(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024178847
(43)【公開日】2024-12-25
(54)【発明の名称】小腸内視鏡挿入用潤滑剤
(51)【国際特許分類】
A61B 1/00 20060101AFI20241218BHJP
C10M 171/02 20060101ALI20241218BHJP
C10M 145/40 20060101ALI20241218BHJP
C10M 145/12 20060101ALI20241218BHJP
C10M 107/36 20060101ALI20241218BHJP
C10M 107/28 20060101ALI20241218BHJP
C10N 10/02 20060101ALN20241218BHJP
C10N 30/00 20060101ALN20241218BHJP
C10N 40/00 20060101ALN20241218BHJP
【FI】
A61B1/00 713
C10M171/02
C10M145/40
C10M145/12
C10M107/36
C10M107/28
C10N10:02
C10N30:00 Z
C10N40:00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023097311
(22)【出願日】2023-06-13
(71)【出願人】
【識別番号】509349141
【氏名又は名称】京都府公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 亮平
(72)【発明者】
【氏名】山内 克真
(72)【発明者】
【氏名】池谷 博
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 義人
【テーマコード(参考)】
4C161
4H104
【Fターム(参考)】
4C161AA03
4C161FF21
4C161FF36
4C161GG11
4C161GG24
4C161GG25
4C161JJ01
4C161JJ11
4H104CB07A
4H104CB07C
4H104CB19A
4H104CB19C
4H104EA02Z
4H104FA01
4H104LA20
4H104PA50
(57)【要約】
【課題】小腸管内への内視鏡の挿入の際の疼痛緩和や侵襲低減を可能とする小腸内視鏡挿入用潤滑剤を提供する。
【解決手段】25℃、100s-1のせん断速度の粘度が0.008~0.302Pa・sの範囲である、小腸内視鏡挿入用潤滑剤である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
25℃、100s-1のせん断速度の粘度が0.008~0.918Pa・sの範囲であることを特徴とする小腸内視鏡挿入用潤滑剤。
【請求項2】
請求項1に記載の小腸内視鏡挿入用潤滑剤であって、
前記せん断速度の粘度が0.027~0.069Pa・sの範囲であることを特徴とする小腸内視鏡挿入用潤滑剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載の小腸内視鏡挿入用潤滑剤であって、
カルボキシメチルセルロース、キサンタンガム、ヒドロキシエチルセルロース、アルギン酸ナトリウム、および、ポリアクリル酸ナトリウムのうちの少なくとも1つを含むことを特徴とする小腸内視鏡挿入用潤滑剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、小腸内視鏡挿入用潤滑剤に関する。
【背景技術】
【0002】
小腸内視鏡検査(device assisted enteroscopy)は、小腸の器質的異常(腫瘍性疾患や炎症性疾患等)を発見するための極めて重要な検査である。小腸内視鏡検査には、例えば、シングルバルーン内視鏡を用いるシングルバルーン内視鏡検査(SBE:single-balloon endoscopy)と、ダブルバルーン内視鏡を用いるダブルバルーン内視鏡検査(DBE:double-balloon endoscopy)という2種類のバルーン内視鏡検査(balloon assisted endoscopy)が含まれる。
【0003】
小腸内視鏡検査は、腸管内を洗浄しながら観察可能であり、診断精度が高く、観察とともに治療も可能である。しかし、小腸内視鏡検査は、内視鏡挿入中の疼痛発生や膵炎、消化管穿孔等の合併症の発生の頻度が一般的な食道、胃等の上部消化管内視鏡検査や大腸等の下部消化管内視鏡検査よりも高く、侵襲の比較的高い検査のため、入院して施行されることが多い。また、上下部消化管内視鏡検査の完遂率は95~100%程度と非常に高いのに対して、小腸内視鏡検査の完遂率は50%程度と低いことが報告されている(非特許文献1参照)。そのため、代用の検査手段としてカプセル内視鏡検査(capsule endoscopy)が開発、導入されている。
【0004】
カプセル内視鏡検査はバルーン内視鏡検査に比べて侵襲が低いが、観察に限定され、治療ができないこと、腸管の通過障害がある患者には施行できないこと等、検査上の制約も多い。小腸内視鏡検査の侵襲を低減することによって、例えば、痛みを低減し、合併症の発生の抑制し、完遂率を上昇させることによって、小腸内視鏡検査の適応が拡大することが望まれる。
【0005】
小腸内視鏡検査は、肛門から大腸を経て小腸に向かい内視鏡を挿入する際、または口側から食道、胃を経て小腸に向かい内視鏡を挿入する際に、例えば
図1に示すように、複数の小腸の屈曲部10を越える必要がある。その際、屈曲部10の腸管壁には内視鏡シャフト部12から負荷(荷重)が加わるため、疼痛や合併症(膵炎、消化管穿孔など)の発生につながる。このことが小腸内視鏡検査の侵襲が高く、完遂率が低い主因である。体内への内視鏡の挿入を容易にするために、内視鏡シャフト部12を樹脂等で形成されたオーバーチューブ部で包囲する場合もあるが、屈曲部10の腸管壁にはやはり負荷(荷重)が加わる。
