(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024017822
(43)【公開日】2024-02-08
(54)【発明の名称】溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物
(51)【国際特許分類】
C10M 169/04 20060101AFI20240201BHJP
C10M 105/54 20060101ALN20240201BHJP
C10N 50/02 20060101ALN20240201BHJP
C10N 30/06 20060101ALN20240201BHJP
C10N 40/04 20060101ALN20240201BHJP
【FI】
C10M169/04
C10M105/54
C10N50:02
C10N30:06
C10N40:04
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022120727
(22)【出願日】2022-07-28
(71)【出願人】
【識別番号】591213173
【氏名又は名称】住鉱潤滑剤株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】科野 孝典
【テーマコード(参考)】
4H104
【Fターム(参考)】
4H104CD02C
4H104EA08C
4H104LA03
4H104PA02
4H104QA08
(57)【要約】
【課題】パーフルオロポリエーテル油を基油とするフッ素グリースが有する優れた流動性を維持しつつ、小型化が進む多種多用な接触形態において固着することなく適切に摺動することのできる溶剤希釈型のフッ素系潤滑剤組成物を提供する。
【解決手段】本発明は、基油、添加剤、及びフッ素系溶剤を含有する溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物であって、基油はパーフルオロポリエーテル油であり、添加剤は潤滑時に変形しない微細な固形粉末を含む。ここで、固形粉末は、平均粒径が0.1μm以上10.0μm以下であることが好ましい。また、固形粉末は、焼成タイプのポリテトラフルオロエチレン粉末を含むことが好ましい。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基油、添加剤、及びフッ素系溶剤を含有する溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物であって、
前記基油は、パーフルオロポリエーテル油であり、
前記添加剤は、潤滑時に変形しない微細な固形粉末を含む、
溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物。
【請求項2】
前記固形粉末は、平均粒径が0.1μm以上10.0μm以下である、
請求項1に記載の溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物。
【請求項3】
前記固形粉末は、焼成タイプのポリテトラフルオロエチレン粉末を含む、
請求項1又は2に記載の溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物。
【請求項4】
前記添加剤は、未焼成タイプのポリテトラフルオロエチレン粉末をさらに含む、
請求項3に記載の溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物。
【請求項5】
当該溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物は、
炭素数1以上10以下のフッ化アルキル基と、アクリル基とを有する分散性向上剤をさらに含む、
請求項1に記載の溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物。
【請求項6】
前記分散性向上剤は、前記固形粉末100質量部に対して、1質量部以上100質量部以下の割合で含有されている、
請求項5に記載の溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物。
【請求項7】
前記フッ素系溶剤は、
ハイドロフルオロエーテル又はハイドロフルオロカーボンを含む、
請求項1に記載の溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
グリースは、基油や増ちょう剤により分類されることが多い。中でも、パーフルオロポリエーテル油をポリテトラフルオロエチレン等のフッ素系ポリマーや無機増ちょう剤により増ちょうさせたグリースを、フッ素グリースと呼ぶ。そして、フッ素グリースをフッ素系の溶剤であるハイドロフルオロエーテルやハイドロフルオロカーボン等の溶剤に分散した液状潤滑剤は、溶剤希釈型フッ素系潤滑剤と呼ばれる。
【0003】
