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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024178803
(43)【公開日】2024-12-25
(54)【発明の名称】関節軟骨治療剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 35/28 20150101AFI20241218BHJP
   A61P 19/02 20060101ALI20241218BHJP
   A61K 9/10 20060101ALI20241218BHJP
   A61K 47/12 20060101ALI20241218BHJP
   A61K 47/14 20170101ALI20241218BHJP
【FI】
A61K35/28
A61P19/02
A61K9/10
A61K47/12
A61K47/14
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023097226
(22)【出願日】2023-06-13
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.PLURONIC
2.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】503328193
【氏名又は名称】株式会社ツーセル
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】前田 悟
(72)【発明者】
【氏名】松本 昌也
(72)【発明者】
【氏名】瀬川 耕太郎
【テーマコード(参考)】
4C076
4C087
【Fターム(参考)】
4C076AA16
4C076BB11
4C076CC29
4C076DD41Q
4C076DD45Q
4C076FF63
4C087AA01
4C087AA02
4C087BB46
4C087MA67
4C087NA07
4C087ZA96
(57)【要約】
【課題】安全性の高い関節軟骨治療剤を提供する。
【解決手段】関節軟骨治療剤は、無血清培養された滑膜由来の間葉系幹細胞が、三次元構造を形成したスキャフォールドフリーの人工組織を含有する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
無血清培養された滑膜由来の間葉系幹細胞が、三次元構造を形成したスキャフォールドフリーの人工組織を含有する、関節軟骨治療剤。
【請求項2】
前記間葉系幹細胞は、ヒトの滑膜由来である、請求項1に記載の関節軟骨治療剤。
【請求項3】
前記間葉系幹細胞由来の細胞外マトリクスをさらに含有する、請求項1又は2に記載の関節軟骨治療剤。
【請求項4】
脂肪酸及び脂肪酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも1種の成分を含む凍結保存用組成物をさらに含む、請求項1又は2に記載の関節軟骨治療剤。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の関節軟骨治療剤が投与された位置において、前記間葉系幹細胞と関節軟骨細胞との混在を検出する工程
を包含する、関節軟骨治療剤の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、関節軟骨治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
関節軟骨は、滑らかな関節運動や荷重時の衝撃吸収などの役割を担っており、損傷することにより運動障害や痛みが生じることで、生活に深刻な影響を及ぼす傾向にある。近年、このような関節軟骨の損傷に対して、細胞移植による再生医療が適用されてきている。
【0003】
再生医療に適用可能な細胞として、例えば特許文献1には、臨床適用することができる組織強度を有する、スキャフォールドフリー自己組織性三次元人工組織が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2005/012512号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
再生医療において適用される細胞には、高いレベルの安全性や品質が求められており、特許文献1に記載の人工組織にも改善の余地がある。本発明の一態様は、安全性の高い関節軟骨治療剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る関節軟骨治療剤は、無血清培養された滑膜由来の間葉系幹細胞が、三次元構造を形成したスキャフォールドフリーの人工組織を含有する。
【発明の効果】
【0007】
本発明の一態様によれば、安全性の高い関節軟骨治療剤を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】実施例において用いた、関節軟骨治療剤の軟骨再生機能の評価基準を示す図である。
図2】実施例における関節軟骨治療剤の軟骨再生機能の評価結果を示す図である。
図3】実施例における病理組織学的検査結果を示す図である。
図4】実施例において軟骨関連遺伝子発現を測定した結果を示す図である。
図5】実施例において、培養上清における軟骨再生関連因子の発現量を測定した結果を示す図である。
図6】実施例において、gMSC(登録商標)1抽出液における軟骨再生関連因子の発現量を測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の実施の形態について説明すれば以下のとおりであるが、本発明はこれに限定されるものではない。なお、本明細書において特記しない限り、数値範囲を示す「A~B」は、「A以上、B以下」であることを示す。
【0010】
〔関節軟骨治療剤〕
本発明の一態様に係る関節軟骨治療剤は、無血清培養された滑膜由来の間葉系幹細胞が、三次元構造を形成したスキャフォールドフリーの人工組織を含有する。
【0011】
