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特開2024-178751データ処理装置、プログラム及び特性評価方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024178751
(43)【公開日】2024-12-25
(54)【発明の名称】データ処理装置、プログラム及び特性評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 24/08 20060101AFI20241218BHJP
【FI】
G01N24/08 510Q
G01N24/08 510D
【審査請求】有
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023097130
(22)【出願日】2023-06-13
(71)【出願人】
【識別番号】500557048
【氏名又は名称】学校法人日本医科大学
(71)【出願人】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】金涌 佳雅
(72)【発明者】
【氏名】平川 慶子
(72)【発明者】
【氏名】中尾 朋喜
(72)【発明者】
【氏名】吉村 弘伸
(57)【要約】
【課題】NMR測定によって生成されたスペクトログラムから試料の特性等を考察するための新たな手法を提供することを目的とする。
【解決手段】多変量解析部18は、複数の試料のそれぞれのスペクトログラムに対して多変量解析を実行することで、複数の試料を試料の属性毎に分離するための主成分を生成する。分布生成部20は、多変量解析の結果に基づいて、複数のスペクトログラムに含まれる時間情報と周波数情報とによって定められる指数に対する特定の主成分のローディング値の分布を生成する。プロット生成部22は、ローディング値の分布から、時間と周波数とで規定されるグラフ上で特定の主成分のローディング値を表現するローディングプロットを生成する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の試料のそれぞれに対してNMR測定を行うことで生成され、時間と周波数とで規定される複数のスペクトログラムを取得する取得手段と、
前記複数のスペクトログラムに対して多変量解析を実行することで、前記複数の試料を試料の属性毎に分離するための主成分を生成する多変量解析手段と、
前記多変量解析手段による多変量解析の結果に基づいて、前記複数のスペクトログラムに含まれる時間情報と周波数情報とによって定められる指数に対する特定の主成分のローディング値の分布を生成する分布生成手段と、
前記ローディング値の分布から、時間と周波数とで規定されるグラフ上で前記特定の主成分のローディング値を表現するローディングプロットを生成するプロット生成手段と、
を含むことを特徴とするデータ処理装置。
【請求項2】
請求項1に記載のデータ処理装置において、
指定された試料のスペクトログラムと前記ローディングプロットとを並べてディスプレイに表示させる表示制御手段を更に含む、
ことを特徴とするデータ処理装置。
【請求項3】
請求項1に記載のデータ処理装置において、
前記ローディングプロット上にて時間範囲と周波数範囲とによって解析領域を特定する特定手段を更に含み、
前記多変量解析手段、前記分布生成手段及び前記プロット生成手段は、前記解析領域を対象としてそれぞれの処理を実行する、
ことを特徴とするデータ処理装置。
【請求項4】
請求項3に記載のデータ処理装置において、
前記特定手段は、前記ローディングプロット上にて前記時間範囲と前記周波数範囲とがユーザーによって指定されると、前記ユーザーによって指定された前記時間範囲と前記周波数範囲とで規定される領域を前記解析領域として特定する、
ことを特徴とするデータ処理装置。
【請求項5】
請求項3に記載のデータ処理装置において、
前記特定手段は、時間範囲と周波数範囲とによって規定される領域であってローディング値が特定の範囲内に含まれる領域を前記解析領域として特定する、
ことを特徴とするデータ処理装置。
【請求項6】
請求項1に記載のデータ処理装置において、
前記プロット生成手段は、前記ローディング値の分布を座標変換することで前記ローディングプロットを生成する、
ことを特徴とするデータ処理装置。
【請求項7】
コンピュータを、
複数の試料のそれぞれに対してNMR測定を行うことで生成され、時間と周波数とで規定される複数のスペクトログラムを取得する取得手段、
前記複数のスペクトログラムに対して多変量解析を実行することで、前記複数の試料を試料の属性毎に分離するための主成分を生成する多変量解析手段、
前記多変量解析手段による多変量解析の結果に基づいて、前記複数のスペクトログラムに含まれる時間情報と周波数情報とによって定められる指数に対する特定の主成分のローディング値の分布を生成する分布生成手段、
前記ローディング値の分布から、時間と周波数とで規定されるグラフ上で前記特定の主成分のローディング値を表現するローディングプロットを生成するプロット生成手段、
として機能させることを特徴とするプログラム。
【請求項8】
複数の試料のそれぞれに対してNMR測定を行うことで生成され、時間と周波数とで規定される複数のスペクトログラムを取得する第1ステップと、
前記複数のスペクトログラムに対して多変量解析を実行することで、前記複数の試料を試料の属性毎に分離するための主成分を生成する第2ステップと、
前記第2ステップによる多変量解析の結果に基づいて、前記複数のスペクトログラムに含まれる時間情報と周波数情報とによって定められる指数に対する特定の主成分のローディング値の分布を生成する第3ステップと、
前記ローディング値の分布から、時間と周波数とで規定されるグラフ上で前記特定の主成分のローディング値を表現するローディングプロットを生成する第4ステップと、
を含む特性評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、NMR(核磁気共鳴)装置による測定によって生成されたデータを処理する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
混合物の特性を評価する方法が知られている。混合物は、例えば、血清等の生体試料や、高分子化合物等が含まれる混合溶液試料等である。
【0003】
特許文献1,2には、生体試料の特性を評価する方法が記載されている。具体的には、NMR(核磁気共鳴)装置を用いて生体試料に由来するFID(Free Induction Decay)信号を取得するステップと、FID信号全体にわたって短時間周波数解析を繰り返すことでスペクトログラムを算出するステップと、を含む方法が記載されている。また、スペクトログラムに対して多変量解析を実行することでスコアプロット(つまり主成分プロット)を生成し、そのスコアプロットに基づいて生体試料の属性を識別する方法が記載されている。
【0004】
特許文献3,4には、対象スペクトルデータに対してバケットセットを用いたバケット積分を実行することで、対象スペクトルデータをヒストグラムデータに縮約する装置が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2015-114157号公報