フッ素グリースは、その基油に由来する優れた性能により、潤滑性、耐熱性、酸化安定性、対樹脂性、対ゴム性、低発塵性、耐薬品性といった非常に多くの優れた機能を有するグリースである。フッ素グリースは、特に、家電製品等の精密でデリケートな部分に使用されることが多い。家電製品は、製品によっては10年以上をノーメンテナンスで取り扱う場合があるが、フッ素グリースはその多機能性によって要求仕様を十分満足させうる。一方で、フッ素グリースは、高価なものでもある。そのため、使用上問題ない範囲でできるだけ薄膜で利用することが求められている。
【0004】
溶剤希釈型フッ素系潤滑剤は、塗布後に溶剤が揮発することによりフッ素グリース膜を薄膜で形成することができる。そのため、フッ素グリースの使用量が減り、コストを低減することができる。また、溶剤希釈型フッ素系潤滑剤は、低粘度の液状潤滑剤であるため、ディッピングや刷毛塗りといった方法により塗布することが可能で、作業効率や生産性を向上させることができ、複雑な構造の部品への塗布も比較的容易に行うことができる。また、流動性に優れるため、必要に応じて添加剤を用いる等して溶剤に対するフッ素グリース成分の分散性のコントロールが容易となり、フッ素グリース成分を適切に分布させることができる。そのため、乾燥後のフッ素グリース膜がばらつきの少ない均一な膜となり、結果としてフッ素グリース膜を形成する部品の生産コストを低減することもできる。
【0005】
さて、溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物は、上述したように、シンプルな形状から複雑な形状のものにも簡易に塗布することができ、一般的にギア系の部品に用いられることが多く、部品の微細化が進む中で、より精度高く均一に塗布することが求められている。
【0006】
溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物の高分散技術については、例えば特許文献1に、基油と、固体潤滑剤と、分散性向上剤とを含有させた溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物の技術が開示されている。
【0007】
固体潤滑剤を含有する溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物では、溶剤が揮発した後に形成されるフッ素グリース膜内に存在する固体潤滑剤が、部品間の摩擦の際に変形して潤滑性を発揮するが、ギア部品の小型化に伴い十分に潤滑できない等、効果的に適用できない場合があった。また、部品間の接触形態によっては、その部品同士の固着が生じることがあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、このような従来の実情に鑑みて提案されたものであり、パーフルオロポリエーテル油を基油とするフッ素グリースが有する優れた流動性を維持しつつ、小型化が進む多種多用な接触形態においても固着することなく適切に摺動することのできる溶剤希釈型のフッ素系潤滑剤組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
従来、ギア系の部品等に用いられるフッ素系グリースには、固体潤滑剤成分を含有させるものが多く、部品間が狭い場合には固体潤滑剤成分が部品同士の接触を防止し、かつ、その固体潤滑剤自身が変形することにより潤滑作用を発揮している。近年の小型化部品で発生する潤滑性不良を研究した結果、小型化部品を摺動させるトルクが固体潤滑剤成分の変形応力より低いために摺動不具合が発生することがわかった。そこで、本発明者は、上述した課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、フッ素グリースに特定の固形粉末からなる添加剤を含有させることで、フッ素グリースが適度な粘度を有し、例えば部品同士が面接触となるような環境下でも、部品間にフッ素グリースが介在して優れた潤滑性を発揮し、部品間の固着を有効に防止できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
(1)本発明の第1の発明は、基油、添加剤、及びフッ素系溶剤を含有する溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物であって、前記基油は、パーフルオロポリエーテル油であり、前記添加剤は、潤滑時に変形しない微細な固形粉末を含む、溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物である。
【0012】
(2)本発明の第2の発明は、第1の発明において、前記固形粉末は、平均粒径が0.1μm以上10.0μm以下である、溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物である。
【0013】