【0006】
例えば
図2(a)に示すように、小腸の腸管壁14にかかる内視鏡シャフト部12またはオーバーチューブ部18からの負荷は、内視鏡シャフト部12またはオーバーチューブ部18と小腸の腸管壁14の粘膜面との摩擦に依存すると考えられる。内視鏡シャフト部12またはオーバーチューブ部18と腸管壁14の動摩擦係数が高いと、腸管壁14が受ける力が大きくなり、疼痛や侵襲が大きくなる。内視鏡シャフト部12またはオーバーチューブ部18と腸管壁14との摩擦の軽減は、内視鏡の挿入のときの腸管壁14の負荷(荷重)を減らし、疼痛や侵襲を減らす有効な手段となりうる。
【0007】
この摩擦を減らす方法として小腸内に潤滑剤を塗布する方法が考えられる。例えば
図2(b)に示すように、腸管壁14に潤滑剤16を塗布し、内視鏡シャフト部12またはオーバーチューブ部18と腸管壁14の動摩擦係数を低くすると、腸管壁14が受ける負荷(荷重)が小さくなり、疼痛や侵襲が小さくなると考えられる。
【0008】
しかし、現在、内視鏡検査で一般化されているのは肛門部へのゼリー状潤滑剤の塗布のみで、小腸内視鏡検査では腸管内に潤滑剤を塗布することは標準化されていない。
【0009】
特許文献1-3には、増粘性物質と水とを含有する内視鏡の視野確保用の粘弾性組成物が記載されているが、「本発明の課題は、管内部に見通しのきかない濃い色の液が溜まって内視鏡の視野が遮られたときに該液を押し退けて内視鏡の視野を確保する用途に好適であり、操作性に優れた粘弾性組成物およびかかる粘弾性組成物を用いた内視鏡の視野を確保する方法を提供することにある。また、望ましくは簡便な止血処置の補助を可能とする該粘弾性組成物を提供することにある。」(特許文献1の段落0005)、「本発明の課題は、内視鏡の視野を確保する用途に好適な粘弾性組成物及び当該粘弾性組成物を用いた内視鏡の視野を確保する方法を提供することである。」(特許文献2,3の段落0006)と記載の通り、内視鏡シャフト部またはオーバーチューブ部と小腸の腸管壁との摩擦の軽減については全く言及がなく、考慮されていない。
【0010】
また、特許文献1-3では、視野確保用の粘弾性組成物が所定の粘性を有することが記載されているが、広範囲の粘度やせん断貯蔵弾性率G’が規定されているだけであり、例えば特許文献1に「本発明は、操作性に優れ、良好な視野を確保できる粘弾性組成物を提供すること、望ましくは簡便な止血処置の補助を可能とする粘弾性組成物を提供することを課題とするところ、・・・視野を良好に確保するためには、血液、腸液、胆汁等の液体や排泄物等の半固形物とは異なる粘弾性を有した透明組成物を管腔内に注入することでこれらの物質を物理的に押しのけ、除去することで空間を確保するとともに、血液、腸液、胆汁等の液や排泄物等の半固形物と混ざり難く、液の流動や拡散を抑えることが可能となる。また、操作性に優れるという課題は、該粘弾性組成物を過度な抵抗なく内視鏡の鉗子口を通過させることができることを意味する。簡便な止血処置の補助を可能とするという課題は、該粘弾性組成物の存在下において出血部位を確認することがでること、また高周波電流を用いた止血処置の補助が可能となることを意味する。」(段落0015)と記載の通り、特許文献1-3での粘性は、「視野確保」については「半固形物と混ざり合い難い」ため、「内視鏡における操作性」については「過度な抵抗なく内視鏡の鉗子口を通過させる」ために、所定の広範囲の粘度やせん断貯蔵弾性率G’が規定されている。これらの特許文献1-3の視野確保用の粘弾性組成物に規定されている粘度やせん断貯蔵弾性率G’は、内視鏡シャフト部またはオーバーチューブ部と小腸の腸管壁との摩擦の軽減を考慮した値ではない。
【0011】
特許文献4には、オーバーチューブ付きの内視鏡において、チューブの側壁内に潤滑剤の流通路を設けることが記載されている。しかし、実施例において潤滑剤を使用した例は記載されていない。
【0012】
特許文献5には、親水基と親油基を有する乳化剤および極性溶媒を含有する溶液、または親水性高分子、該親水基と親油基を有する乳化剤、および該極性溶媒を含有する溶液を含み、内視鏡の挿入部表面に塗布されて、湿潤状態で、該挿入部表面に潤滑性を付与する内視鏡用親水性潤滑剤が記載され、親水性高分子がポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリアクリル酸ナトリウムおよびアルギン酸ナトリウム、カルボキシメチルセルロースナトリウム、キサタンガム、カラーギナン、プルラン、およびゼラチンからなる群から選択される少なくとも1種からなることが記載されている。
【0013】
特許文献6には、水、プロピレングリコール、グリセリン、ヒドロキシエチルセルロース、パラベン類、カルボマー、または炭酸水素ナトリウムを含む内視鏡用の潤滑剤を供給する潤滑剤供給装置が記載されている。
【0014】
非特許文献2には、クローン病における小腸狭窄に対する内視鏡的バルーン拡張術において、内視鏡の動きを円滑にするために、内視鏡潤滑用ゼリーを水で希釈したものをダブルバルーン内視鏡のオーバーチューブ内に注入する方法が記載されている。
【0015】
しかし、特許文献5,6、非特許文献2では、内視鏡シャフト部またはオーバーチューブ部と小腸の腸管壁との摩擦の軽減に対する潤滑剤の具体的な粘度について検討されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】国際特許出願公開第2017/057504号パンフレット
【特許文献2】国際特許出願公開第2020/105668号パンフレット
【特許文献3】特開2021-121318号公報
【特許文献4】特許第4513825号公報
【特許文献5】特許第3469770号公報
【特許文献6】実用新案登録第3143923号公報
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】Takano N, Gastrointest Endosc, 2011
