(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024178809
(43)【公開日】2024-12-25
(54)【発明の名称】海洋生分解性ポリエステル
(51)【国際特許分類】
C08G 63/06 20060101AFI20241218BHJP
C08G 63/78 20060101ALI20241218BHJP
C08L 101/16 20060101ALN20241218BHJP
【FI】
C08G63/06 ZBP
C08G63/78
C08L101/16
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023097237
(22)【出願日】2023-06-13
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、ムーンショット型研究開発事業、「生分解開始スイッチ機能を有する海洋分解性プラスチックの研究開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504145364
【氏名又は名称】国立大学法人群馬大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】橘 熊野
(72)【発明者】
【氏名】澤中 祐太
(72)【発明者】
【氏名】筒場 豊和
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 美和
(72)【発明者】
【氏名】鳥居 純子
(72)【発明者】
【氏名】粕谷 健一
【テーマコード(参考)】
4J029
4J200
【Fターム(参考)】
4J029AA02
4J029AB01
4J029AB04
4J029AC01
4J029AD01
4J029AD10
4J029AE01
4J029AE03
4J029EA03
4J029EG02
4J029EG05
4J029EG07
4J029EG09
4J029EG10
4J029HA02
4J029HB02
4J029KB03
4J200AA02
4J200AA04
4J200AA09
4J200BA12
4J200BA13
4J200BA15
4J200BA16
4J200BA17
4J200BA18
4J200CA01
4J200DA01
4J200DA07
4J200DA09
4J200DA12
4J200DA21
4J200EA11
(57)【要約】
【課題】本発明は、ポリヒドロキシアルカン酸等のポリエステルの海洋生分解性を制御する技術および同技術により海洋生分解性ポリエステルを開発することを課題とする。
【解決手段】本発明は、下記一般式(I)で表される構造を含む、海洋生分解性ポリエステルを提供する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)で表される構造を含む、海洋生分解性ポリエステル。
【化1】
(式中、
mは、1以上の整数を示し、
nは、2以上の整数を示す。)
【請求項2】
mが2~100の整数である、請求項1に記載の海洋生分解性ポリエステル。
【請求項3】
mが4~45の整数である、請求項1に記載の海洋生分解性ポリエステル。
【請求項4】
mが4~14の整数である、請求項1に記載の海洋生分解性ポリエステル。
【請求項5】
mが4, 6~14の整数である、請求項1に記載の海洋生分解性ポリエステル。
【請求項6】
mが7である、請求項1に記載の海洋生分解性ポリエステル。
【請求項7】
nが2~100の整数である、請求項1に記載の海洋生分解性ポリエステル。
【請求項8】
数平均分子量(Mn)が10,000以下である、請求項1に記載の海洋生分解性ポリエステル。
【請求項9】
請求項1に記載の海洋生分解性ポリエステルを含む、海洋生分解性樹脂組成物。
【請求項10】
請求項9に記載の海洋生分解性樹脂組成物で形成された成形品。
【請求項11】
下記一般式(I)で表される構造を含む海洋生分解性ポリエステルの製造方法であって、
mおよびnを制御することを含む、製造方法。
【化2】
(式中、
mは、1以上の整数を示し、
nは、2以上の整数を示す。)
【請求項12】
下記一般式(I)で表される構造を含むポリエステルの海洋生分解性の制御方法であって、
mおよびnを制御することを含む、制御方法。
【化3】
(式中、
mは、1以上の整数を示し、
nは、2以上の整数を示す。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリヒドロキシアルカン酸等のポリエステルの海洋生分解性の制御方法および海洋生分解性ポリエステル等に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、SDGsの観点から、環境負荷の少ない生分解性高分子、特に海洋中で分解する海洋生分解性高分子への注目がさらに高まってきている。海洋は流出した高分子材料の最終的な到達点であるため、海洋中で生分解性が発現することは生分解性高分子にとって重要なためである。しかしながら、生分解性高分子の生分解性は、環境に強く依存する。土壌中等で生分解性を示しても、海洋中で生分解性を示す高分子は少ない。これは、海洋では微生物が少なく、土壌中とは微生物菌叢が異なるため、微生物の付着・増殖、分解する酵素の産生が起こりにくいことが要因だと考えられている。
【0003】
生分解性高分子としてヒドロキシカルボン酸系の脂肪族ポリエステルであるポリヒドロキシアルカン酸(PHA)がよく知られている。長鎖メチレンを有するポリヒドロキシアルカン酸はポリエチレン(PE) に匹敵する特性を示すため、PE代替プラスチックとして期待が高まっている(非特許文献1)。しかしながら、海洋分解性については、メチレン鎖が5個のポリカプロラクトン(PCL)のみしか評価されていない(非特許文献2)。
【0004】
他方、生分解性と分子量の関係性はポリ乳酸(PLA)では酵素加水分解による検討が報告されており、低分子量になるほど生分解性が高くなることが知られている(非特許文献3)。しかしながら、海水中での分解については記載がない。また、PHAの生分解性と分子量に関する系統的な研究はこれまでに行われていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Ortmann, P.; Mecking, S. Long-Spaced Aliphatic Polyesters. Macromolecules 2013, 46 (18), 7213-7218.