(3)本発明の第3の発明は、第1又は第2の発明において、前記固形粉末は、焼成タイプのポリテトラフルオロエチレン粉末を含む、溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物である。
【0014】
(4)本発明の第4の発明は、第3の発明において、前記フッ素グリースは、前記添加剤として、未焼成タイプのポリテトラフルオロエチレン粉末をさらに含む、溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物である。
【0015】
(5)本発明の第5の発明は、第1乃至第4のいずれかの発明において、当該溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物は、炭素数1以上10以下のフッ化アルキル基と、アクリル基とを有する分散性向上剤をさらに含む、溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物である。
【0016】
(6)本発明の第6の発明は、第5の発明において、前記分散性向上剤は、前記固形粉末100質量部に対して、1質量部以上100質量部以下の割合で含有されている、溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物である。
【0017】
(7)本発明の第7の発明は、第1乃至第6のいずれかの発明において、前記フッ素系溶剤は、ハイドロフルオロエーテル又はハイドロフルオロカーボンを含む、溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、優れた性能を維持しつつ、いかなる接触形態においても潤滑性を発揮し、部品同士の固着を防止することができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施の形態」という)について詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲で種々の変更が可能である。
【0020】
≪1.溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物の構成≫
本実施の形態に係る溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物(以下、単に「潤滑剤組成物」ともいう)は、フッ素グリースがフッ素系溶剤に分散してなるものであって、フッ素グリースは、基油であるパーフルオロポリエーテル油と、潤滑時に変形しない微細な固体粉末と、を含有する。
【0021】
なお、フッ素系溶剤にフッ素グリースが「分散」した状態とは、フッ素系溶剤にフッ素グリースが溶解している状態も含むことを意味している。
【0022】
(1)基油(パーフルオロポリエーテル油)
基油は、パーフルオロポリエーテル油を含む。パーフルオロポリエーテル油としては、特に限定されないが、例えば下記一般式(i)~(iv)で表される構造を有するものが挙げられる。
【0023】
F-(CFCF3-CF2-O-)n-CF2-CF3 ・・(i)
(なお、式(i)中のnは、0又は正の整数である。)
CF3-(O-CFCF3-CF2)p-(O-CF2-)q-O-CF3 ・・(ii)
(なお、式(ii)中のp及びqは、それぞれ独立に、0又は正の整数である。)
F-(CF2-CF2-CF2-O-)r-CF2-CF3 ・・(iii)
(なお、式(iii)中のrは、0又は正の整数である。)
CF3-(O-CF2-CF2-)s-(O-CF2-)t-O-CF3 ・・(iv)
(なお、式(iv)中のs及びtは、それぞれ独立に、0又は正の整数である。)
【0024】
具体的には、例えば、Krytoxシリーズ(デュポン株式会社製)、FomblinYシリーズ(ソルベイスペシャリティポリマーズジャパン株式会社製)、FomblinMシリーズ(ソルベイスペシャリティポリマーズジャパン株式会社製)、FomblinWシリーズ(ソルベイスペシャリティポリマーズジャパン株式会社製)、FomblinZシリーズ(ソルベイスペシャリティポリマーズジャパン株式会社製)、デムナムSシリーズ(ダイキン工業株式会社製)、PTシリーズ(日華化学株式会社製)等の市販品を使用することができる。
【0025】
また、パーフルオロポリエーテル油としては、上述したような構造を有するものが挙げられるが、その中でも、40℃における動粘度が15mm2/s~600mm2/sの範囲であるものを用いることが好ましい。
【0026】
(2)添加剤
本実施の形態に係る潤滑剤組成物においては、フッ素グリースに添加する添加剤として、潤滑時に変形しない微細な固体粉末を含有する。
【0027】
添加剤である固体粉末に関して、「潤滑時に変形しない」とは、固体粉末に機械的なせん断応力が加わっても、それ自身の形状の変化が殆どないことをいう。このような固体粉末であれば、グリースの粘性を変化させることなく、優れた潤滑性を発揮させることができる。
【0028】
