(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024017857
(43)【公開日】2024-02-08
(54)【発明の名称】保存液
(51)【国際特許分類】
A01N 1/00 20060101AFI20240201BHJP
C01B 33/40 20060101ALI20240201BHJP
【FI】
A01N1/00
C01B33/40
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022120777
(22)【出願日】2022-07-28
(71)【出願人】
【識別番号】000104814
【氏名又は名称】クニミネ工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002631
【氏名又は名称】弁理士法人イイダアンドパートナーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100076439
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 敏三
(74)【代理人】
【識別番号】100161469
【弁理士】
【氏名又は名称】赤羽 修一
(72)【発明者】
【氏名】中嶋 道也
(72)【発明者】
【氏名】後藤 佑太
【テーマコード(参考)】
4G073
4H011
【Fターム(参考)】
4G073BB24
4G073BB25
4G073BB26
4G073BD13
4G073BD21
4G073CM14
4G073CM15
4G073CM19
4G073CM20
4G073GA11
4G073UB60
4H011BB03
4H011BB20
4H011CA02
4H011CB01
4H011CD02
(57)【要約】
【課題】生体安全性に優れ、標本対象の保存性に優れ、さらに作業性に優れ標本対象を任意の位置、形状に保持することができる保存液、及び当該保存液を用いた標本の作製方法を提供する。
【解決手段】スメクタイトを水性媒体中に分散してなる保存液、及び当該保存液に浸漬させて用いることを含む、標本の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スメクタイトを水性媒体中に分散してなる、保存液。
【請求項2】
前記保存液がアルコールを含む、請求項1に記載の保存液。
【請求項3】
前記アルコールが多価アルコールを含む、請求項2に記載の保存液。
【請求項4】
前記多価アルコールが、グリセリン、エチレングリコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、及びポリプロピレングリコールから選ばれる少なくとも1種を含む、請求項3に記載の保存液。
【請求項5】
前記スメクタイトが、モンモリロナイト、バイデライト、ノントロナイト、サポナイト、ヘクトライト、ソーコナイト、及びスチブンサイトから選ばれる1種又は2種以上である、請求項4に記載の保存液。
【請求項6】
前記スメクタイトの粒子径が10~500nmである、請求項5に記載の保存液。
【請求項7】
前記保存液中の前記多価アルコールの含有量が、10~50質量%である、請求項3~6のいずれか1項に記載の保存液。
【請求項8】
前記保存液中の前記スメクタイトの含有量が、0.5~10質量%質量%である、請求項3~6のいずれか1項に記載の保存液。
【請求項9】
標本作製用保存液である、請求項3~6のいずれか1項に記載の保存液。
【請求項10】
前記保存液中に保存対象を浸漬させて用いる、請求項3~6のいずれか1項に記載の保存液。
【請求項11】
標本対象を請求項3~6のいずれか1項に記載の保存液に浸漬させて用いることを含む、標本の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、保存液、及び標本の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体標本(生物標本)を作製する際には、標本対象を固定して生体組織の腐敗を防ぐために、固定液及び/又は保存液として10~20%のホルマリン液が一般的に用いられている。一方で当該ホルマリン液は毒性の強いホルムアルデヒド等を水に溶解した溶液であり、またホルマリン液自体に発がん性が認められているため、非常に取扱いが難しいというデメリットがある。廃棄についても、ホルマリン液に多量の水を加えて希薄な水溶液とした後、次亜塩素酸塩水溶液を加え分解処理をする処置や、水酸化ナトリウム水溶液等でアルカリ性とし、過酸化水素水を加えて分解させ多量の水で希釈して処理する処置等を取る必要がある。
