(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024178133
(43)【公開日】2024-12-24
(54)【発明の名称】FSW接合体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B23K 20/12 20060101AFI20241217BHJP
【FI】
B23K20/12 310
B23K20/12 360
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024093073
(22)【出願日】2024-06-07
(31)【優先権主張番号】P 2023096489
(32)【優先日】2023-06-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(71)【出願人】
【識別番号】000004064
【氏名又は名称】日本碍子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113365
【弁理士】
【氏名又は名称】高村 雅晴
(74)【代理人】
【識別番号】100209336
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 悠
(74)【代理人】
【識別番号】100218800
【弁理士】
【氏名又は名称】河内 亮
(72)【発明者】
【氏名】早坂 健宏
(72)【発明者】
【氏名】青山 光太
(72)【発明者】
【氏名】社本 英二
(72)【発明者】
【氏名】鈴置 海偉
(72)【発明者】
【氏名】石川 貴浩
(72)【発明者】
【氏名】石原 敏明
【テーマコード(参考)】
4E167
【Fターム(参考)】
4E167AA06
4E167AA08
4E167AA10
4E167AA12
4E167AA13
4E167AA14
4E167AC04
4E167BG04
4E167BG12
4E167BG13
4E167BG15
4E167BG25
4E167CC01
4E167CC04
4E167CC08
(57)【要約】
【課題】溶体化時効処理に付された際に接合部での破損を回避でき、溶体化時効処理後に母材並みの強度を実現可能なFSW接合体を提供する。
【解決手段】複数の金属部材が摩擦攪拌接合(FSW)により互いに接合されたFSW接合体であって、FSW接合体の内部において、FSW後に残留しうる酸化物が層状に残留することなく分散又は分断されている、FSW接合体。
【選択図】
図9B
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の金属部材が摩擦攪拌接合(FSW)により互いに接合されたFSW接合体であって、前記FSW接合体の内部において、FSW後に残留しうる酸化物が層状に残留することなく分散又は分断されている、FSW接合体。
【請求項2】
前記複数の金属部材が、接合界面に空隙を残さない状態で互いに接合されている、請求項1に記載のFSW接合体。
【請求項3】
前記FSW接合体が、溶体化時効処理に付されるべきものである、請求項1に記載のFSW接合体。
【請求項4】
前記複数の金属部材の各々が、時効硬化性合金で構成される、請求項1に記載のFSW接合体。
【請求項5】
前記時効硬化性合金が、時効硬化性銅合金及び/又は時効硬化性アルミニウム合金である、請求項4に記載のFSW接合体。
【請求項6】
溶体化時効処理に付されても、前記金属部材の接合部の破損が起こらず、前記接合部が前記金属部材の母材強度と同等又はそれ以上の強度を有する、請求項1~5のいずれか一項に記載のFSW接合体。
【請求項7】
前記金属部材が、ベリリウム銅25合金(JIS H 3130及びJIS H 3270のC1720)で構成され、溶体化時効処理に付された場合における前記金属部材の接合部及び母材の引張強度が1100MPa以上である、請求項6に記載のFSW接合体。
【請求項8】
前記金属部材が、ベリリウム銅11合金(JIS H 3130のC1751)で構成され、溶体化時効処理に付された場合における前記金属部材の接合部及び母材の引張強度が690MPa以上である、請求項6に記載のFSW接合体。
【請求項9】
前記金属部材が、超々ジュラルミン(JIS H 4000のA7075)で構成され、溶体化時効処理に付された場合における前記金属部材の接合部及び母材の引張強度が330MPa以上である、請求項6に記載のFSW接合体。
【請求項10】
前記金属部材が、超々ジュラルミン(JIS H 4000のA7075)で構成され、溶体化時効処理に付された場合における前記金属部材の接合部及び母材の引張強度が495MPa以上である、請求項6に記載のFSW接合体。
【請求項11】
前記FSW接合体の内部に冷却路としての内部空間を備えた、請求項1~5のいずれか一項に記載のFSW接合体。
【請求項12】
複数の金属部材が摩擦攪拌接合(FSW)により互いに接合されたFSW接合体の製造方法であって、
(a)金属部材上に別の金属部材を載置する工程と、
(b)前記別の金属部材及びその下の前記金属部材にツールを挿入してFSWを行うことで前記金属部材と別の金属部材を接合させる工程であって、前記FSWが酸化物を層状に残留させることなく分散又は分断させるように行われる工程と、
(c)前記FSWにより接合された金属部材の表面を切削加工により除去して、加工面を形成する工程と、
(d)前記工程(a)、(b)及び(c)を繰り返してFSW接合体を製造する工程であって、前記工程(a)が別の金属部材が前記加工面に載置されるように行われる、工程と、
(e)前記FSW接合体に溶体化時効処理を施す工程と、
を含む、FSW接合体の製造方法。
【請求項13】
前記金属部材の各々が、時効硬化性合金で構成される、請求項12に記載のFSW接合体の製造方法。
【請求項14】
前記時効硬化性合金が、時効硬化性銅合金及び/又は時効硬化性アルミニウム合金である、請求項13に記載のFSW接合体の製造方法。
【請求項15】
前記溶体化時効処理において、前記金属部材の接合部の破損が起こらず、前記溶体化時効処理後の前記接合部が前記金属部材の母材強度と同等又はそれ以上の強度を有する、請求項12~14のいずれか一項に記載のFSW接合体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、FSW接合体及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
摩擦攪拌接合(Friction Stir Welding(以下、FSWという))という部材の接合法が知られている。FSWにおいては、
