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特開2024-178383撓み噛合い式歯車装置および撓み噛合い式歯車装置の製造方法
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  • 特開-撓み噛合い式歯車装置および撓み噛合い式歯車装置の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024178383
(43)【公開日】2024-12-24
(54)【発明の名称】撓み噛合い式歯車装置および撓み噛合い式歯車装置の製造方法
(51)【国際特許分類】
   F16H 1/32 20060101AFI20241217BHJP
   F16C 33/64 20060101ALI20241217BHJP
   F16C 33/62 20060101ALI20241217BHJP
   F16C 19/28 20060101ALI20241217BHJP
   C21D 9/32 20060101ALN20241217BHJP
   C21D 9/28 20060101ALN20241217BHJP
   C21D 1/06 20060101ALN20241217BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20241217BHJP
   C22C 38/44 20060101ALN20241217BHJP
【FI】
F16H1/32 B
F16C33/64
F16C33/62
F16C19/28
C21D9/32 A
C21D9/28 A
C21D1/06 A
C22C38/00 301N
C22C38/44
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024166061
(22)【出願日】2024-09-25
(62)【分割の表示】P 2020136089の分割
【原出願日】2020-08-12
(71)【出願人】
【識別番号】000002107
【氏名又は名称】住友重機械工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090033
【弁理士】
【氏名又は名称】荒船 博司
(74)【代理人】
【識別番号】100093045
【弁理士】
【氏名又は名称】荒船 良男
(72)【発明者】
【氏名】石塚 正幸
(72)【発明者】
【氏名】福村 秀夫
(72)【発明者】
【氏名】丸山 貴史
(57)【要約】
【課題】起振体軸受の内輪側転走面の耐久性を向上できる撓み噛合い式歯車装置、並びに、撓み噛合い式歯車装置の製造方法を提供する。
【解決手段】撓み噛合い式歯車装置(1)は、起振体(10A)と、起振体により撓み変形する外歯歯車(12)と、外歯歯車と噛み合う内歯歯車(22g、23g)と、起振体と外歯歯車の間に配置される起振体軸受(15)と、を備える。そして、起振体軸受(15)の転動体(15A)が転動する内輪側転走面に硬化処理が施されており、この硬化処理は、所定時間運転した後の内輪側転走面の表面硬度が、運転前の内輪側転走面の表面硬度よりも高くなる特性を、内輪側転走面に付与する処理である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
起振体と、前記起振体により撓み変形する外歯歯車と、前記外歯歯車と噛み合う内歯歯車と、前記起振体と前記外歯歯車の間に配置される起振体軸受と、を備えた撓み噛合い式歯車装置であって、
前記起振体軸受の転動体が転動する内輪側転走面に硬化処理が施されており、
前記硬化処理は、所定時間運転した後の前記内輪側転走面の表面硬度が、運転前の前記内輪側転走面の表面硬度よりも高くなる特性を、前記内輪側転走面に付与する処理である、
撓み噛合い式歯車装置。
【請求項2】
起振体と、前記起振体により撓み変形する外歯歯車と、前記外歯歯車と噛み合う内歯歯車と、前記起振体と前記外歯歯車の間に配置される起振体軸受と、を備えた撓み噛合い式歯車装置であって、