【0003】
さらにホルムアルデヒドは揮発性が高く、ホルマリン液に直接触れていなくても、揮発したホルムアルデヒドを吸引することによる標本作製時の人体への影響が懸念されている。病理標本に用いる樹脂包埋標本の作製時に、固定液として使用するホルマリン液から揮発するホルムアルデヒドの量を減らす方法として、例えば特許文献1には高吸水性繊維を含有する布帛を備えたホルマリン吸収用シートを用い、予め前記ホルマリン吸収用シートを切出用まな板上に敷いておき、ホルマリン液中からこれに浸漬された検体を取り出して上記ホルマリン吸収用シート上に載置し、該吸収用シート上で該検体から小切片を切り出すことを特徴とするホルマリン吸収用シートの使用方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述したホルマリン液の毒性以外にも、生物標本を作製する上でホルマリン液にはデメリットがある。ホルマリンはタンパク質同士にアルデヒド基を介した架橋構造を形成して標本対象を固定し、腐敗を防止することができるが、強力な架橋反応により標本対象の外観に変形を生じる場合がある。また、標本対象をホルマリンに浸漬することにより標本対象の色素が退色するため、長期に亘り標本対象の色彩を観察するには不向きである。さらに、一般的に用いられるホルマリン液は4~8%のホルムアルデヒドとメタノールを有する溶液であるため粘性が低く、ホルマリン液を保存液として使用して液浸標本を作製する場合には、標本対象が沈降し、任意の位置、形状を保持できないという問題もある。
【0006】
本発明は、生体安全性に優れ、標本対象の保存性に優れ、さらに作業性に優れ標本対象を任意の位置、形状に保持することができる保存液、及び当該保存液を用いた標本の作製方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題に鑑み鋭意検討を行った。その結果、生体への使用実績も豊富で安全性に優れるスメクタイトを水性媒体中に分散した分散液を用いて液浸標本を作製したところ、内部の標本対象を観察できる透明性を示し、標本対象の保存性に優れ、さらに、分散液のチキソトロピーにより、標本対象を任意の位置に固定することができ、液漏洩防止性にも優れることを見出した。すなわち、上記分散液がホルマリン液に代替する保存液として好適な特性を有することを見出した。
本発明はこれらの知見に基づき、更に検討を重ねて完成されるに至ったものである。
【0008】
本発明の上記課題は、下記の手段により解決された。
〔1〕
スメクタイトを水性媒体中に分散してなる、保存液。
〔2〕
前記保存液がアルコールを含む、〔1〕に記載の保存液。
〔3〕
前記アルコールが多価アルコールを含む、〔2〕に記載の保存液。
〔4〕
前記多価アルコールが、グリセリン、エチレングリコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、及びポリプロピレングリコールから選ばれる少なくとも1種を含む、〔3〕に記載の保存液。
〔5〕
前記スメクタイトが、モンモリロナイト、バイデライト、ノントロナイト、サポナイト、ヘクトライト、ソーコナイト、及びスチブンサイトから選ばれる1種又は2種以上である、〔4〕に記載の保存液。
〔6〕
前記スメクタイトの粒子径が10~500nmである、〔5〕に記載の保存液。
〔7〕
前記保存液中の前記多価アルコールの含有量が、10~50質量%である、〔3〕~〔6〕のいずれかに記載の保存液。
〔8〕
前記保存液中の前記スメクタイトの含有量が、0.5~10質量%質量%である、〔3〕~〔6〕のいずれかに記載の保存液。
〔9〕
標本作製用保存液である、〔3〕~〔6〕のいずれかに記載の保存液。
〔10〕
前記保存液中に保存対象を浸漬させて用いる、〔3〕~〔6〕のいずれかに記載の保存液。
〔11〕
標本対象を〔3〕~〔6〕のいずれかに記載の保存液に浸漬させて用いることを含む、標本の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の保存液によれば、生体安全性に優れ、かつ保存対象を保存することができる。また本発明の保存液を標本作製用途に用いることにより、保存容器内部に設置した標本対象を観察できる透明性を有し、液漏洩防止性と標本対象の位置保持性にも優れる。