【特許文献2】特開2019-158868号公報
【特許文献3】特許第5415476号公報
【特許文献4】特許第5020491号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、時間周波数解析の一例として、短時間フーリエ変換(STFT)が用いられることがある。短時間フーリエ変換にて設定が必要なパラメータとして、フレーム長がある。短時間フーリエ変換において、解析の時間分解能と周波数分解能とはトレードオフの関係にあり、フレーム長を設定することでパラメータが制御される。
【0007】
特許文献1,2に記載された技術では、スコアプロットから試料の属性を識別することは可能であるが、試料の特性を判断して、その判断結果を時間周波数解析のパラメータにフィードバックすることができない。また、特許文献1,2に記載された技術では、試料の属性の差異をもたらす要因(例えば、属性の相違に影響を与える成分や構造等)等を考察することができない。特許文献3,4に記載の技術についても同様のことがいえる。
【0008】
本開示の目的は、NMR測定によって生成されたスペクトログラムから試料の特性等を考察するための新たな手法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示の1つの態様は、複数の試料のそれぞれに対してNMR測定を行うことで生成され、時間と周波数とで規定される複数のスペクトログラムを取得する取得手段と、前記複数のスペクトログラムに対して多変量解析を実行することで、前記複数の試料を試料の属性毎に分離するための主成分を生成する多変量解析手段と、前記多変量解析手段による多変量解析の結果に基づいて、前記複数のスペクトログラムに含まれる時間情報と周波数情報とによって定められる指数に対する特定の主成分のローディング値の分布を生成する分布生成手段と、前記ローディング値の分布から、時間と周波数とで規定されるグラフ上で前記特定の主成分のローディング値を表現するローディングプロットを生成するプロット生成手段と、を含むことを特徴とするデータ処理装置である。
【0010】
データ処理装置は、指定された試料のスペクトログラムと前記ローディングプロットとを並べてディスプレイに表示させる表示制御手段を更に含んでもよい。
【0011】
データ処理装置は、前記ローディングプロット上にて時間範囲と周波数範囲とによって解析領域を特定する特定手段を更に含み、前記多変量解析手段、前記分布生成手段及び前記プロット生成手段は、前記解析領域を対象としてそれぞれの処理を実行してもよい。
【0012】
前記特定手段は、前記ローディングプロット上にて前記時間範囲と前記周波数範囲とがユーザーによって指定されると、前記ユーザーによって指定された前記時間範囲と前記周波数範囲とで規定される領域を前記解析領域として特定してもよい。
【0013】
前記特定手段は、時間範囲と周波数範囲とによって規定される領域であってローディング値が特定の範囲内に含まれる領域を前記解析領域として特定してもよい。
【0014】
前記プロット生成手段は、前記ローディング値の分布を座標変換することで前記ローディングプロットを生成してもよい。
【0015】
本開示の1つの態様は、コンピュータを、複数の試料のそれぞれに対してNMR測定を行うことで生成され、時間と周波数とで規定される複数のスペクトログラムを取得する取得手段、前記複数のスペクトログラムに対して多変量解析を実行することで、前記複数の試料を試料の属性毎に分離するための主成分を生成する多変量解析手段、前記多変量解析手段による多変量解析の結果に基づいて、前記複数のスペクトログラムに含まれる時間情報と周波数情報とによって定められる指数に対する特定の主成分のローディング値の分布を生成する分布生成手段、前記ローディング値の分布から、時間と周波数とで規定されるグラフ上で前記特定の主成分のローディング値を表現するローディングプロットを生成するプロット生成手段、として機能させることを特徴とするプログラムである。
【0016】
本開示の1つの態様は、複数の試料のそれぞれに対してNMR測定を行うことで生成され、時間と周波数とで規定される複数のスペクトログラムを取得する第1ステップと、前記複数のスペクトログラムに対して多変量解析を実行することで、前記複数の試料を試料の属性毎に分離するための主成分を生成する第2ステップと、前記第2ステップによる多変量解析の結果に基づいて、前記複数のスペクトログラムに含まれる時間情報と周波数情報とによって定められる指数に対する特定の主成分のローディング値の分布を生成する第3ステップと、前記ローディング値の分布から、時間と周波数とで規定されるグラフ上で前記特定の主成分のローディング値を表現するローディングプロットを生成する第4ステップと、を含む特性評価方法である。
【発明の効果】
【0017】
本開示によれば、NMR測定によって生成されたスペクトログラムから試料の特性等を考察するための新たな手法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】実施形態に係るデータ処理システムの構成を示すブロック図である。
図2】実施形態に係るデータ処理装置のハードウェアの構成を示すブロック図である。
図3】FID信号を示す図である。
図4】HSAのスペクトログラムを示す図である。
図5】HDLのスペクトログラムを示す図である。
図6】LDLのスペクトログラムを示す図である。
図7】スコアプロットを示す図である。
図8】ローディング値の分布を示す図である。
図9】第1主成分(PC-1)のローディングプロットを示す図である。
図10】2次元形式のデータと1次元形式のデータとの間の座標変換を説明するための図である。
図11】HSAのスペクトログラムとローディングプロットとを示す図である。
図12】ローディングプロットを示す図である。
図13】スコアプロットを示す図である。
図14】ローディングプロットを示す図である。
図15】BKS18のスペクトログラムを示す図である。
図16】Jclのスペクトログラムを示す図である。
図17】スコアプロットを示す図である。
図18】ローディングプロットを示す図である。
図19】スコアプロットを示す図である。
図20】ローディングプロットを示す図である。
図21】PDのスペクトログラムを示す図である。
図22】nоn-PDのスペクトログラムを示す図である。
図23】スコアプロットを示す図である。
図24】ローディングプロットを示す図である。
図25】ローディングプロットを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図1を参照して、実施形態に係るデータ処理システムについて説明する。図1は、実施形態に係るデータ処理システムの構成を示すブロック図である。実施形態に係るデータ処理システムは、NMR装置10とデータ処理装置12とを含む。
【0020】
NMR装置10は、静磁場中におかれた試料に高周波信号を照射し、その試料から出る高周波信号を検出する装置である。本実施形態では、複数の異なる試料のそれぞれに対してNMR装置10によってNMR測定が行われることで、当該複数の試料のそれぞれのFID信号が検出される。FID信号は、観測された信号の振幅の時間変化を表す信号である。
