(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024178598
(43)【公開日】2024-12-25
(54)【発明の名称】陽イオン交換膜、イオン交換膜セル及び電気透析装置
(51)【国際特許分類】
B01D 61/46 20060101AFI20241218BHJP
B01J 39/14 20060101ALI20241218BHJP
B01J 39/19 20170101ALI20241218BHJP
B01J 47/12 20170101ALI20241218BHJP
B01D 69/12 20060101ALI20241218BHJP
B01D 71/02 20060101ALI20241218BHJP
C02F 1/469 20230101ALI20241218BHJP
【FI】
B01D61/46 500
B01J39/14
B01J39/19
B01J47/12
B01D69/12
B01D71/02
C02F1/469
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023096856
(22)【出願日】2023-06-13
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2020年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「ムーンショット型研究開発事業/地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
(71)【出願人】
【識別番号】899000068
【氏名又は名称】学校法人早稲田大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107984
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100182305
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 鉄平
(74)【代理人】
【識別番号】100096482
【弁理士】
【氏名又は名称】東海 裕作
(74)【代理人】
【識別番号】100131093
【弁理士】
【氏名又は名称】堀内 真
(74)【代理人】
【識別番号】100150902
【弁理士】
【氏名又は名称】山内 正子
(74)【代理人】
【識別番号】100141391
【弁理士】
【氏名又は名称】園元 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100221958
【弁理士】
【氏名又は名称】篠田 真希恵
(74)【代理人】
【識別番号】100192441
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 仁
(72)【発明者】
【氏名】比嘉 充
(72)【発明者】
【氏名】杉本 悠
(72)【発明者】
【氏名】松方 正彦
【テーマコード(参考)】
4D006
4D061
【Fターム(参考)】
4D006GA17
4D006HA47
4D006JA42C
4D006MA06
4D006MA13
4D006MA14
4D006MA31
4D006MC03X
4D006MC22
4D006MC23
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4D006MC27
4D006MC29
4D006MC30
4D006MC32
4D006MC33
4D006MC37
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4D006MC40
4D006MC46
4D006MC47
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4D006MC75
4D006NA03
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4D061DA08
4D061DB18
4D061EA09
4D061EB01
4D061EB04
4D061EB13
4D061EB17
4D061EB19
4D061EB31
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、特定の陽イオン、特にアンモニウムイオンに対する選択性が高く、さらには透析時のエネルギー効率も高い陽イオン交換膜を提供することにある。
【解決手段】ゼオライトとバインダー樹脂とを含む陽イオン交換層と、前記陽イオン交換層の片面又は両面に設けられた他の陽イオン交換層とを有する陽イオン交換膜。前記陽イオン交換膜を備える電気透析装置。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゼオライトとバインダー樹脂とを含む陽イオン交換層と、前記陽イオン交換層の片面又は両面に設けられた他の陽イオン交換層とを有する陽イオン交換膜。
【請求項2】
バインダー樹脂がイオン交換能を有さない樹脂及び/又は低イオン交換能を有する樹脂である請求項1記載の陽イオン交換膜。
【請求項3】
陰イオン交換膜と請求項1又は2記載の陽イオン交換膜とが対向して配置されたイオン交換膜セル。
【請求項4】
陽極、陰極、陽イオン交換膜及び陰イオン交換膜を備える電気透析装置であって、前記陽イオン交換膜が請求項1又は2記載の陽イオン交換膜である電気透析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陽イオン交換膜並びにこれを用いたイオン交換膜セル及び電気透析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