また本発明の標本の製造方法によれば、上記特性を有する標本を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、本発明の保存液を使用して作製した標本を示す、図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の好ましい実施の形態について具体的に説明するが、本発明は、本発明で規定すること以外はこれらの形態に限定されるものではない。
【0012】
[保存液]
本発明の保存液は、スメクタイトを水性媒体中に分散してなる分散液である。本発明の保存液を用いることにより、保存対象を効果的に保存することができる。本発明ないし本明細書において保存液による「保存」とは、通常よりも広義の意味で用いる。すなわち、保存対象の保存前の外観を維持することに加え、保存対象に外観の変化(腐敗、劣化、変色等)を生じたとしても当該変化に保存液が抑制的に作用していれば、本発明ないし本明細書における「保存」の概念に含まれるものとする。
【0013】
本発明の保存液は、例えば標本作製用の保存液として用いることができる。
図1は、本発明の保存液を用いて作製した標本の一例を示す図面代用写真である。
図1の左側の標本に用いた保存液は、スメクトン-ST(合成スチブンサイト)2.6質量%、グリセリン43.9質量%、水53.5質量%からなる保存液である。当該保存液にアオメエソを浸漬後、25℃で97日経過後の標本である。また、
図1の右側の標本に用いた保存液は、スメクトン-SWF(合成ヘクトライト)1.7質量%、エチレングリコール44.2質量%、水54.1質量%からなる保存液である。当該保存液にアオメエソを浸漬後、25℃で145日経過後の標本である。いずれの標本においても、標本対象であるアオメエソの外観が長期に亘り保存されている。なお、本発明の保存液の組成は、本発明で規定すること以外は、
図1の標本に用いた保存液の組成に限定されない。
本発明の保存液は、上記スメクタイト以外に、本発明の効果を妨げない範囲で種々の化合物を配合してもよい。本発明の保存液を構成する成分ないし構成し得る各成分について、下記に説明する。
【0014】
(スメクタイト)
本発明の保存液において、前記スメクタイトは保存対象の外観の変化(保存することに伴い経時的に発生する外観の変化等)を抑制する作用を示すものと考えられる。また、当該分散液はチキソトロピーを有するため、剪断応力を加えれば粘性を低下させることができ作業性に優れ、また静置すれば粘性を増加させて略固体状にすることもでき、標本対象の位置を目的の任意の場所に固定することができる。
【0015】
本発明の保存液に含有される前記スメクタイトの種類は特に限定されず、目的に応じて適宜に設定することができる。スメクタイトそれ自体は公知であり、市販もされている。本発明の保存液に含有される前記スメクタイトは、天然スメクタイトであってもよく、合成スメクタイトであってもよい。保存液の透明性確保の観点から、前記スメクタイトは合成スメクタイトであることが好ましい。
また前記スメクタイトは、モンモリロナイト、バイデライト、ノントロナイト、サポナイト、ヘクトライト、ソーコナイト、及びスチブンサイトから選ばれる1種又は2種以上であることが好ましく、スメクタイトは、モンモリロナイト、バイデライト、ノントロナイト、サポナイト、ヘクトライト、ソーコナイト、及びスチブンサイトから選ばれる1種又は2種以上であることがより好ましい。
【0016】
本発明において「スメクタイト」と言う場合、微粒子状のスメクタイトを意味する。より具体的には、前記スメクタイトは、平均粒子径(平均一次粒子径)が10~500nmであることが好ましく、30~400nmであることがより好ましく、40~380nmであることがさらに好ましく、50~370nmであることが特に好ましい。前記スメクタイトの平均粒子径を上記好ましい範囲内とすることにより、本発明の保存液を略透明とすることができ、また当該保存液に適度な粘性ないしチキソ性を付与することができる。
本発明において水分散体中の前記スメクタイトの「平均粒子径」とは、体積基準のメディアン径である。この平均粒子径は、例えばレーザー回析/散乱式粒子径分布測定装置により決定することができる。
【0017】
本発明で用いるスメクタイトの層間陽イオン種は特に制限がない。水分散体や水分散ペーストとして使用する際に水膨潤が容易である観点から、1価の金属イオンであることが好ましく、リチウムイオン及び/又はナトリウムイオンであることがより好ましい。
また、前記スメクタイトの陽イオン交換容量(CEC:Cation Exchange Capacity)は、水分散時の膨潤性を向上させる観点から、20meq(ミリ当量)/100g以上が好ましく、25meq/100g以上がより好ましく、30meq/100g以上がさらに好ましい。また通常、本発明に用いるスメクタイトの陽イオン交換容量は250meq/100g以下である。