図1に示されるように、シャンク4の先端に突起状のプローブ6を有する円筒状のツール2を回転させながら強い力で押し付けることで、接合されるべき金属部材10(母材)の接合部10aにプローブ6を挿入させ、これによって摩擦熱を発生させて母材を軟化させる。同時に、ツール2の回転力によって母材の接合部周辺を塑性流動させて練り混ぜることで複数の金属部材10を一体化させながら、ツール2を所定の接合方向へと移動させる。こうして複数の金属部材10が接合されたFSW接合体が得られる。
【0003】
また、FSWを用いて積層構造物を形成する積層造形方法が知られている。例えば、特許文献1(特許第6587028号公報)には、 金属板材の積層接合体上への配置(第1工程)、 金属板材及び積層接合体の加熱及び接合(第2工程)、積層接合体に接合された一層又は複数層の金属板材の加工による積層接合体の形成(第3工程)を含み、第3工程で形成される積層接合体が積層構造物となるまで第1工程から第3工程を繰り返す積層造形方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【0005】
しかしながら、FSWを用いた積層造形方法により積層構造物(FSW接合体)として金型の製作を試みたところ、溶体化時効処理に付された際に接合部に沿って破損が生起しうることが判明した。
【0006】
本発明者らは、今般、FSW接合体の内部において、FSW後に残留しうる酸化物が層状に残留することなく分散又は分断されているようにすることで、溶体化時効処理に付された際に接合部での破損を回避でき、溶体化時効処理後に母材並みの強度を実現可能なFSW接合体を提供できることを見出した。
【0007】
したがって、本発明の目的は、溶体化時効処理に付された際に接合部での破損を回避でき、溶体化時効処理後に母材並みの強度を実現可能なFSW接合体を提供することにある。また、本発明のもう1つの目的は、そのように接合部での破損を生じさせることなく母材並みの強度が実現されたFSW接合体を製造する方法を提供することにある。
【0008】
本発明によれば、以下の態様が提供される。
[態様1]
複数の金属部材が摩擦攪拌接合(FSW)により互いに接合されたFSW接合体であって、前記FSW接合体の内部において、FSW後に残留しうる酸化物が層状に残留することなく分散又は分断されている、FSW接合体。
[態様2]
前記複数の金属部材が、接合界面に空隙を残さない状態で互いに接合されている、態様1に記載のFSW接合体。
[態様3]
前記FSW接合体が、溶体化時効処理に付されるべきものである、態様1又は2に記載のFSW接合体。
[態様4]
前記複数の金属部材の各々が、時効硬化性合金で構成される、態様1~3のいずれか一つに記載のFSW接合体。
[態様5]
前記時効硬化性合金が、時効硬化性銅合金及び/又は時効硬化性アルミニウム合金である、態様4に記載のFSW接合体。
[態様6]
溶体化時効処理に付されても、前記金属部材の接合部の破損が起こらず、前記接合部が前記金属部材の母材強度と同等又はそれ以上の強度を有する、態様1~5のいずれか一つに記載のFSW接合体。
[態様7]
前記金属部材が、ベリリウム銅25合金(JIS H 3130及びJIS H 3270のC1720)で構成され、溶体化時効処理に付された場合における前記金属部材の接合部及び母材の引張強度が1100MPa以上である、態様1~6のいずれか一つに記載のFSW接合体。
[態様8]
前記金属部材が、ベリリウム銅11合金(JIS H 3130のC1751)で構成され、溶体化時効処理に付された場合における前記金属部材の接合部及び母材の引張強度が690MPa以上である、態様1~6のいずれか一つに記載のFSW接合体。
[態様9]
前記金属部材が、超々ジュラルミン(JIS H 4000のA7075)で構成され、溶体化時効処理に付された場合における前記金属部材の接合部及び母材の引張強度が330MPa以上である、態様1~6のいずれか一つに記載のFSW接合体。
[態様10]
前記金属部材が、超々ジュラルミン(JIS H 4000のA7075)で構成され、溶体化時効処理に付された場合における前記金属部材の接合部及び母材の引張強度が495MPa以上である、態様1~6のいずれか一つに記載のFSW接合体。
[態様11]
前記FSW接合体の内部に冷却路としての内部空間を備えた、態様1~10のいずれか一つに記載のFSW接合体。
[態様12]
複数の金属部材が摩擦攪拌接合(FSW)により互いに接合されたFSW接合体の製造方法であって、
(a)金属部材上に別の金属部材を載置する工程と、
(b)前記別の金属部材及びその下の前記金属部材にツールを挿入してFSWを行うことで前記金属部材と別の金属部材を接合させる工程であって、前記FSWが酸化物を層状に残留させることなく分散又は分断させるように行われる工程と、
(c)前記FSWにより接合された金属部材の表面を切削加工により除去して、加工面を形成する工程と、
(d)前記工程(a)、(b)及び(c)を繰り返してFSW接合体を製造する工程であって、前記工程(a)が別の金属部材が前記加工面に載置されるように行われる、工程と、
(e)前記FSW接合体に溶体化時効処理を施す工程と、
を含む、FSW接合体の製造方法。
[態様13]
前記金属部材の各々が、時効硬化性合金で構成される、態様12に記載のFSW接合体の製造方法。
[態様14]
前記時効硬化性合金が、時効硬化性銅合金及び/又は時効硬化性アルミニウム合金である、態様13に記載のFSW接合体の製造方法。
[態様15]
前記溶体化時効処理において、前記金属部材の接合部の破損が起こらず、前記溶体化時効処理後の前記接合部が前記金属部材の母材強度と同等又はそれ以上の強度を有する、態様12~14のいずれか一つに記載のFSW接合体の製造方法。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】FSWを概念的に説明するための斜視図である。
【
図2】実施例で用いたFSW接合装置の写真である。
【
図3】実施例で用いたFSWツールの形状及び寸法を説明するための模式図である。
【
図4】実施例で用いた、ホルダに固定されたFSWツールの写真である。
【
図5A】
図4に示されるFSWツールを横から撮影した拡大写真である。
【
図5B】
図4に示されるFSWツールを下から撮影した拡大写真である。
【
図6】実施例におけるFSWを説明するための上面図及び斜視図である。
【
図7】実施例におけるFSW接合体及びそこから採取される試験片の方位を説明するための模式図である。
【