廃水中のイオンを濃縮分離する技術には、蒸留法、イオン交換法や吸着法、逆浸透(RO)膜法、正浸透(FO)膜法、ブラインコンセントレーション(BC)法、電気透析(ED)法、ドナン透析法等がある。これらにおいて、蒸留法は幅広い範囲の塩濃度や水質の処理水に対応可能で、耐汚染性に優れているが、多大なエネルギー消費を必要とし、特に希薄溶液の処理には不適である。イオン交換法や吸着法では、様々なイオン交換体や吸着剤が開発されているが(例えば、特許文献1)、イオン交換材や吸着剤の再生プロセスが必要であるため、連続的運転は難しく、イオン交換材や吸着剤を再生する設備や薬品が必要となるため、連続的処理は不向きである。RO膜法では浸透圧以上の圧力を廃水に加えて脱水することでイオンを濃縮するため、希薄溶液からの濃縮では電力コストが高くなる。かつ膜汚染物質が含まれる廃水では膜の洗浄や交換の頻度が多くなる。また膜の耐圧限界から高い塩濃度の濃縮は困難である。FO膜法ではRO膜法と同様に脱水をすることでイオン濃縮を行う。駆動力溶質(DS)を使用することで、圧力を加えることなく、電力を必要としない利点はあるが、それ以外はRO膜と同様な問題点を有する。ブラインコンセントレーション(BC)法はFO膜モジュールを多段に直列接続することでRO膜よりも高塩濃度の濃縮が可能であるが、一方で濃縮液の一部を還流するため、RO膜法と比較して多くの膜面積を必要とする。ドナン透析法はFO膜法と同様にDSを使用してイオン濃縮分離するため、電力を必要としないが、DSと対象イオンを分離する必要がある。上記のとおりそれぞれ長所短所があるが、実際の処理水には不純物だけではなく、種々のイオンが存在するため、イオン交換法を除いて、これらのイオンによるスケール生成、及び目的とするイオン濃縮のエネルギー効率が低下するという問題点を有していた。
【0003】
ED法は、イオン交換膜を用いたイオンの濃縮や脱塩の技術であり、濃縮プロセスの場合、イオンを移動して濃縮するため、特に膜汚染物質や目的以外のイオンが存在する中で特定の微量イオンを分離濃縮する場合には有効である。高濃度の塩処理には電力を必要とするが、BC法と同様に高濃度処理が可能な技術である。しかし、ED法では目的とするイオン以外のイオンも同時に濃縮される。この場合、カルシウムイオンなどの2価カチオンが濃縮されると膜中や膜表面または溶液流路中にスケールが生成して、膜破壊やシステム効率の低下を招く(非特許文献1参照)。また目的とするイオンと同じ価数のカチオン、例えば、アンモニウムイオンを目的とする場合、Naイオン、Kイオン等の目的外の1価イオンが存在すると、目的外のイオンの濃縮に電力が消費されるため、目的とするイオンの分離濃縮のエネルギー効率が低下するという問題点があった。そのため、アンモニウムイオン等の目的とする特定のイオンを選択的に透過するイオン交換膜の開発が望まれていた。
【0004】
カチオンのうち特にアンモニウムイオンの分離濃縮が注目されているが、その理由は次の通りである。現在、廃ガスや廃水中の窒素化合物は多大なエネルギーをかけ無害化処理がなされている。しかしながら、処理されずに窒素化合物が放出されているケース、処理が不十分であるケースもあり、環境への影響が大きい。そこで、これらの人為活動に由来する有害な窒素化合物の無害化・資源化(Clean Earth)を実現する、廃水中窒素化合物の資源アンモニア化技術の構築が求められている。そのため、廃水中窒素化合物に着目し、それらをアンモニア(アンモニウムイオンを含む)に変換、濃縮することで有価物として利用できる形態(資源アンモニア)にする技術の開発が行われている。この技術の中では、排水中に存在するアンモニウムイオンを省エネルギーで分離濃縮することが注目されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】「イオン交換膜におけるイオンの選択透過性」、旭硝子研究報告64(2014)、第21~25頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、特定の陽イオン、特にアンモニウムイオンに対する選択性が高く、さらには透析時のエネルギー効率も高い陽イオン交換膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、特定のイオンに対する選択性が高く、エネルギー効率の高いイオン交換膜の検討を開始し、目的とする特定のイオンとしてアンモニウムイオンに対する選択透過性の高いイオン交換膜の検討を進めた。検討を進める中で、ゼオライト粒子とバインダー樹脂とを混合して陽イオン交換層を形成し、その片面又は両面に他の陽イオン交換層を設けることにより、アンモニウムイオンの選択透過性の高い陽イオン交換膜を得られることを見いだした。ゼオライトは、アンモニウムイオンの吸着材として知られているが、陽イオン交換膜として使用することは一般的でなかった。しかし、本発明者らが見出した上記構成とすることにより、ゼオライトを使用した特定の陽イオンに対する、特にアンモニウムイオンに対する選択透過性の高い陽イオン交換膜を得ることができ、さらにエネルギー効率の高い陽イオン交換膜を得ることができた。本発明は、こうして完成されたものである。
【0009】
すなわち、本発明は以下に示す事項により特定されるものである。
(1)ゼオライトとバインダー樹脂とを含む陽イオン交換層と、前記陽イオン交換層の片面又は両面に設けられた他の陽イオン交換層とを有する陽イオン交換膜。
(2)バインダー樹脂がイオン交換能を有さない樹脂及び/又は低イオン交換能を有する樹脂である上記(1)の陽イオン交換膜。
(3)陰イオン交換膜と上記(1)又は(2)の陽イオン交換膜とが対向して配置されたイオン交換膜セル。
(4)陽極、陰極、陽イオン交換膜及び陰イオン交換膜を備える電気透析装置であって、前記陽イオン交換膜が上記(1)又は(2)の陽イオン交換膜である電気透析装置。
【発明の効果】
【0010】