【非特許文献2】Hillmyer, M. A.; Tolman, W. B. Aliphatic Polyester Block Polymers: Renewable, Degradable, and Sustainable. Acc. Chem. Res. 2014, 47 (8), 2390-2396.
【非特許文献3】Tsuji, H.; Miyauchi, S. Enzymatic Hydrolysis of Poly(Lactide)s: Effects of Molecular Weight, l -Lactide Content, and Enantiomeric and Diastereoisomeric Polymer Blending. Biomacromolecules 2001, 2 (2), 597-604.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のとおり、海洋生分解性高分子への要求は高いが、海洋生分解性の制御技術は十分に確立されていない。
上記状況を鑑み、本発明は、ポリヒドロキシアルカン酸等のポリエステルの海洋生分解性を制御する技術および同技術により海洋生分解性ポリエステルを開発することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った。すなわち、海洋中で生分解性を発現可能なPHAを開発すべく、分子量が異なるPHAをメチレン鎖長ごとに調整し、その生分解性を微生物酸素要求量(BOD)生分解性試験によって、系統的に評価することで、「P
HAの海洋中における生分解へのメチレン鎖数および分子量依存性」を明らかにし、海洋生分解性ポリエステルの創出を可能とした。このような知見に基づき、本発明は完成されたものである。
すなわち、本発明の要旨は以下に関する。
【0008】
[1] 下記一般式(I)で表される構造を含む、海洋生分解性ポリエステル。
【0009】
【0010】
(式中、
mは、1以上の整数を示し、
nは、2以上の整数を示す。)
[2] mが2~100の整数である、[1]に記載の海洋生分解性ポリエステル。
[3] mが4~45の整数である、[1]に記載の海洋生分解性ポリエステル。
[4] mが4~14の整数である、[1]に記載の海洋生分解性ポリエステル。
[5] mが4, 6~14の整数である、[1]に記載の海洋生分解性ポリエステル。
[6] mが7である、[1]に記載の海洋生分解性ポリエステル。
[7] nが2~100の整数である、[1]~[6]のいずれかに記載の海洋生分解性ポリエステル。
[8] 数平均分子量(Mn)が10,000以下である、[1]~[7]のいずれかに記載の海洋生分解性ポリエステル。
[9] [1]~[8]のいずれかに記載の海洋生分解性ポリエステルを含む、海洋生分解性樹脂組成物。
[10] [9]に記載の海洋生分解性樹脂組成物で形成された成形品。
[11] 下記一般式(I)で表される構造を含む海洋生分解性ポリエステルの製造方法であって、
mおよびnを制御することを含む、製造方法。
【0011】
【0012】
(式中、
mは、1以上の整数を示し、
nは、2以上の整数を示す。)
[12] 下記一般式(I)で表される構造を含むポリエステルの海洋生分解性の制御方法であって、
mおよびnを制御することを含む、制御方法。
【0013】
【0014】
(式中、
mは、1以上の整数を示し、
nは、2以上の整数を示す。)
【0015】
なお、本発明は、以下の構成を採用することも可能である。
[13]海洋生分解性樹脂組成物の製造における、[1]~[8]のいずれかに記載の海洋生分解性ポリエステルの使用。
[14][1]~[8]のいずれかに記載の海洋生分解性ポリエステルを配合することを含む、海洋生分解性樹脂組成物の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明の方法によれば、ポリヒドロキシアルカン酸等のポリエステルの海洋生分解性を制御することができる。また、本発明の海洋生分解性の制御技術により海洋生分解性ポリエステルを製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は、調整されたポリヒドロキシアルカン酸およびヒドロキシカルボン酸のBOD生分解度曲線である。