【0021】
試料は混合物であり、例えば、血清等の生体試料や、高分子化合物等が含まれる混合溶液試料等である。もちろん、これら以外の混合物が試料として用いられてもよい。
【0022】
データ処理装置12は、NMR装置10によって検出されたFID信号を受け付け、FID信号に対して処理を実行する装置である。データ処理装置12は、複数の試料のそれぞれのFID信号に対して処理を実行する。データ処理装置12は、NMR装置10に含まれてもよいし、物理的にNMR装置10とは別の装置であってもよいし、物理的に離れた複数の装置によって構成されてもよい。
【0023】
例えば、データ処理装置12は、受付部14と、周波数解析部16と、多変量解析部18と、分布生成部20と、プロット生成部22と、記憶部24と、表示制御部26と、表示部28と、操作部30と、特定部31とを含む。
【0024】
受付部14は、NMR装置10によって検出された各試料のFID信号を受け付ける。例えば、受付部14は、有線通信又は無線通信を利用することで、NMR装置10から各試料のFID信号を受信してもよい。別の例として、各試料のFID信号が、メモリやハードディスク等の記憶装置に記憶されて、その記憶装置を介してデータ処理装置12に入力された場合、受付部14は、その入力されたFID信号を受け付けてもよい。
【0025】
周波数解析部16は、複数の試料のそれぞれのFID信号に対して時間周波数解析を繰り返すことで、複数の試料のそれぞれのスペクトログラムを生成する。例えば、時間周波数解析として、短時間フーリエ変換(STFT)が用いられる。スペクトログラムは、時間、周波数及び信号強度によって表現される。周波数解析部16は、時間周波数信号等の複合信号を窓関数に通して周波数スペクトルを計算することで、スペクトログラムを生成する。例えば、スペクトログラムは、時間軸と周波数軸とで規定される2次元グラフ上で、色又は明るさによって信号成分の強度(振幅)を表現する画像である。スペクトログラムは、時間と周波数とで規定される2次元形式のデータである。
【0026】
なお、各試料のスペクトログラムはNMR装置10によって生成されてもよい。この場合、受付部14は、各試料のスペクトログラムを受け付ける。
【0027】
多変量解析部18は、複数の試料のそれぞれのスペクトログラムに対して多変量解析を実行することで、試料の属性の特徴が現れるスコアを算出し、スコアの算出に用いた合成変量(スペクトログラムを試料の属性毎に分離するための変量)を生成する。例えば、多変量解析は、主成分分析(PCA:Principal Component Analysis)、PLS判別分析(PLS-DA)又はSIMCA(Soft Independent Modeling of Class Analogy:部分空間法)法等である。例えば、2つの合成変量が生成される。もちろん、生成される合成変量の数は特に限定されるものではない。
【0028】
例えば、多変量解析部18は、多変量解析の一例である主成分分析を実行する。多変量解析部18は、主成分分析を実行することで、試料の成分である多数の変量の座標軸からなる多次元空間中で、試料間の相違(分散)が最も顕著に現れる少数の新しい座標軸を定義し、新しい座標軸上での各試料の座標値を算出する。新しい座標軸は「主成分軸」と呼ばれ、主成分軸に沿った変数は「主成分」と呼ばれ、主成分軸上の座標値は「スコア」と呼ばれる。各主成分は、多数の変数の線形一次式で定義され、その線形一次式内の各変数項の係数は「ローディング」と呼ばれる。ある主成分についての各変数のローディングは、その主成分に対する各変量の寄与度(つまり重み)を表す。多変量解析部18は、主成分空間上に複数の試料のそれぞれのスコアをプロットすることで、スコアプロットを生成する。
【0029】
分布生成部20は、多変量解析部18による多変量解析の結果に基づいて、特定の指数に対する特定の主成分のローディング値の分布を生成する。特定の指数は、スペクトログラムに含まれる時間情報と周波数情報とによって定められる。
【0030】
ローディング値の分布について詳しく説明する。各スペクトログラムは、2次元の行列(例えば、横軸が時間mであり、縦軸が周波数nである行列)によって表現される。解析対象の試料の数がs個である場合、多変量解析部18は、s個のスペクトログラムのデータ(つまり信号強度)をベクトル形式(s×m×n)で表現し、そのベクトル形式で表現されたデータ(s×m×n)に対して多変量解析を実行する。ここでは一例として、多変量解析部18は、主成分分析を実行する。その主成分分析によって得られる各主成分のローディング値は、特定の指数である(m×n)のベクトル形式で表現される。例えば、分布生成部20は、特定の指数である(m×n)に対する第1主成分(PC-1)のローディング値の分布を生成する。ローディング値の分布は、指数(m×n)で規定される1次元形式のデータである。
【0031】
プロット生成部22は、特定の指数に対する特定の主成分のローディング値の分布(1次元形式のデータ)から、2次元グラフ(時間軸と周波数軸とで規定される2次元グラフ)上で色又は明るさによって特定の主成分のローディング値を表現するローディングプロットを生成する。プロット生成部22は、時間軸と周波数軸とで規定される2次元グラフ上に各ローディング値をプロットすることで、ローディングプロットを生成する。例えば、プロット生成部22は、特定の指数に対する特定の主成分のローディング値の分布を座標変換することでローディングプロットを生成する。ローディングプロットは、時間mと周波数nとで規定される2次元形式のデータである。
【0032】
記憶部24は、記憶装置によって実現される。例えば、FID信号、スペクトログラムのデータ、多変量解析の結果(例えば、スコア、ローディング値等)、ローディング値の分布のデータ、及び、ローディングプロット等が、記憶部24に記憶される。
【0033】
表示制御部26は、各情報の表示を制御する。例えば、表示制御部26は、FID信号、スペクトログラム、多変量解析の結果、ローディング値の分布、及び、ローディングプロット等を、表示部28に表示させる。
【0034】
本実施形態では、表示制御部26は、スペクトログラムとローディングプロットとを並べて表示部28に表示させる。例えば、表示対象のスペクトログラムがユーザーによって指定されると、表示制御部26は、その指定されたスペクトログラムとローディングプロットとを表示部28に並べて表示させる。
【0035】
表示部28は、液晶ディスプレイやELディスプレイ等のディスプレイである。操作部30は、キーボード、マウス、入力キー及び操作パネル等の入力装置である。
【0036】