前記起振体軸受の転動体が転動する内輪側転走面に硬化処理が施されており、
前記硬化処理は、所定時間運転した後に、前記内輪側転走面のうち前記転動体が接触する転走部位の表面硬度が、前記転動体が接触しない非転走部位の表面硬度よりも高くなる特性を、前記内輪側転走面に付与する処理である、
撓み噛合い式歯車装置。
【請求項3】
前記内輪側転走面は、中心軸に垂直な断面外形に長軸位置と短軸位置とが含まれ、
前記所定時間運転した後に表面硬度が高くなる部位は、前記内輪側転走面の長軸位置から±70度の範囲に含まれる、
請求項1又は請求項2記載の撓み噛合い式歯車装置。
【請求項4】
前記内歯歯車は第1内歯歯車と第2内歯歯車とを有し、
前記内輪側転走面の転動体との接触面圧は、前記第1内歯歯車の径方向内側に位置する第1部分の方が、前記第2内歯歯車の径方向内側に位置する第2部分よりも大きく、
前記所定時間運転した後の表面硬度は、前記第1部分の方が前記第2部分よりも高い、
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の撓み噛合い式歯車装置。
【請求項5】
前記硬化処理は、運転前の前記内輪側転走面における、残留オーステナイトを35~45体積%にし、炭化物量を5~15面積%にする処理である、
請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の撓み噛合い式歯車装置。
【請求項6】
起振体と、前記起振体により撓み変形する外歯歯車と、前記外歯歯車と噛み合う内歯歯車と、前記起振体と前記外歯歯車の間に配置される起振体軸受と、を備えた撓み噛合い式歯車装置の製造方法であって、
前記起振体軸受の転動体が転動する内輪側転走面に硬化処理を施す硬化処理工程を有し、
前記硬化処理工程においては、前記撓み噛合い式歯車装置を所定時間運転した後の前記内輪側転走面の表面硬度が、運転前の前記内輪側転走面の表面硬度よりも高くなる特性を、前記内輪側転走面に付与する処理を行う、
撓み噛合い式歯車装置の製造方法。
【請求項7】
起振体と、前記起振体により撓み変形する外歯歯車と、前記外歯歯車と噛み合う内歯歯車と、前記起振体と前記外歯歯車の間に配置される起振体軸受と、を備えた撓み噛合い式歯車装置の製造方法であって、
前記起振体軸受の転動体が転動する内輪側転走面に硬化処理を施す硬化処理工程を有し、
前記硬化処理工程においては、前記撓み噛合い式歯車装置を所定時間運転した後に、前記内輪側転走面のうち前記転動体が接触する転走部位の表面硬度が、前記転動体が接触しない非転走部位の表面硬度よりも高くなる特性を、前記内輪側転走面に付与する処理を行う、
撓み噛合い式歯車装置の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、撓み噛合い式歯車装置および撓み噛合い式歯車装置の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、起振体と、起振体により撓み変形する外歯歯車と、外歯歯車と噛み合う内歯歯車と、起振体と外歯歯車の間に配置される起振体軸受と、を備えた撓み噛合い式歯車装置が示されている。撓み噛合い式歯車装置は、断面が非円形の起振体が回転することで、外歯歯車が起振体軸受を介して相対的に回転し、外歯歯車が起振体の周りで撓み変形する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2018-091444号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
撓み噛合い式歯車装置においては、起振体軸受の内輪側転走面が耐久性上厳しい状態下にあり、その耐久性を向上することが望まれている。
【0005】
本発明は、内輪側転走面の耐久性を向上できる撓み噛合い式歯車装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様である撓み噛合い式歯車装置は、
起振体と、前記起振体により撓み変形する外歯歯車と、前記外歯歯車と噛み合う内歯歯車と、前記起振体と前記外歯歯車の間に配置される起振体軸受と、を備えた撓み噛合い式歯車装置であって、