図2の(a)はPVL, (b)は PCL, (c)は PEL, (d)は PCyL, (e)は PPdL, (f)はVL,EL,CL,(g)はCyLとPdLの結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明について説明する。
<海洋生分解性ポリエステル>
本発明の一態様は、下記一般式(I)で表される構造を含む、海洋生分解性ポリエステル(以下、「本発明の海洋生分解性ポリエステル」ということがある。)に関する。
【0019】
【0020】
(式中、
mは、1以上の整数を示し、
nは、2以上の整数を示す。)
【0021】
ここで、本発明の海洋生分解性ポリエステルの海洋生分解性とは、海洋条件において、生分解性高分子分解菌の加水分解酵素等の働きによって、生分解性樹脂が切断、低分子に断片化される性質を意味する。また、好ましくは、生分解性樹脂の海洋生分解性とは、海洋条件において、生分解性樹脂が切断、低分子に断片化され、無機化される性質であり得る。
海洋生分解性は、例えば、試料を海水に浸漬し、海水浸漬試験後の重量が初期重量から
減少することで確認することができる。より具体的には、海洋生分解性は、例えば、海洋生分解性試験の生分解度(ASTM D6691-17)に規定される試験方法により確認することができる。
海洋生分解性の指標として、本発明の海洋生分解性ポリエステルは、海洋生分解性試験の生分解度(ASTM D6691-17)が、例えば、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、または90%以上であることを意味する。生分解度の算出方法は、実施例で用いた方法を使用できる。
【0022】
本発明では、海洋生分解性高分子を開発すべく鋭意研究を重ねたところ、PHAのメチレン鎖数と分子量の制御によって、海洋生分解性PHAの創出に成功した。
【0023】
PHAの生分解は次の二段階で進行する。
(第一段階) PHAが酵素によるエステル結合の加水分解を受け、低分子量の化合物(最終的にヒドロキシカルボン酸)を生成する。
(第二段階) 低分子量化された化合物を微生物が取り込み代謝することで生分解される。
【0024】
後記実施例に示されるとおり、第一段階の低分子量の化合物の生成速度および生分解度は、PHAの初期分子量に影響される。そのため、低分子量のPHAを用いることで生分解性が促進されることが予測される。また、酵素加水分解では、酵素が高分子に吸着する必要があるが、高分子量体では疎水性が高まるため、吸着が阻害され加水分解性が低下する。その点でも、低分子量のPHAを用いることは生分解性付与に重要である。
【0025】
後記実施例に示されるとおり、第二段階の低分子量化された化合物の微生物による代謝速度は、PHAのメチレン鎖数に強く影響される。
【0026】
このように、本発明によれば、一般式(I)で表される構造を含む化合物であるPHAのメチレン鎖数mと、分子量(一般式(I)のメチレン鎖数mおよび重合度nを制御することで制御し得る)を制御することで、海洋生分解性ポリエステルを創出することができる。本発明の海洋生分解性ポリエステルにおいて、mおよびnを調整することにより、使用する目的に応じて、所望の海洋生分解性を有する海洋生分解性ポリエステルを製造できる。
【0027】
一般式(I)中、mは、1以上の整数を示す。mの値が小さすぎると、ポリエステルの所望の物性が得られない可能性があり、mの値が大きすぎると、ポリエステルの所望の海洋生分解性が得られない可能性がある。使用する目的に応じて、所望の海洋生分解性を発揮するようにmを調整する。本発明の効果を奏する限り限定されないが、mの値としては、例えば、1以上の整数、2以上の整数、または4以上の整数であってよく、100以下の整数、45以下の整数、または14以下の整数であってよく、これらの矛盾しない組み合わせであってよい。mの値は、例えば、1~100の整数、2~100の整数、4~45の整数、4~14の整数、または4, 6~14の整数であってよい。
【0028】