このことは、従来のように大きなトルクが発生する摺動部であれば、固体潤滑剤のようにそれ自身の変形能によって潤滑性を得たりする場合があるが、近年の例えば微細部品等における摺動部では、発生するトルクが小さいため、添加剤である固体潤滑剤が変形できないばかりか、固体潤滑剤同士が凝集して摺動部に固着してしまうことがあり、十分な潤滑性が発揮されない場合があった。この点、本実施の形態に係る潤滑剤組成物では、添加剤として、潤滑時に変形しない微細な固形粉末を含有させることにより、その固形粉末が基油の流動性を適度に阻害し、摺動部の潤滑に適した粘性を有するようにすることができる。また、固体粉末が変形しにくいことにより、固体粉末同士の凝集や、摺動部材への吸着が劣り、摺動部への固着が生じにくくなる。
【0029】
具体的に、潤滑時に変形しない微細な固体粉末としては、上述した特性を有するものであれば特に限定されないが、基油内に均一に分散させるためには、基油(パーフルオロポリエーテル油)との親和性があるのが好ましい。例えば、基油との親和性を有するという点において、焼成タイプのポリテトラフルオロエチレンを用いるのがより好ましい。
【0030】
ここで、未焼成タイプのポリテトラフルオロエチレン等の固体潤滑剤は、不定形で比表面積及び吸油量が大きく、少量でもフッ素グリースの粘性を発現させることができるため、従来潤滑剤に広く使用されている。ところが、そのような固体潤滑剤は、潤滑時にせん断応力が生じることで変形しやすく、フッ素系溶剤に分散するときの機械的なせん断応力でも変形し、高い粘性を示す。ところが、微細部品にとっては粘性が高くなりすぎることがあり、部品が変形したり、部品の摺動ができなかったりする場合がある。これに対して、「焼成タイプのポリテトラフルオロエチレン」は、球形に近い微細な粒子形状を有し、吸油量が少なく、せん断応力が加わっても変形しにくい。そのため、フッ素系溶剤に分散させた際に、機械的なせん断応力が生じてもグリースの粘性が変化しにくく添加剤を介した部品同士の固着を効果的に防止することができる。固体粉末の形状が上述したような球状であれば、摺動部の部品間隔が狭くなって部品に接触してしまう場合でも点接触となり、摩擦抵抗が大きくなることがないので好ましい。
【0031】
また、固体粉末の粒径は、適用する部品に応じて適宜選定すればよい。例えば、微細部品での適用を想定した場合には、平均粒径が10.0μm以下のものを使用することが好ましい。また、添加質量が同じ場合、固体粉末の粒径が小さいほど、基油のパーフルオロポリエーテル油との接触面積が大きくなり、親和性が大きくなる。そのため、パーフルオロポリエーテル油の油分離を小さくする効果が得られ、好ましい。また、固体粉末として、上記例示したように焼成タイプのポリテトラフルオロエチレンを用いることで、基油のパーフルオロポリエーテル油とのなじみが増し、油分離をより小さくする効果が得られるため、より好ましい。
【0032】
一方で、平均粒径が10.0μmより大きい固体粉末であると、基油のパーフルオロポリエーテル油との接触面積が小さくなり、すなわち親和力が小さくなる。そのため、同じ質量で配合した場合でも、平均粒径が10.0μm以下のものに比べてちょう度が大きくなって流動性が増し、それにより油分離が多くなって適用部からの流出が起こり易くなる場合がある。固体粉末の配合量を増やすことで、グリースのちょう度及び油分離量を低減させることは可能であるものの、グリース中の固体成分比が大きくなるため、溶剤が揮発した後の状態での粘性が大きくなり過ぎてしまう場合がある。
【0033】
このように、添加剤として用いる固体粉末の粒径を細かくすることによりパーフルオロポリエーテル油との親和力を大きくすることができるが、粘度が高くなってしまうため、使用する環境に応じて適宜選択することが好ましい。具体例としては、上述したように、近年の微細部品用として、平均粒径が10.0μm以下のものを用いることが好ましく、5.0μm以下のものを用いることがより好ましい。平均粒径の下限には、特に限定はないが、粘度と取り扱い性の観点から、0.1μm以上のものを用いることが好ましい。
【0034】
なお、平均粒径はISO13320(2020)に記載のレーザー回折法を用いて得ることができる。
【0035】
本実施の形態に係る潤滑剤組成物においては、上述した固体粉末と、基油であるパーフルオロポリエーテル油との組み合わせの成分が、実質的な有効成分となる。組成物中(組成物100質量%)におけるこの有効成分の割合としては、1質量%以上50質量%以下であることが好ましく、3質量%以上25質量%以下の割合で含まれることがより好ましい。組成物中の有効成分量が1質量%未満であると、溶剤揮発後の有効成分量が不十分で対象表面全域に存在することができない場合があり、不均一な島状の分布となってしまい、潤滑性に乏しくなることがある。一方で、有効成分量が50質量%を超えると、粘度を十分に低くすることができない場合があり、溶剤希釈型フッ素系潤滑剤の流動性が低く、ハンドリング性が悪くなることがある。そのため、塗布後、及び乾燥後の形成被膜の平滑性に劣る場合がある。また、有効成分量が多くなりすぎると、塗布乾燥後の残留量が多くなり、もともとの要求特性の一つである、薄膜形成が困難となる場合がある。