前記起振体軸受の転動体が転動する内輪側転走面に硬化処理が施されており、
前記硬化処理は、所定時間運転した後の前記内輪側転走面の表面硬度が、運転前の前記内輪側転走面の表面硬度よりも高くなる特性を、前記内輪側転走面に付与する処理である。
【0007】
本発明のもう一つの態様である撓み噛合い式歯車装置は、
起振体と、前記起振体により撓み変形する外歯歯車と、前記外歯歯車と噛み合う内歯歯車と、前記起振体と前記外歯歯車の間に配置される起振体軸受と、を備えた撓み噛合い式歯車装置であって、
前記起振体軸受の転動体が転動する内輪側転走面に硬化処理が施されており、
前記硬化処理は、所定時間運転した後に、前記内輪側転走面のうち前記転動体が接触する転走部位の表面硬度が、前記転動体が接触しない非転走部位の表面硬度よりも高くなる特性を、前記内輪側転走面に付与する処理である。
【0008】
本発明の一態様である撓み噛合い式歯車装置の製造方法は、
起振体と、前記起振体により撓み変形する外歯歯車と、前記外歯歯車と噛み合う内歯歯車と、前記起振体と前記外歯歯車の間に配置される起振体軸受と、を備えた撓み噛合い式歯車装置の製造方法であって、
前記起振体軸受の転動体が転動する内輪側転走面に硬化処理を施す硬化処理工程を有し、
前記硬化処理工程においては、前記撓み噛合い式歯車装置を所定時間運転した後の前記内輪側転走面の表面硬度が、運転前の前記内輪側転走面の表面硬度よりも高くなる特性を、前記内輪側転走面に付与する処理を行う。
【0009】
本発明のもう一つの態様である撓み噛合い式歯車装置の製造方法は、
起振体と、前記起振体により撓み変形する外歯歯車と、前記外歯歯車と噛み合う内歯歯車と、前記起振体と前記外歯歯車の間に配置される起振体軸受と、を備えた撓み噛合い式歯車装置の製造方法であって、
前記起振体軸受の転動体が転動する内輪側転走面に硬化処理を施す硬化処理工程を有し、
前記硬化処理工程においては、前記撓み噛合い式歯車装置を所定時間運転した後に、前記内輪側転走面のうち前記転動体が接触する転走部位の表面硬度が、前記転動体が接触しない非転走部位の表面硬度よりも高くなる特性を、前記内輪側転走面に付与する処理を行う。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、起振体軸受における内輪側転走面の耐久性が向上した撓み噛合い式歯車装置、並びに、撓み噛合い式歯車装置の製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の実施形態1に係る撓み噛合い式歯車装置を示す断面図である。
図2図1の起振体軸を示す斜視図(A)と起振体の回転軸に垂直な断面を示す図(B)である。
図3】起振体軸の硬化処理を実現する熱処理の一例を示すタイムチャートである。
図4】本発明の実施形態2に係る撓み噛合い式歯車装置を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して詳細に説明する。
【0013】
図1は、本発明の実施形態1に係る撓み噛合い式歯車装置を示す断面図である。以下では、図1の回転軸O1に沿った方向を軸方向と呼び、回転軸O1から垂直な方向を径方向と呼び、回転軸O1を中心とする回転方向を周方向と呼ぶ。さらに、軸方向において、減速された回転運動が出力される第2カバー27側を出力側と呼び、その反対側を反出力側と呼ぶ。
【0014】
図1の撓み噛合い式歯車装置1は、外歯歯車12が撓み変形し、回転運動が減速されて伝達される筒型の撓み噛合い式歯車装置である。撓み噛合い式歯車装置1は、起振体軸10、起振体軸10により撓み変形される外歯歯車12、外歯歯車12と噛み合う反出力側内歯歯車22及び出力側内歯歯車23、並びに、起振体軸受15を備える。さらに、撓み噛合い式歯車装置1は、ケーシング24、第1カバー26、第2カバー27、入力軸受31、32及び主軸受33を備える。出力側内歯歯車23は、本発明に係る第1内歯歯車に相当する。反出力側内歯歯車22は、本発明に係る第2内歯歯車に相当する。
【0015】