特定部31は、解析対象となる領域(以下、「解析領域」と呼ぶ)を特定する。例えば、特定部31は、ローディングプロット上にて時間範囲と周波数範囲とによって解析領域を特定する。例えば、ユーザーがローディングプロット上にて時間範囲と周波数範囲とを指定すると、特定部31は、ユーザーによって指定された時間範囲と周波数範囲とで規定される領域を解析領域として特定する。別の例として、特定部31は、時間範囲と周波数範囲とによって規定される領域であってローディング値が特定の範囲内に含まれる領域を解析領域として特定してもよい。特定の範囲は、例えば、ローディング値が閾値以上の範囲、又は、ローディング値が下限値以上かつ上限値未満の範囲等である。ユーザーによって、特定の範囲が指定されてもよいし、予め定められてもよい。例えば、特定部31は、ローディングプロット上にてローディング値が閾値以上となる領域を解析領域として特定する。なお、特定部31は、データ処理装置12に含まれていなくてもよい。
【0037】
以下、図2を参照して、データ処理装置12のハードウェアの構成について説明する。図2は、データ処理装置12のハードウェアの構成を示すブロック図である。
【0038】
例えば、データ処理装置12は、通信装置32と、UI(ユーザーインターフェース)34と、記憶装置36と、プロセッサ38とを含む。
【0039】
通信装置32は、通信チップや通信回路等を有する1又は複数の通信インターフェースを含み、他の装置に情報を送信する機能、及び、他の装置から情報を受信する機能を有する。通信装置32は、無線通信機能を有してもよいし、有線通信機能を有してもよい。
【0040】
UI34は、ユーザーインターフェースであり、ディスプレイと入力装置とを含む。ディスプレイは、液晶ディスプレイ又はELディスプレイ等である。入力装置は、キーボード、マウス、入力キー又は操作パネル等である。表示部28及び操作部30は、UI34によって実現される。UI34は、ディスプレイと入力装置とを兼ね備えたタッチパネル等のUIであってもよい。
【0041】
記憶装置36は、データを記憶する1又は複数の記憶領域を構成する装置である。記憶装置36は、例えば、ハードディスクドライブ(HDD)、ソリッドステートドライブ(SSD)、各種のメモリ(例えばRAM、DRAM、NVRAM、ROM、等)、その他の記憶装置(例えば光ディスク等)、又は、それらの組み合わせである。記憶部24は、記憶装置36によって実現される。
【0042】
プロセッサ38は、データ処理装置12の各部の動作を制御する。周波数解析部16、多変量解析部18、分布生成部20、プロット生成部22、表示制御部26及び特定部31は、プロセッサ38によって実現される。その実現のために記憶装置36が用いられてもよい。
【0043】
例えば、プロセッサ38は、CPU(Central Processing Unit)、GPU(Graphics Processing Unit)、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)、FPGA(Field Programmable Gate Array)、DSP(Digital Signal Processor)、その他のプログラマブル論理デバイス、又は、電子回路等によって構成される。
【0044】
データ処理装置12の各機能は、ハードウェア資源とソフトウェア資源との協働によって実現されてもよい。例えば、プロセッサ38を構成するCPUが、記憶装置36に記憶されているプログラムを読み出して実行することで、各機能が実現される。プログラムは、CD又はDVD等の記録媒体を経由して、又は、ネットワーク等の通信経路を経由して、記憶装置36に記憶される。別の例として、電子回路等のハードウェア資源によって、データ処理装置12の各機能が実現されてもよい。
【0045】
以下、データ処理装置12による処理について詳しく説明する。
【0046】
図3には、FID信号の一例が示されている。FID信号40は、ある試料のFID信号である。FID信号40は、NMR装置10によって検出された信号であり、観測された信号の振幅の時間変化を表す信号である。受付部14がFID信号40を受け付けると、周波数解析部16は、FID信号40に対して短時間フーリエ変換を実行することで、スペクトログラムを生成する。
【0047】
ここでは一例として、血清標準物質の水溶液が、試料として用いられる。具体的には、HSA(ヒト血清アルブミン溶液)、HDL(Lipoproteins, High Density, Human Plasma)及びLDL(Lipoproteins, Low Density, Human Plasma)の3種類の試料が用いられる。
【0048】
図4には、HSAのスペクトログラム42が示されている。図5には、HDLのスペクトログラム44が示されている。図6には、LDLのスペクトログラム46が示されている。
【0049】
HSA、HDL及びLDLのそれぞれがNMR装置10によって測定されることで、HSA、HDL及びLDLのそれぞれのFID信号が検出される。受付部14は、HSA、HDL及びLDLのそれぞれのFID信号を受け付ける。周波数解析部16は、HSA、HDL及びLDLのそれぞれのFID信号に対して短時間フーリエ変換を実行することで、HSA、HDL及びLDLのそれぞれのスペクトログラムを生成する。
【0050】
スペクトログラム42,44,46において、横軸は時間を示し、縦軸は周波数を示している。信号の強度が、色又は明るさによって表現されている。スペクトログラムによって、試料の特性を表現することができる。
【0051】
多変量解析部18は、スペクトログラム42,44,46に対して多変量解析を実行することで複数の合成変量を生成する。ここでは一例として、多変量解析部18は、主成分分析を実行することで、第1主成分(PC-1)と第2主成分(PC-2)とを生成し、各主成分のローディング値と、その2つの主成分に対する各試料のスコアとを算出する。
【0052】
具体的には、試料の数がs個である場合、多変量解析部18は、s個のスペクトログラムのデータをベクトル形式(s個×時間m×周波数n)で表現し、そのベクトル形式で表現されたデータ(s×m×n)に対して主成分分析を実行する。上述したように、時間mは、スペクトログラムの横軸に対応し、周波数nは、スペクトログラムの縦軸に対応する。主成分分析によって得られる各主成分のローディング値は、指数(m×n)のベクトル形式で表現される。
【0053】
多変量解析部18は、第1主成分(PC-1)軸と第2主成分(PC-2)軸とによって規定される2次元グラフ上に、その2つの主成分に対する各試料のスコアをプロットすることで、スコアプロットを生成する。図7には、そのスコアプロットの一例が示されている。
【0054】
図7に示されているスコアプロット48において、横軸は第1主成分(PC-1)を示し、縦軸は第2主成分(PC-2)を示している。ここでは一例として、第1主成分(PC-1)の寄与率は21%であり、第2主成分(PC-2)の寄与率は11%である。寄与率は、その主成分が、データ全体の中でどの位の割合を占めるのかを表す指標である。ユーザーは、寄与率を参照することで、直感的にその主成分の重要度を認識することができる。黒色の丸マークは、HSAのスコアを示している。黒色の三角マークは、HDLのスコアを示している。白色の三角マークは、LDLのスコアを示している。
【0055】