また、一般式(I)中、nは、2以上の整数を示す。nの値が小さすぎると、ポリエステルの所望の物性が得られない可能性があり、nの値が大きすぎると、ポリエステルの所望の海洋生分解性が得られない可能性がある。使用する目的に応じて、所望の海洋生分解性を発揮するようにnを調整する。本発明の効果を奏する限り限定されないが、nの値としては、例えば、2以上の整数、3以上の整数、または4以上の整数であってよく、500以下の整数、400以下の整数、または100以下の整数であってよく、これらの矛盾しない組み合わせであってよい。nの値は、例えば、2~500の整数、3~400の整数、4~100の整数、または2~100の整数であってよい。
なお、mおよびnの値は、それぞれ独立して設定し得る。
【0029】
本発明の海洋生分解性ポリエステルの好ましい一態様として、海洋生分解性や使用性等に特に優れるとの観点から、mの値が4~14の整数、nの値が2~100の整数である海洋生分解性ポリエステルが挙げられる。
【0030】
本発明の海洋生分解性ポリエステルの分子量は、本発明の効果を奏する限り限定されないが、海洋生分解性の観点から、例えば、数平均分子量(Mn)であれば、300~50,000、3,000~40,000、または5,000~10,000であってよい。重量平均分子量(Mw)であれば、300~50,000、3,000~40,000、または5,000~10,000であってよい。分子量は、サイズ排除クロマトグラフィー等により、測定することができる。
【0031】
本発明の海洋生分解性ポリエステルの好ましい一態様として、海洋生分解性に特に優れるとの観点から、数平均分子量(Mn)が10,000以下である海洋生分解性ポリエステルが挙げられる。
【0032】
一般式(I)で表される構造を含む化合物であるPHAの具体例としては、限定されないが、例えば、PGA:ポリグリコール酸(一般式(I)において m = 1 の化合物)、PPL:ポリ(3-プロピオラクトン)(一般式(I)において m = 2 の化合物)、PBL:ポリ(4-ブチロラクトン)(一般式(I)において m = 3 の化合物)、PVL:ポリ(5-バレロラクトン)(一般式(I)において m = 4 の化合物)、PCL:ポリ(6-カプロラクトン)(一般式(I)において
m = 5 の化合物)、PEL:ポリ(7-エナントラクトン)(一般式(I)において m = 6 の化合物)、PCyL:ポリ(8-カプリロラクトン)(一般式(I)において m = 7 の化合物)、PNL:ポリ(9-ノナノラクトン)(一般式(I)において m = 8 の化合物)、PDL:ポリ(10-デカノラクトン)(一般式(I)において m = 9 の化合物)、PUdL:ポリ(11-ウンデカノラクトン)(一般式(I)において m = 10 の化合物)、PDdL:ポリ(12-ドデカノラクトン)(一般式(I)において m = 11 の化合物)、PTrdL:ポリ(13-トリデカノラクトン)(一般式(I)において m = 12 の化合物)、PTedL:ポリ(14-テトラデカノラクトン)(一般式(I)において m = 13 の化合物)、およびPPdL:ポリ(15-ペンタデカノラクトン)(一般式(I)において m = 14 の化合物)等が挙げられる。
【0033】
<海洋生分解性ポリエステルの製造方法>
本発明のさらなる一態様は、上記一般式(I)で表される構造を含む海洋生分解性ポリエステルの製造方法であって、mおよびnを制御することを含む、製造方法(以下、「本発明の製造方法」ということがある。)に関する。なお、前記<海洋生分解性ポリエステル>の項において説明された事項は、本発明の製造方法の説明に全て適用される。
【0034】
本発明の製造方法は、一般式(I)におけるメチレン鎖数mおよび重合度nを制御することで、ポリエステルのメチレン鎖数および分子量を制御することを特徴とする。ポリエステルのメチレン鎖数および分子量、ならびにmおよびnは、使用する目的に応じて、所望の海洋生分解性を有する海洋生分解性ポリエステルが得られるように調整すればよい。mおよびnの数値の具体的範囲は、前記<海洋生分解性ポリエステル>の項において説明されたものと同様である。
【0035】
一般式(I)におけるメチレン鎖数mおよび重合度nを制御し、ポリエステルのメチレン鎖数および分子量を調整する方法として、mについては、例えば、PHAの原料であるラクトンまたはヒドロキシアルカン酸として、所望のメチレン鎖数mを有するラクトンまたはヒドロキシアルカン酸を選択し、用いることで調整し得る。