本発明の陽イオン交換膜は、特定の陽イオン、特にアンモニウムイオンに対する選択透過性に優れる。本発明のイオン交換膜セルは、電気透析等の装置に使用して、特定の陽イオン、特にアンモニウムイオンを選択的に濃縮することができる。本発明の電気透析装置は、特定の陽イオン、特にアンモニウムイオンを選択的に濃縮することができる。本発明の陽イオン交換膜、イオン交換膜セル及び電気透析装置は、透析時のエネルギー効率を高くできる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、本発明のイオン交換膜セルを使用した一例を示す模式図である。
【
図2】
図2は、実施例1で使用したゼオライトの走査型電子顕微鏡(SEM)画像である。
【
図3】
図3は、参考例で作製したゼオライト膜断面のSEM画像である。
【
図4】
図4は、実施例、参考例及び比較例で使用した膜抵抗の測定装置と測定条件を示す図である。
【
図5】
図5は、実施例、参考例及び比較例で使用した電気透析試験装置を示す図である。
【
図6】
図6は、参考例の電気透析試験結果を示す図である。
【
図7】
図7は、実施例1の電気透析試験結果を示す図である。
【
図8】
図8は、実施例2の電気透析試験結果を示す図である。
【
図9】
図9は、比較例の電気透析試験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の陽イオン交換膜は、陽イオン交換能を有するゼオライトとバインダー樹脂とを含む陽イオン交換層と、前記陽イオン交換層の片面又は両面に設けられた他の陽イオン交換層とを有する陽イオン交換膜である。ゼオライトとは、アルミノケイ酸塩の結晶構造を有し、三次元網目構造をなし、三次元網目構造中に空孔を有する。本発明におけるゼオライトとしては、特に制限されるものではないが、例えば、その結晶構造としては、LTA型、FER型、MWW型、MFI型、MOR型、LTL型、FAU型、BEA型等を挙げることができる。前記結晶構造は、国際ゼオライト学会(International Zeolite Association)が定める構造コードで表される結晶構造である。また、本発明におけるゼオライトとしては、例えば、A型、X型、β型、Y型、L型、ZSM-5型、MCM-22型、フェリエライト型、モデルナイト型等を挙げることができ、ZSM-5型、フェリエライト型、A型、X型及びY型からなる群から選ばれる少なくとも1種が好ましい。ゼオライトは、一般に結晶構造中に陽イオンを有しており、この陽イオンがアルミノケイ酸塩から構成される結晶構造中の負電荷を補償して正電荷の不足を補っている。また、結晶構造中の陽イオンが他の陽イオンと交換することによりゼオライトはイオン交換体として作用する。本発明におけるゼオライトが結晶構造中に有する陽イオンとしては、特に制限されるものではないが、例えば、水素イオン、リチウムイオン、カルシウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、マグネシウムイオン、バリウムイオン等を挙げることができ、水素イオン、リチウムイオン、カルシウムイオン、ナトリウムイオン及びカリウムイオンからなる群から選ばれる少なくとも1種が好ましい。
【0013】
本発明におけるゼオライトの細孔径は特に制限されるものではないが、0.3~1nmが好ましく、0.4~0.8nmがより好ましい。また、本発明におけるゼオライトとしては、例えば、東ソー株式会社製のMFI型のHSZ-800シリーズ、例えば820NHA、Y型のHSZ-300シリーズ、例えば341NHA、371NHA、LTA型のA-3シリーズ、A-4シリーズ、A-5シリーズ、LTL型のHSZ-500シリーズ、FAU型のF-9シリーズ、NSA-700シリーズ、MOR型のHSZ-600シリーズ、FER型のHSZ-700シリーズ、Beta型のHSZ-900シリーズ等、ACS Material社製のMSZ13021などを挙げることができる。これらのゼオライトは、適宜粉砕機等で粉砕したものを使用してもよい。
【0014】
本発明におけるバインダー樹脂としては、ゼオライト粒子を固定してゼオライト粒子を含む層又は膜を形成できるものであれば特に制限されない。本発明におけるバインダー樹脂としては、イオン交換能を有さないものか、イオン交換能が従来のイオン交換膜が有するものに比べて低い低イオン交換能を有するものが好ましい。本発明において低イオン交換能を有するものとは、イオン交換基を有していても、イオン交換容量が従来のイオン交換膜が有するイオン交換容量に比べて小さいものをいう。イオン交換基としては、例えば、-CF2SO3H、-SO3H、-CF2COOH、-COOH、-PO3H2、-Phenolic OH、-C(CF3)2OH、-CF2SO2NHR等の陽イオン交換基(アニオン基)、-N(CH3)3OH、-N(CH2OH)(CH3)2OH、-S(CH3)2OH、-P(CH3)3OH、-NH2、-NH、Aniline(NH2)等の陰イオン交換基(カチオン基)、後述するアニオン基及びカチオン基などを挙げることができる。低イオン交換能を有する場合のイオン交換容量としては、0.001~0.2meq/gが好ましく、0.005~0.1meq/gがより好ましく、0.01~0.05meq/gがより好ましく、0.01~0.02meq/gが更に好ましい。特にイオン性の荷電基を有しない非イオン性の樹脂が好ましい。バインダー樹脂が、陽イオン交換能を有する場合、例えば、0.2meq/gより大きな陽イオン交換容量を有する場合、バインダー樹脂部がアンモニウムイオン等の特定の陽イオンとともに他の陽イオンを透過し、アンモニウムイオンの選択透過性に優れるという本発明の効果が低減するおそれがあり、バインダー樹脂が陰イオン交換能を有する場合、例えば、0.2meq/gより大きな陰イオン交換容量を有する場合、陰イオンも透過させてしまうおそれがある。本発明におけるバインダー樹脂としては、ゼオライト粒子との混合の観点からは熱可塑性があり、汎用の有機溶媒に溶解できるものが好ましい。また、ゼオライト粒子の分散性に優れるものが好ましい。そのほかに容易に分解されない耐久性があることが好ましい。本発明におけるバインダー樹脂としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエーテルスルホン、ポリフッ化ビニリデン、ポリアクリロニトリル、三酢酸セルロース、ポリビニルアルコール等の非イオン性の樹脂を挙げることができる。