本発明者らは、無血清培養された滑膜由来の間葉系幹細胞が、三次元構造を形成したスキャフォールドフリーの人工組織が、関節軟骨の治療に有効であることを見出した。また、本発明者らは、無血清培養された滑膜由来の間葉系幹細胞が、三次元構造を形成したスキャフォールドフリーの人工組織は、移植部位への生着が良好であり、軟骨細胞に好適に分化することを見出した。これにより、無血清培養された滑膜由来の間葉系幹細胞が、三次元構造を形成したスキャフォールドフリーの人工組織を含有する関節軟骨治療剤は、治療効果に優れている。
【0012】
関節軟骨治療剤は、関節軟骨の損傷部位又は欠損部位の治療に用いることができる。関節軟骨治療剤は、治療が必要な部位に投与することにより、関節軟骨の損傷又は欠損を治療する。関節軟骨の損傷部位又は欠損部位に関節軟骨治療剤を投与することによって、投与部位における関節軟骨の再生が促され、関節軟骨の損傷又は欠損を治療することができる。関節軟骨治療剤は、膝関節、肘関節、肩関節等の任意の位置の関節における軟骨の治療に用いることができる。関節軟骨治療剤により治療される関節軟骨には、半月板組織が含まれ得る。
【0013】
関節軟骨治療剤を用いた関節軟骨治療において、関節軟骨治療剤を投与する方法については特に限定されず、一例として、関節軟骨治療剤を治療部位に移植する、関節軟骨治療剤を含む注入液を治療部位に注入する等の方法が挙げられる。関節軟骨治療剤は、単独で、又は、他の治療剤と組み合わせて治療部位に投与してもよい。
【0014】
(滑膜由来の間葉系幹細胞)
本明細書において「間葉系幹細胞」は、間葉系に属する組織に分化する体性幹細胞を意味する。また、間葉系幹細胞には、間葉系幹細胞からさらに特定の性質を有するものを単離したもの、間葉系幹細胞に対してサイトカイン刺激等何らかの刺激を与えたもの、間葉系幹細胞に対して遺伝子導入したもの等も包含される。例えば、MUSE細胞、MAPC細胞、SP-1細胞なども間葉系幹細胞に包含される。間葉系幹細胞は、増殖能、および、骨細胞、軟骨細胞、筋肉細胞、ストローマ細胞、腱細胞、脂肪細胞等への分化能を有する。間葉系幹細胞は、骨髄、脂肪、滑膜、歯槽骨、歯根膜等の成人の組織からだけでなく、胎盤、臍帯、臍帯血、胎児の種々の組織等から単離されるものも知られている。
【0015】
関節軟骨治療剤に含まれる人工組織を形成する滑膜由来の間葉系幹細胞は、滑膜に含まれる幹細胞であり、滑膜組織から公知の方法により得られる。滑膜由来の間葉系幹細胞は、軟骨細胞への分化能を有している。滑膜由来の間葉系幹細胞は、ラット、マウス等の非ヒト動物の滑膜由来の間葉系幹細胞であってもよいが、ヒトの滑膜由来の間葉系幹細胞であることが好ましい。ヒト滑膜由来の間葉系幹細胞は、関節軟骨治療剤をヒトの治療部位に投与した場合に、治療部位への生着がより良好であり、治療効果に優れている。また、ヒト滑膜由来の間葉系幹細胞は、関節軟骨治療剤を投与するヒトへの生物的汚染や免疫原性のある物質の混在等のリスクを抑えることができる。
【0016】
滑膜由来の間葉系幹細胞は、無血清培養されたものである。無血清培養であれば、培養成分が既知である。つまり、血清は天然成分由来であるためロット毎に成分の差が生じるが無血清培地ではこのような差が生じない。よって、無血清培養された滑膜由来の間葉系幹細胞は安全性も品質も優れる。また、生物的汚染や免疫原性のある物質の混在等のリスクを最小限度にすること、体内に存在しない物質を最小限度にすることができる。また、含有される生物原料も明確であるため、品質の管理が容易である。また、STK(登録商標)培地等の一部の無血清培地で無血清培養される間葉系幹細胞は増殖率に優れている。
【0017】
本明細書において「無血清培養」とは、血清を用いない培養であることが意図される。例えば、血清を含まない培地である無血清培地を用いて培養することが意図される。
【0018】
(無血清培養)
関節軟骨治療剤に含まれる人工組織を形成する滑膜由来の間葉系幹細胞を、無血清培養するために用いる無血清培地の一例について説明する。無血清培地を構成するための基礎培地は、当該分野において周知の動物細胞用培地であれば特に限定されず、好ましい基礎培地としては、例えば、Ham’s F12培地、DMEM培地、RPMI-1640培地、MCDB培地などが挙げられる。これらの基礎培地は、単独で使用されても、複数を混合して使用されてもよい。一実施形態において、無血清培地を構成するための基礎培地は、MCDBとDMEMとを1:1の比率で混合した培地が好ましい。
【0019】
一実施形態において、上記の基礎培地に、FGF、PDGF、TGF-β、HGF、EGF、少なくとも1つのリン脂質、及び少なくとも1つの脂肪酸を添加した無血清培地を滑膜由来の間葉系幹細胞の培養に用いればよい。基礎培地に対するFGFの含有量は、終濃度で、0.1~100ng/mlであることが好ましく、さらに好ましくは3ng/mlである。基礎培地に対するPDGFの含有量は、終濃度で、0.5~100ng/mlであることが好ましく、さらに好ましくは10ng/mlである。基礎培地に対するTGF-βの含有量は、終濃度で、0.5~100ng/mlであることが好ましく、さらに好ましくは10ng/mlである。
【0020】
基礎培地に対するHGFの含有量は、終濃度で、0.1~50ng/mlであることが好ましく、さらに好ましくは5ng/mlである。基礎培地に対するEGFの含有量は、終濃度で、0.5~200ng/mlであることが好ましく、さらに好ましくは20ng/mlである。基礎培地に対するリン脂質の総含有量は、終濃度で、0.1~30μg/mlであることが好ましく、さらに好ましくは10μg/mlである。基礎培地に対する脂肪酸の総含有量は、基礎培地の1/1000~1/10であることが好ましく、さらに好ましくは1/100である。
【0021】
このような無血清培地を使用することによって、異種タンパク質の混入を防ぎつつ、血清含有培地と同等以上の増殖促進効果が得られ、滑膜由来の間葉系幹細胞を所望の通り増殖させることができる。
【0022】
無血清培地はリン脂質を含んでもよい。リン脂質としては、例えば、フォスファチジン酸、リゾフォスファチジン酸、フォスファチジルイノシトール、フォスファチジルセリン、フォスファチジルエタノールアミン、フォスファチジルコリン及びフォスファチジルグリセロールなどが挙げられ、これらのリン脂質を単独で含有しても組み合わせて含有してもよい。一実施形態において、無血清培地は、フォスファチジン酸とフォスファチジルコリンとを組み合わせて含有していてもよく、これらのリン脂質は、動物由来であっても、植物由来であってもよい。