図8A】例A2(比較例)で作製されたベリリウム銅FSW接合体に対して得られた断面SEM像(COMPO像)を示す。図中、矢印は接合部10aを指している(以下同様)。
【
図8B】
図8AのSEM像に対応する領域について測定された例A2のEPMA酸素マッピング像を示す。
【
図9A】例A8(実施例)で作製されたベリリウム銅FSW接合体に対して得られた断面SEM像(COMPO像)を示す。
【
図9B】
図9AのSEM像に対応する領域について測定された例A8のEPMA酸素マッピング像を示す。
【
図10A】例B1(比較例)で作製された超々ジュラルミンFSW接合体に対して得られた断面SEM像(COMPO像)を示す。
【
図10B】
図10AのSEM像に対応する領域について測定された例B1のEPMA酸素マッピング像を示す。
【
図11A】例B6(実施例)で作製された超々ジュラルミンFSW接合体に対して得られた断面SEM像(COMPO像)を示す。
【
図11B】
図11AのSEM像に対応する領域について測定された例B6のEPMA酸素マッピング像を示す。
【
図12A】例C1(比較例)で作製されたベリリウム銅FSW接合体に対して得られた断面SEM像(COMPO像)を示す。
【
図12B】
図12AのSEM像に対応する領域について測定された例C1のEPMA酸素マッピング像を示す。
【
図13A】例C2(実施例)で作製されたベリリウム銅FSW接合体に対して得られた断面SEM像(COMPO像)を示す。
【
図13B】
図13AのSEM像に対応する領域について測定された例C2のEPMA酸素マッピング像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
FSW接合体
本発明のFSW接合体は、複数の金属部材が摩擦攪拌接合(FSW)により互いに接合されたものである。このFSW接合体は、このFSW接合体の内部において、FSW後に残留しうる酸化物が層状に残留することなく分散又は分断されているものである。こうすることで、溶体化時効処理に付された際に接合部での破損を回避でき、溶体化時効処理後に母材並みの強度を実現することができる。なお、本明細書において「酸化物が層状に残留することなく」とは、FSW接合体の接合部を含む研磨断面に対して後述する実施例に記載されるようにEPMAによる元素分析を行って酸素マッピング像を取得した場合に、EPMA酸素マッピング像において、接合部に対応する位置に、周囲より局所的に高い酸素濃度を示す画素が長さ10μm以上の筋状の線として観察されないことを意味する。
【0011】
すなわち、前述したとおり、FSWを用いた積層造形方法により積層構造物(FSW接合体)である金型の製作を試みたところ、溶体化時効処理に付された際に接合部に沿って破損が生起しうることが判明した。具体的には、FSWにより積層構造物として作製された金型を溶体化(780℃で3時間保持した後に水冷)した後、時効処理(315℃で3時間保持後に炉冷)したところ、部材同士の接合部(積層面)に沿って割れが発生する事例が生じた。分析の結果、接合部に沿って層状の酸化被膜が残留しており(これはミクロ組織において黒筋として観察される)、この酸化被膜が起点となり、この層に沿って破壊が起こっていることが明らかになった。この層は、FSWの際に過熱状態となった表面で形成された酸化被膜及び/又は部材表面にもともと存在していた酸化被膜がFSW時に分断して接合部に層状に練り込まれたものであって、時効硬化性合金だけでなく非時効硬化性合金においても同様の層が観察される。ただし、非時効硬化性合金においては本例のようなこの層に沿った破壊が報告された例はなく、また本発明者らの実験においても時効硬化性合金のFSW時(すなわち溶体化処理前)においてはこの破壊は確認されなかった。本例のように溶体化時効処理した際にこの層に沿って亀裂が確認される事象について、この層の結合力は(母材よりは弱いとはいえ)FSWによって接合体内に生じる応力によって亀裂を発生させたり進展させたりするほど弱いものではないものの、溶体化時の熱衝撃や時効時に生ずる結晶の歪に伴う内部応力によっては亀裂発生や進展の原因となりうるものと判断された。このように、本発明者らは、溶体化時効時に破損が生起する部位には、部材表面に予め存在した及び/又は接合時の昇温によりに形成された酸化被膜が層状に分布しており、この層状の酸化被膜に沿って破損が生起することを突き止めた。この問題に対し、本発明においては、酸化物を層状に残留させることなく分散又は分断させるようにFSWを行うことで、溶体化時効後にも破損が生起せず、母材並みの強度を有するFSW接合体を提供することができる。この点、FSW時における非接合部材表面の加熱により発生する酸化被膜及び/又は部材表面にもともと存在する酸化被膜の残留と、FSWにおける当該部材内への当該酸化被膜の練り込みは不可避ではあるが、FSW条件を調整することで(そうでなければ接合部に沿って黒筋状に残留したであろう)酸化被膜が接合部の上下方向に移動している事例が散見された。このように、接合条件の選定により黒筋状に残留しうる酸化被膜を分断又は分散させることができ、それにより溶体化時効時の接合部の破損を回避することができる。
【0012】
FSW接合体は、非時効性合金及び時効硬化性合金のいずれを用いても製造することができる。特に、時効硬化性合金は、溶体化処理及び時効処理を経ることで、所望の調質特性(例えば高強度)を得て、適用する機器の高性能化を期待することができる。したがって、本発明によるFSW接合体は、溶体化時効処理に付されても、金属部材の接合部の破損が起こらず、接合部が金属部材の母材強度と同等又はそれ以上の強度を有するのが好ましい。溶体化時効処理については、後述する製造方法において説明する。
【0013】
本発明によるFSW接合体は、本発明技術により接合強度の弱い酸化物残留層を分断又は分散させることで、時効硬化性合金(例えば時効硬化性銅合金及び/又は時効硬化性アルミニウム合金)を用いる場合において、溶体化処理及び時効処理を経た後においても接合部において亀裂を生じることがない。したがって、FSW接合体は、複数の金属部材の各々が、時効硬化性合金(例えば時効硬化性銅合金及び/又は時効硬化性アルミニウム合金)で構成されるのが好ましい。時効硬化性銅合金の例としては、CuBe系合金、CuNiSn系合金、CuNiSi系合金、TiCu系合金、CrCu系合金、CrZrCu系合金、及びそれらの組合せが挙げられる。それらの具体例としては、C1720、C1700、C1751等のベリリウム銅合金並びにこれらの組合せが挙げられる。また、時効硬化性アルミニウム合金の例としては、A2000系、A6000系及びA7000系のアルミニウム合金並びにそれらの組合せが挙げられる。
【0014】