起振体軸10は、中空軸状であり、回転軸(中心軸)O1に垂直な断面の外形が楕円状である起振体10Aと、起振体10Aの軸方向の両側に設けられ回転軸O1に垂直な断面の外形が円形である軸部10B、10Cとを有する。なお、楕円状とは、幾何学的に厳密な楕円に限定されるものではなく、略楕円を含む。起振体軸10は、回転軸O1を中心に回転し、起振体10Aの回転軸O1に垂直な断面における外形形状の中心は回転軸O1と一致する。起振体軸10は、モータ等の駆動源(図示省略)に連結されて駆動力が入力される入力軸である。実施形態1において、起振体10Aの外周面が、起振体軸受15の転動体が転走する内輪側転走面に相当する。
【0016】
外歯歯車12は、可撓性を有する円筒状の金属であり、外周に歯が設けられている。
【0017】
起振体軸受15は、起振体10Aと外歯歯車12との間に配置される。起振体軸受15は、複数の転動体15Aと、複数の転動体15Aを保持する保持器15Cと、外輪15Bとを有する。転動体15Aは、コロであるが、球であってもよい。複数の転動体15Aは、一方の内歯部22gの径方向内方に位置する反出力側の複数の転動体15Aと、もう一方の内歯部23gの径方向内方に位置する出力側の複数の転動体15Aとを含む。複数の転動体15Aは、起振体10Aの外周面を内輪側転走面とし、外輪15Bの内周面を外輪側転走面として転動する。転走面は軌道面とも呼ばれる。
【0018】
反出力側内歯歯車22と出力側内歯歯車23とは、それぞれ内周部に内歯部22g、23gを有する。一方の内歯部22gは、外歯歯車12の軸方向中央より反出力側の歯部に噛合し、もう一方の内歯部23gは外歯歯車12の軸方向中央より出力側の歯部に噛合する。反出力側内歯歯車22と外歯歯車12との歯数は異なり、出力側内歯歯車23と外歯歯車12との歯数は一致する。なお、歯数が一致する方を反出力側内歯歯車22とし、歯数が異なる方を出力側内歯歯車23としてもよい。
【0019】
ケーシング24は、反出力側内歯歯車22と連結され、反出力側内歯歯車22ととともに、内歯部22g、23g及び外歯歯車12の径方向外側を覆う。第1カバー26は、出力側内歯歯車23に連結され、起振体軸10の反出力側における外周部を覆う。第2カバー27は、反出力側内歯歯車22に連結され、起振体軸10の出力側における外周部を覆う。第1カバー26は、入力軸受31を介して起振体軸10を回転自在に支持する。第2カバー27は、入力軸受32を介して起振体軸10を回転自在に支持する。ケーシング24は、主軸受33を介して出力側内歯歯車23を回転自在に支持する。
【0020】
<動作説明>
モータ等の駆動源により起振体軸10が回転駆動されると、起振体10Aの運動が外歯歯車12に伝わる。このとき、外歯歯車12は、起振体10Aの外周面に沿った形状に規制され、軸方向から見て、長軸部分と短軸部分とを有する楕円状に撓んでいる。さらに、外歯歯車12は、固定された反出力側内歯歯車22と長軸部分で噛合っている。このため、外歯歯車12は起振体10Aと同じ回転速度で回転することはなく、外歯歯車12の内側で起振体10Aが相対的に回転する。そして、この相対的な回転に伴って、外歯歯車12は長軸位置と短軸位置とが周方向に移動するように撓み変形する。この変形の周期は、起振体軸10の回転周期に比例する。
【0021】
外歯歯車12が撓み変形する際、その長軸位置が移動することで、外歯歯車12と反出力側内歯歯車22との噛み合う位置が回転方向に変化する。ここで、例えば、外歯歯車12の歯数が100で、反出力側内歯歯車22の歯数が102だとすると、噛み合う位置が一周するごとに、外歯歯車12と反出力側内歯歯車22との噛み合う歯がずれていき、これにより外歯歯車12が回転(自転)する。上記の歯数であれば、起振体軸10の回転運動は減速比100:2で減速されて外歯歯車12に伝達される。
【0022】
一方、外歯歯車12は出力側内歯歯車23とも噛合っているため、起振体軸10の回転によって外歯歯車12と出力側内歯歯車23との噛み合う位置も回転方向に変化する。ここで、出力側内歯歯車23の歯数と外歯歯車12の歯数とが同数であるとすると、外歯歯車12と出力側内歯歯車23とは相対的に回転せず、外歯歯車12の回転運動が減速比1:1で出力側内歯歯車23へ伝達される。これらによって、起振体軸10の回転運動が減速比100:2で減速されて、出力側内歯歯車23及び第2カバー27へ伝達され、この回転運動が駆動対象の外部部材に出力される。