【0023】
無血清培地は脂肪酸を含んでもよい。脂肪酸としては、例えば、リノール酸、オレイン酸、リノレン酸、アラキドン酸、ミリスチン酸、パルミトイル酸、パルミチン酸及びステアリン酸等が挙げられ、本実施形態に係る培地用添加剤はこれらの脂肪酸を単独で含有しても組み合わせて含有してもよい。また、本実施形態に係る無血清培地は、上記脂肪酸以外にさらにコレステロールを含有していてもよい。
【0024】
本明細書中で使用される場合、FGFは、線維芽細胞増殖因子ファミリーから選択される増殖因子が意図され、FGF-2(bFGF)であることが好ましいが、FGF-1など他のFGFファミリーから選択されてもよい。また、本明細書中で使用される場合、PDGFは、血小板由来増殖因子ファミリーから選択される増殖因子が意図され、PDGF-BB又はPDGF-ABであることが好ましい。さらに、本明細書中で使用される場合、TGF-βは、トランスフォーミング増殖因子-βファミリーから選択される増殖因子が意図され、TGF-β1であることが好ましいが、他のTGF-βファミリーから選択されてもよい。
【0025】
本明細書中で使用される場合、HGFは、肝細胞増殖因子ファミリーから選択される増殖因子が意図され、EGFは、上皮増殖因子ファミリーから選択される増殖因子が意図される。
【0026】
また、一実施形態において、無血清培地は、結合組織増殖因子(CTGF)、血管内皮増殖因子(VEGF)及びアスコルビン酸化合物からなる群より選択される少なくとも2つの因子をさらに含有していてもよい。
【0027】
本明細書中で使用される場合、アスコルビン酸化合物は、アスコルビン酸(ビタミンC)もしくはアスコルビン酸2リン酸、又はこれらに類似する化合物が意図される。
【0028】
なお、無血清培地に含有されている上述した増殖因子は、天然のものであっても、遺伝子組換えによって製造されたものであってもよい。
【0029】
1つの局面において、無血清培地は、脂質酸化防止剤を含有していることが好ましい。一実施形態において、無血清培地に含有される脂質酸化防止剤は、DL-α-トコフェロールアセテート(ビタミンE)であり得る。無血清培地はまた、界面活性剤をさらに含有していてもよい。一実施形態において、無血清培地に含有される界面活性剤はPluronic F-68又はTween 80であり得る。
【0030】
無血清培地は、インスリン、トランスフェリン及びセレネートをさらに含有していてもよい。本明細書中で使用される場合、インスリンは、インスリン様増殖因子であってもよく、天然の細胞由来であっても、遺伝子組換えによって製造されたものでもよい。本発明に係る培地用添加剤はさらに、デキサメタゾン、あるいは他のグルココルチコイドを含有していてもよい。
【0031】
滑膜由来の間葉系幹細胞を無血清培養する場合、上述した無血清培地に、ヒト等の動物の滑膜組織から従来公知の方法により単離された間葉系幹細胞を播種し、所望の数に増殖するまで培養する。培養条件として、培地1mlに対して1~2×10個の間葉系幹細胞を播種することが好ましく、培養温度は37℃±1℃、培養時間は48~96時間、かつ5%CO下であることが好ましい。このように培養することによって、免疫抑制能を維持又は向上した間葉系幹細胞を効率よく大量に得ることができる。
【0032】
培養に用いる培養容器は、間葉系幹細胞が増殖し得るものであれば特に限定されない。例えば、ファルコン製75cmフラスコ、住友ベークライト製75cmフラスコ等を好適に用いることができる。但し、細胞によっては、用いる培養容器の種類によって細胞の増殖が影響を受ける場合がある。このため、滑膜由来の間葉系幹細胞をより効率よく増殖させるために、増殖対象となる間葉系幹細胞(以下、「増殖対象細胞」ともいう)毎に、増殖に適した培養容器を用いて培養することが好ましい。
【0033】
増殖対象細胞の増殖に適した培養容器の選択方法としては、例えば、最適な培養容器を増殖対象細胞に選択させる方法を挙げることができる。具体的に説明すると、複数種類の培養容器を準備し、培養容器の種類が異なる以外は同一の培養条件で増殖対象細胞を増殖させ、培養開始から2週間後の細胞数を公知の方法によって計測し、細胞数が多いものから順に増殖対象細胞の増殖に適した培養容器であると判断することができる。また、増殖対象細胞の増殖速度が速い場合は、培養開始から2週間経過する前であっても、コンフルエント状態の80~90%の細胞数に達する期間が短いものから順に増殖対象細胞の増殖に適した培養容器であると判断することができる。
【0034】
なお、間葉系幹細胞の増殖には、細胞が培養容器に接着することが必須条件であるので、培養容器に対する増殖対象細胞の接着が弱い場合は、無血清培養するときに、無血清培地に、細胞接着分子をさらに含有させることが好ましい。細胞接着分子としては、例えば、フィブロネクチン、コラーゲン、ゼラチン等を挙げることができる。これらの細胞接着分子は、一種類を単独で用いてもよく、複数種類を組み合わせて用いてもよい。
【0035】
無血清培地に対する細胞接着分子の含有量は、終濃度で、1~50μg/mlであることが好ましく、さらに好ましくは5μg/mlである。一実施形態において、細胞接着分子としてフィブロネクチン用いる場合は、無血清培地に対するフィブロネクチンの終濃度が5μg/mlとなるように添加することによって、培養容器に対する増殖対象細胞の接着効率を向上させることができる。
【0036】
また、無血清培養では、滑膜由来の間葉系幹細胞を少なくとも1回継代してもよい。間葉系幹細胞は足場依存的に増殖するので、間葉系幹細胞が局所的に偏って増殖している等の場合に、増殖途中で滑膜由来の間葉系幹細胞を継代することによって培養条件を改善することができる。
【0037】
