロ近似値のようなものである。
【0039】
接触応力Pと線荷重Pと歯面の相対曲率Rの関係は式(1)で与えられているので、接触線の各区分点における接触応力の減少量ΔPから線荷重の減少量ΔPが分かり、式(3)を用いれば、各区分点における歯面修整量Δδが求まることになる。
【0040】
無修整(基準歯面)の歯面全体に負荷される荷重をF、接触線の単位長さ当たりの線荷重をPとする。歯面を修整することによって、修整領域の接触応力Pは許容接触応力P0MAXよりも低い接触応力Pnmとなり、線荷重Pは変化量ΔPだけ減少し、この修整領域が受け持つ歯面全体の荷重はΔFだけ減少する。ところで、修整領域以外の領域(無修整領域)に注目すると、この無修整領域では、接触応力Pは許容接触応力P0MAXよりも低くなっており接触応力Pには余裕がある。そこで、歯面全体の荷重が歯面修整によって減少した分ΔFだけ、無修整(基準歯面)の歯面全体に負荷される荷重を(F+ΔF)に増やすとする。このとき、修整領域も無修整領域も共に線荷重は少し増加する。無修整歯面(基準歯面)に荷重(F+ΔF)を負荷した状態では、歯面修整により歯面荷重がほぼΔF減少することになり、負荷される荷重は(F+ΔF-ΔF)となる。このように、修整歯面全体の荷重である線荷重総和値を基準歯面の線荷重総和値と同等の値に維持した状態で、接触応力Pnmを許容接触応力P0MAX以下にすることも出来る。
【0041】
図3には、無修整の基準歯形の接触応力分布(破線及び実線)を示す。希望する荷重Fを負荷したとき、図3の破線で示す接触応力分布では、最大接触応力が許容接触応力P0MAXを大きく超える。そこで、基準歯面全体に負荷する荷重Fを「希望する歯面全体に掛かる荷重F」よりも小さい値(F<F)とし、最大接触応力が許容接触応力P0MAX以下となるようにした。図3の実線は荷重Fよりも小さい荷重Fを負荷したときの接触応力分布である。
【0042】
上述したように、歯面の修整量Δδと歯面接触応力の関係は重要な働きを持ち、その関係を推算する必要がある。この関係は、有限要素法などによるシミュレーションによって求めることが出来、この意味で以下に示す方法は、推算方法の一例である。
【0043】
半径Rと半径Rの円筒面同士の接触長さをl、円筒への荷重をPとするとき、ヘルツの接触応力理論によれば、接触部での最大ヘルツ応力(接触応力)Pは、それぞれ、二つの円筒のヤング率をE、ポアソンン比をvとして、式(4)で表される。
【数4】
【0044】
相対曲率半径がRである接触線上の任意の区分点における接触応力Pが許容接触応力P0MAXとなるような線荷重を求めることにする。区分点での線荷重P(P=P/l)は、区分点における歯面の相対曲率(1/R)及び許容接触応力P0MAXを用い、式(5)で表すことができる。
【0045】
【数5】
式(5)において、P(P=P/l)は区分点の線荷重であり、Θは歯の材料定数であり、P0MAXは許容接触応力であり、Rは区分点における歯面の相対曲率半径である。
【0046】
均等な線荷重PlEVENに基づいて、歯面の修整量Δδを決めることにする。上述したように、本実施形態の歯面修整は基準歯面を窪んだ形状にすることである。
【0047】
ところで、歯面同士に荷重Pが掛かると歯同士は接近し、見かけ上、歯面が弾性変形して窪むような現象があり、その接近量は弾性接近量δとして知られている。荷重による弾性接近量の関係において、弾性接近量の分が歯面修整によって無くなる場合、歯面修整によって荷重は無くなるので、弾性接近量を歯面修整量に置き換えることが出来る。即ち、歯面修整量Δδを与えると、弾性接近量の変化Δδを生じさせる荷重ΔPの分だけ線荷重が減少すると考えることが出来る。
【0048】
歯車歯面の弾性接近量の研究成果として、Lundberg、Foppl、Conryらの評価式を紹介した文献(非特許文献4)がある。これらのうちConryの式は歯面相対曲率を含まない形式となって簡明であるが、本発明で扱う歯面の相対曲率は接触線に沿って大きく変化するので、Lundberg、Fopplの式における相対曲率の部分をConryの式に取り込んで、新たに式(6)を作った。
【0049】
これらの研究成果は、接触線の長さが十分に長く、また接触線上の歯面相対曲率は一様である場合の関係、としていると考えられるが、ここでは、逐次近似における第ゼロ近似値として、また定性的な扱いが出来れば、試算には意味があると考えられるので、これら弾性接近量の研究成果を用いることにする。