【0015】
また、本発明における非イオン性のバインダー樹脂としては、ポリオレフィンを使用してもよい。ポリオレフィンとは、分子中に二重結合を有する化合物の重合体である。具体的には、前述したポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブチレン、ポリブタジエン等の脂肪族オレフィンの重合体、ポリスチレン、ポリα-メチルスチレン、ポリジビニルベンゼン等の芳香族オレフィンの重合体、ポリメタクリル酸メチル、ポリ酢酸ビニル、前述したポリビニルアルコール等の含酸素オレフィンの重合体、前述したポリアクリロニトリル、ポリN-メチルピロリドン等の含窒素オレフィンの重合体、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、前述したポリフッ化ビニリデン、ポリテトラフルオロエチレン等の含ハロゲンオレフィンの重合体などを挙げることができる。これらのポリオレフィンを単独で使用してもよいし、複数のポリオレフィンを混合してもよい。また、上記の2個以上のオレフィンの共重合体、あるいはグラフト共重合体でもよい。さらに、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリフェニレン、ポリフェニレンオキシド、ポリフェニレンエーテル、変性ポリフェニレンエーテル、ポリフェニレンスルフィド、ポリエーテルイミド等の非イオン性の樹脂を挙げることができる。本発明においては、バインダー樹脂を1種用いてもよく、2種以上用いてもよい。また、本発明における陽イオン交換層は、バインダー樹脂中へのゼオライト粒子の分散性を上げるために第3成分を含んでもよい。本発明におけるバインダー樹脂としては、非イオン性の樹脂が好ましいため、第3成分も非イオン性のものが好ましい。バインダー樹脂又は第3成分が陽イオン交換能を有する場合、バインダー樹脂部がアンモニウムイオン等の特定の陽イオンと共に他の陽イオンも透過してしまうと、アンモニウムイオンの選択透過性に優れるという本発明の効果が低減するおそれがある。バインダー樹脂又は第3成分が陰イオン交換能を有する場合、陰イオンも透過させてしまうおそれがある。但し、アンモニウムイオン等の特定の陽イオンと共に他の陽イオンや陰イオンの透過が生じにくい程度に、ゼオライトの分散性を高めるために敢えてバインダー樹脂にイオン交換容量を持たせるように陽イオン交換基又は陰イオン交換基を導入したものを用いるか、又はバインダー樹脂に陽イオン交換基若しくは陰イオン交換基を有するポリマーを混合してもよい。
【0016】
本発明におけるゼオライトとバインダー樹脂とを含む陽イオン交換層は、ゼオライトの粒子がバインダー樹脂中に分散して陽イオン交換層をなしているものである。本発明における陽イオン交換層は、ゼオライト粒子がバインダー樹脂により固定された層状であれば特に制限されず、例えば、ゼオライトの粒子表面の全部又は一部がバインダー樹脂中に埋め込まれゼオライトの粒子が固定されていてもよく、ゼオライトの粒子と粒子との間をバインダー樹脂が埋めることによりゼオライトの粒子が固定されていてもよい。本発明における陽イオン交換層は、ゼオライト及びバインダー樹脂のみからなっていてもよく、ゼオライトとバインダー樹脂以外の成分を含んでいてもよい。本発明の陽イオン交換膜は、ゼオライトとバインダー樹脂とを含む陽イオン交換層に加えて、後述する他の陽イオン交換層を含み、支持体等を含んでいてもよい。
【0017】
本発明におけるゼオライトとバインダー樹脂とを含む陽イオン交換層中のゼオライトとバインダー樹脂との含有量の比率は特に制限されないが、質量比でゼオライト:バインダー樹脂が、0.2:1~5:1が好ましく、0.5:1~3:1が好ましく、0.75:1~3:1が好ましく、1:1~2:1がより好ましい。すなわち、バインダー樹脂の質量1に対するゼオライトの質量の比率は、0.2以上5以下が好ましく、0.5以上3以下が好ましく、0.75以上3以下がより好ましく、1以上2以下がさらに好ましい。ゼオライトの含有量が好ましい質量比の範囲の下限値より小さい場合は、膜抵抗が高くなり、また1価の陽イオン、特にアンモニウムイオンの選択的透過性が低くなるおそれがある。一方、ゼオライトの含有量が好ましい質量比の範囲の上限値より大きい場合は、特にアンモニウムイオンの選択的透過性が低くなるおそれがあり、膜の機械的強度が低下するおそれがある。本発明における陽イオン交換層に含まれるゼオライト粒子の粒子径は、特に制限されるものではないが、例えば、結晶子径又は一次粒子径として0.04~5μmのものを挙げることができる。ゼオライト粒子は、結晶子又は一次粒子の状態としてだけではなく、ある程度凝集した二次粒子としても存在しており、その平均粒子径は、例えば動的光散乱法による粒径分布計測に基づき得ることができる。動的光散乱法による平均粒子径は、0.04~5μmが好ましく、0.1~3μmがより好ましく、0.5~2μmが更に好ましい。ゼオライトは陽イオン交換層中でもある程度凝集した二次粒子として存在し、二次粒子が凝集して凝集体として存在する場合のその構成粒子の粒子径は、走査型電子顕微鏡(SEM)による観察により求めることができる。その構成粒子の形状として、不定形、略楕円形、略球形等の形状があるので、ここではSEM画像から粒子の外縁の2点間を直線で結んだときにその直線の長さが最大となるときの長さを粒子径という。SEM画像から構成粒子の平均粒子径を求める場合は、複数個の構成粒子の粒子径の算術平均径を用いることができ、平均粒子径を求めるための構成粒子の個数は、構成粒子の粒子径のばらつきに応じて構成粒子の平均を表すために適する個数を選択すればよく、そのための最少の個数としては、例えば、10個、20個、30個、50個、100個等を挙げることができる。動的光散乱法による二次粒子の平均粒子径や構成粒子の粒子径が5μmを超えると、イオンが通る領域が狭くなり、膜抵抗が大きくなるおそれがあり、また膜表面に凹凸ができて、そこを起点として膜が破れるなど機械的強度が低下するおそれがある。本発明におけるゼオライトとバインダー樹脂とを含む陽イオン交換層の厚みは特に特に制限されないが、5~300μmが好ましく、10~100μmがより好ましい。前記陽イオン交換層の厚みが薄すぎると機械的強度が低下するおそれがあり、厚すぎると電気抵抗が高くなるおそれがある。