滑膜由来の間葉系幹細胞の継代方法としては特に限定されず、従来公知の間葉系幹細胞の継代方法を用いて継代することができる。継代後の滑膜由来の間葉系幹細胞の状態が良好であることから、継代を行う場合には、哺乳類及び微生物由来の成分を含有していない細胞剥離剤を用いて上記間葉系幹細胞を剥離することが好ましい。上記「哺乳類及び微生物由来の成分を含有していない細胞剥離剤」としては、例えば、TrypLE Select CTS(Thermo Fisher Scientific Inc.)、ACCUTASE(Innovative Cell Technologies, Inc.)等を挙げることができる。
【0038】
(人工組織)
本発明の一態様に係る関節軟骨治療剤に含まれる人工組織は、無血清培養された滑膜由来の間葉系幹細胞が、三次元構造を形成したスキャフォールドフリーの人工組織である。人工組織は、組織再生材料(TEC;Tissue Engineered Construct)であり得る。細胞懸濁液を患部に投与することにより細胞を移植する場合、投与される細胞が移植箇所から離脱しやすく、移植箇所に留まらないという報告がある。しかしながら、本発明の一態様に係る関節軟骨治療剤は、三次元構造であるスキャフォールドフリーの人工組織を含有しているので、細胞が移植箇所に生着しやすい。
【0039】
また、三次元構造を形成したスキャフォールドフリーの人工組織は、従来公知の方法で間葉系幹細胞の細胞塊を三次元構造に加工したものを用いればよい。本明細書において人工組織に対して「三次元構造」という場合、マトリクスが三次元的に配向され、また、細胞が三次元に配列しており、細胞間の結合及び配向を保持している細胞を含む三次元方向に広がる物体を指す。
【0040】
人工組織としては、関節軟骨の治療に適した面積、厚み、強度を適宜設定すればよく、当業者は適宜、その大きさを設定することができる。この大きさは、移植される環境に応じて設定することができる。サイズの小さな人工組織では、注射針で体腔内に注入するといったことも可能であるといったメリットがある。また、サイズの大きな人工組織では、例えば手術時にピンセントで把持し易いなど、ハンドリングが容易であることなどから、充分な細胞数を投与しやすいというメリットがある。
【0041】
人工組織が移植される場合は、少なくとも一定の大きさを有することが好ましい。そのような大きさは、例えば、三次元構造を形成した人工組織の面積について1cm以上であり、好ましくは2cm以上であり、より好ましくは3cm以上である。さらに好ましくは4cm以上であり、5cm以上であり、6cm以上であり、7cm以上であり、8cm以上であり、9cm以上であり、10cm以上であり、15cm以上であり、あるいは20cm以上であり、また、例えば、40cm以下、30cm以下、20cm以下であり得るが、それらに限定されず、面積は、用途に応じて1cm以下、又は、40cm以上であり得る。
【0042】
人工組織の容積で表す場合は、上記大きさは、好ましくは2mm以上であり、より好ましくは40mm以上であり、また、例えば、40cm以下、又は、20cm以下であり得るがそれに限定されず、2mm以下でもあり得る。
【0043】
移植可能な人工組織において十分な厚みは、移植を目的とする部分に依存して変動するが、当業者は適宜、その厚みを設定することができる。この厚みは、移植される環境に応じて設定することができる。人工組織の厚みは、2mm以上、より好ましくは3mm以上、さらに好ましくは5mm以上であることが意図される。人工組織が軟骨に適用される場合、例えば1mm以上であり得、好ましくは2mm以上、より好ましくは3mm以上、さらに好ましくは5mm以上であり得る。また、いずれの場合も1mm以下であってもよく、10mm以下であっても、5mm以下であってもよい。
【0044】
人工組織を構成する細胞の数は、適宜選択すればよいが、例えば、50~200個の塊であってもよく、100万個~1億個の塊であってもよい。またその塊は、小さな塊であってもよく、大きな塊であってもよい。
【0045】
(スキャフォールドフリー)
本明細書において「スキャフォールドフリー(足場フリー、基盤材料なし;scaffold-free)」とは、人工組織を生産するときに従来使用されている材料(基盤材料=スキャフォールド)を実質的に含まないことをいう。そのようなスキャフォールドの材料としては、例えば、化学高分子化合物、セラミック、あるいは多糖類、コラーゲン、ゼラチン、ヒアルロン酸などの生物製剤などを挙げることができるがそれらに限定されない。スキャフォールドとは、実質的に固形であり、細胞又は組織を支持することができる強度を含む材料をいう。
【0046】
従来、細胞を付着又は保持させて、その生育を可能とするための、細胞及び組織の足場となる材料、即ちスキャフォールドを人為的に加えることで三次元構造体状に加工した「スキャフォールド型」の細胞製剤が主流である。しかし、最近では人為的に素材を加えるリスクを懸念し、スキャフォールドを人為的に加えずに、例えば細胞自身を刺激して自らの足場となるような環境を自ら産生させる等といった方法で製造される「スキャフォールドフリー型」の細胞製剤の開発が進められている。
【0047】
人工組織がスキャフォールドフリーの三次元構造体であることにより、関節軟骨治療剤に含まれる間葉系幹細胞以外の素材を少なくすることができる。また、人工組織がスキャフォールドフリーの三次元構造体であることにより、成分が既知であること、生物的汚染及び免疫原性のある物質の混在等のリスクを最小限度にすること、体内に存在しない物質を最小限度にすることを実現できる。例えば、スキャフォールドとしてコラーゲン等の天然物が用いられることがある。このような天然物は、成分がロット毎に異なる。しかし、スキャフォールドフリーの三次元構造体であることにより、成分が既知となるため、安全性及び品質安定性に優れる。また、前記のような天然物は、生物的汚染及び免疫原性のある物質が含まれるリスクがある。人工組織がスキャフォールドフリーの三次元構造体であることにより、このようなリスクを低減できる。
【0048】
本発明の一態様に係る関節軟骨治療剤に含まれる、無血清培養された滑膜由来の間葉系幹細胞を含む三次元構造体であるスキャフォールドフリーの人工組織を得る方法としては、例えば、従来公知の低接着プレート、マイクロパターン表面プレート等を用いる方法、及び、ハンギングドロップ法を採用できる。また、日本国特許第4522994号公報に記載の方法を用いて人工組織を作製してもよい。また、市販の物を用いてもよく、例えば、gMSC(登録商標)1(株式会社ツーセル製)を好適に用いることができる。