本発明の好ましい態様において、金属部材は、ベリリウム銅25合金(JIS H 3130及びJIS H 3270のC1720の板材若しくは棒材、又はC1720と同一の化学組成の鍛造材)で構成されうる。ベリリウム銅25合金は、時効硬化性銅合金中、最も高い引張強度が得られる点で有利である。この態様においては、溶体化時効処理に付された場合における、FSW接合体を構成する金属部材(ベリリウム銅25合金)の接合部及び母材の引張強度が1100MPa以上であるのが好ましく、より好ましくは1130MPa以上である。FSW接合体の母材及び接合部の引張強度は、接合部が試験片の長手方向中央に存在するように
図7に示される形状及び寸法(図中の単位:mm)の試験片(ASTM E8 Specimen 4に準拠)を作製し、当該試験片に対してASTM E8に準じた手順で引張試験を行うことにより測定することができる。
【0015】
本発明の別の好ましい態様によれば、金属部材は、ベリリウム銅11合金(JIS H 3130のC1751の板材、又はC1751と同一の化学組成の棒材若しくは鍛造材)で構成されうる。ベリリウム銅11合金は、溶体化時効処理に付された場合に、母材が少なくとも230W/mKの高い熱伝導率及び少なくとも690MPa以上の引張強度を呈する点で、とりわけ金型材料への適用を想定する上で有利である。この態様においては、溶体化時効処理に付された場合における、FSW接合体を構成する金属部材の接合部及び母材の引張強度が690MPa以上であるのが好ましく、より好ましくは760MPa以上である。FSW接合体の母材及び接合部の引張強度測定方法については上述したとおりである。
【0016】
本発明の更に別の好ましい態様によれば、金属部材は、超々ジュラルミン(JIS H 4000のA7075)で構成されうる。超々ジュラルミンは、アルミニウム合金の中でも特に高い引張強度を有する点で有利である。この態様においては、溶体化時効処理に付された場合における、FSW接合体を構成する金属部材の接合部及び母材の引張強度が330MPa以上であるのが好ましく、より好ましくは495MPa以上である。FSW接合体の母材及び接合部の引張強度測定方法については上述したとおりである。
【0017】
上述のとおり、FSW接合体は、複数の金属部材がFSWにより互いに接合されたものである。FSW接合体に用いられる金属部材の形状は特に限定されないが、金属板を用いるのが好ましい。FSW接合体に用いられる金属部材(好ましくは金属板)の数は2以上であれば特に限定されず、10以上、50以上、又は100以上であってもよい。製造しようとする所定の形状及び寸法のFSW接合体を得るのに必要な数とすればよい。FSWを用いた積層造形方法においては、FSW接合を繰り返すことで何層でも積層できるためである。
【0018】
複数の金属部材は、接合界面に空隙を残さない状態で互いに接合されているのが好ましい。接合界面に空隙が存在しないことで、溶体化時効処理に付された場合における、FSW接合体を構成する金属部材の接合部及び母材の引張強度を有意に高くすることができる。接合界面における空隙の存否は、FSW接合体を接合面に対して垂直に切断し、JIS Z 2343-1「非破壊試験―浸透探傷試験」に記載の染色浸透探傷試験により評価することができる。
【0019】
FSW接合体は、その内部に冷却路としての内部空間を備えたものであるのが好ましい。内部に冷却路としての内部空間を備えたFSW接合体は、複雑な内部構造となりうるため、FSWを用いた積層造形により作製するのが適しているといえる。実際、本発明者らは、本発明によるFSW接合を利用して、多数の薄板の積層構造物(FSW接合体)の内部に複雑な水路を有する時効硬化性銅合金(ベリリウム銅25合金)製の高性能金型の製作を試み、欠陥の無い内部冷却水管を有する積層造形体の作製に成功している。
【0020】
製造方法
本発明によるFSW接合体の好ましい製造方法を以下に説明する。この製造方法においては、まず、(a)金属部材上に別の金属部材を載置する(工程(a))。次に、(b)別の金属部材及びその下の金属部材にツールを挿入してFSWを行うことで金属部材と別の金属部材を接合させる(工程(b))。このとき、酸化物を層状に残留させることなく分散又は分断させるようにFSWを行う。(c)こうしてFSWにより接合された金属部材の表面を切削加工により除去し、加工面(接合面)を形成する(工程(c))。このとき、切削加工により、FSW接合体の内部構造ないし内部空間を形成するための形状(穴、凹部、凸部等)及び/又は外周の形状を金属部材10に付与してもよい。さらに、(d)上記工程(a)、(b)及び(c)を繰り返してFSW接合体を製造する(工程(d))。このとき、工程(a)が、別の金属部材が上記加工面に載置されるように行われる。最後に、(e)こうして得られたFSW接合体に溶体化時効処理を施す(工程(e))。
【0021】
(a)金属部材の積層
まず、
図1に示されるように、金属部材10上に別の金属部材10を載置する。金属部材10の各々は、前述したとおり、時効硬化性銅合金及び/又は時効硬化性アルミニウム合金で構成されるのが好ましい。最下段として配置される金属部材10の厚さは10mm以上が好ましく、より好ましくは20mm以上であり、上限は特に限定されない。すなわち、最下段として配置される金属部材10はプローブ6を貫通させる必要がないことから、必要に応じて適宜厚くすればよい。一方、最下段の金属部材10上に載置される別の金属部材10(すなわち2段目の金属部材)の厚さは、使用するプローブ6が貫通可能な厚さであれば特に限定されないが、好ましくは1.0~4.5mm、より好ましくは1.5~3.0mmである。
【0022】
(b)摩擦攪拌接合(FSW)
次に、
図1に示されるように、別の金属部材10及びその下の金属部材10にツール2(特にその先端のプローブ6)を挿入してFSWを行うことで、金属部材10と別の金属部材10を接合させる。このとき、酸化物を層状に残留させることなく分散又は分断させるようにFSWを行う。こうすることで、FSW接合体を溶体化時効処理に付した際に、接合部での破損を回避して母材並みの強度を実現することができる。
【0023】
ツール2は、