【非特許文献2】Gastroenterological Endoscopy, Vol 60 (5), pp.1107-1115 (2017)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明の目的は、小腸管内への内視鏡の挿入の際の疼痛緩和や侵襲低減を可能とする小腸内視鏡挿入用潤滑剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明は、25℃、100s-1のせん断速度の粘度が0.008~0.918Pa・sの範囲である、小腸内視鏡挿入用潤滑剤である。
【0020】
前記小腸内視鏡挿入用潤滑剤において、前記せん断速度の粘度が0.027~0.069Pa・sの範囲であることが好ましい。
【0021】
前記小腸内視鏡挿入用潤滑剤において、カルボキシメチルセルロース、キサンタンガム、ヒドロキシエチルセルロース、アルギン酸ナトリウム、および、ポリアクリル酸ナトリウムのうちの少なくとも1つを含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0022】
本発明によって、小腸管内への内視鏡の挿入の際の疼痛緩和や侵襲低減を可能とする小腸内視鏡挿入用潤滑剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】小腸管内への内視鏡の挿入の際の腸管屈曲部の腸管壁と内視鏡シャフト部の様子を示した模式図である。
【
図2】内視鏡シャフト部またはオーバーチューブ部と腸管壁の摩擦の様子を示す概略図である。
【
図3】ストライベック曲線に基づく内視鏡シャフト部と腸管壁の動摩擦係数と潤滑剤の粘度の関係を示す図である。
【
図4】実施例における消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数と、腸管にかかる荷重(N)との関係を調べた方法を示す写真である。
【
図5】実施例における消化管粘膜と内視鏡シャフト部との間の動摩擦係数を測定する方法を示す写真である。
【
図6】増粘剤(HEC)の濃度に対する、消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数、および、腸管にかかる荷重(N)を示すグラフである。
【
図7】消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数と、腸管にかかる荷重(N)との関係を示すグラフである。
【
図8】実施例1における、カルボキシメチルセルロース(CMC)の濃度に対する、粘度(Pa・s)およびオーバーチューブ部と小腸粘膜との動摩擦係数を示すグラフである。
【
図9】実施例1における、キサンタンガム(XG)の濃度に対する、粘度(Pa・s)およびオーバーチューブ部と小腸粘膜との動摩擦係数を示すグラフである。
【
図10】実施例1における、ヒドロキシエチルセルロース(HEC)の濃度に対する、粘度(Pa・s)およびオーバーチューブ部と小腸粘膜との動摩擦係数を示すグラフである。
【
図11】実施例1における、アルギン酸ナトリウム(SA)の濃度に対する、粘度(Pa・s)およびオーバーチューブ部と小腸粘膜との動摩擦係数を示すグラフである。
【
図12】実施例1における、ポリアクリル酸ナトリウム(SPA)の濃度に対する、粘度(Pa・s)およびオーバーチューブ部と小腸粘膜との動摩擦係数を示すグラフである。
【
図13】実施例1における、各せん断速度(1s
-1、10s
-1、100s
-1、1000s
-1)における粘度と、オーバーチューブ部と小腸粘膜との動摩擦係数との関係を示すグラフである。
【
図14】実施例2における、カルボキシメチルセルロース(CMC)の濃度に対する、粘度(Pa・s)および内視鏡シャフト部と小腸粘膜との動摩擦係数を示すグラフである。
【
図15】実施例2における、キサンタンガム(XG)の濃度に対する、粘度(Pa・s)および内視鏡シャフト部と小腸粘膜との動摩擦係数を示すグラフである。
【
図16】実施例2における、ヒドロキシエチルセルロース(HEC)の濃度に対する、粘度(Pa・s)および内視鏡シャフト部と小腸粘膜との動摩擦係数を示すグラフである。
【
図17】実施例2における、アルギン酸ナトリウム(SA)の濃度に対する、粘度(Pa・s)および内視鏡シャフト部と小腸粘膜との動摩擦係数を示すグラフである。
【
図18】実施例2における、ポリアクリル酸ナトリウム(SPA)の濃度に対する、粘度(Pa・s)および内視鏡シャフト部と小腸粘膜との動摩擦係数を示すグラフである。
【
図19】実施例2における、各せん断速度(1s
-1、10s
-1、100s
-1、1000s
-1)における粘度と、内視鏡シャフト部と小腸粘膜との動摩擦係数との関係を示すグラフである。
【
図20】実施例3における、オーバーチューブ部の内腔に挿入した内視鏡シャフト部を反復運動させる様子を示す概略図である。
【
図21】実施例3における、反復運動による内視鏡シャフト部とオーバーチューブ部との動摩擦係数の経時変化を示すグラフである(荷重100g)。
【
図22】実施例3における、オーバーチューブの内腔面において親水コーティングがある部分(上部)と親水コーティングが脱落した部分(下部)を示す写真である。
【
図23】実施例3における、ポリアクリル酸ナトリウム(SPA)の濃度に対する、粘度(Pa・s)および内視鏡シャフト部とオーバーチューブ部との動摩擦係数を示すグラフである。
【
図24】実施例3における、各せん断速度(1s
-1、10s
-1、100s
-1、1000s
-1)における粘度と、内視鏡シャフト部とオーバーチューブ部との動摩擦係数との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の実施の形態について以下説明する。本実施形態は本発明を実施する一例であって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。