【0036】
固体粉末の配合量に関しては、基油であるパーフルオロポリエーテル油との配合比に基づいて決定するのが好ましい。具体的には、パーフルオロポリエーテル油:固体粉末の質量比率が、97:3~50:50の範囲となるように配合させることが好ましい。パーフルオロポリエーテル油との配合比の関係において、固体粉末の配合比率が3質量%未満であると、乾燥後のフッ素グリースの潤滑性が乏しくなる。一方で、固体粉末の配合比率が50質量%を超えると、乾燥後のフッ素グリースの粘性が高くなりすぎるため、溶剤が揮発した乾燥後の状態においてトルクが高くなりすぎて、微細部品の摺動トルク以上となり摺動部が固着する等の弊害が生じる可能性がある。
【0037】
また、本実施の形態に係る潤滑剤組成物においては、粘度を調整して好適な潤滑性を付与するために、摺動部での固着を生じさせない範囲で、固体潤滑剤を混合させることもできる。なお、固体潤滑剤としては、特に限定されないが、未焼成タイプのポリテトラフルオロエチレンを用いることが好ましい。
【0038】
固体潤滑剤を更に添加する場合において、固形粉末と固体潤滑剤との配合比率は、使用するグリースに求められる粘性に基づいて決定すればよい。具体的には、固形粉末:固体潤滑剤の比率が、100:0~50:50の範囲となるように配合させることが好ましい。さらに、90:10~60:40の範囲となるように配合させることがより好ましい。
【0039】
(3)分散性向上剤
本実施の形態に係る潤滑剤組成物においては、分散性向上剤を配合することができる。分散性向上剤を含有することにより、潤滑剤組成物中の添加剤(固体粉末)の分散性を向上させることができるため、乾燥後のフッ素グリース中の添加剤(固体粉末)の分布も均一にすることができる。
【0040】
分散性向上剤としては、特に限定されず、基油であるパーフルオロポリエーテル油の種類に依らずに、フッ素系溶剤に溶解するものであればよい。例えば、炭素数1~10のフッ化アルキル基と、アクリル基とを有する化合物を用いることが好ましい。
【0041】
具体的には、炭素数1~10のフッ化アルキル基と、アクリル基とを有する化合物において、フッ化アルキル基が、炭素数1~10のパーフルオロアルキル基であることが好ましい。また、その炭素数は4~8であることがより好ましく、近年のPFOA規制の観点から炭素数が6であるものが特に好ましい。
【0042】
分散性向上剤の配合量としては、上述した添加剤(固体粉末)の種類やその粒子径に基づく表面積によって適宜調整することが好ましい。分散性向上剤は、添加剤の表面に吸着するため、添加剤の粒子径が小さい、すなわち表面積が大きいものである場合には、添加剤の配合量が同じであっても、粒子径が大きいときよりも分散性向上剤の配合量を多くする。
【0043】
例えば、固体粉末を含有する薄膜状のフッ素グリース膜を形成させる場合、分散性向上剤の配合量としては、固体粉末100質量部に対して1質量部以上100質量部以下であることが好ましく、5質量部以上50質量部以下であることがより好ましく、10質量部以上30質量部以下であることが特に好ましい。すなわち、固体粉末として平均粒径が10μm以下の焼成タイプのポリテトラフルオロエチレンを用いる場合には、ポリテトラフルオロエチレン100質量部に対して、分散性向上剤が1質量部以上100質量部以下であることが好ましい。
【0044】
分散性向上剤の配合量に関して、固体粉末100質量部に対して1質量部未満であると、固体粉末の沈降を効果的に抑制できない可能性がある。一方で、固体粉末100質量部に対して100質量部を超える割合で配合しても、その効果が頭打ちとなり、また過剰に配合することによって固体粉末の沈降時にハードケーキ化する可能性がある。長期保管等により固体粉末が沈降してしまった場合は、通常は撹拌等により再分散させることが可能であるが、ハードケーキ化してしまった場合は、沈降した固体粉末が凝集してしまい、撹拌では十分にほぐれず再分散性が低下することがある。また、配合量が多すぎると、乾燥後のフッ素グリースの粘性が必要以上に上昇し、部品間の固着を助長させる可能性がある。
【0045】
(4)フッ素系溶剤
本実施の形態に係る潤滑剤組成物は、基油としてのパーフルオロポリエーテル油を含有するフッ素グリースをフッ素系溶剤に分散(又は溶解)させた溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物である。フッ素系溶剤としては、特に限定されないが、ハイドロフルオロエーテルやハイドロフルオロカーボンを使用することが好ましい。
【0046】