【0018】
ゼオライトとバインダー樹脂とを含む陽イオン交換層内では、特定の陽イオンが選択的にゼオライトの粒子内を移動してその層外に透過することによって分離濃縮されるため、ゼオライトの粒子が偏在することなく層内で分散されていることが望ましい。均一な分散状態において、前述のように陽イオン交換層内にバインダー樹脂に対して所定の質量比の、言い換えると陽イオン交換層内に所定の含有割合のゼオライト粒子が含まれ、隣接する粒子同士が互いに接触し、その接触部位を介して、いわば数珠繋ぎの様相の粒子内を移動しながら層内を陽イオンが通過することができる。この点は、液体中で目的イオンを粒子に吸着させる場合とは異なる粒子の存在条件となる。陽イオン交換層内の粒子の含有割合は一定程度必要ではあるが、含有割合が層内全体または層内の一部で高すぎる場合、粒子に付着するバインダー樹脂が疎になって粒子も樹脂も存在しない1又は複数の間隙が生じてしまうおそれがある。こうした陽イオン交換層内の間隙を、目的外の陽イオンがショートパスして陽イオン交換層内を移動すると、目的とする陽イオンの分離回収に支障をきたす。また、陽イオンとは逆方向に陰イオンが間隙を通過してしまうことになると、電流効率などのエネルギー効率の低下を招くおそれもある。さらには陽イオン交換層の機械的強度の低下も招く懸念がある。そこで、ゼオライトとバインダー樹脂とを含む陽イオン交換層に次に述べる他の陽イオン交換層を設ける。
【0019】
本発明の陽イオン交換膜は、ゼオライトとバインダー樹脂とを含む陽イオン交換層の片面又は両面に、他の陽イオン交換層を有している。以下で、他の陽イオン交換層とはゼオライトとバインダー樹脂とを含む陽イオン交換層でない陽イオン交換層をいう。ゼオライトとバインダー樹脂とを含む陽イオン交換層において、前述のように形成された間隙を陰イオンが通って移動し、電流効率が低下するおそれがあるため、他の陽イオン交換層を形成することにより、陰イオンの透過を防ぎ、電流効率の低下を防ぐことができる。同様にその間隙を目的外の陽イオンがショートパスすることにより生じる、目的とする陽イオンの分離回収における不都合も改善できる。また、他の陽イオン交換層を形成することにより、イオン交換膜の機械的強度を向上させることができる。他の陽イオン交換層の材質としては特に制限されず、陽イオン交換膜として使用できるものであれば使用できるが、バインダー樹脂との接合性が高いものが好ましく、更に膜抵抗が低いもの、機械的強度が高いものが好ましい。他の陽イオン交換層を構成する材料としては、例えば、スルホン化ポリエーテルスルホン、ポリビニルアルコール共重合体等を挙げることができる。ポリビニルアルコール共重合体としては、WО2016/133170に記載のPVA-b-PSSやPVA-b-VBTAC等を挙げることができる。また、他の陽イオン交換層に用いる材料として次に述べるアニオン性重合体を挙げることができる
【0020】
アニオン性重合体とは、分子鎖中にアニオン基(負荷電基)を含有する重合体であり、前記アニオン基は、主鎖、側鎖及び末端のいずれに含まれていてもよい。アニオン性重合体におけるアニオン基としては、前述のアニオン基と同様に及びこれらに加えて、スルホネート基、カルボキシレート基、ホスホネート基等が例示される。また、スルホン酸基、カルボキシル基、ホスホン酸基のように、水中においてその一部が、スルホネート基、カルボキシレート基、ホスホネート基に変換し得る官能基を含有する重合体も、本発明におけるアニオン性重合体に含まれる。この中で、イオン解離定数が大きい点から、スルホネート基が好ましい。アニオン性重合体は、1種類のみのアニオン基を含有していてもよいし、複数種のアニオン基を含有していてもよい。また、アニオン基の対カチオンは特に限定されず、水素イオン、アルカリ金属イオン、などが例示される。この中で、設備の腐蝕問題が少ない点から、アルカリ金属イオンが好ましい。アニオン性重合体は、1種類のみの対カチオンを含有していてもよいし、複数種の対カチオンを含有していてもよい。本発明で用いられるアニオン性重合体は、アニオン基を含有する構造単位のみからなる重合体であってもよいし、アニオン基を含有する構造単位とアニオン基を含有しない構造単位の両方からなる重合体であってもよい。また、これらの重合体は架橋性を有するものであってもよい。アニオン性重合体は、1種類のみの重合体からなるものであってもよいし、複数種の重合体を含むものであってもよい。また、これらアニオン基を含有する重合体とアニオン基を含有しない重合体との混合物であっても構わない。例えば、スルホン化ポリエーテルスルホンとポリエーテルスルホンのように、イオン交換能を有する樹脂と非イオン性の樹脂とを混合して使用してもよい。
【0021】
他の陽イオン交換層の厚みとしては特に制限されないが、1~100μmが好ましく、2~50μmがより好ましい。他の陽イオン交換層の厚みが薄すぎると機械的強度が低下するおそれがあり、厚みが厚すぎると膜抵抗が高くなりすぎるおそれがある。ゼオライトとバインダー樹脂とを含む陽イオン交換層の厚みと他の陽イオン交換層の厚み(他の陽イオン交換層が両面にある場合は、両面の厚みの合計)との比は、1:0.1~1:100が好ましく、1:0.3~1:50がより好ましく、1:0.5~1:10が更に好ましい。すなわち、ゼオライトとバインダー樹脂とを含む陽イオン交換層の厚みを1としたときに他の陽イオン交換層の厚みの割合は、0.1以上100以下が好ましく、0.3以上50以下がより好ましく、0.5以上10以下がさらに好ましい。