nについては、PHAの重合条件(例えば、重合時間、温度、開始剤量、触媒量等)を調整することで調整し得る。重合条件の調整は、公知の方法に基づき行うことができる。また、市販のPHAを所望の重合度nとなるように加水分解する等して調整してもよい。また、分子量分画によって所定の重合度nのPHAを調整してもよい。
【0036】
なお、本発明の製造方法は、ポリエステルのメチレン鎖数および分子量を調整すること以外は、高分子の通常の製造方法により実施することができる。高分子の製造方法は、微生物によるものでも、化学合成によるものであってもよい。
より具体的には、例えば、後記実施例に示されるように、モノマー原料となる所望のメチレン鎖数mを有するラクトンを、有機スズ触媒等の触媒を用いて、所望の重合度nを達成し得る条件で開環重合すること等により一般式(I)で表される構造を含む海洋生分解性ポリエステルを合成することができる。開環重合反応条件としては、限定されないが、例えば、80~240℃で、0.5~72時間の反応条件が挙げられる。
海洋生分解性ポリエステルの原料であるラクトンまたはヒドロキシアルカン酸は、市販品または化学合成されたものを用いることが可能である。
【0037】
<ポリエステルの海洋生分解性の制御方法>
本発明のさらなる一態様は、上記一般式(I)で表される構造を含むポリエステルの海洋生分解性の制御方法であって、mおよびnを制御することを含む、制御方法(以下、「本発明の制御方法」ということがある。)に関する。なお、前記<海洋生分解性ポリエステル>、<海洋生分解性ポリエステルの製造方法>の項において説明された事項は、本発明の制御方法の説明に全て適用される。
【0038】
本発明の制御方法は、一般式(I)におけるメチレン鎖数mおよび重合度nを制御することで、ポリエステルのメチレン鎖数および分子量を制御することを特徴とする。mおよびnを制御し、ポリエステルの分子量を調整する方法は、前記<海洋生分解性ポリエステルの製造方法>の項において説明された事項と同様である。すなわち、mおよびnは、使用する目的に応じて、所望の海洋生分解性を有する海洋生分解性ポリエステルが得られるように調整すればよい。
【0039】
<海洋生分解性樹脂組成物>
本発明のさらなる一態様は、本発明の海洋生分解性ポリエステルを含む、海洋生分解性樹脂組成物(以下、「本発明の海洋生分解性樹脂組成物」ということがある。)に関する。なお、前記<海洋生分解性ポリエステル>、<海洋生分解性ポリエステルの製造方法>、<ポリエステルの海洋生分解性の制御方法>の項において説明された事項は、本発明の海洋生分解性樹脂組成物の説明に全て適用される。
【0040】
本発明の海洋生分解性樹脂組成物は、本発明の海洋生分解性ポリエステルを含んでおり、海洋生分解性を有する組成物である。
本発明の海洋生分解性樹脂組成物は、1種類または2種類以上の海洋生分解性ポリエステルを含んでよい。
【0041】
本発明の海洋生分解性樹脂組成物は、海洋生分解性ポリエステルのみからなってもよいが、必要により、生分解性樹脂組成物に通常使用される種々の添加剤等、例えば、生分解性樹脂の可塑剤、安定剤(抗酸化剤、熱安定剤、耐光安定剤等)、界面活性剤、滑剤、着色剤、充填剤、帯電防止剤、シランカップリング剤、分散剤、分散助剤、離型剤等を含んでいてもよい。添加剤は、単独でまたは2種以上組み合わせて使用できる。
【0042】
本発明の海洋生分解性樹脂組成物における海洋生分解性ポリエステルの配合割合は、限定されないが、例えば、組成物全量に対して0.1~100重量%、1~99.9重量%、または10~50重量%程度とすることができる。
【0043】
本発明の海洋生分解性樹脂組成物における海洋生分解性ポリエステルは易分解性の結合
で複数の海洋生分解性ポリエステルを連結することも可能で、このような形態の海洋生分解性ポリエステルの配合割合は、限定されないが、例えば、組成物全量に対して0.1~100重量%、1~99.9重量%、または10~50重量%程度とすることができる。
【0044】
本発明の海洋生分解性樹脂組成物の形態は特に限定されず、粉末やペレット状、フィルム状の固体、親水性または親油性の液体・ゾル・ゲルに溶かした状態や分散させた状態であってよい。海洋生分解性樹脂組成物の製造は常法に基づき行うことができる。
【0045】
<成形品>