【0023】
<起振体軸の詳細>
図2は、起振体軸を示す斜視図(A)と起振体の回転軸に垂直な断面を示す図(B)である。先に説明したように、起振体10Aの外周面は、起振体軸受15の転動体15Aが転走する内輪側転走面に相当する。起振体軸10の材質は、鋼であり、より具体的には、Fe(e)に、C(炭素):0.18~0.23重量%、Si(ケイ素):0.15~0.35重量%、Mn(マンガン):0.60~0.90重量%、P(リン):0.030重量%以下、S(硫黄):0.030重量%以下、Ni(ニッケル):0.25重量%以下、Cr(クロム):0.90~1.20重量%、Mo(モリブデン):0.15~0.25重量%、を含有させたものである。
【0024】
図2(A)に示すように、起振体10Aの外周面には、反出力側の転動体15Aが接触する反出力側の転走部位H1と、出力側の転動体15Aが接触する出力側の転走部位H2と、転動体15Aが接触しない非転走部位H3とが含まれる。図2(A)において各部位H1~H3の境界を二点鎖線で示す。非転走部位H3は、内輪側転走面の軸方向における中央部及び両端部などに位置する。さらに、図2(B)に示すように、起振体10Aの外周面には、周方向において、長軸位置P1周辺の範囲(例えば長軸位置P1から±70度の範囲)である長軸範囲W1と、短軸位置P2周辺の範囲(例えば短軸位置P2から±20度の範囲)である短軸範囲W2とが含まれる。長軸位置P1とは、起振体10Aを回転軸O1に垂直に切断した断面において、楕円状の外周における最大半径位置であり、短軸位置P2とは同断面において楕円状の外周における最小半径位置である。転走部位H1は、反出力側内歯歯車22の内歯部22gの径方向内側に位置し、本発明における第2部分に相当する。転走部位H2は、出力側内歯歯車23の内歯部23gの径方向内側に位置し、本発明における第1部分に相当する。
【0025】
起振体10Aの外周面(内輪側転走面)は、各部において転動体15Aとの接触面圧が異なる。当然ながら、転走部位H1、H2は、非転走部位H3よりも転動体15Aの接触面圧が大きい。長軸範囲W1は短軸範囲W2よりも転動体15Aの接触面圧が大きく、出力側の転走部位H2が反出力側の転走部位H1よりも転動体15Aの接触面圧が大きい。なお、出力側の転走部位H2が反出力側の転走部位H1よりも転動体15Aの接触面圧が小さくなる構成もあり得る。
【0026】
<硬化処理>
起振体軸10は、部品単体で硬化処理が施される。硬化処理は、所定時間運転したときの内輪側転走面の硬度が運転前の内輪側転走面の硬度よりも高くなる特性を、内輪側転走面に付与する処理である。上記の運転とは、起振体軸10が組み込まれた(新品の)撓み噛合い式歯車装置1に負荷を加えて減速運動させることを意味する。上記の硬化処理は、次のような熱処理により達成される。
【0027】
図3は、起振体軸の硬化処理を実現する熱処理の一例を示すタイムチャートである。この熱処理では、まず、硬化処理前の起振体軸10を炉内で950℃~980℃まで加熱し、この温度に均熱化したら、その温度で炉内の雰囲気を炭化水素系のガス(例えば、メタン、プロパン、エチレン、アセチレンなど)に切り替え、この状態を維持し、その後、冷却する(第1熱工程J1)。続いて、起振体軸10を炉内で850℃まで加熱し、この温度に均熱化したら、その温度で炉内の雰囲気を上述したような炭化水素系のガスに切り替え、この状態を維持し、その後、冷却する(第2熱工程J2)。次に、起振体軸10を炉内で880℃まで加熱し、この温度に均熱化したら、その温度で炉内の雰囲気をNHガスに切り替え、この状態を維持し、その後、第1熱工程J1及び第2熱工程J2よりも急速かつ低い温度まで冷却する(第3熱工程J3)。その後、160℃~180℃で数時間の焼き戻しを行い(第4熱工程J4)、硬化処理が完了する。
【0028】