【0022】
本発明の陽イオン交換膜は支持体を有していてもよい。支持体を有することにより、機械的強度が向上する。支持体は、ゼオライトとバインダー樹脂とを含む陽イオン交換層中にあってもよく、他の陽イオン交換層中にあってもよく、本発明の陽イオン交換膜の片面又は両面にあってもよい。支持体としては、開口を有するものであれば特に制限されず、例えば、網、不織布、織布、各種の多孔性膜等を挙げることができる。
【0023】
本発明のイオン交換膜の製造方法は、特に制限されるものではないが、例えば、ゼオライト粒子、バインダー樹脂及び溶媒を混合し、ゼオライト粒子を混合溶液中によく分散させ、この混合溶液を塗布、キャスト等して溶媒を除去し膜状にする方法などを挙げることができる。他の陽イオン交換層を形成する方法としては、特に制限されるものではないが、他の陽イオン交換層を形成する樹脂を溶媒と混合し、ゼオライトとバインダー樹脂とを含む陽イオン交換層上に塗布して溶媒を除去する方法、他の陽イオン交換層を形成する陽イオン交換膜をゼオライトとバインダー樹脂とを含む陽イオン交換層に接着する方法等を挙げることができる。使用するゼオライト粒子の粒子径は、特に制限されるものではないが、例えば、結晶子径又は一次粒子径として0.04~5μmのものを挙げることができる。また、使用するゼオライト粒子としては、動的光散乱法による平均粒子径が、0.04~5μmのものが好ましく、0.1~3μmのものがより好ましく、0.5~2μmのものが更に好ましい。製造された陽イオン交換層におけるゼオライト粒子が凝集体として存在する場合、その構成粒子の粒子径が5μm以下となるように、又は構成粒子の平均粒子径が、好ましくは0.04~5μm、より好ましくは0.1~3μm、更に好ましくは0.5~2μmとなるように、ゼオライトをバインダー樹脂中に分散させることが好ましい。支持体を使用する場合は、例えば、網、不織布、織布、多孔性膜等の支持体に、ゼオライト、バインダー樹脂及び溶媒を混合した混合溶液を塗布し、混合溶液を支持体に含侵させて、又は支持体を混合溶液中に浸漬するようにして、その後、溶媒を除去することにより支持体を有する陽イオン交換膜を製造することができる。溶媒としては、特に制限されないが、バインダー樹脂が分散又は溶解しやすく、ゼオライト粒子が分散しやすいものが好ましい。溶媒としては、例えば、ベンゼン、キシレン、トルエン、ヘキサン等の炭化水素類、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等のアルコール類、アセトン、メチルイソプロピルケトン、シクロヘキサン等のケトン類、ジオキサン、テトラヒドロフラン等のエーテル類、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル類、イソプロピルアミン、ジエタノールアミン、N-メチルホルムアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等の含窒素化合物などの溶媒を挙げることができ、これらを適宜、少なくとも1種以上選択して使用することができる。
【0024】
本発明のイオン交換膜セルは、陰イオン交換膜と本発明の陽イオン交換膜とが対向して配置される。本発明のイオン交換膜セルにおける陰イオン交換膜は、陰イオンを選択的に透過する膜であれば特に制限されない。
図1に本発明のイオン交換膜セルの使用例として、電気透析装置用に本発明のイオン交換膜セルを積層してスタックとした例を示す。他の陽イオン交換層を片面に設ける場合は、ゼオライトとバインダー樹脂とを含む陽イオン交換層を陽極側に向けることが好ましい。
図1の電気透析装置において、本発明の陽イオン交換膜の陽極側に希釈側溶液を流し、陰極側に濃縮側溶液を流す。希釈側には各種イオンを含んだ溶液が導入され、導入された溶液が陰イオン交換膜と本発明の陽イオン交換膜の間を通過する間に、溶液中の特定の陽イオンとして、例えばアンモニウムイオンが選択的に本発明の陽イオン交換膜を透過して濃縮側に移動する。こうして濃縮側にアンモニウムイオンが濃縮される。希釈側溶液には、各種イオンが存在していてもよく、本発明の陽イオン交換膜の選択性により特定の陽イオンを選択的に濃縮できる。希釈側溶液中に存在する各種陽イオンとしては特に制限されないが、例えば、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン、その他の1価~3価の陽イオンを挙げることができ、例えば、アンモニウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、リチウムイオン、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、水素イオンのほか、銀イオン、銅、亜鉛、水銀等の重金属イオンなどを挙げることができる。希釈側溶液中にアンモニウムイオンと共存する各種陰イオンとしては特に制限されないが、例えば、水酸化物イオン、塩化物イオン、臭素イオン、フッ素イオン、ヨウ化物イオン、炭酸イオン、硝酸イオン、硫酸イオン、リン酸イオン等を挙げることができる。濃縮側に導入する溶液としては特に制限されないが、例えば、濃縮対象とする原水やその原水中の特定のイオンが濃縮された水、又は水等を挙げることができ、希釈側溶液に含まれる上記の各種イオンを含んでいてもよい。水としては、水道水、工業用水、純水等を用いることができる。
図1の電気透析装置では、イオン交換膜とイオン交換膜の間に配置されるメッシュを備えたガスケット、陽極及び陰極に電力を供給する電源、希釈側及び濃縮側に溶液を供給する配管、ポンプ等の記載は省略している。これらは、例えば、電気透析装置に通常使用されるものを使用することができる。
