(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024178144
(43)【公開日】2024-12-24
(54)【発明の名称】微細構造体の製造方法、微細構造体、微細構造体転写体、及び、タンパク質吸着抑制体
(51)【国際特許分類】
B23K 26/352 20140101AFI20241217BHJP
G02F 1/13 20060101ALN20241217BHJP
【FI】
B23K26/352
G02F1/13 505
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024095024
(22)【出願日】2024-06-12
(31)【優先権主張番号】P 2023096441
(32)【優先日】2023-06-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001960
【氏名又は名称】シチズン時計株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100114018
【弁理士】
【氏名又は名称】南山 知広
(74)【代理人】
【識別番号】100160716
【弁理士】
【氏名又は名称】遠藤 力
(72)【発明者】
【氏名】田辺 綾乃
【テーマコード(参考)】
2H088
4E168
【Fターム(参考)】
2H088EA47
4E168AB01
4E168CA06
4E168DA32
4E168DA47
4E168DA60
4E168JA12
(57)【要約】
【課題】微細な針状構造を有する微細構造体の製造方法、微細構造体、微細構造体転写体、及び、タンパク質吸着抑制体を提供することを目的とする。
【解決手段】基材表面において、レーザースポットにより第1の軌跡に沿って第1有効パルス数で走査を行うことにより、第1の軌跡に沿って第1深さに、自己組織的に周期的に形成された微細な第1の針状溝構造を形成し、レーザースポットにより第2の軌跡に沿って第1有効パルス数と異なる第2有効パルス数で走査を行うことにより、第2の軌跡に沿って第2深さに、自己組織的に周期的に形成された微細な第2の針状溝構造を形成する、工程を有し、第1有効パルス数P1は以下の式(1)を満足し、第2有効パルス数P2は以下の式(1´)を満足する微細構造体の製造方法。
20<P1<2000 (1)
20<P2<2000 (1´)
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材表面に対して、レーザースポットのスポット径D及び繰り返し周波数Fの短パルスレーザーにより加工を行って微細構造体を製造する微細構造体の製造方法であって、
前記基材表面において、前記レーザースポットにより第1の軌跡に沿って第1有効パルス数で走査を行うことにより、前記第1の軌跡に沿って第1深さに、自己組織的に周期的に形成された微細な第1の針状溝構造を形成し、
前記基材表面において、前記レーザースポットにより第2の軌跡に沿って前記第1有効パルス数と異なる第2有効パルス数で走査を行うことにより、前記第2の軌跡に沿って前記第1深さと異なる第2深さに、自己組織的に周期的に形成された微細な第2の針状溝構造を形成する、工程を有し、
前記第1有効パルス数P1は以下の式(1)を満足し、
前記第2有効パルス数P2は以下の式(1´)を満足し、
20<P1<2000 (1)
20<P2<2000 (1´)
前記第1の軌跡に沿って走査する前記レーザースポットの偏光方向は、前記第1の軌跡の進行方向と平行である、
ことを特徴とする微細構造体の製造方法。
【請求項2】
W1≧D及びW2>Dの場合、
前記第1有効パルス数P1は、以下の式(2)を満足し、
P1=F・D・S1/V1 (2)
前記第2有効パルス数P2は、以下の式(3)を満足し、
P2=F・D・S2/V2 (3)
W1<D及びW2<Dの場合、
前記第1有効パルス数P1は、以下の式(2´)を満足し、
P1=F・D2・S1/(V1・W1) (2´)
前記第2有効パルス数P2は、以下の式(3´)を満足し、
P2=F・D2・S2/(V2・W2) (3´)
ここで、S1は前記第1の軌跡に沿った走査回数、V1は前記第1の軌跡に沿った前記レーザースポットの走査速度、S2は前記第2の軌跡に沿った走査回数、V2は前記第2の軌跡に沿った前記レーザースポットの走査速度、W1は前記第1の軌跡に沿った前記レーザースポットの走査位置間隔、W2は前記第2の軌跡に沿った前記レーザースポットの走査位置間隔である、請求項1に記載の微細構造体の製造方法。