第1熱工程J1の温度を高温にすることで、一定以上の硬化深さを短時間で得ることができる。ただし、980℃より更に温度を上げると結晶粒の粗大化などの悪影響が生じやすくなるため、第1熱工程J1の温度は950℃~980℃に設定している。なお、上述した特性が付与される硬化処理は、上記の熱処理に限られない。
【0029】
上記の熱処理により、起振体軸10の表面部に炭素及び窒素が侵入及び拡散し、表面部には冷却の過程で変態したマルテンサイトと未変態の残留オーステナイトとが分布する。そして、起振体軸10の表面部は、下記の特性表1に示される特性を得る。
【表1】
ここで、ECDは、有効硬化層深さ(Effective Case Depth)であり、本実施形態においては、例えば表面からビッカース硬さ550HVまでの深さを示す。残留γは、総体積に対する残留オーステナイトの体積割合を示す。炭化物量は、表面部の断面における析出した炭化物の面積割合を示す。
【0030】
このような表面部の特性が合わさって、所定時間運転したときの起振体10Aの外周面(内輪側転走面)の硬度が、運転前よりも運転後の方が高くなる特性が実現される。一般に、転動体が転走する任意の軸受の内輪側転走面では、転動体から及ぼされる荷重変動の繰り返しにより、内輪側転走面に転がり疲労が生じる。そして、転がり疲労が、疲労寿命に達すると、表面を起点とするフレーキング、ピッティング等の損傷が生じる。このような損傷は、金属表面の硬度の低下が原因の一つと考えられている。一方、硬化処理により所定時間の運転後に硬度が上昇する特性を有する起振体10Aの外周面によれば、撓み噛合い式歯車装置1の運転中に起振体軸受15の内輪側転走面の硬度が上昇する。したがって、硬度の低下に起因するフレーキング、ピッティング等の損傷が抑制され、耐久性上厳しい状態下にある起振体軸受15の内輪側転走面の耐久性が向上する。そして、撓み噛合い式歯車装置1の寿命を長くすることができる。
【0031】
上記の所定時間の運転により硬度が高くなる特性は、例えば、定格負荷(最大トルク)を加え、定格回転速度の5~8割の回転速度(平均が定格回転速度の6.5割程度)の運転条件で、1万回転以上の運転を行ったときに、運転前よりも内輪側転走面の硬度が高くなる特性であればよい。この特性により、耐久性上厳しい状態下にある起振体軸受15の内輪側転走面の耐久性が向上し、撓み噛合い式歯車装置1の寿命を長くすることができる。
【0032】
所定時間の運転により硬度が高くなる特性は、好ましくは、上記の1万回転の運転の前後で硬度が5%以上高くなる特性であってもよい。また上記特性は、より好ましくは、上記の運転条件で2万回転時~5万回転時にかけて、1万回転時の硬度の±3%以上の硬度が維持される特性であってもよい。また上記特性は、更に好ましくは、上記の運転条件で1万回転時~5万回転時にかけて漸次硬度が高くなる特性であってもよい。このような特性により、撓み噛合い式歯車装置1の寿命をより長くすることができる。
【0033】
所定時間の運転により硬度が高くなる特性は、起振体10Aの外周面(内輪側転走面)に転動体15Aが荷重を及ぼしながら転走することで、硬度が上昇する特性である。したがって、所定時間の運転により硬度が高くなる特性は、起振体10Aの外周面の全域でなく、転動体15Aの接触面圧が大きい部位にのみ現れる特性であってよい。すなわち、接触面圧が高くなる出力側の転走部位H2、あるいは、転走部位H1、H2の長軸範囲W1に現れる特性であってもよい。なお、長軸範囲W1の全角度範囲が、運転前後で硬度が上昇する特性を有するのではなく、長軸範囲W1の一部の角度範囲が、運転前後で硬度が上昇する特性を有すればよい。さらに、非転走部位H3は、転動体15Aから接触面圧を受けず、運転前後で硬度の変化が少ない。したがって、所定時間の運転により硬度が高くなる特性とは、所定時間運転したときに転走部位H1、H2の硬度が、非転走部位H3の硬度よりも高くなる特性と言い換えてもよい。
【0034】
さらに、硬度の上昇率は、転動体15Aの接触面圧が大きい部位がより高くなる。すなわち、出力側の転走部位H2は反出力側の転走部位H1よりも運転前後での硬度の上昇率が高く、長軸範囲W1は短軸範囲W2よりも運転前後での硬度の上昇率が高い。