本発明のさらなる一態様は、本発明の海洋生分解性樹脂組成物で形成された成形品(以下、「本発明の成形品」ということがある。)に関する。なお、前記<海洋生分解性ポリエステル>、<海洋生分解性ポリエステルの製造方法>、<ポリエステルの海洋生分解性の制御方法>、<海洋生分解性樹脂組成物>の項において説明された事項は、本発明の成形品の説明に全て適用される。
【0046】
本発明の海洋生分解性樹脂組成物を、成形加工することによりフィルム、シート等用途に適した形状の器具、容器、不織布等の成形品にすることができる。
【0047】
本発明の海洋生分解性樹脂組成物からなるフィルムまたはシートを得る方法としては特に制限がなく、公知の成形方法によりフィルム状またはシート状に成形される。例えば、T-ダイ成形法、インフレーション成形法、カレンダー成形法、熱プレス成型法等により、フィルム状またはシート状に成形する方法が挙げられる。また、これらのフィルムやシートは少なくとも一方向に延伸されていてもよい。延伸法として特に制限はないが、ロール延伸法、テンター法、インフレーション法等が挙げられる。
【0048】
本発明の海洋生分解性樹脂組成物からなる、用途に適した形状の成形品を得る方法としては、特に制限がなく、公知の方法で製造可能であり、例えば金型に押出成形や射出成形等を行う方法等が挙げられる。
【0049】
本発明の海洋生分解性樹脂組成物の成形品の厚さは、その水崩壊性や生分解性を高めるために薄く成形することが好ましいが、強度や可とう性等を満足させるように自由に調整可能である。フィルムの好ましい厚みは、5~300μmであり、10~100μmがより好ましい。シートや容器状の成形品の厚みとしては0.1~5mmが好ましく、より好ましくは0.2~2mmである。
【0050】
本発明の海洋生分解性樹脂組成物の不織布を得る方法としては特に制限がなく、公知の方法、例えば、乾式法、スパンボンド法、メルトブロー法、湿式法等により製造される。すなわち、本発明の海洋生分解性樹脂組成物を紡糸した後、ウェブを形成し、該ウェブを公知の方法により結合することにより得られる。
【0051】
本発明の海洋生分解性樹脂組成物からなる成形品は、その用途は特に限定されないが、例えば、衛生用品を構成する部材(部品)、農園芸資材、土木建築資材、漁業用資材等として使用することができる。すなわち、本発明の海洋生分解性樹脂組成物を含有する素材を使用して衛生用品、農園芸資材、土木建築資材、漁業用資材等を製造することが可能である。
【0052】
衛生用品、農園芸資材、土木建築資材、漁業用資材等の製造法としては、本発明の海洋生分解性樹脂組成物を所望の形状に成形加工することによって製造できるし、さらにその成形品を公知のホットメルト接着あるいは熱接着等の方法により相互に接着、固定して製造することができる。
【0053】
前記衛生用品としては、例えば、使い捨て紙おむつ、失禁用パッド、生理用ナプキン等が挙げられる。
前記農園芸資材としては、例えば、マルチフィルム、育苗ポット、園芸テープ、果実栽培袋、杭、薫蒸シート、ビニールハウス用フィルム、肥料用被覆材等が挙げられる。
前記土木建築資材としては、例えば、植生ネット、植生ポット、立体網状体、土木繊維、杭、断熱材等が挙げられる。
前記漁業用資材としては、漁網、養殖用器材、釣具、係留ロープ、防舷材、シーアンカー、浮体等が挙げられる。
【実施例0054】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の例示であり、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0055】
[材料および方法]
<試薬>
Tin(II) ethylhexanonate (Sn(Oct)2),15-Pentadecanolactone,15-Hydroxypentadecanoic acidは東京化成工業株式会社より購入したものを使用した。valerolactone, caprolactone, enantholactone, caprylolactoneは蒸留により精製したものを使用した。5-Hydroxypentanoic acid sodium salt,Chloroform-dは富士フィルム和光純薬より購入したものを使用した。クロマトグラフィーに使用したクロロホルムはキシダ化学より購入したものを使用した。
【0056】
<機器分析>
(1H NMR測定)