【請求項3】
前記第2の軌跡に沿って走査する前記レーザースポットの偏光方向は、前記第2の軌跡の進行方向と平行である、請求項1に記載の微細構造体の製造方法。
【請求項4】
前記第1の軌跡と前記第2の軌跡は平行、又は、垂直である、請求項3に記載の微細構造体の製造方法。
【請求項5】
前記第1の軌跡と前記第2の軌跡が垂直である場合、前記レーザースポットにより第1の軌跡に沿って第1有効パルス数で行われた走査と、前記レーザースポットにより第2の軌跡に沿って第2有効パルス数で行われた走査が重なる領域では、前記第1深さ及び前記第2深さと異なる第3深さに、自己組織的に周期的に形成された微細な第3の針状溝構造が形成される、請求項4に記載の微細構造体の製造方法。
【請求項6】
前記第2の軌跡に沿って走査する前記レーザースポットの偏光方向は、前記第2の軌跡の進行方向と垂直である、請求項1に記載の微細構造体の製造方法。
【請求項7】
前記第1の軌跡と前記第2の軌跡は平行、又は、垂直である、請求項6に記載の微細構造体の製造方法。
【請求項8】
前記基材表面の前記第1の軌跡及び前記第2の軌跡以外の第3の軌跡において、前記レーザースポットにより前記第3の軌跡に沿って第3有効パルス数で走査を行う工程を更に有し、
前記第3有効パルス数P3は、以下の式(5)を満足する、
20≦P3≦2000 (5)
請求項1~7の何れか一項に記載の微細構造体の製造方法。
【請求項9】
基材と、
前記基材表面において、レーザースポットのスポット径D及び繰り返し周波数Fの短パルスレーザーの前記レーザースポットによる第1の軌跡に沿った第1有効パルス数での走査により、前記第1の軌跡に沿って第1深さで自己組織的に周期的に形成された微細な第1の針状溝構造と、
前記基材表面において、前記短パルスレーザーの前記レーザースポットによる第2の軌跡に沿った前記第1有効パルス数と異なる第2有効パルス数での走査により、前記第2の軌跡に沿って前記第1深さと異なる第2深さで自己組織的に周期的に形成された微細な第2の針状溝構造と、
を有することを特徴とする微細構造体。
【請求項10】
所定の組成物を用い、請求項9に記載の微細構造体を原版として、前記微細構造体から転写して形成されたことを特徴とする微細構造体転写体。
【請求項11】
所定の組成物を用い、請求項9に記載の微細構造体を原版として、前記微細構造体から転写して形成された微細構造体転写体が、タンパク質の吸着を抑制する領域に配置されたことを特徴とするタンパク質吸着抑制体。
【請求項12】
第1高さで周期的に形成された微細な第1の針状構造と、
前記第1高さと異なる第2高さで周期的に形成された微細な第2の針状構造と、を有し、
前記第1高さ及び前記第2高さは6~10μmであり、
前記第1の針状構造及び前記第2の針状構造が形成されるピッチは3~5μmである、
ことを特徴とする微細構造体転写体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微細構造体の製造方法、微細構造体、微細構造体転写体、及び、タンパク質吸着抑制体に関する。
【背景技術】
【0002】
基材に対してレーザーを照射して、照射部分をオーバーラップさせながら走査することにより、基材表面に自己組織的に周期構造を形成し、周期構造の表面に100nm以下の粗さが複合されている撥水面構造の製造方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1に記載される周期構造は、ピッチ約900nm、深さ250nm等のサブミクロンサイズであり、周期構造の表面に100nm以下の粗さが複合されていても、タンパク質付着抑制効果は低かった。
【0005】
本発明は、微細な針状溝構造を有する微細構造体の製造方法、微細構造体、微細構造体転写体、及び、タンパク質吸着抑制体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る微細構造体の製造方法は、基材表面に対して、レーザースポットのスポット径D及び繰り返し周波数Fの短パルスレーザーにより加工を行って微細構造体を製造する微細構造体の製造方法であって、
基材表面において、レーザースポットにより第1の軌跡に沿って第1有効パルス数で走査を行うことにより、第1の軌跡に沿って第1深さに、自己組織的に周期的に形成された微細な第1の針状溝構造を形成し、
基材表面において、レーザースポットにより第2の軌跡に沿って第1有効パルス数と異なる第2有効パルス数で走査を行うことにより、第2の軌跡に沿って第1深さと異なる第2深さに、自己組織的に周期的に形成された微細な第2の針状溝構造を形成する、工程を有し、