ユーザーは、スコアプロット48を参照することで、各試料の分離の程度を認識することができる。スコアプロット48上で複数のプロット間の距離が短いほど、それら複数の試料は、特徴的に互いに似ていると評価できる。一方、複数のプロット間の距離が長いほど、それら複数の試料は、特徴的に違うと評価できる。図7に示す例では、HSAを表すマークは、HDLを表すマーク及びLDLを表すマークと分離してスコアプロット48上に分布している。そのため、スコアプロット48は、HSAと、HDL、LDLと、を分離していると評価できる。また、主成分におけるスコアの分散の値が大きいほど、その主成分が試料の分類に寄与する度合いが高いと評価できる。
【0056】
分布生成部20は、多変量解析部18による主成分分析の結果に基づいて、特定の指数に対する特定の主成分のローディング値の分布を生成する。ここでは一例として、分布生成部20は、指数(m×n)に対する第1主成分(PC-1)のローディング値の分布を生成する。図8には、その分布50が示されている。横軸は指数(m×n)を示しており、縦軸は第1主成分(PC-1)のローディング値を示している。
【0057】
プロット生成部22は、ローディング値の分布50から、時間軸と周波数軸とで規定される2次元グラフ上で色又は明るさによって第1主成分(PC-1)のローディング値を表現するローディングプロットを生成する。図9には、そのローディングプロット52が示されている。プロット生成部22は、指数(m×n)に対する第1主成分(PC-1)のローディング値の分布50を、2次元グラフ上の分布に座標変換することで、ローディングプロット52を生成する。
【0058】
ローディングプロット52において、横軸は時間を示しており、縦軸は周波数を示している。第1主成分(PC-1)のローディング値の大きさが、色又は明るさによって表現されている。ローディングプロット52における時間情報は、スペクトログラムにおける時間情報であり、ローディングプロット52における周波数情報は、スペクトログラムにおける周波数情報である。
【0059】
図10を参照して、2次元形式のデータと1次元形式のデータとの間の座標変換について説明する。上述したように、スペクトログラムは2次元形式のデータである一方、多変量解析部18に入力されるデータ、及び、多変量解析部18から出力されるデータは、1次元形式のデータである。そのため、スペクトログラムに対して多変量解析を実行する前に、2次元形式のスペクトログラムを1次元形式のデータに変換する必要がある。また、2次元形式のローディングプロットを生成するために、1次元形式のデータであるローディング値の分布を、2次元形式のデータに変換する必要がある。
【0060】
図10には、これらの座標変換の具体例が示されている。符号54は2次元データを示しており、符号56は1次元データを示している。符号54が指し示すように、2次元データの縦方向の指数をmと定義し、横方向の指数をnと定義する。符号56が指し示すように、1次元データの指数をkと定義する。
【0061】
2次元データにおいて、(n,m)は、2次元空間上の位置、又は、その位置における値を示している。例えば、(1,1)は、2次元空間上の位置、又は、その位置(1,1)における値を示している。図10に示す例では、mの総数が3であり、nの総数が2である。
【0062】
1次元データにおいて、kは、1次元空間上の位置、又は、その位置における値を示している。例えば、(1)は、1次元空間上の位置、又は、その位置(1)における値を示している。
【0063】
指数m,nと指数kとの関係は、以下の式(1)で表現される。
k=m+(n-1)×M・・・(1)
Mは、2次元データの縦方向のポイントの総数である。図10に示す例では、M=3である。例えば、m=1、n=1の場合、k=1となる。
【0064】
2次元データを1次元データに変換する場合、1次元空間上の指数kが指し示す位置及び値を参照することで 1次元データを生成する。1次元データを2次元データに変換する場合、2次元空間上の指数m,nが指し示す位置及び値を参照することで2次元データを生成する。
【0065】
例えば、2次元のスペクトログラムに対して主成分分析を実行する場合、多変量解析部18は、上記の変換に従って、スペクトログラムを1次元データ(例えば、上述したベクトル形式(s×m×n)で表現されるデータ)に変換し、その1次元データに対して主成分分析を実行する。分布生成部20は、その主成分分析の結果(1次元形式のデータ)に基づいて、ローディング値の分布を生成する。ローディング値の分布からローディングプロットを生成する場合、プロット生成部22は、上記の変換に従って、1次元データを2次元のローディングプロットに変換する。
【0066】
表示制御部26は、スペクトログラムとローディングプロットとを並べて表示部28に表示させる。例えば、ユーザーが、操作部30を用いることで、HSAのスペクトログラム42を比較対象として指定し、比較表示の指示を与えると、図11に示すように、表示制御部26は、スペクトログラム42とローディングプロット52とを並べて表示部28に表示させる。
【0067】
以上のように、ローディング値の分布50が、ローディングプロット52に変換される。ローディングプロット52は、横軸が時間軸であり、縦軸が周波数軸である2次元グラフであって、特徴量であるローディング値を色又は明るさで表現する2次元グラフである。つまり、ローディングプロット52の横軸は、スペクトログラム42の横軸と同じ時間軸であり、ローディングプロット52の縦軸は、スペクトログラム42の縦軸と同じ周波数軸である。また、スペクトログラム42上では、特徴量である信号の強さが色又は明るさで表現され、ローディングプロット52上では、特徴量であるローディング値が色又は明るさで表現されている。このように、ローディングプロット52は、スペクトログラム42と同じ次元及び同じ指数によって表現されている。これにより、ユーザーがスペクトログラム42とローディングプロット52とを比較することが容易となる。
【0068】
図11に示す例では、スペクトログラム42とローディングプロット52とが並べて表示されているが、この表示例は一例に過ぎない。表示制御部26は、スペクトログラム42に替えて、スペクトログラム44又はスペクトログラム46とローディングプロット52とを並べて表示部28に表示させてもよい。例えば、ユーザーが、比較対象としてスペクトログラム44又はスペクトログラム46を指定すると、表示制御部26は、その指定されたスペクトログラムとローディングプロット52とを並べて表示部28に表示させる。
【0069】
表示制御部26は、複数のスペクトログラムとローディングプロット52とを並べて表示部28に表示させてもよい。例えば、スペクトログラム44,46がユーザーによって指定された場合、表示制御部26は、スペクトログラム44,46とローディングプロット52とを並べて表示部28に表示させる。これにより、ユーザーが複数のスペクトログラムとローディングプロットとを比較することが容易となる。
【0070】
ユーザーは、ローディングプロット52上におけるローディング値の分布に基づいて、様々な考察を行うことができる。例えば、ユーザーは、周波数軸や時間軸に対するローディング値の変化(例えば、色や明るさの変化)や、周波数軸上や時間軸上における位置の違い等を参照することで、様々な考察を行うことができる。
【0071】
