(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024178700
(43)【公開日】2024-12-25
(54)【発明の名称】球状黒鉛鋳鉄部材及び球状黒鉛鋳鉄部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 8/26 20060101AFI20241218BHJP
C22C 37/04 20060101ALI20241218BHJP
C21D 5/00 20060101ALI20241218BHJP
【FI】
C23C8/26
C22C37/04 Z
C21D5/00 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023097040
(22)【出願日】2023-06-13
(71)【出願人】
【識別番号】000111845
【氏名又は名称】パーカー熱処理工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】599158649
【氏名又は名称】青梅鋳造 株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【弁理士】
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100098475
【弁理士】
【氏名又は名称】倉澤 伊知郎
(74)【代理人】
【識別番号】100130937
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100144451
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 博子
(74)【代理人】
【識別番号】100107537
【弁理士】
【氏名又は名称】磯貝 克臣
(72)【発明者】
【氏名】石田 暁丈
(72)【発明者】
【氏名】平岡 泰
(72)【発明者】
【氏名】野崎 精彦
【テーマコード(参考)】
4K028
【Fターム(参考)】
4K028AA02
4K028AB01
4K028AC04
4K028AC07
4K028AC08
(57)【要約】
【課題】 静粛性に優れ実用に足りる疲労限度を実現することができる球状黒鉛鋳鉄部材を提供すること。
【解決手段】 本発明は、球状黒鉛鋳鉄を母材とし、表面側に鉄窒素化合物層が形成された球状黒鉛鋳鉄部材であって、前記鉄窒素化合物層の厚さが、2μm~25μmであり、前記鉄窒素化合物層中に占めるγ’相の体積割合をVaγ’とし、前記鉄窒素化合物層中に占めるε相の体積割合をVaεとし、前記鉄窒素化合物層中に占めるα相の体積割合をVaαとした時、Vaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.6以上であり、Vaα/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.05以下であることを特徴とする球状黒鉛鋳鉄部材である。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
球状黒鉛鋳鉄を母材とし、表面側に鉄窒素化合物層が形成された球状黒鉛鋳鉄部材であって、
前記鉄窒素化合物層の厚さが、2μm~25μmであり、
前記鉄窒素化合物層中に占めるγ’相の体積割合をVaγ’とし、前記鉄窒素化合物層中に占めるε相の体積割合をVaεとし、前記鉄窒素化合物層中に占めるα相の体積割合をVaαとした時、Vaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.6以上であり、Vaα/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.05以下である
ことを特徴とする球状黒鉛鋳鉄部材。
【請求項2】
前記球状黒鉛鋳鉄は、
C :質量%で2.0~4.0%
Si:質量%で1.6~3.7%
Mn:質量%で0.1~2.0%
P :質量%で0.08%以下
S :質量%で0.03%以下
Cu:質量%で0.1~4.0%
Sn:質量%で0.08%以下、及び、
Mg:質量%で0.02~0.1%
を含んでいることを特徴とする請求項1に記載の球状黒鉛鋳鉄部材。
【請求項3】
前記球状黒鉛鋳鉄は、更に、
V :質量%で0.05~0.6%、及び/または、
Mo:質量%で0.7%以下
を含んでいる
ことを特徴とする請求項2に記載の球状黒鉛鋳鉄部材。
【請求項4】
前記球状黒鉛鋳鉄は、更に、
Cr:質量%で1.0%以下、及び/または、
Al:質量%で0.5%以下
を含んでいる
ことを特徴とする請求項2に記載の球状黒鉛鋳鉄部材。
【請求項5】
前記鉄窒素化合物層の厚さは、7.5μm~25μmである
ことを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の窒化鋼部材。
【請求項6】
Vaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.8以上である
ことを特徴とする請求項5に記載の球状黒鉛鋳鉄部材。
【請求項7】
球状黒鉛鋳鉄部材の製造方法であって、
500℃~600℃の炉内で第1窒化ポテンシャルの窒化ガス雰囲気中で球状黒鉛鋳鉄をガス窒化する窒化工程を備え、
前記第1窒化ポテンシャルは、0.5~3.0である
ことを特徴とする球状黒鉛鋳鉄部材の製造方法。
【請求項8】
少なくとも2段階の窒化処理工程を備えた球状黒鉛鋳鉄部材の製造方法であって、
第1窒化ポテンシャルの窒化ガス雰囲気中で球状黒鉛鋳鉄部材を窒化処理する第1窒化処理工程と、
前記第1窒化処理工程後に、前記第1窒化ポテンシャルよりも低い第2窒化ポテンシャルの窒化ガス雰囲気中で前記球状黒鉛鋳鉄部材を更に窒化処理する第2窒化処理工程と、を備え、
前記第1窒化処理工程は、500℃~600℃の温度下で実施され、
前記第2窒化処理工程も、500℃~600℃の温度下で実施され、
前記第2窒化ポテンシャルは、0.5~3.0の範囲内の値であり、
前記第1窒化処理工程の時間は、前記第2窒化処理工程の時間よりも長い