第1有効パルス数P1は以下の式(1)を満足し、
第2有効パルス数P2は以下の式(1´)を満足し、
20<P1<2000 (1)
20<P2<2000 (1´)
第1の軌跡に沿って走査する前記レーザースポットの偏光方向は、第1の軌跡の進行方向と平行である。
【0007】
本発明に係る微細構造体の製造方法では、W1≧D及びW2≧Dの場合、
第1有効パルス数P1は、以下の式(2)を満足し、
P1=F・D・S1/V1 (2)
第2有効パルス数P2は、以下の式(3)を満足し、
P2=F・D・S2/V2 (3)
W1<D及びW2<Dの場合、
第1有効パルス数P1は、以下の式(2´)を満足し、
P1=F・D2・S1/(V1・W1) (2´)
第2有効パルス数P2は、以下の式(3´)を満足し、
P2=F・D2・S2/(V2・W2) (3´)
ここで、S1は第1の軌跡に沿った走査回数、V1は第1の軌跡に沿ったレーザースポットの走査速度、S2は第2の軌跡に沿った走査回数、V2は第1の軌跡に沿ったレーザースポットの走査速度、W1は第1の軌跡に沿ったレーザースポットの走査位置間隔、W2は第2の軌跡に沿ったレーザースポットの走査位置間隔である、
ことが好ましい。
【0008】
本発明に係る微細構造体の製造方法では、第2の軌跡に沿って走査するレーザースポットの偏光方向は、第2の軌跡の進行方向と平行である、ことが好ましい。
【0009】
本発明に係る微細構造体の製造方法では、第1の軌跡と第2の軌跡は平行、又は、垂直である、ことが好ましい。
【0010】
本発明に係る微細構造体の製造方法では、第1の軌跡と第2の軌跡が垂直である場合、レーザースポットにより第1の軌跡に沿って第1有効パルス数で行われた走査と、レーザースポットにより第2の軌跡に沿って第2有効パルス数で行われた走査が重なる領域では、第1深さ及び第2深さと異なる第3深さに、自己組織的に周期的に形成された微細な第3の針状溝構造が形成される、ことが好ましい。
【0011】
本発明に係る微細構造体の製造方法では、基材表面の第1の軌跡及び第2の軌跡以外の第3の軌跡において、レーザースポットにより第3の軌跡に沿って第3有効パルス数で走査を行う工程を更に有し、第3有効パルス数P3は、以下の式(5)を満足する、ことが好ましい。
20≦P3≦2000 (5)
【0012】
本発明に係る微細構造体は、
基材と、基材表面において、レーザースポットのスポット径D及び繰り返し周波数Fの短パルスレーザーのレーザースポットによる第1の軌跡に沿った第1有効パルス数での走査により、第1の軌跡に沿って第1深さで自己組織的に周期的に形成された微細な第1の針状溝構造と、
基材表面において、短パルスレーザーのレーザースポットによる第2の軌跡に沿った第1有効パルス数と異なる第2有効パルス数での走査により、第2の軌跡に沿って第1深さと異なる第2深さで自己組織的に周期的に形成された微細な第2の針状溝構造と、を有する。
【0013】
本発明に係る微細構造体転写体は、所定の組成物を用い、上記に記載の微細構造体を原版として、微細構造体から転写して形成される、ことが好ましい。
【0014】
本発明に係るタンパク質吸着抑制体は、所定の組成物を用い、上記に記載の微細構造体を原版として、微細構造体から転写して形成された微細構造体転写体が、タンパク質の吸着を抑制する領域に配置される、ことが好ましい。
【0015】
本発明に係る微細構造体転写体は、第1高さで周期的に形成された微細な第1の針状構造と、第1高さと異なる第2高さで周期的に形成された微細な第2の針状構造と、を有し、第1高さ及び前記第2高さは6~10μmであり、第1の針状構造及び前記第2の針状構造が形成されるピッチは3~5μmである、ことが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る微細構造体の製造方法、微細構造体、微細構造体転写体、及び、タンパク質吸着抑制体によれば、微細な針状溝構造を有する微細構造体等を提供することが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明に係る微細構造体の製造方法を実施するための加工装置の概略構成図である。
【
図2】(a)は本発明に係る微細構造体の製造方法の原理を説明するための図であり、(b)は基材上に形成される微細構造体の方向とレーザーの特性を示す図(1)であり、(c)は基材上に形成される微細構造体の方向とレーザーの特性を示す図(2)である。
【
図3】(a)はLIPSSの一例を示す画像であり、(b)は針状溝構造の一例を示す画像である。