【0050】
【数6】
式(6)において、δは弾性接近量であり、Θは歯の材料定数であり、Pは線荷重であり、Plpはピッチ点の線荷重であり、Rは基準歯面のピッチ点での歯面相対曲率半径であり、Rは区分点での歯面相対曲率半径である。
【0051】
はすば歯車歯面では、線荷重Pが一定とされる例に倣って、ここでも線荷重が一定であると仮定している。その場合には、式(6)は式(7)となる。
【数7】
式(7)において、δは弾性接近量であり、Θは歯の材料定数であり、Pは線荷重であり、Rは基準歯面のピッチ点での歯面相対曲率半径であり、Rは区分点での歯面相対曲率半径である。
【0052】
線荷重の差ΔPにより歯面修整量Δδが決まるとして、歯面修整量Δδは、式(8)によって表すことができる。
【数8】
式(8)において、Δδは歯面の修整量であり、ΔPは線荷重P及び線荷重PlEVENの差であり、Rは転がりピッチ点における歯面の相対曲率半径であり、Rは区分点における歯面の相対曲率半径であり、Θは歯の材料定数である。
【0053】
図4には、はすば歯車の基準歯面と修整歯面について、許容接触応力P0MAXを200[Kgf/mm]と仮設したときの、接触線に作用する荷重(線荷重の総和)と接触応力(ヘルツ応力)の分布の特質を示す。図4において、Aは基準歯形に歯面全体として荷重Fを負荷したときの接触応力分布を示し、Bは基準歯面において、最大接触応力を許容接触応力P0MAXまで減らすために、歯面全体の荷重をFよりも低い荷重FLとしたときの接触応力分布を示し、Cは接触応力分布が全体的に許容接触応力P0MAX以下の分布となるように歯面を修整し、修整歯面全体に基準歯面と同じ荷重Fを負荷したときの接触応力分布を示す。
【0054】
試算の一例であるが、歯面全体に線荷重の総和(2162[Kgf])を負荷した接触応力分布Aでは、最大接触応力(229[Kgf/mm])は仮定した許容接触応力P0MAX(200[Kgf/mm])よりも大きい。最大接触応力を200[Kgf/mm]よりも小さい値とするためには、歯面全体の線荷重総和を減らす必要があり、線荷重総和を1609[Kgf/mm]まで減らし、最大接触応力を197[Kgf/mm]まで減らした場合の接触応力分布が接触応力分布Bである。
【0055】
歯面修整量を調整し、線荷重の総和が接触応力分布Aの場合と同じ値(2162[Kgf])となり、しかも、最大接触応力が接触応力分布Bと同じ値(197[Kgf/mm])となる様に設計した場合の接触応力分布が接触応力分布Cである。
【0056】
接触応力分布Bと接触応力分布Cを対比すると、最大接触応力はほぼ同じ値(197[Kgf/mm])であり、線荷重の総和について、無修整の歯面(接触応力分布B)では1609[Kgf]、修整歯面(接触応力分布C)では2162[Kgf]であり、歯面修整により大きく負荷能力が向上していることが分かる。
【0057】
歯車歯面では、加工誤差や軸間距離誤差に対処するために「歯当たり」歯面修整が一般的に行われる。本発明の「面圧」歯面修整は、「歯当たり」歯面修整などの歯面修整と併用されることは当然のことと考えている。図5には、本実施形態である「面圧」歯面修整に加えて、「歯当たり」歯面修整も行ったときの接触応力分布の試算結果の一例を示す。図5において、下側の図は歯面修整を行う前の歯形における相対曲率半径と接触応力分布を示し、上側の図は歯面修整を行った歯形における修整曲線と接触応力分布を示す。図5に示すように歯面修整を行うことにより、接触線上における接触応力を許容接触応力P0MAXに沿って分布させることができるとともに、歯面に対する負荷能力(線荷重の総和)を向上させることができる。
【0058】
図4の例では、歯面修整曲線は、歯丈の中央領域において、歯面修整量の分布が凸形状となる型の歯面修整曲線(以下、「第1歯面修整曲線」という)であるが、歯形の特徴に応じて様々な歯面修整曲線を設定することができる。具体的には、凸形状の型の第1歯面修整曲線の他に、歯面修整量の分布が歯丈方向に対して傾いた型の歯面修整曲線(以下、「第2歯面修整曲線」という)を設定することができる。第2歯面修整曲線では、歯面修整量が歯元から歯先に向かって連続的に増加したり、あるいは歯面修整量が歯先から歯元に向かって連続的に増加したりする。さらに、図5の例の修整曲線のように、第1歯面修整曲線及び第2歯面修整曲線を加算した型の歯面修整曲線(「第3歯面修整曲線」という)を設定することもできる。
図1
図2
図3
図4
図5