ことを特徴とする球状黒鉛鋳鉄部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、静粛性に優れる球状黒鉛鋳鉄部材に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄道用の駆動装置に用いられる歯車には、乗客や沿線住民に過度な不快感を与えないように、静粛性が求められる。
【0003】
非特許文献1によれば、球状黒鉛鋳鉄は、内在する黒鉛が振動を減衰することによって優れた材料減衰特性(ひいては静粛性)を示すため、鉄道用歯車の新しい材料として期待されている。また、当該非特許文献1によれば、窒化処理を施した球状黒鉛鋳鉄が従来材料の約90%程度までの疲労限度を実現できる旨も報告されている。
【0004】
また、非特許文献2によれば、球状黒鉛鋳鉄に窒化処理を施した窒化材の窒化物層について、γ’相(Fe4N)が主体である旨が報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】「高強度球状黒鉛鋳鉄の疲労強度特性に及ぼす窒化処理の影響」菅原暁、白木尚人、野崎精彦、笹倉実、2019年9月1日発行、日本鋳造工学会第173回全国講演大会講演概要集第4頁(公益社団法人日本鋳造工学会)
【非特許文献2】「窒化処理した球状黒鉛鋳鉄の疲労特性に及ぼす合金元素の影響」河崎裕介、隅岡純一、旗手稔、信木関、浜坂直治、山口泰文、2015年1月25日発行、日本鋳造工学会誌鋳造工学 Vol.87 No.1 第3~8頁(公益社団法人日本鋳造工学会)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述のように、非特許文献1には、窒化処理を施した球状黒鉛鋳鉄が従来材料の約90%程度までの疲労限度を実現できる旨が報告されているが、更なる疲労強度の向上が望まれている。
【0007】
また、前述のように、非特許文献2には、γ’相(Fe4N)が主体である窒化物層を備えた窒化材を製造した旨の記載があるが、窒化物層の相分布の詳細については分析されていない。
【0008】
一方で、本件発明者は、後述する実施例と比較例との検証結果に基づいて、球状黒鉛鋳鉄を窒化して得られる鉄窒素化合物層について、当該鉄窒素化合物層中に占めるγ’相の体積割合をVaγ’とし、当該鉄窒素化合物層中に占めるε相の体積割合をVaεとし、当該鉄窒素化合物層中に占めるα相の体積割合をVaαとした時、
(1)鉄窒素化合物層の厚さが、2μm~25μmであること
(2)Vaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.6以上であること
(3)Vaα/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.05以下であること
の3条件の全てを満たす場合に、疲労限度が有意に改善することを見出した。
【0009】
また、本件発明者は、そのような条件を満たす球状黒鉛鋳鉄を製造するための窒化処理の制御において用いられる窒化ポテンシャルについて、一般的な低合金鋼においてγ’相の体積割合を高めることを目的とした窒化処理において選択されてきた窒化ポテンシャル範囲よりもやや高いことを見出した。
【0010】
本発明は、以上の知見に基づいて創案されたものである。本発明の目的は、静粛性に優れ実用に足りる疲労限度を実現することができる球状黒鉛鋳鉄部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、
球状黒鉛鋳鉄を母材とし、表面側に鉄窒素化合物層が形成された球状黒鉛鋳鉄部材であって、
前記鉄窒素化合物層の厚さが、2μm~25μmであり、
前記鉄窒素化合物層中に占めるγ’相の体積割合をVaγ’とし、前記鉄窒素化合物層中に占めるε相の体積割合をVaεとし、前記鉄窒素化合物層中に占めるα相の体積割合をVaαとした時、Vaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.6以上であり、Vaα/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.05以下であることを特徴とする球状黒鉛鋳鉄部材
である。
【0012】
本発明によれば、2μm~25μmの範囲の厚さの鉄窒素化合物層が設けられ、当該鉄窒素化合物層中においてVaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.6以上であり、Vaα/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.05以下であるようにγ’相が形成されているため、球状黒鉛鋳鉄部材の疲労限度を改善することができる。
【0013】
Vaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)及びVaα/(Vaγ’+Vaε+Vaα)は、鉄窒素化合物層の断面の電子顕微鏡写真から評価することができ、当該比についての0.6及び0.03という閾値は、後述する実施例と比較例とを比較検討することによって導出されたものである。
【0014】
ここで、前記球状黒鉛鋳鉄は、一般的には、
C :質量%で2.0~4.0%
Si:質量%で1.6~3.7%
Mn:質量%で0.1~2.0%
P :質量%で0.08%以下
S :質量%で0.03%以下
Cu:質量%で0.1~4.0%
Sn:質量%で0.08%以下、及び、
Mg:質量%で0.02~0.1%
を含んでいる。
【0015】
前記球状黒鉛鋳鉄は、更に、
V :質量%で0.05~0.6%、及び/または、
Mo:質量%で0.7%以下
を含んでいてもよい。
【0016】
前記球状黒鉛鋳鉄は、更に、
Cr:質量%で1.0%以下、及び/または、
Al:質量%で0.5%以下
を含んでいてもよい。
【0017】
また、本件発明者は、前記鉄窒素化合物層の厚さについて、7.5μm~25μmであることがより好ましいことを知見した。
【0018】
更に、本件発明者は、Vaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比について、0.8以上であることがより好ましいことを知見した。