【0018】
本発明の保存液におけるスメクタイトの含有量には特に制限がないが、保存性(防腐性、色彩保存性等)、粘性、標本対象の位置固定性、内部を観察できる透明性の維持の観点から、当該含有量は0.5~10質量%が好ましい。スメクタイトの含有量を0.5質量%以上とすることにより、スメクタイトによる保存効果や、増粘効果による位置固定性を十分に発揮することができる。また、スメクタイトの含有量を10質量%以下とすることにより、前記保存液の作業性を向上させることができ、さらに透明性を維持して保存容器の内部観察をすることが可能である。上記と同様の観点から、当該含有量を1~7質量%とすることがより好ましく、1.5~5質量%とすることがさらに好ましい。
【0019】
(水性媒体)
本発明の保存液において、前記スメクタイトは水性媒体に分散される。水性媒体は水、又は水溶液であることが好ましい。水溶液の場合、水性媒体を構成する水以外の水溶性成分としては、例えばアルコール、エステル化合物、ケトン化合物、芳香族化合物、カーボネート化合物等の各有機溶剤が挙げられる。
上記水性媒体の水には特に制限はなく、一般の水道水の他に精製水として蒸留水、イオン交換水等の水中のイオン成分を除去したものも用いることができる。前記水は、スメクタイトの剥離膨潤を迅速に行い、粘度上昇や防腐特付与の観点から、水中のイオンが除去された水であることが特に好ましく、具体的には、水のイオン伝導度が10μS/m以下が好ましく5μS/m以下がより好ましく、2μS/m以下がさらに好ましい。
また、上記水性媒体の水に、減圧処理や不活性ガスバブリング等を施すことによって、溶存酸素を除去しても良い。
【0020】
本発明の保存液は、水性媒体が水とともにアルコールを含むことが好ましい。本発明の保存液がアルコールを含有することにより、防腐性をより向上させることができ、さらに、より長期に亘り透明性を維持することができる。本発明の保存液がアルコールを含有する場合、前記スメクタイトは、アルコールを含む水性媒体中に分散して保存液を形成する。
当該アルコールの分子量に特に制限はなく、炭素原子数が5以下である低級アルコールや、炭素原子数が6以上である高級アルコールを使用することができる。また、当該アルコールは、水酸基以外他の官能基、例えば、アミノ基、カルボキシル基、ケトン基を有していても良く、またエステル結合、ウレタン結合、ウレア結合、イミド結合、酸無水物結合等を有していてもよい。
【0021】
前記アルコールは、1価のアルコールであってもよく、2価以上のアルコール(多価アルコール)であってもよく、多価アルコールを含むことが好ましい。本発明の保存液に用いることができる1価のアルコールとしては、例えばメタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノールなどの水溶性アルコールや、エタノールアミンなどのアミノアルコール類が挙げられる。
前記アルコールが多価アルコールを含むことにより、多価アルコールを含まない場合と比較して保存対象を構成するタンパク質の変質を生じさせにくく、保存対象の外観を長期に亘り維持することができる。前記アルコールの全てが多価アルコールであることも好ましい。当該多価アルコールとしては、1分子内に2個以上のヒドロキシ基を有し、かつ水溶液を形成できる化合物であれば特に制限されず、例えばグリセリン、エチレングリコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、及びポリプロピレングリコール、糖類、多糖類、糖アルコール、ポリビニールアルコール及びその誘導体等が挙げられる。中でも、高い防腐効果を有する観点、及び長期の保存による保存対象の変化の影響を受けにくい観点から、前記多価アルコールはグリセリン、エチレングリコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、及びポリプロピレングリコールから選ばれる少なくとも1種を有することが好ましい。
【0022】
本発明の保存液中、前記アルコール(好ましくは前記多価アルコール)の含有量に特に制限はなく、防腐性、及び保存液の透明性維持の観点から、10~50質量%であることが好ましい。当該含有量を10質量%以上とすることにより、保存液の防腐性をより向上させることができ、さらに長期に亘り保存液の透明性を維持することができる。また、当該含有量を50質量%以下とすることにより、前記スメクタイトの水性媒体への分散性を損ねることなく、十分な防腐性、増粘性を発現させることができ、さらにアルコールに起因する標本対象の色素の退色を軽減させることができる。上記と同様の観点から、当該含有量は15~47質量%とすることがより好ましい。