【0025】
本発明の実施形態に係る小腸内視鏡挿入用潤滑剤は、25℃、100s-1のせん断速度の粘度が0.008~0.918Pa・sの範囲である潤滑剤である。25℃、100s-1のせん断速度の粘度は、0.008~0.302Pa・sの範囲であることが好ましく、0.027~0.069Pa・sの範囲であることがより好ましい。
【0026】
上記の通り、内視鏡シャフト部またはオーバーチューブ部と小腸の腸管壁(小腸粘膜面)の摩擦の軽減は、小腸内視鏡の挿入のときの小腸壁の負荷(荷重)を減らす有効な手段となりうる。一方で、これらの摩擦の測定は生体内で行うことは非常に困難であり、外科手術の患者から充分量の余剰の小腸の標本を獲得し、ex vivoで測定することも非常に困難である。そのため、これらの摩擦の測定は極めて難しく、これまで内視鏡シャフト部またはオーバーチューブ部と小腸粘膜面の潤滑に関して研究されていなかった。
【0027】
そこで本発明者らは、法医解剖献体から採取した小腸を用いた摩擦測定モデルを構築した。法医解剖献体のため多くのヒト小腸標本が安定して入手することができ、質の高い摩擦評価モデルの量産による再現性の高い反復実験および評価が実現した。さらに、小腸内視鏡検査は長時間に及ぶことが多いが、検査時間が長くなるにつれてオーバーチューブ内を内視鏡が通る際の抵抗が大きくなり、検査の進行に悪影響(例えば、検査総時間の延長など)が生じる。そのため、本発明者らは、内視鏡シャフト部とオーバーチューブ部との摩擦についても評価を行った。
【0028】
本発明者らは、内視鏡シャフト部またはオーバーチューブ部と小腸粘膜面との摩擦の軽減を検討し、上記摩擦測定モデルを構築し、以下に示すように、潤滑剤の物性(粘度)と動摩擦係数の関係性を分析し、内視鏡シャフト部またはオーバーチューブ部と小腸粘膜面と動摩擦係数が最小となるような理想的な潤滑剤の物性(粘度)を特定し、新規潤滑剤を開発した。この理想的な潤滑剤は、小腸内視鏡検査の疼痛や合併症発生率を低下させ、小腸疾患の医療レベル向上に貢献することができる。
【0029】
詳細は実施例の欄において説明するが、まずは、消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数が低くなると消化管壁の負担が軽減されることを見出した。そこで、各種増粘剤の水に対する濃度を変えて、動摩擦係数が最小となる濃度域を特定した。
【0030】
トライボロジーは摩擦や潤滑を対象とする科学であり、様々な医学分野で応用されている。境界潤滑および混合潤滑のフェーズにおいては潤滑剤粘度の上昇、速度の上昇、荷重の低下につれて摩擦係数は低下していくが、流体潤滑のフェーズでは摩擦係数は上昇に転ずる。このような摩擦係数の挙動はストライベック曲線として概念的に表される。このようにトライポロジーの観点からみると、
図3に示すように、動摩擦係数はストライベック曲線により決定される。固体の2面間に潤滑剤が存在する場合、潤滑剤の粘度が上昇すると動摩擦係数は低下するが、ある粘度を境界に動摩擦係数は再度上昇する。
【0031】
図3に示すように、ストライベック曲線において、潤滑剤の粘度が低すぎる(A)領域では、内視鏡シャフト部12(またはオーバーチューブ部)と腸管壁14の動摩擦係数が大きく、潤滑作用が小さいため、内視鏡シャフト部12(またはオーバーチューブ部)から腸管壁14が受ける力が大きくなり、疼痛や侵襲が大きくなる。潤滑剤の粘度が適切な(B)領域では、内視鏡シャフト部12(またはオーバーチューブ部)と腸管壁14の動摩擦係数が小さく、潤滑作用が大きいため、内視鏡シャフト部12(またはオーバーチューブ部)から腸管壁14が受ける力が小さくなり、疼痛や侵襲が小さくなる。潤滑剤の粘度が高すぎる(C)領域では、内視鏡シャフト部12(またはオーバーチューブ部)と腸管壁14の動摩擦係数が大きく、潤滑作用が小さいため、内視鏡シャフト部12(またはオーバーチューブ部)から腸管壁14が受ける力が大きくなり、疼痛や侵襲が大きくなる。本発明者ら特定した上記増粘剤の動摩擦係数が最小となる濃度域はこの(B)領域の粘度であり、最低の動摩擦係数を示すと考えられる。
【0032】
また、本発明者らが、どのせん断速度の粘度が動摩擦係数と最も関連するか相関解析を行った結果、100s-1のせん断速度の粘度と動摩擦係数が最も強い相関があることを解明した。そして、25℃、100s-1のせん断速度の粘度が0.027~0.069Pa・sの範囲の潤滑剤が、小腸粘膜とオーバーチューブ部との動摩擦係数を最小にする物性をもつ潤滑剤であることを見出した(表1参照)。また、25℃、100s-1のせん断速度の粘度が0.012~0.115Pa・sの範囲の潤滑剤が、小腸粘膜と内視鏡シャフト部との動摩擦係数を最小にする物性をもつ潤滑剤であることを見出した(表2参照)。小腸内視鏡検査の侵襲を低減するには、小腸粘膜とオーバーチューブ部との動摩擦係数の低下が特に重要である。また、小腸粘膜とオーバーチューブ部の潤滑における至適粘度域(0.027~0.069Pa・s)は、小腸粘膜と内視鏡シャフト部の潤滑における至適粘度域(0.012~0.115Pa・s)に含まれている。そのため、25℃、100s-1のせん断速度の粘度が0.027~0.069Pa・sの範囲の潤滑剤が、小腸粘膜と内視鏡シャフト部またはオーバーチューブ部の動摩擦係数を最小にする「小腸内視鏡挿入用潤滑剤として理想的な物性を有する潤滑剤」であるとした。
【0033】