【0019】
また、本発明は、
球状黒鉛鋳鉄部材の製造方法であって、
500℃~600℃の炉内で第1窒化ポテンシャルの窒化ガス雰囲気中で球状黒鉛鋳鉄をガス窒化する窒化工程
を備え、
前記第1窒化ポテンシャルは、0.5~3.0である
ことを特徴とする球状黒鉛鋳鉄部材の製造方法である。
【0020】
本件発明者は、このように、比較的高い窒化ポテンシャルを用いて、前述のようなパラメータ条件を満たす球状黒鉛鋳鉄部材を製造できることを確認した。
【0021】
また、本発明は、
少なくとも2段階の窒化処理工程を備えた球状黒鉛鋳鉄部材の製造方法であって、
第1窒化ポテンシャルの窒化ガス雰囲気中で球状黒鉛鋳鉄部材を窒化処理する第1窒化処理工程と、
前記第1窒化処理工程後に、前記第1窒化ポテンシャルよりも低い第2窒化ポテンシャルの窒化ガス雰囲気中で前記球状黒鉛鋳鉄部材を更に窒化処理する第2窒化処理工程と、を備え、
前記第1窒化処理工程は、500℃~600℃の温度下で実施され、
前記第2窒化処理工程も、500℃~600℃の温度下で実施され、
前記第2窒化ポテンシャルは、0.5~3.0の範囲内の値であり、
前記第1窒化処理工程の時間は、前記第2窒化処理工程の時間よりも長い
ことを特徴とする球状黒鉛鋳鉄部材の製造方法
である。
【0022】
本件発明者は、このように、比較的高い窒化ポテンシャルを用いて、前述のようなパラメータ条件を満たす球状黒鉛鋳鉄部材を製造できることを確認した。
【発明の効果】
【0023】
本発明の一態様によれば、2μm~25μmの範囲の厚さの鉄窒素化合物層が設けられ、当該鉄窒素化合物層中においてVaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.6以上であり、Vaα/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.05以下であるようにγ’相が形成されているため、球状黒鉛鋳鉄部材の疲労限度を改善することができる。
【0024】
本発明の別の一態様によれば、比較的高い窒化ポテンシャルを用いて、前述のようなパラメータ条件を満たす球状黒鉛鋳鉄部材を製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明の一実施形態による球状黒鉛鋳鉄部材の製造方法に用いられるピット型(1室型)の熱処理炉の構成概略図ある。
【
図2】
図1の熱処理炉において採用され得る窒化処理方法の一実施形態の工程図である。
【
図3】本発明の一実施形態による球状黒鉛鋳鉄部材の製造方法に用いられるバッチ型の熱処理炉の構成概略図である。
【
図4】
図3の熱処理炉において採用され得る窒化処理方法の一実施形態の工程図である。
【
図5】本発明の一実施形態による球状黒鉛鋳鉄部材の断面光学顕微鏡写真である。
【
図6】本発明の各実施例の母材成分を示す表である。
【
図7】本発明の各実施例について、窒化条件と、窒化後特性及び疲労試験結果と、を示す表である。
【
図9】各比較例について、窒化条件と、窒化後特性及び疲労試験結果と、を示す表である。
【
図10】小野式回転曲げ疲労試験片の形状を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の好ましい実施形態について説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0027】
[被処理体(ワーク)]
被処理体(ワーク)は、球状黒鉛鋳鉄からなる。窒化処理後の球状黒鉛鋳鉄部材の用途は、鉄道の駆動装置に用いられる歯車等が想定されているが、本実施形態では疲労限度の評価試験のため、
図10に示すような形状の棒材とされた。
【0028】
被処理体(ワーク)は、窒化処理の前に、汚れや油を除去するための前洗浄が実施されることが好ましい。前洗浄は、例えば、炭化水素系の洗浄液で油などを溶解置換させて蒸発させることで脱脂乾燥させる真空洗浄、アルカリ系の洗浄液で脱脂処理するアルカリ洗浄、などが好ましい。
【0029】
[ピット型の熱処理炉の構成例]
図1は、本発明の球状黒鉛鋳鉄部材の製造方法に用いられるピット型の熱処理炉5の構成概略図である。
【0030】
図1に示すように、ピット型の熱処理炉5は、有底筒状の炉壁6と、炉蓋7と、を備えている。
【0031】
炉蓋7の下側(内側)には、ファン8が設けられており、当該ファン8の回転軸が炉蓋7を貫通して、炉蓋7の上側(外側)に設けられたファンモータ9に接続されている。
【0032】
炉壁6の内側には、レトルト10が設けられており、当該レトルト10の更に内側に、ガス案内筒11が設けられている。レトルト10の外周部がヒータ(不図示)で加熱されることで炉内(レトルト10内)の温度が所定の温度に制御されるようになっている。そして、ガス案内筒11内にケース12が置かれるようになっており、当該ケース12内に、被処理体(ワーク)としての球状黒鉛鋳鉄が収納されるようになっている。処理重量は、最大でグロス700kgである。
【0033】
また、レトルト10内に、窒化処理のための複数種のガスが、後述するように制御されながら導入されるようになっている。更に、レトルト10の外周部はブロワ(不図示)により冷却する機能をも有しており、冷却時はレトルト10自体の温度を低下させることで炉内のワークが冷却される(炉冷)。
【0034】
[ピット型の熱処理炉の動作例]
以上のような構成の熱処理炉5において、炉蓋7が開放され、球状黒鉛鋳鉄が収納されたケース12がガス案内筒11内に搬入される。そして、球状黒鉛鋳鉄(が収納されたケース12)がガス案内筒11内に搬入された後、ガス案内筒11内に処理ガスが導入され、当該処理ガスがヒータで所定の温度に加熱され、更にファン8(例えば1500rpmで回転する)で攪拌されながら、ガス案内筒11内に搬入された球状黒鉛鋳鉄部材の窒化処理が行われる。
【0035】
図2は、
図1の熱処理炉5において採用され得る窒化処理方法の一実施形態の工程図である。
【0036】
図2の例では、球状黒鉛鋳鉄(ワーク)がガス案内筒11内に装入されてから、レトルト10内が550℃に加熱される。この加熱工程の前半(加熱(1)工程)に、N