ハイドロフルオロエーテルやハイドロフルオロカーボンは、パーフルオロポリエーテル油との相溶性が高く、また他のハロゲン系溶剤に比べて地球温暖化係数が低いため、近年の環境への意識を鑑みた際に特に好ましい。具体的には、NOVECシリーズ(スリーエムジャパン株式会社製)、アサヒクリンシリーズ(AGC株式会社製)、バートレルシリーズ(三井・デュポンフロロケミカル株式会社製)等の市販品を使用することができる。
【0047】
また、近年環境対応型として普及し始めている、ハイドロフルオロオレフィンを使用することができる。例えば、スープリオン(三井・デュポンフロロケミカル株式会社製)等の製品が市販されており、好適に使用することができる。
【0048】
(5)その他の成分
なお、本実施の形態に係る潤滑剤組成物には、上述した成分のほか、その効果を阻害しない範囲で種々のその他の成分を配合させることができる。例えば、摩擦調整剤、金属腐食防止剤、防錆剤といった種々のその他の成分を配合させることができる。
【0049】
≪2.溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物の製造方法≫
本実施の形態に係る潤滑剤組成物は、公知の方法により製造することができる。具体的には、例えば、フッ素系溶剤であるハイドロフルオロエーテル等を容器に秤量し、公知の撹拌方法にて撹拌しながら、分散性向上剤を添加し、そこに、固体粉末を含有したフッ素グリースを投入して分散させる。また、必要に応じて各種のその他の成分を加えて分散させる。これにより、フッ素グリースを溶剤に分散させてなる溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物を得ることができる。
【0050】
フッ素系溶剤へのフッ素グリースの分散処理に際しては、例えば、プロペラ撹拌機、ディゾルバー、ディスパーマット、スターミル、ダイノーミル、アジテーターミル、クレアミックス、フィルミックス等の湿式撹拌・分散処理装置を用いて行うことができる。
【0051】
なお、上述したような順序で各成分を添加しそれぞれ混合撹拌することに限られず、使用する撹拌・分散装置の分散能力に応じて、各成分を同時に添加して混合撹拌してもよいし、一部の成分のみ同時に混合撹拌してもよい。また、添加剤として、未焼成タイプのポリテトラフルオロエチレンのような固体潤滑剤を配合する場合には、その固体潤滑剤の変形等への影響を考慮すると、プロペラ撹拌機及びディゾルバーを用いてマイルドに分散させることが好ましい。
【0052】
また、フッ素グリースを先に製造しておき、その後、フッ素系溶剤に分散させる場合、そのフッ素グリースの製造方法についても、特に限定されるものではなく、公知の方法により製造することができる。具体的には、例えば、基油であるパーフルオロポリエーテル油に、添加剤(固体粉末)と、必要に応じて各種のその他の成分とを混合した後、100℃~150℃程度の温度にて混練することによって得ることができる。
【0053】
フッ素グリースの製造においては、混練処理、分散処理、希釈処理、異種グリースの混合処理等の処理が挙げられる、それらの処理に際しては、例えば、3本ロールミル、万能撹拌機、ホモジナイザー、コロイドミル、自転・公転方式ミキサー(あわとり練太郎)等の周知の撹拌・分散処理装置を用いて行うことができる。
【実施例0054】
以下に、本発明の具体的な実施例を示してより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0055】
<溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物の作製>
実施例1~8、及び比較例1において、下記表1に示す配合割合にて含有させた溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物を作製した。なお、配合量は「質量%」で表され、組成物を構成する成分材料としてはそれぞれ以下のものを用いた。
【0056】
[成分]
(基油)
パーフルオロポリエーテル油A:Fomblin Y15(ソルベイスペシャリティポリマーズジャパン株式会社製)
(添加剤)
固体粉末:ポリテトラフルオロエチレン(焼成タイプ)(PTFE-A) Fluoro GT 105-RC(米Shamrock社製)
固体潤滑剤:ポリテトラフルオロエチレン(未焼成タイプ)(PTFE-B) Fluoro GE 125-RC(米Shamrock社製)
(分散性向上剤)
分散性向上剤:NOXBARRIER ST-462(ユニマテック株式会社製)
(フッ素系溶剤)
フッ素系溶剤A:NOVEC7200(スリーエムジャパン株式会社製)
【0057】
なお、分散性向上剤である「NOXBARRIER ST-462」は、炭素数6のパーフルオロアルキル基と、アクリル基とを有する化合物である。
【0058】
[作製手順]
自転公転ミキサー及び三本ロールを用いて、基油と、固体粉末(PTFE-A)及び固体潤滑剤(PTFE-B)からなる添加剤の配合割合が下記表1になるように、グリース組成物を作製した。
【0059】