【
図4】(a)は有効パルス数と微細構造体との関係を検討するための実験の概要を示す図(1)であり、(b)は有効パルス数と微細構造体との関係を検討するための実験の概要を示す図(2)である。
【
図5】微細溝構造と微細溝構造転写体の関係を説明するための図である。
【
図6】(a)はタンパク質の付着を説明するための図であり、(b)は本発明に係る微細構造体転写体におけるタンパク質の付着を説明するための図である。
【
図7】実施例1におけるレーザースポットの走査を示した図である。
【
図8】実施例1における有効パルス数の面内分布を示す図である。
【
図9】(a)は実施例1として製造された微細構造体100の表面の画像であり、(b)は(a)のAA´の一部の断面図であり、(c)は(a)のBB´の一部の断面図であり、(d)は(a)のCC´の一部の断面図であり、(e)は(a)のDD´の一部の断面図であり、(f)は(a)のEE´の一部の断面図である。
【
図10】(a)は
図8(a)に示す微細構造体100を原版として転写して形成された微細構造体転写体200の表面の画像であり、(b)は(a)のFF´の一部の断面図であり、(c)は(a)のGG´の一部の断面図であり、(d)は(a)のHH´の一部の断面図であり、(e)は(a)のII´の一部の断面図であり、(f)は(a)のJJ´の一部の断面図である。
【
図11】実施例2におけるレーザースポットの走査を示した図である。
【
図12】他の有効パルス数の面内分布の一例を示す図である。
【
図13】(a)はレーザースポットによる走査が曲線を描く軌跡に沿って行われる例を示す図であり、(b)はレーザースポットによる走査が複数の直線を組み合わせたジグザクな軌跡に沿って行われる例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面を参照しつつ、本開示の様々な実施形態について説明する。ただし。本開示の技術範囲は、それらの実施形態に限定されず、請求の範囲に記載された発明とその均等物に及ぶ点に留意されたい。
【0019】
図1は、本発明に係る微細構造体の製造方法を実施するためのレーザー加工装置1の概略構成図である。レーザー加工装置1は、短パルスレーザー発生器2、偏光変調素子3、ダイクロイックミラー4、対物レンズ5、及び、観察光学系6等を含んで構成され、被加工物である基材10の表面上に微細構造体を形成する。
【0020】
短パルスレーザー発生器2は、フェトム秒単位で発振される、極めてパルス幅が狭い超短波パルスレーザー光8を出射する。短パルスレーザー発生器2から出射されたレーザー光8は、偏光変調素子3により所定の偏光方向11となるように調整され、ダイクロイックミラー4で反射されて、対物レンズ5に入射される。対物レンズ5に入射されたレーザー光8は、直径D(m)のレーザースポットとなるように集光され、基材10の表面を照射する。集光されたレーザースポットは、不図示の光学機構等によって、基材10の表面上を所定の走査方向12に沿って走査される。なお、以下では、レーザースポットの走査方向12を、レーザースポットの軌跡12と呼称する場合もある。
【0021】
観察光学系6は、基材10からの反射光7を用いて、基材10の表面を観察するための光学系であって、レーザー加工の進捗状況等を確認するために設けられている。観察光学系6は、レーザー加工自体とは直接関りがないので、必ずしも設けなくとも良い。
【0022】
偏光変調素子3は、例えば、特開2022-170578号公報に記載される光学素子であって、レーザー光8の偏光方向11を走査方向12と平行又は垂直等に回転させるために、波長板、及び/又は、液晶素子によって構成される。基材10を加工中に、レーザー光8の偏光方向11を走査方向12と平行から垂直に、又は、垂直から平行に変化させる場合には、制御装置(不図示)から偏光光学素子3へ偏光方向切替信号を所定のタイミングで送信する。
【0023】
基材10としては、シリコンウェハを使用することができるが、他の金属基板等を利用することも可能である。
【0024】
図2(a)は本発明に係る微細構造体の製造方法の原理を説明するための図であり、
図2(b)は基材上に形成される微細構造体の方向とレーザーの特性を示す図(1)であり、
図2(c)は基材上に形成される微細構造体の方向とレーザーの特性を示す図(2)である。
【0025】