2ガスが40(L/min)の一定流量で導入され、この加熱工程の後半(加熱(2)工程)に、NH
3ガス及びAXガスが40(L/min)の一定流量で導入される。
【0037】
その後、2段階の窒化処理工程が実施される。具体的には、まず、第1窒化ポテンシャルとして例えば1.5の値が採用され、550℃の温度下で、第1窒化処理工程が実施される。
【0038】
窒化ポテンシャルKNは、NH3ガスの分圧P(NH3)とH2ガスの分圧P(H2)とにより、以下の式で表されることが知られている。
KN = P(NH3)/P(H2)3/2
【0039】
第1窒化処理工程において、例えば熱電動式のH
2センサ13を介して(
図1参照)、ガス案内筒11内または排ガス内のNH
3ガスの分圧P(NH
3)またはH
2ガスの分圧P(H
2)が測定され、当該測定値から演算される窒化ポテンシャルの値が目標とする第1窒化ポテンシャルの近傍範囲内となるように、処理ガスの導入量がフィードバック制御される。当該フィードバック制御は、例えば、PLC及びK
N調節器によって、各処理ガスの導入路に設けられたガス流量調節計MFC14を介して行われる。
【0040】
図2の例では、排ガス内のH
2ガスの分圧P(H
2)が熱伝導度式のH
2センサ13によって測定され、当該測定値をオンラインで分析しながら(当該測定値から窒化ポテンシャルを演算しながら)、処理ガスの導入量がフィードバック制御される。具体的には、AXガスが20(L/min)の一定流量で導入される一方、NH
3ガスが増減される。総流量も変動することになる。
【0041】
図2の例では、このような第1窒化処理工程は、240分間実施される。これにより、球状黒鉛鋳鉄部材に、主として、γ’相、ε相、または、γ’相とε相とが混在、の鉄窒素化合物層が生成される。
【0042】
引き続いて、第2窒化ポテンシャルとして例えば0.6の値が採用され、550℃の温度下で第2窒化処理工程が実施される。
【0043】
第2窒化処理工程においても、例えば熱電動式のH
2センサ13を介して(
図1参照)、ガス案内筒11内または排ガス内のNH
3ガスの分圧P(NH
3)またはH
2ガスの分圧P(H
2)が測定され、当該測定値から演算される窒化ポテンシャルの値が目標とする第2窒化ポテンシャルの近傍範囲内となるように、処理ガスの導入量がフィードバック制御される。
【0044】
図2の例では、排ガス内のH
2ガスの分圧P(H
2)が熱伝導度式のH
2センサ13によって測定され、当該測定値をオンラインで分析しながら(当該測定値から窒化ポテンシャルを演算しながら)、処理ガスの導入量がフィードバック制御される。具体的には、AXガスが30(L/min)の一定流量で導入される一方、NH
3ガスが増減される。総流量も変動することになる。
【0045】
図2の例では、このような第2窒化処理工程は、60分間実施される。これにより、鉄窒素化合物層に主としてγ’相が析出される。
【0046】
第2窒化処理工程が終了すると、冷却工程が行われる。
図2の例では、冷却工程の前半(400℃程度まで:冷却(1)工程)、第2窒化処理工程と同様の処理ガス導入量制御がなされる。すなわち、AXガスが30(L/min)の一定流量で導入される一方、NH
3ガスが増減される。冷却工程の後半(400℃~100℃程度:冷却(2)工程)には、N
2ガスが20(L/min)の一定流量で導入される。冷却工程が終了すると、炉蓋7が開放され、球状黒鉛鋳鉄部材が収納されたケース12がガス案内筒11から搬出される。
【0047】
[バッチ型の熱処理炉の構成例]
図3は、本発明の球状黒鉛鋳鉄部材の製造方法に用いられるバッチ型の熱処理炉15の構成概略図である。
【0048】
図3に示すように、バッチ型の熱処理炉15は、搬入部16、加熱室17、搬送室18、及び、搬出部19を備えている。搬入部16には、ケース20が置かれるようになっており、当該ケース20内に、被処理体(ワーク)としての球状黒鉛鋳鉄部材が収納されるようになっている。処理重量は、最大でグロス700kgである。
【0049】
加熱室17の入口側(
図3において右側)には、開閉自在な扉21が取り付けられている。加熱室17は、レトルト構造となっており、レトルト外周部がヒータ(不図示)で加熱されることで、炉内温度が所定の温度に制御されるようになっている。そして、加熱室17内に、窒化処理のための複数種のガスが、後述するように制御されながら導入されるようになっている。
【0050】
また、加熱室17の天井には、加熱室17内に導入されたガスを攪拌して球状黒鉛鋳鉄の加熱温度を均一化させるファン22が装着されている。そして、加熱室17の出口側(
図4において左側)には、開閉自在な中間扉23が取り付けられている。
【0051】
搬送室18には、球状黒鉛鋳鉄が収納されたケース20を昇降させるエレベータ(詳細は不図示)が設けられている。搬送室18の下部には、冷却用の油を溜めた冷却室(油槽)24が設けられており、油撹拌用の撹拌機25が取り付けられている。そして、搬送室18の出口側(
図4において左側)に、開閉自在な扉26が取り付けられている。
【0052】
なお、加熱室17と搬送室18とを同一空間の処理室とし、窒化処理後の球状黒鉛鋳鉄部材を気体によって空冷する構成を採用しても良い。また、加熱室17を2つに分けて、後述する2段階の窒化処理工程を各々の加熱室で行っても良い。
【0053】
[バッチ型の熱処理炉の動作例]
以上のような構成の熱処理炉15において、球状黒鉛鋳鉄が収納されたケース20が、プッシャー等により、搬入部16から加熱室17内に搬入される。そして、球状黒鉛鋳鉄部材(が収納されたケース20)が加熱室17内に搬入された後、加熱室17内に処理ガスが導入され、当該処理ガスがヒータで所定の温度に加熱され、更にファン22(例えば1500rpmで回転する)で攪拌されながら、加熱室17内に搬入された球状黒鉛鋳鉄の窒化処理が行われる。
【0054】
図4は、
図3の熱処理炉15において採用され得る窒化処理方法の一実施形態の工程図である。
【0055】
図4の例では、球状黒鉛鋳鉄(ワーク)が装入される前に、加熱室17内が予め550℃に加熱される。また、この加熱工程時に、N