一方で、容器にフッ素系溶剤を秤量し、プロペラ撹拌機で撹拌しながら、そこに分散性向上剤を添加して含有させた。次に、分散性向上剤を添加したフッ素系溶剤に、作製したグリース組成物を投入して撹拌混合した。これにより、フッ素系溶剤にフッ素グリースを分散させてなる溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物を作製した。
【0060】
なお、比較例1は、従来の溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物に相当する試料である。また、比較例2として、未焼成タイプのポリテトラフルオロエチレンからなる既存品A(当社製品)を準備した。
【0061】
<評価>
作製した溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物について、以下の評価を行った。
【0062】
[粘性評価]
溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物により部品表面に形成される潤滑薄膜(グリース薄膜)の粘性評価について、以下の手順でせん断粘度を測定して評価した。具体的には、容量100mLのビーカーに、作製した溶剤希釈型フッ素系潤滑剤を約50g入れ、常温にてフッ素系溶剤を留去した。溶剤留去後のフッ素グリースのせん断粘度を、下記条件にてレオメーターを用いて測定した。
【0063】
測定の結果、せん断粘度が60Pa未満の場合をグリースの粘度が十分低く流動性が良好である『〇』と評価し、せん断粘度が60Pa以上100Pa未満の場合をグリースの粘度が少し高く流動性が不十分である『△』と評価し、せん断粘度が100以上の場合をグリースの粘度が高く流動性が十分でない『×』と評価した。
【0064】
(せん断粘度の測定条件)
評価試験機:MCR-101
せん断速度:29.7s-1(10rpm)
試験温度:20℃
測定時間:5分
【0065】
[耐固着性試験]
溶剤希釈型フッ素系潤滑剤による部品同士の耐固着性について、試験機として表面性試験機(新東科学株式会社製)を用いて、以下の試験条件にて面接触形態による部品同士の摩擦係数を測定することで評価した。具体的には、ABS板1(40mm×120mm×t2mm)に溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物を塗布し、乾燥させた後、試験機下側の治具(可動部)に塗布面を上にして固定した。試験機上側の治具にABS板2(25mm×25mm×t2mm)を両面テープで貼り付け、塗布面に重ね、面圧が1.26kPaになるように錘をのせた。そして、1時間静置後、ABS板1を固定した治具を1.33mm/sの速度で20mm摺動させたときの摩擦係数を測定した。
【0066】
測定の結果、摩擦係数が0.6未満の場合は、流動性を有し部品同士が容易に摺動でき良好である『〇』と評価し、摩擦係数が0.6以上0.8未満の場合は、ある程度流動性を有し部品同士が摺動できるため条件によっては使用が可能な『△』と評価し、摩擦係数が0.8以上の場合は、流動性を殆ど有さず部品同士が固着する場合もある『×』と評価した。
【0067】
(摩擦係数の測定条件)
評価試験機:表面性試験機(トライボギアType14)
テストピース:ABS板(上側および下側)
面接触形態
荷重:面圧1.26kPa
摺動形態:すべり
摺動速度:1.33mm/s
摺動距離:20mm
【0068】
<結果>
下記表1に、実施例、比較例における溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物の組成を示すとともに、上述した評価試験の結果をまとめて示す。
【0069】
【0070】
表1に示す結果から、添加剤として固体粉末である焼成タイプのポリテトラフルオロエチレンを含有する実施例の潤滑剤組成物では、乾燥後のフッ素グリースの粘性が低く抑えられ、グリースの流動性が良好であることがわかる。また、良好な耐固着性を有することも示され、面接触形態の部品同士の固着を抑制し、低トルクで摺動可能であることもわかる。
【0071】
ただし、実施例7、8の評価結果から、固体潤滑剤である未焼成タイプのポリテトラフルオロエチレンの割合が多くなったり、固体潤滑剤と分散性向上剤との合計含有量が多くなったりすると、粘性が高くなって耐固着性が低下することがわかる。なお、使用部品によって使用不可となる境界条件は異なるため、溶剤希釈型フッ素系潤滑剤組成物を製造する際には使用環境等も考慮し、使用部品の摺動トルク等の使用条件に応じた、適切な配合量を選択すればよい。
【0072】
一方で、従来と同様に、固体潤滑剤である未焼成タイプのポリフルオロエチレンのみを用いた比較例1及び比較例2(既存品A)の潤滑剤組成物では、乾燥後のフッ素グリースの粘度が高くグリースの流動性に劣り、耐固着性が悪く面接触形態での固着を十分に抑制できないことがわかる。このため、微細部品の変形や摺動不良等の不具合を発生する恐れがある。