1H NMR 測定には、日本電子株式会社製の超伝導フーリエ変換核磁気共鳴装置(ECX400, 400 MHz) を用いた。1H NMR 測定は、試料を 0.05 v/v % TMS 含有重クロロホルム (0.6 mL) に溶解させた溶液を調整し測定した。スペクトル解析は TMS を内部標準 0.0 ppm とし、ケミカルシフト値を読み取った。
【0057】
(GPC測定)
合成したポリマーの分子量はサイズ排除クロマトグラフィーにより算出した。試料溶液は試料 (5 mg) をクロロホルム (1 mL) に溶解させた溶液をメンブレンフィルターによって濾過することで調整した。GPC 測定には LC-4000 システム (日本分光株式会社) を使用し、流速 1.0 mL min-1、温度 40℃で測定した。検量線の作成には東ソー株式会社製の
TSK 標準ポリスチレン (数平均分子量 = 2890000, 706000, 355000, 96400, 37900, 10200, 2630, 433) を使用した。カラムは TSKgel guardcolumnMP (XL) と TSKgel MultiporeHXL-M を連結して使用し、RI検出器を用いて検出した。
【0058】
<方法>
(低分子量PHAの合成)
50 mLの反応容器にトリフェニルホスフィン PPh3 (262 mg, 1.0 mmol), ラクトン lactones (10 mmol) およびTin(II)bis(2-Ethylhexane) (320 mL, 1.0 mmol) を窒素雰囲気下で入れた。その反応容器に重合開始剤として蒸留水 H2O (18 μL, 1.0 mmol) を窒素雰囲気下、室温で加えた。その後、反応容器を 140-200℃に加温し、1 時間撹拌することで対応する反応混合物を得た。得られた反応混合物をサイズ排除クロマトグラフィー (クロロホルム) にて分子量分画し、溶媒留去および真空乾燥することで、目的の分子量を有するポリヒドロキシカルボン酸を得た。
【0059】
(高分子量PHAの合成)
50 mLの反応容器にトリフェニルホスフィン PPh3 (2.4 mg, 0.009 mmol), ラクトン (88 mmol) およびTin(II)bis(2-Ethylhexane) (3.6 mg, 0.009 mmol) を窒素雰囲気下で入れた。その反応容器に重合開始剤として蒸留水 H2O (1.0 mL, 0.056 mmol) を窒素雰囲気下、室温で加えた。その後、反応容器を 140-200℃に加温し、1 時間撹拌することで対応する反応混合物を得た。得られた反応混合物をクロロホルム (40 mL) に溶解させ、メタノール (400 mL) を用いて再沈殿した。得られた白色固体を真空乾燥することで、目的の分子量のポリヒドロキシカルボン酸を得た。
【0060】
(合成したPHAの1H NMRスペクトルデータ)
Poly(5-valerolactone) (PVL): 1H NMR (400MHz, CDCl3, 292 K, δ) = 4.06 (t, J = 6.8, 2H), 2.32 (t, J = 7.2, 2H), 1.72-1.35 (m, 4H).
Poly(6-caprolactone) (PCL): 1H NMR (400MHz, CDCl3, 292 K, δ) = 4.06 (t, J = 6.8, 2H), 2.31 (t, J = 7.6, 2H), 1.69-1.34 (m, 6H).
Poly(7-enantholactone) (PEL): 1H NMR (400MHz, CDCl3, 291 K, δ) = 4.05 (t, J = 6.8, 2H), 2.33 (t, J = 7.4 Hz, 2H), 1.63-1.30 (m, 8H). (新規化合物)
Poly(8-caplyrolactone) (PCyL): 1H NMR (400MHz, CDCl3, 292 K, δ) = 4.03 (t, J = 6.8 Hz, 2H), 2.27 (t, J = 7.6 Hz, 2H), 1.61-1.32 (m, 10H).
Poly(15-pentadecanplactone) (PPdL): 1H NMR (400MHz, CDCl3, 292 K, δ) = 4.06 (t,
J = 7.0 Hz, 2H), 2.29 (t, J = 7.6 Hz, 2H), 1.81-1.27 (m, 24H).