このように、小腸粘膜と内視鏡シャフト部またはオーバーチューブ部の動摩擦係数を最小にするには、潤滑剤の25℃、100s-1のせん断速度の粘度が0.027~0.069Pa・sの範囲であることが理想的である。加えて、動摩擦係数が最小ではないが極めて低い値を示す濃度、粘度域を許容粘度域と定義した(動摩擦係数が最小となる場合は、上記の通り至適粘度域と定義している)。小腸粘膜とオーバーチューブ部との潤滑における許容粘度域は0.008~0.302Pa・sであり(表1参照)、小腸粘膜と内視鏡シャフト部との潤滑における許容粘度域は0.008~0.349Pa・sであった(表2参照)。小腸粘膜とオーバーチューブ部との潤滑における許容粘度域は小腸粘膜と内視鏡シャフト部との潤滑における許容粘度域に含まれているため、25℃、100s-1のせん断速度の粘度が0.008~0.302Pa・sの範囲の潤滑剤が、小腸粘膜と内視鏡シャフト部またはオーバーチューブ部との動摩擦係数を小さくする「小腸内視鏡挿入用潤滑剤として許容できる物性を有する潤滑剤」であるとした。小腸内視鏡挿入用潤滑剤の製造においては至適粘度域の物性を有するものが第一選択になるが、製造、販売の過程で至適粘度域の物性を有する潤滑剤に障壁がある場合は許容粘度域の物性を有する潤滑剤を第二選択とすればよい。
【0034】
本実施形態に係る小腸内視鏡挿入用潤滑剤は、増粘剤を含む。増粘剤としては、水等の溶媒と任意の濃度で混合して潤滑剤とした場合に、25℃、100s-1のせん断速度の粘度が上記範囲となるものであればよく、特に制限はない。
【0035】
増粘剤としては、例えば、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、キサンタンガム、グアーガム、ゼラチン、寒天、ジェランガム、カラギーナン、ローカストビーンガム、アラビアガム、カラヤガム、タマリンドシードガム、トラガントガム、ペクチン、スクシノグリカン、アルギン酸ナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウム等が挙げられ、医療用潤滑剤の成分として使用されている増粘剤という観点等から、カルボキシメチルセルロース、キサンタンガム、ヒドロキシエチルセルロース、アルギン酸ナトリウム、および、ポリアクリル酸ナトリウムが好ましい。増粘剤は、これらのうち1種を用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0036】
これらの増粘剤のなかでも、高せん断力での粘度が低下するシュードプラスチック流体特性を有するもの(例えば、キサンタンガム、ポリアクリル酸ナトリウム)は内視鏡鉗子孔等からの注入圧が、ニュートン流体特性を有するもの(例えば、カルボキシメチルセルロース、アルギン酸ナトリウム)に比べて有意に低くなるため、注入が容易で小腸内視鏡挿入用潤滑剤としてより適している。一方、既存のゼリー状潤滑剤は粘度が高すぎて内視鏡鉗子孔等からの注入自体が困難である。
【0037】
溶媒としては、純水、超純水等の水や、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水等が挙げられる。溶媒中のカチオンの存在により増粘剤の粘度が変化しやすい点および内視鏡検査の際に洗浄等を目的に微温湯を注入する点等から、溶媒は純水等の水が好ましい。
【0038】
溶媒中の増粘剤の濃度は、25℃、100s-1のせん断速度の粘度が上記範囲となる濃度とすればよく、特に制限はない。実施例に示すように、水中の濃度として、例えば、1.0質量%カルボキシメチルセルロース(CMC)、0.5質量%キサンタンガム(XG)、0.5質量%ヒドロキシエチルセルロース(HEC)、0.5質量%アルギン酸ナトリウム(SA)、0.2質量%ポリアクリル酸ナトリウム(SPA)の動摩擦係数が最小になるが、カルボキシメチルセルロース(CMC)の場合、例えば、0.5~2.0質量%の範囲、キサンタンガム(XG)の場合、例えば、0.1~1.5質量%の範囲、ヒドロキシエチルセルロース(HEC)の場合、例えば、0.1~1.0質量%の範囲、アルギン酸ナトリウム(SA)の場合、例えば、0.05~1.0質量%の範囲、ポリアクリル酸ナトリウム(SPA)の場合、例えば、0.025~0.3質量%の範囲であれば、動摩擦係数は低い値を示し、潤滑剤として使用可能である(表1参照)。
【0039】
本実施形態に係る小腸内視鏡挿入用潤滑剤は、増粘剤、水等の溶媒に加えて、塩類、緩衝剤等の他の成分を含んでもよい。小腸内視鏡挿入用潤滑剤が増粘剤や溶媒以外の成分を含む場合にも、25℃、100s-1のせん断速度の粘度が上記範囲となるように調製すればよい。
【0040】
オーバーチューブ部の材質は、例えば、ポリウレタンやシリコン等であるが、オーバーチューブ部の内腔には通常、親水コーティングが施されており、水の存在下で内視鏡シャフト部とオーバーチューブ部との動摩擦係数はもともと極めて低い(例えば、0.05以下)。一方で、内視鏡シャフト部とオーバーチューブ部の内腔との接触の蓄積により容易に親水コーティングは脱落し、経過時間とともに摩擦係数は増大する。実際、小腸内視鏡検査が長時間に及ぶ場合にオーバーチューブ部内の内視鏡の動きが非常に悪くなる場合がある。そこで、本発明者らは、内視鏡シャフト部とオーバーチューブ部の内腔との接触による親水コーティングの脱落を抑制することも検討した。
【0041】
オーバーチューブ部の内腔の親水コーティングは、内視鏡シャフト部との接触の蓄積で容易に脱落し、オーバーチューブ部と内視鏡シャフト部との摩擦係数が増大する。オーバーチューブ部の内腔の親水コーティングの脱落を抑制するためには、25℃、1000s-1のせん断速度の粘度が0.042~0.180Pa・sの範囲または100s-1のせん断速度の粘度が0.174~0.918Pa・sの範囲を満たす潤滑剤(例えば、0.5~2.0質量%の範囲のポリアクリル酸ナトリウムに相当)をオーバーチューブ部の内腔に塗布することが望ましい。特に、1.0質量%のポリアクリル酸ナトリウムに相当する25℃、1000s-1のせん断速度の粘度が0.085Pa・s程度または100s-1のせん断速度の粘度が0.385Pa・s程度の潤滑剤が最適である。
【0042】