また、ユーザーは、スペクトログラムとローディングプロットとを比較することで、様々な考察を行うことができる。例えば、ユーザーは、スペクトログラム上で信号強度が高い周波数軸上の位置を特定し、ローディングプロット上にて、その特定した周波数軸上の位置にてどのような分布が形成されているのかを観察することができる。それとは逆に、ユーザーは、ローディングプロット上でローディング値が大きい又は小さい位置(例えば周波数軸上の位置)を特定し、スペクトログラム上にて、その特定した位置(例えば周波数軸上の位置)にてどのような分布が形成されているのかを観察することができる。時間軸上の位置についても同様のことがいえる。その他、ユーザーは、スペクトログラムとローディングプロットのそれぞれの同じ周波数範囲にて、互いにどのような分布が形成されているのかを観察したり、同じ時間範囲にて、互いにどのような分布が形成されているのかを観察したりすることができる。スペクトログラムとローディングプロットは、周波数軸と時間軸という同じ次元及び同じ指数によって表現されているので、これらの比較が容易である。
【0072】
スペクトログラムにおいて、試料に含まれる成分やその構造によって、信号強度が高くなる周波数軸上の位置が異なる。また、既知の試料において、どの周波数領域にどのような分布が出現するのかは既知であり、その分布を参照することで、試料に含まれる成分を特定することができる。また、NMR信号の減衰速度(時間変化)は成分の性質に応じて異なるため、試料に含まれる成分の性質に応じて、時間軸上における分布の位置が異なる。
【0073】
ユーザーは、ローディングプロット上におけるローディング値の分布(例えば、周波数軸に対するローディング値の変化や、周波数軸上における位置の違い等)を参照し、その分布と、スペクトログラム上における分布(例えば、周波数軸に対する信号強度の変化や、周波数軸上における位置の違い等)とを比較することで、試料の属性の違いに影響を与える成分や構造の違いを考察することができる。
【0074】
例えば、ユーザーは、スペクトログラムが表す各成分のNMR信号の減衰特性と、ローディングプロットが表すローディング値の分布とを比較することで、試料の各成分の特性を評価したり、ローディングプロット上における周波数軸上の位置の変化や違いを生じさせる要因(例えば、試料の成分や構造)を分析、考察したりすることができる。
【0075】
例えば、スペクトログラムにおいて信号強度が高い周波数軸上の位置を特定する。どの周波数領域にどのような信号強度の分布が出現するのかは既知であるため、信号強度が高い周波数上の位置を特定することで、試料に含まれる成分を特定することができる。ローディングプロットにおいて、その周波数軸上の位置におけるローディング値が大きい又は小さい場合、その周波数軸上の位置に対応する成分(つまり、スペクトログラムにて特定された成分)は、各試料を分離することへの寄与が大きいと推測される。つまり、その成分は、各試料の分離に対する寄与率が高いと推測される。このようにスペクトログラムとローディングプロットとを比較することで、各試料の分離に寄与し得る成分を推測することができる。
【0076】
ローディングプロットの解析結果を、周波数解析部16による時間周波数解析にフィードバックしてもよい。例えば、ローディングプロット上において、周波数軸上の位置に対するローディング値の分布が特徴的である場合(例えば、ローディング値が大きい又は小さい場合)、周波数の分解能を上げて、その位置における分布をより詳細に考察したいことがある。この場合、短時間フーリエ変換のフレーム長を、周波数分解能を上げる値に設定して、FID信号に対して短時間フーリエ変換を実行する。これにより、周波数分解能が向上したスペクトログラムが生成され、そのスペクトログラムに基づく、スコアプロット及びローディングプロットが生成される。このように、ローディングプロットを考察することで、短時間フーリエ変換において、周波数を重視すべきであるのか、又は、時間を重視すべきであるのかを判断することができる。
【0077】
以下、図12を参照して、特定部31による処理について説明する。図12には、ローディングプロット52が示されている。
【0078】
例えば、ローディングプロット52が表示部28に表示される。ユーザーが、操作部30を操作することで、ローディングプロット52上で時間範囲と周波数範囲とを指定する。特定部31は、ユーザーによって指定された時間範囲と周波数範囲とで規定される領域58を解析領域として特定する。
【0079】
解析領域が特定されると、周波数解析部16は、FID信号のうちの解析領域を対象として短時間フーリエ変換を実行することで、その解析対象のスペクトログラムを生成する。多変量解析部18は、その解析対象のスペクトログラムに対して多変量解析を実行する。分布生成部20は、その多変量解析の結果に基づいて、ローディング値の分布を生成し、プロット生成部22は、その分布からローディングプロットを生成する。これにより、解析領域についてのローディングプロットが生成される。
【0080】
例えば、ユーザーは、ローディングプロット52を参照することで、各試料の分離に寄与すると推測される成分に対応する周波数範囲及び時間範囲によって規定される領域を、解析領域として指定する。つまり、ユーザーは、各試料の分類に寄与しないと推測される成分に対応する周波数範囲及び時間範囲を除いて解析領域を指定する。こうすることで、解析に不要なデータを除いて解析を行うことができる。
【0081】
図12に示す例では、矩形状の領域58によって解析領域が特定されているが、解析領域の形状は、矩形以外の形状の領域(例えば、円形、楕円又は任意の形状の領域)によって、解析領域が特定されてもよい。例えば、ユーザーは、ローディング値の分布に沿って解析領域を指定してもよい。
【0082】
特定部31は、ローディング値が特定の範囲(例えば、ローディング値が閾値以上の範囲、ローディング値が閾値未満の範囲、又は、ローディング値が下限値以上かつ上限値未満の範囲)内に含まれる領域を解析領域として特定してもよい。例えば、図12に示す例において、特定部31は、閾値以上のローディング値の分布に沿って解析領域を特定してもよい。
【0083】
以下、各実施例について説明する。
【0084】
(実施例1)
実施例1に係る試料は、HSA、HDL及びLDLである。実施例1の目的は、ヒト血清のアルブミン及びリポプロテインのNMR測定を行い、これらの試料のそれぞれのNMR信号の時間周波数特性の差異を可視化することにある。
【0085】
HSA、HDL及びLDLの詳細を以下に示す。
・HSA(ヒト血清アルブミン溶液)
メーカー:NMIJ
Lot:144
Material number:NMIJ CRM 6202-a
・HDL(Lipoproteins High Density, Human Plasma)
メーカー:Calbiochem
Batch number:3816722
Material number:437641-10MG
・LDL(Lipoproteins Low Density, Human Plasma)
メーカー:Calbiochem
Batch number:3883470&3912892
Material number:437644-10MG