図3及び4に示されるように、円筒状のシャンク4と、シャンク4の先端に設けられプローブ6とを備える。プローブ6は金属部材10に挿入されるための先端部であり、シャンク4よりも小さい直径を有する。また、プローブ6は先端に向かって直径が連続的に小さくなるように構成されるのが好ましい。プローブ6の先端部直径φaは、1.5~7.0mmが好ましく、より好ましくは2.0~4.5mmである。プローブ6の根元部直径φbは、2.0~9.0mmが好ましく、より好ましくは3.0~6.0mmである。プローブ6の長さcは、1.0~5.5mmが好ましく、より好ましくは1.5~3.5mmである。シャンク4(ショルダー)の直径φdは、5.0~25mmが好ましく、より好ましくは6.0~18mmである。プローブ6は溝8を有するのが好ましく、溝8の角度(プローブ6の中心軸に対して垂直な面に対して溝8が成す角度)は、2.0~6.5°が好ましく、より好ましくは2.5~5.0°である。溝8の深さeは0.1~0.6mmが好ましく、より好ましくは0.2~0.4mmである。溝8のピッチf(隣り合う溝8同士の間隔)は、0.2~1.2mmが好ましく、より好ましくは0.3~1.0mmである。
【0024】
FSWにおいては、
図1に示されるように、ツール2を回転させながら金属部材10(母材)の接合部10aにプローブ6を挿入させ、さらにシャンク4の底面(ショルダー)を若干押し込み、これによって摩擦熱を発生させて母材を軟化させる一方、ツール2の回転力によって金属部材10(母材)の接合部周辺を塑性流動させて練り混ぜることで複数の金属部材10を一体化させながら、ツール2を所定の接合方向へと移動させる。このとき、ツール2の回転速度は、500~2000min
-1が好ましく、より好ましくは700~1800min
-1である。ツール2の金属部材10への挿入深さは1.5~5.0mmが好ましく、より好ましくは2.0~3.5mmである。ツール2の接合速度(すなわちツール2の水平方向の移動速度)は100~800mm/minが好ましく、より好ましくは100~600mm/minである。また、FSWは、酸化物を層状に残留させることなく分散又は分断できるかぎり、金属部材10の同一箇所に対して1回のみの実施でもよいが、同一箇所に対してFSWを2回又はそれ以上行うことで酸化物をより効果的に分散又は分断することができ、層状の酸化被膜の残留をより効果的に無くすことができる。
【0025】
(c)積層上面の切削加工
FSWにより接合された金属部材10(プローブ6が挿入された側)はFSWにより表面が荒れ、酸化被膜も生じている。このため、当該表面を切削加工によって除去して、加工面(接合面)を作製する。この加工面は、平坦性及び清浄度が改善された(すなわちより平滑かつより清浄な)面であるのが好ましい。切削はフライス加工により好適に行うことができる。切削加工によって除去される表面の厚さ(すなわち切削深さ)は、加工面の平坦性を確保できるように金属部材10の一方の表面(プローブ6が挿入された側)を全面にわたって除去できる程度であれば特に限定されないが、好ましくは0.1~1.0mmである。また、切削加工は、フライス加工に限定されず、切削加工後に所望の平坦性及び清浄度が確保できる平削りや平面研削加工等の他の手法であってもよい。この工程(c)では、切削加工により、FSW接合体の内部構造ないし内部空間を形成するための形状(穴、凹部、凸部等)及び/又は外周の形状を金属部材10に付与してもよい。すなわち、載置された別の金属部材10の不要部分(すなわち積層構造物として残すべき部分以外の部分)除去することで(特許文献1を参照)、後続の工程(d)(すなわち、工程(a)~(c)の繰り返し)を経て所望の形状の積層構造物を作製することができる。
【0026】
(d)工程(a)~(c)の繰り返し
上述した工程(a)、(b)及び(c)を繰り返してFSW接合体12を製造する。このとき、工程(a)が、別の金属部材10が上述した加工面に載置されるように行われる。この加工面は好ましくは平坦性及び清浄度が改善されているため、新たに載置される金属部材10と、FSWにより接合された最上層の金属部材10とを、極めて望ましい状態でFSWにより接合することができる。これにより積層造形を望ましく行うことができ、積層構造物としてのFSW接合体12を得ることができる。この工程で更に載置される別の金属部材10(すなわち3段目以降の金属部材)は、2段目の金属部材と同じ材質及び/厚さの金属部材であるのが典型的であるが、異なる材質及び/又は厚さの金属部材であってもよい。いずれにしても、ここで積層される金属部材10も、前述したとおり、時効硬化性合金(例えば時効硬化性銅合金及び/又は時効硬化性アルミニウム合金)で構成されるのが好ましく、また、その厚さも、前述したとおり使用するプローブ6が貫通可能な厚さであれば特に限定されず、好ましくは1.0~4.5mm、より好ましくは1.5~3.0mmである。工程(a)、(b)及び(c)の繰り返し回数は1回以上であれば特に限定されず、10回以上、50回以上、又は100回以上であってもよい。
【0027】
(e)溶体化時効処理
得られたFSW接合体に溶体化時効処理を施す。時効硬化性合金は、溶体化処理及び時効処理を経ることで、所望の調質特性(例えば高強度)を呈することができる。そして、上述した本発明のFSW接合体であれば、溶体化時効処理においても、金属部材の接合部の破損が起こらず、溶体化時効処理後の接合部が金属部材の母材強度と同等又はそれ以上の強度を有することができる。溶体化時効処理は、(d1)FSW接合体に溶体化処理を施した後、(d2)時効処理を施すことにより行われる。
【0028】
(e1)溶体化処理
FSW接合体には溶体化処理が施される。溶体化処理は使用する金属部材の材質に応じた公知の条件で行えばよい。例えば、FSW接合体が、時効硬化性銅合金、特にJIS H 3130又はJIS H 3270に規定されるC1720製の場合、この溶体化処理は、FSW接合体を700~830℃の温度で1~180分間、大気炉、非酸化雰囲気炉、塩浴炉等の炉で加熱した後、水冷することにより行うのが好ましい。溶体化処理温度は、好ましくは700~830℃であり、より好ましくは740~800℃である。上記溶体化処理温度での実質保持時間は、好ましくは1~180分であり、より好ましくは5~90分、さらに好ましくは5~30分である。これら溶体化温度は合金組成により適正域が異なるため、状態図や技術文献を参考として最適値を選択するのが望ましい。なお、溶体化処理温度での実質保持時間の適性時間は上記と大きく異なることはない。
【0029】
一方、FSW接合体が時効硬化性アルミニウム合金、特にJIS H 4040で規定されるA7075製の場合、この溶解化処理は、FSW接合体を460~500℃の温度で10~300分間、大気炉、非酸化雰囲気炉、塩浴炉等の炉で加熱した後、水冷することにより行うのが好ましい。溶体化処理温度は、接合体の厚さにより多少適正域が異なるが、好ましくは460~500℃であり、より好ましくは460~475℃である。上記溶体化処理温度での実質保持時間は、例えば、接合体厚さが50mmのものであれば120~190分、接合体厚さが75mmのものであれば150~220分、接合体厚さが100mmのものであれば180~280分である。これら溶体化温度は合金組成により適正域が異なるので状態図や技術文献を参考として最適値を選択するのが望ましい。