図2(a)に示す様に、加工時には、短パルスレーザー発生器2から加工閾値付近のパルスエネルギーを有し、所定の偏光方向11を有するレーザー光8が、基材10に対して所定の角度で照射される。レーザー光8の反射光8-1及び8-2は、所定の周期間隔で表面プラズモンとの干渉40を引き起こし、基材10の表面において、特に干渉が強調される箇所41及び42で微細構造体の加工が進む。加工閾値付近のパルスエネルギーとは、レーザー照射そのものが基材表面を直接加工する閾値付近のエネルギーレベルを言う。
【0026】
図2(b)に示すように、レーザー8の走査方向12とレーザースポット20の偏光方向11が平行な場合、微細構造体の断面43に示すように走査方向12と垂直な方向に加工が進む。一方、
図2(c)に示すように、レーザー8の走査方向12とレーザースポット20の偏光方向11が垂直な場合、微細構造体の断面44に示すように走査方向12と平行な方向に加工が進む。
【0027】
レーザー8の走査方向12とレーザースポット20の偏光方向11が平行な場合(
図2(b)の場合)、加工光であるレーザー光8の走査方向12が微細構造体の格子ベクトルと平行関係となる。一方、レーザー8の走査方向12とレーザースポット20の偏光方向11が垂直な場合(
図2(c)の場合)、加工光であるレーザー光8の走査方向12が微細構造体の格子ベクトルと垂直関係となる。レーザー光8の走査方向12が微細構造体の格子ベクトルと平行関係となる方が、格子ベクトル方向において加工痕面が平坦となるため、レーザー光8と表面プラズモンはより強く干渉するので、微細構造がより急峻となる。すなわち、微細構造体の断面43では、微細構造体の断面44より溝が深くなるように形成されている。
【0028】
上述した原理に基づいて、レーザー光8で基材10表面を照射することによって、基材10表面に、LIPSS(Laser Induced Periodical Surface Structure)や針状溝構造と呼ばれる微細構造体が自己組織的に形成される。
【0029】
図3(a)はLIPSSの一例を示す画像であり、
図3(b)は針状溝構造の一例を示す画像である。
【0030】
図3(a)は、レーザー加工装置1により、偏光方向11を有するレーザースポット20が、走査方向12の方向で走査された場合に形成されるLIPSSの一例を示している。
図3(b)は、レーザー加工装置1により、偏光方向11を有するレーザースポット20が、走査方向12の方向で走査された場合に形成される針状溝構造の一例を示している。
図3(a)及び
図3(b)より、LIPSSでは単に溝部が形成されるにすぎないが、針状溝構造では複数の微細な針状の溝構造が深く形成されていることが理解できる。実験の結果、レーザー光の走査により形成される微細構造体が、LIPSSになるか、針状溝構造となるかは、レーザー光8の有効パルス数に基づくことが確認された。
【0031】
図4(a)は有効パルス数と微細構造体との関係を検討するための実験の概要を示す図(1)であり、
図4(b)は有効パルス数と微細構造体との関係を検討するための実験の概要を示す図(2)である。
図4(a)は、第1の軌跡12に沿ったレーザースポット20の走査位置間隔Wがレーザースポットの直径D(m)以上の場合(W≧D)を示し、
図4(b)は、第1の軌跡12に沿ったレーザースポット20の走査位置間隔Wがレーザースポットの直径D未満の場合(W<D)を示している。
【0032】
図4(a)に示すように、基材10としてシリコンウェハを用い、基材10に対してレーザー加工装置1を用いてレーザー加工を施し、有効パルス数Pを可変して、加工領域45にどのような微細構造体が形成されたかについて観測した。実験では、短パルレーザー発生器2の繰り返し周波数は「F(Hz)」であり、照射するレーザー光8のレーザースポット20は直径D(m)、レーザースポット20の軌跡12の方向に振動する直線偏光(偏光方向11)である。また、レーザースポット20における走査回数を「S」、走査速度を「V(m/s)」とした。この場合の有効パルス数Pは以下の式(2)で表される。なお、走査回数とは、同じ位置を何回なぞって走査したかを示している。
P=F・D・S/V・・・(2)
【0033】
図4(b)の場合の有効パルス数Pは以下の式(2´)で表される。
P=F・D
2・S/(V・W)・・・(2´)
【0034】
図4(a)及び(b)の何れの場合においても、有効パルス数Pが20以下の場合は高確率で針状溝構造体が形成されずLIPSS(
図3(a)参照)が形成された。なお、有効パルス数P=0の場合では、基材10の表面は加工されない。
【0035】
図4(a)及び(b)の何れの場合においても、有効パルス数Pが20より大きく且つ2000より小さい場合、基材10の表面には針状溝構造(