【0049】
(細胞外マトリクス)
本発明の一態様に係る関節軟骨治療剤は、間葉系幹細胞由来の細胞外マトリクスをさらに含有していてもよい。本明細書において「細胞外マトリクス」は、細胞外基質とも称される、上皮細胞及び非上皮細胞を問わず体細胞の間に存在する物質を意味している。
【0050】
細胞外マトリクスは、細胞が産生する生体物質の一つであり、組織の支持だけでなく、全ての体細胞の生存に必要な内部環境の構成に関与することが知られている。代表的な細胞外マトリクスとしては、例えば、コラーゲン、エラスチン、ビトロネクチン、フィブロネクチン、ラミニン、トロンボスポンディン、プロテオグリカン類(例えば、デコリン、バイグリカン、フィブロモジュリン、ルミカン、ヒアルロン酸、アグリカンなど)などを挙げることができるがそれらに限定されず、細胞接着を担う細胞外マトリクスであれば、種々のものが本発明において利用され得る。
【0051】
細胞外マトリクスには、好ましくは、コラーゲン、ビトロネクチン、及びフィブロネクチンからなる群より選択される少なくとも1つが含まれる。関節軟骨治療剤において、細胞外マトリクスは、人工組織と一体化して三次元構造を形成していてもよいし、人工組織から独立して関節軟骨治療剤中に存在していてもよい。関節軟骨治療剤は、さらに、人工組織を安定的に保持するための試薬、バッファー等を含んでいてもよい。
【0052】
(凍結保存用組成物)
本発明の一態様に係る関節軟骨治療剤は、脂肪酸及び脂肪酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも1種の成分を含む凍結保存用組成物をさらに含んでもよい。本明細書において「凍結保存用組成物」は、無血清培養された滑膜由来の間葉系幹細胞が、三次元構造を形成したスキャフォールドフリーの人工組織を、凍結保存するための凍結保存用組成物である。関節軟骨治療剤は、凍結保存用組成物をさらに含んでいることにより、凍結保存することが可能であり、良好な回収率及び生存率で良好に凍結され、凍結保存・解凍後の回収率及び生存率も良好である。また、凍結保存された関節軟骨治療剤は、解凍後の人工組織の品質も正常であり、凍結保存及び解凍によっても人工組織の性質が変化しない。したがって、必要となるまで凍結保存し、要時使用が可能である。
【0053】
凍結保存用組成物に含まれる脂肪酸としては、リノール酸、オレイン酸、リノレン酸、アラキドン酸、ミリスチン酸、パルミトイル酸、パルミチン酸及びステアリン酸等が挙げられる。中でも、脂肪酸としてはリノール酸及びリノレン酸のうち少なくとも1種が凍結保存用組成物に含まれていることが好ましい。リノール酸及びリノレン酸のうち少なくとも1種が凍結保存用組成物に含まれていることにより、該凍結保存用組成物は、間葉系幹細胞をより生存率よく凍結するができる。また、短鎖脂肪酸、中鎖脂肪酸、長鎖脂肪酸でも良い。さらに高度不飽和脂肪酸でもよい。これらは単独でもよく複数種が混合されていてもよい。中でも複数の脂肪酸の混合物が好ましく、含有される脂肪酸の種類と量とが特定されている混合物がより好ましい。例えば、Chemically defined lipid concentrate(Thermo Fisher Scientific Inc.製、品番11905-031)がより好ましい。
【0054】
以上に例示した脂肪酸は前述のように、単独で用いてもよく、複数種を混ぜてもよいが、複数種を混合して用いることがより好ましい。凍結保存用組成物中により多くの種類の脂肪酸の混合物が含まれることにより、生存率をよりよく、人工組織を凍結することができ、解凍後の人工組織の性質の変化も生じない。
【0055】
凍結保存用組成物における脂肪酸の含有量は特に限定されないが、例えば、凍結保存用組成物の全量に対して、最終濃度で0.01μg/ml~500μg/mlであることが好ましい。例えば、凍結保存用組成物の全量に対して1/1000~1/10(v/v)がより好ましい。
【0056】
凍結保存用組成物に含まれる脂肪酸エステルとしては、リン脂質、中性脂肪等が挙げられる。中でも、リン脂質が凍結保存用組成物に含まれていることが好ましい。リン脂質としては、例えば、フォスファチジン酸、リゾフォスファチジン酸、フォスファチジルイノシトール、フォスファチジルセリン、フォスファチジルエタノールアミン、フォスファチジルコリン、フォスファチジルグリセロールが挙げられる。
【0057】
リン脂質等の脂肪酸エステルを用いる場合、その含有量は使用時の凍結保存組成物における最終濃度が、凍結保存用組成物の全量に対して0.01μg/ml~500μg/mlとなるようにすることが好ましい。
【0058】
凍結保存用組成物は、界面活性剤のような、脂肪酸あるいは脂肪酸エステルの水溶(乳化)を補助する物質をさらに含有していてもよい。界面活性剤としては、Pluronic F-68又はTween 80であり得る。
【0059】
凍結保存用組成物の成分には、凍結・解凍過程で細胞内に氷結晶が成長することを抑制する、凍結保護剤が含まれていてもよい。凍結保護剤としてはDMSO(ジメチルスルホキシド)等が挙げられる。凍結保存用組成物が凍結保護剤を含む場合、その量は、凍結保存用組成物の全量に対して0.5%~50%(v/v)がより好ましい。
【0060】
凍結保存用組成物には、例えば、基礎培地、増粘剤、pH調整剤、凍結保護剤等の他の成分がさらに含まれていてもよい。
【0061】
また、凍結保存用組成物は、インスリン、アルブミン、トランスフェリンを含むことがより好ましい。インスリン、アルブミン、トランスフェリンは脂肪酸の作用を増強することができる。これらを加える場合の濃度は、使用時の凍結保存組成物における最終濃度が0.5μg/ml~500μg/mlとなるようにすることが好ましい。
【0062】