【0025】
本発明の陽イオン交換膜及び電気透析装置において、他の陽イオン交換層を片面に設ける場合は、ゼオライトとバインダー樹脂とを含む陽イオン交換層を陽極側に向けることにより、すなわち他の陽イオン交換層を陰極側に向けることにより、陰極側から陽極側への陰イオンの移動を防ぐ効果をより向上させることができ、電流効率を高めることができる。逆に、ゼオライトとバインダー樹脂とを含む陽イオン交換層を陰極側に向けると、すなわち他の陽イオン交換層を陽極側に向けると、特定の陽イオンがアンモニウムイオンであれば、他の陽イオン交換層内にアンモニウムイオン以外の陽イオンも高濃度に分配されるためアンモニウムイオンの選択性が低下するおそれがあり、他の陽イオン交換層を陰極側に向ける場合に比べて陰イオンの遮断性が低下するおそれがある。
【実施例0026】
以下、本発明の実施例を挙げて、本発明を具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【0027】
実施例及び比較例に使用するポリマー、吸着材、およびイオン交換膜を以下のとおり用意した。
1.ポリエーテルスルホン(スミカエクセルPES(グレード:5900P)、住友化学株式会社製、以下PESという。)
2.スルホン化ポリエーテルスルホン(EW0710、小西化学工業株式会社製、以下SPESという。)
3.ゼオライト(HSZ(登録商標) 820NHA、東ソー株式会社製)
4.標準陽イオン交換膜 Neosepta(登録商標)CSE(株式会社アストム製)
【0028】
[実施例1]
PESの濃度が20質量%となるように、PESをN,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)に加え、オイルバス内で60℃に加温しながらマグネチックスターラーで攪拌して溶解させた。ゼオライト粒子を、質量比でゼオライト:PESが3:1となるように調製したPESのDMAc溶液に加え、マグネチックスターラーで1時間混合して、ゼオライト粒子をPESのDMAc溶液中に分散させた。その後、超音波バス内で10分間脱泡した。こうして得られた溶液を、フィルムアプリケーター(コーティック社、KT-3405)を用いてガラス板上にアプリケーターの設定高さを0.3mmとして塗布し、フィルム状に成型した。その後、ホットプレート上で60℃、30分乾燥し、DMAcの一部を蒸発させた。一方で、SPESの濃度が20質量%となるように、SPESをDMAcに加えて溶解させた。SPESをDMAcに溶解させた溶液を、先に乾燥させたゼオライトを含有する膜上に滴下し、フィルムアプリケーターを用いて塗布した。塗布後、ガラス板をホットプレート上で60℃、1時間以上乾燥してDMAcを蒸発させてゼオライトを含有する陽イオン交換層とSPESによる陽イオン交換層とを有する膜(以下、複合膜ともいう。)を得た。得られた複合膜はイオン交換水に浸漬させてガラス板から剥離した。また、使用したゼオライト粒子(PESのDMAc溶液に加える前のゼオライト粒子)を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した画像を
図2に示す。ゼオライト粒子は凝集しており粒子径が判然としなかった。一方、使用したゼオライト粒子を動的光散乱法(大塚電子製ELSZ-2000を使用)により計測した平均粒子径は、1.1μmであった。平均粒子径(流体力学的径)の測定は、ゼオライト粉末を1g/Lとなるように蒸留水中に分散させたスラリーを、測定温度25℃、積算回数25回として得られた粒径分布からキュムラント解析を行って求めた。
【0029】
[参考例]
ゼオライト粒子をPESのDMAc溶液中に分散させた溶液を実施例1と同様に調製した。調製した溶液を、実施例1と同様にガラス板状に塗布してフィルム状に成型した。その後、ホットプレート上で60℃、1時間乾燥してDMAcを蒸発させてゼオライトを含有する膜(以下、ゼオライト膜ともいう。)を得た。得られた膜はイオン交換水に浸漬させてガラス板から剥離した。
【0030】
[比較例]
比較例1としてアストム社製の標準陽イオン交換膜であるCSEを使用した。
【0031】
(ゼオライトを含む陽イオン交換層のSEM観察)
観察のしやすさから、実施例1におけるゼオライトを含有する陽イオン交換層と同様に作製した参考例のゼオライト膜を用いて、陽イオン交換層中におけるゼオライトの状態を観察した。
図3にゼオライト膜の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察した画像を示す。断面全体としてはスポンジのような空洞にみえる部分がいくつか観察された。この部分は、粒子もバインダーも存在しない間隙といえる。ゼオライトは、バインダーであるPESによって二次粒子径が判別困難な凝集体粒子となった。この画像から、凝集体粒子を構成するゼオライトの粒子をSEMにより観察した粒子径は最小で0.1μm、最大で0.3μm程度であり、凝集体粒子を構成するゼオライトの構成粒子の平均粒子径はおおよそ0.2μmであった。これらの大きさの粒子には、ほぼ結晶サイズの粒子が含まれていると考えられる。
図3の(a)~(c)は倍率を変えて測定した画像である。
図3(c)は
図3(b)の四角枠内を拡大した画像であり、白い〇は凝集体粒子を構成するゼオライトの粒子の例を示している。空洞に見える部分の開口の直径はおおよそ1~10μmの範囲であった。
【0032】
(膜厚の測定)
得られた膜の膜厚を膜厚計(ABSデジマチックブレードシックネス、株式会社ミツトヨ)を用いて測定した。
【0033】
(膜抵抗の測定)
図4に膜抵抗の測定装置と測定条件を示す。最初に白金電極を有するアクリルセル(通電面積0.949cm
2)に測定溶液としてNH
4Cl水溶液(NH
4Cl濃度0.5mol/L)を入れ、LCRメーターにより測定周波数10kHzにより25℃における溶液抵抗(R