【0023】
(その他の成分)
本発明の保存液は、本発明の効果を損なわない範囲で他の成分を含んでもよい。例えば、分散剤、界面活性剤、消泡剤、湿潤剤、高分子材料、有機溶剤、増粘材、無機塩類などの公知慣用の添加材を用いてもよい。また、保存性を更に向上させる目的で、水溶性もしくは水分散性を有する各種防腐剤、防カビ剤等を含有しても良い。
【0024】
[保存液の製造方法]
本発明の保存液は、スメクタイトを水性媒体に剥離分散させつつ混合することにより得ることができる。スメクタイトを剥離分散させる方法としては、公知慣用の方法を適用することができる。なお、本発明の保存液がアルコールを含む場合、当該アルコールはスメクタイトの分散体(分散液)に対して混合しても良いし、スメクタイトの分散前に予め水等と混合させ、当該混合液に対してスメクタイトを分散させることにより本発明の保存液を得ることもできる。
【0025】
[標本の製造方法]
本発明の保存液に、標本対象(保存対象)を浸漬することにより、標本(液浸標本)を製造することができる。標本対象は、採取されたものをそのまま前記保存液に液浸してもよいし、ホルマリン等により固定化を行った後に前記保存液に液浸してもよい。標本対象は、その全てが本発明の保存液中に液浸されることが好ましい。
【0026】
本発明の保存液はチキソトロピーを示す。したがって、前記保存液を保存容器に充填させる等の作業性の観点から、前記標本対象を本発明の保存液に浸漬する際に、前記保存液に対して振とうや撹拌等の剪断応力を加えて粘性を低下させることが好ましい。また、前記工程により前記保存液の粘性を低下させた状態で前記標本対象を液浸させることが好ましい。前記標本対象の液浸後に静置することにより、前記保存液の粘性は増加するため、前記保存液における前記標本対象の位置や、前記標本対象の形状を適宜調節し、固定化することができる。
【0027】
(標本対象/保存対象)
本発明の保存液を用いて標本を作製するにあたり、標本対象(本発明の保存液により外観の変化を抑制する保存対象)は特に制限はなく、動物や植物を標本対象及び保存対象とすることができる。当該対象が動物である場合には、動物の全身であってもよく、動物の生体組織や臓器等、動物の一部であってもよい。例えば、従来のホルマリン浸漬により標本とする標本対象を、本発明の保存液を用いる標本の標本対象とすることができる。本発明の保存液は、液浸標本とする観点から、特に生体内の水分含量の多い動物に対して好適に用いることができ、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類などの脊椎動物や、脊椎動物以外の外骨格を有しない動物(昆虫の幼虫、寄生虫等)に対してより好適に用いることができる。
【実施例0028】
以下、本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0029】
[保存液の作製]
(実施例1)
密閉容器に、スメクトン-ST(製品名、合成スチブンサイト、クニミネ工業株式会社製)と蒸留水を、表1に記載の配合比(配合組成、質量%)で合計250gとなるように入れた。これを、自転・公転方式ミキサー(製品名:あわとり練太郎、型番:ARE-310、株式会社シンキー製)を用いて、回転数2000rpmで5分間撹拌し、その後、撹拌物を24時間静置して、スメクタイトを0.83質量%含有する実施例1の保存液を得た。
【0030】
(実施例2~10)
下記表1に示す配合組成とした以外は、実施例1と同様にして実施例2~10の保存液を得た。
【0031】
(比較例1)
蒸留水をそのまま比較例1の液とした。
(比較例2及び3)
蒸留水と水溶性成分とを表2に示す量比で、計100gになるように200mLビーカー内でスターラーを用いて5分間攪拌した。得られた均一な水溶液を、比較例2及び3の液とした。
(比較例4)
イソプロピルアルコールをそのまま比較例4の液とした。
【0032】
実施例1~10、及び比較例1~4に使用した各液の詳細を下記に示す。
(スメクタイト)
・スメクトン-ST(製品名、合成スチブンサイト、クニミネ工業株式会社製、粒子径:35nm)
・スメクトン-SWN(製品名、合成ヘクトライト、クニミネ工業株式会社製、粒子径:70nm)
・スメクトン-SWF(製品名、合成ヘクトライト、クニミネ工業株式会社製、粒子径:80nm)
・スメクトン-SA(製品名、合成サポナイト、クニミネ工業株式会社製、粒子径:100nm)