2ガスが70(L/min)の一定流量で導入され、且つ、NH
3ガスが90(L/min)の一定流量で導入される。総流量は70(L/min)+90(L/min)=160(L/min)である。
【0056】
次いで、球状黒鉛鋳鉄(ワーク)が加熱室17内に装入される。この時、扉21が開放されることにより、
図4に示すように、一時的に加熱室17内の温度が低下する。その後、扉21が閉じられ、加熱室17内の温度が再び550℃にまで加熱される。
【0057】
このような球状黒鉛鋳鉄部材装入中においても、
図4の例では、N
2ガスが70(L/min)の一定流量で導入され、且つ、NH
3ガスが90(L/min)の一定流量で導入され、総流量は70(L/min)+90(L/min)=160(L/min)である。
【0058】
その後、2段階の窒化処理工程が実施される。具体的には、まず、第1窒化ポテンシャルとして例えば1.5の値が採用され、550℃の温度下で第1窒化処理工程が実施される。
【0059】
前述のように窒化ポテンシャルKNは、NH3ガスの分圧P(NH3)とH2ガスの分圧P(H2)とにより、以下の式で表されることが知られている。
KN = P(NH3)/P(H2)3/2
【0060】
第1窒化処理工程において、例えば熱電動式のH
2センサ27を介して(
図3参照)、加熱室17内のNH
3ガスの分圧P(NH
3)またはH
2ガスの分圧P(H
2)が測定され、当該測定値から演算される窒化ポテンシャルの値が目標とする第1窒化ポテンシャルの近傍範囲内となるように、処理ガスの導入量がフィードバック制御される。当該フィードバック制御は、例えば、PLC及びK
N調節器によって、各処理ガスの導入路に設けられたガス流量調節計MFC28を介して行われる。
【0061】
図4の例では、加熱室17内のH
2ガスの分圧P(H
2)が熱伝導度式のH
2センサ27によって測定され、当該測定値をオンラインで分析しながら(当該測定値から窒化ポテンシャルを演算しながら)、処理ガスの導入量がフィードバック制御される。具体的には、具体的には、N
2ガスが70(L/min)の一定流量で導入される一方、NH
3ガス及びAXガスの各々が合計流量90(L/min)という条件下で増減される。総流量は、70(L/min)+90(L/min)=160(L/min)に維持される。
【0062】
図4の例では、このような第1窒化処理工程は、240分間実施される。これにより、球状黒鉛鋳鉄部材に、主として、γ’相、ε相、または、γ’相とε相とが混在、の鉄窒素化合物層が生成される。
【0063】
引き続いて、第2窒化ポテンシャルとして例えば0.6の値が採用され、550℃の温度下で第2窒化処理工程が実施される。
【0064】
第2窒化処理工程においても、例えば熱電動式のH
2センサ27を介して(
図3参照)、加熱室17内のNH
3ガスの分圧P(NH
3)またはH
2ガスの分圧P(H
2)が測定され、当該測定値から演算される窒化ポテンシャルの値が目標とする第2窒化ポテンシャルの近傍範囲内となるように、処理ガスの導入量がフィードバック制御される。
【0065】
図4の例では、加熱室17内のH
2ガスの分圧P(H
2)が熱伝導度式のH
2センサ27によって測定され、当該測定値をオンラインで分析しながら(当該測定値から窒化ポテンシャルを演算しながら)、処理ガスの導入量がフィードバック制御される。具体的には、NH
3ガス及びAXガスの各々が合計流量160(L/min)という条件下で増減される。
【0066】
図2の例では、このような第2窒化処理工程は、60分間実施される。これにより、鉄窒素化合物層に主としてγ’相が析出される。
【0067】
第2窒化処理工程が終了すると、冷却工程が行われる。
図4の例では、冷却工程は15分間行われる(攪拌機付の油槽内で、15分油中(100℃)に保持される)。当該冷却工程が終了すると、窒化処理が完了した球状黒鉛鋳鉄部材が収納されたケース20が、搬出部19(例えば搬出コンベヤ)に搬出される。
【0068】
[球状黒鉛鋳鉄部材の一実施形態の断面顕微鏡写真]
図5は、本発明の一実施形態の球状黒鉛鋳鉄部材1の断面顕微鏡写真である。
図5に示すように、本実施形態の球状黒鉛鋳鉄部材1は、表面に鉄窒素化合物層2が形成されており、当該鉄窒素化合物層2の下方に、母相内に窒素が拡散されている拡散層3を備えている。
【0069】
図5の例では、鉄窒素化合物層2は、10~15μmの厚みを有している。拡散層3は、鉄窒素化合物層2の直下において、約250μmの深さまで存在しており、500HV~700HVの硬さを有している。
【0070】
球状黒鉛鋳鉄部材1の母相(母材)は、球状黒鉛鋳鉄であり、当該母相内部に球状黒鉛4が認められる。当該球状黒鉛鋳鉄から
図10に示す疲労試験片を製造し、これに前述の窒化処理(
図2または
図4)を実施したものが、球状黒鉛鋳鉄部材1である。
【0071】
[実施例及び比較例の詳細]
以下、本発明の実施例及び比較例について具体的に説明する。もっとも、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0072】
図6は、実施例1-1~1-27の各々の母材(球状黒鉛鋳鉄)の鋼材成分を示す表であり、残部は鉄(Fe)及び不可避的な不純物である。また、表中の「---」は、添加が無かったか、極微量なため定量分析不可であったことを示す。
【0073】
図7は、比較例1-1~1-10の各々の母材(球状黒鉛鋳鉄)の鋼材成分を示す表であり、残部は鉄(Fe)である。比較例1-1~1-10の各々の母材(球状黒鉛鋳鉄)の鋼材成分は、実施例1-1~1-10の各々の母材(球状黒鉛鋳鉄)の鋼材成分と、それぞれ同一である。
【0074】
以下、各成分に関して、当業者の一般的な知見を説明しておく。
【0075】
C(炭素)は、球状黒鉛の晶出量、パーライト中の層状セメンタイト量及びMC炭化物の析出量、並びに、溶湯の流動性や白銑化に影響する重要な元素である。C含有量が2.0%未満であると、黒鉛量が不足し、白銑化が促進されるともに、流動性が不足し、所望の高強度・高延性を確保する球状黒鉛鋳鉄とすることが難しくなる。一方、C含有量が4.0%を超えると、黒鉛量が過多となり、強度が低下する。このため、C含有量は、2.0%~4.0%が好適である。