図3(b)参照)が形成されることが確認できた。すなわち、有効パルス数Pが所定以上となると、LIPSSの状態から針状溝構造が形成される状態へ移行される。さらに、
図4(a)及び(b)の何れの場合においても、有効パルス数Pが2000以上の場合、パルス数が多すぎて、針状溝構造(
図3(b)参照)は形成されないことが確認できた。
【0036】
以上より、有効パルス数Pが以下の式(1)を満足する場合に、基材10の表面上に自己組織的で且つ周期的で、微細な針状溝構造が形成されることが確認できた。
20<P<2000・・・(1)
【0037】
さらに、レーザースポットの軌跡12において、上記の式(1)を満たす範囲において、有効パルス数Pを変化させると、針状溝構造の深さが有効パルス数Pに応じて可変することが確認できた。具体的には、P=120の領域における針状溝構造の深さはおおよそ6μm程度、P=240の領域における針状溝構造の深さはおおよそ8μm程度、P=360の領域における針状溝構造の深さはおおよそ10μm程度であった。また、走査方向12において針状溝構造は、P=120、240、360の何れの場合でも、おおよそ3~5μmピッチで周期的に形成されていた。すなわち、有効パルス数Pを異ならせることで、領域毎に針状溝構造の深さを可変可能とできることが確認できた。
【0038】
図5は、微細溝構造と微細溝構造転写体の関係を説明するための図である。自己組織的で且つ周期的に形成された微細な針状溝構造から構成された微細構造体100を表面に有する基板10を原版として用い、高分子材料基板(例えば、PDMS(ポチジメチルスロキサン)などのシリコーン樹脂)に針状溝構造を転写することも可能である。
図5では、微細構造体100は、第1深さ(d1)の第1針状溝構造101が形成された第1領域111と、第1深さとは異なる第2深さ(d2)の第2針状溝構造102が形成された第2領域112を含んで構成されている。
【0039】
転写された微細構造体転写体200では、基板10とは逆に、高さの異なる複数種類の針状構造を有することとなり、第1針状溝構造101の転写部である、第1高さ(h1)の第1針状構造201と、第2針状溝構造102の転写部である、第1高さとは異なる第2高さ(h2)の第2針状構造202を含んで構成されている。上述のように、微細構造体100が、深さが6~10μm、ピッチが3~5μmで周期的に配置された針状溝構造を含むとき、微細構造体転写体200は逆に、高さが6~10μm、ピッチが3~5μmで周期的に配置された針状構造を含んで形成されていた。
【0040】
図6(a)は通常の基板におけるタンパク質の付着を説明するための図であり、
図5(b)は本発明に係る微細溝構造体転写体におけるタンパク質の付着を説明するための図である。
【0041】
図6(a)は疎水性の基板50にタンパク質51が付着している状況を示している。タンパク質51は親水性基52と疎水性基53を含んで構成されているため、疎水性の基板50であっても疎水性基53の部分で付着してしまう可能性がある。したがって、疎水性の基板50のみでマイクロ流路等を構成しても、タンパク質を含むような液体を取り扱うと、タンパク質が流路に吸着されて、流路の閉塞、流路内でのタンパク質濃度のバラつきが発生する可能性がある。
【0042】
図6(b)は、本発明に係る微細構造体の製造方法により形成された微細構造体100を転写することで得られる微細構造体転写体200とタンパク質51との関係を示している。
【0043】
図6(b)に示すように、例えば、微細構造体転写体200を用いてマイクロ流路等を形成した場合には、高さの異なる複数種類の針状構造201及び202との隙間に空気層220等が形成されて、高さの異なる複数種類の針状造体201及び202とタンパク質51とが接触する面積が極端に減少するため、タンパク質の付着が抑制される。したがって、本発明に係る微細構造体転写体200を用いてマイクロ流路等を構成すると、タンパク質を含むような液体を取り扱った場合でも、タンパク質が流路に吸着されることがなく、流路の閉塞、流路内でのタンパク質濃度のバラつきが発生することがない。
【0044】
タンパク質吸着防止のために、基板面を薬液やガスにより化学的に処理する方法が知られているが、薬液やガスによる化学的処理では、薬液の溶出等による試料汚染や、経時的にタンパク質吸着抑制効果が低下するという問題がある。また、マイクロ流路は通常マイクロ流路を備えた基板と、マイクロ流路の蓋として機能する基板とを貼りあわせて製造するが、貼りあわせ前に化学的処理を行なうと、基板同士の接着を大きく阻害する問題がある。したがって、上記のような化学的処理を伴わない本発明に係る微細構造体転写体200のみでタンパク質の付着を抑制できるようにすることには大きな利点がある。