オーバーチューブ部の内腔の親水コーティングの脱落抑制目的の潤滑剤は、オーバーチューブ部または内視鏡シャフト部と小腸粘膜との潤滑剤より粘度が高い。ただし、前者はオーバーチューブ注入口から注入された後、オーバーチューブ内およびオーバーチューブ外(腸管内)で腸液と混合されて段階的に希釈され、粘度は低下していく。そのため、オーバーチューブ部または内視鏡シャフト部と小腸粘膜との潤滑剤の至適粘度範囲である25℃、100s-1のせん断速度の粘度0.027~0.069Pa・s(許容粘度範囲0.008~0.302Pa・s)に近づく。このように、1つの潤滑剤でオーバーチューブ部または内視鏡シャフト部と小腸粘膜との潤滑剤の用途と、オーバーチューブ部の内腔の親水コーティングの脱落抑制目的の潤滑剤の用途とを両立させることは可能である。特にポリアクリル酸ナトリウム(SPA)は、腸液中のナトリウムイオン(Na+)により粘度が急激に低下するため、これらの用途を両立させる潤滑剤として最適である。オーバーチューブ部または内視鏡シャフト部と小腸粘膜との潤滑における許容範囲粘度は25℃、100s-1のせん断速度の粘度0.008~0.302Pa・sの範囲であり、親水コーティングの脱落抑制目的の潤滑における許容範囲粘度は25℃、100s-1のせん断速度の粘度0.174~0.918Pa・sの範囲である。上記希釈を考慮すると、25℃、100s-1のせん断速度の粘度が0.008~0.918Pa・sの物性をもつ潤滑剤をオーバーチューブ注入口から注入することによって小腸内視鏡検査に必要な潤滑をすべて賄うことができる。
【0043】
本実施形態に係る小腸内視鏡挿入用潤滑剤は、内視鏡シャフト部に塗布して肛門部皮膚の刺激や摩擦を軽減させる従来のゼリー状潤滑剤とは異なり、例えば、内視鏡挿入中に内視鏡鉗子孔またはオーバーチューブ注入口から注入し、内視鏡先進部付近またはオーバーチューブ先端部付近の腸管粘膜に塗布する、またはオーバーチューブ部の内腔に塗布する方法や、副送水口から内視鏡先進部付近またはオーバーチューブ先端部付近に供給し、腸管粘膜に塗布する方法等によって、腸管粘膜に塗布すればよい。これによって、小腸屈曲部等の小腸粘膜面と内視鏡シャフト部またはオーバーチューブ部との摩擦を軽減し、小腸の腸管壁の負担を減らして小腸内視鏡検査における内視鏡の挿入の際の疼痛緩和や侵襲低減が可能となる。さらにオーバーチューブ部の内腔の親水コーティングの脱落を抑制することができる。
【0044】
オーバーチューブを使用して大腸よりさらに深部の小腸まで観察を行う小腸内視鏡は、大腸だけでなく小腸の腸管壁も内視鏡から相当な力を受け、疼痛や侵襲は大腸内視鏡検査に比べて大きい。小腸内視鏡検査はハードルの高い検査ではあるが、本実施形態に係る小腸内視鏡挿入用潤滑剤の使用によって小腸内視鏡検査の侵襲を低減することが可能である。
【0045】
例えばシングルバルーン内視鏡を用いるシングルバルーン内視鏡検査(SBE)やダブルバルーン内視鏡を用いるダブルバルーン内視鏡検査(DBE)などの小腸内視鏡検査における内視鏡挿入のときの疼痛緩和や合併症発生率の低下が期待できる。現在、通常用いられているシングルバルーン用オーバーチューブ、ダブルバルーン用オーバーチューブはいずれも同程度の摩擦係数を有するため、本実施形態に係る小腸内視鏡挿入用潤滑剤によっていずれのオーバーチューブの潤滑も可能である。
【0046】
小腸内視鏡検査は疼痛や合併症の発生率が高く、消化器領域の検査の中では侵襲が高い検査となり、外来での日帰り検査でなく入院での検査となることが多いが、本実施形態に係る小腸内視鏡挿入用潤滑剤の使用によって、検査完遂率の上昇や総検査時間の短縮が期待できる。また、小腸内視鏡検査施行のハードルを低くし、小腸内視鏡検査の適応が拡大されることが期待できる。
【実施例0047】
以下、実施例および比較例を挙げ、本発明をより具体的に詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0048】
[消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数と、腸管にかかる荷重・負担(N)との関係]
増粘剤としてヒドロキシエチルセルロース(HEC)、溶媒として純水を用いて潤滑剤を調製し、消化管粘膜と内視鏡(オリンパス製、CF-Q260AI)のシャフト部(樹脂製)の動摩擦係数と、腸管にかかる荷重・負担(N)との関係を調べた。具体的には、純水中にヒドロキシエチルセルロースを0質量%、0.1質量%、0.25質量%、0.5質量%、0.9質量%、2.0質量%の濃度でそれぞれ溶解させた溶液を調製し、潤滑剤として使用した。剖検体から採取した大腸標本を電子分析秤(HL-3000LWP、A&D,Tokyo,Japan)の秤量皿に固定し、オーバーチューブ(TOP,Tokyo,Japan)を用いて腸管湾曲部を再現した。大腸標本の粘膜に0.5mLの潤滑剤を均一になるように塗布した後、内視鏡シャフトを大腸粘膜に接触させ、大腸内視鏡を1cm/sの速度で10cm挿入した。内視鏡挿入のときに測定した最大荷重を腸管にかかる荷重とした(
図4参照)。
【0049】
大腸粘膜と内視鏡シャフトとの間の動摩擦係数は、TRIBOGEAR TYPE 38(Shinto Scientific,Tokyo,Japan)を用いて測定したデータをもとに、Tribosoft(Shinto Scientific)で算出した(
図5A)。大腸剖検標本を一定の張力をかけた状態で移動台に固定し、内視鏡シャフト部分を測定治具に取り付けて大腸粘膜と内視鏡シャフトとの間の動摩擦係数を測定した(
図5B)。大腸剖検標本の粘膜に0.5mLの潤滑剤を均一になるように塗布した後、内視鏡シャフト部を大腸粘膜に接触させた(
図5C)。移動台は、速度1.0cm/s、往復回数10回で50mmの距離を移動するように設定した。移動テーブルを10往復させた際に測定した動摩擦係数値の平均値を測定値とした(
図5D)。結果を
図6、
図7に示す。
【0050】
荷重値は、蒸留水で1600.7±122.2mN、0.1%HECで1274.0±80.0mN、0.25%HECで947.3±104.1mN、0.5%HECで659.9±51.4mN、0.9%HECで620.7±46.2mN、2.0%HECで1143.3±46.2mNであった(