関節軟骨治療剤は、無血清培養された滑膜由来の間葉系幹細胞が三次元構造を形成したスキャフォールドフリーの人工組織を凍結保存用組成物の溶液中に浸漬する工程と、当該溶液中の人工組織を凍結する工程とを含む方法により凍結保存することができる。凍結温度は凍結対象の人工組織が凍結する温度に適宜設定すればよいが、例えば-80℃以下、又は-196℃以下が挙げられる。-80℃以下で凍結する場合は、例えば、従来公知の例等を用いればよく、-196℃以下で凍結する場合は、液体窒素を用いればよい。
【0063】
凍結保存された関節軟骨治療剤は、無血清培養された滑膜由来の間葉系幹細胞が三次元構造を形成したスキャフォールドフリーの人工組織を損傷しない温度で融解させて、用いることができる。融解方法は、例えば、ウォーターバスによる融解法、ヒートブロック法、室温融解法等の一般的な方法が挙げられる。
【0064】
融解温度は10℃以上、45℃以下が好ましく、20℃以上、40℃以下がより好ましく、例えば、室温(25℃)に静置してもよいが、実施例で示すように35~38℃の湯浴(ウォーターバス)を用いて融解することがより好ましい。
【0065】
〔関節軟骨治療剤の評価方法〕
本発明の一態様に係る関節軟骨治療剤の評価方法は、本発明の一態様に係る関節軟骨治療剤が投与された位置において、間葉系幹細胞と関節軟骨細胞との混在を検出する工程を包含する。関節軟骨治療剤の評価方法によれば、関節軟骨治療剤を投与した位置において、関節軟骨治療剤に含まれる間葉系幹細胞の関節軟骨細胞への分化を指標として、関節軟骨治療剤による関節軟骨の治療効果を評価する。
【0066】
評価する工程においては、関節軟骨治療剤が投与された位置において、間葉系幹細胞と関節軟骨細胞との混在を検出することにより、投与された間葉系幹細胞が関節軟骨細胞へ分化したことを検出することができる。そして、投与された間葉系幹細胞が関節軟骨細胞へ分化したことを検出することにより、関節軟骨治療剤が関節治療に機能することを評価することができる。
【0067】
関節軟骨治療剤が投与された位置における、間葉系幹細胞と関節軟骨細胞との混在は、間葉系幹細胞と関節軟骨細胞との二重染色により、検出することができる。間葉系幹細胞と関節軟骨細胞との二重染色は、例えば、間葉系幹細胞のヒトビメンチンの染色と、関節軟骨細胞のII型コラーゲンの染色とにより、行うことができる。ヒトビメンチンの染色及びII型コラーゲンの染色は、従来公知の方法により行うことができる。
【0068】
評価する工程において、二重染色の結果、関節軟骨治療剤が投与された位置に、染色されたヒトビメンチンのみが検出された場合、間葉系幹細胞と関節軟骨細胞とが混在していないと判断できる。その結果、投与した間葉系幹細胞が関節軟骨細胞へ分化しておらず、関節軟骨治療剤が関節治療に機能していないと評価することができる。
【0069】
また、二重染色の結果、関節軟骨治療剤が投与された位置に、染色されたヒトビメンチンとII型コラーゲンとの両方が検出された場合、投与した間葉系幹細胞が関節軟骨細胞へ分化しており、関節軟骨治療剤が関節治療に機能していると評価することができる。
【0070】
評価する工程においては、染色されたヒトビメンチン領域の内部における、染色されたII型コラーゲンの存在を検出することが好ましい。このように、ヒトビメンチン領域とII型コラーゲン領域との重複を検出することにより、投与された間葉系幹細胞が関節軟骨細胞に分化したことをより確実に評価することができる。また、このような重複領域において、II型コラーゲンが、正常な関節軟骨細胞と同等の濃さで染色されている場合、関節軟骨治療剤の関節治療機能がより優れていると評価することもできる。
【0071】
関節軟骨治療剤の評価方法によれば、投与された関節軟骨治療剤による関節軟骨の再生を精度よく評価することができる。関節軟骨治療剤の評価方法によれば、関節軟骨の損傷又は欠損部位における自然治癒と関節軟骨治療剤による治療とを区別して評価することができる。その結果、関節軟骨治療剤による治療効果を評価することに加えて、関節軟骨治療剤による関節軟骨の再生メカニズムを評価することができる。
【0072】
関節軟骨治療剤の評価方法による評価の対象は、ヒトを含む動物であり得るが、ヒトを除く動物であってもよい。ヒトを除く動物のうち、例えば非ヒト哺乳動物であれば、これを対象にした評価結果から、当該関節軟骨治療剤のヒトに対する治療効果をある程度評価することは可能である。
【0073】
〔関節軟骨の治療方法〕
本発明の一態様に係る関節軟骨の治療方法は、無血清培養された滑膜由来の間葉系幹細胞が、三次元構造を形成したスキャフォールドフリーの人工組織を投与する工程を含む。また、関節軟骨の治療方法において投与する人工組織を形成する間葉系幹細胞は、ヒトの滑膜由来であってもよい。さらに、関節軟骨の治療方法において投与する人工組織は、間葉系幹細胞由来の細胞外マトリクスをさらに含有していてもよい。すなわち、関節軟骨の治療方法における人工組織の一態様は、本発明の一態様に係る関節軟骨治療剤に含まれる人工組織であるため、人工組織についての説明は、関節軟骨治療剤における人工組織の説明を援用する。
【0074】
投与する工程においては、人工組織を治療部位に移植する、人工組織を含む注入液を治療部位に注入する等により、人工組織を投与することができる。投与する工程においては、人工組織を単独で、又は、他の治療剤と組み合わせて投与してもよい。
【0075】
投与する工程における人工組織の投与量は、治療目的、対象疾患(種類、重篤度など)、患者の年齢、体重、性別、既往歴、組織の形態又は種類などを考慮して、当業者が適宜決定することができる。投与する工程における人工組織の投与頻度もまた、治療目的、対象疾患(種類、重篤度など)、患者の年齢、体重、性別、既往歴、及び治療経過などを考慮して、当業者が適宜決定することができる。投与頻度としては、例えば、毎日~数ヶ月に1回(例えば、1週間に1回~1ヶ月に1回)の投与が挙げられる。投与する工程における人工組織の投与量及び投与頻度は、治療経過に応じて適宜調整してもよい。
【0076】
投与する工程において人工組織を投与する治療部位は、関節軟骨の損傷部位又は欠損部位である。関節軟骨の損傷部位又は欠損部位に人工組織を投与することにより、関節軟骨の再生が促され、関節軟骨の損傷又は欠損を治療することができる。
【0077】
〔関節軟骨の治療における使用のための間葉系幹細胞〕