【0035】
<硬度が上昇する特性の確認方法>
次に、上記の硬化処理された起振体軸10において運転により硬度が上昇する特性の確認方法について説明する。起振体10Aの外周面は、転動体15Aから荷重を受けるごとに、僅かずつ特性が変化するが、次のような条件で運転した場合に、硬度の上昇を容易に識別できる。
運転条件1:定格負荷(最大トルク)を加え、定格回転速度の5~8割の速度(平均が定格回転速度の6.5割程度)で、1万回連続に運転
【0036】
実施形態1の撓み噛合い式歯車装置1について、出荷時(新品時)と、運転条件1の運転後とで、起振体軸10を取出し、起振体10Aの各部の硬度を計測すると、次の表に示される計測結果が得られた。
【0037】
【表2】
表中の「長軸反出力側」は長軸範囲W1の転走部位H1(図2を参照)を示し、「短軸反出力側」は短軸範囲W2の転走部位H1を示す。「長軸出力側」は長軸範囲W1の転走部位H2を示し、「短軸出力側」は短軸範囲W2の転走部位H2を示す。「非転走部位」は非転走部位H3を示す。「硬度」は、試験力を300gf(1gf≒9.8mN)としたビッカース硬度を示す。
【0038】
計測結果1に示されるように、起振体10Aの外周面は、転動体15Aから荷重を受ける転走部位H1、H2において運転前より運転後のほうが硬度が上昇する。さらに、転動体15Aとの接触面圧の高い長軸範囲W1の硬度の上昇率が短軸範囲W2の硬度の上昇率よりも高く、転動体15Aとの接触面圧の高い出力側の転走部位H2の硬度の上昇率が、反出力側の転走部位H1の硬度の上昇率よりも高い。非転走部位H3は、運転により転動体15Aから荷重を受けないので、硬度の変化は少なく、運転前の転走部位H1、H2の硬度と同等である。
【0039】
以上のように、実施形態1の撓み噛合い式歯車装置1によれば、起振体軸受15の内輪側転走面、すなわち、起振体10Aの外周面に硬化処理が施されている。さらに、この硬化処理が、所定時間運転した後の表面硬度が運転前の硬度よりも高くなる特性を、内輪側転走面に付与する処理である。言い換えれば、上記硬化処理は、所定時間運転した後の転走部位H1、H2の表面硬度が非転走部位H3の表面硬度より高くなる特性を、内輪側転走面に付与する処理である。このような硬化処理により、撓み噛合い式歯車装置1が運転される過程で、起振体10Aの外周面の硬度が上昇し、硬度の低下を原因とするフレーキング、ピッティング等の損傷を抑制できる。したがって、撓み噛合い式歯車装置1の耐久性を向上できる。
【0040】
さらに、実施形態1の撓み噛合い式歯車装置1によれば、起振体10Aの外周面のうち、運転により硬度が上昇する部位には長軸範囲W1に含まれる。長軸範囲W1は、その他の領域と比べて転動体15Aから高い接触面圧を受け、耐久性上厳しい状態にある。したがって、この部分の硬度が運転により上昇し、耐久性が向上することで、撓み噛合い式歯車装置1の耐久性をより向上できる。なお、長軸範囲W1の全範囲が、運転前より運転後の方が硬度が高くなっている必要はなく、長軸範囲W1の一部の範囲が、運転前より運転後の方が硬度が高くなっていればよい。好ましくは、長軸範囲W1のうち耐久性上厳しい状況化にある範囲の硬度が上昇し、耐久性が向上できればよい。
【0041】
さらに、実施形態1の撓み噛合い式歯車装置1によれば、起振体10Aの外周面のうち、運転により硬度が上昇する部位には、出力側の転走部位H2が含まれる。実施形態1の構成では、出力側の転走部位H2が、反出力側の転走部位H1に比べて、転動体15Aから高い接触面圧を受け、耐久性上厳しい状態にある。したがって、この部分の硬度が運転により上昇し、耐久性が向上することで、撓み噛合い式歯車装置1の耐久性をより向上できる。なお、反出力側の転走部位H1が、出力側の転走部位H2に比べて、転動体15Aから高い接触面圧を受ける構成である場合には、運転により硬度が上昇する部位には、反出力側の転走部位H2が含まれればよい。
【0042】