いずれのスメクタイトも層間陽イオンはナトリウムイオンである。
(水)
・蒸留水 イオン電導度0.5μS/cm
(水溶性成分)
-多価アルコール-
・エチレングリコール(99.5%、特級試薬、関東化学株式会社製)
・グリセリン(99.5%、特級試薬、関東化学株式会社製)
・ポリエチレングリコール200(99.5%、試薬特級、富士フィルム和光純薬株式会社製)
-1価アルコール-
・イソプロピルアルコール(99.5%、特級試薬、関東化学株式会社製)
なお、下記表1において、上記水溶性成分が水を含む場合は、当該水は下記表1における水を構成するものとする。
【0033】
[保存液の物性試験]
(光透過性の評価)
実施例1~10、及び比較例1~4の各液を、幅1cmの透明プラスチックセル内に充填して光透過性評価サンプルを作製した。分光光度計ASV11D-H(アズワン株式会社製)を用いて、各光透過性評価サンプルの波長500nmの光透過率を測定した。結果を下記表1に示す。
【0034】
(容器を傾けた際の液漏洩防止性の評価)
実施例1~10、及び比較例1~4の各液について、85gを100mlスクリュー管瓶(アズワンNO.8、NO.9-852-10、容器の液充填部高さ10.1cm、容器材質ガラス)に移し入れた。その後、当該スクリュー管瓶を45°まで傾け、内部の液の漏洩の有無を確認した。容器内部の液が保持されて漏洩しない場合を「〇」、容器内部の液が流動し漏洩した場合を「×」と評価した。結果を下記表1に示す。
【0035】
[標本の性能試験]
実施例1~10、及び比較例1~4の液を入れた前記各容器(スクリュー管瓶)に対し、鮮魚の標本調製用として体長9cm以下の福島県産アオメエソ(通称メヒカリ)を容器に入れて密閉し、各標本を作製した。その際、容器の外周(壁面)にアオメエソが接触しないように、容器の中央部分に位置するようにアオメエソを設置した。得られた標本は、25℃に空調された室内に静置し、下記の評価試験を行った。
【0036】
(位置保持性の評価)
標本の作製後、14日後におけるアオメエソの位置保持性を目視により観察した。具体的には、標本の作製後14日目においてアオメエソが容器壁面に接していない状態を「○」、標本の作製後14日目においてアオメエソが容器壁面に接している状態を「×」と評価した。結果を下記表1に示す。
【0037】
(保存特性の評価)
標本を作製後、容器内部のアオメエソの保存状態を経時的に観察した。標本製作後1週間を経過しないうちにアオメエソの腐敗、劣化、及び/又は著しい変色が観察された場合を「×」、標本製作後1週間を経過後、4週間を経過しない間に、アオメエソの腐敗、劣化、及び/又は著しい変色が観察された場合を「△」、標本製作後4週間を経過後、8週間を経過しない間にアオメエソの腐敗、劣化、及び/又は著しい変色が観察された場合を「〇」、標本製作後8週間を経過した時点においてアオメエソの腐敗、劣化、及び著しい変色が観察されなかった場合を「◎」と判定した。結果を下記表1に示す。
【0038】
【0039】
表1中、「◎※」とあるのは、標本製作後1週間を経過後、4週間を経過しないうちに眼球部分が白濁したが、眼球以外の部分については標本製作後8週間を経過した時点において腐敗、劣化、及び著しい変色が観察されなかったことを示す。
【0040】
スメクタイトを含有しない各比較例1~4では、光透過性は各実施例1~10よりも高い数値を示したものの、液漏洩防止性に劣る結果となった。また、各比較例1~4の液を用いて標本を作製した場合であっても、位置保持性及び保存性の全てで劣る結果となった。
なお、比較例1の液に浸漬したアオメエソは、短い日数で完全に腐敗し、標本製作後1週間までの間に組織が崩壊した。比較例2、4の液に浸漬したアオメエソは、標本作製直後に脱水されたように標本対象の体積が収縮し、標本対象表面から白濁固形物が発生し沈降し、また標本対象の眼球が白く変色した。比較例3の液に浸漬したアオメエソは、標本製作後1週間までの間に標本対象が体積膨潤を起こし、外観が著しく劣化した。
【0041】
これに対し、スメクタイトを含有する各実施例1~10の保存液は、保存容器内部の観察ができる透明性を有しており、かつ液漏洩防止性も良好であった。
また、各実施例1~10の保存液を用いて標本を作製した場合、いずれも標本も位置保持性に優れており、また少なくとも製作後1週間までの間に、腐敗、劣化、及び/又は著しい変色が観察されず、保存性を有することが明らかとなった。さらに、保存液がアルコールを有する実施例6~10の保存液を用いて標本を作製した場合には、実施例1~5の保存液を使用した標本よりも保存性が向上した。