【0030】
(e2)時効処理
溶体化処理が施されたFSW接合体には時効処理が施される。時効処理は使用する金属部材の材質に応じた公知の条件で行えばよい。例えば、FSW接合体が時効硬化性銅合金、特にJIS H 3130又はJIS H 3270に規定されるC1720製の場合、この時効処理は、280~340℃で30~480分間行うのが好ましい。時効処理温度は好ましくは300~330℃であり、より好ましくは310~320℃である。上記時効処理温度での保持時間は、好ましくは30~480分、より好ましくは30~300分、さらに好ましくは60~240分、特に好ましくは90~180分である。時効処理は酸化抑止の観点から、1.0×10-1Torrより高い真空度(すなわち1.0×10-1Torrより低い圧力)、又は窒素等の非酸化雰囲気の炉内で行うことが好ましい。
【0031】
一方、FSW接合体が、時効硬化性アルミニウム合金、特にJIS H 4040で規定されるA7075製の場合、この時効処理は116~127℃で22~168時間で行うのが好ましく、より好ましくは116~127℃で22~48時間である。
【実施例0032】
本発明を以下の例によってさらに具体的に説明する。
【0033】
例A1~A13
(1)FSW接合体の作製
各例について以下の2種類の板を用意した。
・積層ベース(厚板):厚さ20mmのベリリウム銅25合金板(JIS H 3130のC1720-O)(最下段に1枚使用)
・積層材料(薄板):厚さ2.0mmのベリリウム銅25合金板(JIS H 3130のC1720-O)(最下段以外の各層に使用)
【0034】
一方、
図2に示されるようなFSW接合装置を用意した。この装置は、積層ベース及び積層材料が載置されるための台と、この台の上方に配置され上下方向及び水平方向に移動可能なFSWツールとを備えたものである。このとき、表1及び
図3に示される形状及び寸法のFSWツール(タイプB)を用いた。
図3にFSWツール2を示すとともに、
図4、5A及び5BにFSWツール2の写真を示す。
図3及び4に示されるように、FSWツール2は、シャンク4及びプローブ6から構成され、ホルダ1の下部に固定される。
【0035】
【0036】
図2に示されるように、FSW接合装置の台に積層ベース(厚板)を載置し、その上に積層材料(薄板)を載置した。表2に示されるツール形状、ツール回転速度、接合速度及び挿入深さ、並びに挿入速度:15mm/minの条件でFSWツールのプローブを薄板及びその下の厚板に挿入して、プローブ近傍の部分を攪拌しながら所定の経路で水平移動させることでFSWを行った。このとき、
図6に部分的に示されるようにFSWツール2を回転させながら一筆書きで等間隔(3.0mm)に離れた線を描くような経路Pで水平移動させる操作を行うことで、試験片を採取可能な領域Rを形成した。このFSWは、同一箇所について表2に示される回数(1回又は2回)行った。その後、接合した薄板の上面から厚さ0.3mm相当の部分を全面にわたって切削することで加工面(接合面)を形成し、結果的に厚さ1.7mmの合金層を積層した。得られた積層物の加工面に積層材料(薄板)を更に載置し、上記同様にしてFSW及び切削を行い、結果的に厚さ1.7mmの合金層を更に積層した。この積層を積層体の高さが80mmになるまで繰り返して
図7に示されるようなFSW接合体12を作製した。
【0037】
(2)溶体化時効処理
例A1~A13(ベリリウム銅25合金)においては、上記(1)で得られたFSW接合体を非酸化雰囲気炉中800℃で180分間保持した後、水冷することにより溶体化処理を行った。溶体化処理されたFSW接合体を3×10-2Torrの真空度の真空炉中320℃で3時間保持した後、炉冷することにより時効処理を行った。こうして、溶体化処理及び時効処理により調質されたFSW接合体を得た。
【0038】
(3)FSW接合体の評価
上記(1)又は(2)で得られたFSW接合体に対して以下の評価を行った。
【0039】
<接合界面における空隙の残留>
上記(1)で得られた溶体化時効処理前のFSW接合体を接合面に対して垂直に切断し、 JIS Z 2343-1「非破壊試験―浸透探傷試験」に記載の染色浸透探傷試験により接合界面の空隙の残留を評価した。その結果、例A1~A13の全てにおいて、接合部に空隙の残留は認められなかった。
【0040】
<酸化被膜の残留状態>
上記(1)で得られた溶体化時効処理前のFSW接合体の断面を切り出して鏡面研磨を行った後、Arイオンによるフラットイオンミリングを実施して観察断面を得た。得られた観察断面をSEM(走査型電子顕微鏡)で観察するとともに、当該断面に対してEPMA(電子プローブマイクロアナライザー、製品名:JXA-8530FPlus、日本電子株式会社製)による元素分析を加速電圧15kVの測定条件で行い酸素マッピングを得た。得られた断面SEM像と酸素マッピング像を照らし合わせることで酸化被膜の残留状態を以下の基準で評価した。なお、以下の評価において「層状の酸化被膜の残留」は周囲より局所的に高い酸素濃度を示す画素が長さ10μm以上の筋状の線として観察されることを意味する。
(評価基準)
‐評価A:接合部に層状の酸化被膜の残留は認められなかった。
‐評価B:接合部に一部層状の酸化被膜の残留が認められた。
‐評価C:接合部に連続した層状の酸化被膜の残留が認められた。
【0041】
評価結果は表2に示されるとおりであった。
図8A及び8Bに、例A2(比較例)で得られた断面SEM像及びそれに対応する領域の酸素マッピング像をそれぞれ示す一方、
図9A及び9Bに例A8(実施例)で得られた断面SEM像及びそれに対応する領域の酸素マッピング像をそれぞれ示す。これらの図において、図中、矢印は接合部10aを指している。比較例である例A2について、
図8Aでは、接合部10aに黒筋の線が観察され、
図8Bの酸素マッピングに示される同じ位置の高酸素濃度の筋状の線と照合することで、接合部10aにある黒筋の線は酸化被膜であること、すなわち連続した層状の酸化被膜が残留することが確認された。一方、実施例である例A8について、
図9Aでは、接合部10aに黒筋の線が観察されず、
図9Bの酸素マッピングにおいても高酸素濃度の筋状の線が見られないことから、接合部10aには層状の酸化被膜が残留していない(すなわち酸化物が分散又は分断されている)ことが確認された。
【0042】
<溶体化時効後の引張強度>