【0076】
Si(ケイ素)は、溶湯の流動性と白銑化に影響を及ぼす元素である。Si含有量が1.6%未満であると、流動性が低下して、薄肉部への溶湯の充填が困難になるとともに、白銑化も発生する。一方、Si含有量が3.7%を超えると、基地中にフェライトが析出しやすくなり、高強度化が困難になる。このため、Si含有量は、1.6%~3.7%が好適である。
【0077】
Mn(マンガン)は、原料から不可避的に混入する元素であるが、パーライト組織の安定化元素であり、パーライト組織を析出させる作用を有する。そのような効果を十分に得つつ、所定の硬度を確保するために、Mn含有量は、少なくとも0.1%であることが好ましい。Mn含有量は、2.0%以下であれば、球状黒鉛鋳鉄の被削性及び靱性が向上する。一方、Mn含有量が2.0%を超えると、鋳鉄の組織がチル化する傾向がある。従って、Mn含有量は、0.1%~2.0%が好適である。
【0078】
P(りん)は、ザク巣を増加させ、凝固セルの粒界に偏析して材質を脆化させる作用を有する元素であり、いわゆる不純物である。従って、できるだけ低減することが望ましい。P含有量が0.08%を超えると、前記した悪影響が顕著となる。すなわち、P含有量は、0.08%以下が好適である。(下限は特に定められないが、例えば検出限界以下に低減することまでは不要であるし経済的でない。この意味では、下限は0.005%程度であると言える。)
【0079】
S(硫黄)は、原料から不可避的に混入する元素であるが、黒鉛の球状化阻害元素であり、S含有量が0.03%を超えると、黒鉛の球状化が低下される。一方、S含有量が0.005%未満であると、球状黒鉛が晶出する際の核となる硫化物が少なくなり、球状黒鉛の晶出量が減少し、球状化率が低下する。従って、S含有量は、0.005%~0.03%が好適である。
【0080】
Cu(銅)は、パーライト組織を緻密化するとともに、基地中に微細析出して基地を高強度化する作用を有する。そのような効果を十分に得つつ、所定の硬度を確保するために、Cu含有量は、少なくとも0.1%であることが好ましい。一方、Cu含有量が4.0%を超えると、Cuが凝固セルの粒界に多量に偏析して強度の低下を招く。従って、Cu含有量は、0.1%~4.0%が好適である。
【0081】
Sn(スズ)は、パーライト組織を綿密化するとともに、Cuの添加による球状化阻害を防止し、Cuとの相乗効果で高強度化を促進する。一方、Sn含有量が0.08%を超えると、脆化作用が強くなって、強度が大幅に低下する。従って、Sn含有量は、0.08%以下が好適である。
【0082】
Mg(マグネシウム)は、黒鉛を球状化する作用を有し、球状黒鉛鋳鉄では必須元素である。そのような効果を得るためには、Mg含有量は、0.02%以上であることが必要である。一方、Mg含有量が0.1%を超えると、Mgの酸化物が多量のドロスを発生させ、表面欠陥を増加させる。従って、Mg含有量は、0.02%~0.1%が好適である。
【0083】
Cr(クロム)は、炭化物形成元素であり、フェライトの析出を抑え、パーライトの析出を助長かつ促進して、機械的性質を向上させる。一方、Cr添加量が1.0%を超えると、チル化が促進される。従って、Cr含有量は、1.0%以下が好適である。
【0084】
Mo(モリブデン)は、Crと略同様に、パーライトを緻密化して機械的性質を向上させる。一方、Mo含有量が0.7%を超えると、MoとCが結合して炭化物が生成し、硬さが上昇して延性が低下する。従って、Mo含有量は、0.7%以下が好適である。
【0085】
V(バナジウム)は、基地中に微細な炭化物として析出することで、高温における引張強さ・耐力を向上させる元素である。そのような効果を得るためには、V含有量は、0.05%以上であることが必要である。一方、V含有量が0.6%を超えると、鋳鉄の延性を損なうことに加え、炭化物生成傾向が強いために黒鉛の球状化を妨げる。従って、V含有量は、0.05%~0.6%が好適である。
【0086】
Al(アルミニウム)は、黒鉛化促進元素であり、耐酸化性を向上させる作用を持つが、Al含有量が0.5%を超えると、鋳造性が悪化する。このため、Al含有量は、0.5%以下が好適である。
【0087】
本件発明者は、
図6及び
図7に示す様々な球状黒鉛鋳鉄が母材である
図10に示す形状の切欠き試験片に対して、本発明の実施例として、あるいは、本発明の比較例として、
図8及び
図9に示す様々な窒化処理を施して球状黒鉛鋳鉄部材を得た。そして、これらの球状黒鉛鋳鉄部材について、鉄窒素化合物層の厚さ、Vaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)、Vaα/(Vaγ’+Vaε+Vaα)、及び、疲労特性、が評価された。
【0088】
(1)鉄窒素化合物層の厚さ
鉄窒素化合物層2の厚さは、窒化処理された球状黒鉛鋳鉄部材1を深さ方向に切断し、断面の顕微鏡写真を用いて評価した。具体的には、最表面を含む100μm×100μmの領域を1視野として、5視野の平均値に基づいて評価した。
【0089】
(2)Vaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)
(3)Vaα/(Vaγ’+Vaε+Vaα)
相構造は、窒化処理された球状黒鉛鋳鉄部材1を深さ方向に切断し、断面を機械的に鏡面研磨した後、走査型電子顕微鏡(FEI社製Sirion)に装着された後方散乱電子回折(EBSD)装置(Oxford Instruments社製、Inca Crystal)を用いて「Phase Map」(解析図)を得ることで分析された(EES測定)。この「Phase Map」から、公知の画像解析手法により、Vaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)、及び、Vaα/(Vaγ’+Vaε+Vaα)を得ることができる。具体的には、鉄窒素化合物層2の厚さに応じて、例えば球状黒鉛鋳鉄部材1の最表面から20μm深さ、幅30μmとなる面積600μm2についてEBSD測定を行い、γ’相とε相とα相とを判別する「Phase Map」を作成する。そして、得られた「Phase Map」について、画像解析アプリケーションを用いて、Vaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)、及び、Vaα/(Vaγ’+Vaε+Vaα)を得る。EBSD測定では、鉄窒素化合物層2の厚さに応じて3000倍前後の倍率で10視野測定して平均化する。