本発明の一態様に係る間葉系幹細胞は、関節軟骨の治療における使用のための間葉系幹細胞であって、滑膜由来であり、かつ、無血清培養されたものであり、三次元構造であるスキャフォールドフリーの人工組織を形成している。また、関節軟骨の治療における使用のための間葉系幹細胞は、ヒトの滑膜由来であってもよい。さらに、関節軟骨の治療における使用のための間葉系幹細胞は、間葉系幹細胞由来の細胞外マトリクスをさらに含有していてもよい。すなわち、関節軟骨の治療における使用のための間葉系幹細胞は、本発明の一態様に係る関節軟骨治療剤に含まれる人工組織を形成する間葉系幹細胞であるため、間葉系幹細胞についての説明は、関節軟骨治療剤における間葉系幹細胞及び人工組織の説明を援用する。
【0078】
関節軟骨の治療における使用のための間葉系幹細胞は、関節軟骨の損傷部位又は欠損部位の治療に用いることができる。関節軟骨の治療における使用のための間葉系幹細胞は、治療が必要な部位に投与することにより、関節軟骨の損傷又は欠損を治療する。関節軟骨の損傷部位又は欠損部位に関節軟骨の治療における使用のための間葉系幹細胞を投与することによって、投与部位における関節軟骨の再生が促され、関節軟骨の損傷又は欠損を治療することができる。
【0079】
〔関節軟骨治療剤を製造するための間葉系幹細胞の使用〕
本発明の一態様に係る関節軟骨治療剤を製造するための間葉系幹細胞の使用は、関節軟骨治療剤を製造するための間葉系幹細胞の使用であって、前記間葉系幹細胞は、滑膜由来であり、かつ、無血清培養されたものであり、三次元構造であるスキャフォールドフリーの人工組織を形成している。また、関節軟骨治療剤を製造するための間葉系幹細胞の使用において、間葉系幹細胞は、ヒトの滑膜由来であってもよい。さらに、関節軟骨治療剤を製造するための間葉系幹細胞の使用において、人工組織は、間葉系幹細胞由来の細胞外マトリクスをさらに含有していてもよい。すなわち、関節軟骨治療剤を製造するための間葉系幹細胞の使用における人工組織の一態様は、本発明の一態様に係る関節軟骨治療剤に含まれる人工組織であるため、人工組織についての説明は、関節軟骨治療剤における人工組織の説明を援用する。
【0080】
間葉系幹細胞の使用により製造される関節軟骨治療剤は、無血清培養された滑膜由来の間葉系幹細胞が、三次元構造を形成したスキャフォールドフリーの人工組織と共に、薬学的に受容可能なキャリアなどをさらに含み得る。関節軟骨治療剤に含まれる薬学的に受容可能なキャリアとしては、当該分野において公知の任意の物質が挙げられる。薬学的に受容可能なキャリアとしては、抗酸化剤、保存剤、着色料、風味料、及び希釈剤、乳化剤、懸濁化剤、溶媒、フィラー、増量剤、緩衝剤、送達ビヒクル、希釈剤、賦形剤及び/又は薬学的アジュバントが挙げられるがそれらに限定されない。
【0081】
間葉系幹細胞の使用により製造される関節軟骨治療剤は、関節軟骨の損傷部位又は欠損部位の治療に用いることができる。関節軟骨治療剤は、治療が必要な部位に投与することにより、関節軟骨の損傷又は欠損を治療する。関節軟骨の損傷部位又は欠損部位に関節軟骨治療剤を投与することによって、投与部位における関節軟骨の再生が促され、関節軟骨の損傷又は欠損を治療することができる。
【0082】
〔まとめ〕
本発明の態様1に係る関節軟骨治療剤は、無血清培養された滑膜由来の間葉系幹細胞が、三次元構造を形成したスキャフォールドフリーの人工組織を含有する。
【0083】
本発明の態様2に係る関節軟骨治療剤は、前記態様1において、前記間葉系幹細胞は、ヒトの滑膜由来であってもよい。
【0084】
本発明の態様3に係る関節軟骨治療剤は、前記態様1又は2において、前記間葉系幹細胞由来の細胞外マトリクスをさらに含有していてもよい。
【0085】
本発明の態様4に係る関節軟骨治療剤は、前記態様1から3のいずれかにおいて、脂肪酸及び脂肪酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも1種の成分を含む凍結保存用組成物をさらに含み、凍結保存されていてもよい。
【0086】
本発明の態様5に係る関節軟骨治療剤の評価方法は、前記態様1から4のいずれかの関節軟骨治療剤が投与された位置において、前記間葉系幹細胞と関節軟骨細胞との混在を検出する工程を包含する。
【0087】
本発明の態様6に係る関節軟骨の治療方法は、無血清培養された、滑膜由来の間葉系幹細胞が三次元構造を形成したスキャフォールドフリーの人工組織を投与する工程を含む。
【0088】
本発明の態様7に係る関節軟骨の治療方法は、前記態様6において、前記間葉系幹細胞は、ヒトの滑膜由来であってもよい。
【0089】
本発明の態様8に係る関節軟骨の治療方法は、前記態様6又は7において、前記人工組織が、前記間葉系幹細胞由来の細胞外マトリクスをさらに含有していてもよい。
【0090】
本発明の態様9に係る間葉系幹細胞は、関節軟骨の治療における使用のための間葉系幹細胞であって、滑膜由来であり、無血清培養された三次元構造であるスキャフォールドフリーの人工組織を形成している。
【0091】
本発明の態様10に係る間葉系幹細胞は、前記態様9において、ヒトの滑膜由来であってもよい。
【0092】
本発明の態様11に係る間葉系幹細胞は、前記態様9又は10において、前記間葉系幹細胞由来の細胞外マトリクスをさらに含有していてもよい。
【0093】
本発明の態様12に係る間葉系幹細胞の使用は、関節軟骨治療剤を製造するための間葉系幹細胞の使用であって、前記間葉系幹細胞は、滑膜由来であり、無血清培養された三次元構造であるスキャフォールドフリーの人工組織を形成している。
【0094】
本発明の態様13に係る間葉系幹細胞の使用は、前記態様12において、前記間葉系幹細胞は、ヒトの滑膜由来であってもよい。
【0095】
本発明の態様14に係る間葉系幹細胞の使用は、前記態様12又は13において、前記人工組織は、前記間葉系幹細胞由来の細胞外マトリクスをさらに含有していてもよい。
【実施例0096】
〔gMSC(登録商標)1の軟骨再生の評価〕
無血清培養されたヒト滑膜由来の間葉系幹細胞が三次元構造を形成した細胞塊として、gMSC(登録商標)1(株式会社ツーセル製)を用いた。gMSC(登録商標)1が軟骨に分化する軟骨再生メカニズムを評価すると共に、冷蔵されたgMSC(登録商標)1及び凍結されたgMSC(登録商標)1の同等性及び同質性を確認した。