【0045】
タンパク質付着抑制効果を高めるためには、
図6(b)に示すように、微細構造体転写体200が高さの異なる複数種類の針状構造を含んで構成されることが必要である。この為には、原版となる基材10の表面の第1領域111において、レーザースポット20により第1有効パルス数P1(式(2)又は(2´)参照)で走査を行うことにより、自己組織的に周期的に形成された微細な第1深さの第1の針状溝構造101を形成し、基材10の表面の第2領域112において、レーザースポット20により第1有効パルス数P1と異なる第2有効パルス数P2(式(3)又は(3´)参照)で走査を行うことにより、自己組織的に周期的に形成された微細な第2深さの第2の針状溝構造102を形成し、第1有効パルス数P1は以下の式(1)を満足し、第2有効パルス数P2は以下の式(1´)を満足することが必要である。
20<P1<2000 (1)
20<P2<2000 (1´)
【0046】
図6の例では、本発明に係る微細構造体転写体200について説明したが、原版とした微細構造体100をタンパク質吸着抑制体と呼称することも可能である。なお、タンパク質の付着を抑制したい箇所にのみ本発明に係る微細構造体転写体を配置したマイクロ流路等を、蛋白質付着抑制体と呼称することも可能である。
【実施例0047】
図7は、実施例1におけるレーザースポットの走査を示した図である。実施例1では、レーザー加工装置1を用い、基材10としてシリコンウェハを用いた。基材10の表面の範囲23において、レーザースポット20を用いて、第1の軌跡12に沿って有効パルス数P1(120)で走査を行った。さらに、同様の走査を基材10の表面上で、図中の上側から下側に向かって、1ライン飛ばしで、合計4か所で実施した。この走査では、レーザースポット20の第1の軌跡12の方向とレーザー光の偏光方向11は平行である。
【0048】
次に、基材10の表面の範囲24において、レーザースポット21を用いて、第2の軌跡13に沿って有効パルス数P2(240)で走査を行った。さらに、同様の走査を基材10の表面上で、図中の上側から下側に向かって、1ライン飛ばしで、合計3か所で実施した。この走査では、レーザースポット20の第2の軌跡13の方向とレーザー光の偏光方向11は平行である。
【0049】
次に、基材10の表面の範囲25において、レーザースポット22を用いて、第3の軌跡14に沿って有効パルス数P1(120)で走査を行った。さらに、同様の走査を基材10の表面上で、図中の右側から左側に向かって、1ライン飛ばしで、合計3か所で実施した。この走査では、レーザースポット22の走査方向とレーザー光の偏光方向11´は平行である。なお、3か所の領域25における偏光方向11´は、4か所の領域23における偏光方向11からから90度回転させて、レーザースポット22の走査方向とレーザー光の偏光方向11´が平行となるようにしている。
【0050】
実施例1において、レーザーの周波数は200KHz、レーザースポット20、21及び22のスポット径Dは12μm、第1の軌跡及び第3の軌跡に沿った走査回数は1回、第2の軌跡に沿った走査回数は2回、第1の軌跡~第3の軌跡の走査速度は20mm/s、パルスエネルギーは1μJである。なお、範囲23~25では、すべてW≧Dである。
【0051】
図8は、実施例1における有効パルス数の面内分布30を示す図である。
図6に示すような走査を行った結果、基材10の表面では、
図7に示すような有効パルス数の面内分布30が生じることとなる。範囲23に相当する領域及び範囲25に相当する領域の有効パルス数はP1(120)であり、範囲24に相当する領域の有効パルス数はP2(240)である。
【0052】
範囲23において範囲25と重ならない領域31では、有効パルス数はP1=120のままである。また、範囲23と範囲25とが重なる領域32では、有効パルス数はP1+P1=240となる。さらに、範囲24と範囲25とが重なる領域33では、有効パルス数はP1+P2=360となる。以上のように、
図6に示す走査が行われたことによって、基材10の表面には、
図7に示すような3種類の有効パルス数による面内分布30が発生したこととなる。
【0053】
図9(a)は実施例1として製造された微細構造体100の表面の画像であり、
図9(b)は
図9(a)のAA´の一部の断面図であり、
図9(c)は
図9(a)のBB´の一部の断面図であり、
図9(d)は