【0090】
(4)疲労特性
疲労特性は、小野式回転曲げ疲労試験(JIS Z 2274)によって評価された。具体的には、小野式回転曲げ疲労試験機(島津製作所、H7型)を用いて、試験荷重は、公称応力470MPaと公称応力517MPaとされ、回転数は、3000rpmで共通とされた。試験結果の評価は、公称応力470MPaにて107回転を迎えたものを良(「○」で表示)とし、更に公称応力517MPaにて107回転を迎えたものを最良(「◎」で表示)とし、公称応力470MPaにて107回転未満で破断したものを不良(「×」で表示)とした。
【0091】
(採用された熱処理炉及び窒化処理工程)
図8及び
図9に、実施例及び比較例の各々について、使用された熱処理炉と窒化処理工程の窒化条件とが記載されている。
【0092】
「ピット型」が、
図1及び
図2を用いて説明した熱処理炉5に対応し、「バッチ型」が、
図3及び
図4を用いて説明した熱処理炉15に対応している。
【0093】
「KN1」の欄が、第1窒化処理工程の(目標)第1窒化ポテンシャルの値であり、その右隣の「時間」の欄が、第1窒化処理工程の処理時間であり、「KN2」の欄が、第2窒化処理工程の(目標)第2窒化ポテンシャルの値であり、その右隣の「時間」の欄が、第2窒化処理工程の処理時間である。
【0094】
「KM2」の欄及びその右隣の「時間」の欄が「-」となっている場合は、第2窒化処理工程が行われず、第1窒化処理工程のみが行われたことを意味している。
【0095】
比較例2-2において、「制御なし」とあるのは、フィードバック制御が行われず、NH3ガス及びAXガスの各流量が一定とされたことを意味している。
【0096】
そして、
図8及び
図9に、実施例及び比較例の各々について、鉄窒素化合物層の厚さ、Vaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)、Vaα/(Vaγ’+Vaε+Vaα)、及び、疲労特性、が記載されている。
【0097】
(C、Si、Mn、P、S、Cu、Mg、Sn)
図8及び
図9に示される実施例1-1~1-5/比較例1-1~1-4は、母材成分として、C、Si、Mn、P、S、Cu、Mg、Snを有するグループである。
【0098】
実施例1-1~1-5/比較例1-1~1-4の結果から、当該グループにおいて、
(1)鉄窒素化合物層の厚さが、2μm~25μmであること
(2)Vaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.6以上であること
(3)Vaα/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.05以下であること
の3条件の全てを満たす場合に、疲労限度が有意に改善することが確認された。
【0099】
(C、Si、Mn、P、S、Cu、Mg、Sn、Cr、Al)
図8及び
図9に示される実施例2-1~2-10/比較例2-1~2-3は、母材成分として、C、Si、Mn、P、S、Cu、Mg、Sn、Cr、Alを有するグループである。
【0100】
実施例2-1~2-10/比較例2-1~2-3の結果から、当該グループにおいても、
(1)鉄窒素化合物層の厚さが、2μm~25μmであること
(2)Vaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.6以上であること
(3)Vaα/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.05以下であること
の3条件の全てを満たす場合に、疲労限度が有意に改善することが確認された。
【0101】
(C、Si、Mn、P、S、Cu、Mg、Sn、V)
図8及び
図9に示される実施例3-1~3-4/比較例3-1~3-3は、母材成分として、C、Si、Mn、P、S、Cu、Mg、Sn、Vを有するグループである。
【0102】
実施例3-1~3-4/比較例3-1~3-3の結果から、当該グループにおいても、
(1)鉄窒素化合物層の厚さが、2μm~25μmであること
(2)Vaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.6以上であること
(3)Vaα/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.05以下であること
の3条件の全てを満たす場合に、疲労限度が有意に改善することが確認された。
【0103】
(C、Si、Mn、P、S、Cu、Mg、Sn、Mo)
図8に示される実施例4-1~4-3は、母材成分として、C、Si、Mn、P、S、Cu、Mg、Sn、Moを有するグループである。
【0104】
実施例4-1~4-3の結果から、当該グループにおいても、
(1)鉄窒素化合物層の厚さが、2μm~25μmであること
(2)Vaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.6以上であること
(3)Vaα/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.05以下であること
の3条件の全てを満たす場合に、疲労限度が有意に改善することが確認された。
【0105】
(C、Si、Mn、P、S、Cu、Mg、Sn、V、Mo)
図8に示される実施例5は、母材成分として、C、Si、Mn、P、S、Cu、Mg、Sn、V、Moを有する。
【0106】
実施例5の結果から、この場合においても、
(1)鉄窒素化合物層の厚さが、2μm~25μmであること
(2)Vaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.6以上であること