【0086】
(1)装置構成
NMR装置10として、日本電子製JNM-ECZ400Rを利用した。NMR装置10でのデータ処理及び制御用のソフトウェアとして、DELTAソフトウェア(バージョン5.3.2(JEOL Ltd.))を使用した。データ処理装置12には、MATLAB(登録商標)(The MathWorks,Inc.)用に開発されたアプリケーションプログラム(以下、「STFTツール」と呼ぶ)と、Unscrambler Xバージョン11(Camo Software製)とが、インストールされている。
【0087】
(2)試料作成と測定
上述した3種の血清標準試料(100μL)を500μLの重水素化水(重水、Sigma-Aldrich製)と混合して外径5mmのNMR用試料管に注入した。NMR装置10にてプローブの温度を30℃に設定した。これら3種の試料を対象として1H-NMR測定を行うことで、FID信号を検出した。試料内に存在する軽水に由来する信号の共鳴周波数を、観察中心の周波数として設定した。パルスプログラムの一例であるDANTE(Delays Alternating with Nutation for Tailored Excitation)パルス法を測定方法として用いることで、軽水に由来する信号を抑制することができた。これにより、後の解析処理がやり易くなり、質の良い結果を得ることができた。目的に応じて、同一試料を複数本準備したり、希釈濃度を変えた試料を複数本準備したりすることがある。
【0088】
(3)解析
(3-1)時間周波数解析
STFTツールを起動し、(2)測定で得られた全ての試料のそれぞれのFID信号を読み込み、サンプリング周波数とデータポイント数を入力して、時間周波数解析を実行した。解析に要する時間を短縮するために、解析対象となる周波数範囲と時間範囲とを、信号が検出された周波数範囲と時間範囲とに絞り込んでもよい。図4に示されているスペクトログラム42は、HSAのスペクトログラムの一例である。図5に示されているスペクトログラム44は、HDLのスペクトログラムの一例である。図6に示されているスペクトログラム46は、LDLのスペクトログラムの一例である。
【0089】
(3-2)多変量解析1
Unscrambler Xを起動し、(3-1)時間周波数解析で得られた全てのデータを読み込んだ。データファイル名、後のプロット表示のためのラベル及びグルーピング処理のためのラベルを入力し、その後、主成分分析(PCA)を実行した。生成されたスコアプロットを参照して、各試料が良好に分離されているか否かを確認した。まず、分散が最も大きな軸(第1主成分軸=PC-1)と分散が2番目大きな軸(第2主成軸=PC-2)とによって規定されるスコアプロットを確認した。そのスコアプロットにて十分な分離が確認できない場合、PC-3、PC-4等、別のプロットを確認していく。得られたプロットについてローディング値を確認して保存した。図7に示されているスコアプロット48は、実施例1に係るスコアプロットの一例である。
【0090】
(3-3)ローディングプロット1
STFTツールを起動し、時間周波数解析の対象となった1つのデータを開き、(3-2)多変量解析1で保存したローディング値(PC-1のローディング値、PC-2のローディング値)を読み込んだ。分離の良し悪しや寄与率を身ながら、PC-3以降の主成分のローディング値を読み込んで確認した。読み込んだローディング値を用いてローディングプロットを生成して表示した。ローディングプロットにおける周波数情報と時間情報は、スペクトログラムから得られる情報である。ローディングプロットにおいてどの領域に特徴が現れているのかを確認した。図9に示されているローディングプロット52が、実施例1に係るローディングプロットの一例である。特徴が現れている部分の周波数情報からは試料中のどの成分が特徴に関係しているのか、時間情報からはその特徴がどのような性質に由来しているのかを考察することができる。
【0091】
(3-4)多変量解析2
多変量解析2では、主成分分析(PCA)に替えて、部分最小二乗判別分析(PLS-DA)を実行した。Unscrambler Xを起動し、(3-2)多変量解析1と同様の手順で、部分最小二乗判別分析(PLS-DA)を実行した。図13には、部分最小二乗判別分析(PLS-DA)によって生成されたスコアプロット60が示されている。
【0092】
(3-5)ローディングプロット2
STFTツールを起動し、(3-3)ローディングプロット1と同様の手順で、時間周波数解析の対象となった1つのデータを開き、(3-4)多変量解析2で保存したローディング値(PC-1のローディング値、PC-2のローディング値)を読み込んだ。読み込んだローディング値を用いてローディングプロットを生成して表示した。ローディングプロットにおいてどの領域に特徴が現れているのかを確認した。図14には、そのローディングプロットの一例であるローディングプロット62が示されている。特徴が現れている部分の周波数情報からは試料中のどの成分が特徴に関係しているのか、時間情報からはその特徴がどのような性質に由来しているのかを考察することができる。
【0093】
実施例1では、スコアプロット上にて各試料を明確に分離することができた。また、HSA、HDL及びLDLの各成分に由来する周波数位置に差異を読み取ることができた。つまり、スコアプロット上での分離が試料中のどの成分に由来するのかを解析するための情報として、ローディングプロットが有効であることが示された。
【0094】
(実施例2)
実施例2の目的は、糖尿病モデルマウス(BKS. Cg db/db)と健常マウス(Jcl:ICR)のそれぞれに対して血清モード解析を実行し、動脈硬化発症の判別を行うことにある。
【0095】
・背景及び目的
糖尿病は、持続的な高血糖による動脈硬化と、それに引き続く様々な心血管イベントを発症させる。臨床において、動脈硬化病変の精査には血液検査の他に検査を行う必要がある。仮に血液サンプルによって動脈硬化病変について評価できれば、臨床上有用であると考えられる。しかし、糖尿病とそれに引き続く動脈硬化病変には複雑な分子生物学的プロセスの関与があり、これら全ての物質を検出することは容易ではない。現時点で糖尿病患者の血液試料から動脈硬化病変の検出や評価が可能な検査方法は確立されていない。NMRによる解析法は、血清の物理的化学的特性を評価できる分析方法である。本出願の発明者は、この解析法を用いることで、糖尿病を背景とした動脈硬化病変の進行に関連した血液状態を健常の状態と識別することが可能ではないかとの仮説を立て、糖尿病モデルマウス(BKS. Cg db/db)と健常マウス(Jcl:ICR)のそれぞれの血清の差異を分析した。糖尿病モデルマウス(BKS. Cg db/db)は、高血糖の病態を早期より呈する系統のマウスである。糖尿病モデルマウス(BKS. Cg db/db)と健常マウス(Jcl:ICR)のそれぞれから18週齢時の血清と頸動脈を採取した。血清についてはNMRを用いた解析を行い、頸動脈サンプルについては病理検査を行った。両者の結果を比較することで、血清検体のNMR解析の結果から動脈硬化病変と関連する病態の早期発見や進行評価を行うことが可能か等について検討した。
【0096】
・実験動物の飼育