図9(a)のCC´の一部の断面図であり、
図9(e)は
図9(a)のDD´の一部の断面図であり、
図9(f)は
図9(a)のEE´の一部の断面図である。なお、
図9(a)は、70μm×110μmの範囲のSEM画像であり、
図9(b)~
図9(d)は、70μm中の50μmの範囲の断面形状を示し、
図9(e)~
図9(f)は、110μm中の25μmの範囲の断面形状を示している。
【0054】
図9(b)に示す断面のうち、網掛けの領域は
図7の範囲24と範囲25とが重なった領域(P=360)を示しており、網掛けの無い領域は範囲24の領域(P=240)を示している。
図9(c)に示す断面のうち、網掛けの領域は
図7の範囲23と範囲24との間の領域と領域25とが重なった領域(P=120)を示しており、網掛けの無い領域は範囲23と範囲24との間の領域示している。
図9(d)に示す断面のうち、網掛けの領域は
図7の範囲23と範囲25とが重なった領域(P=240)を示しており、網掛けの無い領域は範囲23(P=120)の領域示している。
【0055】
図9(b)は、有効パルス数P=240である第2の軌跡の走査と有効パルス数P=120である第3の軌跡の走査とが重畳して、合計の有効パルス数P=360で形成された針状溝構造と、有効パルス数P=240である第2の軌跡の走査で形成された針状溝構造である。
図9(c)は、一部が有効パルス数P=120である第3の軌跡のみが走査されて形成された針状溝構造である。
図9(d)は、有効パルス数P=120である第1の軌跡の走査と有効パルス数P=120である第3の軌跡の走査とが重畳して、合計の有効パルス数P=240で形成された針状溝構造と、有効パルス数P=120である第1の軌跡の走査で形成された針状溝構造である。
【0056】
図9(e)に示す断面のうち、上の網掛けの領域は
図7の範囲24と範囲25とが重なった領域を示しており、下の網掛けの領域は範囲23と範囲25とが重なった領域を示しており、網掛けの無い領域は範囲25の領域を示している。
図9(f)に示す断面は、上の網掛けの領域が
図7の範囲24の領域を示し、下の網掛けが範囲23の領域を示しているが、範囲25とは重なっていない。
【0057】
図9(e)は、有効パルス数P=120である第1の軌跡の走査及び有効パルス数P=240である第2の軌跡の走査と、有効パルス数P=120である第3の軌跡の走査とが交互に重畳して、合計の有効パルス数P=240及び360で交互に形成された針状溝構造である。
図9(f)は、有効パルス数P=120である第3の軌跡が走査されずに、有効パルス数P=120である第1の軌跡の走査及び効パルス数P=240である第2の軌跡が走査され、有効パルス数P=120及び240で交互に形成された針状溝構造である。
【0058】
図10(a)は
図9(a)に示す微細構造体100を原版として転写して形成された微細構造体転写体200の表面の画像であり、
図10(b)は
図10(a)のFF´の一部の断面図であり、
図10(c)は
図10(a)のGG´の一部の断面図であり、
図10(d)は
図10(a)のHH´の一部の断面図であり、
図10(e)は
図10(a)のII´の一部の断面図であり、
図10(f)は
図10(a)のJJ´の一部の断面図である。なお、
図10(a)は、110μm×70μmの範囲のSEM画像であり、
図10(b)~
図10(d)は、110μm中の50μmの範囲の断面形状を示し、
図10(e)~
図10(f)は、70μm中の25μmの範囲の断面形状を示している。
【0059】
図10(b)に示す断面は、
図9(b)に対応する箇所(P=240)を示しており、
図10(c)に示す断面は、
図9(c)に対応する箇所を示しており、
図10(d)に示す断面は、
図9(d)(P=120)に対応する箇所を示している。また、
図10(e)に示す断面は、
図9(e)に対応する箇所を示しており、
図10(f)に示す断面は、
図9(f)に対応する箇所(P=120)を示している。
次に、基材10の表面の領域62において、レーザースポット20を用いて、第1方向12に沿って有効パルス数P2(240)で走査を行った。さらに、同様の走査を基材10の表面上で、図中の上側から下側に向かって3か所で実施した。この走査では、レーザースポット20の走査方向とレーザー光の偏光方向11は平行である。
当業者は、本発明の範囲から外れることなく、様々な変更、置換及び修正をこれに加えることが可能であることを理解されたい。例えば、上述した実施形態及び変形例は、本発明の範囲において、適宜に組み合わせて実施されてもよい。