0)を測定した。その後、2つのセルに間に試料膜を挟み、同様に抵抗を測定した。膜抵抗(R
1)を以下の式(1)から算出し、得られた膜抵抗を膜厚で除することで式(2)から膜比抵抗K
m[Ωcm]を求めた。式(1)中、R
1[Ωcm
2]は2つのセルに間に試料膜を挟んで測定した測定抵抗であり、R
0[Ωcm
2]は試料膜を挟まずに測定した溶液抵抗であり、R
m[Ωcm
2]は膜抵抗である。式(2)中、K
m[Ωcm]は膜比抵抗であり、d[cm]は膜厚である。
【0034】
【0035】
【0036】
(電気透析)
図5に示すような有効膜面積が4.0cm
2 (2.0cm×2.0cm)の装置に測定膜を挟み、25℃雰囲気下、0.1M NH
4Cl、0.1M NaCl及び0.1M CaCl
2の混合塩溶液を2つのセルに入れ、Ag・AgCl電極の間に直流安定化電源(PMC35-2A、菊水電子工業株式会社)を用いて90mAの定電流で約120分間電気透析を行い、所定時間毎にセル内の溶液をサンプリングした。その後、イオンクロマトグラフでサンプリングした溶液中のNH
4
+、Na
+及びCa
2+イオンの濃度を定量することで、これらのイオンの濃度の時間変化を測定した。これらの値より以下の式を用いて、それぞれのイオンの流束を算出した。式(3)中、J
i[mol・m
-2・s
-1]は透過流速を表し、V[m
3]は濃縮側溶液の体積を表し、S[m
2]は有効膜面積を表し、t[s]は電流を流した時間を表し、ΔC
i/Δt[mol・m
-3・s
-1]は初期濃度勾配を表す。また、iはNH
4
+、Na
+又はCa
2+を表す。式(4)及び(5)中、P
NH4
Na及びP
NH4
Caはイオン選択透過係数[-]を表す。式(6)中、η[-]は電流効率を表し、z
i[-]はカチオンの価数を表し、I[A]は電流を表し、F[C・mol
-1]はファラデー定数を表す。
【0037】
【0038】
【0039】
【0040】
【0041】
(参考例の測定結果)
参考例で得られたゼオライト膜の膜厚は77μmであり、この膜の膜比抵抗は77Ωcmであった。この膜を使用した電気透析の結果を
図6に示す。この図は、NH
4
+、Na
+及びCa
2+イオンの濃縮側と希釈側のイオン濃度の時間変化を示している。印加された直流電圧により、この3種類の陽イオンは全て希釈側から濃縮側へと移動しており、その時間―濃度曲線の傾きから式(3)を用いて透過流束を算出し、式(4)及び(5)よりイオン選択係数を算出した。その結果、P
NH4
Naが2.07となり、P
NH4
Caが2.33となった。これはNa
+よりも2.07倍NH
4
+が選択的に透過したことを示しており、またCa
2+よりも2.33倍NH
4
+が選択的に透過したことを示している。またこの時の電流効率は0.46であった。
【0042】
(比較例の測定結果)
比較例の陽イオン交換膜の膜厚は160μmであり、その膜比抵抗は113Ωcmであった。比較例の陽イオン交換膜を使用して電気透析した。その結果を
図7に示す。P
NH4
Naが1.81となり、P
NH4
Caが0.98となった。これはNa
+よりも1.81倍NH
4
+が選択的に透過したことを示している。P
NH4
Caの値が1以下になったことからNH
4
+よりもCa
2+が1.02倍、選択的に透過したことが示されている。この時の電流効率は0.97であった。参考例と比較例から、参考例のゼオライト膜は、比較例の陽イオン交換膜に比べて高いアンモニウムイオンに対する選択的透過性を示すものの、電流効率に劣るものであることが分かる。
【0043】
(実施例1の測定結果)
実施例1で得られた複合膜におけるゼオライト膜の膜厚は86μmであり、SPES膜の膜厚は40μmであり、両者を合わせた膜厚は126μmであった。膜全体の膜比抵抗は181Ωcmであった。この膜を使用してゼオライト膜側を陽極側に向けて電気透析を行った結果を
図8に示す。この図は、NH
4
+、Na
+及びCa
2+イオンの濃縮側と希釈側のイオン濃度の時間変化を示している。印加された直流電圧により、この3種類の陽イオンは全て希釈側から濃縮側へと移動しており、その時間―濃度曲線の傾きから式(3)を用いて透過流束を算出し、式(4)及び(5)よりイオン選択係数を算出した。その結果、P
NH4
Naが2.10となり、P
NH4
Caが2.17となった。これはNa
+よりも2.10倍NH
4
+が選択的に透過したことを示しており、またCa
2+よりも2.17倍NH
4
+が選択的に透過したことを示している。またこの時の電流効率は0.90となり、参考例と同様のイオン選択係数を示しながら、参考例と比べて約2倍の電流効率を示した。これは、SPES層により陰イオンの透過が抑制されたためと考えられる。
【0044】
[実施例2]
実施例2では、実施例1で得られた複合膜をゼオライト膜側を陰極側に向けるように設置して電気透析を行った。その結果を
図9に示す。この図は、NH
4
+、Na
+及びCa
2+イオンの濃縮側と希釈側のイオン濃度の時間変化を示している。印加された直流電圧により、この3種類の陽イオンは全て希釈側から濃縮側へと移動しており、その時間―濃度曲線の傾きから式(3)を用いて透過流束を算出し、式(4)及び(5)よりイオン選択係数を算出した。その結果、P
NH4
Naが1.84となり、P
NH4
Caが2.89となった。これはNa
+よりも1.84倍NH
4
+が選択的に透過したことを示しており、またCa
2+よりも2.89倍NH
4
+が選択的に透過したことを示している。またこの時の電流効率は0.92となり、参考例と比べて約2倍の電流効率を示した。
本発明の陽イオン交換膜は特にアンモニウムイオンの選択透過性に優れるので、アンモニウムイオンを濃縮する各種用途に利用することができ、例えば、廃水等の各種水処理等に利用することができる。また、本発明の陽イオン交換膜は、電気透析装置、ドナン透析装置等に好適に利用できる。