図7に示されるように、上記(2)で得られた溶体化時効処理後のFSW接合体12から金属部材10(薄板)同士の接合部10a(接合面)に対して垂直に棒状の試験片Sを切り出し、
図7に示される形状及び寸法(図中の単位:mm)に加工した。こうして、接合部10aが試験片Sの並行部(試験片Sの中央部における同一の断面寸法を有する部分)及び一方のつかみ部に存在する、ASTM E8 Specimen4に準拠した試験片Sを得た。得られた試験片Sにおける接合部の破損の有無を確認した。この試験片Sに対してASTM E8に準拠して引張試験を室温で行い、引張強度(接合強度)を測定し、以下の基準に従って評価した。結果は表2に示されるとおりであった。
(評価基準)
‐評価A:試験片に接合部の破損が観察されず、引張試験において全ての接合部がベリリウム銅25合金の母材引張強度(規格値1100MPa)以上の引張強度を示した。
‐評価C:試験片に接合部の破損が観察され、引張試験においていずれかの接合層がベリリウム銅25合金の母材引張強度(規格値1100MPa)未満で破断した。
【0043】
表2に示される結果から分かるように、接合部に層状の酸化被膜の残留が認められた例A1~A5、A12及びA13においては、溶体化時効の際に接合部の破損が起こった結果、引張試験においていずれかの接合部が母材引張強度よりも劣る引張強度を示した。これに対し、接合部に層状の酸化被膜の残留は認められなかった例A6~A11においては、溶体化時効後においても接合部の破損が起こらず、引張試験において全ての接合部が母材引張強度と同等又はそれ以上の引張強度を示した。
【表2】
【0044】
例B1~B6
(1)FSW接合体の作製
各例について以下の2種類の板を用意した。
・積層ベース(厚板):厚さ20mmの超々ジュラルミン板(JIS H 4000のA7075)(最下段に使用)、
・積層材料(薄板):厚さ2.0mmの超々ジュラルミン板(JIS H 4000のA7075)(最下段以外の各層に使用)
【0045】
一方、
図2に示されるようなFSW接合装置を用意した。この装置は、積層ベース及び積層材料が載置されるための台と、この台の上方に配置され上下方向及び水平方向に移動可能なFSWツールとを備えたものである。このとき、表3及び
図3に示される形状及び寸法の2種類のFSWツール(タイプA及びB)を用意し、表4に示されるように各例においていずれかを選択して用いた。
図3にFSWツール2を模式的に示すとともに、
図4、5A及び5BにFSWツール2の写真を示す。
図3及び4に示されるように、FSWツール2は、シャンク4及びプローブ6から構成され、ホルダ1の下部に固定される。
【0046】
【0047】
図2に示されるように、FSW接合装置の台に積層ベース(厚板)を載置し、その上に積層材料(薄板)を載置した。表4に示されるツール形状、ツール回転速度、接合速度及び挿入深さ、並びに挿入速度:15mm/minの条件でFSWツールのプローブを薄板及びその下の厚板に挿入して、プローブ近傍の部分を攪拌しながら所定の経路で水平移動させることでFSWを行った。このとき、
図6に部分的に示されるようにFSWツール2を回転させながら一筆書きで等間隔(3.0mm)に離れた線を描くような経路Pで水平移動させる操作を行うことで、試験片を採取可能な領域Rを形成した。このFSWは、同一箇所について表4に示される回数(1回又は2回)行った。その後、接合した薄板の上面から厚さ0.3mm相当の部分を全面にわたって切削することで、結果的に厚さ1.7mmの合金層を積層した。得られた積層物に積層材料(薄板)を更に載置し、上記同様にしてFSW及び切削を行い、結果的に厚さ1.7mmの合金層を更に積層した。この積層を積層体の高さが75mmになるまで繰り返して
図7に示されるようなFSW接合体12を作製した。
【0048】
(2)溶体化時効処理
上記(1)で得られたFSW接合体を非酸化雰囲気炉中465℃で200分間保持した後、水冷することにより溶体化処理を行った。溶体化処理されたFSW接合体を3×10-2Torrの真空度の真空炉中120℃で24時間保持した後、炉冷することにより時効処理を行った。こうして、溶体化処理及び時効処理により調質されたFSW接合体を得た。
【0049】
(3)FSW接合体の評価
上記(1)又は(2)で得られたFSW接合体に対して以下の評価を行った。
【0050】
<接合界面における空隙の残留>
上記(1)で得られた溶体化時効処理前のFSW接合体を接合面に対して垂直に切断し、 JIS Z 2343-1「非破壊試験―浸透探傷試験」に記載の染色浸透探傷試験により接合界面の空隙の残留を評価した。その結果、例B1~B6の全てにおいて、接合部に空隙の残留は認められなかった。
【0051】
<酸化被膜の残留状態>
上記(1)で得られた溶体化時効処理前のFSW接合体に対して例A1~A13と同様にして断面SEM像及びと酸素マッピング像を取得して、酸化被膜の残留状態を以下の基準で評価した。なお、以下の評価において「層状の酸化被膜の残留」は周囲より局所的に高い酸素濃度を示す画素が長さ10μm以上の筋状の線として観察されることを意味する。
(評価基準)
‐評価A:接合部に層状の酸化被膜の残留は認められなかった。
‐評価B:接合部に一部層状の酸化被膜の残留が認められた。
‐評価C:接合部に連続した層状の酸化被膜の残留が認められた。
【0052】
評価結果は表4に示されるとおりであった。
図10A及び10Bに、例B1(比較例)で得られた断面SEM像及びそれに対応する領域の酸素マッピング像をそれぞれ示す一方、
図11A及び11Bに例B6(実施例)で得られた断面SEM像及びそれに対応する領域の酸素マッピング像をそれぞれ示す。これらの図において、図中、矢印は接合部10aを指している。比較例である例B1について、
図10Aでは、接合部10aに黒筋の線が観察され、
図10Bの酸素マッピングに示される同じ位置の高酸素濃度の筋状の線と照合することで、接合部10aにある黒筋の線は酸化被膜であること、すなわち連続した層状の酸化被膜が残留することが確認された。一方、実施例である例B6について、
図11Aでは、接合部10aに黒筋の線が観察されず、
図11Bの酸素マッピングにおいても高酸素濃度の筋状の線が見られないことから、接合部10aには層状の酸化被膜が残留していない(すなわち酸化物が分散又は分断されている)ことが確認された。
【0053】
<溶体化時効後の引張強度>
上記(2)で得られた溶体化時効処理後のFSW接合体12から例A1~A13と同様にして試験片Sを採取して引張強度(接合強度)を測定し、以下の基準に従って評価した。結果は表4に示されるとおりであった。
(評価基準)