(3)Vaα/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.05以下であること
の3条件の全てを満たす場合に、疲労限度が有意に改善することが確認された。
【0107】
(C、Si、Mn、P、S、Cu、Mg、Sn、V、Cr)
図8に示される実施例6は、母材成分として、C、Si、Mn、P、S、Cu、Mg、Sn、V、Crを有する。
【0108】
実施例6の結果から、この場合においても、
(1)鉄窒素化合物層の厚さが、2μm~25μmであること
(2)Vaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.6以上であること
(3)Vaα/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.05以下であること
の3条件の全てを満たす場合に、疲労限度が有意に改善することが確認された。
【0109】
(C、Si、Mn、P、S、Cu、Mg、Sn、V、Cr、Al)
図8に示される実施例7及び実施例8は、母材成分として、C、Si、Mn、P、S、Cu、Mg、Sn、V、Cr、Alを有する。
【0110】
実施例7及び実施例8の結果から、この場合においても、
(1)鉄窒素化合物層の厚さが、2μm~25μmであること
(2)Vaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.6以上であること
(3)Vaα/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.05以下であること
の3条件の全てを満たす場合に、疲労限度が有意に改善することが確認された。
【0111】
(C、Si、Mn、P、S、Cu、Mg、Sn、V、Al)
図8に示される実施例9は、母材成分として、C、Si、Mn、P、S、Cu、Mg、Sn、V、Alを有する。
【0112】
実施例9の結果から、この場合においても、
(1)鉄窒素化合物層の厚さが、2μm~25μmであること
(2)Vaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.6以上であること
(3)Vaα/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.05以下であること
の3条件の全てを満たす場合に、疲労限度が有意に改善することが確認された。
【0113】
(より好適な条件)
実施例1-3、実施例1-5、実施例2-2、実施例2-3、実施例2-5、実施例3-2、実施例3-4、実施例5、実施例8、実施例9の結果から、
(1)鉄窒素化合物層の厚さが、2μm~25μmであること
という条件は、好ましくは、
(1’)鉄窒素化合物層の厚さが、7.5μm~25μmであること
であり、更に好ましくは、
(1”)鉄窒素化合物層の厚さが、10μm~25μmであること
であると言うことができ、また、
(2)Vaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.6以上であること
という条件は、好ましくは、
(2’)Vaγ’/(Vaγ’+Vaε+Vaα)で規定される比が0.8以上であること
であると言うことができる。
【0114】
(母材成分についての補足)
各実施例の成分組成により、本発明は、母材である球状黒鉛鋳鉄の成分組成について、
C :質量%で2.0~4.0%
Si:質量%で1.6~3.7%
Mn:質量%で0.1~2.0%
P :質量%で0.08%以下
S :質量%で0.03%以下
Cu:質量%で0.1~4.0%
Sn:質量%で0.08%以下、及び、
Mg:質量%で0.02~0.1%
を含んだ範囲に適用可能であることが分かる。
【0115】
球状黒鉛鋳鉄は、更に、
V :質量%で0.05~0.6%、及び/または、
Mo:質量%で0.7%以下
を含んだ場合にも適用可能であることが分かる。
【0116】
球状黒鉛鋳鉄は、更に、
Cr:質量%で1.0%以下、及び/または、
Al:質量%で0.5%以下
を含んだ場合にも適用可能であることが分かる。
【0117】
(窒化処理工程についての補足)
各実施例の結果から、単一の窒化処理工程のみが実施される場合には、500℃~600℃の炉内での0.5~3.0の範囲の第1窒化ポテンシャルの窒化ガス雰囲気中での窒化処理工程によって、球状黒鉛鋳鉄が窒化されることが好ましいことが分かる。
【0118】
また、各実施例の結果から、二段階の窒化処理工程が実施される場合には、500℃~600℃の炉内での第1窒化処理工程後に、500℃~600℃の炉内での第1窒化ポテンシャルよりも低い0.5~3.0の範囲の第2窒化ポテンシャルの窒化ガス雰囲気中での第1窒化処理工程より短時間の第2窒化処理工程によって、球状黒鉛鋳鉄が窒化されることが好ましいことが分かる。
【0119】
より詳細には、
比較例1-1は、第1窒化ポテンシャル(KM1)が低過ぎたと考えられ、
比較例1-2は、第2窒化ポテンシャル(KM2)が低過ぎたと考えられ、
比較例1-3は、第2窒化ポテンシャル(KM2)が高過ぎたと考えられ、
比較例1-4は、第2窒化ポテンシャル(KM2)が低過ぎたと考えられ、
比較例2-1は、第1窒化ポテンシャル(KM1)が高過ぎたと考えられ、
比較例2-2は、フィードバック制御が必要であったと考えられ、
比較例2-3は、第2窒化ポテンシャル(KM2)が高過ぎたと考えられ、
比較例3-1は、第1窒化ポテンシャル(KM1)が高過ぎたと考えられ、
比較例3-2は、第2窒化ポテンシャル(KM2)が低過ぎたと考えられ、
比較例3-3は、第2窒化ポテンシャル(KM2)が高過ぎたと考えられる。
【符号の説明】
【0120】
1 球状黒鉛鋳鉄部材
2 鉄窒素化合物層
3 拡散層
4 球状黒鉛
5 熱処理炉
6 炉壁
7 炉蓋
8 ファン
9 ファンモータ
10 レトルト
11 ガス案内筒
12 ケース
13 H2センサ
14 ガス流量調節計MFC
15 熱処理炉
16 搬入部
17 加熱室
18 搬送室
19 搬出部
20 ケース
21 扉
22 ファン
23 中間扉
25 撹拌機
26 扉
27 H2センサ
28 ガス流量調節計MFC