さらに、実施形態1の撓み噛合い式歯車装置1によれば、起振体軸10の硬化処理は、起振体10Aの外周表面部において、残留オーステナイトを35~45体積%とし、炭化物量が5~15面積%とする処理である。このような表面部の相変態及び組成により、運転により硬度が上昇し、耐久性が向上する表面部の特性の実現を容易にする。
【0043】
(実施形態2)
図4は、本発明の実施形態2に係る撓み噛合い式歯車装置を示す断面図である。実施形態2の撓み噛合い式歯車装置1Aは、起振体軸受15が内輪15Dを有する点が異なり、その他の構成要素は実施形態1と同様である。実施形態2において起振体軸10には硬化処理が施されていても施されていなくてもよい。
【0044】
内輪15Dは、回転軸(中心軸)O1に垂直な断面の外周形状が楕円状である。具体的には、内輪15Dは、起振体10Aに外嵌される前の状態では真円形状であり、起振体10Aに外嵌されることで、楕円状となる。楕円状とは、幾何学的に厳密な楕円に限定されるものではなく、略楕円を含む。内輪15Dは、起振体軸10の起振体10Aに外嵌され、起振体10Aとともに回転する。内輪15Dの外周面が転動体15Aが転動する内輪側転走面である。内輪15Dの外周面には、実施形態1の起振体10Aの外周面と同様に、転動体15Aが接触する反出力側の転走部位と、出力側の転走部位と、非転走部位とが含まれ、周方向においても、実施形態1の起振体10Aの外周面と同様に、長軸領域と短軸領域とが含まれる。
【0045】
内輪15Dの素材は、実施形態1の起振体軸受15の素材と同様である。
【0046】
内輪15Dは、部品単体で硬化処理が施されている。硬化処理は、実施形態1の起振体軸受15に施された硬化処理と同様である。硬化処理により内輪15Dに付与される特性、相変態及び組成、並びに、所定時間の運転後及び運転前の各部の硬度は、実施形態1の起振体10Aの外周面に付与されるものと同様である。
【0047】
実施形態2の撓み噛合い式歯車装置1Aにおいては、起振体軸受15の内輪15Dの外周面が、転動体15Aから大きな荷重を受け、耐久性上厳しい状態にある。実施形態2の撓み噛合い式歯車装置1Aによれば、撓み噛合い式歯車装置1Aが運転される過程で、内輪15Dの外周面の硬度が上昇していき、硬度の低下を原因とするフレーキング、ピッティング等の損傷を抑制できる。したがって、撓み噛合い式歯車装置1Aの耐久性を向上できる。そのほか、実施形態2の撓み噛合い式歯車装置1Aにおいても、実施形態1で説明した効果と同様の効果が奏される。実施形態1の効果の説明中において、起振体10Aの外周面を内輪15Dの外周面と読み替えることで、実施形態2の効果が示される。
【0048】
以上、本発明の各実施形態について説明した。しかし、本発明は上記の実施形態に限られない。例えば、実施形態で述べた硬化処理を実現する熱処理は、一例であって、それに限定されるものではなく、所定時間運転した後の内輪側転走面の表面硬度が、運転前の内輪側転走面の表面硬度よりも高くなる特性を、内輪側転走面に付与する処理、または所定時間運転した後に、内輪側転走面のうち転動体が接触する転走部位の表面硬度が、転動体が接触しない非転走部位の表面硬度よりも高くなる特性を、内輪側転走面に付与する処理を実現できれば、各種熱処理を適用可能である。また、上記実施形態では、所謂筒型の撓み噛合い式歯車装置を示したが、本発明は、これに限定されず、所謂カップ型、シルクハット型等の撓み噛合い式歯車装置にも適用可能である。なお、本発明は、起振体軸受の転動体が転動する内輪側転走面に上記硬化処理を施す硬化処理工程を有する撓み噛合い式歯車装置の製造方法と捉えることもできる。その他、実施の形態で示した細部は、発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
【符号の説明】
【0049】
1、1A 撓み噛合い式歯車装置
10 起振体軸
10A 起振体
H1 転走部位(第2部分)
H2 転走部位(第1部分)
H3 非転走部位
W1 長軸範囲
W2 短軸範囲
12 外歯歯車
15 起振体軸受
15A 転動体
15B 外輪
15D 内輪
22 反出力側内歯歯車(第2内歯歯車)
22g 内歯部
23 出力側内歯歯車(第1内歯歯車)
23g 内歯部
31、32 入力軸受
33 主軸受
図1
図2
図3
図4