【0097】
試験動物として、12週齢のヌードラットを10匹使用した。ラットの膝軟骨の、3~4mm×1.4mm(長方形)、深さ1mmの範囲を欠損させ、gMSC(登録商標)1を移植して、8週間観察した。gMSC(登録商標)1を適用していない無適用群(n=4)、冷蔵gMSC(登録商標)1適用群(n=8)、凍結gMSC(登録商標)1適用群(n=8)を評価に用いた。欠損部位において、ヒトビメンチン及びII型コラーゲン(Col2)の二重染色を行った。
【0098】
ヒトビメンチン染色領域と、Col2の染色領域との重複度により、gMSC(登録商標)1の軟骨再生機能を評価した。評価部位は、欠損遠位部、近位部、及び、中央の3箇所とした。ヒトビメンチン染色領域と、Col2の染色領域との重複度をブラインド化し、スコアリングした。スコアリングは、図1に示す評価基準により行なった。図1は、関節軟骨治療剤の軟骨再生機能の評価基準を示す図である。
【0099】
3箇所の評価部位をそれぞれ、図1に示す0~2の3段階でスコアリングし、最も数値の高い部位のスコアを、その個体のスコアとした。結果を図2に示す。図2は、ヒトビメンチン染色領域とCol2の染色領域との重複度により表される、関節軟骨治療剤の軟骨再生機能の評価結果を示す図である。無適用群と比較して、冷蔵gMSC(登録商標)1適用群及び凍結gMSC(登録商標)1適用群において、重複度のスコアが高く、移植された関節軟骨治療剤による軟骨再生が認められた。また、冷蔵gMSC(登録商標)1適用群及び凍結gMSC(登録商標)1適用群と、無適用群との差の95%信頼性区間から、それぞれのgMSC(登録商標)1適用群と無適用群との間に、同程度の差があることが分かった。
【0100】
また、各評価群について、トルイジンブルー及びSRY-box 9(SOX9)を用いた病理組織学的検査を行い、ヒトビメンチン及びCol2の二重染色結果と比較した。トルイジンブルー及びSOX9染色は-、±、及び+の3段階で評価した。結果を図3に示す。図3は、病理組織学的検査結果を示す図である。図3の各結果を示す画像中にそれぞれの評価スコアも示した。
【0101】
図3において、ヒトビメンチン及びCol2(Vin×Col2)の染色結果中の破線で囲む領域に示すように、無適用群については、ヒトビメンチン陽性領域は確認されなかったが、冷蔵gMSC(登録商標)1適用群及び凍結gMSC(登録商標)1適用群については、ヒトビメンチン陽性領域にCol2陽性領域が確認された。また、ヒトビメンチン染色領域とCol2の染色領域との重複度のスコアが高い個体については、トルイジンブルー(TB)及びSOX9の陽性も認められることから、移植したgMSC(登録商標)1が軟骨再生に寄与していることも確認された。
【0102】
〔gMSC(登録商標)1の軟骨分化能〕
gMSC(登録商標)1自身の軟骨分化能に関して、in vitroによる軟骨分化誘導に伴って発現する軟骨関連遺伝子の発現を、PCR測定により確認した。gMSC(登録商標)1(株式会社ツーセル製)を、各保存条件(保存無し、冷蔵(10℃)、凍結(-80℃))で保存後、軟骨分化誘導培地中でペレット(3D)培養を行った。細胞株として、MB02-009、SYN098、及びSYN107を用いた(各n=3)。
【0103】
分化誘導1、7、14、21日間のgMSC(登録商標)1から、RNAを抽出してcDNA合成を行った後、qRT-PCRにより各保存条件における遺伝子発現の経時変化を確認した。測定遺伝子は、下記とした:COL1A2;COL2A1;COL10A1;ACAN;SOX9。
【0104】
結果を図4に示す。図4は、軟骨関連遺伝子発現を測定した結果を示す図である。図4に示すように、3つの細胞株の全てにおいて、保存条件に依らず培養期間の経過に伴ってCOL2A1、COL10A1、ACAN及びSOX9の発現上昇が認められ、軟骨分化誘導していることが確認された。一方、線維化マーカーの指標であるCOL1A2は継時的な発現上昇は認められなかった。このことから、gMSC(登録商標)1は保存条件に依らず優れた軟骨分化能を有していることが確認された。
【0105】
〔gMSC(登録商標)1の軟骨再生関連因子分泌能〕
移植したgMSC(登録商標)1のから分泌される軟骨再生関連因子の発現をin vitroにおいて、ELISA測定により確認した。gMSC(登録商標)1(株式会社ツーセル製)を、各保存条件(保存無し、冷蔵(10℃)、凍結(-80℃))で保存後、培地中においてインキュベートした。細胞株として、MB02-009、SYN098、及びSYN107を用いた(各n=3)。2日後、培養上清及びgMSC(登録商標)1から抽出したタンパク質抽出液を回収し、ELISA法にて各因子の発現量を確認した。測定因子は、下記とした:TGF-b1;Fibronectin;TIMP-1;TSP-2;FGF-2。
【0106】
結果を図5及び6に示す。図5は、培養上清における軟骨再生関連因子の発現量を測定した結果を示す図であり、図6は、gMSC(登録商標)1抽出液における軟骨再生関連因子の発現量を測定した結果を示す図である。図4及び5に示すように、培養上清及びgMSC(登録商標)1抽出液ともに、コントロールであるSTK2培地及び抽出試薬と比較して、発現量に有意な差が認められた。なお、細胞株及び保存条件による明らかな差は確認できなかった。このことから、gMSC(登録商標)1は移植後に軟骨再生関連因子を分泌し、オートクライン作用又はパラクライン作用により欠損軟骨を再生させる可能性があることが示唆された。
【0107】
〔付記事項〕
本発明は上述した各実施形態又は各実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。異なる実施形態又は実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0108】
本発明を用いれば、間葉系幹細胞を用いた利用価値の高い移植治療剤を提供することができるので、間葉系幹細胞を用いた移植治療等の再生医療に好適に利用可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6