糖尿病モデルマウス(BKS. Cg db/db)と健常マウス(Jcl:ICR)(いずれも日本クレア社より購入)を、日本医科大学の実験動物管理室のクリーン室内で通常飼育した。食餌は一般固形試料(オリエンタル酵母株式会社製 MF)を使用し、自由摂食、自由飲水とした。
【0097】
・サンプル採取及び病理検査の方法
イソフルランによる十分な鎮痛を得る維持麻酔をマウスにかけてから開胸し、心臓血液(約1mL)を採取し安楽死とした。心臓血液を採取した後、HE染色による組織学的検査を行うために、頸動脈を採取した。採取後、直ちにホルマリン溶液に頚動脈を浸透させて固定し、包理以降の処理とHE染色を行い、その後、鏡検による観察を行った。
【0098】
血液を遠心分離にかけて血清を分取した。NMR測定用の試料を、NMR測定時まで-80℃下に保存した。
【0099】
動脈硬化の症状のある血清試料を用いて、実施例1と同様の作業及び処理を行うことで、各試料のスペクトログラム、スコアプロット及びローディングプロットを生成した。
【0100】
図15には、BKSのスペクトログラム64が示されている。図16には、Jclのスペクトログラム66が示されている。図17には、スコアプロット68が示されている。スコアプロット68は、主成分分析(PCA)を実行することで生成されたスコアプロットである。図18には、ローディングプロット70が示されている。ローディングプロット70は、主成分分析(PCA)の結果に基づいて生成されたローディングプロットである。
【0101】
図19には、別のスコアプロット72が示されている。スコアプロット72は、部分最小二乗判別分析(PLS-DA)によって生成されたスコアプロットである。図20には、ローディングプロット74が示されている。ローディングプロット74は、部分最小二乗判別分析(PLS-DA)の結果に基づいて生成されたローディングプロットである。
【0102】
病状のある試料のスコアプロットにおいて有意な特徴量(分離)が確認された。特徴量の違いに大きな影響を与える要因を、スペクトログラムにて確認すると、HDL、LDL及びグルコース等のそれぞれに由来する信号に大きな特徴量を確認することができた。この結果は、動脈硬化の原因となる医学的見地と一致する。
【0103】
・病理検査の結果
頚動脈の病理像を観察した。健常マウス(Jcl:ICR)については、全ての個体に軽度のびまん性内膜肥厚が認められたが、アテローム斑の存在は確認されなかった。糖尿病モデルマウス(BKS. Cg db/db)については、18週齢の健常マウス(Jcl:ICR)と比べて内膜肥厚の程度が強く、また、半数以上の個体でアテローム斑の存在が明らかになる等、この週齢において動脈硬化が短期間で進行していることが明らかになった。
【0104】
実施例2では、スコアプロット上にて各試料を明確に分離することができた。また、ローディングプロットからグルコース等の各成分に由来する周波数位置の差異を読み取ることができた。これは、動脈硬化の原因となる医学的見地と一致する。すなわち、実施例2においても、スコアプロット上での分離が試料中のどの成分に由来するのかを解析するための情報として、ローディングプロットが有効であることが示された。
【0105】
(実施例3)
実施例3の目的は、血清試料を用いることで、パーキンソン病(PD)患者を判別することにある。
【0106】
・目的
多系統萎縮症や進行性核上性麻痺等の様々なパーキンソニズムを呈する疾患とパーキンソン病(PD)との鑑別は、発症早期では必ずしも容易でなく、PDに疾患特異的な血液バイオマーカ―も未だ報告されていない。現時点で最も高い精度で、PDとパーキンソニズムを呈する非PD(nоn-PD)とを識別することが可能なマーカーの一例として、DAT-SPECT及びMIBG心筋シンチグラフィーが挙げられる。PDと非PDとに対してDAT-SPECT及びMIBG心筋シンチグラフィーを実行し、発明者が開発したNMR解析法を用いることで、PDと非PDとを血清検体によって識別できるかを検討した。
【0107】
・対象
倫理委員会の承認の下、2020年10月から2022年2月までに日本医科大学千葉北総病院を受信し、振戦、寡動、筋強剛又は姿勢反射障害のいずれかの症状を呈した患者10例から血清を採取した。血液生化学データ、頭部MRI、MIGB心筋シンチグラフィー及びDAT-SPECTからデータベースを作成した。診断及び検査が完遂できた10症例の血清に対して、実施例1と同様の手順でNMR解析を実行した。これにより、各試料のスペクトログラム、スコアプロット及びローディングプロットが生成された。
【0108】
図21には、PDのスペクトログラム76が示されている。図22には、非PDのスペクトログラム78が示されている。図23には、スコアプロット80が示されている。スコアプロット80は、部分最小二乗判別分析(PLS-DA)によって生成されたスコアプロットである。図24には、ローディングプロット82が示されている。図25には、ローディングプロット84が示されている。ローディングプロット82,84は、部分最小二乗判別分析(PLS-DA)の結果に基づいて生成されたローディングプロットである。ローディングプロット84には、ローディング値についての等高線が表示されている。
【0109】
・診断
PDの診断は、International Parkinson and Movement Disorder Society(MDS)診断基準(2015)における「臨床的に確実なPD」及び「臨床的にほぼ確実なPD」を満たすものとした。MIBG心筋シンチグラフィーについては、早期相又は後期相のいずれかの心縦郭比が2.2以下となる結果を異常とした。DAT-SPECTでは、視覚評価及びSBRによる定量評価を行うことで、異常の有無を確認した。
【0110】
実施例3では、PD患者(MIBG異常かつDAT-SPECT異常)と非PD患者(MIBG正常かつDAT-SPECT正常)に関して、PLS-DA法による分析を行った。その結果、スコアプロット上で、各群はクラスターを形成し、両群は、明らかに異なる領域に分布した。NMR解析によって、PD患者と非PD患者とを血清によって識別できる可能性が示された。
【0111】
以上のように、本実施形態によれば、スペクトログラムとローディングプロットとを比較し、スペクトログラム上での分布とローディングプロット上での分布とを関連付けて考察することができる。これにより、試料の特性や属性の違いをもたらす要因を分析することができる。その結果、例えば、医療の分野において、先制医療(つまり、症例が出現する以前に疾患を予測し、治療的な介入を行って、疾患の発症を防止又は遅らせる医療)の実現が期待できる。例えば、超早期診断、治療方針の決定、治療効果の判定及び予後予測等の実現が期待できる。また、本実施形態によれば、既知の属性識別用画像を用いなくても、症例の探索等を行うことができるようになる可能性がある。
【符号の説明】
【0112】
10 NMR装置、12 データ処理装置、14 受付部、16 周波数解析部、18 多変量解析部、20 分布生成部、22 プロット生成部、26 表示制御部。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25