図6)。大腸粘膜と内視鏡シャフトとの間の動摩擦係数は、蒸留水で0.131±0.006、0.1%HECで0.111±0.016、0.25%HECで0.098±0.025、0.5%HECで0.087±0.022、0.9%HECで0.083±0.012、2.0%HECで0.097±0.012であった(
図6)。0.5%のHEC系潤滑剤を使用した場合、動摩擦係数、荷重ともに最も低くなった。
【0051】
相関解析の結果、
図7からわかるように、消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数と、腸管にかかる荷重・負担(N)との間に強い正の相関があることがわかった(相関係数R=0.965)。これより、消化管粘膜と内視鏡シャフト部の動摩擦係数が低くなると消化管壁の負担が軽減されることがわかった。
【0052】
このモデルをベースに改良を加え、内視鏡シャフト部またはオーバーチューブ部とヒト小腸粘膜との摩擦を正確に測定できるモデルを構築した。さらに、オーバーチューブ部と内視鏡シャフト部との動摩擦係数を測定できるモデルも構築した。
【0053】
<実施例1>
[潤滑剤の粘度の測定、オーバーチューブ部と小腸粘膜の摩擦評価]
増粘剤としてカルボキシメチルセルロース(CMC)、キサンタンガム(XG)、ヒドロキシエチルセルロース(HEC)、アルギン酸ナトリウム(SA)、ポリアクリル酸ナトリウム(SPA)をそれぞれ用い、溶媒として純水を用いて、潤滑剤を調製した。各増粘剤の濃度を0~4質量%の間の所定の範囲で溶液を調製し、潤滑剤の粘度(1s
-1、10s
-1、100s
-1、1000s
-1)を測定した。具体的には、Discovery HR-1 レオメーター(TA Instruments,Surrey,UK)を用いて測定した。ペルチェプレートで温度を25℃に制御し、60mmコーンプレートを使用し、フロースイープモードで定常流粘度を測定した。次に、オーバーチューブ部と小腸粘膜との動摩擦係数を上記と同じ方法で測定した。結果を
図8~
図12、表1に示す。
【0054】
【0055】
各増粘剤の濃度を0~4質量%の間の所定の範囲で調整し、オーバーチューブ部と小腸粘膜との動摩擦係数が最小となる濃度域を特定したところ、1.0質量%CMC、0.5質量%XG、0.5質量%HEC、0.5質量%SA、0.2質量%SPAの動摩擦係数が0.019前後(0.015~0.025)と最小となった。また、0.5~2.0質量%の濃度域のCMC、0.1~1.5質量%の濃度域のXG、0.1~1.0質量%の濃度域のHEC、0.05~1.0質量%の濃度域のSA、0.025~0.3質量%の濃度域のSPAの動摩擦係数が最小ではないが極めて低い値を示した。この濃度域を許容範囲濃度と定義した。
【0056】
上記の通り、トライポロジーの観点からみると、動摩擦係数はストライベック曲線により決定され、潤滑剤の粘度が上昇すると動摩擦係数は低下するが、ある粘度を境界に動摩擦係数は再度上昇する。上記増粘剤の濃度はこの境界の粘度であり、最小の動摩擦係数を示すと考えられる。また、どのせん断速度(1s
-1、10s
-1、100s
-1、1000s
-1)の粘度がオーバーチューブ部と小腸粘膜との動摩擦係数と最も関連するか相関解析を行った。結果を
図13に示す。
【0057】
その結果、オーバーチューブ部と小腸粘膜との動摩擦係数が100s-1のせん断速度の粘度と最も強い相関があることを解明した(相関係数R=0.88)。つまり、25℃、100s-1のせん断速度の粘度が0.027~0.069Pa・sの潤滑剤が、オーバーチューブ部と小腸粘膜との動摩擦係数を最小にする理想的な物性をもつ潤滑剤ということになる。また、25℃、100s-1のせん断速度の粘度が0.008~0.302Pa・sの範囲の潤滑剤は、動摩擦係数が非常に低い値を示すため第二選択の潤滑剤となる(表1参照)。
【0058】
<実施例2>
[内視鏡シャフト部と小腸粘膜の摩擦評価]
純水中の各増粘剤の濃度を0~4質量%の間の所定の範囲で溶液を調製し、内視鏡シャフト部と小腸粘膜との動摩擦係数を上記と同じ方法で測定した。結果を
図14~
図18、表2に示す。
【0059】
【0060】
各増粘剤の濃度を0~4質量%の間の所定の範囲で調整し、内視鏡シャフト部と小腸粘膜との動摩擦係数が最小となる濃度域を特定したところ、1.0質量%CMC、1.0質量%XG、1.0質量%HEC、0.1質量%SA、0.1質量%SPAの動摩擦係数が0.054前後(0.041~0.095)と最小となった。また、0.5~2.5質量%の濃度域のCMC、0.5~1.5質量%の濃度域のXG、0.5~2.0質量%の濃度域のHEC、0.05~1.0質量%の濃度域のSA、0.075~0.3質量%の濃度域のSPAの動摩擦係数が最小ではないが極めて低い値を示した。この濃度域を許容範囲濃度と定義した。
【0061】
上記の通り、トライポロジーの観点からみると、動摩擦係数はストライベック曲線により決定され、潤滑剤の粘度が上昇すると動摩擦係数は低下するが、ある粘度を境界に動摩擦係数は再度上昇する。上記増粘剤の濃度はこの境界の粘度であり、最小の動摩擦係数を示すと考えられる。また、どのせん断速度(1s
-1、10s
-1、100s
-1、1000s
-1)の粘度が内視鏡シャフト部と小腸粘膜との動摩擦係数と最も関連するか相関解析を行った。結果を
図19に示す。
【0062】
その結果、内視鏡シャフト部と小腸粘膜との動摩擦係数が100s-1のせん断速度の粘度と最も強い相関があることを解明した(相関係数R=0.74)。つまり、25℃、100s-1のせん断速度の粘度が0.012~0.115Pa・sの潤滑剤が、内視鏡シャフト部と小腸粘膜との動摩擦係数を最小にする理想的な物性をもつ潤滑剤ということになる。また、25℃、100s-1のせん断速度の粘度が0.008~0.349Pa・sの範囲の潤滑剤は、動摩擦係数が非常に低い値を示すため第二選択の潤滑剤となる(表2参照)。
【0063】
<実施例3>
[内視鏡シャフト部とオーバーチューブ部の摩擦評価]