‐評価A:試験片に接合部の破損が観察されず、引張試験において全ての接合部が超々ジュラルミンの母材引張強度(規格値360MPa)以上の引張強度を示した。
‐評価C:試験片に接合部の破損が観察され、引張試験においていずれかの接合層が超々ジュラルミンの母材引張強度(規格値360MPa)未満で破断した。
【0054】
参考までに付記すると、JIS H 4000のA 7075に規定される引張強度規格は、板厚に応じて、360MPa以上(板厚120mmを越え300mm以下)、410MPa以上(板厚100mmを越え120mm以下)460MPa以上(板厚90mmを越え100mm以下)、490MPa以上(板厚80mmを越え90mm以下)、及び495MPa以上(板厚60mmを越え80mm以下)と規定されている。
【0055】
表4に示される結果から分かるように、接合部に層状の酸化被膜の残留が認められた例B1においては、溶体化時効の際に接合部の破損が起こった結果、引張試験においていずれかの接合部が母材引張強度よりも劣る引張強度を示した。これに対し、接合部に層状の酸化被膜の残留は認められなかった例B2~B6においては、溶体化時効後においても接合部の破損が起こらず、引張試験において全ての接合部が母材引張強度と同等又はそれ以上の引張強度を示した。
【0056】
【0057】
例C1及びC2
(1)FSW接合体の作製
各例について以下の2種類の板を用意した。
・積層ベース(厚板):厚さ20mmのべリリウム銅11合金板(JIS H 3130のC1751)(最下段に使用)、
・積層材料(薄板):厚さ2.0mmのべリリウム銅11合金板(JIS H 3130のC1751)(最下段以外の各層に使用)
【0058】
一方、例A1~A13と同様、
図2に示されるようなFSW接合装置を用意し、表1及び
図3に示される形状及び寸法のFSWツール(タイプB)を用いて以下のとおりFSW接合を行った。
【0059】
図2に示されるように、FSW接合装置の台に積層ベース(厚板)を載置し、その上に積層材料(薄板)を載置した。表5に示されるツール形状、ツール回転速度、接合速度及び挿入深さ、並びに挿入速度:15mm/minの条件でFSWツールのプローブを薄板及びその下の厚板に挿入して、プローブ近傍の部分を攪拌しながら所定の経路で水平移動させることでFSWを行った。このとき、
図6に部分的に示されるようにFSWツール2を回転させながら一筆書きで等間隔(3.0mm)に離れた線を描くような経路Pで水平移動させる操作を行うことで、試験片を採取可能な領域Rを形成した。このFSWは、同一箇所について2回行った。その後、接合した薄板の上面から厚さ0.3mm相当の部分を全面にわたって切削することで加工面(接合面)を形成し、結果的に厚さ1.7mmの合金層を積層した。得られた積層物の加工面に積層材料(薄板)を更に載置し、上記同様にしてFSW及び切削を行い、結果的に厚さ1.7mmの合金層を更に積層した。この積層を積層体の高さが62.5mmになるまで繰り返して
図7に示されるようなFSW接合体12を作製した。
【0060】
(2)溶体化時効処理
例C1及びC2(ベリリウム銅11合金)においては、上記(1)で得られたFSW接合体を非酸化雰囲気炉中900℃で90分間保持した後、水冷することにより溶体化処理を行った。溶体化処理されたFSW接合体を3×10-2Torrの真空度の真空炉中450℃で3時間保持した後、炉冷することにより時効処理を行った。こうして、溶体化処理及び時効処理により調質されたFSW接合体を得た。
【0061】
(3)FSW接合体の評価
上記(1)又は(2)で得られたFSW接合体に対して以下の評価を行った。
【0062】
<接合界面における空隙の残留>
上記(1)で得られた溶体化時効処理前のFSW接合体を接合面に対して垂直に切断し、 JIS Z 2343-1「非破壊試験―浸透探傷試験」に記載の染色浸透探傷試験により接合界面の空隙の残留を以下の基準で評価した。
(評価基準)
‐評価A:接合部に空隙の残留は認められなかった。
‐評価C:接合部に空隙の残留が認められた。
【0063】
<酸化被膜の残留状態>
上記(1)で得られた溶体化時効処理前のFSW接合体に対して例A1~A13と同様にして断面SEM像及び酸素マッピング像を取得して、酸化被膜の残留状態を以下の基準で評価した
(評価基準)
‐評価A:接合部に層状の酸化被膜の残留は認められなかった。
‐評価B:接合部に一部層状の酸化被膜の残留が認められた。
‐評価C:接合部に連続した層状の酸化被膜の残留が認められた。
【0064】
評価結果は表5に示されるとおりであった。
図12A及び12Bに、例C1(比較例)で得られた断面SEM像及びそれに対応する領域の酸素マッピング像をそれぞれ示す一方、
図13A及び13Bに例C2(実施例)で得られた断面SEM像及びそれに対応する領域の酸素マッピング像をそれぞれ示す。これらの図において、図中、矢印は接合部10aを指している。比較例である例C1について、
図12Aでは、接合部10aに黒筋の線が観察され、
図12Bの酸素マッピングに示される同じ位置の高酸素濃度の筋状の線と照合することで、接合部10aにある黒筋の線は酸化被膜であること、すなわち連続した層状の酸化被膜が残留することが確認された。一方、実施例である例C2について、
図13Aでは、接合部10aに黒筋の線が観察されず、
図13Bの酸素マッピングにおいても高酸素濃度の筋状の線が見られないことから、接合部10aには層状の酸化被膜が残留していない(すなわち酸化物が分散又は分断されている)ことが確認された。
【0065】
<溶体化時効後の引張強度>
上記(2)で得られた溶体化時効処理後のFSW接合体12から例A1~A13と同様にして試験片Sを採取及び加工して、引張強度(接合強度)を測定し、以下の基準に従って評価した。結果は表5に示されるとおりであった。
(評価基準)
‐評価A:試験片に接合部の破損が観察されず、引張試験において全ての接合部がベリリウム銅11合金の母材引張強度(規格値690MPa)以上の引張強度を示した。
‐評価C:試験片に接合部の破損が観察され、引張試験においていずれかの接合層がベリリウム銅11合金の母材引張強度(規格値690MPa)未満で破断した。
【0066】
表5に示される結果から分かるように、接合部に層状の酸化被膜の残留又は空隙の残留が認められた例C1においては、溶体化時効の際に接合部の破損が起こった結果、引張試験においていずれかの接合部が母材引張強度よりも劣る引張強度を示した。これに対し、接合部に層状の酸化被膜の残留及び空隙の残留が認められなかった例C2においては、溶体化時効後においても接合部の破損が起こらず、引張試験において全ての接合部が母材引張強度と同等又はそれ以上の引張強度を示した。
【0067】