【0061】
(BOD生分解性試験)
BOD 生分解度測定は W208 211 BOD 測定器 Oxitop IS12 (WTW 社) を用いた。2022 年 5 月に神奈川県横須賀市にて採取された海水を濾紙で濾過し、一晩静置した。濾過した海水(2 L) をメンブレンフィルターで吸引濾過し、フィルタを取り出して海水 (20 mL) に懸濁させ 100 倍濃縮海水を調製した。メジューム瓶に 100 倍濃縮海水 (1.0 mL),5.0 g
L-1 N-アリルチオ尿素 aq. (200 μL) を添加し、濾過した海水にリン酸二水素カリウム
(0.10 g L-1) と塩化アンモニウム (5.0 g L-1) を加えた海水で 200 mL にメスアップした。コントロールとして、炭素源となる試料を加えていないメジューム瓶を 2 本、炭素源となる試料を添加したメジューム瓶を 1 本用意した。二酸化炭素吸収剤容器にヤバシライムを適量加え、メジューム瓶上部に取り付けた。調整したメジューム瓶を BOD TESTER に設置して 30℃の暗室下で撹拌し、定期的に消費酸素量を測定した。
【0062】
・BOD 生分解度 (%) の算出
試料の生分解度は下式 (1) で求められる。
【0063】
BOD 生分解度 (%) = 計測した酸素消費量 (mL) / 理論的酸素要求量 (mL) × 100 (式1)
【0064】
・生分解速度の算出
生分解度曲線における生分解速度は生分解度曲線の最大傾きから算出した。
【0065】
ここで、BOD 生分解度 (biodegradability) (%)は以下のように定義する。:生分解度曲線における分解試験終了時の生分解度(PHAは60日,加水分解物は14日)。
【0066】
[結果]
(合成)
各メチレン鎖数を有するラクトンの開環重合からPHAを合成し、サイズ排除クロマトグラフィーによって分画することで各分子量帯を有するPHAを調製した。調製されたPHAの名称、分子量、分子量分布、重合度を表1にまとめる。PHAの名称は数平均分子量 (Mn) の1/1000を接尾辞として用いてPHA (Mn/1000) と表す。
【0067】
【0068】
(生分解性評価)
海洋環境下におけるBOD生分解試験から各PHAの生分解性を評価した。BOD生分解試験により得られたPHAのBOD生分解度曲線を
図1に示す。また、PHAの生分解過程で最終的にヒドロキシカルボン酸に誘導されることが予想されるため、各ラクトンの加水分解物の生分解性もあわせて評価した。加水分解物の名称は対応するポリマーからを“P“を除いたものを採用した。(例. 5-Valerolactoneの加水分解物である5-hydroxypentanoic acidはVLと表記する。)
また、BOD生分解度曲線の最大傾きから生分解速度を算出した。ヒドロキシカルボン酸とPHAの生分解度(試験終了時点)および生分解速度を表2にまとめる。
【0069】
PVLの生分解性
PVL8.9、PVL5.4およびPVL3.2の海洋環境下における生分解度はそれぞれ1%, 44%, 86%であった。したがって、PVLにおいては、低分子量体にすることで生分解性を付与できる。また、生分解速度はヒドロキシカルボン酸を含めて、分子量が低い方が生分解速度が速い。
PCLの生分解性
海洋環境下におけるPCL4.1, PCL8.4およびPCL44の生分解度はそれぞれ87%, 55%, 81%であった。したがって、PCLは分子量に関わらず50%以上の生分解性を示す。生分解速度に関しても、分子量依存性はみられなかった。
PELの生分解性
海洋環境下におけるPEL8.0, PEL10およびPEL31の生分解度はそれぞれ43%, 33%, 55%であった。したがって、PELは分子量に関わらず30%以上の生分解性を示す。また、生分解速度に関しては一定の傾向が見られた。ヒドロキシカルボン酸を含めて、全体的に低分子量
の方が生分解速度は速くなる傾向がある。
PCyLの生分解性
海洋環境下におけるPCyL4.4, PCyL9.9およびPCyL22の生分解度はそれぞれ44%, 34%, 22%であった。したがって、PCyLにおいては、生分解性における分子量依存性が確認された。また、生分解速度は分子量が低いほど速かった。
PPdLの生分解性
海洋環境下におけるPPdL3.5, PPdL9.0およびPPdL12の生分解度はそれぞれ8%, 8%, 0%であった。したがって、PPdLは生分解性しにくい。
【0070】
(ヒドロキシカルボン酸の生分解性)
海洋環境下におけるVL, CL, EL, CyLおよびPdLはそれぞれ50%, 80%, 72%, 75%, 79%であった。したがって、ポリマーの最小単位に相当するヒドロキシカルボン酸はすべて生分解性を示す。
【0071】
【0072】
以上のとおり、各メチレン鎖長および分子量のPHAのBOD生分解試験の結果、低分子量体
が生分解されやすい傾向が観測された。また、メチレン鎖数が小さいほど生分解されやすい傾向が観測された。すなわち、生分解性はメチレン鎖数と分子量に依存していた。これらのことから、メチレン鎖数および分子量の制御によって、海洋生分解性を有するPHAを創出することに成功した。
本発明で提供するPHAは、ポリエチレン,ポリプロピレン,ポリスチレン,エチレンビニルアセテート樹脂,ABS樹脂,AS樹脂等の代替の生分解性高分子として利用できるため、それらが使用されている全ての製品に導入可能である。海洋生分解性を考慮すると、漁具等に好ましく適用することができる。
また、本発明で提供するPHAは、刺激応答性高分子の生分解性ユニットとして共重合体等にも利用可能である。