内視鏡シャフト部とオーバーチューブ部の内腔との接触による親水コーティングの脱落を抑制することを検討した。具体的には、増粘剤としてポリアクリル酸ナトリウム(SPA)を純水中に含む潤滑剤を、親水コーティングが施されたシングルバルーン内視鏡用またはダブルバルーン内視鏡用のオーバーチューブ部の内腔に塗布した上で、
図20に示すように、オーバーチューブ部18の内腔に挿入した内視鏡シャフト部12を反復運動させ、反復運動による内視鏡シャフト部12とオーバーチューブ部18の内腔との接触を継続し、内視鏡シャフト部12とオーバーチューブ部18の動摩擦係数の変化を経時的に測定した。なお、時間経過と反復回数は対応する。ポリアクリル酸ナトリウム(SPA)の濃度を0,0.1,0.5,1.0,2.0質量%としてそれぞれ溶液を調製し、内視鏡シャフト部とオーバーチューブ部との動摩擦係数を上記と同じ方法で測定した。結果を
図21、表3に示す。
【0064】
【0065】
その結果、0.5~1.0質量%SPAの条件下、換言すると粘度(25℃、1000s
-1)が0.042~0.085Pa・sの条件下で動摩擦係数がほとんど増加せず、親水コーティングが長時間にわたり保持された。その他の条件(純水条件(0質量%SPA)も含む)では、経過時間(反復回数)の増加とともに動摩擦係数は増加し、親水コーティングは脱落していた。
図22は、オーバーチューブの内腔面において親水コーティングがある部分(上部)と、内視鏡シャフト部とオーバーチューブ部の内腔との接触によって親水コーティングが脱落した部分(下部)を示す写真である。
【0066】
したがって、25℃、1000s-1のせん断速度の粘度が0.042~0.085Pa・sの範囲(25℃、100s-1のせん断速度の粘度が0.174~0.385Pa・sの範囲)の潤滑剤(例えば、0.5~1.0質量%SPA)をオーバーチューブ部の内腔内に塗布しておくと親水コーティングが剥れにくいことがわかった。また、2.0質量%SPA(25℃、100s-1のせん断速度の粘度が0.918Pa・s)の潤滑剤も効果は認められたため、状況によっては使用可能と判断される。最終的には、25℃、100s-1のせん断速度の粘度が0.174~0.918Pa・sの範囲の潤滑剤(例えば、0.5~2.0質量%SPA)が使用可能である(表3参照)。
【0067】
次に、オーバーチューブ部の内腔面において親水コーティングが脱落した場合に潤滑剤を塗布して動摩擦係数を低下させることを検討した。
【0068】
増粘剤としてポリアクリル酸ナトリウム(SPA)の濃度を純水中、0.0,0.5,1.0,2.0,4.0質量%に調整して潤滑剤を調製し、親水コーティングが脱落したオーバーチューブの内腔面に塗布して、内視鏡シャフト部とオーバーチューブ部との動摩擦係数を上記と同じ方法で測定した。結果を
図23、表4に示す。
【0069】
【表4】
内視鏡シャフト部とオーバーチューブ部との動摩擦係数が最小となる濃度域を特定したところ、4.0質量%SPAの動摩擦係数が0.26と最小となった。また、1.0~4.0質量%の濃度域のSPAの動摩擦係数は最小ではないが極めて低い値を示した。この濃度域を許容範囲濃度と定義する。
【0070】
また、どのせん断速度(1s
-1、10s
-1、100s
-1、1000s
-1)の粘度が内視鏡シャフト部とオーバーチューブ部との動摩擦係数と最も関連するか相関解析を行った。結果を
図24に示す。
【0071】
その結果、内視鏡シャフト部とオーバーチューブ部との動摩擦係数が1000s-1のせん断速度の粘度と最も強い相関があることを解明した(相関係数R=0.97)。
【0072】
親水コーティングが脱落した場合、内視鏡シャフト部とオーバーチューブ部との動摩擦係数は極めて高くなる。例えば、
図21の純水条件(0質量%SPA)の結果からわかるように、動摩擦係数は1.0に近くなり、親水コーティングが脱落したオーバーチューブ部は内視鏡シャフト部の通過に支障をきたす。親水コーティングが脱落した場合には、高粘度潤滑剤をオーバーチューブ部内に塗布すると動摩擦係数を低下させることができ、例えば、25℃、1000s
-1のせん断速度の粘度が0.365Pa・s(25℃、100s
-1のせん断速度の粘度が2.35Pa・s)の潤滑剤(例えば、4.0質量%SPAを含む潤滑剤)を塗布することによって、動摩擦係数は0.26まで下げることができた。また、25℃、1000s
-1のせん断速度の粘度が0.085~0.356Pa・sの範囲(25℃、100s
-1のせん断速度の粘度が0.385~2.35Pa・sの範囲)の潤滑剤(例えば、1.0~4.0質量%SPAを含む潤滑剤)を塗布することによって、動摩擦係数は低い値を示した。
【0073】
純水中0.5質量%のポリアクリル酸ナトリウム(SPA)を含む溶液、純水中1.0質量%のポリアクリル酸ナトリウム(SPA)を含む溶液、純水中0.5質量%のポリアクリル酸ナトリウム(SPA)と0.9質量%のナトリウムイオン(Na+)とを含む溶液、純水中1.0質量%のポリアクリル酸ナトリウム(SPA)と0.9質量%のナトリウムイオン(Na+)とを含む溶液について、せん断速度(0.1s-1、1s-1、10s-1、100s-1、1000s-1)の粘度を測定した。また、オーバーチューブ部(OC)と小腸粘膜(M)との動摩擦係数、内視鏡シャフト部(S)と小腸粘膜(M)との動摩擦係数を測定した。結果を表5に示す。
【0074】
【0075】
ポリアクリル酸ナトリウム(SPA)はナトリウムイオン(Na+)と反応して粘度が低下し、それに伴い摩擦係数も低下することがわかる。例えば0.5質量%SPAはナトリウムイオンと反応し、0.35質量%SPA程度の粘度まで低下する。さらに20質量%SPA程度まで希釈されると、0.3質量%SPAの粘度と同等となる。その際のオーバーチューブ部と小腸粘膜との動摩擦係数は0.015となり、ほぼ最小摩擦係数となる。
【0076】
以上のように、実施例の潤滑剤によって、小腸管内への内視鏡の挿入の際の疼痛緩和や侵襲低減が可能となった。